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異形 月の竹 眠るモノ 四話

男は、夕刻、茶店の窓際の席に座っていた。
珈琲をテーブルに戻し、行き交う人を眺める。
街中、まだ、日差しは残り、夕食の材料だろうか、買い物帰りらしい女性が多い。
男は会計事務所の勤めからの帰り、待ち合わせにと茶店に寄ったのだった。
幸せすぎて申し訳ない、思わず、男の口から小さく言葉が漏れた。

「よう、久しぶりだな。寺で閉じ込められて以来だ」
男がゆっくりと顔を上げた。
「どちら様でしょうか。お人違いではありませんか」
男が興味無さそうに言う。
愚円は男の前、斜すに座ると、テーブルに右肘を載せ笑った。(短編小説『異形流堰迷子は天へと落ちていく』四話より)
「冷たいなぁ、昔の仲間によ」
男は、溜息をつくと静かに言った。
「あんたとは仲間だった記憶はない。だが、仕事を邪魔された記憶ならある」
男は残った珈琲を飲むと言った。
「私は待ち合わせでね。ここで人を待っているんだ。邪魔しないでくれるかな」
「なんだ、儲け話か。なら、俺にも小遣い稼ぎさせてくれよ」
「いや、娘と待ち合わせだ」
一瞬、愚円の顔が引きつった。
「幸とか言ったな」
「あんたの口から、娘の名が出るのは、なんだか汚されたようでいやだな。まぁ、幸は四女で、これから来るのは次女だ」
愚円はほっと息を漏らしたが、おそるおそると尋ねた。
「同じばけものか」
「私の娘達をばけもの呼ばわりするな。みんな、可愛くて優しい女の子だ。さっきもね、思っていたんだ。・・・こんな私が、良い娘たちに恵まれてさ、申し訳ないくらいだってね」
「あの神殺しの魔術師とも言われた無がこんな冴えないおっさんになってしまうとはな」
男は小さく笑った。
「褒めてくれてありがとう」

男は初めて愚円の姿を直視した。
「仕立ての良いスーツ。こざっぱりとした様子じゃないか。ちょっとしたやり手のビジネスマンだな」
「垢だらけでは女にモテないからな。それに金もある、遊ばないという選択肢を選ぶ理由はないだろう」
「坊主を辞めたのか」
「いや、館長直々の命令だ。人探し、いや、鬼探しだ」
愚円は顔を寄せると、小声で囁いた。
「この辺りでかぐやのなよたけの姫を見たという情報がある。随分と前だがな」
「鬼の女王か。探しているのか」
「賞金が出ている。一生、遊んで暮らせる金額だ。だが、俺はそんな金には関心がない。それだけの金を出そうということ自体に関心がある。考えられないような金が裏で動いているはずだ」
「なるほど、敏腕のビジネスマンだ」
「あんたも一口乗らないか」
「冴えないおっさんだからな、遠慮しておくよ。私はそんなことよりも、今晩の晩御飯の方が関心あるんだ。だしの効いた茄子のつゆびだしが食いたいとかさ」
愚円が哀れむような顔で男を眺めた。
「ここまで落ちてしまうとはな、あの無が」

こんこんと硝子を叩く音がした。なよたけの姫と黒が笑みを浮かべ、手を振っている。男は入り口を指さすと、にっと笑みを返した。
「愚円。手を引け、怪我するだけだ」
いきなりの男の言葉に愚円は男の真意を計りかねた。

「父さん、待たせたな」
「たいして待っていないよ」
男が笑った。
「その男、誰じゃ」
「古い知り合い。とっても悪い奴だから、喋っちゃだめだよ。さぁ、帰ろうか。ん、黒がいないな」
「あそこじゃ」
なよたけの姫が指さす入り口、ショーウインドにケーキが売られており、ぼぉっと黒が幸せそうに見つめていた。
「アップルパイが欲しいらしい。なぁ、父さん、初めての給料は父さんのものを買うつもりじゃったが・・・、アップルパイ買っても良いかのう」
「なよが佳奈さんちでアルバイトしたお金だ、父さんのことよりも自分が買いたいことに使いなさい、ついでに言うと、父さんもアップルパイ、好きだからさ。みんなで食べたら楽しいな」
「ならば、そうしよう」
にかっとなよたけの姫は笑みを浮かべると、黒のところへと歩きだす。呼吸困難のように口をぱくぱくさせていた愚円がやっと意識を取り戻した。
「俺が館長から探索を仰せつかったのは、かぐやのなよたけの姫の顔を知っているのが俺と館長だけだったからだ。なんで、かぐやのなよたけの姫があんたの娘なんだ」
「うーん、他人の空似かな」
男が気楽そうに答えた。
「多分、お前の情報も、うちの娘を見間違えたんだろう、削除しておいてくれ」
男は明細を持ち、立ち上がるとレジへ向かった。

にこぉぉっと黒が満辺の笑みを浮かべる。
店の外、黒はしっかりとアップルパイ、ホールで二つ、箱を抱えていた。
「先生、ありがとう」
「ん、買ったのは、なよだよ」
「なよ姉さん、先生にお礼を言えって。先生の新しい財布がアップルパイになったんだからって」
「そうか、それは、どういたしまして」
男は笑うと、なよたけの姫に言った。
「さすがのなよも黒には甘いなぁ」
「性根が腐らん程度には甘やかしてやるわ、一応、こいつはわしの命の恩人じゃからな。それに、こいつが声をかけなんだら、小夜乃も生き返ることはできんかった」
ふっとなよたけの姫は笑みを消した。
男はなよたけの姫が小夜乃を連れ帰った次の朝、小夜乃を抱きかかえ、助けてくれてありがとうと真っすぐに言ったこと、そして、小夜乃に国の責任者として民を守れなかったのを謝ったことを思い出した。
小夜乃はなよたけに姫にしがみついて泣いていた、いつまでも。


「あ、黒。なよ姉さんにアップルパイを買ってもらった」
あさぎの横で、夕食にと茄子を切っていた幸が声を上げた。
「黒はなぁ、本当に」
幸は手を止めて、溜息をついた。
「ごめんなさい、母さん。黒姉ちゃん、悪気はないんです」
白が慌てて黒をかばった。
白は棚からお皿を出していたが、手を止めると、そっと幸に言った。
「ここに来るまで、本家では、食べるもの、あまりもらえなくて、黒姉ちゃんが、あたしたちに食べさせようと、いつも・・・」
幸は包丁を離すと、ぎゅっと白を抱き締めた。
「良い姉さんだな」
「うん」
白が堪えるように小さく呟いた。
あさぎが棚からティーカップを出す。
「夕食の後はアップルパイ、紅茶の用意、しておくね」
「あさぎ姉さん、しょうがないから、黒にはちょっと多めに取り分けてやろう」
「うん、しょうがない、しょうがない」
あさぎが楽しそうに笑みを浮かべる。
「あ、でも、そうしたら、黒は白や三毛に、自分の分も食べろっていうかもしれない」
ふと、あさぎが呟いた。
困ったように、白は笑みを浮かべると、首を横に振って言った。
「あさぎ姉さん。それは絶対ないと思う」
くすぐったそうにあさぎが笑った。
幸はもう一度、茄子を切り始めたが、思い出したように言った。
「そういえば、三毛はまだ戻らないのかな」
「小夜乃ちゃんと散歩するって、出たきりだね。あかねちゃんも一緒かな」
あさぎが答えた。
「あさぎ姉さん」
「ん」
「体操をね、小夜乃ちゃんに教えてやってほしいんだ。いいかな」
「うん、教えるよ」
「ね、そのうち、この体操はダイエットと美容の体操ですって売り出そうか。儲かるかもしれない」
「本が百万部突破、DVDもつくらなきゃね」
幸の言葉に、あさぎが笑った。

川上を夕日が沈んで行く。
三人がそれを静かに眺めていた。
並んで座る影、静寂を遮るようにあかねが言った。
「綺麗な色ですね」
「太陽は燃え尽きて死んでしまうけど、朝にはまた甦り、世界を照らす。だから、朝の太陽は生まれたばかりの元気な赤ん坊なんだよ」
小夜乃が小さく呟いた。
「それは」
三毛が小夜乃の言葉を促した。
「かぐやのなよたけの姫様の言葉です」
ふと、三毛は小夜乃の手を握ると呟いた。
「ごめんなさい、とっても恐い人だと思っていたんだ」
小夜乃はそっと笑みを浮かべた。
「とっても恐いけど、とってもとっても優しい人なんです」


くしゅん、なよたけの姫がくしゃみをした。
「なよ姉さん、それは噂くしゃみだよ」
両手にアップルパイの箱を抱え、黒が笑った。辺りは少しずつ、夜の気配を現し、三人は家路へと急ぐ。
「ならば、誰かが、わしを褒めてくれてるのだろう」
黒が楽しそうに笑った。
「きっと、良い人だっていっているんだ」
「さてな。わしはそんなには良い奴ではないからな」
なよたけの姫はふっと顔を曇らせたが、気持ちを切り替えるように笑った。
「黒。お前はわしが恐くないのか」
「怒鳴られたら泣いてしまうかもしれないけど、でも、恐くない。啓子さんも、なよ姉さん、恐くなくなったって言ってた。とっても可愛い女の子だって言ってたよ」
「あやつはなめておるのぉ。まぁ、良い、それもあやつの良いところじゃ」
「なにはともあれ」
なよたけの姫が顔をぐっと上げた。
「かしずかれるより、対等に喋るのは随分と楽しいものじゃな」


「無の野郎。何が娘だ」
ホテルの一室。愚円は女がシャワーを浴びている間、ベッドの上で歯噛みをしていた。
このまま、尻尾巻いて逃げ出せるはずがない、お宝が目の前に転がっているのに、手ぶらで帰れるか。
しかし・・・、流石にあの三人を相手に勝ち目はない。
そういや、なんで、かぐやのなよたけの姫にあんな賞金が付いているんだ、それに、いま、奴の国は結界が張ってあり、誰も入れない、もちろん、鬼の奴らもだ。そもそも、人と鬼の連合軍が、なんで、あんなど田舎の国を攻める必要がある。
このからくりの裏を解いて行く方が、儲けに近いかもしれん。どうせ、あいつら三人に勝てるような奴はいないからな。
出し抜かれる心配はないだろう。
不意に、シャワーの音が止まった。


「母さん。なよ姉さんにアップルパイ買ってもらったよ」
家の前で少しは叱ってやろうかと、黒を待ち構えていた幸だったが、黒のなんの戸惑いのない、その声に半分呆れ、笑みを浮かべた。
「良かったな、黒」
ぐりぐりと拳で黒の頭をなでる。
「もぉ、母さん、痛いよ」
「ごめん、ごめん。さぁ、アップルパイは冷蔵庫だ」
「うん」
黒がぱたぱたと家に駆け込んで行く。
「黒にはかなわないな」
男が笑った。
幸も笑うとなよたけの姫に言った。
「なよ姉さん、お疲れさま。折角の給料がアップルパイになってしまったね」
「給料は余禄じゃ。わしは佳奈のところへ遊びに行っているようなものじゃからな」
「でも、佳奈姉さん、喜んでいたよ。売上が上がったって」
なよたけの姫がにっと笑った。
「売り子は面白いのぉ。国を治めるのと似ておる」
「話はあとあと。さあ、家に入ろう」
男は二人を促すと家に入った。

「あ」
小夜乃は小さく呟くと、よろめきながら、なよたけの姫の元へ走り、その前で正座した。
「お帰りなさいませ、姫様」
「ただいま。しかし、ここではその姫様はやめてくれ。妙に照れるからな」
なよたけの姫は小夜乃の前に座ると、右手を差し出した。
「わしの手を両手でぎゅっと握ってみい」
「は、はい」
うぅっと唸りながら小夜乃が両手でなよたけの姫の右手を強く握る。
「よしよし。随分、力が戻ってきたな」
小夜乃は手を離すと、嬉しそうに笑った。
「さて、晩ご飯の用意もできておりそうじゃ。食卓を出すかな」
なよたけの姫が折り畳みのテーブルを廊下から運ぶ、あたふたと小夜乃がそれを手伝った。三毛とあかねがもう一つ、テーブルを出し、並べる。これで九人が座ることができる。
満辺の笑顔のまま、黒が折り畳みの椅子を運んで来た、白も折り畳み椅子を両手に運ぶ。
「黒さん、嬉しそう」
「小夜乃ちゃん、晩ご飯の後はアップルパイだよ」
黒は椅子を降ろし、小夜乃を抱き締めると、うふふっと笑う。
「黒姉ちゃん、涎が出てるよ」
白が見とがめて言った。
「黒姉ちゃんは幸母さんの御陽気なところばかり似ています」
白が大袈裟に溜息をついた。白は意識して幸を母さんと呼ばずに幸母さんと呼ぶようにしていた。
黒は笑うと、小夜乃から離れ、椅子を並べる。
「何を言われても怒らないよぉ。御陽気母さんに似ているって言われても」
黒が鼻歌交じりに答える。
「ジャガイモと茄子と玉葱のお味噌汁です」
三毛が鍋を抱えて台所からやって来た。よいしょっとテーブルに鍋を置く。
「やったー、いっぱい食べるよ」
「黒姉ちゃん、アップルパイを食べるなら、ちょっと、控えめの方がいいよ」
「えぇっ、三毛は厳しいなぁ。入るところが違うから大丈夫だよ」
「別腹ってやつですね。黒姉ちゃんは本当に胃が二つあるかもしれない。一度、母さんに診てもらったほうがいいよ。でも・・・、太るかもしれないけど、アップルパイは楽しみです」
三毛は笑うと黒に頷いた。
「黒さん、ほどほどですよ。黒さん、少し動きが鈍くなっています」
「は、はいっ」
あかねがおひつを抱え、直立不動になった黒を少し睨んだ。
三毛が不思議そうに二人を見る、あかねがちょっと舌を出して、三毛に笑いかけた。

「よいしょっと」
男が野菜炒めいっぱいの大皿を抱えて持って来た、やっとのことで、テーブルに置く。
「いろんなのが入っておるのぉ」
なよたけの姫が驚いて覗き込んだ。
「美味しいですよ」
あさぎがお茶の入ったやかんを片手に笑った。
「いま収穫できる野菜はもちろん、ハーブや食べられる草まで入っています。味付けはちょっと中華風です、自家製ベーコンも入っていて旨みは充分ですよ」
「なるほどのぉ、あさぎの作ってくれるものは旨くていい。早く食べよう」

食卓では必ず黒は真ん中に座る。両方の大皿からおかずを取るためだ。
頂きます、元気よく黒は言うと本当に嬉しくてたまらないと笑顔で晩ご飯を食べる。
あさぎが黒を見て、幸せそうに笑った。
「黒ちゃんは本当に嬉しそうに食べてくれるね、作りがいがあるよ」
「あさぎ姉さん、とっても美味しいよ」
「ありがと」
黒はにひひと幸のおどけた時とそっくりの笑みを浮かべた。幸はふと、立ち上がると、硝子戸を開け、代わりに網戸を閉める、涼しい風がそっと入ってくる。そして振り返る、
楽しいなと小さく呟いた。

深夜、男が部屋の明かりを消そうとした時、襖の向こうからなよたけの姫の声が聞こえた。
「入っても良いか」
「どうぞ」
男が答えると、襖が開き、なよたけの姫が入ってきた。
男は椅子に座ったまま、少し顔を上げ、笑みを浮かべた。
「どうしました、なよ」
なよたけの姫が緊張した面持ちで呟いた。
「わしはここを出て行く」
「夕方の、あの破壊坊主の頭の中、読んだんだね」
男は溜息をつくと、俯いた。
「小夜乃だけは、これからも、ここで暮らさせてもらえないか」
かすかに、なよたけの姫の言葉が震えた。
「小夜乃ちゃんは、なよがいないとだめになってしまうよ。それに」
ふっと、男が顔を上げた。
「大事な娘をほうりだすなんてことは、父親として出来ないな」
男は右手で、なよたけの姫の手を力強く握った。
「家族ってなんだろうと思うことがある。ここには、いわゆる血の繋がりという意味での親子は存在しない。でも、ここでは血の繋がりよりも強い、思いの繋がりで親子が成り立っている。父さんはなよを娘と認めた。だから、どんな奴からもなよを守るよ」
男はじっと、なよを見つめたが、ふと襖に目をやった。
あたふたと、幸が部屋に飛び込んできた。
「なよ姉ちゃん。幸も戦うよ、だから、ここで一緒に暮らそう」
なよたけの姫が小さく溜息をついた。
「似た者親子じゃなぁ」
なよたけの姫のもう片方の手を幸は両手でぎゅっと握ると、嬉しそうに笑った。
「なよ姉ちゃんも、随分と、お人好しだ。だから、似た者親子の似た者姉妹だよ」

「わかった」
なよたけの姫は呆れたように言うと、二人の手を解いた。

皆が寝静まった夜中、なよたけの姫は屋根の上に座り、月を眺めていた。
ゆっくりと雨戸が開く、あさぎがつっかけを履き、外へ出てきた。そして、辺りを見渡し、それから、空を見上げる。
やっと、なよたけの姫に気づいたのだろう、笑みを浮かべると、自分を指さし、そして、なよたけの姫の横を指さした。
なよたけの姫は絹の紐を飛ばし、釣り上げるように、あさぎを持ち上げ、自分の横に座らせた。
「ごめんなさい、なよ姉さんがいないし、雨戸が少し開いていたから気になって」
なよたけの姫は少し笑うとあさぎの頭をなでた。
「ただの月見じゃ、心配するな」
「なよ姉さん、悩みはうまく解決したようですね」
「ん、どうしてわかった」
「なよ姉さん、晩ご飯の時、ふっと暗い顔をしていたのが、今は表情が柔らかいから」
なよたけの姫は困ったように笑みを浮かべた。
「表情に出ておったか。心配かけたのぉ」
くすぐったそうに、あさぎも笑みを浮かべる。
「父さんに相談した、改めて、わしは、なんて言うかな、自分の居場所を見つけた気がする」
「それはあさぎも同じです」
あさぎはなよたけの姫に腕をからめ、かすかに俯いた。
「助けてもらえなかったら、消えてしまうところでした。今は皆がいてくれて、とても楽しい。もしも、消えていたらと思うと胸がぎゅっと苦しくなります」
「お互い良かったな」
なよたけの姫の言葉にあさぎはそっと頷いた。
なよたけの姫は永く思い出すことのなかった、幼少の頃をふと思い出した。
「そんな時代もあったな」
小さく呟く。あさぎはその声に顔を上げた。
なよたけの姫は笑みを浮かべるとあさぎに言った。
「もう寝よう。夏とはいえ、風邪をひいてしまうぞ」
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最終更新日 : 2013-05-11 17:43:53

異形 撃 一話

「あれは」
男が小さく呟いた。
夕刻、中学校から帰る白の姿だ、友人だろう、同じ制服を着た女の子と公園のベンチでお喋りを楽しんでいる。
男は白の世界が少しずつ広がって行くのを感じた。
学校に通わせたのは正解だったかなと思う。
黒が中学三年、三毛は一年、白が二年と一年ずつずらしたのだが、黒と三毛は出席日数を計算し、出来るだけ学校に行かないようしている。同い年の人間が嫌いなようだ。白だけが、医者になるのを目指し、真面目に学校へと通っていたのだった。
男は少し笑みを浮かべると背を向けた。

歩きだし、しばらくして男は白の気配を後ろに感じた。
「お父さん、冷たいですよ。声をかけてくれなきゃ」
白は男の右腕を両腕でだきかかえると、嬉しそうに笑った。
「ごめん、ごめん」
男は笑うと、白の頭を左手で撫でる、嬉しそうに白が笑みを浮かべた。
「白のお友達です」
白は手を離すと、隣にいた女の子を男に紹介した。
「津崎椿さんです」
慌てて、その女の子は男にこんにちはと言い、会釈する。
「白の父です。白をよろしくね」
男は穏やかに笑みを浮かべたが、ふと振り返る。
「ケーキ店の前か。白、良いところで声をかけたなぁ」
「はい」
白がにっと笑みを浮かべた。
「父兄同伴なら買い食いもいいだろう。ケーキセットでいいかな」
「黒姉ちゃんたちもいいですか」
「もちろん」
男が笑みを浮かべた。

ケーキ店に設えたテーブルに着く。男の前に白、白の横に椿が座った。
「津崎さん、白は学校で楽しくしていますか」
「え、あ、はっ、はい」
男は笑うと、白に言った。
「良い友達が出来たね、白。最初はどうなるかなと不安だったけど。あとは、黒と三毛か」
白が少し困ったように笑みを浮かべる。男は軽く溜息一つをついた。
「まぁね、特に黒は頑ななところがある、三毛は黒に影響されているしさ。父さんの前では二人とも素直で可愛い女の子なんだけどね」
ふと、男は入り口を見た。はぁはぁと息を切り、走ってきたのだろう、黒が小夜野を背負って立っていた。後ろには三毛が小夜野が黒の背中から落ちないよう支えている。
「お父さん、音速で走ってきたよ」
黒はにっと、幸と同じ笑みを浮かべると、小夜野を背負ったまま、男のもとにやってきた。
「座って、ゆっくりしてくれ。お疲れ様」
三毛が座席を向こうから一つ、取ってきてテーブルに寄せる、黒がそれに小夜野を座らせた。
「なよ姉さんからの伝言です」
「三毛、なよは小夜野のこと、心配してなかったか」
「とっても、心配していた。でも、小夜野ちゃん、一時間なら外に出ていいって」
三毛が嬉しそうに笑った。
「なよは過保護だからな」
男が笑みを浮かべた。
目の前の座席に座ろうとする黒を見て、津崎はどぎまぎしていた。
突然、転校してきた美人三姉妹。特にいっこ上の黒と呼ばれる女の子は、端整な顔立ちと怜悧な表情で、私達の憧れの先輩だ。
黒と三毛も椅子に座る、ふと、黒は津崎を見てにっと笑った。

「椿ちゃん、白をありがとうね」
津崎は慌てふためいて、こくこく頷いた。
「こ、こちらこそ、あの、あっと、えっと、白さんと、な、仲良くさせていただいていますっ」
そっと、黒が目元に柔らかな笑みを浮かべると、少し頷いた。

「さて、ケーキを選んでくれ。お喋りばかりだと、お店の人に叱られてしまうぞ」
男は笑うと黒にメニュを手渡した。
「白は何にする」
黒が白に話しかけた。
「白は断然チョコレートケーキです」
「相変わらずだなぁ、椿ちゃんはどうする」
津崎は憧れの先輩の笑みにどう答えればと、慌てふためいた。
「あの、えっと、えっと・・・」
返事ができず、津崎が固まってしまった。
「椿ちゃん、大丈夫だよ。深呼吸なさい」
黒の言葉に津崎は大きく深呼吸をする。白も津崎の手をやわらかく握った。
「わ、私もチョコレートケーキでお願いします」
黒がにっと笑った。
「ここのチョコレートケーキは美味しいよ」
黒は小夜野に話しかけた。
「小夜野は何がいい」
「苺のケーキが食べたいです」
「黒と一緒だ、ケーキはやっぱり苺だよ。三毛は何にする」
「決まってます、チーズケーキです」
うふふと黒が笑った。山羊を飼い始めたのだ、三毛は山羊のミルクでチーズを作るのだと楽しみにしている。
「お父さん、どうする。一番のお勧めは苺のケーキだけど」
「そうだな、お勧めは父さんには甘すぎるかな、ショコラケーキを頼むよ。それと、珈琲で」
「珈琲は母さんに叱られるよ。だから、父さんが母さんに叱られたら黒も一緒に謝ってあげるよ」
「頼りになるなぁ、黒は。ありがとう」
男が嬉しそうに笑った。
黒が注文に行く間、ふと、三毛が言った。
「黒姉ちゃん、大人っぽくなった気がする」
「そうだね。お姉ちゃんとして頑張っているんだよ」

三人を中学に入れるにあたって、男は幸と相談し、自分を三人の父親ということにした。
それからだろう、三人は男を先生と呼ぶのを止め、お父さんと呼ぶようになった。
ただ、あかねや啓子も男をお父さんと面白がって呼ぶようになった、そういう意味では男の広い意味でのあだ名と捉えても良いかもしれない、とにかく、男は改めてそう呼ばれることが楽しいことだと感じていた。

「ね、お父さん」
三毛が身を乗り出して男に声をかけた。
「今日はお仕事、早く終わったの。まだ、明るいよ」
「うーん」
男は困ったように笑みを浮かべた。
「実は会社をくびになってね。公園でぼぉっとするかな、って時に白に見つかったのさ」
三毛が目を輝かせた。
「それなら、お父さん、ずっと家に居ることができるの」
「再就職も難しい時代だからな。困ったなぁ」
「大丈夫だよ。母さん、喜ぶよ。母さん、この頃、父さんの身体のことが気掛かりで、ぼぉっとしたり、泣いたりしてたんだよ」
「そうか・・・、辛い思いさせたんだな」
男は少し俯くと、小さく吐息を漏らした。
「幸と畑仕事するのも楽しいだろうな」
「そうだよ。母さん、とっても喜ぶよ。あさぎ姉さんのお店も順調だよ、心配ないよ。生活できるよ」
「そうだね、楽しそうだ」
「ね、三毛が山羊さんの世話を教えてあげるよ。山羊さんのチーズでチーズケーキを作ろうよ」
「わかった。それじゃ、三毛に教えてもらおう。三毛、よろしくお願いします」
三毛が幸せそうに笑った。

黒は話が終えたのを見計らって、戻ってきた。
「お父さん、頼んできたよ」
「そっか、ありがとう」
黒は椅子に座ると、男にそっと笑みを浮かべた。
「お父さん」
「ん」
「話聞いてたよ。お帰りなさい、お父さん」
男はくすぐったそうに笑うと、ただいまと呟いた。

食事を終わったのを見計らい、男が言った。
「少し薄暗くなったな。父さん、ちょっと、用事があるからね、みんなで津崎さんを家まで送っていきなさい」
「うん、その方がいいと思う。なんだか、どんどん、物騒になるもの」
「そうだな」
男は頷くと小さく呟いた。
「あと、半年でなんとかしなきゃな」
「え・・・」
「ん、なんでもないよ。さぁ、暗くならないうちにお帰り」

男は黒達を見送ると、深く溜息をついた。
詳しくはわからないが、鬼との協定で政府は、幾人かの人身御供を提供するよう決めたようだ。もちろん、テレビで報道されるわけではない。裏からの情報だ。 連れ去られた人間は、食われるか、慰み物になるか。鬼は人間を主食にしているわけでは決してない、つまりは遊びとデザート代りのようなものだ。
そして、連れ去られた人間は行方不明者として扱われる、何らかの理由で一年間に行方不明になる人間の数は案外多い、それに鬼の分が増えたとしても、さほど、目立たないだろうと政府は考えているらしい。
もちろん、その現場に遭遇すれば、角を生やした巨体がいくつもいるわけだ、騒ぎにならないはずはない。はずはないのだが、そうならないのは、多分、誰もが、この現状を気づきだしたのだろう、だから、直接、自分に被害が及ばない限りは見て見ない振りをするようだ。
それほど、人は高尚ではない。

「ん、幸はケーキ、どれにするかな」
男が顔を上げると、幸が目の前に立っていた。幸は口を閉ざしたまま、自然に口付けをする。
「ふむ。お父さんはショコラケーキだ。幸も同じのにするよ」
幸は笑みを浮かべると、店員にケーキを注文し、隣に座った。
「幸」
「ん」
「悪いことした、ごめんね」
「三毛はおしゃべりだなぁ」
「それは幸がとっても好きで、自分が何をすればいいのか、一所懸命考えたのさ」
「良い娘だ」
「一所懸命って良いな。ちょっと眩しい」
「ね、お父さん」
「ん」
「もっと近づいていいかな」
「いいよ、ありがとう」
幸は男の肩に頭を寄せると、両手で男の手を握った。
「お父さんにもっと近づきたいな」
「ありがとう、でも。ぶつかってしまうぞ」
「お父さん、幸はもっとお父さんに近づきたい。服の数ミリの幅でさえ、遠くに感じてしまうんだ」
「なんだか、凄い言葉だな」
「お父さん。幸もね、一所懸命なんだ。お父さん、本当にごめんなさい」


先頭を歩いていた黒が不意に立ち止まった。
囲まれてしまった、充分に気配を探っていたのに。囲まれる前に対応できなかったなんて。
相手、強いのか。
黒がすぅっと深呼吸をする。
「白、三毛。津崎さんと小夜乃を囲め。鬼に囲まれた」
黒の目の前に黒い影が浮かび上がる。高さ五メートルはあるだろう、その黒い影は次第に実体化し、額に角を生やした鬼の姿になる、戦争映画で見たような戦闘服を着ていた。
「黒姉ちゃん」
三毛が叫んだ。目の端で後ろを覗く。五人を囲むように鬼が円陣を組んでいた。

「黒猫。小夜乃というのはどれだ」
巨大な鬼が地鳴りのような声で黒に問いかけた。
「なんのことだか、わからないな」
鬼は面白そうに五人を見比べていたが、小夜乃を睨むと、にぃぃと笑った。
「猫と人間、簡単な消去法だ」
鬼が号令を掛けた。
「真ん中の白い服の女を連れて行け。後は形も残らぬよう切り刻め」

黒ががっと目を見開いた。
「自在」
黒が叫ぶと、両手に一本ずつ、男の使う、筒が現れた。
それを白と三毛に投げ渡す。
「白、三毛。姉ちゃん、一気に片付ける。少しの間、二人を守れ」
「なんだ、黒猫。腰でも抜かすかと思うたが、どうやら、楽しませてくれそうだな」
正面の巨大な鬼が地響きのような大笑いをする。
「警告する」
黒が声を発した。
「無の眷属、黒。命が惜しければ、すぐさま去れ。惜しくなければ、肉片と果てろ」
不意に鬼は関心を持ったのか、黒を睨みつけた。そして、顔を上げ、睥睨(へいげい)する。
「お前ら、手を出すな。にっくき魔術師 無の関係者らしい。一対一で楽しませてもらおう」
凄みのある笑みを鬼は方頬に浮かべ、黒に言った。
「踏み潰してやろう」
瞬間、黒が間合いを狭めた。飛び上がり、宙返り、鬼の顎を蹴り抜いた。
鬼は微かに安定を崩し、半歩、足を引いたが、さほどの衝撃を与えることは出来なかったらしい。
「首の太さを考えろ」
鬼は笑うと、反撃を開始した。
五メートルもの身長の二足動物がどうしてこんなにも動けるのか。容赦ない頭上からの打撃が黒を襲う。
必死になって黒は打撃を避けるが、何故か避けた方向へ打撃が飛んで来る。
瞬間、鬼が姿勢を落とした、まともに鬼の前蹴りが黒の腹部を蹴り上げ、黒がまるで紙切れのように飛ばされた。
鬼は笑うと、黒に言った。
「要らぬことを言ったな。無の名前がでなければ苦しむことなく死ねたものを」
黒が体を起こし、鬼を睨みつける。

「本当に黒さんは真面目なんだから」
あかねが鬼の右肩に立っていた。
あかねがにぃぃと意地悪に笑みを浮かべる。

「え、あかねちゃん。ま、まさか」
黒が驚いて目を見開いた。
同時に鬼が自分の右肩を驚愕の目で見た。あかねの髪が一瞬、揺れた。
うぉぉっ、鬼が倒れ呻いた。あかねはすっと着地すると、黒の前に立った。
「黒さん。まさか、の後の言葉、教えて欲しいな」
「はっ、いいえ、あの」
あかねが嬉しくてたまらないと笑みを浮かべた。
「人の困った顔を見るのは大好き。でも、あんまり、黒さんをいじめると幸姉さんに叱られてしまうね」
鬼ののたうちまわるその動きがまるで辺りを地震のように思わせる。
あかねは鬼を振り返ると呆れたように言った。
「体の割に打たれ弱いなぁ。根性が足りない、今まで自分が攻撃されるってことが少なかったんだろうな」
「あ、あかねちゃん。いったい」
「たいしたことはしてないよ。なよ姉さんが心配してね、迎えに行くようにって、頼まれて来ただけ。で、ついでに鬼の肩、ちょっと踏み抜いてみた」
黒が茫然としたようにあかねを見つめた。
「黒さん」
あかねが背を向けたまま、言った。
「幸姉さんはこんなもんじゃない、完全に鬼を踏み潰すよ。そして、黒さんはあかねより本当は強い。ただ、実践経験が少ないし、優しすぎる。やるときは徹底的にやる、一厘の憐憫の心、一切、必要無し。倒すんじゃない、潰せ。わかったか、黒さん」
「は、はい」
あかねが一歩、踏み出した。
「のたうちまわっている根性無しはあかねが潰します。後の鬼は背の高さも大人程度、黒さん、頭切り替えて潰して行きなさい。わかりましたか」
「はい、わかりました」
あかねが微かに笑った。
「しっかりね、黒さん」


「ただいま帰りました」
あかねは小夜乃と手をつなぎ、家へ戻った。
奥から、なよたけの姫が割烹着を身につけたまま、足早にやって来た。
「おおぅ、小夜乃は無事か」
なよたけの姫は言うと、あかねに頭を下げた。
「すまなかったな、あかね。助かった」
「いいえ、楽しめました」
あかねは笑うと、ふと、居間に炬燵の準備があるのに気づき、我先にと入り込む。
あかねは苦手だった。小夜乃がぎゅっとなよたけの姫にしがみつき、顔をその胸に押し付けている。
怖かったのだろうと思う、それはわかるのだが、人と距離を置かねば、却って落ち着かない自分には、見ていると重苦しくなるのだ、少し羨ましいな、小さくあかねが呟いた。
しばらくして、落ち着いたのか、小夜乃があかねの横に正座する。
「助けてくれてありがとうございます」
「どういたしまして」
あかねは笑みを浮かべると、炬燵の布団を少し上げる。小夜乃が斜め向かいに座った。
「もうすぐ黒さん達も帰って来るよ。あの女の子も送り届けたようだし」
「あかねさんは強いし、いろんなことがわかるんですね」
「そんなに強くはないよ。幸姉さんやお父さんには到底、及ばないし、それに心の強さは小夜乃が上だよ、あかねよりも」
あかねは笑うと、微かに俯いた。
「ただ、いま、ここにこうしているのがとても幸せだし、この幸せを護るためなら、いくらでも頑張ることが出来ると思う。あぁ、何言ってんだろう」
あかねは素直に照れ笑いをすると窓の外を眺めた。外も暗くなり、照れ笑いをする自分の顔が映る。
硝子の反射に蜜柑を載せた籠を持ったなよの姿が見える。
なよは小夜乃の隣りに座ると、蜜柑の籠を置いた。
「晩ご飯の用意をあさぎに頼んできた。あかね、蜜柑を食え」
あかねは笑うと、蜜柑をひとつ取った。
「まさか、かぐやのなよたけの姫と炬燵に入って蜜柑を食べるとは想像もしておりませんでした」
「その名を言うな。なよで良い。」
くすぐったそうにあかねは笑みを浮かべ、蜜柑の皮をむく。甘そうな蜜柑だ。
「なよ姉さん。あれは南面の鬼です。高園童子の流れを組む鬼ですね。この国の為政者達は最悪な選択をしました」
なよは黙ったまま、蜜柑をひとつ取る、
「あの時の自衛隊はまだ人間だった」
「いまは、自衛隊の一部に鬼化した自衛官だけを集めた部隊が編成されつつあります」
「神崎の動向は」
「神崎は放逐されました。ただ、彼はいずれ力をためて、反撃に出るでしょう。彼は徹底的に鬼を毛嫌いしていますから」
なよは剥いた蜜柑を半分に割り、その半分を小夜乃に手渡した。
「小夜乃、食え。美味いぞ」
なよは嬉しげに小夜乃に笑みを浮かべた。
「なよ姉さんは小夜乃に甘いなぁ」
「いうな、照れるわ。ただな、あかね。わしは小夜乃にしても、黒にしてもな、それから、世話になっている佳奈もじゃ。普通に暮らせるようにしてやりたい、いま、本当にそう思うのじゃ。多分、それは、わしがいま幸せなのじゃからであろうな」
あかねはいたずらげに笑みを浮かべると、蜜柑をほおばった。
「なよ姉さん、可愛いですね」
「千年以上生きて、可愛いと言われるとはな。わしもなめられたものじゃ」
なよがくすぐったそうに笑った。
不意になよが玄関口の方角を睨んだ。
「鬼が攻めてきた」
飛ぶように、なよは玄関口へ移動すると、外を睨んだ。
漆黒の雲、いや、見上げるほどの壁が向こう、こちらへと向かってくる。
その前を白が黒を背中に背負い、三毛がその背中を押し、駆けていた。
「遅い」
なよは呟く、爆発、風があかねを後ろへ追いやった。なよが最高速で飛び出した。一瞬にして、なよは三人を抱きかかえ、絹で縛ると、アスファルトを粉微塵に蹴り、玄関口へ飛び戻った。
「あさぎ」
なよが叫んだ。
なよの緊張した声に、あさぎが慌ててやってくる。小夜野も飛び出してきた。
「晩御飯の用意は後じゃ。鬼が攻めてきた。父さんと幸が戻ってくるまで持ちこたえるぞ」
「はいっ」
あさぎが叫んだ。
「あさぎ、そのまま、座れ。そして、この家を守りたいと強く願え。黒、白、三毛、お前達もじゃ。四人は、父さんと幸の術を学んでいる。この家の障壁と同調できる。小夜野もあさぎから、体操を学んだであろう。あれも、術のひとつじゃ。あさぎの隣りで強く願え」
「はい」
しっかりと、小夜野が答えた。
「よし。あかねはわしと来い」
二人は家の外に出ると、漆黒の壁を待ち構えた。
「あと十秒じゃな」
「角のある鬼は大勢がひとつに固まり、巨大化すると聞きましたが」
「やつらは、個であると同時に全体でもある。あかね、わしの背中に入れ、わしが押し返す」
「いやです」
「なにっ」
「それは、あかねが、かっこよくありません」
あかねが漆黒の壁を睨んだ。
「さすがに、なよ姉さんでも、一人では支えきれませんよ」
二人の前に漆黒の巨大な壁が迫る。
すごい圧力だ。陰の威圧が二人を飲み込もうとする。

・・・遅くなったね・・・

声がした。二人が天を見上げる、遥かな壁の上、その遥か上から男が自在片手に急降下、自在が光の筋になり、漆黒の壁を両断した。壁が霧散し、自在片手に男が鋭い眼光を輝かせていた。しかし、すぐに笑みを浮かべると、自在を消した。
「二人ともお疲れ様。ちょっとね、大変でね。帰るのが遅くなってしまった」
「父さん、お帰り・・・」
そう呟いて、なよは腰を抜かしたように地面に座り込んでしまった。
あかねも大きく息を吐き出すと、しゃがみ込んでしまう。
「父さん、遅いですよ」
あかねが息を吐きながら呟く。
「いや、なんというか。申し訳ない。実は幸がね」
不意に驚いたようにあかねが辺りを見渡した。
「お父さん。幸姉さんは」
男が困ったように笑みを浮かべる。
「あのね、間違いなく、背中の女の子が幸だと思うんだけどね。いったい、どうしたのか、父さんにもわからなくてさ」
男は小さな、小学生くらいだろうか、女の子を背負っていた。
24
最終更新日 : 2013-05-11 17:46:22

異形 撃 二話

あかねが背中の女の子をのぞき込む。すやすや眠っている、小学校二、三年か、ただ、幸の子供の頃は間違いなく、こんな美少女であったに違いないと思う。そう、幸姉さんにそっくりだ。
「どれどれ」
なよは疲れ果てたように呻くと、立ち上がり、男の背中をのぞき込んだ。
「あぁ、あ」
と、なよは思わず声に出す、そして、大きく溜息をつくと、いきなり、女の子の頭をすこんと右手ではたいた。
「狸寝入りするな、幸」
「ててっ、ごめん、なよ姉さぁん」
子供になってしまった幸は照れ笑いのような表情をなよに浮かべた。
「父さん、こやつは間違いなく幸じゃ。邪法を使い、失敗して子供にはなってしまったがな」
男は少し安心した表情を浮かべた。
「そうか。何処かで幸がはぐれて泣いてやしないかなんてね。まずは、ほっとしたよ」

部屋の中央に椅子を置き、幸を座らせる。
男を除いて全員が幸を困惑しつつ、見つめていた。正面の黒がおずおずと言う。
「えっと、母さん」
語尾が上がった疑問形、三毛よりも幼い女の子が目の前にいて、それが母さんだというのだ、根が真面目な黒は、何をどう言えばいいのか、戸惑い、ちょっと涙ぐむ。
「ごめん。母さん、子供になっちゃうって病気に罹ってしまって、ごほげほ」
「んなわけあるか」
なよが思いっきり突っ込む。
「父さんを子宮に入れ、赤ん坊にして延命させようという邪法じゃ。それに失敗して、おのれが若返ってしまったのであろう」
「うん、そう」
幸が微かに俯く。
不意に幸のお腹が蠢きだし、幸乃が外に転がり出た。
幸乃は自分の手や足を見、小さくなっていないのを確認した。
「幸。お前は大恩あるお父様になんということを」
幸乃は言いかけて、その時の様子を思い出したのか、顔を真っ赤にし俯いてしまった。
「まっ、その邪法を組んだのはわしじゃ。じゃから、あまり、幸のことは言えんがのう」
なよはどかっと胡座をかくと俯いた。
「わしの古い記憶を読んだのであろう、ならば、わしが失敗してしもうた記憶も読んでおけ」

声をかける間がなく、男は困り顔でその様子を見ていたが、少し場か静かになったのを見計らい、そっと、声をかけた。
「ま、そのくらいにして、晩ご飯にしようか」
じろっとなよが男を睨む。
「まぁ、なんていうかな。腹が減っては苛つくばかりでね」
男がおそるおそる笑みを浮かべた。
なよが大きく息を吐いて、思い切った眼差しで男を見つめた。
「なぁ、父さん」
「ん」
「父さんの命はあと半年くらいであろう」
「そんなもんだろうね」
皆が驚いたように男を見つめた。
「お、お父さん、本当に」
黒が驚きのあまり声を出せずに囁いた。
微かに男が頷く。
「やだょ。お父さん、死なないで」
黒が呻くように呟いた。
「なぁ、幸も止むに止まれず父さんを延命させようとしたのじゃろう。わしも父さんには生きていて欲しい。わしにとっても、こんなに楽しい日を過ごすことができてのう、やはり、父さんがいてくれんとな」
なよが恥ずかしそうに言う。
男は自分が死んだ後、幸を一人にしたくないと、家族が増えることを喜んでいたが、自分にとっても、それは家族なんだなと実感した。
「幸、おいで」
幸は顔を上げると、男の元に走りより、しがみついた。
「幸、これをあげよう。手を出しなさい」
男の手から、薄い緑の色をした小さな鍵が現れ、幸に手のひらに消えた。
「ここの鍵だ、現と異界を繋ぐものだよ」
幸が顔をあげ、目を見開いた。
「お父さん、死んじゃやだよ」
掠れた声で幸が呻いた。
「一カ月、旅をしたら帰ってくるよ」
男は幸の頭を軽くたたくと、幸せそうに笑みを浮かべた。
「さてと」
男は顔をあげた。
「なよが父さんのいない間は中心になってくれ。ただ、なよのわからないこともあるだろうから、幸乃」
「はい」
慌てて、幸乃が顔をあげた。
「なよをしっかり助けてやってくれ」
「わかりました」
幸乃は落ち着いた声で答えた。
「わしは新参者じゃぞ、それに鬼でもある、いいのか」
「なんの問題もないよ。それから、小夜乃」
「はい」
戸惑うように小夜乃が答えた。
「なよを支えてやってくれ。小夜乃は心が強いからな」
小夜乃が嬉しそうに笑みを浮かべた。
「黒」
「は、はい」
「黒はちょっと真面目過ぎだな。妹たちのことを考えてだろうけど、自分自身がまいってしまうぞ。もう少し、白や三毛に頼るようにしなさい」
黒がほっとしたように頷いた。
「白は医師になりたいんだろう」
「はい」
「しっかり勉強すること、ただ、自分の安全は自分で守れるようにすること。黒と三毛、いつも三人が意識を繋いでるようにね。これから、難しい時代になるからさ」
「三毛がもっと早くに気づくべきだったこと。それは黒よりは動けないけど、黒より頭の回転は早い、白よりは勉強苦手かもしれないけど、白より動けるということ。そう考えれば自分に何ができるか見えてくるだろう」
「お父さん、そういうことはもっと早くに教えてください」
男がくすぐったそうに笑った。
「あさぎは喫茶店、順調のようだ。たくさんの人達と言葉をかわしなさい。あと、近くへの買い物なら行くことができるだろう、一人ではだめだけれど、誰か、二人以上となら、外に出てもいいよ。じっくりと自分を組み立てていきなさい」
「ありがとう、お父さん」
あさぎがそっと笑った。
「あかねはとっても心配だなぁ」
男の言葉に俯いていたあかねが驚いて顔をあげた、自分には声がかからないだろうと思っていたのだ。
男は笑うとあかねに言った。
「鬼の勢力圏が広がりつつある。あかねは独自に潜入調査とかしてるけど、この一週間で二回は死んでいるよ。なよか、幸に、幸はこんなんになってしまったけど、手伝ってもらいなさい。どうやら、幸の能力そのものは変わっていないようだ」
「ありがと、お父さん。助けてくれて」
あかねが驚いて言った。
「どう致しまして」
男は笑うと、幸に言う。
「生きながらえることにするとさ、いろいろ、昔の済ましておかなければならないことがたくさんあってね。父さん、一カ月、一人で旅に出るよ。一カ月後の今日には帰って来るよ」
「ちゃんと、帰って来る」
幸が心配げに問う。
「頑張って帰って来るよ」
「それじゃ、待ってる」
男が幸の頭をなでた。
「なんだか頭、撫でやすくなったなぁ」
男が少し哀しげに笑った。
「そうだ、あさぎ」
「はい」
「一カ月後の今日の晩ご飯。ちょっと、贅沢なのがいいな」
「腕によりをかけて作ります」
「楽しみにしてるよ」
男は嬉しそうに笑うと、幸を前に立たせ、その両肩に手をそえた。
幸が懸命に笑みを浮かべた。
男が安心したように笑みを浮かべ、姿を消した。
しばらくして、なよが呟く。
「行ってしもうたか・・・」
なよは幸の元へ行くと、後ろから幸を抱きしめた。
「愛している人といつまでも一緒にいたい。その思いは真実じゃ。なかなか、どうして、難しいことじゃがな」
「なよ姉さんもそうだったの」
「何百年も昔のこと、忘れてしもうたわ。いまが、楽しすぎるからの」
幸がほんの少し、笑みを浮かべ、呟いた。
「幸もとても楽しいんだ。ありがとう、なよ姉さん」

「幸、うちのテレビ、見れないのかな」
朝、あさぎが店から、とたとたと台所に戻ってきた。幸がお煎餅片手にお茶をしていた。
「テレビか・・・。地デジだっけ、テレビ買い替えか、それとも何か買い足さないと見れなかったと思う」
幸が少し見上げる。幸は子供化したままだった。都合よく甘えられるので、案外、楽しんでいるようだ。
「そっか・・・」
落胆したように、溜息をつくと、幸の隣りにあさぎが座った。
「なにか、面白いのやっているの」
「うーん、さっき、お客さんがね。広報で明日、政見放送を必ず見るようにって連絡があったらしくてね」
「そういえば、役所の車が、スピーカーで何か言ってたよね」
たいして興味なさそうに幸が答えた。
「ラジオでも放送するかもしれない、お父さんの部屋に・・・」
いきなり、幸が涙ぐんだ。
「ごめん、ごめん。お父さんのこと思い出させてしまって」
「あさぎ姉さん、ごめんなさい。大丈夫だよ、あと、十日でお父さん、帰ってくるものね」
幸が大きく深呼吸した。

「おーい、幸ちゃん」
玄関口から、佳奈の声が響いた。
「佳奈さん、どうぞ。こっち、台所だよ」
幸が返事をした。
「幸、いいのか」
いつの間にか、煎餅を食べている、なよが心配げに言った。
「え」
「どう佳奈に説明するつもりじゃ、その姿」
「あ、うわっ。どうしよう」
幸が慌てて、腰を浮かしかけた時、佳奈が刺し身を片手にやって来た。
「お刺し身、いいの入ったからね。持って来たよ」
「佳奈さん。ありがとうございます」
如才なく、笑みを浮かべ、あさぎが佳奈から刺し身を受け取った。
「なぁ、あさぎ。刺し身を肴に、一本、いいかのぉ」
なよが目を輝かせる。
「小夜乃ちゃんが良いって言えばですね。本当になよ姉さんはお酒が好きなんだから」
「この家の唯一の欠点は酒を嗜むのがおらんということじゃよ。小夜乃にはわしから言っておく、やつはほんに心配症じゃ。なぁ、佳奈、少しばかりつきあわんか」
「いいですねぇ。最近は夜、外には出られないし、まだ、朝ですけど。ちょっとだけ」
あさぎが笑って言った。
「縁側に用意します。佳奈姉さん、ゆっくりしていってください」
「あさぎちゃん、悪いね。そうだ、幸ちゃんは何処行ったんだい。声は聞こえたんだけど」
ふと、佳奈は俯いている女の子に目をやった。
「おや、綺麗な子だねぇ、幸ちゃんの子供の頃はきっとこんな綺麗な女の子だったんだろうね。え、まさか、幸ちゃんの子供じゃないよね、似ているけど、計算合わないよね」
幸はゆっくり顔を上げると、困ったように笑みを浮かべた。
「えっと、幸です。本人です」
一瞬、目を見開いたが、佳奈は大きく深呼吸をすると、目を瞑って唱えた。
「ここは先生んち、先生ち。何が起こっても不思議じゃない。そういう場所、幸ちゃんが子供になっても、あ、そう。って言える場所」
佳奈はもう一度、深呼吸をすると、やっと目を開けた。
「びっくりさせてごめんなさい」
幸が申し訳なさそうに言う。佳奈はあははと大声で笑うと、ふぅっと息を出す。
「落ち着いた。うん、落ち着いた。なんだよ、幸ちゃん。心臓、止まるかと思ったよ」
佳奈は幸の頭をぐりぐり撫でると、心配そうに言った。
「元には戻れるのかい」
「十年くらいかければ戻れると思う」
佳奈は少し溜息をつくと、幸の前に立った。
「幸ちゃん、ちょっと立って」
幸が立ち上がると、佳奈がぎゅっと幸を抱きしめた。
「心配かけるねぇ、この子は」
「ごめんなさい」
佳奈は手を離すと、ちょっと笑う。
「息子二人で、つまらんなぁって思っていたけど、娘ができた」
佳奈は笑うと、幸の頭を軽くはたく。
「服屋の母さんにはそれとなく言っておくよ。それじゃ、なよさん」
「おう」
二人が連れ立って縁側へ行く。
「幸、良かったねぇ、流してくれて。ほっとしたよ」
あさぎがそっと笑った。
「いっぱい心配かけちゃったよ」
幸はあさぎにしがみついた。
「あさぎ姉さんもごめんね」
「どういたしまして」


「なよさん、鬼ってなんなんだい」
縁側で日本酒を交わしながら、佳奈が尋ねた。そういえばと、なよは今までの経緯を酒の肴にしゃべっていたなと思い出した。
「人の世界と同じように鬼の住む世界がある。その世界に住むもの、言葉を持つ生き物すべてを鬼と呼んでおる。じゃから、昔話に出てくるような、角を生やした鬼もおるし、わしのように角のない可愛い鬼もいるということじゃ」
「なよさんは、可愛いってより、美人、別嬪さんだよ。いやさ、昨日、鬼が店に来たんだ」
「鬼とどうしてわかる」
「角、五センチくらいかねぇ額に生やしていたんだ」
ふと、なよは俯いて考え込んだ。
「額に角か・・・」
「若い男と女でさ、このご時世、なんてものつけてんだいって、叱ったんだよ。で、男がにたにた笑うもんだからさ、二人の角、摘んで引っ張ってやったのさ」
「本物の角だったわけか」
なよが俯いたまま、呟いた。
「女の方は糊か何かで付いていただけで、簡単に取れたんだけど、男の方は、本当に骨が出っ張ったみたいでさ。あたしのびびった顔見て、大笑いで出て行ったんだ」
「さすがの佳奈もびびったか」
なよは少し笑うと顔を上げた。
「さてのう、どこまで話せば良いかのう」
ぐびっとなよは冷酒をひっかけると、盆に湯飲みを置いた。
「鬼と人間はまったく別の世界の生き物じゃ。ただ、昔話にもあるように、いくらかの接触はあった。ただ、それは例外的なもので大勢にはまったく影響がな かった。ま、お互い、それぞれ別の世界で平和かどうかはともかく生活しておったわけじゃ。ところがこのところ、生物としての人間の力が弱くなった、便利な 生活の中で生命力を失いつつある、鬼は好機と考えた。人間の世界を奪えるんじゃないか、領土を広げられるんじゃないかとな。それが、いまの情勢じゃ。もち ろん、ことはもっと複雑で鬼がそう思い立った後ろに、あくどい人間がいるとわしは見ておるがな」
「それじゃ、これからは、人間と鬼が共存していくってことですか」
「いや、知性のある種同士は共存できんよ、いずれは弱いほうが、つまりは人間が駆逐される、奴隷になるだろう。それにな、佳奈、角のある鬼は人を喰らう」

店の扉が開く。店に戻ったあさぎの前に老紳士が笑みを浮かべた。
「先生はご在宅かね」
「あの、お父さんは留守です」
老紳士があざけるような笑みを頬に浮かべた。
「ふん、ホム・・・」
「どっからわいてきた、爺さん」
一瞬で、幸はあさぎの前に立ちはだかると、神崎を睨みつけた。
「お前、あのじゃじゃ馬か」
「おうさ、ガキになっても力は変わらねぇ。棺おけ、両足突っ込みたくなければ、さっさと消えな」
「なにでそうなったかは知らんが、目上のものに敬意を払うことが出来ん頭にはその体が似合っとるな」
「目上の自覚あるなら、早く引退して、後進のものに場所譲ってやりな、後が腐ってるぜ」

「神崎さん」
外から戻って来たあかねが溜息交じりに声をかけた。
「相変わらず水と油ですねぇ」
「これは鬼紙老のお嬢様ではありませんか。こんな女のいるところに近づいてはなりません、汚れますぞ」
「あの、ここで暮らしていますから」
「なんと、嘆かわしい。私めに力がございましたら、あのような女、梱包して、ごみ捨て置き場にでも送ってやりますものを」
大袈裟に神崎が泣きまねをする。
「あの、そういうのいいですから。ご用件は」
「おおっ、そうでした。ぜひ、先生にお目通り願いたくまかりこしましたところ、あの女が・・・」
「その続きはいいです。先生は旅に出ていらっしゃいます、連絡も取れませんし、いつ、お戻りになるかもわかりませんが、かなり、長い旅になるとのことでした」
神崎はまともに落胆したように肩を落としたが、すぐに気持ちを切り替えたのか、顔を上げた。
その様子を見て、あかねが言った。
「白澤さんに相談なさるのは難しいですよ、本家当主より、座敷牢に幽閉されています」
神崎が老獪な笑みを浮かべた。
「それは蛇の道、本家の御坊は金勘定は得手でございますが、術は不案内でございますからな。いくらでも抜け穴がございます」
神崎はあかねに深々と頭を下げた。
「それでは、お嬢様。神崎はこれにて失礼いたします」
「無理なさいませぬように」
「なんとお優しい言葉。何処かのガキに聞かせてやりたいものですな。それでは」

神崎が姿を消す、ほっとあかねは吐息を漏らすと。幸に笑みを浮かべた。
「幸姉さん、あいかわらずだなぁ」
幸は、にひひと笑うと、お煎餅一枚取り出して、あかねに差しださした。あかねが顔を寄せ、お煎餅を半分かじる。
「大人の分別が足りないのはしょうがない。幸は子供ですもの」
残った半分を幸は食べると、にっと笑った。

なよは刺し身を一切れ取ると山葵を載せ口に運ぶ、っつ・・・、つんと香る芳香の余韻を楽しむ。
「旨いのぉ、最高じゃ。佳奈、ありがとう」
「面白い人だね、なよさんは」
「ん」
「嬉しい時は子供みたいに嬉しい顔をする」
「そうかのう、わしは大人の女として、影も色気もあるぞ」
「でも、なよさんは、なにか食べている時は子供ですよ。子供がお菓子をほお張っているのと、同じ顔だ」
なよは楽しそうに笑った。
「わしは一国の主として、小さいながら国を統治していた。楽しいことももちろんあったが、常に重責が肩にあった。いまは、一人の存在として家族や友と語らうことができる。それに、悩めば相談することも出来る、ほんにそれがありがたいのだ」
「でも、これから大変な時代が来るかも知れない」
「人が鬼を受け入れるかどうか、それが人のこれからを大きく左右する。特に人の男が大変なことになるであろうな」
なよは、ふと笑みを消すと、両腕を組む。
「どういうことです」
なよは微かに息を漏らす。そして視線を上げた。
「インドのカースト制と同じく、角のある鬼の身分階級は絶対じゃ。純潔の鬼、混じりものの鬼、どれほど混じっているかで変わるのだ」
「まじりもの」
「あぁ、親が両方、角のある鬼であるか、片方だけかによって変わって来る。ただ、角のある鬼の女は数がかなり少ない。鬼は領土と共に人の女を欲しておるのだろう」
「なよさん」
「ん」
「その理屈だと、人は最下層になってしまう。でも、あたしはね、鬼の顔色うかがって生きるのは嫌だし、自分の子供にも虐げられた辛い思いはさせたくないよ。さて、何をどうすればいいのかな」
佳奈が少し俯き考える。
なよは少し安心したように笑みを浮かべた。

「いらっしゃいませ」
三毛があたふたとコップに水をいれ、テーブルに置いた。近所に住む女性、篠石聖子、常連だ。
いま、お店はあさぎと三毛の二人。三毛は学校を休んでいた。
「おや、三毛ちゃん、学校いいのかい」
「出席日数は足りていますから、大丈夫です」
「困った子だねぇ、困った、困った」
くすぐったそうに笑う。
「まっ、三毛ちゃんが居てくれると楽しいんだけどね」
篠石聖子、四十代主婦、週に二回、自宅で小学生に算数と英語を教えている。
三毛は自然に篠石の隣りに座る。
「篠石さんは学校休んだことなかったの」
「そうだねぇ。三日くらい、風邪で休んだことがあったかな。学校、楽しかったからね」
「ふぅん。三毛はね、家にいる方が楽しいよ。あさぎ姉さんやなよ姉さんや小夜乃ちゃんとお喋りするの、とっても楽しいもの。それに、篠石さんのお喋りも楽しいんだ」
「はは、それはありがとう。そうだ、注文まだだった。いつものウインナー珈琲お願い」
「うん。あさぎ姉さんに言ってくる」
三毛は椅子から降りると、厨房へと走って行った。
篠石は、たまたま、立ち寄ったこの喫茶店が不思議なほど気に入っていた。あぁ、疲れたなと思った時、ふっと立ち寄る、防音がしっかりしているのだろう、戸 を閉めた途端、外からの音は消え、逃げ込んで来た、そんな気がする。そう、まるでシェルターに逃げ込んで来た、そんな安心感があるのだ。
三毛が笑みを満辺に浮かべて戻って来た。両手にケーキの載ったお皿を一皿ずつ持っている。
「篠石さん、ケーキ食べよう、あさぎ姉さんの試作ケーキ」
一センチ幅に切ったブロックケーキを七枚、斜めに寝かせて、これはメイプルシロップだろうか、浸した上に、細くクリームで文字が書いてある。そして、となりに苺が添えてある。
「本格的だねぇ、なんて書いてあるのかな。おいしいよって書いてある」
「あさぎ姉さんのケーキだもの、とっても美味しいよ」
あさぎがウィンナー珈琲を運んできた。
「いらっしゃいませ、篠石さん」
あさぎを珈琲をケーキの隣りに置くと、三毛のお皿の横にもディーカップを置いた。
「三毛ちゃんは紅茶。アールグレイ」
「ありがとう、あさぎ姉さん」

佳奈が帰った後、あかねは、なよに話しかけていた。
「報告は以上です」
「なんと、誰も止めることは出来なかったか」
なよは悲痛な顔で微かに俯いた。
「この国の男どもはひ弱すぎる。これ程の平和、奇跡であるのにのう」
「なよ姉さん、どうします」
なよは顔を上げると、呟いた。
「この国はこの国の者が育てていかねばならん、と言うて、傍観を決め込めば、先は見えておる。わしは佳奈が嘆くのを見とうない」
「なら、ちょっと賑やかなことしよう」
ふわっと幸が現れ、なよに笑みを浮かべた。
「幸、何をする気じゃ」
「ちょっとした遊びさ。そうだ、黒を連れて行こう、いろんなこと、あの子に経験させなきゃ。あかねちゃんもいいかな」
「はい、ついて行きます」
あかねが即答した。
ふと、なよが考え込む。
「幸とあかねと黒か。万が一、ここの護りはどうする。そうそうは攻めては来ぬだろうが」
幸は髪の毛を一本抜くと、なよの手首に巻き付けた。すっと、髪の毛がなよの手首に溶け込み消えた。
「これで、なよ姉さんもここを護ることができる。そうだ、なよ姉さん、刀帯儀、あれ教えてくれ。術を教えっこしよう」
「術をか」
「うん、お父さん、言ってた。幸の足りないのは術の繊細さかなって。あれ、細かいんだろう」
「幸、お前は天才じゃからな。細かいところを飛ばしても、形になる。じゃが、精密に組み立てれば、わしの想像できない刀帯儀ができるかもしれんな。幸は何をわしに教えるつもりじゃ」
幸はふと考えたが、顔を上げ、なよを瞬きせずに見つめた。
「いまさら、遅いかもだけど、遠見を教えよう」
幸は人差し指を天に向けた。
「人工衛星くらいなら、触れるくらい近くに見ることができる」
「いいな、教えてくれ」
なよがほんの少し、笑みを浮かべた。

小夜野は川のほとりでうずくまっていた。呆然とした表情でいる。自然と涙がこぼれてくる。なよ母さまになんと言おう、声を押し殺し泣く。
ケーキを食べた後、三毛が全速で川面を駆けていた。お父さんならもっと速く水の上を走る、もっと速く、もっと静かに。いったい、どう体を動かしているのだろう、もう少しでわかるような気がするんだ。
泣いている。
三毛は跳ね上がり、川の辺に急停止した。
「小夜野ちゃん、どうしたの」
三毛は小夜野の後ろに立つと、そっと話しかけた。
「なんでも・・・」
なんでもないと言いかけて、小夜野が口を閉ざした。そして、決心したように振り返る。
一瞬、三毛は目を見開いたが、ぐっと息を呑むと、平静を装う。
ぎゅっと目を瞑り、少し俯く小夜野の額には二センチほどの角が一本生えていた。
「小夜野はなよ母さまに嫌われます。ここも出て行かねばなりません」
閉じた両目からつらつらと涙がこぼれる。
三毛は力強く小夜野を抱きしめると頬を寄せた。
「大丈夫、信じて」
小夜野の膝が崩れ、三毛は小夜野を抱きしめたまま、膝をついた。
「幸母さんを呼ぶよ」
小夜野が微かにうなずいた。
三毛が悲鳴を上げる、
「母さぁん」
三毛の叫ぶ声が響いた。
一瞬で幸は三毛の横に現れる、
「どうした、三毛。小夜野ちゃん」
「母さん、小夜野ちゃんを助けて」
三毛が涙を流し叫んだ。
幸は瞬時に事情を把握した。小夜野の前に座ると、角に触れる。確かに額の骨から出ている。
「首から下を再生したとき、人と組成が少し違うと思ったんだけど、こういうことだったのか」
「三毛、ガーゼと消毒薬と紙テープだ」
「はいっ」
三毛が家へと駆ける。
幸がすっと人差し指で角を払う。すとんと角が根元から取れて、幸の手のひらに転がった。
戻ってきた三毛が、小夜野の額を消毒をし、ガーゼを当て、テープで留める。
幸は落ち着いた声で、小夜野に話しかけた。
「小夜野ちゃん、角の生成組織はただのカルシウムだ。爪や髪の毛が伸びれば切るのと同じように、切ればいい。もっとも、骨は硬いからさ、切りにくいけどな」
幸は背を伸ばし、小夜野を抱きしめると、耳元で囁いた。
「なよ姉さんは小夜野の母さんだ。なよ母さんを信じてやってくれ」
幸がそっと笑みを浮かべた。そして、手を離し振り返る。
なよがいたずらげににっと笑った。
「来い、小夜乃」
なよがゆっくりと歩きだす。小夜乃が泳ぐように駆け出した。ばふっと小夜乃がなよにしがみつく。
「なよ母様、ごめんなさい」
「謝る必要が何処にある、小夜乃はわしの大切な娘じゃ」
しっかりとなよは小夜乃を抱きしめた。

夜半、皆が寝静まった頃、幸はそっと起き出すと、男の部屋に入る、そして、明かりをつけないまま、男のいつも座っていた椅子に腰掛けた。月の明かりが窓から流れ込み、部屋の中を白く照らす。
「お父さん、ちゃんと帰ってくるよね、約束したもの、ね」
幸は呟くと、視線を落とす。
幸は毎晩、皆が寝静まった頃、男の部屋で少しの時間を過ごしていた。
ふと気配を感じ、幸は顔を上げると、袖で涙を拭った。
「いいよ、なよ姉さん」
幸が声をかけると、襖が開き、なよが部屋に入ってきた。なよは手に持っていた掛布を幸の背に被せる、
「風邪をひくぞ」
「ありがと、なよ姉さん」
「昼間はすまなかったな」
「どう致しまして」
幸は笑みを浮かべると、なよをもう一つ、椅子に座らせる。
「いい月じゃな」
窓から覗く月は大きく輝いていた。
「なよ姉さんは月に帰りたいと思ったことはないの」
「話してなかったな。わしは反乱を起こして、放逐された身じゃ。時間が経ち過ぎた、縁ある者も、もうおらんじゃろう。昔はともかく、今は眺めるだけで充分じゃな」
「なよ姉さんも変わった人生を送ってきた人だ」
「お互い様じゃ」
なよは呟くと、視線を幸に戻した。
「すまなかったな。小夜乃のこと、あらかじめ伝えてくれて。いきなり角のことを知ったら、わしはうまく言えなかったじゃろう。ほんに助かった」
幸は笑みを浮かべ、そっと俯く。
「幸せを護りたいから。なよ姉さんと小夜野ちゃんがいなくなったら、ここは幸せでなくなってしまうもの」
「ありがたいことじゃよ」
なよはそっと目を瞑り、背中を椅子の背もたれに預けた。
「初めてあった時、幸に恐ろしいほど睨まれたのを思い出す。しかし、まぁ、考えてみれば、今の状況、あかねを後継者にしたてようとしておったのが、今では末の妹になっておる。概ね、望んだようになったのかもしれん」
「思い出したよ。なよ姉さん、首の傷は大丈夫」
「あやうく、首を刎ねられるところじゃったな。鬼紙の刀に」
なよは声を殺して笑うと、首をさすった。
「死にはせんが、泣きそうになるほど痛かったのう。帰ってから大変じゃった。痛くても泣き顔ひとつ見せられん。為政者としてな、無敵を演じ続けるのは大変じゃった」
「一緒に暮らしていく中で、なよ姉さんの顔、随分、優しくなった」
「あぁ、少々腑抜けすぎたかもしれん」
なよは声を殺して笑うと、改めて、幸を見つめた。
「すまなかったな、その姿」
「ううん、幸がお父さんにしたことを考えれば、その代償として受け入れなければならないし、結果として、お父さん、生きることを選んでくれた。だから、嬉しいんだ」
ふと、幸は顔を上げ、襖を眺めた。
「いいよ、黒。入っておいで」
幸が声を掛けると、ゆっくりと黒が襖を開け、部屋に入ってきた。
「幸母さん。明日、大丈夫かなぁ」
少し心細げに黒が呟く。
「心配で、眠れないのか」
「うん」
「大丈夫だ。案外、上手くいくもんだよ」
黒は小さく吐息を漏らすと、幸の頭をそっと撫でる。
「母さん、三毛よりも小さくなって、妹みたいだもの。なんだかなぁ」
黒は椅子に座る幸の手前に正座した。そうすると、視線が重なる。
「母さん、元に戻れないの」
「十年で戻るよ、それまでの辛抱だ」
なよは小さく笑うと、黒に声を掛けた。
「黒。幸がこうなったのはわしのせいでもある。わしも幸を元に戻すことはできんが、お前の気分くらいは変えてやろう」
なよは黒の後ろに立つと、右手のひらを黒の首筋に当てた。
「どうじゃ、温かくなってきたろう」
「とっても暖かい」
「陰から陽への転換じゃ。黒、お前には力がある。明日は思いっきり働け。幸い、幸い、幸い」
なよは手を離すと、軽く黒の肩を払った。
「なよ姉さん、なんだか、楽しい気分になってきた」
「黒。良い夢を見て眠れ」
黒は安心したように笑みを浮かべると、立ち上がった。
「幸母さん、お休み。なよ姉さんもお休みなさい
黒は入ってきたときと別人のように、朗らかに部屋を出て行った。
「黒は単純だなぁ」
溜息混じりに幸が笑った。
「ただの暗示であれだけ元気になれば上等じゃ」
なよは襖に手を掛け振り向いた。
「わしも寝るよ。幸も早く寝ろ」
「うん、もうちょっとしたら寝るよ」
なよはうなずくと部屋を出て行った。幸が壁を見上げる、男と幸が真ん中に写る集合写真だ。
「お父さん、幸を幸せにしてくれてありがとう。これからは幸がお父さんを幸せにしてあげるよ。だって、お父さんが幸せなら、幸はとっても楽しいんだもの」


闇の中、スポットライトが照らす、中肉中背の一人の男。少々、貧相な顔立ちだが、身につけている背広は最高級品だ、彼こそはこの国の現在の首相である。
「国民の皆様、ほぼ、全員がこの番組を視聴してくださっていることでしょう」
首相はポケットからハンカチを取り出すと、額の汗を拭った。微かにもう片方の手が振るえている。極度の緊張状態に彼はあった。三台のテレビカメラの内、中 央のカメラが彼を捉えている。彼は泣いているとも笑っているともつかない複雑な表情を浮かべている。暗闇の中で、姿は見えないが主要な報道メディアが居並 んでいた。
首相は喉が渇いたのか、掠れた声でゆっくりとマイクに語りかけた。
「国民の皆様には、あまりにも突然のことで、ご理解いただくのに時間がかかるかも知れません。しかし、いま、これがこの国で起こった真実です」
秘書官の一人が、コップに水を入れ、届けた。首相は、ごくっと飲むと、意を決して声を上げた。
「ただいま、日本は鬼に占領され、植民地と化しました。日本国憲法、民主主義は完全停止いたしました」
一瞬にして、明かりがともり、白い光が煌々と辺りを照らしあげた。晩餐会、沢山のテーブルに贅をこらした料理が並べられ、シャンパングラスを手にした鬼達が百は下らないだろう、お互い笑いあい、乾杯の声を合図にグラスのシャンパンを飲み干した。
新聞社だろうか、カメラのフラッシュが眩く鬼達を照らし上げる。
ゆっくりと中央にいた、二メートルあるだろう、堂々とした鬼が一人、首相の元へ近づくと、その肩に手をやり、声を上げて笑った。
その身長差は、確実に人と鬼の力関係を明示していた。
額に二十センチはあるかという角を二本生やし、牙が少し覗く。身なりは人の背広をそのまま大きく仕立て上げたもので、首から下だけを見れば、背の高い紳士であった。
「日本国民の皆様、私が鬼の本国より遣わされました進駐軍最高責任者、高園童子です。皆様、突然のことに驚かれたのではありませんか」
かなりの美男である。高園童子にとっては、その角も牙も、却って、野生を思わせる逞しさと魅力を示すものとなっていた。テレビに向かう女性の多くが、魅惑されただろう。
「鬼は想像上の生物、昔話の中だけのもの。ほとんどの人たちがそのように思われていたことでしょう。しかし、違います、我々鬼は違う世界に住む人間です。 国同士が戦い、領土を広げるように我々はこの国を征服いたしました。幸いにも、彼、この国の首相を始め、政治家、官僚、経済人の多くの理解により、争うこ となく、統治権を禅譲していただいたこと、感謝いたします」
ぽんぽんと高園童子が首相の肩を叩いた。
ぎくっと首相の顔が一瞬、強張ったが、無理に笑みを浮かべると頷いた。
「我々、与党はもちろん、野党の方々も了承いたしまして・・・」
押し出されるように、与野党の歴々が高園童子と首相の後ろへと立つ。一斉にシャッター音と共にフラッシュが瞬いた。
ばつの悪そうな政治家の、テレビで見慣れた顔が並ぶ。
高園童子は一歩前に踏み出すと、マイクを片手に見渡した。
「我々、鬼族は君主制であるため、日本国の民主制を停止いたしました。しかし、考えてみてください、今までの社会が果たして、民主主義と言えたかどうか。 そして、こうは考えたことはありませんか。国民を大切に思う一人の王が社会を統治する方が暮らしが良くなるのではと。約束いたしましょう、国民皆様の生活 が大きく変わることはありません、単純に税金の納付先が変わるだけのこと、いや、民主主義では不可能であった、多くの無駄を排することで、より、快適な生 活を送ることができるようになります。
そういう意味では、我々は皆様を解放させるためにやってきた救世主とも云うことができるのかもしれません」
高園童子は一気にまくし立てると、万遍の笑みを浮かべた。
シャンパンを飲み干し、高園童子は背を向け後ろに戻ると、グラスをテーブルに置いた。それを合図に、鬼達の会食が和やかに始まった。首相をはじめとした政治家達は直立不動のままだ。
自衛隊の制服組だろう、一人、ファイルを片手に中央へ歩み寄ると、政治家達を無視したまま、中央に陣取った。
「まずは高園童子様、我が国の統治者となられましたこと、自衛隊の総意といたしまして、強く歓迎いたします」
自衛官は高園童子に向き直ると深く一礼した。高園童子が片手を軽く挙げ、鷹揚に頷く。
再び、向き直ると、自衛官はファイルを開き、言葉を発した。
「ここに重大な発表を行います。私達が鯨を食することを食文化とする、それと同様に、鬼の皆様に置かれましては、私達、人を食する文化があり、統治する上 で、これは避けて通れない道であります。しかし、高園童子様の御英断により、私達に危害を加えようとする一部の鬼様を厳罰に処することを快く決定していた だきました。ただ、諸般鑑みまして、国民の中から、毎月百人を選び出し、人身御供として、鬼様に提供させていただくことに政府は決定いたしました。これ は、鬼様の要求ではなく、私達、人の側からの統治していただく感謝の意味でご提案させていただきましたもので、高園童子様は辞退されましたが、再度の、私 達たっての希望を受け入れてくださり、ここにいたる所存にございます」
自衛官は再び、カメラに背を向けると、高園童子に深く一礼をした。
話はできているのだろう、高園童子はゆったりと前に歩み出ると、自衛官の隣りに立つ。
「この大きな理解に感謝し、我々はこの国を慈悲深く統治してまいりますことをお約束いたしましょう」
深々とお辞儀をする、それをきっかけに明かりが消える、スポットライトが、戸惑い、惚けたように口を開けた記者達を照らし出す、いや、その中から現れた 静々と歩く美少女だ。美しく深い蒼のドレスを身に纏った少女が両手に一杯の花束を抱え、そして、その後ろをまた、一人の美しい女性が歩く。
もう一つのスポットライトが高園童子を照らし出す。
「これはまた、にくい演出ですなぁ」
高園童子の声をマイクが拾う。
蒼の少女は高園童子の前にやってくると、典雅にお辞儀をし、花束を高園童子に差し出した。すべての照明が灯され、真昼の明るさになる。高園童子が腰を落とし、花束を受け取ろうとした瞬間、後ろの女性が少女を抱え上げた。
「お父さんを返せ」
少女は叫ぶと、花束を高園童子に思いっきり打ち下ろした。無数の花びらが舞い上がる。
「お母さんを返せ、お兄ちゃんを返せ。人殺し」
二度、三度、打ち振るう少女の顔がテレビに大きく映し出される。類まれな美少女の涙と叫びが画面いっぱいに映し出された。その後ろで、政治家達が腰を抜かし、おろおろとよろめきながら逃げ出す。
「なんだぁ、このガキは」
牙をむき出しにした高園童子が幸のドレス、その背中を掴み、軽々と持ち上げ、にたぁっと笑った。
「奴らの頼みで始めた面白半分の茶番もしまいだ。ほぉ、なんて、細くて白い、美味そうな首だ、喉元食いちぎって、その血も飲み干してやろう」
高園童子がカメラに向き直った。
「早い話はこうなんだよ。お前ら人間は俺達の食い物なのさ」
どすん、大きな破壊音が響いた。中央のカメラがひしゃげ粉々に粉砕されていた。腕を組み、にっと笑うあかねの姿があった。残った、二つのカメラも、一瞬であかねが打ち砕く。
自在、幸の後ろを歩いていた黒が呟く、その両手に銀の筒が現れた。
幸は掴まれたまま、残った花束を投げ離すと、高園童子の額を手のひらで撫でた。
「鬼さん、男前になったぜ。感謝してくれよ」
幸の右手のひらには高園童子の角が二本、幸は飛び降りると、その角を床に叩きつけ、踏み抜いた。角が粉々になる。
「な、なんだ、こいつは」
高園童子が幸を殴りつける、瞬間、幸はその拳に右手を触れ、回転する、高園童子が逆に投げ飛ばされ、大理石の床に激突した。
「黒、思いっきり動け」
「はい」
大挙して押し寄せる鬼、鬼、鬼。
黒は鬼に向かって飛び出した。
幸は倒れた高園童子の元に走り寄ると、その耳に囁き始めた。
あかねは満足そうに大きく息を吸うと、呟く。
「こういうの、楽しいなぁ。最高だ」
「何者だ、高園童子様に失礼を働くとは」
演説をした自衛官があかねに掴みかかった。
あかねは飛び上がり、自衛官の右頬に右手の甲を添えた。無造作ともいえるくらいの柔らかな動きでその手を下に落とす。自衛官が空中で一転し、背中から思いっきり落ちた。
「つまりは食物連鎖、二番目は嫌だ、それだけのこと」
あかねは囁くと、黒の元へ駆け寄った。
依然とは見違える黒の動きだった。次々と鬼が黒の自在になぎ払われていく。いや、黒には自在で相手を打つ、払うという気持ちはまったくなかった。空中の、ちょうどいい場所に自在を置いている、そうすると、勝手に鬼達が倒れていく、そんな気分で自在を動かしていく。
「黒さん、良い動きです。見事ですよ」
「あかねちゃん、ありがとう」
あかねはにっと笑うと、青龍刀のような長大な刀を横なぎに振るう鬼、二人が腰を落とす、頭の上を刃がかすめ抜ける、あかねは瞬間、その青龍刀を握る拳を角 度を変えて押す、刀を振るう鬼の首がすとんと落ちた。弾ける鬼の血、辺りは鬼の地で深紅になったが、二人はすばやく避け、一滴の血も付かずにやり過ごし た。
「あかねちゃん、ひどいよ」
「何言っているんですか。刀を振るう以上は己が斬られる覚悟はしなければなりません。さて、遊び足りなくはありますが、引き時ですかね」
あかねが平気な顔をして、出入り口を探した。
新たな一行がやってきた。
「あれは、白澤おばあさん」
黒が驚いて叫んだ。
幸は黒の横に現れると笑みを浮かべた。
「良い動きだった、黒。それじゃ、帰ろうか」
「幸母さん、白澤おばあさんが」
「いいよ。手柄は本家に譲るさ。ま、手柄と言い切れるかは、ばあさんと当主の喋りにかかっているけどな。ま、如才なくことをすませるだろう」
三人の姿がふっと消えた。

椿は思いっきり走っていた。
間違いない、あれは黒様だ。凄い綺麗な女の子の後ろにいた、あの涼しげな眼差し、絶対、憧れの黒様だ。
いてもたってもいられず、椿は覚えている白の家へと走った。
あの角を曲がれば、白さんの家だ。
「止まれ」
怒声が響いた。
椿が硬直する、警官の服装をした鬼が立ちはだかっていた。
「立ち入り禁止だ、戻れ」
「え、鬼・・・」
ぎゅっと椿は唇を結んだ。
「なんだ、美味そうな娘だな」
鬼の口元からたらたらと涎がこぼれた。
「少し腹ごしらえでもするか」
ふわっと、椿の頭の上を風が流れた。
「よっ、ごめんよ」
頭の上で、声が聞こえた気がした。
鋭い蹴りが鬼の顔面に突き刺さったのを見た。
倒れた鬼の上に着地する女、啓子だった。
振り返ると、啓子がにっと笑った。
「あんた、幸ちゃんちの知り合いかい」
「は、はい。白さんの同級生です」
「で、テレビを見てやってきたというわけだ」
こくこくと椿が頷く。
「私もだよ。ん、今更、一人で戻るのも危険だな。あんたの家まで送ってあげるよ」
椿が思いっきり顔を横に振った。
啓子は困ったように笑う。
「妙な奴ばかりが集まってくるんだなぁ。一緒に来るか」
椿は万遍の笑みを浮かべて、
「はいっ」
と答えた。

低級鬼、自我が少ないため、個であると同時に全体でもある。いわば、戦闘にのみ特化した鬼だ。
二人が角を曲がったとき、うっ・・・、椿が息を飲んだ。
死屍累々、見上げるほどの大きさだったはず、数え切れないほどの鬼が打ち据えられ、切り刻まれ、倒れていた。地面が見えないほどの数だ。そして、中央に浮かぶのは、なよ。
幾本もの刃帯儀が、ゆらゆらと蠢いていた。
「なよちゃん、お疲れ様」
「なんじゃ、啓子。来るならもっと早く来い。さすれば、お前にも働かせたものを」
「さすがに、これは勘弁してください」
素直に啓子が頭を下げる。なよは、近づくと、椿を見た。
「お前は}
「は、はいっ。あの、津崎椿です。白さんとは、な、仲良くさせていただきまして」
「わしは白の叔母じゃ、なよという。追い返すわけにも行くまい、来い」
「ありがとうございます」
椿はなよの威厳に怯えたが、決して悪い人ではないと感じた。
家に戻ると、白が驚いて椿を見つめた。
「ごめん、来ちゃった」
ばつが悪そうに椿が言いよどむ。
「あ、あの。ようこそ」
自分の友人が家に来るのは始めてである。白はどきまきしていた。緊張を解くようにあさぎが声をかける、
「ケーキと紅茶、用意したよ」
白はほっとすると、椿に微笑んだ。
啓子が辺りを見回して言った。
「ところで、幸ちゃん達は」
なよは視線を少し上げると、三人のいるだろう方向を見つめる。
「なにやら、中華料理店で持ち帰りを注文しておる。半時間ほどで戻るであろう、暢気な奴らじゃ」
なよはあきれたように言うと、ふと気が付いたように袖を匂う。
「血がつかんようにと思うておったが、匂いがあるな。風呂に入る、三毛、湯船に水を入れてくれ。わしは火を起こそう」
「うん、手伝うよ。小夜野ちゃん、手伝って」
「はい」
三毛と小夜野が風呂の用意をと部屋を出る。なよは元気になった小夜野を見て、そっと笑みを浮かべた。


「幸母さん」
「ん」
幸とあかねと黒、迎賓館近くの中華茶房にて、お持ち帰りの料理が出来上がるのを待っていた。かなりの名店である、幸が一度、こういう店の料理を食べてみようと言い出したのだ。
三人、テーブルについて、料理を待つ。
「ここ、お持ち帰りなんて出来ないお店じゃないかなぁ」
「受付の人、奥で訊いてくるって、一度、厨房に入りましたものね」
あかねが気楽そうに言った。
「結果として用意するって言うんだからいいんじゃないかな」
黒が不安げに回りを見渡す。客は幸達だけだ。
放送のため、開店休業状態だったのだ。
「仕入れたお肉や野菜を無駄にするのももったいないだろうし、ちょうど良い客じゃないのかな。それに、ほら、カンフー服、中華っぽくていいよな」
幸が笑った。
幸とあかねは黒のカンフー服である、黒だけがベージュの普段着を着ていた。
「あかねちゃんまで」
黒が溜息をつく。
「本当に動きやすいんですよ。街に放たれた鬼もまだ多いですからね、いつでも動けるようにしておかなきゃ。でも、見栄えは、黒さんのドレス姿での立ち回り 姿、良かったですよ。特にドレスの裾が少しはだけて、それをぎゅっと押さえた、恥じらう顔。テレビカメラを潰すの、早すぎましたね」
あかねが笑った。
「あかねちゃんはおっさんだよ」
黒が顔を赤らめて言った。
ドアの開く音。一人の女性が店に入って来た。三十代初めくらいの美しい女だ。
遠慮なく、女は幸達のテーブル、空いた椅子に座った。
パンツルック、足の長さが強調されていた。
「あれからどうなった」
幸がにっと笑った。
「鬼は一カ所に集め拘束した。近く、鬼の世界へ強制送還する。放たれた鬼共は、本家が中心になって捕捉、これも強制送還だ」
「殺さないのか、本家はやさしいな。で、道はどうする」
「閉ざす技術がない。当分は見張りを立てる」
「人と鬼の世界とを繋げる道が出来上がったことが、鬼の大量移入を可能にした。これは人の創りだしたものだよ」
幸は答えると、コップの水を少し口に含む。
「いろんな考えの奴がいるってことだ」
幸はそう呟くと、口を閉ざした。
「幸。お前、高園童子をどうした」
女が少し詰問口調になる。
「そういえば、幸母さん、倒した鬼の耳元で何か言っていたよね」
「何をしているのかなって、あかねも気になりましたけど」
幸が、子供の姿には不似合いすぎる不気味な笑みを浮かべる。
「悪口を言った」
「悪口くらいで、あんなふうになるか。石のように固まってしまって、植物人間、いや、植物鬼だ」
あかねが深く溜息をついた。幸に狂いそうになる幻覚を見せられたことを思い出したのだ。
黒がおずおずという。
「あのね、幸母さん。今更、聞きずらいんだけど・・・」
「なんだ、黒」
「この人、誰だっけ」
横目で申し訳なさそうに、女を見る。
「全ては固有の振動数を持つ、だからね、白澤のばあさんは、姿が変わっても母さんが幸だと認識した。・・・ってことだよ」
くすぐったそうに、幸が笑った。
「こらっ」
すこんと女が黒の頭を叩いた。
「わかってなかったのか、情けない」
「ごめんなさい」
あかねも実はわかっていなかったのだが、ここでそれをいうのは避けようと大人の判断をする。努めて平静を装った。
「黒。白澤九尾猫の本当の姿は、この姿に尻尾を九本生やした姿だ。能力全開すると、こういう姿になる。母さんもこの姿を見るのは以前、戦ったとき以来だよ」
「幸」
白澤が幸を睨む。
「もう一度、戦うか。まだ、勝負はついていなかったからな」
「お父さんに叱られるからやめておく」
幸があっさりと答えたとき、店員達が料理を入れた持ち帰り袋を抱えてやってきた。
三人、料理の袋を抱えて、立ち上がった。
「幸」
白澤が声をかける。
「支払いは本家がしてやる」
「それは口止め料と考えていいのか」
「そういうことだ」
「ありがとう、実は請求書を見てびびったんだ。黒、あかねちゃん、今回の鬼退治、活躍したのは本家だ。鬼に殺されそうになった幸は、本家に助けていただいた。いいね、そういうことで」
二人が頷く。
「白澤さん、助けてくれてありがとう」
幸はそういうと、二人をうながし店を出る。
白澤がぱんと手を叩く。慌てて、受け付けがとんで来た。
「酒のメニューを持ってこい」
怒気を孕んだ白澤の声に怯え、慌ててメニュを用意し手渡した。
歯軋りの音が聞こえるようだ。しかし、白澤は大きく吐息を漏らすと、二度三度と大きく息をする。
「なめやがって。酒でも飲んで帰るさ。今日は貸切だ」

幸は両手に中華持ち帰りの袋を持ったまま、立ち止まった。
「こっちだ」
幸が呟くと細い路地に入る。両側がビルの壁で、辺りに人目はない。
「黒、あかねちゃん。先に帰っていてくれ。母さん、ちょっとさ、用事を済ませて帰るよ」
一つずつ、黒とあかねに袋を預けると、幸は片手で大きく円を描く、空間が切れ、あさぎの居る店の中が目の前にあった。
「うわ、どうしたの。幸」
幸があさぎに、ちょっといたずらげに笑みを浮かべた。
「あさぎ姉さん、いっぱいの荷物なんだ。歩くの面倒だから、空間が繋いじゃった」

「母さん、早く帰ってこなきゃだめだよ」
振り返りながら、黒が心配そうに言った。
「大丈夫。すぐに帰るよ」
「幸姉さん、手伝うことはありますか」
「たいしたことじゃないよ。ただ、家から出ないように。それは絶対だよ」
幸は二人を円の中に送り、空間を閉ざした。

吐息を漏らす。
幸乃が幸の頭を優しく撫でていた。
「ね、幸乃さん」
「ん」
「お父さん、探しに行くの、だめかな」
幸乃は幸の前でしゃがむとそっと笑いかけた。
「それはお父様が望まないことです」
「でも、でも。お父さん、きっと寂しいよ。お腹も減っているよ、寒くて凍えているよ」
幸乃は幸をぎゅっと抱き締める。
「幸の言う通りかもしれない。でも、辛さに耐え我慢しなさい」
幸が小さく呟く。
「ありがと、幸乃さん」
「どう致しまして」
幸乃はいとおしそうに幸を見つめると、幸の中へと戻って行った。幸が顔を上げ、唇をかむ。

幸は家の前の道路に広がる鬼の切り刻まれた死体が埋め尽くすのを静かに眺めた。
「国もそれどころではないということだろう。国会議事堂の前にでも積んでおいてやるかな」
幸の呟きに呼応するように、埋め尽くされていた鬼の死体が消えて行く。跡形もなく消え去った後、一人の老婆がまっすぐに背を伸ばし、幸を睨んでいた。
片手に薙刀、巫女の姿だ。
幸は柔らかな笑みを浮かべると、歩きだし、老婆の手前、薙刀ぎりぎりの間合いに立つ。
「こんにちは。私はこの家の者ですけど、なにか、御用でしょうか」
「孫を返してもらいに来た」
老婆が汚れたモノを見るような目で幸を睨む。幸は気にするでもなく、家の方角を眺める。
「白の友達が来ているのか。確か椿ちゃんとか言ったな」
幸は老婆に向き直ると興味深そうに笑う。
「津崎椿ちゃんの御祖母様ですか」
老婆が薙刀を右下段に構えた。
「津神流薙刀術、津崎かなめ。猫又に孫をくれてやるわけにはいかん」
幸は興味深そうに笑みを浮かべると、無造作に半歩進んだ。
「対人だけでなく、鬼や魔物とも闘う薙刀術と聞いたことがあります。椿ちゃんはうちの白と随分気が合うようですけど、縁があるのかもしれませんね」
一瞬、津崎かなめは大きく一歩後退した。これ以上、幸に近づくのは危険と体が反応したのだ。
「確かに白は元は猫かも知れません。でも、人の姿に定着し、猫の姿には戻りません。これからも普通の人として生きていきますし、私も母としてあの子を良い子に育てて行きます」
幸は笑みを浮かべると、受け入れようとするように、両手を広げる。
「椿ちゃんとは、一緒に御飯を食べた後、責任を持ってお送りします。ですから、構えを解いていただけませんか」
老婆は逆に構えに力を込めた、幸の気配に体が恐怖を覚えたからだ。今まで闘ってきた相手とはまったく異質の畏怖感。
「邪魔くせぇな」
小さく、幸が呟いた。

「幸お姉ちゃん、待って。待ってください」
あかねと黒が慌てて飛び出してきた。
「だめだよ、母さん。落ち着いて」
黒が幸の右手を両手でしっかり握った。あかねも老婆との間を割って入る。
「なんだよ、黒。あかねちゃんも」
「白さんの初めてのお友達のおばあさんですよ。危害を加えてはいけません」
あかねが両手を広げて幸を制した。
「わかっているよ。ただ、・・・とかしたら、楽でいいかなぁってさ」
「口ではっきり言えないようなこと、だめだよ」
黒がぎゅっと幸の手を握り締めた。
「黒さんとドアの隙間から覗いていて正解でした。幸お姉ちゃん、あかねの御祖父さんを呼んでください」
あかねの言葉に、幸が左手を横に伸ばす。肘から先が消え、何かを掴もうとする造作。手を戻すと白い着物の一端が見え、白袴を身に纏った鬼紙老が現れた。
「なんじゃお前は。あのじゃじゃ馬女の仲間か」
あかねが驚いて鬼紙老を見つめた。
「おじいさま、そのお姿は」
鬼紙老は、あかねの顔を見て、一瞬、顔がほころびかけたが、居住まいを正し言った。
「鬼紙家は鬼を制し、人の世を護ることこそが、その存在意義。わしの時代に国が鬼に乗っ取られたなど、御先祖に申し訳ない。あとは、あかね、頼んだぞ」
「だめです、おじいさま」
あかねは鬼紙老にしがみつくと、その胸に顔を埋めた。
「あかねはおじいさまがいらっしゃらないと嫌です。離れて暮らしていても、あかねは大好きなおじいさまのことを忘れたこと、ありません」
あかねが涙に濡れた顔を上げ、じっと鬼紙老の眼を見つめる。
「あかね、なんと良い孫じゃ。わしは幸せ者じゃ」
ほろほろと感極まり鬼紙老が涙を流した。
「おや。お前は津神流ではないか」
「まさか、この場所に御老がいらっしゃいますとは」
老婆が態度を一変し、深くお辞儀をした。
幸が頃合いを見計らってあかねに声をかけた。
「お二人をお店に連れて行って、あさぎ姉さんにお茶と何か甘いものを出してもらってください」
「ありがとうございます」
一瞬、あかねは振り返ると、いたずらげに舌を少し出す。
一秒にも満たない瞬間、すぐにあかねはかいがいしく鬼紙老に肩を貸し、お店へと歩いていた。ドアに三人の姿が消えると、深く幸が溜息をついた。
「幸母さん、お疲れさま」
黒がくすぐったそうに笑う。
「あかねちゃん、凄いな」
溜息一つつき、幸が道路に座り込む。隣りに、黒が足を投げ出して座った。
「幸母さんには幸母さんの良いところがあるから、落ち込まないでください」
黒がなんだか楽しそうに笑う。
「別に落ち込んじゃいないよ。いや、こういう気分を落ち込むっていうのかな。なぁ、黒」
「ん」
「世の中には長い歴史をこらえてきたいくつもの仕組みというものがある。うまく、その仕組みを利用出来る人間は要領よくこなして行くことが出来る、母さん、そういうの、苦手っていうか、拒絶しているからな、あかねちゃんにそういうこなし方、教わってくれ」
「わかってないなぁ、幸母さんは」
黒が幸の頭をそっと撫でる。
「とっても撫でやすい高さになっちゃったね」
黒が笑った。
「黒はね、幸母さんみたいになりたいと思っている。だから、幸母さんの出来ることは黒も出来るようになりたいなぁって思う」
幸が顔を上げ、黒の眼を見た。
「そしてね、黒は、幸母さんの出来ないことは、黒も出来なくていいかなぁって思っているんだ」
「なんか、認めてくれているようで嬉しいけどさ、そんなこと、言っていると三毛に抜かされてしまうぞ」
「うん」
黒はふと真面目な顔になって幸を見つめた。
「それ、考えた。ただ、黒はね、白や三毛を護りたくて強くなりたいと思う、三毛に負けるのが嫌で強くなりたいんじゃないんだ」
幸がふっと笑みを浮かべた。
「お父さんが三人の内、黒にだけ、術を教えたのは、黒のそういうところを認めたからかもしれないな。野心があり過ぎると、身につけた術でその身を滅ぼしてしまう」
幸は立ち上がると両手でお尻をはたき、砂を払った。
「なぁ、黒」
「はい」
改まって黒は返事をすると、幸の横に立つ。幸が少し見上げた。
「破壊者にも勇者にもなる必要はない。この市井の一隅で、地味に、そして、ちょっと楽しく、みんなで助け合って生活して行ければさ、最高だと思わないか」
黒が笑みを浮かべて、言葉を繋いだ。
「あさぎ姉さんの喫茶店、これはなよ姉さんと小夜乃ちゃんが手伝う。幸母さんとあかねちゃんの畑。白がお医者さんになって隣りで開業して、三毛は看護士さん。黒は母さんの畑を手伝うよ」
「そうさ、お父さんは母さんと一緒に畑仕事してな。啓子さん達もちょくちょく遊びにきて、一緒に御飯食ったり。な、楽しいだろうな」
黒が心の底から幸せそうに笑みを浮かべた。
「殴ったり蹴ったり斬ったりするより、ずっと楽しいだろう」
「うん」
黒は満辺の笑みを浮かべ、幸を両腕で抱き上げた。
らら、らと歌いながら黒が舞う。
「こら、母さんを抱っこして良いのはお父さんだけだぞ」
「だって、幸母さん、小さくなって可愛いんだよ、喋らなければだけどね」
「それは余計だ」
幸が楽しそうに笑う。
「幸母さん」
「ん」
「黒って名前、とっても気に入っているんだ、娘にしてくれてありがとう」
「急にそんなこと言うなよ。なんか照れる」
「照れてください。これも親孝行だよ」
「黒は以外と甘え坊だな」
「長女は、ほんとはとっても甘えるのが好きなんだよ。お姉さんだから我慢してるけどさ」

がきっ、黒い気配が空気を固形化する。黒がステップを踏んだままの状態で固まってしまった。
まだ、明るかったはずの風景が闇になる。なにかとてつもなく重い気配がすべての重量を階級的に重く沈めてしまったようだ。
「幸母さん、これは」
「八割はったり、二割実力。本人は十割実力と考えている勘違い野郎の御登場だ」
幸は黒の腕の中で気楽に笑みを浮かべた。人の可聴域より低い音が響く。音、いや、言葉だ。
黒はその聴覚で、オンナと呼びかけるその音を認識した。
「幸母さん、呼んでる」
「ようだな。さて、選択肢は二つ。戦って勝つか、速効、家に戻って中華を食うか。フカヒレ、二万円、料理した奴、何考えてるんだ、もう拝ませていただきますって値段だな」
「幸母さん」
「ん」
「中華選んでも良いかなぁ」
心細げに黒が囁いた。
「奇遇だな、母さんも中華を選んびたいんだ。黒」
「はい」
「走れ」
幸が呟いた。
瞬間、家の扉が弾けたように開く。
一足飛びに黒が幸を抱きかかえたまま、飛び込んだ。背中で扉が唸りをあげて閉じる。
「お帰り、幸、黒」
なよがまったくの緊張感無しに声を掛ける。
「もうすぐ、あさぎの味見と分析が済むからな」
「え、分析」
黒が鸚鵡返しに尋ねる。
「あさぎが中華の料理を覚えてみろ。喫茶店で本格中華じゃ。それに晩飯も豪勢になるぞ」
ふぁあっと黒の顔がほころんだ。
「生きてるって幸せだ」
黒の笑顔に、なよが愉快に笑った。
「黒は面白いな」
幸が黒の腕の中で笑った。

「あ、黒様」
声に気づいた椿がやってき、玄関にいる三人を見つけた。
ふぃっと黒は表情を沈め、大人びた顔を椿に向けた。
「やぁ、椿ちゃん、来てたんだ」
「はい。あ、あの、テレビで。横顔がちょっとだけだったけど、絶対に黒様だって」
黒が静かに笑みを浮かべると、そっと、自分の唇に人差し指を当てる。
「それはね。秘密だよ」
目を輝かせ、椿がこくこくと頷いた。
25
最終更新日 : 2013-05-11 17:47:57

異形 漣 一話

「しょうがないな、出るか」
深夜、幸は呟くと椅子から立ち上がった。
夕食の後、鬼紙家から遣わされた車に鬼紙老と津崎かなめを載せ、あかねはどうしようかと少し迷ったようだが、万が一のため、一緒に乗り込み送っていくこと にした。
三人が帰った後、片づけを手伝い、幸は男の部屋で時間を過ごす。

襖を開ける、廊下を渡り、幸が寝間を覗き込む。啓子が大いびきをかいて眠っていた。
「あやつは蓄膿症の気味があるようじゃのう。小夜野も早めに寝てよかった、奴よりも後に寝ようとすれば、到底、眠れそうにないわ」
背後から、なよが気楽に笑った。
「なよ姉さんは寝そびれたわけだ」
振り返ると幸は少し幸せそうに笑った。
「あさぎ姉さんも遅くまで起きていたようだけど」
「あさぎは帳面に中華の分析を書いておったからの。しかし、驚いた、味と見た目から、材料に調味料、料理の仕方、加熱時間まで推理しおった」
「凄い特技だ。あさぎ姉さん、頑張ったんだろうな」
「出来た妹のおかげで、美味いのが食える、ありがたいのぉ」
なよが笑うのを、幸は嬉しそうに笑みを浮かべ、よしっと気合を入れた。
「行くのか」
「このままだとゆっくり眠れないから、仕事、済ませてくる」
「わしも行こうか」
「本家絡みの気がするから、幸だけで良いよ。そうだ、凍えているだろうから、お風呂、沸かしなおしてください」
「わかった」
なよは頷くと風呂場に向かった。

家の扉を開け、後ろ手に閉める。
闇の中、玲瓏、突き刺す白月がアスファルトを穿つ。道路を挟んで見えるは漆黒の闇。光すら飲み込み、その正体が知れない。
「用件を聞こう」
幸が闇に向かって呟く。
重低音の振動が微かにずれる、そんな唸りのような音が響いた。音、いや、意味のある音、声だ。
娘に術を授けてもらいたい
闇が少し薄れる。巨大な足、足首から膝までの高さで幸のゆうに二倍はある。その足にしがみつき、身をひそめる少女。
微かに顔をしかめ、幸が呟いた。
「何者だ」
人は我らを鍾馗と呼ぶ
幸は頷くと、しっかりと声を掛けた。
「わかった、教えてやる。一ヵ月後の今夜、この時間に来い。だが、身につけることができるかどうかはその娘次第だ。いいな」
ありがたい、感謝する
幸はその言葉に返事はせず、ぎゅっと少女を睨んだ。
「来い」
少女は意を決したように、一歩前に出ると、空を、自分の父親のだろう、顔を見つめ、しかし、すぐに向き直ると幸の元へとやってきた。幸の持つ気配にだろ う、震えている。
幸は氷のように冷え切った少女の手をぎゅっと握ると空に向かって言った。
「鍾馗の長よ。必ず、生きてお前の娘を迎えに来い。これは餞別だ」
幸の握った手が月と同じ白に輝く。それは光の球になり、少女の体を抜け、闇へと駆ける。そして、その闇の中に吸い込まれた。
「仙術系なら、月の光も役に立つさ。去ね」
やがて闇が薄まり、道路、向かいの家が浮かび上がる。
「行ったか」

幸が少女の手を握り、家に戻ると、白が嬉しそうに待ち構えていた。
「幸母さん、これは白のお役目ですよ」
新しい下着と、白の服だろう、そうだ、少女の背は白と同じだ。
「お風呂はなよ姉さんが沸かしなおしてくださいました」
幸は白に幾つかの指示を伝えようとしたが考え直した。
「白、この子は1ヶ月の間、うちで修行をする。これから風呂に入れるつもりだけれど、たださ、随分やつれている、栄養状態が悪い。どうすれば良いかな」
白は頷くとしばらく考えていたが、目を輝かして答えた。
「肌の状態や唇の乾き具合から判断して、水分補給。ジュースを作ります」
「そうだな。なら、白。彼女を台所へ連れて行ってくれ。椅子に座らせて栄養のあるジュースを作ってくれるかな」
「はい」
白は頷くと少女の手を握り、台所へと連れて行った。
幸が廊下を一歩歩いたとき、ふっと、なよが幸の隣りに現れた。
「なよ姉さんの天敵だ」
幸がくすぐったそうに笑った。なよが少し困り顔に笑う。
「刺激があるのも面白い。練習相手になってやるとしよう」
ふぃっとなよの姿が消えた。啓子のいびきが収まる周期になったようだ。なよが小夜野の隣りに寝るのを感じた。
幸が台所に入ると、少女はテーブルに着き、白が山羊の牛乳に火をかけていた。
「人肌まで暖めて、バナナジュースを作ります」
「美味しそうだな」
幸は答えると、少女の隣りに座った。
「私は幸。この娘の母親だ。みんな寝ているからさ、紹介は明日の朝にするよ。で、お前の名前は」
少女は幸の問いかけに困ったように俯いた。
幸はたいして気にするふうもなく、軽く吐息をもらすと、白に声をかけた。
「白。この娘に呼び名をつけてくれ」
「名前ですか」
「いいや、呼び名だ。呼ぶのに不便だからさ」
白は少し考えていたが、ふっと笑みを浮かべた。
「漣(れん)、さんずい偏のさざなみという漢字です」
「いいな、それ」
幸は頷くと、俯いたままの少女に言った。
「お前のことを漣と呼ぶ。漣という声が聞こえたら、自分のことだと認識してくれ、いいな」
少女は驚いたように幸を見つめていたが、やがて、そっと頷いた。
「できましたよ」
白はマグカップ三個に温かなミルクを注ぎ、テーブルに置いた。
「一緒に飲みましょう」
白は漣の真向かいに座り、ジュースを少し飲む、そして、漣に笑みを浮かべた。ほっとしたように微かな、ほんの小さな笑みを漣は浮かべると、一口、ジュース を飲む。
三日間、一切の食事も水分も摂っていなかった、だからだろう、人肌に温められたジュースが喉を通っていくのがわかる。なんだか、緊張が解けて寝てしまいそ うだ。
「寝るのは風呂に入って体を洗ってからにしてくれ」
幸が穏やかに言うと、くすぐったそうに笑った。
「白、漣と一緒に風呂に入ってくれるかな。汗や土埃に、涙、流してやらないとな」
「わかりました」
「漣の服は洗っておく。ん、こういう服もいいな、一つ、作るかな」
闇にまぎれる濃い茶色の服、緩めのチャイナドレス、下は幸のカンフーズボンに似ている。改めて、漣を見る、肩より二センチ上で切りそろえた後ろ髪、澄んだ 瞳に鼻筋が通っている。
「元々が中国だからかな」
白はふと幸に尋ねた。
「漣さんは中国の人」
「ん、微妙だな。広い意味では人だ。ただ、話が長くなる、それを話し出すと。とにかく、風呂に入って、一晩、ぐっすり寝て、それからの話だよ」
幸は微かに哀しげな笑みを浮かべると、残りのジュースを飲み干した。

白が漣を風呂に入れている間、幸が風呂の洗い場で漣の服を手洗いする。洗濯機もあるのだが、長く使っていない。たらいに洗濯板を斜めに入れ、それで洗う。 たらいの下にかさ上げのための台があるので、腰に負担がかかりにくくなっている。
白は右肩で漣を支えるようにして、風呂につかっていた。
「幸母さん、手伝いましょうか」
「いいよ、もうすぐ終わる」

「おおい、幸ちゃん」
脱衣場の向こうで啓子の声がした。
「お風呂場だよ、啓子さん」
幸の返事に啓子が服を着たまま、風呂場の扉を少し開け、中を覗き込む。
「どうしたの」
「なよちゃんにたたき起こされたよぉ。幸ちゃんになんとかして貰ってこいって」
幸が愉快に笑った。
「啓子さん、いいから、こっちにおいで」
少し涙目になった啓子はそのまま、幸の元にやってくると、しゃがむ、幸は左手をタオルで拭うと、啓子の鼻から額に向かって手を動かす、すっと、指先が啓子 の鼻と額の間に溶け込んだ。
「これだな」
ふっと幸は指先を動かし、手を啓子の額から抜いた。
「以前に顔面に強打を受けた後遺症だ、膿が溜まりやすくなっているんだよ」
「なんだか、息がしやすい。すっきりした」
幸は笑うと、ふと思いつき言った。
「啓子さん。悪いけど、寝る前に、お父さんの部屋に布団を三組敷いてくれないかな」
「いいよ。幸ちゃんの頼みは断れないからさ」
啓子も新しい住人に気づいたが、それには触れず、風呂場を出て、男の部屋に向かった。
「面白い人だ、啓子さんは」

「あの、幸母さん」
白が思いつめたように言った。
「どうした、漣は、うん、大丈夫みたいだな。そろそろあがるかな」
「あのね」
「ん」
「白も幸母さんみたいに出来るようになるのかな、練習すれば」
「あぁ、啓子さんの顔に手を入れたりってこと」
「う、うん」
「モノの虚実が理解できればそれほど難しくはない。ただ、絶対的な自信がないと大変なことになるから、誰にも教えていない。白、身につけたいのか」
「はい」
「それなら、漣の修行が終わったら特訓してあげるよ」
「がんばります」
「あぁ、かなりがんばってくれ」
幸が楽しそうに笑った。

漣は夢を見ていた。目の前の見慣れたはずの屋敷が紅蓮に燃えている、自分の体まで燃えてしまいそうだ。沢山の黒い消し炭が横たわっている、あの一つに母さんがいるのだ、私を逃がしてくれた母さんなのだ。
うわぁぁ・・・、どうしてこんなことに。
やだ、嫌だ、どうして。

「よう、目を覚ましたか」
なよが、目を覚ました漣を見て、にたぁっと凄みのある笑みを浮かべた。
「う、うわっ」
漣が唇を震わせ、後ろ手に布団を握り締めた。
「かぐやのなよたけの姫」
食いしばる歯の隙間から漣が呻き声を出した。
「ほぉ、わしを知っておるか。ほれほれ、固まっておっては逃げられんぞ」
嬉しくてたまらないとなよが笑った。
漣がよろよろと後ずさりをする、息が荒い。ぼろぼろと涙がこぼれる。
「なんじゃ。そんなことでは戻っても鬼の餌になるだけじゃのう」
じわりと、なよが漣に向かって手を伸ばす。

「なにやっているんですか、なよ母様」
二人の間に割って入った小夜乃がぎゅっとなよを睨んだ。
白い割烹着を身に纏い、仁王立ちする小夜乃には威厳すらあった。
「いや。まぁな、怯えるのが面白ろうてな」
「なよ母様は遊びでも、漣さんにとっては心の傷になるんです」
「すまんすまん、怒るな。謝る」
小夜野の怒る姿すら楽しいと、なよが素直に頭を下げた。
「本当にもう、なよ母様は子供なのですから」
小夜野は大袈裟に溜息をつくと、漣に向き直り、腰をおろして正座した。
「幸姉さまから修行に来られたと伺っております。母 かぐやのなよたけの姫が失礼致しました。私は娘の小夜野と申します」
「なよたけ姫の娘・・・」
漣が腰を抜かしたまま、呟いた。

「種族はそれぞれ違うけれど、それでも家族なんだ」
幸が連の着替えを抱え、ふわりと小夜野の横に座ると、気楽に笑った。
「おはよう、漣。顔を洗って着替えてこい。朝ご飯を食ったら、修行だ」

あたふたと漣が着替えを済まし、広間に戻ると、幸たちが組み立て式の食卓を整え、料理を運んでいた。
「漣。向こうの扉を開けたら、椅子がある、運んでくれ。啓子さん、お願いします」
「ほーい」
啓子は抱えていたおひつを食卓の上に置くと、漣に笑いかけた。
「漣ちゃん、おいで」
啓子の声にあたふた頷き、漣が啓子に走り寄った。啓子の後ろを歩く、背の高い綺麗な人だ。
扉を開け、啓子が折りたたみ椅子を出す、漣がそれを浮けとる。
ふっと漣が啓子を見つめた。
「どうしたの。なんか顔に付いているのかな」
「あ、あの。いいえ・・・」

にかっと啓子が笑った。
「ここの連中は個性が強すぎて当てられるかもしれないけど、すぐに慣れるよ。いい人ばかりだからさ」
「あ、ありがとうございます」
背伸びをするように漣が答えた。

漣は昨日までの逃避行が本当にあったことなのか、頭の中で混乱していた。鍾馗の一軍が鬼との戦いに破れ、散り散りに逃れた。異様なほどの鬼の強さに男達は怯えていた。
本来、鍾馗は鬼を制する立場にあるはずなのに、一族一の偉丈夫な父でさえ苦戦し、私をここに預けたのだ、私は役立たずで邪魔になるだけだ。
「漣。しっかりしろよ」
幸が声を掛けた。テーブルにつき、朝ご飯の前で連は惚けたように俯いていた。
「はいっ」
漣が顔を上げると、幸が正面でにっと笑っていた。
「しっかり食っておけよ。藤四郎が一ヶ月で名人になるって言うんだ、修行は厳しいぞ」
「はいっ、頑張ります」
漣が思いっきりご飯を書き込んだ。咽ていないはずなのにぼろぼろと涙が流れる。
幸は呆れたように笑うと、連に話し掛けた。
「親父や一族の心配はするな。幸が漣を預かったのを本家が確認した、本家は勝つ側につくからな、いま、本家当主が鍾馗に接触している。幸の娘達も情報収集 に走っている、勢力図が変わって、鬼との戦いは膠着するだろうし、一ヶ月くらいは時間稼ぎできるさ。漣はその間に強くなればいいし、強くしてやるよ」
「幸さん、話がよく見えないんだけど」
ふっと、啓子が口をはさむ。ドンブリ鉢に山盛りのご飯、片手に。
「太るよ、啓子さん。啓子さんも漣ちゃんの練習に付き合ってみる、しっかり痩せるよ」
幸は少し笑うと、微かに俯いた。
「まっ、漣のことは、本人から聞いてくれ。ただ、幸がすることは、連を一ヶ月であかねちゃんや黒並みの強さに育てる」
おおっと啓子が唸った。
「つまりは、鬼の大群を一人で粉砕できるようにするってことか・・・」
「黒はどうかな。技術はあるけど優しいからな」
ふと、幸は呟いたが、顔を上げると、皿にある卵焼きを食べる。
「あさぎ姉さん、卵焼き美味しいよ。ちょっと中華風かな」
あさぎは照れたように笑うと頷いた。
「お父さんが帰ってくるまでに中華をしっかり覚えようと思ってね」
うふふっ、と幸がくすぐったそうに笑った。
「お父さん、喜ぶよ、きっと」
「そうじゃな。あさぎの料理はうまいからのう。あぁ、今度はラーメンが食いたいのぉ、あの時のラーメンは絶品じゃった」
啓子が食べるのをやめ、なよを見た。
「なよちゃん、それって、商店街の中華屋さんのこと」
「あぁ、あの時は世話になったな。しかし、こんな生意気な口をきくのなら、啓子の耳たぶの一つも食っておけばよかったな。まさか、ちゃんづけで呼ばれるとは思わなんだわ」
「なよちゃんてさ。知らずに見れば可愛い女の子だよ」
「まじめな顔をして、そのようなことを申すではないわ」
なよが少し顔を赤らめる。
幸が笑った。
「そういうとこが可愛いんだよ、なよ姉さん」
「お前達とおると調子が狂うてかなわん。さて、佳奈ところへアルバイトへ行ってくる、昨日の今日で客が来るかどうかわからんがな」
「それなら」
あさぎが声を掛けた。
「なよ姉さん、買い物いいかな」
「いいぞ、何を買ってくる」
「蛸とたこ焼き器なんだけど、幸もいいかな」
あさぎが幸を見る。料理に関しては、全てあさぎに任せてある。
「いいと思うよ、幸もたこ焼き好きだし」
にっと幸が笑った。
「ひょっとして、あさぎ姉さん,黒に頼まれたの」
「買い物に付き合ってくれて、帰り道、屋台のタコ焼き屋さん、なんだか幸せそうに眺めているから、買ってかえろうかって言ったら、いらない、いらないって慌てたようにね、言うから」
ふと啓子が思いついたように答えた。
「黒は気を使っているんじゃないかな。学校に通っていると、細々と必要なものもあるし、負担かけているってさ」
「お父さんも仕事辞めたものね」
幸は呟くと天井をぼぉっと眺める。
「テレビもエアコンもない家だけど、それは必要がないからで、それなりに、お金の面でも裕福なつもりなんだけどなぁ」
「ねぇ、幸」
あさぎが何か思いついたように顔を上げた。
「幸と二人で、毎晩の家計簿。黒にも手伝ってもらおうか」
なよが面白そうに笑った。
「なるほど。知らないことが不安なら知れば良いだけのこと、幸、そうしたらどうじゃ」
幸も頷くとほっとした顔をした。
「黒には今晩、話をするよ」
幸はれんが食べ終えたのを見届け、立ち上がった。
「思い出したけど、お父さんと屋台でたこ焼きを焼きながら旅をしていたんだ、その時の道具が車屋さんの倉庫にまだ残っているかもしれない」


26
最終更新日 : 2013-05-11 17:50:33

異形 漣 竹林にて

両腕を組み、鼻歌など口ずさみながら竹林の小径を歩く。
黒と三毛を従え、なよはにかっと嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あさぎが作ってくれた弁当に日本酒、言うことないのう」
三毛が辺りをうかがいながら、なよに言った。
「なよ姉さんはお気楽すぎます」
「三毛の生真面目にも困ったもんじゃ。青い空、小春日和の風、沢山の敵、言うことないではないか」
「でも、なよ姉さん」
黒が気配を探ろうと半眼のまま、囁いた。
「かなり強いよ。数え切れないくらいだ」
「惑わされるな、黒」
なよは一升瓶を掲げ、空の青を映す。
「久しぶりの大吟醸じゃ。かぁぁっ、腹の中が熱くなるのぉ」
なよは笑うと、黒に言った。
「人鬼が十一人、それに、この竹林には陰(おん)が漂うておる。陰は人鬼を活性化させるが、それ自体に力はない」
「何千もの鬼がいるように思えるよ」
「この国の呪師のほとんどが理解しておらん。鬼と陰は全くの別物、それが解っておらんから無用に鬼を恐れおる」
「なよ姉さん。でも、この辺りは鬼の気配で充満している」
「陰は人の恨みや悲しみ、怒りなどの負の念が堆積して、つくも神のように、かりそめの実態を持ちはじめたモノ。その気配は鬼と良く似ておるが、鬼の存在に 引き寄せられ集まってきただけのものじゃ。ま、問題があるとすれば、陰の中では、鬼は実力以上の能力を発揮するということくらいじゃな。なんというたか のぉう、そうじゃ、ドーピングという奴じゃな」
黒の問いになよは答えると、ふいと前方を望んだ。車の少し古びた整備工場と隣りに二階建の安普請のアパート。
「あれか。幸の親友がいるのは。ユッキーとか言うたかな」
思い出したのか、三毛が少し笑みを浮かべる。
「ちょっと怒りっぽいけど良い人だよ」
いたずらげになよが笑みを浮かべた。
「それはカルシウムが足らないせいじゃな。三毛、黒。呼ぶまでここで待っておれ。油断はするな。奴らはわしらの一挙手一とうそくを注視しておるぞ」
黒が慌てて言った。
「ユッキーをいじめたらだめだよ」
「わかっておるわ。わし流の挨拶をするだけよ」
なよは声を出して笑うと一人歩きだした。


「よう、童(わっぱ)。そんな俯いておったら、鬼に食われるぞ」
事務所入り口にある硝子戸の手前で、なよが声をかける、そして、にたりと凄みのある笑みを浮かべた。
「く、来るな」
事務所の壁に背を預け、くたびれ果てたように座り込んでいたユッキーが顔を上げる。赤く目を腫らした顔のまま、大声で叫んだ。
「来るなぁ」
重い拳銃を両手で掴み、なよに銃口を向けた。
「困ったのう、わしは少々天邪鬼でな、来るなといわれると行きとうなる。ちと、お邪魔するかな」
「来るな。来ないでくれよぉ」
どれほど、涙を流したのだろう、それでも、涸れることなくユッキーの両の眼から涙が流れ、唇が震える。
「仕方ないのう、なら、来いと叫べ。ならば、退散も考えよう」
唖然とした顔でユッキーがなよを見つめる。
そして、小さく呟いた。
「来い・・・」
「ん、何か言うたかな」
ユッキーが叫んだ。
「来い」
なよはにっと笑うと、硝子戸に手をかけた。
「では、お言葉に甘えてお邪魔するかな」
あっさりとなよが事務所に入った。
「な、なんだよ。帰るって言ったろう」
「ふむ。帰っても良かったんじゃが、ま、折角、来てくれというのを断るのも悪いかと思うての」
がくがくと銃口が上下に震える。
「ば、馬鹿にしやがって」
ユッキーが震える口元をそのままに、なよを睨みつけた。
なよが嬉しくてたまらないと声を上げて笑った。
「さあ、どうする。ひょっとしたら、わしはお前を助けに来たかもしれんし、もしかしたら、うまそうじゃ、食ってやろうと来たかもしれんぞ。さあ、どうする」
「撃ってやる、穴だらけにしてやる」
ユッキーが叫んだ。
その声に、なよは得意満辺に笑みを浮かべた。
「感情を制し、撃つか、撃たぬか、理性で判断せい」
一歩、なよが足を進めた。ユッキーはなよを睨んだが、ふっと力を抜くと拳銃を落とし、俯いてしまった。
「まだ、空き缶しか撃ったことがないんだ」
すっと、なよは近づくと、力強くユッキーを抱き締め、囁いた。
「心配するな。わしは敵ではないぞ。ただ、意地悪なだけじゃ」
なよは笑うと、同じように壁を背に、ユッキーの隣りに座った。
「他には誰もおらんのか」
「アパートに住んでいた奴らはみんな鬼に食われてしまったし、マス爺さんは故郷に帰っているし、とっつあんは香港で足止め食らっているし」
「とっつあんというのは、お前の父親か」
「あぁ」
「裏の世界の住人じゃな。この事務所にだけ結界が張ってある」
ふと、なよは天井、いぬとらの角を眺めた。
「なるほど、暗殺寺の作った結界じゃな。印がしてある」
なよは片手を伸ばすと、ユッキーの肩をしっかりと抱いた。
「鬼が押し寄せて来たろう、中から撃っていたら結界も割れてしまう。びびって小便ちびるくらいがちょうど良いわ」
「ちびってなんかいねぇ」
「あぁ。なら、そういうことにしておこう」
なよはいたずらげに笑みを浮かべた。
はっと気づいたようにユッキーがなよの顔を見つめた。
「あんた、誰なんだ」
「わしか。わしは・・・、おぉ、そうじゃ。奴らを忘れておった」
なよは正面を向き声をかけた。
「黒、三毛、来い」
言葉が終わらないうちに、二人があたふたと駆けて来た、事務所に入り、ユッキーに笑みを浮かべる。
「ユッキー、久しぶり」
黒が挨拶をすると、隣りで三毛も笑みを浮かべた。
「お久しぶりです、ユッキーさん。昨晩は大変だったようですね」
「ってことは」
驚いて、ユッキーがなよを見つめた。
「わしは奴らの母親の姉、なよと云う。よろしくな。本来なら妹が来るのじゃが、ちと、患っておっての、わしが代わりにやって来たということじゃ」
「あいつ、病気なのか」
心配げになよに尋ねた。なよは重い吐息を一つ漏らすと呟いた。
「峠はとうに越して、元気じゃが、姿形が随分変わってしもうての。めったに外には出おらん」
なよが沈痛な面持ちでユッキーを見つめる。。
黒が慌てて言った。
「どんな姿になっても、母さんは母さんだよ」
「黒姉ちゃん、その言い方は誤解を招きます、なよ姉さんも面白い方へと話を持って行こうとしているでしょう」
いひひとなよが笑った。
「これも、幸が元気であればこそじゃ」
なよは愉快にユッキーを見つめた。
「よう、親友が病気で心配したか」
「心配なんかしていねえ」
ユッキーがそっぽを向くのを、面白そうに眺める。
「そうじゃ、ユッキー。父さんが預けた荷物があるじゃろう。いくらか、持ち帰りたいのじゃがな」
ユッキーはふいっと立ち上がると、引き出しから鍵を取り出した。
「工場の裏手に倉庫がある」
「そうか。三毛、鍵を受け取れ」
慌てて、三毛が鍵を両手で受け取った。
「黒、聞いたぞ。お前、あさぎと買い物に出た時、タコ焼きをいらぬと言ったらしいな」
「え。あれは、だって・・・」
黒が俯き、言いよどんだ。
「いらぬことを言いおって。わしがうまいタコ焼きを食いそこねたではないか」
「でも」
珍しく黒が不安げに言葉を返す。
「学校、通わせてもらって、いっぱい、お金を使ってくれているし。だから」
なよは立ち上がると、黒をぎゅっと抱き締めた。
「わしも幸もあさぎも働いておる、心配するでないわ」
なよは笑うと事務椅子に座った。
「幸が父さんと旅をしておったのは聞いておろう。その時のタコ焼きの屋台がここにあるらしい。持って帰ってタコ焼き食い放題じゃ」
「いやっほぉ」
黒が歓声を上げて飛び上がった。
「行くぞ、三毛」
「はいっ」
黒と三毛が飛び出して行くのを、なよが楽しそうに眺める。
「面白い奴らじゃのう。初めて会うたとき、意地悪し過ぎたかのう」
なよは立ち上がると、ユッキーに声をかけた。
「さてと、ユッキー。わしが鬼と戦うのを見ておけ」
「何言ってんだ。殺されてしまうぞ」
目を見開いてユッキーが叫んだ。
「奴らも戻ってこさせないと大変だ」
目の前になよがいない。ユッキーが入り口を見ると、既になよが硝子戸の向こうに立っていた。
慌てて、ユッキーも飛び出す。
「なんて、無茶なんだ」
なよは平然とした顔で竹林の一角を眺めていた。
ユッキーがなよの横に立った時、ふっとなよの表情が視野に入った、なんて・・・
先程までの一升瓶を片手に好き勝手言っていた人間と同一人物なのか。
なんて、哀しげな眼をしているのだろう。
真っすぐに立ち、正面を見つめる、その横顔。
近所のスーパーに買い物に来た程度の質素な服装に、足元は素足につっかけ。それなのに、高貴な気高さを感じる。
「ユッキーはわしを撃たなかったな。それは、裏の人間としては失格じゃが、わしは妹の友人にそんな人間がいることをな、羨ましく思っている。そしてな、わしはそういう奴をちっとは守ってやろうと思う」
前方の風景が不自然に歪んだ。歪みの中から抜け出すように、鬼が一人、二人と現れだし、十一人の鬼が目の前に現れた。武装し迷彩の戦闘服を身に纏った鬼の一群。
「人を辞めて悔いはないか」
静かになよが問うた。
「悔いはない、それどころか歓喜に満ちているさ。鬼の姫よ」
「なるほど、わしのことは承知ででてきたわけか」
なよはつまらなそうに呟くと、その前で、平気でしゃがみ、小さな親指ほどの小石を拾い立ち上がった。
「わしを前にした時は無条件に逃亡せよとは教わらなかったか、ひよっこども」
「そんなことを言う鬼もいたな。俺達、戦闘のプロが鬼になったということを理解できなかったのだろう」
「これからどうするつもりじゃ」
「しばらくはここに身を潜める。機を見てこの国を転覆させてみせるさ」
なよは溜息を漏らすと、初めて、にたぁっと笑った。
「がきじゃのう。身のほど知らずのがきにはお仕置きじゃな」
なよは眼の高さに小石を摘まんだまま手を上げると、その手を開いた。小石がふわっと浮かぶ。
「始める。おのれの生命を賭けて戦ってみるがいいぞ」
一瞬で十一人の鬼が扇型に陣を展開した。
中央の鬼の喉が微かに緊張する、号令を掛けようとする、その瞬間、鬼の額に小石が張付いた、その小石が鬼の額を窪ませ、入り込んで行く。
「うわぁぁっ」
鬼が悲鳴を上げた、他の鬼達の意識がその悲鳴に引き寄せられた。
「素人以下じゃな」
なよが舞うように、鬼達の首を刎ねて行く。
ユッキーは、ぼぉっと口を開けたまま、目の前の現実を受け入れ切れずにいた。なよが緩やかに舞うように腕を上げ、そして降ろす。そして、鬼達の頭が首の上 から落ちて行く、肩の付け根から、脇へと赤い筋が吹き出し、その首が眼を見開き落ちて行く、あっけないほど簡単に落ちて行く。
真ん中の一人を除いて、屍と果ててしまった。
「わしはのう、お前らが憎くて憎くてしょうがないのじゃ」
なよが静かに呟くのと同時に、小石が鬼の額を貫き飛んで行った。どさっと音を立て、最後の鬼が倒れる。
「うわわぁぁっ」
ユッキーが叫んだ。
「お前、なに殺してんだよ、お仕置きじゃなかったのかよ」
なよがにかっと笑った。
「ちと、力みすぎたかのう。ま、こういうこともあるわい」
「あいつら、元は人間だったんじゃないのか」
「そうじゃな、自衛隊の隊員じゃ。鬼神化特殊部隊とかいうらしい。この国のお偉方は人を鬼に変えて、他国に攻め込むための準備をしていたらしいな。計算は狂ったようじゃがの」
「なんてことだよ」
ユッキーが地面に座り込んでしまった。
なよも隣りに座ると、ほっと吐息を漏らした。
「ユッキーは面白い奴じゃな。人として、真っ当な見識の持ち主なのかもしれぬ」
「政見放送からこっち、なにがなんだかわからねぇんだ」
ユッキーが呟く。
「じっくり考えろ」
面白そうになよが答えた。そして、ふと思いついたように声を掛ける。
「ユッキー。電話を貸せ、携帯電話じゃ」
仕方なさそうに、ユッキーが携帯電話を差し出す。
「ん、一回百円」
「ほい」
素直になよが百円玉をユッキーの手のひらに載せた。
思わず、えっ・・・と、ユッキーがなよの横顔を見つめた。
「あんた。不思議な奴だな」
「可愛い妹の親友じゃ。ユッキーもわしのことをなよと呼べ」
なよは気にするふうもなく、番号を押す。電話が繋がった。
「ホンケか。わしじゃ、白澤猫に代われ。なんじゃ、お前は頭が悪いのか、この国であやつを猫と呼べるものがどれほどおる、ましてや可愛い女の子の声とあれ ば決まっておろう。ならば伝えろ、鬼の回収に来いとな、あん、場所は電波の発信地を読み取れ、所番地までは知らん。十分で、いや、五分で来い、よいな」
なよは電話を終えると、ユッキーに携帯電話を返した。
「あんた。いや、なよさんは何処に電話を掛けたんだ」
「鬼の死体を回収させようと思うてな、国から依頼受けてをいる組織に電話したのじゃ。電話一本で便利じゃのう」
ユッキーはしばらくの間、うーんと俯いて考えていたが、おそるおそるとなよに尋ねた。
「大丈夫なのか、それって」
なよが嬉しそうににんまりと笑った。
「大丈夫なわけなかろう」
「だよな・・・」
がくっとユッキーがうなだれる。
「国はのう、出来ればあの放送をなかったことにしたいと願っておる。他の国との通商に障害があるからのう。特にキリスト教圏の国に対して、人間の姿に角が 生えているとあらば、それはもう絶対的な拒絶となるであろうな。じゃから、鬼の痕跡は跡形もなく消したい、昔話の中だけに留め置きたいと方針転換をしたと いうわけじゃ」
「俺達もその痕跡というやつなんだろう」
「もちろんじゃ。ユッキー、どうじゃ、わくわくせんか」
「あんたの頭の中がわからねぇ」
「人生とは壁を乗り越え、成長して行くものよ。お、来たぞ」
なよが正面を向いた。
一陣の風が駆け抜けた。一瞬、眼をつぶり、ユッキーがおそるおそる目を開けた時、大きなパネルトラックが一台、火炎放射器、いや、逆だ、液体窒素で鬼の死体を冷却し凍らせている一群、そして、なよの前には三十路近くに見える女、白澤がしかめ面でなよを睨んでいた。
「あの生意気な口の利き様、やはりお前か。かぐやのなよ竹の姫」
「今更、姫は照れるのう。しかし、なんじゃ、その口の利き方は。わしは国賓、つまりは他国の女王や大統領と同じ扱いぞ。謹め」
「その国は鬼に滅ぼされたと聞く、ならば、今はただの不法入国者だろう。何処に消えたかと思っていたがこんなところにいたとはな」
「猫はきついのう。もう少し言葉の選びようがあろうに」
なよが重く溜息をつく。ユッキーが肘でなよをつつく。顔を寄せ、囁いた。
「おい、これって大丈夫なんだろうな。雲行きがあやしいじゃねえか」
「わしは抹殺。ユッキーは脳に細工をされてここしばらくの記憶を削除といったとこかのう。いやはや、まいった」
気楽に笑うなよにユッキーが呻いた。
「まいったじゃねぇ、この野郎」
噛みつかんばかりになよを睨みつけたが、仕方ないと気持ちを入れ替えると、ユッキーは白澤を見つめた。
「お願いです、お姉さん。なよさまを助けてあげてください」
一転、清らかな風が囁くような声がユッキーの唇からこぼれた。
「お前は・・・」
思ってもいなかった言葉に、白澤は少し身を引き、驚いたようにユッキーを見つめた。
ユッキーが膝を揃え、両手のひらをそっと合わせる。
「私が鬼に襲われるのをなよさまが助けてくださったのです。もしも、なよさまがおられなければ私は鬼に食い尽くされていたことでしょう。お願いです、おねえさま、なよさまをどうぞお助けくださいませ」
瞳を潤ませ、白澤を見つめる。
「いや、お嬢さん。こいつは根っからの悪人なのだ。君を助けたのもただの気まぐれに違いない。奴のことなど、気にしなくていいのだよ」
微かに焦る。同性でも、この儚き清らかさに、思わず頬が火照ってしまう。ユッキーは、その焦る言葉にここぞと、白澤の手を両手で包み、力強く握った。
「私を救い出してくださったなよさまは決して悪いお方ではありません。どうぞ、どうぞ、おねえさま、私の言葉を受け入れてくださいませ」
ユッキーの両の目から、はらはらと涙がこぼれる、その瞳に見つめられ、白澤は動けなくなってしまった。
なよが重々しく、まるで自分自身に語りかけるよう呟いた。
「わかるであろう。わしらは裏の政治の世界で騙し騙され力を得て来たが、その間に、大事なものを随分と失って来てしもうた。その失ったものをこうも見せつけられてしまってはのう、辛くてしょうがないわ。せめてな、善い人の振りでもせねば仕方あるまい」
白澤はぎゅっとユッキーの手を握り締めるとゆっくりと手を離し、背を向けた。
そして、大声で叫ぶ。
「回収はすんだか」
「すべて完了致しました」
「よし、撤収するぞ」

白澤は冷凍車の助手席に座ると、なよに言った。
「かぐやのなよ竹の姫。次はないと思えよ」
「あぁ、承知した」
ユッキーはなよの隣りで、正座すると、目をつぶり、両の手のひらを重ね、合掌する。そして、そっと頭を垂れた。
白澤は微かに笑みを浮かべると、虚空に印を描く。かき消すように車諸共消えてしまった。

「行ったか」
ユッキーが合掌したまま、囁いた。
「行ったぞ。完全に気配が消えた」
うわぁぁっ、ユッキーは大声を上げると、仰向けに寝転がった。
「疲れた、やってらんねぇ」
なよは面白そうにユッキーを眺めた。
「恵まれた才能じゃな。ユッキーに助けてもろうた、ありがとうな」
「自分が助かりたいからしただけだ」
ユッキーの言葉に、なよがくすぐったそうに笑った。
「なよさん。あんた、切れるカード、何枚も持っているだろう」
つまらなそうにユッキーが言った。
「妹の親友を危機にさらすわけにも行くまい」
あっさりとなよは認めると立ち上がった。
「奴らのせいで、ちと冷えるのう」
なよは、仰向けに寝転ぶユッキーの横に足を崩して座ると、少し抱き上げ、自分の膝を枕代りに寝かせた。そして、両腕で優しく抱き締める。
「なんだよ」
「寒さしのぎの湯たんぽがわりじゃ、静かにしとれ」
「ガキ扱いしやがって」
正面を向いたまま、ユッキーが呟く。
「子供は体温が高いからのう、ちょうど、いいわい」
なよがそっとユッキーの耳元に顔を寄せ囁いた。
「たまにはゆっくりせい。そんなに角張っておると、体も心もへとへとになってしまうぞ」
「余計なお世話だ」
「お前はとっあんが好きなのか」
「嫌いじゃねぇけどな」
「お前が角張っていると相手も角張ってしまう。お前が丸ければ、相手も丸くいられるというものだ」
「だって・・・」
心なしか、ユッキーが言葉弱く反論する。
「ここに住んでいた何人かの男共も鬼に食われてしもうた、角張って、ハリネズミのように他を近づけまいと威嚇する必要は随分と減ったじゃろう。いずれはお主のとっつあんも戻って来る、それなりの日常が戻るであろう。良い機会ではないかな」
なよの膝にユッキーが頭を押し付ける。
「どんなに頑張っても男の腕力にかなわねえよ。あんたみたいに強かないんだ」
なよは腕に力を込め、頬をそっと寄せた。
「いくら強くなっても上には上がおるものよ。ここに鬼が現れ始めたのは放送の前後であったろう。早々に街にでも逃げ出せば、誰も殺されずに済んだであろう し、ユッキーも恐怖に震えずに済んだ。つまりは、鬼に腕力では勝てなくとも、危険を早期に感じ、適切な判断ができれば、生き残れるということじゃ。わかる か」
そっとユッキーが頷いた。
「角張った体と心では逃げることもできんぞ」
囁くように言うと、ユッキーの左手をなよは両手で包み込むように重ねた。
そして手を離すと、ユッキーの左手首に白い絹の帯が巻かれていた。
「それが必要が無くなるまで、ユッキーに付けておいてやろう」
「これは」
「気休めの呪いじゃ」
楽しそうになよは笑うと、軽くユッキーの頭を二度軽く叩く。
「幸い、幸い」
ユッキーは安心したかのように、委ねるように力を抜き、少し笑みを浮かべたが、はっと目を覚まし、飛び上がった。
「黒と三毛。大丈夫か見て来る」
「そういえば、全く顔をださんかったのう」
なよも立ち上がり、二人で工場の裏手に回ると、タコ焼きの屋台に夢中になっている二人がいた。

「黒姉ちゃん、コンロは大丈夫だよ」
屋台の下に潜り込んでいた三毛がはいだす。黒はタコ焼きを焼く鉄板を熱心に磨いていた。
「今晩、使えそうだな」
黒が一心に磨きながら、答えた。
なよは楽しそうに笑うと二人に声をかけた。
「よぉ。うまいタコ焼きは焼けそうか」
黒がなよの声に気が付いた。
「大丈夫。美味しいのできるよ」
黒が幸せそうに笑みを浮かべた。
「台車つきですから、押して帰りましょう」
三毛も声を弾ませて言った。
「なよ姉さん。黒はね、タコ焼き屋さんをするよ、家の前でね」
「そうか。商売繁盛じゃな」
ユッキーがなよの後ろで驚いて言った。
「お前ら、ずっと屋台の掃除をしていたのかよ」
黒がにっと笑った。
「楽しいよ。こういう掃除ならいくらでもできるよ」
黒の言葉に呆れたようにユッキーが笑った。

「そうじゃ、黒。白を呼べ。わしはとっつあんとやらが帰って来るまで、ここにおろう。白と一緒ならすぐに家に帰れるじゃろう」
黒は頷くと大声で叫んだ。
「おおい。白、おいで」
黒の視線の先、微かに霞が生じ、その中から白が飛び出してきた。
「黒姉ちゃん、来たよ」
あっと白がユッキーに気づいた。
「ユッキー、久しぶり」
白がユッキーに抱き着く。
「元気にしてましたか」
「ああ、元気だ」
いたずらげになよが何か言おうとするのを、慌ててユッキーが制する。
なよは笑うと、白に言った。
「先に三人で屋台を引っ張って帰れ」
「はい」
白は頷くと、屋台の前に立った。その後ろに三毛。黒は後ろから屋台を押す。
なよが厳かな口調で言った。
「ユッキー、油性のマジックを持って来い」
「は・・・、はい」
ユッキーは自分でも不思議なほど、素直に返事をして、作業場の片隅から油性のマジックペンを持ってくる。なよは、緩やかにそれを受け取ると、屋台に記号のような絵を描いた。
丸の下に上下に長い楕円形、髪を伸ばすことで、なにやら女の子に見える。
「難しいのぉ、絵を描くというのは。まっ、気分じゃな」
なよは、マジックペンをユッキーに返すと、白に言った。
「本物はこの絵の百倍は可愛いのじゃがのう、まっ、それでも、わしの依り代じゃ。白、花魁道中の儀を使うことを認める」

「花魁道中の儀 発」
白が緊張気味に叫ぶと、それを合図に三毛と黒が、しゃんしゃんと口々に言う。ゆっくりと進み出し、三人がとけるように消えた。
「なんでもありだな、あいつら」
ユッキーが呟いた。
「奴らは一人ではさほどではないが、三人よれば、わしでもかなわんかもしれんな」
なよは笑うと、ユッキーに言った。
「事務所に弁当がある、腹が減ったじゃろう」



「美味いなぁ、これ」
溜息まじりにユッキーが呟く。
「なよさん。これ、本当に美味しいよ」
ユッキーは事務机に置いたお弁当から、卵焼きを食べ、しみじみと言った。
なよは大吟醸片手にコップ酒、はぁっと気持ち良さそうに息を吐いた。
「そうじゃろう、三女のあさぎは真剣に料理を作るからのう」
「本当に全部食べていいのか」
「わしはこの大吟醸を全身全霊で味わっておるからな。ん・・・、なんじゃ、とっつあんにも食わしてやりたいと思っておるのか。良い子じゃな」
ユッキーは顔を赤くすると、慌ててかぶりを振った。
「別にそんなんじゃねえよ」
なよはくすぐったそうに笑うと、事務椅子に座り、窓から外を眺めた。
「良い天気、行楽日和じゃなぁ。あれは・・・」
なよが少し目を見開き、遠くを見つめる。
「とっつあんというのは、四角張った顔にがたいが良く、これまた、真っ黒の大きな四角張った車に乗っているのかのう」
「あぁ、そうだけど」
「恐ろしい形相で車をとばしておる。十五分程度で車の音が聞こえだすぞ」
「ほ、本当か」
「なんじゃ。急に嬉しそうにしおって」
なよは笑うと、酒瓶を置き、ゆらりと立ち上がった。
「ちと、出迎えてやるかな」
なよは事務所の外の出ると、壁にもたれ掛かって両腕を組む。慌てて、ユッキーも隣に立った。
「どうじゃ、ユッキー。お父様、お帰りなさいませとか言うてみんか」
「そ、そんな、恥ずかしいこと言えねぇ」
なよは静かに笑みを浮かべる、そして、ユッキーの顔をじっと見つめた。
「わしはユッキーの生い立ちを知らんし、どういう生活をしてきたかも知らん。ただ、わしはユッキーを気に入ったし、そのユッキーが、これ以上、性格が曲がらぬよう生きて行けば良いなぁと思う。ま、考えておけ」
微かな地鳴りとエンジン音が響きだした。
漆黒の巨体が唸りを上げる。一気に加速し、距離を狭める。
急ブレーキと共に四角い男が飛び出し、銃口をなよに突き付けた。
凄まじい気迫と速さだ。
「とっつあん、待ってくれ。この人が鬼から助けてくれたんだ」
ユッキーが叫んだ。
「女が鬼をだと。何者だ」
なよは凄みのある笑みを浮かべると、低く呟いた。
「十一人の鬼をわしが殺した。その方が分け前が増えるからな。こんな美味そうな子を分けてはもったいないではないか」
瞬間、銃声が二つ、なよの胸から血が吹き出し、崩れるように倒れる。
「うわあぁぁ」
ユッキーが悲鳴を上げ、なよにしがみついた。
「どいていろ。止めを刺す」
必死になってユッキーがなよにしがみつく。
「なよさん、どうして。どうしてなんだよ」
苦しい息の下、なよが微かに笑みを浮かべた。
「この世界では迷わずに撃つ。それでなければ生き残れんぞ」
「そんな、そんな。やだよ、なよさん。うわぁぁ」
ユッキーが大声で叫んだ。
「さてと」
なよは呟くと、体を起こした。
「え、えっ。なよさん」
「ユッキー。工場でなにか細長い棒を探して来い。わしがこの程度で死ぬか」
「え、あ。う、うん」
ユッキーが工場へ駆け出した。
呆れたように男がなよを見つめる。なよは顔を上げると、人差し指を男の顔に向け、くっと下を指す。まるで重いものに押し潰されたように男がうずくまった。
「わしを見下ろして良いのは父さんだけじゃ」
なよは座り直すとなにごともなかったように笑った。
「よう、童(わっぱ)。余程、娘が心配だったようじゃのう」
危険がないことを察知したのか、男も体を起こすと胡座をかく。
「もう一度聞く、何者だ」
「お前、賞金稼ぎもやっておろう。ならば、わしの顔、見覚えあろう、この国はわしに十億の賞金を掛けたと聞くぞ」
男はあっと声を漏らした。
「かぐやのなよ竹の姫」
「こんななりをしておるが、一国の女王としての気品に満ちあふれておろう」
なよが笑った時、ユッキーが細長いマイナスドライバーを持って戻って来た。
「こ、これでいいかな」
「上等じゃ」
なよは受け取ると、指先でくっとマイナスドライバーの先を曲げる。そして、胸の銃孔にドライバーを差し込んだ。
「痛っ、たたっ。この程度では死にはせんが人並みに痛くはあるのじゃ。ユッキー、酒を持って来てくれ」
「はっ、消毒だな」
ユッキーは事務所に飛び込むと、酒瓶を持って来た。
なよは受け取ると、がぶ飲みをする。
「酒で洗って消毒するんじゃないのかよ」
「そんなもったいないことができるか、ユッキーは恐ろしいことを言うのう。酒は麻酔の代わりに飲むだけじゃ」
やっとのことで銃弾を取り出すと、なよは酒瓶を置き、改めて男を睨んだ。
「ほんにユッキーのとっつあんは朴念仁じゃのう、可愛い女の子の機知にとんだ冗談を真に受けおって」
「最悪の冗談をじゃねえか」
ユッキーの抗議になよは嬉しそうに笑った。
「さて、とっつあん。わしは魚屋 魚弦で金土とアルバイトをしておる。じゃから、月火とユッキーの家庭教師をしてやろう。勉学はもちろん、立ち居振舞い教養も身につけさせ、そのうち、とっつあんもお父様と呼んでもらえるようになるぞ」
「勝手なこと言うんじゃねえ」
ユッキーが叫ぶのを、なよは左腕をその首に絡ませ、顔を寄せた。
「未来への選択肢を増やしてやろうというのじゃ。学校にも行っておらんじゃろう」
「人の多いところは好かねぇんだ」
ユッキーが顔を背けるのを見て、男が口を開いた。
「よろしく頼む」
「なんでだよ、とっつあん」
男はユッキーをぎろっと睨み言った。
「俺には責任がある、それだけだ」
「よし、決まった」
なよは声を上げると、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、帰って、幸に傷を治してもらわねばならん」
なよは一歩踏み出したが、微かにふらついた。
「血が流れすぎたか、それとも、久振りの天水、ちと、酔ったかのう」
右手の酒瓶を眺める。なよは、酒が残っていないのを見ると、ぐっと酒瓶を持ち上げ、滴も残すまいとラッパのみをした。そして、酒瓶を降ろす。
「ではな」
ゆっくりと歩き出す、数歩してなよの姿が消えた。
呆然とユッキーはなよを見送ったが、慌てて、なよの消えた辺りに走る。
「これって、なんだよ。帰ったってことかよ」
「そういうことだ、俺は車をガレージに入れてくる」
立ち上がると、車の元へ戻っていった。
「うわぁぁっ、勝手な奴らばっかりじゃねぇかよ」
ユッキー叫び声がこだました。


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最終更新日 : 2013-05-11 17:52:17


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