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陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

誕生

 

 

 静かな海だった。

 もうすぐ、満月になろうとする月が南の空にポッカリと浮かんでいる。そして、きらめく星空の下に一艘の船がポツンと浮かんでいた。

 ここは熊野なだ、志摩半島の南、五ケ所湾の入口、田曽岬のすぐ先であった。

 ポツンと浮かんでいる船は『関船せきぶね』と呼ばれる中型の軍船で、その見張りやぐらの上に、一人の男が仁王立ちになっている。総髪そうはつの頭に革の鉢巻を巻き、腹巻と呼ばれるよろいの胴を付け、三尺余りもある長い太刀をき、十文字やりを左手に持ち、遠く東の空を睨んでいる。今にも戦が始まるかのような出立ちであった。

 海は静かだった。船の上にも、その男以外に人影は見えない。

 その男の名を愛洲太郎左衛門宗忠むねただと言う。愛洲一族の一人で後の水軍の大将である。

 愛洲一族は南北朝以前から南伊勢一帯に勢力を持つ豪族で、南北朝時代には伊勢の国司、北畠氏を助けて南朝方で活躍をした。しかし、時は流れ、今は伊勢の国(三重県)の南端、五ケ所浦でひっそりと暮らしていた。

 五ケ所浦は北、東、西と三方を山に囲まれ、南は海に面した狭い所だが交通の要所として賑わっていた。伊勢参り、熊野詣でが庶民にまで広まって、近くの者はもとより、遠くは周防すおう長門ながと(どちらも山口県)や奥州(東北地方)などからも講を組み、先達せんだつ御師おしに連れられて参詣にやって来た。

 ここ五ケ所浦は熊野と伊勢神宮を結ぶ水路として栄えていた。熊野から来た参宮者は、ここで船を降り、陸路、剣峠を越えて伊勢内宮、外宮へと向かい、伊勢から来た者は、ここから船で熊野へと向かって行った。それらの旅人たちの安全な旅と引き換えに、愛洲氏は彼らから関銭を取っていた。

 愛洲太郎左衛門宗忠ひきいる水軍も海の関所の役割を果している。関銭を払えば、その船の安全をはかるが、払わないと、その船は水軍に囲まれ、金品は全て没収、逆らう者は殺され、魚の餌食えじきとなって行った。

 仁王立ちの宗忠は身動きもせず、東の空を睨んでいる。

「お頭!」と見張り櫓の下から声を掛けた者があった。

「お頭!」

 宗忠が黙ったままでいるので、もう一度、声を掛けた。

「何じゃ」宗忠は声の方を向こうともせずに返事をした。

「いつまでも、そんな所に立っておられては冷えますぞ」

「新五か‥‥‥おい、酒はあるか」

「はっ、ここに」と芳野新五郎貞行は手に持った、ひょうたんを高く上げて宗忠に示した。

「おう!」宗忠は気合を掛け、左足を大きく踏み込み、槍でくうを一突きした。

 一突きした後、空を見上げると宗忠は見張り櫓から降りて来た。

「お頭、今日もいい天気になりますな」と新五郎は宗忠の槍を受け取った。

 二人は船首の方に行くと甲板に座り込んだ。新五郎は酒をひょうたんから大きなお椀に注いだ。宗忠は新五郎が差し出した酒を一息に飲みほした。

 東の空と海が、ようやく明るくなり始めて来ていた。

 宝徳四年(一四五二年)、この年は夏に長雨が続き、諸国が洪水に悩まされた。京都より北陸にかけては疱瘡ほうそうが大流行し、小児らが多数死んで行った。民衆は各地で徳政を求めて一揆を起こしている。七月二十五日に享徳元年と改元され、ようやく長雨も終わり、真夏のような暑い日々がやって来た。

「今日も暑くなりそうですな」と新五郎が東の空を見ながら言った。

 海鳥が海の上を鳴きながら飛び始めていた。

 おかの方では海女あまたちが焚火を始めたらしい。五、六人の海女が高い声を上げながら、海の中に入って来た。

「平和じゃのう」と宗忠がポツリと言った。

 新五郎も海女たちの方を眺めながらうなづいた。

 海女たちはおけを抱え、白く光る海の上を沖に向かって気持ち良さそうに泳いでいる。

 宗忠と新五郎はのどかな朝の風景を楽しみながら、酒を飲み交わしていた。

 あくびをしながら河合彦次郎吉晴が太刀を引っさげて、やって来た。

「おっ、やってますな」とニヤッと笑う。

「おう、彦次か、お前もやれ」と宗忠は彦次郎の顔を見上げた。

「いいんですか。朝っぱらから」

「なに、祝い酒じゃ」宗忠は酒の入った椀を彦次郎に差し出した。

「おう、そうでした、そうでした」彦次郎は嬉しそうに笑うと座り込み、酒を飲み始めた。

「立派な男の子じゃぞ」と彦次郎は新五郎の肩をたたいた。

「そんな事、決っとるわい」と新五郎は宗忠の方を見て頷いた。

 宗忠は二人に横顔を見せたまま、海を見つめていた。

 お頭と呼ばれてはいるが宗忠はまだ若かった。新五郎と彦次郎もまた若い。宗忠の父、愛洲隼人正はやとのしょう重忠は愛洲水軍の総大将として、熊野灘に名を轟かせて活躍をしていた。宗忠は重忠の長男である。やがて、父の跡を継ぐ事になっていた。そして今、宗忠の初めての子が生まれようとしている。もし、その子が男の子なら、彼もまた水軍の大将として生きて行く事になるだろう。

 新五郎と彦次郎は酒を酌み交わし、宗忠の子供の話からいくさの話、そして女の話へと話題を変え、笑いながら話し合っていた。新五郎の方はつい最近、可愛い嫁を貰ったばかりだが、彦次郎の方はまだ独り者だった。彦次郎は今、惚れた女がいるが、どうもうまくいかんと渋い顔をしてこぼした。新五郎は彦次郎の顔を見て大笑いしている。

「どうした」と宗忠が二人の方を向いて声を掛けた。

 新五郎が彦次郎の事を笑いながら説明した。

「お前らしくないな」とポツリと言うと、宗忠はまた海の方に目をやった。

 ようやく、朝日が昇って来た。

 海が輝きを増した。

「いつ見ても、夜明けというのはいいもんじゃのう」新五郎は目を細めて朝日を眺めた。

「おう」と彦次郎も返事をすると東の海を眺めた。

「朝日もいいが、あれの眺めも最高じゃ」新五郎は彦次郎の膝をたたいて、海女たちの方に目をやった。

「うむ、悪くないな」と彦次郎は満足そうに頷く。「若い女どもを眺めながら飲む酒も、また格別うまいわい」

 海女たちは海上に浮かんで来ては、「ヒュー」という音と共に息を吸い込み、白い両足を海上に突き出して、また潜って行った。

 二人はそんな海女たちを見比べてはニヤニヤしながら酒を傾けている。

 宗忠は遠くを見つめたまま、二人のたわ事も耳に入らないらしかった。

 あたりは、すでに明るくなっている。

 新五郎も彦次郎もいい気持ちになってくつろいでいた。宗忠だけは沖の方をじっとみつめたまま、ゆっくりと酒を飲んでいる。

「お頭!」と新五郎が突然、叫んだ。「舟がやって来ますぞ」

 宗忠も彦次郎も新五郎が指さす方を見つめた。

「おう、確かに舟じゃ」と今度は彦次郎が叫んだ。

「とうとう、生まれたか‥‥‥」宗忠は立ち上がった。「旗は見えるか」

「白です」と新五郎も立ち上がりながら言った。

「本当か、わしにはよう見えんぞ」宗忠は目の上に手をかざして遠くの舟を見つめた。

 『小早こばや』と呼ばれる小船はみるみる近づいて来た。

「確かに白じゃ、男じゃ‥‥男じゃ‥‥」宗忠は嬉しそうに新五郎の肩をたたいた。

「お頭、おめでとうございます」新五郎は風に揺らめく白旗を見つめながら言った。

「よかったのう」と彦次郎は左手に持った太刀を振り上げた。

「兄上、男の子ですぞ!」と『小早』から弟の次郎長忠が叫んだ。

「でかしたぞ!」宗忠は叫ぶと素早く腹巻をはずし、太刀もはずして海の中に飛び込んだ。

「お頭!」新五郎と彦次郎は大将の突然の行動に唖然としている。

「どうする」新五郎は彦次郎の顔を見た。

「当たり前じゃ」と彦次郎は太刀を置くと、宗忠を追って海に飛び込んだ。

 新五郎も負けずと飛び込む。

 宗忠は『小早』に向かって泳いでいる。お頭に続けと新五郎も彦次郎も泳いでいる。

 『関船』の上では、三人が海に飛び込む音に、「何事じゃ」と飛び出して来た者たちが、近づいて来る『小早』の白い旗を見つけ、喜び、騒いでいた。中には調子に乗って海に飛び込む者も何人かいる。

 上空ではとびが気持ち良さそうに飛んでいた。

 愛洲太郎左衛門宗忠の長男は『太郎』と名付けられた。

 


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陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

風眼坊舜香

 

 

 雲一つない日本晴れの秋空だった。

 見晴らしのいい山の頂上に山伏やまぶしが一人、風に吹かれて座わり込んでいる。

 眼下には穏やかな青い海が広がり、東北には富士の山が神々しく、そびえている。

 ここは駿河の国(静岡県)久能山。

 古くは山中に天台宗補陀落山久能寺がいらかを並べて栄えていたが、南北朝の頃、全山が焼かれ、今は荒れ果てていた。

 夏の間、伸び放題に伸びていた草が風に吹かれて揺れている。

 山伏は海の方に向かって座ってはいても、海を見ているようでもなく、時々、右を向いては手に持った頑丈そうなしゃくじょうを鳴らし、左を向いては、また錫杖を鳴らしていた。

 この山伏が持っている錫杖を菩薩ぼさつ錫杖といい、杖の先に金属製の六つの円環がついている。この六輪は布施、持戒、忍辱にんにく精進しょうじん禅定ぜんじょう知慧ちえ六波羅密ろくはらみつを示しているという。

 山伏が錫杖を振るたびに、その六輪は神秘的な音を風の中に響かせていた。

 康正元年(一四五五年)、右の方に目をやれば、奈良、京都、山城の国(京都府)では土民らが徳政を求めて蜂起し、しかも、幕府の首脳、管領かんれい家の一つ、畠山氏は相続問題で分裂して合戦を始めていた。時の将軍、足利義政はそれらを取り締まるだけの力を持ってはいなかった。

 左の方に目をやれば、関東。そこでも、鎌倉公方くぼうの足利成氏しげうじと関東管領の上杉氏が争いを始め、回りの豪族たちもこれに巻き込まれて、あちこちで戦が始まっていた。

「さて、どうするかのう」と山伏は独り言を言った。

 この山伏、名を風眼坊ふうがんぼう舜香しゅんこうといい、大和の国(奈良県)大峯山の修験者しゅげんじゃである。

 長い髪が風に吹かれて揺れている。兜巾ときんの下の彫りの深い顔はまだ若い。頑丈そうな長い太刀を腰に差していた。

 四年前、大峯山を出てから、三年余りは近江おうみの国(滋賀県)のはん道山どうさんにいた。今年の春に旅に出て、諸国を行脚あんぎゃしている。北陸を経て、関東を一回りして、富士の山に登り、今、久能山にいるわけだが、さて、これからどうするか、それを座り込んで考えているのであった。

「まだまだじゃ」と言うと法螺貝ほらがいを口にあてた。

 二、三度、法螺貝を短く鳴らすと、風眼坊は海に向かって思い切り吹き始めた。

 風眼坊舜香、一応、僧侶らしい名前だが完全な僧ではなく、半僧半俗、あるいは、非僧非俗であった。彼らは山伏というより、先達せんだつひじり聖人しょうにん行者ぎょうじゃなどと呼ばれ、一般庶民の不可能と思われる事を可能にしてくれる、大した人間であると仰望ぎょうぼうされていた。人の入り込まない山奥に籠もって荒行をして、指で不思議ないんを結び、真言しんごんを唱え、治病や魔よけ、盗賊よけ、雨乞いなどの加持かじ祈祷きとうをおこなった。また、魔法じみた事をやり、人々を惑わしたりする者も中にはいたという。

 法螺貝を口から離すと風眼坊は立ち上がり、「しばらくは昼寝じゃな」とポツリと言った。「久し振りに、お光の顔でも見ながら、のんびりするか‥‥‥」

 風眼坊は富士山を見上げると、錫杖を鳴らしながら山を下りて行った。

 


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陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

水軍剣法

 

 

 愛洲太郎左衛門宗忠の長男、太郎は七歳になっていた。

京都や奈良では土民や馬借らが蜂起し、民家や寺は焼かれ、庶民は逃げ惑っていても、ここ、五ケ所浦はまだまだ平和だった。現世げんぜ利益りやくと極楽往生を願い、熊野詣で、伊勢参りの旅人たちが行きかっていた。

 太郎はそんな平和な町で、のびのびと育っていた。毎日、近所の子供たちと真っ黒になって海で遊んでいる。代々、水軍の家柄だけあって、泳ぎは教わらなくても自然に覚えてしまい、朝から晩まで海に行って遊んでいた。

 後の江戸時代の武士とは違い、武士の子は武士らしくなどと言って、枠にはめて育てるという事はまだなく、町の子供たちと一緒になって遊び回っていた。

 今年になって、春から祖父の白峰より剣と槍を習い始め、祖母より読み書きを習い始めた。四歳になる次郎丸という弟や昨年、生まれたばかりのみおという妹もできた。

 今日も太郎は木剣を振っていた。

 この頃はまだ、後のように剣術の流派などなく、ほとんどが力にまかせて相手を打つというものだった。お互いによろいに身を固めていては、そうやたらと斬れるものではない。しかも、馬上での戦いでは、片手だけで太刀を操らなければならない。三尺余りもある太刀(刃渡りが一メートル近くある太刀)を片手で使うには、力がなければ話にならなかった。

 しかし、水軍の剣法は陸の戦とは少し違っていた。まず、重い鎧は身に付けなかった。狭い船内で、しかも、揺れる船上でも活動しやすいように、邪魔になる物は一切省き、軽量の兜と腹巻を身に付けるだけであった。海の戦では陸とは違い、敵の兜首を取ったり、一番槍というものはなく、敵船に近づいたら槍や長柄の太刀で敵を海にたたき落とすというやり方だった。

 狭い船上での戦いなので、やたらと振り回す薙刀なぎなたを使う事はなく、もっぱら槍が使われた。槍も普通のとは違い、十文字の槍を使った。十文字と言っても刃が三方に付いているのではなく、横に飛び出ているのには刃は付いていない。ただの鉄の棒になっている。一尺弱の鉄の棒で、それを利用して敵を引っかけ、海にたたき落としたり、刀のつばのような役割も果たした。

 剣の使い方も陸とは違った。足場が不安定なため、しっかりとバランスを取らなくてはならない。しかも、お互い鎧で完全武装しているわけではないので、斬る所はいくらでもある。バランスを崩した事が、命取りになるという事が何度もあった。

 鎧に身を固めて使う剣法の事を介者かいしゃ剣法という。それに対し、鎧をはずして使うのを素肌剣法と言った。

 介者剣法では重い鎧を着ているため、動きも自由ではなく、腰を低く構え、斬る所にも制限がある。首を斬るには太刀を兜と鎧の隙間に突き入れなくてはならず、表籠手も鉄板や鎖でおおわれているので内側を狙わなければならない。その他、狙える所は鎧の胴と草摺くさずりを繋ぐ糸の部分、足は佩楯はいだての間から内股を突く位であった。戦国時代のこの当時は皆、この介者剣法である。やがて、江戸時代になって戦がなくなり、平和になるに従って、素肌剣法へと発達していく。しかし、水軍の剣法は早いうちから素肌剣法に近いものだったのかもしれない。

 太郎は祖父、白峰を相手に木剣を振っていた。

「エーイ!」と太郎は掛声と共に白峰に打ちかかる。

 白峰は太郎の木剣を受けると払い落とし、そのまま、太郎の両腕を打つ真似をした。

「もう、お前の両腕はないぞ。どうする」と白峰は太郎に聞いた。

 太郎は自分の両腕の上で止まっている白峰の木剣を見つめていたが、「エイ!」と掛声をかけ、白峰の木剣を自分の木剣で打ち上げた。

 愛洲白峰‥‥‥かつては、愛洲水軍の大将として、熊野から志摩にかけて名を轟かせていた。『愛洲の隼人はやと』と言えば海の猛者たちの間で恐れられ、また、尊敬もされていた。

 八年前の戦の時、左脚に矢を射られ、射られた場所が悪かったとみえて、それ以来、左脚が自由にならなくなった。歩くにはたいして気にならないが、船上で自由に動き廻る事は難しくなった。それでも、水軍の大将として頑張っていたが、孫の太郎も生まれ、息子の宗忠も一人前になったので『隼人正』の名を宗忠に譲り、二年前から隠居して白峰と号していた。

「お爺ちゃん、もう手が痛いよ」と太郎は木剣を構えたまま白峰を見た。

「太郎、そんな事じゃ大将にはなれんぞ」

 白峰は太郎の頭めがけて木剣を打った。

太郎はかろうじて、木剣でそれを受け止めた。

「よし、今日はこれまでにしておくか」

 二人は木剣を引き、互いに礼をかわした。

「太郎、剣術は好きか」と白峰は海の方を見ながら言った。

「はい」と太郎も海を見ながら答えた。

「そうか、好きか‥‥‥」

 のんびりとした春の海だった。

 ちょうど旅人たちを乗せた船が、愛洲水軍に守られながら熊野に向かって出て行くところだった。船旅の無事を願う法螺ほら貝や太鼓の音が港の方から賑やかに聞こえて来た。

「ねえ、お爺ちゃん、もうお船に乗らないの」

「うん、そうだな‥‥‥お前、船に乗りたいのか」

「うん、乗りたい」

「そうか、今度、お父さんに頼んで乗せて貰おう」

「ほんと?」と太郎は白峰の袖を引っ張った。

「ああ、本当だとも」白峰は太郎の肩を抱いた。

「わぁい、お船に乗れる。あの、お父さんが乗っている大きいお船がいいや」

「大きい船でも小さい船でも、何でも乗れるさ」

「ねえ、いつ? いつ乗れるの」

「それは、お父さんに聞いてみないとわからんよ。お父さんもお仕事が忙しいからな」

「早く乗りたいな‥‥‥ねえ、遊びに行っていい?」

「ああ。じゃが、気をつけるんじゃよ。海を甘くみちゃいかんぞ」

「大丈夫だよ」

「お前も海のように大きくなるんだぞ」

「海のように?」

 太郎はきょとんとした顔で白峰の横顔を見ていたが、やがて、木剣を白峰に渡すと外に駈け出して行った。

 白峰は目を細くして孫の後姿を見送った。

 


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陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

寛正の大飢饉

 

 

 異常気象が続いていた。

 長禄三年(一四五九年)、春から夏にかけて雨が全然降らず、日照りが毎日続いた。

 秋になると畿内を中心に大暴風が襲来した。賀茂川は大氾濫し、民家を流し、京中の溺死者だけでも相当な数にのぼった。しかも、京都への輸送が麻痺して米価が暴騰し、餓死者も続出した。その結果、京都、大和の土民が徳政を求めて蜂起した。

 ――一揆である。

 しかし、それだけでは治まらなかった。

 翌年も、春から初夏にかけて雨が一滴も降らず、日照りが続いた。あちこちで農民たちが、わずかな水を求めるために血を流していった。夏になると一転して長雨が続き、異常低温となり、夏だというのに人々は冬の支度をしなければならなかった。そして、秋には、また大暴風が吹き、おまけにいなごが大発生して田畑は全滅という悲惨な状態となった。山陽山陰地方では夏頃から食糧がまったくなくなり、人が人を食うという餓鬼がきどうまで出現していた。

 十二月二十一日に年号を長禄から寛正かんしょうと改元したが、それは気休めに過ぎなかった。

 年が改まった寛正二年、それは全国的に食糧不足で始まった。

 京の都では、町のあちこちで餓死者が山のように重なりあっていた。村を捨て、都に出て来た者もかなりいたが、京に出て来たとしてもどうなるものでもなかった。町中に乞食こじきがあふれていた。

 賀茂川では河原も水の中も餓死者の死体で埋まり、水の流れはふさがれ、屍臭が鼻をついた。この時、京都の餓死者は八万二千人にも達したと言われている。

 秋になって、ようやく飢饉ききんも下火になって行ったが、今度は疫病が流行り、死者の数が減る事はなかった。

 幕府はこの大飢饉に何の対策もしなかったばかりでなく、幕府の中心をなす管領かんれい家の一つ、畠山家では、この飢饉の最中にも山城、河内、大和などで家督争いの合戦を繰り返していた。将軍、義政は飢饉など、まったく無関心に日夜、酒宴を開き、寺参りや花の御所の復旧工事、庭園造りなどに熱をあげていた。

 この時期、何らかの対策を行ったのは時宗のひじりたちだけであった。彼らは飢えた人々にあわがゆを炊き出し、施しを始めた。やがて、食糧も尽き果て施しができなくなると、今度は行き倒れた人々や流民るみん小屋で死んで行った人たちの死体を賀茂川の河原に運んで、丁寧に葬ってやっていた。

 

 今日も一日、暑かった。

 すべてが乾燥していた。

 ここは京の都‥‥‥

 しかし、今、これが都と呼べるのだろうか‥‥‥

 確かに、人の数は多い‥‥‥

 が、まともな人間はほんのわずかであった。人間だけでなく、生命いのちある物たち、すべてが、かろうじて生きているという有り様だった。

 一揆のために焼かれ、無残な姿を残すこの寺の門の回りにも、かろうじて生きている生命たちが集まっていた。皆、骨と皮だけになった乞食たちである。生きているのか、死んでいるのかわからない者たちが、じっと、うづくまっている。

 その中に、大峯山の修験者しゅげんじゃ風眼坊ふうがんぼう舜香しゅんこうのやつれた姿もあった。頑丈なしゃくじょうだけを場違いのように持ってはいるが、あとは、まったく乞食と同じ格好だった。髪も髭も伸び放題の青白い顔に目だけをぎょろつかせ、あたりを睨んでいる。

 風眼坊は痩せ細った体をゆっくりと持ち上げ、錫杖にすがるように立ち上がった。

「兄貴、どこ行くんや」と風眼坊の横で寝そべっていた乞食が情けない声を出した。「どこに行ったかて、食うもんなんかあらへん。余計に腹が減るだけや。寝てた方がましやで」

 風眼坊はその声には答えずに歩き始めた。

 手に持った錫杖の音までも情けなく、あたりに響き渡った。

 あれから風眼坊は大和の国(奈良県)に向かい、しばらくは熊野の山の中の小さな村に住む、お光という女のもとでのんびり暮らしていた。その後、吉野に行ったら、南朝の皇胤こういんというのが突然、現れて吉野の金峯山寺きんぷせんじと争いを起こした。風眼坊もその合戦に巻き込まれ、薙刀を振り回して暴れ回っていた。その合戦の片が付くと、葛城山かつらぎさんに籠もり、下界の一揆騒ぎを高みの見物していた。それに飽きると、また旅に出て、伊賀(三重県北部)、近江(滋賀県)のあたりをブラブラしていたが、飢饉になると、ひょっこりと京にやって来たのだった。

 賀茂川まで来ると、風眼坊は四条の橋の上から餓死者の群れを眺めた。

 それは異常な風景だった。それらはあまりに多くて、とても人間のしかばねとは思えなかった。鼻をつく屍臭さえ気にならなかったら、それらは単なる自然の造形、当たり前のように、そこにある物と錯覚してしまう程、なぜか、違和感を感じさせなかった。

 数人の時宗の坊主が小さな木片の卒塔婆そとばを死者一人一人に配って、念仏を唱えていた。

 今日も一日が暮れようとしている。

 死者の山に夕日が当たり、地獄絵さながらに真っ赤になった。

 とにかく、今日一日は無事に生き延びる事ができた‥‥‥風眼坊は心の中で、そう感じていた。明日の事など考える事もできなかった。

 風眼坊は橋の上から無残な屍たちに法華経ほけきょうを唱え始めた。それは無意識の内の行動だった。心の奥底から自然と涌いて出るお経だった。

 風眼坊は我も忘れ、法華経の中に入って行った。

 どれ位、時が経っただろうか‥‥‥

「小太郎ではないか」

 誰か、風眼坊に声を掛ける者があった。

 小太郎‥‥‥それは風眼坊が出家する前の名前だった。自分の名前ではあるが、最近、その名前で呼ばれた事はない。懐かしい響きを持っていた。

 風眼坊が振り返ると、そこに一人の武士が立っていた。

「やはり、小太郎だな」と、その武士は笑いながら言った。

「新九郎か‥‥‥」風眼坊は武士の姿を上から下まで眺めながら、懐かしそうに笑った。

「どうやら、お前も本物の坊主になったらしいな」新九郎と呼ばれた武士は乞食同然の格好をした風眼坊を皮肉るような口調で言った。

「ふん、お前も立派な武士になったもんじゃな」風眼坊も皮肉っぽく言った。

 新九郎は確かに立派な武士らしかった。この時勢にまともすぎる、なりをしていた。

「ふん、つまらんよ」新九郎は吐き捨てるように言うと橋の手摺りに手をつき、川の方に目をやった。

「ひでえ世になったもんじゃな」と風眼坊がポツリと言った。

「ああ‥‥‥みんな、腐っておる」新九郎は眉間にしわを寄せて、目の前の風景を見つめた。

「何年振りかな‥‥‥」と風眼坊が言った。

「さあな‥‥‥」

「国を出てから、もう十二年じゃ」

「十二年も経つのか‥‥‥早いもんじゃな」

 二人とも夕日に照らされた死体の山を見つめながら、ポツリ、ポツリ会話をかわしていた。

「今、何やってる」と風眼坊が聞いた。

「くだらん事さ‥‥‥嫌気がさしてきてな‥‥‥そろそろ飛び出そうかと思っている」

「どこへ」

「さあな‥‥‥」

「まだ、早いぜ」

「分かってるさ」新九郎は苦笑すると、「いつから、京にいるんだ」と風眼坊に聞いた。

「ここ、一年はいるな」

「ふん、相変わらず、物好きだな」

「まだ、俺の出番がねえだけさ」

「お前は昔のままだな」

「お前もな」

「いや、最近、俺は自分自身がいやになって来ている」と新九郎は顔を歪めた。

「まだ、あそこにいるのか」と風眼坊は聞いた。

「ああ‥‥‥久し振りだ、飲むか」

「飲む?‥‥‥あるのか」

「あるわけねえ‥‥‥が、ある所にはある」

「ある所にはあるか‥‥‥うむ、久し振りに飲むか」

 風眼坊舜香と伊勢新九郎は暮れかかった町の方に歩き出した。

 東の空に赤い、おぼろ月が霞んでいた。

 


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陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

五ケ所浦

 

 

 

 

 秋晴れの空に、ポッカリと白い雲が一つ浮かんでいる。

 入り組んだ入江の中、海は穏やかだった。

 今、熊野からの商船が入って来たばかりで港は賑わっていた。

 人々が忙しそうに動き回っている。船からの積み荷が降ろされ、そして、別の荷物が船の中に運ばれていた。船から降りた客たちはあたりを見回しながら、連れの者と話を交わし、城下町の方へと流れて行った。

 五ケ所浦の城主、愛洲伊勢守いせのかみ忠行の城は城下町を見下ろす丘陵の上に建っていた。のちに言う本丸に相当する詰の城が丘の頂上にあり、北方と西方は五ケ所川の断崖に接し、東は断層をなし、濠をめぐらし、南が大手門となっている。居館は丘の中腹にあり、城全体を守るように深い外濠がめぐらされてあった。

 その城の北には浅間権現を祠る浅間山があり、東には馬山があり、北西にはアカガキリマと呼ばれる山々が連なり、五ケ所浦を守っていた。

 城下町は城の大手門に続く大通りと海岸沿いに走る街道、港から五ケ所川に沿って伊勢神宮へと続く街道を中心に栄えていた。城の周辺には武家屋敷が並び、港の周辺には宿坊や蔵が並び、市場もあった。

 水軍の大将、愛洲隼人正宗忠の城は五ケ所浦の城下から南に二里程離れた田曽浦にあり、田曽岬の砦から海を睨み、五ケ所浦の入り口を押えていた。太郎もその城で生まれたが、今はそこにはいない。隠居した祖父、白峰と共に五ケ所浦の城下町にある屋敷で暮らしていた。白峰の屋敷は城下の東のはずれにあった。志摩の国へと続く街道に面していて浜辺の側だった。

 五ケ所浦は比較的、平和だった。何度か、暴風雨には見舞われたが、京や奈良のように飢饉に襲われ、一揆に悩まされるという事はなかった。

 京ではようやく、寛正の大飢饉は治まった。それでも相変わらず、土一揆がひんぱんに起こり、河内の国(大阪府南東部)では、未だに畠山氏が合戦を繰り返している。

 ここ、五ケ所浦で太郎は平和に暮らしていた。

「えい!」

「やあ!」

 太郎は同い年の大助と浜辺で剣術の稽古をしていた。

 大助は船越城を守る愛洲主水正もんどのしょう行成の息子である。太郎が水軍の大将の伜で、大助は陸軍の騎馬武者の大将の伜だった。後の愛洲氏を背負って立つ二人であるが、今はまだ、そんな事は知らない。毎日、仲間たちと一緒に海や野を走り回って遊んでいた。

 今も、水軍の子供達と陸軍の子供達が、どっちが強いかという事で言い争いになり、それでは一騎打ちをやろうという事になった。水軍からは太郎、陸軍からは大助が選ばれ、戦さながらに、「我こそは、誰々‥‥‥」と叫び、木の棒を構えている。

 他の子供たちは二手に別れ、ワイワイはやしたてながら眺めていた。

 太郎は祖父、白峰より剣術、槍術、馬術、弓術を教わり、かなり上達していた。しかし、まだ十一歳の子供である。毎日、武術の稽古はしているが遊びの方が忙しい。まだ、それ程、真剣にやっていたわけではなかった。

 太郎と大助はお互いに掛声をかけると剣を構えたまま、相手に近づいて行った。エイエイと何度も打ち合った。やがて、「痛い!」と太郎が叫ぶと、太郎が持っていた棒が空高く舞い上がった。

 見ていた子供達はワイワイ叫んだ。

「よし、今度は船の上で勝負だ」と太郎は左手を押えながら言った。

 その時、城下の方から槍や薙刀をかつぎ、武装した騎馬武者が五、六人、勢いよく街道を走り去って行った。その後を十人位の兵たちが同じく武装して走って行った。

「何だろう」と太郎は武者たちの去って行く方を見ながら言った。

「盗賊が捕まったんじゃないのか」と大助は言った。

「ああ、そうか」と太郎は頷いた。

 最近になって、ここ、五ケ所浦にも得体の知れない人相の良くない食いつめ浪人共が入って来ていた。食いつめ浪人だけでなく、乞食や浮浪者の数も増えて来ている。城下に入る道々の警戒は厳しくなっているが、彼らはどこからか山づたいに入って来て、増える一方だった。

「早く、続きをやろう。どこで、やったって俺の勝ちだ」と大助は腕を組みながら言った。

 浜辺にあった小舟に二人は乗ると海に出た。

「よし、この辺でいいだろう」

「よし、やるか」

 二人は小舟の上で棒を構えて立った。

 太郎は平気で立っているが、大助はバランスを取りながら立っているだけが精一杯で、棒を構える所ではなかった。太郎がちょっとでも舟を揺らすと、大助は舟から落ちそうになった。

「いくぞ!」と太郎は声をかけた。

「ちょっと待て」

 大助は小舟のへりに手をかけ、やっと立っていた。うまくバランスを取り、どうにか棒を構えると、「いいぞ」と言ったが、太郎が気合と共に近づいて来ると舟は揺れ、大助はそのまま海に落ちてしまった。

 浜辺では見ていた子供達がワイワイ騒いでいる。

 大助は海に転んだまま、「負けたよ」と言った。

「これで、あいこだな」

 見ていた子供達も海の中に入って来て、今度はみんなで小舟の上で相撲をとろうという事になり遊び始めた。

 

 

 

 こんもりとした低い山々が五ケ所浦を囲んでいる。

 あちらこちらに色づいた紅葉が目立ち始めて来ていた。

 ところどころに白い雲が浮かんでいるが、秋晴れのいい天気だった。

 とびが数羽、気持ち良さそうに飛び回っている。

 太郎は山を登っていた。

 最近は海へは行かず、山の中を歩き回っている。そして、山に登る時はいつも独りだった。

 太郎も十四歳になり、いつまでも仲間たちと遊んでいる年ではなかった。やがて、元服げんぶくして父と共に船に乗り、水軍として活躍する事を知っていた。自分も父のように水軍の大将として強い海の男になる事を、いつも夢見ていた。海に出てしまえば、なかなか山にも登れなくなるだろう。

 でも、それだけではなかった。樹木や草におおわれた薄暗い細い道を登ったり、岩肌をよじ登ったりして、ようやく山頂にたどり着くと急に視界が開け、町や海を遠くまで見下ろせるのが何とも言えず爽快だった。しかも、海の反対の方を見れば、山々がずっと向こうの方まで連なっている。初めて山頂からそれらの山々を見た時、太郎は本当にびっくりした。

 五ケ所浦で遊んでいた頃、海は大きくて、ずっと遥か向こうまで続いている。その事は知っていた。そして、自分もいつか、船に乗って遥か沖の方まで行くのだと思っていた。しかし、五ケ所浦を三方から囲んでいる山々の向こうが一体どうなっているか、など考えた事もなく、ただ漠然と山の向こうに伊勢神宮があり、そのまた、ずっと向こうに京の都があるという事を知っているだけだった。

 ところが、山の頂上に登ってみても、お伊勢様どころか、京の都など、まったく見えなかった。見えるのはただ、山、山、山のみだった。どこを見ても山がいくつも連なっている。それは海と同じように、ずっと広く大きかった。

 太郎は汗をかきながら山頂にたどり着くと、辺りを見回した。

 五ケ所浦の城下町は南東の方に小さく見えた。父の乗っている関船も沖の方にポツンと見える。何艘かの小早が海上を滑るように行き来していた。

 太郎はすでに五ケ所浦を囲む山々はほとんど登っていた。

 この辺りには大して高い山はない。ほとんどが二百メ-トルから四百メ-トル位の山々だった。一、二時間もあれば、すぐに登る事ができる。しかし、どの山も必ずしも眺めがいいというわけではなかった。むしろ、山頂に木が生い茂り、薄暗く、回りの風景など見る事ができない山の方が多かった。

 この当時、山は神霊が宿る神聖な場所とされていた。普通の人々にとって山は近寄るべき所ではなく、まして、誰も登ったりはしない。古くから信仰の対象となってきた山だけが名前もあり、山頂に神を祀るために登山道もついていた。

 五ケ所浦にも一つだけ、そんな山があった。

 城の丁度、真後ろにある円錐形の山である。大して高い山ではないが、海の方から城下町を見ると中程にポツンと飛び出た、その山は目を引いた。いつ、誰が登ったのかわからないが、山頂に小さなほこらがあり浅間権現が祀ってあった。富士山の修験者しゅげんじゃがこの五ケ所浦に来た時、この山を小さな富士山と見て、祀ったものだろう。太郎も、その浅間山には一番初めに登った。予想に反して、その山の頂上は木が生い茂っていて眺めは良くなかった。

 太郎が今いる山は眺めも良く、山頂あたりが少し広くなっていて日当たりもよく、一番、気に入っていた。

 太郎は山頂に座ると汗を拭きながら、隣に見える山を眺めていた。

 山頂あたりに岩肌が飛び出していて、何となく面白い山だと思った。ここから見れば、すぐに行けそうな程、近くに見える。

 汗がひくと太郎は、その山を目がけて山を下り始めた。

 道などはない。

 木が生い茂っていて回りも見えない。目指す山の方向を頭に入れ、とにかく、その方角を目指した。しかし、山の中を真っすぐ進む事は大変な事だった。急な所は木を頼りに、それにつかまりながら下りて行った。岩場に出れば、それを迂回しなければならない。伸び放題の草やつる、蜘蛛の巣や虫などに悩まされ、やっとの思いで、どうにか山を下りる事ができた。

 そこには沢が流れ、小さな滝が水しぶきを上げていた。

 沢は細いが流れは急だった。

 沢の向こうは木が生い茂っていて薄暗い。そこを登っていけば目指す山だろうと思うが、はっきりと分からない。

 とにかく、喉が渇いたので沢の水を飲む事にした。水は冷たくてうまかった。水を腹一杯、飲むと太郎は空を見上げた。

 青空が眩しかった。

 ‥‥‥静かだった。

 沢の上流の方を見ると薄暗く、何となく気味が悪かった。下流の方は大きな岩が立ちはだかっていて先が見えない。

 急に心細くなってきた。

 その時、後ろでガサガサと音がした。

 太郎はビクッとして刀に手をかけた。刀といっても太刀ではない。小刀である。祖父から貰った物で、あまり斬れは良くないが頑丈にできていて、山で木やつるを斬ったりするのには役に立った。

 熊か‥‥‥と太郎は思った。

 今まで熊に会った事はない。しかし、祖母や母から、山には鬼や熊がいるから行ってはいけないとよく聞かされていた。鬼などはいないと知っているが熊はいるとも知っていた。

 太郎はおそるおそる振り返ってみた。

 女の子が木切れを背負って、ちょこんと立っていた。

 女の子は無邪気な顔で笑っていた。太郎は腹が立っていた。こんな女の子に驚かされた自分に腹を立てていた。

「なんだ、お前は」と太郎はぶっきらぼうに言った。

 女の子はそれには答えず、大きな目で太郎をじっと見つめ、「おめえはお侍さんやな」と言った。

「ああ、俺は愛洲の水軍の大将じゃ」太郎は胸を張って答えた。

「嘘や」と女の子は首を振った。「おめえは大将じゃねえ」

「ほんとだ。今はまだ違うけど、もうすぐ、なるんだ」

「ふうん‥‥‥おめえ、えれえんやね」

 女の子は感心しながら太郎を見ていた。

 太郎も悪い気がしなかった。

 女の子の名前は小春といった。

 この沢の少し下流の方に住んでいるという。沢の回りで木を拾っていたけど、人の気配がしたので隠れていた。でも、太郎が自分と同じ子供だったので安心して出て来たのだと言った。

 太郎は小春の白い顔を珍しそうに見ながら、小春の話を聞いていた。

 太郎が知っている女の子は、みんな、日に焼けて黒い顔をしていた。小春のような透けるように白い顔は見た事がなかった。小春は色が白いだけでなく、目がクリッと大きく、鼻筋の通った綺麗な顔立ちをしていた。

 太郎は山に登る事などすっかり忘れ、小春に見とれていた。

 二人は沢のふちの岩に腰を下ろし、お互いの話に夢中になっていった。

 太郎は小春に聞かれて、五ケ所浦の事や海の事を話した。小春は五ケ所浦にも行った事はないし、海も見た事ないと言った。

 太郎には不思議に思えた。山を一つ越せば、五ケ所浦だって、海だって、すぐそこにある。小春が生まれてこのかた、この沢の付近しか知らないという事が、太郎にはとても信じられなかった。

「あら、いけない。もう、帰らないと怒られる」と小春は慌てて立ち上がった。

「送って行く」と太郎は言った。今まで、女の子にそんな事を言った事はなく、自分でも不思議だった。

「いいだ」と小春は言って首を横に振った。

「なぜだ」と太郎は聞いた。

「怒られるだ」

「どうしてだ」

「知らん。でも、お侍は何をするか分かんねえから近寄っちゃなんねえと‥‥‥」

「俺は何もしないぞ」

「うん。おめえはいい人や」と小春は木切れを積んだしょいこを背負った。

「重くないのか」

「重いけど、もう慣れただ」と小春は笑った。

 太郎も笑った。

 小春は歩き出した。

 太郎は小春の後ろ姿を見送っていた。

 小春は振り返り、「また、会えるだか」と聞いた。

「うん‥‥‥明日、また、ここに来る」と太郎は答えた。

「うん」小春は頷いて笑うと、急いで沢を下りて行った。

 チョコチョコと沢を下りて行く小春の後ろ姿を見ながら太郎は笑っていた。

 次の日、太郎は小春と一緒に山に登り、小春に海や城下町を見せてやった。

 小春は初めて見る海の広さに驚き、城下町の賑やかな家並みや湾に浮かぶ船など、見る物、すべてが珍しく、太郎に色々と聞いては大きな目をさらに大きくして驚いていた。

 太郎の言う事を一々感心して聞いている小春を見ているのは楽しかった。

 小春は喜んでいた。

 太郎は小春から色々な山の花や草の名前を教えて貰った。山の中には色々と食べられる草や実がある事も小春は知っていた。

 小春に会う事が太郎の日課となった。毎日、会いに行けるわけではなかったが、家の者に無断で飛び出して行く事も何度かあった。

 毎日、毎日がウキウキして楽しかった。

 

 

 

 翌年、文正元年(一四六六年)春、桜が満開に咲き誇る頃、太郎は元服した。

 名前もただの太郎から、愛洲太郎左衛門久忠という重々しい武将らしい名前に改まった。太郎が生まれた愛洲家では代々、元服した時に熊野の三所権現に詣でるという習わしがあった。

 太郎も元服の式が終わると、父親から貰った真新しい腹巻と立派な太刀を身につけ、小姓こしょうに槍を持たせて父の船に乗り込んだ。

 頭の上に載っている慣れない烏帽子えぼしが潮風に揺れた。

 今までも『安宅船あたけぶね』と呼ばれる、この大型の軍船に乗った事はあるが、沖の方まで出るのは初めてである。目の前に広がる大きな海を目指して、気持ち良く進んで行く軍船の船首に父と一緒に立っていると、自分も今日からは一人前の大人なんだという実感が胸の底から込み上げて来た。

「よく、見ておけ」と父、宗忠が言った。「いいか、このでっかい海が、これからのお前の舞台だ。戦場だ。死ぬも生きるも、泣くも笑うも、すべてが、この海の上だ」

 太郎は父親を見た。

 父親は目を細めて静かに海を見つめていた。その横顔には水軍の大将としての威厳と力強さがこもっていた。

 俺も父親のような海の大将になる‥‥‥と太郎は心の中で強く決心をした。

 熊野灘は珍しく荒れていた。

 波しぶきを浴びながらも太郎は父と共に揺れる船首に立っていた。穏やかな海よりも荒れている海のほうが、かえって、今日の元服の門出にふさわしいと思った。

 船は揺れながら進路を南にとり、紀伊半島を回り、田辺湾に入って行った。

 田辺に着くと先達せんだつと呼ばれる山伏が待っていた。太郎もその山伏には何度か会った事があった。

 五ケ所浦には熊野の先達や伊勢の御師おんしと呼ばれる人たちが数多く出入りしていた。彼らは地方に行って熊野詣でや伊勢参りの宣伝をしたり、参詣者たちの道案内や宿屋の提供などをしていた。太郎を迎えた『無音坊玄海』という先達はよく、祖父、白峰の屋敷に出入りしていた。

 熊野詣でと言うのは熊野本宮大社、熊野速玉大社(新宮)、熊野那智大社の『熊野三所権現』を参詣するもので、古くは、ここ熊野は観音の浄土と考えられていた。やがて、阿弥陀信仰が盛んになると阿弥陀の西方浄土に当てられ、貴族たちが現世利益と死後の極楽往生を求めて熊野詣でをするようになった。鎌倉時代になると、その信仰は武家の間に広まり、さらに室町時代では民衆たちの間にも根を下ろして行った。当時、『蟻の熊野詣で』と言われ、お伊勢参りに匹敵し得る程の多数の参拝客を集めていた。

 太郎は父と別れ、船を降りると無音坊に連れられて光明院という寺に入り、無音坊から熊野の事について色々と聞かされた。

 ここ、光明院は地方から来た参詣客のための宿泊所で宿坊しゅくぼうと呼ばれ、山伏の装束をした人たちで、ごった返していた。

 次の日、太郎も山伏の格好に着替えさせられた。鈴繋すずかけという白い浄衣を着て、ゆい袈裟げさをかけ、兜巾ときんを頭にのせ、脚に脚半を巻き、八目の草鞋を履いた。『いらたか』という念珠を手に持ち、金剛杖を突き、無音坊の後に従った。

 田辺から山の中に入り、本宮に向かう道を『中返路なかへじ』と言い、また別名『小栗街道』とも言った。時宗の遊行ゆぎょう上人しょうにんたちが『小栗判官ほうがん』という物語を作り、熊野を宣伝して回ったため、そう名付けられた。

 『かったい』『がきやみ』、今でいうハンセン氏病(癩病らいびょう)患者の事であるが、白布で顔や手を包んで柿色の衣を着た彼らが熊野には随分と群がっていた。彼らは人々から嫌われ、一般の人々の中に住む事が許されず、寺社の近辺に隠れてひそかに生きていた。熊野権現は古くから他の寺社と違い、不浄を嫌わずという事で、彼らは救いを求め、皆、ここに集まって来ていた。

 『小栗判官』という物語は『かったい』になった判官が土車に乗り、道行く人々の善意によって険しい山々をいくつも越え、本宮の近くの湯の峰という温泉にたどり着き、熊野権現の介抱によって病が治り、健康な体に戻って再生するという物語である。

 その『小栗街道』を太郎は無音坊と共に歩いている。道中には『九十九王子』といわれる熊野の若宮が祀ってあり、それを一つ一つ拝んでは進んで行った。太郎も訳がわからないまま、無音坊の教える真言しんげんを唱えては無音坊の後に従った。

 本宮、那智、新宮と七日がかりで太郎の熊野詣では終わった。

 七日間の山歩きはかなり厳しかったが、太郎はますます山の不思議さ、神秘さに引かれていった。本宮から、さらに奥に入ると大峯という山々があり、その山の中を通り抜けると吉野という所に出る。無音坊はそこを通って、二度、吉野まで行った事があると言った。

「いい所じゃ‥‥‥」と無音坊がしみじみと言ったのを、太郎は後々まで印象深く憶えていた。

 新宮に着くと父、宗忠がすでに待っていた。

 七日間、山を歩き回っていた太郎にとって、熊野灘の海と父の軍船、そして、海の匂いのする父に会うのは懐かしく思われ、嬉しかった。

 その晩、太郎は父たちと一緒に酒を酌み交わして元服を祝った。大人になった気負いもあったせいか、太郎は慣れない酒を飲み過ぎて酔っ払ってしまった。

 気がついた時、太郎は布団の中に寝かされていた。

 喉がやたらと渇いていた。

 起き上がろうと体を動かした時、太郎の手が温かく柔らかい物に触れた。

 太郎はビクッとして隣りを見た。

 白い顔が目に入った。若い娘が横に寝ていた。

 一瞬、小春か‥‥‥と思ったが、そんな事があるはずはないし、娘から匂う甘い香りは小春のものではなかった。

 太郎は夕べの事を思い出した。太郎の横に座ってお酌をしてくれた菊という娘だった。

 部屋の中を見回してみると、二人だけで誰もいない。

 遠くの方から波の音が聞こえて来るだけで、辺りは静まり返っていた。

 太郎は菊を揺り起こした。

 菊は目をあけると、「どうしたの」と甘えるような声を出した。

「ここはどこだ」と太郎は聞いた。

「ここは極楽よ」と菊は言うと、太郎の首に両腕を絡ませてきた。

「よせ!」と太郎は言ったが、菊は構わず裸の体を擦り寄せ、太郎に絡みついてきた。

 太郎は初めて自分も何も身に着けずに寝かされていた事に気づいた。どうして、こうなったのか何も覚えていない。

「太郎左衛門様」と菊は太郎の耳もとで囁いた。「菊は太郎左衛門様が好きでございます。可愛いがって下さいませ」

 太郎には菊を払いのけるだけの勇気はなかった。

 太郎左衛門‥‥‥聞き慣れない名前だった。しかし、それは新しい自分の名前だった。

 ただの太郎から太郎左衛門久忠となった俺は今、何をしているのだろう‥‥‥と思いながらも、もうどうにでもなれと菊の温かく柔らかい体の中に埋もれて行った。

 朝、目が覚めると菊の姿はなかった。

 頭がやたらと痛かった。

 もう、皆、起きているらしく、外がやけに騒がしかった。

 夕べの自分を思い出しながら、うとうとしていると、やがて、父が迎えに来た。

 太郎は急いで支度をして船に乗り込んだ。

 菊にもう一度、会いたいと思ったが、彼女は姿を現さなかった。

「お前も今日からは一人前の男だ」と父が笑いながら言った。

 太郎を乗せた軍船は五ケ所浦を目指して進んで行った。

 来る時とは違って、海は静かだった。

 太郎はともやぐらの上から遠くなって行く熊野の山々を眺めていた。

 海猫が船の上を飛び回りながら鳴いていた。

 

 

 

 熊野から帰って来ると太郎の生活は変わった。

 父と共に船の上で三日間過ごし、祖父のもとで三日間過ごす事になった。祖父のもとでは、今までの様に剣術、槍術、弓術の稽古をやり、加えて、水軍の戦術、戦略などを学んだ。父のもとでは『小早』という小船を使って実技の訓練をした。

 毎日が忙しくなり、前のように山登りなどをして遊んでいる時間が少なくなった。それでも、足腰の鍛練と称して祖父の隙をうかがっては山に登り、小春と会っていた。

 最近は小春と会っても以前のように、無邪気に話したり笑ったりできなくなっていた。互いに相手を意識し始め、気楽に話もできない。太郎にとって小春の白い顔が、やけに眩しく感じられた。

 夏のある日、ちょっとした戦があった。

 五ケ所浦より西三十キロ程の所に古和浦という所がある。そこを本拠とする古和一族が竃方かまがたの権利をめぐって反乱を起こした。

 竃方というのは製塩を生業にしている人たちの集落で、五ケ所浦から西方の入り組んだ海岸に点在していた。彼らは源平時代の平家の落人で、吉野の山中からこの海岸に逃れて来た。しかし、漁業権はすでに、ここに住んでいる者たちに握られており、耕す土地もなく、仕方なく、浜に竃を作って製塩を始めたのだという。

 戦はあっけなく、けりがついた。が、太郎にとっては初陣ういじんだった。

 太郎は氏神に祈願をし、父と共に軍船に乗り込むと古和浦へと向かった。

 古和浦はのこぎり状の海岸の一番奥まった所にある。古和一族の軍船は、その入り口の所で待ち構えていた。

 鐘が鳴り、太鼓の音が響き渡り、掛声と共に弓矢の撃ち合いで合戦は始まった。

「今日の戦は、お前に任せる」と父、宗忠は言うと、酒をぶら下げて関船の屋形の上で寝そべった。

「お前が大将だ。今までに習った事を実際にやってみろ」宗忠は笑うと、寝そべったまま酒を一口飲んだ。

 太郎は突然の父の言葉に何と答えたらいいのか、わからなかった。その間にも太郎や父の回りを矢が飛びかっていた。

「父上、そんな所にいては危険です」と太郎は言ったが、宗忠は平気な顔をして笑った。

「構わん、お前の好きにやってみろ」と太郎に背を向け、のんきそうに酒を飲み始めた。

 やがて、火矢が飛びかい、接近戦となり、太郎は兵たちの指揮をしながら、自らも槍を持って戦った。

 無我夢中だった。

 太郎は敵の船に乗り移り、敵の大将を倒した。

 河合彦次郎に助けられたにしろ、敵の大将をやっつけた。

 戦が終わり、父の前に来た時には返り血を浴びて真っ赤になり、血の臭いが鼻についていた。

 父は相変わらず寝そべったまま酒を飲んでいたが、太郎の顔を見つめると、「よく、やった」と力強く言って、笑った。

「はい」と太郎は息をハアハアさせながら、父を見上げた。

 宗忠は嬉しそうに頷いた。

 

 久し振りに太郎は山に登っていた。

 山頂に立ち、夏空にポッカリと浮かんだ雲を見上げながら、ニヤリと笑うと小春の住む沢の方に下りて行った。

 初めの頃は道などなかったが、太郎が何度も行き来しているうちに自然と道ができてしまっている。沢に下りると真っすぐに小春の家に向かった。

 小春の父親は木地師きじしと呼ばれる山の民だった。当時、田畑を持たずに山の中だけで生活している山の民と呼ばれる人々がいた。木地師というのは轆轤師ろくろしとも呼ばれ、山中の樹を伐り、轆轤を使ってお椀や木皿やお盆、しゃもじなどを作り、それを売って生計を立てていた。他にも山中には、かね掘り、杣人そまびと鍛治師かじし鋳物師いもじ、石切り、塗師ぬし、炭焼き、狩人などの人々が生活している。彼らは山の中を移動して暮らし、平地の者とはほとんど付き合わず、身分の低い者とされていた。

 太郎は小春の父に一度だけ会った事があった。太郎が挨拶をしても太郎の方をちらっと見ただけで何も言わず、丸木舟を作っていた。その顔が何となく怒っているように見え、苦手だった。

 小春は家の前で赤ん坊をおぶって庭の掃除をしていた。

 丸木舟を作るためにアラキドリした丸太が二本、並んで置いてあった。

 太郎が近づいて行くのに気づくと小春は笑い、太郎に近づいて来た。

「今日は誰もいないわ」と小春は言った。

 この辺りには三家族が固まって暮らしている。彼らが、いつここに来たのかはわからない。小春が生まれる前からここに居るわけだから、少なくとも、もう十五年はここに落ち着いている。かといって彼らが定住した訳ではない。また、いつ、移動して行くかわからなかった。

 太郎と小春は沢に沿って歩いていた。

 今、男たちは皆、山に入っている。女たちは木で作ったお椀やはしなどを持って城下に売りに出かけている。小春は弟のお守りをして留守番だと言う。小春にはもう一人、弟がいるが父の手伝いで山に入っていた。

 太郎は小春に戦の話などしながら、半時はんとき(一時間)ばかり過ごして帰って行った。

 小春は太郎の後姿を見送りながら、太郎が一回り大きくなったように思えた。そして、だんだんと太郎が自分から遠い存在になって行くような気がしていた。

 

 

 

 太郎の祖父、白峰の屋敷から東へ十町(約一キロメートル)程の山の中腹に長円寺という臨済りんざいぜんの山寺がある。その山寺に快晴和尚という変わった坊さんが住んでいた。

 古和一族とのいざこざも、ようやく治まり、五ケ所浦に平和が戻って来たある日、太郎は弟の次郎丸を連れて長円寺に遊びに来ていた。

 祖父、白峰に言わせると快晴和尚というのは偉い坊さんだと言うが、太郎が見た所、少しも偉いとは思えなかった。禅寺にいるのだから禅坊主なのだろうが、座禅をしている所など見た事もない。暇さえあれば日なたで昼寝をしているか、海辺に行って海女あまたちをからかって遊んでいた。人に会えばニコニコして愛想よく挨拶をするが、それがいつも決まっていた。

「今日もいい天気じゃのう」

 晴れの日なら、それでもいいだろう。しかし、雨の日でも風の日でも、台風が来た時でさえ、ニコニコして、そう挨拶をしていた。挨拶された方が何と答えていいか面食らってしまう。

 太郎はひそかに馬鹿な和尚だと思いながらも、何となく引かれる所があって、よく遊びに来ていた。偉ぶった所は全然ないし、太郎に対しても子供扱いしたりしないので、和尚と話をするのは面白かった。

「和尚、身分というのは一体何だ」と太郎は寝そべって空を見上げながら聞いた。

 日当たりのいい草の上で、和尚と太郎、次郎丸の三人が川の字になって寝そべっていた。

「身分か‥‥‥そりゃ、一体何じゃろのう」と和尚はとぼけた。

「どうして、山にいる人や、家船えぶねで暮らしている人は身分が低いんだ」

「そりゃ、難しい問題じゃのう」

「どうして、木地師はあんな山の中に住んで居て、町に出て来ないんだろう」

「難しいのう」

「どうして、身分なんてものがあるんだろう。ねえ、和尚、どうしてだ」

「難しいのう」

 次郎丸がクスクス笑った。

 太郎は次郎丸の方を見た。

「だって、和尚さん、おかしいよ。さっきから、難しいのう、ばっかりだよ」

「うむ、難しいのう」と和尚はもう一度言った。

 次郎丸は腹を抱えて笑っていた。

 太郎は空を見上げながら、「どうしてだろう」と呟いた。

「そんなの簡単だ」と声がした。

 声の方を向くと、小坊主がニヤニヤしながら立っていた。

 曇天どんてんという生意気な小坊主だった。年は太郎と同じ位で、頭の回転が早く、機転がきくので快晴和尚は自分の弟子にしていた。

「お前ら、侍が身分なんてもんを作ったんだ」と曇天は言った。

「まあ、そうとも言えるな」とポケッと空を見たまま、和尚は言った。「世の中の仕組みじゃよ。上の者たちが民衆たちを支配するために身分というものができて行ったんじゃ」

「どうして、山の人たちは身分が低いんだ」と太郎はまた聞いた。

「低くない」と曇天は言った。

「太郎、曇天の言う通りじゃ」と和尚は言った。「人間は皆、同じじゃよ。身分の高い低いなどない。みんながそう言うからといって、それを信じてはいかんぞ。自分の目でちゃんと確かめろ。世の中にはな、矛盾した事がまだまだ、いっぱいある。それらをちゃんと見極める目を持っていなくてはならん。特に、人の上に立つ人間はな」

「和尚は、そんな目を持っているの」と太郎は聞いた。

「わしの目か‥‥‥わしの目も最近、曇って来たからのう。世の中の事がだんだんとわからなくなって来たわい」

「和尚さんも年だからな」と曇天は言うと草の上に座りこんだ。

「いい天気じゃのう」と和尚は決まり文句を言った。

 太郎は雲一つない秋空を眩しそうに見つめていた。

 確かに、今日はいい天気だった。

「いい天気じゃのう」と次郎丸が和尚の真似をした。

 



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