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1995年 秋号 業界紙投稿

 第一回コラムとして、懐かしいコラムを載せたいと思います。1995年ですよ、今から15年前に私が勤めていた会社の業界紙に載せてもらったものです。いま思えばこの時から始まったのですね。

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Kyu・リーグ観戦をとおして地域スポーツ文化を考える 1995年(秋

 サッカーファンである私は、近年Jリーグ発足とともにサッカー隆盛時代が訪れたことを大変喜んでいる。J・リーグは地域に密着したスポーツ文化を育てることを一つの理念としており、それはもとより地域の活性化につながる。すでにJ・リーグチームのある地域は羨望の眼差しで見られている。そこで遅ればせながら、多くの地域がJ・リーグを目指して、地域チームを育成し、活性化を計ろうとしている。J・リーグの下部組織、JFLリーグにはブランメル仙台・ヴァンホーレ甲府・鳥栖フューチャーズ・福岡ブルックスを初め徳島・京都・神戸にもある。またその下の地域リーグ、九州地区にはブレイズ熊本・大分トリニティーと数え切れない程のチームがJ・リーグを目指している。さて、北九州はどうであろうか。
 私はある用件で北九州サッカー協会々長に会する機会を得た。その時に新日鉄八幡チームを強化育成して、J・リーグを目指す計画をしており、青年会議所と共に運動していることを耳にした。大変困難な道程と思うが、私は嬉しく思った。
 1995年6月18日九州リーグの第7節、新日鉄八幡対大分トリニティー、今年初めて北九州のホームで行われる試合である。この日、同じくJFLリーグの福岡ブルックスの公式試合が初めて北九州で行われており、北九州のサッカーファンの目はブルックスに注がれている。しかしその日、私は会長からうかがった新日鉄八幡というチームが、どんなチームだろうと鞘ヶ谷競技場に出かけた。その日、会場は曇り空で、観客は100人程度。メインスタンドとバックスンドに別れて疎らに座っていた。鮮やかな紫のユニホームを着て選手が出てきた。背中にはNIPPON・STEELと書いてある。思ったより選手は若い。そして、大変よく練習しているのだろう、体は良く引き締まっていて精悍である。一方、大分トリニティーは、大分県知事がワールドカップ大会を大分に誘致し、会場となる競技場を開閉式屋根のサッカー場を造ると、計画案を発表し、またその競技場でJ・リーグに昇格させたチームをプレイさせると豪語しているチームが、大分トリニティー(後のトリニータ)である。
 前半、一進一退でどちらにも2・3度チャンスがあり、観戦に耐え得る面白い試合が展開した。後半5分、新日鉄はコーナーキックから頭で合わせて1点。このまま終われば勝点15の同率首位同士の戦いであるから、新日鉄は優勝争いのトップに立つ。
 残り20分、大分は必死に追い着こうと攻撃する。新日鉄は虎の子の一点を守ろうと必死でディフェンスに回る。完全に新日鉄ゴール前の攻防になってしまった。どちらも疲れている、ヘトヘトである。残り5分、バックスタンドの一角に詰めかけた、たった20人程度の大分の応援団は、声をあわせ、太鼓のリズムに合わせて有りったけの声を上げて応援する。
 守り続けた新日鉄の選手の気力はとうとう、その大分の応援団の声援と太鼓の音に突き破られてしまった。ゴ-ル。主審の笛が鳴る。残り3分。同点である。新日鉄の選手はグランドに腰を降ろし落胆の色は隠せない。同点によるPK戦、選手は気力が戻らない、新日鉄PK3人失敗。PK戦による逆転負けである。
 私は試合を観戦してチーム力を比較してみた。個人能力も組織力も新日鉄の方がわずかに上に見えた。これはひいきではなく、冷静に中立の立場で見てである。ほんの僅かであるがそう見えた。しかし、逆転負けである。それがサッカーである。強い方が勝つとは限らないのがサッカーである。では何故負けたか。それは競技場を包む気力の集合がどちらが大きいか、それが勝敗の分かれ目になると思う。選手・スタッフ・サポーターと呼ばれる応援団、三位一体となった気力の輪、それが競技場内に吹く優勢という風向きを変えるのです。90分間続いた大分の応援団の声援。特に残り20分頃から4人の若い女性が立ち上がり、黄色い声で大分と連呼する声援は会場を包み、まるで大分のホームと化していた。

 気力の輪で負けたのです。選手はよく頑張ったと思います。しかし選手の強化だけでは勝てる試合も勝てません。サッカーは地域と地域の戦いです。学校の運動会でよく地区リレー競争というものがあります。自分の住む町内の生徒を応援して興奮するものです。KyuリーグはJ・リーグの下の下のリーグです。どの程度のレベルであろうかと半信半疑でしたが、決して草サッカーではありません。技術もあり組織プレイも行っています。地元のひいきチームを応援する気持ちがあれば、J・リーグを見ているよりも、もっと興奮して手に汗にぎり観戦することが出来るでしょう。そこには地域のJ・リーグが存在するのです。地元のチームを応援し、選手を励まし、気力の輪に参加してみてはどうでしょう。ブルックス・ダイエーでは所詮となり町の借り物と、どこか引っかかる物がありませんか。今回の観戦の率直な感想は、北九州が大分に負けたことが悔しい。そして、わが町の選手が可哀想でなりません。
 さて、地域のスポーツ文化を育てることを目的としたJ・リーグのお陰で、全国12の政令指定都市で、天候に難のある札幌を除き、プロ球団を持たない都市は北九州市だけになってしまった。
 これからの展望として、J・リーグは16球団になり、JFLリーグも16球団になり、それぞれ市町村が力を入れている現状を見ると、32球団すべてがプロ化され、1部・2部リーグとして、J・リーグ事務所が管轄するようになるだろうと言われている。さて、この32の都市の一つに北九州市はなれるだろうか。それは北九州の市民が、地域スポーツ文化のあり方をどう考えるか。・・・である。

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この記事を投稿した年に、大分はJFLに昇格し一挙にJ・リーグに昇格していきました。北九州はこれから12年間、九州リーグに居つづける事になります。1999年に新日鉄サッカー部が廃部になり、もう一つ九州リーグに在籍していた北九州のチーム・三菱化成黒崎のチームを北九州サッカー協会が引き取り、新日鉄と三菱化成の選手を合わせて2001年にニューウェーブ北九州として新しくクラブチームを設立します。そして13年目の2008年にJFLに昇格。そして2年後、15年目にJ・リーグに昇格しました。私はその当時、J・リーグ昇格まで10年と予測していましたが、5年ほど長く掛かってしまいました。その間に多くのチームが先を越していきました。大分トリニータ・ロアッソ熊本・ベガルタ仙台等々、しかし、足踏みし追い越していったチームもあります。ヴォルカ鹿児島・Vウァーレン長崎。また途中で消えて行ったチームもあります、プロフェソール宮崎。北九州も危ない時期がありましたが何とかJ・リーグにたどり着いたのです。しかし、当時の予想とは違い37番目のJ・リーグチームとなりました。それだけ時間が掛かったと言うことです。
 


幸せの黄色いチームカラー?

  さて第二回のコラムですが、何を書こうかと思っていたのですが、今度Jリーグのチェアマンが変わりました。元鹿島アントラーズの社長だった大東和美氏が四代目の新チェアマンに就任されました。
鹿島からは二代目の鈴木昌氏に続き二人目です。このお二人、初代の川淵氏・三代目の鬼武氏とは違い、サッカー経験者では有りません。新チェアマンの大東氏はラグビーをしていたそうです。
ごつい体と顔をされています。ようはこの方たちは企業人として企業経営を熟知している人物として登用されたわけです。いいですね、このJリーグの理念。サッカー関係者に拘らず広く適任者を登用する。何かと話題の相撲協会とはだいぶ違います。
 その新チェアマン・大東氏がテレビのインタビューで「良い監督とはどんな監督ですか?」
という質問に、こう答えておられます。「クラブの方針を理解していること」
 みなさんはこれをどういう意味だと感じますか?
私は良い監督とは強いチームを作り常勝軍団を作る監督だと、一般的には考えます。
テレビのインタビューアーも、言い換えれば「強いチームを作る監督とはどんな監督ですか?」
と聞いたつもりだと思います。ところが返ってきた答えが意外な言葉。
これは会社の社長が部長や課長に求めることではないかと思います。
クラブのトップに取っては、クラブの理念や方針にあったチーム作りをしてくれる監督が、良い監督となるのでしょう。
ただ、そういう意味ではJリーグにそんな監督は居ないのではないでしょうか?
居るとすればサガン鳥栖の松本育夫監督くらい。ほぼトップの人間として監督も兼任されて居るような人ですから。
 しかし、クラブとチームが理念・方針を共有していることは大事なことです。
では、今のギラヴァンツはどうでしょうか?
それを記すのは止めて置きます。それぞれに思われているでしょうから。
ただ、言えるのはクラブの理念・方針があるのか?
「子どもたちに夢と感動を!」などと何処からか借りて来たようなうたい文句ではなく。37もあるJリーグチームで独自の特色のある理念・方針を持つべきだと思います。それが遅れてJリーグに参入したクラブの生き残り策だと思います。
私はいみじくも横手社長がテレビで言われた「阪神タイガースのように弱くても人気のあるチームにしたい」
そこにヒントがあるのではないかと思います。

クラブの方針と言えば、チームカラーの黄色に付いて思い出ある。
2002年の10月5日にアビスパ福岡 対 セレッソ大阪のJ2の公式リーグ戦が本城で行われました。
当時、ニューウェーブ北九州(以後、NW北九州)は九州リーグでその日、熊本でリーグ戦があり当時のチームスタッフは全員で熊本に行っていました。その時、アビスパ・セレッソ戦の本城にNW北九州のブースを出展したいのだが、人手がないので手伝って欲しいとNW北九州の事務局のF氏に頼まれて、手伝うことにしました。

 当時、事務局では北九州にJリーグチームを作るため、門司の競輪場跡地にサッカースタジアムを作って欲しいと署名活動をしていたんです。
本城のメインスタンド入場口手前の道路にテントを張って、入り口へ向かうお客さんを捕まえて、署名活動をしました。当時中学生だった娘と娘の友人に手伝ってもらって、何とか署名活動をこなしました。事務局からは原GMの奥さんとE君の二人。娘たちはお揃いの黄色いチームカラーのジャンバーを着させていたので、なかなか目立っていました。サッカーファンばかりですから逆に、北九州にJチームを作るんですか?と問われました。
 セレッソのレプユニ着た若い女性に、直方在住ですけど地元なので応援したいのでクラブ会員になります。どうしたらいいですか? って聞かれたのですが、そういう申込書も用意していないし、とりあえずメモに連絡先書いてもらって、事務局から連絡させます。のような対応をして慌てた記憶があります。あの子はいま、ギラヴァンツのサポになって居てくれてたら善いな。そんなことしていたら、何処新聞だか定かに覚えていませんが、アビスパ・セレッソ戦の取材に来ていたんでしょうが、私たちに興味を持ったんでしょう。わたしに取材して来た。スタッフでおっさんは私だけでしたから、私が代表者だと思ったのでしょう。署名活動は何万人の目標でしょうか?とか聞く。さ~分かりません。と答えると不思議な顔する。
チームは熊本で試合があってるので詳しいものが居ません。と誤魔化す始末。記者がまた聞くにはお揃いの黄色のジャンバーはチームカラーですか?
そうですと答えると。黄色は何処から来ているのですか?と聞いてくる。何でもかんでも分かりませんじゃいけないだろうと、それは北九州の花、向日葵の黄色でしょう。と答えると、記者は大きくうなずいた。え~それでいいのか?と思いつつ曖昧な取材を受けた。
それで、後々チームカラーのことが気になって事務局のだれそれにチームカラーの黄色は何処から来ているのか聞いてみたがはっきりと明確に答える人が居なかった。だぶん由来は無かったのではないかと想像する。だぶんだが、前身の三菱化成黒崎のチームが黄色のユニホームを着ていたので継承していただけのように思われる。
三年前の地域リーグ決勝大会時期でもチームカラーの由来に付いて明確に公表されてなかった。二年前のJFL一年目の時に業務統括の二村氏に改めて聞いたところ、向日葵の黄色ですと答えが聞けた。それ以後、ホームページにチームカラーの黄色は向日葵の黄色です、と明記されている。
そんなこんなで、チームカラーの黄色は向日葵の黄色ですと言うのは後付で決められたような気がする。違っていたらすみません。適当なコラム。


テレビ放送について

3回目のコラムはテレビ放送のことについて書きます。みなさん、ギラヴァンツがテレビで流れるのが少ない。だから知名度が上がらないし、人気が上がらない。観客が集まらない。と思われている方が多いと思います。

 他のJチームは、地元の民放テレビ局がチームをバンバン放送してくれます。熊本や大分、JFLの長崎ですらそういう状況です。新潟・富山といった県に1つのチームはテレビ局が後押ししてくれる訳です。ちょっと違うのが関東や関西のような少し広い範囲を放送エリアとしていて地域で、複数Jチームがある。もしくは他のプロスポーツがある。特にプロ野球チームがある地域では、どうしてもサッカーより野球のようです。
 
私は昨年までケーブルテレビで「サポーターズTV」というギラヴァンツの前身・ニューウェーブ北九州の応援番組をプロデュースし、制作して放送してきました。何故止めたかは簡単に言うと、J2はプロリーグで、放送権利やそれに対する体制作りを再構築するのは難しいと感じたからです。それに、J2になれば、私たちが主体になってやらなくてもケーブルテレビ・ジェコム事態で応援番組を放送してくれるだろうと予想していたからです。それはその通りに「ギラ☆Channel」なっています。

 私は今年の2月にある地上波の民放テレビ局と「サポーターズTV」のような番組を放送できないか相談をしました。やはり広告と言う意味で、地上波で多くの方に視聴していただかないと効果が無い。そう思ったからです。その協議の場で分かったことですが、地上波のテレビ局は福岡市に全て有ります。その放送エリアは図のように福岡県全部と佐賀県全部、それに下関も範囲に入っています。私は北九州と福岡はそれぞれ同じ局でもチャンネル番号が違うので独自の番組編成をしているのだろうと思っていましたが、聞くとまったく同じものだそうです。CMも。同じものをこの広い範囲で放送しているのです。土曜や日曜の午前中に北九州市の市政番組が放送されていますが、あれも放送エリア全域で流れているそうで福岡や佐賀でも流れているそうです。びっくりしました。ということは、ギラヴァンツの応援番組を放送することは有り得ないことです。アビスパのある福岡地域やサガンがある佐賀地域に北九州のギラブァンツを応援する番組を流せるわけが無い。出来るとしたらアビスパ・サガン・ギラヴァンツのこの3チームを応援する合同番組でしょう。佐賀には佐賀県を放送エリアにした佐賀地域限定のテレビ局があってサガンをバンバン放送してますから、在福の局はアビスパとギラヴァンツをやれば良いと思いますが。現在、在福のスポーツ番組で扱われてもホークスの後にアビスパ・サガンと一緒に一寸だけ紹介されるのが関の山です。いみじくも、コンバット満がアビスパ・ギラヴァンツ、どっちも頑張れ、と言ってましたがそうなるのです。

もちろん民放ですから資本提供があれば、出来ないことはありません。局の方に試算してもらったのですが、仮に土曜の夕方、毎週3分の番組を放送した場合、たった3分ですよ。番組の制作費及び放送料を含めて1年間続けた場合、ざっと2千万円ほど掛かかります。放送時間帯を変えたり、制作費のコストを削れば若干は変わりますが、大方はこんなものです。この金額を出してれくるスポンサーが居れば出来ます。このようなコーディネイトをやってくれるのが電通などで知られる広告代理店です。ギラヴァンツの応援番組を企画して、制作費などを見積もり、この番組のスポンサーになることで広告価値を見出してくれる企業を探して、放送枠を局から買って放送に漕ぎ着けるのです。ですから、どのような番組を放送されるかは、広告代理店のコーディネートしだいなのです。そして番組も広告代理店による番組制作会社が作るわけで、テレビ局が作るわけではありません。もちろん共同提供番組もあります。まれに局自体の番組があって、ホークスの中継などはテレビ局の自主提供だそうです。

 ですから現状、ギラヴァンツの番組に広告価値を見出してくれる企業も現れないでしょうし、コーディネートしてくれる広告代理店も無いでしょう。また、これがもし出来たとしても福岡や佐賀の地域までギラヴァンツの応援番組を放送することはアビサポ・サガンサポの方に迷惑な話です。民放の地上波テレビでギラヴァンツの応援番組を放送するのは難しいです。

 長くなったのでこのあたりで投稿完了にしたいと思いますが、また次回、テレビのことは続稿します。


スポットCM

4回コラムは、前回に続きテレビ放送に付いて書きます。と、その前にポスター(後期版)が出来ていますが、なかなか街中で見掛けません。リバーウォークの地下にとりかつ丼の黒兵衛という店があるのですが、店頭にポスターを掲示してくれています。なかなか新しいのに貼り替わらないので、昨日、事務局に行ってポスターを一枚もらって貼り替えてきました。今度のポスターデザインは佐野裕哉がドーンとドリブルをしている姿が載っている。なかなか良いデザインだ。今まではデザインが懲り過ぎてて、何のポスターか分からなかったが、今回のはサッカーだ。と一目瞭然である。もう少し明るい色だともっと良い。このポスター、もっとたくさん掲示してもらうよう頼めばよいと思うのだ。どうも事務局ではこのプロモーション活動が活発ではないように思う。ボランティアを募集してプロモーション活動部を作ればよいと思う。たぶんその方が積極的に動いてくれるだろう。またボランティアの方が受け入れやすいだろうと思う。

 さてテレビだが、前回書いたようにギラヴァンツの応援番組を地上波で放送するのは難しいと思う。現在、それらしい番組はNHK北九州の「VIVAギラヴァンツ」とジェイコム北九州の「ギラ☆Channel」がある。どちらの放送局も北九州地域を中心とした限定の放送局なので、ギラヴァンツ専門の応援番組を放送することが出来る。しかし、私感だがどちらも番組としてクオリティーが高くなく、ローカル色が強い。もう少し魅力ある演出をしてギラヴァンツを宣伝して欲しいと思う。もう少し専門的なことを話すと、NHKの「VIVAギラヴァンツ」はニュース報道番組の一部として放送されており、報道番組なのであまり脚色した放送はできない。報道番組なのでJリーグの放送権料もかかっていない。ジェイコムの「ギラ☆Channel」はギラヴァンツの専門番組なのでJリーグの放送権料が掛かっています。ですからJリーグに放送権料を支払っています。そして自前で試合の模様を撮影できれば良いのだが、アウェイなどで自前で撮影出来なかったものは、スカパーで撮影されたあの映像をJリーグから買って放送しているのです。ですから、良く分かると思いますが、どこの放送局も同じ映像だなと感じることが多々あると思います。

もう一つ、テレビには広告としてスポットCMがあります。番組と番組の間に流れる15秒のCMです。これは映像その物の制作費とテレビ局にスポット料金を払うことになります。制作費は内容で値段が大小しますが、スポット料金は決められていて、時間帯で違うのですが、大方このようになっています。午前が14万円、午後が26万円、夜が48万円。スポットですから一回流すだけでこれだけ掛かります。非常に高いです。ですからそれだけ効果があるものなのです。

ギラヴァンツをテレビで見ないというのは、見れないわけがあるのです。今までかつて㈱ニューウェーブ北九州がこのスポットCMをお金を払って流したことは一度もありません。

 前コラムなどを通して、北九州のテレビ放送網の環境というものが他地域とすこし異なる特殊(デメリット)な地域だということがお分かりになると思います。

ギラヴァンツはテレビメディアの恩恵を受けることはこの先もまず無いでしょう。

ならば、ギラヴァンツの年間運営費の20%はプロモーション費に充てて、自前でスポットCMを流すか、自前で応援番組を放送するか、そのようなことも考えなくてはならないでしょう。他地域とは違うということを認識しなくてはならないと思います。


ホームタウンとフランチャイズ

 第5回目のコラムです。ギラヴァンツはヴェルディに上げた一勝のみで勝利が挙げられずに苦しんでいます。そのうち2勝目があるだろうと甘い予測をしていましたが、もうシーズンも終盤になってしまいました。勝ち負けも重要なことなのですが、もっと気になるのが観客数の伸びないことです。北九州の観客は常時2~3千人でしょうか。九州ダービーの時だけ近隣のチームサポーターが大挙してアウェイ席に詰め掛けて来るので6千~7千人になるのが実情かと。逆にアウェイの地に北九州のサポは3~40人でしょうか、サポーターが増えないことに寂しく思っています。ようはギラヴァンツはまだまだ北九州で市民権を得ていない。やはり時間が掛かるものなのでしょう。地道に地元で活動して北九州のチームであることを定着させていくことでしょう。
 最近、気になったニュースがあります。横浜ベイスターズの球団売却話。オーナーのTBSが業績不振によりベイスターズを売却するそうで、ある企業が買手に名が上がっている。また、ホームグランドを新潟に移転する噂も上がっている。横浜から新潟に移転する。それはどうでしょうか?
 私が小学校の低学年の頃、遠い昔の話だが、福岡の西新の親戚の家に父親と二人で行った時に、当時、路面電車が走っていて、電車にのって向かっている途中、大手門に差し掛かると、お堀の向こうの石垣の上でたくさんのオレンジの照明がコウコウと輝いていた。私はチンチン電車の車窓から少し興奮気味に眺めたものです。平和台球場の西鉄ライオンズの試合があっていたのです。ときおりワッ~ワッ~と歓声が沸いていた。これはなんだ、だいの大人がおおぴらに遊んでいる。野球とか子供のすることだと思っていたら、大人が野球であんなに騒いでいる。大人って楽しいだなと思いました。それが私が初めて体験したプロスポーツです。その後、テレビで巨人戦ばかり見て長嶋のファンになり、小学校で仲間内でKチームという野球チームを作って他校の小学校のチームと試合をしていたものです。何故、Kチームなのか? 意味はないのです。その頃は巨人は読売ジャイアンツ・YG、西鉄ライオンズはNLの頭文字を合わせてチームロゴにしていたんです。なので帽子にKと書いてチーム名にしたのです。ただ、アルファベットでKが格好良かったから。そんなことで小学校までは野球ばかりしていました。
 中学になると何故かサッカーばかりするようになります。それは授業の体育の時間にサッカーをすることが多かったからだと思います。まず、授業で野球をすることは無かったですね。何故か、たぶん事故があるから先生が野球をやらせるのが怖かったのだと思います。バットを振り回すので危険なのです。体育が自習となると学校の横の川原のグランドでサッカーばかりしていました。次の時間が始まってもサッカーを止めず、次の授業の英語や国語の先生が困った顔して教室で待ち受けていました。それでもあまり怒られた記憶がありません。でも中学時代も私はラジオでライオンズの野球中継を聞いていました。風呂に入るときもラジオを持ち込んで聴いていました。風呂から上がり脱衣所でラジオを聴きながら、隣の炊事場の母に、「おかあさん、チンチンに毛が生えてきた」と叫ぶと、母は奇妙な顔をしていた光景が印象深いです。そのころライオンズは西鉄から太平洋クラブ・クラウンライターと変わって行きました。太平洋クラブライオンズ応援したな、稲尾ライオンズと金田正一のロッテとの因縁の対決、小さくて片足が不自由な黒人選手のドンビフォード。ビウォードが金田監督を投げ飛ばすポスターがよく貼られていた。
 高校生になると私はサッカー部に入りました。高校3年間はサッカーだけしかしていない。そう言っても過言ではない。ライオンズは、西武に買収されて所沢に行ってしまいました。それと同時にライオンズの主力選手、基・竹之内・東田・若菜は他球団に移籍して行きました。とても寂しい思いをしました。数年してプロ球団の無くなった福岡の町で、「ライオンズを返せ~♪」という歌が流行りました。それでも私は所沢に行ったライオンズを応援し続けました。ダイエーが南海ホークスを買収して福岡にダイエーホークスを作っても、表向きは地元ダイエーを応援していると言っても、やっぱり心情的に応援しているのはライオンズでした。しかし、今はソフトバンクと西武が戦っていたら完全にソフトバンクを応援しています。ただ、高校でもサッカーをしていたようにサッカーが好きなのです。プロサッカーのJリーグが出来てサッカーばかりになりました。Jリーグは地域が支えるクラブという基本姿勢があります、プロ野球機構よりJリーグが正しなと感じています。
 ソフトバンクをドコモやauに勤めている人は応援できないだろうし、所沢でソフトバンクの携帯営業できるのか?どうもプロ野球は企業の宣伝目的に使われている感じがして、素直に応援できなくなりました。横浜ベイスターズが身売りされて新潟に本拠地を移するかもしれませんが、とんでもない話です。プロ野球は本拠地をフランチャイズと呼びます。営業場所ということです。ですら営業場所として適切な場所があれば移転するのです。でもJリーグはホームタウンですから町と共に有るのです。移転することはないし、あってはならないのです。Jリーグの当初、読売ヴェルディと日産マリノスは企業名をチーム名にしていましたが数年後、是正されて川崎ヴェルディと横浜マリノスに改名しました。地域クラブとしての立場をはっきりと理念提唱したのです。
 ヴェルディが経営危機に陥っています。ヴェルディは読売ヴェルディで川崎市を本拠地にしてJリーグに参入し、プロ野球と同じ方式で川崎市をフランチャイズにしていた訳です。そしてフランチャイズを東京に移し、川崎ヴェルディから東京ヴェルディに名称変更します。と同時に読売グループが手を引き、日本テレビが主なオーナーになります。そのようなヴェルディの行動はJリーグの理念に合わず、地元に支えらるチームになり切れない結果、今の経営危機があります。確かにヴェルディは危機ですが、Jリーグは名門ヴェルディを残す策に出るようです。ならばプロ野球のようにフランチャイズにせずにしっかりとしたホームタウンにし、地元から愛されるチームになるよう努力して欲しいと思います。
 野球界は長い歴史があるので、どうのこうの言う気はありませんがファンを大事にして欲しいです。
横浜ベイスターズはこれからも横浜で歴史を作って行ってくれれば良いなと思います。


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