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第二章

二人の足元に開いた大きな深刻の闇は、底が見えない深さだった。
穴に落ちる瞬間、ルギはラシェルの体を抱きしめ、自分の中に包む。

すぐに受身の体制を―と身体をひねったが、その刻は一瞬だった。
数秒程の間の後に、ルギは背中から、地面へ叩き付けられた。

ドンッ

「ぐっ!」

思わず呻き声が出る。
背中のバックパックがクッションになったとは言え、一瞬呼吸ができず、視界が真っ暗になった。

二人が落ちてすぐに、ゴウゥゥンという石のぶつかる音がして、落ちて来た穴―現在は天井であるが―は、閉じてしまっていた。

「う…」

ラシェルは頭を抱えながら、上半身を起こした。
なにやらドロドロする物体に驚いて、その先の穴に落ちてしまったけど、自分の体に怪我はなかった。
手をついた先がなにやら暖かい物体で、良く見ると、どうやらルギを下敷きにしてしまっているらしい。

ラシェルは慌てて、近くに落下して転がっていたランタンを拾い、ルギに近づける。

「…大丈夫!?」

ルギは眉間にシワを寄せて唸っていたが、

「…ああ、……大丈夫だ」

とだけ、返した。
ホッとして、ラシェルは辺りを照らす。

そこは、ただの石作りの真四角の部屋で、木製の扉が一枚ついているだけだった。

「…串刺しのトラップがなくてよかったな…」

背中の打撲だけで済んだルギが、痛てて、と身体を起こす。
それを見て、ラシェルが呟く。

「…ゴメン」
「いや…。あんたは、怪我はないか?」
「うん、私は平気」
「なら、良かった…」

ハァ、と小さく息をつき、ルギは壁に背を預けた。


最終更新日 : 2013-04-02 23:16:44


「…悪いけど、少し休んでいいか?」
「どこか痛むの!?」
「…いや、そうじゃない。ちょっと疲れた」

そう言ったルギは、立てた膝に片腕を乗せ、顔を埋めた。

「背中、怪我してない?」

と、ラシェルはルギに問い掛けた。
ルギは、顔を見ずに答える。

「ああ…。大丈夫。あんた、軽いから」
「…でも、擦り傷とかついたら、ばい菌が入っちゃうから、消毒しないと…」
「いや…」

ラシェルが、ポケットから消毒液を出そうとすると。

「…スマン。今、俺に近づかないでくれ」

と、ルギはキッパリと言った。
流石にムッとして、

「なんで?」

とラシェルは返す。
すると、ルギは少し動揺した。

「いや……」

そのまま言葉を濁そうとするルギを、ラシェルは鋭い眼光で睨む。
観念したように、ルギは俯き、顔を背けて呟いた。

「…………あんた、いい香りがするから…………」
「は?」
「…………あんたが傍にくると、罠の独特の香りや、毒や空気の臭いがわからなくなるんだ………」

ルギが言ったことは、半分は本当だった。
ラシェルの、髪のフワッとした甘い香り。
その甘美な匂いに酔いしれ、脳が危険に鈍感になり、罠が良くわからなくなる。

それに加え…
先程落ちたときに、庇うためだったとはいえ、うっかり彼女を抱きしめたせいで、自分の鼓動が早鐘のようになり、苦しかった。

今、彼女が傍に来たら、自分がどうなるのかわからなくなる。
ルギは、再び腕に顔を埋め、目をつぶった。

「…少し休んだら、出発しよう」
「…………」

ラシェルは、なんだか良くわからない事を言われたが、自分のせいで罠に引っかかって、ルギを危険な目にあわせてしまったので、何も言えなかった。
ますます機嫌が悪くなり、部屋の片隅に座って、先程の地図の続きを書きはじめた。


最終更新日 : 2013-04-02 23:24:18