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その21

ハイヒール / / 諦める

春哉は玄関のハイヒールに目をやった。「もし、俺が彼女と別れたって言ったら? よりを戻してくれる?」私の顔を見て彼がにやりとする。「ごめん、今のは冗談だよ」ううん、彼は嘘をついてはいなかった。なのに言葉が出てこない。どうしても彼のこと、諦められなかったはずなのに。

首筋 / スーツ / 悲しむ

悲しい気持ちで春哉の汚れたスーツを見つめる。さっきは会社から飛んできてくれたんだ。あなたが大好き。なのになんで戻りたいって言えないの? 「招子はフーカーが好きだから」私の心の疑問が聞こえたかのように春哉が答えた。いや、それはないって。それだけは。首筋が熱くなる。

泣く / 煙草 / 恋人たち(ラヴァーズ)

「でもあの人、耳生えてるし、不法入国者だし」「だから嫌い?」そういう事じゃなくて。私はいらいらと彼を睨み、そして泣きたくなった。いつもの喧嘩のパターン。煙草の匂いはしないけど彼も私も変わっていない。同じ過ちを繰り返すから、恋人たちには戻れない。戻らない方がいい。

/ 公爵 / びびる

「あの刀、見ただろう? 俺ならびびって招子を守れなかったと思うよ」春哉が続ける。「フーカーの事はこれからも相談に乗る。褒美にこれ、貰っちゃったから」彼はにやりと笑うとポケットから飴玉を出して見せた。「万が一、彼が帝国に戻ることがあれば、公爵にでもして貰おうかな」

舐める / レース / 知識(ダアト)

「招子だって彼のために必死だったね。拷問なんて言い出すから驚いた。彼の助け舟がなかったらヤバかったけどさ」皇帝が泣き出した事? あれは芝居だったっていうの? 「皇帝をなめちゃいけない。ああ見えてもたいした知識人だ。王位継承レースを勝ち抜いてきたのかもしれないよ」

抱きしめる / 感触 / 星(スター)

「本当は昨日の晩、招子の気持ちを確かめに来たんだ。おかげでこんな事に巻き込まれちゃった。俺も星に導かれたのかもね」春哉は突然に私を抱きしめた。「じゃあ、明日ね」懐かしい感触に胸が高鳴る。でも私には分かった。これは春哉の別離の儀式なんだ。明日から二人はただの友達。


その22

叱る / / 知識(ダアト)

「ハルヤは帰ったのか?」部屋に戻ると皇帝が尋ねた。「せめて余に術の知識があればそちを守れたのにのう」疲れたのか青い瞳が菫色に見える。「そちに恐ろしい思いをさせてしまい、ハルヤに申し訳が立たぬのじゃ」「春哉は関係ないでしょ?」叱りつけるような声に自分でも驚いた。

泳ぐ / アイスクリーム / 美(ティファレト)

皇帝は食べかけのアイスクリームを置いた。「どうしたのじゃ? ハルヤと何かあったのか?」私は黙って皇帝を見つめた。美しい顔を曇らせて心から案じているのが分かる。春哉なら一人で勝手に気持ちの整理つけて帰っちゃったわよ。あの日泳ぎに行ってから、私の人生、どうなっちゃった?

/ 包帯 / 吸う

「大丈夫、気にしないで」私は笑って見せた。皇帝の手首の包帯が緩んでいる。結び直そうとかがんだら、彼に肩をつかまれた。見上げればそっと唇を吸われる。ふんわりと春の匂い。「そちに触れてしもうた。余は尻尾を切り落とされてしまうのかのう?」思いつめたような声で彼が尋ねた。

放す / 沈丁花 / 拒絶(シェリダー)

情けないウサギ男など断固として拒絶すべし。なのに体は固まったまま、彼を突き放すことができない。「ハルヤの方がよいのじゃろう?」皇帝が尋ねる。そう、私は春哉が好きなの。あなたなんて……。沈丁花の香りが私を包み込む。彼に抱き寄せられて私はいつしかキスを返していた。

鬱屈 / お菓子 / 不安定(アィーアツブス)

皇帝は驚いたように動きを止め、私の顔を覗き込んだ。恥ずかしいからやめてよね。嬉しそうに笑い、再び私に口付ける。彼のキスはお菓子のように甘い。これが不安定な関係だと分かってるのに、鬱屈した気分が嘘のように晴れていく。まるでこうなる事をずっと望んでいたみたいに。

快楽 / ルビー / 技(アーツ)

「今宵は余の物となれ。技をつくし考えうる限りの快楽をそちに与えてやろうぞ」そう来ると思ったけどね。「それは駄目だって」なぜって、ポンパーがルビーみたいに真っ赤になって見てるから。「わたくしの事は気になさらずに」「そう申しておるが」だからって私が気になるでしょう?


その23

恨む / 真珠 / 女教皇(プリエステス)

「いいから包帯結ばせなさいよ」「厳しいのう。余の祖母であった女教皇のようじゃ」恨みがましく皇帝が言う。婆ちゃんと一緒にしないで。念のため傷を見たら、あれ、治ってる? うっすら真珠色の傷跡が残っているが、それももう消えそうだ。「どういう事?」「余にも分からぬのじゃ」

縫う / 瑪瑙 / 宇宙(ユニバース)

ポンパーも首をひねる。「手ごたえはありました。陛下は不死身でございますか?」縫わずに済んだのは助かったけどどうなってるの? 皇帝が膝を打った。「そうか。梅干の効用じゃ」「なんと、宇宙を統べる神々の瑪瑙と呼ばれるあの梅干でございますね?」スーパーの梅干、恐るべし。

/ /

ホットミルクを一杯飲んだポンパーの目には霧がかかっている。机にもたれて今にも眠ってしまいそうだ。彼は押し入れに寝かせよう。念のため引き戸に防犯ブザーをテープで貼り付ける。開けたらブザーが鳴る仕組みだ。術をかけたから開けたら雷が落ちると言い聞かせ、引き戸を閉めた。

不満 / / 剛毅(ストレングス)

私達も寝支度を済ませる。明かりを消したとたん、皇帝にベッドに押し倒されたが、耳をねじって退けた。「ポンパーが帰るまで待ちなさいよ」「剛毅な女じゃ。嘘ではあるまいのう」彼が不満に頬を膨らませる。ポンパーが帰る……? そうか。どうしてそれを思いつかなかったんだろう。

笑う / / 知恵(コクマー)

ポンパーの事にばかり気を取られて知恵が回らなかった。私は皇帝を見た。「ええと……」彼がにやりと笑って手を伸ばしてくる。「なんじゃ、急にその気になりおって」違うけど。やっぱり言いにくい。でも言わなくっちゃ。「ポンパーと一緒に『門』を通ってあっちには戻れないの?」

哀しむ / 鳥籠 / 表現(アッシャー)

「招子は余を送り返したいのか?」彼の目に浮かんだ哀しみに私は慌てて首を振った。「ううん、あなたとは別れたくない」でも、どう表現すればいいのか分からないが、皇帝はここにいてはいけない気がするのだ。森に棲む鳥を鳥籠に押し込めてしまうのが、間違っているのと同じように。


その24

痛む / ジャム / 世界(ワールド)

「でも、向こうの世界に戻りたいんでしょう?」「戻りたくないといえば嘘になるがのう」やっぱり。彼の気持ちを思えば胸が痛む。「じゃが、そんなことをすれば飛んで火にいる夏の虫じゃ」そりゃそうか。皇帝はどこからともなくジャムの小瓶を取り出すと、指ですくってぺろりとなめた。

恨む / 地球儀 / 残酷(アクゼリュス)

「『門』をくぐればそこには術師がおるからのう。すぐに捕まってしまうじゃろう」誰を恨む様子もなく壁際の地球儀を見つめたまま淡々と彼は言う。もう二度と家族にも会えないっていうのに、このまま残酷な仕打ちを受け入れちゃうつもりなの? 「なんとか捕まらない方法はないのかな?」

/ 機械 /

「その雷を落とす機械があれば無敵なのじゃがのう」「何のこと?」「ほれ、そこの緑色のやつじゃ」皇帝は押入れの扉を指差した。どうやら防犯ブザーの事を言ってるらしい。ふとある考えが頭に浮かぶ。いや、それは無茶だ。でも……もしかしたら。「フーカー、戻れるかもしれないよ」

期待 / / 月(ムーン)

私は彼に思いつきを話した。だけど皇帝はぼんやりとカーテン越しに月を見上げているだけ。期待はずれの反応に私は彼の尻尾の毛を一本引っこ抜いた。「いたた、何をするのじゃ?」「戻りたいの? 戻りたくないの? どっちなの?」「そうじゃのう……」どうも乗り気ではないようだ。

幸福 / 糸車 / 隠者(ハーミット)

「幼少のころ、宮殿の近くに糸車を回す婆がおっての、余の顔を見るたびにこう言ったのじゃ。陛下の幸福はとても遠いところにあるのかもしれませぬのう、とな」皇帝はそう言って私の顔を見た。「帝国の事は忘れ、隠者としてそちとここで暮らすことが余の幸福ではないかと思うのじゃ」

困惑 / / 不安定(アィーアツブス)

でもこんな不安定な暮らしを続けていくのは無理だ。「あなたは帰らなくちゃ駄目」皇帝は困惑した顔で私を見た。「やはり招子は余を送り返したいのじゃな」心なしか目には涙が浮かんでいる。「ご両親も捕まってるんでしょ? 助けなきゃ一生後悔するよ。私も一緒に行くからさ」あれ?


その25

勇気 / / 正義(ジャスティス)

皇帝の驚きに満ちた瞳が私を見つめる。「そちの勇気には恐れ入った。余は偉大なる正義の執行者であるのに、そのことを忘れておったわ。民のために戻らねばならぬようじゃの」彼の耳が翼のようにはためいた。ウサギ耳の世界に行くって? 私ったらなんてことを言っちゃったんだろう。

抱きしめる / / 王国(マルクト)

皇帝は嬉しそうに私を抱きしめた。仕方ない。彼を送り返すには私も行くしかなさそうだ。「一緒に行かなきゃ王国だってもらえないしね」「なんじゃと?」彼が幻でも見たかのような顔をする。「前にくれるって言ったじゃないの」別に欲しくないけどさ、自分で言っといて忘れんなよな。

慕う / / 根源(アツィルト)

「フーカーはちゃんと皇帝やってたの?」「おかしな質問じゃのう」「だって頼りなさそうだもん」「民には慕われておったぞ。政はそれぞれの地方の長が集まって行うのじゃ」「なら、皇帝なんていらないよ?」「いや、皇帝こそが力の根源なのじゃ。政治と力の両翼が揃わねば国は動かぬ」

食べる / サファイア / 王冠(ケテル)

彼は再びジャムを食べ始めた。「皇帝がおってこそ術師は術を使える。余は宇宙の力を導き集める媒体なのじゃ」サファイア色の瞳に宿る力はそういうこと?「じゃ、いなくなったら大変でしょ?」「困った事に教皇も同じ力を持っておる。王冠をかぶらずとも余の双子の弟じゃからのう」

惜しむ / インク / 皇帝(エンペラー)

なんだって? もしや、これは壮大なる兄弟げんか?「だから皇帝が不在でも術師は困らぬ。『門』を開くこともできるのじゃ。ただ、惜しい事に昔からホッピイには暗黒の力ばかり集まってきよってのう……」憂鬱げな彼の瞳を通して、インクの染みのようなドス黒い闇が見えた気がした。

嫉妬 / 秘密 / 無神論(バチカル)

「民には秘密じゃが父がホッピイを皇帝に選ばなかったのもそれが原因なのじゃ。根っからの無神論者だと知りながら、代わりに教皇の座を与えてしもうた。教皇となった後もあやつは余に嫉妬し続けておった。父ですら憎んでおる。あやつと喧嘩にならなかったのは女の好みだけじゃのう」



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