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MUGA 第6号
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例外者たちの詩     那智タケシ
季節の詩     rita
「人間には、自分で自分を治す力がある」 菊地久幸×那智タケシ
世界中の人に自慢したいよ~忌野清志郎のうた
《無我的観照》第2回 『白痴』(ドストエフスキー著)から読み解く現代のキリスト像
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―
★編集後記
MUGA 第7号
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『例外者たちの詩』  那智タケシ
『季節の詩』  rita
歌うも舞うも法の声~「AKB48」に寄せて
《無我的観照第3回》 霊的女優・イレーヌ・ジャコブ論
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―
★編集後記
MUGA 第8号
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『例外者たちの詩』  那智タケシ
『季節の詩』    rita
編集会議 「AKBは無我的か否か」
川の流れのように~秋元康にみる「無我的表現」
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無我表現としてのAKB前田敦子
無我的観照第4回 『マイネームイズハーン』に見る愚直な愛の表現
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「土も人間も健康にする内城菌の力」 瀧 芳人(ヤマイチシステムプロデュース代表)
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世界中の人に自慢したいよ~忌野清志郎のうた

世界中の人に自慢したいよ ~忌野清志郎のうた

                        高橋ヒロヤス

 

前回はビートルズのことを書いたが、日本で「ロックミュージック」の形式を創造し浸透させたという点でビートルズに匹敵する存在といえば、RCサクセションであり忌野清志郎だと思う。

 

忌野清志郎がどんな人か、日本のロックを少しでも聞いてきた人にとってRCサクセションというバンドがどんな存在かを改めて説明する必要もないだろう。

 

彼の歌を初めて聞いたのは、テレビで坂本龍一との『いけないルージュ・マジック』のプロモーションビデオを見た時だと思う。お茶の間に飛び込んできたその異色の映像は、小学生だった僕には「得体の知れない気持ち悪さ」という印象しか与えなかった。

 

そのあとにヒットした『Summer Tour』や『ベイビー、逃げるんだ』などの曲も、テレビで断片的に聞いたが、まったくよいと思わなかった(この2曲は今でもそんなにいいと思わない)。なにせ僕の家庭では両親が当時『TOKIO』をうたっている沢田研二が「この人頭おかしい」「きっと麻薬やってる」といって忌み嫌っていたのだから、RCサクセションなどというぶっとびすぎた存在はまったく理解不能な異次元の存在であった。

 

それから何年かすぎ、ビートルズの洗礼を受けて洋楽を聞くようになってから、だんだんRCのかっこよさが分かってきた。それでも本当にはピンときていなかった。ちょっとおもしろいな、と思ったのは、1986年のライブ・エイドの時に日本でもその模様をテレビで中継しながらいろんな日本のミュージシャンが歌う番組をやっていたのだが、そこでキヨシローが『自由』というとんでもない曲をやっているのを見た時だ。キヨシローはこう歌っていた。

 

「俺は法律を破るぜ 義理も恩も屁とも思わねえ 責任逃れをするぜ 

 俺を縛ることなどできねえ

だって俺は自由 汚ねえこの世界で いちばんキレイなもの それは自由」

 

歌詞も面白いが、この歌詞が見事に浮かび上がるようなリズムとメロディーと歌唱法がとてもインパクトがあり、特異なパフォーマンスの映像とも相まって強烈な印象を残した。

 

高校生時代、世の中が面白くなくて仕方がなかったころ、RCの『カバーズ』が出た。反原発をテーマにした過激な歌詞は、発売中止騒ぎもあり大きなニュースにもなった。僕は激しくそのメッセージに共感するとともに、歌詞の内容もさることながら、洋楽のメロディーに訳詩を乗せるキロシローの日本語の選び方の見事さに感心した。

 

その頃、FM大阪で深夜に放送していた『忌野清志郎の夜をぶっとばせ』という番組を毎週楽しみに聞いていた。当時過激な曲ばかり演奏するゲリラ・ライブみたいなことをしていた「タイマーズ」という覆面バンドを一緒にやっていた三宅伸治と、ギターを抱えながらR&Bやブルースのレコードを好き勝手にかけているだけというゴキゲンな番組だった。

ある夜,清志郎がアコギで,いつものようなブルースではなしに,子どもの童謡の弾き語りを始めた。

 

カラスの赤ちゃん,なぜ泣くの

コーケコッコのオバさんに

赤いお帽子 ほしいよ

赤いお靴も ほしいよ と

カアカア 泣くのよ

 

やけにエモーショナルなキヨシローの歌声に,なぜあんなに情感が籠っていたのだろう? と当時,感動しながらも不思議に思ったものだ。

 

その後,記憶が定かでないのだが,彼がボソリと「うちの母親が歌った曲です」というようなことを話したような気がする。

 

もしかすると,清志郎の母上もまた歌の才能に恵まれていて,息子に受け継がれたのだろうか? なんてそれ以上詮索することもなく,ぼんやりと思っていたものだ。

 

彼の訃報に接して,そのへんがなんとなく気になり,ネットを漁っていると,彼が実母と3歳の時に死別し、実母の姉夫婦の養子として育てられたこと、清志郎は実母の再婚相手の子供で、最初の夫はレイテ島で戦死していたこと、最初の夫と実母は戦地と日本との間で熱烈な愛の手紙をやり取りしていて、それらの遺品が1988年、ちょうど『カバーズ』が出た年に、養父の死をきっかけに初めて彼の手に渡ったこと、などを知った。

 

彼の実母は機知に富む誰にでも愛される気立ての良い人で、派手な着物を着て思ったことを何でも素直に口にする、のちの清志郎を彷彿とさせる女性だったようだ。しかし若くして新婚生活を奪われる不幸な運命に見舞われた彼女が、亡夫に向けた歌に次のようなものがある。

 

“かえらざる人とは知れどわが心なお待ちわびぬ夢のまにまに”

 

“夢ならであえがたき君が面影の常に優しき瞳したもう”

 

“出征の君が心の面影を今日も祈りてそっと微笑む”

 

戦地に赴くことになった夫からの第一信。

 

“先日はお見送りありがとう。元気でやっていますからご安心ください。来月3日に面会が許されるようですから時間は午前8時から午後5時までみんなで力をあわせてしっかりおねがいします”“近所の人にはいちいちお礼状など差し上げられませんからよろしくお願いします”

 

第14信(昭和19年9月26日)。

 

“夜遅くまで演習があった日 1度に4通もの便りをもらって実にうれしかった。一同に羨ましがられて得意だった。妻帯者が圧倒的に多かったので独身者が口惜しがるのは気の毒なほどだった。日記を送ってくれた思い付きははなはだ結構である。今後も続けて欲しい。心配していた体の様子 何事もない様子大いに安心したが,普段胃腸が悪いらしいからよく注意してくれ。必ずしも体が悪いから働くものがいないからというような悲壮な考えや遠慮をしないでどしどし休んだ方がいいと思う。フィリピンから金が遅れるらしいから手続きをして送るようにしておく。もし遅れたら英和辞典コンサイスを1冊おくってくれ”

 

第22信。妻への手紙であることを検閲に覚られないよう、「お母さん」と言い換えている。

 

“お母さん,私は今西の方を向いております。黄昏は深いジャングルの方に迫ってきました。だいぶ暗くなってきました。私の向いてる方だけ深紅にもえております。一面の青さの中でそこだけ明るくそこだけにおっております。

 

その明るい方を向いておりますお母さんあなたの方を向いております。太陽もあなたのようです。気高く美しく愛情に満ちた夕焼けの太陽です。雲を染め海を染め森を染め山を染め私の心を染めて輝きわたる希望の色です。その色に磨かれて私はちかいたちます。あなたと一緒に毎日戦うのです。あなたの光に磨かれて強く戦い続けております。

 

先ほどまで敵機はたけくまっておりました。砲弾はジャングルを揺さぶり続けておりました。今はすっかりしずかになっております。今日の戦争の苦しさも明日の爆撃の激しさもこの先の前にはものの数ではありません。

 

この光をみつめております。あなたの方を見つめております。あなたの顔を見つめております。

 

 これは過日新聞に載っていた黄昏という詩ですが,大変気持ちが私と同じように思えたので抜き書きしてお送りしました。何回も何回もよんでください。東京空襲の報を聞きましたがどうでした 家のものには被害はありませんでしたか?こっちは雨もなくなりましたので実に暑さが厳しく感じられます。嘘みたいな話でしょう”

“とうぶん便りは出せないと思います。皆々様によろしく”

 

この手紙を妻が受け取ったとき、すでに夫は戦死していた。

 

これらの手紙に加えて、実の母親が新宿のレコード屋で吹き込んだという『カラスの赤ちゃん』を歌う声を初めて聴いた清志郎の心境はいかがなものだったろうか。彼は反戦歌や反体制ソングを歌い続ける自分のDNAの中に母親のそれがしっかり受け継がれているのを実感したという。

 

ついでに言えば、清志郎は子どものころから、自分が養子であることを知っていて、親がそれを自分に告げないでいることも知っていた。彼の言葉によれば、「孤独に耐える術を身に着けた」子供時代だったという。

 

 

大学に入り、一人暮らしを始めた僕の愛聴盤になったのがRCの70年代のアルバム『シングル・マン』だ。これはRCがまったく仕事がなく評価もされずどん底の時代に作った作品で、ジャケットや曲調からもなんともいえない侘しさとそこはかとなく病んだ感じが伝わってくる。しかし名曲がたくさん入っているアルバムだ。『スローバラード』、『ヒッピーに捧ぐ』、『甲州街道はもう秋なのさ』などはブレイク後もRCサクセションの代表曲になったが、個人的には『夜の散歩をしないかね』という曲がとても優しくて大好きだった。

 

窓に君の影が 動くのが見えたから

僕は口笛に いつもの歌を吹く

 

きれいな月だよ 出ておいでよ

今夜も二人で 歩かないか

 

窓を開けて君の ためらうような声が

僕の名前呼んで なにかささやいてる

 

きれいな月だよ

今夜も二人で 歩かないか

 

今夜も二人で 歩かないか

 

RCサクセションが解散してからは、そんなに熱心に聞いていなかった。もちろん日本でいちばん”尊敬する”ロック歌手であり続けたことは言うまでもないが。

 

キロシローが死んでから、リスペクト盤を含めてたくさんの作品が出た。いま改めて「晩年」の作品を聴いてみると、そのうたの豊かさに感心する。結婚し、2人の子供を育て、自分の音楽のルーツであるメンフィスやナッシュビルで憧れのR&Bミュージシャンたちとセッションしレコーディングできた90年代以降の彼の人生の充実感が伝わってくるようだ。もちろんRCの解散や、その後の『君が代』発売禁止騒動など、彼のキャリアに逆風は度々訪れてはいたのだが。

 

中でも大好きな曲は、『世界中の人に自慢したいよ』だ。R&Bの王道バラードのコード進行で謳いあげられるこのメロディーは、『スローバラード』の「切なさ」を「豊かさ」に転換した、キヨシローの到達点という気がする。この曲は、つい最近(201111月)出た、キヨシローが自分で選曲した『忌野清志郎 sings soul ballads』というベスト盤でも第1曲目に選ばれている。

 

君とふたり 暮らせるのなら 他に何もいらない

毎朝 君のすぐそばで 目を覚ますだけさ

あとは 何も何もいらない 何もかもうまく運ぶさ

ぼくとふたり 暮らしておくれよ

生活を始めよう

愛し合ってるなら 他に何もいらない

たとえ空が落ちて来ても

ふたりの力で 受けとめられるさ

まるで 雲の上を歩いてる

毎日 そんな気分さ

 

愛し合ってるなら 他に何もいらない

たとえ空が落ちて来ても

ふたりの力で 受けとめられるさ

毎日毎日 君のもとに ぼくは帰るよ

ぼくとふたり 暮らしておくれよ

きっと幸福になろう

ふたりでそれを手に入れて みんなに自慢したいよ

ぼくは ぼくは自慢したいよ

君のこと ぼくと君のことを

みんなに みんなに 町中の人に もっと自慢したいよ

何も なんにもいらないから 君を自慢したいよ

町中に 国中に 世界中の人に 君のことを自慢したいよ

Oh,Oh, 世界中の人に自慢したいよ・・・

 

キヨシローが出した本の中で一番真面目なのは、彼自身が出版を企画したという『ロックで独立する方法』だろう。ミュージシャンとして生計を立て、独立しようとする若者たちに向けて、彼自身の体験から学んだ業界の話や音楽制作の話など、とても誠実に語っている。

ミュージシャンだけでなく、あらゆる分野で「独立」を考える人にとって有意義な内容を含んでいると思う。

 

200952日に忌野清志郎が亡くなったとき、彼の告別式に4万人以上ものファンが訪れたことが大きなニュースになり、僕は自分のブログにこんな風に書いた。

 

「清志郎が亡くなってから,言葉にならない悲しみとは別に,清志郎がこれほどまでに愛されていたというのを知ったことにむしろ驚いている。

 

キヨシローは,桑田圭祐などとは違って,決して音楽シーンのトップにいるような存在ではなかった。

 

彼の音楽は常に,マイノリティの目線からの多数派の欺瞞への告発であり,弱者から同類への愛情の籠った労りの表現だった。

 

それは,キヨシローがあれほどまでに愛したR&B(リズム・アンド・ブルース)の真実の形だった。だから彼の歌には何の嘘もなかった。

 

何の嘘もない表現は,危険過ぎて,体制の中で勝利を収めることはない。しかし,彼は比類のない天才的な言語感覚とユーモアで,危険な綱渡りを見事に演じきって見せた。

 

その結果,今日,こんなにも多くの人が心の底から清志郎への愛と感謝を表現している。

 

どんなにひねくれ者でシャイな奴でも,ふだんは「よそ者」扱いされて居心地悪い生活を送っている連中でも,なんのてらいもなく,心から「好きだ」と言える人,それが清志郎という存在だった。

 

こんなに世知辛い世の中で,人々の心から,こんなにも多くの愛を引き出すなんて,あんたにしかできない芸当だよ。

 

だから僕も,今日くらいは正直に言うよ。

 

キヨシロー,愛してるよ。

 

ありがとう。」

 

彼の訃報に接した日、僕は司法修習中で東京地方裁判所の裁判官室にいた。窓からとてもきれいな虹が見えたのを覚えている。

 

 

参考文献

『ロックで独立する方法』(忌野清志郎、太田出版)

『忌野旅日記』(忌野清志郎、新潮文庫)

『瀕死の双六問屋』(忌野清志郎、小学館文庫)

Rockin on Japan特別号 忌野清志郎19512009

『忌野清志郎が聴こえる 愛しあってるかい』(神山典士、アスコム)

『文藝別冊 忌野清志郎デビュー40周年記念号』(河出書房新社)

 


《無我的観照》第2回 『白痴』(ドストエフスキー著)から読み解く現代のキリスト像

 「恋愛VS憐憫」 

 

『白痴』(ドストエフスキー著)から読み解く現代のキリスト像

 

       那智タケシ

 

ドストエフスキーの四大長編のひとつ、『白痴』のことを思うとき、どこか微笑ましい、それでいて悲しい気持ちになるのは自分だけではないだろう。この複雑なエモーションの正体はなんといっても、主人公の「白痴」こと、ムイシュキン公爵の存在それ自体によるものである。彼は作者が「無条件に美しい人間」を描かんとして主人公に据えられた人物だが、その美しさと破滅ぶりのコントラストが何とも言えず、物悲しい。

 

掛け値なしに素晴らしい小説なので未読な方にはお勧めするが、この稿では、「無我的」な観点から、このムイシュキン公爵なる人物を読み解いてみたい。お題は「恋愛VS憐憫」。運命のいたずらで二人の女性の二股をかけることになった公爵が、どちらの感情で女性を選択するかという側面から、「無我的観照」を試みてみよう。

 

簡単なあらすじはと言うと、スイスから「白痴」の治療を終えた?ムイシュキン公爵がロシアに帰国する。彼は実は白痴というよりもきわめて純真で、我意のない人物であり、こじき同然の状態でありながら、とある遠縁の将軍家に出入りして、そのお嬢様の一人、すばらしく愛らしくかわいらしい女性であるアグラーヤ・イワーノブナに恋をしてしまう。白痴とみなされて、ばかにされながらも不思議な魅力で周囲の人々に愛されていく公爵は、遺産が転がり込んだこともあって、いつしかアグラーヤの結婚相手として現実味を持って受け入れられていく。

 

ところが、そこに非常に奇妙な女が現れる。ナスターシャ・フィリポブナという大商人の妾で、恐ろしいほどの美貌の持ち主でありながら、心に大きな傷を持ち、自分の運命に反逆して発作的に狂乱を起こす不幸な女である。ちなみに両親を亡くし、若くして商人に囲われたものの、今は自由な身になっている。

 

ムイシュキン公爵は熱烈にアグラーヤに恋をしながらも、このナスターシャという不幸な女に惹かれていく。とは言っても、恋をしているというよりも、ただただ「かわいそう」だからである。彼は、不幸な人間をほうってはおけないのだ。この女を本当に救えるのは自分だけだと彼は感じている。もちろん、アグラーヤのことは大好きで、本人のみならず友人の前でもそれを公言しており、そちらはそちらでまっすぐに縁談まで話が進んでゆく

 

一方、ナスターシャは、公爵が「白痴」ではなく、誰よりもすばらしい人間であると真っ先に見抜き、自分を救ってくれる存在としてキリストのように崇めている。しかし、公爵の愛に自分は値しないと感じており、エゴイズムと執着心の極地の男、商人のロゴージンとあえて結婚することで、公爵にアグラーヤを選ぶように仕向ける。

 

ここで注目すべきことは、公爵が最後の最後まで、「どちらも好き」な状態のまま、迷うことなく二人の女と同時進行で付き合ってしまうことである。アグラーヤとはデートを繰り返し、実家に出入りして楽しそうに家族とトークを交わし、まんざらでもない様子。ナスターシャのことは「ロゴージンといては殺されてしまう」と言って、救い出そうと追い掛け回す。

 

彼にとっては、どちらも異なる愛の形であり、どちらも等しく彼の人生にとって重要なものであるに違いないのだが、世間知からすると「隠す」か、「選ぶ」かしなくてはならないだろう。しかし、彼にとっては、二人の女性は「どちらも重要」なのであり、二人同時に愛することに迷いはない。だからこそ彼は美しくもあり、白痴でもあるのだ。

 

さて、結局のところ、彼は二人の女から「どちらを選ぶか」究極の選択を迫られる。若くて美しく、熱例に恋をしているアグラーヤ(彼にとっては人生で初の恋愛である)と、かわいそうな破滅しかけている狂気の女、ナスターシャ。

 

もちろん、前者を選ぶのが世間的には正しいだろう。しかも、彼は打算など何一つなく、ただただアグラーヤのことが大好きなのである。天使とあがめており、手を触れただけで顔を真っ赤にするほど純情な初恋の相手なのである。顔を見るだけで心が躍り、この世の春がやってくるのである。山の中で隠遁していた彼は、こんなにすばらしい感情を知らなかったのだ。

 

疑うべくもなく、公爵はアグラーヤと結婚したいと思っていた。ところが、二人に面と向かって「どちらを選ぶか」と聞かれると、彼には決められないのだ。なぜなら、彼は白痴だからである。美しくも悲しいほど、愛に誠実な人だからである。

 

さて、単純に「無我的」観点からすると、ナスターシャを選ぶのが正しいのかもしれない。しかし、それではアグラーヤを傷つけてしまうし、自分の感情も裏切ることになる。かといって、アグラーヤを選べば、ナスターシャは徹底的に救われない。

 

二人の女に鬼気迫る状態で迫られる修羅場の中、混乱した公爵は、ナスターシャを指差しながら、ついこんなことをアグラーヤに向かって口走ってしまう。

 

「ああ、こんなことがありうるでしょうか! だって、この女(ひと)は……実に不幸な女(ひと)じゃありませんか!」

 

憐憫が勝ったのである。

 

僅かな差だが、この口走った一言で、アグラーヤは「ああ、どうしよう」と叫んで部屋を飛び出して行ってしまう。公爵は追いかけようとするが、ナターシャに両手で抱きすくめられ、あの娘をとるの?と詰問される。

 

結局、公爵は半ば失神したナスターシャを介抱してその場に残る。彼の決断は、無我的な観念ではなく、瞬間の発作的行為によって選ばれたものであり、だからこそ生身の人間の運命そのものになりえたのであった。その究極の瞬間、彼の本質があらわになったのである。

 

彼は、恋愛の人ではなく、憐憫の人、すなわち慈悲の人であった。地上的感情に憧れを抱き、その素晴らしさに恍惚としながらも、その本質は宗教的人間であった。

 

すなわち個人的な恋愛感情よりも、キリスト的な人類愛、仏陀的な慈悲に満ちた愛の人であった。「地上の愛」と「神の愛」その二つを同時に生きつつも、結局、「神の愛」を選ばざるを得なかったのだ。もちろん、こうした選択は大抵の場合、俗世間では「失敗」とみなされる。

 

この小説は、悲劇的な結末を迎える。愛を得られないと悟ったロゴージンが、ナスターシャを殺してしまうのである。ムイシュキン公爵とロゴージンが、愛する女の死体の傍らで膝寄せ合って一晩を過ごすフィナーレの何と美しく、何と偉大なことだろう。

 

愛する女を殺した男と救おうとした男が、お互いに繊細な気を使いながら、いたわりあいながら、異常なレベルの精神的交感(これはドストエフスキー後期の小説、特有のものである)によって、二人はほとんど言葉を交わすことなく通じ合っている。この場面は、無名の慈悲がどこからか流れ込み、彼らを悲劇から救おうとしているかのようにさえ見える。

 

結局、異様なショックを受けた公爵は心身を喪失して本当の「白痴」に戻り、スイスに逆戻りしてしまう。真に美しい存在は、現代社会では存在できないという落ちらしいが、この小説が世界から評価され、受けいれられたという時点で、人はムイシュキン公爵の美的価値を認め、その愛の形も評価したのではないだろうか。

 

我々は、現代のキリストを文学的結晶という形で先取りさせてもらったのである。仏陀やキリストのエピゴーネンではなく、俗世間の荒波の中で、無我的なる愛が具体的にどのように現れ出るかというひとつの例を天才芸術家が提示してくれたのだ。

 

ここで重要なのは、今、こうした「無我的」な愛の形が、あまりにもこの世界から失われているのではないか、ということだ。

 

日本だけを見てみても、バブル期の80年台から「恋愛至上主義」とも言うべき、ドラマ、小説、音楽、映画が巷に氾濫し、今でもその流れは続いている。恋愛は恋愛であっていい。ムイシュキン公爵が恋をしたように、恋愛の感情は素晴らしいものだ。しかし、人間はそれだけでは真に美しい人間足りえない。「白痴」もナスターシャへの憐れみの愛なくしては、偉大な小説にはなり得なかっただろう。

 

人は、パンのみにいて生きるにあらず。人は、恋愛のみにて生きるにあらず。さらに言えば、親子愛、家族愛だけでも足りないのではないのだとぼくは考える(今の日本ではここまでが限界かもしれない)。

 

今、我々に真に必要とされているものは、慈悲なのだ。個人から個人に向けての感情ではなく、全体のバランス、調和のために、暗闇や壊れかけたもの、傷ついたものに手を差し伸べ、全人類のために回復させようとする行為。自己を滅ぼしてでも、世界を救おうとする激情。

 

別段、本当に自己を滅ぼせというわけではない。ただ、「無我的なる愛」が最も尊いものだという価値観がこの社会に定着しない限り、すべての問題はなくならないということが理解されなくてはならない。そのためには、美しく、格好良い、積極的価値観を持った新たな「無我的モデル」が必要とされる。人は、観念ではなく、具体的モデルに――すなわち現代のキリストに――新たな時代の指針を見出すのである。

 

もしもキリストが現代に現れたら、既成の宗教的イメージとはまったく異なる、恐ろしく意外な形で自身を表現していることだろう。

 

最近では、『家政婦のミタ』が当たったりと、人は薄っぺらい恋愛ドラマに飽き飽きしているきらいもある。東日本大震災と福島原発の影響から、人間にとって最も重要なものは何か、ということが改めて問われている。今こそ、我々は新たな愛の形を模索し、形にしてゆくチャンスの時でもあるのだ。

 

ドストエフスキーとは言わなくとも、現代の「無我的な愛の形」がこの地上にいくつも現れ出て、人々の意識を変革することが急務だと感じられる。現代のキリスト、仏陀はあなたの隣にひっそりとたたずんでいるのかもしれない。

 

参考文献

『白痴』ドストエフスキー著 木村 浩訳(新潮文庫)


アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―

「光のコラージュ」

 

 長岡マチカ(文化人類学を学び、現在、アラスカ在住)

 

 西の空の太陽が辺りを紫色に染める頃、両手いっぱいにケーブルを抱え外に出る。等間隔に小さな電球の並ぶその白いケーブルを、軒下にいくつか突き出す釘にひっかけていく。右の端から左の端まで白い管が家屋の輪郭をなぞる。子ども達は電球のついた杭を雪の中に突き刺す。杭を繋ぐ黒いケーブルが紫がかった雪の上をまっすぐ這っていく。白と黒の管の先端を玄関脇のコンセントに差し込むと、闇に覆われつつある視界がパッと照らされる。眠りかけていた空気が一気に踊り始めたようにも見える。冬至近くのアンカレッジは一日のほとんどを暗闇の中で過ごす。家々を飾る色とりどりの小さな光がそんな闇の中の街をほのかに照らしてくれる。

 

 11月の感謝祭が終わると、窓際にクリスマスツリーの電飾が輝く家も多く見られ始める。メディアからはクリスマスキャロルが流れ、店先にはサンタやトナカイのモチーフが赤と緑のオーナメントに彩られている。クリスマスには毎年ネイティブ・アメリカンの友人から電話をもらう。「メリークリスマス!キリストの光が世界を照らしますように!」明るい真摯な友人の声を聞きながらクリスマスという行事の由来を思う。近所には馬屋でのキリスト生誕の情景を描いた蝋人形を並べライトアップする家々もいくつか見られる。今はほとんどがクリスチャンのネイティブ・アメリカンの友人にクリスマス・イブのミサへ連れて行ってもらったこともある。祭司の立つ教会の祭壇にはたくさんのろうそくが揺れ、透き通った賛美歌が響き渡っていた。

 クリスマス一色の店先。それでもよく目を凝らすとここ何年かは青色を基調としたユダヤの祭ハヌカの飾りが並べられた小さなコーナーがちらほらと設けられようになった。よく知らない相手に対しては「メリークリスマス!」でなく「ハッピーホリデイ!」という言葉をかける人々も増えてきている。子ども達も公立の小学校でクリスマスキャロルの他にハヌカの歌や、アフリカン・アメリカンの祭クワンザについて習ってきたりする。

 ユダヤ暦にのっとったハヌカ、毎年ちょうど街がクリスマスムードで盛り上がる時期に8日間続けて行われる。日の入りと共に8日間毎晩ろうそくに日を灯すことから「光の祭」とも呼ばれている。ユダヤ人の友人宅でハヌカの祝いに参加させてもらったことがある。ろうそくの炎がゆれる中、2000年以上前の出来事、エルサレムの寺院に残されたほんの少しの油で8日間ろうそくの炎が燃え続けたという奇跡のストーリーが語られる。玉ねぎとポテトを揚げたものやドーナッツなどの油を用いた料理に舌鼓をうちながら、ヘブライ語の文字の書かれた独楽を回しチョコレートのコインをやりとりするゲームを楽しむ。隣で友人が言う。「周りには奇跡の光が溢れているのよ。私達が今こうしてここにいるのも奇跡」

 12月の街の賑わいを離れ、山の中に自身で家を建てランプやろうそくの炎で生活する友人宅でホリデイを祝ったこともある。暖炉の薪がパチパチと音を立て、手の中のグラスには手作りのベリー酒が揺れていた。祭の名前には触れずとも、ゆったりと静かに年の終わりの空気に身を浸す。ランプに油を差しながら友人が言った。「私はこの冬至の時期が好き。溢れる光と闇のコントラスト。闇に覆われているからこそ光の源が分かるのよ」

 

 ささやかなライトアップを終え、すっかり暗くなった屋内へ戻る。ダイニングテーブルの真っ白なろうそくに火を灯す。闇の中に子ども達の顔がオレンジ色に照らされている。「部屋を一瞬の内に隅々まで満たすものって何か分かる?光なんだよ」長男がどこかで聞いたのだろうなぞなぞを口にする。様々な場を様々な形で満たす光を想う。窓へ目をやると、半月が雪の表面を青白く照らし出していた。


★編集後記

 あけましておめでとうございます。今月号は、新春対談と称して、ウルトラリンパ開発者の菊地久幸氏にインタビューを試みました。最近はスピリチュアルな業界に苦手意識が生まれていましたが、「本物」のスピリチュアルは別です。それは人類の叡智として人類の意識を底上げする力を持つように感じます。苦難に満ちた時代ですが、「無我的」観点から新たな表現を模索、提出し続ける場として「MUGA」を続けていきたいと思っています。本年もよろしくお願いいたします。(那智)

 


目次

MUGA 第7号

 

◆目次

 

◇アート

 

・詩

『例外者たちの詩』  那智タケシ

 

『季節の詩』     rita

 

◇評論

 

・評論

 

歌うも舞うも法の声 ~「AKB48」に寄せて(たかみな編)

 

高橋ヒロヤス

 

・《無我的観照第3回》

 

 霊的女優・イレーヌ・ジャコブ論

『トリコロール/赤の愛』クシシュトフ・キェシロフスキ監督

                        

那智タケシ

 

◇エッセイ

 

アラスカ便り―北の果てに暮らす日々― 

『オーロラ』   長岡マチカ

 



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