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    PDFファィルを直接、と思ったけれど……残念

 

    河原の白拍子・お妙
   
「姉さん! 噂きいた? うちら皆んな、西山の花見に連れて行くんやて! ほんまやろか、うち、信じられへん」


 あたふたと駆け込んで来たお妙は、踊り衣装を包んだ風呂敷を背中に担いだまま、顔を上気さ、せて姉さんと呼び習わしているお菩うに、巷の噂の真偽を問いかけた。

 おぼうは炊事の準備を始めていた。お妙の帰りに手をとめると、体を泳がせながらお妙を出迎えた。おぼうの右足は外へ大きく歪んでいた。

「あの、バサラ大名のことやろ」

 おぼうもその噂を聞いた。バサラ大名とは、室町時代の初期に栄耀栄華を謳歌した成り上がりの守護侍たちに付けられた綽名である。さらにバサラ(婆佐羅)とは、梵語で金剛(ダイヤモンド)の意味と言われているが、しかし、河原乞食と呼ばれる貧民たちは、別の意味で使っていた。つまり、バサバサバラバラの擬音語である。組み上げられた薪や米俵を打ち壊し投げ捨てるように、貴族社会の世の中をなにもかもバサラバサラにしてしまう男として、面白おかしく呼び習わしていた。

「そやねん。バサラ大名の佐々木道誉やねん。踊りの心得のあるもん、笛吹くもん、茶を立てるもん、一芸一半あるもん、一人残さず京極佐々木道誉が召し抱える、報酬は一年分とらす。そない言うてはるんやて。一年分もえ! 姉さん、たった一日か二日の花見やろ、しかも、都中の芸あるもんをぜ~んぶ連れて行く言うんや。そんな大それたこと、ほんまと思えるわけ、あらへん」

「あほらしいな、そやけど、相手はバサラ大名や、何しでかすか解らへん。それよりお妙、早よう服脱いで、顔、洗いや」

 お妙は一日の貰い銭と、背中に担いだ風呂敷包みをおぼうに渡した。風呂敷の中には、水干と袴(白拍子の衣服)に立烏帽子が入っている。お妙の踊り装束であった。鴨川の河原で生活する二人には、高価な衣装であり、現地で舞うとき以外は、いつも風呂敷に包んでいた。行きと帰りは必ず外出着に着替える。外出着と言えば聞こえはいいが、それは単に、継ぎ当てが当たっていないだけの普通の着物である。住処に戻ればそれも着替える。乞食生活の普段着とは、ぼろを寄せ集めて作ったと思われるほどの継ぎ当てだらけの襤褸着である。それでも、あればよいほうで、稼ぎの無い乞食は、たとえ女でも裸同然で過ごしていた。

 上着の着物を脱ぐと、ほのかな香りがおぼうの鼻に伝わる。春の陽気の下を半日舞いづくめで、たっぷりと汗を吸ったお妙の半襦袢が、娘の香りを漂わせていた。

「ほんまなら嬉しいわ。うちも行けるんやろ? うちだって白拍子や。そや、姉さんも行けるんやろ?」

 お妙は襦袢もおぼうにあずけた。あとは肌襦袢と、膝までしか包んでいない真っ赤な腰巻だけであった。短い腰巻の下に、細い二本の足が、陽気にはねていた。

「お妙は間違いなく行ける。お呼びがかからなくても、一言名乗ればお許しが貰える。あのバサラ大名は金使いが派手やし、ありったけのものをバラ捲くのが趣味という話やさかいに、一年分はともかく、ええ報酬は貰えるやろ」

「姉さんも行こ!」

「あほ言いな。早よう、普段着に着替えや」

 お妙の丸い尻を叩いた。お妙は肌襦袢を脱いで、汗ばんだ胸と脇を拭いた。小さな乳房が可愛く搖れた。脇を手早く拭くと、お妙は何のてらいもなく腰巻も取った。

 もちろん、おぼうも花見に行きたかった。杖を突いて近いところへは行けても、桂川を越え、西山まで行くことなど考えられもしなかった。

(それでも、三日も歩けば行けるやろうな、まるで、西方浄土に出かけるようなもんや)と、思わず微笑をもらした。お妙がその微笑を見て、自分の裸を恥じらった。

「やゝわあ、笑わんといて。うち、からだ洗ってくるし」

 お妙は素裸の上に普段着を腰紐一つで止めると、外へ出て行った。裏の鴨川の水で体を洗うのである。軽い身のこなしは、あたかも蝶が舞うようであった。

「お妙も十七やな。すっかり娘になって……」

 見とれるようにお妙を見送ると、おぼうは人目のないのを確かめて、小銭袋を秘密の瓶に仕舞い込んだ。少しずつ貯めては、また、お妙の衣装や化粧道具を買うのである。次に風呂敷を開いて、汚れの無いのを確かめると、衣紋掛けに、白い水干と袴を広げた。そして、ゆっくりと体を一回りさせた。片足回りであった。一方の足は、着物の裾から外に出ていた。前に向くべき足が、なぜか後ろに有った。おぼうは自分のものとも思えないよそ向きの足を太股まで出して、また一回りまわってみた。二回、三回、と舞いを舞うように回って、再び炊事場へ向かった。

『よほど悪い因縁を持っているのであろう』と、訳知り顔の学者や坊主から指摘されたものである。『お前は前世で人を殺めていたか、あるいは仏弟子を足蹴りするかしたのだ』とまで断罪された。

『それを因果応報という。身から出た錆と言うものだ。お前の醜さこそ、お前の罪業の実態を示している』等々。

 覚えもない前世の罪業など、おぼうには興味はなかった。よほど暇な人間が、考えるに事欠いて空想したことであろう、と気にもとめていない……、と言えば嘘になる。おぼうは、そのような軽蔑と非難の声には意識して気を外らしていた。

 おぼうは、今でこそ学者や坊主などから醜い片端人(かとうど)と言われる身になってはいるが、元は五体完全な娘であり、かっての静御前や祇王や仏御前にも負けない白拍子の誇りを持っていた。

「白拍子言うても、只のはしたない客取り女ではあらへんで。うちらの先達は義経はんや清盛はんと並んで歴史に語り継がれているのや。みんな自分の芸で栄華を手にしたのや。体を売るだけの女とは違う」

 白拍子は当初から遊女の代名詞でもあった。芸だけで生活できないときには、わが身を求められるままに客へ与えた。だが、お妙には、白拍子の先達を語り、誇りを持たせようと努力していた。

「……上手になればな、お公家はんや将軍はんからもお呼びがかかるんえ。うちらの踊りや歌は、天皇はんや上皇はんも感心しはって覚えたぐらいや。後白川上皇なんか、うちらの歌を集めて本にしたぐらいやで。そやから、河原で貧乏してたかて、な~んも恥ずかしいことあらへん。うちらが喜び悲しむ心から、新しい歌や踊りが生まれてくるのやさかいな。仏さんの歌とは違うんやで。うちらの歌こそ、ほんまの人の歌と踊りやで」

 それはおぼう自身の慰めでもあった。自ら踊れなくなったとは言っても、お妙を指導するおぼうには、浅ましいとされる卑賎な境遇を乗り越える誇りで自らを支えようとするのであった。

 ……娘時代、おぼうはお宮やお寺の参拝者を目当てにした雑芸の一座に養われていた。お妙と同じ歳の頃には、お宮の縁日に一座の代表として奉納舞いを収めたこともあった。だが、座頭は極めて卑俗で、銭儲けにしか興味のない男であった。平素は、平舞いよりも実入りの多い荒芸を座員に要求した。中でも、娘のおぼうには過酷な芸を要求した。軽業ともいわれるもので、丈の短い海女衣装を着せられ、トンボ返りや逆立ち、はては綱渡りまでやらされたのである。見物の男たちは争って銭を投げた。しかし、娘ざかりのおぼうには耐え難いことであった。嫌やがるおぼうを鞭打つように稽古と実演が強行され、そしてついに綱から落ちて足を折った。充分に治らないうちに再び稽古が始まり、重骨折となった。……。

 炊事場に戻ったおぼうは、河原で取れた野菜を目の前に置いたまま、十年昔の出来事を反芻していた。
(うちの罪やあらへん。あの頭が悪い。阿呆や。平舞いでも充分に稼げていたのに、金の事しか考えてへん。全部、守銭奴のあの頭が悪かったんや)

 おぼうは二度も骨折して、その上、養生が悪く、骨折の上に皮膚病にかかり、足が腐れかけた。やっと傷が直り、痛みも止まって動けるようになった時には、足はよそに向いて固定していた。荒芸はおろか、平舞いさえ踊れなくなっていた。女の最後の稼業も醜い足では客も付かない。おぼうは一座から捨てられた。稼ぎにならない片端人は無用の長物だった。

 おぼうは杖を突いて、鴨の河原の乞食仲間に加わった。普通であれば、おぼうはそのまま乞食女で終わるはずであったが、お妙という一座の少女がおぼうの後を追って来た。それはお妙がまだ七才のころであった。芸人頭はお妙を探すこともなかった。なにしろお妙は不器用な子で、芸が全く出来なかったからである。いくら芸を仕込んでもお妙は覚えようとはしなかった。使いものにならない子として、逃げるに任せていたのである。

(そやけど、お妙は元々は不器用な子ではなかったんや。辛い思いをしてたさかいに、覚えられんでいたんや)
 幼いお妙は、一座のなかではいつも泣いていた。お妙は頭が悪く、あかんたれや、と罵られていた。一方、要領よく覚えのいい子は褒めそやされ可愛がられていた。親を失い只でも悲しく辛い中を、更に輪を掛けた日々の生活は、どれほど辛かったことであろう。見るにしのびず、おぼう一人がお妙を慰め助けていた。おぼうが追放されたとき、後を追って座を逃げだしたのも当然であった。お妙にとって、おぼうだけが頼みの綱であり、おぼうが片端になろうと乞食生活に身を落とそうと、お妙には問題ではなかった。おぼうの側におれるだけで、満足だったのである。

 おぼうは乞食をしながら、お妙に舞いを仕込んだ。一度は諦めた芸の世界に、お妙を手掛りに復帰したのである。幼いお妙にふさわしい可愛い仕草の舞いを考えた。お妙ははじめは稽古を嫌やがった。無理もなかった。唄と踊りは一座の悪夢を思い出すのである。ようやく覚えたと思っても、人前ではうまく舞えずに苦労させられた。それでも、寺参りの人々は、ただの乞食よりも多めに金子を投げ与える。

 お蔭で乞食としては、ましな生活が出来た。そして十年。お妙も十七の年頃となった。お妙は不器用どころではなかった。おぼうと二人、あるいは同じ河原者たちとの付き合いの日々は、お妙をすっかり明るい娘に変えた。唄にも踊りにも娘らしい精気と色気が漂っていた。境遇の不幸など、考えた事もない、と言った風情である。むしろ、おぼうのほうが沈みがちであった。

(あんな荒芸さえやらされなければ、うちは都一の白拍子になっていたんや。そうすれば、バサラ大名に取り入るぐらいわけないことやし。仏御前の真似をして、高師直でも、足利尊氏にでも取り入ってやったのや。うちは結構美人なんやし、肌でも綺麗なんやし………)

 おぼうはそっと自分の胸を覗いてみた。お妙の乳房は美しいというより可愛い。それに対して、自分の胸は………。
(うちの体でも、踊れる舞いが何かありそうなもんやがな。イザリの真似は端役。端役にならず、仕手をつとめる舞いがないもんやろか)

 美しいと思う自分の胸も、それを喜ぶ者がいなければ、美しさは端役にもなれない。

(いっそ、裸踊りしたろか。片端でも女やし、男を悩ます正体を見せたろか)

 貴族達の前で、取り澄まして神妙に舞う白拍子の中へ自分が割って入り、よそ向きの足を裾から出して、右に左に揺らめきながら、体の支えもおぼつかなく衣を捨てて、全裸で舞い狂う

……つづく…… http://www.honninaru.com/web_order/store/book_info.cfm?b=30004474

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