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その6

/ 彫刻 / 縫う

ふと思い出して引き出しを開ければ、男物のジャージの上下が出てきた。このままだと窮屈なので尻尾用の穴を開け、ほつれないように縫ってやる。腰に上着を巻けば尻尾は隠せるだろう。「彫刻のごとき肉体じゃろうが」飴をなめなめ皇帝がポーズを取る。着替えぐらい自分でしろよな。

怪しむ / 磁石 / 美(ティファレト)

最後は耳だ。方位磁石の針のようにくるくる逃げ回る二つの耳をニット帽に押し込んだ。「痛いのじゃ。我が美しき耳にしわが寄ったらどうする?」「隠さなきゃ怪しまれるでしょう?」「だが蒸れるのじゃ。聞こえないのじゃ」「なら、ちょん切られてもいいのね?」急に静かになった。

優越感 / / 知識(ダアト)

帽子からはみ出た髪を櫛でとかして出来上がり。さあ外出だ。まずはここで暮らすための知識を身につけてもらわなきゃ。道行く人々が皇帝を振り返る。やっぱりこの人、見た目だけは格好いい。女の子達の視線にちょっぴり優越感を覚える。「おお、今の娘の乳を見たか?」見てないよ。

/ / 誘惑

真夏の太陽は容赦なく照りつける。男を誘惑するのが目的だとしか思えない露出度高めな少女達とすれ違った。皇帝様には目の毒だな。耳が暑いと騒ぐのでまずは冷房の効いたショッピングセンターに連れて行くことにする。ぐったりしていた皇帝も様々な店舗が並ぶのを見て瞳を輝かせた。

角砂糖 / パフェ / 天体

皇帝はカメラ屋の店先の天体望遠鏡に夢中になった。「これほど精巧なモノは見たことがないのじゃ」どうしても離れようとしないので、食べ物をエサに引き剥がす。店で一番大きなパフェを注文すれば、ぺろりと平らげた後に口直しじゃと角砂糖を口に入れた。見ているだけで胸が焼ける。

/ オパール / スカート

次は皇帝の服を買いに行く。「これがいいのじゃ」と握り締めているのは、蜂みたいなボーダー柄のシャツとオパール色に輝くフェイクレザーのボトム。だから目立つのは駄目だって言ってるでしょう? ってか、それ、スカートだしさ。よし、無難にユニ●ロに行こうか。


その7

べっこう飴 / 箱庭 / 嗅ぐ

洋服とお菓子を仕入れた後、この近辺を見せておこうと、彼を駅前ビルの屋上に連れて行った。最初は怖がった皇帝も、高さに慣れてくるとはしゃぎ出した。眼下に広がる街が箱庭のようじゃと、鼻をひこひこさせて風の匂いを嗅ぐ。べっこう飴の袋を握り締め、夏の暑さも忘れたようだ。

不満 / 朝顔 / 恋人たち(ラヴァーズ)

隅に置かれた鉢植えの朝顔がしぼんでいる。午後も遅いしそろそろ帰ろう。「皇帝」と声をかければ、近くの恋人たちがくすくす笑った。くっそー。「フーカー、帰るよ」飼い犬みたいだが、これならニックネームに聞こえるでしょ?「余を呼び捨てにしおるか」皇帝様は不満そうだけど。

/ 人形 / 捕まえる

皇帝はUFOキャッチャーの中のウサギの人形を見つめている。「あれは何じゃ? 余と似た耳をしておるのじゃ」この人、ウサギを知らないの? すごく欲しそうなので学生時代に鍛えた腕で取ってやることにする。クレーンの腕が人形を捕まえると彼は歓声をあげた。見たか、皇帝。

ドレス / クレマチス / 喜ぶ

帰り道、彼がショーウインドウの前で立ち止まった。飾られているのは、純白のクレマチスをあしらったウェディングドレス。「質素な服しかないのかと思っておったぞ」皇帝は大喜び。「そちに着せてみたいのう」不覚にもドキリとする。「さぞ、乳が映えるじゃろうに」そっちかよ。

眠る / 時計 / 愚者(フール)

教育の甲斐もあってか、今夜は一人で入浴も着替えも出来た。愚者は経験に学び、って言うしね。期待に満ちた目を向ける皇帝を押入れに押し込み、時計を見上げる。明日は仕事、休んじゃおうかなあ。どうせあの会社は辞めるつもりだったから……。今夜もあまり眠れそうにない。

這う / レコード / 正義(ジャスティス)

今夜も壊れたレコードみたいな声が。押入れを開けば「この世に正義などないのか」と皇帝が這い出て来た。私も全くの同意見です。膝枕は辛いから添い寝してやるか。でももし私に触ったら……私は彼の片耳を捻り上げた。「ぎゃっ! ち、乳枕だけでいいのじゃ」もう片方もぎゅううっ。


その8

/ 花瓶 / クッキー

手を握ってやると皇帝はすぐに寝息を立て始めた。護身用に枕元に重い花瓶を用意したが、必要はなさそうだ。すっかり安心しきった様子で、巨乳美女の幻でも見ているのか笑みまで浮かべている。翌朝、彼は私よりも先に起きていた。勝手に戸棚を開けてクッキーをもぐもぐ食べている。

苛立つ / 地球儀 / 吊るされた男(ハングドマン)

皇帝は地球儀の脇に置かれた写真に目を留めた。「この吊るされた男は誰じゃ?」「昔の彼氏」「公開処刑されたのじゃな」いえ、バンジージャンプの写真です。「皇帝に仕える者は生娘でなくてはならぬのじゃぞ」彼の声に苛立ちが混じる。別に仕えたくて仕えてるわけじゃないんだけど。

怪しむ / 麦藁帽子 / 吊るされた男(ハングドマン)

昨日の外出で皇帝はずいぶん日に焼けていた。今日は麦藁帽子を買ってやるか。ニット帽だと耳がもこもこ動いて怪しまれそうだしね。「吊るされた男などなぜ飾るのじゃ? 不吉ではないか」写真が気になるようなので引き出しにしまった。どうせ片付けようと思ってたところだし。

モンブラン / 切符 / 記憶

皇帝に新しい服を着せたら格好良くなりすぎた。地味な服を選んだのになあ。今日は電車に乗せてやろうと駅まで歩く。彼は切符の販売機には大興奮したが改札機は怖いらしく通るまでに数分を要した。おいしいモンブランが食べたくなって、学生時代の記憶を頼りに小さな喫茶店を探した。

苛立つ / 感触 / 物質主義(キムラヌート)

「この世界はよいところじゃの」彼はフォークの先で感触を確かめるようにモンブランをつつく。「だが人々はモノを所有することに夢中になり過ぎておる。我が帝国もホッピイの手にかかればいずれは物質主義に侵されてしまうのであろうな」苛立ちを隠せぬように帽子の下の耳が動いた。

喜ぶ / レース / 隠者(ハーミット)

窓辺でレースのカーテンが揺れる。「あやつは余を亡き者にすべくここへ送り込みおった。余は命があることを喜ぶべきなのじゃ。ここで隠者として余生を送るのも悪くはない」こいつはうちで余生を送る気か?「でも、家族もいたんでしょう?」奥さんも、と聞きかけてなんとなくやめた。


その9

泣く / 帽子 / 知識(ダアト)

「老いた父母や忠臣たちは捕らえられてしもうた。彼らの身を案ずる時、余は泣きたくなるのじゃ」なるほど、それは心配だろう。「本当は国に戻りたいんだね?」「だが、余には世界と世界を繋ぐことはできぬ。その知識は術者だけに受け継がれておるのじゃ」帽子の下で耳が震えた。

挑む / スプーン / 基礎(イェソド)

皇帝は次に現れた巨大なアイスクリームサンデーの基礎をスプーンで崩し始めた。甘いモノを見ると挑まずにはいられないらしい。当分は私が面倒をみるしかないようだ。今、仕事を辞めるのはまずいな。滅多に見かけないとはいえ、あの人と同じビルで働くのは気が進まないのだけど。

/ 星座 / ハイヒール

方々を歩き回り、夕食も済ませてようやく帰宅。足が痛い。ハイヒールなんて履くんじゃなかったよ。皇帝の見栄えがよくなったので、合わせなくちゃとお洒落してしまったのだ。アパートの前で彼は夜空を見上げ、星を指でなぞった。「夏の逆立ち大ナマコが見えるのう」それって星座?

食べる / 耳飾り / 栄光(ホド)

帰宅しても皇帝はお菓子を食べている。耳の付け根に小さな宝石がはめ込まれているのに気づいた。「この耳飾りは皇帝の証なのじゃ」彼は石をはずすと私に差し出した。「そちにやろう」「そんな大切なモノ、もらえないって」「過去の栄光はもういらぬ」笑顔が妙にすがすがしくないか?

/ エメラルド / 銀河

「梅干の種の礼じゃ。受け取るがよい」それじゃ私が詐欺師じゃないの。それにしても綺麗な石だ。エメラルドかな? 目をあげると皇帝の顔がそこにあった。「美しかろう。古より銀河を映す石だと伝えられておるのじゃ」あれ? 彼の瞳の奥にも星の海が見える。吸い込まれそうだ。

植物 / /

その時、玄関からノックの音が響き、針で刺されたかのように皇帝が飛び上がった。「俺だよ」懐かしい声に急いで靴をひっかけ、玄関のドアを開く。「仕事、休んでたから気になって」春哉が入って来た。「しょ、処刑された男ではないか。幽霊か?」観葉植物の陰で皇帝がつぶやいた。


その10

/ スーツ /

スーツ姿の春哉は皇帝の耳と尻尾を見て凍りついた。「邪魔したね。ごめん」完全に誤解した顔で玄関のドアを閉める。ドアの脇にかけられた風鈴がチリンと鳴った。違う、違うのよ。未だに彼の夢を見るっていうのに、こんなことになるなんて。急いで飛び出して、彼の後を追った。

怪しむ / お茶 / 表現(アッシャー)

これじゃ怪しまれるのも当然だ。私たちの関係をどう思ったのか、春哉の顔がすべて表現していた。「お茶ぐらい飲んでいって」誤解だけは解こうと必死で引き止める。皇帝が部屋から顔を出した。「この娘は余に仕えておるのだ。幽鬼は冥界に戻るがよい」余計に誤解されるだろうが。

泳ぐ / 秘密 / 恋人たち(ラヴァーズ)

「この人の耳、本物なの」耳を引っ張ると皇帝は悲鳴をあげた。「秘密にせよと言ったのはそちではないか」「この際、仕方ないでしょう?」春哉が目を見張る。「どういうこと?」「海で泳いでたら拾っちゃったの」以前は彼と私も浜辺の恋人たちの一組だったのに。切ない記憶が蘇る。

投げる / 紅茶 / 吊るされた男(ハングドマン)

『吊るされた男』が幽霊でないと分かった皇帝は手に持った饅頭を下ろした。春哉に投げつけるつもりだったようだ。「招子はなんでも拾ってきちゃうんだね。昔と変わってない」紅茶のカップを手に春哉が笑う。皇帝がおもむろに尋ねた。「ときにショウコとは何者じゃ?」私だけど。

和む / オパール / 理解(ビナー)

SF映画好きの春哉は状況を理解するのも早かった。彼に色々質問されて皇帝もまんざらでもないようだ。一転して和んだ雰囲気になる。尻尾の飛び出た部屋着を見て春哉が笑った。「俺のジャージ、まだ取ってあったんだね」皇帝の透き通った瞳がオパールのような翳りを帯びた気がした。

あんず飴 / レンズ / 衛星

春哉は皇帝がどこから来たのか聞き出そうとしている。宇宙の話から、皇帝が店で見た望遠鏡の話題になった。春哉は昔、天文オタクだったのだ。あの地球儀も彼がくれた。木星の衛星が六十個以上あると聞いた皇帝はあんず飴を落っことした。「余のレンズだと四つしか見えぬのじゃ」



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