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例えば
 「茶髪とピアス禁止で窮屈だから、入学して3日で高校をやめちゃった。
  でも大学には行きたいから、今は大検の勉強中」
 という大検予備校生のお話のあと、
 「資産流動化のためには、まずキャッシュフローが云々かんぬん……」。
 さらにこのお話の中で、余談として、
 「ほら、銀座のママが書いた本があったでしょう、
  『できる男・できない男の見分け方』とかいうの。
  あれね、僕が思うに……」
 と、もう話し手は神様ですから、どんなに内容が逸脱していこうとも、
 キーボードを叩きながらついていきます。

 そして、そのあとは
 「われわれは労使の話し合いのために、ここに来たんやで。
  社長はどこ行ってんねん。あんたらみたいなガキの使いでは、話にならん」
 「せや、せや」
 と、コテコテの関西弁という具合。
 壊れた稗田阿礼を想像してみてください。

 業界ごとの著名人のお話を起こすことはありますが、
 私の場合、タレントさんのインタビュー等、華やかなものはありません。

 スタンスとしては、あくまでも裏方の素材屋だと思っています。
 ほとんどの場合、次にプロの編集者が待っていらして、
 私の文章が最終商品になることはないからです。

 そこで料金も、1分あたり150円に抑えています。
 テープ起こし屋さんのホームページ巡りをしていただくと、
 おわかりになると思いますが、
 今は1分あたり200円~250円が相場です。
 ということは60分テープに対する報酬は12,000円~15,000円。
 私の場合はマックス9,000円です。

 「安くてまあまあだから、あなたのところ」
 というクライアントさんのおかげで、なんとかやっております。
 実のところ、1分250円に値上げして受注量が減るよりは、
 今の量を維持してコンスタントに仕事をしていくほうが、
 精神衛生上いいと思っています。なにしろ日々のことですから。
 何も起こさなければ水揚げゼロで、発泡酒1本、心安らかに飲めません。

 具体的な作業としては、テープを聞いて、話者の、
 「うーんと、あのあの」「そのー」といった部分を取り除いていくのが主です。
 これを【ケバ取り】といいます。
 ケバを取って、概ね聞いた通りに文章化していきます。


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蛇の足

        同業者との会話



 【館林】 あんた、さっき納品済んで、今、一大満足してるだろ。

 【田島】 いや、ホッとしてるだけ。
      明日は明日のテープがあって、少し心穏やか。
      仕事がないと、大変ですからね。    

      そうそう、昨日、同業者から
      「テープ起こしは好きですか?」って聞かれて、
      言葉に詰まっちゃった。
      「あっ、いや……、嫌いじゃないと思うんですけど」
      ぐらいしか言えなくて。事実そうなんだけど。
     
      毎日テープを起こしてるとさ、好きとか嫌いとか
      考えなくなるね。趣味でやってるわけじゃないし。
      納期が守れれば、それが一番うれしい。
     
 【館林】 守れそうもないときは?
 
 【田島】 ヘルプ(*1)を募集します。
           
 【館林】 どんな人に頼むの?  

 【田島】 見ず知らずの、いろんな人。年もまちまち。
      なかには、テープ起こしにとてつもない
      夢を抱いている人がいて、ちょっと引くよ。
      「テープ起こしのお仕事をすることが夢なんです。
      この夢を捨てきれないんです」とか。

 【館林】 えっ、あんたのやってる仕事が夢なの!?
 
 【田島】 うん。で、話を聞くと、ちゃんと旦那がいてさ、
      「主人は会社員で、子どもはもう成人して、
      手が離れて時間はあります。ウサギがペットで、
      仕事部屋は8畳の洋間です」って、説明してくれるの。

 【館林】 へぇ~、いいご身分じゃん。あんたと大違い。

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 【田島】 そうなんだよ。多いよ、こういうの。
      で、「60分テープを3日で起こしてください」って
      言うと、通信教育を修了しただけで、実務の経験は
      ないから、なるべく短いテープにしてくれとか平気で
      言うの。

 【館林】 弱気なんだか強気なんだか、わかんないな、それ。

 【田島】 <ファッションとしてのテープ起こし>ってところ。
      もちろん、そうじゃない人もいるけどさ。
      小さい子がいても、ちゃんと仕上げてくれるの。
      本当に助かります。

 【館林】 ヘルプを頼むのは女性って決めてるの?

 【田島】 ううん、男の人にも頼んだことはあるよ。
      でも、思いっきり懲りた。
      例によって通信教育修了者で、2級(*2)だったけど、
      納品ファイルが穴だらけで、修正するのに9時間
      かかった。これ、60分テープの話だよ。
      
 【館林】 最初から自分で起こしたほうが早かった?

 【田島】 うん。「でも頼んだ以上、意地でもこの納品ファイルを
      使ってやる!」って思って、延々と直した。
      
      この人、添え書きもすごかった。反省ゼロ。
      「よく聞こえないところが多かったです。
      僕は耳が悪いのかなあ?」だって。信じらんない。      

 【館林】 あんた、テープの録音状態、確かめて渡してる?

 【田島】 あったり前じゃない。自分が聞きづらいものを
      人様に頼んでどうすんのよ。
      だから余計にびっくりなんじゃない。

      ヘルプになんでもかんでもバラまいて、
      「音の悪いテープがいった人は、運が悪かったと
      思ってあきらめてください。それも勉強のうちです」
      なんて、シレッと言ってるグループリーダーもいるけどさ。


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 【館林】 グループリーダー?

 【田島】 うん。わりとグループ化してるらしいのよ。
      講座を修了して、1年も仕事をすれば<先生>っていう
      未成熟な世界だから、ボスもすぐに出てくるというわけ。

 【館林】 1年で<先生>って、そんなのアリかよ。

 【田島】 アリみたいよ。
       まあ実務2年で、もう確実に<先生>ですね。
       恐ろしい話ですけど。
 
      でさ、「テープ起こしの講師」とか言って、
      ちゃっかり教える側に回っちゃうのが、
      きっと一番儲かるんだよ。

      基本的には自分で起こす派、
      いきなりブイブイ言って教える派、
      テープ起こし屋の指向って、
      この2つに分かれると私はみたね。


 <解説>
 (*1)ヘルプ→お手伝いの人をこう呼ぶ。テープ起こしは圧倒的に
   女性が多いので、水商売の言葉が移ってきたのかも。
   決して<アシスタント>でも<ヘルパー>でもない。    
        
 (*2)テープ起こし2級→通信教育各社で独自に定めた級。
   珠算2級のような、普遍的なものではありません。



最後に、余計なお世話だとは思うが、
頼まれたら短い文章の一つや二つはササッと書けるに越したことはない。
テープ起こしとはいえ、無意識の部分での作文は必要だ。
このことに気がついていない人間が多すぎる。


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