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出版にあたって

矢野さんはバンクーバーにおける親友です。親友というより親戚です。親戚というより弟です。矢野のいないバンクーバーなど考えられません。もちろんバンクーバーがなければ矢野さんは考えられません。私が暑い東京を避けて毎夏バンクーバーで夏の3か月を過ごすようになったのは2000年の夏からでした。バンクーバーには当時だれも知り合いはいませんでしたので早稲田大学卒業生のグループ、バンクーバー稲門会にコンタクトをとりました。そこに矢野さんがいたわけです。しかも当時矢野さんのYANO アカデミーが私の自宅の近くにあったのですぐ親しくなりました。矢野さんは法学部出身ですが、法律関係の話など一切出たことがないのです。

矢野さんがきまって切り出す話題は日本語のことです。『ねえ、ねえ、これどう思います?』『いなずまなのか、いなづまなのかですよ』この人にとってはアメリカのイラク戦争のことも日本の都知事選のことも眼中にないようです。いつもいつも日本語のことばかり。よくもまあ、これだけ日本語の話題があるものです。矢野さんの歳になると、とくに男はまず自分やまわりの人の健康のことが気になります。しかし矢野さんと会って健康のことなど話題になったことなどないのです。話題になるとすれば健康の『健』は体のどこをさすのでしょうね、ぐらいです(笑)。だから本書にはその矢野さんの日本語熱が満載されています。われわれは日本人のつもりでいますが、あまりに日本語を知らず、日本語に関心がなかったのが本書を読むとよく分かります。恥ずかしいやら、うれしいやら。


早稲田大学名誉教授   大槻義彦


矢野アカデミーを訪れた大槻先生


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最終更新日 : 2013-06-01 13:12:14

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はじめに

脱サラ、日本語教師そしてカナダ移住

 「おい、修三 一緒に住まないか」このおやじの一言が私の人生を大きく変える《きっかけ》になるとは その時は夢にも思いませんでした。

今から27年前(1986年)、サラリーマン生活真っただ中の出来事でした。 母親はだいぶ前に他界しており、当時 おやじは一人暮らしを続けていましたが、歳も八十半ばになり 冒頭の相談を受け、同居生活が始まりました。

そして「脱サラ」です。確かに終身雇用が念頭にある当時の私にとって二十年近く勤めた会社を辞めるということは、かなり勇気のいることでしたが、「人生とは? 家庭とは?」と改めて考えると、何か新しい事に挑戦してみようという冒険心も働き、思い切って決断を下し、ついにサラリーマン生活に終止符を打ちました。四十二歳の春(1987年)でした。

そして日本語教師の道を選びますが、これにもちょっとした「きっかけ」があります。それは1985年の茨城県の筑波で行われた「つくば科学万博」です。この時はまだ会社を辞める前で、会社の万博プロジェクトチームの一員として、このつくば博に参加していました。そこでいろいろな外国の人から日本語を教えてくれと頼まれました。

サラリーマンの私には麻雀ぐらいは教えられますが、日本語を教えることなど出来るはずもありません。でも親しくなって、お酒を飲みながら、「ひや」と「おひや」の違いなどを話しているうちに日本語を教えることに興味を持ち始めました。

そして「そんなに勉強したい人がいるんなら、日本語教師でもやってみるか」 こんなつくば博での経験が日本語教師の道へ私の背中を強く押してくれました。

このように《おやじとの同居》ということがなければ、「脱サラ」そして「日本語教師」など全く考えられず、まして「カナダ移住」などは想像すら出来ないことでした。

そしてそのカナダ移住ですが、日本語教師になって間もなく、ある「出会い」がありました。それは横浜駅近くのピザ屋での出来事でした。ランチを食べにふらりとその店に入りました。 店内はかなり混んでいましたが、偶然長いテーブルの真ん中の席が空き、その席に座ってふと前を見るといかにも外国人らしき、中年の男性が一人でうまそうにピザを食べていました。

早速お粗末な英語で彼に話しかけました。奥さんが一年間横浜の幼稚園で英語の先生として働くことになり、家族で日本に来たとのこと。偶然その幼稚園も我が家の近くにあり、その後、彼らがカナダに帰るまでの約一年間、忘れられない「カナダの友」となりました。1988年の出来事でした。

「もしあのとき、あのピザ屋に入っていなければ・・・」

「もしあのとき、あの席が空かなかったら・・・」

「もしあのとき、彼に話しかけていなかったら・・・」

こんなことを言ったら切りがありませんが、この出会いがカナダ移住に直接大きな影響を及ぼしている以上、正に私にとって、家族にとって「運命の出会い」であったことは間違いありません。



そして1994年に家族でバンクーバーに移住しました。ちょうど50歳の夏。住まいはもちろん彼らの家の近くです。その時息子は14歳、中学2年生でした。

そして早速バンクーバーのダウンタウンに小さな日本語学校を設立し日本語を教え始めました。さらに日本語を教えることに興味のある日本人を対象に「日本語教師養成講座」なるものもスタートさせました。

2001年からこちらの日本語新聞である「バンクーバー新報」に日本語教育を通して感じたいろいろなことを「外から見る日本語」と題して、毎月一回エッセイを掲載するようになり、今年で12年目を迎えました。これを期して一冊の本にまとめてみてはどうかと、いろいろな方からアドバイスをいただき、電子書籍なるものを出版することにしました。

母語である日本語を意識して外から眺めてみるといろいろな驚きがあり、正に「目からうろこ」の連続です。日本語を外から見て母語である日本語の素晴らしさを改めて感じていただければ幸いです。


矢野修三


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最終更新日 : 2013-06-01 13:12:14

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「会社」と「家庭」とどっちが大事?

 日本語教師になる前、日本で20年近くビジネスマンをしていた小生にとって日本とカナダのビジネスマンの意識の違いがとても気になる。

一つの例として「会社と家庭とどっちが大事?」という質問がある。日本では昔よく会社で聞かれた質問であるが、こちらの日本語上級者のビジネスマンに聞いてみた。彼らいわく、「それは質問になっていないので、答えられないですね」である。つまり家庭と会社は同じカテゴリーではないので比較など出来ないと言うのである。

この質問は例えば「りんごと牛肉とどっちが好き?」の質問と同じで、りんごと牛肉は違うカテゴリーなので比べられず、すんなり答えられないのは確かである。「りんごとみかんとどっちが好き?」や「牛肉と豚肉とどっちが好き?」なら簡単に答えることが出来るのに・・・。 

バンクーバーで日本語を教え始めて、ここが日本とカナダの会社に対する文化の大きな違いだと強く感じた。日本では「会社と家庭とどっちが大事?」は一応質問形式になっているのである。つまり会社を家庭と同じ「内」に置き、家庭と同等なものとして考えているのである。この概念が日本独特の文化と言っても過言ではないと思う。昼間、家族に「こんにちは」と言わないように、自分の会社に「こんにちは」と言って入って行かないのである。

このように「会社が内」という文化と絡んだことを教えるのは、日本語教師としてはとても難しい。例えば、こんな教え方をしている・・・。

「いってきます ⇔ いってらっしゃい」 「ただいま ⇔ おかえりなさい」の挨拶言葉の力を借りるのである。 「この挨拶は家から出かけるときや帰ってきたときに使いますね。でもこの挨拶は会社でも同じように使うんですよ。だから家庭と会社は同じものと考えてください」である。でも「家庭と会社が同じカテゴリーなど信じられない」そんな驚きの声が聞こえてくる。確かに難しい。

「会社に行く」を英語では、と聞くと迷わず 「go to work」である。 そこに《会社》は出てこないのである。 なぜ 「go to company」 と言わないのかと聞くと、「それはとてもヘンです」である。でも「学校に行く」や「教会に行く」は、「go to school」や「go to church」 とちゃんと「school」 や「church」が出てくるのに・・
ここに日本とカナダの「会社」に対する文化の違いが凝縮されているように思えてならない。 

つまり日本は会社を自分が属している集団としてとらえている。そこには当然帰属意識、仲間意識が芽生えてくる。家族意識と同じような。

しかしカナダでは会社は自分が働く単なる場所としてとらえている。だからそこに属している帰属意識などはほとんど無く、「働きに行く」感覚の 「go to work」であり、「go to company」 はほとんど意味をなさない。教会や学校とは全く違うのであろう

では 「うちの会社」 は英語では何というか。 カナダで「my company」といったら「社長さん」になってしまう。日本では「うちの会社は」と一般社員でもよく使うのだが・・・。こんな簡単な言葉でも文化が絡むとなかなか一筋縄ではいかなくなってしまう。バンクーバーで日本語を教え始めて異文化の相互理解の必要性を強く感じた。


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最終更新日 : 2013-06-01 13:12:14

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からすの赤ちゃん

 日本語教師養成講座の中で必ずこんな質問をしている。「テーブルの上にりんごがあります」を英語で何といいますか? もちろん対象は日本人だが、ほとんどの生徒はそんな英語は簡単ですよと言わんばかりに「There is an apple on the table.」と答える。そこですかさず私は誰が「ひとつ」といいましたか、勝手に「ひとつ」と決めないでよ、と叱るのである。では、次は「公園に子供がいます」は何と言いますか。ここで生徒は何を言おうとしているのか、理解してくれるのである。

英語は単数なのか複数なのかはっきりしなければ基本的に文が作れない。 ここに日本語と英語の大きな違いがある。いわゆる英語は「単数・複数」がとても気になる言語であるが、日本語は「単数・複数」などにはあまりこだわらない言語である。「公園に子供がいます。彼は一人で寂しそうです」も「公園に子供がいます。みんな楽しそうに遊んでいます」もごく自然な文である。でも「公園に子供がいます」を英語で言おうとすると、単数か複数かはっきりしなければ言えない。しかし我々日本人は「古池やかわず飛び込む水の音」の句を聞いて蛙は何匹かなど気にする民族ではないのである。多くの日本人は1匹と答えるが、別に2匹でもいいのでは・・・。

一方 日本語は「いる」と「ある」にやたらうるさい言語である。りんごは「ある」でも 子供は「いる」である。逆に英語はこんなことまるで無頓着である。この「いる・ある」表現は日本語独特の文化と言っても過言ではないので、これを教えるとなるととてもやっかいである。もちろん「子供」と「りんご」の違い、すなわち「生物」と「無生物」の違いを説明すればいいのだが。

でも、我々日本人は「あそこにパトカーがいるから気をつけて」や「よかった、まだバスがいた」などと平気で「いる」を使っている。 こんな擬人化表現をどう説明するか、生徒の反応がとても気になる。

そしてこの「いる・ある」に関して非常に困った質問を受けてしまった。「七つの子」の歌である。歌詞に「カラスは山に、かわいい七つの子があるからよ」とある。 どうして赤ちゃんが「ある」なんですか? 思わず唸ってしまった。間違いなく赤ちゃんは「いる」である。

国文法ではこんな説明をしている。「ある」には「所有」と「存在」の二つの用法があり、「存在」の場合は無生物だけだが、「所有」の場合には人などの生物にも用いられる。この場合の「赤ちゃんがあります」は「赤ちゃんを持っている」ことを示しているので文法的に間違いではないのである。

確かに「お子さん何人おありですか」など「ある」も使われているが、この「いる・ある」文化にまだ慣れていない初級者は混乱してしまう。やはり赤ちゃんには「いる」のほうがぴったりする。この「いる・ある」の違いはとても大事なので、日本語教師としては歌詞を「かわいい七つの子の子がいるからよ」に変えてもらいたいのだが、学習者がなるべくあの「七つの子」の歌を聞かないようにただただ祈るばかりである。


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最終更新日 : 2013-06-01 13:12:14

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「こんにちは」の威力

 昔々こんな映画があった。ある夫婦の話だか、この夫婦には小学生の男の子がいる。しかし夫婦仲があまり良くなく、映画を見ている人はいつか別居するかもしれないぞ、と感じている。しばらく時が過ぎて、突然こんな場面が映し出される。昼間、銀座で偶然その子供が父親を見つけ「あ、お父さん、こんにちは」と言うのである。ここで見ている人は「おや?」と感じ、そうかやっぱり別居したんだ、と推測出来る。さらにこの子供がいま誰と住んでいるのかも我々日本人は感じとってしまうのである。

「こんにちは」はこんなすごい威力を持っている。しかし日本語上級者でもこれを理解出来る人は少ない。「どうしてそんなことが分かるんだろう」という生徒の驚きの声が聞こえてくる。でも確かにどうして我々日本人は分かるのであろうか。

新米教師のころ、こんな質問を受けた。「お父さん こんにちは」はどうしてダメなんですか。 一瞬言葉に詰まった。 こんな質問を受けようとは夢にも思わなかった。 確かに不自然である。家族に「おはよう」は使うが、「こんにちは」は使ったことがない。

でも 「なぜダメなんですか」と改めて聞かれると、答えられない。 これは小さいときから無意識のうちに身についてしまったものだからであろう。小学校の先生から「お父さんやお母さんに 『こんにちは』を使ってはいけませんよ」 と教わった記憶などない。そして「お父さん、こんにちは」を聞くと、日本人は間違いなく他人行儀を感じる。でもなぜなのだろう。確かに不思議である。

「おはよう」 と 「こんにちは」 には大きな違いがある。 「おはよう」は いわゆる《内の人・家族》にも《外の人》にも両方に使える挨拶言葉であるが、「こんにちは」は《外の人》に対してだけ使い、《内の人・家族》には使わないという大きな決まりがある。そして農耕民族である日本人は家族に朝起きて「おはよう」は使うが、ずっと一緒にいる家族に昼や夜の挨拶は必要なく、《内の人・家族》の挨拶は「おはよう」だけなのである。

こんなことをいちいち意識している日本人は少ないと思う。 でもこれが言葉が持つ文化であり、お母さんのお腹にいるときから身に付いたものであろう。「こんにちは」は外の人に使う挨拶なのだから、「お父さん、こんにちは」に他人行儀を感じるのは日本人として当然である。ボーイフレンドと別れたい場合、デイトの時に彼に「こんにちは」と挨拶すれば、男は何となく分かっちゃうのである。

あのシーンで子供に「お父さん、こんにちは」と言わせ、何となく違和感を感じとらせる。日本人としてこの「こんにちは」の威力に改めて感心せざるを得ない。

サラリーマン時代、 自分の会社に昼から出社したとき、確かに挨拶に困ったことを思い出した。 決して「こんにちは」と言わなかったし、また言えなかった。 でもその時 「なぜだろう」 とは思わなかったのである。日本語教師として日本語が持つ「ことばの文化」を改めて見直してみたいと強く感じた。


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最終更新日 : 2013-06-01 13:12:14


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