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『蛇行する意識のほとりで君と那由多の夢を見る。(A5/54P/400円)』の冒頭サンプルです。
自家通販予約承っております。

■収録■
 白との邂逅 P3~11 (web版を大幅に加筆修正)
 文子 P13~17 (web版を大幅に加筆修正)
 繭還り P19~25 (潜む黒を改題、大幅に加筆修正)
 花の女 P27~33 (web版を大幅に加筆修正)
 嘘爛漫 P35~40 (書き下ろし)
 黒との邂逅 P41~49 (書き下ろし)

 六人の『私』による、彼岸と此岸の狭間の和風伝奇掌編集。
 白浜、炎天、白い女との邂逅。 ―白との邂逅―
 水になるの。文子が言い出したのは今朝のことだった。 ―文子―
 私の村には「おまあさま」が住んでいる。 ―繭還り―
 私に花を生けてくださいまし。女はいつも同じ言葉を口にする。 ―花の女―
 弟の嘘は花となる。 ―嘘爛漫―
 洋館、暗闇、黒い男との邂逅。 ―黒との邂逅―

 表紙:YURIKO

■詳細■
 階亭 Information http://kizahashi6.web.fc2.com/off.html

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最終更新日 : 2013-04-09 00:51:46

白との邂逅

 昔から腺病質な子どもであった。庭を駆ければ熱を出す、水を汲めば熱を出す、手習いをすれば熱を出す。とにかく何かにつけて、熱を出しては寝込んでばかりいた。

 私の生家はそこそこに大きな呉服屋で、私はその家の長男であった。倒れてばかりいる私を見て、父はふがいないと嘆息した。そんな父を見て、母は申し訳ございませんと謝った。そんな両親を横目に、私は出来損ないのこの体を恨みながら、早くお迎えが来ないものかと願ったものだった。

 私の虚弱の理由は、よく分かっていない。医師が診ても分からぬと言われ、薬師が診ても分からぬと言われ、占い師が視ても分からぬと言われた。

そんな私に、お前は魂の半分をあちら側に置いてきたんだよ、と言ったのは祖母だった。祖母のその言葉は、幼き日の私の心を慰めてくれた。私は、半分をあちら側に置いてきた不完全な存在であるのだ。そう思えば、両親に疎まれることも、使用人に小ばかにされることも、すとんと納得できた。人に好かれ愛される役目は、あちら側に在る私の半分が担っているのだ。こちら側にいる私は、あちら側の私の残り糟なのだ。ならば、愛されぬことも、虚弱であることも、仕方のないことである。そう思い、慰めながら、幼き日の私は日々をやり過ごして生きていた。

 私の虚弱は、成人した今も治っていない。店は弟が継いだ。弟は私と違って頑強で、明るく、両親にも使用人にも好かれていた。弟は、私が店を継ぐべきだと強く言ったが、私は首を横に振り続けた。誰が見ても、私よりお前が継ぐのが適任だと、よく言って聞かせた。しぶしぶ頷いた弟の顔にはありありと仕方なしと書いていたが、店が繁盛していると耳にするたび、私の判断は間違っていなかったのだと満足している。

 店を弟に任せたのち、私はまるで逃げるかのように鄙へと移り住んだ。うつる病気だといけないから、と適当な理由を述べて逃げ往く私を引きとめたのは、弟だけであった。

私が移り住んだのは、海辺の洋館である。もともとは、毎年避暑に訪れていた別荘であった。時代遅れと言って良いだろう、古めかしい洋館だ。家族で毎年訪れていたそこは、私たち兄弟が長ずるにつれて足の遠のいていた場所だった。

 ここは静かだ。潮騒の音で目覚め、潮騒の音と共に過ごし、潮騒の音を抱えて眠る。都の姦しい喧騒と違って、ここで生まれくる音はどれも、私の耳を煩わせることは無い。ひどく、心地良かった。

 洋館に住むのは私と、年老いた使用人だけである。時折、都から弟が訪ねてくる。無理に足を運ばなくて良いと私は言うが、弟は頑として聞かなかった。兄を心配することの何がいけないと言う弟のまっすぐな視線が、私には眩しかった。

 ふいに、ドアをノックする音が響いた。ベッドに横たわり、読書に勤しんでいたところであった。私は体を起こし、入るようにと言う。

――様がお見えです」

 ぼそぼそと、使用人が枯れた声で言った。名は聞き取れなかったが、おそらくは弟の名だろう。ここを訪れるのは、弟くらいのものである。どうぞと一声かける。

「あいかわらず、陰気な館だな」

 開襟をつまみ胸元に風を送りながら、弟は暑気にうんざりしきった顔で部屋へと入ってきた。最近の流行りだと聞く、新しい形のスゥツがよく似合っていた。

弟は帽子を使用人に預けると、下がるようにと手を振った。まるで野良猫を追い払うような仕草を私は視線で咎めたが、弟はまるで気づいていないような顔をして、ベッドのへりにどさりと腰をおろした。ドアが閉まると同時、呆れた顔で私を見る。

「そしてあいかわらず、我が兄上も陰気な顔をしていらっしゃる。その本も陰気なのかい」

「そうだな。面白くはない」

「ハ、面白くもない本を熱心に読む理由が、僕には皆目分からないね。陰気なご趣味だ」

「うん、私もそう思う」

 弟は大げさに肩をすくめた。


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最終更新日 : 2013-04-09 00:54:30

文子

 なだらかな上り坂の頂点から、町を見下ろす。曇天の下を、暑さに茹だった人々が行きかっていた。

両脇の塀の内の木々から、じよじよ、じよじよ、と蝉の鳴く声が聞こえた。やかましい蝉の声に、氷売りの声がかき消される。腕に抱いた盥の中の氷の塊は、すでに溶けはじめていた。

 門から直接庭にまわる。文子(あやこ)は縁側で私の帰りを待っていた。ちょこりと腰を下ろし、茹だる夏の暑さなどまるで気にした様子はなく、涼やかに微笑んでいる。盥にはった水に足をつけて、鼻歌まじりにぱしゃぱしゃと水を跳ね上げていた。

まるで人形のようだ、と私は思う。肩で切り揃えた、真っ直ぐな黒い髪、真っ白な頬、華奢な手足。覗く皮膚のうすら白さは、何かの菓子で作ったかのようである。その皮膚を押し上げてぽっこりと浮かぶ骨の形も、芸術家が(すい)を凝らして作り上げた細工のようだ。

文子は私を見るなり、遅いわ、と口を尖らせた。文子の唇は形良く、色良く、まるで果実のようである。実に、美味そうであった。

すまないね。詫びながら、私は今しがた買ってきたばかりの氷を、文子が足を浸す盥に移し変えてやる。

 水になるの。

文子が言い出したのは今朝のことだった。ちゃぶ台を囲み、飯粒を食らっている時だった。そうか、と私が答えると、そうよ、と文子は言った。

 移し変えた氷を、文子がつま先で玩んでいる。そのつま先が、透けている。つま先はもう水になってしまったようだった。まろやかな踝をもう見られないのかと思えば、やはり惜しい気がした。

 文子が水を蹴り上げて楽しげに笑う。白い夜着が捲れて、静脈の目立つ、痩せた白い足が覗いた。文子の 足首から先は、水に溶けてもう無かった。途中で途切れたふくらはぎと、空気の境目が、薄ぼんやりと霞んでいる。

 私は顔にかかった生暖かい水を拭い、文子の隣に腰をおろした。汗に濡れた紺絣が気持ち悪い。胸元を摘んで風を送ってやると、幾分かはましになった。

 じよじよ。

じよじよ。

蝉がうるさい。

まるで、木そのものが鳴いているかのように思えた。蝉の生る木だ。あの木も、あの木も、夏を迎えるたび蝉をたわわに実らせる。

 白い空に枝を這わせる木の下に、薄汚れた虎猫が寝そべっていた。塀も、夏の陽に熱されて熱かろうに酔狂なものだ。それとも今日は曇天だ、さして熱くはないのかも知れぬ。私は猫になったことがないから分からない。
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最終更新日 : 2013-04-09 00:54:50

繭還り

 私の村には「おまあさま」が住んでいる。

 おまあさまは(まもり)(がみ)で、禍神(わざわいがみ)だという話だ。村の大人たちは事あるごとに「そんな悪い子はおまあさまの(にえ)にするよ」「ああ、良い子だ。おまあさまもさぞお喜びだろう」と子供たちに言い聞かせていた。

 私もその、事あるごとにおまあさまの話を聞かされて育った子供の一人である。とはいえ私におまあさまの話を言って聞かせたのは、実の親ではない。というのも、私は赤子の頃、彼岸花の群生の中に落ちていたと聞かされている。私自身にその記憶は無いのだが、私の養い親であるろくでなしがそう言うのだから、きっとそうなのだろう。

 そのろくでなしは、おまあさまの話のついでに、事あるごとに言っていた。お前が女だったならさっさと夜街(よるまち)に売り飛ばしていたのになあ。ごくつぶしめ。このごくつぶしめ。

 ろくでなしの言うとおり、私は確かにごくつぶしだった。そろそろ数えで十三にもなるというのに痩せぎすで、俵もろくに担げない。畑もろくに耕せない。得意なことと言えば、赤子をあやすことぐらいである。その為に、本来ならば女子(おなご)がするべきことである赤子の世話が、私の担う仕事だった。私の年の男子(おのこ)ならば楽に稼いでくる銭を、私は倍も働いてようやく稼ぐことができた。その銭の額ではろくでなしを満足させることは到底できず、私自身の腹を満足させることも到底できず、なるほど確かに私はごくつぶしだった。

育児に疲れた村の女たちに、私は重宝がられた。あのろくでなしもね、昔は良い男だったんだよ、おまあさまに嫁を取られてからああなっちまったんだ、可哀そうな奴さ、と同情めいた言葉をかけてくれることもあった。しかし男たちには、男のなりそこないめと馬鹿にされた。中でも正太郎(しょうたろう)という名の、村の悪孺子(わるがき)にはほとほと困った。

正太郎は村の長の孫で、私より一つ年嵩だった。正太郎は腕力にものを言わせて、私に言うことを聞かせた。お前は俺の舎弟なんだから言うことを聞くのは当たり前だろうと、やれあの店の娘を口説いてきてみろ、やれあの家の庭の柿を盗ってこい、やれあそこの犬と組み合ってこいなどと、無茶なことばかりを言っては、私を困らせてくる。舎弟なんぞになった覚えはないと私が言っても知らぬ顔で、私の頭を一つはたいて、ぶたれたくなければ逆らうな、と言う。なりそこないと遊んでやるのは俺くらいのものだから、もっと感謝しろなどと言う。ぶたれるのは嫌だったのでしぶしぶ言うことを聞いていたが、私のその態度が気に入らないのか、結局私はいつも正太郎にはたかれてばかりいる。


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最終更新日 : 2013-04-09 00:55:32

花の女

 私に花を生けてくださいまし。

 現れるなり、女はいつも同じ言葉を口にする。

「花を生けろと言ったって、どうすれば良い」

 私がそう尋ねても、返ってくる言葉はいつも同じだ。

 私に花を生けてくださいまし。

 女は今宵も枕元に膝をつき、言う。花を生けてくださいまし。

 私はもそもそと布団から這い出て、女を見やった。

 差し込む月明かりを、女の死装束がぼんやりと照らし返している。まるで女そのものが光っているようだった。

 女の髪は癖が強く、お世辞にも美しいとは言えない。色も薄く、黒と言うよりは茶に近い。

 何よりも目を引くのは、女の瞳の色だった。

 女の目は、濃い緑色をしている。

 その目が、じっと私を見る。

「お前は、私にどうしてほしいんだ」

 やはり返ってくる答えは同じ。

 私に花を生けてくださいまし。

 女は無言で私を見ている。私は寝乱れた髪を更に掻き乱し、もう一度布団に潜り込んだ。

 このやりとりを、もう何度繰り返しただろう。私が何を言っても、女はいつも同じ言葉しか口にしない。それに飽き、私は女をうっちゃり惰眠を貪ることに決める。そして朝になれば、女の姿はどこにも無い。

 眠りに落ちていく意識の片隅、私は考えた。きっと次の夜も女は現れるだろう。そしてまた同じ言葉を口にする。

私に花を生けてくださいまし。



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最終更新日 : 2013-04-09 00:55:44


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