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夢、満つるとき 2

占い師に嫌な気分にさせられて

 

 夢としては、インフラを作り上げて、そこで活躍する「第一人者」としての川口誠一郎だ。そういうものを作った人として知られ、人の記憶に残ってくれればいい。自ら経営を続ける気は最初からない。誰もやらないから、自分でやるだけのことだ。

 あくまでも、「もし資金が集まれば」という夢だった。

 その資金は、すでに振り込まれたのである。いま、手の中にある。

 そのうれしい日の夜に、たかだか、中年の占いおばさんに、妙なことを言われたら、誰だって気分が悪くなるだろう。

 

「うれしそうね」

 内野美紀が、シャンパン色のドレスで隣にやってきた。

「乾杯しよう。ドンペリってわけにはいかないけど」

「いいのよ。わたしが驕るわ」

 安い酒で乾杯した。そのほうが、つまみの柿の種には合っていた。

 美紀が務めるキャバクラには、定期的に顔を出していた。いまも売れ続けているアプリの収益を、彼女の仕事に多少は還元しているのだ。

 もっとも、美紀への直接的な還元はそれよりもずっと多い金額になっていたが……。

「スポンサーがついたんだ」

「ホント! すごいじゃない。じゃあ、さっそくスタートできるわけね。ここを辞めたりできるかなあ?」

「うん。約束通り、雇うつもりだよ」

 美紀はデザインの勉強をしており、イラストもマンガも巧みで、写真の腕もいい。アプリの開発で、タダ同然のお金でデザインに協力してもらっていた。

「正式に、スペアヘッドのデザイナーになってもらいたい」

「マジ?」

「ウソは言わないよ」

「うれしいー」

 過剰な香水に包まれた美紀に抱きつかれて悪い気はしない。

「そうだ、だったら、先生に見てもらおうよ」

「先生?」

「そう。私の先生。この世界に入ったときの先輩で、いまはもうやめているけど、サマンサ江上って知らない?」

「さあ」

「有名なのよ、最近。芸能人を占ったりしているの。テレビとかにも出てるわ。すごく人気があるのよ」

「占いか……」

 呆れてしまう。美紀も同じ大学にいた。そこは理系の大学であり、もし信奉するとしたら、サイエンスや数学、理論やデータを信じるべきだ。

 占いとは真逆の世界を学んでいたはずではないか。占いに理屈はないので、反論がしにくい。言葉になって心に直接飛び込んでくるので、始末が悪い。

 いまのような大切なときには、そういうものに接触しないほうがいい。

「そういうのは、苦手なんだけどなあ」

「こんな偶然、ないわよ。彼女、お店をやめて二年以上になるけど、すっかり有名人になっちゃって。それがホントにさっき、ふらっとやってきて、あそこで飲んでる。こんな偶然、ないわ。きっとなにかの前兆よ」

 前兆なんて言葉を使う。なにかが起きる前触れで、いい意味、悪い意味はない。しかし、だいたい不吉なこと、天災や事故の話で使われる言葉だろう。美紀はそれを「いい意味」で使っているようだ。

 かなり離れた奥の席で、若いキャバ嬢たちと歓談している小太りの中年の女性がいた。

 普通の女性に比べればヘアスタイルも服装も、かなり派手だ。テレビに出ているというのがわかるような気もする。

「見てもらおうよ。すごく当たるし、悪いことは言わない人だし。損はないし。お願い。私のためにも。だって私、あなたとあなたの会社に思い切り人生を賭けるのよ」

 そういって、美紀は柔らかな体を押しつけてくる。

「しょうがないなー」

 テンションが高くなっていたせいか、酔いが早く回ったのかもしれない。

 美紀に連れられて、サマンサ江上のいるボックスへ行った。

 大学時代の美紀は、理知的でおとなしい子だった。メガネをしていて、たまに女の子らしからぬ辛辣な意見を述べた。

 それが気に入っていた。こいつはフツーの女の子と違うかもしれない、と。

 彼女の親が経営していた町工場が倒産し、学費が払えなくなり、彼女はキャバ嬢に転身した。

 なんとか彼女を助けようと、付き合っているうちに、ごく普通の恋人同士となっていた。

 華やかなキャバクラの裏では、冷徹なビジネスの側面がしっかりあって、その中で彼女たちはもがき苦しんでいた。笑顔で、脳天気で、なにも考えていないようなフリをして、毎日仕事をする美紀。

 ますます愛おしく思えた。

 もっとも、学生時代とは裏腹に、言葉遣いもギャル風に変わり、享楽的な行動も目立つようになっていた。

 このままでは夜の商売に染まってしまうかもしれない。

 そんな姿は一時的なもので、彼女の本質ではない。なんとか自分が成功して彼女に以前の知性的な世界に戻ってほしかった。

 そんな気持ちを知っているのかどうか。

 美紀は、店で少しは人気のあるキャバ嬢らしく、ドレスの裾をひらひらさせながら、大げさな身振りでおれをサマンサ江上に紹介する。

「先生、この人、占って! すごい会社をこれからはじめるところなの!」

「しょうがないわね。瑞希ちゃんのウワサの彼なの?」

「違うわよー、大切なお客さんよ」

 店では美紀は別の名を騙っている。瑞希とは紛らわしいが。ともかくおれは、ただの客の「川口」でいなければならない。

 難しい人間関係の中で、商売をしている。恋愛よりは金銭。店で大事にしてもらうためにも、お客の存在が必要だった。

「いいわよ。ちょっと酔ってるけど。じゃ、こっちに来て。大丈夫、変なことしないから」

 ほかのキャバ嬢がゲラゲラと笑う。

 学生っぽく見えるのは慣れている。まだ学生なのだから……。

 サマンサ江上はかなり太っていた。その腰が、密着してきた。

「あんた、細いわねえ。ちゃんと食べてるの?」

 なぜか太った年上女性は、たいがい、こういうことを言う。

「名前と生年月日をここに書いて」

 小さなカードに、名前と生年月日を書いた。

 書いている間、サマンサがじっと見ている。その視線が圧力のように感じられ、珍しく指先が震えた。

「ちょっと調べるわよ」

 スマホで彼女はなにかを入力している。

「ふーん。頭がいいのねえ。マジメにやれば、ひとかどの人物になれそうだわ」

 当たり障りのないお世辞だ。

「手を見せて。両手」

 彼女の赤ん坊のような小さな手に、自分の手のひらをのせた。

 ぐいっと握られた。そして引っ張られる。思わず抵抗する。

「あなた」

 顔が近すぎる。彼女の表情は険しい。

「いま組んでいる人とは縁を切りなさい。そのビジネスを本気で成功させたいなら、別のやり方を見つけなさい。焦ることはないの。その人と手を切れば、すぐにホンモノの協力者が現れます。いま組んでいる人はダメ。あなたはすべてを失うわ」

「そんな……」

 美紀に悪いことは言わないと聞かされ、渋々、同意したのだ。それがこんなとんでもない占いを告げられて、腹が立ってしょうがない。頼まれたとはいえ、占いなんてするべきではなかった。

「組んでいる人って、恋人とかそういう人?」

 美紀が上ずった声を出す。

「違うわ。ビジネス上のパートナー。金銭問題で深く関わっている人のことよ。お金だけじゃなく、大変なことになる」

 いきなり、そんな不吉なことを言われて、腹が立たないほうがおかしい。

 占いは非科学的なものであり、まったく信じていない。こんな風に、なんの根拠も理屈もなく、いやな気持ちになる。最低だ。

 高揚感がすべて吹っ飛んでしまった。

「わかる? いますぐ縁を切るの。すべてを投げ捨ててもいいから、相手に謝って、終わりにしなさい。それぐらい、大変な危機が迫ってるのよ」

「やめてください」

 じめっとした手を振り払って、立ち上がった。

 


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