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「今日から、新人のルギが団員になる。みんなよろしく頼む。…以上」

黒烏盗賊団、アジトのダイニング。
朝食がほぼ終わるという頃に、おもむろに頭領のネオスがそう言うと、食事中だった団員達は、ざわめいた。
当然だ。紹介された、当の本人がいないのだから。

「…頭領、ルギは昨日拾ってきた奴ですよね? いきなり団員て、ちょっと危なすぎじゃありませんか? いくら素性は調査したとはいえ…」

そのルギを発見し、つれて帰ってきたシーマが、不安げな顔をした。
ネオスは、それに答えた。

「……あいつはルドベキアの盗賊ギルドの精鋭だったが、事情があって脱退した。脱退時に、ギルド内で少々手荒い仕打ちを受けて来ている。精神的にしばらくは、不安定かと思う。…だが、皆の力なら、ルギを立ち直らせることが出来ると、信じている」

その言葉を聞き、ダイニングの隅で、窮屈そうに椅子にすわりながら爪楊枝をくわえていた、大柄な無精ひげの戦士が立ち上がった。
巨漢の男―ダインは、両肩を大げさに落とし、やれやれとため息をつく。

「…そんで、俺らは、何をすればいいんですかぃ?」
「あいつは盗賊の腕は一流だ。普通に接して、一緒にいつもどおり修行に励んでくれ」


ダインの問いに、ネオスは静かに答えた。
しかし。

「頭領…私は反対です」

そういったのは、ルークだった。

「…頭領は優しい。しかし、無用心すぎます

「ルーク、どういうことだぁ?」

ダインが言う。

「……ルギは頭領の命を狙ってここまできたんですよ」

ルークが吐き捨てるように行った瞬間、団員たちがどよめいた。
ネオスは、目を細めた。
ダインは、あごひげに手を当て、小首をかしげた。

「あぁ、そういえばさっき中庭で一騎打ちしてたっけなぁ。んぁ、あれは模擬戦だったんじゃねぇのか?」
「…貴方は黙っていてください」

ルークがぴしゃりと、ダインに言った。
しかし、ネオスは動じない。

「…団員に加えることは、もう決定だ。有能な仲間は多いほうがいいだろう。それに…」

そこでルークを睨む。

「…目的をすりかえているような臆病者に、俺が負けるはずがないだろう」

ネオスはそう言い切った。
ルークは、意味がわからず、ネオスを見る。

「…まあ、頭領の強さはみんなわかってるし、何が起こっても、みんなで守ればいいんじゃねぇの? 仲間が増えるのはいいことだ!」

そういって、ダインはガッハッハと笑ったが、ルークは渋い顔で、

「…一緒に居ても、仲間になるとは限らないでしょう…」

眉間にしわを寄せて、呟くのだった。


1
最終更新日 : 2013-03-25 22:29:48

― 一方、ルギは。
朝一でネオスに敗退してから、だからといってすぐに、団員になろうとは思わなかった。

一騎打ちで負けたのだから、殺されるんだろう。
そう思っていた。

しかし、惨めに生き残り、敵の配下になれと…
そう言われたのだ。

…確かに、負けは認める。
自分の今の実力では、かすり傷を負わせることがやっとだ。
だからといって……このまま、死ぬわけにも行かない。
妹との約束を、果たすまでは。

しかし、敵の世話にもなりたくない。
しかし、敵の近くにいれば、何かをつかめるかもしれない。

いろいろな葛藤が心中をよぎり、朝食を他の団員と一緒に摂ろうとも、仲良く修行をしようとも思えなかった。
どうすればいいんだ―
そんな思いだけがグルグルと頭を支配し、とりあえずネオスの様子を、遠くから観察する。

ネオスは、他の団員と共に、修行に励んでいた。
野外訓練では、他のどんな団員にも負けずに武器戦術訓練を行う。
細くてしなやかに見える身体だったが、しっかりと鍛えられているのか、どんなに動いていても、息を切らせることがない。

(そういえば、俺は他の人間と、修行なんかしたことがないな…)

黒烏団の団員達がトレーニングをしているのを、遠巻きに眺めながら、ルギは自分のこれまでを振り返った。

幼い頃に、他にお金を稼ぐ方法を知らずに、とりあえず何かを盗んでお金になればと、ルドベキアの盗賊団に入った。
盗みや簡単な罠の解除方法、戦闘の方法…
いつも一人で、家の鍵を開けてみたり、木に向かって訓練したりと、孤独に行っていた。
少しづつ仕事にも慣れ、盗賊ギルドの訓練場を使用できる許可を貰ってからも、誰かと合同で修行を行うということはなかった。

黒烏団の団員達は、修行中こそみな真剣に行っているものの、休憩のときは、笑顔で会話が弾んでいるようだった。

(…俺も、ゆっくりしている暇はない。もっと強くならなければ…)

ルギは、拳を小さく握ると、一人で山の中へ駆けていった。



************



三日後。

ネオスの部屋を、ラシェルが訪れた。

「頭領…? ラシェです」
「あぁ、開いてる」

ドアの向こうからの声に答え、ラシェルはネオスの部屋に入った。

「失礼します」
「ああ。どうした?」

ネオスは自分のデスクで、書類に目を通しながら、顔を向けずに声だけで問いかけた。

「あの…ルギって人。ここ2~3日、ご飯食べていません」
「……」

ネオスは黙って、書類をめくる手を止めた。
ラシェルは続ける。

「ルギに当てたお部屋なんですけど。朝早くにはいないし、夜も遅くまで帰ってないようだし。どこで何をしているのか…」
「…部屋には、寝るときは帰ってるんだろう?」
「でも…」

心配そうにしているラシェルに、ネオスは振り向いて、小さく微笑む。

「大丈夫だ。ルギが、いつもどこにいるのかは大体把握している。…飯は、せっかくお前が作っているのに…すまないな」
「いえ、私はいいんです。残ったらダインさんが食べてくれるし。だけど、ルギは…」
「まぁ、奴も子供じゃない。腹が減ったら、意地を張らずに喰うだろう。それまで、放っておけ」
「…了解しました」

ラシェルは小さく頭を下げると、ネオスの部屋を出た。
少女の姿が見えなくなった後、ネオスはため息をつく。

「……そろそろ、限界だろうな…」

2
最終更新日 : 2013-03-25 23:00:24

ルギは、アジトに来てから、ずっと食事をとらず、自分で持ってきた干肉と、アジト周りにある香草などを食べていた。
食事は、自分の分も用意されていたようだが、自分はこの盗賊団の頭領を狙ってきた身。
それなのに、他の団員と、仲良く馴れ合って食べる気にはならなかった。
その事情をわかっていて、ネオスは「団員になれ」と言ったのだが、だからといってすぐには打ち解けられなかった。

毎日、朝から晩まで、山の中でトレーニング。
数十キロのランニングや、剣の修行。
アジト回りに張り巡らされている、罠の発見や解除。
そして、自作罠の創作。

夜中まで、へとへとになるまで修行して、数時間だけ寝る。
それの繰り返しだった。

そうでもしないと―
また、あの夢を見てしまいそうだったのだ。

そして、3日目の夜-

さすがに疲労と空腹のため、今夜もトレーニングに行く体力がなかった。
ベッドの上で仰向けのまま、天井を見上げ、ため息をつく。

(…もしあの時、薬が間に合っていたら…)

思い出すのは、あの日のこと。
ルドベキア盗賊ギルドから、薬を盗んできたとき。

(…俺は、ネオスの言葉を信じて、薬を使わなかった…。確かにそれは、正しかったのかもしれない。だけど…)

あの時、薬があれば、その薬が麻薬で偽物だったとしても、少しは命が永らえたのか…?
思い出すのは、最後の一言。

『…待てなくて、ゴメンね…』

苦しそうな、悲しそうな顔で死んだ妹。

(せめて、笑わせてやりたかった…)

たとえ本物の薬が間に合わなくても、持って帰った薬が偽物だったとしても、自分を信じて待っていた妹を、最後に喜ばせてやることができたのではないか…?
いつまでも残るのは、後悔と悲しみの念。
ルギは、右手で顔を拭った。

(俺は…ネオスを倒したら、気が済むんだろうか…)

窓からベットに差し込む、青い斜光がルギの頬を照らす。

薬さえあれば、妹の喜ぶ顔が見れると思っていた。
毎日、薬を買うために働いていれば、いつかは幸せにしてやれる。

ただただ、そう思っていた―。



***************************




いつの間にか、ルギは眠ってしまっていたようだった。
喉の渇きを覚え、水を飲もうと、フラつく足どりで廊下に出る。

すると、目の前に、死んだはずの妹が、後ろ向きに立っていた。
そして、ゆっくりとこちらを振りかえり、『…お兄ちゃん…』と呟く。

ルギは思わず、力いっぱい抱きしめた


「…辛い思いをさせて…すまなかった……!」
「~~※○☆×■△◆◎っきゃーー!」

突然、腕の中の妹が暴れだし、華奢な腕でルギの左腕を引っかいた。
ルギの腕の力が緩んだ隙に、今度は右頬に、強烈な平手打ちを食らった。

っぱぁぁぁぁぁぁん!

小気味良い音が、アジト中に響き渡る。
痛みで呆気にとられていると、抱きしめたのは妹ではなく、ちょうど通りかかったラシェルだったことに気がついた。
ラシェルは、顔を真っ赤にして、肩で息をしていた。

「な、な、な、な、…!」

その声にルギは、ハッと我に返った。

「……あんたは…ラシェル、か…」

自分の名を呼ばれ、ラシェルはビクッと後ずさる。
ルギは、眉間に手を当て、目を閉じた。

(幻覚まで見るなんて、もう壊れそうだな…)

そのままラシェルに呟く。

「……すまなかった…忘れてくれ…」

そして、フラフラとまた歩きだした。
ラシェルがハアハア言いながら混乱していると、

「おーい、どうした?」

と、ダインや、他の団員がゾロゾロと、広間からやってきた。
しかし、屈辱を受けたラシェルは、

「な、なんでもないですっ!」

と言いのこし、足早に、その場を後にした。


3
最終更新日 : 2013-03-25 23:20:39

その後、ダイニングへ向かったはずのルギだったが、途中で意識がなくなった。

…気がつくと、自分の部屋のベッドにいた。
外がうっすらと明るい。

自分は、夜中に部屋を出たはずじゃ…?
少しぼんやりしてから、記憶を呼び戻す。

(…たしか、夕べ、腹が減ったから水を飲みに行こうとして…)

廊下で、妹をみた。
振り返った彼女は、悲しそうだった。

(………っ)

そんな顔、見たくない。
思わず、両手で顔面を覆う。
しかし、妹の顔は、瞼の裏側に見えた。

(いつまでも…消えないのか…)

と、ふいに手に痛みが走った。
手の甲についた傷。

夕べ、妹と間違って抱きしめてしまった女-ラシェルに、引っかかれた跡だった。

(―悪いこと、したな…)

突然現れた、見ず知らずの男に抱き着かれるなんて、相当嫌な思いをさせたはず。
後で、謝ろうと思った。

―気付くと、妹の影は、消えていた…

そんな折、コンコンと、ノックの音がした。

「…開いてる」

ルギが言うと、ラシェルが、居心地悪そうな顔をしながら、食事の皿を持ってきた。

「…頭領に、貴方にご飯を持って言って、話し相手になれって言われて来たの」
「ネオスに?」

ルギが意味がわからず問いかけると、ラシェルは唇を尖らせた。

「……貴方が、ご飯を食べなくて、廊下で倒れちゃってたから、心配してるのよ」
「あ、あぁ…」

あまりにも、唐突に来たから、ルギは焦った。
ラシェルはベッド脇のテーブルの上に食事を置くと、椅子をテーブルから少し離し、ルギと距離をとるように、用心深く座った。
おそらく、彼女は、ネオスに命令されなければ、あんなことをされた昨日の今日で、ルギの部屋になんかに来なかったのだろう。
ルギは、ベッドから降りると、ラシェルの逆側に座って、食事に手をつけた。

「…あんた、わざわざありがとうな」
「…命令されたから」

キッパリと言い放つ。
先日、自分を助けてくれた時とは違って、笑顔はない。

(怒ってるんだろうな…)

ルギはパンをかじりながら思った。

 その時、不意に、テーブルの上のフォークに手をぶつけてしまった。
カラーンと転がり落ちたフォークを拾いに、ルギは立ち上がる。
その時、ビクッと動いたラシェルが、椅子ごと、ズサーっと後ろに移動した。

「……」
「……」

一瞬の沈黙。

「…あんた、俺が怖いのか?」

フォークを拾い上げて、ルギは言う。
ラシェルは少し怒った様に言った。

「なんでそんな事聞くの?」
「なんでって…そんな態度とられればな…」

ルギは椅子に座り直し、ため息をつきながら、ラシェルに言った。


「夕べは…すまなかった。あんたを傷つけるつもりはなかった。…怖がらせる気もなかったんだ」
「じゃあなんで、あんなことしたの?」

ルギは言葉に詰まった。
でも、やってしまった相手に、言わないわけにはいかない。
少し視線を落として、呟いた。

「…あんたの後ろ姿が、1週間前に死んだ妹に見えたからだ」
「…妹?」
「ああ」
「………そう」

そういうと、ラシェルはズリズリと椅子を戻しながら言った。

「…もう二度と、しないっていうなら、いいよ」
「…しない。あんたは、最初に俺を助けてくれた恩人だからな…」
「助けたのは頭領だし、私は命令されただけだよ」
「それとこれとは別だ」

正直、ここに来て最初に見た、ラシェルの笑顔が印象に残っていた。
ルギは、だれかのあんな笑顔をみたのは初めてだった。
…妹の、心からの笑顔すら、見たことがなかったかもしれない…。

少し食事を進めている間、二人は無言だった。
不意に、ルギが口を開いた。

「…そういえば、あんた、ルークに気があるのか?」


頬を赤くして、ラシェルはガタン!と椅子から立ち上がる。

「な、な、な、なんで……っ!」
「…図星か」

ラシェルは答えなかったが、顔を隠すように俯いたまま、椅子に座りなおした。

ルギは、毎日、団員の訓練終了後は、ネオスの動きを伺っていた。
そこには、必ずといっていいほど、ルークがいた。
ルークはネオスの側近であり、参謀。
常に傍に仕え、打ち合わせなどをしていた。

そして、そのルークの周りに常に見えているのが、ラシェルだった。
楽しそうに、笑顔でルークの周りを取り巻く彼女。
確かに、ラシェルは団員みなに笑顔で接しているが、ルークと話をするときだけは、また格別な、花のような笑顔を見せていた。
笑顔の彼女と、さっき目の前にいた彼女とは、別人のようだった。

「…あんたは、笑ってるほうが可愛いな」
「え?」

怪訝そうな目で睨まれた。
しかし、恋をすると、こんなに楽しそうなのか…。
冷めたスープ皿を見つめながら、ルギは呟いた。

「恋は…辛いだけじゃなかったか…?」


ルギの言葉に、ラシェルは首をかしげた。

「…どうしてそんなこと言うの?」

思わず、考えてることが口に出ていたらしく、しまったと言うふうに、ルギは口を押さえた。
ラシェルは、きょとんと、不思議そうな顔をしている。

「…別に。したことがないから、わからないだけだ」
「そうなんだ」
「でも、…あんたを見てると、幸せそうだな、とは思うよ」
「幸せだよっ。傍にいるだけで、嬉しくなるもの」

そう言って、ラシェルは、本当に幸せそうに笑った。
ルギは、その顔を見て、心が和んだ。

最初は、妹と髪型や髪の色が似ていて気になった。
だけど、顔立ちも、もちろん性格も全然違う。
そんな彼女の、明るい笑顔を見ると、悲しみに沈んでいた心が癒された。


4
最終更新日 : 2013-03-26 00:03:10

「あ! ルギ、初めて笑った」

自分では気づかなかったが、ラシェルの笑顔を見て、自分の頬も緩んだらしい。
ラシェルは、そんなルギをみて、元気が出たのかと、少し安心した。

「…俺は、あんたに笑っていて貰ったほうがいい」
「え?」

何気なく呟いた一言に、ラシェルは戸惑う。

「ごちそうさま」

そういって、ルギは、ラシェルのほうに盆をソッと押した。

「あ、こんな時間! もう行かなきゃ」
「ああ、…来てくれてありがとう」
「…だから、命令で来たんだよ?」
「それでもだよ」

命令がなければこなかったよ、と言いたげなラシェルに、ルギは言葉を返した。
ラシェルは素早くお盆を持って、ドアのところでちらりとルギを振り返り、部屋を後にした。

…少しだけど、闇が軽くなった気がする…

ルギは、朝日が差し込み始めた窓の外を見た。

妹のためにと、今まで生きてきた…
今まで自分がやってきたこと、本当にそれがすべて正しかったかどうかは、わからない。

しかし、今は、自分のやれることをやろう。
もう、ここまで来たのだから。
たとえ敵の世話になっても、ネオスに勝つことは、自分と妹の変わらない目標であり、約束。
自分が納得する結果が出るまで、何でもやる。やりつくす。

そう決意し、ルギはアジトの広間へと足を向けた―


=fin=


5
最終更新日 : 2013-03-25 23:58:59

この本の内容は以上です。


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