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窓の外は、春の雨が降り続いていた。
ザアザア、と、音を立てて窓に当たる雨を見ながら、手にしたワインを口にした。
フゥ、と一息つき、窓枠にもたれる。

ネオスは、流れ行く雨粒を眺めながら、昔のことを思い出した。

(俺がここに来た日も、雨だったな…)

目を閉じて、自分を拾ってくれた、先代を思い出す。

彼女はどうしているだろうか…。

1
最終更新日 : 2013-03-20 01:08:57

 10年前…愛する養母が死んだ時、生きることも、家にいることも、全てがどうでもよくなり、自分以外の者からも、無償に幸せを奪いたかった。
 だから、大陸でも悪名の高い、ルドベキア街の銀狼団という盗賊団に入った。

 最初は、スリや万引きの仕事からだったが、次第に中隊に入れるようになり、略奪、強盗、殺戮… 何でもやるようになった。
自分以外の人間の不幸が、楽しくて、そして…つまらなかった。

ある日、大雨の降る夜に、とある村を襲撃していた際、たまたま近くにいた王国衛兵軍に追い詰められた。
中隊はバラバラに逃げ、ネオスは、一人山の中に逃げた。

真っ暗な山の中を、無我夢中で逃げ回った。
衛兵達は巻くことが出来たが、自分が、団に帰れるとも思わなかった。

任務失敗は、死…

銀狼団は、荒くれ者の連中の巣窟。
本隊…頭領や幹部のいるクラスじゃないと、例え敵に捕まっても、援軍はこない。
団員達はみな、使い捨ての、駒なのだ。

(もう…戻る場所もない…な…)

泥の中に倒れこみ、雨に濡れながら、次第に意識が遠のいて行った…。
2
最終更新日 : 2013-03-20 01:09:25

 ……気がつくと、木造の部屋に転がっていた。
 部屋の中は、ランタンの明かりが揺れている。

 少し頭が冴えるのを待ち、状況を確認する。
 何故か、上半身は、裸だった。
 下半身を見ると、雨や泥で濡れたズボンは、着替えさせられていた。
 しかし、後ろ手に、縄で縛られている。
 普段なら縄抜けも出来るが、ご丁寧に、指も数本縛られていた。
 ブーツに隠しナイフがあったのだが、見事に裸足にされている。

 (…誰かに捕まったのか… 衛兵か…?)

 しかし、衛兵は考えにくい。
 あの真っ暗な山の中を、盗賊団の下っ端1匹捕まえるために、下山出来なくなる危険をおかしてまで、おってくるとは考えにくい。
 それに、盗賊の髪や体の汚れを落として、着替えさせるわけがない。

 となると… 違う誰かに捕まったのか。

 良く見ると、部屋は家具がなく、ランタンがぶら下がっているだけ。
 出入り口のドアは、体当たりでも、余裕で出れそうなドアだった。

 (捕まえておく気、あるのか?)

 訝しがっていると、そのドアが、ギィッと開いた。


「起きたぁ?」

 ネオスの状態とは裏腹に、元気な甲高い声が響いた。
 扉を開けて、現れたのは…

 小さな、幼い少女だった。

 (なんだ…?)

 訝しげに、ネオスは少女をみた。

 布で織られた羽帽子を被り、簡素なベストに動きやすそうな上下の服に、皮の滑らかなブーツ。
 頬にはうっすらとそばかすを蓄え、ふわふわな茶色の髪を腰の上までのばしていた。
 小柄だが、服の内側には、あらゆる盗賊道具が仕込んであるようだった。
 栗色の大きな瞳は、まっすぐにネオスを見つめ、ニコニコしている。

 (グラスランナー……か)

 まだ少しぼんやりしている中、ネオスは頭のなかを、整理した。
 グラスランナーとは、人間の背の、半分しかない小人族。大抵、人間の幼少時代の姿で成長が止まり、身長は100cm~120cmほど。
 耳が尖っているのが特徴で、素早さと器用さに秀でている。
 そのため、盗賊や狩人、吟遊詩人が多いと聞いていたが…

 「近くで倒れていたから、助けてあげたよ、盗賊クン」
 「…それはどうも」
 「やだ~、警戒しなくていいよ♪ 寝ている間に、イロイロ調べさせて貰ったから。」

 少女はそういうと、部屋の中に入り、ネオスの近くに座った。

 「さっき、麓の村が銀狼団に襲われたってね。団員、バラバラに逃げたらしいけど、まさかここまでくるとは。」

 そう言って、手に持っていたリング状の針金を、指でクルクル回し始める。
 それは、ネオスが身につけていた、キーピックだった。

 「貴方の服から、盗賊キットがゴロゴロ出て来たわ。銀狼団っていう証明はなかったけど、このタイミングで現れたってことは、ほぼ間違いないんでしょうね」

 そう言って、ネオスを見つめて、悲しそうに微笑み、続けた。

 「…本当は、銀狼団に貴方の人質交渉をしようと思ったのよ。…だけど貴方、どうみても下っ端だもんねぇ…」
 「………」

 そんなことはわかっていてた。
 人質の価値すらない。
 それが今の、自分の有様だった。


「というわけで、君、うちで働きなさい」
「は?」


 思わず、マヌケな声が出た。
 顔も相当、間が抜けていただろう。

 「うちも、東の盗賊団やってるんだけど、まだまだ、人手が足りないんだよねぇ…。どうせ貴方、銀狼団には戻れないっしょ? だったら、雇ってあげるから、うちにおいでよ♪」
 
 「…断ったら?」

 ネオスの言葉に、少女は、ん~と天井を見上げて、口に人差し指を当てる。

 「その台詞は、あんまり考えてなかったや。…衛兵に突き出すのはかわいそうだから、そのまま、下の川に投げ込むかなあ。」

 今は雨で、川は増量している。
 手が縛られていれば、実質、溺れろと言ってるようなものだ。

 「ここで俺が「はい」と言っても、後で逃げるかもしれないだろ?」
 「多分、それはないと思うよ~」
 「何故?」

 言い切る少女に半ば苛立ち、ネオスは聞き返す。
 すると、少女は一枚の紙切れを取り出した。

 『行方不明:捜索願 アレーティア家』

 「これ… 貴方でしょ?」
 「…だから?」

 それは、たしかにネオスの捜索願いだった。
 貴族アレーティア家の、本家の嫡出子が家出したとあれば、捜索依頼も出るだろう。
 しかし、ネオスが銀狼団に入った時、その噂を聞いた本家は、捜索願いを取下げたという情報を、ネオスは手に入れていた。

 「俺を餌に、アレーティア家をゆすろうとしているのか…?」
 「違う違う」

 少女はブンブンと、頭を振った。

 「私は東の盗賊団だよ? もう捜索願いを取下げてることくらい知ってる。さらに、貴方の知らない情報もね」
 「……?」

 少女は立ち上がり、クルッと後ろを向いて言った。

 「貴方のお母さん。病死じゃないわよ」
 「……………ッ!」

 思わず立ち上がりそうになり、手を縛られていたためにバランスを崩し、床に倒れこんだ。

 「なんだとっ!」
 「最近、貴族の暗殺や盗みの依頼が多いのよね~。まあ、うち暗殺は専門じゃないから、あんまりやらないけど。でも、情報は東の大陸で一番だと思ってるんだぁ」

 そう言って、ネオスに向き直る。



 「入団、しますか?」
 「…ああ」

 ネオスはそう言って、頷いた。
 どうせ、行くあてもない。
 死んだって、構わない。

 だけど、養母の死が、本当に病死じゃなかったとしたら、やるべきことは一つ………!

 少女は、ニッコリ笑った。

 「『黒烏団』にようこそ♪」

 そう言って、ネオスの手の縄を、ナイフで切った。

 「私はペルよ。よろしくね♪」
 「…ネオスだ」
 「本名じゃないのね。じゃあ、ネオスちゃん、着替えと挨拶に行こうか」
 「ネオス…ちゃん…!?」

 ちゃん付けに、思わずふらつく。


 「あら、だって、貴方、まだ十四~五でしょ? 私二十だし。お姉さんね♪」
 「だからって、ちゃんは辞めろ」
 「じゃあ、仕事っぷりで評価してあげるわ。まだまだなうちは、『ネオスちゃん』だからね♪」
 「………」

 なんだか、頭が痛くなってきた。
 しかし…黒烏団なんて、今まで盗賊ギルドの情報でも、聞いたことがなかった。

 「あんたらの、頭領って誰なんだ?」
 「あたしだけど?」
 「……はぁ???」
 「何よ、文句あんの?」

 ペルは、精一杯背伸びして、下からネオスを睨み上げていた。

 「…お前が…?」
 「あ、貴方心の中で、馬鹿にしたでしょ! こんなチビが頭領かよって! 悪かったわね! 団もまだ発足3ヶ月だけど、20年旅した情報は、伊達じゃないわよ!」
 「3ヶ月…!?」
 「ちょっ! そこも馬鹿にする気!? キィー!」

 顔を真っ赤にし、手足をジタバタさせて、何故か怒るペルの姿に、思わず笑いが込み上げる。

 「……っプッ」

 その声に、ペルの動きは止まった。

 「何よぅ。なんで笑うの?」
 「別に馬鹿にしてなどいない。ただ、よくやるな、と思っただけだ」

 頬を膨らませるペルに、ネオスは言った。
 見た目は小さくても、確かに成人。自分のことも調べていたし、さっきの母の話だって、正確ならかなりの情報網だ。

 ここなら、欲しい情報も手に入れられるし、きっと、自分の望む仕事も出来る… 
 ……愛する母を手にかけた奴への復讐を………!

 「…よろしく頼む、頭領」
 「あいっ!」

 ネオスの差し出した手を、小さな手が握り返して来た。
 黒烏団の一員となったこのときから、ネオスは、自分の刻が動き出すのを感じていた。
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最終更新日 : 2013-03-20 01:09:47

~数年後~

 義母に毒薬を飲ませて、病死と見せかけ、新しい妻を送り込んで、本家の金を手にしようとしていた身内を、ネオスは自分の手で、葬り去ることが出来た。
 時を同じくして、頭領が捜し求めていた秘宝が見つかったという、知らせが届いた。



 ―ネオスは、19歳になっていた―



 ある日の朝。

 「じゃあ、あたし、行くから♪」

 突然の発言に、団員が皆驚く。
 ネオスが入った頃は5~6人しかいなかった団も、今では13人になっていた。

 みんなが、色々と言う中、ペルはそのまま言葉を進める。

 「次期頭領は、ネオスね。この中で、一番腕が立つ&頭もいい&魔法も使える&顔もいいから。反対の人~?」
 「顔がいいってのは、どうかと思うけどなぁ」

 と、ダイン―無精ひげを生やした、屈強の戦士―が言うが、反対者はいなかった。

 …本人以外は。

 「なぜ俺が?」
 「あたしの志を継げるでしょ?」
 「皆も継いでるだろう」
 「だって魔法の使い魔で、烏飼ってるし」
 「~~~~それは関係ないだろう……」

 そう言って、ネオスは頭を抱えた。
 
 「いいのよ、貴方が皆を支えてくれれば。貴方だって、皆に支えて貰えるでしょ。命を懸けて旅をしても、帰る場所、出来たでしょ?」

 ああ、そうか。
 ここに来た時の、自分の心境、気づいてたんだな……

 「……わかった。引き受けよう。」
 「ありがとう、ネオス」

 ペルはニッコリ微笑んだ。
 もう、彼女の言葉で、ネオスに「ちゃん」付けは無くなった。
 ペルも、外見は少女のままだが、ずっと大人の女性のように感じた。


 お昼前に、荷物をまとめ上げ、ペルは出ていった。
 淋しくなるからと、見送りは、ネオスだけだった。
 山を下りる道の途中に、雨が降り始めた。

 「最悪~~~! どんだけ雨男なのよ、ネオスは!」

 泥だらけになりながら、ペルは愚痴る。

 「俺のせいか」
 「ネオスと外に出る日は、大抵、雨降ってたよ!」
 「だったら違う奴に見送らせれば…」
 「あんたが頭領でしょうがーーー!(怒)」

 ペルは真っ赤になって、ネオスに怒鳴った。
 ネオスは、クックッと笑う。

 ペルの、山ほどある荷物を背負いながら、防水マントを被って、山道を馬で並んで歩く。

 「もう、あんたの軽口も、真っ赤な顔の罵声も聞けないんだな…」
 「ば、罵声って失礼な。ツッコミと言ってほしいわ!」

 そう言って、ペルはコホン、と咳ばらいをする。

 「今度会う時は、…別人かもね~」
 「なんだ、整形でもするのか? 無駄だと思うぞ、変わらない」
 「どういう意味! 私だって整形すれば… ってちがーう! しないっての!」

 また真っ赤になって、一人でパタパタしている。面白いな。
 ネオスは、すぐにむきになって怒るペルを、微笑ましく思った。

 「…まあいいわ。いつか、また必ず会いにくるわ。あたしに惚れて、泣いて詫びたって知らないから。」
 「無いな」
 「いちいち一言多い!」

 そうこうしているうちに、麓の街路まで来た。

 馬から下りて、荷物をペルの馬に取り付ける。
 ペルも馬から下りて、鞍や手綱のチェックをした。

 雨が止み、ペルはふぅ、とフードをとる。
 すると、空を指さして言った。

 「ネオス! 虹! 虹!」

 振り返ると、雲の向こうに、七色の虹が見える。

 「ネオスは雨男だけど、たまには、いいもの見せるね~」
 「…俺のせいか?」
 「そういうことにしといてあげる!」

 そう言って、ペルはピョンピョン跳ねて喜んだ。
 ネオスはしゃがみこみ、ペルに手を差し出す。

 「…初代、今まで世話になった。あんたのおかげで、生きながらえた…。ありがとう」

 ペルは、その手を握り返す。

 「どう致しまして♪ この借りは、いつか面白いことで返してね♪」
 「どういうことだ?」
 「うーん、ネオスの孫見せて貰うとか」
 「無理だな」
 「貸しは貸しだからね!」

 そう言って、ペルは小さな両手でネオスの手を握り、頬に口づけをした。
 流石のネオスも驚き、思わず頬に手を当てた。
 ペルは、してやったりと、ニヤリと笑う。

 「じゃあまた! そのうち、遊びにくるから!」

 そう言って、ペルは馬に飛び乗った。

 「元気でね!」  
 「…ああ、良い旅を。」

 軽く手をあげ、背を向けて駆け出すペルを見送る。
 ペルは、馬とともに、虹色の光の中に、消えていった。
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最終更新日 : 2013-03-20 01:10:13

 ………それからしばらくして。

 ペルが結婚した、という噂を聞いた。
 きっと今頃は、どこかで幸せに暮らしているんだろう。

 (………孫の顔を見るのは、どうやらあんたが先らしいな、先代……)

 クスリと微笑みながら、手にしたグラスのワインを飲む。

 ネオスが頭領になってから、5年が経過した。
 団員達は、多少の出入りはあるものの、少数精鋭で、皆元気に楽しくやっている。

 (……今も、そしてこれからも。初代の志は、忘れない…)

 先代に教えてもらった、仲間を大事にし、弱いものは助けるという志を継ぎ、冒険者よりの盗賊団として、立派にネオスは、跡を継いでいた。

 「頭領すいません、ちょっと…」

 その時、ノックの音とともに、後ろから声が聞こえた。

 「ああ…今行く」

 ワイングラスをテーブルに置き、ネオスは部屋を出た。
 相変わらず、窓の外では、彼女が旅立った日と同じように、暖かい雨が降り続いていた…。

    =fin=
5
最終更新日 : 2013-03-20 01:10:40


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