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MUGA 第6号
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例外者たちの詩     那智タケシ
季節の詩     rita
「人間には、自分で自分を治す力がある」 菊地久幸×那智タケシ
世界中の人に自慢したいよ~忌野清志郎のうた
《無我的観照》第2回 『白痴』(ドストエフスキー著)から読み解く現代のキリスト像
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―
★編集後記
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『例外者たちの詩』  那智タケシ
『季節の詩』  rita
歌うも舞うも法の声~「AKB48」に寄せて
《無我的観照第3回》 霊的女優・イレーヌ・ジャコブ論
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―
★編集後記
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『例外者たちの詩』  那智タケシ
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編集会議 「AKBは無我的か否か」
川の流れのように~秋元康にみる「無我的表現」
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「土も人間も健康にする内城菌の力」 瀧 芳人(ヤマイチシステムプロデュース代表)
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歌うも舞うも法の声~「AKB48」に寄せて

★評論

 

歌うも舞うも法の声 ~「AKB48」に寄せて(たかみな編)

              高橋ヒロヤス

 

 

無念の念を念として 謡ふも舞ふも法の声

当処即ち蓮華国 此の身即ち仏なり

―白隠禅師座禅和讃

 

 

異論はあると思うが、2010年と2011年の日本の芸能シーン及びメジャー音楽シーンは、ほぼAKB一色に塗りつぶされたと言ってよいだろう。

 

今更ながら、AKBに惹きつけられている。元々アイドルに興味がある方ではないし(本当か?)、中でもAKBは、いかにも「企画物」の匂いがして、とりわけ秋元康プロデュースということもあり、拒絶感が先に立ってまともに見る気にならなかった。

 

しかし、そのうち、テレビでのパフォーマンスにおける彼女たちの「過剰な必死さ」、「いつも崖っぷちにいるような切羽詰まった感じ」みたいなものにそこはかとない興味を感じた。すっかり有名になった「総選挙」でメンバーが泣き崩れるシーンがメディアでは何度も取り上げられた(そもそもあのイベントがこれほど注目されること自体、この国が病んでいる証拠かもしれない)。あの必死さに、つくりものではない何か純粋なものを感じた。

 

あれだけの集団だとどうしても没個性的になりそうなものだが、AKBの場合は全く逆で、知れば知るほど各メンバーの個性が際立ってくる。人材が多い。

中でもやはり目につくのは、自他ともに認めるAKBのリーダーである「たかみな」こと高橋みなみである。

 

以下、興味のない人もいると思うが、彼女のプロフィールをファンブックから引用する。

 

(以下引用)

 

199148日生まれ、身長148.5?と、生まれながらに"48"に縁が深い高橋みなみ。歌手志望だった母親の影響から幼い頃からオーディションを受けていた。2005年の第30回ホリプロ・タレント・スカウトキャラバンにも参加し、決選出場者15名に選出。だが、秋元康総合プロデューサーも審査に参加していたこのオーディションで、高橋は落選する。

 

その時は秋元氏の記憶にも残らないほどだった高橋だが、落選後、その場で配られていたAKB48のオーディションのチラシを見て、「最後のチャンス」として参加。無事に合格を果たし、早速、劇場公演に向けたレッスンが始まるが、これまでダンスの経験がなかった高橋は、大いに苦戦を強いられることになる。

 

現在は、パワフルなダンスで知られる高橋だが、当時はスキップすらもままならず、彼女が踊れないことで振り付けが変わった曲もあったほどだった。そこでめげず高橋はがむしゃらに努力を続け、05128日、AKB48劇場がグランドオープンする。高橋は活動開始当初から、主要メンバーのひとりとして活動する。だが、当初は客席が埋まらず、高橋は当時こんなことを考えていたようだ。

「お客さんの数で、その日の私たちの結果が出るんです。いつ、劇場を埋めることができるんだろうという不安を抱えながらも、毎日の公演をがむしゃらにやるしかなかったですね」

 

自分たちの未来像が見えない状況の中、「やるしかない」とひたすら努力を続けていくメンバーたち。寒風吹きすさぶ中、野外ライブを行うなど、劇場以外の場所でもPR活動を行い、0621日にはインディーズデビュー。その3日後の24日には初の劇場満員公演を迎え、415日からはA2nd公演がスタート。この2nd公演で高橋は、「リオの革命」「JESUS」などのダンスナンバーで指先まで力を込めたダンススキルを見せるようになる。

 

068月からはA3rd公演が始まり、彼女の表現力はさらに飛躍を遂げていく。

そんなA3rd公演の千秋楽をもって、これまでリーダーとしてメンバーを支えていた折井あゆみが卒業することになる。現在はキャプテンとも呼ばれるこのポジションだが、公演前には、メンバーに振り付けの確認を行い、時に悩みを抱える者には相談に乗るなど、その仕事は多岐にわたり、非常に重責である。

 

「公演の前にはいつも円陣を組んでいるのですが、今まで仕切っていてくれたメンバーが卒業して、じゃあ誰がやる? となったんです。そのとき不思議なのですが、突然『私、やってみたいな』と思ったんですよ。で、どうやら反対者もいないようでしたから(笑)、仕切らせていただきました。その日を境に、自分はAKBの中で、こういうポジションで、頑張りたい、と思うようになったんです」

 

●チームAが最悪の状態に......高橋が始めた"楽屋パトロール"の真相

 

ドラマ撮影により、A5th公演に開始から2カ月間出られなかった高橋。1216日にようやく出演を果たすが、当時のチームAは、"最悪の状態"だったと、フォトブック『たかみな』で明かしている。公演前に体をほぐすストレッチに出ないメンバーがおり、チームが、数人ずつの仲良しグループに分かれ、公演中のMCでもその雰囲気が出るようになっていた。1期メンバーと研究生出身のメンバーの間に一種の壁ができており、高橋はそれを察知していたのだった。それから高橋は、楽屋を"パトロール"することを始めた。

 

「楽屋の中をとにかく歩き回って、仲のいいメンバーだけで固まってないかを探す。固まっていたらいったん自分も加わり、それから中の誰かを違う輪の中へ連れ出す。またはほかの輪の中から誰かを連れてくる。そうやって、仲良しグループを解体していくことを心がけました」(同)

 

キャプテンとしての責任を自覚した高橋は、チームを一枚岩にするべく日々楽屋内を奔走したのだった。自らが嫌われ者になることを厭わずにメンバーを注意し、指示を与えていくその姿勢は、AKB48への絶対的な愛がなければできない行動だったはずだ。

 

(引用おわり)

 

彼女に対する関係者からのコメントも引用。

 

(引用はじめ)

 

私が仕事でつらかった時、公演終わりに泣いているたかみなの姿を見て

自分だけがつらいんじゃないと思えた瞬間がありました。ちっちゃいけど

本当は大きなたかみな。いつもありがとう。

あなたがいるからがんばれます。

AKB広報 西山恭子>

 

「ただいま恋愛中」のリバイバル公演の前、仕事の合間を縫って研究生のレッスンを手伝ってくれました。 しかも「他に来たいっていうメンバーがいるんで、連れてきてもいいですか?」 と言って、何人かのメンバーとレッスンに協力してくれたんです。本当にいつも助けられています。

<コンサート制作 清水和彦>

 

高橋みなみのいないAKB48は考えられません。どんなにビックになってもずっと劇場に立ち続けて欲しい。みなみちゃんがAKB48を辞めたら、僕もこの仕事を辞める!

AKB劇場スタッフ 郡司善考>

 

「大声ダイアモンド」で松井珠理奈が選抜に選ばれた時、なかなかAKB48のメンバーに

溶け込めないでいたんです。 そんな時たかみなは珠理奈に一生懸命話かけて、輪の中に入れようと頑張っていました。その姿を見て、なんていい子だろうと感心しました。

<コレオグラファー 牧野アンナ>

 

番組でバットボーイズ・佐田の大事にしているギターを壊してしまうというドッキリに引っかかって、涙目になったたかみな。普通なら“ドッキリ大成功!”で爆笑につつまれるはずのスタジオなのに、たかみなの姿に涙するメンバーたちがいました。その様子を見て、このコは本当にみんなに愛されているなと思いました。

また、収録後、一人残って楽屋のかたづけをするなど、何事も全力投球のたかみなを見ると「そうか、だからAKB48はみんなに愛されるのか!」と納得できます。

AKBINGO! プロデューサー 毛利忍>

 

メンバーのまとめ役だった私がAKB48を卒業した後、その役目を買って出てくれたのが、たかみなでした。 年上のメンバーもたくさんいたのに自分から引き受けてくれてありがとう。今では立派なリーダーだね。09年にAXのコンサートで久々に再会して、私が声をかけた瞬間泣き出してしまった、たかみな。

きっと背負っいてた物がたくさんあったんだね。

えらかったね。

頑張り屋のあなたが流したあのきれいな涙は、一生忘れません。

AKB48 卒業生 折井あゆみ>

 

小学6年生でAKB48に入って、日常生活の中でわからない単語があった私に、その意味を教えてくれたのは、ほとんどたかみなでした。

公演終わり、自分も疲れているはずなのに帰りの電車でいつも私に席を譲ってくれたたかみな。

あなたの顔、声、性格すべてが、AKB48在籍当時の加弥乃を支えてくれました。

本当にありがとう。

また、昔みたいに一緒に立ち食いカレーを食べにいきましょう。

AKB48 卒業生 増山加弥乃>

 

たかみなは正義そのもの!たかみなが言うことで「あれ?」って思った事がない

(河西智美)

 

帰り道が一緒になることが多く、いつもやさしく話しかけてくれるたかみなさん。

研究生の頃、私たちのレッスンを教えに来てくれた時「神」って思いました。

本当に大好きです!結婚してください!!

(内田真由美)

 

シアターGロッソ公演のレッスンの時、忙しいのに仕事が終わってから教えに来てくれた偉大な先輩。こんなにすばらしい人は、これまで見たことありません。

(大家志津香)

 

たかみなは神様です。

だって、たかみながいなかったらAKB48はありえませんから、絶対に!!

(小林香菜)

 

(引用おわり)

 

以上長々と引用してしまったが、たかみなのエピソードにはまったく嘘が感じられない。どの話からも、メンバーが本当に心の底から彼女を尊敬し慕っていることが伝わってくる。10代(最近20歳になったばかり)にしてこの人格者ぶりには感嘆するしかない。

 

しかも注目すべきは、彼女のこの人格は決して培ったものではなく、天然100%のものだということだ。

 

もちろん彼女の中にはリーダーとしての責任感があるのだろう。みんなをまとめていかないといけないというプレッシャーを常に感じているはずだ。それでも凄いと思うのは、僕の見るかぎり、彼女の言動からはエゴがまるで感じられないということだ。本人は「そんなことはない、自分はエゴの塊のような人間です」と言うかもしれないが、決してそんなことはない。

 

たぶん彼女にとってAKBは、自己と分離した存在ではないのだろう。そしてその感覚(分離感の欠如)は、他のメンバーにも伝染し、世界に対しても開かれている。

 

以下は、高橋みなみが東日本大震災に関して語ったスピーチの一部である。こんな言葉が今10代の少女から発せられているということが、この国の未来への希望を感じさせる。

 

「皆さんありがとうございました。東日本大震災から少し月日が流れましたが、まだ現地では過酷な戦いを強いられています。月日が経ったからと言って変わることではないのです。皆さん、キチンと真剣に考えて下さい。ここで今私たちが笑顔でいる横で大変な思いをしている方がいるんです。しっかり私たちが受け止めて、今無事な自分たちが力を出さなければ日本は変わりません。私たちもアイドルですが、一人の人間としてキチンとできることをやっていきたいと思います。皆さんも是非力を貸して下さい。よろしくお願いします。」

 

AKBについては、秋元康氏による戦略的な観点や組織論的な視点から語られることも多いが、このグループの中心に「たかみな」という稀有な存在がいることを抜きにしては何も成立しないような気がする。

 

おそらくAKBプロジェクトに関して秋元康氏が最も賢明だったのは、前田敦子という「センター」とは別に、このグループの中心に「たかみな」を置いたことだと思う。

 

最後に書かずにおれないのは、ついAKB熱に乗じて見に行ってしまった現在公開中の映画『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』の中に記録されている、西武ドーム公演の舞台裏で「たかみな」が見せた、満身創痍で戦場に立つ野武士のような気魄に満ちた目のことだ。この表情を見るためだけにでも、映画館に行った価値があった。この映画については他にも語りたいことはあるのだが。

 

他のメンバーあるいは「AKB現象」全体については、次号書くことにしたい(そのときまで興味が持続していればの話だけど)。

 

参考文献など

『48現象』

『クイック・ジャパンVo.87

『たかみな(フォトブック)』

映画『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』

 


《無我的観照第3回》 霊的女優・イレーヌ・ジャコブ論

《無我的観照》第3回

 

 霊的女優・イレーヌジャコブ論

 

『トリコロール/赤の愛』クシシュトフ・キェシロフスキ監督

 

    那智タケシ

 

 イレーヌ・ジャコブというフランスの女優をご存知だろうか。クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『二人のベロニカ』や、『トリコロール/赤の愛』といったアーティスティックな映画を見たことのある方なら、「ああ、あのちょっと童顔のぼんやりした雰囲気の美人女優さんね」というイメージくらいはあるかもしれない。フランスの美人女優――そんなありきたりな定型句を超えたところに、彼女の演技者としてのレゾン・デートルはあり、キェシロフスキ監督も正しくそれを見抜いて彼女ありきの映画を撮った。それはすなわちキリスト教的な「愛」の形の具現化として、イレーヌ・ジャコブという存在それ自体を作品の中核に据えるという大胆かつ、シンプルな行為であった。

 

 『トリコロール/赤の愛』においては、イレーヌ・ジャコブは女優でさえない。なぜなら、彼女に求められているのは「自我を揺れ動かす」意図的な演技ではなく、彼女の存在それ自体の美しさ、内面から溢れ出る「愛」そのものを露出させて、ただその場に立っていることだったからである。むしろ、巧妙な「自我」の抑揚など、この映画においては邪魔なのだ。そんなものは無意味であり、重要なのは一人の人間の中に言葉を発するまでもなく宿っている愛が、光の世界に滲み出て、事物の間に侵食するのをフィルムに焼き付けることなのである。

 

 ハリウッドや韓流に象徴される現代的な商業映画、ドラマの画面を見てみればいい。泣き、笑い、怒り、情熱的に恋をする。俳優たちは、最大公約数の視聴者に向けて、自我を刺激する目まぐるしい演技を試みる。自我を刺激すること、退屈させないこと、それが職業俳優である彼らに課せられた義務であり、プロとしての業である。とにもかくにも、彼らはニーズに応えなくてはならない。視聴者に「安全な感情の刺激」という退屈から逃れるためのエンターテイメントを提供するために。

 

 しかし、キェシロフスキは違う。彼は映画という表現媒体の可能性を信じている人間の末裔であった。映画というものが、他のジャンルにはない、特別な「何か」を表現できるツールであることの可能性に賭け、正しく努力することができる極めて優れた監督であった。また、文学は「人間の内部のものをそっくり表現できる作品が無数にある」が、映画は「まだほんの少ししかない」という芸術に対するまっとうな感性の持ち主でもあった。彼の言う文学とは、カフカであり、ドストエフスキーであり、カミュであった。キェシロフスキは自著で芸術観を語っている。

 

「この目標とは、私たちの内部にあるものをとらえることだが、それを映画化する方法はない、それに少しずつ近づけるだけだ。この目標は文学にとっての一大テーマだ。偉大な文学はその目標に近づいているばかりか、それを書き記すことのできる状態にある。(中略)カミュはそういう本を書いた。ドストエフスキーもそういう本を書いた。シェークスピアもそういう芝居を書いた。古代ギリシャの劇作家も、フォークナーも、カフカも…」

 

また、彼は映画というジャンルの限界と、それを超える僅かな可能性について興味深い発現をしている。

 

「文学はこれを達成できるが、映画はできない。手段がないからできないのだ。映画は十分に知的ではないのだ。そのため、十分に曖昧ではない。しかし、あまりに明晰すぎるあまり、同時に、あまりに曖昧すぎることになっている」

 

そして映画で奇跡を成し遂げた監督として、ベルイマンや、フェリーニ、タルコフスキー等の名を挙げ、自分はまだそこに辿り着いていないことを明言していた。

 

「私は自分の教えている映画監督の卵に口をすっぱくして説明している。映画でライターを点けるシーンがあれば、それはライターを点けたということで、ライターが点かなかったら、ライターが故障しているという意味だ、と。ほかのことを意味するわけがないし、将来になったら、その意味が変わるわけでもない。一万回のうち一回でも、それが何かほかの意味になるとすれば、誰かが奇跡を成し遂げたということだ。ウェルズは一度だけその奇跡を実行した。ここ数年でその奇跡をやり遂げた監督は全世界でたったの一人しかいない。タルコフスキーである。ベルイマンはこの奇跡を数回、やり遂げ、フェリーニも数回やり遂げた。これをやり遂げたのは、ほんの数人だ」

 

 そして、この「奇才」と呼ばれ、カンヌを始めとする数々の映画賞を獲得してきたポーランドの男は、自らの才能を低く評価する。

 

「バカげた例で恐縮だが、私がライターというのは、ありのままを映すという映画の性質を指している。私が目標を持つとすれば、このありのままの状態から抜け出すことだ。私がこの目標を達成することはないだろう。これと同じように、人間の内部にあるものを表現してみせることもできないだろう。でも、私は今後も努力する。映画が本当に何かを達成するという意味であれば――少なくとも私にとってはそうだ――、誰かが映画の中に自分自身を発見するということだ」

 

にもかかわらず、彼の映画には、個人の自我を遥かに超えた、霊性が宿っている。彼が言うところの普遍的な「自己」がそこにある。誰もが、そこに真の「自分自身」を発見できるような空間が。彼は明らかに自分が何を撮るべきかを明晰に知っている稀有な監督の一人であり、そのオリジナリティは彼の尊敬する人々に及ばなくとも、その表現領域において共通の地点にまで確実に到達していた。

 

 彼は、フィルムにフィルターを被せることを恐れなかった。『二人のベロニカ』のように温かな愛に満たされた空間であればヤマブキ色のフィルターを。『殺人に関する短いフィルム』では、冷淡な緑色のフィルターを使った。彼が表現したものは自我の葛藤、ぶつかり合いから生まれる「物語」ではなく、今、この瞬間にある「愛」の有無であった。愛があれば愛の顕現を表現する。愛がなければ、愛の不在を表現する。それが彼の唯一の尺度であった。このおそらくは極めて正しき尺度によって、彼の映画は日常性を超越し、霊的次元に世界を展開することができた。

 

 キャリアの晩年、彼はイレーヌ・ジャコブという愛の女優と出会う。彼女は、何もする必要がなかった。愛を空間に染み渡らせる存在として、ただそこにいるだけでキェシロフスキの目標を生身の存在として達成していた。彼女を中心に据え、その存在から発せられる光によって、愛を喪失した人々が救われる物語。物語といえば、ただそれだけであった。視聴者を興奮させるような複雑なストーリーテリングの必要はないのだ。なぜなら、そこには愛憎劇の「愛」ではなく、霊的次元での「愛」を宿した存在が、しっかりと映しだされているのだから。最も重要な存在が、我々に微笑みかけているのだから。

 

 『トリコロール/赤の愛』では、人間不信と愛の喪失の中で絶望的な人生を送り、電話の盗聴を趣味にしている老判事が、イレーヌ・ジャコブが扮する主人公に出会い、救われる。彼女が何かしたわけではない。ただ、慈愛に満ちた彼女の存在それ自体が、老判事にとっての救いであり、光だったのである。愛する人たちのために何ができるかと悩んでいるイレーヌに、彼はつぶやく。

 

「君が存在するだけでいい」

 

 そう、存在するだけでいい。存在していること、ただそれだけで、この世界に救いになるような人がいる。私たちは、今、新たな次元に向かって飛翔すべき時なのかもしれない。

 

※参考文献

『キェシロフスキの世界』(河出書房出版)クシシュトフ・キェシロフスキ著/和久本みさ子訳


アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―

アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―

 

「オーロラ」

 

 長岡マチカ(文化人類学を学び、現在、アラスカ在住)

 

 1月下旬、過去6年間で最大とされる太陽の表面爆発現象「太陽フレア」が観測された。その影響でここアラスカの上空にも壮大なオーロラが出現するだろうとメディアが伝える。「今日は見られるまで寝ないつもり」、太陽フレアの影響が地球に届くとされる日、そんな声をあちらこちらで聞く。

 普段アンカレッジではなかなかオーロラに出会うことがない。見られたとしても写真集に載っているような緑や赤色でなく、白くぼんやりと煙が舞っているようなものがほとんど。夜空に揺れる色とりどりの光の饗宴を見るには、やはり内陸へ出かける必要がある。それでも今回の大爆発はアンカレッジにさえくっきりとしたオーロラをもたらすのだという。

 

 最初にオーロラを見たのは16年前の9月、初めてアラスカを訪ねた時のことだった。内陸の町フェアバンクスに滞在中、夜になると空一面緑や赤色に照らされる、そんな日が3日間続いた。暗くなると車を走らせ人里離れた丘の上に寝転び空を仰ぐ。透き通った色とりどりの幕が一時として止まることなく揺れ続けている。ここぞと定めようとする目線をするりと抜け、次から次へと色を形を変えていく。

「音があるのよ」

 言葉を失いただただ仰向けに寝転がる私の隣でネイティブ・アラスカンの友人が言う。

「耳を澄ませて」

 ネイティブ・アラスカンの間では、オーロラは精霊たちがセイウチの頭蓋骨を蹴ったり投げたりして遊んでいるのだ、と伝えられているという文献を読んだことがあった。

「精霊達の歓声?」そう聞く私に「あなたがそう聞きたいのならそう聞けばいい」友人はネイティブ独特の訛りのある英語でゆっくりと言った。

 視覚から聴覚へ意識を移してみる。何も聞こえない・・・。それでもゆったりと感覚を澄ませたまましばらくすると、オーロラの動きに合わせ一定のリズムが身体を包み始める。やがてそのリズムは自身の呼吸と溶け合い心音と共に身体の奥底に揺れ始める。目に見える形、耳に聞こえる音、視覚や聴覚にはおさまりきらない感覚に包まれる。

「オーロラが自分なのか、自分がオーロラなのか」

 そんなことをつぶやく私の肩に、友人の手がそっと触れる。

「あなたも、オーロラも、地球も、太陽も、宇宙も、生きていてね」

 不思議な感覚に身を委ねたまま聞く友人の言葉が、すっと身体に入り込んでくる。ひょっとして、生きているという命の源に流れるリズムは皆繋がっているのかもしれない、そんなことをぼんやりと思う。

 

 当時を思い出しながら、リビングルームで毛布に包まり真夜中の窓の外を眺める。ソファの上には飲みかけのホットレモンと子ども達が読んでいた地球物理学者のインタビュー記事が置いてある。「これからアラスカの人々はもっと多くのオーロラを見ることになるだろう。長いこと静かにしていた太陽が目を覚ましつつある!」その学者の言葉が目に留まる。「生きていてね」、オーロラを共に見上げた友人の言葉が蘇る。

結局その夜はオーロラを見ることがなかった。市内でも地域によっては見られたという。翌日の新聞にはアンカレッジの岸から望む海面の上空に、緑色の幕がくっきりと写っていた。

 


★編集後記

 すっかり寒くなりましたね。学生時代は、「寒くて、眠くて、金が無い」と呪文のようにつぶやいていた気がしますが、それほど進歩がなかったり(笑)。最近は冬眠する小動物のようにナッツばかり食べていますが、春に向けてエネルギーを蓄えておきたいものです。 

 先日は、ぼくの最も好きな画家であるルドン展を見に行きました。大きなインスピレーションをもらい、こういうのも大事だな、と。生のオーロラを見たら、いろいろ刺激をもらえそうですね。(那智)


目次

MUGA 第8号

「私」ではなく「世界=無我」からの表現を発信する

 

無我表現研究会発行 月刊メルマガ

 

◆目次

 

◇アート

 

・詩

『例外者たちの詩』  那智タケシ

 

『季節の詩』     rita

 

◇対話

・無我表現研究会・メルマガ「MUGA」第8号編集会議

 

  「AKBは無我的か否か」

 

◇評論

 

・評論

川の流れのように~秋元康にみる「無我的表現」

 

                        高橋ヒロヤス

◇エッセイ

 

アラスカ便り―北の果てに暮らす日々― 

『祭、草のバスケット』   長岡マチカ

 



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