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サクサクと、枯れ葉の上を歩く足音だけが聞こえる。
静けさに包まれた森の中、凛と研ぎ澄まされた空気が、肌に突き刺さる。

とある寒い早朝。
何だか寝付けず朝になってしまい、ルギはアジトの周りを、トレーニングがてら散歩していた。

だいぶ見慣れてきた山道。
アジト近くの、吸い込まれそうな湖。
初めて来た時とは、全然違う風景が目に入る。

四季―を目の当たりに感じたのは、人生で初めてだった。
木が眠り、水が凍り、動物達の姿が消える―。
冬が来たのだと、改めて感じた。

吐いた息が、襟巻きの隙間から白くこぼれた。
ふと見上げると、遠い灰色の空から、ちらほらと、白いものが舞い降りてきた。

「雪…」

ルギが盗賊団に来てから、1ヶ月半が、過ぎようとしていた。


最初にアジトに来た時。
打倒ネオス―それしか考えていなかった。
単身で乗り込んで来て、頭領との一騎打ちを受け入れてもらえなければ、通常なら団員によって制裁を受けていたのだろう。
後で思い返せば、無茶な行為だったと、改めて思う。

しかし、最初の一騎打ちに敗北し、団員としての残留を命じられた後は、ネオスを倒すために―と、自分の力を向上させる訓練や依頼、仕事は積極的にこなした。
その後…だんだんと、自分の気持ちや、アジトの団員達の態度に疑問が生じてきた。

団員は、最初は「頭領を倒しに来た」というルギに対してぎこちなかった。
しかし、毎日を共に生活しているうちに、気さくに接してくるようになってきた。
顔を見れば挨拶をし、食事もみんなでとり、訓練や仕事中も、指導や助言、サポートを行ってくれた。
ルギは、団員と馴れ合う気など、さらさらなかった―なのに、なぜか回りはやたらと世話を焼いてくる。
それが、今までに経験したことのないことだったので、なんだか居心地が悪かった。

ネオスは、ルギには自分から特に接触しようとはせず、訓練等の報告だけを受けていた。
食事の時は、ダイニングで顔を合わせることもあったが、ネオスは他の団員たちと談笑し、いたって普段どおりだった。
そんな毎日を送っているうちに、このままでいいのだろうか、という疑問が、ルギの胸の中に沸いて来た。

……俺は、本当にネオスを倒せれば満足なのか…?
……そして、もし倒せたら、その後どうするんだ…?

立ち止まって雪を見上げながら、そんなことを思う。
曇天の雲を見上げ、ハァ、と息を吐く。
白い吐息が、空に昇っていった。

そして、思い出す。
愛しい、大切な妹。
ネオスが来た夜に見せた、最初で最後の、日の光がこぼれ落ちるような笑顔。


……もし、ネオスを倒したら、お前は笑ってくれるのか…?
……もし、あのときに薬が間に合っていたら…、その後病気が治ったら…。

…お前は、笑ってくれたのか…?


いくら考えても答えが出ない。
そんな葛藤に押し潰されそうになり、ルギは俯き、硬く目を閉じた。

「…ユイリ…」

1
最終更新日 : 2013-04-21 03:23:49

アジトに戻ったルギは、その後、模擬戦に参加した。
1対1の対決の相手は、シーマだった。

双剣のルギに対し、長剣一本のシーマ。
一礼し、すぐさま戦闘が開始される。

双剣で、あらゆる角度から斬撃を浴びせるルギの攻撃を、シーマは悉くかわしていく。
黒烏団の団員は、盗賊だけあって、皆回避の動きが俊敏であった。
少し重量のあるルギの双剣は、威力がある分、隙も多少ある。
すばやい敵を捕らえるのが、苦手だった。
しかし、今は―

手加減せずに、容赦なく撃ち込んでくるシーマの鋭い剣先を、ルギは一瞬の隙をつき、左の剣で受け止める。
そのまま、腕を回転させ、左右の剣でシーマの腕ごとねじり、シーマの剣を弾き飛ばした。

キィィンと、甲高い音が鳴り響き、シーマの剣はクルクル回転しながら、後ろの地面に突き刺さる。
シーマは、後ろにバック転をし距離をとり、剣を取ろうとした。
しかし、間合いを詰めたルギが、シーマの喉に鋭い刃を突きつける。

「そこまで!」

ダインの大声が響く。
シーマは冷や汗をかいていた。

「…うわぁ、負けちゃったな…」

困った顔で、笑顔を作る。

「おめでとう。君の勝ちだ」
「……ああ」

シーマに言われ、ルギは剣をひいた。
少しずつではあるが、ここに来た時より確実に、実力は向上している。
もっと、もっと力をつけねば…!
ルギは、シーマに勝利した余韻に浸る暇もなく、足早に中庭を後にした。

ルギの姿が見えなくなった後、汗を拭きながら、シーマはダインの傍に腰をかけた。
水を差しだしながら、ダインはシーマに言った。

「おう。お疲れ。奴とやって、どうだった?」

シーマは、肩を落として、フゥとため息をつきながら言った。

「見ての通りですよ。成長が著しいですね。元々、二刀流というのは強みですが、ますます強くなってる。文句なしですね。ただ…」

少し表情を曇らせるシーマに、ダインは首を傾げる。

「ただ、なんだ?」
「あ、いえ…。最近のルギの様子が、おかしいんです。元々、無口で団員ともほとんど話はしてなかったんですが、最近さらに、自分から人を避けてるというか…」
「そうかぁ?」

ダインは気づいていない。

「はい。それに、彼…最近、何かの訓練とか、用事がない限り、夜アジトにいないんですよ…」
「下山して、麓の街の女の居る店で、飲み明かしてるんじゃねえのかぁ?」
「ダインさんじゃないんですから…」

ガハハ、と笑うダインに、シーマは苦笑した。


「もともと、お酒飲まないですよね。ルギって、食事も本当に少量ですし、間食もしてないし。彼が酒臭いことなんか見たことありません。それに、最近あんまり、寝てないようなんです。なにか思い詰めている感じで…」
「ふーむ」

ダインは、無精髭を指でなぞる。

「まぁ、俺としては、腕がたてば大歓迎なんだけどなぁ。情緒不安定とあっては、少々困るな」
「そうですね、仕事中に影響があるかもしれませんし」
「一応、頭領に報告しておくかぁ。なんか変わったことがあれば、教えてくれや」
「はい」

そういって、ダインは巨大な大剣を片手で軽々と担ぎ、アジトに戻っていった。
シーマは、フゥとため息をついた。

「…これ以上放っておくと、手遅れになりそうな気もするけど。ルギ、大丈夫なのかな…」

シーマは、ヨイショと武器を装着し、アジトへ入った。


2
最終更新日 : 2013-04-21 03:24:32

ルギは、夜にアジトを抜け出した。
最近は、食事もろくにとらない。
とれなくなっていた。

何かを食べようとすると、手が止まる。
口に入れることが出来ない。
目の前に、フラッシュバックする惨劇―。
壁に、床に、ベットに残る血糊の手形、そして血溜まりに倒れるユイリ―。


(頭が破裂しそうだ…!)


両手で頭を抱え、空を仰ぐ。
苦しくて、たまらない。
時間が経つにつれ、だんだんとユイリの死様を思い出すことが多くなってきていた。

―ルギは、今夜も、静かな湖の水辺に来ていた。
岸辺に座り込み、ひざに両腕をかけ、顔を埋めた。
ハアーっと息を吐き、少し気持ちを落ち着かせる。

日中、訓練をしていたり、仕事をしていたり、何かに打ち込んでいられるうちはいい。
何も思い出さなくて済むからだ。
だけど、夜一人になり―寝ようとすると、どうしても同じことばかり考えてしまう。

自分の中で、どうすればいいのかがわからない。
答えが出ない。

最初は、ネオスを倒せば、すべてが終わると思っていた。
それは、ユイリとの約束だから…というのももちろんだったが、妹の悲しい顔を、もう見なくてすむと思っていたから。
自分の中のユイリは、きっと笑ってくれる。そう信じていたのだ。
だけど、盗賊団に来て、団員達の中で生活するようになって、それで本当にいいのか、わからなくなった。

ずっと一緒にいたのに、いつも申し訳なさそうな顔で、ルギを送り出していたユイリ。
家に帰れば、寂しかったであろう顔をほころばせて、笑顔で迎えてくれた。

しかし、ネオスに見せたあの笑顔。
自分に向けられたことのなかった、優しい微笑み―。

もしも、ネオスを倒すことが出来たら、ユイリは笑ってくれるのか…?
そんな疑問が、盗賊団の中で生活しているうちに、どんどんルギの中で膨らんできたのだ。
そして、そう思うようになってから、食事も睡眠の量も比例して減っていった。
さらに、新たな考えが浮かぶ。

もし、自分がもっと早く、病に利く薬を見つけていれば、それですんだのではないか。
それとも、今後、どんなに頑張っても、妹の命が救われることはなかったのではないか。

終わってしまったこと―とはいえ、次々と後悔の念が浮かぶ。
自分の色々な想いが胸を交差し、重みに耐え切れずに、押しつぶされそうになる。

(…お前と、ネオスを倒すって、約束したのに…)

その約束すら、守るべきなのか、自己満足なのかも、わからなくなってしまっていた。

3
最終更新日 : 2013-04-21 03:24:53

翌日の夜―。

いつもどおり仕事をこなしてはいるが、食欲もなく、人を避けるルギを、シーマは心配していた。
夕食を終え、フラフラと部屋に入るルギを後ろから見送り、シーマはその夜、頭領の部屋を訪れた。

ノックをすると、ネオスが入り口を開けた。

「なんだ?」
「…頭領、最近のルギは、精神的な疲れが見え始めています。このままでは、立ち直るどころか、身体もボロボロになってしまいます…」
「…そうだな」

ネオスも同意する。

「頭領は、最初ルギが来たときに言いましたよね? 「性根を叩きなおすいい機会だ」って。でも、ちっとも彼は立ち直っていません。我々は、技術的なことではサポートできますが、心のケアをしてあげることができなかったんです…。」

シーマが力なく項垂れた。
ネオスが、そんなシーマの肩をポン、ポンと叩く。

「……お前たちには感謝している。俺の一存で決めたことに、従ってくれているのだから。良くやってくれている」

そして、ネオスもため息をつき、目を伏せて言った。

「…あいつが立ち直るには、あいつが自分で答えを見つけるしかない。真実は、あいつの中にある。導き出すことが出来るのは…本人だけなんだ」
「真実…?」

シーマが呟く。
ネオスは、頷いた。


(………真実ってなんだ………)


今夜も眠れそうにないからと、外に行こうとしていたルギは、通路でネオスとシーマの会話が聞こえてしまい、立ち止まっていた。
その後も二人は話していたが、その後は今後の訓練の方向性などの話になり、そのまま部屋の中に入っていった。

(……そういえば、ネオスは何か…隠してるな…)

前から、少しづつ思っていた。
以前、ネオスが家に現れたときに、すぐに『妹の病に、盗品の薬を使うな』と言った。
―なぜ、初対面で会った妹の病気を、すぐに断定できた?
妹に病名を聞いたとしても、なぜ盗品が、ギルドに入るとわかっていた?
どうして、自分が、ルドベキアの盗品の薬を手に入れようとしているとわかった?
誰にも言っていないのに。

ネオスはいつも、自分からは何も言わない。
皆を信じて、任せて、自分では結論をださない。
そんなことが多かった。

(……確かめなければいけないのか? 俺は…)

そのまま部屋に戻り、ベットの上にゴロンと寝転がる。
そして目を閉じる。

……真実。

妹が死んでから、何も考えたくなかった。
真実なんか、何もない。妹がいなくなった、ということだけ。
例え何か知っても、現実は変わらない。
『死』は、なかったことにはならないから。

……だけど、それが逃げだというのなら、知ってやる。
俺の『真実』を………!


4
最終更新日 : 2013-04-21 03:25:10

数日後―。

ネオスが仕事で、しばらく出張することになった。
そのチャンスを逃さず、ルギは行動に出た。

夜中に、ネオスの部屋に侵入し、仕事の調査結果報告書を探す。
さすがに、盗賊団頭領の部屋だけある。
何重の罠と、厳重な鍵がついていたが、盗賊の腕は一流のルギには、解除することが出来た。

そして、あの日―
ルギの家に来た日、妹に初めて会った日のネオスの仕事内容を調べるため、パラパラとページをめくる。
そこには、こう書かれていた。

『998年10月24日
 依頼 : セイクレア盗賊ギルド(仲介)
 依頼主 : セイクレア魔法学院
 依頼内容 : 改良型モンスターの密輸の阻止
 詳細:998/10/24 
     セイクレア魔法学院の入手情報によると、
     ルドベキアで作成された改良モンスターが、
     セイクリッド国内に輸出されようとしている。
     これを阻止せよ。
     改良型モンスターの生死は不問とする。 
 経過:998/10/26 
     処理完了。
     セイクレアへ帰還する。』

(これは、大型蛇のことだな…)

ネオスに妨害されて、失敗となった改良モンスター捕獲の依頼を思い出す。
しかし、知りたいのはそのことではない。

ルギは、ページをパラパラと開く。

『998年10月20日
 依 頼:セイクレア盗賊ギルド(仲介)
 依頼主:カレス(男性)
 依頼内容:開発研究薬品(新薬)の回収もしくは破壊
 詳細:998/10/20 
     ルドベキアの盗賊ギルドメンバー 
     第9幹部によって、
     カレス家研究室から、
     新薬「
エクイセト」が盗まれた模様。
     至急回収願う。』


(新薬…)

これがきっと、妹の病気の薬なのだろう。
しかし、ネオスは麻薬、と言ったのだ。

(どういうことだ…?)

ここには、依頼内容しか書かれていない。
そのまま、視線を下に落としていくと。

「契約に相違あり。契約違法行為のために契約は無効とし、破棄する。
 依頼主 カレス には、ギルドよりの追手を派遣し、処理するものとする。」

(……違法行為?)

そこに書かれていたのは…

『セイクレア魔術師ギルドの調査結果報告
 依頼主:セイクレア盗賊ギルド幹部 ネオス
 依頼物:新薬「
エクイセト
 結果:新薬「
エクイセト」の成分分析について
     独断の調査の結果、新薬は、不治の病「アッシュブラッド」に対して、
     効果がある薬では、ないものとする。
     詳細成分として、数種類の薬草が混合されているが、
     病に効く成分は全く含まれていないことが判明。
     また、中毒性の高い混合薬が混入されていると思われるため、
     人体には悪影響を及ぼす。
     以上により、開発元の「カレス」が、虚偽の申請を行っていたことに対しての処分を行う。
     なお――――    』



その文章の続きを読んで、ルギは息を呑んだ。

「……そういう………ことか………」

思わず、口から言葉が漏れた。
だから、ネオスは知っていたのか…
あの薬が、麻薬だと…。

そして、真実を――

ルギは報告書を閉じ、部屋を後にした。

ルギが最期に見たページには、こう書かれていた。


「―なお、症状が重症化し、

 吐血等の末期症状が現れた

 患者についての治療薬は、

 ―未だに、開発されていない― 」


5
最終更新日 : 2013-10-23 08:23:32


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