目次
MUGA 第6号
目次
例外者たちの詩     那智タケシ
季節の詩     rita
「人間には、自分で自分を治す力がある」 菊地久幸×那智タケシ
世界中の人に自慢したいよ~忌野清志郎のうた
《無我的観照》第2回 『白痴』(ドストエフスキー著)から読み解く現代のキリスト像
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―
★編集後記
MUGA 第7号
目次
『例外者たちの詩』  那智タケシ
『季節の詩』  rita
歌うも舞うも法の声~「AKB48」に寄せて
《無我的観照第3回》 霊的女優・イレーヌ・ジャコブ論
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―
★編集後記
MUGA 第8号
目次
『例外者たちの詩』  那智タケシ
『季節の詩』    rita
編集会議 「AKBは無我的か否か」
川の流れのように~秋元康にみる「無我的表現」
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々― 
★編集後記
MUGA 第9号
目次
例外者たちの詩     那智タケシ
『季節の詩』    rita
「何もしない時間の大切さ」 菊地クミユキ
無我表現としてのAKB前田敦子
無我的観照第4回 『マイネームイズハーン』に見る愚直な愛の表現
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々― 
★編集後記
MUGA 第10号
目次
『例外者たちの詩』  那智タケシ
『季節の詩』     rita
「土も人間も健康にする内城菌の力」 瀧 芳人(ヤマイチシステムプロデュース代表)
AKB48仲谷明香『非選抜アイドル』にみる無我表現
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―
★編集後記
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目次

無我表現研究会発行 月刊メルマガ第6号

 

◆目次

 

◇アート

 

・詩

 

『例外者たちの詩』  那智タケシ

 

『季節の詩』     rita

 

◇新春対談

 

「人間には、自分で自分を治す力がある」 菊地久幸×那智タケシ

 

◇評論

 

・評論

 

世界中の人に自慢したいよ ~忌野清志郎のうた

 

               高橋ヒロヤス

 

・《無我的観照第二回》

 

「恋愛VS憐憫」

 

『白痴』(ドストエフスキー著)から読み解く現代のキリスト像

                    

               那智タケシ

 

◇エッセイ

 

アラスカ便り―北の果てに暮らす日々― 

『光のコラージュ』      長岡マチカ


例外者たちの詩     那智タケシ

★詩

 

 例外者たちの詩     那智タケシ

 

 

★紅の斜光を浴びながら

 

 紅の斜光を浴びながら

 

 道端に寝そべった枯れ草や

 

 コンクリートの壁に頭をもたせかけた

 

 痛み疲れた花の残骸を見る

 

 彼らは、今、死にかけている

 

 いや、もう死んでいるのかもしれない

 

 真夏の夜の夢を謳歌した美しき人よ

 

 あなたもまた、死にかけているのだろうか?

 

 今、死は至るところにあり

 

 生命の大原理の秘密を隠すことなく開示している

 

 生と死が顕になった偉大な世界

 

 途方も無く生々しい、ざらついた横顔

 

 しかし、人は誰一人として死を見ていなかった

 

 紅の斜光を浴びながら

 

 死の中に身をもたせかけている花がある

 

 今、紅の斜光の中で生と死は一つになり

 

 あなたの前に浮かび上がった

 

 

★きみたちはあまりにも素晴らしい存在なんだから

 

 とある夕暮れ

 

 みすぼらしい校庭のブランコに

 

 三、四人の少年、少女が寄り集い

 

 何やら秘密めいた

 

 楽しげな時を過ごしていた

 

 一人の少年が空を見上げ

 

 かわいい声で言った

 

 もう帰った方がいいのかな?

 

 彼らの頭上には暗雲が

 

 生き物のように蠢く巨大な影が

 

 地上の支配をもくろむかのように漂っていた

 

 もう帰った方がいいよ、と思う

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なんだから

 

 一人の少女が言った

 

 もう帰った方がいいよ

 

 少年は得意げに答えた

 

 雨が降っても大丈夫だよ

 

 少年の家が近いからだろうか?

 

 それとも傘を持っているからだろうか?

 

 でも、もう帰った方がいいよ

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なんだから

 

 ほら、雨が降り出した

 

 上空から風が降りてきた

 

 そしていつの間にか

 

 どこかからか現れたカラスの群れが

 

 大群が

 

 気流に乗って縦横無尽に旋回し始めた

 

 もう帰った方がいいよ

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なんだから


季節の詩     rita

★詩

 

 季節の詩     rita

 

 

 【・お日さま・】

 

 

 冬晴れの明るい空

 

 いくらか首を上げるので

 ご挨拶させてください

 お日さま

 

 こんにちわ

 わたしはあなたの光彩と

 手をつなげそうなところにいます

 ダンスを一緒に踊りませんか?

 

 

 

  【・ふくら雀・】

 

 ふくら雀のおなかの中は

 

 好物のあんころ餅を

 かくしてあるの

 

 愛してるのチュンチュンを

 100万回しのばせておくの

 

 ピリピリする冬の朝も

 へっちゃらなの

 

 あまい あまい ふくら雀

 

 

 【・イチゴ・】

 

 寒空の屋根の下の口の中に

 

 イチゴは甘くて爽やかな

 5月の風を送りこむよ

 

 噛むほどに

 シンバルみたい

 パォォンと流れるのよ

 

 

 【・裸木・】

 

 裸木を見上げたら

 

 細かな無数の枝が

 羽毛みたいにふわふわ

 

 天に誓って

 隠しごとは何もない

 ひろげるその胸

 

 Hold on me !

 

 

 【・星・】

 

 星のかたちをした天使は

 オペラグラスで一晩中

 ぼくらを見つめ続ける

 

 ぼくらは滅点滅を繰り返し

 てんとう虫みたいに

 冬の星々へとんでいく

 

 闇をこんもり盛った

 夜のボウルの中のできごと

 

 

 【・満月・】

 

 夜空を回遊してる雲たちは

 

 満月を通り過ぎるばかりで

 その中へ入ろうとするものはなかった

 

 ぼくは入ってみたかった

 

 ギンギンに見開いた瞳は何を映してるんだろう

 コンジキに溢れる涌泉はどんな心地なんだろう

 

 ポッカリとあいたトンネルの入口は

 どこへ繋がってるんだろう

 

 そうしてぼくは 月へダイブした

 

 宇宙に躍り出た


「人間には、自分で自分を治す力がある」 菊地久幸×那智タケシ

『人間には、自分で自分を治す力がある』  

 

              1月6日 茨城県稲敷市の林の中&飲食店にて

 

                         菊地久幸×那智タケシ

 

    菊=菊地久幸・・・ウルトラリンパ開発者

    那=那智タケシ・・フリーライター・無我表現研究会代表

 

 

●癌患者を治癒させたリンパ療法(鳩小屋のある林の中にて)

 

 那 菊地さんは、役行者以来の千日回峰を千三百年振りに成し遂げたという塩沼亮潤さんともお知り合いなんですよね。

 菊 彼も苦行で足や腰を悪くしていたんですね、二十年間くらいずーっと仰向けで寝ることができなかった。オリジナルのリンパ治療すると、次の朝、自分の部屋に来て「二十年振りに仰向けに寝れました」と。

 那 即効性がある。

 菊 そう、ただ悪い所を治すには多少痛い。その一回目の痛みを我慢できれば治る。だから今はどこに行っても治らないような難病をやってみたい。頭痛やヘルニアはもう何回もやっているから。

 那 癌はどうですか?

 菊 癌もやっているよ。三人くらい治しているというか、治ったよ。

 那 治った?

 菊 うん、大腸癌と子宮癌をやっているおばあちゃんがいたのね。一昨年、手術して全部取らなくちゃいけないという話があって、おれにちょっとやってくれないかって。一週間に一回ずつ全部で八回やったのかな。するとおれの感じる悪い部分がなくなっていたから、手術する前に大きな病院二箇所で検査してみてください、と。それで函館の人だから、大きな病院に行ったんです。それで検査したら何も写っていない、と。大腸癌と子宮癌だよ。もう一箇所の病院には行く必要もない、と。肺癌の人もやりました。

 那 なぜ治るんですか?

 菊 つまり、血液の循環なんですよ。癌細胞を治すためには、細胞を活性化させると勝てる。おれはそう思っている。要するに癌になる細胞には、活性化する細胞がない。何かが原因で、できものが出来、それが悪性になる。理由は血液の循環です。そこの周りから攻めていけば、細胞も活性化する。すると人は自分の体で自分を治せるようになる。これはおれは何百例もやっているから自信がついた。運が良かったのはいろいろな病人に出会えたから。

 那 菊地さんはカナダに三十年以上いたということですけれども、向こうにいた時もそういうことをやっていたんですか?

 菊 いや、こっちに来てから。三年ほど前に帰国してからですね。ただ、自分は北海道生まれなんですが、うちのばあさんがいたこなんですよ。恐山でやっている人いるでしょ? お金をもらわないで精神的な悩みとか、いろいろな人を治していた。警察の捜査にも協力したりね。小さい頃から不思議だなぁ、と思っていたんだけど、小学校の頃、自分にもそういう力があるなと気がついたんです。そういう自分にわからない力と技術を上手くミックスすれば人は治るんじゃないか、と。

 那 資質があったわけですね。

 菊 そう、だからお金がない人でも良い人だったら自分はお金をもらわなくても治してあげたいと思うし、どんなにお金があっても性格が悪い人は早く死ねばいいとか(笑)。そんなの治してやる必要はない。だいたいそういう猜疑心の強い人間は治らない。人間って上手くいっているよ。

 今は治療を中断して茨城の奥地に引っ込んで趣味専門で生きている。それでも、「一回来てくれないか」とか、たまに都内の家に戻る時はやっています。

 那 菊地さんとは、その趣味のつながりで、ぼくがその趣味の専門誌の記者をやっていることもあって知り合ったのですから、不思議な縁ですよね。取材帰りにたまたまタクシーを同乗して、世間話をして、何となくスピリチュアルな話になった。それまでお互いの背景はまるで知らなかったわけですから。

 菊 そういうもんだよ。人は、つながるところでちゃんとつながっている。

 那 菊地さんは帰国して三年でどれくらいの患者さんを見たんですか?

 菊 口コミで人が来て、何百人もやっている。有名人も来ましたよ。

 那 精神的な疾患についてはどうですか?

 菊 ノイローゼとか躁鬱とかも、本当に健康な身体である人は悩むことはない。健康でない人は精神を病む。精神を病むと健康を害する。向かい合っているんですよ。

 

●自分を助けなければ人を助けることはできない

 

 那 ところで、なんでカナダに行ったんですか?

 菊 日本的な体質が嫌だったんですよ。最初の理由は格好いいものではない。二十四歳でカナダに行って、二月に着いたのですが、三月には数の子の輸出で成功してしまったんですよ。水産の輸出の会社を作ったんですが、個人輸入では初じゃないですかね。最初の二ヶ月で一千万円儲けてしまった。三十年以上前ですからね。今の額なら一億以上です。それから材木の輸出の会社を作った。神社やお寺で使うヒノキ。六百年以上の特殊なものは日本ではほとんどないのですが、それを輸出していました。

 那 いきなり成功したのはすごいですね。

 菊 小さい頃から運がいいんです。カナダに行って、できないと思われることでもその気になればできる。思ったことはその通りになる。本当は、誰でもできるんです。ただそこまで集中できない。一平方メートルに一トンの力を置くのと、一ミリ平方メートルに一トンの力を集めるのは違う。通るんです。それが集中力。だから自分には「だめだ」というのはない。人ができないと思うことをやるのが好きなんです。

 那 それと同時に、バンクーバー島でサバイバルのようなことも教えていたということですが?

 菊 カナダの日本人学校では先生も生徒と一緒に鍛えていた。山の中で一緒にトレーニングする。先生が死に物狂いでやっているのを生徒が見ている。生徒も先生を信頼するようになる。カヌーやカヤックを教えたり、ロッククライミングとか。小さい時に遊びを知らないやつは何をやってもだめ。いろいろなことを経験しておかなくてはならない。勉強、勉強では楽しくない。中高生が来たらクルーザーを借りてキングサーモンを釣るトローリングをしたり、セスナをチャーターして、氷河を見に行く。いろいろな楽しい経験をさせ、厳しい経験もさせる。一番大切なのは自分で自分の身を守ること。自分の命を意識できること。それが日本にいるとなかなかできない。

 那 生きることにリアリティがなくなっているのはありますよね。バーチャルばかりで。

 菊 そうなんだよ。だから生徒たちにそういうことを意識させる。若い奴等はどこかで諦めてしまっている。よく言うのは、人の前に自分を大事にする。これが一番大事。自分を大事にできない人は、他人も大事にできない。自分を助けなければ人を助けることができない。自分をわがままにさせることによって、自分の能力というのは一番出る。人の目を気にして規制しだすと、自分の能力は出ない。

 那 それはわかります。心理的ブロックを外して開放する。

 菊 そう。子どもたちは全部規制されるじゃない。

 那 受験とか、出世コースとか。

 菊 ただその先に夢があればそれでもいい。おれはね、子どもたちに楽しいことを教える。その楽しいことをやるためには、時間も金もいる。するとやっぱり金を儲けるために働かなくてはいけない、とわかる。するとやっぱり勉強もしなくてはならない、と子どもにわかる。今の日本人は退職すると何も遊びができない。飲みに行って、カラオケくらい。こういう風に山の中で、鳩小屋を作って遊んだりできない。

 おれは自分でスモークサーモン作れるし、味噌も作れるし、醤油も作れるし、塩も作れる。食い物がなくなったって生きていける。木があれば火も起こせるし、魚も獲れる。近くの農家の人は野菜を分けてくれる。電気なんかいらない。みんなそこまでできない。なぜできないかというと体裁だよ。人間の強さはそういうこと。何もないところで生きていけるやつが一番強い。成功しているやつが失敗するとすぐ自殺するでしょ? なんでかと言えば格好悪いから。今まで格好つけていろんな余計なことを言ったり、見せたりしているから戻れない。

 那 蓄積してきたものを自分だと思っている。レッテルや権力。そういう人は他人のこともレッテルや権力でしか見れない。本当は空っぽで何もない人間の方が強いのにね。

 菊 そう、いざとなった時にね。ただ一人になった時でも生きていける業を持っていなくてはならない。それがないから心配で人の言うことを聞くしかなくなる。自分で生きていけたら人の意見を聞く必要がないでしょ。聞かなくていいということは自由じゃん。

 那 そりゃそうですね(笑)

 菊 とにかく若い時は好きなことをやればいいと思うんです。間違っているか間違っていないかは自分が決めること。小さなことからでもやればいい。そして自分を試せばいい。おれはなんで世の中に生まれてきたんだろう?と今でも思うのね。必ずおれを必要とすることが世の中に出てくるな、と。ただこの二、三年は趣味に生きて楽をしようと。

 

●血流が良くなれば病気は治る

 

 那 菊地さんは何かの修行をしたわけですか?

 菊 修行というより、資質だね。例えば、苦行のようなものをやっている人もいるけれど、実際に何ができるのかと。自分は目の前で人を治せるよ、あなたは何ができるかと。

 那 ああ、それはわかります。たとえば精神世界なんていう業界でも、愛だとか悟りだとか言うけれど、結局本当に身体に身についているのかな、と。金儲けしたり、名誉欲だけでやっている感じの人がほとんどです。顔見ただけで近づきたくないな、と。顔を見てわかるんです。理屈じゃないんですよ。

 菊 そう、そういうのはほとんどが金儲け。実際、その力を使ってあなたは何ができるの?と。そういうことでしょ?

 那 その通りです。人を実際に治すとか、現象に影響を与える。あるいは芸術作品を作ったり。何かを形にして表現してはじめてその真価が問われると思うんです。だからぼくは無我表現なんてことを謳っているわけですが。悟りうんぬん言っても、これは一部の業界だけで、社会には伝わらないな、と感じたので。

 (火を焚く)

 菊 火を見ているだけで違うよね。慰められる。

 那 ほんと、そうですね。

 菊 高級な所に行くよりずっといいじゃん。こういう所で焚き火をしているほうが。世の中楽しくないなんていうけど、火を見ているだけで幸せじゃん。

 那 ええ、本当にね。

 菊 山の中だから燃やすものもたくさんあるしね(笑)

 那 ところでリンパ治療の話に戻るんですけど、普通のリンパマッサージとは違うんですよね。

 菊 全然違う。ただ人の身体に触れるには免許がなくちゃならないから、一応免許を取ったけれど、自分の完全なオリジナルです。

 那 名称は何かあるんですか? 菊地なんとかとか。

 菊 ウルトラリンパって呼んでます。

 那 どんな風に治すんですか?

 菊 場所によって違うんです。頭、首、肩、腰。病気によってやるところが違う。ただどんな病気でも皮膚の表面に出てくる。

 那 実際にはどういう風にやるんですか?

 菊 悪いところってね、普通はこういう風につまめるのがつまめない(皮膚をつねるようにつまむ。かなり痛い)。こっちはそっちほどじゃない(逆の腕をつまむ)。リンパをやると痩せるのよ。老廃物が出ちゃうから。女の人なんかはちゃんと昔の体型になる。不思議に。身体が悪くてやっているうちに体型が良くなる。要するに、余計なものが取れてたるんでるものが絞まるわけね。

 那 それは押すとかじゃないんですか?

 菊 押さない、押さない。触るとわかるんだけど、詰まっているところは開けてあげなくてはならない。

 那 つまむってことですか?

 菊 つまむのとも違う。つぶしていくって感覚。老廃物とかそういうものをはがしていく。ゆるめていくというの。リンパを開いていく。

 那 ただつまむのとは違う?

 菊 違うね。

 那 極意的なものがあるんですか?

 菊 指先で感じるものがある。自分でどんなにやっても痛くないけど、おれがちょっとやるだけで針を刺すように痛い。

 那 痛い所が悪い?

 菊 そう、痛い所が悪い所。それが基本。でも痛い所を一回やると、次は痛くない。

 那 ほぐれるというか?

 菊 ゆるむ。だからそういう風にゆるめていくと血流が良くなるわけでしょ。するとその奥も良くなる。だから肝臓が悪いと肝臓の外側が固くなっている。そして冷たくなっている。冷たいということは毛細血管が詰まっているということでしょ。尻が冷たいのはいいというのは嘘なんです。尻はあったかくないと。尻に一番疲れが溜まる。腰じゃないんです。尻なんです。悪い人は全部尻が悪い。坐骨神経痛というのは尻でしょ。治らないというけど、あんなものは一回か二回で治る。リュウマチとか、神経痛、全部基本はいっしょ。血流が悪くなっている。筋肉が固くなる。

 整骨院に行って骨が曲がっているというでしょ。何で曲がるかというと片方の筋肉が固くなってひっぱっているから。骨を戻したって、筋肉が緩んでいなかったらまた戻ってしまうでしょ。そこを緩めといて戻さなくちゃならない。でも、その緩め方がわからないわけ。

筋肉だって一つの場所に何本も分かれてあるわけでしょ、それを一つの筋肉だと思っている。でも、筋肉は疲労するとくっついちゃう。筋肉同士がくっついて、筋肉が皮とくっついて、筋肉が骨ともくっついちゃう。するとその間を血が流れにくくなる。全部固まってくると、今度、血液を流すのに、血圧が必要になる。だから血圧が上がってくるわけ。それを緩めると血圧が下がってくる。理屈はそうでしょ?

 那 そうですね。

 菊 血流が流れやすくなると全部よくなる。冷え性も治る。冷え性というのは血液が行っていないだけだから。全部関係がある。通風もそう。指先が痛くなる。指先に血液がいかないのが原因。

 那 すべては血流ということですね。

 菊 歯医者に行って、歯槽膿漏って言われたんですよ。歯も抜かなくちゃいけないと。ちょっと待ってくれと。リンパをやっているからと。それで自分でリンパをやったら治ってしまった。自分で修正する。人間にはその能力がある。

 

●カナダナンバーワンの祈祷師との神秘的な交流

 

 (焚き火に木をくべながら)

 菊 暗くなるとさ、星空だよ、きれいだよ、最高だよ。夕日もきれい。おれは鳩を飛ばしてから、九時頃までここにいる。真っ暗だよ。火や夜空を見つめている。贅沢だよ。酒を飲んだら歩いて帰る。贅沢なんて簡単にできることじゃん。

 那 シンプルで一番の贅沢ですね(笑)

 菊 おれの友達にインディアンのサムというのがいる。ものすごく仲がいいんだけど、カナダナンバーワンの祈祷師。彼のところにアイスホッケーや大リーグの選手が来る。サムの小屋に来て、寝袋で寝る。やつらは何十億という給料をもらっているんだよ。でも、高級なホテルに泊まらない。サムの話を聞いて小屋で寝る。そこにはエネルギーの動くところがある。すごいんだよ。夕方、六時とか七時になると、おれのイメージだと直系二百メートルくらいの玉がうわーっと移動するわけ。風も何もないんだよ。すると木がぶわーっと揺れ出すわけ。その向かいにドクターマウンテンという山がある。その山に登ると病気が治ると言われているエネルギーのある場所。

 那 サムさんとはどうやって知り合ったんですか?

 菊 ハーレーの暴走族みたいなヘルズ・エンジェルスに絡まられたことがあるんですよ。ある広場でこっちが生バンドみたいのをやっていたら、うるさいと。それでリーダーがやって来て、命が危なかったんですが、こっちは堂々としていた。「おまえは何を信じているのか?」と聞くから、「何も信じていないけど、おれの中には先祖の神様がいる」と答えた。そしたら「おれもまったく同じことを考えている人間だ」と抱きしめられた。それから大の親友になって、カナダに友人を連れていくと、ハーレーでヘルズ・エンジェルスが誘導してくれる(笑)。そのリーダーの右腕がサムの連れて行ってくれた。

 那 すごい話連発ですね(笑)

 菊 そう、それで最初、サムと飯を食っていたら、裏口からうちのばあさんが来た。死んだいたこのね。そういう話していい?

 那 いいですよ。

 菊 するとサムは、それから二、三分経ったら線香をあげはじめた。自分の作った線香。その時は何もその話をしないで、次の朝、飯を食いながらおれに、「昨日、おばあちゃんが来てたね」と。「どこに座った?」と聞くと、おれの横を指差した。それでお互いがわかる。一言も言っていないんだけど、そういう会話になる。

 日本から友達をサムの所に連れて行った時、サムの所に救急車が来ているからちょっと遅れて行こうと。自分には山の中のことが見える。それで二時間くらいドライブしてから行くと、まだ救急車がいた。ちょっと早すぎたな、とか。見えるんです。みんなそういうのを見てる。おれの傍にいるとみんなそういう経験をするからわかってくる。するとみんな段々なれてきて驚かなくなる(笑)。菊地なら当たり前だろ、と。

 那 神秘が日常になる(笑)

 

●痛みのすべてを受け入れると、病が治る

 

 菊 だからできないことを言っちゃいけない。身体の話でも、この間も、どこに行っても治らない人を連れて来てください、と。性格の良い人なら治しますよ、と。お金がなくてもいいですよ、と。いろいろな修行をしたという宗教者でも自分の体を自分で治せない。それはどういうことなのかと。

 那 おっしゃる通りだと思います。ぼくの場合は、もっと精神的なあり方みたいなもので、病の治癒を体験しました。二十歳の時に蓄膿症の手術をしたんですよ。でも術後の状態があまり良くなかったんです。後遺症みたいのがあって、何年か一度、顔面が腫れてものすごい激痛が来る。救急病院に何回も駆け込むくらい痛い。去年の夏ごろそれがあったんですよ。またきちゃったな、ってわかるんです。鈍痛が始まって。嫌だなと、と。でもこれは受け入れるしかないな、と。

 菊 そんなことはないよ。それは膿がたまって拡がるからまわりを押して痛いんですよ。

 那 論理的にはそうなんですよ。ただその時はあえて痛みから学ぼうと思ったんです。味わって。自分の自我を見るというのをやってきて、痛みも貴重な体験だから、味わってやろうと。いろいろな人が痛い思いをしていると。世界に痛みはいっぱいある。もしかしたらこれは誰か子どもの痛みを受け負っているかもしれないな、と。宗教的な気分になった。だったらもっと痛くなれと思ったんです。何でも来いと。そうしたらその晩から痛みが全部なくなって、慢性病もなくなった。スプレータイプの鼻炎の薬を使わないと寝れなかったんですが、まったくいらなくなりました。

 菊 それはわかる。

 那 受容したら抜け落ちて、心の垢も溜まっていたものが落ちてしまった。エネルギーが上から降ってくる感じで、浄化されたのがわかったんです。ああ、落ちていくな、と。自分の心理的抵抗もなくなったな、と。慢性病に対する心理的抵抗が三十年以上もあって、ずっと小さい頃からついてないな、嫌だな、と思っていた。それを受け入れた時に消えてしまった。抵抗がなくなった。

 菊 それは身体がプラスに作用するわけ。精神的な自然治癒力。コントロールできちゃう。

 那 そう思いました。治せるな、と。

 菊 だから全部が上手くいく。すべてが。だから癌でも自分で治せる。そういう風に考えれば。

 那 抵抗しない。

 菊 そう、受け入れて自分がプラスになっていかなくてはいけない。そうすると、治っちゃう。

 那 ある種、心理的なものも肉体的なものも流していくというか、抵抗をしない。すると浄化されて、ある種、万能感が生まれる。何でもできるな、これは、と。

 菊 自分に負担をかけないということは、さっき言ったようにやりたいことをやっていくことにつながる。いい意味でわがままになるとプラスになっていく。何でもできるようになる。本当に。

 那 だから菊地さんの話は納得いくし、何の抵抗もないんです。

 (しばし休憩)

 那 今度、今の病治し体験を複数の人が書くエッセイ集に出すんです。菊地さんのように他人を治せるとかというとやったことないんでわからないんですが、自分が治ったということで、考え方はヒントになるかなと。

 菊 それでいいんだよ。治せるようになる。今の発想ができると、人を治せるようになる。自分がプラスになって、人に触っていかなくてはならない。ただそれが弱いと、逆にもらっちゃう。

 那 ああ、それはすごくわかります。ヒーリングとか、それって受け負っちゃうんじゃないかな、と。怖さがあるんです。

 菊 ちゃんとしてないとね。占い師とかね、来るよ、おれの所に。人気占い師で二ヶ月予約がいっぱいだと。おれの所に来るのよ。どうしたらいいですか?とか。祓い方を教えてください、と。あんた、よくそれで金を取ってやっているなと言うんだけど。

 那 自分の病とか心理的葛藤、垢とかは落とせる自信がある。誰と会っても怖くないし、空だから。ただ、人の病を治すとかね。考え方はこれでいいんじゃない、くらいは言えるけれど、直接どうこうというのはわからない。

 菊 できるようになると思うよ。

 那 そっちに行けば資質はあると思うけれど…。菊地さんは元々そういう資質が強い人だったんですか? ぼくは病気で苦しんできた派なんで。

 菊 おれもね、柔道と野球をやっていたんだけど、中学校二年生の時に身体を壊した。胃拡張になって、腎臓炎になって、高血圧になって、歩いただけで血液がどくどくする。二年間毎日注射を打っていた。今でも覚えている。おれはその時に、体っていうのはすごいな、と。体がどういう状況になると悪くなるというのを勉強させられた。

 那 なるほど。

 菊 それで十九歳の時にノイローゼで一ヶ月入院したことがある。今ではそう見えないかもしれないけれど(笑)、それくらいガラスで純粋。いろいろな不条理を処理できなかった。おれもそういう経験がある。ただそういう経験をしたからってそういう風に生きる必要はないし、おれはその時なんで抜けたかというとね、人のことを考えるのはまずやめようと。人に気を使ってこうなったと。どう見られ、どう思われるかとか。だったら、自分が強くなって、普通に生活できるようになって、そうなれば人のことも考えられる。それから精神的にものすごく楽になった。まず自分。世の中、まず人っていうじゃん。違う。まず自分なの。

 那 他人の評価を気にする人が多すぎる。

 菊 そういう社会の構造になっているんだよね。

 

●なでるだけじゃ病気は治らない

 

(近所のパン屋に移動。店の中央にテーブルがあり、カフェのようになっている。レトロな雰囲気。コーヒーとアップルパイが出てくる。パン屋さんの店主が出てきて菊地さんにお礼を言う。息子さんが、激しい頭痛で苦しんでいたのを菊地さんが治したということだった。店主は、ものすごく感謝していた。)

 

 菊 息子さんが治らなくて、救急車で運ぶかどうか、くらいのピンチだったんです。その前におれが知人を治したという話を聞いていたんだね。それで鳩小屋に三回ほど訪ねてきたけれどいなかった。昼間はいないから。

 那 リンパで治したんですか?

 菊 そう。いいよって言って。すぐに治りますよって。頭ってのは何で痛くなるかというと歯と一緒なんだよ。歯は筋肉や、回りの肉が広がってくるから痛い。ところが、頭の場合は逆に絞まっちゃう。だから頭が絞められて痛くなる。頭の薄い人とか、頭の疲れている人というのはね、頭皮をつまめない。

 那 頭皮が固いとだめとは聞きますね。

 菊 そう、固い。それは血液の循環が悪いものね。それがストレスとかいろいろなことから左右して、もっと絞められるから痛い。その絞められたものを緩めればいい。緩めれば当然痛くなくなる。ただ緩めて老廃物を出す時に、こういうところ(首や肩)を拡げてからやらないと逆に危険になる。詰まる可能性があるわけ。

 那 こういうところ?(首元をつまむ)

 菊 そう、やってごらん。首筋とか肩とか、リンパの関所みたいな所がある。それが詰まっちゃっているから抜けられないわけでしょ。そこをまず開けておいてからやらないと。

 那 なるほど。

 菊 普通のリンパっていうのは気持ちいいんですよ。なでるようにしてやるから。でも、そんなものじゃ治らないんですよ。自分が行っていたリンパの学校は最終的にはモノ売りだった。身体を押す器具をワンセット百八十万円とか二百万円で売る。要するに売りたいわけよ。技術なんかないのよ。おれはたまたま初期の段階の技術が参考になったけれど。

 

●修行して、何ができるようになったか?

 

(飲食店に移動)

 菊 さっき、ピンク色の玉の写真を見せたでしょ?(海と山の間にピンクの玉の光がある)

 那 ええ、不思議な写真でした。

 菊 あれはおれが撮ったんじゃない。うちの嫁さんが撮ったのよ。おれといるとそういう不思議な力が出るようになる。釘を磁石とくっつけていると磁力を帯びる。あれと同じ。おれがリンパをやってあげると、いろんなことが上手くいきだす。会っていても、離れていても、影響を与えることができる。おれって自信満々でしょ(笑)

 那 でも、裏づけがありますからね。ベースを感じますよ。

 菊 菊地さんって自信満々だね、と言われる。おれは自信ありますよって答えてる。

 那 悟り系の話をするとね、俗人だけど、自我が壊れて大調和みたないものを感じた。光り輝いている。こっちが人間の本質だな、とか。自然とか、エネルギーとか。小さな自我を捨てて、こういう生き方をしなくちゃまずいんじゃないのって本を書いた。でも、いきなり「悟り」うんぬんなんて言い出したらリスクがあるなと思ったんですよ。宗教的な修行もしていないのになんでおまえが、とか。

 菊 うん。

 那 でも、俗人だから意味があるんじゃないかなって思って書いたんです。それで精神世界みたいな業界に片足を突っ込んだ。最初はちょっと期待していたんですよ。でも、なんだか商売でやってる人ばかりだな、と。嘘でしょそれって思っちゃう。一見、もっともなこと言っているけれど、肉体を感じない。観念的なものを繰り返しているだけで。菊地さんは見ただけで、ああ、この人はなんか持っているなとわかるけれど。

 菊 イギリス人で神と交信していると言って、宇宙の話とかして、日本で千人くらい集めている人を知っている。でも、おれは信用してない。描いた絵とかを見たら信用できない。一対一で会って、おれはびしっと勝負しようかと言った。さっき宗教的に修行してないと言っていたけれど、生きていること自体が修行なんだよ。

 那 そう思います。

 菊 修行したことを人に言う必要はないでしょ? それを宣伝にするのはよくないんだよ(笑)修行っていうのは、それをやって何ができるようになったか。どんな小さなことでもいい。

 那 そう、小さなことでもいい。

 菊 人間の体って電気流れてるじゃん。それをきちっと流すことによって、人に与える影響が全然違ってくる。見ただけで幸せになる。陰で回すか、陽で回すか。陰で考えていたって良いことはない。

 那 本物って自分の言葉を持っているというか。菊地さんもそうだけど、自分の体感覚で話している。まがいものはだいたいどこかから聞いた言葉を話す。

 菊 読んだこととかね。

 那 肉体から出る言葉じゃなないと、ぼくは響きませんし、そういう人に近寄りたいとも思わない。独自のものが何にもない人は、ぼくは信用できない。幸せになりましたって言われても、幸せな気分になっているだけで、誰か不幸な人を救える力や言葉があるのかと言ったらぼくはないと感じてしまう。

 本物は自分独自の表現を持っていて、個性が出る。真実は画一化されないんです。だからぼくは本にも書いたんですけど、仏教の人も信用していない。仏教界で今、悟りうんぬんって言える人、まともな人っているのかなと。まずいないんじゃないかな、と。どこかにいるかもしれないけれど、そういう人ほど埋もれているから。

 菊 阿闍梨さん(塩沼さん)に聞いたけれど、偉い坊さんが集まるじゃん。すごい罵りあいだって。修行したって言われている人たちが集まってよ。会議室にいる最中に吐きそうになるって。いろんな場所で偉そうなことを言っている人たちがだよ。

 那 俗ですよね。真実とは何かって求めている若い人もいると思うけれど、受け皿がないからオウム真理教に入ったりする。

 菊 そうそう。

 那 精神的な支柱が今の日本にはない。昔だったら武士道とか、禅の仏教とかあったと思うけれどあまりになくなっちゃっていて、それが新興宗教を流行らしている。

 

●治すのではなく、自然治癒力で治る

 

 菊 おれはスポーツ選手を何人かやったけど、野球選手が肩やひじを手術するとか言うじゃん。ジョーブ博士とかさ。あんなの手術しないで治せるのにね。神経だって、切れたらくっつくからね。血管は切れたらつながる。神経だって細胞が活性化すればつながる。だからおれは痴呆症も治ると思う。そういう人、誰かいないかなと思ってね(笑)

 那 いっぱいいるんじゃないですか?(笑)

 菊 ちゃんとやらしてくれる人。

 那 治療はどれくらいの時間かかるんですか?

 菊 患部だけではなくって全身やらないとだめだから、一人一時間二十分くらいかかる。たいへんだよ。最初は、こっちの体がパンパンになるくらい。それから一ヶ月に一回くらいメンテナンスも必要。でも、初日で七割型治っちゃう。

 那 最初ね、手かざしみたいので治しちゃう人だと思っていたんですよ。

 菊 やろうと思えばできるよ。触らなくても。だけど、確実なのはリンパを処置すること。触らない方が逆に疲れるんです。触りながらやっていた方が確実。直に触ってゆるめないと根本的なものは治らない。

 那 フィジカル的なものがやっぱり重要になる。

 菊 手、出して。

 (実際に施術してもらう。親指の付け根)

 菊 こういう風にやる。

 那 かなり痛いですね。このくらいでやるんですか?

 菊 痛いよ。よく言うの。痛いということは不摂生、無理をしてきたからある程度の罰が当たらないと治らないよ、と。同じ場所でもいろんな角度でやる。患部から全身をやっていく。毒素がここで詰まったらだめだから全部開いていかないと。腰から、背中から、全部。

 那 ちょっとやられただけで、これは良くなりそうってわかりますね。流れるなって感じがある。

 菊 ちょっと変わるでしょ? たったそれだけで。内臓も全部そう。おしっこもうんこも出るようになる。

 那 普通のリンパと全然違うんですね。

 菊 普通のリンパはなでるだけ。気持ちいいだけで。そりゃ多少は流れるよ。でも、くっついているやつはどうするの? おれのやり方だと、顔の形も全部変わる。若返るからね。四回やったら五歳から十歳変わる。肌もきれいになるしね。皮膚と肉の間でも三層くらいある。奥をやるのと表面をやるのと全然違う。例えばこれが奥(腕をつまむ)。これが中間。これが表面。これが一番効く。

 那 ああ、痛い。

 菊 簡単にやっているようで難しい。三段階。固い人はどうするかというと上からやる。一番表面。針に刺されたように痛いでしょ? 

 那 ええ。

 菊 血液が回っていないと痛い。それを教えてくれている。肝臓が悪い人は別に痛いところがある。これを全部緩めなくてはならない。難しいよ。血管があって、リンパがある。鼻から吸って、ばい菌なんか入るとここでつぶしてくれる。ここのリンパ(首筋)がだめだと突破されて体に入っちゃう。ほら、ここ固いじゃん(つまむ)。柔らかくしないとだめ。自分でいじるだけでだいぶ違う。痛くすればするほどいい。

 那 でも、自分ではなかなかできないですね。痛いと手加減してしまう。

 菊 そう、自分でやるのは難しい。でもね、痛い所を見つけてやるのが大事なんだよ。

 那 じゃあ、やってみようかな。

 菊 ほとんどのものは元に戻る。すごいことだよ。治っちゃうんだから。

 那 現代の医学で見放された人も治ってしまう。

 菊 おれは治すんじゃなくて、あくまで自分の体の自然治癒力が出るようにやるだけですよって言うわけ。体を健康にしないとさ、ものの考え方も良くない方向に行くから。

 

●自然体で生きる

 

 那 精神疾患にも効くんですかね?

 菊 効くでしょ。血液の巡りが悪いから、暗い方に、暗い方に行く。今流行っている躁鬱とかも治るよ。

 那 統合失調とかはストレスが溜まり過ぎて、脳がパンクしてしまう。

 菊 コントロールできなくて、自律神経が狂っちゃう。

 那 そういう人を割りと見てきたんでね。

 菊 ああ、そう。

 那 みんな薬でごまかしてるのが現状ですね。根本を治療する手段が今の医学にはない。

 菊 ヒーリングやっている女の人を知っているけれど、無理してやっているから溜まっている。それでおれの所に来る。

 那 ウルトラリンパの技術は教えることはできないんですか?

 菊 本当にやる気があって資質もある人なら教えることもできるかもしれない。ただ精神的に鍛えられていないと持たない。金儲けから入ったんじゃできないよ。

 那 でも、菊地さんみたいな人に出会えて嬉しいですよ。本物ってまずいないから。すっかり幻滅していたところだから。

 菊 本物っていないよね。おれ、日本で出会ったことないもん。カナダでは何人かいたけど。

 那 とにかく、地味でも本物志向でやっていくしかないと思っているんです。

 菊 逆に、そういう中では自分が真剣にそういうものをやっていけば、気持ちでそっちに向かいたい人はいっぱいいるわけだから。そういう人たちを助けていく。良い方向にリードしていけばいい。

 那 ただ、今は、ぶれないでやっていけば、ネットの文化だから口コミみたいになってわかってくれる人もいるんじゃないかと期待している。

 菊 それは自分の判断ではなく、人の判断だから、とにかくやることが大事だよ。ただ言葉にね、綾つけない方がいいよ、良くとってもらおうと思って。自分を出さないと、文章にも。売るためにものを書いてはだめ。逆にその方が受けるというか、わかってくれるんじゃないの?

 那 菊地さんは存在の迫力はあるけれど、変な意味での威圧感がないですよね。変な意味でのプライドがないというか。おれはすごいんだ、と威圧する人いるじゃないですか? そういうのがないからフラットに話せる。

 菊 だって、そういう風に見せるっていうのは自分が弱いっていうことじゃん。やっぱり自然体で話をできるということが一番いい。

でも、いいところに入っている。いいところを今やってるじゃん。それは一番中枢、大事なところ。そこを通って行くと間違いない。そういうのを生きていくと人生、間違いないから。金があるとか関係ない。今、やっているとついてくるよ、そんなもん。どんだけ貯金できているかということだから、若い時に。先祖が黙っていないよ。

 那 ならいいんですけどね(笑)。ありがとうございます。

 

 

※菊地氏とは、不思議な縁でつながることができました。この日の話題は治療のことから人生論、勝負論、霊能まで多岐に渡りましたが、プライベートな理由等から、ここにも書けないような途方もないことがたくさん話題に出ました。けれども、不思議とすべてを受け入れることができたのは、どこかで人生は神秘的で説明のつかないものだという感覚が自分の中にもあったからだと思います。

 経験、思想の色合いは違えど、深い部分で通じるものがあったのはぼくにとっては最高に嬉しいことであり、エキサイティングで、それでいてなぜか心が休まる楽しい体験でした。また機会があったらこのスーパーヒーラーの話を聞きたいと思っています。なお、無我表現研究会は、治療家としての菊地氏の窓口ではありませんのでご了承ください。(那智)


世界中の人に自慢したいよ~忌野清志郎のうた

世界中の人に自慢したいよ ~忌野清志郎のうた

                        高橋ヒロヤス

 

前回はビートルズのことを書いたが、日本で「ロックミュージック」の形式を創造し浸透させたという点でビートルズに匹敵する存在といえば、RCサクセションであり忌野清志郎だと思う。

 

忌野清志郎がどんな人か、日本のロックを少しでも聞いてきた人にとってRCサクセションというバンドがどんな存在かを改めて説明する必要もないだろう。

 

彼の歌を初めて聞いたのは、テレビで坂本龍一との『いけないルージュ・マジック』のプロモーションビデオを見た時だと思う。お茶の間に飛び込んできたその異色の映像は、小学生だった僕には「得体の知れない気持ち悪さ」という印象しか与えなかった。

 

そのあとにヒットした『Summer Tour』や『ベイビー、逃げるんだ』などの曲も、テレビで断片的に聞いたが、まったくよいと思わなかった(この2曲は今でもそんなにいいと思わない)。なにせ僕の家庭では両親が当時『TOKIO』をうたっている沢田研二が「この人頭おかしい」「きっと麻薬やってる」といって忌み嫌っていたのだから、RCサクセションなどというぶっとびすぎた存在はまったく理解不能な異次元の存在であった。

 

それから何年かすぎ、ビートルズの洗礼を受けて洋楽を聞くようになってから、だんだんRCのかっこよさが分かってきた。それでも本当にはピンときていなかった。ちょっとおもしろいな、と思ったのは、1986年のライブ・エイドの時に日本でもその模様をテレビで中継しながらいろんな日本のミュージシャンが歌う番組をやっていたのだが、そこでキヨシローが『自由』というとんでもない曲をやっているのを見た時だ。キヨシローはこう歌っていた。

 

「俺は法律を破るぜ 義理も恩も屁とも思わねえ 責任逃れをするぜ 

 俺を縛ることなどできねえ

だって俺は自由 汚ねえこの世界で いちばんキレイなもの それは自由」

 

歌詞も面白いが、この歌詞が見事に浮かび上がるようなリズムとメロディーと歌唱法がとてもインパクトがあり、特異なパフォーマンスの映像とも相まって強烈な印象を残した。

 

高校生時代、世の中が面白くなくて仕方がなかったころ、RCの『カバーズ』が出た。反原発をテーマにした過激な歌詞は、発売中止騒ぎもあり大きなニュースにもなった。僕は激しくそのメッセージに共感するとともに、歌詞の内容もさることながら、洋楽のメロディーに訳詩を乗せるキロシローの日本語の選び方の見事さに感心した。

 

その頃、FM大阪で深夜に放送していた『忌野清志郎の夜をぶっとばせ』という番組を毎週楽しみに聞いていた。当時過激な曲ばかり演奏するゲリラ・ライブみたいなことをしていた「タイマーズ」という覆面バンドを一緒にやっていた三宅伸治と、ギターを抱えながらR&Bやブルースのレコードを好き勝手にかけているだけというゴキゲンな番組だった。

ある夜,清志郎がアコギで,いつものようなブルースではなしに,子どもの童謡の弾き語りを始めた。

 

カラスの赤ちゃん,なぜ泣くの

コーケコッコのオバさんに

赤いお帽子 ほしいよ

赤いお靴も ほしいよ と

カアカア 泣くのよ

 

やけにエモーショナルなキヨシローの歌声に,なぜあんなに情感が籠っていたのだろう? と当時,感動しながらも不思議に思ったものだ。

 

その後,記憶が定かでないのだが,彼がボソリと「うちの母親が歌った曲です」というようなことを話したような気がする。

 

もしかすると,清志郎の母上もまた歌の才能に恵まれていて,息子に受け継がれたのだろうか? なんてそれ以上詮索することもなく,ぼんやりと思っていたものだ。

 

彼の訃報に接して,そのへんがなんとなく気になり,ネットを漁っていると,彼が実母と3歳の時に死別し、実母の姉夫婦の養子として育てられたこと、清志郎は実母の再婚相手の子供で、最初の夫はレイテ島で戦死していたこと、最初の夫と実母は戦地と日本との間で熱烈な愛の手紙をやり取りしていて、それらの遺品が1988年、ちょうど『カバーズ』が出た年に、養父の死をきっかけに初めて彼の手に渡ったこと、などを知った。

 

彼の実母は機知に富む誰にでも愛される気立ての良い人で、派手な着物を着て思ったことを何でも素直に口にする、のちの清志郎を彷彿とさせる女性だったようだ。しかし若くして新婚生活を奪われる不幸な運命に見舞われた彼女が、亡夫に向けた歌に次のようなものがある。

 

“かえらざる人とは知れどわが心なお待ちわびぬ夢のまにまに”

 

“夢ならであえがたき君が面影の常に優しき瞳したもう”

 

“出征の君が心の面影を今日も祈りてそっと微笑む”

 

戦地に赴くことになった夫からの第一信。

 

“先日はお見送りありがとう。元気でやっていますからご安心ください。来月3日に面会が許されるようですから時間は午前8時から午後5時までみんなで力をあわせてしっかりおねがいします”“近所の人にはいちいちお礼状など差し上げられませんからよろしくお願いします”

 

第14信(昭和19年9月26日)。

 

“夜遅くまで演習があった日 1度に4通もの便りをもらって実にうれしかった。一同に羨ましがられて得意だった。妻帯者が圧倒的に多かったので独身者が口惜しがるのは気の毒なほどだった。日記を送ってくれた思い付きははなはだ結構である。今後も続けて欲しい。心配していた体の様子 何事もない様子大いに安心したが,普段胃腸が悪いらしいからよく注意してくれ。必ずしも体が悪いから働くものがいないからというような悲壮な考えや遠慮をしないでどしどし休んだ方がいいと思う。フィリピンから金が遅れるらしいから手続きをして送るようにしておく。もし遅れたら英和辞典コンサイスを1冊おくってくれ”

 

第22信。妻への手紙であることを検閲に覚られないよう、「お母さん」と言い換えている。

 

“お母さん,私は今西の方を向いております。黄昏は深いジャングルの方に迫ってきました。だいぶ暗くなってきました。私の向いてる方だけ深紅にもえております。一面の青さの中でそこだけ明るくそこだけにおっております。

 

その明るい方を向いておりますお母さんあなたの方を向いております。太陽もあなたのようです。気高く美しく愛情に満ちた夕焼けの太陽です。雲を染め海を染め森を染め山を染め私の心を染めて輝きわたる希望の色です。その色に磨かれて私はちかいたちます。あなたと一緒に毎日戦うのです。あなたの光に磨かれて強く戦い続けております。

 

先ほどまで敵機はたけくまっておりました。砲弾はジャングルを揺さぶり続けておりました。今はすっかりしずかになっております。今日の戦争の苦しさも明日の爆撃の激しさもこの先の前にはものの数ではありません。

 

この光をみつめております。あなたの方を見つめております。あなたの顔を見つめております。

 

 これは過日新聞に載っていた黄昏という詩ですが,大変気持ちが私と同じように思えたので抜き書きしてお送りしました。何回も何回もよんでください。東京空襲の報を聞きましたがどうでした 家のものには被害はありませんでしたか?こっちは雨もなくなりましたので実に暑さが厳しく感じられます。嘘みたいな話でしょう”

“とうぶん便りは出せないと思います。皆々様によろしく”

 

この手紙を妻が受け取ったとき、すでに夫は戦死していた。

 

これらの手紙に加えて、実の母親が新宿のレコード屋で吹き込んだという『カラスの赤ちゃん』を歌う声を初めて聴いた清志郎の心境はいかがなものだったろうか。彼は反戦歌や反体制ソングを歌い続ける自分のDNAの中に母親のそれがしっかり受け継がれているのを実感したという。

 

ついでに言えば、清志郎は子どものころから、自分が養子であることを知っていて、親がそれを自分に告げないでいることも知っていた。彼の言葉によれば、「孤独に耐える術を身に着けた」子供時代だったという。

 

 

大学に入り、一人暮らしを始めた僕の愛聴盤になったのがRCの70年代のアルバム『シングル・マン』だ。これはRCがまったく仕事がなく評価もされずどん底の時代に作った作品で、ジャケットや曲調からもなんともいえない侘しさとそこはかとなく病んだ感じが伝わってくる。しかし名曲がたくさん入っているアルバムだ。『スローバラード』、『ヒッピーに捧ぐ』、『甲州街道はもう秋なのさ』などはブレイク後もRCサクセションの代表曲になったが、個人的には『夜の散歩をしないかね』という曲がとても優しくて大好きだった。

 

窓に君の影が 動くのが見えたから

僕は口笛に いつもの歌を吹く

 

きれいな月だよ 出ておいでよ

今夜も二人で 歩かないか

 

窓を開けて君の ためらうような声が

僕の名前呼んで なにかささやいてる

 

きれいな月だよ

今夜も二人で 歩かないか

 

今夜も二人で 歩かないか

 

RCサクセションが解散してからは、そんなに熱心に聞いていなかった。もちろん日本でいちばん”尊敬する”ロック歌手であり続けたことは言うまでもないが。

 

キロシローが死んでから、リスペクト盤を含めてたくさんの作品が出た。いま改めて「晩年」の作品を聴いてみると、そのうたの豊かさに感心する。結婚し、2人の子供を育て、自分の音楽のルーツであるメンフィスやナッシュビルで憧れのR&Bミュージシャンたちとセッションしレコーディングできた90年代以降の彼の人生の充実感が伝わってくるようだ。もちろんRCの解散や、その後の『君が代』発売禁止騒動など、彼のキャリアに逆風は度々訪れてはいたのだが。

 

中でも大好きな曲は、『世界中の人に自慢したいよ』だ。R&Bの王道バラードのコード進行で謳いあげられるこのメロディーは、『スローバラード』の「切なさ」を「豊かさ」に転換した、キヨシローの到達点という気がする。この曲は、つい最近(201111月)出た、キヨシローが自分で選曲した『忌野清志郎 sings soul ballads』というベスト盤でも第1曲目に選ばれている。

 

君とふたり 暮らせるのなら 他に何もいらない

毎朝 君のすぐそばで 目を覚ますだけさ

あとは 何も何もいらない 何もかもうまく運ぶさ

ぼくとふたり 暮らしておくれよ

生活を始めよう

愛し合ってるなら 他に何もいらない

たとえ空が落ちて来ても

ふたりの力で 受けとめられるさ

まるで 雲の上を歩いてる

毎日 そんな気分さ

 

愛し合ってるなら 他に何もいらない

たとえ空が落ちて来ても

ふたりの力で 受けとめられるさ

毎日毎日 君のもとに ぼくは帰るよ

ぼくとふたり 暮らしておくれよ

きっと幸福になろう

ふたりでそれを手に入れて みんなに自慢したいよ

ぼくは ぼくは自慢したいよ

君のこと ぼくと君のことを

みんなに みんなに 町中の人に もっと自慢したいよ

何も なんにもいらないから 君を自慢したいよ

町中に 国中に 世界中の人に 君のことを自慢したいよ

Oh,Oh, 世界中の人に自慢したいよ・・・

 

キヨシローが出した本の中で一番真面目なのは、彼自身が出版を企画したという『ロックで独立する方法』だろう。ミュージシャンとして生計を立て、独立しようとする若者たちに向けて、彼自身の体験から学んだ業界の話や音楽制作の話など、とても誠実に語っている。

ミュージシャンだけでなく、あらゆる分野で「独立」を考える人にとって有意義な内容を含んでいると思う。

 

200952日に忌野清志郎が亡くなったとき、彼の告別式に4万人以上ものファンが訪れたことが大きなニュースになり、僕は自分のブログにこんな風に書いた。

 

「清志郎が亡くなってから,言葉にならない悲しみとは別に,清志郎がこれほどまでに愛されていたというのを知ったことにむしろ驚いている。

 

キヨシローは,桑田圭祐などとは違って,決して音楽シーンのトップにいるような存在ではなかった。

 

彼の音楽は常に,マイノリティの目線からの多数派の欺瞞への告発であり,弱者から同類への愛情の籠った労りの表現だった。

 

それは,キヨシローがあれほどまでに愛したR&B(リズム・アンド・ブルース)の真実の形だった。だから彼の歌には何の嘘もなかった。

 

何の嘘もない表現は,危険過ぎて,体制の中で勝利を収めることはない。しかし,彼は比類のない天才的な言語感覚とユーモアで,危険な綱渡りを見事に演じきって見せた。

 

その結果,今日,こんなにも多くの人が心の底から清志郎への愛と感謝を表現している。

 

どんなにひねくれ者でシャイな奴でも,ふだんは「よそ者」扱いされて居心地悪い生活を送っている連中でも,なんのてらいもなく,心から「好きだ」と言える人,それが清志郎という存在だった。

 

こんなに世知辛い世の中で,人々の心から,こんなにも多くの愛を引き出すなんて,あんたにしかできない芸当だよ。

 

だから僕も,今日くらいは正直に言うよ。

 

キヨシロー,愛してるよ。

 

ありがとう。」

 

彼の訃報に接した日、僕は司法修習中で東京地方裁判所の裁判官室にいた。窓からとてもきれいな虹が見えたのを覚えている。

 

 

参考文献

『ロックで独立する方法』(忌野清志郎、太田出版)

『忌野旅日記』(忌野清志郎、新潮文庫)

『瀕死の双六問屋』(忌野清志郎、小学館文庫)

Rockin on Japan特別号 忌野清志郎19512009

『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』(神山典士、アスコム)

『文藝別冊 忌野清志郎デビュー40周年記念号』(河出書房新社)

 



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