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陰の流れ 愛洲移香斎 第四部 早雲登場 - 目次
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陰の流れ

愛洲移香斎

 

井野酔雲

 


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第四部 早雲登場

 


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陰の流れ 愛洲移香斎 第四部 早雲登場

駿府

 

 

 

 

 年が明けた。

 文明八年(一四七六年)元旦の初日が昇り始めていた。

 駿河するがの国(静岡県中東部)、石脇の早雲庵そううんあんでは賑やかに新年を迎えていた。

 毎年、年末になると、どこからか集まって来る、いつもの顔触れが揃っていた。ただ、今年はここのあるじである早雲の顔がなかった。

 早雲は去年の七月、一人娘を嫁に出すため京に向かったまま、まだ帰って来なかった。その時、絵画きの富嶽ふがくも一緒に京まで行ったが、富嶽の方は九月には戻って来ている。

 富嶽にも家族があった。山城やましろの国(京都府南東部)宇治の山の中に家族は住んでいた。妻と二人の子供がいたが、いくさに行くと言って出たきり、十年近く帰っていなかった。

 もう戦死したと思っている事だろう。もう二度と帰るまい‥‥‥

 そう思っていた。しかし、早雲が娘を嫁にやるために京に行くと聞いて、富嶽も家族に会いたくなってきた。今更、顔を出せるとは思っていないが、気になるなら一目、遠くからでも見て来た方がいいと早雲が勧めるので、決心をして一緒に行く事となった。

 家族は慎ましく暮らしていた。そして、富嶽の帰りをずっと待っていてくれた。

 富嶽は知らなかったが、富嶽が京で戦をしていた頃、次男が生まれていた。その子もすでに九歳になり、まだ見た事もない父親を待っていた。富嶽は妻にすまないと謝り、今、駿河にいる事を告げ、もう二、三年待ってくれ。そうしたら、お前たちを呼びに来ると言って別れて来た。富嶽は後二、三年で、何とか絵をものにして、家族を呼ぼうと決心した。

 早雲庵に戻って来るなり、今まで以上に富嶽は絵に没頭した。富嶽の絵は家族と再会してから少しづつ変わって行った。今までぼやけていた何かが、少しづつ分かりかけて来たような気がしていた。まだ、確かな手応えはないが、自分らしい絵が描けるようになって行った。そして、去年は暮れた。

 年末年始と主のいない早雲庵だったが、そんな事に関係なく、早雲庵を我家のごとく思っている連中たちが酒を飲み、騒ぎながら新しい年を迎えていた。

「とうとう、年が明けちゃったわね」と春雨はるさめが淋しそうな顔をしてつぶやいた。

「帰って来なかったのう」と富嶽がお椀の中の酒を眺めながら言った。

「もう、帰って来ないかも知れんな」と荒木兵庫助が春雨をチラッと見た。

「いいえ、絶対、帰って来るわよ」春雨は強い口調で言った。

「姉さんの気持ちは分かるが、わしも戻って来ないような気がするわ」多米ため権兵衛ごんべえが口をモグモグさせながら言った。

「どうしてです?」と早雲の弟子の一人、孫雲そんうんが聞いた。

「早雲殿はな、今でこそ頭を丸めて、早雲などと称しておるが、実は幕府のお偉いさんなんじゃ。娘さんの祝言に出て、懐かしい顔と出会い、また、幕府に仕える事になったのかも知れんわ」と荒木兵庫助が説明した。

 荒木兵庫助は伊勢の国の浪人で、早雲がここに庵を建てる前に、小河こがわの長者、長谷川次郎左衛門尉じろうざえもんのじょうの屋敷で早雲と出会った。何となく早雲が気に入って行動を共にし、早雲がこの地に庵を建てる時、一緒に庵を作ったのだった。多米に早雲の事を話し、駿河に行くなら訪ねてみろと言ったのも荒木だった。早雲庵が完成すると、しばらくして、荒木は旅に出て行方が分からなかったが、去年の末、多米と一緒に戻って来ていた。

 多米の方は去年の正月、春雨を口説いて振られ、もう二度とこんな所に来るか、と旅に出た。京まで行き、しばらく、ブラブラしていたが面白くもなく、いっその事、関東の方が面白いかも知れないと東に向かう途中、尾張おわりの国(愛知県西部)、熱田の盛り場で、偶然に荒木と出会った。そして、荒木と一緒に一旗挙げようと関東に向かった。丁度、年の暮で、新年くらいは屋根の下で迎えようと早雲庵にやって来たのだった。

 春雨の顔を見るのが何となく気まずい多米だったが、春雨の方は以前の事など、すっかり忘れたかのように二人を歓迎した。多米も荒木も久し振りに我家に帰って来たかのように早雲庵で新年を迎えていた。

「それはないじゃろう」と富嶽は手を振った。「早雲殿は二度と武士には戻るまい」

「そうよ、富嶽さんの言う通り、早雲様は帰って来るわ」

「帰って来たとしても、早雲殿が坊主じゃ、姉さんもどうする事もできんな。返って、早雲殿が武士に戻ってくれた方が、姉さんにとってもいいんじゃないのか」と多米が春雨の横顔を見つめた。

「帰って来てくれたら、それでいいのよ」春雨は小声で言った。

「なあ、お師匠が帰って来なかったらどうする」と才雲さいうんは隣にいる孫雲に聞いた。

「帰って来なかったら、俺たちも京に行くしかないだろう」

「京か‥‥‥京ではまだ、戦をしてるんじゃないのか」

「戦なんか、どこだってしてるさ」

「うん。お師匠がいないのに、ここにいてもしょうがないしな」

「ねえ、あんたたち、京に行くなら、あたしも一緒に行くわ」

「おいおい、おまえたち、まだ、帰って来ないと決まったわけではないぞ」と富嶽は言うと酒を飲み干した。

 早雲の弟子、才雲と孫雲の二人は常陸ひたちの国(茨城県北東部)、鹿島にて武術修行に励んでいたが、一年半近くの修行を終えて、去年の八月に戻って来ていた。二人共、見違える程、たくましくなっていた。

 師匠早雲に自分たちの強さを披露しようと勇んで帰って来たのに、生憎あいにく、早雲は留守で、富嶽も多米もいなかった。いたのは春雨という年増としまの女だった。どうして、こんな女がここにいるのか不思議だったが、春雨から訳を聞いて納得し、二人は春雨の用心棒という形で早雲庵を守っていた。

「わしも連れて行って下さい」と言ったのは、片隅にいる大男の山伏だった。

 荒川坊という名の遠江とおとうみの国(静岡県西部)、秋葉山の山伏だった。秋葉山で騒ぎを起こして山を追われ、行くべき所もなく、去年の九月に早雲を訪ねて来て、それ以来、早雲の帰りを待って、ここに居着いていた。

 荒川坊が早雲と出会ったのは二年程前、たったの一度だけだった。早雲が秋葉山に行った時、荒川坊は山の中で数人の山伏を相手に喧嘩をしていた。早雲は面白そうだと見物をした。荒川坊は見るからに力持ちで、昔、義経の家来だった武蔵坊弁慶のようだった。五、六人で掛かって行っても、簡単に叩きのめされてしまうだろうと思ったが、予想に反して荒川坊は弱かった。荒川坊はほとんど手を出さずに、めった打ちにされた。敵がいなくなった後、早雲は近づいて、血だらけになって転がっている荒川坊に声を掛けた。荒川坊は早雲の方をチラッと見たが、何も言わず、空を見上げていた。

「死ぬ事はあるまい」と言うと早雲は荒川坊の側から離れ、本堂の方に向かった。

 参拝を済ませて帰る時、早雲は石の上に座っている荒川坊と会った。傷だらけのまま、ぼうっとして山の下を見下ろしていた。大きな体を小さく丸めて、しょんぼりとしている。

 早雲はまた、声を掛けた。

 荒川坊は早雲を見た。

「おぬし、面白い奴じゃのう。縁があったら、また会おう。わしの名は早雲じゃ。駿河に来るような事があったら、石脇の早雲庵に来るがいい」と言って、早雲は山を下りた。

 たった、それだけの出会いだったが、荒川坊は石脇の早雲庵というのを覚えていた。

 荒川坊は図体ばかりでかくて何の役にも立たない、のろまな奴だと、いつも山伏仲間から馬鹿にされていた。馬鹿にされても、めったに怒らないというので、益々、荒川坊はいじめられた。しかし、母親の悪口を言われた荒川坊は、ついに堪忍かんにん袋の緒が切れて、自分をいじめる山伏たちを次々に投げ飛ばしてしまった。頭に血が上り、かっとなって無我夢中だった。我に返ると、血だらけになっている山伏たちが、あちこちで呻き声を上げていた。中には頭から血を流して死んでいる者もいるようだった。荒川坊は恐ろしくなって、そのまま山を下りた。

 山を下りても行く場所はどこにもなかった。父親はすでに亡く、母親は生きてはいたが再婚していた。自分が邪魔だと言って、秋葉山の山伏に預けたような母親のもとには帰れなかった。

 天竜川まで下りると荒川坊は途方に暮れた。もう、どうにでもなれと河原に寝そべって空を見上げた、その時、ふと、早雲の顔が浮かんだ。一度、会っただけだったが、早雲という僧は自分を人並みに扱ってくれた。駿河に来るようなら訪ねて来いと言った。荒川坊は迷わず早雲を訪ねる事にした。石脇というのが駿河のどこにあるのか、まったく分からなかったが、荒川坊は駿河石脇の早雲庵を目指して行った。

 早雲庵は以外に近かった。大井川を渡って小河津まで来て、人足に聞いたら、すぐに分かった。荒川坊が来た時、早雲はいなかった。春雨と孫雲、才雲の三人がいた。荒川坊は、早雲が帰って来るまで待たせてもらう事にした。ところが、早雲はいつになっても帰らず、一月が経ち、二月が経ったが、誰に気兼ねする事もなく居心地のいい早雲庵に居着いてしまっていた。

「あーあ」と春雨は溜息をついて酒を飲み干した。

 春雨がここに住み着いてから一年が過ぎていた。実質的に早雲庵の主と言えた。早雲や富嶽がいなくても春雨は必ずいて、毎日のように訪ねて来る旅人や近所の者たちの接待をしていた。毎日毎日が楽しかった。しかし、早雲が京に行ったまま、半年も経つというのに戻って来ないのは淋しいものがあった。昼間は訪ねて来るお客たちとワイワイ話していれば気は紛れるが、夜になって独りになると心細くて泣きたくなるように落ち込んだ。

 早雲に娘がいたなんて驚きだった。娘がいるという事は奥さんもいるに違いなかった。出家する前は武士だったらしいので、子供や奥さんがいても当然だが、久し振りに家族のもとに帰って、また、武士に戻ってしまったのかもしれない。そして、将軍様の側近くに仕えているのかもしれない。もう二度と、ここには帰って来ないのかもしれない、と考えたくないような事ばかり頭に浮かんで来ていた。年末には必ず帰って来るだろうと思っていたのに、とうとう帰って来なかった。もう二度と早雲に会えないのではないか、と嫌な予感がしていた。

「桜の咲く頃には、きっと帰って来るさ」と富嶽が春雨を慰めた。

 春雨は富嶽に向かって笑いかけた。が、半ば諦めているような笑いだった。

 富嶽は相変わらず、飽きもせず富士山を描き続けていた。富嶽の絵はこの頃、急に上達したようだった。春雨は絵の事はあまりよく分からなかったが、一年前の絵に比べると、何となく、富嶽の描く富士山に神々しさだけではなく、暖かさが感じられるようになったと感じていた。

 今年の新年をここで迎えているのは、富嶽、荒木、多米、孫雲、才雲、春雨、荒川坊の常連たちの他に、毎年、年末になると訪ねて来る越後の老山伏、円福坊と大和の鋳物師いもじの万吉の二人、仲間から早雲の噂を聞いて訪ねて来たという琵琶法師と刀のつばを作る職人がいた。主が留守でも、狭い早雲庵に十一人もの一風変わった連中が集まって、賑やかに新年を迎えていた。

「早雲様は京に行ったまま帰って来ないし、銭泡ぜんぽうさんも関東に行ったまま帰って来ないし、一体、何をしてるのかしらねえ」と春雨はこぼした。

「早雲殿は立派な御屋敷で、綺麗所きれいどころに囲まれて、贅沢に新年を迎えておるさ」と荒木は言った。

「銭泡殿の方は多分、乞食坊主をやってるんだろうな」と多米は言った。

「今頃、震えながら野宿してるのかのう」と富嶽が言った。

「戦に巻き込まれて、怪我でもしてたら大変ね」

「大丈夫じゃ。あれでなかなか、しぶといお人じゃからな」

「でも、勿体ないわね。お茶を教えれば、何も乞食なんてしなくもいいのに」

「そこが、あの人のいい所じゃ。あれこそ、本物のび茶というものじゃろうのう」

 去年の正月、早雲と一緒に今川家の武将たちに茶の湯の指導をして回っていた伏見屋銭泡は、早雲が京に旅立った後、半年程、滞在した早雲庵を後にして、箱根を越えて関東の地へと旅立って行った。年末には戻って来ると言って出て行ったが、早雲と同じく、帰っては来なかった。

 多米と荒木は熱田の遊女の話に熱中していた。

 才雲と孫雲は、去年、鹿島の大原源五郎の屋敷で迎えた正月を思い出して、あれこれ言っていた。

 越後の山伏と富嶽は関東での戦の話をしている。

 鋳物師と鍔作りの職人は駿府の市の事を話している。

 荒川坊と琵琶法師は一言も喋らず、酒をちびちびやっている。

 春雨は溜息をつきながら酒を飲んでいる。

 囲炉裏の火を囲んで、それぞれが、それぞれの思いで新年を迎えていた。

 

 

 

 小雪が舞っている。

 播磨はりまの国(兵庫県南西部)、大河内城下は雪でおおわれていた。

 年末年始を太郎の屋敷で、のんびりと過ごした早雲、風眼坊ふうがんぼう、お雪の三人が駿河に向けて旅立ったのは正月の十日の事だった。七日には、太郎たちと一緒に赤松家のお屋形、兵部ひょうぶ少輔しょうゆう政則の置塩おきしお城下に行き、かつての京都のように賑やかに栄えている都で四日間、贅沢に過ごした。

 お雪は、初めて見る都というものに感激していた。加賀の国の軽海かるみや越前の国の吉崎も都には違いないが、規模が全然違った。大通りには驚く程、色々な人が行き交い、性海寺しょうかいじの参道では毎日、市が立っているかのように店が並び、見た事もない珍しい物が色々と売られていた。夢前ゆめさき川の河原には各地から来た芸人たちが様々な芸を見せていた。置塩城下には太郎の屋敷はまだないので、木賃宿『浦浪うらなみ』に泊まったが、毎日、小野屋から豪勢な料理が届けられ、四日間を思う存分に楽しんだ。

 太郎と岩瀬讃岐守さぬきのかみ(金比羅坊)たちに見送られて三人は置塩城下を後にし、小野屋の船で飾磨津しかまつに出て、さらに大型の船に乗り換え、和泉いずみの国(大阪府南部)のさかいまで行った。

 堺の町も賑やかだった。ここは城下町とは違い、商人たちの町だった。自由な空気が溢れ、活気に満ちていた。みなとには琉球りゅうきゅう(沖縄)から来たという変わった形の船が泊まり、賑やかな市場では、早雲や風眼坊にとっても見た事もない珍しい物が並んでいた。それらの品々を見ながら、風眼坊は松恵尼しょうけいにが前に言った事を思い出していた。

 松恵尼は、海外に船を出して取り引きをしようと思っていると言っていた。その話を聞いた時には夢物語だと思っていたが、この町にいると、確かに、そういう時代がもうすぐやって来るという感じがひしひしと感じられた。

 堺からは陸路で南都奈良、伊賀上野を通り、伊勢安濃津あのうつ(津市)へと向かった。堺にも伊賀上野にも安濃津にも小野屋の出店があって、三人は何不自由なく、豪勢な旅を楽しんでいた。

 安濃津からは小野屋の船に乗って一気に駿河小河津まで行く予定だったが、海が荒れていて、何日も待たなければ船が出ないというので、船で熱田まで行き、後は歩く事にした。

 三河みかわの国(愛知県中東部)岡崎から、吉田(豊橋市)に向かう途中で、三人は一人の孤児を拾った。

 寅之助とらのすけという名の八歳になる男の子で、汚い格好をして三人の後を付いて来た。風眼坊は何度も追い払ったが、その子はいつまでも付いて来た。お雪が見兼ねて話を聞くと、腹が減っていると言う。そして、お雪が母親に似ていたので付いて来たと言う。戦で両親を亡くして独りぼっちで行く所もないというので、早雲は一緒に連れて行く事にした。早雲庵に置いておけば、食う事だけは困らないし、暇人が多いから誰かが面倒を見てくれるだろうと思った。

 寅之助は、お雪が母親に似ていると言ったが嘘だった。寅之助は実の母親の顔を知らなかった。寅之助は母親の兄夫婦に育てられた。父親だと思っていた母親の兄が戦死すると生活が苦しくなり、寅之助は兄嫁に邪魔者扱いされ、お前はうちの子じゃないと知らされた。寅之助には信じられなかったが、お前の本当の母親は岡崎にいるはずだ、と言われた。寅之助は母親を捜すために、家を飛び出して岡崎に向かった。しかし、母親の名前も分からず、顔も分からず、捜す事などできるはずもなかった。一ケ月近く、岡崎の町をウロウロしていた寅之助はお雪の姿を見た。綺麗な人だと思った。あんな人が母親ならいいと思って、ついフラフラと後を追った。初めは気づかれなかったが、その内、風眼坊に見つかり、追い立てられた。それでも寅之助は後を付けた。そして、とうとう一緒に行く事となったのだった。

 吉田を通り、遠江の国、引馬ひくま(浜松市)に出て、天竜川の渡しを渡った。見付みつけ(磐田市)、堀越(袋井市)、掛川と通り大井川を渡ると、ようやく、駿河の国だった。大井川から早雲庵までは五里程の距離で、すぐだった。一行が早雲庵にたどり着いたのは正月の二十一日になっていた。さすがに、駿河の国は暖かかった。

 早雲庵は小高い丘の上に建っている。

「なかなか、いい所に住んでおるのう」と風眼坊は早雲庵を眺めながら言った。

 早雲は怪訝けげんそうな顔をして、早雲庵を見ていた。

「どうかしたのか」

「いや、半年も留守にしておると、世の中変わるもんじゃと思ってのう」

「何か、変わったのか」

「ああ、以前は二軒しかなかったが、いつの間にか三軒になって、しかも門まである」

 西側に『早雲庵』と書かれた門が立っていた。そして、門をくぐった左側に、早雲庵と同じ作りの新しい庵が建てられてあった。正面に以前からある早雲庵があり、その右奥に、ちょっと小さな春雨庵がある。庵の縁側では、いつものように旅人や近所の者たちが、のんきそうに話をしていた。

 早雲の顔を見ると皆、一斉に顔をほころばせて、『和尚さん』と呼び、『お帰りなさい』と迎えた。

 その声を聞いて、慌てて飛び出して来た坊主が二人いた。孫雲と才雲の二人であった。二人は『お師匠』と叫ぶと、早雲の前にひざまずいて早雲を見上げ、「お帰りなさいませ」と言った。

「ああ、お前ら、帰って来ておったのか」と早雲は二人を見ながら笑った。

「ほう、おぬしにも弟子がおったのか」と風眼坊は笑った。

「鹿島で修行させたんじゃ」

「ほう、神道流しんとうりゅうか」

「そうじゃ。鹿島に大原の奴がおってのう」

「大原?」

「覚えておらんか。わしが飯道山にいた頃、一緒じゃった甲賀の郷士の伜じゃ。大原源五郎っていうんじゃが覚えておらんか」

「大原源五郎‥‥‥さあのう」

「まあ、顔を見れば思い出すじゃろ。そいつの所に預けたんじゃ。どうだ、少しは強くなったか」

「はい」と二人は頷いた。

「うむ、二人共、つら構えは立派になったようじゃのう。さっそくじゃがのう、こいつを風呂に入れてやってくれ、臭くてかなわん」

 早雲は寅之助を二人の弟子に預けた。そして、早雲庵に集まっている懐かしい顔に、一言づつ声を掛けた。最後に、図体のでかい山伏がいた。その山伏は早雲をじっと見つめていて、早雲と目が会うと深く頭を下げた。

「おぬしは、確か、秋葉山にいた‥‥‥」

「はい。荒川坊と申します。お世話になっております」

「そうか。まあ、ゆっくりしていってくれ」

「はい、よろしくお願いします」

 早雲は風眼坊とお雪を庵の中に案内した。みんな、ぞろぞろと早雲の後を付いて来た。皆、旅の話を聞きたがっていた。早雲、風眼坊、お雪の三人は皆に話して聞かせた。

 富嶽はいなかった。五日前に旅に出たという。春雨もいなかった。北川殿に呼ばれて、駿府に行ったという。春雨の供として、多米と荒木の二人も一緒に行っていた。

 夕方になって、集まっていた者たちも帰り、やっと静かになった。

「面白そうな所じゃな」と風眼坊は言った。

「いつも、あんなに色んな人たちが来るんですか」とお雪は聞いた。

「ああ、暇な奴らが毎日、遊びに来るわ」

「おぬし、この辺りでは有名らしいのう」

「駿府のお屋形様の所にも行ったりするからのう。色々と噂をしておるらしい。何を言われようと、わしは気にせんがの。気楽にやっておるわ」

 春雨たちが戻って来た。

 早雲の姿を見ると春雨は茫然ぼうぜんと立ち尽くし、ただ、じっと早雲を見つめていた。あまりに突然だったので、春雨は何と言ったらいいのか、声がなかなか出て来なかった。

「留守番、御苦労さん」と早雲は気軽に声を掛けた。

「‥‥‥まったく、いつまでも帰って来ないんだから」と春雨は目をこすった。

「早雲殿、お久し振りです」と言ったのは荒木兵庫助だった。

「おう、おぬしもおったか。相変わらず、浪人のようじゃな」

「わしも相変わらずです」と多米権兵衛も言って笑った。

「おぬしも戻って来たか‥‥‥成程のう。ここの住人が増えたんで、新しく庵を作ったというわけじゃな」

「はい。丁度、力持ちが一人おりますからね」

「銭泡殿はどうした」

「早雲様が旅立った後、関東の方に向かったまま、まだ帰って来ません」と春雨が言った。

「そうか、銭泡殿もどこかに行ったか‥‥‥北川殿の所に行っていたとか聞いたが」

「はい。美鈴みすず様に踊りを教える事になりました」

「そうか、踊りを教えておるのか‥‥‥皆、元気でおられるかな」

「はい。皆さん、お元気です。お屋形様は明日、遠江に出陣するそうです」

「明日、出陣?」

「はい。何でも、遠江の国人こくじんが寝返って、敵になってしまったので、退治に行くんだそうです」

「そうか、お屋形様も正月そうそう忙しい事じゃな」

 早雲は、風眼坊とお雪夫婦と寅之助を皆に紹介した。早雲は風眼坊の事を風眼坊舜香しゅんこうとは紹介しなかった。医者の風間小太郎と紹介した。風眼坊自身、駿河では医者の風間小太郎で通そうと思っていた。

 早雲が帰って来たという事はすぐに噂になった。近所の農民や漁師たちが、早雲にただ、「お帰りなさい」と言うだけのために、手土産を持って訪ねて来た。

 野菜やら、魚やらが、あっという間に山のように積まれた。小太郎とお雪は呆れたような顔をして、早雲と近所の者たちのやり取りを見ていた。当然、小河の長者、長谷川次郎左衛門尉の耳にも入った。さっそく、早雲は小河屋敷に招待された。

 早雲、小太郎、お雪、寅之助、春雨、多米、荒木、荒川坊、孫雲、才雲の十人は揃って、小河屋敷に出掛けた。

 

 

 

 越前吉崎や播磨大河内に比べると駿河の正月は暖かかった。

 小太郎夫婦は早雲に連れられて駿府すんぷの北川殿の屋敷に来ていた。

 北川殿の娘、美鈴は八歳になり、長男の竜王丸たつおうまるは六歳、そして、去年の十月に次男の千代松丸ちよまつまるが生まれていた。

 早雲たちが顔を出した時、竜王丸が風邪を引いて寝込んでいた。さっそく、小太郎とお雪は竜王丸の具合を診て、適切な処置を行ない薬を飲ませた。

 北川殿は、小太郎とお雪のやる事をじっと見つめながら感心していた。竜王丸の事を侍女に任せると、北川殿は三人を庭園の見える広い座敷に案内した。庭園の向こうにお屋形、今川治部大輔じぶのたいふ義忠よしただの屋敷が見えた。

「兄上様、兄上様は色々なお方とお知り合いですのね」と北川殿は笑いながら言った。

「こいつは、わたしの幼馴染みじゃ。北川殿とも同郷というわけです」

 小太郎は北川殿に見とれていた。これが早雲の妹だとは、とても信じられなかった。北川殿が生まれたのは、早雲と小太郎が故郷、備中びっちゅうの国(岡山県西部)を出てからの事だった。早雲にはもう一人妹がいるが、そっちの方は小太郎も知っている。まだ、ほんの子供だったが、こんなに綺麗になるとは思えなかった。きっと母親が違うのかもしれないと思った。

「風間小太郎です。こちらは妻の雪です」

「まあ、お若い奥様ですこと」

「雪です」とお雪は頭を下げた。

「堅くならないで下さいね。ここには堅苦しい人はおりませんから、気楽にして下さい」

「お屋形様は戦に行かれたとか」と早雲は聞いた。

「はい。今朝、出掛けて行きました」

「正月そうそう大変ですね」

「いえ、今回の戦は、すぐに片が付くって言ってましたわ。勝って、すぐに帰って来るでしょう」

「そうですか‥‥‥」

 お雪は庭園を眺めていた。池があり、池の中に島があり、茶屋もあった。庭園を眺めながら、蓮如れんにょの家族の事を思い出していた。吉崎を離れ、今頃、どこにいるのだろう。子供たちは皆、元気でいるだろうか、少し心配だった。

 小太郎は庭園の端にある小屋を眺めていた。小屋の中には綺麗な牛車ぎっしゃが置いてあった。この屋敷の作りもそうだが、まるで、京の公家の屋敷にいるような錯覚を覚えていた。

「五条殿も一緒に行かれましたか」と早雲は聞いた。

「はい。一緒に出掛けました」

「出掛けましたか‥‥‥」

「五条殿に何か御用でも」

「はい。今回の旅で、宗祇そうぎ殿とお会いしました。その話をしようと思っておりました」

「兄上様が宗祇殿とお会いしたのですか」

「はい。小太郎も一緒でしたが会って参りました」

「そうですか。兄上様は、ほんと、色々なお方とお知り合いですのね。羨ましいわ」

「坊主になったお陰かも知れません。身分とか格式とか関係なく、色々な人と会う事ができます」

「ああ、そうそう、兄上様は小鹿おじかの御隠居様とも仲がよろしいみたいですね。この間、お会いした折り、兄上様はまだ帰って来ないのか、早く会いたいとおっしゃっておりましたわ」

「そうですか、逍遙しょうよう殿がそんな事を言っておりましたか。ぜんぽう殿がいた頃、よく、遊びに行きましたから、また、お茶会でもしたいのでしょう」

「そういえば、銭泡様は最近、見えませんけど、もう、いらっしゃらないのですか」

「はい。わたしが京に行った後、関東の方に旅に出たまま、まだ、帰って来ません」

「あの方も変わったお人ですわね」

「そうですね‥‥‥ところで、美鈴殿は踊りを始めたのですか」

「はい。この間、春雨さんの踊りを見せていただきました。それを見ていた美鈴が、どうしても習いたいというので、春雨さんに頼んだのです。まだ始めたばかりで、どうなるか分かりませんが、少しは行儀よくなるんじゃないかと思いまして、やらせてます」

「そうですか。美鈴殿が踊りを習うのなら、竜王丸殿は剣術ですかな。小太郎は医術だけではなく剣術の方も名人です。そのうち、小太郎に頼んだらいいでしょう」

「まあ、剣術の名人ですか、それは頼もしい事。お屋形様もよく言っておられます、そろそろ竜王丸に兵法ひょうほうを教えなくてはと。竜王丸のお師匠様になってくれるお人を捜しているみたいです。お屋形様が帰って来られたら、さっそく相談してみましょう。お二人はしばらく、こちらにおられるのですか」

「はい。しばらくは駿府に落ち着いて、町医者を始めようと思っております」

「そうですか。それは喜ばしい事です。町の人たちも助かる事でしょう」

 その後、三人は北川殿に今回の旅の話をして、軽い昼食を御馳走になった。

 帰る時、早雲は門番をしている老武士に声を掛けた。

「相変わらず、達者じゃのう」と早雲が言うと、老武士は、「新九郎殿も、相変わらずで」と早雲の本名を言った。

「喜八、こいつを覚えておらんか」と早雲は小太郎の肩をたたいた。

「さあ、分かりませんが‥‥‥もしや、風間殿では?」

「そうじゃ、小太郎じゃ。おぬし、喜八を覚えておるじゃろう」と今度は小太郎に聞いた。

 小太郎も思い出していた。備中にいた頃、早雲の家の家来の吉田喜八郎だった。家来と言っても早雲と同じ伊勢一族の者だった。あの頃、二人で悪さをして、よく喜八郎に怒られていたものだった。

「ほう、こんな所におったのか。懐かしいのう」

「はい。懐かしいですな。まさか、駿河まで来て、お二人と会えるなんて、まったく信じられない事です」

「そうじゃのう。はるばる備中から駿河まで、よく来たものよのう。喜八は北川殿の守役もりやくじゃったのか」

「はい。美和様(北川殿)が六歳の時、お守役を仰せつかり、京まで行き、今川家に嫁ぐ事になって、ここまでお供いたしました」

「そうか、御苦労じゃのう。家族も皆、こっちに呼んだのか」

「いえ。京には呼びましたが、もう妻も亡くなり、子供らも一人前になりましたので、こちらには一人で参りました」

「そうか、そいつは淋しいのう」

「いえ。それ程でも‥‥‥」

 喜八と別れ、北川殿の門をくぐって外に出ると、小太郎は大きく息を吐いた。

「どうも苦手じゃ、こういう所は」

「肩が凝りそう」とお雪も言った。

「しかし、あの北川殿が、おぬしの妹とはのう。とても信じられんわ」

「わしも、初めて会った時は信じられんかったわ」

「どう見ても、あれは生まれ付きのお姫様という感じじゃのう」

「同じ兄妹でも育ちが全然違うんじゃ。わしは伊勢守殿の居候いそうろうじゃったが、美和は正式に伊勢守の養女になって、お姫様として育てられたんじゃ。同じ屋敷で暮らしておった事もあったが、わしは一度も会わせて貰えんかったわ」

「ほう‥‥‥という事は、北川殿は伊勢伊勢守の娘として、今川家に嫁いで来たというわけか」

「そういう事じゃ」

「成程のう。そうじゃろうのう。今川家の正室になるには、その位の格式がないと無理じゃわな」

「お陰で、わしはこうして、のんびりしておられるというわけじゃ」

「わしらも、こうして駿河までやって来たというわけじゃ」と小太郎は笑った。

 今川屋形は西側に阿部川が流れ、北側に北川が流れ、南側と東側は北川と阿部川から水を引き入れたほりに囲まれていた。川や濠の内側に高い土塁を築き、その土塁に囲まれた一画を今川屋形、駿府屋形、あるいは、お屋形と称していた。その一画の中に、守護所、義忠の屋敷、北川殿、菩提寺ぼだいじなどがあり、さらに重臣たちの屋敷が並んでいる。ほぼ中央に濠に囲まれた守護所があり、大通りを挟んで北側に、やはり濠に囲まれた義忠の屋敷がある。北川殿は義忠の屋敷と濠を隔てて北側に建てられてあった。北川殿も義忠の屋敷とつながる濠で囲まれていた。北川殿の北側には道と土塁を隔てて北川が流れている。

 今川屋形に入るには、東西南北各一ケ所づつ入り口である門があった。東側が大手門で、その門の東側には二の曲輪くるわと呼ばれる濠に囲まれた一画があり、武家屋敷が並び、つめの城である賤機山城しずはたやまじょうへと続く道への入り口がある。そして、二の曲輪の東側に城下町が広がっていた。

 早雲たちは鎌倉街道を通って来たので南門から入った。今川屋形に入るには過書かしょ(通行許可証)が必要だが、早雲は義忠直々じきじきの過書を持っていた。また、一々、過書を見せなくても門番とは顔見知りだった。南門から入った三人は大通りを真っすぐ進んで、義忠の屋敷を横に見ながら北川殿に行った。帰りは北門をくぐって外に出ると、北川を渡って、浅間せんげん神社の表参道を通り、浅間神社を参拝した。北川を渡ると屋形内とは、まるで別世界のように賑やかで、町人たちが大勢、行き来していた。

「ここに来るのも久し振りじゃ」と小太郎は言った。

「おぬし、駿河に来た事あったのか」

「ああ、あの時は火乱坊からんぼう(慶覚坊)と一緒じゃった。もう二十年も前の事じゃ」

「そうか、火乱坊と来たか」

「ああ。お屋形には入らなかったがのう。こういう形で、また、ここに来るとは思ってもおらんかったわ」

「そうじゃのう。喜八じゃないが、備中で育って、京に行き、そして、駿河まで来るとはのう。自分の事ながら信じられんわ」

「もしかしたら、十年後は、もっと東の方におるんじゃないのか」

「関東か‥‥‥かもしれんのう。先の事はまったく分からんわ」

 早雲と小太郎は話をしながら、お雪に付き合って、浅間神社の門前に並ぶ店々を見て回った。時勢がら神社の門前にも武具を扱う店が増えて来ていた。

 

 

 

 駿府に出掛けた早雲、小太郎夫婦は浅間神社を参拝した後、せっかく、ここまで来たのだから、ついでに小鹿おじか逍遙しょうよう入道にゅうどうを訪ねてみるかと小鹿の庄に向かった。

 逍遙入道は三人を歓迎し、急に訪ねて行ったにも拘わらず、大層な御馳走で持て成してくれた。逍遙入道の息子の新五郎も、今朝、お屋形様と共に遠江に戦に出掛けたらしかった。

 早雲たちは逍遙入道から遠江の状況を聞いた。

 遠江の国の守護、斯波しば氏は家督争いを続け、それが応仁の乱の一つの原因ともなっていた。斯波氏は足利一門で、細川氏、畠山氏と共に三管領家かんれいけの一つとして幕府の重職に就く家柄だった。応仁の乱の始まる前は越前、尾張、遠江と三国の守護職しゅごしきを兼ねていたが、家督争いを続けているうちに、土地を直接に支配していた者たちが力を持ち、越前は家臣の朝倉氏に奪われ、尾張は守護代の織田氏に奪われ、遠江は駿河守護の今川氏に奪われるという形になっていた。しかし、今川氏はまだ完全に遠江を手に入れたわけではなかった。遠江のほぼ中央を流れる天竜川を境にして、東はほぼ制圧していたが、西はまだ斯波氏方の勢力範囲だった。

 遠江の国は足利尊氏が幕府を開いた後、尊氏に貢献した今川心省しんしょう入道(範国)から、今のお屋形、義忠の曾祖父、上総介かずさのすけ泰範やすのりの代まで、今川家が守護職となっていたため、かつて、今川家の被官ひかんとなっていた国人たちが多かった。しかも、国府(磐田市)の側の堀越には、今川家の一族である堀越氏が代々、勢力を持っていた。その他、西部には井伊氏、大河内氏、中部には天野氏、狩野氏、東部には横地よこち氏、勝間田かつまた氏などが、古くから土地に根を張って力を持っていた。

 応仁の乱が始まった当時、遠江の有力国人の多くは守護の斯波氏に従って、西軍として京に出陣した。駿河守護の今川治部大輔義忠も兵を引き連れ京に向かった。東軍となった義忠は細川勝元に命じられ、後方撹乱のために駿河に戻って遠江に進行した。初めのうちは、命ぜられたまま遠江に進撃していたが、越前の朝倉氏が斯波氏を追って越前の守護になったと聞き、遠江を我物にしようと本格的に進攻し始めた。

 文明六年(一四七四年)、義忠は狩野氏の拠点である見付城(磐田市)を攻めて狩野氏を倒し、家臣の朝比奈あさひな備中守びっちゅうのかみ泰煕やすひろに掛川に城を築かせ、福島くしま左衛門尉さえもんのじょう助春すけはるに掛川の南、土方ひじかた高天神たかてんじん山に城を築かせ、東遠江を攻略させた。ようやく、東遠江をまとめ、西遠江に進出しようとしている、この時期になって、尾張に来ている斯波しば左兵衛督さひょうえのかみ義廉よしかどにそそのかされたのか、東遠江の横地、勝間田、鶴見の三氏が、今川氏に反旗をひるがえしたのだった。

 去年の十月、三氏は大井川を占拠し、駿河と遠江の交通を遮断した。義忠は遠江今川氏の堀越陸奥守むつのかみ貞延さだのぶに三氏の退治を命じた。貞延は一千余の兵を引き連れ、各地で敵を蹴散らしたが、小夜さよの中山の狭い道に引き込まれて挟み打ちに合い、兵を立て直す事もできずに敗れ、討ち死にしてしまった。勝利を得た三氏は味方をつのりながら、かつての狩野氏の拠点だった見付城に立て籠もった。そして、今も三氏は見付城を拠点に西遠江の斯波氏方と手を結び、東遠江の国人たちに、今川氏を遠江から追い出せと叫んでいる。

「ほう、すると、お屋形様は見付まで出陣したのですか」と早雲は聞いた。

「そうじゃ。見付に行く前に、志戸呂しとろ、勝間田、横地の諸城を落として行く事じゃろう」

「成程。まず、本拠地を潰し、帰る所をなくしてから攻めるという事ですか」

「まあ、すぐに片が付くじゃろう。見付城は一年程前、狩野氏が籠もったが落城しておる。いくら修復したとしても、一年前より堅固になるわけがない。すぐに落ちるじゃろう。それに一年前の時とは事情が違う。掛川と土方にくさびが打ってある。国人たちもそう簡単に寝返る事もあるまい」

「そうでしょうな‥‥‥わしらは帰って来る時、見付の城下を通って来ましたが、戦が始まるような雰囲気はありませんでした」と早雲は言った。

「そうじゃろう。敵は今、いい気になっておるんじゃ。今川一族の堀越氏を倒して国府を占領した。すでに遠江を取った気でおるんじゃ。正月そうそう駿府から攻めて来るはずがないと安心しておるのじゃろう。可哀想じゃが、奴らの首と胴がつながっておるのも、そう長い事はないわ」

「うむ」と早雲は頷いた。

「わしにはよく分からんのじゃが、どうして、横地、勝間田とやらは今川家を寝返ったんじゃろ」と小太郎は聞いた。

「横地氏にしろ、勝間田氏にしろ、鎌倉に幕府のあった昔から遠江に根を張って来た豪族じゃ。足利氏の時代になって、今川家の被官とならざる得なかったが、応仁の乱が始まってからというもの、乱世となり、幕府の重職に就いておった斯波氏は家督争いを始め、以前のような力を失ってしまっておる。横地、勝間田らも実力を持って遠江を奪い取る事も夢ではないと考えたんじゃろう」

「勝てる見込みはあったんじゃろうか」

「あったから兵を挙げたんじゃろうのう」

「という事は、今川勢にとっても難しい戦になるのではありませんか」

「ところが、そうはならんのじゃ。横地、勝間田を踊らせておるのは、尾張の織田伊勢守のもとにおられる斯波左兵衛督殿じゃ。左兵衛督殿は遠江を取り戻そうとして色々と画策しておるが、直属の兵はわずかしかおらん。織田伊勢守の軍勢を遠江に送るつもりでおっても、伊勢守も尾張国内の戦に忙しくて遠江まで出て来る余裕などないんじゃ。三河の吉良きら殿も遠江を狙っておるが、これも今川家に対抗するだけの勢力は持ってはおらん。横地、勝間田らは斯波左兵衛督殿が大軍を率いて天竜川を越えて来る事を信じて見付城に籠もっておるんじゃが、まあ、無理じゃろうのう」

「斯波氏に躍らされたのか‥‥‥」

「多分、遠江の守護代に任命するとでも言われたんじゃろう。それと、お屋形様が掛川と土方に城を築いたため、このまま今川の被官でおったら、いつか、自分たちの土地を今川家に奪われてしまうのではないか、という危機感を感じておったのかもしれんのう。黙っておって土地を奪われるより、寝返って斯波殿に付き、遠江から今川家を追い出し、国内をまとめてから斯波殿と手を切り、遠江の守護職を実力で勝ち取ろうと夢を見たのかもしれんわ」

「うむ。成程のう」

「まあ、戦の話はそれ位にして、早雲殿、旅の話でも聞かせてくれんか。わしらはすでに俗世間とは縁を切ったはずじゃ。戦の事は武士たちに任せておけばいい」

「まあ、そうですな。わしらには関係ないか」と早雲も言った。

 早雲は逍遙入道に連歌師宗祇の話をした。逍遙入道も連歌は好きだった。早雲と逍遙の話は弾んでいたが、連歌の事などあまり知らない小太郎とお雪にとっては退屈だった。

 それを察したのか、入道は突然、話題を変えて、小太郎たちに医術の事を聞いた。やがて、医術の話から加賀の国の話となり、逍遙は興味深そうに加賀の状況を聞いていた。

「噂には聞いておったが、加賀の国がそんな状況になっておったとは驚きじゃのう。しかし、本願寺の上人様がそんなお人だったとは信じられん事じゃ」

「はい。噂とはまるで違ったお人です」

「上人様は確か、日野氏の出じゃったかのう」と逍遙は聞いた。

「さあ」と小太郎は首をかしげた。

「はい。日野氏です」と答えたのは早雲だった。

「ほう、おぬし、よくそんな事を知っておるのう」

「上人様の奥方は伊勢家の娘だったんじゃよ。上人様が叡山えいざんの法師と争っておった頃、伊勢守殿がやたらと動き回っておったわ。その時、聞いたんじゃ」

「奥方が伊勢家の娘じゃったのか、どの奥方じゃ」

「一番最初と二番目じゃ。確か、上人様が吉崎に行かれる前に亡くなったと聞いておるが、子供はおるはずじゃ」

「おう、子供はぎょうさんおるわ。あの子らに伊勢家の血が流れておったとはのう」

「ほう、さすが、伊勢氏じゃのう」と逍遥は驚いていた。

「伊勢氏と言っても色々ありますから‥‥‥これからの時代は源氏だの平氏だのといった血筋だけで事を決めるという事はできなくなるかもしれません」と早雲は言った。

「と言うと」と逍遙は聞いた。

地下人じげにんたちが、のし上がって来るという事です」

「そんな事はあるまい」

「まあ、駿河の国は安泰でしょうな」

「わしが言うのも何じゃが、今のお屋形様はなかなかの武将じゃ。わしはお屋形様は昔のように、駿河だけでなく遠江の守護職にも就くと確信しておるんじゃ。もしかしたら、三河までも進出するかもしれん。先が楽しみじゃわい」

「確かに、それは言えますね」と早雲も言った。

 小太郎は、お屋形、今川治部大輔義忠に会った事はないが、早雲がそれ程まで言うのなら一流の武将に違いないと思った。吉崎にいた時、朝倉弾正左衛門尉だんじょうざえもんのじょう孝景たかかげに会いに一乗谷に行った事があったが、あの時は朝倉孝景に会う事はできなかった。蓮崇や大橋長次郎から聞いた話だと、やはり、一流の武将だという。確かに、朝倉の場合は斯波氏の家臣の身でありながら、主人を追って越前の国をまとめる程だから一流に違いなかった。朝倉孝景には会う事ができなかったが、今川義忠にはぜひ、会ってみたいものだと思った。

 

 

 

 一雨、来そうな空模様だった。

 早雲と小太郎は、荒川坊、才雲、孫雲、寅之助の四人を引き連れて村々を回っていた。半年間、留守にしていたので、村々の様子を調べるためだった。早雲がこの地で暮らして行けるのは、村人たちのお陰であった。村人たちが困っていれば何でも相談に乗って、なるべく解決してやりたかった。

 村人たちから早雲は偉い僧侶だと思われていた。自分で素性を言った事などないのに、駿府のお屋形に出入りし、この辺り一帯の領主でもある小河こがわの長者、長谷川次郎左衛門尉の屋敷にも出入りしている。村人から見たら偉い人だと思うのは当然の事だった。その偉いお人が立派な寺院に入らないで、丘の上に庵を建てて住み、少しも偉ぶった所もなく、誰とでも気軽に話をしてくれる。そして、村人のために道や橋、潅漑用水を直したり、人手が足らない時は田畑の仕事まで手伝ってくれる。かといって、早雲の方から村人たちに何かを求めるという事はなく、難しい説教をする事もない。また、村と村が水争いをした時なども公平に裁いてくれるので、誰からも頼りにされ、慕われていた。

 今回、村々を回ってみたが、これといって困っている様子はなかった。早雲たちは村々を巡った後、小河湊を見て回り、早雲庵に帰って来た。早雲たちが帰って来たのと同時位に雨がポツポツと降り出して来た。

 三軒になった早雲庵は、一番最初の庵を早雲と小太郎が使い、春雨のために建てた春雨庵に春雨とお雪が寝泊りしていた。そして、新しく建てた庵は富嶽庵と名づけ、今は富嶽がいないが、多米と荒木、荒川坊と早雲の弟子二人が使用していた。寅之助はその日によって好きな所で寝ていた。

 最初の早雲庵は、早雲一人が暮らせればいいと思って建てたので、半分が土間で台所があり、半分が板の間で板の間は二つに分かれ、一つに囲炉裏が付いていた。春雨庵は春雨一人が住むために建てたので、ちょっとした土間と板の間が一つあるだけの小さなものだった。早雲がいない留守に建てられた富嶽庵は、大きさは早雲庵と同じで、板の間が三つあり、その分、土間が狭かった。春雨庵にはかまどは付いていないが、早雲庵と富嶽庵には竈が付いていた。早雲庵の北側に井戸があり、風呂とかわやがあった。

 早雲たちが早雲庵に帰って来た時、春雨とお雪が飯の支度をしていた。珍しく、客はいなかった。さっきまで近所の与次兵衛爺さんがいたが、雨が降りそうだと帰って行ったと言う。

 囲炉裏の間に上がると早雲は春雨に声を掛けた。

「多米と荒木はいないようじゃが、とうとう関東に旅だったのか」

「口だけですよ」と春雨は言った。「旅になんか行くもんですか、また、博奕ばくちを打ちに行ったんですよ」

「湊にか」

「そうでしょう」

「銭もないのに、よく博奕なんかできるな」

「荒木さんが、うまいみたいですよ」

「へえ、奴がねえ。関東に行って一旗挙げるという話は取りやめか」

「知りませんけどね。ほんとに行く気があるんだか分かりはしませんよ」

「まあ、そのうち出て行くじゃろう」

「あの二人も変わった奴らじゃな」と小太郎は囲炉裏に薪をくべながら言った。

「荒木は伊勢の浪人で、多米は三河の浪人じゃ。あれで、なかなか腕は立つんじゃがのう」

「腕が立つのに浪人しておるのか」

「わしらと同じよ。奴らは奴らなりに何かをしようとしておるんじゃろ。しかし、その何かが分からない。自分を賭けられる程のものが見つからんのじゃろ」

「かもしれんのう」と小太郎は頷いた。「わしも最近になって、ようやく医者になろうと思い始めたが、まだ、他にやるべき事があるんじゃないのかと思う時があるわ」

「わしはもう、ここを死に場所と決めたわ。世をねた一人の坊主として、この世から去ろうと思っておるんじゃ。もう、何も欲はない。ただのう、この間、一休殿と会って、あれ位の境地までたどり着きたいと思っておる。それだけが唯一の夢じゃ」

融通ゆうずう無礙むげの境地か」

「そうじゃ」

「おぬし、もう、死ぬ事まで考えておるのか」

 早雲は笑った。「死を考えるという事は生を考えるという事さ。わしはまだ三十年は生きるつもりでおるわ」

「後三十年も生きるだと」小太郎は呆れた顔をして早雲を見た。「あと三十年も生きたら、わしら七十五じゃぞ。七十五になっても、ここにおるのか」

「ああ。ここにおって竜王丸たつおうまる殿の成長振りを楽しみながら見てるんじゃよ」

「そうか、竜王丸殿はおぬしの甥御おいごなんじゃのう。竜王丸殿が今川家を継ぐ事になるんじゃのう。そいつは楽しみじゃ」

「おぬしもここにおって、見守ってやってくれ」

「三十年後は竜王丸殿も立派な武将になっておる事じゃろうのう。そして、わしら、七十五歳の爺様二人が戦に出掛ける竜王丸殿を見送るというわけか」

「いや、七十五になっても、わしらは戦に出るんじゃよ」

「すると、わしらは竜王丸殿の家臣になるのか」

「いや、同朋衆どうぼうしゅうとやらになって戦について行くんじゃ」

「そいつは楽しそうじゃが、まあ、三十年、生きられたら考えてみよう」

 その時、旅の僧が雨宿りさせてくれと飛び込んで来た。腰のまがった老僧だった。

 早雲は、どうぞどうぞ、と老僧を囲炉裏の側に上げた。老僧は等阿弥とうあみという時宗じしゅうの僧だった。西の方から来たというので、早雲は遠江とおとうみいくさの状況を聞いてみた。

「大井川の辺りに大勢の軍勢がおりましたが、戦はしておらんようでした」と等阿弥は答えた。

「昨日、出掛けたばかりじゃ。まだ、戦はしとらんじゃろう」と小太郎は言った。

「まあ、そうじゃな。見付の辺りはどうじゃ。軍勢がおったか」

「いえ、気がつきませんでしたが‥‥‥」

「敵はまだ、正月気分に浸っておるんじゃ」と小太郎は言った。

「遠江で戦が始まるのですか」と等阿弥は聞いた。

「ああ、始まる。もう、今頃、始まっておるかもしれんな」と早雲が答えた。

「そうですか‥‥‥」

「等阿弥殿はどちらからいらしたのですか」と小太郎は聞いた。

「どちらからと言われても‥‥‥わしは一年中、当てのない旅をしておりますので」

「当てのない旅か‥‥‥去年の秋から冬にかけては、どちらにいらっしゃいました」

「はあ、その頃は、多分、但馬たじまの国辺りから伊勢の国辺りを旅していたと思いますが」

「但馬から伊勢か‥‥‥ちょっとお聞きしたいのじゃが、本願寺の上人様が今、どこにいらっしゃるか、噂などお聞きではないですか」

「本願寺の上人様でしたら、今、河内かわちの国の出口という所に御坊をお建てになって、布教していらっしゃいます」

「そうか、河内にいらっしゃったのか‥‥‥それで、皆、御無事なのじゃな」

「はい。そのように伺っておりますが‥‥‥あなた様方は上人様のお知り合いなのでしょうか」

「なに、ちょっと世話になってのう。吉崎を出てからどこに行ったのか、ちょっと心配だったものじゃから‥‥‥そうですか、河内に行きましたか、これで一安心しました」

 お雪も等阿弥の話を聞いていた。小太郎に笑いかけ、目で「よかったわね」と言っていた。

「加賀の状況はどんなだか、御存じありませんか」と小太郎は聞いた。

「はい。上人様が吉崎を出てからは、これといった騒ぎは起きてはおらんようです。ただ、北加賀では、守護に追い出された門徒たちが越中に避難したままです」

「ほう。等阿弥殿、結構、加賀の事に詳しいですな」

「はい。去年、北加賀で戦のあった時期、わしは丁度、河北潟かほくがたほとりの八田の道場におりました」

「そうか、河北潟の畔におったのか。それでは倉月庄の聖安寺しょうあんじが焼かれた時、近くにおられたわけですな」

「はい。あの時、亡くなった人たちに引導いんどうを渡して回りました」

「そうじゃったのか。実はわしらもあの時、あそこにおったんじゃよ」

「門徒の方だったのですか」

「いや、わしはただの医者じゃ。あの時、怪我した者たちを治療して回っておったんじゃ」

「お医者様でしたか‥‥‥聖安寺もひどい有り様でしたが、専光寺はもっと悲惨でした」

「そうじゃのう‥‥‥あれはひどかった。しかし、蓮如殿が吉崎を出て一段落したらしいのう。戦が起きなくてよかったわ」

「はい。戦をしようとしておった張本人の下間しもつま蓮崇れんそうという悪僧が破門になったお陰で、戦は静まりました」

「蓮崇か‥‥‥」

 等阿弥は蓮崇が悪いと本気で信じているようだった。小太郎も早雲も、蓮崇がなぜ、本願寺を破門になったのか真相を知っていた。蓮崇が破門になった後、どれだけ苦しんでいたかを知っていた。しかし、世間では蓮崇は悪僧になってしまっていた。二人は等阿弥の話を聞いて、いたたまれない心境だった。

「蓮崇というのは、そんなに悪い坊主だったのか」と小太郎はあえて聞いてみた。

「はい。蓮崇は上人様を閉じ込めて、真実を語らず、門徒たちに勝手に戦の命令を出したそうです。しかし、松岡寺しょうこうじ殿(蓮綱)が近江から顕証寺けんしょうじ殿(順如)をお呼びになって、上人様に真実を告げて、蓮崇を破門にしたそうです。破門になった蓮崇は湯涌谷ゆわくだにに逃げましたが、追っ手に攻められて討ち死にしたとも、どこかに逃げたとも言われております」

「そうか‥‥‥」と小太郎は言うと立ち上がり、縁側に出て外の雨を眺めた。

 雨はどしゃ振りになっていた。

 馬鹿な奴じゃ、と小太郎は思った。何も悪い事をしてないのに、本願寺のために悪者になっている。今頃、そんな事も知らずに飯道山で修行に励んでいる事だろう。一年後、山を下りて加賀に行き、陰の組織を作って、門徒たちのために守護を倒してくれるよう願わずにはいられなかった。

 等阿弥はその晩、早雲庵に泊まり、皆に旅の話をして、次の朝早く、遠江へと旅立って行った。東に向かう予定だったが、遠江で戦になれば、仏を供養くようしなければならないと言って、腰を曲げながらも強い足取りで西に向かって行った。

「達者じゃのう」と後姿を見送りながら早雲は言った。

「ああ、七十は越えておるじゃろうのう。死ぬまで、ああして旅をするのかのう」

「死ぬまでするさ。たとえ、歩けなくなっても、やりそうじゃな」

「死ぬまで、旅か‥‥‥」

 早雲は毎日、何やら忙しそうに、あっちに行ったり、こっちに行ったりしていた。

 お雪は春雨を手伝いながら、訪ねて来る客たちの相手をしている。

 寅之助はいつの間にか仲間ができたとみえて、毎日、近所の子供たちと遊び回っていた。

 小太郎は特にする事がなく、時々、早雲の弟子たちを相手に剣術の稽古をする以外は毎日、ゴロゴロしていた。

 多米と荒木の二人は小河湊に博奕に行ったまま、どこに行ったのか帰っては来なかった。

 ここに来て七日目、ようやく、駿府に空き家が見つかったと、小河の次郎左衛門尉から知らせが届いた。その空き家は浅間せんげん神社の門前にあって、町医者を開業するには丁度いい所だと言う。前に住んでいたのは、小太郎と同じ医者だったが、いかさま祈祷師きとうしで、浅間神社と何やら揉めて夜逃げをしたらしかった。さっそく、小太郎はお雪を連れて見に行く事にした。早雲と春雨も一緒に付いて来た。

 

 

 

 浅間神社の門前町は相変わらず賑やかだった。

 お目当ての家は浅間神社の表参道を西に入り、右側の七軒目の家だった。家の裏は土手になっていて北川が流れている。北川の向こうは今川屋形だった。丁度、ほぼ正面に北川殿がある。ただし、屋形は高い土塁で囲まれているので、土手に上がってみても北川殿の屋根しか見る事はできなかった。しかし、北川殿の近くには違いない。この先、何かと便利だろうと思った。

 北川殿が近くだという事で一番喜んだのは早雲だった。用があって駿府に来た時、ここに小太郎が住んでいれば、堅苦しい屋敷に泊まらなくても済むし、町人の噂から駿府の様子も詳しく分かるだろうと喜んでいた。

 春雨も北川殿の娘に踊りを教えに来た時は、ここにお世話になろうと言っていた。

 建物は古いが、小太郎たちが吉崎で借りていた家よりも少し広いようだった。かなり広い土間があり、南側の庭に面して縁側があって、部屋は五部屋もあった。一部屋は土間に面していて細長く、客を待たせて置くのに丁度よかった。多分、前に住んでいた祈祷師も、この部屋に客を待たせたに違いなかった。

「どうだ」と小太郎はお雪に聞いた。

「いいんじゃない」とお雪は笑った。

「銭はあるのか」と早雲は心配した。

「大丈夫。蓮崇からたっぷりと礼銭を貰った」

「蓮崇から?」

「ああ。蓮崇は本願寺で執事しつじをやっておった位じゃからな、かなり溜め込んであったんじゃろ。吉崎を出る時、先の事を考えて、かなり持ち出したらしい。しかし、新しい生き方が見つかったんで、飯道山に収める銭以外はもう用がないって言うんじゃ。今まで世話になったからといって、わしらにくれると言った。わしは断ったが、蓮崇は、わしにやるんじゃない。病気や怪我で苦しんでおる人のために使ってくれ、と言ったんじゃ。そうまで言われたら、断れなくてな、貰う事にした。蓮崇のためにも、わしらは病人や怪我人の治療をせにゃならんのじゃ」

「そうか、蓮崇がのう‥‥‥今頃、どうしておるかのう」

「百日行をやり通したんじゃ。もう、怖いものなどないじゃろう」

「そうじゃな。今思うと、とても信じられん事じゃ」

「なに、蓮崇はもっと信じられん程、どでかい事をやるわ」

「本願寺か‥‥‥わしも一度、加賀に行って、実際にどんな状況か見て来たくなったのう」

「行って来いよ。火乱坊の奴が喜ぶぜ」

「火乱坊か、奴にも会いたいのう。加賀か‥‥‥」

「あたしも行く」と春雨が口を挟んだ。

「何じゃ」と早雲は春雨を見た。

「早雲様は一度、旅に出ると、いつ帰って来るのか分からないんだもの。ずっと待ってるなんて辛くて我慢できないわ」

「早雲よ」とニヤニヤしながら小太郎が言った。「おぬし、坊主なんかやめたらどうじゃ。人間、素直になるのが一番じゃぞ」

「分かっておる。分かっておるが、わしの立場も考えてくれ」

「立場か、そんなもの捨てちまえ。ここから離れれば立場も何もあるまい」

「そうよ。駿河から出ればいいんだわ」と春雨が言った。

「勝手な事を言うな。駿河から出て、どこに行くんじゃ」

「加賀に行けばいい」

「加賀に行ってどうする。わしはおぬしのように医術など知らん」

「それは大丈夫じゃ。わしは火乱坊の奴から、さんざ、本願寺の坊主になれと誘われた。おぬしだって本願寺の坊主になれば、火乱坊は大喜びじゃろう。おぬしなら本願寺の坊主になって戦の大将だって勤まるわ」

「おぬしは、どうして本願寺の坊主にならなかったんじゃ」

「わしは長年、山伏をやり過ぎた。いつも一人で生きて来た。今更、ああいう仲間意識のある連中の中に、すんなりと入って行く事ができなかったんじゃ。おぬしならできるじゃろう。わしは火乱坊や蓮崇たちが羨ましかった。いつも仲間に囲まれておって、一つの事に熱中しておる。同じ目的のために命を張って生きておる。蓮如殿の教えは立派じゃ。わしは今まで、本気で人を尊敬した事などなかった。いつも下らん連中ばかりじゃと思っておった。しかし、わしは蓮如殿を心の底から尊敬した。この世にあんな人がおったのかと思う程、凄いお人じゃった‥‥‥早雲、おぬしも一度、蓮如殿に会ってみれば分かる。蓮崇が百日行をやり通したのも、蓮如殿のお力じゃ。蓮崇の頭の中には蓮如殿の事しかない。蓮如殿のために門徒たちを守らなければならないと思い、死に物狂いで歩き通したんじゃ。蓮如殿に会って、そして、加賀の国をその目で実際に見て来るんじゃ。そうすれば答えは自然と出る」

「蓮如殿か‥‥‥珍しいな、おぬしがそれ程、力説するのは‥‥‥そうじゃな、わしは楽な道を選んでおったのかも知れんな。ここにおれば何不自由なく暮らせる。わしは今まで逃げ続けて来たのかもしれん‥‥‥」

「新九郎、酒でも飲みながら話さんか。おぬしとこうして真面目に話をするのも久し振りじゃ」

「そうじゃのう。若い頃はよく話し合ったものじゃったが、久し振りに会っても、どこで何しておったか、というような思い出話しかなかったからのう。久し振りに、とことん話してみるか」

「お雪、悪いが酒を買って来てくれんか」

 お雪は頷くと春雨と一緒に出て行った。

 小太郎と早雲は縁側に腰を下ろした。

「わしはのう」と早雲は言った。「はっきり言って、今まで、ずっと逃げて来たんじゃ。二人で京に出た時からじゃ。無一文になって、おぬしは旅に出た。しかし、わしは伊勢守殿のもとに居候いそうろうした。一旗挙げるためのきっかけを作るために居候しておるんじゃ、と自分に言い聞かせて来たが、逃げた事には変わりがない。ようやく、機会が巡って来て、わしは今出川殿(足利義視)の申次衆もうしつぎしゅうになった。わしは次の将軍になるべく今出川殿に期待した。色々と話し合った事もあった。わしは今出川殿と共に新しい世を作ろうと張り切っていた。しかし、応仁の乱が始まって、今出川殿は東軍の大将になったにも拘わらず、京から逃げ出して行った。言っている事とやる事は大違いじゃった。とても将軍になれる器ではなかったんじゃ。わしは今出川殿と別れた。その時も逃げたんじゃ‥‥‥将軍家の内輪揉めの中に入って行くのが恐ろしかったのかもしれん。そして、浪人となった。浪人しておる時、備中に帰った。幕府と縁を切ったにも拘わらず、わしの回りには常に幕府が付いておった。田舎では未だに幕府と言えば権威の象徴じゃ。わしは幕府に仕えておる偉い人じゃと言われた。人々にそう思わせておいた方が争い事を静めるのに都合がいいと思ったから、わしはあえて否定はしなかった。逆に、皆から偉いと思われる事に内心、喜んでおった事も確かじゃ‥‥‥争い事も治まって、わしは京に戻り、家族と別れ、頭を丸めて旅に出た。今度こそ幕府とは縁を切り、本気で武士をやめた。そして、駿河に腰を落ち着けたが、幕府の影は相変わらず、わしに付いて来ているんじゃ」

「それは仕方ないんじゃないかのう。過去というものは消す事ができんもんじゃ」

「分かっておる。しかし、そのお陰で、わしは色々と邪魔な物を身に付けるはめになったんじゃ。わしはただ気楽に暮らしたいだけじゃったが、いつの間にか、偉い禅僧に仕立て上げられてしまった。わしはその事を迷惑に思いながらも、反面、満足もしておった。このまま偉い禅僧のまま、ずっと、ここにいようと思った‥‥‥この前、京に行った時、一休禅師と会い、そんな生ぬるい事を考えておったわしは、一休禅師に思い切り殴られたような衝撃を受けた‥‥‥本物の禅を実践しなければと決心した。百日行をして、さらに、その決心を固めた。しかし、駿河に帰って来ると、やはり、それを実行する事はできなかった。あれだけ決心したにも拘わらず、戻って来た途端、皆から偉いと思われておる、ただの坊主に戻ってしまった」

「おぬしが本物の禅を実行するために、何をしようとしておるのか知らんが、今の状況でも充分にできるんじゃないのか」

「いや、できんのじゃ。わしがおかしな事をすれば、北川殿に迷惑がかかって、北川殿が悲しむ事になる。北川殿も、わしの事を少し変わっておるが偉い僧侶だと思っておるんじゃ。少し位変わっておるのなら構わんが、変わり過ぎておったら困るんじゃ」

「一体、何をするつもりなんじゃ」

女犯にょぼんを犯す」と早雲は真面目な顔で言った。

「なに、女犯を犯す? 早い話が春雨殿を抱きたいという事か」

「まあ、そういう事じゃ」

「惚れたのか」

「ああ、惚れた」

「向こうも惚れておるようじゃしな。なるようにしかならんじゃろ」

「ところが、なるようになったら、わしはここにおられなくなる。わしだけなら構わんが、北川殿に傷が付く事になるんじゃ」

「そりゃそうじゃのう。おぬしが春雨殿を抱けば、隠しておったとしても、必ず、噂になる。偉い坊主も地に落ちる事になるのう。村人たちからも相手にされなくなるかもしれん‥‥‥坊主になどならずに、ただの浪人で、ここに来ればよかったのにのう」

「いや、わしが坊主だったから、こうして、ここにおられるんじゃ。わしが武士のままだったら、北川殿の兄として今川家の派閥争いに巻き込まれて、幕府におった頃と同じ目に合わされたに違いないわ」

「今川家にも派閥争いがあるのか」

「そりゃあるさ。一族が多いからのう。この前会った逍遙しょうよう殿など、ずっと、わしが幕府から遣わされて、今川家の内情を調べに来たと疑っておったんじゃ。去年になって、ようやく、その疑いも晴れ、今では打ち解けておるがのう」

「ほう、今川家には幕府に隠しておくような事があるのか」

「駿河の国は幕府権力の及ぶ東の最先端にあるんじゃ。今川家は常に幕府方として、関東の見張り役を務めておったんじゃよ。先代の鎌倉公方くぼうの頃より幕府と鎌倉の対立が激しくなって、公方と管領かんれいの上杉氏が争いを始めると幕府は上杉氏に味方して、公方を倒したんじゃ。一時、関東には公方がおらんかった。しかし、公方がおらんと関東をまとめる事ができんというので、元公方の遺児を呼んで公方とした。初めの頃はうまく行っておったが、また、争いが始まった。また、公方と管領が争いを始めたんじゃ。幕府は常に管領の味方をした。当然、今川家も管領を助けるために、幕府の命で何回か関東に出陣した。応仁の乱が始まると、幕府は関東の事どころではなくなった。今川家は東軍として幕府のために働いておったが、今は、はっきり言って幕府のために動いておるわけではない。自分の勢力を広げるために遠江に出陣しておる。一人歩きを始めている今川家は幕府にとって脅威なんじゃ。もし、関東の上杉氏、あるいは、鎌倉公方、今は鎌倉を追い出されて下総しもうさ古河こがにおるので、古河公方と呼ばれておるが、その公方と手を結んで、さらに西へと手を伸ばして来たら、大変な事になると脅えておるんじゃよ」

「実際、関東と手を結ぼうとしておる者たちがおるのか」

「おるんじゃ。特に駿河の東の方にな」

「お屋形様はどうなんじゃ」

「お屋形様はそんな気はないじゃろう。それに幕府も今川家が裏切るとは思ってはおらん。ただ、今川家中の関東派の者たちが、わしが来たという事で、勝手にそのように勘ぐっただけの事じゃ」

「成程のう‥‥‥関東派というのは逍遙入道の事か」

「いや、逍遙入道は今はもう完全に隠居しておる。かえって、今川家が二つに分かれる事を心配しておる。わしがお屋形様のもとに出入りして、関東派の者たちを刺激しはしないかと心配しておったらしい」

「ふーん」

「今川家の事はどうでもいいんじゃ。今の所は安泰じゃ。それより、わしの事じゃ。わしははっきり言って今まで、自分で何かをやろうとした事がないんじゃ。何かをやろうとしたと言えば、ガキの頃、おぬしと一緒に備中を飛び出した事位かのう。あの時だって、おぬしに誘われて従っただけじゃった。京に来て伊勢守のもとにおった頃も、ただ、命ぜられるままに生きて来た。今出川殿の申次衆になったのもそうじゃし、嫁を貰ったのもそうじゃ。今出川殿と別れたのは自分の意志には違いないが、ただ逃げただけじゃった。そして、今も逃げておる。女子おなごが抱きたい癖に、回りを気にして、それすらできんのじゃ。情けないわ」

「どうして、坊主になどなったんじゃ」

「一休殿の真似がしたかっただけじゃ。まさか、この年になって、女に惚れるなんて思ってもおらなかったしのう」

「ここを離れるしかないのう」

「ああ」

「わしものう。おぬしとそう変わりはせん。自分で何かをした事などなかった。いつも、成り行きまかせに生きて来た。お雪と出会ってからじゃ、わしが医術の道に生きようと決心したのはな。最初、ただ、口から出まかせに言った医者じゃったが、お雪と一緒に負傷者たちを治療して行くうちに、医者という仕事もなかなかのもんじゃ、と思うようになったんじゃ。おぬしも春雨殿と一緒になれば、何かが変わるかもしれん」

「そうじゃのう。本物の禅を実践するには、どうしても逃げておっては駄目なんじゃ」

「加賀に行けよ」

「ああ、そうするかのう」

 お雪と春雨が酒と肴を抱えて戻って来た。

 酒を飲みながら早雲と小太郎の話は続いていた。二人には構わず、お雪と春雨は家の掃除をしたり、町で買って来た日常用品を片付けていた。お雪は町で何を仕入れて来たのか、次々に、色々な物が運ばれて来た。

 その晩、新居にて、四人でささやかな引っ越し祝いを行ない、夜遅くまで、真面目に人生について語り合っていた。そして、その夜、早雲はついに女犯を犯した。

 



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