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理想と現実

 新月の夜。
 喧噪とした街の中心地から離れた丘の上にある北野の異人館は静寂に包まれ、りーんりーんと虫が鳴く声だけが響く。
 月明かりの射さない深い闇の中で、風見鶏の館の窓から優しい光が漏れていた。
 風見鶏の館の一階にあるダイニングでは、三人の小さな人物が長テーブルを囲って座っていた。
 一人は男性にしたら小柄で、少女のようにも見える竜斗。
 一人は竜斗より頭一つ小さく、少女に見えるが年齢不詳の姫。
 一人は姫よりも遥かに小さく、少女にされてしまった大河だ。
 共に少女っぽい外見だが実は違うと思われる、年齢と性別を超越した存在であり、見た目の華やかさとは裏腹にあまりに謎な集団であった。
 竜斗と姫はお婿に行けなくなった姿を親に晒したくないと言う大河を連れて風見鶏の館へと帰って来ていた。
 そして、聖蘭が夕食を準備している間に、今後の戦いについて話す事になっていた。
 配置は竜斗と大河が並んで座り、テーブルの反対側に姫が座っていると言った感じだ。
「結論から言うと貴方には現状レベルで能力者の攻撃は効きませんわ。何故かと言うとあなたはブラフマンの集団催眠を受けていませんから」
 姫は竜斗の顔を見つめながら言うと、続いて大河に視線を移す。
「おそらくブラフマンは特別授業と称し、能力の説明を繰り返しあなた達に聴かせていたはずですわ。
 話の中に虚実織り交ぜる事でそれが真実だと信じ込ませた上で、幾人かのサクラを含めた多くの生徒の前で実在する道具を使った練習から入り、徐々に難易度を上げた練習を行って成功体験を積ませたはずですわ。
 それらが全てブラフマンの仕組んだ集団催眠であり、あなた達は知らず知らずの内に彼の作り出す幻想の世界へと引きずり込まれたんですの」
「ちょっとまってくれや!!
 確かにそうやと思うけど、実際におれはこんな姿になっているやないか!! しかも、未だに元の姿に戻れてへんし、それをどう説明するんや!?」
 大河がすかさず姫の話にツッコミを入れたが、竜斗は全く持ってその通りだと思った。
 ブラフマンの言っている事も姫の言っている事も、何処までが本当で何処までが嘘だか判断する事は出来ないが、特殊な力によって大河の姿が変わってしまっているのは事実であった。
「そう、その催眠を繰り返す事で人間の領分を越えた能力が本当にあると思い込んでしまった結果、あなた達は実際にその力を発揮してしまっているのですわ。
 そして、能力に対しての願望が強いほど深く催眠を受けてしまう為、逆に相手の能力を強く受けてしまう結果に繋がるんですの。
 また、あなたが元に戻れない原因としては、相手の攻撃の持つ暗示があなたの持つ心の弱さと一致したからだと思いますわ。
 おそらくですけど、男性としての尊厳を傷つけられる出来事があったり、自分自身を男らしく無いと思ったんでなくて?」
 姫は妖艶な笑みを浮かべて大河を見つめる。
 竜斗は姫が大河の事情や心情を全て察した上で確信犯的に言っていると思った。
「うぐぅ…」
 流石の大河も寓の手も出ない。
 うぐぅの声は出ているが。
「残念だけど、どっちも図星だろ…?」
 竜斗は苦笑しながら言った。
「うっさいわ、アホ!!」
 その小さな手で竜斗に突っ込みを入れるが、少女の身体じゃ攻撃力ゼロだ。
「これは例え術者の方が能力を失ったとしても、継続的にあなたを苦しめる呪いのようなものですわ」
「な、なんやとぉ!?」
 姫はサラッと恐ろしい事を言い、大河に何時もの台詞を吐かせる。
「ただし、あなたが自分自身のコンプレックスを解消した時、その呪いは解けると思いますわよ。
 …まぁ、わたくしとしてはむさ苦しい男性の姿より、かわいらしいその姿の方が良いと思いますけど」
 姫は哀れな者を見るように大河を見回すとクスクスと笑う。
「僕も同感だ。一生そのまんまでいろよ」
 竜斗も吹き出しながら言った。
「冗談はよしてくれや!」
「いや、わりと本気なんだけどな」
「より悪いわ!」
 大河はまたしても小さな手で突っ込んだ。
 いや、だから攻撃力がゼロだって。
 ハリセンでも用意した方が良いんじゃないかと竜斗は思った。
「ところで、今日僕もその特別授業を受けたんだけど、集団催眠にかけられてないだろうか?」
 竜斗は気になっていた事を姫に聴いた。
「まぁ、大丈夫だと思いますわ。貴方は飲み込みが悪いお人ですから」
「な、なんだってぇ!?」
 竜斗もお決まりの台詞を口にしていた。
 今日一日で何度その言葉を言った事だろうか…?
 思い返して数えてみたら、まだ二回ぐらいだったので、それ程お決まりの台詞ってわけじゃないのかも知れない。
 数え損ないもあるかも知れないが、こまで厳密に思い出す必要性は全く無いので良いとしよう。
「ブラフマンも想定外のアホって事ちゃうの?」
 大河は仕返しとばかりに竜斗を笑う。
「五月蝿いな!! 本当の事言われると傷つくんだぞ!!」
「やっぱ、自覚してるやないか!!」
 大河は幼女の身体で素手で突っ込んでもインパクトが足りないと言う結論に至ったらしく、今度は履いていたスリッパで竜斗に突っ込んだ。
 なかなかやりやがる…!!
 竜斗は心の中で賞賛の声を送った。
「ふふふっ、決して馬鹿にしているんじゃありませんわよ。褒めてるんですわ」
 姫は二人のやり取りを見て笑いを堪えるように言った。
 そして、微笑みながら竜斗を見つめる。
「あなたは人の話の飲み込みが悪い事は確かですが、それは人の話を無条件に鵜呑みにせず、自分の頭で考え噛み砕いてから飲み込もうとするからですわ。
 催眠術と言うのは人の話を鵜呑みにし、思考する事を放棄した人がかかりやすいものですわ。
 おそらく、貴方はブラフマンの暗示を殆ど受けていないと思いますわ。
 その証拠に能力者達の作り出す能力に実体感を感じなかったり、熱狂する他の観客に対して一歩引いた立場に居たんじゃありませんこと?」
 竜斗は今日の戦いの事を思い返す。
 確かに能力者が具現化した道具が透けて見えていたり、ギャラリーに違和感を感じていたりした。
「ああ、僕もそれは不思議に感じていたんだ」
「ブラフマンは今後もあなた達に講義を通し催眠術をかけ続けるでしょうが、自分自身の頭で考え続ける事を止めなければ無駄に惑わされる事はありませんわ。
 そして、その催眠術の完成こそNo.21世界…個人の思惑を反映させた新世界の誕生に他なりません。
 そう、あなたが催眠術に対抗する事は彼の計画を阻止する事にも繋がるんですわ」
 ブラフマンの計画を阻止し、奏真が神として君臨する事を防ぐ。
 それこそが昨日知らされた姫の最終的な目的だ。
 だが、なんとなく大河にはそれを知られたく無いのだろうと竜斗は思った。
「それと、これは能力や催眠とは関係無い話ですが、ブラフマンの話の中にも生きる上で役に立つ事はあるはずですわ。
 一方的に他人を否定する事は、自分自身の人間性を否定する事と同じですわ。
 良いと思った所を取り入れる柔軟性を持つ事も必要ですわよ」
 竜斗はブラフマンの特別授業を思い出した。
 彼の言う自我の確立や夢を叶える方法論と言うのは、現実に応用出来るものだと感じた。
「ああ、僕もそう思ったんだけど、だからこそ彼の話は恐ろしいと思ったよ」
「それが解っているんだったら、大丈夫ですわ」
 と姫は微笑んだ。
「でも、このままブラフマンの催眠術が進み対戦相手の能力が強くなって行けば、催眠術に対しての耐性を持つ貴方と言えど、何時かは能力による暗示を防げなくなる時が来ます。
 その時の為に貴方には日々の生活の中で武術を学び、心と身体を鍛え気を操る術を習得して頂きますわ。
 鍛えた心と技と身体、それを更に気によって強化すれば、強力な能力者にも対抗できますわ」
「気って気功とかそういうの?」
 大河がこぉーっと、気を溜めるポージングをしながら姫に質問する。
「そうですわ。気と言うのは万物に存在する命の流れですが、自分自身に流れる気をコントロールする事で、心と身体に秘められた潜在能力を引き出す事が出来るんですわ」
「ちょいまち! それって一種の自己暗示なんとちゃうか? ブラフマンの暗示とどう違うんや?」
 姫がちょっと驚いたような表情を見せる。
 竜斗も大河にしたら中々良い質問だと思った。
「あらあら、中々鋭いですわね。確かに気は自分自身を操る力…自己暗示とも言えますわ。
 あえてブラフマンの暗示と気を比べるとするならば、ブラフマンの暗示は自然の摂理を歪め人間に与えられた領分を越える魔法であり、気の力は自然の摂理に則って自分自身の持つ本来の力を引き出す技術とでも言いましょうか。
 また、ブラフマンの暗示は才能ある選ばれた者のみが扱える物ですが、気と言うものは技術であり努力次第で誰にだって扱う事が出来ますわ」
「努力次第ってのが僕らしくて良いね!!」
 竜斗はその言葉に希望を感じた。
「わたくしもそう思いますわ。
 その時その時を自分自身の頭で考え続け、その場その場で出来る事をやり続け、その日その日で地に脚をつけた地道な努力を積み重ねる…。
 決して終わりが見える事が無い日々ですが、それが貴方を強くするでしょう。
 何度も言いますけど、近道はありません事よ?」
「ああ、望む所だ! 僕は強く生きるって決めたんだから!!」

 食後、姫による武術のレクチャーを終えた竜斗と大河は、風見鶏の館の二階にある朝食の間の丸テーブルに突っ伏していた。
 朝食の間と名付けられているが、実際の所は団らんの為の部屋として作られている。
 ちなみに二階には他にビリヤード台の置かれたホールと、寝室、客室、子供部屋、浴室がある。
 竜斗は寝室、大河は客室を自室としてあてがわれている。
 主人である姫は一番広い子供部屋を使用しているが、竜斗はまだ入った事は無いものの人形が沢山並べられていると言う事だ。
 聖蘭は地下にある使用人の部屋を使用しているとか。
「しかし、なんでおれまで武術修行されられなきゃアカンのや・・・?」
 大河が幼児の甲高い声で文句を口にした。
「文句言うなよ、僕なんてこうだぞ!!」 
 竜斗の指差す自分の顔面は傷だらけであった。
「うん、前より男前や!!」 
 大河は腕組みをして何度も頷く。
「男じゃない奴よかましだ!!」 
「うっさいわ、ボケっ!! にしても、なんで姫さんはあんなに強いんや…!! 反則やろ…!!」 
「さん付けかよっ!! まぁ、その気持ちは解らんでもないが…」 
 竜斗は自分が傷だらけとなる原因となった姫との武術の実演を思い出す。
 それは一階の居間でのことだ。
 一階の居間はダンスパーティを開けるようにとかなり広く作られているので武術の練習をするにもうってつけだった。
 一応、怪我をしないようにと聖蘭がマットを用意して敷いてくれていた。
「では、わたくしの教える武術がどういうものであるか身をもって体験して頂きたいと思いますわ。
 竜斗さん、わたくしに襲いかかって来て頂けませんこと?」
「いや、非常に嫌な予感しかしないだけど…」
「なんだったら、襲うついでにわたくしの胸でもなんでも触ってもよろしくてよ」
「喜んでヤラして頂こう…!!」
「単純なやっちゃなー」
 と大河が言うもののかなり羨ましそうだ。
「では、行くぞっ!!」
 竜斗は信じられない程の気迫を見せて姫に向かって突進する。
 姫は竜斗を向かい入れるように両腕を開いて待っている。
 まさに胸を触って下さいと言わんばかりの隙だらけの態勢である。
 だが、いざ竜斗の手が姫の胸に触れようとした時、彼女の姿が一瞬にして消え去った。
 そして、気がついた時には竜斗の身体は宙を舞い、顔面からマットへと落下していた。
「な、なんやとぉ!?」
 大河のおなじみの台詞が飛び出した。
「いててててっ…!!」
 顔面を打ちつけて文字通り出鼻を挫かれた竜斗を姫が楽々と担ぎ起こす。
 その小さな身体からは信じられない程の力強さであり、まるで地にしっかり根が張っているかのような感じがした。
「ふふふふっ。ご自身がどうなったかお解り?」
「いや、まるっきり解らなかった…。姫が消えて気がついたらこうなっていたとしか…」
「それは動きを先読みしようとする人間の特性を利用したからですわ。
 例えば先ほど貴方はわたくしに実演を持ちかけられた時に嫌な予感がするとおっしゃいましたが、それと同じように物の動作に関しても事前の動きから次の動きを予測する事を無意思に行ってしまうものなのです。
 ですが、わたくしはあえて隙を作って注目を胸に集めた上で、スカートで下半身の事前の動きを隠して貴方の死角へと回り込んだので、急に消えたように見えてしまったのですわ。
 そして、貴方が突進しようとする力をわたくし自身を支点にして方向をずらした事で、結果的に投げ飛ばされてしまったような形になったのです」
「つまり、フェイントとカウンターと言う事か?」
「そうですわ。例えわたくしのように可憐で非力な者でも、相手の虚を突き互いの重心をコントロールする体裁きを習得すれば、十二分に戦う事が出来るんですわ」
「それって、合気道とか柔術とちゃうんか?」
 大河がまたしても鋭い質問をする。
「あらあら、惜しいですわね。わたくしの使うのは新武芸ですわ」
「な、なんやとぉ?」
「お前、今日一日で何度その言葉を吐けば気が済むんだよ!」
 と竜斗は思わず突っ込んだ。
「日本における武術の原型は武士が戦う為に必要な技芸であり、武家階級においては剣術、馬術、長刀術、泳法術など十八種の武芸を修める事が求められたと言いますわ。
 後々に体系化されて古武術と総称されるようになりましたが、その中には現代武術の中で失われてしまった隠し武器、活法、薬方、はては呪術や、宗教に結びついた心法なども技術として取り入れられていたと言われます。
 わたくしが体系化された古武術から非力な者が戦う事を前提に要点を抜き出し、新たにまとめあげたものが新武芸ですわ。
 つまり、より実戦的な戦闘術と言えますわね」
「なるほどねー」
「まずは基本となる受け身、それから今わたくしが使った型の練習をしましょう」
 そして、それが一時間半続き今に至ると言うわけだ。
「結局今日習ったのはそれだけや…。強くなるには先が長いでホンマ…」 
「そうだなー…」
 しかも、明日は実戦を控えている。
 練習不足は否めないが闘志は十分だし、持てる全てをぶつけるしか無いと竜斗は覚悟を新たにするのであった。
「しかし、今日は沢山動いて汗かいたし、風呂入りたいんやけど…」
 と大河は珍しく小さな声で言う。 
「先、入れば?」
 竜斗はこのまま考え事をしたい所だったので、今は風呂に入りたい気分じゃなかった。
「一緒に入ってくれへん…?」
 大河が甘えたような声を出す。 
「は? 嫌だよ!! 勘弁してくれよ!!」
 竜斗は冷や汗ダラダラだ。 
「こないな身体になってもうたし、一人で入るの恐いんや!! 実は便所もまだ行ってへん!!」 
 大河の顔は悲痛だった。
 もしかしたら、トイレの方も限界だったのかもしれない。
「その気持ちは解るっ!! 非常に解るが自分でどうにかしろっ!!!」 
 と竜斗は言い切った。
「その話聴きましたわよ」 
 そこに姫が現れた。
「姫!?」 
「姫さんっ!?」 
 相変わらずの神出鬼没さに竜斗と大河は同時に声を出す。
 もしかすると、始めから居て気配を消していたのかも知れないが。
「わたくしが一緒に入りお世話すればよろしいんじゃなくて?
 女同士ですもの、互いに肌を見られても何ら問題ありませんわ。何だったら聖蘭さんに頼んでもよろしくてよ?」 
「そうだな…」
 竜斗は厄介事から解放された気がして、一瞬思考能力が麻痺していたが、実はそれがとんでもない事だと気づいた。
「って、問題あるよっ!!! それだけは絶対に駄目だ!!!! こいつは見た目は幼女でも中身は獣なんだ!!」
「おれ、いやわたし、心まで女の子になってもうたんや!! だから一緒に風呂入ってーな!!」 
 と、姫にすがりつく大河。
「アホぉ!! こうなったら、僕が世話してやるっ!! それで良いな!!!」 
 竜斗は大河の頭を拳骨で叩くと、腕を引っ張って風呂場に連れ出そうとするが、大河がそれに抵抗する。
「やっぱ嫌や!! お前に乙女の肌見られとうないしっ!!!」 
「顔赤らめるなっ!! だったら、始めから自分一人で入れよなっ!!」
 こうして、バタバタとした夜は過ぎて行った。

 1999年7月14日(水)
 この日も午前中のブラフマンの講義から始まり、午後から試合が開始されると言う流れであった。
 ブラフマンの講義は暗示の基礎となるタロットカード全体の成り立ちを詳細に説明するような流れであった。
 それぞれのアルカナについての説明は、引き続き後日に行うらしい。
 その講義は脱落した大河とそのパートナーである夕鶴も参加していたが、二人は一度も話す事がなく午前中を終えていた。
 席が隣同士と言うのがかえって心の距離を感じさせた。
 竜斗は元々の二人の仲の良さが印象的だっただけに胸が苦しくて仕方なかった。
 姫はと言うと例外的にこの学校の生徒では無いので、授業には参加せず午後の試合から合流する事となっていた。
 そして、昼下がりの体育館。
 前日と同じように大勢の生徒達によるギャラリーが竜斗と姫、生徒会の書記と書記を囲んでいる。
 試合開始を前にして期待と興奮に満ちたザワついた雰囲気になっていた。
 一人場違いな格好をした姫は嫌でも目立つわけだが、彼女を見て奏真が驚いたような表情を浮かべながら歩み寄って来た。
「やぁ、君は素晴らしく魅力的な人だね」
「お兄ちゃんの馬鹿っ!! 馬鹿馬鹿っ!! こんな所でナンパしないでよぉ!!」
 奏真が姫に握手を求めようとすると、観客をかき分けてやって来た空がそれを阻止した。
「おっと、レディを前に先に名乗らないのは失礼だったね。俺の名は青海奏真。そして、この子は俺のパートナーである旭陽空さ。よろしく」
「わたくしは香夜姫。竜斗さんのパートナーをさせて頂いていますわ」
 その時、姫と空二人の視線が合う。
 厚底のブーツを履いている為、姫の方が身長が高く見えるものの、実際には同じような体格であり、雰囲気がまるっきり正反対ではあるが何処か似ている。
 空の瞳から一粒の涙が溢れた。
「あれ…? どうしたんだろ!? あなたを見るのは初めてなのに、初めてって気がしないの…」
「俺も君の事を前から知っているような気がするんだ。良かったら君の事を教えてくれないか?」
「わたくしはこの世界を生きる貴方達にとって、草葉の影に揺れる亡霊のようなものですわ。例え見えたとしても必要以上に気にすれば心を病む事になりますわよ」
 なんか恐い言い回しだが、もの凄い説得力がある言葉であった。
「ふっ、面白い言葉だね。ますます気になる所だが、ここは大人しく引き下がった方が良いかもしれないな」
「じゃあ、お邪魔しちゃってゴメンね!! 応援しているから頑張ってね!!」
「健闘を祈るよ!」
「ああ、頑張るよ…!」
 奏真と空は連れ立ってギャラリーへと戻って行った。
 竜斗は姫と彼らの関係性が気になった。
 そして、体育館の真ん中二組に挟まれたスーツにサングラス姿の男…ブラフマンとの関係性も気になる。
 姫とは一体何者なんだろうか…?
 もし本当に亡霊だったとしても不思議では無いが、それでも構わないと言う気もする。
「では、自我領域を展開するのだ」
 ブラフマンが接吻タイムの開始を告げる。
 目の前にいる生徒会書記と会計が唇を交わす。
 うげっ…。
 竜斗は生徒会書記の汚物を思わせる口臭を思い出し吐き気を催した。
 会計は白い顔を紅潮させていた。
 よく、あんなのとキス出来るよな。
 世の中広過ぎる…あまりに広過ぎると竜斗は思った。
 そして、生徒会書記の身体を覆うようにおなじみの自我領域が広がり、その手にNo.15悪魔のカードが出現する。
 角と冠、背中にコウモリの羽をつけ、男の股間のふくらみと、女の乳房を持った訳の解らないものが描かれている。
 そして、それをつかみ取るとメリケンサックに変化した。
 全く捻りの無い武器であるが、痛そうな事に違いない。
「No.18月のペアも後に続け」
 そう言われてもね…。
 竜斗はまわりを見渡した。
 そこらかしこ人だらけ。
 宝塚に大河や夕鶴、奏真に空と知っている人達もちらほら居る。
 特に空は応援すると言った手前か、竜斗に熱い視線を送っていた。
 竜斗は生唾を飲む。
「あらあら、レディーを待たせるものじゃありませんことよ。通過儀式のようなものらしいので、このままじゃ何時まで経っても先に進みませんわよ」
「嫌だって!! 人前でキスなんて出来るかよっ!!」
 さらし者も良い所だ。
 竜斗の様子を見てクスクス笑う空。
「意気地無しですわね。自分から戦うと言ったのは何処の何方でしたか?」
「それとこれとは話が別だ!!」
 ごねる竜斗に会場大ブーイング。
「やるなら早くしろってんだよ!! でなければ帰れってんだ…!」
 生徒会書記に煽られてカチンと来る竜斗。
「くそっ! やってやる!! やってやるさ!!」
 竜斗が姫にキスをする。
 すると、自我領域が展開される事は無かったが、やたら存在感の薄い感じのNo.18のカードが出現した。
 それを掴んでももちろん武器に変化する事はない。
「ごちそうさまでしたわ」
 姫は顔を赤らめていた。
 姫は大胆なのか純情なのか良く解らない。
「では始め!!」
 ブラフマンの合図を皮切りに生徒会書記が拳を振り上げて突進して来る。
「死にさらせコラァ!!!」
 物語のセオリーで言うと先に手を出した方が負ける事になっているが、戦いはおろか喧嘩すらした事が無い竜斗にとってそんなセオリーは通用しない。
 相手の気迫に押されたのか、気がついた時には左頬を殴りつけられていた。
「…」
 なんと言うか、思っていた程痛く無かった。
 メリケンサックで殴りつけられたはずなのに、普通に殴られただけって感じだ。
 それに特殊な効果が竜斗の身を襲うわけでも無かった。
「てめぇ、何でメリケンサックで殴られて平気なんだ!? それ以上に何で毒を食らいやがらないんだ…!?」
 竜斗はこれが集団催眠を受けてない事による効果だと身をもって実感した。
 つまり、純粋な拳と拳の戦いと言う奴だ。
 それならば勝ち目はあると、竜斗は闘志を燃やして反撃に打って出る。
「教えてやる義理は無いっ!!」
 攻撃を繰り出して隙だらけになった生徒会書記の顎に、ここぞとばかりにアッパーカットを繰りす竜斗。
 顎を上にしながらすっ飛ぶ生徒会書記。
 かなりズッシリとした手応えがあった。
 今まで喧嘩など経験した事が無い竜斗であったが、その一撃は間違い無く決まったと言う実感があった。
「た、タッくん!!」
 生徒会会計が倒れた書記を助けに入ろうとするが、姫はそれを阻止しようと前に割って入る。
「この戦いはあの方が自ら選んだ道ですわ。邪魔をするなんて無粋な真似は許しませんことよ」
「テメェ!!」
 その鋭い眼光は生徒会家計の身体を硬直させ、彼女はびくとも動く事が出来なくなった。
「そう、このわたくしを含めて、誰にも邪魔なんか出来ないのです」
 そして、悲しさを堪えるような声で言った。
(頑張って下さい…。それがどんなに辛く厳しい道でも、それが貴方の選んだ道なのですから…)
 一方、竜斗にぶっ飛ばされた生徒会書記は何事も無かったかのように立ち上がって来た。
「な、なんだと!? 確かに手応えはあったはずだ!?」
 竜斗はダメージを受けた様子の無い生徒会書記に驚愕する。
「効くわけねぇだろ!? 自我領域があるのを忘れたか!?」
 思いっきり忘れていたが、竜斗には能力が通じなかったとしても、相手にはまだ自我領域と言うものがあった。
 だが、それでも活路を見いださない限り勝利はあり得ない。
「く、くそぉーーーーっ!!」
 竜斗は半分自暴自棄になって生徒会書記の頬に向かって殴り掛かる。
 まるでミットでも殴ったかのような気持ちの良い手応えだ。
 だが、生徒会書記は竜斗に左頬を殴られ首を右に大きく傾けたまま、陰険な目で竜斗を睨みつける。
「効かねぇって言ってんだよ!!」
 生徒会書記は街のチンピラが弱者をいたぶる時のように手をポケットに入れたまま蹴りを繰り出す。
 そのボンクラ然としたキックは竜斗の腹に食い込み、竜斗はそのまま反吐を吐いて膝をついた。
 戦いを初めとし身体や物を動かす事は全て物理であり、如何に効率良くエネルギーを伝えるかと言う事に帰結する。
 ポケットに手を入れたまま繰り出すボンクラキックは、体重を乗せる事が出来ない為に見た目に反して威力は無い。
 つまり、自分自身が強いと言うことをアピールするだけの虚勢であり、知識と経験を身につけた真の強者にとっては雑魚であると言いふらす愚か者に見える事だろう。
 だが、戦い慣れしていない竜斗にとっては、それでも脅威である事に違いが無かった。
「どうしたどうしたー!?」
 追い打ちをかけるように生徒会書記が竜斗を踏みつける。
 相変わらず手はポケットに突っ込んだままである。
 竜斗は自分自身を庇うように背中を丸めて動かなくなった。
「さっきまでの威勢はどうしたんだよー!?」
 竜斗はその痛みと恐怖に涙する事しか出来なかった。
(そう、現実とは残酷なものですわ。どんなに理想を高く掲げても、その実現には絶対的な力が必要なんですの)
 姫は生徒会会計を牽制しながらも、横目で竜斗の戦いを見守っていた。
「くそっ…!! くそぉ…!!!」
 竜斗が痛みに耐えながらも声を上げる。
(困難に直面した時、未知の力が目覚めるとか、何時も誰かが助けてくれるなんてご都合主義は通用しません)
 姫は竜斗の悲痛な叫びが聞こえる度に、自分がその痛みを代わってあげたいと思った。
 自分だったら一瞬にして相手の命を奪う事も可能だとさえも思った。
 脳内では相手を亡き者にするシミュレーションを何度も繰り返していた。
 だが、これは竜斗自身が決めた事であり、彼の気持ちを尊重してどんな状態になろうと水を注さないと決めていた。
 圧倒的な実力を持つ姫にとっては、ただ見守るしか無いと言う事は想像以上に心を痛める事であった。
 姫のその手は強く握られ、爪がめり込んだ掌にうっすらと血が滲んでいた。
「てめぇもアイツと同じだな!! 弱ぇクセにギャーギャー喚きやがるオカマ野郎と!! 弱い奴は生きてる価値は無ぇんだよ!!!!」
「だまれっ!!! だまれぇーーーーーっ!!!!!!」
 大河を侮辱されて闘志を取り戻した竜斗は、生徒会書記の脚を取ってすくい上げた。
 バランスを崩した生徒会書記は後頭部から派手に転倒する。
「僕はお前に勝って大河を馬鹿にした事を謝らしてやるって決めたんだ!! 誰だって頑張れば出来るって事を証明してやるって決めんだ!!!」
「てめぇ、やりやがったな!!」
 通常だったら気を失う所だろうが、自我領域に守られた生徒会書記は無傷だ。
 何事も無く起き上がった生徒会書記は、再び竜斗の左頬を殴り倒す。
 だが、ぶっ飛ばされそうななるのをグッと堪えて、竜斗は口から垂れる血を拭きながら生徒会書記を睨みつける。
「しつこいなテメェは!!」
「大河にっ…!! 謝れぇーーーーっ!!!!」
 竜斗の両の目が鋭く輝き咆哮する。
(自分自身の無力さを実感したとしても、何度傷ついたとしても、決して諦めずに何度でも立ち上がって下さいな。足りない所に気付けばそれだけ努力すれば良いだけですわ)
 もの凄い気迫で殴り掛かって来る竜斗に、今まで感じた事が無いような言い知れぬ恐怖を感じた生徒会書記は、彼の左目に向かって渾身のストレートを食らわす。
「く、来るなー!!」
 竜斗自身の突進する力も合さり、もの凄い衝撃であった。
 体育館の床ににひれ伏す竜斗を見て、流石にもう立ち上がって来ないだろうと一安心する生徒会書記。
 だが…!
 地面に手をつく。
 膝を立てる。
 背を起こす。
 ふらつきながら。
 血だらけになりながら。
 痣だらけになりながら。
 まるでゾンビのように這い上がる竜斗を見て生徒会書記の恐怖は絶頂に達した。
「謝るんだーーーーーっ!!!」
 その怒号は見ている者全員の心を揺さぶるような強さを秘めていた。
 竜斗の左目は腫れ上がって見えないが、残った右目で生徒会書記の目を捉えて離さない。
 生徒会書記はキョロキョロと目を泳がせる。
 どっと冷たい汗が吹き出る。
 その時、生徒会書記の身体を覆う自我領域や、具現化したメリケンサックが不安定になっていた事に本人は気付かなかった。
(人間は自分が出来る事以上の事は出来ません。だからこそ、その時々で自分に何が出来るかを考え、自分に出来る事を最大限にやり抜く…。
 大切な人の為ならばそれが出来る。貴方はそう言う強さを持っている…! わたくしは信じていますわ…!!)
「この野郎っ!!! 今度こそ死にやがれぇー!!!!!」
 生徒会書記がふらつきながら立っている竜斗に向かって拳を振り上げながら突進して来る。
 竜斗はその攻撃が顔面を狙っているものだと核心していた。
「虚を突き相手の力を利用する…」
 竜斗は脱力しているようにみせかけ無防備な顔面に生徒書記の意識をより集中させ、そのパンチが顔面に叩き込まれる寸前に相手の懐へと潜り込み、突き出された右手を掴むと自分自身を支点として投げ飛ばした。
「ぐはーーーーーーーっ!!!!」
 床を叩く大きな音と共に生徒会書記の断末魔の叫びが響いた。
「タッくんっ!!!」
 生徒会書記に駆け寄ろうとする会計を姫が怒りを込めた一撃で沈める。
 竜斗は生徒会書記の自我領域の消滅と共に現れたカードを回収し、高らかに天上に向けて掲げた。
「僕のっ…!!! 勝ちだぁーーーーーっ!!!!!」
 観客の歓声が上がる。
「竜斗ぉーーーーーっ!!! 」
 だが、駆け寄ろうとする大河を押しのけて、姫が竜斗に抱きついた。
「ふぎゃっ!!」
 コロコロと転がる大河。
「よく…、そんなにボロボロになるまで頑張ってくれましたわね…。信じていましたわ…」
 竜斗の肩を強く掴むその声は震えていて、まるで泣いているようだった。
「姫…心配かけちゃったな…」
 竜斗は姫の頭を抱き寄せるようにして優しく撫でる。
「戦っている時に姫の言葉が聞こえたんだ…。だから、最後まで諦めずに戦えた…。ありがとう信じてくれて…」

自己の主張

 1999年7月15日(木)
 一面の朝靄に包まれた神戸の街は、まるで雲海にビルが浮んでいるかのような幻想的な光景を作り出していた。
 そんな神戸の街の小高い丘の上。
 趣きある古い洋館の立ち並ぶ北野異人館の中でも、ひと際立派な風貌を持つ風見鶏の館は、公園のように整備された石垣の上で堂々と佇んでいた。
 その二階にある寝室。
 走馬竜斗は左眼を襲うズキズキとした痛みで目を覚ました。
 ふわふわとした髪は湿気を帯て額に張り付き、少女と見紛うばかりの中性的な顔の左目には湿布が貼られ、包帯が巻かれている。
 竜斗は天上を眺めながらその怪我を負った経緯を思い出す。
 ブラフマンが考案した特別授業と称した実験がいよいよ開始された。
 アルカナの暗示を受けた異能力を持った生徒同士をトーナメント形式で戦い合わせ、最後まで生き残った者が最強のアルカナNo.21世界…つまりは神に至ると言う事を証明するものだ。
 一昨日のトーナメント初日は大河と男装の麗人である宝塚の戦いであったが、大河は善戦したものの宝塚の能力によって小さな女の子の姿にされた挙げ句に負けてしまった。
 そして、試合後に何時までも塞ぎ込んでいた為、パートナーである夕鶴にもふられてしまった。
 そんな大河を生徒会書記は汚い言葉で罵り馬鹿にした。
 竜斗は大河が心の問題で歩けない夕鶴に勇気を与えようと頑張っていた事を知っていたので、そんな彼の思いを一方的に踏みにじる生徒会書記が許せなかった。
 その翌日行われるトーナメントでは竜斗と生徒会書記があたる事になっていた。
 怒りに燃える竜斗は何が何でも生徒会書記に勝って、大河に謝らせてやると心に誓い戦いへと望むのであった。
 だが、現実はそんなに甘いものではなかった。
 竜斗は姫によってブラフマンの計画を狂わせる為に送り込まれた無能力者。
 生徒会書記はブラフマンによって計画を実行する為に作り出された能力者。
 能力の有無の差は決して小さくは無かった。
 竜斗はブラフマンの集団催眠を受けていない為に、暗示によって具現化された道具や能力は効きづらいが、直接的なダメージは避ける事は出来ない。
 それだけでも不利であるのだが、能力者の持つ自我領域は尽く竜斗の攻撃を阻み続ける。
 その結果、竜斗は誰もが目を覆いたくなるような一方的な暴力を受け続けた。
 だが、僅かな時間で心を通わせる親友と呼べる存在となった大河の名誉の為…。
 竜斗を信じて厳しくも優しく指導してくれる姫の為…。
 倒れても、倒れても、決して諦めずに戦い続け続け、その気迫は生徒会書記をも圧倒し、最後には姫に教わった技が炸裂し辛くも勝利を掴んだのだ。
 何故、生徒会書記の自我領域を破る事が出来たのかは不明ではあるが、結果として勝てた事は確かだった。

 そして、戦いを終えた放課後。
 姫による応急処置を受けた竜斗は、校庭のど真ん中で生徒会の書記と会計を正座させ、大河に向き合わせていた。
 真っ赤な夕焼けがその場にいる四人の影をグランドに落とす。
「さて、約束通り大河に謝ってもらおうか…!」
「ふざけんじゃねぇ!! 俺は油断しただけだ!!! こんな弱い奴に負けるわけねぇだろダボォ!!!」
「貴様見苦しいぞっ!!!」
 そして、凛とした声を響かせながら、颯爽と生徒会長と副会長が現れた。
「敗してなお醜態を晒すと言うのならば、我が輩が粛清してやるっ!!」
 生徒会長は正座している書記の腕を掴む。
「や、やめてくれぇ!!!」
 そして、生徒会長は会計の腕を曲がってはいけない方向に折り曲げた。
「ぎゃーーーーーーっ!!」
 そして、涙を流し咆哮を上げる書記に馬乗りになり殴りつける。
 幾ら書記が泣き叫び暴れようとも、完全密着した上で膝で締め上げた生徒会長の身体は根を張ったかのように重くビクともしなかった。
 生徒会長は返り血を浴びながら、その顔を何度も、何度も殴りつけた。
 そう、動かなくなるまで。
 そのすぐ隣で副会長も書記に対して同様の粛清を会計に行い、グランドは二人の血で真っ赤に染まっていた。
 目の前に起きた事に戦慄を感じざるを得ない竜斗と大河。
「な、仲間になんちゅうことを…」
 大河は恐ろしい物を見た事で青ざめながらガクガクと震えていた。
「我が臣下が見苦しい様を見せてしまったようだな」
「あんな奴でも仲間だったはずだ!! それなのに何故!? 何故こんな酷い事をしたんだ!?」
「決まっているでは無いか? 敗者に価値など無いのだぞ。
 力のみが人の存在価値であり、力を証明出来なかった者は自己主張する事はおろか存在する事すら許されぬ。
 故に勝者にただ従うか、潔く死を選ぶ事が美学なのだ。
 此奴はそれが解らぬ下賎の者故、さぞかし貴殿の気分を害した事だろう」
「そ、そんな事って…」
「それに引き換え貴殿は能力を使えぬのに、素晴らしい精神力で戦いを勝ち抜いた。
 私は強者が好きだっ!!
 我が輩の理解を超越した異質な強さを持つ貴殿は、最早愛していると言っても過言ではないっ!!
 勝利を持ってその強さを示した貴殿を祝福しようっ!!」
 生徒会長は血塗られた手を竜斗に差し出すが、リュウトはその手を払いのける。
「僕は弱い存在だっ!!
 だけど、友達を馬鹿にされた事が許せなかったし、僕を信じて支えてくれる人がいたから勝てたんだ!!
 仲間をそんなふうに扱う奴は許せない!!」
「良いだろう!! 所詮、人は言葉では語り合えぬものなのだ!!
 勝てば官軍、負ければ賊軍!! この世は弱肉強食!!
 貴殿の正義、勝利を持って証明するが良い!!
 勝ち進めばいずれ我が輩と当たる事もあるだろう!!
 その時を楽しみにしているぞ!!!」

 その後、大河と共に風見鶏の館に帰宅したものの、夕食の時間になって痛みを伴って発熱し始めた。
 それも当然の事だろう。
 姫の調合した特製湿布を患部に貼り、漢方薬を飲んで活法…ツボへのマッサージを受けたり、氷嚢で冷やす等の応急処置を受けていたが、あれほどの怪我を負ってしまったのだ。
 おそらく、今まで痛みを感じなかったのは興奮で感覚が麻痺していたからであり、ほっと一息ついた途端に感覚が戻ったのだろう。
 一階にある広いダイニングのテーブルに突っ伏す竜斗に対し、桝田聖蘭が特製の薬膳粥を持って来た。
 相変わらずのバロック時代を思わせるメイド服で、温和な笑みを浮かべたクールな表情であったのをピンぼけした記憶の中でも覚えている。
 突然、発熱したのに手際よくお粥が出て来たのは、始めからこうなる事が解っていたのかも知れない。
 恐らくそれを予見していたのはこの屋敷の主人であり、竜斗を本当の強さを手に入れる為の戦いへと誘った謎の少女…香夜姫だろう。
 姫は自宅でも長い銀髪を二つの束にして垂らしした髪型で、黒いゴスロリファッションと言うお決まりの格好だった。
 そして、熱で意識朦朧とした竜斗を優しく抱きかかえ、木製のスプーンでお粥を食べさせた。
 思い返してみれば意識がしっかりしていない事が悔やまれる程の密着度合だったと思う。
 そんな竜斗の様子を幼女姿の藩臣大河が心配そうに見ていた。
 大河は元々はツンツン頭の男子高校生だったが、宝塚の能力攻撃を受けて以来、ベリーショートヘアーの小さな女の子となってしまった。
 この時は上下緑色のジャージと言った格好だった。
 その後、竜斗は姫と聖蘭に自室に担ぎ込まれベットへと寝かされたわけだが、姫から信じられない一言を聴いた事によって一瞬にして意識が戻って来た。
「さて、修行の時間ですわ」
 まさしく、青天の霹靂と言った感じだった。
「こないな時まで修行なんて、そんなアホな!!」
 竜斗は大河の意見に無言で頷いた。
「こんな時だからこそ、ですわ」
「な、なんやてぇ!?」
「今日は臍下丹田(せいかたんでん)式呼吸法と言う気功の訓練をしますわ。
 これは戦闘に置いて精神を集中させる事に有効であり、暗示による能力等の精神に起因する攻撃に対しての防御力を上げる事が出来ますわ。
 また、日常生活でも心身の状態を整え、抗体力を高める事にも使えるんですわよ」
「なんや、てっきり技の修行するかと思ったけど、心配して損したでぇ…」
 とほっと胸をなで下ろす大河。
「何も戦闘技術を覚えるだけが修行じゃありませんわよ。
 わたくしの教える新武芸は武士が学んだとされる古武術を基礎にしていますが、それは考え方や体調の管理までを含んだ生きる為の方法なんですわ。
 それに人間は状態に左右されてしまう生き物ですが、その状態の中で出来る事を考えて行動し続ける事が大切なんですわ。
 そして、それを積み重ねる事で状態に左右されずに生きる術を身につける事が出来るんですの。
 そう、これも強くある為の鍛錬の一つなんですわよ」
「…僕はやるよ。自分自身で決めた事だから、最後まで貫きたい…」
「もの凄い根性やぁっ…!」
 大河は涙腺を緩める。
「大河さんは床にあぐらをかいて、行ってみて下さいまし」
「こんなんで良いか?」
「本来ならば姿勢も重要な要素なのですが、今回は戦闘中も含めて何処でも使えるように、呼吸法に集中して練習しましょう」
「イエス・マムっ!」
「臍下丹田式呼吸法と言うのは読んで字の如く、おヘソの下にある下丹田と言う部分に気を集中させる呼吸法ですわ。
 起源はかのブッタが悟りに至る過程で作り出した修行法が元であると言われ、一概に臍下丹田呼吸法と言っても、その長い歴史の中でインドのヨーガから、中国の気功術や武術、日本の古武術等、様々な型式で応用されて来た為に、何が正しい方法とは言い切る事は出来ません。
 ですが、全ての方法に共通する事は、大きな世界…空や大地と一体となるようにイメージし、常に丹田に力を入れ続けるように集中する事、呼吸に合わせてお尻の穴を積極的に使用する事ですわ」
「ケツの穴を使いまくるって、とんでもない言葉の響きやなぁ…」
「あら、何を想像してらっしゃいますの?
 お尻の穴はあくまで排泄器官ですわよ。それなのに良からぬ想像を抱くようだから、元の姿に戻れないんじゃなくて?」
「いらん誤解を招く事言わんとってや!!」
 竜斗は意識朦朧とした身体で、身を構えるような動きをする。
「お前も本気にすな!!」
「では、実際にやって見るとしましょう。
 息を吐く時はお尻の穴を緩めて、丹田から空気を絞り出すように口から。
 息を吸う時はお尻の穴を閉めて、丹田へと空気を溜め込むように鼻から。
 一連の呼吸はゆっくりと確実に行い、一定のリズムを整えるようにしながら、三セットぐらいずつ繰り返します。
 その中でご自身の丹田から外界に向けて気を放出する、外界からご自身の丹田へと気を吸収すると言う気の流れをイメージし、大きな存在と一つになっていく感覚を持つと良いでしょう」
 暫しの沈黙…。
 静かな室内なこぉーっと言う息を吐く音だけが響く。
 だが、普段無意識に行っている呼吸を意識して行い、複数の要素を加わえようとするのは思いのほか難しく、どうしてもチグハグした感じになってしまう。
 特にリズムを整える事まで意識が回らないし、イメージをしている余裕が無い。
「どんな事でもそうですが、始めから全てを完璧にやろうとしては駄目ですわよ。
 まずは簡単に出来る事から繰り返し、確実に出来るようになってから、次の要素を加えてと徐々にステップアップして行くと良いですわ」
 竜斗はまずは肛門を閉める緩める、腹を膨らませる凹ませると言った事を繰り返し、確実に出来るようになってからそのリズムを整えて行く事にした。
 竜斗は寒気がしていた身体が次第に腹を中心に温かくなって行くのを感じ、何時しか心地よい虚脱感に包まれつつ深い眠りに落ちて行った。
 そして、気がついたら痛みによって目覚め、朝を迎えていたわけだ。
 やがて、意識がはっきりして来ると、額に置かれた氷嚢が適温に保たれている事に気がついた。
 誰かが夜通し看病し続けなければ適温は保てるわけが無い。
 一体誰が…?
 横を見るとそこには椅子に座ったままベッドに寄りかかるように眠りに付いたネグリジェ姿の姫がいた。
 いつもは長い髪を側頭部でふたつに分けているが、この時はキャップに包んでまとめあげていた。
 始め見る姫の姿に竜斗は愛おしさを感じてしまう。
 姫の隣にある車輪の付いた台車の上には、お湯の張られた洗面台とタオルが置かれていた。
 そう言えば沢山汗をかいたはずなのに、やけに身体がすっきりしている。
 おそらく、姫が身体を拭清してくれたのだろう。
 その場面を想像すると恥ずかしさの中に妙に興奮するものを感じる…ってか、結構元気な自分に苦笑する竜斗。
 当然完治には至って居ないし痛みはあるものの、腫れも引いて来ているし昨日よりも大分ましだ。
 これだったら、学校に行っても問題ない次元だろう。
「ありがとう姫…」
 竜斗は姫の頭をそっと撫でた。

 登校時間を迎える頃にはすっかりと日が上がり、朝だと言うのにも関わらず強い日差しがガンガンと照りつけるようになっていた。
 県立高校の生徒達は額に汗を浮かべ白いシャツを汗でべったりと貼り付かせながら、列を作って傾斜が急な通学路をせっとと登って行く。
 その坂の頂きにはロマネスク様式の城を模した校舎が聳えていた。
 竜斗達は聖蘭の運転する車で送迎してもらい、特別授業で選ばれた生徒達に充てがわれた教室へと入り込んだ。
 さすが特殊な能力を持つ生徒とそのパートナーだけあり、皆一様に強い個性を持った者たちばかりだ。
 だが、そのアクの強い生徒達が一斉に竜斗に視線を注いだ。
「なっ!?」
 竜斗は驚き慄く。
 やはり、薬草を染み込ませた湿布を包帯で巻いた、怪我人丸出しって姿が目立つのだろうか?
 そんな竜斗に空と夕鶴と談笑を楽しんでいた奏真が歩み寄って来る。
「やぁ、おはよう!!」
 青海奏真はとびきり爽やかな笑みを竜斗へと向ける。
 シャキーンと効果音が鳴り響くような白い歯が眩しい。
 相変わらず背が高く髪もサラサラで、カスタムした制服を見事に着こなすモデルのような男だ。
「ああ、おはよう…ってか、何でみんなして僕を見てるのよ!?」
「ふっ、君は自分の魅力に無頓着なんだね。…まぁ、それが君の素敵な所でもあるんだけど」
「へっ!?」
「お兄ちゃんったら、なんでそう変態な事ばっかり言うのよぉ!!」
 奏真の傍らに寄り添った空は彼を上目遣いで見ては顔を赤くする。
 奏真はそんな空の反応をじっくり楽しむように言う。
「男でも女でも素敵な人は褒めずにはいられない。それが、俺なりの挟持ってものさ」
「本気で意味が分からないんだけど…」
「能力を使わないのに生徒会書記を倒すなんて、誰もが無理だと思うような事をやってのけたんだぜ。そう、みんな君を尊敬しているのさ!」
「僕なんて全然大した事無いし、注目されても困るんだよなぁ。
 だって、奏真先輩みたいに強い人だったら、能力を使わないで相手を倒すぐらい、余裕でやってのけられるでしょう…」
 竜斗が思い出したのは転校初日に風紀委員の取り巻き達を一瞬にして倒した奏真と、能力者である風紀委員長をぶっ飛ばしてしまった姫の圧倒的戦闘能力だ。
 竜斗はと言うとしつこさで勝ったようなもんだし、彼らの強さには遠く及ばないのは明白だ。
「どんな能力者であろうとも人間である以上弱点はあるし、それをうまく突けば俺でも能力を使わないでも勝てるだろうね」
 自分の実力をさらりと肯定して、全然嫌みじゃない所が憎たらしい程カッコいい。
「だが、俺も完璧とは程遠い弱点を持った人間だから、大きなリスクを背負った戦い方は出来ないさ。
 だから、リスクを背負っても何かを貫き通す、君の精神力は素晴らしいと思うよ」
「僕はただ一生懸命やっただけさ。その結果、ミイラ男の仲間入りだけどね」
 と竜斗恥ずかしさを誤摩化すように戯けて言う。
「でも、痛そうやわぁ…」
 奏真の後を追うように車椅子を移動させて来た堀江夕鶴が、あんぐりと大きく開けた口を押さえる。
 日本人形を思わせる長い黒髪の美しい容姿だが、大河をも凌駕する的確な突っ込み具合で、男の急所ばかり狙う凶暴な一面を持つ。
 ひょっとすると誰よりも逆らうと恐ろしい人物かも知れない。
「痛そうやわぁ、じゃなくて実際痛いんやって…。見りゃ解るだろ、ドアホぉ…」
 竜斗の影に隠れた大河が文字通り夕鶴に陰口を叩く。
 大河は聖蘭特製の子供サイズの夏服を着ている。
 上は女子の制服を思わせるセーラー服で、カーキ色のズボンは半ズボンになっていたりと、ハイセンスに可愛らしくアレンジされている。
「はぁ、何か言うたかぁ? 言いたい事あれば表出てハッキリ言いや、男らしく無い! そんなんやから、まだ元の姿に戻れないんや!!
 それになんやその格好は? 幾らなんでも可愛過ぎやろ! タマだけで飽き足らず男としてのプライドも無くしたんか!」
「うっさいハゲ! 俺はともかく聖蘭さんの作った服を馬鹿にすんのは許せへんっ! 俺は聖蘭さんの作った服着れればそれで幸せなんやっ!!」
「また、お前はメイド、メイドとうっさいなぁ!! そんなメイドが良いなら冥土に行ってまえ!!」
 大河と夕鶴は幼なじみでトーナメントにもコンビを組んで参加していたのだが、第一回戦で敗退した際に仲違いをして以来険悪な雰囲気が続いている。
「あのさぁ、いい加減に喧嘩すんの止めたら!?」
 大河は夕鶴の為に戦っていたのだが、彼女に自分の気持ちを伝えていないので誤解されているのだ。
 竜斗はその事を知っているからこそ、二人のすれ違いが無益な事のように思えて仕方無かった。
「ふっ、喧嘩とは仲の良い夫婦のコミュニケーションのようなものなのさ」
 奏真は苦笑するように言う。
「誰が夫婦喧嘩やっ!!」
 と大河と夕鶴は声を合わせて奏真に突っ込む。
 そして、互いの顔を合わせて赤面する。
「なんだ、結局仲が良いじゃんか」
 竜斗がニカニカしながら二人を見渡すと、大河と夕鶴はますます小さくなる勢いだった。
 そんな竜斗の様子を見て旭陽空は満足そうに笑う。
「でも、ひっとしたら怪我が酷いんじゃなかって、ドキドキハラハラしてたけど、元気そうで良かったぁ!!」
 空が竜斗に向かって太陽のように眩しい笑顔光線を発射する。
 小さな顔に大きな瞳が爛々と輝き、ぽよっとした頬にはエクボが浮かび、ショートヘアーの頭にはリボンがちょこんと立っている。
 飼い主にかまってとせがむ小動物みたいであまりにも可愛い。
 こんなに愛くるしい人間が存在して良いのだろうか?
 竜斗の胸は大げさに高鳴り、一気に変な汗が吹き出す。
「まぁ、暫くは包帯姿だけどね」
 竜斗は気恥ずかしさを誤摩化すように頭をポリポリ掻く。
 声のトーンが反オクターブ上がっていたかもしれない。
「空は包帯姿も好き! だって、漫画のキャラクターみたいでカッコいいもんっ! 包帯で不思議な力を持った目が封印されてるんじゃないかって想像するとワクワクするし!!
 あ、包帯を外す時は『もう後戻りは出来ないぜ。巻き方を忘れてしまったからな』って言うのを忘れないでね!!」
「それ、夢見がちって言うか、もはや病的な発想やで!!」
 夕鶴がジト目で空を見る。
「…そうか、包帯姿はカッコいいのかっ! よし、このままずっと包帯姿で行こうぉ!!」
 竜斗は拳を振るわせながらブルプルする。
 空のアホな言動を見ていると心の底から元気が湧いて来るので不思議だ。
 きっと、何か特殊なフェロモンでも出ているのだろう。
「竜斗センパイも脳みそ湧いてんなぁ…。みんな、アホばっかや」
 夕鶴がそう言うとみんな笑い声を上げた。
 だが、長身のスーツ姿の男性が教室に入って来た事によって、朝の団欒とした教室の空気が静まり返る。
「さぁ、特別授業を始めるので席に着いてほしい」
 その声を聴く前にみんな一斉に自分の席へと戻って行った。
 オールバックにした額には一筋の傷が入り、常にサングラスを着用している。
 彼こそがブラフマンと呼ばれるこの特別授業の考案者だ。
「君達はこのトーナメントを通して自らの能力の開発して行き、神と呼べる存在…アルカナの到達点であるNo.21の世界を目指している最中だ。
 では、君達は自らの目標である神を信じているだろうか?
 この世界には無数の信仰があるが、その多くは自然現象や世界創造等の未知に対しての敬畏や、空想が起源であると言われる。
 それに政治に信仰心を利用した者、特殊な技術や思想を持った者、善悪を問わず偉業を成し遂げた者など、実在した人間の話に尾びれがついて、様々な土着の信仰に吸収合併されながら、現代に至る宗教が形作られて行った。
 つまり、伝承の真偽は別にして神と呼ばれていた者は実在し、現実世界に置いて絶対的な存在価値を持つ偶像となる事で人は信仰の対象になりうると言える」
 ブラフマンの話を聴いていると思わず納得してしまうような事も多く、彼の世界に引き込まれて行ってしまう事がある。
 姫曰く虚実を織り交ぜた高度な話術によって人間をコントロールするのが彼の常套手段らしいが、竜斗は繊細な感性を持ち憂いを秘めたブラフマンに対して妙な親しみを覚えていた。
「アルカナによって与えられる能力を開発する事もそれと同じだ。
 能力を発動し夢を具現化するには自我を強く認識する事が必要だが、客観的にその価値が認められる事により強さを増して行く。
 つまり、如何にして自分自身をプロデュースし、この世界に置いて絶対的な存在感を築いて行くかが重要なのだ。
 それは生きる上でも大切な要素なので、各々で考えてみると良いだろう」
 竜斗はこの教室にいる個性豊かな生徒達と比べてしまうと、埋没してしまうような非個性的な人間だと自分自身を認識しているので、立ち位置を考えるのは確かに重要だと痛感していた。
 …マジで包帯キャラを貫き通すのも悪く無いかなぁ、と思ってみたりした。

 そして、何時ものように午前中のブラフマンの講義が終了し、午後からトーナメントの試合が行われる運びとなった。
 戦いの舞台となる体育館の扉は全て解放されてはいるが、戦いの開始を前にして興奮する生徒達の熱気と夏の熱さで、館内はムンムンとした蒸気が漂っているかのようだった。
 しかし、今日は何時もと様子が違う。
「なんか、人少なくないか?」
 竜斗は周りを見渡しながら言った。
 何時もは二階のギャラリーまで観戦する生徒達で一杯のはずだが、この日は一階で全て収まり切っている上、その一階だって所々隙間が見られる。
「それも仕方無いで、ほら見てみぃや」
 観客達に囲まれるように、準備を整えた二組のペアが立っていた。
 一組はNo.9のバッヂと図書委員長の腕章を着用したボサボサの前髪で内気そうな少女に、図書委員の腕章を付けた聡明そうな少年の組み合わせ。
 一組はNo.14のバッヂをつけた継ぎはぎだらけの制服を着た坊主頭の少年に、かなり幼い感じで手作り感のあるスカートを履いたオカッパ頭の少女だ。
「図書委員長の方が隠者のアルカナや。
 見ての通り根暗女で声が小さ過ぎてまともに聞き取れへんけど、パートナーになっている新一年生の野郎の通訳を通して、夕鶴なんて目じゃない程の毒を吐くんやでっ!
 アレはもう突っ込みを越えた破壊行為やぁ!!」
 大河は涙を流しながらプルプルと拳を振るわせる。
「一体を言われたんだ…?」
「それだけは言えへんっ…!! 言えへんのやっ!!」
「だったら気になる事言うなよっ!! んで、もう一組のほうは?」
「貧乏っちゃまは節制のアルカナやね。
 新聞奨学金でこの学校通っている唯一の生徒で、パートナーである妹や幼い兄弟達を支える為、最終的に一流企業に入る事を目指しているんやって。
 ただ、金に執着するあまりトラブルも多いっちゅう噂や」
「人は見かけに寄らないんだな」
「まぁ、あくまで噂やけど、たった一つだけ確かな事があるでっ!」
「なんだよそれは?」
「二組とも地味で不人気って事やっ!!」
「可哀想だからそういう事言うなよっ!!」
 あの二人はまだ個性とそれに見合った能力を持っているので、これと言った特徴も無く能力も持っていない竜斗は彼ら以下である事は確かだ。
 だが、笑っていられないって事は解ってても、思わず吹き出してしまった。
「これは意外と重要な事やでぇ!
 能力の具現化っちゅうのは本人の自我の強さだけやなくて、ギャラリーからの支持率でも左右されるっちゅう話やし。
 今後の戦いを考えると初戦で固定ファンを獲得しときたい所やけど、対戦カードが地味過ぎて注目度が低いっちゅうのは致命的やなぁ…」
「しかし、注目度が低いって言ってもこの熱気だし、他のアルカナ達も一通りいるみたいだよな…」
「そりゃ、ギャラリーにとっちゃ娯楽みたいなもんやし、アルカナにとっても敵情視察は重要やしなぁ」
 人が少ない事もあり楽に周囲を見渡す事が出来た。
 空と夕鶴を連れ添った奏真はもちろん、センスを煽って偉そうに仁王立ちする生徒会長と副会長、他にも顔を知っているアルカナ達は一通りいる。
 だが、誰かが足りない気がした。
「あれ?」
 もう一度、周囲を見渡してもやはり姿が見られない。
「どないしたんや?」
「いや、宝塚さんがいないなーって思って」
 男装の麗人と言う目立つ姿の彼女を見過ごすわけは無いだろう。
「きっと、ウンコやろ?」
「そんな事あるわけ無いだろ!?」
「ふっ、女がウンコしないっちゅうのは男の抱く幻想やでっ! それをおれはこの身体になってそれを思い知ったんや!!」
「しょうもない事力説すんなよっ!!」
 しかし、宝塚は第一回戦で大河を破り、第二回戦で竜斗と当たる事が決定している。
 トーナメントで一番の雑魚である竜斗の試合も見に来るような真面目な彼女が居ないのは気になって仕方無かった。
 腕につけたGショックで時間を確認すると試合の開始まで五分程あった。
 竜斗は意を決したように頷く。
「よしっ!! ちょっと行って来るかっ!!」
「ってお前までウンコか? しゃーない、人間はウンコに勝てる生き物やないんや…」
 ウンウンと頷きながら何故か遠い目をする大河。
 竜斗の脳裏に女の子の姿にされた日の晩の事がフラッシュバックする。
 確かあの時はひたすら便意を我慢していたが…。
「まさか、お前っ…!? いや、今は何も言うまいっ…!! 時間も無い事だしササっと行って帰って来るよ!!」
「漏らさん内に早よ行って来るが良いでっ!」
「ああ、そうするよっ!!」
 竜斗は体育館を飛び出した。
 いちいち弁解をする時間は無かったが、本当に便意を催したわけではなく、姿の見えない宝塚を探す為だった。
 さて、宝塚は何処にいるのだろうか?
 教室、校庭、食堂、クラブハウス、屋上、それとも…?
 よく考えれば彼女は男装の麗人で女の子から人気があるとか、フェンシングの大会で優勝しているとか、騎士道精神溢れる性格だとか人となりを見聞きしているのにも関わらず、一度も話した事が無いと言う知っているようで知らない人物だ。
 正直、思い当たった選択肢の中には居るとは思えない。
 だったら、その選択肢に無い場所…つまり、自分が知らない場所にいる可能性が高いと思い、一度も行った事が無い場所を探してみる事にした。
 だが、その場所はすぐに見つかる事となる。
 剣道、柔道等が行われる武道館の一角で彼女はフェンシングの練習をしていた。
 全身を白いスーツに包み頭部にはのど元まで含んだ顔面の全てを守るヘルメットを被っている。
 板張りの床の上に敷かれた細長いマットを上で、前進、後退、突き、前に飛ぶ、後ろに飛ぶ、剣を突き出して突進すると言った動作を繰り返している。
 恐らくそれがフェンシングにおける基本的な動作なのだろう。
 下半身は激しく動いているのにも関わらず、上半身がピタッと停止しているかの如くブレが無い。
 それは人間の構造として相当な無理のある運動であるはずだが、彼女の行う一連の動作は一切の角が存在しないような滑らかさであった。
 実際の試合になればもっと激しく素早く動くのだろうが、だからこそ練習では基本中の基本を丁寧に煮詰めているのだと思った。
 スポーツの動きを映画のワンシーンの様だと在り来りな言葉で称される事があるが、彼女の動きはまるで雄大な水の流れを連想させる優雅さがあった。
 竜斗は彼女の作り出す美しい世界観へと引き込まれ、トーナメントや時間の事などすっかり忘れて魅入ってしまった。
 そして、そんな竜斗に見られているとは知らず、彼女は一心不乱となって練習を重ね続けたのだった。
 やがて、外から大きな歓声が上がったのを合図に、彼女はヘルメットを脱ぎ去り、汗に煌めく色素の薄い長い髪をかき分けた。
 その小さく細身な顔は精悍な表情を浮かべているものの、筋の通った鼻、小さく形の良い口、やや大きな瞳など、女性として完璧とも言える美を備えていた。
 竜斗は夢から覚めやらぬ表情で、そんな宝塚の横顔を眺めていた。
 そこでようやく竜斗の気配に気がついた宝塚が振り返り二人の目が合った。
 距離が離れているはずだが、竜斗の右目には宝塚の凛々しく美しい顔が、宝塚の両目には竜斗の包帯だらけの間抜け顔が写り込んでいた。
 その瞬間、二人の白い顔が真っ赤に染まった。
「…い、何時からそこに居たんだ?」
 宝塚の声は恥ずかしさに震えているようだった。
「…トーナメントの試合が始まる少し前ぐらいかなぁ」
 竜斗も恥ずかしさを誤摩化す為に頭をポリポリ掻きながら言う。
 またしても声が上擦っていたと思う。
「試合会場に居ないからどうしたのかなって、ちょっとだけ様子を見に来たんだけど、あまりにも宝塚さんの動きが綺麗なもんだから思わず見惚れちゃったんだよ!!
 あの丁寧で流れるような動きが特に凄い!!
 ずっと、練習し続けなきゃあの動きは出来ないだろうって思ったら感動しちゃったんだ!!
 今もみんなが戦いに熱中している間も練習し続けるなんてホントに凄いと思うよ!!!」
 竜斗は宝塚の練習風景を思い出し、両手をバタバタさせて興奮しながら言う。
 男でも女でも素敵な人は褒めずにはいられない…。
 まるで奏真のような物言いではあるが、本当に凄いものならば素直に賞賛の言葉が口に出るもんだなと竜斗は思った。
「そ、そんなこと…」
 竜斗のあまりのストレートな感受性をぶつけられ、ますます真っ赤になった顔を隠すように宝塚は背を向ける。
「私はただ不器用だから人より多く練習するしか無いだけだ。全然凄くなんか無いんだ…」
 まるで、男性と会話する事と不慣れな乙女のように、宝塚は小さく消えそうな声で応えた。
「そ、それより、君は昨日の怪我は大丈夫なのか? 大分酷くやられていたようだが…」
 宝塚は深呼吸して気持ちを落ち着かせると竜斗の方に振り向く。
 宝塚の顔はまだ大分真っ赤だったが、女性に対する経験値が少ない竜斗は、彼女の様子がおかしいと言う事に気付く余裕は無かった。
「大丈夫って訳じゃないけど、大分ましになって来たよ。それに自分で望んだ戦いで受けた傷だし仕方ないさ」
 竜斗が宝塚に優しく微笑みかけると、宝塚は顔を更に真っ赤にさせ、不器用に微笑み返した。
「そうか…、君は強いんだな。普通は能力を使えないのに、能力者に挑もうなどとは思わないはずだ。何が君をそこまで駆り立てたんだ…?」
 宝塚は何時もの精悍な表情を取り戻しながら言う。
「ああ、それね!」
 竜斗は思い出して笑う。
「君に女の子にされちゃった友達の大河が、生徒会書記に馬鹿にされたのが許せなかったから、絶対に謝らせてやるってムキになっていたんだよ。
 我ながら無茶したとは思っているけど、頑張ればどうなかなるもんだね!」
「戦いとは言え君の友達には悪い事をしてしまったな…。彼は落ち込んだり…、その…、私を恨んだりしていないか…?」
 宝塚は大河の事を本気で心配しているようだった。
 竜斗は彼女を凄く優しい人だと思い、その気持ちが嬉しくてたまらなかった。
「大丈夫、今日も五月蝿いほど元気だったよ!
 大河が元の姿に戻れないのは男として自身が無いせいだって言うし、むしろあいつ自身の責任だからさ、宝塚さんが心配する必要はまるっきり無いよ!!」
 竜斗は大げさに笑って言う。
「そうか…。自信、持てれば良いな…」
 宝塚自身に何か思い当たる節があるのか、何時になく切実な表情を浮かべる。
「ああ、そうだね…!」
「君とは次のトーナメントで当たる事になると思うが、改めて自己紹介をさせて頂こう。
 私はNo.3女帝のアルカナを持つ宝塚舞だ、よろしく頼む」
「僕は走馬竜斗…。一応はNo.18月のアルカナって事になっているのかな…?」
「そうか、君もソーマと言うのか…」
「ああ、紛らわしいから、みんな竜斗って下の名前の方で呼ぶけどね…」
 宝塚は一瞬考えるような様子を見せると手を差し出した。
「…では、互いに全力を出せるように頑張ろう!!」
「うん、こっちこそよろしく!!」

狂者と強者

 1999年7月16日(金)
「まさか体育館に観客が入り切らないからって校庭でやる事になるとはなぁ…」
 竜斗は大河と夕鶴と三人で、校庭を取り囲むほぼ全校生徒達とも言える観客の中に入り込み、午後からの試合が開始される時をダラダラとしながら待っていた。
 竜斗は怪我が大分良くなったと言っても相変わらずの包帯姿だ。
 幼女姿の大河は夕鶴に顔を背けるようにむすっとしながら竜斗の影に隠れている。
 夕鶴はと言うと車椅子に乗って眩しそうに日傘を差していた。
 そして、校庭の中央には本日のトーナメントの主役になる二組が立っていた。
 No.1の魔術師のアルカナはステッキを手にしてマントと帽子を被った男子生徒と、帽子を被ったバニーガール姿の女子生徒の奇術部コンビ。
 対するNo.4のアルカナは皇帝冬の学生服に縁なしメガネにオールバックの背の高い男子生徒と、男子の冬服を着た髪の長い中性的な生徒のコンビ。
 No.4の皇帝はこの学校の生徒会長を務める小泉光一郎であり、そのパートナーは副会長の新妻まことである。
「この戦いがこんなに注目されているなんて、よっぽどあの奇術部に人気があるんだなぁ…」
「もう、竜斗センパイったら、人気あるのは生徒会長の方やでぇ! 生徒会長言うのは高い支持率があって成り立っているんやし!!」
「確かに彼が生徒会長やっているって事はそれなりに支持者がいるって事だよな…」
 生徒会長は力こそ正義だと妄信するあまり、この世は弱肉強食と言う戦国時代かと思うようなフレーズを掲げ、弱者に対して粛清と言う名の暴力を加えるような最悪な存在である。
 そんな彼が人気があるなんてとてもじゃないけど信じられなかった。
「うちが思うにアイツは仮想敵を使って人を操るのが上手いんや」
「それってどう言うことなの?」
「ホント竜斗センパイって純なんやなぁ…」
「…純って言うか、もはやアホって言ってるよね」
「例えばタイガースで言う所のジャイアンツみたいなもんで、常に敵を想定する事で支持者を一つにまとめるって人心掌握術のひとつなんや。
 これは政治でもよく使われる手法で、国民に無理な政策を強いると当然クーデターが起きる可能性があるけど、仮想敵国を作る事で不満のはけ口を国外に向けさせる事が出来るんですわ」
「夕鶴は僕より年下なのに色々な事知ってるんだなぁ…、関心しちゃうよ!」
「もう、竜斗センパイったら、そんなに褒めんといてぇ!!」
 夕鶴は白い顔を赤くして嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「生徒会長の場合は役立たずの前生徒会をリコールしてネガティブキャンペーンによって当選し、常に少数派の立場が弱いもんを仮想敵に仕立て上げ、粛清する事で支持率を維持してるんですわぁ!!」
「そんなのってイジメじゃないか! ますます彼を支持する事なんて出来ないよ!!」
「ところが、生徒の大多数は自分自身が標的になると思っていないし、自分より下の攻撃対象が出来る事によって自尊心を満たせるんで奴のやり方を歓迎しているんですぅ!!
 しかも、質が悪い事に粛清を自制の効かないチンピラっぽい部下にやらせて、その行き過ぎた行いを生徒会長が自ら止める事で正義の味方を気取り、弱いもんからも支持を集めようって魂胆なんやっ!!
 うちは暴力やイジメが大嫌いやし、卑怯なのも許せへんわぁ!!」
「でも、大河も夕鶴も反体制派でそれを隠そうともしてないのに、よく今まで無事でいられたよなぁ…」
「正直、何度も危ない目にはあってるんやけど、それでもうちらみたいな弱いもんが耐え凌いで来れたのは、生徒会長以上の人望と力を持ってる人が助けてくれるおかげなんですわぁ!!」
「それが、奏真先輩か! やっぱ、彼は凄いなぁ!!!」
「もう、完璧なお人やで! そりゃ、人の影に隠れとるウンコタレとは比較にならんわぁ!!」
「おい、お前ヘタレからウンコタレにバージョンアップしてるぞ!! 良かったな!!」
「うっさいわぁ、ボケぇ!! 昨日、試合の観戦すっぽかしてウンコタレ流し続けたどっかの誰かさんよりましや!!」
「ふっ、真のウンコタレは誰かなぁ…!?」
「な、なんやとぉ!?」
「なになに、竜斗センパイ? このウンコタレが何かやらかしたんか!?」
「それは…」
「ああああっ!! それだけはノーワードやでっ!! 勘弁したって!!」
「じゃあ、ビックマックセットで手を打とうか!!」
「くっ、仕方ない…!! これで貸し借りをチャラとしようやないかっ…!!」
「心の友よぉ!!」
 竜斗と大河はガッチリ手を結び合い、背を叩いて抱き合った。
「うわぁ、そういう関係やったんかぁ…。やっぱ、爽やかな奏真先輩とは偉い違いやわぁ…」
 余計な事を妄想して顔を赤くする夕鶴。
「…お前、さっきから黙って聴いてりゃなんや!! そんなに奏真が良ければ奴の所に行って、愛人二十八号にでもなってまえ!!」
「うちとしてもそうしたいのは山々やけど、生憎ながら今日は奏真先輩も空も来てい無いんや…!!」
「そう言えば今朝から居なかったし、今もこの会場にいないな…。どうしたんだろ…?」
 竜斗は念のために周囲を見渡すが、奏真と空の姿はそこに無かった。
 ついでに言うと宝塚の姿も無かったが、彼女はきっと今日も一人で孤独な練習を続けている事だろう。
「…」
 夕鶴は珍しく俯き口を閉ざした。
「どうかしたのか…?」
「いや、なんでも無いですわぁ。それより、ようやく試合が始まるようやで!!」
「では双方とも自我領域を展開だ」
 いつの間にかに二組の間に立っていたブラフマンが何時もの如く、自我領域の展開を促す。
 まずは奇術部の二人からだ。 
 まるで、マジックショーの一幕のように、奇術師の男子がバニーガール姿の女子の腰に手を回し、アクロバティックな格好で唇を交わす。
 その瞬間、ヒューヒューと言う声が上がる。
「みんな、よくこんなんで盛り上がれんなぁ…。うち恥ずかしくて見てられんわっ!!」
 そう言いつつも、夕鶴は顔を赤くしながらしっかりと二人の身体が合さるのを見ていた。
「って、しっかり見てるじゃん!!」
 夕鶴は日本人形みたいな可憐な容姿をしながらも、実は誰よりもムッツリスケベなんではないかと竜斗は思った。
 奇術部がカードを掴み取ると、それはマジックで使うステッキへと変化した。
 竜斗には相変わらずそれが半透明に見える。
 続けて生徒会長と副会長が…。
「…」
「…」
「…」
 竜斗と大河と夕鶴は顔を合わせて黙りこくった。
「うち、何か凄いものを見た気がする…」
「こりゃエグいで…」
「いっその事、見なかった事にしよう…」
 竜斗の提案に異論は無かった。
 そして、No.4皇帝のカードが出現する。
 王冠をがぶり、王座に腰掛けて、王笏を持った人物が描かれたカードを掴み取ると、戦国武将の鎧に全身を被われたような風貌の馬へと変化する。
 竜斗の目から見ても具現化度合が高い。
「う、馬やとぉ!?」
「しかも、何で馬なのに鎧なんや!? なんか発想が中学二年生レベルで痛いわぁ…」
「えらい、言われようだな…」
「では、はじめっ!!」
 ブラフマンが手を振りかざすと戦いが開始される。
 開始早々沈黙状態が続く。
「うち、これは先に手ぇ出した方が負けやと思うんや」
「何で?」
「今までの戦いはみんなそう言うパターンなんや。きっと、先に手出す方が精神的にヘタレっちゅう事やないかなぁ」
「…それ、遠回しにおれを馬鹿にしてへんか?」
「アホぉ、遠回しやなくて直に馬鹿にしてるんや!! 相手の出方が解らんのに先手必勝とか言う奴はアホ丸出しにも程があるでぇ!!」
「昔の事を何時までもグチグチグチグチ言うて、これだから女は腹立つんやっ!!」
「お前も今は女やろっ!!」
「うっさいなぁ、ハゲぇ!! 好きで女やっとるんとちゃう!!」
「誰もハゲてないし、むしろお前が五月蝿いって…。ちょっとは静かにしよろなぁ…」
 大河と夕鶴が不毛な喧嘩を繰り広げる内も膠着し続けた。
 だが、生徒会長は馬に乗り込み不敵な笑みを浮かべているのに対し、奇術部はあまりに落ち着き払った彼の雰囲気に飲み込まれ早くも憔悴した様子だ。
 ある意味で先に動いた方が精神的に負けていると言う夕鶴の解説は合っているかもしれない。
「ふっ、我が華麗なるマジックをお見せしましょう…!!」
「あちゃーっ、奇術部の負けは決定やなぁ…」
 夕鶴は合掌する。 
「それはまだ解らへんでっ!!」
 奇術部が具現化したステッキを振りかざすと、巨大な炎の玉が現れて生徒会長に向かって襲いかかる。
「おおっ、これは期待出来るでぇ!! ガンバレ、奇術部っ!! クソ女のジンクスなんか屁でも無いって証明したれっ!!」
 生徒会長は全身を炎に包まれる。
「よっしゃーーーーっ!!! 幾ら自我領域があろうとも、これは消し炭決定やで!!!」
「まだ、解らへんよっ!! 避けへんって事はそれだけ防御に自身があるって事やもんっ!!」
「…ってか、お前ら誰の味方だよ?」
 だが、またしても夕鶴の予想は当たる事となる。
 炎が徐々に収まって行くと、その中から明らかに先ほどと違う異形のシルエットが現れた。
「な、なんやとぉ!? 馬が鎧になったって言うんか…!?」
 そう、能力によって具現化された鎧馬が生徒会長の身体に装着され、まるで戦国武将のような威風堂々とした姿となっていた。
「あいつは聖闘士○矢か、サ○ライトルーパーか、シュ○トのつもりなんっ…!? 幾らなんでもこれは無いわぁ…!!」
 さっきまで大河の当てつけに生徒会長を応援していた夕鶴も嫌悪感を露にした。
「痛々しいにも程があるな…!!」
「まったくや!! うちの好きな作品が汚されているようで最悪や!! バトルスーツものやるんやったら、もっと絶世の美形じゃなきゃ許せへんよっ!!」
「そっちかよっ!!」
「では、これはどうかな!?」
 奇術部がステッキを振るうと今度は突然複数のパネルが現れて、それが鎧姿の生徒会長を囲って箱を形作る。
「それっ!!」
 何処からか取り出した鎖で箱の周りをグルグルと縛り付けて巨大な南京錠で固定する。
「イッツ、ショーターイム!!」
 そして、帽子の中から次々と剣を取り出し、ありとあらゆる方向から箱に突き刺して行く。
 その度に派手なエフェクトで赤い液体が飛び散る。
 最後に帽子から特大のチェーンソーが現れ、豪快な音を立てながら生徒会長の入った箱を真っ二つに切り裂いて行く。
「むむっ!? どうした事か!?」
 だが、突然チェーンソーの歯から火花が散り、それ以上切り込む事が出来なくなった。
「くだらんな…!! 貴様の力はその程度かっ…!!」
 そして、箱や鎖が大げさに弾け飛び、中から生徒会長の姿が現れる。
 鎧にも生徒会長の身体にも傷一つ付いていない。
「な、なんだと!!」
 明らかに同様を隠せない様子の奇術部。
「ヘタレ特有の台詞が出たでぇ!! これを言うって事は負ける寸前や!!」
「…」
 竜斗も結構その言葉を言っているし、自分をヘタレだと認識しているので何も言い返す事は出来ない。
「ふっ、だがボクには奥の手があるっ!! あそぉれ!!!」
 奇術部はマントで自分の身体を包み込むと、その場から姿を消した。
「消えよった!!」
「違うでぇ!! アソコ見てや!!」
 夕鶴が指差す方向を見るとそこには、グランドを全力疾走する奇術部の姿が。
「あいつ、逃げたんか!! おれをも上回るヘタレさ加減やっ!!! ある意味で尊敬するでっ!!!」
「お尻ぺんぺん! 悔しかったら追いついてみろぉ!! その鎧姿じゃボクの逃げ足には敵うまいっ!!!」
「下劣千万っ!! 敵前逃亡するとは何事かっ!!!」
 生徒会長の全身を被う鎧が弾け飛び、それが再び馬の姿になって組み上がる。
 瞬間的に生徒会長が全裸になって光り輝いているような気がしてならなかった。
「なんか、アイツ一瞬裸になって光ってへんかった…?」
「そこは気のせいだって事にしておこう…」
「…」
 夕鶴の白い顔に鼻血が垂れる。
「鼻血出てるよっ!!」
 夕鶴は竜斗から渡されたティッシュを鼻に詰めながら苦笑する。
「アイツ、乙女心が解っているやないかっ!! 美青年アニメの変身シーンで鍛えたうちの動体視力を持ってすれば丸見えやったで!!!」
「夕鶴恐るべし…」
 そして、馬に跨がった生徒会長は凄まじいスピードで逃げ回る奇術部へと迫り跳ね飛ばした。
「へぶしっ!!!」
 その衝撃によって奇術部の身体を被う自我領域が激しく光を放つ。
 生徒会長は再び馬を鎧として装着すると、尻餅をついて茫然自失となった奇術部の前に仁王立ちする。
「力無き者に粛清をっ!!」
「うわぁーーーーーーっ!!!」
 生徒会長は鎧で被われた拳を思いっきり奇術部に向かって叩き付ける。
 そのあまりの衝撃によって奇術部は地面へとめり込み自我領域を消失させた。
 そして、奇術部のステッキは光の粒子となってNo.1のカードとなり生徒会長の手に収まる。
「この世は弱肉強食…! 力こそ全てだっ…!!!」
 生徒会長の勝利の咆哮に全校生徒の歓声が上がった。

 1999年7月17日(土)
「今日も来ていないか…」
 朝、教室に来た竜斗の第一声がそれだった。
 この日、竜斗は包帯を巻いておらず、腫れはすっかり引いたものの、まだ若干の青みが残っていた。
「奏真と空の二人か…。何時もはおれらより先に来ているんやけどなぁ…」
 大河は小さな身体で教室を見渡しながら言う。
「…今日は確か奏真先輩が戦う日だろ? 大丈夫なのかな…」
「…そんなん、知るわけないやろ」
「…」
 先に教室に来ていた夕鶴は竜斗と大河をチラ見していた。
 竜斗はその視線に気がついたが、振り返った時には下に俯いていた。
 そして、そのまま授業開始の時間を迎える事になるが、とうとう奏真と空の二人が来る事は無かった。
「とうとう、来なかったな…」
「しかも、授業開始時間から結構経っているんやけど、ブラフマンも来ないってどないな事や…?」
 生徒達はみな着席してブラフマンを待ち続けているが、一行に彼が現れる気配は無い。
 言い知れぬ不安から教室中がざわめく。
 そして、教室に一人の男性が現れた事で一気に静まる。
「なんや、おれらの担任や無いか…!!」
 みんなブラフマンがやって来るものだと思っていたので、大河の愚痴も全くだった。
「ブラフマン博士は所用で午前中は来られないようだ。午後のトーナメント戦の開始まで各自自習をするように」
 とだけ言うと担任の先生は立ち去って行った。
 再び教室がざわめきに包まれる。
「これは事件やで…!!」
「事件って何だよ?」
「きっと、湯煙密室殺人事件や…!!」
「アホか!!」
 竜斗がふと大河の隣にいる夕鶴の方に視線をやると、彼女は珍しく考え込むように黙りこくって俯いていた。
 そう言えば昨日、空と奏真が学校に来ていないと言う話題になった時も様子がおかしかった。
「…」
 竜斗は席を立って夕鶴の正面で片膝を立てて目の高さを合わせる。
「ねぇ、夕鶴…。君、何か知っているんじゃないか…?」
「な、なんやとぉ?! マジか夕鶴…!!」
「…多分、空と奏真先輩は同じ場所に居ると思うよ。空の家や…。うちの口からはそれ以上は言えへん…」
「…駄目元で様子見に行ってみないか? どうせ自習だって言うしさ」
「でも、どうやって行くんや?」
「聖蘭さんに送ってもらおう。彼女だったらすぐに来てくれるよ」
「うちも連れてって貰うで…」

 竜斗が予想した通りにPHSで聖蘭に連絡したら、殆ど待つ事なく校門の前にロールスロイス・シルバークラウド・ツーを乗り付けてくれた。
 向かったのは神戸のランドマークであるポートタワーを擁するメリメンパークにもほど近い、中央区の国道2号線沿いにあるオフィス街であった。
 海沿いの開けた通りに歴史を感じさせる近代建築物や現代的建築物が立ち並ぶ中、目的の建物はひと際異彩を放っていた。
「これが空の家や!」
 先に車から降りた竜斗と大河に介助されながら、車椅子へと乗り換えた夕鶴が言う。
 下半分が趣きを感じさせる近代建築で、上半分が現代建築と言う目を疑いたくなるようなデザインだ。
 大河と竜斗は見上げながら呆然していた。
「僕の幻覚じゃないよね?」
「大丈夫、おれにも見えとるが、一体なんなんやコレは!?」
 夕鶴はと言うと見慣れているらしく涼しい顔をしている。
 そこに駐車場に車を停めて来た聖蘭がやって来る。
「この建築物は元々大正時代に建てられたのですが、阪神淡路大震災の際に全壊した際に、旧来の外壁等を意匠として使用し再建されました」
「さすが、聖蘭さんは何でも知っているんやなぁ!!」
「そんなん、兵庫市民として知ってて当たり前やっ!! こんな事も知らへん奴が居るなんて、うちは同じ兵庫市民として恥ずかしくてたまらへんっ!!」
「な、なんやとぉ!?」
「ええ、知っていて当然かと思います」
 と涼しい顔の聖蘭。
「もう、喧嘩してないで、さっさと行こうぜ!!」
 だが、そう言う竜斗は率先して歩き出すが、玄関を前にして足を止めてしまう。
「どうした? さっさと行けや!!」
「僕、こう言うのって緊張してダメなんだよっ!!」
「全く、ヘタレやなぁ…。もう、おれ先行くでぇ…!!」
 そう言う大河も竜斗と同じく尻込みする。
「な、なんや、このプレッシャーは!?」
「結局、二人ともヘタレやないかっ!!」
「ご安心下さい。私がアポイントを取り付けておきましたから」
 聖蘭は軽く微笑むと顔でビルの中に入って行く。
「流石聖蘭さんやなっ!!」
「ホンマ、どっかのヘタレ野郎共とは偉い違いやねっ!!」
「そうだな…。って、さり気なくそれ僕も含まれて無いか!?」
 ビルのエントランスは三階まで続く階段のある吹き抜けになっていて、天上のステンドグラスから自然光が差し込んでいる。
 そして、その階段からタキシードを着た背が高い若い紳士が降りて来る。
 いかにも執事と言う柔和さと有望さを兼ね備えた雰囲気だ。
「走馬様に、藩臣様ですね? 御待ちしておりました。
 私は旭陽様の執事をさせて頂いております安室礼と申します。
 堀江様もお変わりないようで」
「安室さんも相変わらずハンサムやなぁ!!」
 安室は軽く微笑むと会釈をする。
「きゃー、カッコいいわ!! 流石、執事ともなると他の男共とは違うで!!」
 確かに余裕のある大人の対応って感じだと竜斗は思った。
 その際に安室と聖蘭が目を合わせていた気がしたが、二人に同じ使用人として何か通じるものがあるのだろうかと、竜斗は不思議に思った。
「執事、執事ってアホかお前は!? そんなに執事が良いなら、羊飼いにもなれば良いんや!!」
 大河は何時かの仕返しとばかりに夕鶴に突っ込むが、竜斗の目から見てもピンぼけしてるのが解った。
「…」
「…」
「お前らなんか言えや!!」
「下手くそ」
 竜斗と夕鶴は声を合わせて言った。
「…」
 そして、安室によってエレベーターに案内される。
「まさか、このビル全てが旭陽家って事はあらへんよね?」
「建物は資産家である旭陽様の所有となっていますが、大部分はテナントとして外部に貸し出して、一部をご自身の自宅兼個人診療所としてご使用されています」
「診療所って資産家なのにお医者さんなの?」
「はい。脳神経外科をなさっております」
「滅茶苦茶なステータスやな…」
 竜斗は脳神経外科って言葉に引っかかりを感じていたが、その答えはすぐに解る事となる。
 エレベーターが竜斗達を最上階へと運び扉が開く。
 そこは休診中の診察所の待合室で、待構えていたのはスーツ姿で髪をオールバックにした背の高い男性だった。
「…!!」
 竜斗は絶句した。
「ブ、ブラフマン…!!」
 大河が彼をその名で呼ぶ。
 サングラスをかけていない為に憂いを秘めた優しい眼差が露になっているが、額の傷は間違い無く彼がブラフマンであると言う事を証明している。
「今は空の父親である旭陽昇だ。空の為にわざわざ来てくれてありがとう」
 思った通り直接話してみるとブラフマン…いや旭陽昇は親しみやすい好人物と言った印象だった。
 姫には彼に注意しろとは言われているが、まさか、空の父親だったなんて意外であった。
「そ、空は大丈夫なんですか?」
「空は体調を崩してしまったが、昨日今日と休んだら元気を取り戻したようだ。
 君達には心配かけてしまって悪かったと思っている。
 空は今学校に行く準備をしている所だから少し待っていると良い」
「…そうですか」
 とりあえず一安心と言った所だ。
「竜斗くん、君とは一度ゆっくりと話してみたかったんだ」
「僕も貴方に聴きたい事があります」
「そうか。君達、悪いけど席を外して貰えるか?」
「一人で大丈夫かいな?」
 大河は心配そうに竜斗の顔を覗き込む。
「頼むよ、大河」
「解ったで…」
 大河と夕鶴、それから執事とメイドの二人の給仕も立ち去る。
 待合室の椅子に竜斗と旭陽昇が座る。
「では、君の聴きたい事から聴かせて貰えるかな?」
 色々と聴きたい事は沢山あったが、一番気になる事はひとつであった。
「何故こんな実験を行っているのですか…?」
「それは子供達を不平等な悲しみから救う為だ。
 現実は残酷だ、産まれ付いて与えられるものは平等ではなく、本当は誰もが幸せに生きたいと思っていても、運悪くそれが許されない者もいる。
 もし、誰もが自分に都合良く現実を変える事の出来る力を持てれば…。
 もし、誰かが人の為を思って現実を変える事の出来る力を使えれば…。
 そう、誰もが穏やかに暮せる現実を作出す事こそ私の追い求める終生の夢なのだ。
 その為に君達には苦労を強いてしまっている事が気がかりではあるが」
「貴方の気持ちは解るんです。でも、解るからこそ解らないんですよ。何がそこまで貴方を駆り立てるか…」
「きっと、君にもそれを知る時が来る。だが、今はまだその時じゃない。その時が来れば人は否応無しに運命を考えざるを得なくなるだろう」
「…」
 竜斗は姫が同じような事を言っていた事を思い出す。
 結局、あの時と同じように肝心な事は解らずじまいだが、少しは真実に近づいたような気もする。
「では、今度は私から君に質問させて貰おう。君は何故、アルカナの暗示を受けずして、この特別授業のトーナメントに挑んでいるんだ?」
「…僕は本当の強さが欲しいからです」
「私は君が思う本当の強さと言う物が知りたい。
 私の暗示を受ければ君は自分自身が傷つく事も無く、思い描いた強さを現実にする事が出来るはずだ。
 だが、君はそれをしようとしない…、私にはそれが不思議でたまらないんだ」
「えっ、僕が暗示を受けて能力を発動出来るって言うんですか?」
 今まで竜斗は能力を使う事が出来ないと思い込んでいただけに意外だった。
「残念ながら全ての人間がとは言い難いが、君のように特に素晴らしい精神力を持つ子供ならば、私の暗示を受けさえすれば青海奏真に匹敵する程の強さが得られる可能性があるだろう」
「そ、そうだったのか…」
「ただ、私は君に一方的に自分の意見を押し付けるような事はしたく無い。
 それは君の事を愛して止まないあの娘も同じ事だろう。
 人はみなそれぞれが正しいと思っている事を信じて生きているので、何が正しいのかという絶対的な答えは存在しない。
 君にとって何が一番良い事なのか、自分自身の頭で考えて選択するが良い」
「…」
 彼の言うあの娘と言うのは姫の事に違いない。
 彼と姫の関係も気になる所だった。
「空が来たようだな」
 その時、奏真に支えられて空が現れた。
 奏真はずっと空に付き添って看病をしていたのかも知れない。
「心配させちゃってゴメンねぇ!!」
 そう言う空の顔は何時もの元気さからは信じられない程青ざめていた。
「大丈夫なの…?」
「うん、一日休んだら元気になったし、大丈夫よ!!」
「アホぉ、どう考えて大丈夫じゃないやろ!!」
 様子を察した大河が待合室にやって来て早速横やりを入れる。
 大河の言う事はもっともだと竜斗は思った。
 後からやって来た夕鶴は、言葉にこそ出さないものの心配そうな表情を浮かべている。
「奏真先輩、空に無理させ無いように、よろしくお願いします!」
 竜斗は頭を下げた。
「お願いするでっ!!」
「うちからもお願いやっ!!」
 大河と夕鶴も続いて頭を下げる。
「みんな、大げさね…」
 そう言う空を優しく抱き締めてながら奏真は涙を飲むかのように目を深く瞑る。
「ああ、俺に任せておいてくれ…!」

「すごい大盛況だな!」
 校庭に響く生徒達のざわめく音に竜斗の声も掻き消されそうになる。
「そりゃそうやろ。No.19太陽のアルカナである奏真が人気あるのは当然やけど、相手のNo.17星のアルカナはそれ以上やで!!」
 大河はモテない男特有の嫉妬心丸出しで顔を歪める。
 校庭を取り囲む大勢の生徒達の輪の中心にいるのはブラフマンと、奏真・空のコンビ、そして彼らと相対するもう一組の対戦相手だ。
 No.17の星のアルカナは如何にもと言う感じのビジュアル系ロックバンドのボーカル系で、背が高く細身なのだが真っ赤なサラサラな長髪で化粧をし、鋲だらけの革のライダースジャケットに赤いチェック柄のスカートを履いている。
 パートナーは女性でありながらライダースジャケットを着て、短い紫色の髪をツンツンに立てたベーシストだ。
「彼は高校生でありながらインディーズでCDデビューしてるんやで!!
 うちも大ファンや!! だってカッコいいんやもんっ!!
 もし、人気が能力の強さに比例するんやったら、ひょっとしたら奏真先輩よりも強いかも知れへんよっ!!」
「って、何時もの事だけど、お前は誰の味方なんだよ!?」
 しかし、そんな馬鹿なとも言い切れない程の雰囲気がビジュアル系にはあった。
 なんと言うか常に観客を意識し、自分を演出する事に秀でている感じだった。
「では、自我領域を展開して貰おう」
「うわっ、またキスタイムがやって来たわぁ…」
 夕鶴は顔を赤くする。
 ビジュアル系はプロモーションビデオの一幕のように情熱的で激しいキスを交わす。
 周囲からキャーと言う歓声が上がる。
 そして、七つの星空の元で壷から水を注いでいる裸の女性が描かれたNo.17のカードが現れ、それはギターへと姿を変えビジュアル系の手に握られる。
 間違い無く今まで竜斗が見た中で一番強く具現化されていて、もはや現実のギター以上の存在感を放っていた。
 またしても夕鶴の予想が正しいと裏付けられてしまった。
 続いて奏真と空の番だ。
 空は体調が悪いらしく、目の焦点が定まらず意識朦朧とした感じであった。
 奏真はふらつく空の身体を優しく労るように支えながら唇を交わす。
 竜斗は胸が締め付けられるように痛むのを感じた。
 自分と奏真は比べようが無い程の違いがあるが、何故あそこで空と口づけをしているのが自分では無いんだと思った。
 これ以上見てられないと竜斗が視線を落とそうとした時、宝塚が竜斗と同じように俯こうとしている姿が見えた。
 彼女は普段この時間は練習に費やし、あまり戦いを見に来たりはしないので珍しいと思った。
 奏真の手に握られたNo21…太陽の雫を浴びる二人の子供が描かれたカードは、左右二組のチャクラムと呼ばれる円盤状の武器へと変化する。
 ビジュアル系の次ぐらいに強く具現化されているが、まだまだ彼の領域には及ばない感じであった。
「では、はじめ!!」
「空、待っててくれ…!! 速攻で片を付けてやるっ!!」
 戦いの開始と共に先に手を出したのは奏真の方だった。
 チャクラムを投げるっ!!
 投げるっ!!
 投げるっ!!
 投げるっ!!
 無限大に具現化され続けるチャクラムを次から次へと投げつけ、それを盾にしながら奏真は驚くべきスピードでビジュアル系に向かって突進する。
 ビジュアル系は手にしたギターでチャクラムを相殺し続けるが、それにも限界がありかなりの量の攻撃を自我領域へと受けてしまう。
「これは先に手を出した方が負けるって言う夕鶴のセオリーにも修正が必要だな…!!」
 竜斗はこのトーナメントは奏真が神になる事が始めから決定している出来レースだと姫から聴かされていたので、彼が負けるとは絶対に思えなかった。
 奏真はその隙に一気に間合いを詰めて、手にしたチャクラムで一閃! 二閃!! 三閃!!
 そして、とどめの光を伴ったサマーソルトキック!!
 しかし、ビジュアル系もそのコンボをただ食らうだけではなく、最後のサマーソルトキックをしっかりとガードし、奏真が着地した瞬間に大きくギターをスウィングし、彼の横っ腹に強烈な一撃を食らわせる。
 そして、ビジュアル系は間髪入れずギターをかき鳴らす。
「Prelude!!」
 弾ける爆音!!
 爆音!!
 爆音!!
 縛音!!
 強烈な音の衝撃波を照射して奏真の身体を吹き飛ばして一気に間合いを空ける。
「なん…だと!?」
 その音による攻撃は相手の平衡感覚を狂わせるらしく、奏真はふらついたまま姿勢を立て直す事が出来ない。
「ああっ、それ言っちゃアカンよっ!!」
 夕鶴は息を飲んだ。
「Serenade!!」
 それがチャンスだと踏んだビジュアル系は間合いを保ったままギターを振りかざして物理的にあり得ないほど弦を伸ばすと、奏真の左腕と胴体に絡めて自由を奪い取り強烈な電気攻撃を浴びせる。
 それを見た生徒達が何人か失神する。
 少し前に子供向けのアニメで問題になった事だが、人間は強烈な光が点減する所を見る事で、意識を失ってしまう事があるらしい。
 その電撃は奏真の肌を焼き、彼は自我領域で守られているとは思えない程のダメージを受けていた。
「アカンでっ!! 自我領域が効いてないやないかっ!!」
「きっと、能力が強過ぎて自我領域で打ち消せないんと思うよっ!!」
「そ、そんな、このまま食らい続けたら、いくら奏真先輩でもっ!!!」
 そう、このまま強力な攻撃を受け続ければ、奏真の負けは決定してしまう。
 姫の言っていたブラフマンの計画ってのはどうなるんだよっ!?
 竜斗が思ったその時だった。
「俺はこんな所で負けるわけには行かないんだっ!!!」
 奏真が雄叫びにもにた声を上げた次の瞬間、右手に持ったチャクラムが一閃する。
 そして、大量の血を吹き上げながら奏真の左腕が宙に舞い、ボテっとした音を立てて血溜まりになった地面に転がった。
 みな、その瞬間何が起きたか解らなかったが、奏真の血に塗れた姿を見て全てを理解した。
 彼は自分の左腕ごと、束縛する弦を切裂いたのだ。
 全校生徒から悲鳴が上がる。
 竜斗は自分から血を引くのを感じ思わず膝をついた。
 大河も尻餅をついて夕鶴に縋るように抱きつき、彼女もまた大きく口を開けて唖然としていた。
 だが、三半規管をやられた奏真は、片腕を無くしたと言う事もあって、ふらついてまともに歩く事すらままならない。
「俺は空を守らなければならないんだっ!! こんな所で立ち止まっている暇は無いっ!!!」
 そう言うと奏真は自らの耳に指を突っ込み、感覚の狂った三半規管を破壊する。
 そして、血まみれになった奏真は猛スピードでビジュアル系へと突進する。
 その姿は恐ろしい悪魔のように見えた。
「Erlkönig!!」
 恐怖に駆られたビジュアル系はギターをかき鳴らして鋭い刃状の音波を発射し続ける。
 その威力は今まで見た能力の中で桁違いに強力であり、自我領域をものともせず奏真の身体を容赦なく切り裂いて行く。
 肌が裂けるっ!!
 肉が散るっ!!
 耳が飛ぶっ!!
 指が飛ぶっ!!
 目が潰れるっ!!
 激しい攻撃によって胴体から切り離された肉片が飛び散り、全身余す所なく血に塗れながらも奏真は突進を止めない。
 そして、奏真は一気に間合いを詰め、残った右腕で持ったチャクラムでビジュアル系に切り掛かろうとするが、次の瞬間には右腕も血しぶきを上げながら切断されていた。
「Finale!!」
 ビジュアル系が恐ろしい思いをするのもこれで最後だと勝ちを確信して口元を歪めた時だった。
「!?」
 油断していたビジュアル系は錐揉みしながら弾き飛ばされてしまう。
 そして、奏真の姿を見て驚愕する。
 今まで受けた全ての傷が無かったかのように元に戻り、自ら切断したはずの左腕でビジュアル系に斬撃を食らわせていたのだ。
「な、なんやとぉ!?」
「あれが奏真先輩の能力なのか…」
「そう、全ての怪我を無かった事にする再生能力や…。
 ただ、身体は瞬間的に治ったとしても、痛みまで消す事は出来るわけやないんや…。
 それなのに何であんな戦い方が出来るんやろ…。
 うちは能力の事を知ってるだけに信じられへん…」
「うへっ…。おれやったら痛みだけで死ねる自信あるで…」
「一体何が彼を支えているって言うんだ…」
 ビジュアル系はニヤリと不敵な笑みを浮かべて立ち上がるが、その瞬間にの傷口が開いて血吹雪が舞う。
「まさか、奏真先輩の攻撃も相手の自我領域を切り裂いたって言うのか…!」
 ビジュアル系は唖然とした表情で自らの胸を押さえ、手についた血を眺めて膝をついて倒れた。
 そして、ギターがNo.17星のカードへと戻り、奏真はそれを掴み取ると夏の太陽に向けて掲げる。
 ふらつく空が奏真へと抱きつくと、学校中が歓声に包まれた。
「悔しいけど、まさに最強やな…!!」
 ただ強く優くしいだけでは無く、目的の為ならば手段を選ばない、悪魔のような精神力を秘めている。
 竜斗は奏真の持つ全てに惹き付けられて行くのを感じた。
「これが青海奏真…。運命に選ばれた男…。そして、僕の倒すべき相手…。僕は彼に勝つ事が出来るんだろうか…?」
 竜斗は空と抱き合う奏真の姿を見て思う。
「僕は彼のようになりたい…」

見果てぬ夢

 1999年7月18日(日)
 元町駅の近くにある南京町中華街は、横浜中華街、長崎新地中華街と並ぶ日本三大中華街の一つである。
 東西南北にある門を潜った先は日本とは思えないぐらいの別世界で、日曜日と言うだけあって沢山の人で賑わっていた。
 名物である中華まんを初めとして、揚げパンや、大根餅、串刺しフルーツなど様々な食べ物が売られており、普通に歩いているだけで食欲をそそられる。
 立ち並ぶ土産物屋にもブルースリーの全身像が置かれていたり、豚型のゴミ箱が置かれていたりと目でも楽しむ事が出来る。
 私服姿の竜斗はあちこちに目移りしながらも先を行く姫の後を追いかけていた。
 チノパンに無地の白いTシャツの上からベストを羽織り、ニューバランスのスニーカー、セイコースプーンの腕時計と言った格好だ。
 一方で姫は中華街でも何時もと変わらないゴスロリ姿で、あまりにも目立つ為に普通に歩いている限りは見失うって方が無理だろう。
「しかし、姫は何時もその格好だな」
「あら、何でしたらチャイナドレスでもよろしくてよ」
「姫のチャイナドレス姿か…。悪く無いけど、どっちにしても目立つよな」
「そこは個性的と言って下さいまし。
 わたくしは風景に埋没してしまうような無個性な生き方なんてまっぴらゴメンですのよ。
 常に他の誰とも違う存在であるからこそ、わたくしはわたくしで居られるんですの」
「際立った個性があるって良いよなぁ。僕なんてそこらに居る通行人レベルだぜ」
「ふふふっ、貴方だって個性はありますわよ。
 そもそも、この世には一人として同じ人間は存在しないんですから、人は大なり小なり個性を持っているはずですのよ。
 ただし、それを活かすか殺すかは別の問題で、個性を活かすには自信を持つ必要がありますわ」
「だったら、僕は個性を活かしてないって自信があるね」
「あらあら、面白い事言いますわね」
「そう言えば大河も聖蘭さんも置いて二人だけで中華街に来たわけだけど、いったい何処に向かっているの?」
「もう、着きましたわ」
「ここは?」
 そこは中国の変わったデザインの刀剣を始めとして、日本刀やサーベル、銃器など古今東西の武器・防具が並べられた観光客が多い所ではおなじみの土産物屋だった。
「見ての通り武器屋ですわ」
「って本物かよっ!!」
「土産物が全てレプリカだと思ったら大きな間違いですわよ。確信犯的に本物を売っている所も幾つかありますわ」
「中華街恐るべし…!!」
 しかし、本物の武器と言われるとより解らないものがある。
 剣の先にかぎ爪がついていたり、刃がぐにぐにと曲がり鹿の角のように枝分かれしていたり、ノコギリのようなギザギザとした刃のついたものもあったりする。
「しかし、どう使うんだかよく解らないものばっかりだな」
「中には単なる装飾と言うものもありますが、突起によって相手の攻撃を防いだり、騎馬戦において相手の手綱を切ったりと、如何に戦局を有利にするかを考えた結果の形ですわ」
「さすが、中国三千年の歴史だな!」
「貴方にはこれなんて良いと思いますわよ」
 姫が竜斗に二本で一対となっている短刀を渡す。
「かっちょいいなぁ!!」
 刀身が短くて幅広く、柄や鍔の部分に十手のような護手盤が付いている。
「胡蝶刀と言う中国拳法の伝統的な武器で、自分の身体の延長線上で使えるので扱いやすく、攻撃を受け流すのにも適していますわ」
「って、これどうするの?」
「貴方に買って差し上げますわ」
「ありがと…って、マジかよ!?」
「それから、こちらも差し上げますわ」
 姫は店主から紙袋を受け取ると竜斗に渡す。
「開けてみて下さいな」
 竜斗が紙袋を開けるとそれは長袖の夏の制服のようだった。
 しかも、よく見なくてもブレザー型のでデザインであり転校前のものだ。
「なんだ、制服のブレザーじゃないか…。しかも、よりによって前の学校のだし」
「それはわたくしが特注した防刃ケプラー製の制服で、要所にはダイラタント流体を内蔵していますわ」
「ダイラタント?」
「簡単に言うと水とき片栗粉のようなもので、普段はサラサラとした状態なのですが、強い圧力がかかった時にのみ硬くなると言う特性のものですの」
「でも、何故こんなものを…?」
「それはこれからの戦いを勝ち残る為ですわ。
 既にご覧になったと思いますが、より高い次元に到達した戦いには自我領域による防御など無意味です。
 今後の戦いで相手の能力がより強力になるに従って、ブラフマンの暗示を受けていない…、能力を多少なりとも無効化出来る事は大きなアドバンテージとなりますわ。
 ただし、幾ら貴方と言えどあまりに強力な攻撃を何度も無効化する事は出来ませんので、物理的な防御力・攻撃力を上げて対抗する必要があります。
 また、能力を過信するあまりワンパターンになりがちな相手に対し、戦局に応じて武器を使い分ける事も有効だと思いますわ。
 怪我も癒えた事ですし、今後は今までの基本的な動作や気功法に加えて、武器の扱いを取り入れた練習をして行きましょう」
「じゃあ、これから帰って早速練習しよう!!」
「あらあら、今日は日曜日ですわよ。
 本格的な練習や作戦は明日からって事にして、今日のところはわたくしとデートを楽しみましょう」

 そして、竜斗と姫は南京町中華街名物である元祖ぶたまんを食べつつ、中華街を出て元町駅を通り越し地下鉄の県庁前駅近くの中華料理屋にやってきた。
 しかも、かなりこじんまりとした感じで、どこの街にもある中華料理屋と言った風貌だった。
「なんで、わざわざ中華街の外の中華料理屋に来たんだ?」
「南京町中華街は他の中華街とは違って住宅の無い商業地区であり、味が売りの老舗は住宅のある中華街の外にある事が多いんですの」
 店内も外見からの予想通りカウンター席にがメインで、テーブル席が幾つかあるという庶民的な感じであった。
 前もって姫が予約を入れていたらしく、予約席と書かれたテーブルに案内された。
「姫って高級なお店にしか行かないと思っていたよ」
「あら、心外ですわね。わたくしは真の美の探求者ですわよ。洋の東西、価格や品格に関係なく、良いものを愛しているだけですわ」
「もはや無差別級って所が厄介だな」
 予約していた為か殆ど待つ事無く料理が運ばれてくる。
「お、確かに美味い!!」
「このお店は野菜と魚を中心にした料理で有名で、美容と健康を追い求める女性に人気があるんですわ」
 竜斗と姫は次々と運ばれて来るコース料理に舌鼓をうった。
「しかし、本当にこんなにゆっくりしていて良いのかな?」
「残念ながら人間の心と身体には限界があるんですわよ。
 自分自身に限界が無いと思い込んでいるのは若さ故の無知であり、頑張り過ぎてしまうと気がつかない内に追い込まれてしまう事になりますわ。
 焦ったとして出来る事以上の事は出来ないし、逆に出来る事すら出来なくなってしまいますから、休む時にしっかりと休む事が必要なんですの」
「それは現実逃避じゃないの?」
「現実から逃げちゃダメだと言うのは心の貧しい考え方ですわ。
 結論として現実からは逃れ切る事は出来ませんが、例えひと時でも現実を忘れられる楽しい事があるから、人は現実に立ち向う英気を養う事が出来るんですの。
 貴方には気分転換出来るような趣味は無いんですの?」
「考えた事も無かったよ」
「わたくしは道楽家ですから趣味は沢山ありますが、特にドライブは好きですわ。
 思ったままに世界を駆け巡る事で、身体と言う重みから解き放たれ、心が軽くなって飛んでいる気持ちになるんですわよ。
 それにドライブには遠き日の大切な思い出がありますしね」
 姫は切なそうに笑う。
 竜斗はなんだか胸が苦しくなる。
「今日はわたくしと貴方でドライブの思い出を刻みましょう」

 姫の運転するディアブロは魔獣のような咆哮をあげながら高速道路を駆けて行く。
 何処までも。
 何処までも。
 ありとゆらゆる物が歪みながら流れ、後ろに吸い込まれるように消えて行く。
 かなりのスピードが出ていると思われるが、姫の持つ雰囲気のようなものが車全体を包み込んで周囲の道路にまで広がり、まるで母親の胸に抱かているかのように心が安らぐ。
 道路を撫でるような硬い振動も、道路の継ぎ目のボディを叩くような衝撃も、身体の芯を突き抜けるような排気音も全てが心地良い。
 そのハイペースなリズムに身を委ねながら流れ行く景色を眺めていると不思議な高揚感に飲まれて行く。
 気がつくと去年開通したばかりの日本最大のジャンクションである垂水を通り、車は明石海峡大橋を渡って淡路島を通り四国へと渡る。
 東京で産まれ育った竜斗にとって四国とは飛行機で行くものであり、知識として道路が繋がっていると言う事を知っていても、こんなにも簡単に来れるとは思っていなかっただけに新鮮であった。
 そして、ディアブロは徳島、香川を通り、瀬戸大橋を通って再び本州へ。
 瀬戸大橋もまた竜斗にとって未知の体験となった。
 お台場にあるレインボーブリッジや、横浜のベイブリッジなどの関東の橋は、街から街へと飛び交う感覚であるが、瀬戸大橋はそれとは全く雰囲気が異なる。
 美しく煌めく青い海の上、晴天の青空を飛んでいるような爽快感が味わえるのだ。
 そう、自分も自然の一部へと溶け込むような気がした。
 本州へと戻った車は岡山県を通り、兵庫県に入る頃にはすっかりと暗くなっていた。
 そして、神戸の北側から峠道を通って六甲山へと登る。
 車内のオーディオでザ・ビートルズのThe Long And Winding Roadが流れた。
 この頃はスバル・レガシィのTVCMに使われているので耳にする機会が多いが、大切な人との思い出を求めて曲がりくねった道を行くみたいな歌詞だった。
 姫の運転はとてもスムーズでブレーキや旋回、加速と言った動作につなぎ目を感じさせない、まさに車を転がしているような印象で、まるでこの曲のリズムのように穏やかな雰囲気であった。
 姫もまたこの歌のように、大切な誰かとの思い出をこの道に重ねているのだろうか?
 そして、六甲山の展望台に車を止めて、二人は神戸の夜景を眺めた。
 まるで闇の中に宝石箱を散りばめたかのようなとは、使い古された安っぽい言葉かもしれ無いが、それ以上の表現が見つからない程の見事な光景だった。
「ドライブは如何でした?」
「凄く楽しかったよ! 空の上を駆けているようで気持ちよかった!!」
「そうでございましょ。いずれ貴方もご自身で運転するとよろしくてよ。わたくとしても殿方に運転して頂いてドライブに行く事は見果てぬ夢でありますわ」
「えっ、僕!? 無理だよ!! 難しい事は出来ないし、きっと試験だって合格出来ないよ!!」
「あらあら、そんな事は御座いませんわよ。
 諦めなければ誰にだって免許は取れますし、誰にだって車を買って運転する事は出来ますわ。
 ただ、それが出来ないのは車を運転する事を異世界の話だと思い込んで、やる前から無理だと決めつけて自分から動こうとしていないだけですわ。
 確かにディアブロともなれば価格も高く運転も難しいかも知れませんが、世の中にはもっと安くて簡単に運転出来る車も沢山御座いますわ。
 まずは自分の手が届く所から初めて、その時々で見合った車に乗り続けて、ゆっくりと時間をかけて上達して行けば良いんですから。
 貴方は来年免許を取れる年齢になる事ですし、チャレンジして見るのもよろしくてよ」
「…そうだね。もし、来年免許を取ったら、僕が姫をドライブに連れて行くよ!」
 姫はとびきりの嬉しそうな顔をする。
「ええ、そうなったら、どんなに嬉しい事でしょうか…!」
「じゃあ、約束だ…!」
 夜風に吹かれながら、二人は指切りげんまんを交わす。
「今日はありがとう、姫…!! また来ようね…!!」


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