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セイクリッド大陸の西の国、クランクレア。
その北側には、ルドベキアという盗賊の街があった。

ルドベキアの遥か東、「竜の背」と呼ばれる山脈の麓に、深い森がある。
その森のさらに奥深くに、二人の兄妹が住んでいた。

妹は、生まれつき身体が弱かったため、森から出たことがなく、家の周りの風景と環境だけが、自分の世界の全てだった。
両親は早くに事故で他界し、唯一同居していた、医者の祖父も、兄が6歳の時に、亡くなった。

兄は、そんな妹のために、幼い頃から盗賊ギルドに加入し、寝る時間以外は、薬を買うために、必死に働いていた。

兄の名はルギ。
妹の名は、ユイリと言った。

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最終更新日 : 2013-03-20 01:20:37

ルギは、ルドベキア盗賊ギルドの仕事を、フリーで受けていた。
しかし、最近になって、ルドベキア盗賊ギルドの仕事に、やたらと、セイクレア盗賊ギルドの邪魔が入るようになった。
そのため、ルギは盗みの仕事よりも、ギルドの用心棒的な仕事のほうが多くなった。

ある日も、ギルドの護衛を済ませ、帰宅した。

「ただいま」

ランプの明かりが小さく灯る家に入ると、ソファーにドサッと腰を下ろす。
ハァーっと、深いため息をつきながら、目を閉じ、天井を仰いだ。

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

部屋の奥の寝室から、ケープを羽織ったユイリが出てきた。

「寝てろ、飯はいらないから」

と、ルギがいうと、ユイリはゆっくりと、ルギの隣に座った。

「今日は体調がいいから、大丈夫だよ。お仕事お疲れ様。」

そう言って、淡く微笑んだ。
ルギは、そんな妹の長い髪をそっと撫でると、額に軽く口づけをした。

「ああ…」

手を離すルギに、ユイリが問い掛ける。

「また、負けちゃったの?」
「負けてない…とは言えないな。護衛の俺らが戦闘中に、本隊が引いてた」

苦い顔をして呟くルギに、ユイリはクスッと笑う。

「ネオスさんていう人? 最近、いつもお兄ちゃんの、お仕事の話に出てくるよね。よっぽど強いんだろうなぁ」

ユイリは、楽しそうに言った。
ルギは、渋い顔で言う。

「笑い事じゃないんだ。あいつが一人いるだけで、俺らの仕事は、上手くいかないことが多くなってきた。上層部はみな、ピリピリしてる」
「でも、それだけ強い人ってことでしょう?」

ユイリの正論に、ルギはため息をついた。

「…そうだな。戦闘力も技術力も同じくらいレベルの高い奴が、俺達のギルドにいないのが、問題なんだろうな…」
「じゃあ、もうすぐ大丈夫になるね」

ニッコリ笑って言うユイリに、ルギは首を傾げる。
続けて、ユイリは言った。

「もうすぐお兄ちゃんが、ネオスさんを追い越しちゃうもの」

突拍子もないユイリの言葉に、ルギは目を丸くした。
そんなルギに、ユイリは、少し淋しげに微笑みながら言った。

「私、知ってるよ。お兄ちゃんは、夜中にコッソリ家をでて、鍛練してるんでしょ」

なんのために、なんて、最初からわかっていた。
身体や技術を鍛え、誰よりもいち早く昇格し、ユイリの病気にいい薬を買うためだと。
だけど、ユイリにはそれを言うことも、止めることも出来なかった。
自分が健康でありさえすれば、兄に、こんなに必死な思いをさせることもないのに…
そんな思いがよぎり、兄が薬を持ち帰るのを待つ日々だけが、ずっと続いていた。

「…だからきっと、もうすぐ、お兄ちゃんはネオスさんより強くなって、ネオスさんに勝って、ルドベキアギルド1強い盗賊になるんだよっ」

そんなユイリの言葉に、ルギはクスッと笑い、

「…そうなると、いいな」

とだけ、呟いた。
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最終更新日 : 2013-03-20 01:19:52

―――それから、数日後。

ルギが仕事に行っている間、ユイリは、家の近くにある湖に、散歩に来ていた。

ほとりに様々な草花が咲く、緑豊かな岸辺には、自然と動物たちも集まり、生まれてから他人と会ったことのないユイリの、家族以外の友人となっていた。

「おはよう、リスさん、うさぎさん、それから、みんな」

ユイリが、クローバーの絨毯の上に座り、バスケットの中からパンの耳やクッキーを取り出すと、沢山の動物たちが、ユイリを取り囲んだ。
いつものように、手の上にとまってパンをつついている小鳥を、ユイリが微笑みながら見ていると…

急に、周りの空気が一変した。

小鳥は飛び立ち、小動物は逃げ去り、遠くでは、何かの威嚇の声が響いた。

「みんな…どうしたの…?」

辺りは穏やかな空気は消え、不気味な程、静まり返っていた。
その時、ユイリの背後から、急に大きな手で、口を塞がれた。

「!」

「……声を出すな」

耳元で囁くその声は、兄の声ではなかった。

生まれて初めて、家族以外の人間に会い、そして強い腕で抑えつけられ、口を塞がれていることに、ユイリは恐怖と興奮で、動悸が早まった。

しかし、それ以上に、ユイリを恐怖に陥れたものがあった。

木々の向こうから聞こえる、ザザザザ…という、葉っぱを擦りながら、何かが近づいてくる音。
そして、表れたのは…

体長が、十数メートルもあるかという、巨大な蛇だった。
大きな口からは、長すぎる舌が覗き、鋭い牙は、不気味に鈍い色に輝いていた。

巨木ほどもある胴体が、ズルズルと草花を踏み潰し、段々とユイリ達の方へ近づいてくる。
ユイリの口を塞いでいた手は緩み、そのままユイリを庇うように、前に立ちはだかった。
黒髪の長髪をなびかせ、黒い皮のスーツに身を包んだ青年…

ユイリが見上げようとするのと同時に、大蛇がこちらに気づき、威嚇の咆哮をあげた。

「きゃああ!」

思わず身を竦めてしまったユイリの前から、青年…ネオスが跳躍し、蛇に向かって剣で切り付ける。
視界のかたすみで、青年が蛇と戦っているのを見届けた後、ユイリは、気を失った…
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最終更新日 : 2013-03-20 01:20:27

――― その夜。
ルギが仕事から帰ってくると、普段なら既に寝ているはずのユイリの寝室に、明かりが灯っていた。

「……ただいま」

部屋に近づくと、誰かとの話し声が聞こえる。
家族が死んでから、誰一人としてこの家に訪れたものは居ない。
不審に思い、ドアを開けた。

「お兄ちゃん、お帰りなさい!」

パァッと顔を輝かせ、ベットの上から、ルギのほうを向くユイリ。
そして、ベットの脇の椅子に座っていた男は―

ゆっくり振り向いた、黒髪の男こそ、仕事上何度も衝突をしている、セイクレア盗賊ギルドの、ネオスだった。
すぐにルギは剣を抜き、ネオスの首筋に向ける。

「なぜここにいる」

低い声が喉から漏れた。妹がいなければ、すぐにでも首を落とすところだったが―

「やめて! お兄ちゃん!」

ベットから飛び降り、ネオスに向けられた剣を、勢いよく素手で払いのけたのは、ユイリだった。

「馬鹿っ! なにやってるんだ!」

ルギは慌てて、ユイリの手をつかむ。
指先が少し切れ、血がにじんでいたが、たいした怪我ではなかった。

しかし―

「お兄ちゃん、ネオスさんは、私の命の恩人だよ! 大蛇から、私を守ってくれて、ここまで運んでくれたんだよ!」
「大蛇…?」

ルギはすぐに悟った。

今日の仕事は、ルドベキア盗賊ギルドが、改造モンスターの密輸中に誤ってモンスターを逃がしてしまったため、その追跡及び捕獲だった。
しかし、何処をどう探しても、結局そのモンスターは見つからなかったのだ。

「お前が…消したのか…」

ルギはネオスを睨んだ。
ネオスは無言だった。

別にルギは、ネオスに個人的に恨みがあるわけでも、憎しみがあるわけでもない。
ただ、仕事上、たまたまネオスと対立することが多いだけだった。
だから、ネオスが仕事の邪魔をしようとも、相手もそれが仕事なのだから、と割り切っている。

しかし、突然家にいるとなると、話は別だった。
剣をしまい、一つ息を吐くと、ルギはもう一度ネオスに言った。

「……なぜここにいる」

今度は、本当に、言葉通りの意味を尋ねたのだ。
ネオスは、ユイリのほうを向くと、ベットに戻るように促しながら言った。

「……仕事の標的を追っていたら、彼女に遭遇し、標的に襲われそうになった。だから助けただけだ」

そういったネオスに続けるように、ベットに腰掛けたユイリが口を開いた。

「私、湖のほとりで散歩をしていたら、大蛇に襲われそうになって…、…気がついたら、ネオスさんが、ここまで運んできてくれてたんだよっ」

ネオスは何も悪くない、と庇うように、早口でユイリは言った。

「……そうか……」

ルギはため息をついた。
そしてネオスのほうを向く。

「妹を助けてくれたこと、礼を言う。……しかし、こんなところまであんたに侵食されたくない。さっさと帰ってくれ」
「いやっ!!!」

ルギの言葉に、大きな声を上げたのはユイリだった。
ルギは、思わず目を丸くする。

そんなルギにかまわず、ユイリは続けた。

「ネオスさんは、外の世界でのいろんな話をしてくれたし、私が作った夕食だって、『美味しい』って言って、一緒に食べてくれたんだよ! 大切なお客様に、そんな言い方しないで!」
「ユイリ…」

必死で叫ぶユイリに、ルギは戸惑った。
正直、仕事以外で、ネオスの顔など見たくなかったし、ましてや自宅にいるなんて考えもしなかった。
しかし、ユイリにとっては、人生で初めての、家族以外の人間で、しかも命の恩人だった。
そのお客の価値は、ルギの感情とは比べ物にならない。

泣きそうな顔で、ユイリは続けた。

「お兄ちゃん…、私、初めて聞く世界のお話、とっても楽しかったよ。もう少し、もうちょっとでいいから、ネオスさんとお話したいの…」
「………」

ルギは黙っていた。
ユイリも、ネオスが、ルギの仕事上のライバルだということはわかっている。
だが、自分の命を助けてくれたし、ルギの話を聞いてるだけでは、悪い人物とは思えなかったのだ。

ユイリの必死の言葉に、どうしようもなくなり、ルギはユイリに背を向けた。

「……夜は冷える。早めに寝ろ。お客にも迷惑かけるなよ」
「う、うんっ!」

背中から、嬉しそうな声が聞こえ、ルギは扉を閉めた。



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最終更新日 : 2013-03-20 01:22:14

―――半刻後。

家の外で鍛錬をしていたルギは、黒い影が家から出たのに気付いた。
その影は、月明かりを受けて、鮮やかな黒髪を浮かび上がらせた。

「……今程、眠りについた」
「ああ……」

ネオスはルギに言うと、ルギは剣の素振りをやめ、タオルで汗をぬぐった。
そして、ネオスに言う。

「…まさか、あんたがこんなところまで来ているとは思わなかった」
「お前らの獲物が、予想外のスピードで移動したからな」

獲物とは、大蛇のことだった。
おそらく、大の男が全力で走っても、蛇には追いつけないだろう。

「……で、処理後のそれはどこなんだ?」

ルギが振り返らないまま問うと、ネオスは静かに答えた。

「湖に沈めた」
「そうか……」

死んでしまったのなら、捕獲する必要も無い。
依頼は、それで終了なのだ。
悪いのは、逃がしてしまったルドベキアギルドの盗賊団。
殺してしまったネオスを、責める気もなかった。

―――しかし。

それはあくまでも、仕事上の立場のこと。
ルギは、個人的な感情で、セイクレア盗賊ギルドの精鋭と戦い、勝ちたかった。

―――妹と、約束をしていたから。

『―いつか、自分が彼を越える―』

そう、誓っていたのだ。
そしてルギは、ネオスに向かって、双剣を抜いた。

「―あんたに恨みは無い。しかし、戦う理由はある」

そう言ったルギに答えるように、ネオスも腰の黒刀を抜いた。

「…いいだろう…」

そうして、二人は向き合った。

ルギが先に跳躍した。

ネオスの頭上から、双剣を凄まじい速さで打ち付ける。
しかし、ネオスは刀でそれをすべてはじく。

キンキンキンッ!と、激しい音と火花を散らして、ネオスが少しずつ後ろに下がった。
そこを狙って、ルギがネオスの頭上から、思い切り双剣を叩き付けた。

「ハァッ!!!」

しかしネオスは瞬時に後ろに飛びのき、双剣をかわす。
ネオスの立っていたところは、土がえぐれて飛び散った。

瞬間、ルギが再びネオスに飛んだ。
しかし今度は、ネオスの刀が、ルギの肩を狙う。
ルギは身体をひねって、右方向に回転して避けた。


―そのまましばらく、激しい攻防が続いたが、先に息を切らしたのは、ルギだった。
双剣は刀よりも重量があるため、激しくスタミナを消費するのだ。

肩で息をし始めたルギに、ネオスは容赦なく斬りつける。
ルギは、それを剣で防ぐので精一杯だった。

体力を消耗して、攻撃を避けきれなくなったルギの一瞬の隙を突いて、ネオスの刀が鋭い軌跡を描く。
その瞬間、ルギの片袖を、ネオスの刀が貫いた。

「!!!」

刀は、ルギの服だけを破り、木に縛り付けた。

「……お前は、まだ俺に勝てない。出直して来い」

ネオスはそう言うと、刀を抜き、鞘に収めた。

「………」

ルギは、肩で息を切らしながら、黙ってネオスを睨んだ。
悔しいが、確かに今のままでは、ネオスに勝つことは出来ない。そう思ったからだ。

ネオスは、そのままルギに背を向け去ろうとしたが、一瞬足を止め―

「……妹の病気には、ルドベキアギルドの盗品の薬品は使うな。……あれは、麻薬だ」

そういい残すと、木の上に跳躍し、すぐに姿が見えなくなった。

「……なんだって……?」

ルギは、ネオスの言った言葉に衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。

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最終更新日 : 2013-03-20 01:22:56


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