閉じる


【本編】介護とは……失敗を追求しても改善されないと知るもの。

 ある朝の迎え。僕はCさんのご自宅のチャイムを鳴らす。Cさんは次女夫婦と三人で生活している。
ピンポーン
 ドアには鍵がかかっていた。
(めずらしいな……)
 いつもなら、朝、迎えに行けば毎回玄関の外で待ってくれているのに。今日は外に出ていないし、玄関も開いていない。どうしたのだろう……? ご家族の方が同居しているから万が一のことはないよな、僕はそんなことを思いながらチャイムの返答を待っていた。迎えの時間が早かったかな……? 僕は時計を見る。8時40分、いつもと同じ時間だった。
  そんなことを考えていたら、ドア越しに女性の声が聴こえてきた。
「はい」
「おはようございます。あかりデイサービスの岡本です!」
 僕は元気よく挨拶をした。次女の慌てた声が聴こえてきた。と同時に感情的な声も聴こえてきた。
「どうして今日は準備していないの?」
「……」
  話の流れが聴こえて来る。Cさんは今日の日付を勘違いしており、休みの日だと思っていたようだった。
「もう迎えにきているでしょ!」
「どうして、朝起きたら日付を確認しないの?」
「(デジタルの)時計に日付と曜日が書いてあるでしょ?  どうしてそれを信用しないの?」
  時計の日付を見たが、Cさんの中では表示されている日付と今日は違うと思い込んでしまったようだった。
 たまたま近所にもデイサービスに来る方がいたので、別の方を迎えにいってから再度迎えにくることを伝える。
(怒られていないだろうか……?)
 僕は別の方を迎えにいきながらもCさんのことが心配になった。
 10分後、いつものようにCさんは準備万端で玄関内で待っていた。
「ちょっと勘違いしていて、休みだと思っていたんだよね……」
 Cさんの言葉には寂しさすら感じさせました。誰もが失敗するのに、勘違いだってあっていいのに、それらを認めてもらえない。
  失敗しないように気をつけることは大事。でも失敗してしまえば、どうして失敗したのか追求されてもどうにもできない。


介護とは……失敗を追求しても改善されないと知るもの。

 どうしてできないの?  なんでやらないの?  子育てや仕事だけでなく、在宅介護の現場ではこのような言葉が飛び交うことがあります(家族間で)。
 本来、人は一人で……自分一人だけで健康管理、自己管理を完璧にはできません。若い僕たちや年配の方だって、朝起きる時間一つとってみても寝坊すること(失敗)はあります。高齢だからできない、認知症だからできない、そう思われています。しかし、声を大にして言います。
「人は誰もが失敗をする!」
  幼い頃誰もが歩けなくて転びました。何度も転び、歩き方を覚えたのです。高齢になり、誰もが心身ともに衰えます。いいんです。それが自然の摂理です。元々歩くことができた人はいません。誰もが練習と失敗を繰り返し、歩けるようになったのです。
  誰もが年齢を重ねれば衰えてきて歩けなくなるのです。若いときのように記憶ができなくなります。記憶を引き出せなくなります。
  なぜ失敗したのか、自問自答をする中で人が成長することもあります。しかし、他人に追求されても責められていると感じるだけではないでしょうか?


この本の内容は以上です。


読者登録

岡本大輔@読書コミュニケーター(社会福祉士)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について