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沖縄二高女看護隊 チーコの青春 - 目次
沖縄二高女看護隊 チーコの青春
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沖縄二高女看護隊 チーコの青春

風と共に去りぬ

 

 

 二月は空襲がなかった。B29が偵察に来るたびに警戒警報は鳴ったが、空襲はなく無事に過ごせた。知事官舎での一日置きの看護教育も順調に行っていた。難しい専門用語はなかなか覚えられないけれど、包帯の巻き方や怪我をした時の救急処置など、日常で役に立つ事も多く、とてもためになった。看護婦志望の千恵子は真剣にノートを取っていた。

 三月に入ると一日早々から敵機の編隊がやって来て、例のごとく飛行場と港に爆弾を落として行った。千恵子たちは授業を中断して防空壕に避難した。次の日も次の日も敵機はやって来て空襲警報が鳴った。しかし、爆弾を落とさずに飛び去って行った。爆弾を落とさないのは助かるのだが、警報が鳴るたびに避難しなければならず、何だか、敵にからかわれているような気がして皆、腹を立てていた。

 四日の日曜日、千恵子たちはまた黒砂糖の買い出しに出掛けた。六日から東風平こちんだの国民学校にある山部隊の看護教育隊に入隊する事が決まったので、みんなで黒砂糖を持って行こうと決めたのだった。その日は幸い、空襲警報も鳴らず、天気もよかった。

 鹿児島に疎開してしまった小枝子の代わりに、晴美とトヨ子と朋美が加わって、六人で賑やかに出発した。焼け跡は綺麗に片付けられ、ほとんどが畑に変わっていた。灰が肥料になったのか、生育は驚くほど早く、葉野菜はすでに食用となり、甘藷かんしょの収穫も間近だった。

 南風原の陸軍病院の防空壕のある小高い丘には新しく三角兵舎へいしゃがいくつも建っていて、兵隊さんが大勢、忙しそうに働いていた。何となく年寄りの兵隊ばかりで、防衛隊の人たちのようだった。

 澄江は目をキョロキョロさせて谷口軍曹を捜し、初江は野口少尉を必死になって捜していた。行く時には会えず、帰りには必ず会えると期待したけど、会う事はできなかった。二人はすっかり気落ちしてしまったが、千恵子は偶然にも姉と再会する事ができた。

 陸軍病院の側を流れている小川の所で看護婦たちが数人集まって、キャーキャー言いながら洗い物をしていた。その中に姉の奈津子がいたのだった。

 千恵子は思わず、「お姉ちゃん」と叫んでいた。

 姉は千恵子の顔を見ると驚いて、「どうして、あんた、こんな所にいるの」と聞いて来た。

 千恵子は姉の側に行き、耳に口を寄せて、「闇物資の買い出し」と小声で言った。

 成程と姉はうなづいて、千恵子の重そうなリュックを眺めて笑った。姉は元気そうだった。

「ここは規則が厳しくてね、結構、大変なのよ。でもね、今の所は患者さんは少ないし、みんなで気楽にやってるさあ」と姉も内緒話をするように千恵子に言った。

「あっ、そうそう、ミエちゃんたちが来てるのよ。今日は日曜だから来ないけど、先月の半ば頃から師範学校の女子部と一高女の生徒たちが看護教育を受けてるのよ」

 ミエちゃんというのは二人の幼なじみで師範学校に通っている娘だった。姉と同い年で、幼い頃はよく一緒に遊んだものだった。

「えっ、それじゃあ、陽子ちゃんも来てるの」と千恵子は従姉いとこの事を聞いた。

 姉は首を振った。「陽子ちゃんは来てないわ。本科の二年生はもうすぐ卒業でしょ。四月から国民学校の先生になるみたいだから色々と忙しいみたい。でも、陽子ちゃんたちも看護婦になってお国のために働きたいって言ってるみたい。ミエちゃんがそう言ってたわ」

「そう。陽子ちゃん、もう先生になるのか‥‥‥ねえ、浩おばちゃんは元気でやってるの」

「もう元気すぎるくらいよ。あたしの同期の子も何人か外科にいるんだけど、浩おばちゃんにしごかれてるみたいよ」姉はクスクス笑ってから、「でもね、浩おばちゃん、結構、みんなに慕われてるみたいよ。何でも自分から進んでやる性格でしょ。頼もしい小隊長殿って感じみたい」

「浩おばちゃんらしいわね」と千恵子もクスッと笑った。「ねえ、あたしたちも来週から山部隊の看護教育隊に入る事になったのよ」

「山部隊の野戦病院ていえば東風平こちんだね」

「そう。それとね、あたし、県立病院の看護婦養成所の入学試験に合格したのよ」

「えっ、ほんとなの」

「ほんとよ」

「そう、よかったわねえ」姉は喜び、「頑張るのよ」と千恵子の肩をたたいた。

 入学試験といっても、姉の頃と違って、筆記試験はなく内申書だけだったので助かっていた。あまり自信はなかったけど、昨日、先生に呼ばれて合格の知らせを聞いた時はほんとにホッとした。

 山部隊の野戦病院に入ってしまえば、姉に会う事も難しくなる。その前に会えてよかったと千恵子は偶然の再会に感謝した。

 澄江と初江は姉から谷口軍曹と野口少尉の事を聞いていた。

 姉は首を傾げてから、「今日は日曜日でしょ。ほとんどの人が休暇をもらって外出してるんじゃないかしら。那覇か首里の方に行ったのかもしれないわね」と言った。

「それじゃあ、まだ会えるかもしれないわ。きっと、どこかですれ違うはずよ。ねえ、そうでしょ」澄江と初江は嬉しそうに、うなづき合った。

 帰り道、何度か兵隊さんとすれ違った。その度に、千恵子たちは「ほら、来たわよ」とからかっていた。二人は「ほんと?」と期待に胸を膨らませるが、残念ながら、どちらも願いをかなえる事はできなかった。

 家に帰ると、康栄と安里先輩が小屋の屋根の修理をしていた。野戦病院に入る前に会いたかったのは姉ともう一人、安里先輩だった。その安里先輩が今、目の前にいる。澄江と初江には悪いが、今日はなんていい日なんだろう。千恵子はトートーメー(御先祖様)に感謝した。

「メンソーレ(いらっしゃい)」と千恵子はニコニコしながら挨拶をした。

「チー姉ちゃん、また買い出しかい」と康栄が屋根から飛び降りて来た。

 安里先輩はハシゴから降りると、「お邪魔しております」と丁寧に頭を下げた。

「お邪魔だなんて、屋根の修理までしてもらって本当に助かります。ありがとうございます」

「先輩はチー姉ちゃんから借りていた本を返しに来たんだよ」

「えっ」と千恵子は安里先輩の顔を見た。

「近々、野戦病院に行くと聞きましたので」そう言うと安里先輩は小屋の脇に置いたリュックの中から、島崎藤村とうそんの詩集を出して千恵子に渡した。

 慌てて返さなくてもいいのにと思ったが、千恵子は受け取った。

「お礼として、この本を読んで下さい」と安里先輩はもう一冊、文庫本を出して千恵子に見せた。それは石川啄木たくぼくの歌集だった。啄木の歌はかつて読んだ事はあった。でも、覚えているのは『一握の砂』の冒頭だけだった。安里先輩が読んだのなら、もう一度よく読みたいと思い、お礼を言って受け取った。

 今は書物も貴重品で、書店も貸本屋もなくなり、学校の図書館も焼けてしまって読みたい本も手に入らなかった。持っている本といえば、あの時、持ち出した愛唱歌集だけだった。一度に二冊の本が手に入って嬉しかったけど、何となく、藤村の詩集は安里先輩に持っていて欲しかった。二冊の本を見比べていた千恵子は顔を上げると思い切って言ってみた。

「あの、この本はお借りします。でも、こっちの方は安里先輩が持っていてくれませんか。この小屋に置いといても盗まれちゃうかもしれませんので」と藤村の詩集を差し出した。

「そうですか。それじゃあ交換という事にしますか。実は何かと忙しくて、まだ、全部読んでないんですよ。助かります」

 安里先輩は喜んで受け取ってくれた。

「あたし、この本を持って行く事にします」

「自分もこの本を東京に持って行きますよ」

「えっ、東京?」

「先輩は早稲田大学の予科に受かったんだよ」と康栄が説明した。

「いや、まだ一次が受かっただけです。二次が受からなければ合格とは言えません」

「それでも、おめでとうございます」

 四月になったら東京に行ってしまうのか。もしかしたら、もう会えないかもしれない。もっともっと色々と話がしたかった。

「あのう、今、お茶を入れますので、おうちの中で休んでいて下さい」

「いえ、まだ途中なので」と安里先輩はかたわらに置いたかなづちを手に取った。

 安里先輩と康栄が屋根の修理をしている間、千恵子はお湯を沸かした。いつもだったら、お茶なんてなかったのに、うまい具合に二、三日前に父が持って来たお茶がまだ残っていた。急須きゅうすはなかったけど、手拭いで作った小袋にお茶っ葉を入れてお湯の中に入れれば飲む事ができた。

 屋根の修理も終わり、買って来た黒砂糖をお茶菓子にして、お茶を飲みながら話をした。

 小説家を志すだけあって安里先輩は色々な本を読んでいた。夏目漱石そうせき、森鴎外おうがいいずみ鏡花きょうか、島崎藤村、中里介山かいざん、芥川龍之介、吉川英治など、作家とその作品の名が次から次へと口から飛び出した。藤村は小説の『夜明け前』は読んだけど、詩集はまだ読んでないので借りたという。今は毎日が作業で忙しくて、小説はなかなか読めない。詩がちょうどいいと言って笑った。江戸川乱歩らんぽ久生ひさお十蘭じゅうらんの推理物や岡本綺堂きどう、野村胡堂こどうの捕物帳も好きだけど、一番好きなのは尾崎士郎で、沖縄を舞台にした『人生劇場』のような小説を書きたいという。『人生劇場』は父が読んでいたのを思い出した。確か、おうちにもあったのに焼けてしまった。

 千恵子はどんな小説家が好きかと聞かれて、吉屋よしや信子と言おうとしたけどやめて、マーガレット・ミッチェルと言った。途中までしか読んでいなかったので、その後のスカーレットの事が気になっていた。まるで、今のあたしたちのように、スカーレットが住んでいるアトランタに敵の北軍が迫って来ている所まで読んで、その後、どうなったのかわからない。それに、澄江が大切にしていた本を失ってしまい、申し訳ないと常に思っていたので、思いついたままに言ってしまった。

 安里先輩は一瞬、驚いたようだった。

「さすがですねえ。まさか、千恵子さんの口から敵国の小説家の名が出て来るとは思ってもいませんでした。『風と共に去りぬ』ですね。まさに、あれは名作ですよ。自分はまだ読んでおりませんが是非とも読んでみたいものです」

「あたしもまだ最後まで読んでいないのです。お友達から借りていたんですけど、あの時、燃えてしまって‥‥‥きっと、いつか、最後まで読もうと思っています」

「そうでしたか。今の御時世では手に入れるのは難しいでしょう。でも、戦争が終われば、きっと手に入ります。名作は決して戦争なんかで滅んだりはしませんよ」

 安里先輩と康栄が帰った後、千恵子は一人でぼうっとしていた。

 マウンドからボールを投げている姿を遠くから眺めて憧れていた人が、ついさっきまで、すぐ側にいて熱っぽく文学の話をしていたなんて夢を見ているようだった。ほんの思いつきで、マーガレット・ミッチェルと言ったら、安里先輩の目の色が変わって、次々に外国の小説家や詩人の事を話し始めた。その中には千恵子の知っている人もいたし知らない人もいた。そして、敵国の人もいた。

 澄江みたいに外国の文学をもっと読んでいればよかった。そうすれば、もっと話し合う事ができたのに、ただ安里先輩の熱弁を聞いているだけの自分が情けなかった。

「戦争が終わったら、また、文学について語り合いましょう」と言いながら安里先輩は康栄を促して小屋から出ると空を見上げた。

「早く野球がしたいな」とボールを投げる真似をした。

 すかさず康栄が、「よーし、一本!」と叫んだ。

「やっぱり、ストライクじゃなきゃ締まりませんよ」安里先輩は笑って、「それじゃあ、気をつけて、頑張って下さい」と手を振りながら帰って行った。

 千恵子は頭を下げ、安里先輩と康栄の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見送った。

 

 

 


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