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その8

/ 花瓶 / クッキー

手を握ってやると皇帝はすぐに寝息を立て始めた。護身用に枕元に重い花瓶を用意したが、必要はなさそうだ。すっかり安心しきった様子で、巨乳美女の幻でも見ているのか笑みまで浮かべている。翌朝、彼は私よりも先に起きていた。勝手に戸棚を開けてクッキーをもぐもぐ食べている。

苛立つ / 地球儀 / 吊るされた男(ハングドマン)

皇帝は地球儀の脇に置かれた写真に目を留めた。「この吊るされた男は誰じゃ?」「昔の彼氏」「公開処刑されたのじゃな」いえ、バンジージャンプの写真です。「皇帝に仕える者は生娘でなくてはならぬのじゃぞ」彼の声に苛立ちが混じる。別に仕えたくて仕えてるわけじゃないんだけど。

怪しむ / 麦藁帽子 / 吊るされた男(ハングドマン)

昨日の外出で皇帝はずいぶん日に焼けていた。今日は麦藁帽子を買ってやるか。ニット帽だと耳がもこもこ動いて怪しまれそうだしね。「吊るされた男などなぜ飾るのじゃ? 不吉ではないか」写真が気になるようなので引き出しにしまった。どうせ片付けようと思ってたところだし。

モンブラン / 切符 / 記憶

皇帝に新しい服を着せたら格好良くなりすぎた。地味な服を選んだのになあ。今日は電車に乗せてやろうと駅まで歩く。彼は切符の販売機には大興奮したが改札機は怖いらしく通るまでに数分を要した。おいしいモンブランが食べたくなって、学生時代の記憶を頼りに小さな喫茶店を探した。

苛立つ / 感触 / 物質主義(キムラヌート)

「この世界はよいところじゃの」彼はフォークの先で感触を確かめるようにモンブランをつつく。「だが人々はモノを所有することに夢中になり過ぎておる。我が帝国もホッピイの手にかかればいずれは物質主義に侵されてしまうのであろうな」苛立ちを隠せぬように帽子の下の耳が動いた。

喜ぶ / レース / 隠者(ハーミット)

窓辺でレースのカーテンが揺れる。「あやつは余を亡き者にすべくここへ送り込みおった。余は命があることを喜ぶべきなのじゃ。ここで隠者として余生を送るのも悪くはない」こいつはうちで余生を送る気か?「でも、家族もいたんでしょう?」奥さんも、と聞きかけてなんとなくやめた。


その9

泣く / 帽子 / 知識(ダアト)

「老いた父母や忠臣たちは捕らえられてしもうた。彼らの身を案ずる時、余は泣きたくなるのじゃ」なるほど、それは心配だろう。「本当は国に戻りたいんだね?」「だが、余には世界と世界を繋ぐことはできぬ。その知識は術者だけに受け継がれておるのじゃ」帽子の下で耳が震えた。

挑む / スプーン / 基礎(イェソド)

皇帝は次に現れた巨大なアイスクリームサンデーの基礎をスプーンで崩し始めた。甘いモノを見ると挑まずにはいられないらしい。当分は私が面倒をみるしかないようだ。今、仕事を辞めるのはまずいな。滅多に見かけないとはいえ、あの人と同じビルで働くのは気が進まないのだけど。

/ 星座 / ハイヒール

方々を歩き回り、夕食も済ませてようやく帰宅。足が痛い。ハイヒールなんて履くんじゃなかったよ。皇帝の見栄えがよくなったので、合わせなくちゃとお洒落してしまったのだ。アパートの前で彼は夜空を見上げ、星を指でなぞった。「夏の逆立ち大ナマコが見えるのう」それって星座?

食べる / 耳飾り / 栄光(ホド)

帰宅しても皇帝はお菓子を食べている。耳の付け根に小さな宝石がはめ込まれているのに気づいた。「この耳飾りは皇帝の証なのじゃ」彼は石をはずすと私に差し出した。「そちにやろう」「そんな大切なモノ、もらえないって」「過去の栄光はもういらぬ」笑顔が妙にすがすがしくないか?

/ エメラルド / 銀河

「梅干の種の礼じゃ。受け取るがよい」それじゃ私が詐欺師じゃないの。それにしても綺麗な石だ。エメラルドかな? 目をあげると皇帝の顔がそこにあった。「美しかろう。古より銀河を映す石だと伝えられておるのじゃ」あれ? 彼の瞳の奥にも星の海が見える。吸い込まれそうだ。

植物 / /

その時、玄関からノックの音が響き、針で刺されたかのように皇帝が飛び上がった。「俺だよ」懐かしい声に急いで靴をひっかけ、玄関のドアを開く。「仕事、休んでたから気になって」春哉が入って来た。「しょ、処刑された男ではないか。幽霊か?」観葉植物の陰で皇帝がつぶやいた。


その10

/ スーツ /

スーツ姿の春哉は皇帝の耳と尻尾を見て凍りついた。「邪魔したね。ごめん」完全に誤解した顔で玄関のドアを閉める。ドアの脇にかけられた風鈴がチリンと鳴った。違う、違うのよ。未だに彼の夢を見るっていうのに、こんなことになるなんて。急いで飛び出して、彼の後を追った。

怪しむ / お茶 / 表現(アッシャー)

これじゃ怪しまれるのも当然だ。私たちの関係をどう思ったのか、春哉の顔がすべて表現していた。「お茶ぐらい飲んでいって」誤解だけは解こうと必死で引き止める。皇帝が部屋から顔を出した。「この娘は余に仕えておるのだ。幽鬼は冥界に戻るがよい」余計に誤解されるだろうが。

泳ぐ / 秘密 / 恋人たち(ラヴァーズ)

「この人の耳、本物なの」耳を引っ張ると皇帝は悲鳴をあげた。「秘密にせよと言ったのはそちではないか」「この際、仕方ないでしょう?」春哉が目を見張る。「どういうこと?」「海で泳いでたら拾っちゃったの」以前は彼と私も浜辺の恋人たちの一組だったのに。切ない記憶が蘇る。

投げる / 紅茶 / 吊るされた男(ハングドマン)

『吊るされた男』が幽霊でないと分かった皇帝は手に持った饅頭を下ろした。春哉に投げつけるつもりだったようだ。「招子はなんでも拾ってきちゃうんだね。昔と変わってない」紅茶のカップを手に春哉が笑う。皇帝がおもむろに尋ねた。「ときにショウコとは何者じゃ?」私だけど。

和む / オパール / 理解(ビナー)

SF映画好きの春哉は状況を理解するのも早かった。彼に色々質問されて皇帝もまんざらでもないようだ。一転して和んだ雰囲気になる。尻尾の飛び出た部屋着を見て春哉が笑った。「俺のジャージ、まだ取ってあったんだね」皇帝の透き通った瞳がオパールのような翳りを帯びた気がした。

あんず飴 / レンズ / 衛星

春哉は皇帝がどこから来たのか聞き出そうとしている。宇宙の話から、皇帝が店で見た望遠鏡の話題になった。春哉は昔、天文オタクだったのだ。あの地球儀も彼がくれた。木星の衛星が六十個以上あると聞いた皇帝はあんず飴を落っことした。「余のレンズだと四つしか見えぬのじゃ」


その11

困惑 / / 宇宙(ユニバース)

皇帝は星にただならぬ興味を持っているようだ。「国の命運を星で占うから?」彼は困惑した顔になった。「余はただ星が好きなだけなのじゃ。宇宙の深さを思う時、世の醜さを忘れられる。人の世など花の命のように儚いモノじゃからのう」この人、皇帝になんてなりたくなかったのかも。

/ 水飴 /

「どこの星から来たのか分かった?」こっそり春哉に尋ねた。「彼は地球人だよ」春哉は地球儀の上の湖を差す。「帝都は黒海の辺り。そしてこれが帝国の版図」ユーラシア、ヨーロッパ、アフリカ、インド、アジア。地球儀が回る。その超巨大帝国の支配者は現在水飴に苦戦していた。

花びら / タイムマシン / クレープ

「でも、そんな帝国、ないでしょう?」「僕たちのいる世界じゃないんだよ」水飴を諦めた皇帝は、クレープ紙に包まれた花びらみたいな焼き菓子を食べ始めた。「タイムマシンで未来から来たとか?」「彼は天文に詳しい。蝕の時期や惑星の位置からいって、現代だとしか思えないんだ」

ホットチョコレート / 言葉 /

「昔見た映画にパラレルワールドって出てきたよね?」皇帝の世界には魔法だとしか思えない不思議な技術が存在する。春哉の話を聞きながらも私の心は過去の思い出へと彷徨い出した。彼とはこうやって夜更けまで言葉を交わしたものだ。皇帝がずるんとホットチョコレートをすすった。

猜疑心 / 天体 / 貪欲(ケムダー)

皇帝は突如乱入した教皇の兵に捕らえられたのだという。彼は純真だ。猜疑心も持たず、貪欲でもない。あれほどの巨大帝国を治めていたとは信じがたかった。無能さ故に追放されたってことはないよね?「そろそろ帰らなきゃ。今度は天体望遠鏡を持ってくるよ」春哉が立ち上がる。

あんみつ / オルゴール / 冷静

これからも相談に乗ってくれると言う春哉に、皇帝はあんみつを食べ食べ礼を言った。常に冷静な彼が協力してくれると聞いて、肩の荷が下りた気がする。春哉は玄関の棚のオルゴールに目を留めた。彼からの誕生日祝い。未練がましいと思いながらも捨てられなかった思い出の品だ。


その12

柘榴 / 音楽 / カフスボタン

蓋を開ければ優しい音楽が流れ出す。春哉は私の顔を見て微笑んだ。シャツの袖に柘榴色の石が光る。私があげたカフスボタン、まだ使ってくれてたんだ。あなたも捨てられなかったの? そんなはずないよね。今はあの子がいるんだから。「明日また会社でね」そう言って彼は帰った。

/ 煙草 / 切ない

窓の月にかかる雲を眺めていた皇帝が言った。「ショウコはあの者が忘れられないのじゃな」初めて彼に名前を呼ばれて顔を上げる。今も春哉が好きだ。彼とはくだらない喧嘩で別れてしまった。未だに煙草の臭いがすると切ない気持ちになる。あの子のためにやめたって聞いたけど。

聴く / / 慈悲(ケセド)

自分で寝支度をした皇帝は、押入れの中でウサギの人形を抱えている。なんだかかわいい。「何がそんなにおかしいのじゃ?」棘のある言い方だ。「不機嫌だね」「余は慈悲深き皇帝であるぞ。機嫌など損ねたりはせんのじゃ」扉が閉まる。その晩、押入れから祈りの歌声は聴こえなかった。

怠惰 / / 無感動(アディシェス)

翌朝、押入れの戸は閉じられたままだった。今日は会社は休めないので無理やり起こす。皇帝は朝食にも無感動な目を向けるだけ。ホームシックかな? 私が支度をする間も怠惰な姿勢で壁にもたれ、窓から空を眺めている。くれぐれも外にだけは出ないように釘を刺し、私は家を出た。

/ アップルパイ / 眼鏡

昼休み前に春哉からメール。昼食に付き合えという。高鳴る胸を抑えて彼の部署に行くと、彼は仕事用の眼鏡を外して立ち上がった。彼の同僚が驚いた顔でこっちを見ている。二人で近所の洋食屋に向かった。アップルパイがおいしい店だ。皇帝はちゃんとお昼ご飯を食べているだろうか。

懐かしむ / / 形成(イェツィラー)

席に着くなり春哉は皇帝の話を始めた。そんな事だろうと思ったけど。皇帝の世界について色々仮説を立てたようだ。付き合ってた頃もよく今と同じ顔をしてた。天体観測に行けば、朝方空が白むまで星の形成だとか宇宙の歴史について語ってくれたものだ。つい昔を懐かしんでしまう。



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