閉じる


【本編】介護とは……人を悪く言ってはいけないものと知ること。

 
  数年前に出会ったおばあさんはもともと違う地域から引っ越してきました。一人暮らしをしていましたが、脳梗塞で倒れ、入院し、一人暮らしはできないと言われ、長く生活していた自宅から遠く離れた娘夫婦とともに生活することになりました。
 そのおばあさんはいつもデイサービスに来ると家族への不満を口にしました。僕たちはその話をうんうん、と頷いていました。
 そのうち、おばあさんは自宅に帰りたいと話すようになりました。娘夫婦がいるところには一人の友人もいませんが自宅に行けばたくさんの友人が待っているのです。
 しかし、その願いはかないません。一人で歩くことが難しいからです。
 娘夫婦に何度も説得されました。そのたびにデイサービスで帰れないことへの不満を口にしていました。おばあさんの想いが通じたのか何度か娘夫婦に連れられて自宅に帰る事ができたことがありました。それでも、おばあさんの気持ちは納得しませんでした。
 おばあさんは一時帰宅することではなく、自宅で一人で暮らすことが目標でした。
 おばあさんは一人では家事ができません。買物にもいけません。歩くのもままなりません。娘夫婦は一人暮らしをさせるわけにはいきませんでした。おばあさんは自分に一人暮らしさせない娘夫婦のことを悪く言っていました。最初は親身に聴いてくれた別のお客様も毎回同じ愚痴を聴かされるのが嫌になったのか、だんだんと聴いてくれる人が少なくなりました。
 すると、そのおばあさんは愚痴を言うよりも、自分よりも身体が不自由な方に強い口調で言葉をかけるのです。
「ちゃんと歩きなさい」
「静かにしなさい」
 おばあさんの苦しみが伝わってくるようでした。どうにもできないモヤモヤがぶつけられていたのです。
 それから3ヶ月経ったある日、おばあさんは急にろれつがまわらなくなり、手足の震えが見られ、救急車で運ばれました。脳梗塞です。
  おばあさんはついに自宅に戻って生活することはできませんでした。


【考察】介護とは……人を悪く言ってはいけないものと知ること。

 
 デイサービスに来るお客様の話題というと、最近のニュースであったり、ご自身の身体の調子だったり、家族のことが主となる傾向です。
 僕たち介護職はお客様の話を親身に聴いていきます。時に、介護職自身の考え方、価値観とは相反することもあります。そんなとき、お客様に対して「それは違いますよ」とは言いません。
「そういう考え方もあるんですね」と留めておきます。
 今回のおばあさんは病気で入院し、自分でどこで生活するかを選択することなく、家族の意向のみで娘夫婦の家に来ることになりました。きっと不満だったのでしょう。
 しかし、介護職が見ても、そのおばあさんがもう一度一人暮らしをするのは難しいのではないかと思うのです。僕たち介護職は「無理ですよ」とは言いませんでした。そのおばあさんが家に帰りたいという気持ちを汲み取ることしかできませんでした。おばあさんは気持ちを汲み取ってもらうことよりも、家に帰りたかったのです。自分の想いがうまく伝わらないと思ったのか他者を責めてしまったのです。どんな状況に合っても他者を悪く言ってしまうと、その言葉や行動は自らに返ってきてしまう、ということを実感したのです。

この本の内容は以上です。


読者登録

岡本大輔@読書コミュニケーター(社会福祉士)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について