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自己の主張

 1999年7月15日(木)
 一面の朝靄に包まれた神戸の街は、まるで雲海にビルが浮んでいるかのような幻想的な光景を作り出していた。
 そんな神戸の街の小高い丘の上。
 趣きある古い洋館の立ち並ぶ北野異人館の中でも、ひと際立派な風貌を持つ風見鶏の館は、公園のように整備された石垣の上で堂々と佇んでいた。
 その二階にある寝室。
 走馬竜斗は左眼を襲うズキズキとした痛みで目を覚ました。
 ふわふわとした髪は湿気を帯て額に張り付き、少女と見紛うばかりの中性的な顔の左目には湿布が貼られ、包帯が巻かれている。
 竜斗は天上を眺めながらその怪我を負った経緯を思い出す。
 ブラフマンが考案した特別授業と称した実験がいよいよ開始された。
 アルカナの暗示を受けた異能力を持った生徒同士をトーナメント形式で戦い合わせ、最後まで生き残った者が最強のアルカナNo.21世界…つまりは神に至ると言う事を証明するものだ。
 一昨日のトーナメント初日は大河と男装の麗人である宝塚の戦いであったが、大河は善戦したものの宝塚の能力によって小さな女の子の姿にされた挙げ句に負けてしまった。
 そして、試合後に何時までも塞ぎ込んでいた為、パートナーである夕鶴にもふられてしまった。
 そんな大河を生徒会書記は汚い言葉で罵り馬鹿にした。
 竜斗は大河が心の問題で歩けない夕鶴に勇気を与えようと頑張っていた事を知っていたので、そんな彼の思いを一方的に踏みにじる生徒会書記が許せなかった。
 その翌日行われるトーナメントでは竜斗と生徒会書記があたる事になっていた。
 怒りに燃える竜斗は何が何でも生徒会書記に勝って、大河に謝らせてやると心に誓い戦いへと望むのであった。
 だが、現実はそんなに甘いものではなかった。
 竜斗は姫によってブラフマンの計画を狂わせる為に送り込まれた無能力者。
 生徒会書記はブラフマンによって計画を実行する為に作り出された能力者。
 能力の有無の差は決して小さくは無かった。
 竜斗はブラフマンの集団催眠を受けていない為に、暗示によって具現化された道具や能力は効きづらいが、直接的なダメージは避ける事は出来ない。
 それだけでも不利であるのだが、能力者の持つ自我領域は尽く竜斗の攻撃を阻み続ける。
 その結果、竜斗は誰もが目を覆いたくなるような一方的な暴力を受け続けた。
 だが、僅かな時間で心を通わせる親友と呼べる存在となった大河の名誉の為…。
 竜斗を信じて厳しくも優しく指導してくれる姫の為…。
 倒れても、倒れても、決して諦めずに戦い続け続け、その気迫は生徒会書記をも圧倒し、最後には姫に教わった技が炸裂し辛くも勝利を掴んだのだ。
 何故、生徒会書記の自我領域を破る事が出来たのかは不明ではあるが、結果として勝てた事は確かだった。

 そして、戦いを終えた放課後。
 姫による応急処置を受けた竜斗は、校庭のど真ん中で生徒会の書記と会計を正座させ、大河に向き合わせていた。
 真っ赤な夕焼けがその場にいる四人の影をグランドに落とす。
「さて、約束通り大河に謝ってもらおうか…!」
「ふざけんじゃねぇ!! 俺は油断しただけだ!!! こんな弱い奴に負けるわけねぇだろダボォ!!!」
「貴様見苦しいぞっ!!!」
 そして、凛とした声を響かせながら、颯爽と生徒会長と副会長が現れた。
「敗してなお醜態を晒すと言うのならば、我が輩が粛清してやるっ!!」
 生徒会長は正座している書記の腕を掴む。
「や、やめてくれぇ!!!」
 そして、生徒会長は会計の腕を曲がってはいけない方向に折り曲げた。
「ぎゃーーーーーーっ!!」
 そして、涙を流し咆哮を上げる書記に馬乗りになり殴りつける。
 幾ら書記が泣き叫び暴れようとも、完全密着した上で膝で締め上げた生徒会長の身体は根を張ったかのように重くビクともしなかった。
 生徒会長は返り血を浴びながら、その顔を何度も、何度も殴りつけた。
 そう、動かなくなるまで。
 そのすぐ隣で副会長も書記に対して同様の粛清を会計に行い、グランドは二人の血で真っ赤に染まっていた。
 目の前に起きた事に戦慄を感じざるを得ない竜斗と大河。
「な、仲間になんちゅうことを…」
 大河は恐ろしい物を見た事で青ざめながらガクガクと震えていた。
「我が臣下が見苦しい様を見せてしまったようだな」
「あんな奴でも仲間だったはずだ!! それなのに何故!? 何故こんな酷い事をしたんだ!?」
「決まっているでは無いか? 敗者に価値など無いのだぞ。
 力のみが人の存在価値であり、力を証明出来なかった者は自己主張する事はおろか存在する事すら許されぬ。
 故に勝者にただ従うか、潔く死を選ぶ事が美学なのだ。
 此奴はそれが解らぬ下賎の者故、さぞかし貴殿の気分を害した事だろう」
「そ、そんな事って…」
「それに引き換え貴殿は能力を使えぬのに、素晴らしい精神力で戦いを勝ち抜いた。
 私は強者が好きだっ!!
 我が輩の理解を超越した異質な強さを持つ貴殿は、最早愛していると言っても過言ではないっ!!
 勝利を持ってその強さを示した貴殿を祝福しようっ!!」
 生徒会長は血塗られた手を竜斗に差し出すが、リュウトはその手を払いのける。
「僕は弱い存在だっ!!
 だけど、友達を馬鹿にされた事が許せなかったし、僕を信じて支えてくれる人がいたから勝てたんだ!!
 仲間をそんなふうに扱う奴は許せない!!」
「良いだろう!! 所詮、人は言葉では語り合えぬものなのだ!!
 勝てば官軍、負ければ賊軍!! この世は弱肉強食!!
 貴殿の正義、勝利を持って証明するが良い!!
 勝ち進めばいずれ我が輩と当たる事もあるだろう!!
 その時を楽しみにしているぞ!!!」

 その後、大河と共に風見鶏の館に帰宅したものの、夕食の時間になって痛みを伴って発熱し始めた。
 それも当然の事だろう。
 姫の調合した特製湿布を患部に貼り、漢方薬を飲んで活法…ツボへのマッサージを受けたり、氷嚢で冷やす等の応急処置を受けていたが、あれほどの怪我を負ってしまったのだ。
 おそらく、今まで痛みを感じなかったのは興奮で感覚が麻痺していたからであり、ほっと一息ついた途端に感覚が戻ったのだろう。
 一階にある広いダイニングのテーブルに突っ伏す竜斗に対し、桝田聖蘭が特製の薬膳粥を持って来た。
 相変わらずのバロック時代を思わせるメイド服で、温和な笑みを浮かべたクールな表情であったのをピンぼけした記憶の中でも覚えている。
 突然、発熱したのに手際よくお粥が出て来たのは、始めからこうなる事が解っていたのかも知れない。
 恐らくそれを予見していたのはこの屋敷の主人であり、竜斗を本当の強さを手に入れる為の戦いへと誘った謎の少女…香夜姫だろう。
 姫は自宅でも長い銀髪を二つの束にして垂らしした髪型で、黒いゴスロリファッションと言うお決まりの格好だった。
 そして、熱で意識朦朧とした竜斗を優しく抱きかかえ、木製のスプーンでお粥を食べさせた。
 思い返してみれば意識がしっかりしていない事が悔やまれる程の密着度合だったと思う。
 そんな竜斗の様子を幼女姿の藩臣大河が心配そうに見ていた。
 大河は元々はツンツン頭の男子高校生だったが、宝塚の能力攻撃を受けて以来、ベリーショートヘアーの小さな女の子となってしまった。
 この時は上下緑色のジャージと言った格好だった。
 その後、竜斗は姫と聖蘭に自室に担ぎ込まれベットへと寝かされたわけだが、姫から信じられない一言を聴いた事によって一瞬にして意識が戻って来た。
「さて、修行の時間ですわ」
 まさしく、青天の霹靂と言った感じだった。
「こないな時まで修行なんて、そんなアホな!!」
 竜斗は大河の意見に無言で頷いた。
「こんな時だからこそ、ですわ」
「な、なんやてぇ!?」
「今日は臍下丹田(せいかたんでん)式呼吸法と言う気功の訓練をしますわ。
 これは戦闘に置いて精神を集中させる事に有効であり、暗示による能力等の精神に起因する攻撃に対しての防御力を上げる事が出来ますわ。
 また、日常生活でも心身の状態を整え、抗体力を高める事にも使えるんですわよ」
「なんや、てっきり技の修行するかと思ったけど、心配して損したでぇ…」
 とほっと胸をなで下ろす大河。
「何も戦闘技術を覚えるだけが修行じゃありませんわよ。
 わたくしの教える新武芸は武士が学んだとされる古武術を基礎にしていますが、それは考え方や体調の管理までを含んだ生きる為の方法なんですわ。
 それに人間は状態に左右されてしまう生き物ですが、その状態の中で出来る事を考えて行動し続ける事が大切なんですわ。
 そして、それを積み重ねる事で状態に左右されずに生きる術を身につける事が出来るんですの。
 そう、これも強くある為の鍛錬の一つなんですわよ」
「…僕はやるよ。自分自身で決めた事だから、最後まで貫きたい…」
「もの凄い根性やぁっ…!」
 大河は涙腺を緩める。
「大河さんは床にあぐらをかいて、行ってみて下さいまし」
「こんなんで良いか?」
「本来ならば姿勢も重要な要素なのですが、今回は戦闘中も含めて何処でも使えるように、呼吸法に集中して練習しましょう」
「イエス・マムっ!」
「臍下丹田式呼吸法と言うのは読んで字の如く、おヘソの下にある下丹田と言う部分に気を集中させる呼吸法ですわ。
 起源はかのブッタが悟りに至る過程で作り出した修行法が元であると言われ、一概に臍下丹田呼吸法と言っても、その長い歴史の中でインドのヨーガから、中国の気功術や武術、日本の古武術等、様々な型式で応用されて来た為に、何が正しい方法とは言い切る事は出来ません。
 ですが、全ての方法に共通する事は、大きな世界…空や大地と一体となるようにイメージし、常に丹田に力を入れ続けるように集中する事、呼吸に合わせてお尻の穴を積極的に使用する事ですわ」
「ケツの穴を使いまくるって、とんでもない言葉の響きやなぁ…」
「あら、何を想像してらっしゃいますの?
 お尻の穴はあくまで排泄器官ですわよ。それなのに良からぬ想像を抱くようだから、元の姿に戻れないんじゃなくて?」
「いらん誤解を招く事言わんとってや!!」
 竜斗は意識朦朧とした身体で、身を構えるような動きをする。
「お前も本気にすな!!」
「では、実際にやって見るとしましょう。
 息を吐く時はお尻の穴を緩めて、丹田から空気を絞り出すように口から。
 息を吸う時はお尻の穴を閉めて、丹田へと空気を溜め込むように鼻から。
 一連の呼吸はゆっくりと確実に行い、一定のリズムを整えるようにしながら、三セットぐらいずつ繰り返します。
 その中でご自身の丹田から外界に向けて気を放出する、外界からご自身の丹田へと気を吸収すると言う気の流れをイメージし、大きな存在と一つになっていく感覚を持つと良いでしょう」
 暫しの沈黙…。
 静かな室内なこぉーっと言う息を吐く音だけが響く。
 だが、普段無意識に行っている呼吸を意識して行い、複数の要素を加わえようとするのは思いのほか難しく、どうしてもチグハグした感じになってしまう。
 特にリズムを整える事まで意識が回らないし、イメージをしている余裕が無い。
「どんな事でもそうですが、始めから全てを完璧にやろうとしては駄目ですわよ。
 まずは簡単に出来る事から繰り返し、確実に出来るようになってから、次の要素を加えてと徐々にステップアップして行くと良いですわ」
 竜斗はまずは肛門を閉める緩める、腹を膨らませる凹ませると言った事を繰り返し、確実に出来るようになってからそのリズムを整えて行く事にした。
 竜斗は寒気がしていた身体が次第に腹を中心に温かくなって行くのを感じ、何時しか心地よい虚脱感に包まれつつ深い眠りに落ちて行った。
 そして、気がついたら痛みによって目覚め、朝を迎えていたわけだ。
 やがて、意識がはっきりして来ると、額に置かれた氷嚢が適温に保たれている事に気がついた。
 誰かが夜通し看病し続けなければ適温は保てるわけが無い。
 一体誰が…?
 横を見るとそこには椅子に座ったままベッドに寄りかかるように眠りに付いたネグリジェ姿の姫がいた。
 いつもは長い髪を側頭部でふたつに分けているが、この時はキャップに包んでまとめあげていた。
 始め見る姫の姿に竜斗は愛おしさを感じてしまう。
 姫の隣にある車輪の付いた台車の上には、お湯の張られた洗面台とタオルが置かれていた。
 そう言えば沢山汗をかいたはずなのに、やけに身体がすっきりしている。
 おそらく、姫が身体を拭清してくれたのだろう。
 その場面を想像すると恥ずかしさの中に妙に興奮するものを感じる…ってか、結構元気な自分に苦笑する竜斗。
 当然完治には至って居ないし痛みはあるものの、腫れも引いて来ているし昨日よりも大分ましだ。
 これだったら、学校に行っても問題ない次元だろう。
「ありがとう姫…」
 竜斗は姫の頭をそっと撫でた。

 登校時間を迎える頃にはすっかりと日が上がり、朝だと言うのにも関わらず強い日差しがガンガンと照りつけるようになっていた。
 県立高校の生徒達は額に汗を浮かべ白いシャツを汗でべったりと貼り付かせながら、列を作って傾斜が急な通学路をせっとと登って行く。
 その坂の頂きにはロマネスク様式の城を模した校舎が聳えていた。
 竜斗達は聖蘭の運転する車で送迎してもらい、特別授業で選ばれた生徒達に充てがわれた教室へと入り込んだ。
 さすが特殊な能力を持つ生徒とそのパートナーだけあり、皆一様に強い個性を持った者たちばかりだ。
 だが、そのアクの強い生徒達が一斉に竜斗に視線を注いだ。
「なっ!?」
 竜斗は驚き慄く。
 やはり、薬草を染み込ませた湿布を包帯で巻いた、怪我人丸出しって姿が目立つのだろうか?
 そんな竜斗に空と夕鶴と談笑を楽しんでいた奏真が歩み寄って来る。
「やぁ、おはよう!!」
 青海奏真はとびきり爽やかな笑みを竜斗へと向ける。
 シャキーンと効果音が鳴り響くような白い歯が眩しい。
 相変わらず背が高く髪もサラサラで、カスタムした制服を見事に着こなすモデルのような男だ。
「ああ、おはよう…ってか、何でみんなして僕を見てるのよ!?」
「ふっ、君は自分の魅力に無頓着なんだね。…まぁ、それが君の素敵な所でもあるんだけど」
「へっ!?」
「お兄ちゃんったら、なんでそう変態な事ばっかり言うのよぉ!!」
 奏真の傍らに寄り添った空は彼を上目遣いで見ては顔を赤くする。
 奏真はそんな空の反応をじっくり楽しむように言う。
「男でも女でも素敵な人は褒めずにはいられない。それが、俺なりの挟持ってものさ」
「本気で意味が分からないんだけど…」
「能力を使わないのに生徒会書記を倒すなんて、誰もが無理だと思うような事をやってのけたんだぜ。そう、みんな君を尊敬しているのさ!」
「僕なんて全然大した事無いし、注目されても困るんだよなぁ。
 だって、奏真先輩みたいに強い人だったら、能力を使わないで相手を倒すぐらい、余裕でやってのけられるでしょう…」
 竜斗が思い出したのは転校初日に風紀委員の取り巻き達を一瞬にして倒した奏真と、能力者である風紀委員長をぶっ飛ばしてしまった姫の圧倒的戦闘能力だ。
 竜斗はと言うとしつこさで勝ったようなもんだし、彼らの強さには遠く及ばないのは明白だ。
「どんな能力者であろうとも人間である以上弱点はあるし、それをうまく突けば俺でも能力を使わないでも勝てるだろうね」
 自分の実力をさらりと肯定して、全然嫌みじゃない所が憎たらしい程カッコいい。
「だが、俺も完璧とは程遠い弱点を持った人間だから、大きなリスクを背負った戦い方は出来ないさ。
 だから、リスクを背負っても何かを貫き通す、君の精神力は素晴らしいと思うよ」
「僕はただ一生懸命やっただけさ。その結果、ミイラ男の仲間入りだけどね」
 と竜斗恥ずかしさを誤摩化すように戯けて言う。
「でも、痛そうやわぁ…」
 奏真の後を追うように車椅子を移動させて来た堀江夕鶴が、あんぐりと大きく開けた口を押さえる。
 日本人形を思わせる長い黒髪の美しい容姿だが、大河をも凌駕する的確な突っ込み具合で、男の急所ばかり狙う凶暴な一面を持つ。
 ひょっとすると誰よりも逆らうと恐ろしい人物かも知れない。
「痛そうやわぁ、じゃなくて実際痛いんやって…。見りゃ解るだろ、ドアホぉ…」
 竜斗の影に隠れた大河が文字通り夕鶴に陰口を叩く。
 大河は聖蘭特製の子供サイズの夏服を着ている。
 上は女子の制服を思わせるセーラー服で、カーキ色のズボンは半ズボンになっていたりと、ハイセンスに可愛らしくアレンジされている。
「はぁ、何か言うたかぁ? 言いたい事あれば表出てハッキリ言いや、男らしく無い! そんなんやから、まだ元の姿に戻れないんや!!
 それになんやその格好は? 幾らなんでも可愛過ぎやろ! タマだけで飽き足らず男としてのプライドも無くしたんか!」
「うっさいハゲ! 俺はともかく聖蘭さんの作った服を馬鹿にすんのは許せへんっ! 俺は聖蘭さんの作った服着れればそれで幸せなんやっ!!」
「また、お前はメイド、メイドとうっさいなぁ!! そんなメイドが良いなら冥土に行ってまえ!!」
 大河と夕鶴は幼なじみでトーナメントにもコンビを組んで参加していたのだが、第一回戦で敗退した際に仲違いをして以来険悪な雰囲気が続いている。
「あのさぁ、いい加減に喧嘩すんの止めたら!?」
 大河は夕鶴の為に戦っていたのだが、彼女に自分の気持ちを伝えていないので誤解されているのだ。
 竜斗はその事を知っているからこそ、二人のすれ違いが無益な事のように思えて仕方無かった。
「ふっ、喧嘩とは仲の良い夫婦のコミュニケーションのようなものなのさ」
 奏真は苦笑するように言う。
「誰が夫婦喧嘩やっ!!」
 と大河と夕鶴は声を合わせて奏真に突っ込む。
 そして、互いの顔を合わせて赤面する。
「なんだ、結局仲が良いじゃんか」
 竜斗がニカニカしながら二人を見渡すと、大河と夕鶴はますます小さくなる勢いだった。
 そんな竜斗の様子を見て旭陽空は満足そうに笑う。
「でも、ひっとしたら怪我が酷いんじゃなかって、ドキドキハラハラしてたけど、元気そうで良かったぁ!!」
 空が竜斗に向かって太陽のように眩しい笑顔光線を発射する。
 小さな顔に大きな瞳が爛々と輝き、ぽよっとした頬にはエクボが浮かび、ショートヘアーの頭にはリボンがちょこんと立っている。
 飼い主にかまってとせがむ小動物みたいであまりにも可愛い。
 こんなに愛くるしい人間が存在して良いのだろうか?
 竜斗の胸は大げさに高鳴り、一気に変な汗が吹き出す。
「まぁ、暫くは包帯姿だけどね」
 竜斗は気恥ずかしさを誤摩化すように頭をポリポリ掻く。
 声のトーンが反オクターブ上がっていたかもしれない。
「空は包帯姿も好き! だって、漫画のキャラクターみたいでカッコいいもんっ! 包帯で不思議な力を持った目が封印されてるんじゃないかって想像するとワクワクするし!!
 あ、包帯を外す時は『もう後戻りは出来ないぜ。巻き方を忘れてしまったからな』って言うのを忘れないでね!!」
「それ、夢見がちって言うか、もはや病的な発想やで!!」
 夕鶴がジト目で空を見る。
「…そうか、包帯姿はカッコいいのかっ! よし、このままずっと包帯姿で行こうぉ!!」
 竜斗は拳を振るわせながらブルプルする。
 空のアホな言動を見ていると心の底から元気が湧いて来るので不思議だ。
 きっと、何か特殊なフェロモンでも出ているのだろう。
「竜斗センパイも脳みそ湧いてんなぁ…。みんな、アホばっかや」
 夕鶴がそう言うとみんな笑い声を上げた。
 だが、長身のスーツ姿の男性が教室に入って来た事によって、朝の団欒とした教室の空気が静まり返る。
「さぁ、特別授業を始めるので席に着いてほしい」
 その声を聴く前にみんな一斉に自分の席へと戻って行った。
 オールバックにした額には一筋の傷が入り、常にサングラスを着用している。
 彼こそがブラフマンと呼ばれるこの特別授業の考案者だ。
「君達はこのトーナメントを通して自らの能力の開発して行き、神と呼べる存在…アルカナの到達点であるNo.21の世界を目指している最中だ。
 では、君達は自らの目標である神を信じているだろうか?
 この世界には無数の信仰があるが、その多くは自然現象や世界創造等の未知に対しての敬畏や、空想が起源であると言われる。
 それに政治に信仰心を利用した者、特殊な技術や思想を持った者、善悪を問わず偉業を成し遂げた者など、実在した人間の話に尾びれがついて、様々な土着の信仰に吸収合併されながら、現代に至る宗教が形作られて行った。
 つまり、伝承の真偽は別にして神と呼ばれていた者は実在し、現実世界に置いて絶対的な存在価値を持つ偶像となる事で人は信仰の対象になりうると言える」
 ブラフマンの話を聴いていると思わず納得してしまうような事も多く、彼の世界に引き込まれて行ってしまう事がある。
 姫曰く虚実を織り交ぜた高度な話術によって人間をコントロールするのが彼の常套手段らしいが、竜斗は繊細な感性を持ち憂いを秘めたブラフマンに対して妙な親しみを覚えていた。
「アルカナによって与えられる能力を開発する事もそれと同じだ。
 能力を発動し夢を具現化するには自我を強く認識する事が必要だが、客観的にその価値が認められる事により強さを増して行く。
 つまり、如何にして自分自身をプロデュースし、この世界に置いて絶対的な存在感を築いて行くかが重要なのだ。
 それは生きる上でも大切な要素なので、各々で考えてみると良いだろう」
 竜斗はこの教室にいる個性豊かな生徒達と比べてしまうと、埋没してしまうような非個性的な人間だと自分自身を認識しているので、立ち位置を考えるのは確かに重要だと痛感していた。
 …マジで包帯キャラを貫き通すのも悪く無いかなぁ、と思ってみたりした。

 そして、何時ものように午前中のブラフマンの講義が終了し、午後からトーナメントの試合が行われる運びとなった。
 戦いの舞台となる体育館の扉は全て解放されてはいるが、戦いの開始を前にして興奮する生徒達の熱気と夏の熱さで、館内はムンムンとした蒸気が漂っているかのようだった。
 しかし、今日は何時もと様子が違う。
「なんか、人少なくないか?」
 竜斗は周りを見渡しながら言った。
 何時もは二階のギャラリーまで観戦する生徒達で一杯のはずだが、この日は一階で全て収まり切っている上、その一階だって所々隙間が見られる。
「それも仕方無いで、ほら見てみぃや」
 観客達に囲まれるように、準備を整えた二組のペアが立っていた。
 一組はNo.9のバッヂと図書委員長の腕章を着用したボサボサの前髪で内気そうな少女に、図書委員の腕章を付けた聡明そうな少年の組み合わせ。
 一組はNo.14のバッヂをつけた継ぎはぎだらけの制服を着た坊主頭の少年に、かなり幼い感じで手作り感のあるスカートを履いたオカッパ頭の少女だ。
「図書委員長の方が隠者のアルカナや。
 見ての通り根暗女で声が小さ過ぎてまともに聞き取れへんけど、パートナーになっている新一年生の野郎の通訳を通して、夕鶴なんて目じゃない程の毒を吐くんやでっ!
 アレはもう突っ込みを越えた破壊行為やぁ!!」
 大河は涙を流しながらプルプルと拳を振るわせる。
「一体を言われたんだ…?」
「それだけは言えへんっ…!! 言えへんのやっ!!」
「だったら気になる事言うなよっ!! んで、もう一組のほうは?」
「貧乏っちゃまは節制のアルカナやね。
 新聞奨学金でこの学校通っている唯一の生徒で、パートナーである妹や幼い兄弟達を支える為、最終的に一流企業に入る事を目指しているんやって。
 ただ、金に執着するあまりトラブルも多いっちゅう噂や」
「人は見かけに寄らないんだな」
「まぁ、あくまで噂やけど、たった一つだけ確かな事があるでっ!」
「なんだよそれは?」
「二組とも地味で不人気って事やっ!!」
「可哀想だからそういう事言うなよっ!!」
 あの二人はまだ個性とそれに見合った能力を持っているので、これと言った特徴も無く能力も持っていない竜斗は彼ら以下である事は確かだ。
 だが、笑っていられないって事は解ってても、思わず吹き出してしまった。
「これは意外と重要な事やでぇ!
 能力の具現化っちゅうのは本人の自我の強さだけやなくて、ギャラリーからの支持率でも左右されるっちゅう話やし。
 今後の戦いを考えると初戦で固定ファンを獲得しときたい所やけど、対戦カードが地味過ぎて注目度が低いっちゅうのは致命的やなぁ…」
「しかし、注目度が低いって言ってもこの熱気だし、他のアルカナ達も一通りいるみたいだよな…」
「そりゃ、ギャラリーにとっちゃ娯楽みたいなもんやし、アルカナにとっても敵情視察は重要やしなぁ」
 人が少ない事もあり楽に周囲を見渡す事が出来た。
 空と夕鶴を連れ添った奏真はもちろん、センスを煽って偉そうに仁王立ちする生徒会長と副会長、他にも顔を知っているアルカナ達は一通りいる。
 だが、誰かが足りない気がした。
「あれ?」
 もう一度、周囲を見渡してもやはり姿が見られない。
「どないしたんや?」
「いや、宝塚さんがいないなーって思って」
 男装の麗人と言う目立つ姿の彼女を見過ごすわけは無いだろう。
「きっと、ウンコやろ?」
「そんな事あるわけ無いだろ!?」
「ふっ、女がウンコしないっちゅうのは男の抱く幻想やでっ! それをおれはこの身体になってそれを思い知ったんや!!」
「しょうもない事力説すんなよっ!!」
 しかし、宝塚は第一回戦で大河を破り、第二回戦で竜斗と当たる事が決定している。
 トーナメントで一番の雑魚である竜斗の試合も見に来るような真面目な彼女が居ないのは気になって仕方無かった。
 腕につけたGショックで時間を確認すると試合の開始まで五分程あった。
 竜斗は意を決したように頷く。
「よしっ!! ちょっと行って来るかっ!!」
「ってお前までウンコか? しゃーない、人間はウンコに勝てる生き物やないんや…」
 ウンウンと頷きながら何故か遠い目をする大河。
 竜斗の脳裏に女の子の姿にされた日の晩の事がフラッシュバックする。
 確かあの時はひたすら便意を我慢していたが…。
「まさか、お前っ…!? いや、今は何も言うまいっ…!! 時間も無い事だしササっと行って帰って来るよ!!」
「漏らさん内に早よ行って来るが良いでっ!」
「ああ、そうするよっ!!」
 竜斗は体育館を飛び出した。
 いちいち弁解をする時間は無かったが、本当に便意を催したわけではなく、姿の見えない宝塚を探す為だった。
 さて、宝塚は何処にいるのだろうか?
 教室、校庭、食堂、クラブハウス、屋上、それとも…?
 よく考えれば彼女は男装の麗人で女の子から人気があるとか、フェンシングの大会で優勝しているとか、騎士道精神溢れる性格だとか人となりを見聞きしているのにも関わらず、一度も話した事が無いと言う知っているようで知らない人物だ。
 正直、思い当たった選択肢の中には居るとは思えない。
 だったら、その選択肢に無い場所…つまり、自分が知らない場所にいる可能性が高いと思い、一度も行った事が無い場所を探してみる事にした。
 だが、その場所はすぐに見つかる事となる。
 剣道、柔道等が行われる武道館の一角で彼女はフェンシングの練習をしていた。
 全身を白いスーツに包み頭部にはのど元まで含んだ顔面の全てを守るヘルメットを被っている。
 板張りの床の上に敷かれた細長いマットを上で、前進、後退、突き、前に飛ぶ、後ろに飛ぶ、剣を突き出して突進すると言った動作を繰り返している。
 恐らくそれがフェンシングにおける基本的な動作なのだろう。
 下半身は激しく動いているのにも関わらず、上半身がピタッと停止しているかの如くブレが無い。
 それは人間の構造として相当な無理のある運動であるはずだが、彼女の行う一連の動作は一切の角が存在しないような滑らかさであった。
 実際の試合になればもっと激しく素早く動くのだろうが、だからこそ練習では基本中の基本を丁寧に煮詰めているのだと思った。
 スポーツの動きを映画のワンシーンの様だと在り来りな言葉で称される事があるが、彼女の動きはまるで雄大な水の流れを連想させる優雅さがあった。
 竜斗は彼女の作り出す美しい世界観へと引き込まれ、トーナメントや時間の事などすっかり忘れて魅入ってしまった。
 そして、そんな竜斗に見られているとは知らず、彼女は一心不乱となって練習を重ね続けたのだった。
 やがて、外から大きな歓声が上がったのを合図に、彼女はヘルメットを脱ぎ去り、汗に煌めく色素の薄い長い髪をかき分けた。
 その小さく細身な顔は精悍な表情を浮かべているものの、筋の通った鼻、小さく形の良い口、やや大きな瞳など、女性として完璧とも言える美を備えていた。
 竜斗は夢から覚めやらぬ表情で、そんな宝塚の横顔を眺めていた。
 そこでようやく竜斗の気配に気がついた宝塚が振り返り二人の目が合った。
 距離が離れているはずだが、竜斗の右目には宝塚の凛々しく美しい顔が、宝塚の両目には竜斗の包帯だらけの間抜け顔が写り込んでいた。
 その瞬間、二人の白い顔が真っ赤に染まった。
「…い、何時からそこに居たんだ?」
 宝塚の声は恥ずかしさに震えているようだった。
「…トーナメントの試合が始まる少し前ぐらいかなぁ」
 竜斗も恥ずかしさを誤摩化す為に頭をポリポリ掻きながら言う。
 またしても声が上擦っていたと思う。
「試合会場に居ないからどうしたのかなって、ちょっとだけ様子を見に来たんだけど、あまりにも宝塚さんの動きが綺麗なもんだから思わず見惚れちゃったんだよ!!
 あの丁寧で流れるような動きが特に凄い!!
 ずっと、練習し続けなきゃあの動きは出来ないだろうって思ったら感動しちゃったんだ!!
 今もみんなが戦いに熱中している間も練習し続けるなんてホントに凄いと思うよ!!!」
 竜斗は宝塚の練習風景を思い出し、両手をバタバタさせて興奮しながら言う。
 男でも女でも素敵な人は褒めずにはいられない…。
 まるで奏真のような物言いではあるが、本当に凄いものならば素直に賞賛の言葉が口に出るもんだなと竜斗は思った。
「そ、そんなこと…」
 竜斗のあまりのストレートな感受性をぶつけられ、ますます真っ赤になった顔を隠すように宝塚は背を向ける。
「私はただ不器用だから人より多く練習するしか無いだけだ。全然凄くなんか無いんだ…」
 まるで、男性と会話する事と不慣れな乙女のように、宝塚は小さく消えそうな声で応えた。
「そ、それより、君は昨日の怪我は大丈夫なのか? 大分酷くやられていたようだが…」
 宝塚は深呼吸して気持ちを落ち着かせると竜斗の方に振り向く。
 宝塚の顔はまだ大分真っ赤だったが、女性に対する経験値が少ない竜斗は、彼女の様子がおかしいと言う事に気付く余裕は無かった。
「大丈夫って訳じゃないけど、大分ましになって来たよ。それに自分で望んだ戦いで受けた傷だし仕方ないさ」
 竜斗が宝塚に優しく微笑みかけると、宝塚は顔を更に真っ赤にさせ、不器用に微笑み返した。
「そうか…、君は強いんだな。普通は能力を使えないのに、能力者に挑もうなどとは思わないはずだ。何が君をそこまで駆り立てたんだ…?」
 宝塚は何時もの精悍な表情を取り戻しながら言う。
「ああ、それね!」
 竜斗は思い出して笑う。
「君に女の子にされちゃった友達の大河が、生徒会書記に馬鹿にされたのが許せなかったから、絶対に謝らせてやるってムキになっていたんだよ。
 我ながら無茶したとは思っているけど、頑張ればどうなかなるもんだね!」
「戦いとは言え君の友達には悪い事をしてしまったな…。彼は落ち込んだり…、その…、私を恨んだりしていないか…?」
 宝塚は大河の事を本気で心配しているようだった。
 竜斗は彼女を凄く優しい人だと思い、その気持ちが嬉しくてたまらなかった。
「大丈夫、今日も五月蝿いほど元気だったよ!
 大河が元の姿に戻れないのは男として自身が無いせいだって言うし、むしろあいつ自身の責任だからさ、宝塚さんが心配する必要はまるっきり無いよ!!」
 竜斗は大げさに笑って言う。
「そうか…。自信、持てれば良いな…」
 宝塚自身に何か思い当たる節があるのか、何時になく切実な表情を浮かべる。
「ああ、そうだね…!」
「君とは次のトーナメントで当たる事になると思うが、改めて自己紹介をさせて頂こう。
 私はNo.3女帝のアルカナを持つ宝塚舞だ、よろしく頼む」
「僕は走馬竜斗…。一応はNo.18月のアルカナって事になっているのかな…?」
「そうか、君もソーマと言うのか…」
「ああ、紛らわしいから、みんな竜斗って下の名前の方で呼ぶけどね…」
 宝塚は一瞬考えるような様子を見せると手を差し出した。
「…では、互いに全力を出せるように頑張ろう!!」
「うん、こっちこそよろしく!!」

狂者と強者

 1999年7月16日(金)
「まさか体育館に観客が入り切らないからって校庭でやる事になるとはなぁ…」
 竜斗は大河と夕鶴と三人で、校庭を取り囲むほぼ全校生徒達とも言える観客の中に入り込み、午後からの試合が開始される時をダラダラとしながら待っていた。
 竜斗は怪我が大分良くなったと言っても相変わらずの包帯姿だ。
 幼女姿の大河は夕鶴に顔を背けるようにむすっとしながら竜斗の影に隠れている。
 夕鶴はと言うと車椅子に乗って眩しそうに日傘を差していた。
 そして、校庭の中央には本日のトーナメントの主役になる二組が立っていた。
 No.1の魔術師のアルカナはステッキを手にしてマントと帽子を被った男子生徒と、帽子を被ったバニーガール姿の女子生徒の奇術部コンビ。
 対するNo.4のアルカナは皇帝冬の学生服に縁なしメガネにオールバックの背の高い男子生徒と、男子の冬服を着た髪の長い中性的な生徒のコンビ。
 No.4の皇帝はこの学校の生徒会長を務める小泉光一郎であり、そのパートナーは副会長の新妻まことである。
「この戦いがこんなに注目されているなんて、よっぽどあの奇術部に人気があるんだなぁ…」
「もう、竜斗センパイったら、人気あるのは生徒会長の方やでぇ! 生徒会長言うのは高い支持率があって成り立っているんやし!!」
「確かに彼が生徒会長やっているって事はそれなりに支持者がいるって事だよな…」
 生徒会長は力こそ正義だと妄信するあまり、この世は弱肉強食と言う戦国時代かと思うようなフレーズを掲げ、弱者に対して粛清と言う名の暴力を加えるような最悪な存在である。
 そんな彼が人気があるなんてとてもじゃないけど信じられなかった。
「うちが思うにアイツは仮想敵を使って人を操るのが上手いんや」
「それってどう言うことなの?」
「ホント竜斗センパイって純なんやなぁ…」
「…純って言うか、もはやアホって言ってるよね」
「例えばタイガースで言う所のジャイアンツみたいなもんで、常に敵を想定する事で支持者を一つにまとめるって人心掌握術のひとつなんや。
 これは政治でもよく使われる手法で、国民に無理な政策を強いると当然クーデターが起きる可能性があるけど、仮想敵国を作る事で不満のはけ口を国外に向けさせる事が出来るんですわ」
「夕鶴は僕より年下なのに色々な事知ってるんだなぁ…、関心しちゃうよ!」
「もう、竜斗センパイったら、そんなに褒めんといてぇ!!」
 夕鶴は白い顔を赤くして嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「生徒会長の場合は役立たずの前生徒会をリコールしてネガティブキャンペーンによって当選し、常に少数派の立場が弱いもんを仮想敵に仕立て上げ、粛清する事で支持率を維持してるんですわぁ!!」
「そんなのってイジメじゃないか! ますます彼を支持する事なんて出来ないよ!!」
「ところが、生徒の大多数は自分自身が標的になると思っていないし、自分より下の攻撃対象が出来る事によって自尊心を満たせるんで奴のやり方を歓迎しているんですぅ!!
 しかも、質が悪い事に粛清を自制の効かないチンピラっぽい部下にやらせて、その行き過ぎた行いを生徒会長が自ら止める事で正義の味方を気取り、弱いもんからも支持を集めようって魂胆なんやっ!!
 うちは暴力やイジメが大嫌いやし、卑怯なのも許せへんわぁ!!」
「でも、大河も夕鶴も反体制派でそれを隠そうともしてないのに、よく今まで無事でいられたよなぁ…」
「正直、何度も危ない目にはあってるんやけど、それでもうちらみたいな弱いもんが耐え凌いで来れたのは、生徒会長以上の人望と力を持ってる人が助けてくれるおかげなんですわぁ!!」
「それが、奏真先輩か! やっぱ、彼は凄いなぁ!!!」
「もう、完璧なお人やで! そりゃ、人の影に隠れとるウンコタレとは比較にならんわぁ!!」
「おい、お前ヘタレからウンコタレにバージョンアップしてるぞ!! 良かったな!!」
「うっさいわぁ、ボケぇ!! 昨日、試合の観戦すっぽかしてウンコタレ流し続けたどっかの誰かさんよりましや!!」
「ふっ、真のウンコタレは誰かなぁ…!?」
「な、なんやとぉ!?」
「なになに、竜斗センパイ? このウンコタレが何かやらかしたんか!?」
「それは…」
「ああああっ!! それだけはノーワードやでっ!! 勘弁したって!!」
「じゃあ、ビックマックセットで手を打とうか!!」
「くっ、仕方ない…!! これで貸し借りをチャラとしようやないかっ…!!」
「心の友よぉ!!」
 竜斗と大河はガッチリ手を結び合い、背を叩いて抱き合った。
「うわぁ、そういう関係やったんかぁ…。やっぱ、爽やかな奏真先輩とは偉い違いやわぁ…」
 余計な事を妄想して顔を赤くする夕鶴。
「…お前、さっきから黙って聴いてりゃなんや!! そんなに奏真が良ければ奴の所に行って、愛人二十八号にでもなってまえ!!」
「うちとしてもそうしたいのは山々やけど、生憎ながら今日は奏真先輩も空も来てい無いんや…!!」
「そう言えば今朝から居なかったし、今もこの会場にいないな…。どうしたんだろ…?」
 竜斗は念のために周囲を見渡すが、奏真と空の姿はそこに無かった。
 ついでに言うと宝塚の姿も無かったが、彼女はきっと今日も一人で孤独な練習を続けている事だろう。
「…」
 夕鶴は珍しく俯き口を閉ざした。
「どうかしたのか…?」
「いや、なんでも無いですわぁ。それより、ようやく試合が始まるようやで!!」
「では双方とも自我領域を展開だ」
 いつの間にかに二組の間に立っていたブラフマンが何時もの如く、自我領域の展開を促す。
 まずは奇術部の二人からだ。 
 まるで、マジックショーの一幕のように、奇術師の男子がバニーガール姿の女子の腰に手を回し、アクロバティックな格好で唇を交わす。
 その瞬間、ヒューヒューと言う声が上がる。
「みんな、よくこんなんで盛り上がれんなぁ…。うち恥ずかしくて見てられんわっ!!」
 そう言いつつも、夕鶴は顔を赤くしながらしっかりと二人の身体が合さるのを見ていた。
「って、しっかり見てるじゃん!!」
 夕鶴は日本人形みたいな可憐な容姿をしながらも、実は誰よりもムッツリスケベなんではないかと竜斗は思った。
 奇術部がカードを掴み取ると、それはマジックで使うステッキへと変化した。
 竜斗には相変わらずそれが半透明に見える。
 続けて生徒会長と副会長が…。
「…」
「…」
「…」
 竜斗と大河と夕鶴は顔を合わせて黙りこくった。
「うち、何か凄いものを見た気がする…」
「こりゃエグいで…」
「いっその事、見なかった事にしよう…」
 竜斗の提案に異論は無かった。
 そして、No.4皇帝のカードが出現する。
 王冠をがぶり、王座に腰掛けて、王笏を持った人物が描かれたカードを掴み取ると、戦国武将の鎧に全身を被われたような風貌の馬へと変化する。
 竜斗の目から見ても具現化度合が高い。
「う、馬やとぉ!?」
「しかも、何で馬なのに鎧なんや!? なんか発想が中学二年生レベルで痛いわぁ…」
「えらい、言われようだな…」
「では、はじめっ!!」
 ブラフマンが手を振りかざすと戦いが開始される。
 開始早々沈黙状態が続く。
「うち、これは先に手ぇ出した方が負けやと思うんや」
「何で?」
「今までの戦いはみんなそう言うパターンなんや。きっと、先に手出す方が精神的にヘタレっちゅう事やないかなぁ」
「…それ、遠回しにおれを馬鹿にしてへんか?」
「アホぉ、遠回しやなくて直に馬鹿にしてるんや!! 相手の出方が解らんのに先手必勝とか言う奴はアホ丸出しにも程があるでぇ!!」
「昔の事を何時までもグチグチグチグチ言うて、これだから女は腹立つんやっ!!」
「お前も今は女やろっ!!」
「うっさいなぁ、ハゲぇ!! 好きで女やっとるんとちゃう!!」
「誰もハゲてないし、むしろお前が五月蝿いって…。ちょっとは静かにしよろなぁ…」
 大河と夕鶴が不毛な喧嘩を繰り広げる内も膠着し続けた。
 だが、生徒会長は馬に乗り込み不敵な笑みを浮かべているのに対し、奇術部はあまりに落ち着き払った彼の雰囲気に飲み込まれ早くも憔悴した様子だ。
 ある意味で先に動いた方が精神的に負けていると言う夕鶴の解説は合っているかもしれない。
「ふっ、我が華麗なるマジックをお見せしましょう…!!」
「あちゃーっ、奇術部の負けは決定やなぁ…」
 夕鶴は合掌する。 
「それはまだ解らへんでっ!!」
 奇術部が具現化したステッキを振りかざすと、巨大な炎の玉が現れて生徒会長に向かって襲いかかる。
「おおっ、これは期待出来るでぇ!! ガンバレ、奇術部っ!! クソ女のジンクスなんか屁でも無いって証明したれっ!!」
 生徒会長は全身を炎に包まれる。
「よっしゃーーーーっ!!! 幾ら自我領域があろうとも、これは消し炭決定やで!!!」
「まだ、解らへんよっ!! 避けへんって事はそれだけ防御に自身があるって事やもんっ!!」
「…ってか、お前ら誰の味方だよ?」
 だが、またしても夕鶴の予想は当たる事となる。
 炎が徐々に収まって行くと、その中から明らかに先ほどと違う異形のシルエットが現れた。
「な、なんやとぉ!? 馬が鎧になったって言うんか…!?」
 そう、能力によって具現化された鎧馬が生徒会長の身体に装着され、まるで戦国武将のような威風堂々とした姿となっていた。
「あいつは聖闘士○矢か、サ○ライトルーパーか、シュ○トのつもりなんっ…!? 幾らなんでもこれは無いわぁ…!!」
 さっきまで大河の当てつけに生徒会長を応援していた夕鶴も嫌悪感を露にした。
「痛々しいにも程があるな…!!」
「まったくや!! うちの好きな作品が汚されているようで最悪や!! バトルスーツものやるんやったら、もっと絶世の美形じゃなきゃ許せへんよっ!!」
「そっちかよっ!!」
「では、これはどうかな!?」
 奇術部がステッキを振るうと今度は突然複数のパネルが現れて、それが鎧姿の生徒会長を囲って箱を形作る。
「それっ!!」
 何処からか取り出した鎖で箱の周りをグルグルと縛り付けて巨大な南京錠で固定する。
「イッツ、ショーターイム!!」
 そして、帽子の中から次々と剣を取り出し、ありとあらゆる方向から箱に突き刺して行く。
 その度に派手なエフェクトで赤い液体が飛び散る。
 最後に帽子から特大のチェーンソーが現れ、豪快な音を立てながら生徒会長の入った箱を真っ二つに切り裂いて行く。
「むむっ!? どうした事か!?」
 だが、突然チェーンソーの歯から火花が散り、それ以上切り込む事が出来なくなった。
「くだらんな…!! 貴様の力はその程度かっ…!!」
 そして、箱や鎖が大げさに弾け飛び、中から生徒会長の姿が現れる。
 鎧にも生徒会長の身体にも傷一つ付いていない。
「な、なんだと!!」
 明らかに同様を隠せない様子の奇術部。
「ヘタレ特有の台詞が出たでぇ!! これを言うって事は負ける寸前や!!」
「…」
 竜斗も結構その言葉を言っているし、自分をヘタレだと認識しているので何も言い返す事は出来ない。
「ふっ、だがボクには奥の手があるっ!! あそぉれ!!!」
 奇術部はマントで自分の身体を包み込むと、その場から姿を消した。
「消えよった!!」
「違うでぇ!! アソコ見てや!!」
 夕鶴が指差す方向を見るとそこには、グランドを全力疾走する奇術部の姿が。
「あいつ、逃げたんか!! おれをも上回るヘタレさ加減やっ!!! ある意味で尊敬するでっ!!!」
「お尻ぺんぺん! 悔しかったら追いついてみろぉ!! その鎧姿じゃボクの逃げ足には敵うまいっ!!!」
「下劣千万っ!! 敵前逃亡するとは何事かっ!!!」
 生徒会長の全身を被う鎧が弾け飛び、それが再び馬の姿になって組み上がる。
 瞬間的に生徒会長が全裸になって光り輝いているような気がしてならなかった。
「なんか、アイツ一瞬裸になって光ってへんかった…?」
「そこは気のせいだって事にしておこう…」
「…」
 夕鶴の白い顔に鼻血が垂れる。
「鼻血出てるよっ!!」
 夕鶴は竜斗から渡されたティッシュを鼻に詰めながら苦笑する。
「アイツ、乙女心が解っているやないかっ!! 美青年アニメの変身シーンで鍛えたうちの動体視力を持ってすれば丸見えやったで!!!」
「夕鶴恐るべし…」
 そして、馬に跨がった生徒会長は凄まじいスピードで逃げ回る奇術部へと迫り跳ね飛ばした。
「へぶしっ!!!」
 その衝撃によって奇術部の身体を被う自我領域が激しく光を放つ。
 生徒会長は再び馬を鎧として装着すると、尻餅をついて茫然自失となった奇術部の前に仁王立ちする。
「力無き者に粛清をっ!!」
「うわぁーーーーーーっ!!!」
 生徒会長は鎧で被われた拳を思いっきり奇術部に向かって叩き付ける。
 そのあまりの衝撃によって奇術部は地面へとめり込み自我領域を消失させた。
 そして、奇術部のステッキは光の粒子となってNo.1のカードとなり生徒会長の手に収まる。
「この世は弱肉強食…! 力こそ全てだっ…!!!」
 生徒会長の勝利の咆哮に全校生徒の歓声が上がった。

 1999年7月17日(土)
「今日も来ていないか…」
 朝、教室に来た竜斗の第一声がそれだった。
 この日、竜斗は包帯を巻いておらず、腫れはすっかり引いたものの、まだ若干の青みが残っていた。
「奏真と空の二人か…。何時もはおれらより先に来ているんやけどなぁ…」
 大河は小さな身体で教室を見渡しながら言う。
「…今日は確か奏真先輩が戦う日だろ? 大丈夫なのかな…」
「…そんなん、知るわけないやろ」
「…」
 先に教室に来ていた夕鶴は竜斗と大河をチラ見していた。
 竜斗はその視線に気がついたが、振り返った時には下に俯いていた。
 そして、そのまま授業開始の時間を迎える事になるが、とうとう奏真と空の二人が来る事は無かった。
「とうとう、来なかったな…」
「しかも、授業開始時間から結構経っているんやけど、ブラフマンも来ないってどないな事や…?」
 生徒達はみな着席してブラフマンを待ち続けているが、一行に彼が現れる気配は無い。
 言い知れぬ不安から教室中がざわめく。
 そして、教室に一人の男性が現れた事で一気に静まる。
「なんや、おれらの担任や無いか…!!」
 みんなブラフマンがやって来るものだと思っていたので、大河の愚痴も全くだった。
「ブラフマン博士は所用で午前中は来られないようだ。午後のトーナメント戦の開始まで各自自習をするように」
 とだけ言うと担任の先生は立ち去って行った。
 再び教室がざわめきに包まれる。
「これは事件やで…!!」
「事件って何だよ?」
「きっと、湯煙密室殺人事件や…!!」
「アホか!!」
 竜斗がふと大河の隣にいる夕鶴の方に視線をやると、彼女は珍しく考え込むように黙りこくって俯いていた。
 そう言えば昨日、空と奏真が学校に来ていないと言う話題になった時も様子がおかしかった。
「…」
 竜斗は席を立って夕鶴の正面で片膝を立てて目の高さを合わせる。
「ねぇ、夕鶴…。君、何か知っているんじゃないか…?」
「な、なんやとぉ?! マジか夕鶴…!!」
「…多分、空と奏真先輩は同じ場所に居ると思うよ。空の家や…。うちの口からはそれ以上は言えへん…」
「…駄目元で様子見に行ってみないか? どうせ自習だって言うしさ」
「でも、どうやって行くんや?」
「聖蘭さんに送ってもらおう。彼女だったらすぐに来てくれるよ」
「うちも連れてって貰うで…」

 竜斗が予想した通りにPHSで聖蘭に連絡したら、殆ど待つ事なく校門の前にロールスロイス・シルバークラウド・ツーを乗り付けてくれた。
 向かったのは神戸のランドマークであるポートタワーを擁するメリメンパークにもほど近い、中央区の国道2号線沿いにあるオフィス街であった。
 海沿いの開けた通りに歴史を感じさせる近代建築物や現代的建築物が立ち並ぶ中、目的の建物はひと際異彩を放っていた。
「これが空の家や!」
 先に車から降りた竜斗と大河に介助されながら、車椅子へと乗り換えた夕鶴が言う。
 下半分が趣きを感じさせる近代建築で、上半分が現代建築と言う目を疑いたくなるようなデザインだ。
 大河と竜斗は見上げながら呆然していた。
「僕の幻覚じゃないよね?」
「大丈夫、おれにも見えとるが、一体なんなんやコレは!?」
 夕鶴はと言うと見慣れているらしく涼しい顔をしている。
 そこに駐車場に車を停めて来た聖蘭がやって来る。
「この建築物は元々大正時代に建てられたのですが、阪神淡路大震災の際に全壊した際に、旧来の外壁等を意匠として使用し再建されました」
「さすが、聖蘭さんは何でも知っているんやなぁ!!」
「そんなん、兵庫市民として知ってて当たり前やっ!! こんな事も知らへん奴が居るなんて、うちは同じ兵庫市民として恥ずかしくてたまらへんっ!!」
「な、なんやとぉ!?」
「ええ、知っていて当然かと思います」
 と涼しい顔の聖蘭。
「もう、喧嘩してないで、さっさと行こうぜ!!」
 だが、そう言う竜斗は率先して歩き出すが、玄関を前にして足を止めてしまう。
「どうした? さっさと行けや!!」
「僕、こう言うのって緊張してダメなんだよっ!!」
「全く、ヘタレやなぁ…。もう、おれ先行くでぇ…!!」
 そう言う大河も竜斗と同じく尻込みする。
「な、なんや、このプレッシャーは!?」
「結局、二人ともヘタレやないかっ!!」
「ご安心下さい。私がアポイントを取り付けておきましたから」
 聖蘭は軽く微笑むと顔でビルの中に入って行く。
「流石聖蘭さんやなっ!!」
「ホンマ、どっかのヘタレ野郎共とは偉い違いやねっ!!」
「そうだな…。って、さり気なくそれ僕も含まれて無いか!?」
 ビルのエントランスは三階まで続く階段のある吹き抜けになっていて、天上のステンドグラスから自然光が差し込んでいる。
 そして、その階段からタキシードを着た背が高い若い紳士が降りて来る。
 いかにも執事と言う柔和さと有望さを兼ね備えた雰囲気だ。
「走馬様に、藩臣様ですね? 御待ちしておりました。
 私は旭陽様の執事をさせて頂いております安室礼と申します。
 堀江様もお変わりないようで」
「安室さんも相変わらずハンサムやなぁ!!」
 安室は軽く微笑むと会釈をする。
「きゃー、カッコいいわ!! 流石、執事ともなると他の男共とは違うで!!」
 確かに余裕のある大人の対応って感じだと竜斗は思った。
 その際に安室と聖蘭が目を合わせていた気がしたが、二人に同じ使用人として何か通じるものがあるのだろうかと、竜斗は不思議に思った。
「執事、執事ってアホかお前は!? そんなに執事が良いなら、羊飼いにもなれば良いんや!!」
 大河は何時かの仕返しとばかりに夕鶴に突っ込むが、竜斗の目から見てもピンぼけしてるのが解った。
「…」
「…」
「お前らなんか言えや!!」
「下手くそ」
 竜斗と夕鶴は声を合わせて言った。
「…」
 そして、安室によってエレベーターに案内される。
「まさか、このビル全てが旭陽家って事はあらへんよね?」
「建物は資産家である旭陽様の所有となっていますが、大部分はテナントとして外部に貸し出して、一部をご自身の自宅兼個人診療所としてご使用されています」
「診療所って資産家なのにお医者さんなの?」
「はい。脳神経外科をなさっております」
「滅茶苦茶なステータスやな…」
 竜斗は脳神経外科って言葉に引っかかりを感じていたが、その答えはすぐに解る事となる。
 エレベーターが竜斗達を最上階へと運び扉が開く。
 そこは休診中の診察所の待合室で、待構えていたのはスーツ姿で髪をオールバックにした背の高い男性だった。
「…!!」
 竜斗は絶句した。
「ブ、ブラフマン…!!」
 大河が彼をその名で呼ぶ。
 サングラスをかけていない為に憂いを秘めた優しい眼差が露になっているが、額の傷は間違い無く彼がブラフマンであると言う事を証明している。
「今は空の父親である旭陽昇だ。空の為にわざわざ来てくれてありがとう」
 思った通り直接話してみるとブラフマン…いや旭陽昇は親しみやすい好人物と言った印象だった。
 姫には彼に注意しろとは言われているが、まさか、空の父親だったなんて意外であった。
「そ、空は大丈夫なんですか?」
「空は体調を崩してしまったが、昨日今日と休んだら元気を取り戻したようだ。
 君達には心配かけてしまって悪かったと思っている。
 空は今学校に行く準備をしている所だから少し待っていると良い」
「…そうですか」
 とりあえず一安心と言った所だ。
「竜斗くん、君とは一度ゆっくりと話してみたかったんだ」
「僕も貴方に聴きたい事があります」
「そうか。君達、悪いけど席を外して貰えるか?」
「一人で大丈夫かいな?」
 大河は心配そうに竜斗の顔を覗き込む。
「頼むよ、大河」
「解ったで…」
 大河と夕鶴、それから執事とメイドの二人の給仕も立ち去る。
 待合室の椅子に竜斗と旭陽昇が座る。
「では、君の聴きたい事から聴かせて貰えるかな?」
 色々と聴きたい事は沢山あったが、一番気になる事はひとつであった。
「何故こんな実験を行っているのですか…?」
「それは子供達を不平等な悲しみから救う為だ。
 現実は残酷だ、産まれ付いて与えられるものは平等ではなく、本当は誰もが幸せに生きたいと思っていても、運悪くそれが許されない者もいる。
 もし、誰もが自分に都合良く現実を変える事の出来る力を持てれば…。
 もし、誰かが人の為を思って現実を変える事の出来る力を使えれば…。
 そう、誰もが穏やかに暮せる現実を作出す事こそ私の追い求める終生の夢なのだ。
 その為に君達には苦労を強いてしまっている事が気がかりではあるが」
「貴方の気持ちは解るんです。でも、解るからこそ解らないんですよ。何がそこまで貴方を駆り立てるか…」
「きっと、君にもそれを知る時が来る。だが、今はまだその時じゃない。その時が来れば人は否応無しに運命を考えざるを得なくなるだろう」
「…」
 竜斗は姫が同じような事を言っていた事を思い出す。
 結局、あの時と同じように肝心な事は解らずじまいだが、少しは真実に近づいたような気もする。
「では、今度は私から君に質問させて貰おう。君は何故、アルカナの暗示を受けずして、この特別授業のトーナメントに挑んでいるんだ?」
「…僕は本当の強さが欲しいからです」
「私は君が思う本当の強さと言う物が知りたい。
 私の暗示を受ければ君は自分自身が傷つく事も無く、思い描いた強さを現実にする事が出来るはずだ。
 だが、君はそれをしようとしない…、私にはそれが不思議でたまらないんだ」
「えっ、僕が暗示を受けて能力を発動出来るって言うんですか?」
 今まで竜斗は能力を使う事が出来ないと思い込んでいただけに意外だった。
「残念ながら全ての人間がとは言い難いが、君のように特に素晴らしい精神力を持つ子供ならば、私の暗示を受けさえすれば青海奏真に匹敵する程の強さが得られる可能性があるだろう」
「そ、そうだったのか…」
「ただ、私は君に一方的に自分の意見を押し付けるような事はしたく無い。
 それは君の事を愛して止まないあの娘も同じ事だろう。
 人はみなそれぞれが正しいと思っている事を信じて生きているので、何が正しいのかという絶対的な答えは存在しない。
 君にとって何が一番良い事なのか、自分自身の頭で考えて選択するが良い」
「…」
 彼の言うあの娘と言うのは姫の事に違いない。
 彼と姫の関係も気になる所だった。
「空が来たようだな」
 その時、奏真に支えられて空が現れた。
 奏真はずっと空に付き添って看病をしていたのかも知れない。
「心配させちゃってゴメンねぇ!!」
 そう言う空の顔は何時もの元気さからは信じられない程青ざめていた。
「大丈夫なの…?」
「うん、一日休んだら元気になったし、大丈夫よ!!」
「アホぉ、どう考えて大丈夫じゃないやろ!!」
 様子を察した大河が待合室にやって来て早速横やりを入れる。
 大河の言う事はもっともだと竜斗は思った。
 後からやって来た夕鶴は、言葉にこそ出さないものの心配そうな表情を浮かべている。
「奏真先輩、空に無理させ無いように、よろしくお願いします!」
 竜斗は頭を下げた。
「お願いするでっ!!」
「うちからもお願いやっ!!」
 大河と夕鶴も続いて頭を下げる。
「みんな、大げさね…」
 そう言う空を優しく抱き締めてながら奏真は涙を飲むかのように目を深く瞑る。
「ああ、俺に任せておいてくれ…!」

「すごい大盛況だな!」
 校庭に響く生徒達のざわめく音に竜斗の声も掻き消されそうになる。
「そりゃそうやろ。No.19太陽のアルカナである奏真が人気あるのは当然やけど、相手のNo.17星のアルカナはそれ以上やで!!」
 大河はモテない男特有の嫉妬心丸出しで顔を歪める。
 校庭を取り囲む大勢の生徒達の輪の中心にいるのはブラフマンと、奏真・空のコンビ、そして彼らと相対するもう一組の対戦相手だ。
 No.17の星のアルカナは如何にもと言う感じのビジュアル系ロックバンドのボーカル系で、背が高く細身なのだが真っ赤なサラサラな長髪で化粧をし、鋲だらけの革のライダースジャケットに赤いチェック柄のスカートを履いている。
 パートナーは女性でありながらライダースジャケットを着て、短い紫色の髪をツンツンに立てたベーシストだ。
「彼は高校生でありながらインディーズでCDデビューしてるんやで!!
 うちも大ファンや!! だってカッコいいんやもんっ!!
 もし、人気が能力の強さに比例するんやったら、ひょっとしたら奏真先輩よりも強いかも知れへんよっ!!」
「って、何時もの事だけど、お前は誰の味方なんだよ!?」
 しかし、そんな馬鹿なとも言い切れない程の雰囲気がビジュアル系にはあった。
 なんと言うか常に観客を意識し、自分を演出する事に秀でている感じだった。
「では、自我領域を展開して貰おう」
「うわっ、またキスタイムがやって来たわぁ…」
 夕鶴は顔を赤くする。
 ビジュアル系はプロモーションビデオの一幕のように情熱的で激しいキスを交わす。
 周囲からキャーと言う歓声が上がる。
 そして、七つの星空の元で壷から水を注いでいる裸の女性が描かれたNo.17のカードが現れ、それはギターへと姿を変えビジュアル系の手に握られる。
 間違い無く今まで竜斗が見た中で一番強く具現化されていて、もはや現実のギター以上の存在感を放っていた。
 またしても夕鶴の予想が正しいと裏付けられてしまった。
 続いて奏真と空の番だ。
 空は体調が悪いらしく、目の焦点が定まらず意識朦朧とした感じであった。
 奏真はふらつく空の身体を優しく労るように支えながら唇を交わす。
 竜斗は胸が締め付けられるように痛むのを感じた。
 自分と奏真は比べようが無い程の違いがあるが、何故あそこで空と口づけをしているのが自分では無いんだと思った。
 これ以上見てられないと竜斗が視線を落とそうとした時、宝塚が竜斗と同じように俯こうとしている姿が見えた。
 彼女は普段この時間は練習に費やし、あまり戦いを見に来たりはしないので珍しいと思った。
 奏真の手に握られたNo21…太陽の雫を浴びる二人の子供が描かれたカードは、左右二組のチャクラムと呼ばれる円盤状の武器へと変化する。
 ビジュアル系の次ぐらいに強く具現化されているが、まだまだ彼の領域には及ばない感じであった。
「では、はじめ!!」
「空、待っててくれ…!! 速攻で片を付けてやるっ!!」
 戦いの開始と共に先に手を出したのは奏真の方だった。
 チャクラムを投げるっ!!
 投げるっ!!
 投げるっ!!
 投げるっ!!
 無限大に具現化され続けるチャクラムを次から次へと投げつけ、それを盾にしながら奏真は驚くべきスピードでビジュアル系に向かって突進する。
 ビジュアル系は手にしたギターでチャクラムを相殺し続けるが、それにも限界がありかなりの量の攻撃を自我領域へと受けてしまう。
「これは先に手を出した方が負けるって言う夕鶴のセオリーにも修正が必要だな…!!」
 竜斗はこのトーナメントは奏真が神になる事が始めから決定している出来レースだと姫から聴かされていたので、彼が負けるとは絶対に思えなかった。
 奏真はその隙に一気に間合いを詰めて、手にしたチャクラムで一閃! 二閃!! 三閃!!
 そして、とどめの光を伴ったサマーソルトキック!!
 しかし、ビジュアル系もそのコンボをただ食らうだけではなく、最後のサマーソルトキックをしっかりとガードし、奏真が着地した瞬間に大きくギターをスウィングし、彼の横っ腹に強烈な一撃を食らわせる。
 そして、ビジュアル系は間髪入れずギターをかき鳴らす。
「Prelude!!」
 弾ける爆音!!
 爆音!!
 爆音!!
 縛音!!
 強烈な音の衝撃波を照射して奏真の身体を吹き飛ばして一気に間合いを空ける。
「なん…だと!?」
 その音による攻撃は相手の平衡感覚を狂わせるらしく、奏真はふらついたまま姿勢を立て直す事が出来ない。
「ああっ、それ言っちゃアカンよっ!!」
 夕鶴は息を飲んだ。
「Serenade!!」
 それがチャンスだと踏んだビジュアル系は間合いを保ったままギターを振りかざして物理的にあり得ないほど弦を伸ばすと、奏真の左腕と胴体に絡めて自由を奪い取り強烈な電気攻撃を浴びせる。
 それを見た生徒達が何人か失神する。
 少し前に子供向けのアニメで問題になった事だが、人間は強烈な光が点減する所を見る事で、意識を失ってしまう事があるらしい。
 その電撃は奏真の肌を焼き、彼は自我領域で守られているとは思えない程のダメージを受けていた。
「アカンでっ!! 自我領域が効いてないやないかっ!!」
「きっと、能力が強過ぎて自我領域で打ち消せないんと思うよっ!!」
「そ、そんな、このまま食らい続けたら、いくら奏真先輩でもっ!!!」
 そう、このまま強力な攻撃を受け続ければ、奏真の負けは決定してしまう。
 姫の言っていたブラフマンの計画ってのはどうなるんだよっ!?
 竜斗が思ったその時だった。
「俺はこんな所で負けるわけには行かないんだっ!!!」
 奏真が雄叫びにもにた声を上げた次の瞬間、右手に持ったチャクラムが一閃する。
 そして、大量の血を吹き上げながら奏真の左腕が宙に舞い、ボテっとした音を立てて血溜まりになった地面に転がった。
 みな、その瞬間何が起きたか解らなかったが、奏真の血に塗れた姿を見て全てを理解した。
 彼は自分の左腕ごと、束縛する弦を切裂いたのだ。
 全校生徒から悲鳴が上がる。
 竜斗は自分から血を引くのを感じ思わず膝をついた。
 大河も尻餅をついて夕鶴に縋るように抱きつき、彼女もまた大きく口を開けて唖然としていた。
 だが、三半規管をやられた奏真は、片腕を無くしたと言う事もあって、ふらついてまともに歩く事すらままならない。
「俺は空を守らなければならないんだっ!! こんな所で立ち止まっている暇は無いっ!!!」
 そう言うと奏真は自らの耳に指を突っ込み、感覚の狂った三半規管を破壊する。
 そして、血まみれになった奏真は猛スピードでビジュアル系へと突進する。
 その姿は恐ろしい悪魔のように見えた。
「Erlkönig!!」
 恐怖に駆られたビジュアル系はギターをかき鳴らして鋭い刃状の音波を発射し続ける。
 その威力は今まで見た能力の中で桁違いに強力であり、自我領域をものともせず奏真の身体を容赦なく切り裂いて行く。
 肌が裂けるっ!!
 肉が散るっ!!
 耳が飛ぶっ!!
 指が飛ぶっ!!
 目が潰れるっ!!
 激しい攻撃によって胴体から切り離された肉片が飛び散り、全身余す所なく血に塗れながらも奏真は突進を止めない。
 そして、奏真は一気に間合いを詰め、残った右腕で持ったチャクラムでビジュアル系に切り掛かろうとするが、次の瞬間には右腕も血しぶきを上げながら切断されていた。
「Finale!!」
 ビジュアル系が恐ろしい思いをするのもこれで最後だと勝ちを確信して口元を歪めた時だった。
「!?」
 油断していたビジュアル系は錐揉みしながら弾き飛ばされてしまう。
 そして、奏真の姿を見て驚愕する。
 今まで受けた全ての傷が無かったかのように元に戻り、自ら切断したはずの左腕でビジュアル系に斬撃を食らわせていたのだ。
「な、なんやとぉ!?」
「あれが奏真先輩の能力なのか…」
「そう、全ての怪我を無かった事にする再生能力や…。
 ただ、身体は瞬間的に治ったとしても、痛みまで消す事は出来るわけやないんや…。
 それなのに何であんな戦い方が出来るんやろ…。
 うちは能力の事を知ってるだけに信じられへん…」
「うへっ…。おれやったら痛みだけで死ねる自信あるで…」
「一体何が彼を支えているって言うんだ…」
 ビジュアル系はニヤリと不敵な笑みを浮かべて立ち上がるが、その瞬間にの傷口が開いて血吹雪が舞う。
「まさか、奏真先輩の攻撃も相手の自我領域を切り裂いたって言うのか…!」
 ビジュアル系は唖然とした表情で自らの胸を押さえ、手についた血を眺めて膝をついて倒れた。
 そして、ギターがNo.17星のカードへと戻り、奏真はそれを掴み取ると夏の太陽に向けて掲げる。
 ふらつく空が奏真へと抱きつくと、学校中が歓声に包まれた。
「悔しいけど、まさに最強やな…!!」
 ただ強く優くしいだけでは無く、目的の為ならば手段を選ばない、悪魔のような精神力を秘めている。
 竜斗は奏真の持つ全てに惹き付けられて行くのを感じた。
「これが青海奏真…。運命に選ばれた男…。そして、僕の倒すべき相手…。僕は彼に勝つ事が出来るんだろうか…?」
 竜斗は空と抱き合う奏真の姿を見て思う。
「僕は彼のようになりたい…」

見果てぬ夢

 1999年7月18日(日)
 元町駅の近くにある南京町中華街は、横浜中華街、長崎新地中華街と並ぶ日本三大中華街の一つである。
 東西南北にある門を潜った先は日本とは思えないぐらいの別世界で、日曜日と言うだけあって沢山の人で賑わっていた。
 名物である中華まんを初めとして、揚げパンや、大根餅、串刺しフルーツなど様々な食べ物が売られており、普通に歩いているだけで食欲をそそられる。
 立ち並ぶ土産物屋にもブルースリーの全身像が置かれていたり、豚型のゴミ箱が置かれていたりと目でも楽しむ事が出来る。
 私服姿の竜斗はあちこちに目移りしながらも先を行く姫の後を追いかけていた。
 チノパンに無地の白いTシャツの上からベストを羽織り、ニューバランスのスニーカー、セイコースプーンの腕時計と言った格好だ。
 一方で姫は中華街でも何時もと変わらないゴスロリ姿で、あまりにも目立つ為に普通に歩いている限りは見失うって方が無理だろう。
「しかし、姫は何時もその格好だな」
「あら、何でしたらチャイナドレスでもよろしくてよ」
「姫のチャイナドレス姿か…。悪く無いけど、どっちにしても目立つよな」
「そこは個性的と言って下さいまし。
 わたくしは風景に埋没してしまうような無個性な生き方なんてまっぴらゴメンですのよ。
 常に他の誰とも違う存在であるからこそ、わたくしはわたくしで居られるんですの」
「際立った個性があるって良いよなぁ。僕なんてそこらに居る通行人レベルだぜ」
「ふふふっ、貴方だって個性はありますわよ。
 そもそも、この世には一人として同じ人間は存在しないんですから、人は大なり小なり個性を持っているはずですのよ。
 ただし、それを活かすか殺すかは別の問題で、個性を活かすには自信を持つ必要がありますわ」
「だったら、僕は個性を活かしてないって自信があるね」
「あらあら、面白い事言いますわね」
「そう言えば大河も聖蘭さんも置いて二人だけで中華街に来たわけだけど、いったい何処に向かっているの?」
「もう、着きましたわ」
「ここは?」
 そこは中国の変わったデザインの刀剣を始めとして、日本刀やサーベル、銃器など古今東西の武器・防具が並べられた観光客が多い所ではおなじみの土産物屋だった。
「見ての通り武器屋ですわ」
「って本物かよっ!!」
「土産物が全てレプリカだと思ったら大きな間違いですわよ。確信犯的に本物を売っている所も幾つかありますわ」
「中華街恐るべし…!!」
 しかし、本物の武器と言われるとより解らないものがある。
 剣の先にかぎ爪がついていたり、刃がぐにぐにと曲がり鹿の角のように枝分かれしていたり、ノコギリのようなギザギザとした刃のついたものもあったりする。
「しかし、どう使うんだかよく解らないものばっかりだな」
「中には単なる装飾と言うものもありますが、突起によって相手の攻撃を防いだり、騎馬戦において相手の手綱を切ったりと、如何に戦局を有利にするかを考えた結果の形ですわ」
「さすが、中国三千年の歴史だな!」
「貴方にはこれなんて良いと思いますわよ」
 姫が竜斗に二本で一対となっている短刀を渡す。
「かっちょいいなぁ!!」
 刀身が短くて幅広く、柄や鍔の部分に十手のような護手盤が付いている。
「胡蝶刀と言う中国拳法の伝統的な武器で、自分の身体の延長線上で使えるので扱いやすく、攻撃を受け流すのにも適していますわ」
「って、これどうするの?」
「貴方に買って差し上げますわ」
「ありがと…って、マジかよ!?」
「それから、こちらも差し上げますわ」
 姫は店主から紙袋を受け取ると竜斗に渡す。
「開けてみて下さいな」
 竜斗が紙袋を開けるとそれは長袖の夏の制服のようだった。
 しかも、よく見なくてもブレザー型のでデザインであり転校前のものだ。
「なんだ、制服のブレザーじゃないか…。しかも、よりによって前の学校のだし」
「それはわたくしが特注した防刃ケプラー製の制服で、要所にはダイラタント流体を内蔵していますわ」
「ダイラタント?」
「簡単に言うと水とき片栗粉のようなもので、普段はサラサラとした状態なのですが、強い圧力がかかった時にのみ硬くなると言う特性のものですの」
「でも、何故こんなものを…?」
「それはこれからの戦いを勝ち残る為ですわ。
 既にご覧になったと思いますが、より高い次元に到達した戦いには自我領域による防御など無意味です。
 今後の戦いで相手の能力がより強力になるに従って、ブラフマンの暗示を受けていない…、能力を多少なりとも無効化出来る事は大きなアドバンテージとなりますわ。
 ただし、幾ら貴方と言えどあまりに強力な攻撃を何度も無効化する事は出来ませんので、物理的な防御力・攻撃力を上げて対抗する必要があります。
 また、能力を過信するあまりワンパターンになりがちな相手に対し、戦局に応じて武器を使い分ける事も有効だと思いますわ。
 怪我も癒えた事ですし、今後は今までの基本的な動作や気功法に加えて、武器の扱いを取り入れた練習をして行きましょう」
「じゃあ、これから帰って早速練習しよう!!」
「あらあら、今日は日曜日ですわよ。
 本格的な練習や作戦は明日からって事にして、今日のところはわたくしとデートを楽しみましょう」

 そして、竜斗と姫は南京町中華街名物である元祖ぶたまんを食べつつ、中華街を出て元町駅を通り越し地下鉄の県庁前駅近くの中華料理屋にやってきた。
 しかも、かなりこじんまりとした感じで、どこの街にもある中華料理屋と言った風貌だった。
「なんで、わざわざ中華街の外の中華料理屋に来たんだ?」
「南京町中華街は他の中華街とは違って住宅の無い商業地区であり、味が売りの老舗は住宅のある中華街の外にある事が多いんですの」
 店内も外見からの予想通りカウンター席にがメインで、テーブル席が幾つかあるという庶民的な感じであった。
 前もって姫が予約を入れていたらしく、予約席と書かれたテーブルに案内された。
「姫って高級なお店にしか行かないと思っていたよ」
「あら、心外ですわね。わたくしは真の美の探求者ですわよ。洋の東西、価格や品格に関係なく、良いものを愛しているだけですわ」
「もはや無差別級って所が厄介だな」
 予約していた為か殆ど待つ事無く料理が運ばれてくる。
「お、確かに美味い!!」
「このお店は野菜と魚を中心にした料理で有名で、美容と健康を追い求める女性に人気があるんですわ」
 竜斗と姫は次々と運ばれて来るコース料理に舌鼓をうった。
「しかし、本当にこんなにゆっくりしていて良いのかな?」
「残念ながら人間の心と身体には限界があるんですわよ。
 自分自身に限界が無いと思い込んでいるのは若さ故の無知であり、頑張り過ぎてしまうと気がつかない内に追い込まれてしまう事になりますわ。
 焦ったとして出来る事以上の事は出来ないし、逆に出来る事すら出来なくなってしまいますから、休む時にしっかりと休む事が必要なんですの」
「それは現実逃避じゃないの?」
「現実から逃げちゃダメだと言うのは心の貧しい考え方ですわ。
 結論として現実からは逃れ切る事は出来ませんが、例えひと時でも現実を忘れられる楽しい事があるから、人は現実に立ち向う英気を養う事が出来るんですの。
 貴方には気分転換出来るような趣味は無いんですの?」
「考えた事も無かったよ」
「わたくしは道楽家ですから趣味は沢山ありますが、特にドライブは好きですわ。
 思ったままに世界を駆け巡る事で、身体と言う重みから解き放たれ、心が軽くなって飛んでいる気持ちになるんですわよ。
 それにドライブには遠き日の大切な思い出がありますしね」
 姫は切なそうに笑う。
 竜斗はなんだか胸が苦しくなる。
「今日はわたくしと貴方でドライブの思い出を刻みましょう」

 姫の運転するディアブロは魔獣のような咆哮をあげながら高速道路を駆けて行く。
 何処までも。
 何処までも。
 ありとゆらゆる物が歪みながら流れ、後ろに吸い込まれるように消えて行く。
 かなりのスピードが出ていると思われるが、姫の持つ雰囲気のようなものが車全体を包み込んで周囲の道路にまで広がり、まるで母親の胸に抱かているかのように心が安らぐ。
 道路を撫でるような硬い振動も、道路の継ぎ目のボディを叩くような衝撃も、身体の芯を突き抜けるような排気音も全てが心地良い。
 そのハイペースなリズムに身を委ねながら流れ行く景色を眺めていると不思議な高揚感に飲まれて行く。
 気がつくと去年開通したばかりの日本最大のジャンクションである垂水を通り、車は明石海峡大橋を渡って淡路島を通り四国へと渡る。
 東京で産まれ育った竜斗にとって四国とは飛行機で行くものであり、知識として道路が繋がっていると言う事を知っていても、こんなにも簡単に来れるとは思っていなかっただけに新鮮であった。
 そして、ディアブロは徳島、香川を通り、瀬戸大橋を通って再び本州へ。
 瀬戸大橋もまた竜斗にとって未知の体験となった。
 お台場にあるレインボーブリッジや、横浜のベイブリッジなどの関東の橋は、街から街へと飛び交う感覚であるが、瀬戸大橋はそれとは全く雰囲気が異なる。
 美しく煌めく青い海の上、晴天の青空を飛んでいるような爽快感が味わえるのだ。
 そう、自分も自然の一部へと溶け込むような気がした。
 本州へと戻った車は岡山県を通り、兵庫県に入る頃にはすっかりと暗くなっていた。
 そして、神戸の北側から峠道を通って六甲山へと登る。
 車内のオーディオでザ・ビートルズのThe Long And Winding Roadが流れた。
 この頃はスバル・レガシィのTVCMに使われているので耳にする機会が多いが、大切な人との思い出を求めて曲がりくねった道を行くみたいな歌詞だった。
 姫の運転はとてもスムーズでブレーキや旋回、加速と言った動作につなぎ目を感じさせない、まさに車を転がしているような印象で、まるでこの曲のリズムのように穏やかな雰囲気であった。
 姫もまたこの歌のように、大切な誰かとの思い出をこの道に重ねているのだろうか?
 そして、六甲山の展望台に車を止めて、二人は神戸の夜景を眺めた。
 まるで闇の中に宝石箱を散りばめたかのようなとは、使い古された安っぽい言葉かもしれ無いが、それ以上の表現が見つからない程の見事な光景だった。
「ドライブは如何でした?」
「凄く楽しかったよ! 空の上を駆けているようで気持ちよかった!!」
「そうでございましょ。いずれ貴方もご自身で運転するとよろしくてよ。わたくとしても殿方に運転して頂いてドライブに行く事は見果てぬ夢でありますわ」
「えっ、僕!? 無理だよ!! 難しい事は出来ないし、きっと試験だって合格出来ないよ!!」
「あらあら、そんな事は御座いませんわよ。
 諦めなければ誰にだって免許は取れますし、誰にだって車を買って運転する事は出来ますわ。
 ただ、それが出来ないのは車を運転する事を異世界の話だと思い込んで、やる前から無理だと決めつけて自分から動こうとしていないだけですわ。
 確かにディアブロともなれば価格も高く運転も難しいかも知れませんが、世の中にはもっと安くて簡単に運転出来る車も沢山御座いますわ。
 まずは自分の手が届く所から初めて、その時々で見合った車に乗り続けて、ゆっくりと時間をかけて上達して行けば良いんですから。
 貴方は来年免許を取れる年齢になる事ですし、チャレンジして見るのもよろしくてよ」
「…そうだね。もし、来年免許を取ったら、僕が姫をドライブに連れて行くよ!」
 姫はとびきりの嬉しそうな顔をする。
「ええ、そうなったら、どんなに嬉しい事でしょうか…!」
「じゃあ、約束だ…!」
 夜風に吹かれながら、二人は指切りげんまんを交わす。
「今日はありがとう、姫…!! また来ようね…!!」

強さへの道

 1999年7月19日(月)
 夕暮れの風見鶏の館の一階リビング。
 武器の扱いと丹田式呼吸法…つまり気の運用を戦いに取り入れた練習を終えた竜斗と大河は、姫から打倒宝塚に向けて作戦の説明を受けていた。
「能力を持っていない竜斗さんが能力者を倒すには、絶対的に相手の自我領域を攻略する必要がありますわ。
 いくら特殊な能力を持っていると言っても所詮相手は人間ですわ。
 その実は幾つか攻略方法があるんですの。
 ひとつはダメージを与え続けるか、精神的に優位に断つ事で相手の心をへし折る事。
 そして、相手の支えとなっているパートナーを倒してしまう、もしくは信頼関係を破壊する事ですわ」
「なんか卑怯だな、それは」
「あら、甘いですわね。弱点とは狙うためにあるんですわよ。
 …とは言っても、あまりスマートなやり方とは言えませんので、最終手段と思った方が良いかもしれませんわね」
「とすると、必然的に精神的優位に立つってやり方になるんだよな…。正直、次の相手の宝塚舞にはそれも難しいと思うんだけど」
「ほんまやでぇ!
 フェンシグの選手として受賞歴を持ち、高い実力を持ちながらも日々の努力を怠らず、下の女子生徒に慕われる男装の麗人…。
 おまけに人を小さな女の子にしてまう恐怖の能力の持ち主や…!!
 ほんじゃそこらの奴じゃ、おれと同じように女の子にさてれおしまいや!!」
「まぁ、僕は暗示受けてないからその能力は多分効かないと思うけど…」
 と言いつつも、相手の能力が強力だった場合は、微妙に女の子化されてしまうかもしれないと、ドキドキする竜斗。
 部分的に女の子とかマジ困る。
「なぁ、今からブラフマンに暗示受けて、そんでもって宝塚の能力食らって、二人で女の子に生まれ変わって幸せに暮らせへん?」
「は!? なんでだよ!!」
「一人で女の子やってるの微妙に辛いんやで!! 道連れが…!! いや、仲間が欲しいんやー!!!」
「却下!!」
「お二人が女の子になって幸せに暮らすのは美味しそうな光景ですが、貴方には殿方のまま勝って頂かないと成りませんのよ」
「でも、どうやって…?」
「前にも言いましたが、この世に完璧な人間は存在しないんですの。何故ならば人間は誰しも心に弱さを抱えているからですわ」
「姫にだって弱さがあるのか…?」
「当たり前ですわよ。わたくしを一体何だと思ってるんですか?」
「うーん…。魔女とか妖怪かなぁ…?」
「当たらずとも遠からずって所ですが、一応人間ですわ」
「あ、完全には否定しないんだ」
 と竜斗は笑った。
「人間ですが生物としての理から外れてしまっているとでも言いましょうか」
「わかった! 幽霊か!!」
「こないに存在感溢れる幽霊があってたまるかいっ!! ってか幽霊だけは勘弁したってや!! チビってまう!!」
「お前、何度も何度も勘弁してくれよな!!」
「ふふふっ、もしかすると幽霊かもしれませんわね。
 まぁ、わたくしの正体についてはその時が来ればお伝えしますが、今は宝塚舞さんを攻略する方法ですわ。
 人間は時にその弱さを隠す為に嘘を付きますわ。
 例えばNo.15の悪魔のアルカナを持つ方を思い出して下さいまし。
 彼は弱者に対して威圧的な態度の人間でしたが、それは彼自身の気の弱さを覆い隠す為の嘘だと考えると解りやすいと思いますわ。
 また、彼は攻撃相手を毒に侵す事が出来ると言う能力があると仰ってましたが、それこそが彼の心の弱さの裏付けになるんですわ。
 なぜならば、ブラフマンの与える能力とは無意識を具現化したものですから。
 恐らく彼は自分自身が弱くても、他人がより弱くなれば自尊心を保てると無意識に思っていたと推測されますわ」
「…つまり、宝塚さんも弱さを隠す為に嘘をついていると、そう言いたいの…?」
「ええ、そうですわ」
「でも、どうすれば良いんだろう?」
「嘘に対抗するには正直である事ですわ。
 これからわたくしが指示する作戦行動の中で、貴方には自分自身の弱さを包み隠さずに動いて頂きますわ」
「それじゃ、弱いまま何も変わらないんじゃないの…? 僕は強くなりたいんだけど、奏真先輩みたいにさ…!」
「ふふふっ、それは無理ですわよ」
「おれも無理だと思うで…!! ってか、そんな事を思ってるなんて恥ずかしいやっちゃなぁ。鏡見て比べれば一目瞭然やで!!」
「そう、はっきり言うなよ! 自分でも解ってても微妙に傷つくんだぞ…!!」
「人はどんなに努力しても自分以外のものにはなれませんわ。
 それに、貴方はご自身の良さに気がついていないだけですわ。
 人は単純に比べられるものではありませんが、わたくしから見ればあの青海奏真に負けず劣らずの魅力を持っていると思いますわよ」
「そうかなぁ…。でも、その僕自身の良さってのが解らないんだよな」
「自分自身と言うものは客観的に見なければ解りにくいものですからね。
 長所・短所は同じカードの裏表であり、見方によって変わって来るような物ですわ。
 例えばわたくしの小柄な体格は格闘において弱点にもなり得ますが、その反面で相手の油断を誘ったりスピード面で有利だったりします。
 あなたの弱さも裏を返せば強さとなりますわ。
 まずは長所・短所を含め自身の全てを受けていれる事から始めましょう。
 ご自身に対して嘘をつかないと言うこの作戦は、その為の訓練も兼ねているんですわよ。
 ただし、この作戦は一見すると遠回りな事ばかりで、不安に思われる事もあるかも知れませんが、その一つ一つを積み重ねる事が重要なんですの。
 そう、本当の強さへの道に近道は無いんですわよ。
 覚悟はよろしいですか…?」
「ああ、やるよ…!! 自分で決めた事だからさ…!!」
「では、まずはこのホームページにアクセスしてみて下さいな。この屋敷の地下にコンピュータールームがあるので使ってよろしいですわよ」
「大河さんにはこちらを差し上げますわ」
 大河に英数字が羅列された紙を渡す。
「なんや、これ!?」
「IRCと言うチャットソフトでの夕鶴さんのニックネームですわ。コマンドを使って彼女をチャットルームに招待すれば会話が出来ますわよ。うまく行けば仲直りが出来るんじゃありませんこと?」
「おれパソコンなんて使えへんで!」
「使い方は聖蘭さんが手取り足取り教えてくれますわよ」
「ホンマかいな!! あんがと姫さん!!!」
 大河は短い手足で竜斗の背中を蹴っ飛ばし、部屋を出るように促す。
「ほな、早く行くでー!!」

 風見鶏の館には厨房や、聖蘭の使う使用人の間があるが、他にも幾つか部屋がありその中の一つがコンピュータールームになっていた。
 部屋の中には最新のiMacやVAIO等の個人向けのものから、シリコングラフィック等のワークステーションまで色々と揃っている。
「沢山あるんやなぁ…。これ、2000年問題で全部使えへんようになったらアホやで!!」
「大丈夫だろ…、多分」
「でも、どれ使ったら良いんやろな…? お、これ半透明でiMacに似てるけど何やろ…?」
「それはソーテックe-oneと言う一般向けには明日の7月20日からの販売となっている機種で、IntelのCeleron433Mhzを搭載しWindows98がインストールされています」
 と聖蘭が説明する。
「なんか知らへんけど、ウンドーズーが動くなんてiMacより凄そうやし見た目も豪華やから、これにする事にするわ!!」
「なんか、外れっぽい気がするんだよなぁ…。僕は無難にiMacにしとくよ」
 竜斗は半透明のUSBキーボードに付いた電源ボタンを押す。
「そういえば、まだ11時前みたいだけど、ネットして大丈夫なのかな?」
「どういう事や?」
「夜の11時から朝8時の電話代定額時間外にネットすると、馬鹿みたいに電話代が請求されるんだ」
「ネット恐いわー!!」
「それは大丈夫です。この屋敷は専用回線が引かれている為、時間を気にする事なく使用する事が出来ます」
 聖蘭が淡々と言うが、それが如何に凄い事か。
「さすが姫だな!」
「んで、どうすれば良いんやろ?」
「クライアントを起動してチャンネルにjoinし夕鶴さんをinviteします」
「…やってくれへん?」
 大河は聖蘭に甘えた声を出す。
「では、代わりに私が入力させて頂きます。
 夕鶴さんを招待する事に成功しましたが、『あんた誰や?』と仰られています。如何様に返しますか?」
「おれや、藩臣大河や」
 聖蘭は大河の言った言葉を瞬時に画面へと入力して行く。
 殆ど大河が喋るのと同時にキーボードを打つ為に、最先端の音声入力ソフトなど比じゃない程のリニア感である。
『なんで、お前がうちのIRCのニックネーム知ってるんや?』
「おれらが仲直り出来るように、姫さんがわざわざ調べてくれたんや」
『そら、難儀な事やね。でも、お前がパソコンなんてハイカラなもん使えるなんて、うち知らへんかったよ』
「聖蘭さんに教えてもらいながら、やっているんや」
『Mu…』
「聖蘭さん凄いんやで! 車の運転や家事だけやなくコンピーターまで達人なんや!! もう、尊敬してまうでホンマ!!
 …って聖蘭さんキーボード打つ手が止まっているようやけど、どないしたんや?」
「このまま入力してよろしいのですか? 私にも解るぐらいオチが見えているようですが…」
「オチって何や? 何も漫才しているワケやないし、そんなもん関係あらへんやろ?」
「…解りました」
 聖蘭は高速で大河の言葉をそのまま入力する。
『おまえ、こないな所までメイド、メイドってアホやろ!? ももいいわ、さいなら!! 冥土さんと仲良くしてやってや!!』
 夕鶴は捨て台詞を残すとチャットルームを退室した。
「な、なんでやねん…!」
 一方で竜斗は標準ブラウザであるネットスケープを立ち上げて「すみれの花咲く頃」と言うホームページを見ていた。
 Maineと言うハンドルネームの女子高生が作る宝塚歌劇団のファンサイトで、全体にすみれの花の壁紙やリンクバナーが使われた乙女チックな印象だった。
 宝塚は宝塚だけど、宝塚違いな気がしないでもない。
 無骨で真面目な宝塚舞と比べて、このMaineと言う少女はあまりにも夢見がちな気がする。
 今まで見て来た講演などが思春期の少女ならではの目線でまとめられているが、竜斗が気になったのが「男役10年」と言う宝塚の男役の魅力を書いたページであった。
『宝塚歌劇団には男役10年って有名な言葉があるの。それは男役を演じる方法は人から教わるものじゃなくて、それぞれが自分の頭で理想の男性像を考えて、そこに向かって10年近くも絶えまない努力を繰り返す事で初めて本当の男役になる事が出来るって意味なんだって。…私の10年前って言うと8歳で小学2年生だし、10年後って言うと28歳でもう三十路近い事になっちゃうし、もの凄く大変な話だよね。
 私は男の人って魅力的だと思っているの。でも、それは女の子として客観的に見ているからで、殆どの男性は自分の事を魅力的だなんて思っていないんじゃないかな。私もそうだけど主観的に自分の良さを理解出来る人ってそんなに多く無いと思う。…それはそうよね、自分が魅力的だと思ってたらナルシストだもんね。
 宝塚の男役の人達って女性だからこそ客観的に男性の魅力を理解する事が出来るし、絶対に辿り着く事が出来ない理想の男性像を目指して努力するからこそ、最高にかっこいい存在なんだと思う。
 宝塚歌劇団は女の子にも絶対おすすめだけど、男の人にも是非是非見て欲しいな。それで、男性としての魅力に目覚めて、努力してかっこいい人になって貰えれば嬉しいもの』
 竜斗はホームページの中にCGIを使ったチャットルームがある事を発見した。
 現在の参加者は管理人であるMaine一人なので参加して見る事にしたが、どうやら名前の入力が必要なようだった。
 こう言う所ではバンドルネームを使うべきなのだろうが、姫から正直でいろと言われていた事もあって、名前を偽るのに抵抗があったので、今回はSomaと言う名前でアクセスする事にした。
 すっかりと忘れ去られてしまった事だが、竜斗の名字は走馬であるのでギリギリ嘘はついていないはずだ。

Soma>こんばんわ、初めまして。ホームページ見させて頂きました。
Maine>はじめまして、Somaさん。どうでしたか?
Soma>男役の格好良さについて書かれている事に共感しました。僕もそんな生き様に憧れてしまいます。僕は神戸に住んでいるので是非見てみたいです。
Maine>Somaさんはひょっとして兵庫県立高校の生徒ですか?
Soma>はいそうです。どうして解ったのですか?
Maine>私も県立高校の生徒で、その名前を聴いた事があるからです。太陽のアルカナと呼ばれている方ですよね?
Soma>そうです…。と言いたい所ですが、残念ながらカッコいい方のSomaではなく、カッコ悪い方のSomaです。主に下の名前で呼ばれています。
Maine>月のアルカナの方ですね。カッコ悪くなんか無いです。私はあの特別授業は恐いので極力見たく無いんですけど、あなたともう一人の方のSomaさんの試合だけは見ました。
Soma>僕も特別授業が恐いです。同じように思っている人がいて嬉しいです。でも、何で僕とカッコ良い方のSomaの試合は見たんですか?
Maine>あなた達は他の生徒達とは違うと思ったからです。でも、やっぱり、戦いを見て後悔しました。
Soma>その気持ち凄く解ります。僕もカッコ良い方の戦いを見て後悔しました。あの戦いは恐いです。自信を無くしました。それとキスシーンが嫌です。
Maine>私も全く同じです。ひょっとして、Somaさんは彼のパートナーの女の子が好きなのですか?
Soma>叶わぬ恋でした。
Maine>私達似ていますね。私はずっと彼が好きだったので、キスシーンは見たくありませんでした。
Soma>僕のように恋人で無い人とパートナーを組んでいる人もいると思います。でも、彼らは違うと思いました。
Maine>それは私も解りました。解るからこそ、心が痛いんですよね。

 1999年7月20日(火)
「昨日はお楽しみでしたわね」
 聖蘭に起された竜斗は風見鶏の館の二階にある朝食の間に入るなり、既に着席していた姫に声をかけられた。
 大河はまだ起きて来ていないらしい。
「はぁ、なんで?」
「昨日は一晩中インターネットをしておられたのでしょ?
 若い殿方がインターネットでどのようなお遊びをするかは存じていますわよ。何度、その淫靡なお姿を覗きたいと言う衝動を抑えたか。いっその事、一緒にお遊びしたいとも思った所ですわ」
「いかがわしい言い方しないでよっ! 何も嫌らしい事はして無いって!! …まぁ、楽しかった事は事実だけどさ」
 そう、竜斗とMaineは意気投合して、ついつい周囲が明るくなるまでチャットをし続けてしまったのだ。
「で、首尾の方はどうでしたか?」
「姫から知らされたホームベージの管理人とメールアドレスを交換するほど仲良くなれたけど…」
「上等ですわね」
「でも、宝塚さんとは関係ないような気がするんだよなぁ…」
「あら、近道はありませんって言いましたわよね。今の貴方に出来る事はどんな事でも目の前にある事を精一杯やる事ですわ」
「…そうだね」
「では、今日は宝塚舞に対して直接アプローチをかけますわよ。この作戦は彼女の女らしい所を引き出し、貴方の男らしさで対抗するものですわ」
「でも、どうやって?」
「それは大河さんの協力無くしてはなし得ませんわよ」
「なんや、おれに出来る事やったら協力するで」
 ちょうどその時、聖蘭に付き添われたジャージ姿の大河が現れた。
 そして、大河が席に座るのを待って姫が作戦の詳細を告げる。
「まず、大抵の女性が怖がるような黒い虫を用意しますわ。高速でシャカシャカ動くその虫を仮にGと呼ぶ事にしましょう」
「Gってまんまやろっ!!」
「大河さんは授業中に隠し持ったGを宝塚さんの席に向かって投げ入れ、泣き叫ぶ彼女を前にして竜斗さまが颯爽と助けに入り、Gを退治すると言う算段…そう、名付けてオペレーションGですわ!!」
「どう考えても嫌な予感しかしないんやけど!!」
「僕も同感…」
「あら、これはご自身で選んだ道ですわよ!
 それとも、不良に扮した大河さんが宝塚さんに襲いかかり、それを竜斗さまが助けるって作戦でもよろしくてよ? 名付けてプロジェクトYですわ!!」
「ちょっとまてぇい!! おれがこの格好で不良って無理あるやろ!! 正体バレバレやし!! しかも、オチが見え切っているんやけど!! もう、出落ちは勘弁やで!!」
「あらあら、大河さんが宝塚さんにやられておしまいと言う事ですか?」
「解ってるやないかい!!」
「こうなったらヤケクソで、ゾンビになってみれば良いんじゃないかな?! 名付けてZフォース!!」
「あら、良いアイディアですわね!」
「変わってへん!! そればかりか悪化しとるやないかい!!  もう解ったで!! オペレーションGで行こうやないかっ!!」

 かくして、何時もの学校の何時もの教室。
 ブラフマンの特別授業が実施される中で、オペレーションGが開始される時が来た。
(女の子にされた恨み今こそ晴らしてやるでっ!! これでも食らいやっ!! おらおらおらっ!!!)
 大河は手の中でガサゴソと暴れるあまりに活きの良いGを、鍛え上げた見事なアンダースローで宝塚の席に向かって投げ入れる。
 だが、予想外の出来事が起きた。
 なんて、Gがその黒い羽を広げて飛んでしまったのだ。
「な、なんやとっ!!」
「きゃーっ!! 出たぁーーーーーっ!!!」
 教室を飛び交うGを最初に発見して悲鳴を上げたのは、すっかり元気になって登校して来ていた空であった。
 空はとなりに座っている奏真にしがみ付く。
「約束しただろ、俺は空を守るって…! 例えそれが黒い虫相手でも…!!」
 と空を抱きながらカッコつけて言いつつも、奏真は怖がる彼女を見て笑いを堪えきれない。
「やだぁーーーっ!! こっち来ないでよぉーーーーっ!!」
「こうなったら、アルカナの発動だっ!!」
 手を振り回してGを追い払う者、取り乱して能力を発動しようとする者等、教室は混沌とした空気に包まれる。
「ただの虫相手に臆するとは、貴様らはそれでも選ばれしアルカナの戦士かっ!! 痴れ者共よっ!! 黙らぬと粛清するぞっ!!」
 と生徒会長がバンと机を叩くが、誰も聴いていやしない。
 ブラフマンも生徒達の混乱する様子にあきれ顔だった。
「き、貴様らぁーーーっ!!」
「あらら、天下の生徒会長もあの虫には敵わへんのやなぁ…って、うちの所に来るんや無いでっ!!」
 夕鶴がGを払いのけると、それがポーンと飛び竜斗の鼻先へと着地する。
「うぎゃーーーーーっ!!! やだやだやだっ!!!! 誰かボスけてぇーーーーっ!!!!!」
 竜斗が女の子のように泣き叫びながら両手足をバタバタさせていると、ゆっくりと歩いて来た宝塚が丸めたノートで竜斗の鼻先を軽く払う。
 目の前をノートが通過して、竜斗は驚きおののき尻餅を着く。
 うまく叩き落とした為に竜斗には一切のダメージはなく、Gも潰れておらず床に転がってピクピクと気絶しているだけだった。
「虫と言えど無闇に命を奪いたくは無い」
 そう言うと宝塚は気絶したGをティッシュで掴む。
「二度と来るんじゃないぞ」
 そして、窓から校庭へと放り投げると、意識を取り戻したGは元気よく夏の空へと飛んで行った。
「漢やないかっ!! うち、惚れてしまいそうやっ!!」
 夕鶴の声を皮切りに生徒達は次々と宝塚を賞賛した。
 竜斗と大河はその様子を冷ややかに見ていた。
「始めからこうなる気がしてたんやけどなぁ…。きっとあの女に恐いものなんてあらへんよ…!」
「僕もそう思うんだけどなぁ…」

 戦いの練習をする為に竜斗と大河はトーナメントが終わると早々に帰宅し、首を長くして待構えていた姫に作戦の顛末を伝えた。
「作戦は成功したようですわね」
 姫はその内容を聴くなりニッコリと微笑む。
「なにそれ、皮肉…?」
 竜斗はムスッとする。
「違いますわよ、本当に順調に進んでいるんですわ。結果はともかく相手の心に種を撒いた事が重要なんですの。あとは今日あった事を貴方自信の言葉で嘘偽りなく、インターネットのお友達に伝えてみて下さいな」
「そんなんで大丈夫なのかなぁ…?」
「あら、あなたは精一杯やってますわ。でも、どんな事でも結果はすぐ現れるわけでは御座いませんわ。その時々で目の前の課題に対して全力で邁進し続け、一つ一つを積み重ねる事が大切なんですの」
「まるっきり実感ないけどなぁ…」
「焦っても良い事はありませんわよ。さて、今日も何時ものように修行しますわよ。それが今の貴方に出来る事ですわ」
 そして、夜になって修行が終わり、昼食後にその日の事をMaineにメールする竜斗。
 Maineは最近流行のポストペットを使っていると言っていたし、iMacにもインストールされているようなので竜斗も使ってみる事にした。

『特別教室に凄くカッコいい女の人が居るんだよ。
 特別授業の教室にゴキブリが現れて僕の鼻に止まったんだけど、僕の鼻を擦る事なくゴキブリだけを叩き落として、そのまま気絶したゴキブリを鷲掴みにすると校庭に逃がしてあげたんだ!!
 そして、決め台詞はもう二度と来るんじゃないぞ、だって! 超かっちょ良い!!
 その人は恐いものが無いのかな?
 僕は恐いものが沢山あるし、男らしく無いから凄く羨ましい!!』

『カッコいいって女の子にとって褒め言葉にならないよ。
 少なくても私は女の子らしくて可愛いって言われる方が良いなぁ。
 それに恐いものが無い人なんて絶対にいないよ。
 私は恐いものが沢山あるけど、他は隠す事が出来ても雷が恐いのだけは隠せないの。
 もう、小さな子みたいにキャーキャー言っちゃうの。
 変でしょ?
 その子もきっと恐いものがあるんだけど、隠しているだけよ。
 PS.可愛いって男の子にとって褒め言葉じゃないと思うけど、私は臆病な男の子って可愛いと思うし好きだよ♡』

『全然変じゃないよ!! 可愛いよ!!
 僕はヘタレだけどそんな女の子がいたら守ってあげたいって思うしね!!
 でも、僕も自分自身のヘタレな所を隠したいって気持ち、凄く解るよ…。
 僕は強くなる為には自分に嘘を付くなって言われているけど、なんだか素っ裸でいるようで無防備で恥ずかしいんだ。
 ただ、僕がヘタレだって事は全世界的に知れ渡っている事だし、今更隠すも何もあったもんじゃないけどね。
 PS.可愛いって言われても褒め言葉だと思えないけど嬉しいよ!!』

『可愛いって言ってくれてありがと♡
 でも、いくら恐がりでも自分を隠さないって強くてカッコいいと思うよ♡
 私は君が羨ましいなぁ。
 私は自分に嘘をついてばかりなの。
 人から見向きもされなくなるのが恐いんだ。
 いつか、君みたいな強い子になりたいよ。
 ねぇ、もし私が自分らしく生きられるようになったら、会ってくれて良いかな?』

『カッコいいって言われた方がやっばり嬉しいね!!
 女の子から僕の弱さが強さだって言われるのはこれで二度目なんだ!!
 なんだか、少し自信が持てる気がするよ。
 Maineちゃんが強くなれるように応援しているよ!!
 PS.僕は今すぐにでも会いたいけど』

『応援してくれてありがとう。
 でも、今直ぐには会えないよ。
 待たせちゃうと思うけど待っててね。PS.女の子と話している時に他の女の子の話をするのはマナー違反よ♡』

 1999年7月21日(水)
 決戦を明日に控えた朝を迎え、姫は珍しく朝食の時間にラジオで天気予報を聴いていた。
 それによると夕方から天気が大幅に崩れ高確立で雷雨となるとか。
 姫はニッコリしながらラジオのスイッチを切る。
「わたくしの読み通り絶好の流れとなって来ましたわね」
「…」
 竜斗は口を尖らせて俯いている。
「貴方がこの作戦に対して疑問に思うのは当然ですわよ。
 前に人の言葉を鵜呑みにするのでは無く、自分なりに噛み砕いて飲み込む事が大切だと言いましたが、考えているからこそ様々な事に対して疑問を抱くのです。
 大いに悩んで下さいまし。
 その迷いを乗り越えて、答えを見つけ出す事で少しずつ強くなって行く事が出来るのですわ。
 もし、あなたがもう止めたいと言うのならば、わたくしはそれでも構いませんわ。
 これは貴方の人生なんですもの、最終的な決定権は貴方にありますわ」
 と姫は優しく微笑みかけた。
「止めたい…とは口が裂けても言えないよ。
 選択肢は他にあったとしても、僕は楽な道を選べる程器用じゃないんだよな…。
 やるよ、先が見えなくても歩き続けないと答えなんか解りっこないしさ…」
「よろしいですわ。
 では、今日は宝塚舞さんの練習を始めから最後まで通して観察して頂きますわ。
 きっと、色々な事を思う事でしょうが、それも大切な修行の一つですわよ。
 けっして、辛くても目を背けてはいけませんわ。
 そして、最後に練習を終えた彼女の話を聴くと良いでしょう。
 今日の作戦を上手くこなせれば今まで撒いて来た種が芽吹き、本当の強さとは何かと言う答えにも辿り着く事が出来きますわ」

 案の定と言うべきか、宝塚は午前中の特別授業が終わった後、食事を取ると直ぐに武道館へと行きフェンシングの練習を開始した。
 そう、午後になって他の生徒達がトーナメント戦に熱中している間もだ。
 一心不乱に一つの事に打ち込んで行く。
 そして、一歩ずつ、一歩ずつ、確実に竜斗の遥か先へと向かっている。
 竜斗だって一生懸命練習しているつもりだし、戦いを勝ち抜くための作戦だって実行しているはずだが、一行に先に進めているって気がしない。
 竜斗はあまりにも凛々しい宝塚の姿を見ていると、自分がこの学校に来る前と何も変わらない、空っぽな人間なんだって事を痛感し悔しくてたまらない。
 何がそんなにも違うのか。
 生まれついての才能や、考え方など色々あると思う。
 だが、やっぱり一番違うのは、今まで努力に費やして来た時間だろう。
 つい最近、頑張り出した竜斗と比べ、彼女はきっと何年も練習を繰り返して来たに違いない。
 竜斗なんて、たかが数日の間で辛いと思う事が沢山あったというのに。
 もう、純粋に凄いとしか言いようが無い。
 竜斗は宝塚を尊敬するしか無かった。
 彼女のように強く生きられたらと思った。
 夕暮れになってようやく練習を切り上げた宝塚に竜斗はスポーツドリンクを差し出しながら話しかける。
「おつかれさま…!」
「…ああ、ありがとう。だが、君は少し慎んだ方が良いぞ」
「え、何を…?」
「君は誰振り構わず優しい声をかけているのではないか? 本人にそのつもりは無くても女好きの不貞の輩だと思われてしまうぞ」
「スケベなのは否定しようがないけど、なんでいきなりそんな事を…?」
「…ああ、すまんな。これは私事だ」
 顔を赤くして咳払いする宝塚。
「なんか、変だなぁ…」
 なんだかおかしくて、吹き出す竜斗。
「ところで君はこんな所で、こんな事をしていて良いのか? 明日はいよいよ私達の戦う日なんだぞ」
「僕もそう思うんだ…。
 でも、姫が今日は宝塚さんの練習を見ろって言うんだ。それも修行の一環なんだって…。
 あ、姫ってのは僕のパートナーで、戦いの師匠のような人ね。基本的に厳しいんだけど、時々優しいんだから参っちゃうよ」
「…まったく、君はまた他の女の話を」
 と宝塚はボソッと呟く。
「ん…?」
「…いや、何でも無い。
 確かに君の師匠の言う事は一理あると思う。
 スポーツの世界ではよりレベルの高い試合を見たり、ライバルの様子を知る事、有名選手の講演会や勉強会に参加かる事も立派な練習の一つだ。
 特に自分自身の壁に突き当たった時には、乗り越える良いチャンスだと言える。
 人と比較する事で自分自身の間違いに気付かされたり、自分自身の考えが正しいと再確認する事があるんだ。
 もっと言えば何処にだって自分にとってプラスになる材料は転がっているんだ。
 大切なの人生における全てを練習だと思って、吸収しようとする姿勢なのではないか」
「そうか、そう言う考え方が僕に足りなかったのかも…! 
 ありがとう!! 宝塚さんのおかげで前向きになる事が出来そうだよ!!」
「ふっ、君は本当に真っ直ぐで心が強いんだな。君のそういう姿勢は素晴らしいと思う」
 宝塚は照れを隠しながら笑う。
「宝塚さんこそ、何時もそう言う考え方をしているから強いんだね! ますます尊敬しちゃうよ!!」
「よしてくれ。私は不器用だから、そんな生き方しか出来ないだけさ」
 その特、大粒の雨が体育館の屋根を強く叩く。
「ん…、雨か?」
 その時、一瞬視界が真っ白になるかのような激しい光と共に、地面を揺さぶるような大音量が響き渡る。
 そして、竜斗は信じられない光景を目にする。
 なんと、宝塚が雷に負けないぐらいの悲鳴を上げ、頭を抱えて丸くなっていたのだ。
「か、雷だけは駄目なのだ…!! きゃっ…!!」
「雷が怖い…!?」
 …竜斗はつい最近、何処かでそんな女の子の話を聴いていた。
 そして、雷鳴と共に二つの線が一つに結びつく。
「まさか、宝塚さんがMaineちゃん…!?」
「きゃっ!!!」
 雷が鳴るたびに震えるその姿は、まるで小さな女の子のように弱々しく可愛らしかった。
 竜斗は意を決し宝塚の横に並んで、その震える細い肩を抱き締めた。
「な、何をっ…!?」
「言ったでしょ…。雷に震える女の子がいたら、守ってあげるって…!」
 あまりの緊張に声が途切れ途切れとなりながらも、竜斗は顔を真っ赤にして言う。
「きゃっ!! す、すまない…!!!」
 宝塚は竜斗の肩に寄りかかって、縮こまって震え続けた。
 彼女は背が高いのだが体格は竜斗よりも明らかに華奢で、両腕を広げれば包み込めそうな程に小さく感じた。
 竜斗は女性を守りたいと言う男としての本能を強く滾らせるのであった。
 そして、それがどれだけ続いたのだろうか、雷雲は通り過ぎ周囲は夕焼けに包まれていた。
 竜斗と宝塚は扉の所に二人で並んで、夕日にかかる虹を眺めていた。
「情けない所を見せてしまったな…。
 だが、これが本当の私…、見かけ倒しの臆病な人間なのさ…。
 自分でもこのままじゃいけないと思いつつも、どうしょうもないんだ…」
 そう言う宝塚の顔は辛そうで、今にも泣き出しそうであった。
「僕で良かったら話を聴かせてくれるかな…? 僕でも力になれる事があるかも知れないし…!」
 竜斗は小さい子供に言うように優しく微笑みかける。
「ありがとう…。君は本当に優しいな…」
 宝塚は涙を堪えるように目を瞑り上を向くとゆっくりと話し始める。
「意外に思うかも知れないが、私だって昔はこんな生き方をしていなかったんだよ…。
 昔の私はインターネットで見せているような、夢見がちだけど臆病で目立たない少女だったんだ…。
 そんな私が変わるきっかけとなったのは中学二年の時だった。
 当時、私の通っていた市立中学は、学生による学生の為の統治を掲げ、生徒会長となった一人の男によって支配を受けていたんだ」
「その男ってまさか…!?」
 何処かで聴いた事がある話に竜斗は嫌な予感がする。
「そう、この学校でも生徒会長をやっている小泉光一郎さ。
 彼は統治とは名ばかりの力による支配を行い、当時の私のように力の無い一般的な生徒は権利を取り上げられ、暴力のターゲットとされていたんだ」
「あいつ、そんな前からそんなことを…」
 竜斗は生徒会長の横暴な顔を思い出して、腸が煮えくり返る思いで拳を強く握る。
「当時は今よりずっと酷かったんだ…。
 私達が中学二年の頃はちょうど阪神大震災のあった年であり、心の傷と思春期が重なり極端な思想を持つ者が多かった。
 彼の考えに同調して暴力を振るう者も居れば、塞ぎ込み心を閉ざして不登校になる者、抜け殻のようになる者、そして自ら命を落とす者もいた。
 私自身もそのようになる寸前であったと思う…」
 そう言う宝塚の顔は悲壮であり、当時の彼女の気持ちを思うと竜斗は胸が苦しくなる。
 阪神大震災の後、神戸で凶悪な犯罪を犯したり、自殺をする同年代の子供達が増えたという事は、東京でも報道されていた。
「大変だったんだね…」
 今までテレビの中の話のように思っていた自分が恥ずかしくてたまらなかった。
「だが、一学期が始まりしばらく経った半端な時期に、ある男子生徒が転校して来てから事態は急変したんだ。
 彫刻のような美しい容姿、冷静かつ明晰な頭脳、野性的な運動神経…。
 全てを併せ持った神の子のような存在である彼が、何処から来たかは誰も知らなかった。
 阪神大震災の時に両親を亡くし記憶を失う程の怪我を負い、彼自身も自分が誰なのか解らないと言う出所の解らない噂だけが一人歩きをしていた。
 彼は生徒会長の集団的な暴力にたった一人で対抗して、他の生徒達の希望の対象となるまさに救世主とも呼べる存在となった」
 竜斗は自分自身が生徒会長直属の風紀委員に絡まれ、一人の男子生徒に助けてもらった事を思い出す。
 いや、忘れようと思っても忘れる事なんかできはしない。
「僕もその人に助けられた事があるよ…」
「当時の私はそんな彼に心惹かれ、ある日、自分の思いを告白したんだ。だが、女として見られないと冷たい言葉で突っぱねられてしまったよ。
 …今からすると信じられない事だろうが、当時の彼は粗暴で他人を寄せ付けない所があったんだ」
「まさか、彼にもそういう時があったなんて…」
 竜斗は完全な人間はいないと言う姫の言葉を思い出していた。
「思い返してみれば当時の彼は心に傷を負った中学二年生であり、空っぽな心を埋めるように力を振るっていただけなのかも知れないな。
 私もまた自分勝手な子供だったから、そんな彼の事情を察する事が出来ずに傷ついてしまった。
 そして、ある日、突然彼が変わったんだ。
 彼の傍らに年下の小柄な少女が常に付き添うになってから、今までの態度を改めるように人を受け入れるようになったんだ。
 彼の事を諦める事の出来ない私は、彼の隣に他の女性が居る事が苦しくてたまらなかった。
 彼女に成り代わりたいとさえ思ったが、明るく可愛い彼女と自分を比べては、自己嫌悪する事の連続だったよ」
「世の中は不公正だよね…。
 報われる恋もあれば、報われない恋もある…。
 みんながみんな主役でいられれば良いのに、脇役や悪役になってしまう人もいる…。
 別に好きでそうなっている訳じゃないのにね…」
「本当にそうだな…。
 それからは中学を卒業するまでは、生きているんだか死んでいるんだか解らない毎日だったよ。
 そんな自分が嫌でたまらなかったから、自分を変えて強くなろうと思ったんだ。
 彼のように強く気高くなる事が出来れば、女として見向きされ無くても、何時かは振り向いて貰えるのではと思ったんだ。
 そして、高校入学と共にフェンシング部に入部して、好きだった宝塚の男役のように振る舞い、強い自分を演じたんだ。
 その結果、今まで見向きもされない程地味だった私が、いつしか年下の女の子達からチヤホヤされるようになり、皆の期待に応えるように練習を続けて大会で優勝するまでに至った。
 そして、気がつくと私の事を否定していた生徒会長の一派にも一目置かれるようにまでなっていたよ」
「僕も弱い自分を変えたくて、この学校の特別授業に参加する事にしたんだ。
 それに、彼と出会って彼のように強くなりたいと思った。
 だから、宝塚さんの気持ちが凄く良くわかるし、僕のずっと先に行っている宝塚さんの事を尊敬できるよ!」
「だが、何処まで行っても彼に振り向いてもらえる事は無く後に残るのは虚しさだけだったよ。
 偽わりの自分を維持するのに疲れ果て、何度も本当の自分を曝け出したいと思ったよ。
 しかし、また弱い自分に戻って見向きもされず消えてしまうのが怖くて、次第に誰も自分の事を知らないネットの世界に依存するようになって行った。
 ますます本当の自分が解らなくなって行く一方で、もうどうすれば良いか解らないんだ…」
 宝塚はその顔を手で覆い小刻みに身体を振るわせる。
「宝塚さん…」
 竜斗は居ても立ってもいられず、その細い肩を抱いた。
「…君は本当に優しいな。
 君は自分自身の弱さを知っているから、人の気持ちを察して優しく有る事が出来る。
 そして、豊な感受性で思った事を隠す事が出来ない、真っ直ぐで純粋な心を持っている。
 だからこそ、私は君に話を聴いてもらいたいたかった。
 それは君の持つ素晴らしい力だと思うんだ。
 だから、君にはそのままでいて欲しい。
 人は弱さを捨て去ろうとして自分自身を偽り続ける限り、本当の意味で強くなる事が出来ない。
 決して私のように間違った強さを求めないで欲しいんだ」
 宝塚の言葉を聴いた竜斗の中で、全てのピースがひとつに組み上がって行くのを感じた。
「僕、解ったよ…! 本当の強さが何なのか…!!」
 そうか、姫は僕と宝塚さんを対比させる事で、客観的な視線から見た僕の良さと、本当の強さが何かを教えたかったのか…!!
 竜斗は姫の気持ちが嬉しくて仕方無かった。
 しかも、その為に姫は水面下で様々な下調べをし、一見すると解らないような誘導の積み重ねによって、その答えに自主的に辿り着けるように導いていたのだろう。
「…でもその答えは言わないでくれないか。それを聴いてしまったら、私は明日君と戦う事が出来なくなってしまう気がするんだ」
 そして、同時に宝塚の攻略法も解った。
 きっと、それは宝塚さんの今まで歩んで来た道を活かし、彼女を救う事にも繋がるんだ…!!
「だったら、僕は戦いを通じて本当の強さが何かを見せてあげるよ…!!」
 竜斗は立ち上がって夕日に向かって強く拳を握りしめた。

本当の強さ

 1999年7月22日(木)
「今日から夏休みに入ると共に、トーナメントの第二回戦が行われる事となる」
 特別授業の教室でブラフマンが発した夏休みと言う言葉を聴いた生徒達は一周ザワめきたった。
「よっしゃー、待ちに待った夏休みやっ!!」
「お前うっさいわ、アホっ!!」
 夕鶴は声を上げて喜ぶ大河を叩く。
「やったーっ!! 空、夏休みだーいすきっ!!!」
「こら、空もうっさいよ!! それに席立たんといて!! 子供かアンタら!!」
 と夕鶴はアホな生徒達を注意しまくる。
「夕鶴はオカンみたいだな。だが、実は夕鶴が一番五月蝿いなんて口が裂けても言えない…」
 と竜斗はボソッと言った。
「第一回戦は能力が安定して発動出来るようにイメージしやすい学校で行われていたが、第二回戦は学校を離れて外部の閉鎖された場所で戦って貰う。
 その為に二回戦まで勝ち残った生徒にはこれを渡しておこう」
 ブラフマンは二回戦まで勝ち残った生徒の名前を一人一人呼んで携帯電話を手渡した。
「ええなぁ、なんやそれ? おれにもくれへん?」
「DoCoMoのデジタル・ムーバP501iハイパーって書いてある…ってか、あげんぞ」
 嫌らしく覗きこむ大河に竜斗は答えた。
「ケチやなぁ…」
「それは最近発表されたi-Modeと言う携帯電話でのインターネットサービスに対応した機種で、夏休み期間中のトーナメントの時間と場所は、前日の夜11時に試合当事者の端末にメールで送信する。
 もし、指定した時間と場所に来る事が出来なければ失格となる。
 また、当事者以外の試合観戦を希望する場合は、前日の夜11時に更新されるインターネットのサイトで確認すると良い。
 ログインネームは氏名のローマ字、出席番号がパスワードとなる」
「ちょい待ち…! それやとインターネットが使えへん奴は確認出来へんし、ギャラリーが大幅に少なくなるんやないか?」
「お前、聴きにくい事をよく聴くな…」
 竜斗は小声で大河を賞賛した。
「共通認識を持つ観客をふるいに掛けるのもこの第二試合の目的なのだ。
 第一試合で人々を魅了する事に成功した者ならば、第二試合もインターネットで情報を得たり、友人から話を聴いてでも観客が見に来るだろう。
 つまり、より求心力がある…神に近い者が有利になると言う事だ。
 また、第二回戦以降は必然的に観客が減る事になるが、最終的に外的環境に影響させず安定して強力な能力を発動する事への練習となっている」
「…なるほどなぁ」
「今日行われるトーナメントに関しては、例外的に今この場で発表させて頂く。
 第二回戦第一試合…No.3女帝とNo.18月の試合は、本日14時ちょうど宝塚市にある宝塚大劇場で行うものとする」
 教室がザワめく。
「おいっ!! なんか、明らかに不公平な気がするでっ!!!」
「世の中に公平などと言うものは存在しない。私が求めている存在とは如何なる状況であろうとも、絶対に勝つ事が出来るような強さを持った者なのだ」
「良いんだ大河…、それで良い。それで良いんだ!! それでこそ戦いがいがあるってもんだよ!!!」
 竜斗は熱い視線を宝塚に送り拳を力強く握りしめる。
「竜斗、お前目ん玉燃やしちゃって何や!? いつの間に生徒会長みたいな戦闘狂になってもうたんや!!」
「面白いっ!! 面白いぞ走馬っ!!! それでこそ我が輩が見込んだ漢であるっ!!!」
「こら、アカン…。アホ二人が共鳴しとるよ…!」
 夕鶴はボソッと呟いた。
 竜斗に熱く見つめられた宝塚は、困惑しながら真っ赤になった顔を伏せる。
「おやおや、彼も大分女性の扱いに慣れて来たようだな。これは俺のライバルとなる日も近いかもな」
 それを見た奏真は面白そうに笑う。
「お兄ちゃんの馬鹿ぁ! 何のライバルよぉ!?」
 と空は奏真に突っ込んだ。
「ふっ、決まっているだろ?」

 そして、14時前。
 宝塚市栄町を流れる武庫川の畔に聳えるヨーロッパ風の堂々とした建築物が宝塚大劇場だ。
 内部は一階席、二階席合わせて2550人が収容出来る巨大なホールになっており、そのステージの上に本日の主役になる者達が向かい合っていた。
 No.3の女帝である宝塚舞とそのパートナー。
 No.18月である走馬竜斗とそのパートナーの香夜姫。
 そして、進行を務めるブラフマンの五人である。
「では、自我領域を展開してもらおう!」
 宝塚はファンの娘相手にいつも通りクールな表情のまま唇を交わす。
 そして、出現したNo.3のカードを掴み取ると、それをフェンシングのフレールへと変化される。
「では、これを忘れずに着て下さいな」
 姫がキスの前に竜斗に出した物は特注で作った前の学校のブレザー型防刃ジャケットであった。
「これは貴方が初めて勝ち取った個性の象徴であり、貴方の歩んで来た軌跡そのものですわ」
 そう、前の学校の制服は転校初日に風紀委員会、二日目に生徒会書記に絡まれる原因にもなった物で、生徒会書記を倒して学校に馴染んだ事で、いつの間にかに竜斗も他の生徒も誰も気にしなくなっていた。
「今まで積み重ねて来た結果は決して裏切らず、貴方を力強く守ってくれる事でしょう。それが貴方に足りなかった自信と言うものですわ。
 わたくしは貴方を信じています。だから、貴方もご自身を信じて下さいな」
 姫は竜斗にブレザーを着させながら言う。
「ありがとう、姫…」
 そして、竜斗はそんな姫に口づけした。
「行って来る…!!」
 それはまるで新婚夫婦の朝を思わせるような光景であった。
 竜斗は姫から二本の胡蝶刀を受け取ると、宝塚へと向かい合い不敵な笑みを浮かべた。
 宝塚は動揺を隠せない。
「では、開始しろっ!!」
 フェンシングの基本動作は、前進、後退、突き、前に飛ぶ、後ろに飛ぶ、剣を突き出して突進する。
 その6つであり全てはその組み合わせであると言う事は、今までの見学から察する事が出来た。
 それは能力で具現化した剣であっても同じであり、勝負を焦った宝塚は恐らく一番攻撃力のある手段で先制して来る事だろう。
 すなわち、剣を突き出しての突進だ。
「フレッシュ!!!」
 剣と一体となり矢のように加速する宝塚。
 竜斗は身体を僅かに横にずらし、胡蝶刀の護手で攻撃を受け流す。
「ボンナリエール!!」
 大きな隙を見せた宝塚は反撃を恐れて後ろに飛ぶが、竜斗は落ち着き払って構えているだけだった。
「…どうした? 反撃しないのならば、こちらから行くぞ!!」
 宝塚は前に飛んで一気に間合いを詰める。
「ボンナバン・ファンデヴっ!!!!」
 突く!!
 突く!!
 突く!!
 剣先をゆらゆらと揺らしながら、連続して鋭い突きを発する。
 まさに変幻自在の突きだった。
 そんな攻撃を戦いの経験が浅い竜斗が捌ききれるものではなく、何発も身体へと直撃を食らってしまう。
「ぐわっ!!!」
 だが、衝撃吸収材入りの防刃ジャケットによってかなりダメージが軽減され、宝塚の剣はかなり存在感が薄い事もあり、剣で刺されると言うより局地的な筋肉痛のような衝撃を感じる。
「完全なノーダメージでは無いと言うわけかっ…!!」
 一発、一発は致命傷で無くても、食らい続けるとまずい。
「だが、そんな時だからこそ臍下丹田式呼吸法だっ!!!」
 竜斗は攻撃を食らい続ける中、落ち着いて臍の下に力を入れる腹式呼吸をして気を取り込み、自分の中に気が巡って行く様子をイメージする。
 すると、まるで強力な自我領域が発生したかのように、宝塚の攻撃が弾かれて大きくバランスを崩す。
 しかし、竜斗はまたしても反撃に出る事はしない。
「ロンペ・ファンデヴ!!!」
 宝塚は後ろに下がり、力を溜ながら未だかつて無い程の高速の突きを放つ。
 その攻撃はまるで太いレーザーのように収束してもの凄い勢いで竜斗へと襲いかかる。
 だが、姫の長時間の運転によって超スピードの世界にならされた竜斗にとって、それを余裕を持って見て取る事が出来た。
「完全に避ける事が無理ならば、気を込めた剣で切裂いて見せるっ!!」
 竜斗の繰り出した十文字の斬撃によって、光の束は四散するが完全には防ぎ切る事は出来ず、かなりのダメージを受けてしまう。
「さすが、宝塚さん…!! 攻撃の重みが違うね…!!!」
 片膝をつく竜斗。
「マルシェ・ファンデヴ!!」
 つかさず宝塚は前進して鋭い突きを放つが、竜斗は身体への直撃を何とか剣で弾いて避ける。
 大技をかわされ続けて疲労が蓄積した宝塚と、大技をかわし続けて疲労が蓄積した竜斗の身体が重なり、抱き合うような形になる。
「何故だ…?! 何故、君は反撃するチャンスがあったはずなのに、それをしないんだ!?」
 まるでキスでもするかのような、抱き合いながら向き合う態勢で宝塚は竜斗に問いかける。
「それが、僕に出来るただひとつの事だから…!!」
「何っ!!」
 宝塚は離れ際に剣で薙ぐような攻撃を放つが、竜斗はその攻撃を両手の胡蝶刀で弾く。
「やっぱり、宝塚さんの攻撃は凄いよ…。きっと、防御も凄いんだろうね…。僕みたいなのが下手に攻撃に出たら、きっとカウンターで反撃されて木っ端微塵だよ…!!」
 至近距離での突きを竜斗は身体を捻ってかわす。
「…そんな事は無いだろ? 今まで戦って来た中で君はトップクラスの実力を持っていると感じた…!」
 再び二人の唇が接するのではないかと言うぐらい接近する。
「それは自分自身が弱いって事を受け入れて、自分に出来る事…つまり防御のみに集中しているからさ…!」
「な、なんだと…?」
 二人は剣を構えてぐるぐると周り合い、互いを牽制し続ける。
 それはまるで、ミュージカルでも見ているかのような光景であった。
「宝塚さんの築き上げて来た技と比べたら僕自身が築いて来たものは小さくて、心が萎縮して消えてしまいそうになるけど、そんな僕にも出来る事はあるんだ!! だから、僕は絶対に自分自身を見失わない!!」
 そして、つばぜり合いをしながら付かず離れずを繰り返す。
「それが君の答えだと言うのか!?」
「それを教えてくれたのは宝塚さんなんだ!!
 宝塚さんが一生懸命頑張って生きて来たからこそ、僕はその答えに辿り着く事が出来た!!
 だから、その思いを宝塚さんに返したい!!
 宝塚さんが心を痛めた事も!!
 宝塚さんが磨いて来たフェンシングの技も!!
 演じて来たって言う勇ましい所も!!
 ネットでの可愛らしいMaineちゃんも!!
 宝塚さんの歩んで来た全てが無駄じゃなかったって証明する為、僕はどんなに弱くても自分自身を貫くって決めたんだっ!!」
「何で…!? 何でそんなにも、私の事を気にかけるのっ!?」
「僕はそんな宝塚さんが好きだから…! だから、自信を持って欲しいんだ…!!
 宝塚さんの歩んで来た全ての道は自信となって、ありのままの自分を守ってくれるはずだからっ…!!」
「そんなことっ!!」
 宝塚は感情に流されるまま、接近した竜斗に向かって残った全ての力を光と化して解放する。
 その瞬間、激しい光の中で二人の顔と身体がシルエットとなって折り重なる。
 そして、二人の身体は弾き飛ばされた。
 予め宝塚の捨て身の攻撃を読んでいた竜斗は臍下丹田に気を集中して攻撃を中和しほぼ無傷であったのに対し、力を使い果たした宝塚は自我領域を失いかけながら膝をついて倒れた。
「最後にひとつだけ聴かせて欲しいの…」
 宝塚は最後の力を振り絞り、剣を突き立てながら竜斗に突進する。
「君は本当は誰が好きなのか…」
「何をっ…!?」
 竜斗はフラつく宝塚の攻撃を避けて、テコの原理を応用して投げる。
 姫との修行の中でシチュエーションを変えながら何度も型を繰り返していたので、動揺しながらも勝手に身体が動いていた。
 気がついたら竜斗の足下には涙を浮かべた宝塚が床に沈んでいた。
 その顔には既に雄々しい表情は無く、儚い夢を見る少女の表情そのままであった。
「私は…、私はSomaが好きよ…」
 宝塚は最後にそう呟くと自我領域を失った。
「僕は本当は…が好きなんだ…」
 そして、竜斗は宝塚の耳に呟き、出現したカードを取り上げてそれを胸に抱いた。


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