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其々の成長

 ザーザーと屋根を打つ雨音が風見鶏の館に響く。
 何時もならば東向きの窓から射し込む温かい朝の光に包まれる朝食の間も、この日ばかりは薄暗い印象だった。
 食卓に座って食前のコーヒーを飲んでいるのは屋敷の主である香夜姫こと旭陽月夜、恋人である走馬竜斗、彼女の妹である旭陽空の三人だ。
 姫は黒いゴスロリ衣装、竜斗は以前の学校の学生服と言った普段通りの格好だが、空は珍しく白いゴスロリ衣装を着用していた。
 竜斗は空をまじまじと見つめながら言う。
「どうしたの、その格好?」
「えへっ、お姉ちゃんが昔着てた服を貸してもらったの! 可愛いでしょ!?」
 黒い衣装の姫と並んでいると、愛らしい人形の姉妹のようだった。
「ああ、まるで姫のツーピーカラーみたいで凄く似合っているよ。色違いの双子みたいにそっくりって事さ」
 竜斗は精悍な顔つきで微笑んだ。
 言っている事は相変わらずだが、今までの子供っぽさが信じられない程に逞しく凛々しい印象であった。
 空は竜斗の中に大人の異性を感じて顔を赤らめる。
「えへへっ、ありがとっ! なんか、竜斗って少し前は弟のように頼りない感じだったのに、急にお父さんみたいに頼もしい感じになったよね!!」
「ちぇっ、僕もお兄ちゃんって呼ばれたかったのに、それを通り越してお父さん扱いかよっ…! まぁ、空のお陰で少しは大人になる事が出来たのかも知れないね」
「ええっ、わたし竜斗を大人にするような事してないよぉ! まさかわたしが寝てる間にエッチな事してないよねっ!?」
「ち、違うって…! 空の言葉に助けられたってだけなのに、なんでそーなるのっ!?」
 竜斗は思わず吹き出す。
「だって、エッチすると成長するって言ったの竜斗だよ…!」
「確かに言った…! 言ったけどさ、何でもかんでもソッチ方面に考えるのはどうかと思うよ…!!」
「ふふふっ、可愛いお顔をして四六時中スケベな事ばかり考えているとは、流石は美しき野獣たるわたくしの妹ですわね」
「もう、お姉ちゃんまでそんな事言わないでよぉ!!」
 空は顔を真っ赤にしながら手をブンブン振り回す。
「ふふふっ、恋人がありながら他の男性に淫らな妄想をするとは、最早わたくしを凌駕するスケベと言っても過言では有りませんわよ」
「良かったな空、姫を超えられたってさ!」
「そ、そんなの嬉しく無いもんっ!!」
 そこにカートに朝食を入れた執事姿の安室が現れる。
「お待たせしました」
「ご苦労さまですわ。突然の事で有り合わせの食材も無いような状態で大変だったんじゃありませんこと…?」
「ええ、この屋敷に出入りしている業者さんに頼んで食材を配達してもらったんですよ。
 ただ、何時もの淡路島産の卵だけは手配する事が出来なかったので、仕方無く他のもので代用してますけど…」
 料理を配り終わると安室は会釈して下がる。
「あら、よくこの屋敷で使っている業者さんや食材の事を知ってましたわね。しかも、盛りつけの仕方や味付けも聖蘭さんと殆ど変わらないようですわ」
 姫はフォークとナイフを使い料理を口に運び舌鼓を打つ。
「うん、暫く聖蘭さんが居なかったから、この味は久々って感じだね!」
 竜斗もその味に感動する。
「でもこれって、何時も安室さんが私のお家で作ってくれるお料理と同じだよ!」
 空が興奮したように言う。
「それは同じで当然ですよ。
 ボクと聖蘭は使用人としての訓練を一緒に受けているので料理の基本を同じくするってのはあります。
 でも、それだけじゃなくて旦那様によって使用する業者さんや食材、レシピまで指定されているんですよ。
 きっと、旦那様はお料理の事を相当勉強なさっているんでしょうね」
「そっか…、離れてても一緒のご飯を食べてたんだね…! なんか、家族として繋がっていられた気がして嬉しい…!!」
「お父様ったら、 わたくしと同じで料理なんて全く出来なかったと言うのに…」
「二人のお父さんは言ってたよ、二人の娘が幸せに暮らして欲しかったって。
 きっと、全ての原因となった実験を開始したのも、姫を重荷から解放して幸せになって欲しかったからだと思うんだ。
 でも、不器用だからやる事なす事が悪い方向へ転がり、最後のチャンスで優しい言葉をかける事が出来ずに最悪な結末を迎えてしまった。
 その事を後悔しているからこそ、姫を戦いから遠ざけて守る為に聖蘭さんを送り込んで、彼女を通して家族の暖かみを伝えたかったんじゃないかな」
 竜斗は姫を優しく見つめながら言う。
「だったら、始めからそう言って下されば良いのに…。まったく、男性ってどなたもこなたもお馬鹿さんですわね…」
 姫は突然の事にどうして良いか解らず困惑している様子だった。
「なんか、男性を代表してすみませんって感じですっ…!」
 安室は意味も無く身を震わせて頭を下げた。
「お姉ちゃんだって本当は嬉しいんでしょ…!?」
「嬉しいに決まっているじゃありませんか…!」
 そう言う姫の瞳は涙で潤んでいた。
「そうだよね…!!」
 そんな姫に空が抱きつく。
「あらあら、お食事の時にはしたないですわよ…」
「だって、仕方ないもんっ…!」
「良かったね、二人とも…」
 そんな二人の様子を見て竜斗は涙を流した。
 しかし、そんな優しさに包まれた時の中で竜斗は突然胸が苦しく、背筋が凍るような何かを感じる。
「ふふふっ…、こんな最後になって家族の暖かみを取り戻せるなんて…、幸せ…、です…、わ…」
 次の瞬間、姫は空にもたれかかる。
「お姉ちゃん…!!」
 空はバランスを崩しそうになりながら姫の身体を受け止める。
「姫っ…!?」
 竜斗は慌てて駆け寄り、空を助けて姫の身体を支える。
「大丈夫ですか、お嬢様…!?」
「ええ…、寝不足で少し…、眠いだけです…、から…」
 そうは言っても姫の顔は何時にも増して真っ白で生気を感じさせなかった。
「安室さん…。悪いですけど…、寝室まで…、運んで下さいな…」
「はい、解りました…」
 安室は姫を抱え上げて彼女の部屋へと運ぶ。
 そして、姫をベッドに下ろして布団を掛けると、後から付いて来た竜斗と空が心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「ごめんね…、わたしがお姉ちゃんの事考えないで、朝まで付き合わせちゃったから…」
「ふふふっ…、わたくしも久々に姉妹水入らずの時を過ごせて…、本当に楽しかったので…、気にしないで…、下さいな…。
 まぁ…、夜更かしは美容の大敵ですし…、老体にも響くので…、極力避けたい所…、ですけどね…」
 そう言って笑う姫。
「お姉ちゃんの馬鹿っ…」
 空は涙を流しながら微笑み返す。
「竜斗さんも少し寝るだけですから…、そんなに心配しなくても…、結構ですわよ…。決戦の時間までには絶対に…、起きますから…」
「そんな事を心配してるんじゃないんだけど…」
「それより…、わたくしが寝ているからと言って…、朝の練習をサボっちゃ駄目ですわ…よ…」
 竜斗はそれ以上何も言う事が出来なかった。
「安室さん、わたくしの代わりに…、竜斗さんの力になってあげて…、下さいな…。頼みますわよ…」
「はい、全力で勤めさせて頂きます…!」
 安室は感動して自分の拳を強く握りしめる。
「では…、おやすみ…、なさい…、です…わ」
 そう言うと姫は事切れるように意識を失い、穏やかな表情を浮かべながら眠りについた。
 大好きな人形達に囲まれながら、微動だにせずに眠る姫はまるで等身大人形のようで、竜斗達は言い知れぬ不安に駆られた。
 竜斗が姫の口元に耳を傾けると僅かに呼吸の音が聞こえて、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった…、生きてる…」
「竜斗の馬鹿…、そんなの当たり前だよぉ…」
 そう言う空も安堵の表情を浮かべていた。
 しかし、小柄な身体に不釣り合いなぐらい強靭な横隔膜を持つ姫からすると、信じられない程に呼吸が弱々しく感じた。
 竜斗はそっと彼女の手を握るが、殆ど体温を感じられず冷たかった。
「一体、どうしちゃったんだよ、姫…」
「解んない、でも気持ち良さそうな顔してるね…」
 空は微笑みながら姫の頬を撫でる。
「ひょっとしたら、旦那様の仰っていたお嬢様の運命に関係あるのかも知れませんね…。もっとも、それが本当の事なのか定かではありませんけど…」
「本当の事だって姫は言ってたよ…」
「うん…、わたしも聴いたよ…。 どんなに世界を改変したって運命は変える事は出来ないって…」
 空は竜斗と同じように、昨晩姫の話を聞いていたのだろう。
「僕は…、僕はこれ以上姫を苦しめたく無い…。
 だから、この計画を阻止して別れを受け入れようって覚悟したけど…、やっぱり胸が苦しいもんだね…。
 姫ともう泣かないって…、これからは笑って行こうって約束したのに…」
 そうは言ったものの竜斗は涙が零れるのを止める事が出来なかった。
「人生で避けて通れない事って沢山あると思うの…。
 例えば朝起きること、食べること、出すこと、夜寝ること、それから好きな人と一緒にいること、毎日当たり前のようにやっている事を自分から楽しむと幸せだよね…。
 それと同じように本当に辛い事こそ、前向きに向き合って楽しみを探すと良いと思うんだ」
「でも、大切な人の死だよ…、そんなに簡単には行かないよ…」
「どんな時にも終わりが来るのは仕方ないけど本当に辛い事だよね。
 だけど、その時に後悔しないように今を大切にしながらめいいっぱい生きて、やり切ったって自分の人生に満足しながら終われたら幸せだなぁって。
 お姉ちゃんの寝顔を見てると、そう言う人生を送って来れたんだって思ったの」
 空は竜斗に向き合ってニッコリ微笑む。
 その輝くような心の強さに竜斗は姫の面影を重ねる。
「空…」
「空ちゃん…」
 かつて、血を別けた姉妹のすれ違いは姫を死に追い込み、世界改変にまで至った因果の一つとなった。
 だが、改変された世界で空は姫の代わりになり、前向きに運命に向き合い続けたからこそ、誰よりも姉の事を理解する事が出来るようになったのかも知れない。
 そう思うと竜斗は感動を禁じ得なかった。
 安室は中学生の時から見守り続けた空が成長した事を喜び、目頭を抑えながら鼻水を啜る。
「だけど、まだお姉ちゃんに残された時間が終わったわけじゃないよね。
 長くは無いかも知れないけど、まだまだ残っている。
 だから、最後の最後までその幸せを守ってあげたいし、心残りが無いようにもっともっと幸せにしてあげたいって思うんだ。
 大切な人を楽しませて幸せにすれば、自分も楽しくて幸せになれるから。
 でも、最後の最後で本当にお姉ちゃんを幸せに出来るのは、お姉ちゃんが誰よりも大切に思っている竜斗だけだよ。
 だから、竜斗にはお姉ちゃんに残された時間を一緒に楽しんで欲しいの…! ううん、楽しんで行こうよ…!!」
 さっきは冗談で空のスケベが姫を超えたと言っていたが、本当に空は姫を超えた自分だけの強さを身につける事が出来たのかも知れない。
「ああ、そうだね…!」
 竜斗は涙を拭き取って目を輝かせながら拳を強く握る。
「でも、その前に聖蘭を倒して計画を止めるのを忘れないで下さいよ…!」
「もう、安室さんったら、心配なのは解るけど今言わなくても良いじゃない…!!」
 空は腰に手を当ててプンプンと怒る。
「それなんだけどさ、空のお父さんや聖蘭さんと掛け合って、戦いの時間を早めてもらえないかな…?」
「それぐらい出来ると思いますけど、どうしてです…?」
「姫はね…、何時も僕が戦いで傷つくのを見て本当に辛い思いをしていたんだ…。
 だから、姫が幸せな気分で寝ている間に戦いを片付けられたら良いなって…、そう思ったんだ…。
 それに、姫の力を借りずに聖蘭さんを倒して、これから先も僕が強く生きられるって事を証明すれば安心して旅立てるよね…」
 竜斗は姫の寝顔を見て優しく微笑みながら言う。
「竜斗…」
 空は昨日の戦いで竜斗を庇って聖蘭との一騎打ちに挑んだ姫の姿を思い出し、その大きな瞳を潤わせる。
「ですが、聖蘭はそう簡単に倒せる程甘い奴じゃありませんよ…。
 アイツは…、アイツは大切な人の為ならば心を捨て、自ら鬼になる事を厭わない本当に恐ろしい奴です…。
 ボクはアイツが本当に怖いし、本当に哀れで仕方ありません…」
 安室は昨日始めて知った聖蘭の本質を思い出し身震いする。
「それに竜斗一人で頑張っても、わたしみたいに失敗するだけだよ…」
「そう、僕一人の力じゃダメだから、みんなの力を借りたいんだ…! 僕を…、僕達を助けてくれないか…!?」
「うん、一緒にがんばろっ…!」
「ボクも全力で力になりますよ…!!」
「じゃ、安室さんには早速手伝ってもらう事にしよう…!」
 竜斗は姫を思わせるような邪悪な笑みを浮かべ、安室は嫌な予感がして背筋をゾクゾクと震わせた。

「竜斗くんの力はその程度ですかっ…!?」
「くっ…!!」
 安室は完成された大アルカナの力を発動し、空中に冷気を伴った槍を無数に出現させ竜斗へと襲いかかる。
 竜斗は陰陽の気を練り込んで精神力と身体能力を強化し、かすり傷を追いながらも間一髪かわし続ける。
「こんな本当の戦いみたいな特訓なんて危ないよぉ!!」
 竜斗は雨の降りしきる県立高校のグラウンドで、聖蘭と同等の力を持った安室を相手に実戦さながらの特訓を行っていた。
 わざわざ車で学校まで移動したのは、狭い風見鶏の館の室内では空中に武器を具現化する大アルカナの実力を十分に発揮出来ないからだ。
「何も対策しないで聖蘭さんに勝てるわけなんて無い…!! 例え無茶でも、ほんの少しっ…!! どんな事でも良いからヒントを掴みたいんだっ…!!」
「でもぉ…!!」
 しかし、傘をさし二人を見守る空が心配するのは無理は無い。
 安室の攻撃によって空爆後のように穴だらけになっており、夏だと言うのにグラウンドの水たまりは凍り付き、安室の周囲は雨が雪へと変わっていた。
 その異常な光景は完成された大アルカナの能力の強さを物語っていた。
 そんな攻撃を受けたら自我領域を持たざる竜斗なんて粉々になってしまうだろう。
「その通りっ…!! 能力は同等ですが聖蘭はボクに無い変幻自在な戦闘センスを持っていますっ…!!
 つまり、ボクに対抗出来ない限り絶対に勝ち目はありませんからっ…!!」
 再び無数の槍を出現させて竜斗に攻撃を仕掛ける安室。
 幾ら攻撃を読む事が出来ても避けるのが精一杯で、胡蝶刀が有効な間合いまで詰める事は出来なかった。
「くそっ…!! 間合いに関係無く空間から攻撃されると、手も足も出ないじゃないかっ…!!」
「竜斗っ…!! お姉ちゃんは聖蘭さんを相手にしてちゃんと戦っていたよっ…!! だから、竜斗にも出来るはずだよっ…!!」
 竜斗の脳裏に昨日の姫と聖蘭の戦いが蘇る。
 あの時、姫は無数の武器や格闘術を使い分け、聖蘭の様々な攻撃に対抗して間合いを完全にコントロールしていた。
「そうか、状況に応じて武器を使い分ければ良いんだ…!!」
 竜斗は姫によって武器の基本を徹底的に仕込まれているので、どんな武器を使ったとしても、ある程度使いこなす事が出来るようになっていた。
「確かに有効な手段だと思いますけど、戦闘中にそれを一人で出来るんですか…!?」
 喋りながらも安室は竜斗に対して攻撃を休めない。
「でも、今までは出来てたよ…!!」
「あれは竜斗くんと以心伝心の関係であり、様々な武器に精通して、それを常時装備しているお嬢様のサポートあってこその事です…! 考えが甘過ぎますよっ…!!」
「ぐっ…」
 竜斗は今まで無意識に姫の力を頼り、それを当たり前だと思っていた所があったと思い知らされる。
「安室さん、どうしちゃったの…!? さっきから竜斗に厳し過ぎるよぉ…!!」
「ボクは竜斗くんの力になるってお嬢様との約束を果たさないといけませんから、自分が嫌われたくないからって甘い事ばかり言ってられませんよっ…!!」
 安室は人を傷つける事で自分も傷つく事を恐れる臆病な青年であり、人の為に心を鬼にする事がどれだけ勇気のいる事であったか。
「安室さん、なんかカッコ良くなったね…!!」
「僕は姫に頼らないで生きて行かないといけないから、厳しくしてくれると嬉しいよっ…!!」
 しかし、こうしてても何時まで経っても進展せず、体力を削られ間違いなくいつかはやられてしまう。
「まぁ、ぶっちゃけ、少し腹立つけどね…!!」
「す、すみませんっ…!! って、何してるんですかぁっ!!!」
「見て解るでしょっ!! 特攻だよっ!!」
 竜斗は大ダメージ覚悟で無数の槍に向かって突進し、気を込めた十文字斬りで文字通り切り抜けようとする。
「きゃーーっ!! 竜斗が死んじゃうよぉ!!!」
 空の言う通り下手すると死ぬかも知れないが、それ以外に方法は無いと思えた。
 しかし、何故か恐怖を感じる事は無く、ただ出来ると言う根拠の無い自信に満ち満ちていた。
「行けるっ!!」
 十文字の気の光が炸裂する。
 竜斗の剣撃は安室の槍を弾く事に成功するが、接触した部分から鋭い痛みを伴う冷気が伝わって来て、みるみるその身体を凍らせて行く。
「ぐはーーーーーっ!!」
 竜斗の身体は一瞬にして氷の彫像となってしまった。
 その状態で氷が砕ければ、内部にいる竜斗の身体も粉々となってしまうだろう。
「あ、あかんですっ!!」
「きゃーーーーーっ、竜斗ーっ!!!」
 しかしっ!!
「うぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!! 痛ってぇーーーーーーっ!!!!」
 そう言いながら竜斗は内部から氷を砕き、唖然とする安室に向かって突進する。
「な、なんで自我領域も使わずに攻撃を食らって生きているんですかっ…!?
 ボクの能力はありとあらゆる原子を瞬間的に絶対零度まで冷却し、全てのエネルギーを完全停止させる事が出来るんですっ…!!
 とてもじゃないけど、痛いで済まされる次元じゃないんですよっ…!!」
 しかし、肉体的なダメージはともかくとして、命そのものが削られているような感覚があった。
「ふっ、それが気の力って奴さっ…!!!」
 疲労感で顔を青くしながらも、安室の至近距離まで間合いを詰める。
「幾ら気の力とは言え普通はここまで攻撃を防ぎきれるわけじゃありませんよっ…!
 何れにせよ大分ダメージを受けているようですし、そう何度も使える戦法じゃ無い事だけは確かですねっ…!! 次は無いと思って下さいっ…!!」
「だったら、やられる前にやるだけさっ…!!」
 竜斗は安室に向かって渾身の力を込めた斬撃を放つ。 
 安室は槍と言う中距離向けの武器を使う為、至近距離では大きな隙を晒してしまう。
「くっ、防げないかっ…!!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 これ以上無いって程の会心の一撃を食らった安室は断末魔の悲鳴を上げる。
「…」
「…」
「あれ…? 全然効いてないんですけど…!?」
 余りの竜斗の気迫に思わず敗北を覚悟した安室であったが、強力な自我領域に守られてほぼ無傷であった。
「これでも食らえっ!! えいっ!! やぁっ!! とぅっ!!」
 竜斗は安室に向かって気を込めて連続して切り掛かるが、一向にダメージを与えられる様子は無かった。
「やっぱり、完成された大アルカナの自我領域はそう簡単に攻略出来ないか…」
「そう言えばお姉ちゃんも何度も聖蘭さんに攻撃を当ててたけど、全然効いてない様子だったよね…」
 確かに昨日の姫はヒットアンドアウェイを繰り返していたものの、それ以上の進展は無かった。
「くそっ、姫でさえ出来なかった事をどうすれば良いってんだよ…!?」
「でも、それが出来たら、お嬢様を超えた事の証明になりますよっ!! だから、頑張って下さいよっ!!」
「そうだっ…!! 僕は諦めるわけには行かないんだっ…!! こうなればダメ元でガンガン攻撃してやるっ…!!」
「そうです、その意気ですよっ!!」
 その瞬間、竜斗の顔が不敵に歪む。
「だったら、これでも食らいやがれぇっ!!!」
 ガキィーーーーーン!!
 竜斗の膝蹴りが見事に安室の股間に命中した。
「…」
 逆行で沈黙した安室の顔は見えない。
 あまりの竜斗の蛮行に空は顔を真っ赤にして怒る。
「竜斗の馬鹿っ!! なんで男の子のそんな所を狙うのっ!?」
「甘いっ…!! 弱点とは狙うためにあるんだよっ…!!」
 そして、竜斗は勝ち誇ったように言う。
「もう、そんな所までお姉ちゃんを真似しなくて良いよぉ!!」
「ふふふふふっ、ははははははっ…!!」
 しかし、安室はあくまで涼しい顔をして高笑いする。
「そんなヤワな攻めじゃボクはビクともしませんよっ…!! 股間の自我領域は常に全開ですからっ…! さぁ、どんどん攻めて下さい…!!」
 そう言い股間を突き出す安室。
 かなりもっこりして卑猥な感じであった。
「安室さんも最低っ!!」
 と言いつつも顔を赤くして、突き出された大きな股間を見つめる空であった。
「そんなに大きいのが偉いかぁ!!」
 何だか無性に腹が立った竜斗は安室の股間をがっしり掴む。
「だから、効かないって言っているでしょう…!! ってアレっ…!? アレレっ…!!?」
 みるみる顔が青くなり、悶絶する安室。
「うぎゃーーーっ!! な、なんじゃこりゃーーーーーっ!?」
 そして、自我領域を消失させてのたうち回る安室。
「き、効いたっ!! 完成された大アルカナの弱点は股間を潰す事だったのかっ!! よし、これで聖蘭さんも攻略出来るぞっ!!」
 竜斗は自分の手をニギニギし、残った感触を思い返す。
「竜斗の馬鹿ぁ!! 聖蘭さんは女の子だよっ!!」
 そして、空に頭を叩かれる。
「そ、そうか…!! しかし、おっぱいとかを握ればあるいは…!!」
「もう、そんなのダメに決まっているでしょっ!!」
 空は腰に手を当ててプンプンと怒る。
「ちぇっ…」
「なに残念がってるのっ…!? もう、お姉ちゃんと関わるとみんなスケベになるから、やんなっちゃうよぉ…!!」
「一番スケベになった人が何言っているの…?」
 竜斗はジト目で空を見た。
「ぐうっ…、危うく潰される所でしたよ…」
 その時、安室が腰を叩きながら復活する。
「でも、何で握りつぶしが効いたんだろうな…?」
「そんなの解りませんよ…!! でも、聖蘭にはセクハラまがいの攻撃は止めて下さいね…!!」
「ちぇっ…」
「だから、残念がらないで下さいよぉ…!!」
 竜斗はタオルで顔を拭き、時計を見ながら言う。
「もう、こんな時間か…。結局決定的なヒントは掴めなかったけど、朝の練習はこれで引き上げだな…」
「うん、そうだね…」
「旦那様の言う通り、大アルカナに対抗出来るのは大アルカナだけって事なんでしょうかね…」
 やっぱり、暗示に頼るしか無いのかな…。
 竜斗は思わずため息をついた。
「安室さん…、少し早めに空のお父さんの所に行きたいから運転をお願いします…。それから空は風見鶏の館で姫の面倒を見てやってね…」
「竜斗…」
 空は心配そうに竜斗を見つめた。

走馬と奏真

 竜斗は安室の運転するシルバークラウド・ツーに乗り、一度風見鶏の館に帰って予備の戦闘用制服に着替えた。
 そして、眠ったままの姫を空を任せて、海岸通りにある海岸ビルへとやって来た。
 ひと際目立つ近代建築物と現代建築物の融合した異様な風貌のビルは、大粒の雨を振らす雨雲に向かって聳え立っていた。
 海岸ビルのエントランスには県立高校の生徒が警棒を持って整列し、これから始まる最終決戦の邪魔になる部外者の進入を拒んでいるかのようだった。
 凄まじい緊張感に竜斗は思わず息を飲む。
 そして、何時ものようにエレベーターで最上階にある旭陽家の自宅兼診療所に上がると、昇降機の扉が開いた瞬間にサングラスを着用したブラフマンが出迎えた。
「君が来るのを待っていたよ」
 彼の傍らには頭を垂れるメイド服姿の聖蘭が付き従っている。
 竜斗と安室は聖蘭から発せられる無言の圧力に気押されそうになるが、竜斗は負けじと強い視線を聖蘭に送る。
 その様子を見てブラフマンは不敵な笑みを浮かべる。
「どうやら、答えは決まったようだな」
「はい、二人きりで話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」
 竜斗はブラフマンと向き合いながら言う。
「良いだろう、聖蘭くんと安室くんは外して貰えるかな」
 聖蘭と安室はブラフマンに深々と頭を下げる。
 安室は竜斗を心配そうに見つめて立ち去る事に戸惑いを感じるが、聖蘭の鋭い視線に促されるように仕方無く立ち去る。
「では、こちらに来てくれ」
 ブラフマンに案内されて竜斗が通された場所は、シックな内装が施された医院長室だった。
 ブラフマンは机の前に椅子を置くと竜斗に座るように促し、自分も机の反対側の正位置に座る。
 ブラフマンの背中にある窓からは殆ど日が射さず、暗い室内でサングラスを掛けている事もあり彼の表情を読み取る事は出来ない。
 言い知れぬ緊張から竜斗の鼓動は速くなり、手足がガタガタと震え、運動もしていないのに息が荒くなる。
 動揺を必死に隠そうと竜斗は拳を強く握るが、全身から滴り落ちる汗を隠す事は出来なかった。
 当然、竜斗が重大な局面を迎えて強いプレッシャーを感じている事はブラフマンも見て取れたが、あえて見て見ぬ振りをして話を進める。
「では、聴こう。君は誰と戦う事を決意をしたのだ…?」
「僕は世界の改変を止め、姫を運命から解放する為に聖蘭さんと戦います…!」
 竜斗は凛とした視線をブラフマンに向ける。
 聖蘭と戦う事には最早一切の迷いは無かった。
「そうか、それが君の答えか。
 私の計画を何処までも狂わせ多くの子供達を救い続けた君であれば、世界改変以上の素晴らしい未来に辿り着き、本当の意味で月夜を救う事が出来るかも知れないな。
 しかし、どんなに素晴らしい未来を夢見たとしても、それを勝ち取る為の力が無ければ意味が無いと言うものだ。
 君は聖蘭くんを倒せる力が無い事を自分で理解している。
 だからこそ、最終決戦を前に私との対談を望んだのでは無いかな…?」
「それは…」
 図星であった。
 だからこそ竜斗は言葉に詰まったのだ。
「全ての大アルカナの根源である君が私の暗示を受ければ、この世で最も強い力を持つ存在となるだろう。
 君は月夜を救う為に誰よりも強くならなければならない」
 ブラフマンは竜斗に手を差し出す。
「さぁ、私の手を取れ…!! そして、君は真の意味で人々を導く為の救世主となるのだ…!」
 竜斗の心臓は口から飛び出るのでは無いかと言う程に強く脈打ち、全身から滝のような汗が吹き出し、最早隠す事が出来ない程に手足の震えが大きくなっていた。
 呼吸は浅く切れ切れになり胸が苦しかった。
 姫を救う為に誰よりも強くなりたい…。
 だが、大アルカナに頼った強さが本当の強さなのか…?
 それは姫が与えてくれた本当の強さを裏切る事になるのでは無いのか…?
 解らない…。
 解らないよ、姫…。
 恐い…、助けてよ姫…。
 僕に答えを教えてよ…、姫…。
 竜斗の目から止めどなく涙から溢れ、視界が暗転したように何も考えられなくなり、闇の中に手を伸ばそうとした瞬間だった。
 心の奥底で強く輝くものが見える。
 それは今まで培って来た経験や思い出の走馬灯。
 忘れようも無い楽しい場面から、一刻も早く忘れたい辛い場面、はたまた竜斗自身が気にも止めず覚えていないような場面まで。
 時系列や法則性の欠片も無く様々な思い出が止めどなく流れて行く。
 そして、姫が言った言葉が思い返される。
「貴方は戦闘中に焦りを感じたらどうしますの?
 そう、どんな時でも心を乱せば身体を萎縮させ、本来あるべき力を発揮させる事が出来なくなるのは同じですわ。
 それに溜め息が出ると言う事は気が重くなっている、つまり無理をしている証拠ですの。
 もし、なんらかの息を乱れを感じた時は、そのまま下腹に力を入れて臍下丹田式呼吸法に変えてみて下さいな」
 そうだ…!! こんな時こそ臍下丹田式呼吸法だ…!!
 竜斗は暗転した視界の中で走馬灯を前にして下腹に力を込めながら呼吸をする。
 大地から天まで自分自身を貫いて繋がっている事をイメージする。
 肛門を緩めて腹をヘコませるように口から息を吐き出し澱んだ気を放出する。
 肛門を締め上げ腹を膨らませるように鼻から息を吸い込み周囲の気を取り込む。
 それを繰り返すうちに、無秩序に暴れるだけであった記憶の欠片達を自在に思い返す事が出来るようになった。
 竜斗は走馬灯に手を当てて自分自身に必要な答えを探そうとする。
 そして、竜斗にとっては前世と呼べる領域まで、何処までも何処までも遡って行く。

 1999年7月31日(土)
 それは心ざわめくような夜だった。
 早過ぎる秋の到来を感じさせるような冷たい空気が吹き抜け、高い空に浮かんだ雲を散り散りに流して行く。
 天上に輝く丸い月は流れる雲によって様々に姿を変え、まるで意思を持つかのような畏怖を放っている。
 そして、北にそびえる六甲山の頂きには黒い闇が広がり、時折稲光と共に腹の底に響くような低い音を放っていた。
 何時もは憎たらしいがばかりに五月蝿く鳴り響く夏の虫達も、これから起きようとしている何かを察してか息を潜め、周囲には沈黙が漂っていた。
 稲光で洋風の趣をした校舎がシルエットとなって闇夜に浮き彫りになる。
 それは六甲山の麓にある県立高校…。
 ロンドン塔と呼ばれる塔屋や、銃眼に見立てた装飾の施された歴史ある校舎が特徴である。
 再び爆音が響き渡ると校舎の屋上で対峙する四人の少年少女の姿のシルエットが浮かぶ。
 異なる制服を着た二人の少年…。
 短髪で中性的な小柄の少年…走馬竜斗と、額に傷を持つ長髪長身の少年…青海奏真は、互いに強い視線を交わしながら対峙している。
 それぞれの傍らには少女が付いている。
 竜斗の傍らにはフリル付きの黒いドレスに身を包んだツインテールの少女…香夜姫が。
 奏真の傍らにはショートヘアーのセーラー服を着た少女…旭陽空が寄り添っている。
 姫は月を仰ぎながら意味深な嘲笑を浮かべる一方、空は大きな瞳一杯に涙を蓄えて、竜斗と奏真を交互に見つめている。
「どうしても、戦わなきゃ駄目なの…?!」
 空が沈黙を破る。
「互いの大切な者を守る為、この戦いは避けては通れない…」
 奏真が言う。
「例え誰を相手にしようとも、負けるわけにはいかない…」
 奏真は空の手を強く握る。
 その手は冷たく生気を感じさせず、そのまま放せば消えてしまうように儚かった。
「お前を運命の呪縛から救う為に…!!」
 稲光の作り出すシルエットの中、奏真は空と唇を重ねる。
 すると、奏真の傷が闇夜の中で強い光を放ち、二人の持つ雰囲気のようなものが何処までも拡大して行く。
 強力な自我領域に覆われ、世界は少年と少女だけのものとなったのだ。
 そして、奏真の眼前にNo.19太陽と書かれたカードが出現し、回転させながらつかみ取ると、それがチャクラムへと変化し両手に持ち替える。
 一方、竜斗に対し姫は静かに呟く。
「運命を受け入れた者でなければ、未来を変える事が出来ない…。それでもあなたは運命に抗うと言うのですの?」
「僕には無理だ…。君の居ない世界になんか、耐えられないから…」
 竜斗は姫の唇に自分の唇を重ねる。
 すると、微弱な光と共に弱い自我領域が彼の身体を包み込み、空中に出現したNo.18月のカードをつかみ取る。
 そして、腰に下げた二つの鞘から胡蝶刀を両手で抜き放ち構える。
「だから、僕は戦う…!!」
 対峙する二人の少年。
「運命を破壊し世界を創り変える為の犠牲となれっ!!」
「今こそ僕はあんたをっ…!!」
 互いに武器を構えて駆け寄る二人の少年。
 稲光によって影を落とすロンドン塔の尖塔で、スーツにサングラス姿の男がその行末を傍観していた。
「ブラフマン…。この世の全てを知る者…。お父様…。
 真に罪深きは人々を運命の輪へと縛り付けるわたくし達で御座いましょう。
 この永劫に続く輪廻の旅こそわたくし達に架せられし罰に他なりませんわ。
 ですが、後悔はありません事よ。
 幾度と無い刹那の逢瀬を交わす事が出来るのですから。
 そして、旅の果てに本当の強さを手に入れたあの方が、わたくしを解放して頂けると信じてますから」
 そして、竜斗の胡蝶刀と奏真のチャクラムが激しくぶつかり合う。
 竜斗が片方の胡蝶刀で奏真の片側のチャクラムを薙ぎ払い、もう片方の胡蝶刀で無防備になった奏真の身体を狙おうとする。
 だが、奏真もそんな竜斗の攻撃は勿論読んでいて、残った片方のチャクラムで竜斗に斬り掛かる。
 しかし、竜斗は間髪入れず先ほどチャクラムを弾いた方の胡蝶刀で奏真の攻撃を防ぐ。
 そのまま息もつかせぬ激しい攻防が続くが、この流れでは体力や体格に劣る竜斗が不利になってしまうのが目に見えていた。
 竜斗は奏真の腹に渾身の蹴りを放ち、互いの自我領域が反発するのを利用して、間合いを取って態勢を整えようとする。
 だが、奏真はすかさずチャクラムを投げ竜斗に追撃をかける。
 竜斗は反復練習によって鍛えた反射神経によって、ほぼ無意識のうちにチャクラムを弾き落とすが、すぐにそれがフェイントであったと言う事に気付く。
 竜斗の眼前に空中から出現した無数のチャクラムが迫りつつあるのが見えた。
「しまっ…!!」
 竜斗はその攻撃を防ぐ事が出来ずに被弾すると、次から次へと追い打ちを掛けられ続ける。
「やったか…!?」
 そして、爆煙に包まれ竜斗の姿が見えなくなると、奏真は一瞬の隙を見せる。
 だが、竜斗は爆煙の中から奏真に向かって突進し、あまりにも激しい怒濤の剣撃を浴びせかける。
 突く…!!
 突く…!!
 突く…!!
 間合いを詰めながら連続される突きに、奏真は態勢を整える間が無かった。
「な、なんだと…!? 何故、自我領域も弱く、武器も具現化出来ず、能力も発動出来ない君が、俺の攻撃をそこまで防ぐ事が出来るんだ…!?」
 奏真は自我領域に攻撃を食らい続けながらも聴く。
「僕がトーナメントに参加したのは自分自身を見つける為だっ!!
 だけど、戦う為の力として姫から暗示を受けたけど、具現化する程の強い願望を持っていないから、未だに能力を発動する事は出来ていないっ!!
 でも、能力への願望が弱ければ攻撃力の弱さに反比例して、相手の能力攻撃に対する防御力が上がるんだっ!!」
 竜斗は喋りながらも手を休める事は無い。
「しかし、物理攻撃じゃ俺の完成された自我領域を貫く事は出来まいっ…!!」
 奏真は強力な自我領域を活かし、竜斗の攻撃をくらいながらも体当たりを仕掛ける。
「ぐはーーーーっ!!」
 体重の軽い竜斗はすっ飛ばされ、大きな隙を見せる事となる。
 奏真は一気に間合いを詰めて追撃するが、竜斗は体当たりされた時に武器を落としてしまった為にそれを防ぐ術は無かった。
「幾ら能力攻撃を弱体化出来たとしても、それにも限度ってものがあるはずだっ…!!」
 右縦斬り…!!
 左横斬り…!!
 右肘打ち、しゃがみ右蹴り、飛翔斬り…!!
 最後に衝撃波を伴う左右クロス斬り…!!
 竜斗は能力攻撃を弱体化出来る限界を超え、自我領域に大きなダメージを受けながらすっ飛ばされる。
「これでとどめだっ!!!」
 奏真は空中に無数のチャクラムを出現させると、巨大なひとつのチャクラムとして融合させ、竜斗に向かって解き放つ。
 もはや、能力を弱体化する事も出来ず、自我領域を失いかけた竜斗にそれを防ぐ術は無い。
「くそっ…、これまで…か…よ…」
 迫り来る巨大チャクラムに竜斗が死を覚悟した瞬間だった。
「ふふふっ、貴方は死にませんわよ…。わたくしが命に代えても守りますから…」
 倒れた竜斗の前に姫が躍り出て、身体を大の字にして彼を庇おうとする。
「止めろ姫っ…!! 止めるんだ…!!」
 竜斗に背を向けていた為に姫の表情は読み取れなかったが、優しく微笑んでいるような気がした。
 何もかも吹き飛ばすかのような激しい爆発が襲う。
 姫の愛らしい手足が引きちぎれ血が噴き出し、身体を包む洒落たゴスロリ衣装が一瞬にして炎に包まれ、露になった美しい白い肌が醜く焼けただれて行く。
 音も無くスローモーションのようになった世界で、姫がその身を散らして行くのを竜斗はただ見ている事しか出来なかった。
「姫ぇーーーーーーーーーっ!!」
 竜斗は残った力を振り絞り、黒いだるまのような姿となった姫を抱きかかえる。
 もはや愛らしく美しかった面影は何処にも無く、瞼を失った二つの大きな瞳だけが竜斗を見つめていた。
 竜斗は嗚咽を堪えながら、ただ滝のように涙を流し続けた。
「どんなに足掻いても…、わたくしが死ぬ運命は変える事は出来ません…。ですが、消えつつあるその命を…、貴方を守る事に使えてわたくしは幸せですわ…」
「馬鹿っ…、そんな事…、そんな事言うなよぉ…」
「貴方は…、わたくしが生きた証そのものですから…」
「嫌だっ…! 嫌だよっ…!! 姫と別れるなんてそんなの嫌だよっ…!!! 僕は姫の事が好きで…、好きで仕方無いんだからっ…!!」
「わたくしの事を本当に大切に思うならば、最後の我が侭を聴いて下さいな…。あの方を倒し…、わたくしを運命から解放して欲しいんですの…」
 そう言い、力尽きる姫。
 だが、まだ微かに息があった。
「姫…」
 竜斗は涙を流しならその焼け焦げた唇に口づけする。
 すると、奏真をも凌ぐ強力な自我領域が広がり、竜斗の周囲に無数の武器が浮かび上がる。
 それはバットや、メリケンサック、サーベル、ギター、本など今まで出会った大アルカナ達が具現化していた武器であった。
「僕は姫の気持ちに答える…。それが僕が見つけ出した願望だよ…。例えどんなに自分自身が苦しむ事になろうとも…!! 自分自身の心を捨てる事になろうともっ…!!」
 竜斗は優しく姫の身体を下ろす。
「だから、そこで見ていてくれっ…!!」
 そして、バットで無数のボールを打ち出し奏真の目をかく乱すると、サーベルを突き出しながら一気に間合いを詰める。
「どのように攻撃も当たらなければどうと言う事は無いっ…!!」
 奏真はチャクラムでサーベルを弾くが、竜斗は接近した所で毒を秘めたメリケンサックで殴りつける。
 竜斗は毒を食らいふらついた奏真に対しギタークラッシュを食らわせ、そのまま弦を絡めて電撃を発し動きを止める。
 奏真はすぐ自分自身の身体ごと弦を引き裂いて脱出しようとする。
 しかし、竜斗はその僅かな隙を狙って本からトロールと呼ばれる棍棒を持った巨人を召還し、奏真に対して強烈な一撃を食らわせようとする。
「やったか…!?」
 棍棒を床面に叩き付けたトロールの死角となって奏真の姿は見えなかった。
 だが、次の瞬間、トロールの背中を駆け上がった奏真が、上方から竜斗に向かって斬り掛かって来た。
「その程度でやられる俺では無いっ…!!」
「くっ…!!」
 竜斗は左手で自分を庇い攻撃を防ごうとするが、奏真の一撃は竜斗の自我領域を腕ごと切り裂いた。
 ボトリという重い音がして、竜斗の切断された左腕が地面に転がる。
「ぐわぁーーーーーーーっ!!!」
 肘から先を失い血しぶきを上げる左腕を押さえて竜斗はうずくまる。
「能力に対して強い願望を持ってしまったが故に、攻撃力に反比例して防御力が低くなったようだなっ…!!」
「姫が味わった痛みに比べれば、僕の痛みなんてっ…!!」
 竜斗は立ち上がり、メリケンサックで奏真の顔面を殴りつける。
 脳を揺さぶられながら毒による攻撃を受けた奏真は、尋常では無いダメージを受けて、ふらつきながら血反吐を吐く。
「お兄ちゃん…!!」
 空が悲鳴を上げる。
「それに、能力が強過ぎるが故に、相手の攻撃を強く受けてしまうのは僕だけじゃないだろっ…!?」
「だが、俺にはそれを補うだけの再生能力があるっ…!!」
「しかし、脳をすっ飛ばされて再生出来るはずはないっ…!! 今こそ決着を付けてやるっ…!!!」
「それはこっちの台詞だっ…!!」
 竜斗はありったけの武器を空中に出現させると奏真に向かって解き放つ。
 奏真も対抗するようにありったけのチャクラムを出現させて竜斗に向かって解き放つ。
 あまりに強力な二人の能力と能力はぶつかり合い、白と黒の渦巻きとなってこの世界を覆って行き、時空そのものが音を立てて大きく歪んで行く。
 そして、会場となった県立高校の屋上は激しい爆煙に包まれ、二人の少年は全身血まみれになって完全に意識を失っていた。
 姫は瞼を失った大きな瞳で、空が泣きながら二人の少年に駆け寄るのを見ていた。
 そして、命が消えつつある中でブラフマンの声を聴く。
「決勝戦の結果は引き分けのようだな。
 しかし、トーナメントを勝ち残った者同士が大アルカナの力をぶつけ合えば、対極する力が融合し世界の破壊と再生が引き起こされる。
 そう、誰が勝ったとしても私の計画は止める事は出来ず、月夜は永遠に繰り返される世界で生き続ける事となるのだ」
「見てて…、下さいな…、お父様…。だったら、大アルカナに頼る事無く…、勝てば…、良いだけです…、から…。実力行使…、それがわたくしの信条です…わ…よ…」
 姫がそう呟き命を失ったと同時に、世界は終わりを迎えた。

 我に返った竜斗は机の向こう側に座り、手を差し伸べるブラフマンをじっと見つめていた。
 そして、竜斗は不敵な笑みを浮かべながら頭を下げる。
「ありがとうございます…! でも僕には大アルカナの力は必要ありません…!!
 僕が暗示を受ければ確かに強い力を手に入れる事が出来ると思います。
 でも、強い能力を持ってしまえば、その分だけ相手の能力を強く食らい、それこそ相撃ちが関の山です。
 それに最終戦まで勝ち残った大アルカナの力がぶつかり合えば、勝敗に関わらず対極する力が融合されて、世界の破壊と再生を回避する事が出来なくなりますから」
 ブラフマンは差し出した手を引くと、サングラスを持ち上げる。
「まさか、その事に自力で気がつくとは、君は本当に恐ろしい少年だな…。
 しかし、現実問題として大アルカナの力を使わずして、どうやって聖蘭くんと戦うと言うのだ…?
 確かに大アルカナに願望を抱かなければ能力に対して抵抗出来る。
 特に全ての根元である君ならば、現実を受け入れた上で精神を強く持てば、能力を完全に無効化する事すら可能だろう。
 しかし、外的要因に依存しない完成された大アルカナの能力を、そう何度も無効化する事は出来まい」
 竜斗はブラフマンに笑みを向けつつ拳を強く握る。
「僕には姫が教えてくれた新武芸があります…!! それは僕が僕らしく生きる為に姫が作り出してくれた僕の宝物です…!! だから、僕は絶対に負けませんっ…!!」
 現実問題として竜斗が聖蘭に勝つのは困難だ。
 だが、前世の断片を見た事により、姫が長い時間をかけて新武芸を編み出した本当の理由を知る事が出来た。
 そう、全てはこの時の為だったのだ。
 竜斗は常に姫と一緒にいるような心強さを感じ、心の奥底から希望が湧き出て来るかのようだった。
「ふっ、君は心から月夜の事を信頼しているのだな…。
 君のような素晴らしい男に愛されるとは月夜も幸せ者だな…、本当に…、本当に君のような男が月夜のパートナーで良かったと思うよ…」
 ブラフマンはサングラスを外し、姫の親である旭陽昇として微笑んだ。
「お義父さん…」
「だが、君にそう呼ばれるのはまだ早いぞ。せめて、戦いに勝ってからにして欲しいものだ」
 そう笑う旭陽昇に竜斗は頭をポリポリと掻く。
「しかし、パートナーはどうするのだ? 試合開始時刻の正午までに一人もパートナーが居ない場合は失格となってしまうぞ」
「安室さんは…?」
「彼は対戦相手である聖蘭くんのパートナーなので兼任は不可能だ。
 トーナメントに参加して居ない人間で、能力を使わなければ誰であろうとも、何人だろうとも構わない。
 だが、並大抵の人間では厳重な警備を搔い潜って、正午までに試合会場であるこのビルには辿り着けまい」
「くっ…、今は11時半だから、あと30分しかない…」
 姫ならば時間内にここまで辿り着く事は可能だろうが、それこそ本末転倒だ。
 しかし、悩んでいたら時間が無くなってしまう。
 どうしたものかと竜斗が頭を抱えていると、部屋の外が騒がしくなっていた。
「あっ、竜斗くんと旦那様のお話を邪魔しちゃダメですって…! あふっ…!!」
「やぁ、お待たせ…!」
 そう言いがらドアを蹴り破って奏真が登場した。
「奏真先輩、一体どうしてここに…!?」
「ふっ、空から話を聴いて、君の力になる為に馳せ参じたのさ…!」
「ここにいる警備を全員ぶっとばして、正々堂々不法進入して来ましたよ…。ついでにボクもぶっ飛ばされましたけどね…」
 ぶっ飛ばされて真っ赤になった頬を押さながら安室が入室する。
「わるいわるい…! ちょうど竜斗のパートナーが居ないって話が聞こえて来て、居ても立っても居られなかったのさ…!」
 奏真は竜斗に微笑みかける。
「えっ…?」
「ふっ、俺を君のパートナーにして欲しいってことさ…!」
「な、なんだってぇ…!?」
 竜斗は驚きを隠せない。
「俺は既にトーナメントを辞退しているから資格はあるんだろ、おじさん…?」
「ああ、ただし能力を使った時点で竜斗くんは失格になる…。能力を使わないで戦えるほど聖蘭くんは甘くは無いぞ…?」
「ふっ、能力を使わないで聖蘭さんに挑むのは竜斗も同じだろ…? だったら宿命のライバルである俺も同条件で挑むのが当たり前さ…!!」
「本当に良いの…?」
「ああ、もちろんさ…!! 君は俺を…、俺達を救ってくれた恩人だから、その恩に報いたいんだ…!! それとも、俺がパートナーじゃ不満かい…!?」
「とんでもない、こちらからお願いしたい所だよ…!!」
「ふっ、俺達の力を聖蘭さんに見せつけてやろう…!! 一人の力じゃ無理でも二人の力を掛け合わせれば出来る事もあるはずだ…!!」
「ああ…!!」
 竜斗と奏真はガッチリと拳と拳を重ねた。

強さと弱さ

 激しい雨の降り注ぐ神戸海岸ビルの屋上。
 Rと書かれたホバリング用ヘリポート上に二組のファイナリストが向かい合う。
 柔和な笑みに鋭い眼光を宿したメイド服姿の聖蘭と、不安そうな表情を浮かべる執事服姿の安室。
 対するは小柄な身体に大きな雰囲気を放つ戦闘用学生服姿の竜斗と、不敵な笑みを浮かべながら何時も通りのカスタムされた制服を着こなす奏真のコンビだ。
 双方の間にはスーツにサングラス姿のブラフマンが立つ。
「大アルカナの申し子である君達二人が手を組み、能力を使わずに計画の執行者に挑むとは因果なものだ…」
 ブラフマンは蒼々たる顔ぶれを見渡し、サングラスの奥で表情を隠しながら言う。
「未来とは如何なるものであろうか?
 私は未来とは大人達が責任を持って子供達に与え、更に子供達が大人になり次の世代へと与えて行くものだと考えていた。
 この計画はその思想を象徴していると言っても過言では無い。
 しかし、計画の参加者である君達は私のシナリオを無視し、私の想像を遥かに超えた目覚ましい活躍を見せた。
 君達の目指す未来は強く輝き、もはや私の衰えた目では見通す事が出来ない程だ。
 私はそこまで成長した君達をとても頼もしく思う。
 しかし、同時にその先の見えない可能性に不安を感じざるを得ない。
 もし、子供が道を誤ろうとするのであれば、大人は責任を持ってそれを正さなければならないからだ」
 ブラフマンはサングラスを光らせ威圧的に言う。
「僕は道を誤ったとしても良いと思う…! 例え今は間違っていたとしても、最後にそれで良かったと笑えれば良いんだから…!!」
 竜斗は今まで姫が歩んで来た道を思い返しながら言う。
「そう、それが他の誰でも無い自分だけの人生を生きるって事さ…!!
 おじさんの考えは子供が目指す未来を信じる事が出来ず、自分の敷いたレールの上に縛り付けようとするのは大人のエゴでしか無いね…!!」
 奏真は一切の迷いもなく凛とした声で言う。
「僕らは何時までも大人に与えられるだけの子供じゃない…! 大切な人を守り自分自身の人生を生きる大人になるんだ…!!」
「良いだろう…! ならば聖蘭くんと戦って君達の力を示すが良い…!!
 計画の執行者であり最も神に近い存在である彼女を倒す事が出来たならば、私は君達を大人として認めよう…!!
 そして、本当の意味で未来を…、娘達の幸せを託そうではないか…!!」
「ふっ、そいつは是が非でも頑張らなければならないね…!!」
「ああ、僕たちの未来は、僕たち自身の手で摑み取るっ…!!」
 サングラスに隠されたその目は嬉しそうであった。
「貴方達は何も解っていません…。それが如何に子供染みた独善であるか、この私が教えて差し上げましょう…!」
 聖蘭が静かながら殺気を込めた視線を竜斗と奏真に向ける。
「では、口づけを交わすが良い…!」
「えっ…? 何その罰ゲーム…!?」
「ふっ、裸の付き合いをした仲じゃないか、今更キス程度で恥ずかしがる事はないだろ…?」
「マジで勘弁してよっ…!!」
「確かに俺達には互いに愛する女性がいる…。だが、男同士でだったら浮気に当たらないだろ…?」
「いや、そう言う問題じゃないからっ…!!」
「君から行かないのなら、俺から行かせてもらうよ…!」
「止めてっ!! 止めてくれぇーーーーっ!!! ぐわぁーーーーーーーっ!!!!」
 虚空に竜斗の断末魔の悲鳴が響き渡った。
 そして、吐き気を催して真っ青な顔をした竜斗は、胸から出現したNo.18月のカードを掴み取った。
「うわぁ、御愁傷様ですわぁ…。こうなったら、竜斗くんの分までボクは楽しませてもらいますよ…!」
 そう言うと安室は聖蘭の唇にキスをしようとするが、あまりに鋭い眼光に尻込みしながら跪いて、その手の甲に口づけする。
 すると、聖蘭を中心に強烈な自我領域が何処までも広がって行く。
 聖蘭の自我領域に覆われたこの世界では、彼女以外の全てはアウェイと言っても過言では無かった。
 そして、聖蘭の胸から椅子に座り教皇冠を被った女性が描かれたNo.2女教皇のカードが出現し、それを掴み取ると二メートルの丈がある巨大な斬馬刀に変化する。
 聖蘭の発する熱気によって周囲の雨は蒸発し、霧のような状態となって会場全体を覆っていた。
「ふっ、この身震いするかのような圧倒感…! まったくもって魅せ付けてくれるじゃないか…!!」
「ああ、手の甲でキスするだけで良かったんだったら、僕の苦しみは一体なんだったって言うんだ…!! 安室さん許すまじっ…!!」
「なんか、竜斗くんは焦点がズレてません…!?」
 そして、正午丁度を迎えるとブラフマンは手を上げ試合開始を宣言する。
「では、トーナメント最終決戦をここに開始するっ…!!」
 竜斗は二振りの胡蝶刀を、奏真は実物のチャクラムを持って駆け出す。
「聖蘭さんの能力は一度でも食らったらおしまいさっ…!! 一気に斬馬刀の死角になる懐に飛び込んで、先手必勝で決めるんだっ…!!」
「ああ、解っているよっ…!!」
「そうはさせませんよっ…!! 幾ら対立する立場と言ってもボクは聖蘭を守りますっ…!!」
 そんな竜斗と奏真の前に安室が立ち塞がり、手にした実物の槍で鋭い突きを放つが、二人は二手に別れて難なく攻撃をかわす。
「何っ…!?」
「安室さんは能力を使わなければどうと言う事は無いね…!!」
「ふっ、ハッキリ言うと雑魚って事さっ…!!」
 安室とのすれ違い様に竜斗は脇腹に刀の柄を叩き込み、奏真は首に肘打ちを放ち、そのまま振り向く事無く聖蘭の元へと向かう。
「…!!」
 安室は声も無く崩れ去る。
 竜斗と奏真は一気に間合いを詰めると、聖蘭の隙をついて同時に斬り掛かる。
「私は安室のように甘くはありません」
 しかし、聖蘭の身体を覆う強力な自我領域によって攻撃を弾かれ、一気に隙を見せる竜斗と奏真。
 そこに猛烈な聖蘭の蹴りが放たれる。
「ぐはっ…!!」
「重いっ…!!」
 体重を乗せた上で自我領域を纏った一撃は重く、二人はとっさに防御したものの、すっ飛ばされて間合いを空けてしまう。
 間髪入れず燃えさかる斬馬刀が奏真を襲う。
「くっ、避けられないか…!?」
「そうはさせるかっ…!!」
 だが、奏真の危機を察した竜斗が彼を体当たりして救い、そのまま聖蘭に向かって斬り掛かる。
「力を込め過ぎると弾かれてしまうので、一撃一撃の攻撃力が弱くても手数で勝負するしか無い…!!」
 そこに態勢を整えた奏真が攻撃に加わる。
「ふっ、パートナーが倒れても自我領域と能力を失わないとは、流石完成された大アルカナなだけあるねっ…!!」
 だが、幾ら攻撃を加えられようとも、聖蘭は涼しい顔を崩さない。
「完成された大アルカナにとって、パートナーとは形骸化した存在に過ぎませんから」
 聖蘭は竜斗と奏真に回し蹴りを浴びせかけようとする。
「でも、そんなのって寂しくないかい…? どんなに成長して一人前になったとしても、人と力を合わせるって事は楽しいものさっ…!!」
 攻撃を読んでいた奏真は聖蘭の蹴りに勢いが乗る前に体当たりをする。
 見事に聖蘭の態勢を崩す事に成功した奏真であったが、勢い余って転倒し大きな隙を見せてしまう。
「攻撃を防いだのは良いですが、あまりにも隙だらけですね」
「それは聖蘭さんも同じだろっ…!! 今だ竜斗っ…!!」
「ああ…!!」
 聖蘭に生じた僅かな隙を狙って竜斗は怒濤の攻撃を仕掛ける。
「私には自我領域があるのをお忘れですか?」
 聖蘭は鬱陶しいハエを落とすように竜斗に向かって斬馬刀の柄を叩き付けようとする。
「やらせるかっ…!!」
 だが、奏真はチャクラムで聖蘭の腕を下から上へと撥ね除けて竜斗を守る。
 しかし、次の瞬間には聖蘭の鋭い膝蹴りが無防備になった奏真の脇腹に迫りつつあった。
「くっ…!!」
 だが、あわや猛烈な一撃を食らってしまうと言う所で、竜斗が聖蘭の鳩尾に向かって体重を乗せた掌低打ちを放って奏真を救う。
「ふうっ、ナイスアシストだな…!!」
「パートナーなら当たり前の事さっ…!!」
 自分自身の自我領域の反動によってすっ飛ばされた聖蘭を竜斗と奏真が追う。
「自我領域と言えど完璧じゃない…!!」
「その通り…!! 攻撃を食らい続ければ何時かは限界が来るはずさ…!!」
「この私を相手にそんな事が出来ると思っているのですか…?」
 そして、一気に間合いを詰めると竜斗と奏真は聖蘭を挟み込むようにして波状攻撃を仕掛ける。
「出来るっ…!!」
「二人の力を合わせれば不可能は無いさっ…!!!」
 竜斗が突く…!!
 突く…!!
 突く…!!
 突く…!!
 奏真が斬る…!!
 斬る…!!
 斬る…!!
 斬る…!!
 竜斗と奏真は例え視線を合わせなくても互いの場所や思考が通じ合う抜群のコンビネーションを発揮し、互いが互いを補うように絶えまないラッシュを繰り返す。
 二人のコンビネーションは単純な足し算ではなく、何倍にも力が増幅されるような掛け算のような関係性だった。
 走馬竜斗と青海奏真の共闘…、それこそSoma × Somaだ。
 最後に二人同時の蹴りを食らった聖蘭は錐揉みしながらすっ飛び仰向けに倒れる。
「どうだい、俺達の力は…?」
 倒れたままの聖蘭に対して挑発する奏真。
 聖蘭はゆらゆらと身体を揺らすようにゆっくりと立ち上がるが、頭を垂れたその表情は読み取る事は出来ない。
「なかなかやるじゃないか…。
 私が今まで戦って来た相手の中じゃ最強…、君達二人の力を合わせた強さはお嬢様をも上回っていると言っても過言では無い…。
 しかし、その程度ではこの私の本気には到底及ばないな…」
「な、何…!?」
「はっきり言うと弱いって事だよっ…!!」
 聖蘭は鬼神を思わせる激しい口調で感情を露にする。
 そして、自我領域を操作してメイド服から私服のジーパンにライダースジャケット姿に服装を変化させた。
 しかし、静かながら強い殺気を放っていた先ほどとは違い、熱く燃えさかりながらも何処か冷淡な印象を受けるのが異様であった。
「このプレッシャーはあの頃の聖蘭さんと同じ…、いやそれ以上か…!!」
「教えてやろうじゃないか、この私の本当の強さと言うものを…!!」
 竜斗は背筋にぞっとするものを感じ、ほぼ無意識の内に奏真を突き飛ばす。
「危ないっ…!!」
 そして、次の瞬間、奏真が立っていた場所に斬馬刀が出現し、巨大な炎の柱が吹き出した。
「なっ…!?」
 続けて竜斗は奏真の頭を押さえてしゃがみ込む。
 すると、彼らの頭上を灼熱を帯びた斬馬刀が薙ぎ、ジリジリとした熱が伝わって来る。
「次はジャンプだ…!!」
 奏真は竜斗に言われるまま優れた反射神経で息を合わせてジャンプする。
 次の瞬間、足下に斬馬刀が出現していた。
「くっ、少しでも間合いが開くとこれか…!!」
 竜斗は縦横無尽に斬馬刀を具現化する聖蘭の攻撃を読み、ジグザグに走りながら間合いを詰める。
 奏真は竜斗の動きをトレースして後を追う。
「聖蘭さんの本当の強さと言うのは大アルカナの能力の事か…? それだったら今までのように接近して使えなくすれば良いだけの事さ…!!」
「お前は頭は良くても短絡的で馬鹿な所は昔から変わらないな…!! 本当の事は何も解っては居ないっ…!!」
「何…!?」
 聖蘭は突然手にした斬馬刀を捨て、徒手空拳で竜斗と奏真に襲いかかる。
「まさか自分から武器を捨てるとはっ…!!」
「役に立たないものは切り捨てるのは当たり前だろっ!! オラオラオラァーーッ!!!!」
「ぐわぁーーーーっ!!」
 竜斗と奏真は一発ずつ顔面に自我領域を伴ったパンチを食らい、瞬間的に視野が真っ白になって失われる。
「脚がお留守だっ!!」
 文字通り面食らい何が何だか解らず、後から激しい痛みが襲って来た次の瞬間、足下を掬われるような蹴りを入れられ二人共転倒させられてしまう。
「雑魚雑魚雑魚ぉっ!!! 何て脆いんだお前達はっ!!!!」
 そして、倒れた奏真はローキックを連続して浴びせられ追い打ちを掛けられる。
「くっ、このままやらせるかよっ!!」
 竜斗は奏真を救う為に立ち上がると聖蘭の攻撃をカットしようとする。
「邪魔するなっ!!!」
 だが、聖蘭は竜斗の方を振り向く事なく鳩尾に肘打ちをクリーンヒットさせ、吐き気を催して蹲った所で手の甲で顔面を叩く。
「うぼろっ…!!」
 竜斗は吐瀉物をまき散らしながらも無意識に間合いを空けるが、次の瞬間怒濤の如く空中に斬馬刀が出現して炎を上げながら襲いかかる。
「そいつと命を掛けた追いかけっこでもしてなっ!!」
 その間に奏真は蹴りを放つ聖蘭の脚を抱え込みなんとか起き上がろうとする。
「虫けらは虫けららしく地べたを這いつくばってろ…!!」
 だが、聖蘭は逆に倒れた奏真の胸を強く踏んで動きを封じ、斬馬刀を出現させて止めを刺そうとする。
「ぐっ、避けられないっ…!!」
 竜斗は襲いかかる斬馬刀の群れを避けながら聖蘭の顔面に手榴弾を投げつける。
「これでも食らえっ!!」
 爆発によって聖蘭の身体は吹っ飛ばされる。
「はんっ、そんな玩具で攻撃が止められるとでも思ったか…?」
 だが、聖蘭の手を離れた斬馬刀は倒れた奏真の身体を串刺しにしようと迫り続ける。
「逃げ道が出来ただけで十分だっ…!!」
 奏真は身体を捻って間一髪斬馬刀を避けた。
「お前は甘いんだよっ!!」
 だが、次の瞬間、刀が大爆発して奏真は転がりながらすっとばされる。
「ぐはーーーーっ!!」
 転がり続ける奏真を突き刺そうと後から後から斬馬刀が出現し、床面に無数の火柱が上がる。
「奏真先輩っ!! くっ、避けるので精一杯で助けに行けないっ…!!」
 竜斗は縦横無尽に襲いかかる斬馬刀を搔い潜りながら、奏真のピンチを救う手だてを考える。
「人を大切にしようとする気持ちは自分を強く突き動かす…!! だが、そんな風に迷ってたら人は救えないんだよっ…!!」
 聖蘭は奏真に気を取られていた竜斗の隙をついて接近すると殴り飛ばす。
「ぐばっ…!!!」
 燃えさかる感情の込められた聖蘭の拳はあまりにも重く、竜斗は一撃で意識朦朧となってしまう。
 手にした胡蝶刀がガタッと音を立てて床面に転がり、聖蘭はそれを蹴飛ばすと具現化させた斬馬刀の熱によって溶かす。
「オラオラっ!! まだ寝るには早いだろ…!!」
 聖蘭は倒れ掛かった竜斗の首根っこを掴み往復ビンタを浴びせかけると、斬馬刀を避けて転がり続ける奏真に向かって投げつける。
「ぐわぁーーーーーっ!!!」
 聖蘭は互いにぶつかり合って地に伏せた竜斗と奏真に斬馬刀を突き立てる。
「くっ、あの頃より…、遥かに強い…!
 元々持っている強い情熱に加えてメイド時代に培った冷静さが合わさり…、法則性の欠片も無い喧嘩スタイルが神業…、いや…、悪魔の業へと昇華されているっ…!!」
 奏真は中学時代に目の当たりにした聖蘭の戦いを思い返し、息も絶え絶えになりながら言う。
「本当の強さとは自分本位の優しさや迷いを捨て去り、燃えさかる魂の力を人の為に使い神にも悪魔にもなる事を躊躇わない事だっ…!!」
 竜斗の脳裏に初めて聖蘭と会った時に大河が言った言葉が蘇る。
(なんちゅうの、プロのメイドさんとして目立たない縁の下の存在に徹してる事で、逆にあの人の持つ美しさや力強さが際立ってる気がするんや!!
 そう、メイドさんっちゅう圧倒的な存在は神に近いと言っても過言ではないでっ…!!!)
 ある意味で大河のアホ丸出しの感想は的を射ていたのかも知れない。
「まさか、本当に迷いを捨てる事が出来る人間がいるなんて…。神に近い存在って言われているのも伊達じゃないって事か…!!」
「そして、私はお嬢様を救う為ならば手段を選ぶつもりは無い。それが、嘘か本当か試してみるか…?」
 爆風にその身を焼かれ満身創痍となった奏真の襟首を、人間離れした怪力で無造作に持ち上げる聖蘭。
「ぐっ…」
 奏真は力尽きている為、抵抗する事が出来ない。
「な、何をするんだ…?」
 雨に濡れた身体から脂汗が吹き出るのを感じ、とっさに聖蘭に対して殴り掛かる竜斗であったが、重い蹴りを食らってすっ飛ばされる。
「ぐはっ…!!」
「良いから黙って見てろよ…」
 聖蘭はニヤリと笑いながら、ゆっくりと奏真の腹に掌を翳す。
「や、やめろぉーーーっ!!」
 そして、聖蘭の掌から出現した斬馬刀は奏真の身体を音も無く貫く。
 夥しい量の返り血が竜斗の顔に降り注ぐ。
 熱を帯びた刀が煙を上げながら血を焼き、流れ出る血を霧のように蒸発させて行く。
 真っ赤に染まった千切れかかった胴体から音を立てて臓物が零れ落ちる。
 最後に具現化された斬馬刀が消失すると、大きな音を立てて奏真は崩れ去った。
「!!」
 竜斗は声にならない声を上げ、地に伏せた奏真に駆け寄る。
 身体の中央に大きな風穴を空けられているが、灼熱の刀身に傷口を焼かれた為に殆ど血は出ていなかった。
「り…、りゅう…、と…」
 そして、奇跡的に命があり僅かだが意識も残っていた。
 だが、呼吸の度に口から大量の血を噴き出し、文字通り虫の息であった。
「そ、奏真…、先…、輩…」
 竜斗は息を乱し、止めどなく涙を零しながら奏真の手を握る。
「これで解っただろ、私の本当の強さと言うものがっ…!!
 そして、命の重みと言うものがっ…!!
 人の命はこんなにも簡単に失われ、一度失えば二度と戻らないんだよっ…!!
 自分自身の愚かさ故に大切な人を亡くしてしまえば、あとに残るのは永遠と続くような後悔と苦しみの日々だっ…!!
 唯一、それを取り除けるのは大アルカナの力であり、世界の再構築だけなんだよっ…!!」
 聖蘭は雨の降り注ぐ天に向かって吠える。
「そうだ、大アルカナの力だ…!! 奏真先輩、再生能力を発動させれば今だったら助かるかも知れないっ…!!」
「それは…、良い…、考えかも知れない…。だが…、断る…」
 奏真は切れ切れになりながら、ハッキリとした意思を竜斗に伝える。
「な、何でっ…!! 何でだよっ…!?」
「竜斗が…、失格に…、なって…しまう…」
「で…、でもっ…!!」
「戦って…、くれ…、竜斗…。空との…、みんなとの…思い出が詰まった…、この世界を…、守る…為…に」
 そう言うと奏真は意識を失った。
 だが、まだ息はある。
「さっさと再生能力を使っていれば良い物の相変わらず馬鹿な奴だ…!!
 だが、竜斗くん…、君がリタイヤすれば奏真くんも諦めて再生能力を発動させるかも知れないな…。
 ふふふっ、もっとも、君が失格になったら私が世界の再構築を行い、奏真くんはお嬢様と共に新世界で救われるわけだが…!!」
 そう言い聖蘭は高笑いする。
 竜斗は心が折れて息を荒たげながら蹲る。
 色々あったけど…、今度こそ…、ダメだ…。
 奏真先輩を犠牲にするぐらいだったら…、本当にリタイヤして世界を再構築するのも良いかもな…。
 そうすれば…、姫も救われるんだ…。
 そうだ…、そうしよう…。
 これ以上辛い思いをする事は…、ないな…。
 …。
 …。
 …。
 竜斗はギブアップしようとするが、奏真の最後の言葉と今までこの世界で築いて来た思い出が走馬灯のように蘇って押し止まる。
「アカンっ…!! 諦めちゃダメやで…!!」
「せやね、奏真先輩の最後の気持ち無視したら、うち許さへんでっ…!!」
「ああっ…!? テメェはその程度で諦めるような野郎なのかよっ…!? あの時の根性をもう一度見せてみやがれっ…!!」
「まったく、ダサイったらありゃしないよっ…!!」
「I'm in the coolest driver's high…!!」
「ぼそっ…、ぼそぼそっ…」
「図書医院長はテメェはこの作品を中途半端に終わらせて駄作にするつもりかよ…、と申しています…」
 まるで本当に仲間達が励ましてくれているようだった。
 竜斗は重い頭を上げると、そこにトーナメントを敗退した元大アルカナとパートナー達が自分自身の脚で立ち上がり、それぞれの武器を手にして駆けつけていた。
 奇術部や貧乏学生、他にも生徒の姿が見えた。
 竜斗の元に宝塚が駆けつけて、その傷付いた小さな肩を抱く。
「みんな奏真くんに呼ばれて竜斗くんの力になる為に集まったんだよ…!!」
「宝塚さん…」
「ほら見てっ…!! 私頑張ってまた歩けるようになったんだよっ…!! フェンシング出来るようになったんだよっ…!!」
 そう言うと宝塚はフェンシングのサーベルを持って、少女らしく竜斗の前でくるりと周り自分自身の姿を見せる。
「だから、竜斗くんも頑張ろうよっ!! 私に本当の強さを教えてくれた竜斗くんだったら出来るよっ!!」
 そして、宝塚は微笑みながら竜斗の涙を拭う。
「ありがとう…、みんなありがとう…」
 竜斗は宝塚を抱き締めると、その耳元で何かを囁く。
 その姿はまるで頬に口づけしているように見えた。
「竜斗くん…」
 顔を赤くして頷く宝塚。
 そして、竜斗は立ち上がって仁王立ちする聖蘭を睨み付けると、臍下丹田式呼吸法で陰陽の気を強く練り込む。
「はぁーーーーーーーーっ!!!」
 竜斗の身体から発せられる熱によって雨が蒸気となって立ち上る。
「僕は絶対に負けないっ…!! 支えてくれるみんなの為に、この世界を守る為にっ…!!」
「ほぅ、心優しい君が奏真くんを見殺しにすると言うのか…?」
「聖蘭さんを早く倒して再生能力を使えば良いのさ…!!」
「戯れ言を言うなっ…!! 力も無く武器もパートナーも失った君にそれが出来るけはないっ…!!」
「出来るっ…!!」
 竜斗は宝塚からサーベルを受け取ると、聖蘭に対して激しい突きを放つ。
「な、何っ…!?」
 聖蘭は突然の攻撃により自我領域にダメージを受け動揺する。
「だが、付け焼刃の武器など、この私に効くわけ無いだろっ…!!」
 聖蘭はバックステップで間合いを取ると、竜斗の手にしたサーベルを斬馬刀で薙ぎ、熱で溶かしてしまう。
「これで振り出しに戻ったな…!!」
 そして、聖蘭は空中で無数の斬馬刀を具現化させ竜斗に向けて一斉に放つ。
「夕鶴っ…!!」
「竜斗センパイ受け取ってやっ…!!」
 竜斗は夕鶴からマシンガンを受け取ると、脇に抱えて迫り来る残馬刀の束に向かって一斉射出する。
 残馬刀は聖蘭の意思に反して大爆発を起こし、炎と爆煙によって一瞬視界が奪われる。
「視界がっ…!!」
 聖蘭に生まれた一瞬の隙を狙って爆煙の中から何か四角い物が飛来し、自我領域に覆われた聖蘭の頭に直撃する。
「くっ…、なんだこれは…!? 本…だと…!?」
「ぼそっ…、ぼそぼそっ…」
「私の大切な本を投げるなこの平面野郎…、と図書委員長は申しています」
 そして、間髪入れず煙の中から竜斗が現れ、木村から受け取った鎖を振り回して聖蘭を絡める。
「東京の元暴走族だか何だか知らないけど、神戸で現役やってるアタイを舐めるんじゃないよっ…!!」
「こんなもので私を拘束出来ると思ったかっ…!?」
 聖蘭は空中に具現化させた斬馬刀で鎖を切り裂くが、その僅かな隙を狙って竜斗はビジュアル系から受け取ったギターを叩き付ける。
「woh clash into the rolling morning…!!」
 ギタークラッシュは壊れる音が派手なだけで然したるダメージは無かったが目くらましには十分だった。
「これで落とし前つけろってんだよっ!! ダボがぁ!!」
 竜斗は間髪入れず工藤の武器であるメリケンサックを装着した拳を聖蘭の顔面に叩き込む。
 元大アルカナ達は能力の訓練に伴って自分の手にした武器の間合いを覚え込んでいる為、適切なタイミングで竜斗をサポートする事が可能であった。
 そして、仲間達から次から次へと武器を受け取り、リレーを繋ぐように聖蘭の間合いを完全コントロールする竜斗。
 それはまるで先日、様々な武器を使い分けて聖蘭に対抗した姫の姿のようであり、前世で大アルカナの能力を目覚めさせた竜斗の姿のようでもあった。
「そう、僕のパートナーはここに駆けつけてくれた全員だっ…!!」
「ば、馬鹿なっ!! そんな事許されるわけ無いだろっ…!?」
「忘れたんかいっ…!? 俺ん時、これと同じ作戦を伝えてくれたの聖蘭さんやろっ…!!」
 大河は突っ込みながら竜斗に特製の戦闘用バットを渡す。
「そして、みんなとの絆が僕の武器であり力なんだっ…!!」
 大河相手に模擬戦を繰り返した竜斗は、戦闘用バットの特製を完全に理解していた。
 そして、まるで自分の手足のように扱いながら聖蘭の自我領域に対してダメージを与えて行く。
「この私をここまで追いつめるとは、君の持つ絆の力は認めざるを得ないっ…!!
 しかし、まだだっ…!! まだこの私の完成された自我領域を崩すには力が足りないっ…!!」
「ぐっ…!!」
 聖蘭の言う事は図星であった。
「我が輩に無い力を持っている貴様が何をこの程度で苦戦しているのだっ…!? この痴れ者がっ…!!」
「なっ…!?」
 竜斗は戦いながら度肝を抜かれる。
 その場に現れたのはかつて中学、高校と暴力によって学園を支配し、大河によって倒された生徒会長その人だったからだ。
 隣には副会長を従えているのは相変わらずだが、何時ものオールバックを止めて髪を下ろしている為に心無しか美形に見える。
「うわぁ、ここでキレイな生徒会長登場とは、うち胸熱やでっ!!」
 何故か感動する夕鶴。
「だから、お前誰の味方だよっ!!」
 竜斗は戦いながら夕鶴に突っ込む。
「いいか、走馬よっ…!! 我が輩の話を聞くが良いっ!!
 如何に相手が強力な自我領域を持っていようとも関係ないっ!! サブミッションにより身体の内部を直接破壊すれば良いのだっ!!
 貴様には王者の技であるサブミッションを扱う資格があると知れっ…!!」
 竜斗は生徒会長が能力とは無関係に絞め技で図書委員長を倒した事を思い出す。
「そうかっ…!!」
 また、今朝の安室との模擬戦で握りつぶしが効いたのも同じ事で、接触した状態で内部を破壊するような攻撃に対して自我領域は効かないと言う事だ。
「仮にサブミッションで自我領域を攻略出来るとして、そう簡単に私に接触出来はしまいっ!!」
 竜斗は大河から渡されたバットを巧みに操り、自我領域によって強化された変幻自在の格闘術を駆使する聖蘭に対して接近戦を繰り返していた。
 だが、完成された自我領域の壁は厚く次第に聖蘭の勢いが増して行く。
「くそっ…!! あと一歩…!! あと一歩なのにっ…!!」
「君の敗北は変わらないっ…!! お嬢様を救う為の犠牲となれっ…!! 死ねっ…!! 死ぬが良いっ…!!」
 竜斗と激しい戦いを演じる聖蘭を見て大河は涙を流しながら呟く。
「聖蘭さん…、俺もう見てられへんよ…。
 今のカッコいい聖蘭さんもかっこ良くて好きやけど…、何時ものメイド服姿で優しい聖蘭さんが大好きやから…。
 聖蘭さんは何時も俺の事を気にかけてくれた…。
 ヘタレな俺が心折れずにやってこれたのは、聖蘭さんが居てくれたからやって思てるよ…。
 俺にとって聖蘭さんは大切な姉ちゃんみたいな人やから、友達を傷つけて殺そうとしている所を見ると心が痛くて…、痛くてしょうがないんや…!!」
 そう言うと大河は声を上げて泣いた。
「男が泣くなっ…!! ホンマお前ってヘタレやな…!!
 聖蘭さんを姉ちゃんみたいに思ってるのはお前だけや無いっ…!! うちかて…!! うちかて悲しいんやでっ…!!」
 大泣きする大河を優しく抱き締めながら自分も涙を流す夕鶴。
「くっ…!!」
 聖蘭は自分の事を慕ってくれる二人が泣く姿を見て明らかに動揺する。
 その変化を見逃す竜斗では無かった。
 僅かに生じた隙に激しいラッシュを仕掛ける竜斗に対して、聖蘭は間合いを取って仕切り直そうと態とらしく掌を突き出すように構える。
 それは先ほど奏真に止めを刺した零距離射撃で斬馬刀を具現化させる技だ。
 竜斗であれば確実に攻撃を避ける…、そう聖蘭は思っていた。
 だが、竜斗は聖蘭の掌を腹に押し付けられた状態で目を瞑った。
 背筋にゾッとするものを感じたが時既に遅し、次の瞬間には竜斗の身体を燃えさかる斬馬刀が貫いていた。
「くそっ、殺っちまったか…!!」
 竜斗を殺してしまったと思った聖蘭は大きな動揺を見せる。
 次の瞬間、聖蘭は殺したはずの竜斗に腕を掴まれて投げ飛ばされ、天地が逆転して地面に叩き付けられていた。
「な、何…!?」
 そして、そのまま寝技に持ち込まれ竜斗の脚によって首の頸動脈を締められる。
 竜斗は数々の戦闘に加えて、姫とのダンスや日常生活等の経験において、完全密着して相手との隙間を作らない事が動きのブレを防ぐ事だと学んでいた。
 その全てを活かした三角締めは誰の目から見ても解る程の完全な決まり具合だった。
「くっ…、ここまでか…!! すみません…、お嬢…さ…ま…」
 そして、聖蘭は意識を失った。

最後の戦い

「良かった…、絞め技なんて初めてだったし、そのまま死んじゃったらどうしようかと思ったよ…」
 倒れた聖蘭が意識を取り戻すと、竜斗と大河、夕鶴、安室、奏真が心配そうに覗き込んでいた。
 聖蘭は自我領域を失った事で元のメイド服姿へと戻っていた。
 場所は変わらず屋上で、雨が上がり雲の切れ目から陽光が差していた。
「そうですか…、私は負けてしまったのですね…。敗因は…、自分本位の優しさを捨て切れない事を…、見抜かれてしまったからでしょうね…」
 聖蘭は思い返すように言う。
「聖蘭さん…、貴女は常に相手を気遣いながら戦っていたよね。
 姫を相手に戦った時も楽しんでいるフリをしていても、実際の所は全然本気を出していなかった」
「オマケに絶対に負けられない戦いだったのに、勝負を捨ててまでボクを助けてくれましたね…」
 安室は執事服姿だが長い事雨に濡れながら気を失っていたので、髪も服もぐしゃぐしゃになっていた。
「そう、あの時から何か違和感を感じていたんだ。
 僕達と戦っている時も一見して感情を露にして激昂しながらも、避けられる事を前提にして高度に計算をしながら攻撃を仕掛けていたんだと思う。
 きっと、そうやって実力差を見せつけながら持久戦に持ち込む事で、必要以上に傷つけず相手が折れるのを狙っていたんだろうね。
 そして、奏真先輩を直接的に攻撃したのだって、再生能力を使わせる事を前提にリタイヤを誘うためだった」
「ふっ、傷口を熱で焼いて止血しながら攻撃して、見た目は悲惨でも実際のダメージを少なくしてたんだろ…?
 そうでなかったら、俺は生きていられなかったさ。
 そもそも、俺を殺す事を目的ならば心肺や脳を狙えば良いだけの話だし、裏があるのは何となく解っていたよ」
 能力によって再生して元通りの姿になった奏真が言う。
「…」
 聖蘭は目を瞑って押し黙る。
「でも、そこまでプランを立てていたのに予想外の展開になった事に焦りを見せ、兄弟のように思っていた大河と夕鶴が泣く姿を見て動揺を隠せなくなった。
 そして、解ったんだ、聖蘭さんは絶対に優しさを捨てる事が出来ない人なんだって。
 だから、僕は聖蘭さんの攻撃を真っ向から受ける事にしたんだ。
 僕は戦闘中に一回きり、完成された大アルカナの能力を完全無効化出来るから。
 でも、それを知らない聖蘭さんは僕を殺してしまったと思い込み、思考が完全に停止してしまったんだ…」
 竜斗は躊躇無く相手の弱点を付くのが戦いだと思っていたが、聖蘭の優しい気持ちに付け込んでしまった事に罪悪感を感じていた。
 弱点は狙う為にあったとしても、あまりスマートなやり方じゃないので、あくまで最終手段だと姫が言っていた理由が痛いほど解った。
「私は…、死んだ弟に誓ったのです…。大切な人を守る為には…、自分本位な優しさを捨てて…、神にも悪魔にもなるって…。
 でも、私はそれが出来なかったのです…。だから私は…、お嬢様を…救う事が出来ません…でした…。私は自分が情けない…、悔しくて…仕方ありません…」
 聖蘭は声を殺しながら涙を流す。
「良いやないか…、神にも悪魔にもなれなくたって…。俺の好きになった聖蘭さんは誰よりも優しいから…、誰よりも強くてキレイになる事が出来る人なんやから…」
 そんな聖蘭の肩を泣きながら優しく叩く大河。
「せやで…、聖蘭さんが自分を責めると、うちらも悲しいんやで…。聖蘭さんが好きやから…。きっと、弟さんもそう思てる…。せやから、もう自分を許したってよ…」
 そう言いながらも自分も泣き崩れる夕鶴…。
「夕鶴さん…、貴女こそ…、泣かないで下さい…」
 そして、三人で抱き合う。
「聖蘭さん…、僕は姫がやってた祓魔師の仕事を引き継いで、弟さんのように環境に追いつめられた人達の心の闇と戦って行こうと思うんだ…。
 だから、姫が自分自身の人生を全うする事を認めてあげて欲しい…。
 遅かれ早かれ人の死は避ける事は出来ないものだけど、その時を迎えて誰かに祝福されながら旅立つ事が出来れば最高に幸せだって思うから…。
 僕は姫が何よりも大切だから、何よりも幸せになって欲しいんだよ…」
「貴方は悲しくないのですか…?」
「そりゃ、もの凄く悲しいよ…!
 だけど、僕には悲しみを分かち合える友達がいるから、どれだけ時間が掛かったとしても何時かは乗り越えられると信じている…!
 それに今は姫を幸せにする事を想像すると、悲しみより楽しみの方が勝るしね…!」
「決して自分自身を捨てる事なく柔軟に環境と融和する…、それが貴方の本当の強さなのですね…。そうなれば私は完全に負けを認めるしかありませんね…」
「だったら、これはもう要らないよね…!!」
 竜斗が取り出したものは、トーナメントで勝ち取った計18枚のタロットカードだった。
「はい、勿論です…!」
 聖蘭は涙を拭き取りながら大きく頷いた。
 竜斗が天高くタロットカードをばらまくと、聖蘭が具現化した斬馬刀から放った炎で燃やす。
 それで終わるはずだった。
 だが、タロットカードはそれ自体が自我領域のようなものを発し、空中でシャッフルされながら黒い渦となって世界を覆って行く。
「な、なんやねん、これは…!?」
 そして、ピシピシと音を立てて空間そのものにヒビが入って行く。
「ボクが思うに世界そのものが壊れて行っている感じですね…!!」
「まさか、世界の再構築…!?」
 それは竜斗が走馬灯の中で見た世界の再構築に似ていたが、あの時は白と黒の渦が融合して行く感じであったが、これは黒一色であった。
「なんでや、竜斗センパイがタロットカードを放棄して、それで終わりなんちゃうん!?」
「ふっ、悪い冗談も良い所だ…!!」
「全ての力には慣性が働く、それは物理で習った事があるだろう。
 おそらく、計画を阻止したものの世界の再構築を繰り返そうとする力は急には止まらず、破壊と再生の核となる者も存在しない為に暴走を始めているものと考えられる。
 このままでは世界は破壊されて消滅する事となるだろう」
 ブラフマンはサングラスを光らせながら言う。
「そ、そんな…!!」
「ならば、誰かが核となって力を制御すれば良いだけだ」
 ブラフマンはサングラスを外しながら言う。
「私がタロットカードを取り込み、世界の破壊を一時的に押さえ込む。その間に私を倒して全てを終わらせるのだ。
 子供達の歩む未来の礎となるのは大人としての当然の責務だ。
 だが、私は他者の気持ちを考えず自分自身の考えを押しつけ、子供達を苦しめる事しか出来なかった最低の大人だった。
 だから、最後に一つぐらい大人としての正しい姿を子供達に見せておきたいのさ」
 そう言って彼は優しく微笑む。
 それは狂気に取り憑かれたブラフマンとしての仮面を脱ぎ捨て、子供達を導く先生であり、二人の娘を持つ父である旭陽昇としての素顔だった。
「おじさんっ…!!」
「お義父さん…!!」
 朝陽昇は竜斗と奏真の制止を振り切ると、渦の中心に向かって飛び込む。
 そして、彼は巨大な人型の何かへと変貌する。
 その背中には無数の黒い羽が生え、光の輪を背負い、身体には道化を思わせる紋様が刻まれている。
 右手には剣、左手には盾を持ち、胸と額には宝玉のようなものが埋め込まれているようだった。
 まさしくそれは、No.0愚者→No.21世界への進化の具現。
「まるで道化と神の融合体…、フール・ザ・ワールドと言うべきかっ…!!」
 奏真がそれが放つ圧倒的な自我領域を前にして思わず呟いた。
 そして、その未知の存在は己を中心にして世界を歪に改変して行く。
 下半身を海岸ビルと一体化させて取り込むと、建物は臓物を思わせる異形へと変化し、ボコボコと音を立てて脈動する。
「うわっ、なかなかの気持ち悪さですね…!!」
 安室は思わず呟く。
「あの程度に怯えるとは、相変わらずのヘタレ具合ですね」
 そう言う聖蘭はすっかり落ち着きを取り戻していた。
 ビル内部の警備に当たっていた一般生徒達は改変に巻き込まれ、テレビゲームに出て来る怪物のような姿に変貌して塔屋から次から次へと溢れ出て来る。
「きゃーっ!! なんかモンスター出て来たでっー!! あれって、ここに来る時に伸びてた生徒達やない…!?」 
「一体、どないしたら良いんや…!!」
 大河は涙を零して慌てる。
「そう言う時は自分に出来る目の前の事に集中すれば良い…、そうあの巨大な怪物…フール・ザ・ワールドと戦う事を考えれば良いんだ…!!
 おそらくあれを倒せばこの世界の破壊も、滅茶苦茶な改変も戻す事が出来るはず…!! 
 ここに居るみんなの力を合わせば不可能は無いよ…!!」
「そやな…!!」
 その場にいる全員は竜斗の声を聴いて落ち着きを取り戻す。
「奏真先輩に聖蘭さん、安室さんは完成された大アルカナを使って、フール・ザ・ワールドに直接攻撃を仕掛けるんだ…!!
 大河を始めとして他の戦える人達はビルの中から出て来るモンスターを止めて欲しい…!! ただし、殺さないようにね…!!」
「うちはどないする…?」
「夕鶴は僕と一緒に少し離れた所から戦いを観察して、フール・ザ・ワールドの弱点を探って欲しい…!! 闇雲に突っ込んでも勝てる相手じゃない…!!」
「了解…!!」
 そして、竜斗の作戦通りに動き出す面々。
 奏真、聖蘭、安室は自我領域を展開して各々の武器を具現化すると、建物の屋上から生えた異形の前に躍り出る。
「ふっ、何処から攻撃していいものやら」
「ほんとですね、幾らなんでも大き過ぎますよ…!!」
 戸惑っている三人に向かって巨大な剣が振り下ろされる。
「そんな事を言っている間に攻撃が来ます…!!」
 聖蘭の声で間一髪と言う所で避ける事に成功する。
 だが、次の瞬間には額の宝玉が光り、三人に向かって雷が放たれていた。
 聖蘭と安室は熟練した勘によって危険を察知して避けたが、二人に比べて未熟な奏真はその攻撃を食らって半身が黒こげになる。
「うわっ、奏真先輩相変わらず攻撃食らい過ぎやわぁ…!!」
 しかし、奏真は他の二人には無い、経験を補って余る程の能力を持っている。
「なかなか、強力な攻撃じゃないか…!!」
 奏真は慣れた様子で再生し涼しい顔をしていた。
「でも、あの攻撃食らったのが奏真先輩で良かったで…!! 他の人やったらアウトやったし…!!」
「よし、奏真先輩はチャクラムを使って、あの額の宝玉を狙うんだ…!!
 それと出来る限りあの雷を引き付けて他の人の弾除けになって欲しい…!! そして、もし他の人が怪我したら直ぐに回復させるんだ…!!
 辛い役目だけど、あの攻撃に対抗出来るのは奏真先輩しか居ない…!!」
「ふっ、そいつは責任重大だね…!!」
「あとは両腕やね…!!」
 聖蘭と安室は協力して重い剣撃を放つ右手を攻めようとするが、鉄壁の防御力を秘めた盾を持った左手に攻撃を阻まれてしまう。
 盾に攻撃を防がれてしまうのは額の宝玉を狙う奏真も同じ事であった。
「防御は硬いようですね…」
 そして、二人に生じた隙に右手が攻撃を仕掛けて来る。
「この攻撃もアホみたいに強力ですわー!!」
 二人の実力からして避けられない攻撃では無いが、それを繰り返せば体力が無くなってしまう事は目に見えていた。
「アカンよっ…!! これはジリ貧になるパターンやわ…!!」
「よし、二人の炎と氷の力を融合した合体技を盾に仕掛けてみよう…!! 自然の理を完全無視した合体技に勝る攻撃力は無いはず…!!」
 竜斗は昨日の戦いで聖蘭と安室の自我領域が交じり合った空間を思い出して言う。
 完成された大アルカナの力は自然の摂理を歪め、本来あり得ない現象ですら引き起こす事が出来るのだ。
「了解です…!!」
「行きますよ…、安室…」
 聖蘭は炎を纏った斬馬刀を、安室は氷を纏った槍を空中に出現させ、同期回転させながら盾に向かって解き放つ。
 氷が燃え、炎が凍る自然界ではあり得ない現象を受けた盾は、その未知のエネルギーが発する激しい光に包まれる。
「やったか…!?」
 だが、爆風を薙ぐように巨大な剣が聖蘭と安室に襲いかかる。
「な、なんだとっ…!?」
 大きな隙を見せていた二人は床面に振り下ろされた際に発生する衝撃波でダメージを受ける。
「どうやら、あの盾は一切のダメージを受けていないようですね…」
 クールな聖蘭の額に珍しく汗が垂れる。
「うそやんっ…!! ほぼ全ての攻撃を無効化するって反則やないのっ…!!」
「だったら、盾以外の場所を狙えば良いだけだよ、例えば盾を搔い潜って腕を直接攻撃するとかね…!!
 聖蘭さんの変幻自在な攻撃スタイルを持ってすれば十分可能な事だよ…!!」
「了解しました…」
 だが、五月蝿いハエを叩くように右手の剣が聖蘭に執拗な攻撃を仕掛けて来るので攻撃に転じる事は出来ない。
「こうなると右手と左手同時に攻めなきゃアカンよっ…!!」
「安室さんの能力で右手ごと凍らせて、一瞬で良いから隙を作る事が出来ないかな…?! 然したるダメージは与える事は出来なくてもそれで十分だよっ…!!」
「解りましたっ…!!」
 竜斗と夕鶴の作戦は見事機能した。
 安室が右腕ごと剣を凍らせて一瞬動きを止め、その隙に聖蘭は盾を搔い潜って左腕を直接攻撃する。
 左腕にダメージを受ける事で盾の動きが鈍くなり、奏真も額の攻撃を一人で引き寄せながらチャクラムでダメージを与える事が容易になる。
 更に額に攻撃を加えている間は電撃攻撃も影を潜めていた。
「よしっ!! いい感じやね!!」
 そして、ブンっと言う音を立てて額の宝玉と左腕が消滅する。
「やったでっ!! これで大分楽になるはずやっ!!」
 だが…!
 胸の宝玉が光ったかと思うと、瞬間的に左手と額の宝玉が再生した。
「うわっ、ズルイっ!! 再生なんて卑怯者のやる事やんっ!!」
「お前、それ言っちゃうの!?」
「ふっ、再生能力と言うのは敵にやられると良い気はしないものだな…!」
「はい…、正直卑怯だと思います…」
 そして、少し遅れて小さなダメージを蓄積された右腕が消滅するが、またしても胸の宝玉が光って瞬時に再生される。
「ボクの苦労も一瞬にして水の泡ですね…!!」
 しかし、フール・ザ・ワールドの攻撃を防ぐ為には、無駄だと解っていても今のやり方で攻撃し続けるしかない。
「やっぱり、あの胸の宝玉を先に片付けるしか無さそうだな…!!」
「でも、どうするん…? 他の人は精一杯の状態やで…!!」
「僕が行くっ…!! 武器はみんなに返しちゃったから、夕鶴のマシンガンを借りるよ…!!」
「気を付けたってね…!!」
「ああっ…!!」
 竜斗は戦場に躍り出て他の三人と阿吽の呼吸で作戦を共有すると、フール・ザ・ワールドの胸の宝玉に向けてマシンガンを零距離で一斉射出する。
「食らえっーーーーーっ!!」
 薬莢が踊り、硝煙が漂い、自我領域とぶつかって派手な光を上げているが、見た目の派手さに対してどうも手応えを感じなかった。
 案の定全ての弾薬を使い切ってたとしても、フール・ザ・ワールドの外観上に何ら変化は見られなかった。
「マシンガンが効かないならば、直接殴ってやるっ!!」
 竜斗はマシンガンを捨てて気を込めた拳を叩き付ける。
 だが、フール・ザ・ワールドは完成された大アルカナに匹敵する自我領域を持っているらしく、鉄板をガンガン叩いているような感触で竜斗の拳の皮は血に塗れる。
「くっ、硬いっ!!」
 つまり、完成された大アルカナに匹敵する程の攻撃力を持たない限り、太刀打ち出来ないと言う事だ。
「ダメやんっ…!! 竜斗センパイじゃ攻撃力が足りないんや…!!」
「竜斗…!!」
 他の面々は攻撃の合間を縫って竜斗に加勢しようとするが、その僅かな隙を見逃すフール・ザ・ワールドでは無く、下手すると瞬間的に全滅してしまう恐れがあった。
「これじゃ、手も脚も出ないや無いのっ…!!」
 だが、それでも竜斗は決して諦めない。
「手も脚もダメだったら頭も出してやるっ…!! それでダメだったら体当たりでも何でもすれば良いっ…!!」
 何度も何度も殴りつける。
 何度も何度も蹴り付ける。
 何度も何度も頭を叩き付ける。
 何度も何度も体当たりを繰り返す。
 全身が打ち身だらけであまりの痛みに悲鳴を上げながら。
「ぐっ…!! まだまだっーーーー!!」
 連戦に継ぐ連戦で体力が尽きかけ、もはや限界に近くなっても竜斗は攻撃の手を緩める事は無かった。
「竜斗センパイっ…!!」
 夕鶴は竜斗の痛々しい姿に涙を流すが、止めろと言う事は出来なかった。
 ここに集まった全員が己の限界へと挑むような戦いを続け、先が見えない苦しみの中で心が折れないで居られるのは、先頭で立ち向い続ける竜斗の気持ちに支えられているからだ。
 竜斗が諦めない限り、誰一人諦めようとはしないだろう。
 それが解っているからこそ、夕鶴はどんなに辛くても竜斗を止めはしない。
 見守り続ける事も戦いなのだ。
 フール・ザ・ワールドは無力ながら邪魔な存在である竜斗を鬱陶しがり、聖蘭に攻撃され動きが緩慢になった左手の盾でゆっくりと押し潰そうとする。
 当然、竜斗はそれに気がついていたが、限界に達した身体は思うように動かなかった。
「待ってろっ、こんな奴ぶっ殺して今助けてやるっ…!!」
 聖蘭が怒りを露にして怒濤のラッシュを仕掛け、竜斗に危害が及ぶ前に左手を滅ぼそうとするが、その壁はあまりに厚かった。
「マズいですねっ…!!」
 安室が顔を真っ青にする。
「逃げろ竜斗っ…!!」
 奏真が叫ぶ。
「竜斗センパイ、転がって避けるんやっ…!! 力が入らんでも身体を動かす方法はあるんやでっ…!!」
 夕鶴が自分自身の経験から竜斗にアドバイスを送る。
 仲間達の声に背中を押されるように竜斗は気力を絞り出し、間一髪転がるようにして盾での攻撃をかわす。
「僕はっ…、僕は…、最後の最後まで絶対に諦めないっ…!!」
 そして、間髪入れず再び盾が迫り来る。
「コイツを倒して皆を…、この世界を救うんだっ…!!」
 再び転がりながら避ける。
「姫を絶対に幸せにするって決めたんだっ…!!」
 だが、次の攻撃を避ける体力は竜斗に残されていなかった。
「だから、こんな所で死んでたまるかよっ…!!」
 竜斗は動かなくなった身体でフール・ザ・ワールドを鋭く睨みつけた。
 だが、巨大な盾は無情にも竜斗へと迫り来る。
 誰もが竜斗の覚悟したその時だった…!!
「貴方は死にませんわっ!! わたくしが命に代えても守りますからっ…!!」
 小柄な黒い影がビルの塔屋から溢れ出たモンスター達を薙ぎ飛ばしながら現れる。
 ツインテールにした美しい銀色の髪が風になびく。
 きめの細かい白い肌を露出させながら、フリルの付いた黒いドレスを翻す。
 ガーターストッキングに覆われた細い脚を振り上げる。
 厚底のブーツで地面を力強く蹴り出す。
 切れ長の瞳に刀剣を思わせる鋭い光を宿したそれは、人間の限界と言うものを遥かに凌駕したスピードで竜斗の元へと駆けて行く。
 そして、巨大な盾が押し潰す間一髪の所で、竜斗の身体を軽々と抱え救い出した。
 口元を僅かに歪ませ、静かな微笑を浮かべた。
「姫っ…!!」
 竜斗がその名を呼ぶ。
 香夜姫…、本名旭陽月夜。
 それは本当の強さを持つ史上最強の少女の名だった。
「なんで来たんだよっ…!! 僕は姫を戦いに巻き込みたくなかったのにっ…!!」
「ふふふっ、お馬鹿さんですわね。わたくしが貴方に会いに行く理由は一つに決まってますのよ。愛している…、ただそれだけですわ…!!」
 姫は竜斗をフール・ザ・ワールドから少し離れた夕鶴の元へと避難させる。
「馬鹿は誰だよ…。でも…、来てくれて嬉しいよ…」
 竜斗は後から、後から涙が零れ出るのを止める事が出来なかった。
「ごめんね…。竜斗が帰って来るのが遅いから、私が起して話しちゃったの…」
 姫の後からやって来た空が合流して言う。
「聖蘭さんを倒して計画を阻止したんやけど、タロットの力が暴走して世界の破壊が止まらなくなって、ブラフマンがそれを押さえ込む為にああなってもうたんや…!!」
 夕鶴が姫に状況説明した。
「まさか、お父様がそんな事を…。
 それに聖蘭さんを倒すばかりか味方に引き入れるなんて、まるで寝ている間に世界が改変されてしまったような気分ですわ…。
 本当に…、本当によく頑張ってくれましたわね…。
 幸せで…、幸せで…、嬉しくて…、嬉しくてたまりませんわ…」
 そう言って竜斗の傷付いた身体を愛おしそうに優しく抱き締める姫。
 それだけで竜斗の苦労は報われた。
「でも、あんまり無茶はなさらないで下さいな…。貴方の痛みはわたくしの痛みなんですから…」
「ああ、だからこれから先は最後まで一緒だよ…。嬉しい事も…、楽しい事も…、悲しい事も…、辛い事も…、全てを二人で分かち合おう…」
 そして、竜斗は姫と抱き合いながら唇を重ねる。
 音を立て舌を絡み合わせる。
 肩を抱く。
 背中をなぞる。
 尻の谷間にまで手を滑り込ませながら愛撫する。
 熱く燃え滾る互いの下腹部をすりあわせる。
 愛する人と一緒にいる。
 身体を触れ合わせる事が出来る。
 ただそれだけで力と勇気が湧いて来るようだった。
「帰ったらこの続きをしようか…?」
 先程まで力つきていたのが信じられないほど、竜斗の身体からは強い生命力が溢れ出ていた。
「ふふふっ、良いですわね…!! ではさっさと片付けてしまいましょ…!! わたくし達の力を合わせれば楽勝ですから…!!」
 姫は竜斗に予備の胡蝶刀を手渡すと、スカートの中から家宝の天叢雲剣を抜き出す。
 竜斗の身体からは陽の気が、姫の身体からは陰の気が立ち上がり、太極図のような紋様を描きながら交じり合って行く。
 そして、何処までも、何処までも転化し、無限大に気が高まって行く。
 易に太極あり。
 太極から両儀が生じた。
 そして、陰陽の精が一つとなって万物が産まれる。
 それは古来から伝わる哲学的世界観であり、男女の交りにより気を高め森羅万象の理に至る技法を房中術と言った。
 気を感じる事が出来ない空や夕鶴でも、二人の周囲の大気が歪み、何か大きな力が発せられている事が見て取れた。
「凄い…!! 二人から命の力が湧き出てるみたい…!!」
 空は顔を紅潮させて感動する。
「これはまさしく二人の愛の力やね…!! でも、あんな濃厚な絡みを見せつけられたら、恥ずかしくてしょうがないわぁ…」
 夕鶴は顔を真っ赤にしながら脚を擦り合わせモジモジしながら言う。
「うん、やっぱり二人一緒に居られるって良いよね…!!」
 そう言う空は今までの二人の道筋を思い出して涙を零した。
「行きますわよっ…!!」
「ああ…!! 一撃で決めてやるっ…!!」
 竜斗と姫はそれぞれの武器に気を込めた渾身の斬撃を放つ。
 姫の一文字斬り!
 竜斗の十文字斬り!
 白と黒の入り交じった激しい閃光を放つ最強の一撃は、フール・ザ・ワールドの胸部に大穴を空けていた。
 再生を司る宝玉は微塵も残っていない。
 そして、安室が右手を、聖蘭が左手を、奏真が頭部の宝玉を倒す。
 フール・ザ・ワールドは大地を揺るがすような轟音を立てて、眩しい光を放ちながら粒子が分解されて崩されるように消えて行った。

夢を現実に

「…どうやら、上手くやったようだな」
 すっかり元通りになった海岸ビルの自室で目を覚ました旭陽昇は、自分を見守る面々を見渡しながら言った。
 そこに居たのは走馬竜斗と青海奏真。
 それから彼の実の娘である香夜姫こと旭陽月夜と空の姉妹だ。
 旭陽昇は元通りになって何時ものスーツ姿のまま寝ていた。
 ただし、素顔を隠すサングラスは胸ポケットにしまったままになっていた。
「まったく、お父様も無茶しますわね…」
 姫は憔悴しながらも満足そうな父親の顔を見て飽きれる。
「月夜か…、お前には本当に辛い思いをさせてしまったな…」
 旭陽昇は姫の顔を見ると目を瞑る。
「ふふふっ、良いんですの…、お父様の気持ちはちゃんと解っていますから…」
 姫はそう言うと微笑んだ。
「そうか…」
 そして、旭陽昇は胸ポケットからサングラスを取り出すと静かにかける。
 しかし、溢れ出る涙を隠す事は出来なかった。
「お父さん…、お姉ちゃん…、本当に良かったね…!」
 その短いやり取りだけで、また遠い昔のように家族に戻る事が出来た。
 そう思うと空は嬉しくて嬉しくて仕方無く、奏真の胸に抱きつき声を出して泣いた。
「ふっ、家族と言うものは良いものだな…」
 奏真が空の肩を優しく抱いた。
「そう言う奏真も家族の一員でしょ…?」
「そうだな、ようやく本当の家族になる事が出来たって所さ…! でも、それは俺だけじゃないけどね…!!」
 そう言うと奏真は竜斗にウィンクする。
「では、お義父さん…、約束は守ってもらいますよ…!!」
 竜斗は奏真に頷くと、旭陽昇に向かって微笑みながら言う。
「まさか本当に君にそう呼ばれるようになるとはな…。良いだろう…、君を一人前の大人の男として認めて月夜を託すとしよう…!」
「あら、どう言う事ですの…?」
 一連の流れの意味が解らない姫は首を傾げながら聴く。
「僕が姫を連れて帰るって事だよ…、さぁ、行こうか…!!」
「何だか解りませんが、妙に頼もしいですわね…!」
 竜斗は姫をエスコートしながら退室する。
「ふっ、しっかりやれよ、兄弟…!」
「月夜お姉ちゃんも、竜斗お義兄ちゃんもお幸せにね…!!」
 そんな二人に奏真と空がエールを送る。
 そして、部屋の外に出た所で姫が竜斗に聴いた。
「ふふふっ、竜斗さんったら、ようやく空さんに兄と呼ばせる事に成功したんですのね…!」
「ああ、長い事苦労した甲斐があったよ…!!」
 旭陽家の自宅兼診療所を出てエレベーターに乗ると、一階のロビーでは元大アルカナとそのパートナーを始め大勢の生徒が出迎えていた。
 人の群れはまるでモーゼの十戒のように二人の行く道を開けて行く。
「よもや、あの怪物を倒してしまうとは、流石我が輩の王者の技を受け継ぐ男なり!!」
 生徒会長は副会長を従え、扇子を仰ぎながら二人を祝福する。
「しかもテメェ、その奇天烈な女と肩を並べて戦うって夢を叶えたじゃねぇかよ!!」
「やるじゃないか、アンタ…!! 絶対に諦めないって言うその気持ちは伊達じゃないねぇ…!!」
 工藤と木村は病院で竜斗に説得された時に姫と一緒に戦う事が夢であると聴かされていたので、最終戦での最後の一撃を見た時に密かに誰よりも感動していたのだった。
「我々も敗北を糧にし貴殿に負けないような武士を目指して精進しようではないか!!」
 かつて生徒会四天王と呼ばれた恐れられた四人であったが、武闘派である事は変わりなくても歪んだ思想は何処にも無かった。
「ぼそっ、ぼそぼそっ…」
「まさに物語のヒーローとヒロインはお前達だな…と図書委員長は申しています」
 図書委員の二人は相変わらずな感じであった。
「最高のっ、Finaleをっー!!」
 そこにビジュアル系が現れ、珍しく日本語の織り混ざった台詞を言う。
「おいっーーーっ!! お前は英語の台詞しか喋らないキャラじゃねぇのかよっ!!」
 図書委員長はビジュアル系のあるまじき失態に思わず自分で突っ込んでしまう。
「そう言う図書委員長もキャラが崩壊しています。まったく最後の最後まで自分のキャラを貫き通して欲しいものです…と私は自分で申してみたりします」
「なんだったら、今ここで漏らしてやろうか…!?」
「の、No,Thank Youでーす…!!」
「もはや、台詞が全然ビジュアル系じゃありませんね…と私は言われるまでも無く自分で申します」
 図書委員とビジュアル系と言う異色の組み合わせは、まるで漫才でもしているかのようなノリだった。
「良かった…、間に合ったね…!!」
 宝塚が竜斗の元に駆けつける。
「そんなに慌ててどうしたの…!?」
 まるで練習の後のように汗だくになっている様子だった。
「これ…、みんなでお金出し合って…、私が元町の駅前まで急いで買いに行ったんだ…! 私達の気持ちだから受け取って欲しいの…!!」
 宝塚はそう息を切らせながら言うと、竜斗に耳打ちして小さな箱を渡す。
「本当にありがとう…!!」
 竜斗は宝塚の肩を抱きながらお礼を言う。
「うん…、喜んでもらえて嬉しい…! 幸せになってね…!!」
「宝塚さんこそね…!!」
 そして、外に出ると聖蘭、安室、大河、夕鶴の四人が待っていた。
 建物前の道路には聖蘭の愛車である青色のユーノスロードスターが停まっている。
「よっ、待っとったで相棒ーっ!!」
「安室さんから聴いたけど、ヘタレの竜斗センパイにしては良い事考えたやないの…!! まぁ、それもうちのお陰やけどね…!!」
「ちぇっ、恩着せかましい奴だなぁ…。でも、粉うことなく事実だし、一応お礼を言っとくよ…!!」
「一応ってなんや、アホぉ…!!」
「夕鶴、お前先輩にその口の聞き方無いと思うで…!!」
「ほーっ、お前ヘタレの癖にうちに説教するんか…!? 良い度胸やないの…!!」
 夕鶴は手をゴキゴキ鳴らし、大河の股間を狙う気まんまんだ。
「俺はもうヘタレや無いで…!! やれるもんやったらやってみれや…!! ホレホレっ…!!」
 そう言うと大河は大の字に両手両足を広げ夕鶴に股間を突きつける。
「おおっ、大河くんまでその必殺技を使うとは…!! それでこそ男と言うものですよっ…!!」
 安室は大河に自分の姿を重ね合わせて感動する。
「お前ら、ホンマに最低やね…!!」
「ええ、最低です…」
 夕鶴と聖蘭は呆れ顔だ。
「ふふふっ、素晴らしい技ですわね…!!」
「何処がだよっ…!?」
 他の女性陣とは正反対の感想を言う姫に竜斗は思わず突っ込んだ。
「解ったからそのポークビッツしまえや…!! しゃーないから、竜斗センパイを先輩として認める台詞を言ったるよ…!!」
 夕鶴は意を決してぶりっ子っぽい顔を作る。
「竜斗先輩、頑張って下さいっ!! うち応援してますわっー!! って恥ずかしっ!!」
 そして思いっきり可愛らしく言うが、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして蹲る夕鶴。
「やっぱ無理やんっ!! 竜斗センパイはセンパイであって先輩や無いしっ!!
 って言うかさっきからこのキャラ崩壊ラッシュなんやの…!? うち付き合ってられへんよっ…!!」
「夕鶴まで無理にキャラ崩壊させる事は無いよっ…!! 夕鶴は夕鶴で十分さ…!!」
 竜斗は笑いながら夕鶴の肩を優しく叩いた。
「ホンマに…!? そう言ってくれると助かるわー!!」
「んじゃ、そろそろ行くよ…!!」
 そして、皆の顔を見回し竜斗は手を振った。
「私のロードスターを使って下さい。かなりチューニングはされていますが、ディアブロやシルバークラウド・ツーに比べたら運転は容易かと思います」
「ありがとう…!!」
 竜斗は聖蘭から鍵を受け取ると、ロードスターの助手席のドアを開けて姫をエスコートする。
「あら、免許も持っていない貴方が運転しようって言うんですの…?」
 竜斗は笑いながらロールゲージに囲まれた運転に滑り込む。
「まぁね…!」
「その為に旦那様のお力でトーナメントと同じような超法規的な処置を取って頂き、走行するルートを完全閉鎖したんですよ…!」
 安室が説明する。
「ふふふっ、お父様まで手駒に使うなんて素敵な事を考えますわね…! でも、お家に帰るだけにそこまでする必要があるんですの…?」
「うん、その前にちょっとだけ寄りたい所があるんだ…! んで、この車どうやって動かすの…!?」
 そして、竜斗の一言でその場にいる全員がずっこけた。
「ふふふっ、わたくしが教えてさしあげますから、焦らず行きましょう…!」

 海岸ビルを出たユーノス・ロードスターは現代的なビルの立ち並ぶ国道2号線を東に走り、二つ目の税関前交差点で右折して高速のガード下をくぐる。
 閉鎖された道路の各交差点には奇術部を筆頭に県立高校の生徒達が立っていて、ロードスターを正しい順路へと誘導していた。
 そして、すぐ次の税関本庁前の交差点で右折する。
 カーオーディオからは聖蘭が買ったのであろう7月1日に発売された、L'Arc~en~CielのArkと言うアルバムが再生されている。
「初めて運転したわりにお上手ですわね…!」
「何時も姫や聖蘭さんの運転を近くで見てて、操作と動きの関係性ってのは大体解ってたから、実際運転しながらイメージと現実のズレを修正してるんだ…!」
「理の修行で培った関連性を結びつける考え方と、多彩な武器を使いこなす為の応用力の成せる技ですわね」
「でも、失敗するとエンストするとか、初めて知る事の方が多いけどね…!!」
 神戸らしい古めかしい趣きの税関本庁前を通り過ぎると、京橋ランプで右折して阪神高速3号神戸下り線に入る。
 加速車線に入ったその時、アルバムの3トラック目に収録されたDriver's Highと言う曲が流れた。
 アニメの主題歌にも使われた疾走感のある曲で、刹那なスピードの中で命を燃やす青春を思わせるような歌であった。
 感情の赴くままアクセルを踏み込むとロータリー・エンジンが勢い良く吹き上がり、甲高く軽快なエキゾーストノイズを奏でながら高速の本線に向けて力強く加速する。
 アクセルワークに忠実なロータリー・エンジンのレスポンスは、正しくチューニングされた楽器を思わせた。
 阪神高速3号神戸下り線は神戸の海沿いを東西に走る高架式道路だ。
 左右に立ち並んだ高いビルが後ろへと流されて行く。
 幾つかのゆるやかなコーナーを路面に這いつくばるようにして駆け抜け、長い直線の区間に入ると強い西日が射し込み思わず目を細めてバイザーを下ろす。
 朝の雨が嘘だったかのように昼下がりの空は気持ち良く晴れ渡り、まるで世界そのものの色が違って見えるかのようだった。
 火照った肌を冷やす為にエアコンを付けると、芳香剤の甘い林檎の香りが車内に広がる。
 ザラザラしたノイズと共に路面を転がるタイヤの感覚や、高架のエクスパンションを超える度に腰を叩く硬いサスペンションの感覚が心地良い。
 やがて、運転感覚のズレが修正されると、車そのものが自分の身体のように思えた。
 そして、直線区画を抜けて大きく右カーブすると小高い山が見えて来る。
 ちょうどオリックス・ブルーウェーブの本拠地グリーンスタジアム神戸のあるあたりだ。
 幾つかのカーブとトンネルを抜けて山を越えると、幾十にも路線が交差する垂水ジャンクションに辿り着く。
「ふふふっ、ここは日本でもっとも複雑だと言われる難所ですわ…。果たして迷わないで抜けられますでしょうかね…?」
 姫は笑いながら言う。
「大丈夫さ…! 手は打ってあるから…!!」
 垂水ジャンクションの分岐点には今までの交差点と同じように、県立高校の生徒達が立ち竜斗が間違わないように誘導していた。
 地味ながら大アルカナとして選ばれた貧乏学生の姿も見える。
「あら、こんな所にも誘導する方を配置していたんですのね…!!」
「まぁ、どんな対策をしたとしても間違いを避けられない事もあるし、最終的には失敗を恐れずに自分の信じるまま突き進むだけだよ…!!
 どんなに道を間違ったとしても、焦らずに修正すれば良いんだから…!!」
「ふふふっ、貴方も言うようになりましたわね…!」
 そして、垂水インターを神戸淡路鳴門自動車道方面に向かい、長いトンネルを抜けると突然視界が大きく開ける。
 淡路島へと渡る明石海峡大橋は青空に向かって何処までも伸びているかのようだった。
「まるで、お義父さんの大アルカナの能力みたいに、姫と一緒に空を飛んでいるような気分だよ…!」
「ええ、本当に…、夢みたい…、ですわ…!」
 竜斗がバックミラーを見ると、姫の頬が光るのが見えた。
「姫…」
「何も言わなくても…、解っていますわ…。貴方がわたくしとの約束を果たす為に…、皆さんの力を借りて…、頑張ってくれたと言う事を…」
 姫は止めどなく涙を零し嗚咽をこらえながら、一語一語を絞り出すように言う。
「わたくしは…、最初に産まれた世界で…、貴方の前世である双間創真さんの運転で…ドライブを楽しんだ事が…、長い間…、忘れられなかったん…ですの…。
 何度も…、何度も…、生まれ変わっても…。
 二度と戻れない思い出は苦しみでしかないから…、忘れてしまいたい事なのに…。
 ふとした時に楽しい思い出が蘇って…、虚しさを埋めるように…、思い出の曲を流しながら刹那的なスピードに…、何度も身を任せました…。
 事故で内蔵が破裂して…、死んで…、しまった事もありました…。
 でも、決して心が満たされる事は…、ありませんでしたの…。
 そして、強く思いました…、わたくしはただ死ねないと言うだけでは無く…、今を生きては居ない人間なんだと…」
 姫は涙を拭き取ると、臍下丹田式呼吸法で心を整える。
「それからは知っての通り、わたくしは自分の人生を取り戻す努力をしました…。
 そして、長い人生の果てに貴方と出会って、免許を取ったらドライブに連れて行って下さると約束して頂いた時です…。
 本当の本当に自分の人生を取り戻す事が出来たんだって…、そう思ったんですの…」
 姫は竜斗の横顔を見て笑う。
「姫…」
 竜斗は胸が高鳴り居ても立ってもいられず、自分の左手を姫の右手に重ねた。
「しかし、世界の再構築を止める事が出来たとしても、わたくしは貴方が免許が取れる年齢になるまで待つ事は出来ません…。
 だから、それは見果てぬ夢だと…、そう思っていました…。
 それなのに…、貴方は人々の心を動かして、その夢を叶えてしまいました…。
 本当に…、本当に…、嬉しくてたまりませんわ…!
 貴方には大アルカナに頼らずとも…、夢を現実に変えられる力が本当にあるのかも知れませんわね…!!」
「うん…、でもね、その力って…、そんなに特殊なものじゃ無いと思うんだ…。
 本当は誰もが自分自身の人生の主人公になって、周囲の人に影響を与えて夢を現実に変えて行ける力を大なり小なり持っている…。
 だけど、みんな力の使い方が解らないだけなのさ…。
 旭陽家に伝わるノウハウもその力を開花させる物で、儀式として形骸化しちゃってるから解りにくいけど、本当はもっと単純で簡単な事なんだと思う。
 周囲の人を大切にしながら生きられる優しさと、どんな事にだって前向きになれる強さを持てば良いだけなんだよ…!
 一生懸命生きれば人の気持ちを動かす事が出来るから…!!」
 竜斗は少し余所見し、姫の膝に手を置いて微笑む。
「そして、僕がその力を発揮する事が出来たのは、姫が一生懸命生きる本当の強さを教えてくれたからさ…! ありがとう、姫…!!」
 姫は顔を赤らめながら言う。
「お礼を言うのはわたくしの方ですわよ…! もう…、本当にお馬鹿さんなんですから…!!」


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