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タイトル

イーペル

鏑木夏凪


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もくじ

 

  

  第1章 あおのかおり(お試し部分)      1

      あおのかおり                   4

  第2章 あかいほのう                   22

  第3章 きいろのきり                   31

  第4章 みどりのおか                   51


      あとがき                     64

 


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第1章 あおのかおり(お試し)

第1章 あおのかおり(お試し)

 

眠りはあたしにまとわりついて深く、太陽がめぐるのも四季の花が繰り返すのも、ショパンの子守歌が鳴り止むのにも気がつかずにいる。何度目の沈黙への落下だろうか?

天頂の虚空には幽明が実存しているの?

 

「風はどうだね?」漆黒から濃紺へ東の空を昇る太陽の予兆を描く水平線をフェニキア将軍リュッテラスは見通して、船尾に佇んでいるあたしに聞いた。

腰に飾られた青銅の剣が波に合わせて硬い音をたて、船体に寄せる波が鎚で叩くような音を立てていた。

あたしは目を閉じて両手を合わせてひざまずき、呼吸を静めて神経を落ち着かせる。

頭に響いた神の声を探し聞いてゆっくりと答える。

「神託では、太陽が中程に昇るとき海から陸へ風は吹きます」

「神に感謝を、アヤリュラメ」と応じてリュッテラスは軍扇を振り、冴えた風韻を響かせて配下に合図した。

この船の漕ぎ手を束ねる漕手長が命令を受けて返事をし、声を張り上げると同時に櫛比する船々から応じる声が順にあがる。船体の横に伸ばされたオールは、一斉に歌声と共に動き始め、船を岸壁から沖へと向けていく。

濃紺の空を薄いオレンジ色に変えた太陽は背にした港の輪郭をあらわにし、夜通し出港の準備をしてきた者や、また、兵士の妻や子供たちは、石造りの突堤や街はずれの高台から盛んに手を振っていた。

マストの先端に上がった見張り番のうち、いくつかの船の何人かも手を大きく振り返していた。

やがて、港も視界から消え、フェニキアの大地も彼方に消えた海域に着くと、リュッテラス将軍は風向きと潮の流れを測ってうなずき、軍扇を再び鳴らした。

「帆を上げろ!」甲板長が怒鳴り、各船へ伝達される。

甲板の者たちはよどみなく動き、すべての船の大きな帆がすばやく上げられた。

布が風をはらむ音が小気味良く甲板に響く。ロープが操作され、滑るように波を切って船はスピードをあげ、漕手のオールはしまわれる。

海面を打っていたオールの響きに変って、帆布がばたつく音があたしの耳に満ちた。

背後に視線を向ける。

フェニキアの紋章を帆に記した百艘を超す船が同じ方向へと並ぶ進んでいるのは壮観だった。

「アヤリュラメ、これが世界の海を制覇するフェニキア軍の猛々しい姿だ。よく見ておくがよい」

あたしの隣に寄り添ってリュッテラス将軍は船団に手を向け、端から端まで指し示してみせた。

「海一面がフェニキアのようです」

「そうだろう、これほどの規模の船団はわが軍でも初めての数だ。エジプトのやつらに思い知らせてやるのさ」

「神のご加護がありますように」あたしは神殿で一言するように答えた。

「それより、アヤリュラメは航海するのは初めてなのだろう、船酔いもするかもしれぬ、気楽にな」微笑んでリュッテラス将軍は甲板の中程へと進んでいった。

この新型の船を作り出した参謀長が船首から戻って来て、太陽の光から現在位置がわかる神秘の円盤を囲んで、リュッテラス将軍と何かを話しはじめる。

あたしをちらりと参謀長はみて、風向きはと手で問いかける。

方向を指し示すと、二人はあたしが預言した風向きに合わせて船の進路を定め、指示を受けた甲板長は全軍に命令を送った。

船内から上がってきた漕手や甲板員は力を合わせて帆の角度を変え、操舵手が舵を切る。ぎしぎしっと船が軋み、新しい進路へ船は一斉に向う。

風が預言のとおりに変っていく。

あたしは神に感謝をのべてから、船酔いなんてするもんですか、船に乗るのははじめてでもあたしだってフェニキアの女ですと、穏やかな波と柔らかな風になびく髪を抑えながら思っていた。

 


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