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ヒロクンは留守がちで、ヒロチャンみたいに長い時間遊んでくれないから、あたしは少し淋しいけど、でもちゃんとご飯とお水をくれるし、このおうちもなかなか快適だ。

でもヒロクンは、たまにとても悲しそうな顔をする。
その度に、あたしもちょっと悲しくなる。
ヒロクンとヒロチャンは顔がなんとなく似ているから、余計に。

あたしも悲しい時、ヒロチャンみたいにおめめからしょっぱいお水が出たらいいのに。
そしたらヒロクンも、あたしが悲しんでるって、わかってくれるだろうに。


やっぱり、あたしと同じくヒロチャンが居なくて淋しいのかな。
ヒロクンは悲しいと、たまに子供みたいな表情になるから、あたしはお姉さんみたいな気分になる。
ヒロチャンが帰ってくるまで、ヒロクンはあたしが守らなきゃ。




「・・・だから、明日そっちへ届くから。一晩かけて、よく読んでおいて欲しいんだ」


ヒロクンが帰ってきた。
例の、薄っぺらで小さい箱をくっつけて喋りながら、部屋に入って荷物を下ろす。


「うん。それで、明後日の夜、佐伯さんと一緒にそっちに行くから。それまでに報告書をよく読んで、伯父さん達に話すべきか、判断して欲しい」


ヒロクンやヒロチャンがひとりで喋っている時、あたしは静かにしている。
じゃないと、「しーっ」って言われるから。

そしたら、ひとりお喋りが終わった後に、「えらいね」って頭を撫でてくれたり遊んでくれたりするんだ。



「あらかじめ言っとくけど、かなり酷い内容なんだ。ショックを受けるかもしれない。
・・・ちょっと今は、説明出来そうにないよ。頭に血が上ってるって言うか・・・うん、ごめん・・・・うん、よろしく」


話し終わるとヒロクンは、大きく息をついた。口から魂が出て行っちゃうんじゃないかと思うくらいの、ため息。
そして壁にもたれ、そのままずるずると滑り落ちて床に座った。
背中を丸めて俯いたまま、ぼんやりと手の中の小さな箱を眺めている。


電気も点けず放心しているみたいなヒロクンが心配で、あたしはご飯のお部屋の中をピョンピョン飛び回った。
ヒロチャンのおうちと違って、ここではヒロクンが留守の間、あたしのご飯のお部屋の扉は閉められているのだ。


ヒロクン、ヒロクン、大丈夫なの?

あたしのたてる物音に気付いて、ヒロクンは立ち上がってこちらへやって来た。
電気は点いてないけど、外から入ってくる街灯の明かりで部屋は薄暗い。

扉を開けてくれるヒロクンの顔を見て、あたしは愕然とした。



あのときの、ヒロチャンと同じ顔をしてる。

ヒロチャンを見た、最後の日。
あたしのベッドのお部屋をヒロチャンのお部屋に移して、そのままひとりで出て行ってしまった、あの日。

すごく悲しそうで、疲れていて、絶望したような、虚ろな目。
二度と微笑みが戻らないんじゃないかと思うくらい、力なくかさついた唇。

でもヒロチャンと少し違うのは、ヒロクンはすごく怒っているってこと。
すごく悲しくて、すごく怒っているのが感じられる。


あたしの頭の毛が逆立ち、恐怖で身体がぎゅっと縮んだ。


ヒロクン、駄目だよ!
ヒロクンも居なくなっちゃうの?あたしを置いて、出て行っちゃうの?
嫌だよ!嫌だよ!あたしをひとりぼっちにしないで!!
一緒にヒロチャンの帰りを待つんでしょ?!


「ああ、水を替えてやらなきゃ・・・ちょっと待ってね、ピロチャン」

ヒロクンはそう呟いて、扉を開けてお水入れを取り出すと、くるりと背中を向けた。



待って!行かないでよ!

ヒロクンが出て行くのを止めなきゃ。どうしたらいい?
ヒロチャンはあの時、なんて言ったっけ?思い出して。思い出して!!


「ごめんね?」

ビクッとして、ヒロクンの足が止まった。


あたしはもう一度、思いっきり集中した。
ヒロチャンの声。ヒロチャンの言葉。ヒロチャンの喋り方。


「ごめんね?」




「宏ねえ・・・?」

ヒロクンが掠れた声で呼びかけ、周囲を見回す。


「まさか、な。そんなわけ・・・もしかして、おまえ?ピロチャン、喋れるようになったの?」

ヒロクンは急に振り向いて、あたしの部屋を覗き込んだ。
すごく驚いているみたいだけど、今は少なくとも、悲しんでも怒ってもいない。



「でも、メスのインコはあまり喋らないって・・・」


ヒロクンは混乱したように口元を拭った。その拍子に、少しお水がこぼれた。

あたしはお部屋から出て、お水入れを持ったヒロクンの手に飛び移った。
そのまま腕を登って頭のてっぺんに座り、頭を撫でる代わりに、髪をそっと齧った。


ヒロチャン、お話ししながら、よくヒロクンの頭を撫でていたよね。

ヒロクン、もう悲しくならないで。怒らないで。
あたしがついてるからね。一緒にいるからね。
一緒にいたら、淋しくないからね。



「宏ねえ?・・・ほんとに宏ねえなの?」




ヒロクンはあたしを落っことさないようにそーっと歩いて、ベッドを背もたれにしてゆっくり座った。


「・・・あー、もういいや。俺、信じるよ。宏ねえ、ここに居るんだよね?」

ヒロクンの声は、今にも泣き出しそうだ。


「ねえ、宏ねえ。俺、どうしても知りたかったんだ。宏ねえが、なんであんなことしたのか。絶対に、なにか理由があるって思った。

そしたらさ。あの茅島美津姫って女、酷いやつだったよ。
宏ねえは唯一の友達だなんて言ってたけど、昔ハブられてたのを助けてくれたなんて言ってたけど、そんなんじゃなかった。高校ん時はどうだったか知らないけど、あいつ、最低の人間だった。宏ねえ、あいつにずっと騙されてたんだよ」

ヒロクンは、グスンと洟をすすった。
段々と涙声になっている。


「俺、許せなくって。絶対に許せなくって。全部、バラしてやったんだ。
あいつ、あの小林ってヤツも結局騙されてた。馬鹿なヤツだよ。ほんとの事知って超ビビっててさ。ダッセーの。いい気味だったよ。

・・・宏ねえ、敵討ち出来たよね?少しは喜んでくれる?喜んでくれるよね?」


ポタポタと、膝の上にお水が落ちた。
あたしは肩の上に飛び降りて、うんと身体を伸ばして、ヒロクンのおめめから伝うしょっぱいお水を飲んであげた。


ヒロチャンはね、あたしがおめめのお水を飲んであげたら、「ダイジョブよ」「ありがとね」って言うの。子守唄を歌うみたいに。
そして嬉しそうに、ニコって笑うんだよ。

ヒロクンも、悲しくなくなるよね?嬉しくなって笑ってくれるよね?

ほら、こう言うんだよ。


「ありがとね」




「・・・やっぱり、宏ねえだ。その喋り方」


ヒロクンは目をゴシゴシ擦ったけど、おみずは全然止まらなかった。
それどころか、余計に泣きじゃくってしまったけど・・・なんか、ちょっと笑ってるみたい。


「宏ねえ、お礼を言うのは俺の方だよ。いつも話聞いてくれて、ありがとう。たくさん相談に乗ってくれて、ありがとう。俺、宏ねえが言ってくれた事、絶対に忘れないから」

手をギュッと握りしめて、ヒロクンはしゃくりあげながら、真剣に言葉を探している。
でも、ヒロクン。もう一方の手、あたしのお水入れを握ったままだよ。お水、いっぱいこぼれたよ。


「俺、友達にもちゃんと話そうと思う。自分の事、ちゃんと知ってもらおうと思う。
宏ねえが言った通り、わかってくれる人はちゃんと居る。佐伯さんも・・・あの、敵討ちを手伝ってくれた探偵さんなんだけど・・・
佐伯さんも、ちゃんと話を聞いてくれたんだ。宏ねえのこと、素敵な人だって。こんな形で亡くなったのは残念だ、って言ってくれたんだよ」


ヒロクンが、笑おうとしてる。
目は水浸して真っ赤だけど、心から笑おうとしてる。
ガンバレ、ヒロクン。もうちょっと。


「宏ねえの分も、ちゃんと生きなきゃね。ピロチャンのことも頼まれたし。俺、頑張るから」



あたしは必死に思い出す。
ヒロチャンの声。ヒロチャンの言葉。ヒロチャンの話し方。




「ダイジョブよ。ありがとね」



「うん、大丈夫。俺はもう、大丈夫。宏ねえ、ありがとう」



ヒロクンはしばらく服の袖で顔を隠してたけど、やがて顔をゴシゴシ擦った。
腕を離すと、目は真っ赤だったけど、もう濡れてはいなかった。

大きくひとつ深呼吸すると、あたしに向かって指を差しだした。
あたしはちょんと飛び乗った。

ヒロクンはにっこり笑って、あたしの頭を撫でてくれた。


「ピロチャン、宏ねえと話させてくれて、ありがとう。偉かったね」






ヒロクンが、笑ってくれた。

よかった。




あたしはとっても安心して、急に眠たくなってきてしまった。
目がしょぼしょぼする。


「あ。もう、こんな時間だ。夜更かしさせちゃったね。ピロチャン、もう寝ようね」



ヒロクンがあたしをベッドに運び、寝かせてくれた。
そーっとお水を取り替えて、カーテンを被せてくれる。


ベッドのお部屋が暗くなった時、ふわっとヒロチャンの匂いがした。
あたしの大好きな、優しくて柔らかな、素敵な匂い。


「ありがとね」


ヒロチャンの声が小さく聞こえた気がしたけど、あたしは眠たすぎて、目を開けることが出来なかった。




大好きなヒロチャンの香りに包まれて、あたしはとても安らいだ気持ちで眠りについた。



あした、ヒロチャンに会えるかな・・・・








 ーーーーー 終わり ーーーーー 









この本の内容は以上です。


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