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沖縄二高女看護隊 チーコの青春 - 目次
沖縄二高女看護隊 チーコの青春
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沖縄二高女看護隊 チーコの青春

仮小屋住まい

 

 

 あの恐ろしかった空襲から一月余りが過ぎた。

 焼け跡となった那覇の街では新しい生活が始まっていた。

 十一月四日の新聞によると五万五千人あった那覇市の人口は空襲後、八千人に激変してしまったが、徐々に増えて二万三千余人になったと書かれてあった。敵が攻めて来ない事がわかると避難していた人々は那覇に戻り、焼け残った家に雑居したり、焼け跡に仮小屋を建てて生活を始めた。千恵子も父親と一緒に粗末な小屋で暮らしながら学校に通っていた。

 学校も焼けてしまい授業はできなかったけど奉仕作業はあった。敵の爆撃で破壊された陣地を早急に復旧しなければならず、集まった生徒たちはガジャンビラの高射砲陣地に毎日、通っていた。

 千恵子たちが那覇に戻って来た日、台湾を攻撃している米軍を倒すために飛び立って行った友軍機は大戦果を挙げたと大本営(天皇直属の最高統帥機関)は発表した。『敵の機動部隊は全滅し、沖縄の仇は見事に討ち果たした』と沖縄中にビラが撒かれ、被害にあった人々は涙を流しながら万歳を繰り返した。しかし、この大戦果は誤報だった。夜間の攻撃だった上に敵の物凄い艦砲射撃で上空は煙幕を張られた状態で、敵艦を正確に確認する事はできなかった。次々に入って来る搭乗員たちの景気のいい報告がそのまま大本営に送られ、大戦果と発表されたのだった。実際の敵の損害は大した事はなく、台湾の司令部と海軍の中央部は後に誤っていた事がわかっても、戦果の修正をする事はなかった。国民は勿論、大本営も陸軍の上層部もその事実を知らされず、敵の機動部隊が全滅したという情報を基に以後の作戦を立て、悲劇な結果をもたらす事となった。

 そんな事は知らず、避難民たちは友軍の勝利に大喜びしながら、那覇に戻って来て焼け跡の片付けに働いた。千恵子たちの様に粗末な小屋を立てて暮らす者も多くなって来た。幼なじみの澄江と初江も戻って来て、家族と一緒に小屋を立てて暮らし始めた。もう一人の幼なじみ、美智子は帰って来なかった。噂では国頭くにがみの方に疎開したという。上級学校へ進学する美紀、和美、政江の三人は焼け残った慶子の家に下宿して、一緒に受験勉強に励みながら奉仕作業に参加していた。

 十一月三日の明治節(明治天皇の誕生日)には百人位しか集まらなかった二高女の生徒も十一月の半ばには二百人近くになり、四年生は五十人位集まった。空襲前は百人位だったので、半分はまだ避難したままだった。焼け落ちた校舎は綺麗に片付けられた。使用可能な木材は陣地壕を作るために運ばれ、金目の物は回収され、残ったくずは敷地内の片隅に積み上げられてあった。新しい校舎を建てる計画は、予算もなく、資材もないので、まったく目処めどが立たないという。

 ガジャンビラの作業から帰って、千恵子は洗濯をしていた。何もかも焼けてしまい、今では衣服も貴重品だった。毎日の作業で汚れてしまうので小まめに洗濯して大事にしなければならなかった。

 焼け跡に人々が戻って来たとはいえ、辺り一面は瓦礫がれきの山だった。その中にポツンポツンと粗末な小屋が立っている。まるで乞食小屋だったが、皆で協力し合って少しでも住みよくしようと頑張っていた。

 千恵子の小屋は三畳位の広さしかないけど住めば都だった。初めの頃は失った物をあれこれ思い出してはメソメソ泣き、惨めで不自由な生活を恨んだりしたが、工夫をすれば何とかなる事を覚えると、物がないのも返って気楽に思えて来た。

 千恵子たちの小屋はその地域では一番早く立てられた物だった。父が県庁の職員だったため、首里から通うよりも、たとえ粗末な小屋でも寝られればそれでいいと最初は父が一人で暮らすつもりだったが、千恵子もここの方が学校に近いから一緒に住むと主張した。家族全員が力を合わせ、首里の従姉弟いとこたちも手伝い、弟の友達も手伝ってくれた。安里先輩も野球部の人たちと一緒に小屋を立てるための資材集めを手伝ってくれた。安里先輩は材木だけでなく、ナベや洗濯用のタライ、食器や衣服、布団までも荷車に積んでやって来て、千恵子たちを喜ばせた。首里の人たちもとても親切で、資材はすぐに集まったという。やがて、焼け落ちた自宅を前に呆然としていた人たちも千恵子たちの小屋を見て、自分たちも戻って来る決心をした。千恵子たちは小屋の作り方を教えたり、資材集めを協力した。

 安里先輩は一中の寮に入っているので寮生と一緒に陣地構築の作業に行かなければならなかった。しかし、親戚の家が焼け落ちたので助けなければならないと言って抜け出していた。西本町の親戚の家が焼け落ちたのは本当だったが、親戚の人たちは未だに那覇には戻っていなかった。

「陣地構築も重要だが、焼け出された人たちを助けるのも重要な事だ」と安里先輩は言って、康栄と一緒に毎日のように那覇にやって来た。

「先輩はチー姉ちゃんの顔が見たくて毎日やって来るんだぜ」と康栄は言っていた。

「そんな事ないわよ」と千恵子は何でもない事のように言っていても、心の中では嬉しくて、毎朝、安里先輩が来るのを浮き浮きしながら待っていた。

 安里先輩もそういつまでも作業をさぼるわけにも行かず、来られなくなると千恵子も学校に行き、ガジャンビラの作業に行く毎日が続いた。那覇に戻って来た友達と一緒に辛い作業をしながらも、思いきり歌を歌って疲れを吹き飛ばした。それでも、ふと、安里先輩の事が思い出された。安里先輩と一緒に近所の小屋作りを手伝っていた数日間はほんとに楽しかった。あちこちで小屋作りが始まったため、首里にも廃材はなくなってしまい、悪い事とは知りながら、焼け跡から焼け残った木材を失敬した事もあった。安里先輩と会えなくなって、胸にポッカリと穴があいたような虚しさに襲われた。戦時中のこの御時世に、恋だの愛だのと言ってられないのはわかっていても、好きになってしまった気持ちをおさえられようがなかった。

 十月の末、季節はずれの大型台風が沖縄を襲った。にわか作りの小屋は簡単に吹き飛ばされ、千恵子は父親と一緒に防空壕にもぐった。穴を掘っただけの防空壕はいくらふたをしても雨が流れ込んで来て、泥水のお風呂にはいっているような有り様となった。このままでは凍えてしまうと暴風雨の中を必死に走って若狭わかさ町のお墓の中に避難した。お墓の中で不安な一夜を過ごし、翌朝、小屋の所に戻ったが、もうメチャメチャになっていた。さすがに父も諦め、首里の祖母のお世話になるしかないと言っていた時、安里先輩が康栄と一緒にやって来た。二人が無事だった事を喜び、安里先輩は、「もっと頑丈なのを作らなけりゃ駄目だな」と康栄を連れて、さっそく資材集めに出掛けて行った。安里先輩の言葉に父もやる気になって、再び小屋作りが始まった。千恵子も安里先輩の顔を見て急に元気になった。友達も集まって来て、あっと言う間に、前より立派な小屋ができあがった。

 ♪貴様と俺とは同期の桜

      同じ航空隊の庭に咲く~ (同期の桜 帖佐裕作詩、大村能章作曲)

 安里先輩に教わった『同期の桜』を口ずさみながら洗濯物を干していると、懐かしい声が千恵子を呼んでいた。振り返って見ると夕焼け空の中、久茂地橋の上から手を振っている奈津子の姿が見えた。

「お姉ちゃん」とつぶやくと千恵子は姉の側へ駈け寄って行った。

 奈津子は先月の十六日、小屋ができあがる前に県立病院が移動した宜野湾ぎのわん村に行ったきり一度も帰って来なかった。およそ、一月振りの再会だった。

「もしかしたら、ここにはいないかもしれないと思ったけど、よかったわ、会えて」

 一月会わないだけなのに、姉は何となく大人っぽくなっているような気がした。

「あれからずっとこっちにいたのよ。おばあちゃんちも焼け出された親戚の人とか、知り合いの人とかいっぱいいて、あたしたちまで迷惑かけられないし」

「そうだったの。宜野湾や浦添うらそえの方も凄いらしいわ。大勢の人が避難して来て、どこもぎゅうぎゅう摘めだって聞いたわ。物置や豚小屋を借りて住んでる人もいるんですって。ねえ、あたしたちのおうちはどんななの」

「とてもいいおうちよ。最初のよりずっと住みよくなって」

「最初のよりってどういう事?」

「最初のは台風で潰れちゃって、今のは二代目なのよ」

「そうか。凄い台風だったものね。そう、あんたも頑張ってたのね」

「頑張ったなんて‥‥‥」

 千恵子は急に涙ぐんだ。辛いのをぐっと我慢していたのが、姉の顔を見ているうちにこらえ切れなくなって来た。

「馬鹿ね、こんなとこで泣いたりして」

「だって‥‥‥」

 千恵子は涙を拭くと姉の手を引いて、我が家に連れて行った。洗濯をしながら火の上に掛けておいた甘藷かんしょ(サツマイモ)はできていた。まだお米の配給も滞っていて、その日の食糧を手に入れるのも大変だった。食糧の事は心配するなと父が何とか工面して来るが、千恵子も近所の人たちの噂を聞いて、やみ物資の野菜など、手に入れられる時は手に入れていた。

 日が暮れてから父も帰って来た。街灯もなくなり、日が暮れると辺りは真っ暗になってしまうが、灯火管制が敷かれていて、明かりを持って夜道を歩く事は許されなかった。日が暮れてから外で火を焚く事もできず、家の中でも明かりが外に漏れないようにしなければならなかった。あの空襲以来、毎日のように敵の爆撃機B29が一機か二機、沖縄の上空を飛び回っていた。爆撃する事はなく、ただの偵察なので、警戒警報が鳴っても、市民たちは、ああ、またか、と言って空を見上げるだけだったが、いつ、また、敵の空襲があってもおかしくない状況にあった。

 父は小屋の中にいる姉の顔を見ると、「おお、帰って来たか」と嬉しそうに笑った。

 千恵子から小屋作りの苦労話を聞いていた姉は顔を上げて、元気そうな父を見て安心し、「ただいま」と陽気に言った。「今、お母さんたちが、この小屋を見たら何て言うだろうって話してたとこなのよ」

「そうか、母さんたちが帰って来たら、ちょっと狭いかもしれんな」と父が真面目な顔で言ったので、二人は笑い転げた。母に祖父母、妹が二人に末の弟が帰って来たら、こんな小屋に入りきれるはずがなかった。

「帰って来るまでに何とかせにゃあならんが、今の所は我慢してくれ」父はそう言いながら小屋に入って来た。一足しかない父の靴はもうボロボロになっていた。

「病院の方も大変らしいな。器材不足で大変なのはわかるが、もう少し我慢してくれ。何もかも軍事優先でな、輸送船の手配がつかんのだよ」

 県庁には住民の苦情が殺到しているらしかった。特に県知事や内政部長など、お偉いさんたちが普天間ふてんまに避難したまま帰って来ないので、この非常時に何をやっているんだ、県知事は頼むに足らん、県庁などあってなきに等しいと非難が凄かったらしい。父は毎晩、家に帰って来ると困った事だと愚痴をこぼしていた。内務省の勧告によって、知事たちが帰って来たのは十一月の初めになってからだった。

「ねえ、お父さん、あたしね、看護婦養成所を卒業したのよ」と姉が急に言い出した。その事は千恵子もまだ聞いていなかった。

「なに、もう卒業したのか」

「非常時なので繰り上げたらしいの。そしてね、あたし、陸軍病院に志願して、伝染病棟に採用される事に決まったのよ」

「なに、陸軍病院に志願しただと」

 父は突然の事に困惑しているようだった。

「看護婦として当然な事だと思うわ」

 姉は堂々と自分の意見を言っていた。

「浩子のいる南風原はえばるか」

 姉はうなづいた。

 空襲の時、患者たちを連れて南風原に避難した浩子おばさんは翌日、千恵子たちの心配をして県庁にやって来て父と会っていた。父から話を聞いて、皆、無事に首里にいると知って安心して帰って行ったという。その後、十一月の初め、この小屋を訪ねて来たが、千恵子は作業に出ていたので会えなかった。乾パンと手紙が置いてあり、頑張ってねと書いてあった。

 姉は陸軍病院の事を詳しく話し、同級生が何人も一緒に行くと言っていた。父は黙って話を聞いていた。父にはっきりと物を言う姉を見て、お姉ちゃん、強くなったなあと思った。夕食の用意をするために千恵子は小屋を出た。

 星空を見上げ、あたしももっと強くならなくちゃと思いながら小屋に入ろうとすると、「明後日あさっての十五日、南風原に行かなければならないの」と姉が言っている声が聞こえた。

 父は薄暗い部屋の中に灯る小さなローソクの火をしばらく見つめていたが、姉を見ると、「そうか」と言った。

 父が反対するかもしれないと思いながら、千恵子は甘藷を抱え、小屋の入り口の所に立ったまま成り行きを見ていた。

「わしとしてはお前が陸軍病院に行くのは反対だ。男ばかりの軍隊の中に若い娘をやりたくないのは父親として当然の事だ。浩子は仕方ないとしても、お前までもが行くとはな‥‥‥辛いよ。しかし、卒業したからには、お前はもう一人前の看護婦だ。どこに行っても看護婦としての職務を果たさなければならない。もし、戦争が始まれば、陸軍病院にはひどい負傷兵が運ばれる事になろう。辛い仕事だが、お前が決めた事だ。決して弱音を吐くんじゃないぞ」

「お父さん‥‥‥ありがとう」

「よかったね、お姉ちゃん」

 千恵子は自分の事のように喜んで小屋に入って行った。

「ねえ、お姉ちゃん、みんなから服をもらったのよ。好きなの持って行ってよ」

「えっ、ほんと。あたしもこれしかないので困ってたのよ。陸軍病院では制服の支給がないらしいのよ。それで、どうしようかと思ってたの」

「幸ちゃんもくれたし、お友達もくれたの。あたしは何とかなるから、必要なのを持ってってよ」

「ありがとう。ほんと、助かるわ」

 姉は次の日、留守番をしながらのんびりと過ごし、十五日の朝、南風原の陸軍病院へと出掛けて行った。翌日の十六日の新聞に二高女の授業再開の知らせが載った。若狭町の焼け残ったお菓子工場を借りる事ができたので、そこを仮校舎として、二十日から授業を始める事に決まったのだった。

 二十日の朝、二高女の校庭に集まった四年生は七十数人だった。他の学年もほぼ同様の数だった。借りた工場はそれ程広くはなく、各クラス毎の教室はなかった。それに先月の末、急遽、防衛隊に招集された先生もいて、先生の数も足りなくなっていた。そこで、各学年を松と梅の二クラスに分け、奉仕作業と授業を交替で行なうという事になり、新たな組分けが行なわれた。

 千恵子は松組になった。晴美も澄江も小夜子も佳代も敏美もブラスバンド部の者たちは皆、松組だった。楽器がなくなってしまったので、もう演奏はできないと諦めていたが、もしかしたら、どこかから借りて、また活動できるのかもしれないと喜んだ。ただ、久美と小百合の姿がないのは寂しかった。二人とも下宿先が焼けてしまって郷里に帰ってしまったのかもしれない。久美は久米島、小百合は国頭の大宜味おおぎみ村だった。皆で手紙を書いて呼ぼうと相談した。

 


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沖縄二高女看護隊 チーコの青春

ああ紅の血は燃ゆる

 

 

 十一月二十四日、米軍の爆撃機B29によって初めて東京が空襲された。続いて二十七日、二十九日の深夜とB29が東京上空を飛び回って焼夷弾しょういだんをばらまいた。二十九日の大空襲後、東京でも疎開そかい者が激増したという。

 沖縄でも十・十空襲後、疎開者は急増していた。対馬つしま丸の沈没後、県外疎開は減っていたが、家を焼かれて財産を失った者たちの中には沈没の危険を冒してでも沖縄から逃げ出したいと本土へと向かう者もいた。千恵子の同級生も何人かが皆に別れを告げて、九州へと旅立って行った。学校がなくなってしまったので仕方ないと思いながらも同級生がどんどん減って行くのは寂しかった。

 垣花かきのはなのガジャンビラの高射砲陣地も復旧し、ようやく作業から解放されると思っていたら、今度は天久あめくの高射砲陣地に駆り出された。千恵子たちは土運びの作業に精を出し、来年の春の卒業を夢見て授業も真剣になって聞いていた。

 十一月の下旬から十二月の初めに掛けて、首里を中心に島尻しまじり(沖縄南部)の守りを固めていたたけ部隊(第九師団)が続々と那覇港に集まって来て、沖縄から去って行った。何がどうなっているのかわからず、那覇市民は呆然と見送った。やがて、武部隊が台湾に移動になったとの噂は流れたが、どうして沖縄から出て行くのか正式な発表はなく、市民たちの不安は増すばかりだった。空っぽになってしまった島尻に山部隊(第二十四師団)が嘉手納かでな方面から移動して来た。復旧した軽便けいびん鉄道は軍用列車となり、兵隊や武器弾薬を乗せた列車が嘉手納から糸満の方へと次々に向かって行った。

 軽便鉄道は那覇を起点に北は嘉手納、東は与那原よなばる、南は糸満まで通っていて、空襲前はそれを利用して通学している生徒もかなりいた。空襲で汽車も駅も線路も破壊されて、しばらくは動かなかった。ようやく、復旧したと思ったら軍の専用になってしまい、一般人は利用できなくなった。

 嘉手納線は松尾山の北を走っていて、若狭町に移った学校の行き帰りに、千恵子たちも軍用列車を何度も見ていた。のんびり走っているので兵隊の顔がよく見え、皆、陽気に手を振ってくる。千恵子たちもキャーキャー騒ぎながら手を振って見送っていた。

「ほら見て、あたしたちに乗れって言ってるわよ」と澄江がはしゃいだ。

「簡単に乗れそうね」と佳代が手を振りながら言って、「どこまで行くのかしら」と聞いた。

東風平こちんだに山部隊の本部ができたのよ。きっと、そこに向かってるのよ」と千恵子は今朝、敏美から聞いたばかりの事をさも知っているかのように話した。

「東風平っていえば文代んちの方よ」と佳代が言った。

「分隊長のおうちもそっちじゃないの」と小枝子も言う。

「そうよ。分隊長のおうちはもっと先の具志頭ぐしちゃんよ。学校まで三里(約十二キロ)以上もあるのに毎日、歩いて来るんだって。凄いね」

「ほんとね。あたしたちにはとても無理だわ」

 千恵子と小枝子が感心していると、

「信代なんてもっと凄いのよ。嘉手納から歩いて来るんだから。学校まで五里(約二十キロ)以上あるんじゃないの」と晴美が言う。

「往復したら十里じゃない。すごーい。とても真似なんてできないわ」

「それだけ誇りを持ってるのよ、この校章に」と佳代は胸に付けているバッジを示した。

 二高女の校章は白梅をデザインしたものだった。沖縄本島には高等女学校は七校しかなく、義務教育ではないので、誰もが行けるという訳ではなかった。北部の名護に三高女があって、師範学校女子部、一高女、二高女、首里高女、昭和高女、積徳せきとく高女は皆、那覇や首里に集中していた。地方に住んでいる娘たちが女学校に通うのは大変な事で、女学校に通っていると言えば村の人たちから尊敬の眼差しで見られた。那覇に住んでいる千恵子たち以上に、女学校の生徒だという事に誇りを持っていた。

「そうよね。分隊長も信代もきっと村の代表なのよ。みんなの期待を一身に背負ってるんだわ」

「あたしたちももっと自覚を持たなくちゃあね」

 列車が通り過ぎると晴美が校歌を歌い出した。

 ♪日づる国みんなみの

    御空みそらも海もか青なる

      島に名だたる松尾山

   松のみどりのいや深み

     永久とわに栄ゆく学びぞ~

             (沖縄県立第二高等女学校校歌 山城正忠作詩、宮良長包作曲)

 みんなで合唱しながら小枝子の家へと向かった。期末試験を終え、千恵子たちはホッとしていた。小枝子の家にオルガンがあるので、みんなで思い切り歌おうと試験が終わるとすぐに学校を後にしたのだった。千恵子、晴美、澄江、佳代といつもの仲間に、ダンスが得意な初江が加わっていた。

 初江は千恵子と澄江の幼なじみだった。空襲で家を焼かれて国頭くにがみに疎開していたが、十月の末に戻って来て、千恵子たちと同じように自宅の焼け跡に小屋掛けして暮らしていた。以前はクラスが違ったので、行動を共にする事はできなかった。千恵子たち梅組が授業の時、初江たち松組は作業という具合で、空襲のあった十月十日はガジャンビラの作業の日だった。初江は明治橋を渡ろうとした時、那覇港の空襲に遭い、建物の陰に隠れながら、やっとの思いで学校にたどり着いた。校舎と運動場をつなぐトンネルの下に隠れていたが、誰もいなくて心細くなり、空襲が中断した時、急いで家に帰ったという。その頃、千恵子たちは防空壕の中にいて、初江が来たなんてまったく知らなかった。学校がなくなったのは悲しいが、新たに組変えになって、初江と一緒になれたのは嬉しかった。

 二高女のあった松尾山を見上げると防衛隊の人たちが焼け残った松の木を切っていた。陣地構築のため古くからの松並木が片っ端から切られていた。戦争に勝つためには仕方ないとはいえ、子供の頃から見慣れている山から松の木がなくなってしまうのは悲しい事だった。

 小枝子の家は二中の近くにあった。二中はすっかり焼けてしまったのに、小枝子の家は奇跡的に無事だった。つい最近まで、家を失った親戚の人たちが同居していて賑やかだったが、本土に疎開して行ったという。

 小枝子に促されて、澄江がオルガンの前に座った。澄江はオルガンの名手だった。自宅にあったオルガンは家と共に燃えてしまった。久し振りにオルガンを前にして、乗り越えたつもりの悲しみがよみがえって来た。澄江が呆然としていると、

「澄江の得意なモーツァルトを聞かせてよ」と千恵子が言った。「ケッヘル何番だっけ。あのトルコ行進曲よ」

 澄江はうなづくと、『トルコ行進曲』を弾き始めた。皆はうっとりしながら聞いていた。

 聞き慣れた『トルコ行進曲』が、千恵子にはなぜか悲しい曲のように感じられた。思い出すまいとしていた、あの日の情景‥‥‥首里から見ていたあの恐ろしい那覇の空襲がよみがえって来た。敵機の群れに絶え間ない爆発音、空を覆う真っ黒な煙、火の海となってしまった那覇の街、千恵子はそれらを必死に振り払い、空襲前の楽しかった事を思い出そうと努めた。すると、音楽室の情景が浮かんで来た。澄江がピアノを弾いていて、みんなでピアノを囲んで楽しそうに歌を歌っている。あの頃、こんな事になるなんて誰が想像しただろうか。楽しかった日々を思い出したら余計に悲しくなってしまった。

 トルコ行進曲はいつの間にか終わっていた。皆、しんみりとして黙り込んでいた。誰の目にも涙が潤んでいた。

「次の曲、やってよ」と晴美が陽気に言った。「何だか悲しくなっちゃった」と言いながら目頭をこすった。

 澄江はうなづくと涙を拭いて、無理に笑顔を作って『愛国行進曲』を弾き始めた。オルガンに合わせて合唱が始まった。次から次へと軍歌を初めとして流行歌の合唱が続いた。初めの頃は遠慮して小声で歌っていたのが、いつの間にか、いやな事なんか、みんな忘れてしまえと言うかのように、皆、思いっきり歌っていた。

 歌に合わせて踊っていた初江が、「やだもう。あれ見てよ」と外の方を示した。

 歌をやめて外を見ると塀の上に顔がいくつも並んでいて、こっちを見ていた。

「二中の生徒たちだわ」と小枝子が言った。

「どうする。追い払う?」と佳代が今にも外に飛び出しそうな勢いで聞いた。薙刀なぎなたが得意な佳代は男子なんか平気で追い払っていた。

「いいじゃない。聞かせてあげたら」と小枝子が言う。

「あら、もしかしたら、あの中にサエのお気に入りがいるの」と晴美が小枝子を横目で見ながら指でつついた。

「そうじゃないけど」と小枝子は少し赤くなった。

「まあ、いいか。減るもんじゃないし。あたしたちの美声を聞かせてあげましょ」

 澄江はうなづき、『蘇州そしゅう夜曲やきょく』を弾き始めた。二中の生徒たちにわざと背を向けながらも、彼らを意識しながら、千恵子たちは合唱を続けた。歌い終わると拍手が起こり、「『ああくれないの血は燃ゆる』をお願いしまーす」とリクエストをして来た。

 『ああ紅の血は燃ゆる』はまだ新しい曲で、ラジオで何度か聞いた事はあっても空襲後、ラジオもなくなって、千恵子はよく覚えていなかった。澄江も知らないと首を振ったが、さすが、晴美は知っていた。みんなが教えてと言い出し、晴美は一人で歌った。

 ♪花もつぼみの若桜

    五尺の生命いのちひっさげて

   国の大事に殉ずるは

     我ら学徒の面目めんもく

   ああ紅の血は燃ゆる~ (ああ紅の血は燃ゆる 野村俊夫作詩、明本京静作曲)

 学徒動員の歌で、これぞ自分たちの歌だった。これは是非とも覚えなくてはならないと、みんなで晴美に合わせて歌った。晴美も一番の歌詞しか知らなくて、何度も一番を繰り返し歌っていると小枝子の幼なじみだという二中の生徒が二番以降の歌詞を紙に書いて教えてくれた。家の中と塀の外での大合唱となり、二中の生徒たちは歌いながら引き上げて行った。

 帰る時、誰かが紙飛行機を飛ばした。小枝子がそれを拾うと、「なに、ラブレター」と晴美が冷やかすように聞いた。

「あっ、何か書いてある。きっと、ラブレターよ。いえ、恋文だわ」と初江がキャーキャー騒いだ。

 みんなに早く開けてよとせがまれ、小枝子が開けて見ると詩のような文が書いてあった。晴美が素早く奪い取ると声を出して読んだ。

「花もつぼみの女学生、ふくらむ乳房抱きしめて‥‥‥何よ、これ」

「替え歌だわ」と佳代が言った。「そういえば、いつか、一中の人たちが歌ってたの聞いた事ある。この歌だったのね」

「やあね」と言いながらも、初江は晴美から紙を受け取ると続きを読んだ。「君にみさおを捧げるは第二高女の喜びぞ、ああ紅の血は燃ゆる」

「一中の人たちは首里高女の喜びぞって歌ってたわ」

「まったく、男子ったらろくな替え歌を作らないんだから。馬鹿みたい」

「ねえ、替え歌で思い出したけど、安里屋あさどやユンタの替え歌、知ってる」と晴美が言って、歌い出した。

 ♪あたしとあなたは羽織はおりの紐よ

    サーユイユイ

   固く結んでヤレホニ胸に抱く

     マタハーリヌ チンダラカヌシャマヨ~

「やだもう、晴美ったら。そんなの誰が歌ってたのよ」

大和人やまとぅんちゅの兵隊さんに決まってるじゃない」

 あたしもこんなの聞いた事あるわ、あたしもよと替え歌談義に花が咲き、あたしたちも何か替え歌を作りましょうよという事になって、みんなで考えた。

 久し振りに楽しい一時を過ごした千恵子たちは帰り道、自分たちで考えた『ああ紅の血は燃ゆる』の替え歌を歌い続けた。

 ♪花もつぼみの女学生

    心は清く美しく

   胸に輝く白梅は

     第二高女の誇りのしるし

   ああ紅の血は燃ゆる~

 翌日、千恵子たちは作業だった。とまり港を見下ろす丘の上で高射砲陣地を作っていた。どんよりと曇った日で、今にも雨が降りそうだった。雨が降ったら泥だらけになってしまう。どうか降らないでちょうだいと祈りながら土運びに精を出していた。

 昼休みにみんなで『ああ紅の血は燃ゆる』の替え歌を歌っていると、担任の金城先生が教頭先生と一緒にやって来た。教頭先生が作業現場に来るのは珍しかった。誰かがまた疎開したのかなと思いながら整列すると、

「残念ながら不幸な事故が起こってしまった」と教頭先生は苦痛に耐えているような顔をして言った。

「疎開船がまたやられたんだわ」と誰かが小声で言った。

「昨日の午後五時半頃、糸満線の稲嶺いなみね駅付近にて、軍用列車が爆発を起こした。本来、軍用列車には民間人の乗車は禁止されているのだが、帰宅途中の女学生が十人、乗ってしまった。残念な事だが、十人のうち三人が我が校の生徒だった。しかも、君たちの同級生だ」

 そこまで聞いて生徒たちは動揺した。敏美と文代と麻美の三人が今日は来ていなかった。

 まさか、分隊長が‥‥‥千恵子は固唾かたずを呑んで、教頭先生の次の言葉に耳を傾けた。

新屋みいや敏美君、屋宜やぎ文代君の二人が亡くなってしまった。神里麻美君は幸いにも命は助かったが重傷を負ってしまった」

 そんな、馬鹿な‥‥‥千恵子は自分の耳を疑った。分隊長が死んでしまったなんて信じたくはなかった。ざわめきの後、あちこちからすすり泣きが聞こえて来た。教頭先生は二人の冥福めいふくを祈って黙祷もくとうするようにと言っていた。

 千恵子は目をつぶって、昨日の敏美の姿を思い出していた。試験がうまくできなかったと舌を出して笑っていた。千恵子がそんなはずないでしょと言うと、ほんとなのよ、あまりお勉強できなかったからと悔しそうな顔をした。校庭に畑を作る時、くわの使い方がうまくてみんなで教わったりした事もあった。そして、トランペットを吹いている時の力強く綺麗な音色はとても真似できなかった。何をやるにも先頭に立ち、常にクラスの中心だった。毎日、三里以上も歩いて、真面目に学校に来ていたのに、どうして死ななければならないの。どうして、そんなひどい目に会わなければならないの。

 昨日の五時半と言えば、千恵子たちが二中の男子と合唱していた頃だった。あの時、敏美と文代はあの世に行ってしまった。そんな事、信じられるはずがなかった。

 教頭先生はこの事は軍事機密に属するので、むやみに他人に話さないようにと言っていたが、千恵子は聞いていなかった。教頭先生が去って行くと、皆、うなだれてしまった。突然、二人の級友を失ったショックは大きく、どうしたらいいのかわからなかった。午後の作業はまるでお通夜のように皆、黙り込んで、泣きながら体を動かしていた。

 作業が終わった後、トヨ子が、「バレーボールなんかしなければよかった」と目に涙を溜めながら言った。

 千恵子たちはさっさと帰ってしまったので知らなかったが、敏美たちは文代が家から持って来たバレーボールで遊んでいたという。学校が焼けてからスポーツなんてやっていなかったので、十数人が残って、工場の空き地で楽しくバレーボールをやっていたらしい。

「あの三人は家が遠いから、もう帰ろうって言ったんだけど、まだ大丈夫よって、あたしたちが引き留めちゃったのよ。もう少し早く帰っていればあんな事に‥‥‥」

「仕方ないわよ、そんな事言ったって。先の事なんて誰にもわからないんだから」

「だって‥‥‥」

 トヨ子は泣き出してしまった。一緒にバレーボールをやっていた者たちも泣き出した。こんな時、敏美がいれば、みんなを励まし、クラスを一つにまとめてくれるのに、その敏美はもういない。メソメソしながら、トボトボと家路へ向かった。いつも元気な晴美もしんみりとして歌を歌う元気はなかった。

 翌日、授業も作業も中止になり、四年生は東風平こちんだまで行き、軍の主催する合同葬儀に参列した。ブラスバンド部は軍の楽隊から楽器を借りて、敏美と文代のために『校歌』と『海行かば』を演奏した。千恵子は泣きながら敏美の分まで思い切りトランペットを吹いた。

 帰りには陸軍病院になっている南風原はえばるの国民学校に寄り、入院している麻美のお見舞いをした。教室が病室になっていて板の間にむしろや毛布を敷いて負傷者が寝ていた。麻美は窓際に寝ていて、顔と両腕に包帯を巻いていた。痛々しそうな、その姿は気の毒で正視する事ができなかった。無理に陽気にしゃべろうとしている麻美に対して、頑張ってね、早くよくなってねと言うしかなかった。

 麻美の他にも大火傷やけどを負った兵隊が大勢、入院していた。手や足がない人もいて、事故の悲惨さを物語っていた。隣の教室をチラッと覗いたら浩子おばさんの姿があった。家では見たことのない真剣な顔付きで若い看護婦たちに指図をしていた。声を掛けるのもはばかられる程、仕事に集中していた。黙って帰ろうかと思った時、千恵子に気づいて、

「あら、チーちゃんじゃない」といつもの笑顔を見せて廊下に出て来た。

「この間はどうも」と千恵子は留守に乾パンを置いて行ってくれたお礼を言った。

「なに、そんな事はいいのよ。元気そうじゃない」

 浩子おばさんは白衣ではなくモンペ姿だったが、看護婦としての威厳が漂っていた。

「ええ、でも‥‥‥」

「ああ、あなたの同級生もいたのよね。可哀想に‥‥‥ああ、そうだ。ナッちゃんもいるのよ、会った? 外科じゃなくて伝染病科の方よ」そう言って、浩子おばさんは中庭を挟んだ向こう側の校舎を指さした。一目でもいいから姉に会いたいと思ったが、姉の姿は見えなかった。

「今日は学校のみんなと一緒だから、もう行かなくっちゃ。また、来ます」

「そう。お父さんによろしくね」

 浩子おばさんは笑うと病室に戻って行った。浩子おばさんの仕事振りをもう一度見てから、千恵子は慌てて友達の後を追った。姉とは会えなかったけど、苦しんでいる重傷患者を必死に看護している浩子おばさんを見て、看護婦になろうと決心を新たにした。

 


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沖縄二高女看護隊 チーコの青春

黒砂糖

 

 

 昭和二十年はB29の来襲で始まった。被害はなかったけど、空襲警報が何度も発令されて慌ただしく、元旦を祝う事もできなかった。二日は何事もなく安心していたら、三日、四日と続けて数十機の敵機が襲来して、飛行場や港湾施設が爆撃された。いよいよ、敵が沖縄に攻めて来るに違いないと人々は脅え、疎開する者たちが増えて行った。

 泉県知事は去年の暮れ、出張と称して本土に帰ってしまっていた。一月十五日、泉知事から沖縄新報に電報が入り、沖縄県知事から香川県知事に異動する事になったと伝えて来た。当てにならない知事なんか用はないと沖縄県民は喜んだが、泉知事に続けと、本土出身の県庁上層部の者たちが沖縄を去り、沖縄出身の県会議員や那覇市長までもが出張や病気を理由に沖縄を去ってしまった。

 千恵子の父は県庁から帰ると、毎日、情けないと愚痴ばかりこぼしていた。指導的立場にいる人たちが皆、逃げ出してしまい、沖縄はどうなってしまうんだと嘆いた。

「沖縄には県知事さんがいなくなっちゃうの」と千恵子が聞くと、

「新しい知事が任命されるはずだが、戦場になるかもしれない沖縄に来るような人はいないだろう」と父はもう諦めているようだった。

「きっといるわよ」と千恵子は父を励まそうとして言った。「大舛おおます大尉たいい殿みたいな人がきっといるわよ」

 沖縄一中出身の大舛陸軍大尉はガダルカナルで壮烈な戦死を遂げ、沖縄の英雄になっていた。大舛軍神と呼ばれ、彼を讃える歌もでき、中学生は勿論の事、女学生たちも憧れていた。

「そう願いたいものだな」父はそう言って、好きな泡盛を飲むと笑った。食べる物には不自由しても、泡盛だけは祖母の家から手に入るので助かっていた。泡盛さえ飲めば父の機嫌はよくなった。

 一月二十一日の日曜日、千恵子は澄江、初江、小枝子と一緒に大里村まで黒砂糖の買い出しに出掛けた。すでに那覇では黒砂糖を手に入れる事はできなくなっていた。小枝子が去年の暮れ、由紀子たちと一緒に大里村に行って黒砂糖を仕入れて来た。その話を聞いた千恵子たちが小枝子に案内を頼んで一緒に出掛ける事になったのだった。

 いい天気だった。久し振りの遠出で皆、浮かれていた。自然と歌が口から出て来る。

 十・十空襲以来、民家への電気は止まったままで、ラジオを聞くことはできなくなってしまったが、奉仕作業の昼休みに兵隊さんから新しい歌を教わる事ができた。ガジャンビラでは『誰か故郷を想わざる』と『湖上の尺八』を覚え、天久あめくでは『おんな系図けいずの歌』を覚えた。兵隊の中には面白がって卑猥ひわいな替え歌を教える者もいた。でも、そんな歌は覚えない。いい歌は自然と覚えてしまった。最近、千恵子たちがよく歌っていたのが『新雪』だった。雪なんて見たこともない千恵子たちは真っ白で清らかな新雪に憧れた。

 ♪けがれを知らぬ新雪の

    素肌へ匂う朝の

   若い人生に幸あれかしと

     祈るまぶたに湧く涙~ (新雪 佐伯孝夫作詩、佐々木俊一作曲)

 九時頃だった。識名しきなの坂を降りて一日橋を渡った頃、警戒警報が突然、鳴り響いた。慌てて物陰に隠れた千恵子たちは空を見上げた。敵機の姿はどこにも見えなかった。すぐ側にある識名の高射砲陣地も静かだった。

「どうしよう」と小枝子が三人の顔を見ながら聞いた。

「警戒警報でしょ。空襲警報じゃないから大丈夫よ」と澄江が言った。

「ここまで来たんだから、黒砂糖を手に入れて帰らなけりゃ損よ」と初江も強気だった。

「ねえ、チーコはどう思うの」と小枝子は心配そうな顔して聞いた。

「大丈夫だとは思うけど、でも‥‥‥」

「でも、何なの」

「ここにいるのは危ないような気がするわ。高射砲陣地は真っ先に攻撃されるでしょ。それに、この先の津嘉山つかざんにも友軍の陣地があるって聞いたわよ」

「そうか、そうよね。ここは危ないわ」

「ねえ、陸軍病院なら大丈夫じゃないの」と澄江が言った。

「そうよ、病院なら敵も攻撃したりしないはずよ」

 一日橋から南風原はえばる国民学校にある陸軍病院までは一キロ半位の距離だった。千恵子たちは防空頭巾をかぶり、上空を気にしながら陸軍病院を目指した。敵機が現れる事はなく、無事に陸軍病院に着いた。

 病院なら安全だとやっては来たものの、門の前には怖い顔をした衛兵えいへいが立っていた。入院していた麻美はすでに退院して自宅で療養しているし、千恵子の叔母と姉はいるけど、用もないのに仕事中に会うわけにも行かなかった。まだ大丈夫だろうと目的地を目指した。

 やみ物資の黒砂糖を手に入れた千恵子たちは警戒警報も忘れて浮き浮きしていた。リュックは重いが足取りは軽かった。歌を歌いながらサトウキビ畑の中の道を歩いていると突然、空襲警報が鳴り響いた。

「ここはどこ」と初江が聞いた。

「もう少しで陸軍病院のはずよ」と小枝子が辺りを見回した。

 とにかく、病院まで行こうと千恵子たちは走った。人影のない製糖工場を過ぎて、しばらく行くと右手の森の中に二人の兵隊が立って空を見上げていた。

「おい、君たち、どこへ行く」

 突然、声を掛けられて千恵子たちは立ち止まった。二人とも若い兵隊だった。

「あのう、陸軍病院まで」と初江が言った。

「陸軍病院は民間人の治療はしないぞ」

「いえ、そうじゃないんです。病院に行けば防空壕があるだろうと思って」

「君たちはこの辺の者じゃないな」

「はい。用があって那覇から来ました」

「女学生か」

「はい。二高女です」

「病院に行っても無駄だ。病院の防空壕はここにある。警報が解除されるまで、避難していても構わんぞ」

「ほんとですか」

 早く来いと言うように一人の兵隊が手招きした。千恵子たちは顔を見合わせ、お互いにうなづき合うと兵隊の後に従った。木の枝で隠された中に防空壕があった。かなり深そうな横穴が掘られてあり、中には誰もいなかった。

「やがて、ここが病院になる」と兵隊は言った。こんな洞窟のような所が病院になるなんて千恵子には信じられなかった。

「国民学校からここに移るんですか」と澄江が聞いた。

「そうだ。空襲が激しくなれば、国民学校もやられてしまう。ここに患者を収容して治療をするんだよ」

 もう一人の兵隊がやって来て、千恵子たちを案内した兵隊を呼ぶと一緒にどこかへ行ってしまった。

「ここなら絶対に大丈夫ね」と言って、小枝子は重いリュックを降ろした。皆もリュックを降ろして腰を下ろした。

 初江が真っ暗な奥の方を覗きながら、「どこまで続いてるのかしら」と言った。

「地獄の底まで続いてるのよ」と澄江が気味の悪い声を出す。

「やだ、もう。脅かさないでよ」

「ねえ、ここが病院になるって言ってたわよね。ほんとかしら」と千恵子は皆に聞いた。

「ほんとなんじゃないの。でも、国民学校が空襲にやられたらの話でしょ。そんな事ありえないわよ」と澄江は言った。

「だって、あちこちで陣地を作ってるでしょ。ここだけじゃないわ。きっと、敵が沖縄に攻めて来るのよ。サイパンみたいに」

「沖縄がサイパンみたいに玉砕ぎょくさいするって言うの」

「そうじゃないけど、ここが病院になったら、うちのお姉ちゃんや浩おばちゃん、こんな所で働かなくちゃならないのよ。こんな穴ん中じゃ、看護なんてできないんじゃない」

「そうね。こんな所に運ばれたら患者さんだって可哀想よ」

 その時、遠くの方で爆発音が続けざまに響いた。

「キャー」と小枝子が叫んで耳をふさいだ。

「いよいよ、敵が来たのね」と初江が恐る恐る入口の方に行き、外を眺めた。

「大丈夫?」と聞きながら千恵子も初江の後に従った。

 爆発音は続いていたが、上空に敵機の姿はなかった。西の方から爆発音が聞こえて来るのがわかるだけで、ここからはよく見えない。

「大丈夫?」と言いながら澄江と小枝子も防空壕から出て来た。

 十・十空襲を経験している四人には空襲が遠い所だとよくわかった。今の所、ここは安全だとわかると那覇の事が心配になって来た。千恵子も初江も澄江も、すでに家が焼けてしまっていたが、小枝子の家は無事なので狙われるかもしれなかった。

「ねえ、上の方に行ったら、どこがやられてるか見えるんじゃない」小枝子は防空壕が掘られてある丘を見上げた。

 よく見ると細い道が丘の上の方へと続いている。行ってみようと、千恵子たちは身を屈めて隠れるようにして丘に登った。丘の上にさっきの二人の兵隊がいた。

「谷口軍曹殿、あれは小禄飛行場の辺りであります」と千恵子たちを防空壕に連れて行った兵隊が地図を見ながら言っていた。

 西の空を見ていた二人が千恵子たちに気づいた。軍の陣地内で勝手な事をして怒られるかもしれないとヒヤッとしたが、「おお、君たちも来たのか」と若い軍曹は怒ってはいなかった。

 千恵子たちはホッとして西の方を眺めた。小さな丘が幾つも連なって見え、その向こうに黒い煙がモクモクと上がっていた。

「君たちは那覇から来たと言ってたな。どこがやられているかわかるか」と谷口軍曹が聞いた。

 ここからは煙が見えるだけで、爆弾が落ちている場所は見えなかった。でも、方角からいえば飛行場か港の辺りに違いなかった。千恵子がそう答えようとしたら、澄江が先に言った。

 谷口軍曹はうなづくと、胸に下げていた双眼鏡を覗いた。

「敵機はおよそ二十機、それ程、大規模な空襲ではなさそうだ。敵の脅しかもしれんな」

 その時の空襲は三十分程で終わった。千恵子たちは谷口軍曹に十・十空襲の事を聞かれ、その時の様子を話して聞かせた。谷口軍曹の話によると、その日、陸軍病院の外科病棟になっていた那覇の下泉町にあった済生会診療所から、物凄い空襲の中を谷口軍曹たち衛生兵は看護婦たちと一緒に入院患者たちを南風原の国民学校まで避難させたのだという。盲腸の手術をしたばかりの患者もいて大変な騒ぎだったよと苦笑した。

「谷口軍曹殿、美里浩子という看護婦をご存じありませんか」と千恵子が聞くと、

「美里看護婦ならよく知っているよ。君たちの知り合いなのか」と谷口軍曹は以外そうな顔をして答えた。

「あたしの叔母なんです」

「おお、そうか。そういえば、何となく似ているな。威勢のいい人だよ。あの激しい空襲の中、少しも慌てず、上原婦長を助けて的確な指示を与えていた。大した看護婦だよ」

 千恵子は台風が来た時も少しも慌てないで落ち着いていた浩おばちゃんを思い出していた。何事が起こっても浩おばちゃんなら必ず乗り越えてしまうだろうと思った。そして、自分が褒められたように嬉しかった。

 谷口軍曹も川上上等兵も共に鹿児島県の出身だった。第三十二軍(沖縄守備軍)の陸軍病院は熊本で編成されたので九州の出身者が多いらしい。三十分程、丘の上で話をして、もう大丈夫だろうと二人にお礼を言って家路を急いだ。

 帰り道、小枝子はずっと自分の家の事を心配していた。その点、千恵子たちは気が楽だった。失う物が何もないというのは、どこに行っても自分の身さえ守ればいいのだった。幸い、小枝子の家は無事だった。

 家に帰ると弟の康栄こうえいがのんきに寝ていた。

「あんた、何してるの」と声を掛けるとビクッとして跳び起きた。

「何だ、チー姉ちゃんか。脅かすなよ。どこ行ってたんだよ」

「ちょっと買い出しに行って来たのよ。あんたにもあげるわね」

 千恵子はリュックから黒砂糖の固まりを出すと、弁当箱くらいの大きさの一つを康栄に渡した。

「凄えな、チー姉ちゃん。首里でもなかなか手に入らないよ。ばあちゃんに持ってってやれば喜ぶよ」

「うん。みんなで食べて」

 康栄は今日、一中の防空壕を掘っていたら、空襲警報が鳴って作業が中止になり、那覇港がやられているのを見て、じっとしていられず、空襲の最中、走って来たのだという。この辺りの上空も敵機が飛び回っていて、残っている建物や人影を見ると機銃きじゅう掃射そうしゃをしたらしい。でも、爆弾を落とさなかったので街中での火災はなかったという。

「まったく無茶な事をするわね。死んだらどうするの」

「死にゃあしないさ。泣き虫のチー姉ちゃんが一人で泣いてるんじゃないかと思ってさ」

「泣いたりなんかしないわよ」

 父も日曜日だというのに朝早く出勤して県庁の防空壕を掘っていた。平日は県庁の仕事があるので穴掘りはできない。日曜にやるしかないさと言っていた。十・十空襲を経験して、ただ縦穴を掘っただけの防空壕では何の役にも立たない事がわかり、山や丘の斜面を利用して横穴式の大規模な防空壕があちこちにできていた。二高女では県立病院が十・十空襲の時、患者を収容した防空壕を拡張して全校生徒が避難できるようにした。勿論、拡張工事は授業の合間に先生と生徒たちでやったのだった。

 父は日暮れ間近に帰って来た。父の話によると空襲されたのは、やはり、小禄飛行場と那覇港で、県庁も機銃掃射を浴びたものの爆弾の投下はなく助かったという。

 翌日、夜明け前に起きた千恵子は洗濯をしていた。今年になってから作業現場が首里の弁ケ岳に移っていた。祖母の家の近くなので、父は康栄と一緒にしばらく向こうにいればいいと言うが、そうすると学校が遠くなってしまうし、友達と一緒に行けばいいんだからと仮小屋住まいを続けていた。七時前に家を出ないと間に合わないので、最近は毎日、夜明け前に起きて洗濯する習慣がついていた。

 鼻歌を歌いながら、洗濯物を干していると空襲警報が鳴り響いた。警戒警報ではなく、突然の空襲警報だった。千恵子は空を見上げた。明るくなりかけた空は静かだった。

 父が目をこすりながら小屋から出て来た。回りを見ると皆、小屋から出て来て空を見上げていた。

「お父さん、今、何時なの」

「うっ」と言って、父は腕時計を見た。

「六時三十五分だ。こんな朝っぱらから空襲警報が鳴るのはただ事ではなさそうだ。とにかく、避難しなけりゃなるまい」

「お墓に行くの」

「そうだな。いや、県庁の防空壕に行こう。あそこにいた方が色々と情報が入る」

「あたしもそこに行くの」

「そうさ。今日は作業は中止になるだろう。こんな早くから警報が鳴れば、誰も学校にも行くまい」

 千恵子は甘藷かんしょを炊いていた火を消し、洗濯物を小屋の中に干し、昨日仕入れた黒砂糖が入ったままのリュックの中に甘藷を詰めた。全財産の入ったリュックを背負って父と共に県庁へと向かった。

 県庁前の大通りに出た頃、不気味な爆音と共に、上空に敵機の編隊が現れた。ガジュマルの木陰に隠れて見上げると敵機は港に急降下して爆弾を落とした。耳をつんざく爆発音が響き渡り黒い煙が明けたばかりの朝空に舞い上がった。爆発音は次々に鳴り、飛行場の辺りからも煙が立ち昇った。

「早く行くぞ」と父に手を引かれて、千恵子は身を屈めたまま走った。

 荷物を抱えた人たちが大通りを行き来している。皆、それぞれに安全な場所を目指して走っていた。

 県庁の防空壕は城岳ぐすくだけの下に掘ってあった。横穴式で中は広かった。千恵子たちが来た時、近所に住む家族が数人、避難していた。父を知っているらしく、よろしくお願いしますと頭を下げていた。

「朝早いので、県庁の職員たちもそれ程は来るまい。大丈夫だ。安心してここにいるがいい」父がそう言うと近所の人たちはもう一度、頭を下げてお礼を言った。

「ねえ、お父さん、この上に高射砲の陣地があるんじゃないの。大丈夫?」千恵子は心配になって聞いた。高射砲の陣地は真っ先に狙われる場所だった。

「大丈夫だ。十・十空襲の時、やられて以来、この上はそのままになっている。高射砲隊は別の所に移ったらしい」

 それを聞いて千恵子は胸を撫で下ろした。昨日、南風原で会った谷口軍曹は二中が兵舎になっていたと言っていた。二中が燃え落ちてしまったので、高射砲隊も移動して行ったのかもしれなかった。

 三十分程で空襲はやんだ。様子を見て来ると行って父は外に出て行った。

 昨日と同じように一度だけで終わるだろうと思っていたのに今日は違った。三十分位したら再び、爆発音が響き渡った。父が帰って来て、敵機はおよそ五十機で飛行場と港を集中的に攻撃しているらしいと言った。二度目の空襲も三十分位続き、静かになると父はまた出て行った。

 薄暗い穴の中に座り、明るい入口の方を眺めながら、千恵子は友達の事を思っていた。みんな、どこに避難しているのだろう。一人でこんな所にいるより友達と一緒の方がよかった。初江や澄江を誘ってくればよかった。小枝子の家はここから近くだった。ここに避難して来ればいいのにと思った。

 昼近くになっても空襲はやまなかった。その頃になると近所の避難民も増えて来た。あちこちにローソクの火が灯され、子供たちは遊び回り、知り合い同士で固まって世間話をしていた。空襲は続いているが、敵機の数は十・十空襲の時よりもずっと少ないらしいと皆、安心しているようだった。

 空襲の合間に父が出て行った後、じっとしているのに退屈した千恵子は少し外に出てみた。西の方を見ると空は真っ黒になっていた。飛行場もまた穴だらけになってしまったに違いない。もしかしたら、また昼夜ぶっ通しの復旧作業に動員されるのかもしれないと思い、ゾッとした。

「あれ、チーコじゃない。こんなとこで何してるの」

 突然、声を掛けられ、振り返ると小枝子が幼い妹と弟の手を引いて立っていた。

「サエ、あんたたちも来たのね」

「おうちの防空壕にいたんだけど、ここの方が安全だって言われて来たのよ。チーコがいるなんて驚きだわ」

「父と一緒に朝早くからここにいたのよ。よかった、サエが来て。一人でつまらなかったのよ」

 千恵子は小枝子たちを連れて防空壕の中に戻った。しばらくして、小枝子の母親が一番下の妹を連れて来た。父親は十日程前に防衛隊に召集されてしまったという。千恵子の父親の話だと、たけ部隊(第九師団)が台湾に行ってしまった後、第三十二軍は兵力不足を補うため、十七歳から四十五歳の沖縄の男子を片っ端から召集して防衛隊を編成し、陣地構築や物資の輸送などにたずさわらせているという。わしも四十五だが、県庁の仕事があるので大丈夫だろうと言っていた。

 一人で退屈していた千恵子は小枝子が来たので外の空襲も忘れて、せきを切ったように、あれこれと話しまくった。小枝子の幼なじみで昭和高女に通っている菊ちゃんという娘も加わり、陣地作業の苦労話や男子中学生の噂など話しては笑っていた。午後になってから、爆発音が少しづつ近づいて来たような気もしたが、千恵子たちは話に熱中していた。

 三時頃、防空壕を出たり入ったりしていた父がやって来て、安里の師範学校女子部と一高女が昼過ぎにやられたと教えてくれた。校舎と寄宿舎もやられ、生徒たちに被害はなかったようだが、駐屯していた経理部の兵隊が数人亡くなったらしいという。寄宿舎がやられたら従姉いとこの陽子は首里の家に戻って来るのだろうか、と一瞬、思った。それより、師範女子部と一高女がやられたという事は、敵はいよいよ、市街地に攻撃を仕掛けて来た事になる。十・十空襲で焼け残った民家も危なくなって来ていた。小枝子も菊ちゃんも急に青い顔になって、自宅の無事を祈り始めた。

 日が暮れて暗くなっても敵機は飛び回っていた。機銃掃射の音や爆撃音が防空壕の回りで鳴り響き、時々、防空壕が揺れる事もあった。八時頃、やっと静かになり、それから三十分位してから空襲警報が解除された。

 防空壕から出て、回りを見ると所々に火の手が上がっていた。消防車のサイレンも聞こえて来た。

「おうちの方が燃えてる」と小枝子が叫んだ。

 小枝子が自宅に行こうとしたが、危険だと近所の人に止められた。千恵子の父が近所の人と一緒に見に行った。すぐに戻って来て、消せるかもしれないから皆で行こうという。

 近所の者たちが総出でバケツリレーをしながら消火活動を行なったけど間に合わなかった。小枝子の家と隣の家は焼け落ちてしまった。

 


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沖縄二高女看護隊 チーコの青春

タコ八の歌

 

 

 一月二十二日の空襲で若狭町の二高女の仮校舎も焼け落ちてしまった。首里弁ケ岳の電波探知機陣地の構築作業は続いても、授業は中断された。新たな仮校舎が見つかるまでは授業の日は自宅待機となった。同じ日に家が焼けてしまった小枝子は与那原よなばるの伯父の家に避難して、その後、作業の日は与那原から首里に通っていた。父親を防衛隊に取られて男手がないので、焼けた家はそのままだった。鹿児島に知人がいるので、もしかしたら、鹿児島に疎開するかもしれないと言っていた。

 一月の三十一日、新しい県知事が沖縄にやって来た。その日、千恵子たちブラスバンド部の四年生は作業の日だった。急遽、県庁に行けと言われ、先に集まっていた下級生と合流した。どこから集めたのかわからない楽器を借りて、新知事を歓迎するため『愛国行進曲』と『勝利の日まで』を演奏した。亡くなってしまった敏美と国頭くにがみに帰ったままの小百合、久米島に帰ったままの久美の姿はなかった。小百合と久美には何度も手紙を書いていた。返事によると二人とも戻って来たいようだけど、家庭の事情とか、那覇の空襲とか、色々あるらしくて難しいようだった。

 毎日、愚痴ばかりこぼしていた父は島田知事が来てからというもの、今度の知事殿は前の知事とは全然違う。命懸けで来られたという気魄きはくが感じられる。ほんとに偉いお人だとやたら褒めて、毎日、楽しそうに出勤して行った。千恵子はチラッと見ただけなので、そんなに偉い人なのかよくわからなかった。ただ、背が高くて眼鏡めがねをかけていたという印象しかない。後で父から島田知事が三高の野球部で活躍したと聞いて、野球部ならいい人に違いないと思った。そして、安里先輩の事を少し思い出した。

 作業現場が首里に移ったと聞いた時、もしかしたら、一中の生徒たちもいるかもしれないと期待したのにいなかった。でも、首里への行き帰りに二度だけ、安里先輩に会う事ができた。お互いに回りに友達がいて話をする事もできなかったけど、顔を見ただけでも嬉しかった。晴美が安里先輩の顔を知っていて、澄江や初江に教えてキャーキャーはやし立てた。安里先輩の方も友達にヤーヤー言われていて、恥ずかしかったけど嬉しくもあった。その後、澄江が『おんな系図けいずの歌』の替え歌を作った。

 ♪坂下通れば思い出す

    お千恵、良雄の心意気

   知るや白梅 石垣に

     残る二人の影法師~

 知るや白梅という歌詞が二高女の校章に通じるので気に入っていた。お千恵、良雄の所は名前を代えて歌われた。晴美と一中の陸上部の先輩、小枝子と二中の幼なじみ、佳代と師範学校の先輩、初江と商業学校の先輩と、それぞれが憧れている男子の名を入れて、キャーキャー言いながら歌っていた。

 澄江だけは好きな男子の事をなかなか打ち明けなかった。そんなのいないわよと言い続けていたが、みんなから責められてとうとう白状した。何と、澄江が好きな人は黒砂糖を買いに行った時、陸軍病院の防空壕で会った谷口軍曹だった。あの日から、ずっと憧れていて、きっと、また会えると信じているという。谷口軍曹は二十五歳位で、年がちょっと離れ過ぎているんじゃないと千恵子たちが言っても、年なんか関係ないわと平気な顔して言い、もしかしたら、奥さんがいるかもと言っても、あの人は絶対に独身よと信じ切っていた。谷口軍曹の名前はわからないので、『お澄、谷口の心意気』と歌われた。

 二月になって新しい仮校舎が見つかった。四年生は松尾山にある知事官舎で下級生は首里だった。知事官舎は前の泉知事が去ってから空き家になっていた。十・十空襲の時、爆風にやられて少し傾いてしまったが住めない事はなかった。新知事を迎えるに当たって綺麗にしたのに、島田知事は食糧営団の理事長宅を宿舎にする事となり、二高女で借りる事になったのだった。ただ、全校生徒を収容できないので四年生だけが利用するという。

「男子中学生はすでに、立派な兵隊になるために通信訓練や戦闘訓練を始めている。女学生も立派な看護婦になって、お国の役に立たなければならない。四年生は来週から看護教育を始める事に決まった」と校長先生は言った。

 看護婦と聞いて、千恵子は喜んだ。自分も姉や浩子おばさんと同じように陸軍病院の看護婦になれるんだと思うと感激だった。澄江は谷口軍曹に会えると大喜びしていた。きっと、運命なのよ、赤い糸で結ばれてるのよと目を輝かせて、うっとりしていた。

 二月五日の月曜から看護教育が始まった。千恵子たち松組はその日は作業だったので、翌日の六日からだった。教官は南風原はえばるの陸軍病院から派遣された野口少尉と鮫島さめじま軍曹ぐんそうだった。野口少尉は東京の人で、背がスラッと高くて格好いい青年将校だった。鮫島軍曹は鹿児島の人で、体つきはごっついが優しそうな顔をしていた。谷口軍曹と川上上等兵も鹿児島生まれで、陸軍病院には九州の人が多いと言っていた。東京の人もいたのかと不思議な感じがした。九州から沖縄に来る人は多いけど、東京から来る人は珍しかった。

 初日は陸軍病院とはどんな所か、従軍看護婦はどんな仕事をするのかをわかりやすく教えてくれた。野口少尉も鮫島軍曹も話上手で面白い人だった。千恵子は姉に負けない看護婦になろうと真剣に話を聞いていた。澄江はちゃっかり鮫島軍曹から谷口軍曹の事を聞き出していた。名前は健次といい、外科に所属している衛生兵で独身だという。澄江は浮き浮きしながら再会を夢見て、澄江に影響されたのか、初江は野口少尉に憧れていた。

 二度目の看護教育の日は大詔たいしょう奉戴日ほうたいびだった。授業の前に知事官舎の庭で式典が行なわれた。梅組は作業に出ていて、下級生も首里に移ってしまい、松組の生徒三十六人だけの寂しいものだった。国旗掲揚けいよう詔書しょうしょ捧読式、必勝祈願と式典は続き、『海ゆかば』をみんなで歌って、いつもなら終わりのはずだった。ところが、校長先生が再び、台上に登った。校長先生の顔色が今朝から暗かったので、何かよくない事でも起きたのかと千恵子は隣にいる佳代と顔を見合わせた。

「誠に残念な事が起きてしまいました」と言って校長先生は皆の顔を見回した。

「二月の六日、一昨日おとといの昼過ぎ、久米島の真泊まどまりを出港した客船『嘉進丸かしんまる』が那覇に向かう途中、敵機の襲撃を受けて沈没してしまいました」

 久米島と聞いて、すぐに思い出したのは久美の事だった。まさか、久美が乗っていたのではと思ったが、慌てて否定した。そんな事はない。久美は役場の仕事を手伝っていると手紙に書いてあった。元気に歌を歌いながら仕事をしているに違いないと思いたかった。

「その船には二十名前後のお客が乗っていて、生存者は船長ただ一人だったらしい。お客の中に十人の学生がいた。残念ながら、本校の生徒もいた」

 校長先生はそこで言葉を切って目頭を押さえた。千恵子は久美じゃないようにと祈った。

「君たちの同級生、上江洲うえず」と校長先生が言った時、佳代が「久美‥‥‥」とつぶやいて、千恵子の肩にもたれて来た。千恵子も我慢できなくなって、佳代に抱き着いて泣いてしまった。校長先生の話は続いていたが、誰も聞いてはいなかった。皆、シクシク泣いていた。

 その日の授業は救急処置だったが、まったく頭に入らなかった。

 去年の夏、疎開船『対馬丸』が沈没して政子が亡くなり、去年の暮、列車が爆発して敏美と文代が亡くなった。そして、今度は久美だった。平和だったら死ぬはずがない同級生が四人も亡くなってしまった。久美とは十・十空襲の時、学校で別れてから一度も会えなかった。那覇にある祖母の家で、二中に通っている弟と一緒に暮らしていた。空襲の時、祖母を連れて北の方に避難した。しばらくして戻って来ると家も学校も焼けてしまい、郷里の久米島に帰っていた。千恵子たちが何度も手紙を書いて、戻って来いと言ったので、こんな事になってしまった。手紙なんか書かなければよかったと後悔した。千恵子は泣いていて聞いていなかったが、久美の弟も一緒に乗っていて亡くなってしまったという。

 授業が終わった後、千恵子たちは波上宮なみのえぐうに行った。波上宮から久米島は見えないけれど、久美が眠っている海を見ないではいられなかった。

 キラキラ輝いている海を眺めながら、「久美、冷たかったでしょうね」と佳代がつぶやいた。

「船はバラバラになっちゃったんでしょ。久美もきっと‥‥‥」その後は言葉にならず、澄江は泣いた。

「う~み~ゆ~かば~」と晴美が歌い出した。

 小枝子と初江が一緒に歌った。千恵子も歌おうとしたが声が出なかった。歌の通り、久美は水漬みづくかばねになってしまった。あの笑顔はもう見られない。商業学校の男子に人気があって、ラブレターをもらった事もあったのに、十六歳の若さで亡くなってしまうなんて、あまりにも可哀想すぎた。

 みんなで晴美の家に寄って久美の思い出を色々と話した。千恵子と初江は久米島に遊びに行った時の事を皆に話した。楽しかった事を思い出すたび、悲しみは余計に積もって、皆、しんみりとしてしまった。

「ねえ、覚えてる。ガジャンビラの作業の時、西村上等兵が教えてくれた『タコ八の歌』、久美、気に入ってよく歌ってたわね」と千恵子は久美の歌声を思い出しながら言った。

「そう、そう。そういえば、久美が来なくなってから、その歌、すっかり忘れてたわ」

 晴美が懐かしがって歌おうとすると、

「なあに、『タコ八の歌』って」と初江が聞いた。

「あら、知らないの」と千恵子は驚いた。

「知らないわ、ねえ」と初江は佳代に聞いた。

 佳代も知らないと首を振った。その頃、初江と佳代は松組だったので、千恵子たちとは作業の日が違っていた。

「『タコ八の歌』って『のらくろ』に出て来るタコの八ちゃんのこと?」と佳代が聞いた。

「そのタコじゃないんじゃないの、きっと。別のタコよ」と晴美が真面目な顔して言う。

 千恵子はじっと我慢していたが、ついに吹き出してしまった。

「チーコ、どうしたのよ」と晴美がこんな時に笑うなんて不謹慎よという顔して聞いた。

「ごめんなさい。つい、昔の事を思い出しちゃって」

「チーコ、言わないでよ」と初江が千恵子を睨んでから、澄江を見た。澄江は他の事を考えているらしく、ぼんやりしていた。

「わかってるわよ」と千恵子は言ったが、みんなは何の事だか知りたがった。久美だって、きっと知りたいはずだわと言われ、千恵子は白状した。

「初江なんだけどね、小学校の頃、男子たちから『タコのハッちゃん』と呼ばれてたのよ」

 皆が一斉に、初江を見た。

「まったく、もう」と口を尖らせて怒っている初江の顔は、確かにタコに似ていた。笑う場合ではないと思いながらも皆、吹き出すように笑ってしまった。

「そんなの昔の事じゃない。やめてよ、もう」と初江はますます膨れた。「今は久美の事でしょ。何よ、タコ八の歌って」

 笑いが治まると皆、急に真面目な顔に戻った。

「あの歌ね、『湖畔の宿』の替え歌なのよ。高峰三枝子が歌った『湖畔の宿』って発売禁止になっちゃったでしょ」と小枝子が言うと、「禁止じゃなくて、中止になったのよ」と晴美が手を振った。

「とにかく、そんな歌を教えちゃいかんて、西村上等兵、中隊長殿に怒られたみたいなのよ。だから、歌ったのは、あの時だけだったのかもしれないわ」

 小枝子が説明すると佳代が教えてくれとせがんだ。

「そうねえ、久美のためにも、みんなで歌いましょうよ」

 ♪きのう召されたタコ八が

    たまに撃たれて名誉の戦死

   タコの遺骨はいつ帰る

     骨がないから帰れない

   タコのかあちゃん悲しかろ~

 友達と別れ、家に帰って来たら、また悲しくなって千恵子は一人で泣いた。父は日が暮れても帰って来なかった。昨夜も部課長会議があったとかで遅かった。小屋の中に一人きりでいるのは寂しくてやり切れなかった。

 二月も半ばになって、悲しみもいくらか和らいだ頃、小枝子が鹿児島に疎開して行った。小枝子は行きたくなかったけど仕方がなかった。母親が家を失ったショックから立ち直れず、病人のようになってしまい、今のうちに沖縄から離れた方がいいと親戚一同で決めたらしい。幼い弟や妹がいて母親だけでは無理なので小枝子も一緒に行かなければならなかった。

 最後の別れを告げようと、港まで見送りに行ったら物凄い混雑だった。あちこちに疎開者の荷物が山のように積まれ、迷子になった子供が母親を呼んで泣いている。敵の潜水艦が出没して危険なので防諜ぼうちょうのため出港時間も公表されず、どの船かもわからない。結局、小枝子には会えず、航海の無事を祈るしかなかった。

 小枝子が去った翌日、校長先生から二高女の四年生はやま部隊(第二十四師団)の野戦病院に入隊する事が決まったと発表があった。山部隊は一時、二高女に駐屯していた事があり、空襲の後、学校の焼け跡の片付けをしてくれたので馴染みのある部隊だった。山部隊は去年まで嘉手納かでな周辺の守りを固めていたが、たけ部隊(第九師団)が台湾に出て行ってから、南部の島尻しまじりに移っていた。

 二高女と積徳せきとく高女が山部隊に入隊し、南風原の陸軍病院には師範学校女子部と一高女が入隊する事になったという。首里高女と昭和高女は首里周辺を守っているいし部隊(第六十二師団)の野戦病院に、名護の三高女は陸軍病院の北部分室に、というように女学校の四年生は皆、従軍看護婦になるよう決められた。それと同時に、戦闘訓練や通信訓練を受けていた男子中学生は防衛隊を編成し、戦争が始まれば、鉄血てっけつ勤皇隊きんのうたいとなって各部隊へ入隊する事に決まった。

 看護教育の教官も野口少尉と鮫島軍曹は来なくなり、山部隊から派遣された神津こうづ見習士官と笠島伍長ごちょうに代わった。神津見習士官は大きな体に度の強い眼鏡をかけていた。笠島伍長は小太りで髭面ひげづらだった。二人とも美男とは言えず、前の野口少尉と鮫島軍曹の方がよかったのにと千恵子たちは陰口をきいていた。澄江と初江はがっかりして、縁がなかったのかしらと慰め合っていた。

 


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沖縄二高女看護隊 チーコの青春

風と共に去りぬ

 

 

 二月は空襲がなかった。B29が偵察に来るたびに警戒警報は鳴ったが、空襲はなく無事に過ごせた。知事官舎での一日置きの看護教育も順調に行っていた。難しい専門用語はなかなか覚えられないけれど、包帯の巻き方や怪我をした時の救急処置など、日常で役に立つ事も多く、とてもためになった。看護婦志望の千恵子は真剣にノートを取っていた。

 三月に入ると一日早々から敵機の編隊がやって来て、例のごとく飛行場と港に爆弾を落として行った。千恵子たちは授業を中断して防空壕に避難した。次の日も次の日も敵機はやって来て空襲警報が鳴った。しかし、爆弾を落とさずに飛び去って行った。爆弾を落とさないのは助かるのだが、警報が鳴るたびに避難しなければならず、何だか、敵にからかわれているような気がして皆、腹を立てていた。

 四日の日曜日、千恵子たちはまた黒砂糖の買い出しに出掛けた。六日から東風平こちんだの国民学校にある山部隊の看護教育隊に入隊する事が決まったので、みんなで黒砂糖を持って行こうと決めたのだった。その日は幸い、空襲警報も鳴らず、天気もよかった。

 鹿児島に疎開してしまった小枝子の代わりに、晴美とトヨ子と朋美が加わって、六人で賑やかに出発した。焼け跡は綺麗に片付けられ、ほとんどが畑に変わっていた。灰が肥料になったのか、生育は驚くほど早く、葉野菜はすでに食用となり、甘藷かんしょの収穫も間近だった。

 南風原の陸軍病院の防空壕のある小高い丘には新しく三角兵舎へいしゃがいくつも建っていて、兵隊さんが大勢、忙しそうに働いていた。何となく年寄りの兵隊ばかりで、防衛隊の人たちのようだった。

 澄江は目をキョロキョロさせて谷口軍曹を捜し、初江は野口少尉を必死になって捜していた。行く時には会えず、帰りには必ず会えると期待したけど、会う事はできなかった。二人はすっかり気落ちしてしまったが、千恵子は偶然にも姉と再会する事ができた。

 陸軍病院の側を流れている小川の所で看護婦たちが数人集まって、キャーキャー言いながら洗い物をしていた。その中に姉の奈津子がいたのだった。

 千恵子は思わず、「お姉ちゃん」と叫んでいた。

 姉は千恵子の顔を見ると驚いて、「どうして、あんた、こんな所にいるの」と聞いて来た。

 千恵子は姉の側に行き、耳に口を寄せて、「闇物資の買い出し」と小声で言った。

 成程と姉はうなづいて、千恵子の重そうなリュックを眺めて笑った。姉は元気そうだった。

「ここは規則が厳しくてね、結構、大変なのよ。でもね、今の所は患者さんは少ないし、みんなで気楽にやってるさあ」と姉も内緒話をするように千恵子に言った。

「あっ、そうそう、ミエちゃんたちが来てるのよ。今日は日曜だから来ないけど、先月の半ば頃から師範学校の女子部と一高女の生徒たちが看護教育を受けてるのよ」

 ミエちゃんというのは二人の幼なじみで師範学校に通っている娘だった。姉と同い年で、幼い頃はよく一緒に遊んだものだった。

「えっ、それじゃあ、陽子ちゃんも来てるの」と千恵子は従姉いとこの事を聞いた。

 姉は首を振った。「陽子ちゃんは来てないわ。本科の二年生はもうすぐ卒業でしょ。四月から国民学校の先生になるみたいだから色々と忙しいみたい。でも、陽子ちゃんたちも看護婦になってお国のために働きたいって言ってるみたい。ミエちゃんがそう言ってたわ」

「そう。陽子ちゃん、もう先生になるのか‥‥‥ねえ、浩おばちゃんは元気でやってるの」

「もう元気すぎるくらいよ。あたしの同期の子も何人か外科にいるんだけど、浩おばちゃんにしごかれてるみたいよ」姉はクスクス笑ってから、「でもね、浩おばちゃん、結構、みんなに慕われてるみたいよ。何でも自分から進んでやる性格でしょ。頼もしい小隊長殿って感じみたい」

「浩おばちゃんらしいわね」と千恵子もクスッと笑った。「ねえ、あたしたちも来週から山部隊の看護教育隊に入る事になったのよ」

「山部隊の野戦病院ていえば東風平こちんだね」

「そう。それとね、あたし、県立病院の看護婦養成所の入学試験に合格したのよ」

「えっ、ほんとなの」

「ほんとよ」

「そう、よかったわねえ」姉は喜び、「頑張るのよ」と千恵子の肩をたたいた。

 入学試験といっても、姉の頃と違って、筆記試験はなく内申書だけだったので助かっていた。あまり自信はなかったけど、昨日、先生に呼ばれて合格の知らせを聞いた時はほんとにホッとした。

 山部隊の野戦病院に入ってしまえば、姉に会う事も難しくなる。その前に会えてよかったと千恵子は偶然の再会に感謝した。

 澄江と初江は姉から谷口軍曹と野口少尉の事を聞いていた。

 姉は首を傾げてから、「今日は日曜日でしょ。ほとんどの人が休暇をもらって外出してるんじゃないかしら。那覇か首里の方に行ったのかもしれないわね」と言った。

「それじゃあ、まだ会えるかもしれないわ。きっと、どこかですれ違うはずよ。ねえ、そうでしょ」澄江と初江は嬉しそうに、うなづき合った。

 帰り道、何度か兵隊さんとすれ違った。その度に、千恵子たちは「ほら、来たわよ」とからかっていた。二人は「ほんと?」と期待に胸を膨らませるが、残念ながら、どちらも願いをかなえる事はできなかった。

 家に帰ると、康栄と安里先輩が小屋の屋根の修理をしていた。野戦病院に入る前に会いたかったのは姉ともう一人、安里先輩だった。その安里先輩が今、目の前にいる。澄江と初江には悪いが、今日はなんていい日なんだろう。千恵子はトートーメー(御先祖様)に感謝した。

「メンソーレ(いらっしゃい)」と千恵子はニコニコしながら挨拶をした。

「チー姉ちゃん、また買い出しかい」と康栄が屋根から飛び降りて来た。

 安里先輩はハシゴから降りると、「お邪魔しております」と丁寧に頭を下げた。

「お邪魔だなんて、屋根の修理までしてもらって本当に助かります。ありがとうございます」

「先輩はチー姉ちゃんから借りていた本を返しに来たんだよ」

「えっ」と千恵子は安里先輩の顔を見た。

「近々、野戦病院に行くと聞きましたので」そう言うと安里先輩は小屋の脇に置いたリュックの中から、島崎藤村とうそんの詩集を出して千恵子に渡した。

 慌てて返さなくてもいいのにと思ったが、千恵子は受け取った。

「お礼として、この本を読んで下さい」と安里先輩はもう一冊、文庫本を出して千恵子に見せた。それは石川啄木たくぼくの歌集だった。啄木の歌はかつて読んだ事はあった。でも、覚えているのは『一握の砂』の冒頭だけだった。安里先輩が読んだのなら、もう一度よく読みたいと思い、お礼を言って受け取った。

 今は書物も貴重品で、書店も貸本屋もなくなり、学校の図書館も焼けてしまって読みたい本も手に入らなかった。持っている本といえば、あの時、持ち出した愛唱歌集だけだった。一度に二冊の本が手に入って嬉しかったけど、何となく、藤村の詩集は安里先輩に持っていて欲しかった。二冊の本を見比べていた千恵子は顔を上げると思い切って言ってみた。

「あの、この本はお借りします。でも、こっちの方は安里先輩が持っていてくれませんか。この小屋に置いといても盗まれちゃうかもしれませんので」と藤村の詩集を差し出した。

「そうですか。それじゃあ交換という事にしますか。実は何かと忙しくて、まだ、全部読んでないんですよ。助かります」

 安里先輩は喜んで受け取ってくれた。

「あたし、この本を持って行く事にします」

「自分もこの本を東京に持って行きますよ」

「えっ、東京?」

「先輩は早稲田大学の予科に受かったんだよ」と康栄が説明した。

「いや、まだ一次が受かっただけです。二次が受からなければ合格とは言えません」

「それでも、おめでとうございます」

 四月になったら東京に行ってしまうのか。もしかしたら、もう会えないかもしれない。もっともっと色々と話がしたかった。

「あのう、今、お茶を入れますので、おうちの中で休んでいて下さい」

「いえ、まだ途中なので」と安里先輩はかたわらに置いたかなづちを手に取った。

 安里先輩と康栄が屋根の修理をしている間、千恵子はお湯を沸かした。いつもだったら、お茶なんてなかったのに、うまい具合に二、三日前に父が持って来たお茶がまだ残っていた。急須きゅうすはなかったけど、手拭いで作った小袋にお茶っ葉を入れてお湯の中に入れれば飲む事ができた。

 屋根の修理も終わり、買って来た黒砂糖をお茶菓子にして、お茶を飲みながら話をした。

 小説家を志すだけあって安里先輩は色々な本を読んでいた。夏目漱石そうせき、森鴎外おうがいいずみ鏡花きょうか、島崎藤村、中里介山かいざん、芥川龍之介、吉川英治など、作家とその作品の名が次から次へと口から飛び出した。藤村は小説の『夜明け前』は読んだけど、詩集はまだ読んでないので借りたという。今は毎日が作業で忙しくて、小説はなかなか読めない。詩がちょうどいいと言って笑った。江戸川乱歩らんぽ久生ひさお十蘭じゅうらんの推理物や岡本綺堂きどう、野村胡堂こどうの捕物帳も好きだけど、一番好きなのは尾崎士郎で、沖縄を舞台にした『人生劇場』のような小説を書きたいという。『人生劇場』は父が読んでいたのを思い出した。確か、おうちにもあったのに焼けてしまった。

 千恵子はどんな小説家が好きかと聞かれて、吉屋よしや信子と言おうとしたけどやめて、マーガレット・ミッチェルと言った。途中までしか読んでいなかったので、その後のスカーレットの事が気になっていた。まるで、今のあたしたちのように、スカーレットが住んでいるアトランタに敵の北軍が迫って来ている所まで読んで、その後、どうなったのかわからない。それに、澄江が大切にしていた本を失ってしまい、申し訳ないと常に思っていたので、思いついたままに言ってしまった。

 安里先輩は一瞬、驚いたようだった。

「さすがですねえ。まさか、千恵子さんの口から敵国の小説家の名が出て来るとは思ってもいませんでした。『風と共に去りぬ』ですね。まさに、あれは名作ですよ。自分はまだ読んでおりませんが是非とも読んでみたいものです」

「あたしもまだ最後まで読んでいないのです。お友達から借りていたんですけど、あの時、燃えてしまって‥‥‥きっと、いつか、最後まで読もうと思っています」

「そうでしたか。今の御時世では手に入れるのは難しいでしょう。でも、戦争が終われば、きっと手に入ります。名作は決して戦争なんかで滅んだりはしませんよ」

 安里先輩と康栄が帰った後、千恵子は一人でぼうっとしていた。

 マウンドからボールを投げている姿を遠くから眺めて憧れていた人が、ついさっきまで、すぐ側にいて熱っぽく文学の話をしていたなんて夢を見ているようだった。ほんの思いつきで、マーガレット・ミッチェルと言ったら、安里先輩の目の色が変わって、次々に外国の小説家や詩人の事を話し始めた。その中には千恵子の知っている人もいたし知らない人もいた。そして、敵国の人もいた。

 澄江みたいに外国の文学をもっと読んでいればよかった。そうすれば、もっと話し合う事ができたのに、ただ安里先輩の熱弁を聞いているだけの自分が情けなかった。

「戦争が終わったら、また、文学について語り合いましょう」と言いながら安里先輩は康栄を促して小屋から出ると空を見上げた。

「早く野球がしたいな」とボールを投げる真似をした。

 すかさず康栄が、「よーし、一本!」と叫んだ。

「やっぱり、ストライクじゃなきゃ締まりませんよ」安里先輩は笑って、「それじゃあ、気をつけて、頑張って下さい」と手を振りながら帰って行った。

 千恵子は頭を下げ、安里先輩と康栄の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見送った。

 

 

 


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