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ラシェルと話をした日から、ルギは少し変わった。
食事には顔を出すようになったし、団員で行っている訓練にも参加するようになった。

日中帯の、武術訓練の合間に、ネオスに一騎打ちを申し込む事が増えた。
ネオスもそれに応じ、当然のように、ルギを完膚なきまでに叩きのめした。
ルギはそれでも、さらに自分を鍛え、ネオスを超えてみせようと、修行に没頭した。

しかし、なかなか団員達との会話はせず、進んで仲間に打ち解けようとはしなかった。
もともと、誰かと進んで話をしようなんて考えたこともない。
いつも仕事以外で話すとすれば、妹-ユイリだけ。
彼女と他愛もない会話さえ出来れば、それだけでルギは満たされていたのだ。

1
最終更新日 : 2013-03-31 00:24:31

黒烏団のアジトに来てから、2週間程度が経過した。
夕方になり、ルギは、ルークの野外での罠感知解除訓練を終え、疲れた脚で自室へ戻った。

ドロドロに汚れきった装備を乱暴に外し、床に投げ捨てると、そのままベットにドサッと身を落とした。
ハァーッ、と、肺の深いところから息を一つ吐き、きつく目を閉じる。

ルギは、以前在籍していた、ルドベキアという街の盗賊ギルドで鍛えられていたため、技能的にはかなり高かったが、野外での実践が乏しいため、応用に対応することが苦手だった。

(陰険すぎんだよ、あいつの罠は…)

ルークは野外での罠を解除できず、無様に罠に引っかかっているルギに、無数の棘の嫌味を浴びせる。
ルギはムッとしたが、言われていることが正論過ぎて、反論することが出来なかった。
自分の実力不足は、その都度痛感するし、ルークごときの罠に引っかかっているようじゃ、ネオスに敵う筈もない。

再び、フゥと息を吐き、両手で顔を覆う。
そして、そのままゴロンと身を転がす。

(……あいつ、どうしてるかな……)

ルギは、2週間ほど前に、部屋でラシェルと話したことを思い出した。
あれ以来、なるべく彼女に近づかないよう、意識的に避けていた。

自分では、もう二度と彼女に触れないつもりだった。
しかし、また何かがきっかけで、妹の幻が見えたら…
きっと、無意識で手を伸ばしてしまうかもしれない。

ルギは、それが怖かった。

決して、妹ではない誰かを、傷つけるつもりなんかない。
しかし、意識すればするほど、何故か視線は彼女を探してしまう。

そして、偶然視線が合うと、そのまま目を逸らし、それ以上近づかないことにした。

…再び、触れてしまうことを恐れて。

ここ数日は、ルークの訓練に没頭し、ラシェルと顔を合わせるのは、食事の時のみ。
しかし、給仕で忙しいラシェルにはなかなか会えないし、食事中は、ラシェルはルークや他の団員の側にいるので、一番遠い席に座っているルギは、そちらを見向くことはなかった。

(…今なら…訓練道具の片付けか…)

なんとなく、団員達の一日のスケジュールを思い出してみた。
しかし、すぐに思い留まる。

(…何がしたいんだ、俺は…)

フゥ、と息をついてベッドから立ち上がった。
ラシェルに会っても、傍に行くのは怖い。
傍にいけたとしても、話すことなどない。

それに、自分でも、なぜこんなに彼女が気になるのか、わからない。
自分を落ち着かせるため、ルギは部屋を出て、夕食まで散歩することにした。


2
最終更新日 : 2013-03-31 00:14:26

晩秋の澄んだ空には、すでに幾つかの星が瞬いていた。

この大陸―セイクリッド大陸は、魔法の神が治めている大陸。
アジト周辺の気候も、魔力で安定しているようで、雪こそあまり降らないが、流石にアジトのある山脈の標高だと、上着がそろそろ必要だった。

(…そういえば、あまり荷物、持ってきてないな…)

少し身震いして、皮上着のポケットに手を入れる。
以前まで稼いでいた金は、ほぼ妹の薬代に消えたため、所持金もほとんどない。
妹が死んだ直後に、殆ど何も持たない旅支度で家を出てきたため、今後寒くなってきたら衣類も乏しい。

(…一度、山を下りるか…)

次の修行の休日にでも、装備を整えよう。
やりたいこともある。
ルギは、夜空を見上げながら湖へ向かった。

アジトから10分ほど歩いたところにある湖につくと、ドサッと腰を降ろした。
一人でいたいときは、いつもここにくる。

秋の満点の星空が、静かな水面に反射して、地底にも夜空が広がっているようだった。
小さな三日月が、二つの小船のように寄り添ってキラキラと輝いている。

その湖を眺めているうちに、ルギは、自分が住んでいた森のことを思い出した。

ルギが住んでいた森は、クランクレア王国というところにあった。
魔力により、ずっと暖かい気候が続いていたため、別名「常春の森」と呼ばれていた。
そして、自宅近くも、小さな池があった。

体が弱い妹は、散歩といえば、せいぜいその池のほとりまでだった。
いつもシロツメクサやクローバーが咲き乱れる岸辺で、心地よい木漏れ日の中。
花冠を編んで、ルギにくれた小さな手-。

『お兄ちゃん、はい、あげる…!』

しかし、ルギが「ありがとう」と言っても、いつも、困ったような、寂しいような、はかない笑みを浮かべていた。

(あいつが心の底から笑ってるところ、結局、見ることはなかった…)

きっと、自分のために無理をして、必死で稼いでくるルギに、遠慮や申し訳ない気持ちがあったんだろうと、ルギは気づいていた。
しかし、ルギは、金を稼いで、薬を買って持ってくる以外に、妹を笑わせる方法がわからなかった。

(あいつも、恋をしていたら、もっと笑えていたのか…?)

ネオスが家にいた夜。
ルギが見たことのない、本当に幸せそうな微笑を浮かべていた。
今まで、一緒に食事をしても、一緒に暮らしていても、ずっと見たことのなかった花のような笑顔。

自分が、ずっと敵だと言ってきた相手だったとしても―。
ユイリにとっては、唯一で最後の、初恋―。

(…もう一度、会いたかった、か…)

ユイリに貰った手紙を思い出し、心の中で繰り返す。

そう思った瞬間、何故かラシェルの笑顔が浮かんだ。
思わず、片手で顔をバッと覆う。

すっかり冷えきっていた頬が、ジワリと熱くなった。

(……なんで思い出すんだ)

最近、妹のことを考えているうちに、ラシェルを思い出すことが増えた。
彼女の笑顔が、忘れられない。
アジトに居ても、つい、目で探してしまう。

(俺は…どうかしてる)


3
最終更新日 : 2013-03-31 00:44:54

ルギは、水面に映る月を見つめた。
最初にラシェルと話をした日、自分はここに残ると決めた日から、ルギは自らを鍛えることを望んでするようになった。

自分は、敗者なのだ。
それを認めたうえで、必ずいつか乗り越えるために。
ネオスに服従するかわりに、自らを精進させることに活用させてもらうことにした。

ルドベキアの盗賊ギルドでも、フリーの盗賊として動いていたルギは、他人を利用することに罪悪感はなかった。
しかし、このアジトの団員達は、顔を見れば挨拶はしてくるし、食事は団体で摂ることが多いし、修行時以外でも、頼んでもないのに、勝手に話しかけてくる。

正直、ルギはどうしたらいいかわからなかった。
だから、なるべく一人でいるようにしていた。

…そんな時に思い出すのは、ラシェルのこと。
余計、自分がわからなくなってくる。
誰とも接触したくないはずなのに―なぜか気になる。
自分の感情がたまにわからなくなり、余計なことを考えたくなくて、ルギはぶんぶんと頭を振った。

冷たい風が、少し火照った頬をひんやりと冷ます。
空を見上げると、高く上がった星が、先ほどより少し高度を下げていた。

ハァ、とため息をつき、胸に入れていた懐中時計を見る。
とっくに、夕食の時間は過ぎていた。

(今日は、飯はもういいか…)

寒さと疲れで痛んだ脚をほぐすため、軽く遠回りに山道をランニングしながら、ルギはアジトへと戻った。


4
最終更新日 : 2013-03-31 00:49:28

アジトに着き、そのまま自室へ戻ろうとすると…
廊下の向こうから、タオルやシーツを運んできたラシェルが見えた。

久しぶりに見るラシェルの顔に、ルギの頬は少し和らいだ。
しかし、ラシェルがこっちに気づいた途端、視線をそらす。
なんだか、見てはいけないような気がするのだ。

そのまま、廊下を無言で通り過ぎようとしたとき…

「…肩、葉っぱついてるよ」

と、ラシェルが小さく言いながら、通りすぎた。
ルギが目をやると、右肩に、森でついたのであろう枯れ葉がついていた。

「…ああ…」

ルギは、つまんで、その葉をクルクルと回す。

(…有難う)

枯れ葉を見つめながら、言えなかった言葉を、心の中で呟いた。


* fin *

5
最終更新日 : 2013-03-31 00:53:20

この本の内容は以上です。


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