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はじめに

 2012年に高知市で「フクシマ」問題に関する講演をしたときのことです。
 朝、打ち合わせと準備のために会場に最初に入ったのは私を入れて4人。なんと、その4人が全員、血液型がAB型でした。
 ご存じのように、日本人の血液型は、A、O、B、ABの順におよそ4:3:2:1です。AB型は10人に1人しかいません。ですから、「たまたま人が4人集まって、その全員がAB型である確率は10分の1の4乗だから、1万分の1だね」という話で一瞬盛りあがりました。
 1万分の1の確率で起きる事象というと、まず起きそうもない気がしますが、このときは実際に起きたわけです。
 ジャンケンで3回(アイコもなしで)連続して勝つ確率は3分の1×3分の1×3分の1=27分の1。3.7%です。
 5回連続で勝つとなると、3分の1の5乗で243分の1、およそ0.4%という奇跡のような確率になります。
 福島第一原発が壊れ、大量の放射性物質がばらまかれた後の日本において、私たちが今、まがりなりにも普通の生活を続けていられるのは、実はものすごく低い確率の「超幸運」の結果だった、という話をこれからしていこうと思います。それはジャンケンで5回連続して勝つよりもずっと奇跡的な確率の幸運だったのです。

 

 3.11のとき、私は福島県双葉郡の川内村というところに住んでいました。3月12日の夕方、テレビで福島第一原発1号機が爆発する映像を見たときは、日本はもう終わりではないかと思い、背筋が凍りました。

 それから2年以上が経過し、この文章を書いている今(2013年5月)、福島から遠く離れた場所に住む人たちは、あのとき何が起きたのか、その結果どういうことになったのかを忘れているかのようです。

 私が住んでいた川内村は人口が3000人に満たない山村ですが、面積は千代田区の17倍あります。近畿圏の人には西宮市の2倍と言ったほうが分かりやすいかもしれません。それだけ広い場所に、家は1000戸もありません。

 私の家は福島第一原発から直線距離で約25㎞の場所にありました。村は全村避難となり、その後、学校や医療機関を再開させられない「緊急時避難準備区域」(30㎞圏)と、立ち入りが禁止される「警戒区域」(20㎞圏)に二分されました。

 多くの人たちは、半径20㎞、半径30㎞の円がどのくらいの広さになるのか実感できないと思うので、分かりやすく首都圏を例にとって説明します。

 

 東京湾の埋め立て地に、東京電力の品川火力発電所という発電所があります。

 ここを中心点として半径20㎞の円を描くと、東京23区はすっぽり全部含まれてしまいます。

 つまり、もし福島第一原発がこの品川火力発電所の位置にあって、同じような放射性物質漏れを起こせば、東京23区はすべて立ち入り禁止区域になる、ということです。

 23区どころか、船橋、草加、三鷹、横浜にまで達する円になります。(↓下図)

 福島では、その規模のエリアが全部立ち入り禁止となり、人が消え、あらゆる経済活動が不可能になったのです。

 実際には20㎞圏、30㎞圏では済みませんでした。悲劇の村として有名になった飯舘村は福島第一からは40㎞ほど離れています。ご存じのように、飯舘村は汚染がひどく、今も全村避難が続いています。この飯舘村は、品川火力からの位置関係にすると、埼玉県の所沢から川越あたりに相当します。この範囲で人が全部消え、今後数十年は戻れないのではないか、という放射能汚染が起きたのです。

 

 
 私は今まで何回か市民グループやNPOなどに呼ばれて「福島の現状」について講演をしてきましたが、冒頭、このように説明すると、会場に一気に緊張感が走るのが見て取れます。
 みなさん「原発から20㎞圏、30㎞圏」というのがどの程度の範囲なのか、把握していないのです。「立ち入り禁止で人が一切消えた20㎞圏という広さには、東京23区はおろか、千葉県や神奈川県の一部も含まれる」ということを知って、ようやくどれだけの規模の被害なのかを実感し始めてもらえるようです。
 それでも、「福島は大変だったんですね」という反応で終わってしまいがちです。
 多くの人たちは、あれは福島という遠い土地で起きた悲劇だと思っています。大変なことが起きたことは分かるけれど、離れた場所で暮らしている自分には、沖縄の基地問題と同じで、あまり関係がない……と。
 全然そうではありません。
 日本列島の汚染状況が今の程度で済んだのは「たまたま」の幸運がいくつも重なった結果であり、いくつかの幸運の何か1つでも足りなければ、今頃、東京を含む首都圏全域がすっぽり機能停止になっていたかもしれなかったのです。
 これは誇張でも何でもありません。私たちが今こうして普通の生活を続けていられるのは、たまたまジャンケンに5、6回連続して勝てたくらいの確率、いえ、もっとずっと低い確率の幸運なのかもしれないのです。
 もしも風向きが逆だったら、もしも地震が夜起きていたら、もしも4号機の改修作業が予定通り進んでいたら……いくつもの「もし」が、たまたま運のよい方向に転んでくれたからこの程度で済んだのです。
 
「フクシマ」は、被害の深刻さを物理的に実感するだけでは理解しきれないほど複雑で深い問題です。
 私はむしろ、物理的な被害の大きさ、危険の大きさ以上に、それを生み出したこの国の社会構造的欠陥や精神風土の未成熟さこそが根源的な問題だと思っていますが、そうした闇の部分を自分の問題として認識するためにも、まずは「フクシマ」の被害実態や起きたことの意味を、物的、数値的、確率論的に把握することが必須だと思うのです。
 特に、現場を見られない、現地の事情を肌で感じることができない人たちに事実を正確に伝達するには、起こった事象を分かりやすい数値や確率に置き換えて説明することがとても重要なことだということに、遅ればせながら気がつきました。
 本書を書いてみようと思ったきっかけはそれです。
 
 最初に、本書を書くにあたって、いくつかの指針を立てました。

 

 
1) 感情的な形容詞を避ける
 ……「驚くべき」とか「信じられないほど」とか、そういうフレーズはなるべく控えて、事実に乗っ取ったことだけを淡々と書いていくつもりです。
 
2) 巨大数に対して等身大の感覚で臨む 
 ……最近はニュースなどで○兆円といった数字や金額がサラッと言われますが、一般人としてはそれがどれだけの金額なのか実感できません。「兆」が出てきた時点で、「おいおい、ちょ~っと待てやぁ。兆ってサラッと言ってくれるがなあ、それって一人頭で割ったらいくらやねん」というツッコミを入れる癖をつけておくべきでしょう。
 
3) 分からないことは断定しない
 ……例えば放射線による健康被害、リスクについては、医師や学者たちの間でも見解の相違が大きすぎて、何を信じていいのか分からない状況です。かといって、分からないから判断のしようがない、と言ってしまっては身も蓋もありません。「専門家」と呼ばれる人たちの発言や研究発表は、断定的に述べるのではなく、「判断材料」として積極的に紹介していきます。
 
4)現場の生の証言を重視する
 ……人類が経験していないことが起きたのですから、離れた場所で机上の理論を振りかざす人よりも、現場で実際に何が起きたかを見た人、体験した人の言葉を重視したいと思います。
 例えば、2011年3月12日に1号機が爆発した映像をテレビで見て、私と妻はすぐさま逃げましたが、村に残っていた人の話では、1Fで爆発に伴う火災が起き、その消火活動を手伝った地元の消防団員は、戻って来るなり「4号機がいちばん危ない!」と村長らに報告していました。この時点ではまだ政府も4号機がいちばん危ないということは把握していなかったと思いますが、実際に現場を「見た」人の目には、データがどうのよりも、感覚として「これがいちばんやばい!」と映っていたわけです。
 その報告を聞いて全村避難を決断した村長を止めたのは、役場に作られた緊急対策本部に詰めていた東電の社員や保安院の人間でした。「早まらないでください。ここに留まりましょう」と説得したそうです。
 権威に左右されない、生物的な勘や等身大の判断力を重視して考えていきたいと思います。
 
 以上の4点を心がけながら検証していくつもりです。
 

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第1のIF もし福島第一原発が東京にあったら

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●もし福島第一原発が東京(東電品川火力)にあったら
 ⇒23区全域が警戒区域で立ち入り禁止。賠償金総額はGDP超えで日本は破産
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*私は福島第一原発で起きたことを単純に「事故」と呼ぶことに抵抗があります。事故という言葉で言い表してしまうにはあまりにも愚かな原因で起きたからです。結果の重大さ、複雑さを知っている今、「事故」という言葉を使うことで、「フクシマ」の真相がますます見えにくくなる気がします。
 かといって「原発人災」という言葉を繰り返すのもどうかと思うので、「愚かすぎる管理・行動の結果、大量の放射性物質をばらまいてしまったあの事件の総体」を「フクシマ」とカタカナで表記することにします。
 これは「ヒロシマ・ナガサキ」が、単純に原爆が落とされたという戦争史の一コマだけでなく、その後の人間社会に語りきれないほど大きな、多岐にわたる課題を与えたことと同じ意味合いです。
 また、拙著『裸のフクシマ』(講談社)でもそうしましたが、福島第一原子力発電所のことは、現地の人たちが以前から使っていた「1F」(いちえふ)という通称で記述することにします。第二原発は「2F」(にえふ)です。
 東電では「ふくいち」という呼称も使っていますが、これは私たち福島原発周辺で暮らしていた人間にはあまり馴染みのない呼称で、どうにも違和感があるので使いません。

 

 
 まえがきで紹介した図をもう一度見てください。
 この地図は東京電力品川火力発電所から半径20㎞と30㎞の円を描いたものです。
 東京電力は、東京湾の千葉県側に千葉・五井・姉崎・袖ケ浦・富津の5つの火力発電所。神奈川県側に、川崎・東扇島・横浜・南横浜・横須賀の5つの火力発電所。それに挟まれるように、東京湾中心部に大井と品川という2つの火力発電所を持っています。
 これだけ多くの火力発電所を東京湾岸に有しているのですから、原子力発電所だって1つくらいあってもおかしくないように思えますが、東電の原発は、福島県と新潟県という、非常に離れた場所に造られています。
 なぜなら、万が一にも放射能漏れ事故を起こした場合、首都圏では取り返しがつかないことになるからです。
 それゆえに、わざわざ送電ロスの多い遠隔の過疎地に建設したわけです。
 皮肉なことに、「フクシマ」*が実際に起きてしまって、その計算は見事にあたってしまいました。

 

 もし東京湾に原発があり、その原発で福島第一のような事故を起こしたらどういうことになっていたか……。
 各火力発電所のほぼ真ん中にある品川火力の位置を基準に考えた図がこれです。
 
 品川火力発電所は1960年運転開始という古いガス火力発電所ですが、古い発電設備は徐々に廃止され、2003年には「改良型コンバインドサイクル」という効率のよい火力発電設備に完全に切り替わりました。
 この発電所の場所をサンプルとして選んだのは、東電が東京湾岸に所有している火力発電所のほぼ中心に位置しているので、サンプルとしていちばん適当だろうという判断からです。
 さて、この位置に原子力発電所があり、そこで「フクシマ」と同じ程度の放射性物質漏れを起こしたとします。運よく風が海側に流れて、漏れ出た放射性物質のほとんどを太平洋にばらまいたとしても、その一部が「フクシマ」と同じ程度に拡散しただけで、東京23区は20km圏の警戒区域(立ち入り禁止で一切の経済活動が停止)にすっぽり入るわけです。
 国会も皇居も主要企業も……日本の中枢部はなにもかも深刻な放射能汚染に見舞われ、そこから人間が出ていかなければなりません。
 これが、首都圏直下型地震による建物の倒壊、焼失などという物理的な被害であれば、その被害は甚大であったとしても、時間をかけて復旧していくでしょう。しかし、放射能汚染という被害はそうはいきません。現場に人が入れないのですから、復旧作業そのものが不可能になってしまいます。
 数十年という長期間にわたって、首都圏を含む関東エリアは日本から消えたも同然になるわけです。
 おそらく、首都は大阪か名古屋に移転となるでしょうし、放射能汚染地帯を挟んで日本は東と西に分断されるため、経済活動も二分されるでしょう。
 日本を支えるのは西日本、ひたすら援助を受ける東日本、という西高東低の構図になり、国の規模が一気に半分以下になるかもしれません。
 
 次に、「フクシマ」が東京で起きたときの被害の大きさを、金(コスト)の面で考えてみます。
 次の図は、「避難に関わる精神的賠償」として一人毎月10万円が支払われた地域です(東電賠償請求ガイドブックより)。
 
 これを「1Fがもし東京にあったら」の図と重ねてみると、こうなります↓
 
 
 このエリアの住民には、すべての補償のベースとして、1人あたりひと月10万円(集団避難所の場合は12万円)が支払われてきました。首都圏がこの程度に汚染され、同じレートで賠償が実施されていたら、一体どれくらいの金額になるでしょうか?
 東京都で約1300万人、川崎市が約144万人、横浜市が約370万人、市川、松戸、柏、千葉、船橋周辺含めて約300万人。さいたま市123万人、大宮、川越、所沢……と、このへんが全部やられた感じになるので、ざっと2000万人が対象になったとします。その一人一人に月10万円支払うと、2兆円/月です。24兆円/年。2年で48兆円。
 これはあくまでも、家を捨てて避難せざるをえなかった「精神的損害賠償」としての最低金額(無条件ベース補償)であって、財産や失業の補償は別です。避難前に得ていた収入は全額補償ですし、活動を停止させられた企業への補償もしなければなりません。
 原子力災害対策本部が内閣府に提出した資料では、「事故当時の避難指示区域内人口」は約8万6000人とされています。実際には川内村などは20㎞圏外のエリアも含めて全村避難指示を村が出しており、その区域の人たちにも「避難による精神的損害賠償」として10万円/月が支払われていますから、少し多めにみて、ここはざっくり「避難指示による対象人口10万人」としてみましょう。
 東京で同じ規模の放射能漏れ事故が起きた場合の避難指示区域人口は、今見たように2000万人とします。つまり、対象となる人口は200倍です。
 2011年10月に、政府の第三者委員会は「現時点で見積もりが可能な東京電力の賠償額は2013年3月末までに限っても約4兆5千億円」と試算しました。首都圏で「フクシマ」が起きたときの賠償金額を、人口規模の200倍で計算すると、4兆5千億円の200倍で、900兆円になります。
 実際には、東北の過疎地よりも首都圏のほうがはるかに生産性は高いし、不動産価格やインフラコストなどもずっと高いので、このさらに何倍かの金額になるでしょう。
 日本のGDPは約500兆円。GDPの倍の賠償金額となれば、どう考えても日本は破綻します。
 900兆円を日本の労働力人口約6600万人で割ると1363万円です。一人あたり1千万円単位の金が、「復興」の前に「賠償」だけで飛ぶのです。
 
*昨今はニュースなどでも「兆」という単位の金額がサラッと言われるので感覚が麻痺しがちですが、私たちはこの単位のお金に対して、極力リアルな感覚を持つ必要があると思います。
 日本の労働力人口は約6600万人。
 労働力人口の定義は「就業、休業あるいは求職中である15歳以上の人口」ですから、この数字には失業者や休業者も含まれています。実際に働いて金を稼いでいる人はもっと少ないわけですが、少なく見積もるとバイアスがかかった試算だと言われそうなので、逆に専業主婦や学生、ニートなどの一部にも働いてもらったとしてかさ上げし、潜在労働力人口7000万人としてみましょう。(それだけの仕事・雇用がない、という現実は無視して、多めに見積もっているわけです)
 日本国で働く能力のある人間7000万人が一人10万円ずつ負担する金額が7兆円(1桁の兆)、一人100万円ずつ負担する金額が70兆円(2桁の兆)、一人1000万円ずつ負担する額が700兆円(3桁の兆)だということを覚えておきましょう。
 これは荒唐無稽なシミュレーションではありません。「フクシマ」は実際に起きたこと、今も続いていることです。
 繰り返しになりますが、もし東京で放射能漏れ事故が起きたら、日本は終わってしまいかねません。恐ろしすぎて造れないので、地方の過疎地を選んで建てていったのです。
 
 

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第2のIF  もし汚染濃度を根拠に地域の賠償を実施したら

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●もし汚染濃度を根拠に地域の賠償を実施したら
 ⇒福島県の3大都市(いわき、郡山、福島)はじめ、都市部全住民賠償で破綻
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 もし「フクシマ」が東京で起きていたら、というシミュレーションに対して、頑なに拒絶反応を示す人たちがいます。
「実際には首都圏には原発は存在しないのだから、そんな仮定は無意味だ。存在しない以上、これから先も首都圏で原発事故が起きる可能性はゼロだ」
「被害賠償不能という事態が万が一にも起きないように原発は過疎地に造られている。リスクの対価として補助金や交付金が出ている。世の中はそういう風にして成立しているのだ」
 ……と、彼らは主張します。
 では、賠償金額の話を、今回の「フクシマ」──現実に起きたことのみに限定してみましょう。
 
 前述の「避難生活等による精神的損害賠償として一人毎月10万円」という賠償金は、避難指示が出た地域の住民に対して支払われています。
 具体的には、
1)1Fから半径20㎞圏内の避難区域(その後「警戒区域」という名称に変更。原則立ち入り禁止)
2)計画的避難区域(1Fからの距離に関係なく、放射能汚染がひどかった地域)
3)旧「緊急時避難準備区域」(1Fから30㎞圏内が中心)
4)1Fから30㎞圏内でありながら「緊急時避難準備区域」から外されたいわき市の一部
5)特定避難勧奨地点(距離に関係なく、政府により戸別に「避難を勧める」とされた世帯)
 これを自治体で示すと、
 大熊町、双葉町、富岡町、浪江町、楢葉町、葛尾村、飯舘村、川内村、広野町は全域。
 南相馬市、川俣町、田村市、いわき市の一部。
 ……の13市町村となります。
(この「13市町村」というくくりが、その後、福島県民の間に「賠償格差」を巡って大きなわだかまりやトラブルを生む結果となりました。) 
 
 この線引きには様々な思惑、それに伴うドラマがありました。
 いわき市は早い時点で自分たちの自治体名が繰り返しニュースで読み上げられることによる「風評被害」を恐れてか、「緊急時避難準備区域」からいわき市を外してくれと要請しました。そのため、1Fから30㎞圏に引っかかるいわき市の一部は、4月22日に「緊急時避難準備区域」から外されました。
 しかし、この「外されたエリア」の汚染状況はかなりひどく、NHKのETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』で「ホットスポット」として報告された川前町の志田名(しだみょう)、荻といった地区もここにあります。
 私の家は川内村でもいわき寄りにあり、自宅から県道を数キロ西進するといわき市です。友人がいる「獏原人村」に行くときはいつも荻地区の峠越えをしていたので、ここがホットスポットになっていることはテレビで報道される前から知っていました。詳しくは『裸のフクシマ』に書いた通りです。
 2011年4月末に避難していた川崎市の旧仕事場から川内村の自宅に戻って以降も、荻地区は何度も通りました。放射線量は最初の数か月でかなり下がりましたが、その後はなかなか下がりませんでした。
 これは、この地域にはヨウ素もセシウムもかなり降下して、そのうちヨウ素の分は早い時期に消えて下がったものの、セシウムの降下量も多かったために、セシウムからの放射線量がなかなか下がらない、ということを意味しています。
 一方、いわき市の市街地の放射線量は急激に下がっていきました。
 私は2011年3月26日に、とりあえず仕事に必要なパソコンなどを持ち出すために日帰りで川内村の自宅に戻ったのですが、そのとき、常磐道を走っているだけでいわきジャンクション付近の線量が高かったので相当びびりました。
 ところが、いわきジャンクションから磐越道に入り、小野ICに向かうにつれ、線量は急速に下がっていきました。
 小野町から川内村へのルートは、いつもは滝根(田村市)を通っていくのですが、途中が震災前から道路工事で通行止めだったので、その日はいわき市側の山越えルートをとらざるをえませんでした。そこで、いわき市の鬼ヶ城という観光施設の脇から荻に向かうルートで、線量計がけたたましく鳴るという体験をしました。
 汚染状況は原発からの距離には関係なく、ホットスポットが点在していることを肌で知った次第です。
 その後も、避難先の川崎市麻生区と川内村の自宅は何往復もしましたが、常磐道でいわき市を通過するたびに、線量が急激に下がっていることに驚きました。
 川内村の自宅周辺や、ときどき通る荻地区のホットスポットなどはあるレベルから下にはなかなか線量が下がらないのに、3月26日に高い線量を記録していたいわきジャンクション周辺を通過するときの線量計の表示は、夏頃にはほとんどなんでもない程度にまで下がっていたのです。
 この「いわきエリアの線量だけが急速に下がるという現象」はなんだろうとずっと疑問に思っていたのですが、2012年3月にNHKの「ETV特集 ネットワークで作る放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え」を見て分かりました。
 ヨウ素とセシウムは放出されたタイミングが違うため、漏れ出たときの風向きによって汚染された場所が違っていたのです。
 ざっくり言うと、セシウム134、セシウム137の汚染は1Fから北西方向(飯舘村や福島市の方向)がひどかったのに対して、ヨウ素131の汚染は1Fから南方向(いわき市方向)がひどかったのです。
 この事実を、独立行政法人海洋研究開発機構の研究者たちが中心となって突きとめましたが、メディアではほとんど報じられることはありませんでした。
 
図2-1 (セシウムは北西に、ヨウ素は南に。NHK 『ETV特集』より)
 
 
図2-2a~d ヨウ素が流れていった時系列図シミュレーション(NHK Eテレ 『ETV特集』より)
 
 
 いわき市方面がヨウ素131で相当汚染されたことは確実なのですが、ヨウ素131の半減期は8日と短いため、今ではその証拠が残っていません。
 消えたならもういいではないか……というわけにはいきません。
 初期被曝で特に警戒すべき放射性物質がヨウ素だということは、原子炉事故を研究している専門家の間では一般的な認識です。
 ヨウ素は半減期8日のヨウ素131の他、半減期1日のヨウ素133、半減期2日のヨウ素132などもありますが、どれも空気中のエアロゾル(浮遊する微小な液体または固体の粒子)にくっついて風に乗り、漂うので、吸い込まないように厳重な注意をしなければなりません。
 ヨウ素が付着したエアロゾルを吸い込むと、具体的にどういった健康被害が出るのでしょうか? 私は専門家ではないし、いろいろな文献・資料にあたっても諸説あるので、断定的なことは書けません。
 ヨウ素に限らず、内部被曝と健康被害について、医学者の間でも大きな意見の隔たりがあって、今なお激しい論争が行われていることはご存じの通りです。
 ですから、ここでは危険の度合いについての言及は控えますが、原子炉事故の初期段階で高濃度の放射性プルーム(放射性物質を含んだエアロゾル)を吸い込まないようにしなければいけないことには誰も異論はないでしょう。
 
  初期の内部被曝健康被害は、想像以上なのかもしれない
 
 福島県では、2011年3月11日時点で0歳~18歳だった福島県民を対象に、平成26年度(2014年4月~)以降、甲状腺のエコー検査をすることにしています。
 その本格検査に先行して、放射能汚染がひどかったとされる地域では2011年11月以降に順次検査が行われました。
 順番としては、
①2012年3月までに実施(避難区域等指定市町村)
田村市、南相馬市、伊達市、川俣町(山木屋地区以外)、広野町、楢葉町、富岡町
川内村、大熊町、双葉町、葛尾村
②2012年4月~2013年3月に実施
福島市、二本松市、本宮市、大玉村、桑折町、天栄村、国見町、白河市、西郷村、
泉崎村、郡山市、三春町
③2013年4月以降に実施
会津若松市、いわき市、須賀川市、喜多方市、相馬市、鏡石町、下郷町、檜枝岐村、
只見町、南会津町、北塩原村、西会津町、磐梯町、猪苗代町、会津坂下町、湯川村、
柳津町、三島町、金山町、昭和村、会津美里町、中島村、矢吹町、棚倉町、矢祭町、
塙町、鮫川村、石川町、玉川村、平田村、浅川町、古殿町、小野町、新地町
 ……となっています。
 汚染がひどくても人口が多い都市部(郡山市、福島市)などは上記に含まれていないので、2014年4月以降ということになります。
 この「先行検査」の結果が、2013年2月13日に「甲状腺検査実施状況及び検査結果について」という報告書で発表されました。
 それを見ると、
 2011年度の検査人数総数3万8114人のうち、B判定(5.1mm上の結節や20.1mm上の嚢胞を認めたもの⇒二次検査が必要)になったのが186人(男子57人、女子129人)。
 そのうち、実際に二次検査をした者は162人(再検査11人、二次検査終了151人)。
 その中で、細胞診まで実施したものが76人。
 二次検査の結果、162人のうち10人が悪性(癌)もしくは悪性の疑いと判定されました。
 10人の内訳は男子が3人、女子が7人で、平均年齢は15歳です。
 ところが、この10人の甲状腺癌発症者・甲状腺癌の疑いのある子供たちについて、検討委員会は「原発事故の影響とは考えにくく、もともとあった癌を発見したのだろう」という見解を出しました。
 記者からの「では、悪性もしくは悪性の疑いと診断された10人の線量評価を把握しているのか」という質問に対しては、「把握しているが、公表はしない」(鈴木眞一 福島県立医科大教授=検討委員会オブザーバー)という回答。
 2013年2月20日、参議院議員会館で、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律(原発事故子ども・被災者支援法=2012年6月21日制定)」という長い名前の法律の有効的な運用を求める集会というものが開かれました。
 汚染された地域の住民、医師、弁護士、市民グループ代表らが集まって、担当部署の官僚たちに質問をぶつけ、意見を述べたのですが、そのとき、井戸謙一弁護士(滋賀県弁護士会所属、元裁判官)は、あまりに煮え切らない受け答えの官僚たちに向かって、こう発言しました。
 
「甲状腺がんの今回の問題に対してあまりにも皆さん(官僚たち)に危機感のないことが驚きなんですけれど、今回、確定診断が3名、疑いのある方が7名ということですが、7名は全員細胞診でクロだという判断が出ている人ですから、ほとんど10人甲状腺がんが発見されたといっている。そういうことなんですね。
 それからこの10人というのは平成23年度の3万8000人の中からの10人です。その中でB判定186人からの10人です。
 で、24年度はすでにB判定が548人出ています。これらの中で当然二次検査をしているはずですが、それについては一切公表されていません。
 180人から10人出たということは、18分の1の確率で甲状腺がんが出たということで、そしたらですね、24年度は548人から18分の1で出る可能性がある。
 しかも、24年度のB判定というのは548人だけではなくて、さらに200人ぐらいは追加されるだろうというふうに、これは福島県立医大自身が言っています。そうなると748人。そこからの18分の1ということになると約40人になります。
 そうすると、もうすでに50人ぐらい甲状腺がんが出ている可能性がある。そういう事態になる可能性がある。
 さらに言えば、ヨウ素131を大量にばら撒かれたいわき市方面は、まだ検査すら行われていません。25年度の予定です。そちらにも相当数の甲状腺がんが出ている可能性があります」
 
 井戸弁護士のこの計算は、もちろん推論の域を出ていません。しかし、内容に相当な無理があるとまでは思えません。確かにそうした「可能性」が出てきたということを、素直に認めなければならないでしょう。
 ヨウ素がいわき市方面に多く流れていたことはほぼ確実なわけで、いわき市方面で初期被曝をした人たちは、今後大変な不安を抱えながら生きていくことになります。
 
 こうした深刻な事態を賠償金額で表すことにはいささか抵抗がありますが、起きた事態の規模を数字で表すための手段として試算してみます。
 1Fから20㎞圏の人口は約7.8万人、30㎞圏の人口は約14.1万人。
 2011年のいわき市の人口は約34万人でした(その後、1年で一気に1万人減って、2012年には約33万人に)。
 ヨウ素による初期被曝の不安を抱えることになったいわき市民にも「精神的損害賠償金」を支払うとすると、賠償対象者数は一気に3倍以上になります。
 34万人に一人毎月10万円ずつ払うとすると、年間で4000億円を超えます。2年で8000億円。
 現在、放射線量が低いいわき市の住民に「今後ずっと初期被曝による癌などの発病不安を抱えていかなければならない精神的損害」が認められたとすれば、セシウムで汚染され、今なお空間線量が高いままの福島市や郡山市、二本松市、伊達市、本宮市……などの都市部の住民には賠償しないということはできないでしょう。
 福島市約29万人、郡山市約33万人、伊達市6.5万人、二本松市約6万人、本宮市約3万人……周辺の町を含めればざっと80万人以上。
 実は、こうした地域の人たちにも、30㎞圏の人たちに比べればごくごく少額ですが、精神的損害賠償金は払われています。
 最初の賠償は県北・県中など23市町村(福島市、二本松市、伊達市、本宮市、桑折町、国見町、川俣町、大玉村、郡山市、須賀川市、田村市、鏡石町、天栄村、石川町、玉川村、平田村、浅川町、古殿町、三春町、小野町、相馬市、新地町、いわき市のうち避難等対象区域を除く区域)が対象で、対象人口は約150万人。その金額は一人8万円(18歳以下の子どもと妊婦は40万円。18歳以下の子ども・妊婦が県外に自主避難した場合は60万円)でした。
 汚染の度合でいえば、石川町、玉川村、平田村、古殿町、小野町……といったあたりはほとんど首都圏と変わらない程度の汚染で、むしろこのとき賠償対象から外された白河市などのほうがひどかったのです。
 そのため、それまで以上に「賠償格差」「不公平賠償」という問題が浮き彫りになり、同じ県民同士で「おまえはもらったのに俺はもらっていない」といった心の分断、感情の対立が起きました。
 この「一律賠償」はその後も追加賠償が行われ、上記23市町村にはさらに一人8万円が支払われました。
 また、1回目の賠償で外された県南地域(白河市、西郷村、泉崎村、中島村、矢吹町、棚倉町、矢祭町、塙町、鮫川村)と宮城県丸森町の住民に対しては「追加的費用等に対する賠償」として一人4万円が支払われました。
 それでも外されたままの会津地方(会津若松市、喜多方市、北塩原村、西会津町、磐梯町、猪苗代町、会津坂下町、湯川村、柳津町、三島町、金山町、昭和村、会津美里町、下郷町、檜枝岐村、只見町、南会津町)の人々はどうなるのだ、という声を受けて、2012年夏になってから、県南地区(白河市、西郷村、泉崎村、中島村、矢吹町、棚倉町、矢祭町、塙町、鮫川村)に追加で、妊婦・18歳以下に一人30万円(県給付額10万円+東電賠償額20万円)、その他の住民に一律4万円(県給付額4万円)が支払われました。
 無視されっぱなしだった会津地方に対しても、妊婦・18歳以下が20万円(県給付額20万円)、その他の住民に4万円(県給付額4万円)が支払われることになりました。
 このときに会津地方に支払われた金は、東電からの「賠償金」ではなく「県からの給付金」であることに注意してください。
 これは「風評被害対策」という名目で支払われました。つまり、会津地方は「空間放射線量が低い」という理由で、「実際には汚染はしていないが、福島県というひとくくりで風評被害を受けたことに対する対策・支援」という名目で、東電ではなく、県が支給したわけです。
 この財源は、国から福島県に支給された403億円の「県原子力被害応急対策基金」から捻出されました。
 この403億円のうち、会津地方などへの給付金支給だけで約300億円が消えました。
 さらに、風評被害対策のため県内全59市町村に交付金を支給する事業として34億円をあて、県はこの403億円全額を2012年中には完全に使い切ってしまいました。
 そこで、東電が23市町村に追加賠償をした際には、福島県は「前回の県からの支給はあくまで特例措置。他地域に賠償金が支払われるたび、県が独自に予算を確保し対応することは難しい」として、会津地方に対して県から補助的に追加支給をすることをやめました。
 この最も無視された会津地方でも、南会津の一部などにはホットスポットがあり、23市町村、あるいは最初からかなり手厚い賠償金を支給されている30㎞圏の一部よりひどい汚染を被っている人たちがいます。
 さらには、栃木県、茨城県、群馬県、千葉県など、福島県外にかなりのホットスポットが点在しています。そういう場所で暮らしている住民は、賠償金をもらった福島県民の一部よりも汚染被害を実際に受けているわけですが、賠償はされていません。
 要するに、賠償金は放射能汚染の濃淡に比例して増減されているわけではまったくなく、実際にはあまり汚染されていなくても一人ひと月10万円をもらっている人もいれば、相当汚染されている場所なのに1円ももらっていない人(福島県外の人)もいるという、大きな格差が生じているのです。
 30㎞圏でもごく汚染が薄くて済んで、今では空間線量0.1μSv/h台という、首都圏と同じレベルの場所があります。その人たちは、例えば5人家族であれば年間600万円の「精神的損害賠償金」が東電から支払われ、さらには休業・失業補償などももらえるので、まったく仕事をしていない状態でも年収1000万円以上になっていた世帯がたくさんありました。
 一方で、そういう人たちよりも放射能汚染がひどい土地に住んでいたり、いわき市のようにヨウ素131が消えた今は空間放射線量が低いものの、初期段階で大量のヨウ素による内部被曝をしたかもしれないという不安を抱えてこれから生きていかなければならない土地で、0~数万円、十数万円の賠償しか受けていない人たちもいるわけです。
 では、細かな区域分けによってこれだけの賠償金額の差をつけるのは理不尽だから、「福島」ということで同じレッテルを貼られてしまった福島県民全員に同額の「精神的被害に対する賠償金」を支払うとしてみましょう。
 福島県の人口は約200万人ですが、福島県民全員にひとり10万円の精神的損害賠償金を2年間支払った場合、それだけで総額は4兆8000億円になります。
 結局は、こうした高額の賠償を避けるために、国は無理矢理な線引きをして、都市部の被害が少なかったことにしたいのでしょう。
 でも、実際には都市部が相当汚染されたのです。
 福島市、郡山市は今でも空間線量が1μSv/h超えの場所があちこちに存在します。いわき市の住民は初期段階で大量のヨウ素被曝をしていた可能性があります。
 つまり、不安とストレスをこれからもずっと抱えて生きていかなければならない福島および周辺で被曝した人たちに本気で賠償をしたら、それだけでも国家の財政破綻になりかねない事態になっているのです。
 

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