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舞緋蓮  太刀の壱  第三回

 

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 我を失くし、立ち尽くす千夏。  

 だがそんな彼女に構わず、現状を―――現実を進行させる幹部の男達は、抜

刀し一歩を踏み出す。  

 それを雪絵の冷たい声が制した。

「およしなさい。無駄に命を散らすことはないわ。私の口にしていることが、 どう

いう意味を持つか、理解できるでしょう? 私はこう言ったのよ。

―――辰ノ神はもう滅んだ、と」  

 ここで初めて雪絵の傍らの男、織田左馬ノ介が一歩進み出て口を開いた。

「辰ノ神の侠方(おとこがた)。事は刀郷のこれからを如何にするかを論じるべき

状況へと移行しています。あなた方、辰ノ神の組の者達には、それを心得、 最善

の道を選択していただきたく思い、我ら二人はここであなた方の参られるのをお

待ちしていた次第です。どうか、刀を納められ、まずは事のあらましを お聞きくだ

さい」  

 穏やかに提言する左馬ノ介に、だが、収まりがつこう訳もない男達だったが

―――怨敵である獅士堂の頭梁、その者が、座したまま揺るぎない様を見せつ

けられて、これは仕様がないと云ったふうに感じたのだろう。刀を納めると、千夏

を伴って、道場内の上手に居る雪絵に向かい合い座した。

 それを受けて雪絵は、話し合いに双方が合意したことを示す所作として、自身の

宝刀を元あった膝前に静かに置いた。  

 ことは辰ノ神一家の根本にまつわるモノとして、そちら側の三人の正面には千夏

が据えられたのだが、その彼女の瞳は虚ろで、焦点が定まっていない。  今の千

夏に対して、これからこの場に上る話の内容は酷になることは判りな がらも、左馬

ノ介は話を進めるべく、まずは今、彼が手にしている辰ノ神の宝 刀、その大太刀

を千夏の座する前に置いた。  

 辰ノ神と獅士堂―――。それは刀郷の発生とともに誕生した侠客達の総元締め。

 その強大な力で以って江戸城を挟んで、東を辰ノ神が、西を獅士堂が治める形で

、この刀郷の歴史と秩序は成り立ってきていた。だがこの二大家は、その基を同じ

くする家であり、刀郷にあって袂を分かった時よりいつしか仇敵関係となり、互いに


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舞緋蓮  太刀の壱  第三回

殺し合い、血を流しながら代を重ねてきていた。  

 その両家が各々の頭にあたる者同士、宝刀を携えて、今こうして正面から向

き合っている。これは歴史的にみて、刀郷における一大事であった。  

 ―――一大事で 「あった」 のだ。  

 それは今、現状進行している事柄でありながら、その事態の本筋は終了して

いる形も意味していた。何せ、辰ノ神の現頭首、辰ノ神水蓮勇刀はもう斬り殺

され、実質、辰ノ神はその存在が消滅するながれなのだから。  

 故に敵対する間柄であったとはいえ、その原因となった獅士堂一家の頭梁で

ある雪絵が、辰ノ神一家の今後に関して話し合いの姿勢をもってくれたことは、

言うなれば “武士の情け” であったろう。  

 情けをかけている形の側にある左馬ノ介が説明を引き継ぎ、今や辰ノ神の代

表的立ち位置の千夏に対し述べたそれは、しかし彼女には情けも何もない、残

酷極まりないモノだった。  

 左馬ノ介の語った内容を要約すると、勇人はかねてより現頭首である父、飛

呂刀に対し不満を抱いていたようで、その不満は様々なモノであったらしく、 左

馬ノ介の口からは明言はされなかったが、それに端を発し、勇人は現政権に対

して刀と流血を以ってクーデターを実行した。それが二日前、千夏と約束があり

ながら、急に頭首とその四聖を神田に呼び出したことの実態であった。

 そして勇人とかねてより親交のあった雪絵は、今や高杉勇人ではなく、辰ノ

神の当代頭首である、辰ノ神水蓮勇刀を名乗る彼より、両家の頭同士として、

尋常なる決刀を申し込まれた、ということであったのだ。

「この時初めて、勇人さんが辰ノ神の次期頭首たる者であったことを、姐さん

は知り得ることになった訳ですが、そこにある事情は彼女達二人のモノとし、

 お察しください。そしてことは昨日早朝、江戸城は紅葉山にて雌雄は決され、

当代辰ノ神頭首は斬死されることと帰結致しました」  

 

―――― 「斬死した」  

 兄・勇人が―――。  

 大切な人であるお兄ちゃんが、死んだ。  

 その言葉と、それが意味する事実が、現実が、今の千夏のガランドウの様な

頭の中にぐるぐるとこだました。

「……お兄ちゃんが……」


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舞緋蓮  太刀の壱  第三回

 ぽつり―――と、千夏の口をついて出たその声に、余りの痛々しさを感じた

一同であったが、それを機にと雪絵は彼女に伝えるべきと思っていたことを告

げた。

 「……千夏ちゃん。勇人は決刀に臨むにあったて、あなたに言葉をのこしてい

たわ。彼は言っていた。あなたは武侠のような生き方を選ばず、あなたのまま

で、幸せに生きていって欲しい、と。 これは勇人の願いよ、千夏ちゃん……。

わかるわね」  

 雪絵のその言葉に反応するように、ふせていた顔を緩慢な動きで上げると、

力のないまなこで雪絵を捉えた。  

 とたん、千夏の胸の内に感情が沸き起こった。

 

   ―――――お兄ちゃんが、死んだ/けれど―――――――

   ――――――抗争? 獅士堂との/あなたは――――――

   ―――目の前にいる、このひと、が/雪絵さんは…――――

   ――――――殺した…/なぜ…? だってあなたは――――

   ―――――お兄ちゃんを殺した/お兄ちゃんの――――――

   ―――――仇敵だったから?/恋人だったのに……――――

   ―――それだけで……/知っていたのに、あなたは――――

   ―――…裏切られた/お兄ちゃんが背中を許した―――――

   ――――なんで裏切ったの……/私以外の……――――――

 

 想いが錯綜する千夏の瞳は、雪絵の視線と交わる。  

 雪絵の静かな色をたたえる瞳。その瞳に千夏は見覚えがあった。  

 それはよく知るモノだったように思えた。  

 そうだ。この瞳は……、侠客達の―――、父の―――。  

 千夏が唯一、大切に想う勇人と隔たりを感じていた処。  

 兄の―――――――?

 (そうだ―――その瞳は、人を殺せる眼―――。侠客特有の、人を殺しても、

平気な人間の眼だよ……それは……。

……なぜ。……どうして―――――ッ)

 「ふざけるなッ‼」


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舞緋蓮  太刀の壱  第三回

 渦巻く激情に抗えないように怒声を発すると、千夏は膝元に置かれた大太刀

に手を伸ばしていた。彼女の挙動に反応する左馬ノ介に構わずその長大な鞘を

力任せに抜き払うと、制止する後ろの二人の声も届かず、千夏は雪絵に対しそ

の大太刀を渾身の力で薙いだ――――。  

 千夏の怒りの一振りに対し、両のまなこをふせ、微動だにしない雪絵。  

 しかし千夏の振るった一太刀は、目の前の静かに座する女性に届くことはな

かった。  

 彼女の後ろの二人はその現実に、辰ノ神が、その頭首が―――確かに敗れた

のだということを悟った。  

 千夏の振るった大太刀は、本来ならこの間合いだ、確実に雪絵の身を傷つけ

ることができただろう。―――だがその刀身が、本来の半分もないところで折れ

て断たれていた。その為に、振り抜いたにもかかわらず刃が雪絵に届かなかっ

たのである。  

 千夏は激情から、普段の彼女からは想像もつかない形相をしていたが、しか

し自らの怒りを振りかけられて尚、静かに瞳をふせ、動じない雪絵を前にして、

とたんに感情が崩れた。

「どうして……。どうして……。あなたはお兄ちゃんの恋人だったんでしょう ……。

私は知っていたのに。お兄ちゃんが、確かにあなたに心を許していたことを…

…。なのに……、なのに、どうしてあなたが、あなたがお兄ちゃんを……ッ」  

 堰を切ったように嗚咽を漏らし涙する千夏。  

 周りの誰もが、今の彼女に声をかけるのがはばかられたが、そんな中、雪絵は

身を起こすと、左馬ノ介に目配せし、辰ノ神の三人の傍らを歩み抜けていく 。左

馬ノ介もそれに続く。そうして、雪絵は一旦立ち止まると、千夏達に背を 向けたま

ま語りかけた。

 「千夏ちゃん。私の友人に、刀郷と西方の両陣営に家を構える清家(さやか)と い

う者がいるわ。彼女の組に便宜を図ってもらい、あなたが西方で暮らせるよ うにし

てもらう。向こうで、ここでの因習を忘れ、一般の民として静かに暮ら すことを勧め

るわ」  

 そう言い残し、道場の出口に向かう雪絵を左馬ノ介が補足する。

 「では、侠方。詳しい取り決めはそちら方の本陣で話し合ったのち、正式に席を設

けて決めることにします。そのように。今日のところはこれで引きあげます」


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