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その24

痛む / ジャム / 世界(ワールド)

「でも、向こうの世界に戻りたいんでしょう?」「戻りたくないといえば嘘になるがのう」やっぱり。彼の気持ちを思えば胸が痛む。「じゃが、そんなことをすれば飛んで火にいる夏の虫じゃ」そりゃそうか。皇帝はどこからともなくジャムの小瓶を取り出すと、指ですくってぺろりとなめた。

恨む / 地球儀 / 残酷(アクゼリュス)

「『門』をくぐればそこには術師がおるからのう。すぐに捕まってしまうじゃろう」誰を恨む様子もなく壁際の地球儀を見つめたまま淡々と彼は言う。もう二度と家族にも会えないっていうのに、このまま残酷な仕打ちを受け入れちゃうつもりなの? 「なんとか捕まらない方法はないのかな?」

/ 機械 /

「その雷を落とす機械があれば無敵なのじゃがのう」「何のこと?」「ほれ、そこの緑色のやつじゃ」皇帝は押入れの扉を指差した。どうやら防犯ブザーの事を言ってるらしい。ふとある考えが頭に浮かぶ。いや、それは無茶だ。でも……もしかしたら。「フーカー、戻れるかもしれないよ」

期待 / / 月(ムーン)

私は彼に思いつきを話した。だけど皇帝はぼんやりとカーテン越しに月を見上げているだけ。期待はずれの反応に私は彼の尻尾の毛を一本引っこ抜いた。「いたた、何をするのじゃ?」「戻りたいの? 戻りたくないの? どっちなの?」「そうじゃのう……」どうも乗り気ではないようだ。

幸福 / 糸車 / 隠者(ハーミット)

「幼少のころ、宮殿の近くに糸車を回す婆がおっての、余の顔を見るたびにこう言ったのじゃ。陛下の幸福はとても遠いところにあるのかもしれませぬのう、とな」皇帝はそう言って私の顔を見た。「帝国の事は忘れ、隠者としてそちとここで暮らすことが余の幸福ではないかと思うのじゃ」

困惑 / / 不安定(アィーアツブス)

でもこんな不安定な暮らしを続けていくのは無理だ。「あなたは帰らなくちゃ駄目」皇帝は困惑した顔で私を見た。「やはり招子は余を送り返したいのじゃな」心なしか目には涙が浮かんでいる。「ご両親も捕まってるんでしょ? 助けなきゃ一生後悔するよ。私も一緒に行くからさ」あれ?


その25

勇気 / / 正義(ジャスティス)

皇帝の驚きに満ちた瞳が私を見つめる。「そちの勇気には恐れ入った。余は偉大なる正義の執行者であるのに、そのことを忘れておったわ。民のために戻らねばならぬようじゃの」彼の耳が翼のようにはためいた。ウサギ耳の世界に行くって? 私ったらなんてことを言っちゃったんだろう。

抱きしめる / / 王国(マルクト)

皇帝は嬉しそうに私を抱きしめた。仕方ない。彼を送り返すには私も行くしかなさそうだ。「一緒に行かなきゃ王国だってもらえないしね」「なんじゃと?」彼が幻でも見たかのような顔をする。「前にくれるって言ったじゃないの」別に欲しくないけどさ、自分で言っといて忘れんなよな。

慕う / / 根源(アツィルト)

「フーカーはちゃんと皇帝やってたの?」「おかしな質問じゃのう」「だって頼りなさそうだもん」「民には慕われておったぞ。政はそれぞれの地方の長が集まって行うのじゃ」「なら、皇帝なんていらないよ?」「いや、皇帝こそが力の根源なのじゃ。政治と力の両翼が揃わねば国は動かぬ」

食べる / サファイア / 王冠(ケテル)

彼は再びジャムを食べ始めた。「皇帝がおってこそ術師は術を使える。余は宇宙の力を導き集める媒体なのじゃ」サファイア色の瞳に宿る力はそういうこと?「じゃ、いなくなったら大変でしょ?」「困った事に教皇も同じ力を持っておる。王冠をかぶらずとも余の双子の弟じゃからのう」

惜しむ / インク / 皇帝(エンペラー)

なんだって? もしや、これは壮大なる兄弟げんか?「だから皇帝が不在でも術師は困らぬ。『門』を開くこともできるのじゃ。ただ、惜しい事に昔からホッピイには暗黒の力ばかり集まってきよってのう……」憂鬱げな彼の瞳を通して、インクの染みのようなドス黒い闇が見えた気がした。

嫉妬 / 秘密 / 無神論(バチカル)

「民には秘密じゃが父がホッピイを皇帝に選ばなかったのもそれが原因なのじゃ。根っからの無神論者だと知りながら、代わりに教皇の座を与えてしもうた。教皇となった後もあやつは余に嫉妬し続けておった。父ですら憎んでおる。あやつと喧嘩にならなかったのは女の好みだけじゃのう」


その26

戒める / ジャム / 欲望(ラスト)

「やがてホッピイは父の戒めも聞かず己の欲望のみを追い求めるようになった。その上、余を帝国より追放すべく密かに手勢を集めておったのじゃな」皇帝は話し終えると暗い表情でぺろりとジャムをなめた。どうやら彼の弟は暗黒卿だったらしい。頭の中で「帝国のマーチ」が鳴り響いた。

眠る / 星雲 / 魔術師(マジシャン)

青い瞳を巡る星雲の夢を見て目覚めればもう朝だ。「すみませぬ。扉の術を解いてくだされ。厠に行きたいのです」押入れの中からポンパーの声がする。私を魔術師だと思ってるみたい。起き上がろうとしたら皇帝が私の胸に頭を乗せてすやすや眠っていた。とうとう乳枕されてしまったか。

痛む / / 根源(アツィルト)

立ち上がり引き戸を開ければ真っ赤な目をしたポンパーが顔を出した。あれからまた泣いてたんだ。これじゃ本当にウサギだよ。「大丈夫?」トイレから戻ってきた彼に一杯のジュースを差し出した。しゅんと垂れた真っ白い耳に私の胸まで痛む。やはり諸悪の根源は教皇ホッピイなのだ。

恐れる / じょうろ / 吊るされた男(ハングドマン)

二人に朝食をとらせベランダの花にじょうろで水を遣る。振り返れば皇帝が『吊るされた男』の写真をポンパーに見せていた。「ショウコを怒らせるでないぞ。ハルヤもこのような目に遭ったのじゃ」「あのハルヤ殿が? 恐ろしいことでございます」私、どんな女だと思われてるんだろう?

葉っぱ / 太陽 /

「細部まで見事に描かれておりますな。どのような絵師の技でございましょう?」感動したのかポンパーが葉っぱみたいに耳を震わせているので、引き出しからほかの写真も出してやった。「おお、これは太陽神じゃな」それ、関西に旅行に行ったときに、太陽の塔の前で撮った写真だよ。

冷静 / 歯車 / 物質主義(キムラヌート)

しばらくして現れた春哉は、私のアイデアを聞いて黙り込んだ。こんな時の彼は冷静だ。彼の頭の中で歯車が回るのが聞こえる気がする。やがて春哉はにやっと笑った。「フーカーはこの世界は物質主義に侵されていると言ってたね。彼の世界を見てみたいものだ」つまり、賛成ってこと?


その27

裸足 / / 好奇心

春哉と私は休暇を申請することにした。けれども裸足で暗闇の中に飛び込んでいくような危険な冒険に彼を巻き込むのは気が引ける。「俺は好奇心の塊なんだ。行かなきゃこの先気になって仕方ないだろ?」彼は笑う。「お袋は亡くなった。妹は結婚して幸せに暮らしてる。後悔はしないさ」

憂鬱 / ジャム / 戦車(チャリオット)

計画に必要な物を明後日までに揃えるため、買い物に出ることにした。「外は暑いのじゃ。耳が蒸れるのじゃ」憂鬱げな皇帝に春哉が窓の外の四駆を指差した。「あの中は涼しいよ」「なんと、あの戦車で行くのか」興奮した皇帝はジャムの瓶を握り締めたままぴょんぴょんと飛び跳ねた。

抱きしめる / 麦藁帽子 / 死神(デス)

昨夜は死神のように見えたポンパーもパーカを着せ、麦藁帽子をかぶせれば、あれれ? 抱きしめたくなるほどかわいくないか? ここまで来るのにウサギ耳と赤いマントじゃ目立ったと思うんだけど。「極力隠れてはおりましたが、私を見ると人々は姿を消したのです」そりゃそうだろう。

ポップコーン / ピアノ / 翡翠

方々で買い物をした後、私達は海辺のカフェレストランに立ち寄った。行楽客の多い場所なので麦藁帽子でも目立たない。席についたとたんに始まったピアノの生演奏に、ポンパーがポップコーンみたいに跳ね上がった。翡翠色の目を見開いて硬直している彼を連れて慌てて席を移動する。

安心 / 椿 / 太陽(サン)

パティオの席に移るとポンパーは少し安心したようだ。木蔭なので真夏の太陽も暑くは感じられないのだが、彼が頬を椿のように紅く染めて謝るものだから気の毒になる。「食事が来るまで計画について話したいんだ」春哉はそう言うとポンパーを見つめた。「君を信用してもいいのかな?」

悔やむ / 耳飾り / 正義(ジャスティス)

ポンパーは帽子を取ると皇帝に向き直った。「お許しいただけるのであれば、微力ながらも陛下のお役に立ちとう存じます。民の幸せを願うのであれば我が君を止めなくてはなりませぬ。私は正義を行いたいのです。さもなくば後に悔やむこととなりましょう」彼の耳飾りがきらりと光った。


その28

悲しむ / サファイア / 残酷(アクゼリュス)

「近頃の我が君のあまりに残酷な行い、疑問に思うこともございました。信じたいと願う心が私の目を曇らせていたのです」「よかろう」皇帝がぽつりと一言だけ言った。彼のサファイア色の瞳はポンパーと同じ悲しみを宿している。お互いに教皇に裏切られた傷みはよく理解できるのだろう。

音楽 / 煙草 / ティータイム

「よし、それなら話に入ろう」春哉はにこりと笑うと麦藁帽子をポンパーの頭に戻し、地図と手帳を広げた。店は早めのティータイムを楽しむ人で混み合っている。店内の音楽はパティオまでは聞こえて来ないが、喫煙席から漂って来た煙草の匂いに皇帝とポンパーの鼻がひこひこ動いた。

飲む / / 月(ムーン)

計画は単純だ。『門』を抜けたら防犯ブザー等の音を立てる道具を使い教皇の術師を突破する。その後、皇帝の支持者たちに合流するのだ。こんな月並みなアイデアに不安がないといったら嘘になるけど今はそれが精一杯なんだから仕方ない。春哉は自信ありげに運ばれてきた水を飲んだ。

慕う / / 峻厳(ゲブラー)

「都の北には峻厳なる山々が聳えております。陛下を慕う者達は山間にて反撃の機会を伺っておるのです。教皇は陛下を追放してすぐに自らの間違いに気付きました。希望ある限り彼らの投降はありませぬ。反乱軍の士気をにぶらせ骨抜きにするために、私に陛下の抹殺を命じたのです」

切ない / 地図 / 王国(マルクト)

ポンパーは切なげな表情で向こうの状況を話してくれた。「じゃ、まずは山へ向かおう」地図に印を書き込む春哉はまるで遠足の話でもしてるみたい。「でも辺境の王国に出たら困るな」「教皇は早く結果を知りたいはずじゃ。『門』は帝都近くに開くじゃろう」皇帝が不快そうに答えた。

食べる / / 隠者(ハーミット)

ひとしきり話し合ったところで食事が来た。皇帝はお腹をすかしていたらしく、指まで使ってがっついている。「この世界は珍味に溢れておるのう。ここで隠者になるのも悪くはないじゃろ?」「ええ、本当においしゅうございますね」ポンパーの食べ方は上品だ。どっちが皇帝なんだか。



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