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 事件を疑いながら部屋の検証(けんしょう)を始め、それならナミが吐(は)き出した、透(す)き通るオレンジ色のボタン。
 母親の、袖(そで)のちぎれたあとを怪(あや)しんで、飯茶碗(めしぢゃわん)などには目もくれず、きっとつまみ上げるのだ。
 窓(まど)にすかせば、ついた歯形を目ざとく見つけて、新聞記者やヤジ馬や、テレビカメラをかき分けながら、事件の場合の手がかりとして、きっと持ち帰るのにちがいない。

 そんなてんやわんやを、どこか高い遠くから、ナミは眺めていてほしい。
 照れるわけでも嘆(なげ)くわけでも無く、許すも許さないも、あんなに短い一生を、他人(ひと)と比べようもないのだから仕方ない。
 魂(たましい)が解き放たれ、寒い思いやひもじさからも開放されて、それならせめて「やっと救(すく)われたんだ」と、凍(こご)えた街を見下ろせばいい。

 けれど――


 変わり果て、荒涼(こうりょう)としたこの部屋の景色にも、二人の面影(おもかげ)は、蘇(よみがえ)る。そして、人知れずささやかであれ、息(いき)づいた日々は、まぎれもなく閃(ひらめ)いていた。

 卑(いや)しい暮らしの中で、すまなそうに呼吸を続ける人たちがいる。命の尊厳(そんげん)を、背負う宿命もいつかどこかへ置き忘れて、なんとかやっと生き伸びている。
 その存在に、世間はいつまで見て見ぬふりをするのか。正義(せいぎ)を暗まし見限(みかぎ)るつもりでいるだろう。

 「死んだ方がまし」だとか。「生まれ変われ」ば楽だとか。その場しのぎの無責任。
 励(はげ)ます声や見送る眼差(まなざ)しも無く、ナミは独(ひと)りぼっちで凍(こご)えていった。

 ナミをふくめ、今日この街中のだれ一人も「救(すく)われたはずが無い」。

 

 そう思い直して、ひどく悲しかった。
                        (終わり)


奥付



凍えた街の話


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著者 : しびよ
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