閉じる


<<最初から読む

5 / 32ページ

試し読みできます

陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

第一部 陰流天狗勝

 

 


試し読みできます

陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

誕生

 

 

 静かな海だった。

 もうすぐ、満月になろうとする月が南の空にポッカリと浮かんでいる。そして、きらめく星空の下に一艘の船がポツンと浮かんでいた。

 ここは熊野なだ、志摩半島の南、五ケ所湾の入口、田曽岬のすぐ先であった。

 ポツンと浮かんでいる船は『関船せきぶね』と呼ばれる中型の軍船で、その見張りやぐらの上に、一人の男が仁王立ちになっている。総髪そうはつの頭に革の鉢巻を巻き、腹巻と呼ばれるよろいの胴を付け、三尺余りもある長い太刀をき、十文字やりを左手に持ち、遠く東の空を睨んでいる。今にも戦が始まるかのような出立ちであった。

 海は静かだった。船の上にも、その男以外に人影は見えない。

 その男の名を愛洲太郎左衛門宗忠むねただと言う。愛洲一族の一人で後の水軍の大将である。

 愛洲一族は南北朝以前から南伊勢一帯に勢力を持つ豪族で、南北朝時代には伊勢の国司、北畠氏を助けて南朝方で活躍をした。しかし、時は流れ、今は伊勢の国(三重県)の南端、五ケ所浦でひっそりと暮らしていた。

 五ケ所浦は北、東、西と三方を山に囲まれ、南は海に面した狭い所だが交通の要所として賑わっていた。伊勢参り、熊野詣でが庶民にまで広まって、近くの者はもとより、遠くは周防すおう長門ながと(どちらも山口県)や奥州(東北地方)などからも講を組み、先達せんだつ御師おしに連れられて参詣にやって来た。

 ここ五ケ所浦は熊野と伊勢神宮を結ぶ水路として栄えていた。熊野から来た参宮者は、ここで船を降り、陸路、剣峠を越えて伊勢内宮、外宮へと向かい、伊勢から来た者は、ここから船で熊野へと向かって行った。それらの旅人たちの安全な旅と引き換えに、愛洲氏は彼らから関銭を取っていた。

 愛洲太郎左衛門宗忠ひきいる水軍も海の関所の役割を果している。関銭を払えば、その船の安全をはかるが、払わないと、その船は水軍に囲まれ、金品は全て没収、逆らう者は殺され、魚の餌食えじきとなって行った。

 仁王立ちの宗忠は身動きもせず、東の空を睨んでいる。

「お頭!」と見張り櫓の下から声を掛けた者があった。

「お頭!」

 宗忠が黙ったままでいるので、もう一度、声を掛けた。

「何じゃ」宗忠は声の方を向こうともせずに返事をした。

「いつまでも、そんな所に立っておられては冷えますぞ」

「新五か‥‥‥おい、酒はあるか」

「はっ、ここに」と芳野新五郎貞行は手に持った、ひょうたんを高く上げて宗忠に示した。

「おう!」宗忠は気合を掛け、左足を大きく踏み込み、槍でくうを一突きした。

 一突きした後、空を見上げると宗忠は見張り櫓から降りて来た。

「お頭、今日もいい天気になりますな」と新五郎は宗忠の槍を受け取った。

 二人は船首の方に行くと甲板に座り込んだ。新五郎は酒をひょうたんから大きなお椀に注いだ。宗忠は新五郎が差し出した酒を一息に飲みほした。

 東の空と海が、ようやく明るくなり始めて来ていた。

 宝徳四年(一四五二年)、この年は夏に長雨が続き、諸国が洪水に悩まされた。京都より北陸にかけては疱瘡ほうそうが大流行し、小児らが多数死んで行った。民衆は各地で徳政を求めて一揆を起こしている。七月二十五日に享徳元年と改元され、ようやく長雨も終わり、真夏のような暑い日々がやって来た。

「今日も暑くなりそうですな」と新五郎が東の空を見ながら言った。

 海鳥が海の上を鳴きながら飛び始めていた。

 おかの方では海女あまたちが焚火を始めたらしい。五、六人の海女が高い声を上げながら、海の中に入って来た。

「平和じゃのう」と宗忠がポツリと言った。

 新五郎も海女たちの方を眺めながらうなづいた。

 海女たちはおけを抱え、白く光る海の上を沖に向かって気持ち良さそうに泳いでいる。

 宗忠と新五郎はのどかな朝の風景を楽しみながら、酒を飲み交わしていた。

 あくびをしながら河合彦次郎吉晴が太刀を引っさげて、やって来た。

「おっ、やってますな」とニヤッと笑う。

「おう、彦次か、お前もやれ」と宗忠は彦次郎の顔を見上げた。

「いいんですか。朝っぱらから」

「なに、祝い酒じゃ」宗忠は酒の入った椀を彦次郎に差し出した。

「おう、そうでした、そうでした」彦次郎は嬉しそうに笑うと座り込み、酒を飲み始めた。

「立派な男の子じゃぞ」と彦次郎は新五郎の肩をたたいた。

「そんな事、決っとるわい」と新五郎は宗忠の方を見て頷いた。

 宗忠は二人に横顔を見せたまま、海を見つめていた。

 お頭と呼ばれてはいるが宗忠はまだ若かった。新五郎と彦次郎もまた若い。宗忠の父、愛洲隼人正はやとのしょう重忠は愛洲水軍の総大将として、熊野灘に名を轟かせて活躍をしていた。宗忠は重忠の長男である。やがて、父の跡を継ぐ事になっていた。そして今、宗忠の初めての子が生まれようとしている。もし、その子が男の子なら、彼もまた水軍の大将として生きて行く事になるだろう。

 新五郎と彦次郎は酒を酌み交わし、宗忠の子供の話からいくさの話、そして女の話へと話題を変え、笑いながら話し合っていた。新五郎の方はつい最近、可愛い嫁を貰ったばかりだが、彦次郎の方はまだ独り者だった。彦次郎は今、惚れた女がいるが、どうもうまくいかんと渋い顔をしてこぼした。新五郎は彦次郎の顔を見て大笑いしている。

「どうした」と宗忠が二人の方を向いて声を掛けた。

 新五郎が彦次郎の事を笑いながら説明した。

「お前らしくないな」とポツリと言うと、宗忠はまた海の方に目をやった。

 ようやく、朝日が昇って来た。

 海が輝きを増した。

「いつ見ても、夜明けというのはいいもんじゃのう」新五郎は目を細めて朝日を眺めた。

「おう」と彦次郎も返事をすると東の海を眺めた。

「朝日もいいが、あれの眺めも最高じゃ」新五郎は彦次郎の膝をたたいて、海女たちの方に目をやった。

「うむ、悪くないな」と彦次郎は満足そうに頷く。「若い女どもを眺めながら飲む酒も、また格別うまいわい」

 海女たちは海上に浮かんで来ては、「ヒュー」という音と共に息を吸い込み、白い両足を海上に突き出して、また潜って行った。

 二人はそんな海女たちを見比べてはニヤニヤしながら酒を傾けている。

 宗忠は遠くを見つめたまま、二人のたわ事も耳に入らないらしかった。

 あたりは、すでに明るくなっている。

 新五郎も彦次郎もいい気持ちになってくつろいでいた。宗忠だけは沖の方をじっとみつめたまま、ゆっくりと酒を飲んでいる。

「お頭!」と新五郎が突然、叫んだ。「舟がやって来ますぞ」

 宗忠も彦次郎も新五郎が指さす方を見つめた。

「おう、確かに舟じゃ」と今度は彦次郎が叫んだ。

「とうとう、生まれたか‥‥‥」宗忠は立ち上がった。「旗は見えるか」

「白です」と新五郎も立ち上がりながら言った。

「本当か、わしにはよう見えんぞ」宗忠は目の上に手をかざして遠くの舟を見つめた。

 『小早こばや』と呼ばれる小船はみるみる近づいて来た。

「確かに白じゃ、男じゃ‥‥男じゃ‥‥」宗忠は嬉しそうに新五郎の肩をたたいた。

「お頭、おめでとうございます」新五郎は風に揺らめく白旗を見つめながら言った。

「よかったのう」と彦次郎は左手に持った太刀を振り上げた。

「兄上、男の子ですぞ!」と『小早』から弟の次郎長忠が叫んだ。

「でかしたぞ!」宗忠は叫ぶと素早く腹巻をはずし、太刀もはずして海の中に飛び込んだ。

「お頭!」新五郎と彦次郎は大将の突然の行動に唖然としている。

「どうする」新五郎は彦次郎の顔を見た。

「当たり前じゃ」と彦次郎は太刀を置くと、宗忠を追って海に飛び込んだ。

 新五郎も負けずと飛び込む。

 宗忠は『小早』に向かって泳いでいる。お頭に続けと新五郎も彦次郎も泳いでいる。

 『関船』の上では、三人が海に飛び込む音に、「何事じゃ」と飛び出して来た者たちが、近づいて来る『小早』の白い旗を見つけ、喜び、騒いでいた。中には調子に乗って海に飛び込む者も何人かいる。

 上空ではとびが気持ち良さそうに飛んでいた。

 愛洲太郎左衛門宗忠の長男は『太郎』と名付けられた。

 


試し読みできます

陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

風眼坊舜香

 

 

 雲一つない日本晴れの秋空だった。

 見晴らしのいい山の頂上に山伏やまぶしが一人、風に吹かれて座わり込んでいる。

 眼下には穏やかな青い海が広がり、東北には富士の山が神々しく、そびえている。

 ここは駿河の国(静岡県)久能山。

 古くは山中に天台宗補陀落山久能寺がいらかを並べて栄えていたが、南北朝の頃、全山が焼かれ、今は荒れ果てていた。

 夏の間、伸び放題に伸びていた草が風に吹かれて揺れている。

 山伏は海の方に向かって座ってはいても、海を見ているようでもなく、時々、右を向いては手に持った頑丈そうなしゃくじょうを鳴らし、左を向いては、また錫杖を鳴らしていた。

 この山伏が持っている錫杖を菩薩ぼさつ錫杖といい、杖の先に金属製の六つの円環がついている。この六輪は布施、持戒、忍辱にんにく精進しょうじん禅定ぜんじょう知慧ちえ六波羅密ろくはらみつを示しているという。

 山伏が錫杖を振るたびに、その六輪は神秘的な音を風の中に響かせていた。

 康正元年(一四五五年)、右の方に目をやれば、奈良、京都、山城の国(京都府)では土民らが徳政を求めて蜂起し、しかも、幕府の首脳、管領かんれい家の一つ、畠山氏は相続問題で分裂して合戦を始めていた。時の将軍、足利義政はそれらを取り締まるだけの力を持ってはいなかった。

 左の方に目をやれば、関東。そこでも、鎌倉公方くぼうの足利成氏しげうじと関東管領の上杉氏が争いを始め、回りの豪族たちもこれに巻き込まれて、あちこちで戦が始まっていた。

「さて、どうするかのう」と山伏は独り言を言った。

 この山伏、名を風眼坊ふうがんぼう舜香しゅんこうといい、大和の国(奈良県)大峯山の修験者しゅげんじゃである。

 長い髪が風に吹かれて揺れている。兜巾ときんの下の彫りの深い顔はまだ若い。頑丈そうな長い太刀を腰に差していた。

 四年前、大峯山を出てから、三年余りは近江おうみの国(滋賀県)のはん道山どうさんにいた。今年の春に旅に出て、諸国を行脚あんぎゃしている。北陸を経て、関東を一回りして、富士の山に登り、今、久能山にいるわけだが、さて、これからどうするか、それを座り込んで考えているのであった。

「まだまだじゃ」と言うと法螺貝ほらがいを口にあてた。

 二、三度、法螺貝を短く鳴らすと、風眼坊は海に向かって思い切り吹き始めた。

 風眼坊舜香、一応、僧侶らしい名前だが完全な僧ではなく、半僧半俗、あるいは、非僧非俗であった。彼らは山伏というより、先達せんだつひじり聖人しょうにん行者ぎょうじゃなどと呼ばれ、一般庶民の不可能と思われる事を可能にしてくれる、大した人間であると仰望ぎょうぼうされていた。人の入り込まない山奥に籠もって荒行をして、指で不思議ないんを結び、真言しんごんを唱え、治病や魔よけ、盗賊よけ、雨乞いなどの加持かじ祈祷きとうをおこなった。また、魔法じみた事をやり、人々を惑わしたりする者も中にはいたという。

 法螺貝を口から離すと風眼坊は立ち上がり、「しばらくは昼寝じゃな」とポツリと言った。「久し振りに、お光の顔でも見ながら、のんびりするか‥‥‥」

 風眼坊は富士山を見上げると、錫杖を鳴らしながら山を下りて行った。

 


試し読みできます

陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

水軍剣法

 

 

 愛洲太郎左衛門宗忠の長男、太郎は七歳になっていた。

京都や奈良では土民や馬借らが蜂起し、民家や寺は焼かれ、庶民は逃げ惑っていても、ここ、五ケ所浦はまだまだ平和だった。現世げんぜ利益りやくと極楽往生を願い、熊野詣で、伊勢参りの旅人たちが行きかっていた。

 太郎はそんな平和な町で、のびのびと育っていた。毎日、近所の子供たちと真っ黒になって海で遊んでいる。代々、水軍の家柄だけあって、泳ぎは教わらなくても自然に覚えてしまい、朝から晩まで海に行って遊んでいた。

 後の江戸時代の武士とは違い、武士の子は武士らしくなどと言って、枠にはめて育てるという事はまだなく、町の子供たちと一緒になって遊び回っていた。

 今年になって、春から祖父の白峰より剣と槍を習い始め、祖母より読み書きを習い始めた。四歳になる次郎丸という弟や昨年、生まれたばかりのみおという妹もできた。

 今日も太郎は木剣を振っていた。

 この頃はまだ、後のように剣術の流派などなく、ほとんどが力にまかせて相手を打つというものだった。お互いによろいに身を固めていては、そうやたらと斬れるものではない。しかも、馬上での戦いでは、片手だけで太刀を操らなければならない。三尺余りもある太刀(刃渡りが一メートル近くある太刀)を片手で使うには、力がなければ話にならなかった。

 しかし、水軍の剣法は陸の戦とは少し違っていた。まず、重い鎧は身に付けなかった。狭い船内で、しかも、揺れる船上でも活動しやすいように、邪魔になる物は一切省き、軽量の兜と腹巻を身に付けるだけであった。海の戦では陸とは違い、敵の兜首を取ったり、一番槍というものはなく、敵船に近づいたら槍や長柄の太刀で敵を海にたたき落とすというやり方だった。

 狭い船上での戦いなので、やたらと振り回す薙刀なぎなたを使う事はなく、もっぱら槍が使われた。槍も普通のとは違い、十文字の槍を使った。十文字と言っても刃が三方に付いているのではなく、横に飛び出ているのには刃は付いていない。ただの鉄の棒になっている。一尺弱の鉄の棒で、それを利用して敵を引っかけ、海にたたき落としたり、刀のつばのような役割も果たした。

 剣の使い方も陸とは違った。足場が不安定なため、しっかりとバランスを取らなくてはならない。しかも、お互い鎧で完全武装しているわけではないので、斬る所はいくらでもある。バランスを崩した事が、命取りになるという事が何度もあった。

 鎧に身を固めて使う剣法の事を介者かいしゃ剣法という。それに対し、鎧をはずして使うのを素肌剣法と言った。

 介者剣法では重い鎧を着ているため、動きも自由ではなく、腰を低く構え、斬る所にも制限がある。首を斬るには太刀を兜と鎧の隙間に突き入れなくてはならず、表籠手も鉄板や鎖でおおわれているので内側を狙わなければならない。その他、狙える所は鎧の胴と草摺くさずりを繋ぐ糸の部分、足は佩楯はいだての間から内股を突く位であった。戦国時代のこの当時は皆、この介者剣法である。やがて、江戸時代になって戦がなくなり、平和になるに従って、素肌剣法へと発達していく。しかし、水軍の剣法は早いうちから素肌剣法に近いものだったのかもしれない。

 太郎は祖父、白峰を相手に木剣を振っていた。

「エーイ!」と太郎は掛声と共に白峰に打ちかかる。

 白峰は太郎の木剣を受けると払い落とし、そのまま、太郎の両腕を打つ真似をした。

「もう、お前の両腕はないぞ。どうする」と白峰は太郎に聞いた。

 太郎は自分の両腕の上で止まっている白峰の木剣を見つめていたが、「エイ!」と掛声をかけ、白峰の木剣を自分の木剣で打ち上げた。

 愛洲白峰‥‥‥かつては、愛洲水軍の大将として、熊野から志摩にかけて名を轟かせていた。『愛洲の隼人はやと』と言えば海の猛者たちの間で恐れられ、また、尊敬もされていた。

 八年前の戦の時、左脚に矢を射られ、射られた場所が悪かったとみえて、それ以来、左脚が自由にならなくなった。歩くにはたいして気にならないが、船上で自由に動き廻る事は難しくなった。それでも、水軍の大将として頑張っていたが、孫の太郎も生まれ、息子の宗忠も一人前になったので『隼人正』の名を宗忠に譲り、二年前から隠居して白峰と号していた。

「お爺ちゃん、もう手が痛いよ」と太郎は木剣を構えたまま白峰を見た。

「太郎、そんな事じゃ大将にはなれんぞ」

 白峰は太郎の頭めがけて木剣を打った。

太郎はかろうじて、木剣でそれを受け止めた。

「よし、今日はこれまでにしておくか」

 二人は木剣を引き、互いに礼をかわした。

「太郎、剣術は好きか」と白峰は海の方を見ながら言った。

「はい」と太郎も海を見ながら答えた。

「そうか、好きか‥‥‥」

 のんびりとした春の海だった。

 ちょうど旅人たちを乗せた船が、愛洲水軍に守られながら熊野に向かって出て行くところだった。船旅の無事を願う法螺ほら貝や太鼓の音が港の方から賑やかに聞こえて来た。

「ねえ、お爺ちゃん、もうお船に乗らないの」

「うん、そうだな‥‥‥お前、船に乗りたいのか」

「うん、乗りたい」

「そうか、今度、お父さんに頼んで乗せて貰おう」

「ほんと?」と太郎は白峰の袖を引っ張った。

「ああ、本当だとも」白峰は太郎の肩を抱いた。

「わぁい、お船に乗れる。あの、お父さんが乗っている大きいお船がいいや」

「大きい船でも小さい船でも、何でも乗れるさ」

「ねえ、いつ? いつ乗れるの」

「それは、お父さんに聞いてみないとわからんよ。お父さんもお仕事が忙しいからな」

「早く乗りたいな‥‥‥ねえ、遊びに行っていい?」

「ああ。じゃが、気をつけるんじゃよ。海を甘くみちゃいかんぞ」

「大丈夫だよ」

「お前も海のように大きくなるんだぞ」

「海のように?」

 太郎はきょとんとした顔で白峰の横顔を見ていたが、やがて、木剣を白峰に渡すと外に駈け出して行った。

 白峰は目を細くして孫の後姿を見送った。

 


試し読みできます

陰の流れ 第一部 陰流天狗勝

寛正の大飢饉

 

 

 異常気象が続いていた。

 長禄三年(一四五九年)、春から夏にかけて雨が全然降らず、日照りが毎日続いた。

 秋になると畿内を中心に大暴風が襲来した。賀茂川は大氾濫し、民家を流し、京中の溺死者だけでも相当な数にのぼった。しかも、京都への輸送が麻痺して米価が暴騰し、餓死者も続出した。その結果、京都、大和の土民が徳政を求めて蜂起した。

 ――一揆である。

 しかし、それだけでは治まらなかった。

 翌年も、春から初夏にかけて雨が一滴も降らず、日照りが続いた。あちこちで農民たちが、わずかな水を求めるために血を流していった。夏になると一転して長雨が続き、異常低温となり、夏だというのに人々は冬の支度をしなければならなかった。そして、秋には、また大暴風が吹き、おまけにいなごが大発生して田畑は全滅という悲惨な状態となった。山陽山陰地方では夏頃から食糧がまったくなくなり、人が人を食うという餓鬼がきどうまで出現していた。

 十二月二十一日に年号を長禄から寛正かんしょうと改元したが、それは気休めに過ぎなかった。

 年が改まった寛正二年、それは全国的に食糧不足で始まった。

 京の都では、町のあちこちで餓死者が山のように重なりあっていた。村を捨て、都に出て来た者もかなりいたが、京に出て来たとしてもどうなるものでもなかった。町中に乞食こじきがあふれていた。

 賀茂川では河原も水の中も餓死者の死体で埋まり、水の流れはふさがれ、屍臭が鼻をついた。この時、京都の餓死者は八万二千人にも達したと言われている。

 秋になって、ようやく飢饉ききんも下火になって行ったが、今度は疫病が流行り、死者の数が減る事はなかった。

 幕府はこの大飢饉に何の対策もしなかったばかりでなく、幕府の中心をなす管領かんれい家の一つ、畠山家では、この飢饉の最中にも山城、河内、大和などで家督争いの合戦を繰り返していた。将軍、義政は飢饉など、まったく無関心に日夜、酒宴を開き、寺参りや花の御所の復旧工事、庭園造りなどに熱をあげていた。

 この時期、何らかの対策を行ったのは時宗のひじりたちだけであった。彼らは飢えた人々にあわがゆを炊き出し、施しを始めた。やがて、食糧も尽き果て施しができなくなると、今度は行き倒れた人々や流民るみん小屋で死んで行った人たちの死体を賀茂川の河原に運んで、丁寧に葬ってやっていた。

 

 今日も一日、暑かった。

 すべてが乾燥していた。

 ここは京の都‥‥‥

 しかし、今、これが都と呼べるのだろうか‥‥‥

 確かに、人の数は多い‥‥‥

 が、まともな人間はほんのわずかであった。人間だけでなく、生命いのちある物たち、すべてが、かろうじて生きているという有り様だった。

 一揆のために焼かれ、無残な姿を残すこの寺の門の回りにも、かろうじて生きている生命たちが集まっていた。皆、骨と皮だけになった乞食たちである。生きているのか、死んでいるのかわからない者たちが、じっと、うづくまっている。

 その中に、大峯山の修験者しゅげんじゃ風眼坊ふうがんぼう舜香しゅんこうのやつれた姿もあった。頑丈なしゃくじょうだけを場違いのように持ってはいるが、あとは、まったく乞食と同じ格好だった。髪も髭も伸び放題の青白い顔に目だけをぎょろつかせ、あたりを睨んでいる。

 風眼坊は痩せ細った体をゆっくりと持ち上げ、錫杖にすがるように立ち上がった。

「兄貴、どこ行くんや」と風眼坊の横で寝そべっていた乞食が情けない声を出した。「どこに行ったかて、食うもんなんかあらへん。余計に腹が減るだけや。寝てた方がましやで」

 風眼坊はその声には答えずに歩き始めた。

 手に持った錫杖の音までも情けなく、あたりに響き渡った。

 あれから風眼坊は大和の国(奈良県)に向かい、しばらくは熊野の山の中の小さな村に住む、お光という女のもとでのんびり暮らしていた。その後、吉野に行ったら、南朝の皇胤こういんというのが突然、現れて吉野の金峯山寺きんぷせんじと争いを起こした。風眼坊もその合戦に巻き込まれ、薙刀を振り回して暴れ回っていた。その合戦の片が付くと、葛城山かつらぎさんに籠もり、下界の一揆騒ぎを高みの見物していた。それに飽きると、また旅に出て、伊賀(三重県北部)、近江(滋賀県)のあたりをブラブラしていたが、飢饉になると、ひょっこりと京にやって来たのだった。

 賀茂川まで来ると、風眼坊は四条の橋の上から餓死者の群れを眺めた。

 それは異常な風景だった。それらはあまりに多くて、とても人間のしかばねとは思えなかった。鼻をつく屍臭さえ気にならなかったら、それらは単なる自然の造形、当たり前のように、そこにある物と錯覚してしまう程、なぜか、違和感を感じさせなかった。

 数人の時宗の坊主が小さな木片の卒塔婆そとばを死者一人一人に配って、念仏を唱えていた。

 今日も一日が暮れようとしている。

 死者の山に夕日が当たり、地獄絵さながらに真っ赤になった。

 とにかく、今日一日は無事に生き延びる事ができた‥‥‥風眼坊は心の中で、そう感じていた。明日の事など考える事もできなかった。

 風眼坊は橋の上から無残な屍たちに法華経ほけきょうを唱え始めた。それは無意識の内の行動だった。心の奥底から自然と涌いて出るお経だった。

 風眼坊は我も忘れ、法華経の中に入って行った。

 どれ位、時が経っただろうか‥‥‥

「小太郎ではないか」

 誰か、風眼坊に声を掛ける者があった。

 小太郎‥‥‥それは風眼坊が出家する前の名前だった。自分の名前ではあるが、最近、その名前で呼ばれた事はない。懐かしい響きを持っていた。

 風眼坊が振り返ると、そこに一人の武士が立っていた。

「やはり、小太郎だな」と、その武士は笑いながら言った。

「新九郎か‥‥‥」風眼坊は武士の姿を上から下まで眺めながら、懐かしそうに笑った。

「どうやら、お前も本物の坊主になったらしいな」新九郎と呼ばれた武士は乞食同然の格好をした風眼坊を皮肉るような口調で言った。

「ふん、お前も立派な武士になったもんじゃな」風眼坊も皮肉っぽく言った。

 新九郎は確かに立派な武士らしかった。この時勢にまともすぎる、なりをしていた。

「ふん、つまらんよ」新九郎は吐き捨てるように言うと橋の手摺りに手をつき、川の方に目をやった。

「ひでえ世になったもんじゃな」と風眼坊がポツリと言った。

「ああ‥‥‥みんな、腐っておる」新九郎は眉間にしわを寄せて、目の前の風景を見つめた。

「何年振りかな‥‥‥」と風眼坊が言った。

「さあな‥‥‥」

「国を出てから、もう十二年じゃ」

「十二年も経つのか‥‥‥早いもんじゃな」

 二人とも夕日に照らされた死体の山を見つめながら、ポツリ、ポツリ会話をかわしていた。

「今、何やってる」と風眼坊が聞いた。

「くだらん事さ‥‥‥嫌気がさしてきてな‥‥‥そろそろ飛び出そうかと思っている」

「どこへ」

「さあな‥‥‥」

「まだ、早いぜ」

「分かってるさ」新九郎は苦笑すると、「いつから、京にいるんだ」と風眼坊に聞いた。

「ここ、一年はいるな」

「ふん、相変わらず、物好きだな」

「まだ、俺の出番がねえだけさ」

「お前は昔のままだな」

「お前もな」

「いや、最近、俺は自分自身がいやになって来ている」と新九郎は顔を歪めた。

「まだ、あそこにいるのか」と風眼坊は聞いた。

「ああ‥‥‥久し振りだ、飲むか」

「飲む?‥‥‥あるのか」

「あるわけねえ‥‥‥が、ある所にはある」

「ある所にはあるか‥‥‥うむ、久し振りに飲むか」

 風眼坊舜香と伊勢新九郎は暮れかかった町の方に歩き出した。

 東の空に赤い、おぼろ月が霞んでいた。

 



読者登録

井野酔雲さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について