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玄関の鍵を開ける音で、あたしは目が覚めた。
少しうたた寝してしまったみたいだ。


ヒロチャンが帰ってきた!!

あたしは嬉しくって、ベッドのお部屋の中をピョンピョン飛んだ。網を齧ってガタガタ鳴らした。

ヒロチャンおかえり!遊ぼ!遊ぼ!



でも、聞こえてきたのは、いつもの優しい声じゃなかった。

知らない声。ヒロクンより、おとーさんより低くて、しゃがれた声。


何か、盛んに喋ってる。

ふたり?イヤ、3人だ。3人の声がする。

誰?!ここはヒロチャンとピロチャンのおうちだよ!
ヒロチャンはどうしたの?!

前にも何度か、知らないヒトが遊びに来たことがある。
でもその時は、必ずヒロチャンも一緒だった。

おかしい。何か、おかしい。



ヒロチャンのお部屋のドアが開いた。


現れたのは、大きなヒトだった。

その後ろから、ふたり現れた。

テーブルの上の紙を見て何やら相談すると、小さな薄い箱を取り出して耳に当て、何か話している。


大きなヒトは小さな箱をしまうと、ヒロチャンのお部屋を荒らし始めた。
いや、荒らしているのはふたりだけで、もうひとりはドアの横にそわそわと立っているだけだ。

やめろ!それはヒロチャンのだよ!!
知らないヒトが、勝手にヒロチャンの物に触るな!!


あたしは必死でヤツらを威嚇した。
声の限りにギャーギャー騒ぎ立て、お部屋をガタガタ揺らした。


おい!このドアを開けろ!!
お前の鼻に噛み付いてやる!!目を突っついてやる!!

ヒロチャンとヒロチャンのおうちは、あたしが守るんだ!!!



ヒトのひとりが、振り返ってこっちを見た。
迷惑そうなしかめ面をしている。

お前なんかにそんな顔をされる筋合いは無い!!
出て行け!!あたし達のおうちから、今すぐ出て行け!!!




しばらく騒いでいると、玄関のチャイムが鳴った。

一瞬ヒロチャンが帰ってきたかと思ったが、ヒロチャンならチャイムを鳴らす必要は無い筈だ。

ドアを開けて入ってきたのは、ヒロクンだった。


ヒロクン!ヒロクンが助けに来てくれた!
あいつら悪いヤツだよ!ヒロチャンのおうちを荒らしてるの!やっつけて!

あたしは精一杯羽根をばたつかせて、ご飯やお水を跳ね散らかした。

開けて!ここを開けて!あたしがとっちめてやるんだから!



でもヒロクンは、あいつらと話し始めた。


「渡辺博己さんですね?」

「どういうことですか?おじさんとおばさんは?」
「ご両親にも連絡して、今こちらに向かわれています」

「あの、俺には信じられない。あり得ません。宏ねえが、まさか・・・」


ヒロクンはヤツらと話しながら、首を振ったりふらふらと頷いたりしていたが、テーブルの上の紙を渡されて動きが止まった。


「宏ねえの字です、確かに」

ヒト達はヒロクンをヒロチャンのソファに座らせた。
ヒロクンは項垂れ、顔を両手に埋めている。


どうしたの?そうか、そいつらにいじめられたのね?
早くここを開けて!ヒロクン!そしたら、あたしが助けてあげるから!


ヒトの片割れに促され、ヒロクンが立ち上がってこちらを向いた。
でも、あたしの部屋に近づいて話し掛けるだけで、あたしを外に出してはくれなかった。

「ピロチャン、落ち着いて。大丈夫だからね。怖くないから」




・・・ヒロクン?何言ってるのか、わからないよ。

それよりヒロクン、お顔が真っ青だよ?声が震えてるよ?どうしたの?


心配でお部屋のドアをガタガタ揺すったあたしに、ヒロクンはお口の前に震える人差し指を立て、「しーっ」と言った。

これはあたしがわかる言葉のひとつで、「静かに」という意味だ。


仕方ないから、あたしは「ピョッ」とだけ言って、騒ぐのを止めた。
ヒロクンは「いいこだね」と、指を挿し入れてあたしの頭を撫でてくれた。

そしてもう一度、「しーっ」と言って、あたしのお部屋のカーテンを被せてしまった。


夜にはまだ間があるので、カーテンをかけても真っ暗になることはない。
でも、あたしにはカーテンの裏側しか見ることが出来なくなった。

しばらくは、カーテンの向こうの様子に聞き耳をたてていたけど、時間が経つにつれてだんだんと暗くなっていって、あたしはいつの間にか眠ってしまった。







起きてみると、あたしは知らない場所にいた。お部屋の匂いが違う。

ベッドのお部屋のカーテンは閉じたままだけど、うっすらと朝日が差しているのはわかった。

ベッドから飛び降りて動き回っていると、カーテンが外された。


そこに居たのは、ヒロクンだった。


「ピロチャン、おはよう。今日からここが、おまえの家だよ。
宏ねえみたいに出来るかわからないけど、俺、頑張って世話するから。安心して」

ヒロクンはあたしに微笑みかけた。けど、あたしにはわかる。
これは、無理してる顔だ。いつかのヒロチャンにそっくり。


「宏ねえに頼まれたんだ。父さんでも母さんでもない。俺が、頼まれたんだ。だから・・・これから、よろしくな」


こうして、あたしはヒロクンと一緒に、ヒロチャンを待つことになった。





 ーーーーーーーーー


ヒロクンは、とても忙しそうだ。


今日も夜遅くに帰ってきて、小さな薄い箱を耳に当てて長いこと話している。


「そんなんじゃない。佐伯さんは信頼出来る人だよ。最初は断られたけど、宏ねえとのことを詳しく話したら、やっと引き受けてくれたんだ」


「何度も言ってるだろ!宏ねえが自殺なんて、考えられない」


ヒロクンの声が大きくなってきてる。興奮しているのがわかる。


「俺がひとりで悩んでたとき、宏ねえだけが気付いてくれた。何度も、何時間もかけて話を聞いてくれた。
母さんも父さんも、話をまともに聞いてすらくれなかったよね?
宏ねえは、一緒になって真剣に考えてくれたよ」


悲しそうに顔をしかめて、空中を睨みつけてる。
あたしは怖くなって、おもちゃの陰に隠れた。


「『君の歳で自分のことを決めつけるのは、まだ早い。でも、もし他人と少し違っていたとしても、なんの問題も無い。悪いことをしてるわけじゃないんだから。
自分の居心地の良いように生きれば良い』って、宏ねえは言ってくれた。

『辛いことがあったら、辛くない方へ逃げても良い。少し休んで、また頑張って乗り越えても良い。そのときが来たら、決めれば良い。人生、これからなんだから、大丈夫』って、言ってくれた。『私がついてるからね』って、言ってくれた」


「ねぇ、わかる?宏ねえは、俺が他人と違っていても気にしない。ずっと味方だって、言ってくれたんだ。なのに、おかしいじゃないか。そんな人が、あんなに優しい宏ねえが、無理心中なんて。しかも、あんな異常なやり方で。

・・・きっと何か、よっぽどのことがあったんだよ。俺はそう思う。でなきゃ、俺をおいて死んだりしない。

宏ねえが遺してくれた手紙、俺のこと気にかけてくれてたんだ。最後まで・・・」


ヒロクンは目をゴシゴシ擦った。

その後少し話して、ヒロクンは箱を置いた。
その時もまだ、目を擦ってた。


あたしは、身体を硬くして隠れ続けてた。

ヒロクンはとても悲しそうで、あたしはそんなヒロクンを見るのが辛くて、
慰めてあげたかったけど、でも少し、怖かったから。



ヒロクンは顔を擦ったり洟をかんだりしながらお部屋の中を歩き回ってたけど、やがてこちらへやって来た。

その頃には、荒かった呼吸も静かになっていて、前みたいに微笑んでくれた。

「ピロチャン、大きな声出してごめんな。怖かったね」


ヒロクンがとても淋しそうに笑うので、あたしは眠くなるまで、お気に入りのおもちゃを一緒に突ついたりして、ヒロクンと遊んであげた。




ヒロクンは留守がちで、ヒロチャンみたいに長い時間遊んでくれないから、あたしは少し淋しいけど、でもちゃんとご飯とお水をくれるし、このおうちもなかなか快適だ。

でもヒロクンは、たまにとても悲しそうな顔をする。
その度に、あたしもちょっと悲しくなる。
ヒロクンとヒロチャンは顔がなんとなく似ているから、余計に。

あたしも悲しい時、ヒロチャンみたいにおめめからしょっぱいお水が出たらいいのに。
そしたらヒロクンも、あたしが悲しんでるって、わかってくれるだろうに。


やっぱり、あたしと同じくヒロチャンが居なくて淋しいのかな。
ヒロクンは悲しいと、たまに子供みたいな表情になるから、あたしはお姉さんみたいな気分になる。
ヒロチャンが帰ってくるまで、ヒロクンはあたしが守らなきゃ。




「・・・だから、明日そっちへ届くから。一晩かけて、よく読んでおいて欲しいんだ」


ヒロクンが帰ってきた。
例の、薄っぺらで小さい箱をくっつけて喋りながら、部屋に入って荷物を下ろす。


「うん。それで、明後日の夜、佐伯さんと一緒にそっちに行くから。それまでに報告書をよく読んで、伯父さん達に話すべきか、判断して欲しい」


ヒロクンやヒロチャンがひとりで喋っている時、あたしは静かにしている。
じゃないと、「しーっ」って言われるから。

そしたら、ひとりお喋りが終わった後に、「えらいね」って頭を撫でてくれたり遊んでくれたりするんだ。



「あらかじめ言っとくけど、かなり酷い内容なんだ。ショックを受けるかもしれない。
・・・ちょっと今は、説明出来そうにないよ。頭に血が上ってるって言うか・・・うん、ごめん・・・・うん、よろしく」


話し終わるとヒロクンは、大きく息をついた。口から魂が出て行っちゃうんじゃないかと思うくらいの、ため息。
そして壁にもたれ、そのままずるずると滑り落ちて床に座った。
背中を丸めて俯いたまま、ぼんやりと手の中の小さな箱を眺めている。


電気も点けず放心しているみたいなヒロクンが心配で、あたしはご飯のお部屋の中をピョンピョン飛び回った。
ヒロチャンのおうちと違って、ここではヒロクンが留守の間、あたしのご飯のお部屋の扉は閉められているのだ。


ヒロクン、ヒロクン、大丈夫なの?

あたしのたてる物音に気付いて、ヒロクンは立ち上がってこちらへやって来た。
電気は点いてないけど、外から入ってくる街灯の明かりで部屋は薄暗い。

扉を開けてくれるヒロクンの顔を見て、あたしは愕然とした。



あのときの、ヒロチャンと同じ顔をしてる。

ヒロチャンを見た、最後の日。
あたしのベッドのお部屋をヒロチャンのお部屋に移して、そのままひとりで出て行ってしまった、あの日。

すごく悲しそうで、疲れていて、絶望したような、虚ろな目。
二度と微笑みが戻らないんじゃないかと思うくらい、力なくかさついた唇。

でもヒロチャンと少し違うのは、ヒロクンはすごく怒っているってこと。
すごく悲しくて、すごく怒っているのが感じられる。


あたしの頭の毛が逆立ち、恐怖で身体がぎゅっと縮んだ。


ヒロクン、駄目だよ!
ヒロクンも居なくなっちゃうの?あたしを置いて、出て行っちゃうの?
嫌だよ!嫌だよ!あたしをひとりぼっちにしないで!!
一緒にヒロチャンの帰りを待つんでしょ?!


「ああ、水を替えてやらなきゃ・・・ちょっと待ってね、ピロチャン」

ヒロクンはそう呟いて、扉を開けてお水入れを取り出すと、くるりと背中を向けた。



待って!行かないでよ!

ヒロクンが出て行くのを止めなきゃ。どうしたらいい?
ヒロチャンはあの時、なんて言ったっけ?思い出して。思い出して!!


「ごめんね?」

ビクッとして、ヒロクンの足が止まった。


あたしはもう一度、思いっきり集中した。
ヒロチャンの声。ヒロチャンの言葉。ヒロチャンの喋り方。


「ごめんね?」




「宏ねえ・・・?」

ヒロクンが掠れた声で呼びかけ、周囲を見回す。


「まさか、な。そんなわけ・・・もしかして、おまえ?ピロチャン、喋れるようになったの?」

ヒロクンは急に振り向いて、あたしの部屋を覗き込んだ。
すごく驚いているみたいだけど、今は少なくとも、悲しんでも怒ってもいない。



「でも、メスのインコはあまり喋らないって・・・」


ヒロクンは混乱したように口元を拭った。その拍子に、少しお水がこぼれた。

あたしはお部屋から出て、お水入れを持ったヒロクンの手に飛び移った。
そのまま腕を登って頭のてっぺんに座り、頭を撫でる代わりに、髪をそっと齧った。


ヒロチャン、お話ししながら、よくヒロクンの頭を撫でていたよね。

ヒロクン、もう悲しくならないで。怒らないで。
あたしがついてるからね。一緒にいるからね。
一緒にいたら、淋しくないからね。



「宏ねえ?・・・ほんとに宏ねえなの?」




ヒロクンはあたしを落っことさないようにそーっと歩いて、ベッドを背もたれにしてゆっくり座った。


「・・・あー、もういいや。俺、信じるよ。宏ねえ、ここに居るんだよね?」

ヒロクンの声は、今にも泣き出しそうだ。


「ねえ、宏ねえ。俺、どうしても知りたかったんだ。宏ねえが、なんであんなことしたのか。絶対に、なにか理由があるって思った。

そしたらさ。あの茅島美津姫って女、酷いやつだったよ。
宏ねえは唯一の友達だなんて言ってたけど、昔ハブられてたのを助けてくれたなんて言ってたけど、そんなんじゃなかった。高校ん時はどうだったか知らないけど、あいつ、最低の人間だった。宏ねえ、あいつにずっと騙されてたんだよ」

ヒロクンは、グスンと洟をすすった。
段々と涙声になっている。


「俺、許せなくって。絶対に許せなくって。全部、バラしてやったんだ。
あいつ、あの小林ってヤツも結局騙されてた。馬鹿なヤツだよ。ほんとの事知って超ビビっててさ。ダッセーの。いい気味だったよ。

・・・宏ねえ、敵討ち出来たよね?少しは喜んでくれる?喜んでくれるよね?」


ポタポタと、膝の上にお水が落ちた。
あたしは肩の上に飛び降りて、うんと身体を伸ばして、ヒロクンのおめめから伝うしょっぱいお水を飲んであげた。


ヒロチャンはね、あたしがおめめのお水を飲んであげたら、「ダイジョブよ」「ありがとね」って言うの。子守唄を歌うみたいに。
そして嬉しそうに、ニコって笑うんだよ。

ヒロクンも、悲しくなくなるよね?嬉しくなって笑ってくれるよね?

ほら、こう言うんだよ。


「ありがとね」




「・・・やっぱり、宏ねえだ。その喋り方」


ヒロクンは目をゴシゴシ擦ったけど、おみずは全然止まらなかった。
それどころか、余計に泣きじゃくってしまったけど・・・なんか、ちょっと笑ってるみたい。


「宏ねえ、お礼を言うのは俺の方だよ。いつも話聞いてくれて、ありがとう。たくさん相談に乗ってくれて、ありがとう。俺、宏ねえが言ってくれた事、絶対に忘れないから」

手をギュッと握りしめて、ヒロクンはしゃくりあげながら、真剣に言葉を探している。
でも、ヒロクン。もう一方の手、あたしのお水入れを握ったままだよ。お水、いっぱいこぼれたよ。


「俺、友達にもちゃんと話そうと思う。自分の事、ちゃんと知ってもらおうと思う。
宏ねえが言った通り、わかってくれる人はちゃんと居る。佐伯さんも・・・あの、敵討ちを手伝ってくれた探偵さんなんだけど・・・
佐伯さんも、ちゃんと話を聞いてくれたんだ。宏ねえのこと、素敵な人だって。こんな形で亡くなったのは残念だ、って言ってくれたんだよ」


ヒロクンが、笑おうとしてる。
目は水浸して真っ赤だけど、心から笑おうとしてる。
ガンバレ、ヒロクン。もうちょっと。


「宏ねえの分も、ちゃんと生きなきゃね。ピロチャンのことも頼まれたし。俺、頑張るから」



あたしは必死に思い出す。
ヒロチャンの声。ヒロチャンの言葉。ヒロチャンの話し方。




「ダイジョブよ。ありがとね」



「うん、大丈夫。俺はもう、大丈夫。宏ねえ、ありがとう」



ヒロクンはしばらく服の袖で顔を隠してたけど、やがて顔をゴシゴシ擦った。
腕を離すと、目は真っ赤だったけど、もう濡れてはいなかった。

大きくひとつ深呼吸すると、あたしに向かって指を差しだした。
あたしはちょんと飛び乗った。

ヒロクンはにっこり笑って、あたしの頭を撫でてくれた。


「ピロチャン、宏ねえと話させてくれて、ありがとう。偉かったね」






ヒロクンが、笑ってくれた。

よかった。




あたしはとっても安心して、急に眠たくなってきてしまった。
目がしょぼしょぼする。


「あ。もう、こんな時間だ。夜更かしさせちゃったね。ピロチャン、もう寝ようね」



ヒロクンがあたしをベッドに運び、寝かせてくれた。
そーっとお水を取り替えて、カーテンを被せてくれる。


ベッドのお部屋が暗くなった時、ふわっとヒロチャンの匂いがした。
あたしの大好きな、優しくて柔らかな、素敵な匂い。


「ありがとね」


ヒロチャンの声が小さく聞こえた気がしたけど、あたしは眠たすぎて、目を開けることが出来なかった。




大好きなヒロチャンの香りに包まれて、あたしはとても安らいだ気持ちで眠りについた。



あした、ヒロチャンに会えるかな・・・・








 ーーーーー 終わり ーーーーー 









この本の内容は以上です。


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