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その17

シュークリーム / /

「それに献上させねばならぬほど、女に困ってはおらぬしのう」ポンパーが砂色の髪を揺らしてうなずいた。「私には陛下が嘘をついているとは思えませぬ」さすがは皇帝陛下、女には困ってない、か。自分一人じゃ何もできないくせにさ。私はシュークリームを丸ごと口に押し込んだ。

/ 結晶 / 困惑

「もしそれがまことだとしても、余が失脚した今、そちの妹は解放されておるはずではないかの?」ポンパーの顔に困惑が浮かぶ。「確かにそうでございますな。では妹はいずこに?」彼の口元には砂糖の結晶が光っている。髪には倒れたときの土がついたまま。お風呂に入れてしまいたい。

憂鬱 / / 世界(ワールド)

「言いにくいのじゃがホッピイが怪しいのう。奴は乳の小振りな娘を好むのじゃ」憂鬱げに皇帝が言った。「我が君がそのような真似をするはずがありませぬ」「余を信ぜずともかまわぬ。あちらの世界に戻ったらそちが己の目で確かめるがよいぞ」ポンパーの肩が小鳥のように震えた。

歩く /磁石 / 月(ムーン)

「そちはどうやって余を見つけたのじゃ?」「月明かりを頼りに石に導かれるまま歩いて参りました」ポンパーは緑の石のはまった指輪を皇帝に手渡した。「なんと『皇帝の証』の対の石じゃな?」そうか、私がもらった石に似てるんだ。石同士が磁石のように引き付け合うのだという。

ジャム / 風鈴 / 切ない

「遠い昔に失われたと思っておったが」「我が君が持っておりました」「ホッピイめ、隠しておったな」皇帝が憎々しげにつぶやく。「君はあっちの世界にどうやって戻るの?」春哉が尋ねた。夜風に風鈴が鳴る。ジャムパンをかじる皇帝の目に切なげな光が浮かぶのを私は見逃さなかった。

緊張 / マシュマロ / 世界(ワールド)

「今日から三日後の正午、ある場所で『門』が開くことになっております」緊張が解けた今、ポンパーの顔は別人のように穏やかだ。マシュマロをもぐもぐ頬張っている。お腹がすいていたみたい。「世界と世界を繋ぐ『門』だね? どうしたら『門』が開くの?」春哉は好奇心満々だ。


その18

キャラメル / / 封蝋

「詳細はこちらに」ポンパーが懐に手を入れたのを見て、春哉が小さな本を差し出した。身体検査したときに取り上げておいたのだ。キャラメル色の皮表紙を開くと封筒が出てきた。「計画を遂行した後に開封するようにと言われておりました」彼は封蝋を破り封筒から中身を取り出した。

地図 / ダイヤモンド / 蜂蜜

出てきたのは蜂蜜色に褪せた地図と一枚の便箋。地図を広げた皇帝が驚きの声をあげた。「なんと、余はこんな辺境に送られておったのか」「辺境なの?」「この列島はピコラタ王国に属しておるのじゃが、人はほとんど住んでおらぬのじゃ」地図にはダイヤモンド形の印がつけられている。

喜ぶ / 文字 / 形成(イェツィラー)

「面白いな。この近辺の地形図だ」春哉は大喜びだ。文字の形成がどうしたとかつぶやきながら奇妙な記号を調べ始めた。「王国って? フーカーは帝国から来たんでしょ?」「帝国の内部には、自治を許された二百余りの王国があるのじゃ。ピコラタもその一つじゃな」スケールがでかい。

歩く / 怪物 / 皇帝(エンペラー)

便箋に目を通したポンパーは、地図の上のダイヤの印を指差した。「『門』を開くには『皇帝の証』を持ってこの場所に立つのです」術師が『門』を開く目印にするのだそうだ。地図には八本足の怪物の歩く姿も描かれている。「これ、本当にいるの?」「だから誰も住みたがらぬのじゃ」

諦める / / 創造(ブリアー)

「『皇帝の証』って?」春哉が尋ねた。「我が祖先が創造神より授かった夜を映す石なのじゃが、ショウコにやってしもうた」春哉が怪訝な顔で私を見る。私は耳飾りを取り出しポンパーに差し出した。「これを持って帰って皇帝は死んだって言って。そうすればホッピイも諦めるでしょ?」

贈る / 腕輪 / 月(ムーン)

「じゃが、その石はそちに与えたのじゃぞ」皇帝は不服そうだ。「ハルヤが贈った三日月柄の腕輪は大切にしておるではないか」ああ、さては私の留守中にジュエリーボックスを覗いたな。でも、どうして春哉から貰ったって分かるの?「そちの念がこもっておるぞよ」あんた、霊能者かい?


その19

悲しむ / 腕輪 / 皇帝(エンペラー)

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ?」腕輪と何の関係があるのよと言いかけて、彼の悲しげな瞳に気づく。春哉に妬いてるんだ。この石、どうやら梅干の種の謝礼ではなかったらしい。自分の鈍感さに腹が立つ。いくら皇帝を辞めたからって由緒ある宝石を簡単に手放すわけがないのに。

抱きしめる / ボタン / 隠者(ハーミット)

しょんぼり垂れた皇帝の耳。抱きしめてやりたい気持ちになる。「ごめん」私は謝った。「でも、私には石よりもあなたの命の方が大切なの。命を狙われてちゃ、安心して隠者にもなれないよ」「それもそうじゃのう」彼の顔に大輪の牡丹のような笑みが広がる。最初からこう言えばよかった。

笑う / 季節行事 / 残酷(アクゼリュス)

腕輪の事を春哉に知られてしまった。でも彼は気にも留めない様子で笑ってる。そっちには未練はないんだろうけど、その笑顔は残酷すぎるよ。「じゃあ『門』を開くのに石を使っても構わないね」春哉はさっさと話題を元に戻した。季節行事を待ちわびる子供みたいに瞳をきらきらさせて。

不安 / シトリン / 拒絶(シェリダー)

春哉が首を傾げた。「もし『皇帝の証』がなければどうなるの?」「『門』は開きませぬ」「……つまり、皇帝を抹殺できなければ戻ってくるなという意味だよね」ポンパーが凍りついた。シトリンの瞳に拒絶の色が浮かぶ。「いえ、そんなはずはありませぬ」だが彼の声はか細く不安げだ。

痛む / 蝋燭 / 悪魔(デビル)

「でも『皇帝の証』がないと戻れない。そうだね?」追い討ちをかけるように春哉が言う。ポンパーの教皇への忠誠心を蝋燭の炎のように吹き消そうとしているのだ。こんな時、春哉は悪魔のように冷酷になれる。「我が君が私をお見捨てにはなるはずが……」苦しげな表情に胸が痛んだ。

足輪 / / 朝顔

ポンパーはぼんやりとベランダの朝顔を見つめている。春哉が黙って足のテープを剥がし始めたが、それにも気づかないみたい。この人、信用してもいいのかな? 彼の足輪に彫られた美しい模様は殺し屋には似つかわしくない。「今日はここまでにしよう」静かな声で春哉が言った。


その20

/ アコーディオン / オリーブ

春哉はポンパーを脱衣所に連れて行き、浴室の使い方を説明し始めた。彼の面倒見のよさには頭が下がる。「余の寝巻きを使うがよいぞ」私は皇帝が選んだ派手な紫色のパジャマとオリーブ色のバスタオルを手渡した。ポンパーは沈んだ顔で礼を言うと、アコーディオンカーテンを閉めた。

/ 鉱物 /

浴室からは水音が聞こえてくる。鉱物オタクでもある春哉は『皇帝の証』を熱心に調べ始めた。「とりあえず、この石があればポンパーを送り返してやれるわけだ」「『対の石』じゃ駄目?」「全く違う石じゃからの。教皇は余が死んだ証が欲しいのじゃ」皇帝は窓の外の夜空を見上げた。

/ 絹糸 / 天秤

やっぱり故郷に戻りたいよね。でも皇帝が帰っちゃったら退屈だな。彼の幸せと私情を天秤にかけちゃいけないんだけど。って、私、彼にここにいて欲しいと思ってる? その時、脱衣所からポンパーが現れた。絹糸のような金髪に肌を桜色に上気させた彼は目の覚めるような美青年だった。

縫う / 時計 / 教皇(ハイエロファント)

皇帝と春哉も呆気にとられてポンパーを見ている。この人、どんだけ汚れてたのよ? 教皇の裏切りを嘆いていたのか目が赤いが、尻尾は真っ白だし皇帝よりも品があるんじゃない? 紫色のパジャマはブカブカだ。後ですそだけ縫ってやろう。春哉が時計を見上げた。「もう帰らなきゃ」

休む / 言葉 / 星(スター)

私は春哉について玄関に出た。明日も仕事を休んで来てくれるという。言葉では表せないほど感謝していると伝えると彼は笑った。「俺は『門』が開くのを見たいだけさ」靴を履きながら意味ありげに私を見る。「フーカーが招子に出会えたのは星の導きだと言ってた。意味は分かるよね?」

カフェオレ / ドレス /

当然、春哉も皇帝の気持ちに気づいてるか。「そうなの。どうしたらいいと思う?」春哉は答えず、私のカフェオレ色のサマードレスを指差した。「それ、海に行った時に着てたね。懐かしいな」「汚れたから部屋着にしちゃった」唐突に彼が聞いた。「招子はまだ俺のこと好き?」ひっ!


その21

ハイヒール / / 諦める

春哉は玄関のハイヒールに目をやった。「もし、俺が彼女と別れたって言ったら? よりを戻してくれる?」私の顔を見て彼がにやりとする。「ごめん、今のは冗談だよ」ううん、彼は嘘をついてはいなかった。なのに言葉が出てこない。どうしても彼のこと、諦められなかったはずなのに。

首筋 / スーツ / 悲しむ

悲しい気持ちで春哉の汚れたスーツを見つめる。さっきは会社から飛んできてくれたんだ。あなたが大好き。なのになんで戻りたいって言えないの? 「招子はフーカーが好きだから」私の心の疑問が聞こえたかのように春哉が答えた。いや、それはないって。それだけは。首筋が熱くなる。

泣く / 煙草 / 恋人たち(ラヴァーズ)

「でもあの人、耳生えてるし、不法入国者だし」「だから嫌い?」そういう事じゃなくて。私はいらいらと彼を睨み、そして泣きたくなった。いつもの喧嘩のパターン。煙草の匂いはしないけど彼も私も変わっていない。同じ過ちを繰り返すから、恋人たちには戻れない。戻らない方がいい。

/ 公爵 / びびる

「あの刀、見ただろう? 俺ならびびって招子を守れなかったと思うよ」春哉が続ける。「フーカーの事はこれからも相談に乗る。褒美にこれ、貰っちゃったから」彼はにやりと笑うとポケットから飴玉を出して見せた。「万が一、彼が帝国に戻ることがあれば、公爵にでもして貰おうかな」

舐める / レース / 知識(ダアト)

「招子だって彼のために必死だったね。拷問なんて言い出すから驚いた。彼の助け舟がなかったらヤバかったけどさ」皇帝が泣き出した事? あれは芝居だったっていうの? 「皇帝をなめちゃいけない。ああ見えてもたいした知識人だ。王位継承レースを勝ち抜いてきたのかもしれないよ」

抱きしめる / 感触 / 星(スター)

「本当は昨日の晩、招子の気持ちを確かめに来たんだ。おかげでこんな事に巻き込まれちゃった。俺も星に導かれたのかもね」春哉は突然に私を抱きしめた。「じゃあ、明日ね」懐かしい感触に胸が高鳴る。でも私には分かった。これは春哉の別離の儀式なんだ。明日から二人はただの友達。



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