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第一部 ポラリス

 キラキラ光る星たちは、僕の願いを聞いてどこに行くのだろう。

 オリオンは何だって知っている。僕たちが知っていること。僕たちが知らないこと。もちろん、魔法の絨毯や魔法のチケットのことだって。でも、僕たちは何も知らない。

 

「今日はオリオンに会えなかったね」
 僕はベッドに入りながら言った。カーテンの閉まっていない窓からキラキラと光る星が見える。

「オリオンは忙しいからね。昨日の話、もっと聞きたかったなぁ」

 部屋の電気を消し、カノープスもベッドに入った。一瞬だけ、闇が訪れたけど、カノープスはすぐにベッドの脇に置いてあるランプをつけ、闇をほんのりと明るくした。

 僕はカノープスと同じ子供部屋で寝ている。多分、僕たちは双子だから同じ部屋何だと思う。だけど、僕は何で双子だからって同じ部屋なんだって思う。だって、カノープスは凄くナマイキなんだ。弟のくせに。そうやってカノープスに言うと、僕がカノープスを押しのけて先に生まれたって言うんだ。どうせ、誰も知らないから適当なことを言っているだけだと思うんだけどね。でもさ、同じ双子なのに運動が得意っていうのは少し羨ましい。まぁ、僕よりバカだけどね。
「ポラリス、カーテン閉めて。外が煩いよ」

 さっきまで、星空が見えていたのにいつから雨が降ってきたのか。ザーっという雨の音が聞こえてきた。しかも、風も強いらしく、窓がガタガタとゆれた。この強い風がどこからか雨雲を運んできたのかな? 天気予報で雨が降るだなんて聞いてないもんなぁ。

「カーテン閉めたぐらいで音はなくならないと思うんだけど」

 僕はベッドからおり、ボソっと呟いた。どうやらカノープスには聞こえていないみたい。だって、あいつ音がそんなに嫌なのか頭まですっぽりと布団を被っちゃっているもの。僕の言ったことが聞こえていたら、必ず反論がくるし。それにしても、そんなに煩いかな、この音は。布団を被っているカノープスが何か少し面白かったから、少し意地悪をしてやろうかと思った。けど、カーテン開けっ放しだとそのうち寒くなるからな。だから、僕は意地悪するのをやめ、カーテンを掴んだ。窓を見た瞬間、僕は叫び声をあげた。

「うわぁあぁああ!?」

「な、何? 雷!?」

 びっくりした。カノープスもつられてびっくりした。だって、ドンドンと窓を叩いている人がいるんだ! ここは三階なのに!

 窓の外の人物はこの雨のなか必死に窓を叩いてくる。僕たちに何か用でもあるのだろうか? 僕はその必死さに負け、少し怖かったけど、もう一度窓に近づいた。暗くてよくわからないから、その人物をよく見るために目を細めた。外が一瞬明るくなったときだ(カノープスはうめき声をあげたけど)。僕はその外の人物が誰だかわかった。

「オ、オリオン!?」

 僕は急いで窓を開け、闇の中雨でびちょびちょになっているオリオンを部屋へと招きいれた。そうか、オリオンは黒い髪だから誰だかわかるのに時間がかかったのかもなぁ。

「カノープス! オリオンだよ。オリオンが、はやくタオル持ってきて!」

 オリオンから絨毯を受け取りながら、僕はカノープスにそう言った。そんなとき、パッと部屋の電気がつき、カノープスがバスタオルを抱えて走ってきていた。どうやら、僕が言う前にバスタオルを取りにいったみたいだ。ちょうど、オリオンが窓を閉めたときだ。オリオンの尻尾(オリオンは少し長い髪を下の方で一つに縛っているんだ。それが尻尾みたいだがら、僕はそう呼んでいる)から水滴が落ちた。

「お、悪いな。ありがとなー」

 オリオンはカノープスからバスタオルを受け取り、髪を縛っている黄色のゴムをほどき、髪の毛をわしゃわしゃと拭いていた。その間に僕は暖炉の形をしている電気ストーブをつけ、その前に絨毯を敷いた。乾かすために。

「相変わらずこの家は広いな。っと、今日はそんなことじゃなくて。見せたい物があるんだ。まさか、雨なんか降るとは思っていなかったから濡れてないといいけど……」
 オリオンがタオルを頭に被ったまま、僕の机のイスに座り、ポケットから何かキラキラした紙をひっぱりだした。何か、ちょっとくしゃくしゃになってるいけど、一体何なんだろう?

「良かった。濡れてないな」

「ねぇ、何なのそれ。何かのチケットのようにも見えるけど」

 何だか映画の前売り券みたいだ。形がそっくりだもの。僕はそのチケットをマジマジと見た。

「これは、魔法のチケットだ」
 オリオンが、自慢げに言った。カノープスもまじまじとチケットを見ている。

「魔法のチケット?」

「そう。その通りだよ、ポラリス。魔法のチケットだ。これさえ映画に本に、作られた物語の中に入れるんだ。その物語を肌で感じることができる。まぁ、その中の登場人物には見つかってはいけないっていう制約があるんだけどさ」

 僕とカノープスは顔を見合わせた。オリオンはいつもこうやって不思議な物を持ってくる。多分、僕とカノープスは考えていることは同じだろう。
「それ、どこで手に入れたの? 僕、そんなチケット見たことも聞いたこともないよ」
 僕が、オリオンにそう言うとオリオンは笑った。
「秘密。ちょっと拝借したのさ」
 僕とカノープスは同時にため息をついた。またかって感じで。そのため息で、オリオンは僕たちの言わんとしていることがわかったようで、慌てて付け足した。

「黙って借りただけだよ。とにかく、明日ポムじいさんの映画館に行って試してみようぜ。あそこなら客もいないし、安いしな」

 オリオンは立ち上がり、暖炉の前に敷いてある絨毯を触った。どうやら大体乾いたみたいだ。だって、オリオンがいつものように絨毯をくるくるっと丸め、脇に抱えたから。外も、もう雨の音が聞こえなくなっている。オリオンは頭に被っていたタオルをカノープスに渡し、髪を縛り直した。

「じゃあ、また明日ポムじいさんの所でな! 俺、朝一で待ってるからなー」

 オリオンはそう言い、入ってきた窓から外に出て、絨毯に乗って夜の闇に消えて行った。僕たちは窓から身を乗り出し、そんなオリオンを見送った。

 オリオンは背が高く、歳よりも僕たちより上だから、いつも僕たちのことを子供も扱いする。それに、オリオンはいつも僕たちの金髪と青い目を天使みたいだって言ってるけど、オリオンの灰色の目はとても不思議な感じがする。髪だって、何で長くしているのか不思議だし。でも、オリオンはいつも教えてくれない。僕は知りたいことがたくさんあるのに。

「オリオン、行っちゃったね」

 オリオンが見えなくなり、カノープスが窓を閉め、カーテンも閉めた。

「うん。明日が楽しみだね」

 再び部屋の電気を消し、僕たちは眠りに就いた。

 

 次の朝、朝食を食べてすぐに僕たちはポムじいさんの映画館へ向かった。こんなこと、両親が仕事に行っていなきゃ出来ないことだ。朝から遊びに行ったら怒られるもの。両親のことは許せないけど、こうゆうときは凄く良いと思う。

「あ! オリオン、おはよー」

 ポムじいさんの映画館に行くと、入口の前でオリオンが寒そうに絨毯を抱えて立っていた。

「おー! 来たか。何か大分寒くなったよなぁ」

 オリオンはそう僕たちに手を振り、僕たちはオリオンに駆け寄った。

「早く中に入ろうよ! 今日は何の映画がやっているのかな?」

 カノープスが早くといった感じで、オリオンの腕を引っ張った。

「まぁ、待て。そんなに急ぐことはない。今日は確かファンタジー映画じゃなかったか? この前まで人気だったやつ。そこまで危ないわけじゃないし、ちょうどいいだろう」

 オリオンはそう言いながら、入口の横に置いてある自販機で三枚のチケットを買った。多分、今から見る映画は、僕とカノープスは一度見たことがある気がする。

「ポムじーさん! 映画見に来たから、映写機動かしてくれよー」

 映画館の中に入ると、髭面でずんぐりした不機嫌なおじいさんがいる。もちろんここにお客さんは誰一人いない。きっと、隣町に大きな映画館が出来たから、お客さんを取られちゃったんだと思う。その映画館は広いし、最新映画がやってるけど、ここは違うしね。僕もその映画館が出来てからそっちに行くようになった。

「ふん、こんな朝っぱらから来よって。そんな所に突っ立ってないで、さっさと客席へ行け!」

 ポムじいさんはそうブツブツと文句を言った後、そう僕たちに命令した。

「僕、ここに客が来ないのは隣町の映画館だけのせいじゃないと思う」

 客席に向かいながら、カノープスがそうブツブツと言った。僕もそう思うよ。だって、ポムじいさんの性格は最悪で有名だもの。まるで、クリスマスキャロルのスクルージのみたい。あの人はいい人になったけど。

 客席に行くと、もう映画は始まっていた。僕たちは急いでスクリーンの前に行った。

にしても、まだ僕たちが客席に行ってないのに映画を始めるなんて。やっぱり、あの人は意地悪だ。これだから、大人は嫌いなんだ。オリオンはポケットからあのチケットを出した。

「映画の中に入るのには、このチケットに指一本でも触れていないといけないんだ。後、チケットを失くしたり、映画の中の人物に見つかると映画の中から出られなくなるから気をつけろよ」

 僕たちはオリオンの言う通り、片手でチケットを掴んだ。何だか凄くドキドキしてきたぞ。もうすぐ映画の中に入るんだ!

「な、何か凄くチケットが光り出したよ!」

 カノープスがそう言うやいなや、チケットが金色の光りを発し、僕は思わず開いている方の手で光りを遮った。あんまり意味はなかったけど。そして、次に起こった感覚。それは、スクリーンの方に引っ張られる感覚。何だか物凄く気持ち悪い。

「うわぁあぁああぁあああ!!」

 急にぐいっと引っ張られ、僕はチケットを掴んだまま気を失った。気を失う瞬間、僕は離れて行く客席を見たような気がした。

 

「ポラリス、大丈夫か?」
 目が覚めると、カノープスとオリオンの顔があった。頭が少しズキズキする。

「映画の中に入れたの?」
 僕は起き上がり、目を擦って周りを見た。僕たちは外にいるみたい。

「成功だよ。ここは映画の中だ」

 オリオンが楽しそうに言った。この町並み、建物に囲まれた感じの場所。朝だったのに周りはすっかり暗い。そうか! 主人公の男の子が夜中にバスに乗って逃げる所だ! 僕たちは何か大きな道の真ん中に立っているけど、ここって車道じゃないのかな。真ん中に白い線もあるし。

「見て! あそこに主人公がいる!」

 カノープスが建物と建物の間の細い道を指差した。本当だ。確かに、細い道から主人公の男の子が息を切らして走ってきた。映画のシーンと同じように右腕を上げた。その瞬間、僕たちは明るいライトに照らされていた。

「眩しい!」

 カノープスが手でその明かりを遮った。その明かりは凄いスピードで僕たちに近づいてきている。

「ヤバイ! あの主人公、今バスを呼んだんだ! このままじゃ、俺たちは轢かれちまう!」

「えぇぇええ!?」

 バスを呼んだのはわかってた。でも、僕たちはオリオンのバスに轢かれるっていうのに驚き、目ん玉が飛び出るほど驚いた。そうか! 僕たちは登場人物に見つかっちゃいけないんだ。バスは僕たちに気付いていない。逃げなきゃ轢かれるしかないんだ! オリオンはチケットをバスにかざした。僕たちの腕を引っ張り、チケットに掴ませた。その途端にチケットはさっきと同じように光り出し、その光りの中にぽっかりと黒い穴が開いた。その黒い穴からは向こう側、客席が見え、僕たちはその穴に飛び込んだ。何だかまた気持ち悪くなり、僕は目を瞑った。

 目を開けると、客席に戻って来ていた。ただ、入る前と違っていたのは客席に誰か座っていたことだ。赤毛の女の子と、オリオンよりも長身の男の子。それに、小柄で茶色の髪がツンツンはねている男の子が、僕たちのことを見ていた。トンガリ頭の子が、ズカズカと僕たちの方にやってきた。何だか少し怒っているみたいだけど……。
「ずるいよ、オリオン! 何で、勝手に魔法のチケットを使っちゃうんだよ!!」

 男の子はやっぱり怒っていて、オリオンにそう詰め寄った。この子たちはオリオンの友達なんだろうか?

「ごめんよ、リゲル。この二人に早く使わせてやりたかったんだ。お前ならわかるだろ?」

 オリオンはリゲルと呼んだ男の子の頭を撫でた。つまらないって、僕たちそんな顔してたかな。
「そんなことはどうでもいいのよ。オリオン! あなたに大切な話があるの」
 今度は女の子が客席から立ち、こっちに来た。オリオンは女の子の方を向いた。
「さっき、ペテルギウスが言っていたんだけど、北斗七星はそのチケットを通して、あなたを自分達の所に呼び寄せることが出来るんじゃないかと思うの。じゃなかったらそのチケットを、大人しく渡すわけがないわ。 北斗七星、アルカイドなのよ?」
 オリオンは、女の子の言葉を聞いてため息をついた。僕とカノープスはオリオンが何の話をしているのか、まったくわからなかった。彼らが誰かさえも。

「それは考えすぎだよ。ベラトリックス。いくらアルカイドでも、この俺には勝てなかったんだよ」

 オリオンはベラトリックスと呼ばれた女の子にニカっと笑いかけた。女の子は少し赤くなっていたけど、でも僕たちにはやっぱり彼らが誰だかわからない。
「ねえ、オリオン。彼らは誰なの?」
 カノープスが痺れをきらして、オリオンに聞いた。僕もそれを聞きたかったし、言おうと思っていたから、カノープスに先をこされて、ちょっと悔しくなった。僕はオリオンたちが話しているから話が終わるまで黙っていようと気を使ったのに。カノープスは、何て図々しい奴なんだ!
「あ、紹介がまだだったね。彼女はベラトリックス。長身の奴がペテルギウス。二人とも俺を同い年で、ベラトリックスは頭の回転が速く、ペテルギウスは力がある。小さいのはリゲル。お前たちの一つ下で、誰よりも足が速い。皆オリオン座のメンバーさ」
 オリオンは自慢げに自分の仲間を紹介してくれた。自慢できる友達がいるだなんて、僕はオリオンが羨ましくなったけど、気になることが一つ。

「オリオン座って何?」

 僕がそう聞くとオリオンはニカっと笑って今度は僕たちのことを紹介した。僕たちは皆と握手をし、友達になり、オリオンから「二人もオリオン座だから」と言われた。僕たちはオリオン座が何だかよくわからないけど、何だか嬉しくなった。仲間になれたことが。オリオンの自慢の仲間と友達になれたことが。もしかして、オリオン座っていうのは彼らのチーム名みたいなものなのかもしれない。そう考えると、そのメンバーに入れたことがますます嬉しくなり、思わず笑顔になった。

「オリオン! 早くチケットを使おうよ。僕も映画の中に入りたい」
 リゲルが目をキラキラさせながら、オリオンの腕を引っ張った。

「ちょっと! 人の話聞いてたの? これを使えばアルカイドの所に行ってしまうかもしれないのよ!」

 ベラトリックスは少しイライラしていた。だけど、オリオンはそんなの気にしないというように笑った。
「大丈夫だって! 映画の方は大分進んじゃってるけど、まぁいいよな」
 僕たちは、チケットを掴んだ。ベラトリックスもブツブツ文句を言っていたが、チケットを掴んだ。さっきより人数が増えたから、何か狭く感じたけど、どうにかしてチケットを掴んだ。全員が掴み終わると、またチケットがさっきのように光り出し、僕たちはスクリーンの中に吸い込まれた。やっぱり気持ち悪くなる。一体、どうしてだろう?

 映画は、主人公が学校で起きた出来事を問いただされる所だった。この後、主人公は無実の罪をきせられるんだったよね。

「この服で主人公たちに見つからないか?」

 ペテルギウスが主人公の制服と僕たちの服を見比べた。確かに、主人公の制服(全部紺色だ)に比べると、僕たちの服はカラフルだ。一応見つからないように隠れてはいるけど、少し目立ちそうだよね。

「大丈夫だろ。そんな長いこといるわけじゃないし」
 オリオンが、チケットをポケットに仕舞おうとしたとき、チケットがまた光りを発した。

「え、な、何で?」

 オリオンは突然のことで慌てていた。僕たちだって。そのうちに、誰だか知らない人の声が頭の中でした。でも、何を言っているのかわからなかった。どこの言語なのかすらも。どうやら、チケットを通して僕たちの頭の中に声が伝わっているみたいだ。 チケットからも同じ声が聞こえる。
「うわっ! 頭が……」
 カノープスが頭をおさえてその場にうずくまった。僕も、頭が割れそうに頭が痛い。この間、風邪ひいたときよりも、頭が痛い

「この声はアリオトだ。気をつけろ、何か仕掛けてくるぞ!」

 ペテルギウスがそう言ったのが聞こえた。だけど、チケットからの声が煩くて、ペテルギウスの声はその声にかき消されそうだった。知らない人の声はだんだんと大きくなっていった。

「うわぁ!? 引っ張られる!?」

 チケットがいっそう明るく光り、僕たちは目がくらんだ。その瞬間、映画の中に入るときと同じ感覚が起こった。でも、何だか少し違う感じ。ほんの少し、言葉では言い表せないけど。だけど、誰もチケットを掴んでいないのに、どうしてこんなことが起こるのだろうか。光りの眩しさに僕は目をつぶってしまったから、どうなっているのかよくわからなかったけど、これだけはわかった。僕たちは映画の中から追い出されたのだと。

 

「北斗七星のアジトへようこそ。オリオン座の諸君」
 頭の中の声と光りがやみ、目を開けると、僕たちは知らない七人に取り囲まれていた。ここは映画館じゃないね。どこかの家の中みたい。僕たちはやっぱりどこかに引っ張られ、映画の中から追い出されたんだ。でも、オリオンの話だとチケットを掴んでいないと映画から出られないのにどうして?

「ベラトリックスの言うこと、素直に聞いておけばよかったぜ!」

 オリオンの声だ。オリオンは自分の前に立っている黒い髪の男の子を見ている。この人がリーダーなのだろうか。七人の中に、一人女の子がいる。その子は、リーダーと思わしき人の隣に居た。何か、リーダーの右側にはバンダナまいている男の子がいる。
「オリオンは、彼らとは知り合いなの?」
 カノープスが隣にいたベラトリックスに聞いた。僕にはベラトリックスが頷いたのが見えた。
「彼らがさっき話していた北斗七星よ。ボスのアルカイドとオリオンは、仲の悪いライバルなのよ。それと……魔法のチケットは、アルカイドが持っていたの」
 僕とカノープスは、思わず顔を見合わせた。オリオンは、この人から勝手にとってきちゃったんだ。でも、この人もそうゆう不思議な物をどこで手に入れてくるんだろう? もしかして、さっきチケットを掴まなくても映画の中から出られたのは、この人たちが持ち主だったから?

「僕たちがチケットを掴んでなくても、映画の中から出られたのは彼らが持ち主だったから?」

 今度は僕が問う。ベラトリックスは僕の方を向いた。

「そうだと思う。詳しいことはわからないけど」

「そこ! 何をしゃべってるんだ!」

 バンダナの子がそう僕たちに指摘してきた。ごにょごにょとしゃべってたんだけど、バレていたのか。僕たちは途端に大人しくなった。
「魔法のチケットを返してもらおうか!! この……コソドロ!!」
 アルカイドが何か汚いものを吐き出すように言い、周りの六人がジリジリと僕たちに迫ってきた。これは、所謂ピンチってやつなのだろうか。でも、そんな状況なのにオリオンはニカっと笑った。

「嫌だね。まだ、返さないね!」

 オリオンは、脇に抱えていた絨毯を広げ、僕たちに目で合図を送った。僕たちは誰もがその合図は絨毯に乗れということを理解し、絨毯に飛び乗った!

「北斗七星、おしかったな。でも、これで何度目だ? 俺たちオリオン座に負けた回数は! 俺は今ここに宣言する! お前たち北斗七星は、一生このオリオン座に勝てないことを!」

 オリオンがそう高らかに言った瞬間、薄い膜みたいのが僕たちを包み、絨毯は凄い勢い窓を割り、外に飛び出した! 絨毯は上昇し、みるみるうちに北斗七星のアジトが遠くなっていった。薄い膜はパチンと音をたてて割れたけど、あの膜は一体何だったんだろう? それに窓ガラスを割って脱出したのに、不思議なことに誰もけがしてないし、ガラスの破片すら絨毯の上にはない。

「オリオン、お前最高だぜっ!」

「へへっ。当たり前だろっ! お前もナイスだったぜ!」

 オリオンとペテルギウスがハイタッチした。確かにオリオンは最高だ。ペテルギウスの言う通り。でも、ペテルギウスは何をしたんだろう? ナイスってことは何かをしたんだよね?

「さっきの膜はペテルギウスだったの? 僕、オリオンかと思ったよ」

「なんだと、リゲル。俺だってやるときはやるんだぞ。ガラスから皆を守るくらいの膜なら俺にだって楽勝さ」

「そうだよね。ごめんなさい」

 ペテルギウスが、リゲルの頭をわしゃわしゃと撫でた。リゲルは嬉しそうに笑った。そうか、あの膜はそうゆう膜だったんだ。だから、僕たちは皆けがしなかったんだね。それにしても、オリオンと出会ってから不思議なことばかりで、凄く毎日が楽しい! だって、今僕たちは世にも珍しい空飛ぶ絨毯に乗って飛んでいるんだもの! これがワクワクせずにいられないよ!

 

 絨毯は、古ぼけた一軒の家の前で止まり地面にハラリと落ちた。オリオンは、僕たちが絨毯から降りるのを見て絨毯を丸め、脇に抱えた。風が冷たい。もう冬も近いね。

「ここは俺たちのアジト。星の住みかだ。特別に二人を招待してやるよ」

 オリオンがニカっと笑い、ドアを開け、僕たちを招き入れてくれた。僕とカノープスはおそるおそる中に入った。中は、ただっ広い部屋が一部屋あるだけだ。隅の方にはベッドが四つ置いてあって、部屋の真ん中には大きなテーブルと、その周りにはイスが置いてある。奥にはキッチンがあるのかな? あのドアはトイレにでも繋がってるのかな? ここ、ガスとか電気はあるのだろうかと考えていたら、リゲルがテーブルの上に置いてあったランプに火を灯した。

「住みかってことは、皆でここに住んでるの? 父さんや母さんは?」

 ランプに照らされたカノープスが、イスに座ったオリオンに聞いた。ペテルギウスはいつのまにかベッドに座り、本と読んでいる。

「ペテルギウスとベラトリックスは孤児なんだ。リゲルは違うけど、一緒に住んでる」

「え、オリオンも孤児なの? それに子供だけで生活なんて出来るの? 水道とかガスはどうしてるの?」

 思わず口に出た。オリオンが孤児かどうかなんて聞かない方がいいことだってのは言った後に気付いた。カノープスが僕の横で「ポラリスは変なこと聞くなぁ」と呟いた。変なことっていうのは、水道とかのことかな。でも、ちょっと気になるじゃないか。

「まず俺のことだけど、俺は小さいときのことは覚えてないんだ。気付いたら病院にいて、だから俺が孤児かどうかっていうのは俺もわからない。後、子供だけの生活っていうのは、まぁ難しいけど、何とかなってるよ。ベラトリックスは、日中パン屋で働いてるし、ペテルギウスは煙突掃除とか、リゲルは新聞配達とか。俺も俺で絨毯使って色々やっているし。俺が仕事サボるとガスとか止められるけどさ」

 オリオンはニカっと笑った。子供なのに働いてるんだ。素直に凄いと思った。じゃあ、もしかしてオリオンたちは学校とかには行ってないのかな? それにしても、オリオンの覚えてないってことはどうゆうことなんだろう?

「そんなことよりもうすぐ昼食だろ? ベラトリックス、何かないか?」
 オリオンは、キッチンにいるベラトリックスに問うた。そうか。もうお昼か。何だかまだ聞きたいことがいっぱいあるよ。オリオンの色々やってるの色々とか。食費は働いたお金でどうにかやってるのかな? うーん、聞きたいけどあんまり聞きまくると何かヤだしな。

「この間貰った食パンがまだの残ってるわ。リゲル、手伝ってくれる?」
 ベラトリックスは、ペテルギウスの隣で本を読んでいるリゲルを呼んだ。リゲルは本を置き、跳ぶように走って行った。

「ベラトリックスはパン屋で働いているから、売れ残ったパンとかを貰ってきてくれるんだ」

 リゲルがベラトリックスの手伝いをしながら、僕たちにそう教えてくれた。

 それから、僕たちは、星の住みかでパサパサした食パンを食べた。ちょっとカビみたいのがはえていたけど、そこの部分はとり、ベラトリックスが簡単なスープを作ってくれた。今まで食べたご飯の中で一番味がしなかったけど、一番楽しかった。皆で食べるご飯がこんなに楽しいものだなんて僕はすっかり忘れてしまっていたよ。だって、ここ何カ月も皆で何かご飯食べてないもの。いつもカノープスと二人だけ。約束だって破る。でも、今はこんなに楽しい。だから、そのことは考えないようにし、心の奥底にしまいこんだ。

 

「いけない! もうこんな時間だ! そろそろ帰らないと!」

 日が傾いてきた頃、カノープスがそう言った。ペテルギウスとリゲルはいつの間にかいなくなっている。

「もう暗くなるしなー。また明日来いよ」

 確かにオリオンの言う通り。最近は暗くなるのも早くなってきた。家には誰もいないけど、電話とかきちゃったら大変だ。

「そうだね。そうするよ。また明日も話を聞かせてね」

 僕とカノープスはオリオンとベラトリックスに見送られながら外に出た。皆口ぐちに「バイバイ」とか、オリオンは「気をつけろよー」とかで、手を振った。僕たちは何度も何度も振り返り、二人に手を振り返した。少し名残惜しいけど、また明日行けばいい。そう笑顔で、良い気分で家に帰ったのに、その気分は家に着いた途端ふっとんでしまった。だって、家に電気がついているんだもの! 誰もいないはずなのに! 僕とカノープスはお互い顔を見合わせ、まさか泥棒? と同じことを考えていた。カノープスがおそるおそる玄関のドアノブに手をかけると、何と鍵が開いていた! 鍵はちゃんと持っている。カノープスはヤバイって感じで僕のことを見た。外はもうだいぶ暗い。

 玄関のドアを開けると仕事でいないはずの母さんが怒った顔で立っていた。

「こんな時間まで何をしていたの?」

「母さん。帰ってくるのは明日じゃないの?」

 カノープスがおそるおそる聞いた。この感じ、凄く怒られそうだ。

「仕事が早く終わったから一日早く帰って来たのよ。母さんを困らせないでちょうだい。母さんも、父さんも仕事で忙しいのは知っているでしょう? 貴方たちはもう子供じゃないのよ」

 母さんはそうため息をついた。もしかして、僕たちのことが心配で早く帰ってきたのかもと思ったけど、僕の期待はすぐに打ち破られた。僕は悲しさと同時に怒りさえ覚えた。僕は、ついに爆発した。

「仕事、仕事って母さんはいつもそうじゃないか! いつも仕事だからって僕たちとの約束も破る。それに子供じゃないってどうゆうこと? どこが子供じゃないっていうの!? 母さんも父さんも嫌いだ! いなくなっちゃえばいいんだ!!」

 そう言い放った瞬間、ほっぺたに痛みを感じた。母さんが僕のことを引っ叩いたんだ。僕は母さんを見られなかった。母さんの僕を引っ叩いた手が震えているのが目に入ったから。

「ポ、ポラリス!!?」

 僕はいつのまにか走り出していた。後ろから、カノープスも慌ててついてきたけど、僕は気にしなかった。とにかくここから離れたくて、消えちゃいたくて家を飛び出した。

「待ってポラリス!」

 カノープスの声が聞こえる。でも、僕は走っていた。とにかく走って、気付いたら立ち入り禁止のビルの屋上にいた。僕はこのビルのこの場所で、オリオンに星のことを教えてもらったことがある。

「何でだよ、何でだよ!! 大人何て最悪だ! 仕事、仕事って。そんなに仕事が好きなら一生仕事をしれてばいいんだ!!」

 僕はそう叫んでいた。大人が仕事しなきゃいけないのはわかってる。仕事しなきゃ、お金は貰えない。そうすると、生活は出来ない。

「ポラリス……」

「僕は大人に何かなりたくない。カノープス、お前もそうだろ?」

 僕はカノープスを見た。高い所だから、風が強い。

「ぼ、僕だってポラリスと同じ気持ちだよ。もし、ネバーランドがあるなら行きたいけど……」

「ネバーランドはない」

 おどおどしているカノープスに、僕はきっぱりと言い切った。

「わかってる。わかってるよ。僕だって、逃げだしたいと思うことはある。だけど、僕は……」

 カノープスが言いかけた瞬間、強風が吹き、僕たちは煽られた。

「うわっ!?」

 風に飛ばされ、僕はバランスを崩し、屋上のフェンスに寄りかかった。ほっと一息ついた瞬間、寄りかかったフェンスが、バキっという音がして、フェンスは地面に落ちて行った。だからここは立ち入り禁止なのか。

「ポ、ポラリス!?」

 下に落ちそうになっている僕の手をカノープスが掴んだ。だけど、そんな僕たちを嘲笑うように強風が吹き、風はカノープスのことを押した。

「うわっ!」

 カノープスは風に飛ばされないようにと踏ん張るが、風は無情にも吹きやむことはない。

「うわぁあああぁあ!!!!」

 僕たちは、ついにビルの屋上から落っこちた。風に飛ばされて。でも、心のどこかでこれで大人にならなくて済むという僕がいる。心のどこかで母さんに謝る僕がいる。でも、どんな僕がいてもカノープスの手だけは離さなかった。

 落ちて行く瞬間、何か不思議なことが起こった。落ちている僕たちに向かって風が吹いた。だけど、今度は飛ばされることなく、僕たちはその風にのった。

「な、何が起こってるの?」

 さっきまで目を瞑っていたカノープスが僕の手をいっそう強く握りしめた。

「わからないけど、どんどん上に行ってるみたい」

 風は、僕たちを上へ上へと連れて行く。上に行くとなにか見えてきた。何か建物のような? いや、あれはお城だ! 空の上にお城があるんだ! 

 僕たちは古ぼけた大きな城の前で風から降ろされた。ここは空のはずだよね? だって、すぐ近くに星も月もあるし。うーんと下の方に夜景が広がっているし。空に囲まれた巨大な城。大きい塔や小さい塔。まるで、空に囲まれたモンサンミッシェルのよう。さっきまで、あんな気持ちだったのに、僕はワクワクしていた。それはカノープスも同じみたい。声聞かなくたって、顔を見ればわかるよ。

 僕たちは城の周りを探索した。やっぱり、ここは空の上だ。しかも、夜だっていうのにたくさんの子供たちが歩いている。マチュピチュのように高い山の上に立っているわけではないここは一体どこなんだ? それにさっきの風は一体何?

「あれ? ポラリス? それにカノープスも?」

 僕たちの後ろで声がした。知っている声だ。

「何で二人がここにいるのさ!?」

 振り返ると目を丸くしてそうリゲルと、びっくりしているペテルギウスが本を抱えて立っていた。

「ペテルギウス! それにリゲルも。ここは一体どこっていうか、何なのさ?」

 僕とカノープスは二人に駆け寄り、僕がそう問うた。二人は困ったような顔をし、顔を見合わせている。

「どこって、何って聞かれても……。とにかく、ここは二人の来る場所じゃないよ。だから、ごめんね?」

 リゲルはそう申し訳なさそうに言うと、僕たちを城の外れまで連れて行った。何か、鐘がある。

「何でこんな所に連れてきたの?」

 カノープスがそう不思議そうに二人に聞いたけど、二人は申し訳なさそうな顔をして、謝るだけだった。

「本当にごめん!!」

「えっ……!?」

 びっくりした。だって、僕たちはリゲルに突き落とされたんだ。さっきのごめんは、そうゆうことだったのか。

「うわぁああああああ!!」

 離れて行く巨大な城。僕たちは大声で叫んだ。今度こそ終わりだと思って。だけど、そう思った瞬間、僕の足はあのビルの屋上に立っていた。不思議なことにどこもけがしてないし、痛くない。カノープスが不思議そうな顔で僕のことを見た。

「どうゆうこと?」

「わからない。でも、オリオンなら何か知ってるかもしれない」

 そう言ったとき、母さんのこと何かどうでもいいと思っている僕に気付き、オリオンに明日も会えると思った瞬間何だか嬉しくなった。そう思った瞬間、お腹が減った。そういえば、夕飯食べてなかったな。家に何かあるかなぁ。

「取り敢えず、帰る?」

 カノープスがおそるおそる問う。そんなカノープスのお腹からも音がした。

「うん。帰って、ご飯食べよう」

 こうして、僕たちは家に帰った。ここに来るときとは、まったく違う気持ちで。

 僕たちは家に帰ってすぐに、リビングに行き、用意された夕食を急いで食べた。お腹がすいていたものもあるけど、母さんに会うのが気まずいから、急いで食べて部屋に行き、そのまますぐに寝てしまった。寝てれば母さんが来てもわからないから。

 

 朝起きたとき、母さんはもういなくてリビングに置いてある僕たちのご飯の隣に手紙が置いてあった。『昨日は引っ叩いてごめんなさい』って。僕は何だか胸が痛んだ。もしかしたら、母さんにも何か事情があるのかもしれない。今日は日曜だって言うのに仕事に行って。父さんもだ。大人になったら父さんと母さんのこと、理解出来るのかな。僕は朝食を食べながらそんなことを考えていた。

「オリオーン」

 僕たちは、お昼頃に星の住みかに行った。明日は普通に学校があるから、宿題とか明日の準備とかを済ませていたんだ。

「おー、お前たち。来たか」

 星の住みかにはオリオンとリゲルが居た。

「あれ? ペテルギウスとベラトリックスは?」

 カノープスが居ない二人を探すように部屋の中をキョロキョロと見渡した。

「二人は仕事に行ってるよ」

「僕も朝一番で仕事に行ってきたんだよ」

 オリオンがそう言った後、リゲルが自慢げにそう言った。そうか。そう言えば、昨日仕事してるって言ってたもんね。でも、今日はそんなことより……。

「今日はオリオンに聞きたいことがあって来たんだ」

「聞きたいこと? 何だ?」

 オリオンが不思議そうな顔をした。横目でチラリとリゲルのことを見たら、リゲルは僕たちの聞きたいことがわかっているみたいだった。

「昨日の夜、オリオンが星を教えてくれたビルの屋上にいたんだけど、急に変な風が吹いて……。それで、僕たち大きなお城の前にいたんだ。空の上にそんなものがあることが不思議なのに、たくさんの子供がいたんだ。一番びっくりしたのは、そこにペテルギウスとリゲルもいたことなんだけど。あそこって一体何なの?」

 そうオリオンに問うと、オリオンは暫くの間口をあんぐりと開けていた。僕とカノープスは、オリオンが何かを言うのを待った。

「お前たち、すばるに導かれたのか?」
 オリオンが、目を丸くして言った。

「すばる?」

 僕とカノープスが同時に言った。いつのまにかリゲルがいなくなっている。オリオン、昨日のこと知らなかったみたいだし、リゲルとペテルギウスは何も言わなかったんだなぁ。何か言われるのが嫌でリゲルはどこかに行ったのかもしれない。

「そう。すばる。って、ペテルギウスとリゲルの奴、知ってたなら俺にも教えてくれればいいのにーって、逃げられたか」

 オリオンはそうぼやき、リゲルが居た所を見た。リゲルの居た場所はオリオンから死角になってる所だったからリゲルがいなくなったのに気付かなかったんだ。オリオンは、はぁ…とため息をついた。

「すばるは、全てを信じられなくなったり、この世界から逃げたいって思っている奴が導かれる場所さ。導かれ、すばるの一員になると魔力を与えられ、魔法が使えるようになるんだ」

「魔法!? 魔法が使えるの!?」

 オリオンの話を遮り、カノープスが目をキラキラとさせていた。そういえば、カノープスはそんなの信じてたっけ。昔から。

「まぁ、続きを聞けって。で、すばるではその魔法の使い方とかを習ったりするんだ。その代わりと言っては何だが、すばるに入ると監視者がつく。いくつかのルールがあるからね。身も心もすばるに入り込んでしまうと、現実に帰って来られなくなるんだ。ペテルギウスとリゲルは大丈夫そうだけどな」

 僕は床に置いてある本を見た。やっぱり思った通り。この本はすばるでペテルギウスたちが持っていたものと同じだ。

「オリオンはずいぶん詳しいね。どうして?」

 オリオンに知らないことはない。そう思っているから、僕たちはオリオンに聞きにきたんだけど。現実に帰ってこられないとこも気になったけど、僕はどうしてもこれが聞きたかった。オリオンは気まずいそうに頭を掻いた。

「俺もすばるに居たときがある。そこで、ペテルギウスやリゲル、北斗七星に遭ったんだ。まぁ、俺は途中ですばるを抜け出したんだけどな。あ、俺の仕事っていうのも、そうゆう感じのやつ。絨毯を使って、魔力が込められたものを回収したりとか」

 そうか。皆して魔法使いだったのか。だから、魔法のチケットとか。オリオンの冒険談は、その仕事で冒険してきたことなんだ。だって、魔力がこめられたものってそうそうないじゃない。呪いの銅像とかそんな感じでしょ? 映画とかでは見たことあるけど、実際には見たことない。でも、本当にそんなものがあったなんて! でも、どうしてオリオンは……。

「オリオンはどうして抜け出したの? と、いうかどうして皆してすばるに導かれたの? ベラトリックスは?」

 僕がそう問うと、オリオンは「ポラリスは質問が多いなぁ」って苦笑した。だけど、オリオンはちゃんと答えてくれる。僕はそれがわかってるから、質問するんだ。

「俺にも色々あったんだよ。俺はすばるに入る前から、何故か魔法が使えたし、昔のことはわからないしな。ペテルギウスは親が事故で死んで、リゲルは虐待とかいじめで、北斗七星のことはよくわかんないけど、アルカイドは……まぁ、お前たちは知らなくていいだろ」

「ペテルギウスとリゲルが……」

 オリオンの話を聞き、カノープスが悲しそうな声を出した。きっと、二人に同情しているんだと思う。ペテルギウスが孤児だっていうのは聞いてたけど、まさか事故とかだなんて……。それに、リゲルも。リゲルはあんなに良い子なのにどうしてそんな目に遭わなきゃいけないんだ? 虐待とかいじめって最悪じゃないか。特に虐待は……やっぱり大人って嫌だな。オリオンはすばるに導かれる前から魔法が使えただって!? カノープスはそこには何も反応しなかったけど。でも、何かオリオンならあり得そう。だって、凄く不思議な人だもの。

「まぁ、そのあたりのことはあんまり聞くなよ。俺のことも。聞いたって俺がわからないから答えられないし。っと、後ベラトリックスはすばるには導かれてないよ」

「絨毯は? 絨毯もすばるで貰ったの?」

 僕はまた問うた。

「いや、絨毯は俺のだよ。今の俺が覚えている限りでは、俺はこの絨毯とずっと一緒さ」

 オリオンは、隣に置いてある絨毯に手を触れた。絨毯はオリオンにとって宝物なんだね、きっと。

「それにしても、まさかお前たちが導かれるなんてな」

 オリオンは僕とカノープスを交互に見た。もう、僕たちにはどうしてすばるに導かれたのかわかっていた。だけど、わからないふりをした。

「お前たち、大人になりたくないって思ってるだろ? 大人になるくらいなら、ここから消えたいとかそんなこと考えてただろ? そんな思いからすばるに導かれたんだ」

 僕とカノープスは何も言わなかった。何も言えなかったのかもしれない。わかってるよ。大人にならなきゃわからないこともたくさんあるってことも。

「大人って、本当はさ。悲しい生き物なんだよ。でも、大人にならなきゃ夢を叶えられない」

 わかっている。オリオンの言いたいことはちゃんとわかっている。だから、そんな真剣な目で僕たちを見ないでよ。ちゃんとわかってるから。母さんたちのことを理解するためにも、大人にならなきゃいけないんだ。

 暫く、誰も口を開かなかった。暫くした後、

「もう聞きたいことはないか?」

 とオリオンが言った。オリオンはニカっと笑っていた。だから、僕たちも自然と笑顔になった。

「うん、もう大丈夫。それより僕、またあのチケットをつかって映画の中に入りたいんだけど」

 カノープスはいつもこうだ。すぐこんな風に我侭を言う。カノープスはちゃんとわかっているんだろうか。オリオンの言ったことを。

「あー、あれね。あのチケット、ベラトリックスがずっと持ち歩いているんだ。もう使っちゃ駄目だって。これじゃあ、持ち主にも返せないよな」

 オリオンはニカっと楽しそうに笑った。オリオン、全然気にしてないし、困ってなさそうだ。僕は内心ほっとしていた。だって、もうあの引っ張られる感覚、二度と味わいたくない。

 

 僕たちは聞きたいことだけを聞き、星の住みかを後にした。多分、二時間位しかいなかったんじゃないかなぁ。でも、昨日のこともあるし、明日は学校だし、色々考えたいし。

「なんか、僕たちって恵まれてるね」

 家に向かう途中で、カノープスがそう言った。確かにカノープスの言う通りだ。オリオン座のメンバーに比べれば僕たちは凄く恵まれている。僕たちは我侭ばかり言っている。もしかしたら、そのせいで母さんたちを傷つけていることもあるかもしれない。

「そうだよ。君たちはものすごく恵まれている。それにやっと気付いたの?」

 突如、僕たちの横からそう声がした。知らない子の声。声の主を見たけど、知らない子だ。でも、どこかで見覚えがある。でも、どこだろう?

 僕たちはいつのまにか三人の子供たちに囲まれていた。僕が考え込んでいる間に包囲されたに違いない。きっと、僕たちより年下の子たちだろう。

「僕はフェグダ。北斗七星だ」

 銀髪の、僕たちに最初に声をかけた子がそう名乗った。そうか。北斗七星のアジトで見たんだ。確か、リゲルの前にいた子たちだ。

「僕はメラク」

 僕たちの背後にいる髪がくるくるした子が名乗った。この子も北斗七星のアジトにいたぞ。

「僕はズーベ」

 最後に、フェグダと対角線上にいる……つまりカノープスの横にいる小柄な子。

「僕たちをどうするつもりなの?」

 カノープスは不安そうに問うた。カノープスの奴は臆病だから、僕の服を掴んでる。きっと、不安というか怖いのかもしれない。僕はあまり怖くないけど。けがとかはさせられなさそうだし。

「君たちには迷惑かもしれないけど、アジトに連れて行く。逃げようだなんて思わないほうがいい。君たちに魔法は使えないのだから」

 フェグダがそう言い終わるやいなや、他の二人に逃げられないように掴まれた。抵抗すれば出来たかもしれない。三人は年下で、僕たちよりも小さいし。でも、僕たちは抵抗しなかった。逃げたら魔法で何されるかわからなかったからだ。こうして、僕たちはあっさりと、北斗七星のアジトに連行された。

 

 アジトでは一体どんな扱いをされるのだろうと思った。縛られたりとかするのかと思っていたけど、全然そんなのはなかった。ただ本当につれてこられただけで、僕たちは何か地面に描いてある絵の上で放置された。

「ねえ、アルカイド。こんなことしてオリオン座は本当に来ると思う?」

 北斗七星、唯一の女の子がそう言った。だけど、アルカイドは答えない。何か一人でブツブツと独り言のようなものを言っていた。ちょっと気持ち悪い。

「来るでしょ。今、アルカイドが呼び出しているし。それに来なかったら結構酷いよ。だって、チケットと交換だろ? ミザルもそれはわかっているだろ?」

 バンダナを頭にまいている男の子がミザルにそう言った。ミザルはうーんと唸った。

「確かにメグレズの言う通りだけどさー」

 バンダナはメグレズって言うのか。こいつ、僕たちに注意した奴だ。にしても、オリオンを呼び出すだなんてどうやってやるんだろう? でも、初めてここに来たときも僕たちは何か呼び出された感じだよね。僕はそれをカノープスの話そうと思ったんだけど、カノープスはすっかり怯えている。こいつ、怖がりだからなぁ。

「ミザル、メグレズ。オリオン座は来る。今呼びかけた」

 アルカイドはぶつぶつ言うのをやめ、ミザルたちの方を見た。

「どんなふうに呼びかけたんだ? アリオトがやったみたいなの?」

 メグレズが特に興味なさそうに聞いた。アルカイドは首を横に振った。

「チケットに文字を浮かび上がらせた。双子とチケットを交換と。あいつのことだ。すぐに来るだろう」

 アルカイドは自信たっぷりだった。もしかして、アルカイドはオリオンのことよくわかっているんじゃないかなぁ。

 急に、さっきまで分厚い本を読んでいたアリオトが顔をあげた。

「来る!」

 その瞬間、閉まっていたドアが開き、ビュンという音がした。

「絨毯をスピード舐めんなよ! さぁ、二人を渡して貰おうか!」

「オリオン!!」

 オリオンたちだ。オリオンが先頭で、オリオン座メンバーが現れた。もう、最高にカッコいい!! カノープスなんか感激の声を出した。何か、僕は少し嬉しくなった。

「チケットと交換だ」

 アルカイドはそう不敵に笑う。どこか怒っているようで。だけど、オリオンはそんなアルカイドを見ていつものようにニカッと笑った。

「嫌だなぁ、アルカイド。黙って借りただけじゃないか。お前が面白そうなものを持っているから。返してやるから、二人を返せよ」

 オリオンは何か余裕な感じ。だからカッコいいんだ。

「お前がチケットをこっちへ持ってこい」

 アルカイドは余裕たっぷりなオリオンに凄んだ。だけど、オリオンはニヤっと笑い、仲間を率いてアルカイドの方に行った。オリオンも僕たちと同じような変な絵の上に来た。僕たちの絵とはちょっと違う。

「ほら、お前のチケットだ」

 オリオンがアルカイドにチケットを投げた。そのチケットを受け取ると、今度はアルカイドがニヤっと笑った。アリオトとフェグダとズーベが何かブツブツと言いだした。何を言っているかわからない。オリオンたちも三人を見ている。僕はあることに気付いた。オリオンたちの足元の変な絵が、その絵にそって真っ黒い空間が広がっていくのが見えた。何だか凄く嫌な予感がする。

「皆、そこに居たら危ない!」

 僕は思わずそう叫んでいた。だけど、もう遅かった。足元の黒い空間は完成して、床が消えちゃったんだ。

「うわぁあぁあああああぁああ!」

「オリオン!」

 オリオンたちは叫び声をあげながら、その空間に吸い込まれるようにして落ちて行った。すぐにオリオンたちのもとへ駆けて行くカノープスの声が聞こえた。もう少し早く気付いていれば、こんなことにはならなかったのに。

「あなたも同じ所へ行けるわよ」

 ミザルの声が聞こえた。でも、その声は僕に言っているんじゃない。そうだ! カノープス! カノープスはどうなったんだ? さっき、オリオンたちの方に行ったけど。僕は黒い空間を見た瞬間、駆けだしていた。カノープスがミザルに突き落とされそうになっているんだ。

「カノープス!」

 どうにか僕は間にあい、突き落とされたカノープスの腕を掴んだ。カノープスぐらい、弟のことぐらい、僕が守ってやるんだ。こいつ、臆病だから。

「ポラリス! ダメだよ、ポラリスまで落ちちゃうよ!」

 僕は非力で、カノープスもそのことはよく知っている。腕は痛いし、もう何も言いたくない。引っ張るのに集中しないと、落としてしまうから。

「美しい兄弟愛だねぇ。だったら、二人一緒に行っちまえ!」

「わぁ!?」

 僕が、がんばっていると後ろからメグレズに蹴り飛ばされ、カノープスの腕を掴んだまま暗い穴に落っこちて行った。カノープスのことだけは離すまいと思っていた。だけど、何でかよくわからないけど、僕たちは引き離され、手を伸ばしても届かなかった。

 カノープスと引き離された後もどんどん落ちていった。とにかく、真っ暗闇の中を落ちているのかと思った。でも、そうではなく、落ちていけば落ちていくほど星みたいにキラキラしたものが見えてきた。何だか宇宙みたいだなとか思っていると、いつのまにか僕は無数の星に囲まれていた。

「ここは一体どこなんだろう?」

 あたりを見渡しても星しかない。でも、息が出来るってことは宇宙ではない。

「誰かいないのー?」

 僕は大声で声をあげた。そしたら、すぐに僕の声が跳ね返ってきた。山じゃないのに。

 僕は皆を探して歩き出した。本当にここはどこなんだろう? 何だか心細くなってきた。でも、同時に凄く神秘的で綺麗で、僕の頭から宇宙のことが離れなくなった。だけど、やっぱり心細く、その場でしゃがみこんでしまった。このまま誰にも会えなかったらどうしよう。そう思うと、自然と目から涙が出てきた。

「カノープス……、お前どこに行っちゃったんだよぉ……」

 綺麗だけど、こんな所に一人でいるのは嫌だ。宇宙飛行士だって一人では宇宙に行かないじゃないか。家に帰りたい。でも、どうやって帰ればいいの? 僕には絨毯もロケットも魔法もない。このままここで飢え死にしてしまうのだろうか?

「     」

 遠くで誰かの声が聞こえた。何を言っているのかは聞き取れなかったけど、僕は立ち上がった。だって、この声は!!

「カノープス! オリオン! 僕、ここにいるよ!!」

 僕は涙を拭い、力いっぱいそう叫び、声が聞こえた方に駆け出した。その間も、僕を呼ぶ皆の声が聞こえてきて、ついに見えた。星に照らされてカノープスが、オリオンが、皆が絨毯に乗って僕の方に来てくれた!

「カノープス、オリオン!」

 僕は嬉しくなった。同時に安心した。だって、カノープス、けがとかしてなさそうなんだもの。

「おー、ポラリス。無事だな。良かった、良かった」

 オリオンがいつものようにニカっと笑う。

「ポラリス! ポラリス!」

 カノープスが絨毯から飛び降り、僕に泣きながら抱きついてきた。僕はやっぱり非力で、お兄ちゃんなのにカノープスを受け止めることが出来ず、倒れこんでしまった。にしても、カノープス恥ずかしい奴。皆が見ているじゃないか。しかも笑顔で。

「オリオン、ここは一体どこなの?」

 カノープスを引き離し、起き上がりながら僕はそう問うた。

「ここはすばるの地下。まぁ、反省室みたいなものだ。星しかなく、あたりには誰も居ない。皆、心細くなり、泣いたり謝ったりする。過去の嫌なこととか思い出したりして。実際、こいつらもお前みたいにしょぼくれてたしな」

 オリオンがそう言って、僕にウインクをした。それを聞いて、僕は何だか安心した。だって、心細くなってたのは僕だけじゃなかったんだ。現に皆恥ずかしそうにしてるってことは、本当のことなんだね。

「俺はここ、結構好きだけどな。綺麗だし」

 オリオンは楽しそうに笑う。うん、確かにオリオンの言う通り。こんな星、地上からじゃ見えない。本当の宇宙はもっと凄いのかなぁ。何か、ちょっとワクワクしてきたぞ。

「そんなことよりオリオン」

「わかってるよ、ペテルギウス。ポラリスも、カノープスも絨毯に乗れ。北斗七星に仕返ししてやろうぜ。どうぜ、あいつら俺たちがここでしょぼくれて、謝ってくるのを待ってるんだぜ。ここからは、反省して謝らなきゃ出られない仕組みだからな。だけど、俺はここからの脱出方法を知ってるよ」

 オリオンはそう言いながら、ペテルギウスと共に僕たちを絨毯に引っ張り上げた。

「さぁて、ペテルギウス、リゲル。やり方はさっき話した通りだ。頼んだぞ!」

 オリオンがそう声をかけると、ペテルギウスとリゲルが頷くのが見えた。二人は北斗七星のように何かをブツブツと唱え始めた。オリオンはオリオンで真っすぐに絨毯を飛ばした。僕には一体何が起こるのか全くわからない。それは、カノープスもベラトリックスも同じみたいだ。顔を見ればわかるよ。

「見て! 光が見えてきた!」

 カノープスが指差した先には確かに光が見えた。弱い光で今にも消えちゃいそう。

「よーし! 行くぜぇー!」

 オリオンはその光に向かって絨毯のスピードをあげ、光の中へと突っ込んだ。不思議とその光は眩しくなかった。

 

 光を抜けると、僕たちは北斗七星のアジトにいた。
「な、何でお前たちここにいる? どうやって抜け出した?」
 アルカイドが目を丸くして僕たちのことを見ていた。絨毯は床にパラリと落ちた。
「アルカイド、お前は三つの間違いをおかした。一つ目に俺はすばるに居たということ。二つ目に俺はあそこによく遊びに行っていたから、脱出方法も知っているってこと。三つ目に、俺たちを誰だと思ってる? オリオン座だぜ?」

 オリオンは不適に笑った。やっぱりオリオンはサイコーだ! カッコいいし、何でも出来る。僕もオリオンみたいになりたいな。 

「さぁ、かかってきな。アルカイド。北斗七星とオリオン座の決着をつけようじゃないか」

 アルカイドはオリオンの挑発に震えている。きっと、悔しいんだ。

「アルカイド! こんな奴、早くやっちまおう!」

 アルカイドの隣に居るメグレズが興奮して言った。他の北斗七星も口々に「そうだ、そうだ!」と同意した。アリオトだけは、何も言っていなかったけど。暫く睨み合いが続いた。お互いがお互いに飛び掛ろうとした瞬間!

「双方、そこまで!」

 まるで時間が止まったみたいだった。オリオンもアルカイドも、飛びかかかる体勢で固まってしまったのだ。いつの間にか四人の男の人が北斗七星とオリオン座の間にいた。いつ来たのか、どうやって来たのか僕にはまったくわからなかった。この人たちが何なのかも。

「ペガサス座」

「まったく気付かなかった……。いつ来たんだ?」

 オリオンとアルカイドはお互い拳を下ろした。

「君たちが飛びかかろうとした時だよ」

 長身の人がにっこりと微笑んだ。にしても、彼らは一体誰なんだろう?

「ねぇ、ペテルギウス。彼らは一体誰なの?」

 カノープスも僕と同じことを思ったみたいだ。そうペテルギウスに聞くのが聞こえた。

「彼らはペガサス座。すばるの監視者だ。長身の人がアルフェラツ、黒人の人がアルゲンプ、小柄な人がシャート、眼鏡の人がマルカブだ。彼らの仕事は監視と、すばるのルールを破ると罰を与えるんだ。その罰とはすばるで貰った魔力を削ること! 特に今回、北斗七星はすばる以外の人に迷惑をかえたからね。魔法を良いことに使わなかった」

 ペテルギウスは北斗七星から目を逸らした。僕は北斗七星を見た。ペガサス座の人たちが北斗七星に手を翳し、まるで何かを吸いだしているみたいに見えた。実際、何かうっすらと光りのようなものが見える。

「もう、普通の人に迷惑かけないようにするんだな」

 終わったのか手を下ろし、アルゲンプが言った。厳しい口調で。北斗七星は落ち込んでいるというか、ショックを受けているみたいで、その場にへたりこんでいた。

「それとオリオン。アルカイドを挑発するようなことはやめてくれ。今回は君たちの事は見逃すが、オリオン。君がチケットを勝手に持ち出したりしなければこんなことにはならなかったはずだよ。アルカイドがやり過ぎたのは事実だが」

 シャートがオリオンの前に来て、そうため息をついた。

「次はもうないよ、オリオン」

「わかってますって。それより、最近俺の仕事ないみたいなんですけど、どうなってるんですか?」

「まぁ、待ちなさい。君に渡したいものがあるんだ」

 今度はアルフェラツ。オリオン、ペガサス座の人たちと知り合いなんだ。仕事もこの人たちから貰っていたんだ。確かにこの人たちなら不思議な仕事を持っていきそうだ。

「俺に渡したいもの?」

「そう。君はこの木箱に見覚えがあるだろ?」

 マルカブがどこに持っていたのか、小さな木箱をオリオンに差し出した。オリオンは黙っていた。

「これは君の物だろう? 君のき……」

「いりません。そんな物知りません」

 オリオンはマルカブの言葉を遮り、そう言い放った。

「そんな物いりません」

「本当に良いのかい? これは君の大切なものだろ?」

「いらないっていってるだろ! そんな物、さっさと捨ててくれ!」

「オ、オリオン! 一体どうしたの?」

 マルカブにそう大声で言い放ったオリオン。その普通では考えられないオリオンの行動にベラトリックスが驚き、オリオンの隣へ行った。

「大丈夫だよ、ベラトリックス」

 そう言ったオリオンの笑顔はどこか悲しそうで、寂しそう。

「オリオン、オリオン」

 リゲルがオリオンに抱きついた。オリオンは、ただひたすら大丈夫だよと繰り返していた。

 僕たちは北斗七星のアジトを後にし、家に帰った。僕とカノープスは両親と仲直りし、お互いを理解することが出来た。僕たちにも非があった。我侭ばかりで、母さんたちのことを全然考えていなかった。これからの僕たち家族は大丈夫。きっと、もうすれ違わないし、ネバーランドのことを考えることもない。だって、僕たちの正直な気持ちを言ったら、母さんたちわかってくれたもの。オリオンの言った通り、大人は悲しい生き物だったんだ。

 

 オリオンは、完全じゃなかった。僕たちと一緒だった。でも、やっぱりオリオンは最高にカッコよくて、僕たちには何もわからない。でも、僕にはわかったことがある。あそこにいったお陰で、僕は本物に興味を持った。そのためにも僕は大人にならなきゃいけない。子供のままでは、宇宙に行くことはできない。だから僕は大人になる。だけど、悲しい大人にはならない。そう決めたんだ。

 

 キラキラ光る星たちは僕にすてきな出会いをくれた。すてきなことを教えてくれた。不思議なことはいつもどこかで起きている。偶然何かじゃない。子供が夢を持つ。偶然何かじゃない。

 さぁ! 早く勉強しないと! これから忙しくなるぞ。

 これで僕の話はおしまい。皆、聞いてくれてありがとう。

 

 


第二部 オリオン

 またあの夢だ。いつもの夢。海の中から空を見ている夢。一体何でこんな夢を見るのか。なんとなく、理由はわかっている。それは……。                                                              

 

「寒い~! 外に何か出たくないよー!」                                                  

 リゲルがそうドアの前でだだをこねた。もう、ここはすっかり冬になってしまった。ベテルギウスが町のテレビ屋で天気予報を見た所、今年の冬は去年に増して寒くなると言っていたらしい。その話を聞いた途端、ベテルギウスが悪いわけではないのに、ベラトリックスが文句を言った。ただでさえ、ここの冬は寒いのにと。

「なー、ベラトリックス。やっぱりやめようぜ? 外は寒いしさー」  

 俺はすっかり冷え切った手に息を吹きかけた。それだけじゃない、あまりの寒さに貧乏揺すりでもしているかのように震えている。ベテルギウスも、リゲルも。

「何言ってるの! ヒーター、せめてホッカイロだけでも買わないと。私たち凍え死んじゃうわ!」  

 ベラトリックスはそう言いながら嫌がるリゲルにマフラーをまいた。

「そうだ! ポラリスたちの家にあったまりに行こうよ! それならあったかいよ!」

「だめよ、リゲル。二人に迷惑かけるでしょ。二人のご両親にも」

「えー……」  

 リゲルが気の抜けた声を出した。確かにポラリスたちの所には暖かい物がある。だけどさ、せっかくの家族団欒の時間を邪魔したくない。仲直りしたんだし。

「ベラトリックス、行くなら早く行った方が。こんな天気じゃ雪がいつ降ってもおかしくないよ」

 ベテルギウスは小刻みに震えながら窓から外を見た。雲は今にも雪が降ってきそうで、まるで雲じたいが雪のような。

「そうだ! 何か、そういう魔法はないの? 暖かくなる魔法みたいな」  

 ベラトリックスははっとして、期待すような眼差しでベテルギウスとリゲルを見た。最後に俺も見た。        「いや、何か間違って家とか燃やしちゃったら嫌だし」                                       「僕も。オリオンは?」

 二人は示し合わせたように俺を見た。                                            「え、俺?」                                                                 「うん。それに俺たち、夜はすばるに行くし。オリオンなら出来るだろ?」                          「そうそう。すばる行くし」                                                               

 二人はまるで早くすばるに行きたいと言っているようにも感じた。                             「出来なくはないけど……」                                                       

 そう言い、呪文を唱え、手から光を出した。その瞬間、世界が変わった。俺はまたあの海の中にいた。何か大切なものが離れていくのを感じた。全てがわからなくなった。自分のことすらも。

「オリオン? ちょっと、どうしちゃったの? ねぇ、オリオン?」

 声が聞こえた。心配そうなベラトリックスの声。俺はその声で戻ってきた。世界が戻る。

「オリオン、どうしちゃったの? 大丈夫?」

 呆けている俺に、ベラトリックスが心配そうに声をかけた。リゲルも、心配そうにしている。

「大丈夫だよ、平気」

 俺はそう、いつものようにニカっと笑う。こいつらには、心配かけたくない。でも、誰かに話を聞いて欲しい。この海の正体は一体何なのか。

「何か、やっぱり心配。今日はもう、大人しくしていましょう?」

「本当に!? やったー!!」

 リゲルが歓声をあげた。逆に、ベラトリックスはため息をついた。

「買い物行かないんだったら、俺たちもうすばるに行くよ」

「うん。僕も行く」

 そう言った途端、ペテルギウスとリゲルはいそいで準備を始めた。やっぱり、この二人。すばるに行きたがっている。何かすばるで、面白いことでもあったのだろうか?

「二人とも、あんまりすばるにのめり込むなよ」                                            

 これはいつも言う言葉。二人はいつも頷く。ちゃんとわかっているといいんだけど。

「あんまり遅くならないでね?」                                                    

 いつものようにベラトリックスがそう言って二人を見送る。すばるに行くのは簡単だ。すばるに入り、すばるに行きたいと思うと、一番最初にすばるに導いた風が吹く。後はその風に乗れば、風がすばるまで連れて行ってくれる。

「わかってるよ。じゃあ、行ってくるから」 とベテルギウス。二人が外に出るとその風は直ぐに吹いた。

「行ってくるねー」                                                               

 風に乗り、リゲルが大きく手を振る。俺たちも。二人が見えなくなるまで。

「……本当に早く帰ってくるのかしら。最近遅いし、心配だわ」                                   

 二人が見えなくなり、家に入る。ベラトリックスはここ最近いつもそう言う。まぁ、心配なのはわかるけど。でも、確かにここの所帰りが遅い。一体何をやっているんだ? そうだ。アルカイドも同じなのだろうか。それにあいつなら、この海のことを話せるかもしれない。俺はベラトリックスを見た。ベラトリックスを一人残して出かけるのは、嫌だけど……。

「ベラトリックス。俺、ちょっと出かけてきたいんだけど、一人でも大丈夫か?」

 ベラトリックスはかなりしっかりしている。でも、女の子だ。ベラトリックスは大きなため息をついた。

「もう。遅くならないうちに帰ってきてね? オリオンは大人しく家に居たためしがないんだから」

 ベラトリックスはそう微笑んだ。良かった。何だか少しテレちゃうな。

「いってらっしゃい。約束よ? 早く帰ってきてね?」

 ベラトリックスはそう言って、コートとマフラーを持ってきてくれた。うん、約束するよ。ちゃんと。

「うん。ありがとう」

 俺はニカっと笑い、コートを羽織る。ベラトリックスに見送られながら、俺は絨毯に乗り、星の住みかを後にした。行き先は、アルカイドのとこだ。

 

 北斗七星のアジトにはアルカイドしか居なかった。アルカイドは俺を見て、目を丸くし驚いていた。

「な、何でお前がいるんだ?」

「何だ。俺が居ちゃいけないのか?」

 驚いているアルカイドの横を通り、中へと入る。中はこの間来たときより、すっきりしている。物が減ったのか?

「まさか、お前……また、チケットを……」

 俺のことを警戒しているのか、睨まれた。別に睨まれても何とも思わないけど。俺はアルカイドの名前があるベッドに座った。

「チケット何かいらないよ。それより、他の奴はどうした? すばるか?」

 アルカイドの奴、意外といいベッドを持っていやがる。俺のなんかより、ふわふわじゃないか。でも、アルカイドはやっぱり、アルカイドで、自分の紅茶だけを入れて俺に背を向けて椅子に座った。わざとだな。絶対。

「僕はもう、すばるには行かない」

「え? どうしてだ?」

 突然のアルカイドの告白。アルカイドがどんな表情をしているのかはわからない。でも、どこか寂しそうに聞こえた。そういえば、アルカイドは施設育ちで、その後子供がいない人の家に貰われたって聞いたことがある。きっと、そこで何かがあってすばるに導かれたんだろう。

「オリオン。僕たちはいつまでも、子供でいられない。結局の所、自分と向き合い、逃げ出さないことで何かを乗り越えて行くんだ。だから、僕はすばるを抜けて家に帰る。魔力ももう返してきた」

 アルカイドの声は力強かった。こいつ、いつからこんなことを考えていたんだろうか。

「ズーベたちはどうするんだ? あんなにお前に頼ってたじゃんか」

「メグレズとミザルに頼んだよ。あの二人はまだすばるから抜け出せそうにもないから。所で、お前は何しに来たんだ?」

 ティーカップを置き、俺の方を見た。こんなアルカイドにあのことを話すのは何か、気が引ける。アルカイドの奴、逞しくなりやがって。良い顔してるじゃん。反対に俺は、情けない顔をしているんだろうな。

「用っていうか、ちょっと話を聞いてもらいたくて」

「話?」

 アルカイドが俯く俺を見て、不思議そうな顔をした。

 アルカイドはただ、黙って俺の話しを聞いてくれたよ。心配するわけでもなく、バカにするわけではなく。

「お前さ、あの木箱を開ければ全部わかるんじゃないか?」

 アルカイドの一言。確かに、あれが記憶を無くす前のことなら、それが一番早い。そもそも、何で俺が記憶を失ったんだ? それにあの箱を見た瞬間、凄く嫌な感じがした。だから、あの時拒絶したんだ。

「確かにそうかもしれないけど、俺には……」

 そんなこと出来ない。俺に、あの箱を開ける勇気はない。昔を知るのが怖いから。でも、何だかアルカイドに話せて楽になったような気がするよ。

「もしかしたら、俺はあの箱を開けないと、自分と向き合えないのかもしれないな」

 そう苦笑する。アルカイドは何も言わなかった。何も言わずに、メモ用紙に何かを書き渡してきた。何か書いてある。

「それ、今度から僕が住む家の住所。もう、魔法とか使えないけど、話くらいならいつでも聞いてやるよ」

 メモから、アルカイドに視線を移すと、アルカイドは恥ずかしいのかぶっきらぼうにそう言った。そうか、アルカイドの家の住所。俺は何だか嬉しくなった。

「ありがとう、アルカイド」

 いつものようにニカっと笑い、俺は北斗七星のアジトを後にした。

 俺が自分と向き合うため、自分から逃げないためにはやっぱりあの箱を開けなくてはならないのだろうか。俺は俺で、変わらないのに。せめて、本当の名前だけでも知りたい。本当に、俺はオリオンなのか。本当は別の誰かなんじゃないか。無数の星が輝く帰り道。絨毯に載って、そんなことばかり考えていた。

 

 すっかりアルカイドの所に長いしてしまった。もう少し、早く帰ってくる予定だったのにな。そう思いながら、まだ明かりがついている星の住みかのドアを開けた。

「あ、オリオン。おかえりー」

中に入ると、直ぐにリゲルの声が返ってきた。ペテルギウスも奥に居る。帰ってきたのか。

「オリオン。遅かったじゃない。どこに行ってたの?」

 ベラトリックスが心配そうに声をかけてきた。そうだよな、早く帰ってくるって約束したもんな。

「アルカイドのとこ。うっかり話し込んじゃって、遅くなっちまったよ。ごめんな。そういえば、あいつすばる抜けたんだって」

 何かを言いかけるベラトリックスの言葉を遮り、ペテルギウスに話しを振る。ベラトリックスは何も言わずにため息をついた。

「どうりで最近姿が見えないわけだ。でも、こんな時にすばるを抜けるのか」

「こんな時?」

 ペテルギウスは、本から顔あげたが、俺がそう聞き返すと、急いで本に視線をずらした。あやしい。あきらかにあやしい。何かを隠しているな。でも、聞いても答えてくれないだろう。ペテルギウスも、リゲルも。言わないなら、俺も聞かない。俺も言っていないことがあるから。その後は、誰もすばるの話をせず、たわいのない話をして、眠りについた。

 夢を見た。また、あの夢だ。海の中にいる夢。なぜ、海の中にいるのかわからない。けど、海の中から空を見上げていると、そこに絨毯がやってきて俺を海の中から助け出してくれる。そもそも俺は海なんて実際には見たことないし。なのに、どうしてこんな夢を見るのだろう。朝がきても覚えているのは何でなんだろう。

 

 忙しい朝だ。三人は忙しそうに仕事へ行ってしまった。俺にはまだ、仕事が舞い込んでこない。一人でこうしているのもアレだし、ポラリスたちの所にでも行って見ようかな。今日学校は休みなはず。よし、そうと決まれば行動開始。しっかり戸締りをして、コートを着て。絨毯に乗って出発だ。

「あ、オリオンだ。オリオーン!」

 ポラリスたちの家まで行くと、どこからかポラリスの声が聞こえてきた。おかしいな、ここは上空で、ポラリスたちの部屋からは見えないはずだけど。どこにいるんだ?

「オリオン、ここだよ。こっち、こっち!」

 今度はカノープスの声。俺も二人を見つけたよ。キョロキョロしながら見下ろすと、二人は中庭にいた。中庭から、大きく手を振っている。俺も大きく手を振り、中庭に降りた。結構広いな。

「オリオン! 遊びに来てくれたの?」

 こんなに寒くても双子は元気いっぱい。ポラリスが笑顔で問うた。

「まぁ、そんな感じだよ」

 俺もニカっと二人に笑いかける。そうすると、二人の表情がみるみるうちにパアァと明るくなり、キラキラした目で俺のことを見た。

「ねぇ、オリオン! また絨毯に乗せてよ! 僕、絨毯に乗りたい!」

「僕もー。ねぇ、いいでしょー?」

 ポラリス、カノープスの順で口々に絨毯に乗りたいと言い出した。こいつらはいつも元気だな。今も外で遊んでいたのか? ボールが転がってるし。

「しょうがないなぁ」

 俺がそう言うと、二人は嬉しそうに歓声をあげる。そんなに絨毯に乗るのが好きならいつでも言ってくれればいいのに。

「カノープス、ボール片付けてきて。出したのお前だろ。あと、母さんに言ってきて。出かけるって」

 絨毯を広げなおして待っていると、ポラリスがカノープスにスピーディーに指示をだしていた。カノープスも嫌がらずにそれに従う。やっぱり、ポラリスはお兄ちゃんなんだなぁ。と、ボールを持って走っていくカノープスを見て思った。

 気づくとポラリスは俺のことを見ていた。

「オリオン。少しだけ、いつもと感じが違う。何かあったの?」

「え?」

 ポラリスのことを驚いた顔で見ると、ポラリスは心配そうな顔で俺のことを見ていた。

「何ていうか、ちょっと元気ないように見えたから……」

 ポラリスはそう言って俯いた。いつも通り振舞っているつもりだった。でも、ポラリスにはそう見えなかったんだな。結局誰かに心配をかけてしまった。

「大丈夫だよ。ほら、最近寒いから。もうすぐ雪だって降るだろう?」

 俺は、そう苦笑するしかなかった。

「ならいいんだけど……。おーい! カノープスー! もっと速く走れー!!」

 カノープスが飛び跳ねるように戻ってきた。全力で走っていのか、息はきれている。だけど、何か楽しそう。母親にもOKを貰えたみたいだな。

「さて、行くか!」

 カノープスが到着し、準備は整った。俺が掛け声をかけると双子は元気に頷き、俺たちは空へと向かった。

「わー! やっぱり凄いねー。凄く良い景色」

「あんまり乗り出すと、落っこちるぞー」

 身を乗り出して下を見るカノープスの服を引っ張る。ポラリスは反対に上ばかり見ているな。

「今の僕たち、だいぶ高い所にいるけど、宇宙はもっと高いんだよね」

 そう言ったポラリスの顔は、どこか大人びていて、希望にあふれている。この二人は変わったな。自分と向き合い、未来を見ている。そんな二人が少しだけ、羨ましくなった。

 

 適当に昼を食べ、太陽が夕日に変わったころ、俺たちは星の住みかに向かっていた。二人が星の住みかで皆に会いたいって言ったんだ。もちろん、帰りは送っていくつもり。いくら寒くてもな。

「あれ? 星の住みか、真っ暗だよ?」

 星の住みかに近づくと、ポラリスがそう言った。確かに真っ暗だ。おかしいな、この時間ならベラトリックスは絶対いるはずなんだけど。

「皆、出かけているの?」

 カノープスが首を傾げる。そうか、もしかしたらホッカイロでも買いに行っているのかもしれないな。でも、何だろう。この胸騒ぎは、何か凄く嫌な予感がする。

 俺は絨毯をくるくるっ丸め、脇に抱える。ドアノブに手をかけると、嫌な予感は的中した。

「あ、開いてる……」

 普通にドアが開いた。出かけているなら、戸締りをするはず。なのに開いた。開いたってことは、出かけてないってことだ。じゃあ、何で真っ暗なんだ? 俺たちはおそるおそる中に入った。

「ペテルギウス、ベラトリックス! リゲル!!」

 俺は仲間の名前を呼ぶ。まさか、何か事件に巻き込まれたとかじゃ、ないよな……?

「……オリオン……?」

 不安そうなか細い声が返ってきた。ベラトリックスの声だ。真っ暗で、何も見えない。電気をつけるとこさえ、どこだかわからない。俺は手から丸い光を出した。

「わぁ、オリオン凄い」

 カノープスがまじまじと光を見て、そう言った。光は小さいけど、星の住みかを照らすには十分だ。ベラトリックスの居場所もすぐにわかった。

「ベラトリックス!」

 ベラトリックスは、テーブルの下に隠れて怯えていた。俺は急いで、ベラトリックスに駆け寄り、テーブルの下から引っ張り出した。

「あぁ! やっぱりオリオンだったのね! 良かった。私、何が何だかわからなくて……」

 ベラトリックスは少しパニックになってたけど、安心したような声を出した。そういえば、いつもより物が散乱してるな。しかも、その物に躓いて、ポラリスがコケた。

「俺がいない間に何があったんだ?」

 そう聞いた瞬間、誰も電気をつけていないのに、パッと電気がついた。もしかして、停電だったのか? いや、停電なはずがない。他は電気ついていたし。

「わ、私。部屋を片付けていたの。ペテルギウルも、リゲルも帰ってきて手伝ってくれたわ。でも、何かが妙だった。だって、家の中なのに風が吹いたんですもの。窓も閉まっているのに。その風がやんだとき……やっぱり普通じゃなかったのね。知らない男の人がいて、二人と話していたわ。それで、また風が吹いて真っ暗になったの。私、怖くなって……」

 恐怖を思い出したのか、少し震えている。

「ペテルギウスたちは何か話していた?」

 電気がついたから、俺は光を消した。何となくだけど、二人がどこに行ったのかわかる。

「そうね……よく聞き取れなかったけど、儀式って聞こえたわ」

 あぁ、なるほど。やっぱりか。犯人がわかったよ。儀式と、変な風ってくれば、もうすばるしかない。すばるがペテルギウスたちを連れて行った。儀式のために。このままだと、二人ともすばるから抜け出せなくなってしまう!

「皆! これから、すばるに行くぞ! 二人を止めないと!」

 俺の呼びかけに、皆は答えてくれた。ベラトリックスはコクンと頷き、もう怖がっていない。双子に至っては、楽しそうな目をしている。

「よっしゃ、行くぜ。オリオン座!」

 

 外に絨毯を広げ、急いで乗り込む。ベラトリックスは戸締りをしっかりしていたから、一歩遅れたけど、皆が乗り込むと、絨毯は上昇した。上へ、上へと。空に浮かぶ城を目指して。

「見て! 下にも星が広がってるよ!」

 だいぶ上の方に来ると、カノープスが身を乗り出し、そう言った。下の星っていうのは、電気のことなんだろうな。て、いうか、カノープスそんなに身を乗り出すといつか落っこちるぞ。俺は、また落ちないようにカノープスの服を引っ張った。

「ベラトリックスは、絨毯によく乗るの?」

 上ばかり見ていたポラリスが、ベラトリックスの方を向いた。ベラトリックスは強張った表情でポラリスを見た。気のせいじゃないと思うけど、ベラトリックス乗り込んだときと体勢が全然変わっていない。

「乗りたくもないわ! こんな、布一枚で! ベルトもないのよ? ただでさえ、高い所だめなのに! オリオン! もう何でも良いから早く、そのすばるに着いてちょうだい!!」

 ベラトリックス、怖さのあまりヒステリックになってるよ。

「後で文句言うなよー?」

 俺はそう確認し、絨毯のスピードをあげた。そうすると、双子の楽しそうな声と、ベラトリックスの悲鳴が聞こえてきた。だから、言わんこっちゃない。

「お、オリオン! スピード緩めて!」

「ダメ! オリオン、このまま行って!」

 ベラトリックスの悲鳴に似た声と、ポラリスの楽しそうな声。そんな正反対のことを言われても、俺はどうすればいいんだ。そう思いながらも、俺はスピードを緩めずにすばるを目指した。そのおかげで、あっというまに空に浮かぶ城を発見し、すばるに着いた。

 絨毯は城の前で、ハラリと落ちた。ベラトリックス、青い顔をして、口元を押さえている。

「最悪……酔った……」

 気持ち悪そうにしているベラトリックスをポラリスが心配そうに顔を覗き込んでいる。何か、悪いことしちまったな。

「ベラトリックス、大丈夫か?」

 俺はそう、しゃがみこんでいるベラトリックスに手を差し伸べた。ベラトリックスは目をそらし、俺の手を掴まなかった。もしかして、俺嫌われちゃったのか……?

「大丈夫よ」

 ベラトリックスは誰の力も借りずに一人で立ち上がった。

「にしても、本当にここは何も変わってないな」

 本当に何も変わっていない。どこを見ても変わっていない。城も、何もかも。

「ベラトリックスは、すばるに来るの初めてだよね?」

 カノープスがそうベラトリックスに聞いた。ベラトリックスは、さっきよりは体調はよさそうで、コクンと頷いた。

「私が思っていたイメージとは少し違うけどね」

 一体どんなイメージをしていたのか。聞いてみたかったけど、何かまだちょっと機嫌悪そうだしな。

「お前たち、俺から離れるなよ。変わっていなければ儀式は城の中。皆が集まる広い部屋があるんだけど、そこでやっているはずだ」

 俺たちは歩き出し、一番近くにあったドアから城の中に入った。城の中は静まり返っていた。

「わぁ。凄いね、中世ヨーロッパって感じがするね」

 ポラリスが城の中をキョロキョロと見渡した。そういえば、ポラリスがすばるはフランスにあるモンサンミッシェルに似ていると言ってたけど、どうなんだろう。モンサンミッシェル俺は見たことないしな。

「確かに鎧とか置いてあって、そんな感じだよね。まさか、動いたりしないよね?」

 長い廊下の隅に鎧が均等に並べてあるのを見て、カノープスがそう言った。どうやら、俺たちが入ったドアは裏口みたいなとこだったみたいだな。入って角を曲がったら直ぐに廊下だもんな。

「ちょ、カノープス。やめなよ、オリオン! カノープスを止めてよ!」

 ポラリスが前を歩く俺の服を引っ張り、鎧の方を指差した。その先には、鎧に触ろうとしているカノープス。

「お、おい! カノープス!」

「え? 何?」

 既に遅く、カノープスは鎧の頭を持っていた。

「カノープス。勝手に触るな。何が起こるかわからないぞ?」

 俺はカノープスの手から鎧の頭をひったくり、鎧に乗せた。

「だって、鎧なんて珍しかったんだもーん。まぁ、いいじゃん。先に進もうよ」

 カノープスが俺の手を引き、鎧の背を向けた。

「ん? どうした? 二人とも凄い顔して」

 前にいたベラトリックスとポラリスが、口をあんぐりと開けじーっと見ている。最初は俺たちのことを見ているのかと思ったけど、何か違う。俺たちの後ろを見ている? そう思っていると、ポラリスが口を開けたまま、俺たちの後ろを指出した。

「何だよ?」

 俺とカノープスは不思議に思い、後ろを振り向いた。後ろには、鎧と壁しかないはずだけど……。

「って、うえぇぇえぇええ!?」

「よ、よよよよ、鎧が、動いてる!」

 俺とカノープスは驚き、すっとんきょうな声を出した。鎧は、手に持っている斧を天にかざし、明らかに俺たちを狙っている!?

「あぶねぇ!?」

 その斧が振り下ろされた瞬間、俺はカノープスを引っ張り、斧を避けた。その斧が振り下ろされたのが合図となったのか、避けたのが合図となったのかはわからないが、他の鎧たちも一斉に音を立てながら動き出した!

「ちょ、一体どうなってるの!?」

 ベラトリックスがポラリスを引っ張って、俺たちの所に来た。一ヶ所に集まった俺たちは、あっという間に鎧に囲まれてしまった。

「もしかして、ちゃんとした手続きを取らないで、城の中に入ったから鎧が動き出したのかも」

「でも、僕たちが来たときはこんなこと起こらなかったよ!」

「そのときは城の中には入らなかったらだよ。僕たち、城の中に入ったのは初めてじゃないか!」

 俺がそう言うと、すぐにカノープスがそう返し、ポラリスが返す。一体この場をどうやって切り抜けよう。あんな斧でやられたら、一溜まりもないぞ!

「初めての奴は大抵正面から入るしな。裏から入ったなんて、明らかに怪しい奴だろ。城のセキュリティが動いてもおかしくない。そんなことより、今は逃げるぞ!!」

 鎧が音を立てながら迫ってくるなか、俺たちは鎧が斧を振り上げているのを見計らって、体当たりを食らわせた。体当たりをくらった鎧は倒れ、その近くにいた鎧も倒れた。俺たちはそのスキを見計らって、一目散に走り出した。

「ちょっと、オリオン! 鎧、後を追ってくるよ! 魔法でどうにかできないの!?」

 逃げたのに、鎧は追ってきた。音をたてながら。ベラトリックスそんな鎧を見ながらそう言った。

「どうにか出来ない事もないけど……」

 俺は立ち止まり、汗を拭った。冬だって走れば暑くなる。俺は鎧の方を向き、鎧に向かって手をかざした。

「オリオン、何するのかな?」

 いつの間にかポラリスたちも立ち止まっている。出来るだけ、鎧を引き付けて……。俺は手の中で小さな炎を作り、その炎を鎧目掛けて投げた。炎は俺の手を離れるとどんどん大きくなり、鎧を包んでいった。

「さ! 今のうちに早く!」

 俺は呆然としている三人に声をかけ、また走り出した。

 暫く走った後、ベラトリックスが立ち止まった。体を二つに折り、苦しそうの肩で息をしている。鎧の姿は見えないな。

「オリオン、私っ……。もう、走れない……」

「そうだよ、オリオン。少し休もうよ」

 ポラリスも立ち止まり、壁に寄りかかり、ずるずるとその場に座り込んだ。カノープスも、ぜいぜいと苦しそうに息をしている。

「そうだな。鎧も来ないし、歩いて行くか」

 俺も息が切れていた。三人は、もう走りたくないのか、ほっとした顔をした。

「そういえば、オリオン。儀式って一体何なの?」

 暫く歩いていると、ベラトリックスが問うた。だいぶ、息は整ってきたな。俺も、皆も。

「俺も経験してないから、詳しいことはわからないけど。その儀式を受ける事によって魔力が増えるらしいんだ。だけど、その儀式を受けるとすばるから抜けられなくなるって言われている。つまり、現実に帰って来れなくなるんだ。でも、大人って俺たち子供のようにはいかないだろ? それで、魔力を持ったまま大人になった人は自殺しちゃったり、欝になっちゃう人が多いってのを聞いたことがある。後は魔法を使って悪いことしたりとかさ」

 初めてその話しを聞いたときは俺もびっくりしたさ。そうだよな。すばるに導かれるのは皆子供で、すばるにも子供しかいないもんな。三人も驚いているみたいだ。そりゃそうだよな。自殺とか聞いちゃったらびっくりするよな。

「おーっと、ここだ。ここ。この部屋だ」

 このドアは見覚えがある。廊下を真っ直ぐ行った所のドア。螺旋階段の傍で、いつも何かあるとここに集まってた。

「ずいぶんと大きいドアだね」

 カノープスがドアを見て言った。確かにデカイドアだが、双子の家のドアもデカイよな。ドアっていうよりは門か? ここも。星の住みかなんかは一枚のドアしかないけど、ここは二枚のドアがある。ほら、デパートとかの入り口みたいに。

「どうするの、オリオン?」

 ベラトリックスが少し緊張した声で言った。もちろん、俺の答えはこうだ。

「そりゃー、突入あるのみ!」

 俺は勢いよく、二枚のドアを押した。ドアが音を立てて開くと、中の視線が一斉に俺に注がれた。やっぱりこの部屋だ。ドアは後ろにあって、たくさんの人がいる。その人の前にはステージがある。ステージの上には、あのジイさんと、ペガサス座と俺の知らない男の人がいる。

「お、オリオン!?」

 椅子に座っていたジイさんが驚いたように、椅子から立ち上がった。俺は別に気にしなかった。俺は、三人を引き連れて中に入り、ペテルギウスとリゲルを探した。

「何だお前たち」

 二人を探している間、すばるの子に悪態をつかれた。だけど、俺は気にしない。二人を探すのが先で、キョロキョロと見渡してみると、背の高い奴とハリネズミ頭の奴を見つけた。ペテルギウスとリゲルだ。俺たちは、人ごみを掻き分け、二人の所に行った。その間にも、散々舌打ちをされたりしたさ。

「今すぐ帰るぞ。こんなことバカげている」

 俺がそう言うと、リゲルは怒ったのかムっとした。

「バカげてなんかないよ! オリオンにはわからないの? 魔力があれば、もっと色々なことが出来るんだよ? 部屋を暖かくすることだって出来る! オリオンにはそれがわからないの?」

 俺は少しだけ、カチンと来た。

「わかってないのはお前たちだろ? 魔力ばかりに頼って。現実に戻って来られなくても良いのか?」

「全員が全員、戻って来られないわけじゃない」

 今度はペテルギウス。いや、違う。ここにいる皆が声には出していないが、そう思っている。そんな目で俺のことを見ている。

「お前たちは現実から逃げているだけだろ? 現実を見ろよ。アルカイドはちゃんとわかってたぞ。お前たちも、現実を向き合えよ!」

 そう声をあげると、静かになった。俺は間違っていない。でも、こんなこと俺が言えた義理でもない。

「いいよな、オリオンは。記憶がなくて」

 ペテルギウスの声が沈黙を破った。その声が、セリフが頭の中で響く。何度も、何度も。記憶がなくていいだって? 俺はペテルギウスの胸倉を掴んでいた。

「じゃあ、お前は! 俺が誰だか知っているのかよ!? 俺はどこで生まれた? 親は? 俺の本当の名前は!? 大体〝オリオン〟って本当は誰なんだよ! 俺が夢で見るあの海は一体何なんだよ!!」

「やめて! 二人ともどうしちゃったの!?」

 海の話なんかしたってしょうがないってわかってるよ。でも、止まらないんだ。ペテルギウスも、俺も。ベラトリックスの悲痛な声を聞いても止まらないんだ。

「そんなに言うなら、あのときあの木箱を開ければ良かっただろ! 俺は! 俺は、オリオンみたいに強くないんだよ! 魔力があればなんだって出来る。魔力があればあのときだって、助けられたんだ!!」

 ペテルギウスは俺を突き飛ばした。俺もペテルギウスも周りが見えなくなっていた。誰の声も聞こえなくなっていた。

「そ、そんなに魔力が欲しいなら、俺の魔力をやるよ! 魔力なんかなくたって乗り越えられるってこと。俺が証明してやる!」

 俺は目を瞑った。集中するために、神経を研ぎ澄まさせるために。そうすると、俺の体の中にある魔力がまるで、蛇口を捻った水のようにどんどん溢れ出し、ついには噴水のように噴出したのを感じた。それから直ぐだ。ほっぺたに痛みを感じた。驚きで、捻った蛇口は止まり、魔力が噴出すのも止まった。俺はジンジンと痛むほっぺたを抑え、目を開けた。目の前に黒い髪の男の人がいた。ステージの上にいた人だ。

「オリオン、早まってはいけないよ。君の魔力は生まれ持っていたもの。その魔力を放出してしまったら、どうなるかわかっているよね?」

 遠い昔でどこかで聞いたことのあるような声。その声を聞いた途端、俺の世界は変わった。また海かと思った。だけど、違った。海は海でも、海の中ではなくて、俺は海から顔を出していた。海から顔を出し、俺の目は本当の光を捉えた。でも、俺にはそれが何なのかわからなくて、この人が誰だかわからなくて、泣きそうになった。

「皆、聞いてくれ。確かにこの儀式を受ければ魔力が増える。同時に、この儀式を受け自分を壊してしまった人がいるのも事実だ」

 男の人はここにいる子供たちのそう訴えかけた。男の人は次にジイさんの方を見た。

「貴方だって知っているはずだ。自分を壊してしまった子供がいるのを。魔力を持ったまま大人になった人がいるのを。何より貴方はこの儀式の本当の意味をわすれてしまっている。ずばるが存在する理由すらも」

 優しげな声。男の人は真っ直ぐにジイさんを見ていた。ジイさんは罰の悪そうな顔をした。

「過ぎ去った過去はどうすることも出来ない。来るべき未来は大きすぎて、何が起こるか私たちにはわからない。だからこそ、今のこの時に目を向けるんだ。私たちは今しか生きられない。明日どうなっているかはわからないのだから。未来を変えるためにも今を生きなければならないのだよ」

 男の人はここにいる全員に訴えていた。皆は、その話をただ黙って聞いていた。この人を言うことは正しい。皆、わかっているはずなんだ。本当は。この先の不安、過去の海。そんなことを気にしていても、俺たちにはどうすることもできない。時間は止められないし、戻る事も進む事もできない。何かをやるのも、何かを伝えるのも今しかない。決心するのは今しかない。逃げてばかりいてはダメなんだ。

 男の人は俺を見た。

「オリオン、さっきは叩いて悪かったね。皆、君の友達もちゃんとわかっているよ。でも、どうにもならない時がある。それは君も同じだろ?」

 男の人は優しく語りかけ、俺の頭を撫でた。この人は俺のことを知っている。でも、俺はこの人のことがわからない。それが悲しかった。

「無理に思い出さなくてもいいんだ。思い出せる、受け入れられる時期がきっと来る。君はずっとオリオンだから。今も昔も、これからも。それは君の絨毯がよく知っているはずだよ? いつも君の傍にいる絨毯が」

 男の人はにっこりと笑った。俺は脇に抱えている絨毯を見る。俺の絨毯。俺が俺になった日から一緒にいる絨毯。多分、この絨毯は昔の俺も知っている。

「あの! 多分、貴方は俺のことを知っているんだと思います。俺も知らない昔の俺の事も……。でも、俺は貴方のことがわかりません。だからっ……せめて、名前を教えてくれますか?」

 こみ上げてくる何かがあった。悲しくて、切なくて、自分が不甲斐なくて……今にも泣きそうだ。

「タビト。私の名前はタビト」

「タビト……さん……」

 その名を聞いた瞬間、あの海が遠ざかっていった。

「うわぁあぁん! オリオン、オリオン、ごめんよ!」

 リゲルが泣きながら抱きついてきた。俺は反動で、よろめいたがしっかりと抱きとめた。

「ごめんよ、ごめんよ」

 泣きじゃくるリゲル。俺はそんなリゲルの頭を撫でた。

「オリオン、ごめん。酷いこと言って……突き飛ばしたりもして……」

 ペテルギウスが済まなそうな顔でそう言い、俯いた。

「俺の方こそごめん。それに、もう気にしてないよ」

 俺はいつもの調子でニカっと笑う。そうすると、ペテルギウスも笑い、俺たちはハイタッチした。そんな様子をベラトリックスが目に涙を溢れさせて見ている。

「もう! 皆、バカなんだから!」

 泣いていたかと思ったら、笑った。皆で笑った。だけど、ポラリスはタビトさんのことを見ていた。

「さぁ、皆。俺たちの家に帰ろうぜ」

 俺は絨毯を広げ、飛び乗った。皆、それに続いた。

「タビトさん。色々ありがとうございました。また、逢えますか?」

 皆が乗ったのを確認すると、絨毯を浮かし俺はタビトさんにそう問うた。また逢えたら嬉しいな。きっと、俺はまたタビトさんに逢いたいと思うんだ。

「いつでも逢えるよ」

「ありがとうございます!」

 タビトさんの優しい笑顔。俺たちは段々と離れていくタビトさんに大きく手を振った。タビトさんも振り返してくれた。

「オリオン。あの人……タビトさん……ううん、何でもない……」

 すばるを離れていく中、ポラリスがそう言いかけた。そんな所まで言いかけたなら最後まで言って欲しい気もするが、多分俺にはその先を聞く権利はないと思うんだ。タビトさんのことは、いつか自分で思い出すよ。

 

 俺は一歩前に進めたと思うんだ。まだあの木箱を開ける決心はつかないけど、もうあの海には囚われない。だって、俺は光を見たから。俺はずっと俺なんだ。そんなこと、皆知っていることだよね。俺は、今も昔も、ずっと〝オリオン〟だ。

 

 これで俺の話は終わりだけど、また会えるよね。だって、俺はあの木箱をまだ開けていない。また会える、そう信じているよ。だって、俺たちには今しかないから。

 

 

 

 

 

 

 


第三部 シャウラ

 歌が聞こえた。楽しそうな歌が。聴いたことのない歌が。でも、どこかで聴いたことがある。だれか、この歌を知らない? 凄く懐かしい感じがするんだ。

 

「あ! シャウラだ! 今日は何か持ってきた?」

 俺の姿を見るなり、小さい子たちが集まってきた。満面の笑みで。

「おうっ! 今日も街で重たいサイフをどっさりとスッて来たぜ」

俺がそう言ってそのサイフを見せると、小さい子たちから歓声があがる。

 俺の村は貧乏だ。住んでいるのは、皆子供で顔見知りだらけ。大人はどこかへ行ってしまって帰ってこない。朝起きたら大人が皆いなくなってたって時は驚いたね。でも、これはあくまで噂だけど、どうやら死んだわけじゃないらしいんだ。あくまで噂で、本当の所はどうなのかわからない。それで、その大人たちが残していったものが、この村と大量の羊と畑。ここ最近は雨も降らず、畑はすっかりカラカラだ。冬の間は寒すぎて何も出来ないし、雪は多いしで困ってたのに春に入った途端これだ。

「すごーい! 今日はこれでお腹いっぱい食べられるね」

 小さい子たちは嬉しそうにニコニコ笑う。小さい子たちはまだ色々なことがよくわかっていなくて、いつもお腹を減らしている。本当にかわいそうだと思う。そう思い、俺は街に出てスリを始めるようになったんだ。

「シャウラ!」

 小さい子たちと戯れていると、俺の後ろから怒った声が聞こえてきた。この声は……。俺はおそるおそる振り向いた。あぁ、シャム姉ちゃん。やっぱりシャム姉ちゃん。シャム姉ちゃんが修羅のような顔でこっちに歩いて来ている。大またで。

「シャム姉ちゃん」

 俺は反射的に後ろに下がった。怒った姉ちゃんはもの凄く怖い。きっと、幽霊とかも飛び上がって逃げると思うんだ。

「シャウラ、そのサイフ。スッて来たって言ったわよね?」

 姉ちゃんは引きつった笑顔を俺に向けた。姉ちゃん、目が笑っていないよ、目が。こんな時はだんまりが一番だ。だけど、姉ちゃんは俺のやることなんかお見通しで、そのだんまりをイエスととり、俺の頭をグーで殴った。

「いっ……てぇ~~! 何すんだよ!」

 あたまりの痛さに涙が出てきた。殴られた所を摩りながら姉ちゃんにくってかかると、鬼のような目で睨まれた。思わず俺は姉ちゃんから目を逸らしたね。怖くて。

「あんた! あれほど盗みは良くないことだって言ったでしょ! 犯罪なのよ? 一体何度言えばわかるの! そのうち捕まるわよ!?」

 姉ちゃんはいつもそう怒鳴る。俺は村のためにやっているのに、どうしていつも俺が怒られなきゃいけないんだ。

「俺はただ……」

「ただ、何? 何か文句でもあるの? こっちは人手が足りないの。羊たちを柵の中に戻してやって」

 姉ちゃんは俺に反論する暇さえ与えずに、犬笛を押し付けた。姉ちゃんはわかってないんだ。小さい子たちがどれだけ、ひもじい思いをしているのか。俺だって腹いっぱい食べたいよ。その点羊たちが羨ましい。草さえ食べていれば腹いっぱいになるのだから。冬は終わったから草も伸びてきたし、餌の時間になれば俺たちが餌をやるし。もしかしたら、俺もそろそろ毛を刈らせて貰えるのかな。ちょっとあれ、俺もやってみたいんだよね。でもなぁ、姉ちゃんに言われるのは凄く嫌だ。でも、こうして姉ちゃんの言うことを素直に聞き、羊たちの所に向かう俺がちょっと好きだ。

 羊たちは相変わらず元気に草を食べている。俺たちは羊たちみたいに草を食べられない。

「この道を真っ直ぐ行けば町なんだよなぁ」

 村から真っ直ぐ伸びる道。この道を進めば、この村とはうって変わった裕福な町がある。そこにいけば、きっと……。俺は犬笛を吹いた。すると、二匹のボーダーコリーがどこからかやってきて、羊たちを柵の中に入れようと追い立てる。あの二匹は信用できるし、頭がいい。うん、きっと何とかなる。俺はそう思いながら、町へと続く道を走り出した。

 町まで大体走って三十分。歩くともっとかかる。町に来たときには、息があがり汗をかいていた。皆、裕福だから高そうな服を着ているし、お店で賑わっている。たくさんの大人がいて、俺の村とは大違い。人も多くて、中にはみすぼらしい俺をジロジロみてくる女の人もいる。確かに俺の服はボロいし、髪だってボサボサ。こんなの不公平じゃないか?

「おじさん、この肉をおくれ」

 俺はさっきスッたサイフから紙のお金を出した。本当に色々な肉がある。トリやブタがまるごと置いてある所もある。何かちょっと気持ち悪いけど。

「お、ボウズ。お金はちゃんとあるのか?」

 肉屋のふとっちょなおじさんが俺のナリを見て笑う。こういうのは本当に腹が立つ。

「あるよ。ほら」

サイフをポケットに押し込み、紙のお金を見せる。

「だから早くこの肉をくれよ」

 もちろん、丸ごとじゃなくて切れている肉。早く帰らないと、もしかしたらこのサイフの持ち主に見つかるかもしれないな。

「それ、本当にお前の金か?」

 おじさんは不信な目で俺を見る。こんなみすぼらしい子が大金を持っているなんて何かの間違いだという目で。ちくしょう、この肉屋はダメだ。

「わかったよ、もう他を当たるよ!」

 俺は出来るだけ自然に肉屋を離れた。チラリと横目で見たけど、まだ不信そうな目で俺のことを見ている。せっかく、小さい子たちに肉を食べさせてやれると思ったのに。一度村に帰らないほうが良かったか? いや、帰らないほうが見つかるリスクが高いな。

「ちぇ、最悪だぜ」

 俺はその辺に転がっていた石を蹴飛ばした。転がっていった石を目で追うと……け、警察がいる!? 警察の隣にいるのは俺がサイフをスッたじいさんじゃないか! あの立派な口ひげはそうに違いない。何てタイミングが悪いんだ。まだここを離れていなかったのか。じいさんは警官に何かを説明している。って、こっちを見た! もしかして、気づかれた!? うわっ!こっちに来るよ! 俺はサイフをさらに押し込み、思わず後ずさりした。

「君、確かさっきもいた子だよね? 私の財布を知らないかい?」

「し、知りません」

 まだ俺が取ったってのはバレてないみたいだな。だから普通に答えようと思ったのに、声が裏返った。心臓ばバクバク煩いし、冷や汗が出る。警官たちは何かを話しているし、きっと今ので不信に思われたんだろう。

「ちょっと、君。話を聞かせてくれないかい?」

 警官の手が俺に伸びてきた。俺は反射的にその手を振り払い、一目散に逃げ出した。

「お、おい! 君!」

「おまわりさん! あれ、私の財布です! ほら、あのポケットからちょっと見ているの。あれ、私の財布です!」

 バレた。じいさんの言葉で完璧にバレた。どうして、金持ちって奴は縦長のサイフなんだろうか。ポケットに入りきらないし、どうして俺はサイフを持ってきてしまったのだろうか。とにかく今は逃げるしかない。

「君、待ちなさい!!」

 警官がしつこく追っかけてくる。くそっ! 金持ちなんだからサイフの一つや二つ、貧乏人にくれてやれよ!

「誰かその子を捕まえてくれ!」

 今度はじいさん。俺は人の脇を縫うようにして走った。これでも、足には自信がある。伊達に三十分も走ってないぜ。よし、あの建物の角を曲がって一旦隠れよう。

「うわっ!?」

「いてっ!」

 角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。

「いってぇ……、お前、ちゃんと前みて歩け!!」

 俺とぶつかった奴は、俺と同い年くらいで、何か不思議なオーラをもつ奴だった。

「なるほど。君が、その子ね」

 そいつは納得するようにそう言い、俺のポケットから朝やかな手つきでサイフを抜き取った。

「なっ! お前、何するんだ!」

「静かに。おまわりさーん。お財布、ここに落ちてましたよー」

 そいつは俺を奥に押しやり、自分だけメイン通りに出て、サイフを上にあげヒラヒラと振った。

「おぉ! これはまさしく、私の財布!」

 俺は何が起こっているのかよく見えなかったけど、じいさんの声が聞こえた。

「少年がどこに行ったかはわかるかい?」

「すみません。俺がここに来た時には財布が落ちていただけなので、誰も見てないです」

 暫くそうやって、何かを話していた。そのうちに、足音が遠ざかっていった。

「もう出てきても平気だよ。にしても、お前バカだなー。スリやるなら見つからないようにやれよ」

 そいつは俺の方を向いて、ため息をついた。俺は少しムカっときたけど、こいつが正しい。見つかった俺がバカだった。それにしても、こいつ初めて見る顔だな。ショルダーバックなんか肩にかけて、旅行者か何かか?

「お前、ここいらじゃ見ない顔だけど、旅行者か?」

 俺は上から下まで、そいつを観察した。黒い髪に灰色の目。てか、男なのになんで髪長くしてるんだ。

「まあ、旅行者みたいなものかな」

 そいつは、うーんと唸り、そう言った。こいつ、特に金目の物は持ってなさそうだな。

「親は? 親はどこにいるんだ?」

「親? 嫌だな。俺一人で来たに決まってんじゃん。それより、君はここら辺の人だろ? なら子供の楽園って知ってる? 俺、そこを探しているんだ」

 そいつはニカっと笑った。一人旅か。俺と同い年くらいなのに、凄いな。子供の楽園ってのは子供だけの所ってことなのだろうか。もし、それだったら俺の村がまさに子供の楽園だよな。

「それ、もしかしたら俺の村かも」

「本当!? だったら案内してくれよ!」

 俺がそう答えると、そいつは楽しそうに目を輝かせた。別に村に連れて行く義理はないけど、さっき助けてもらったしな……。

「いいよ、少し時間かかるけど」

 歩いていくからと付け足した。そしたら、そいつはもの凄く嫌そうな顔をした。

「歩いていくならもっといい方法があるよ。っと……あった、あった」

 そいつは肩にかけているショルダーバックの中に手を突っ込み、何かを探していた。その何かは直ぐに見つかったみたいで、それをひっぱりだした時俺は目を疑った。何で、そんな小さいバックから絨毯が出てくるんだよ!? そんな中に絨毯は入らないだろっ!

「な、何でそんな物が入ってるんだよ!? って、どうやって入ってたんだ!? 圧縮されていたのか……?」

「圧縮って、そんなことしてないよ。このバックは底なしだから何でも入るんだよ」

 何が何だかわからない。底なしバックにも、いや、そんなものはあるはずがない。そいつはバックから取り出した絨毯を広げ、宙に浮かせた。ありえない。そう思ったよ。でも、今そのありえないことが目の前で起きている。何だかワクワクしてきた。心臓が高まっているのがわかる。

「ほら、乗れよ。案内してくれるんだろ?」

 そいつは絨毯に飛び乗り、俺に手を差し出した。どうしよう、何なんだろうこの感じ。何かが起こる気がする。何か楽しいことが。正直ちょっと不安だったけど、俺はその手を掴み、絨毯に乗った。この際絨毯がどうして空を飛ぶとかはどうでもいい。

「俺の村はあっち。てか、お前何者だよ!?」

 村の方向を指差したあと、そいつの顔を見る。どうしよう、本当に何かが起こりそう。

「俺はオリオン。お前は?」

「俺はシャウラ」

「シャウラか。宜しくな!」

 そいつはニカっと笑い、絨毯は真っ直ぐに俺の村へと飛んでいった。

 

 当たり前だけと、俺は初めて村に飛んで帰った。町から帰ってくるときにはいつも、何かしら持ってたけど、今回は報酬はない。でも、それも気にならなかった。飛ぶのは、歩いたり走ったりするのなんかより、全然速くて。俺もこの不思議な絨毯が欲しくなった。どこにあるのかわからないけど。

 さて、そんな不思議な絨毯に乗って村に到着すると、小さい子たちが群がってきた。

「今の何?」

 小さい子たちはどんなことにでも興味を示す。初めて会った奴なのに、絨毯をしまっているオリオンの周りに平気で群がる。その小さい子たちを掻き分け、姉ちゃんがこっちにくるのが見えた。何かまた怒ってるぞ?

「あんた、また町に行ったのね! どうりで羊たちの所にいないはずだわ。それより、さっきのは何? その子は誰なの?」

 姉ちゃんは小さい子と話しているオリオンを見た。姉ちゃんは明らかに警戒しているな。さっきのっていうのは、絨毯で飛んできたことだろう。俺も何だかよくわからないけど、楽しかったな。

「さっきのはよくわからないけど、こいつはオリオンって言うんだ」

 俺はあえて町に行ったことはスルーした。

「初めまして、俺はオリオン。シャウラのお姉さん?」

「そうよ。私はシャム」

 姉ちゃんはそうクールに言い放った。姉ちゃん、そんなに警戒する必要はないと思う。オリオン、不思議な奴だけど、悪い奴ではなさそうだし。

「ここは良い村ですね。彼らの歌声が聞こえてきます」

「彼ら?」

 オリオンは俺の問いを無視し、目を瞑り、耳を澄ませた。多分、まわりの音を聞いているんだろう。俺も同じようにしてみたけど、何も聞こえない。

「ねー、彼らってなーにー?」

 小さい女の子がオリオンの服を引っ張った。

「君たちにも聞こえるはずだよ。川の音、木の音、風の音。何て言っているかはわからなくても、聞こえるはず。これはね、彼らがおしゃべりしている音なんだ」

 オリオンはニカっと笑う。確かにこの村は自然に囲まれていて、木々がざわざわとよく言っている。うん、そうだね。そう考えると、確かに話しているみたいな感じだよね。

「皆、俺たちと同じように生きている。だから彼らも歌ったり、しゃべったりするんだ。彼らの声は小さいから聞こえづらいけどな」

 何だかオリオンの話はとっても不思議で、深いと思った。でも、そうだよな。彼らってきっと植物のことだろ? 植物とか風とか。確かに植物は枯れたりするよな。風とかだって、生きていないって証拠はどこにもないよな。俺もオリオンのように目を瞑り、耳を澄ませた。小さい子たちも。そんな中、姉ちゃんだけが怪訝そうな顔をしていた。

「まさか、それだけを言いにこの村に来たわけじゃないわよね?」

 せっかく耳を澄ませて聞こうと思ったのに、姉ちゃんのせいで気が散った。

「もちろん。シャウラ、子供の楽園に連れて行ってくれるんだろ? 一体どこにあるんだよ?」

「え? それ、ここのことだと思ってたけど……」

「えーっ!?」

 オリオンはびっくりした声をあげた。あれ?

「あれ? 違うの? ここ、子供しかいないし俺はてっきりそうだと……」

「いや、だって俺。楽園って聞いていたから。遊園地とかあって」

 俺がそう問うと、オリオンはため息をついた。え、じゃあオリオンが探していたのは俺の村じゃなかったってこと?

「それよりオリオン。貴方、今日は泊まる所はあるの?」

 姉ちゃんが急に、話を変えた。しかも、少し慌てて。村のイメージを悪くしたくないのか?

「行く所ですか? まぁ、絨毯でぶっとばせば、家に帰れなくもないですけど、もう少し調べて行きたいし……」

 オリオンはうーんと唸った。どうしようかなって感じで。

「なら、うちに泊まって行ってちょうだい。シャウラもそれでいいでしょ?」

「え、俺は全然構わないけど。でも、姉ちゃんって……」

「シャウラ。そうと決まればオリオンの村の中を案内してあげて」

 急に俺にふったと思ったら、今度は俺の言葉を遮った。何か姉ちゃん、少し変だぞ。人を家にあげるのは好きじゃないし、そもそも姉ちゃんは余所者が嫌いじゃないか。

「ただし、いつも言っているようにあの森には入らないでね」

 今日の姉ちゃんは一方的だ。いつもにまして。まぁ、別にいいけど。森に入ったら怒られるから入る気なんかないよ。

「じゃあ、シャウラ。さっそく村の中を案内してくれよ。シャム、ありがとう」

 オリオンはそう言って俺の腕を引っ張り、姉ちゃんにお礼を言った。オリオンは俺の腕を掴んだまま走り出し、この場を離れた。何だオリオン。そんなにこの村に興味があるのか?

「オリオン、そんなに急いでもここには何もないぞ?」

 オリオンに引っ張られながらそう言った。だいぶ姉ちゃんたちから離れたな。オリオンは急に立ち止まり、キラキラした目で振り返り、俺のことを見てきた。まだ俺の腕を掴んでいるけど。

「森には何があるんだ?」

 ズズイと一歩前に出た。

「何で森の中には入っちゃいけないんだ?」

 さらに一歩前に。俺は反射的に後ろに下がった。

「な、何でって行っちゃいけない場所があるから……」

「行っちゃいけない場所?」

「うん。何か森の中にとんがり屋根の小屋があるんだけど、それに近づいちゃいけないから、森に入るなって言われてるんだ。俺、一回近づいたことあるけど、姉ちゃんにすげー怒られたよ。何でそんなに怒るのかってぐらい」

 だからもう二度と森には入らなくなった。怒った姉ちゃんは怖いんだ。オリオンは「ふーん」と言い、意味深に笑った。もしかして、何か企んでる?

「取り合えずさ、森の前まで行って見ようよ。別に入らないし、ほら、知らないと間違って入っちゃうだろ?」

「そうか。そうだね。森の前までならいいよ」

オリオンの言う通りだ。だって、オリオンはこの村に泊まるわけだし、知らないと間違って入って姉ちゃんの大目玉をくらうかもしれない。そんなのは可哀想だ。森はそんなに遠くないし、歩いて十五分くらい。

 俺はオリオンを森の前まで連れて行った。森まで行く間、オリオンは機嫌がよさそうに、鼻歌を歌っていた。相変わらずのデカイ森。目の前は全て森。その森の中にとんがり屋根の白い小屋がある。そんなに遠くにあるわけじゃないから、森の前に行くと見えるんだ。

「へぇ、あれがとんがり屋根の小屋か」

 オリオンは森の中を覗き込んだ。

「そうだよ。何で森の中にあんなものがあるかはわからないけど」

「ここからだと、そんなに遠くないんだな」

「オリオン。入らないからな。怒られるの俺なんだからな!」

俺が必死でそう言うと、オリオンは楽しそうに笑った。何も楽しくなんかないのに。

「大丈夫だよ。俺についてきな!」

「えぇ!?」

 オリオンはそうニカっと笑い、森の中へと入っていった。

「ちょ、オリオン! ダメだってば! 人の話きいてたのかよ!」

 俺はオリオンの腕を掴み、引き止める。

「何だよ、シャウラ。あのとんがり屋根は絶対何かある。お前は気にならないのか?」

 オリオンは俺の手を振り払った。気にならないと言えば嘘になる。でも、姉ちゃんの言うことは絶対だ。でも、気にならないはずがない。だって、不自然すぎるんだもの。俺、始めは教会でもあるのかと思ってたよ。

「とにかく俺は行くよ。今行けば、夜までには帰って来られるし」

 俺はどうすればいいんだ。森の中に行くオリオンを止めることもできない。でも、俺だって、俺だって……。

「待って! オリオン、俺も行くよ!」

 俺は森の中へ向かうオリオンの後を追った。オリオンは待っていてくれた。

「よし、行こうぜ。シャウラ」

 俺とオリオンは走った。とんがり屋根を目指して。

 

 木々の間から光が差し込んでいる。昼だっていうのに森の中は薄暗い。そんなことを考えていると俺の腹がなった。

「ははっ、シャウラ腹なった。腹の具合から見てもう昼だもんな。俺、ホットドック持って来たから一緒に食べようぜ」

 オリオンは、ショルダーバックの中に手を突っ込み、ごそごそと漁り、弁当箱を取り出した。弁当箱って言ってもタッパーみたいので、その中にはホットドックが二つ入っている。オリオンは一つ俺にくれた。ん、美味い。

 俺たちは特に何も話もせず、ホットドックを食べた。むしゃむしゃと食べた。

「よーし、じゃあ気を取り直してとんがり屋根を目指しますかー!」

 食べ終わった後、オリオンは立ち上がり大きく伸びをした。俺たちはまたとんがり屋根を目指して歩いた。森の前から見た感じだと、そんなに遠くなさそうに感じたけど、ちょっと遠いんだな。とんがり屋根。

 森の中は静かだ。自然の音しか聞こえない。オリオンはその音を聞きながら歩いていて、とんがり屋根はもう直ぐだって所で足を止めた。

「どうしたの?」

 危うくぶつかりそうになる俺。オリオンは「シィー」と指を立て、小声で話し出した。

「とんがり屋根の前に誰かいるらしいんだ。彼らが教えてくれた。静かに近づいて確認しよう」

 そう言い終わると、オリオンは足音を立てないように歩き始めた。俺もそれに続いたけど、俺には何も聞こえなかったし、あの時オリオンが言ってたのは植物とかも生きているってことじゃないのか? 彼らが言ってたって、オリオンは本当に植物とか自然の声が聞こえるのか? わからなくなってきたぞ。

 オリオンの言ったことは本当だった。木の影に隠れてこっそりとんがり屋根を見たけど、オリオンの言う通り誰かいた。しかも、あれは……姉ちゃんじゃないか!? 自分から近づくなって言っておいて、どういうことなんだ?

「なるほどねーって、シャウラ!」

 オリオンの呟きは遠くに聞こえた。俺を呼ぶ声も。俺は、理不尽な姉ちゃんに何か言ってやろうと木の影から出て、とんがり屋根に向かった。俺にあんなことを言って、姉ちゃんは思いっきり近づいているではないか。だから文句を言ってやるんだ。

「おい、姉ちゃん! どういうことだよ!」

「シャウラ? それに、オリオンも」

 いつのまにか隣にオリオンがいた。姉ちゃんは俺たちのことを見ている。

「オリオン、貴方の仕業ね?」

「ご名答。その小屋には何かあるんだろう? 俺の探しているものかもしれない。だから、そこをどいてくれないかな?」

 オリオンはそうニカっと笑った。姉ちゃんはとんがり屋根のドアの前から離れない。

「だめよ。ここには入っちゃいけないの。さぁ、二人とも村に帰りましょう? 今日の夕食はご馳走を作ってあげるわ」

 姉ちゃんはそう言いながら、俺たちに近づいてきた。俺たちの腕を掴もうとした瞬間だ。そんな時、不自然に木々たちがざわめき始めた。

「ちょ、何、これ? 邪魔!」

 俺は思わず目を疑った。というよりびっくりした。だって、いつのまにかくもの巣とか木の葉が……まるで、姉ちゃんの邪魔をするかのようにまとわりついているんだ。木々たちは怒っているかのようにざわめいている。

「彼らが俺たちの味方をしてくれてる! シャウラ、今がチャンスだ!」

姉ちゃんがくもの巣を取ろうとがんばっていると、オリオンはショルダーバックから金の鍵を取り出し、走り出した。俺も急いでそれに続いた。

「あ、待ちなさい! 子供は入っちゃいけないのよ!」

オリオンはドアにかけてる南京錠に金の鍵を指し込み、ドアを開けた。

「心配ご無用! 大丈夫さ!」

そう姉ちゃんにニカっと笑うオリオン。俺たちはついにとんがり屋根の中に足を踏み入れた!

 

 とんがり屋根は一部屋しかなくて、壁に一枚の絵がかけてあった。何か遊園地とかあって、凄く楽しそう。

「何だ、ただの絵じゃんか。それより、さっきのとか鍵とか何?」

姉ちゃんがあんなに近づけさせたがらなかったとんがり屋根に、これだけしかなくて俺はがっかりした。オリオンは絵を見ていた。

「鍵は、あれは何でも開けられる鍵。さっきのは、彼らが助けてくれたとしか、わからないなぁ」

 オリオンはそう言っている間も、絵から目を離さなかった。暫くした後だ。オリオンがこう言った。

「シャウラ、この絵の仕掛けがわかったよ」

 オリオンは絵に手を伸ばした。その手は絵の中に入っていった!?

「お、オリオン! それどうなってるんだよ!?」

 俺はまた驚いた。これが驚かずにいられるかってんだ。

「だから、こういう仕掛けなんだって。ほら、行くぞ!」

「ちょ、ちょ、ちょま……うわぁぁぁああぁ!?」

 オリオンは俺の手を掴み、絵の中に飛び込んだ。俺は状況がよくわからないのと、怖くて思わず叫び声をあげたけど、足はすぐに地面についた。

「あれ?」

 俺は思わずあたりを見渡した。青い草原に青い空。何かあっちの方には観覧車みたいのが見える。花は咲き乱れ、苦しいこととか何もなさそうで。そう、楽園だ。ここはそう呼ぶのに相応しい。

「ここが、俺の探していた子供の楽園だ」

 俺の隣でオリオンが呟いた。オリオンが探していたのは俺の村じゃなかったんだね。

「よし! シャウラ、さっそく探検しよう!」

 オリオンはニカっと笑い、ショルダーバックから絨毯を引っ張り出し、宙に浮かせた。俺たちは絨毯に飛び乗り、探検に出かけた。

「うわー、オリオン。ここ、本当に絵の中かよ?」

 俺は下を見た。川とか流れていて絵の中とは思えない。

「あ! オリオン! 見てよ。人がいるよ!」

 下を見ていた俺の目に入ってきたのは、子供だった。子供が川沿いを歩いている。あれは、本物の人? それとも、描かれた人?

「俺、聞いたことがあるよ。子供の楽園は大人のために作られたって。楽園に行くと大人は子供に戻るんだ」

 オリオンも下を見た。

「じゃあ、あの子たちは本当は大人なの? でも、子供にしか見えない」

 仕草だって子供にしか見えない。大体、子供に戻るってどういうことだ? 体が縮むのか?

「そりゃ、そうだ。子供に戻るってことは体が縮むってことじゃない。時が戻るってことだ。ここには巻き戻しの魔法がかかってたからね」

 巻き戻しの魔法? 魔法がかかってたってことかな? 俺、あんまり魔法とか信じてなかったけど、どうやら信じるしかなさそうだよな。空飛ぶ絨毯とか、絵の中に入ったりとか。

「さっき、シャムが言ってた入っちゃいけないっていうのは、子供が入ると時が戻って消えちゃうからだと思うよ。おっと、そんな顔しなくても、消えないから大丈夫だよ。実際、消えてないだろ?」

 オリオンは、ニカっと笑った。笑い事じゃないよ。消えちゃうとかって、確かに消えてないけど。てか、俺うっかり入らなくて良かったな。俺一人だったら絶対消えてた。でも、何で今の俺たちは消えてないんだ?

「今の俺たちはどうして消えないんだ?」

 今消えてないってことは、大丈夫なんだろうけど、でも明確な答えが欲しい。だってさ、大丈夫だとは思うけど、わからないだろ? 明確な答えがあったほうが安心して探検できる。

「そんなの簡単だよ。この魔法は俺には効かないってこと。物に魔法をかけ、人にかかるようにするのにはそれなりの条件があってね。俺たちはその条件を満たしていないんだ」

「何か、よくわからないけど……」

 オリオンはそう言ったけど、本当によくわからない。オリオンはうーんと唸り、説明を始めた。何か、絨毯とか魔法のチケット? とかは初めから魔力があるとか、この絵は魔力がこもった物で描かれ、巻き戻しの魔法がかかったとか。で、そういった魔力がこもったもので描かれたものとか作られたものは、魔力を持った人には効かないとか。色々説明してくれたけど、やっぱりよくわからなかった。

 オリオンは「もしかしたら、村の大人たちもここにいるかも」って言ったんだ。それを聞いて、俺ははっとした。オリオンの言った通りなら、大人が急に消えたのも説明がつく。もし、それだったら姉ちゃんはこのことを知っていた? 知っていたなら何で隠してたんだ? 姉ちゃんはきっと何かを知っていて隠している。これは絶対だ。

「お、シャウラ。今度は男の子と女の子が歩いているぞ。手なんか繋いで、大人だったときは恋人とかだったのかなー?」

 オリオンが下を見て、クスっと笑った。俺も下を見ると、花畑を俺たちと同い年くらいの子供が歩いている。ん? あの二人……どこかで見たような……?

「オリオン! 下に降りて! 俺、あの二人見覚えがある!」

「へ? いいぜ、わかった」

 絨毯がゆっくりと降りる。俺は、絨毯が地面につく前に、絨毯から飛び降り、二人の子供の前に行った。

「え、何この人?」

 急のことだったから女の子が驚き、男の子の後ろの隠れた。俺はそんなの気にせずに、ジロジロと二人の顔を見た。やっぱりだ。思った通りだ。どこか面影が残っているし、昔写真を見せてもらったことがある。オリオンの言う通りだったんだ。

「父さん、母さん!」

 やっと見つけた。ずっと消えたと思った人。俺はついに両親を見つけた。こんな近くにいたんだ。やっと、両親に会えた。何だか凄く懐かしくて嬉しい。だけど、そんな俺とは裏腹に子供の父さんが俺を睨んだ。

「何だ、君は! 彼女が怖がっているじゃないか!」

「え、何だって俺だよ。父さん、シャウラだよ!」

「シャウラ何て知らないわ。行きましょう」

 父さんから返ってきた言葉に驚いていると、母さんが父さんの腕を引っ張り逃げるように走っていった。

「待って! 俺だよ、シャウラだよ!!」

「シャウラ、やめろ!」

 二人の後を追おうとすると、オリオンに止められた。

「二人の時間は巻き戻ってるんだ! 本当にシャウラの両親だとしても、シャウラのことを知らないのは当然さ」

 そうだった。本当の子供に戻っているんだった。でも、そうだとしても信じたくない。父さんと母さんが俺のことを知らないだなんて。だったら、まだあの二人は俺の間違えの方が断然いいけど、あの二人は本物なんだ。でも、でも……! 考えれば考えるほど、悔しくなって、苦しくなって、涙が止まらなくなった。

「シャウラ……大丈夫だよ。ここを出れば、大人たちは大人に戻って、シャウラのことだって覚えているよ。だから、泣くなよ。泣いちゃだめだ」

 オリオンはそう俺を慰めてくれた。確かにオリオンの言う通りだ。今は泣く所じゃない。俺はゴシゴシと袖で涙を拭いた。

「よし! じゃあ、俺の探し物をして、さっさとここを出るか」

 オリオンはニカっと笑い、俺たちは絨毯に乗って再び、この楽園の上を飛んだ。遊園地の上を、公園の上を。それを見ても俺たちは下には降りなかったけど、とんがり屋根と同じような小屋が出てきた時、絨毯はゆっくりと降りていった。

「ここは?」

 俺がそう言った時には、オリオンは絨毯をしまい、とんがり屋根の鍵を開けていた。

「ここは出口。そして、俺の探しているものがある」

 オリオンが中に入ると、俺も後に続いた。外も中も、まるっきりとんがり屋根と一緒だな。同じように壁に絵がかけてあって、その絵には俺の村が描かれてあった。あと、絵の前に机が置いてあって、何か変なものが置いてある。何か、金の羽ペンに懐中時計が巻きついている変なペン。オリオンはそれを取り、ショルダーバックに入れた。ほんの一瞬だけ、泣いている小さなオリオンが見えた気がした。いや、気のせいだ。

「俺はこれを探していたんだ。絵を描いたペンであり、巻き戻りの元凶」

 泣いているオリオンは見えなくなった。俺はふるふると頭をふった。あれは幻覚。気のせいだ。オリオンは不思議そうに俺のことを見てたけど、特に何も言わなかった。

「さぁ、シャウラ。あれが絵の出口だ。それに、このとんがり屋根の鍵も開けたから、大人たちは出てくると思うよ」

 オリオンは真っ直ぐ俺の村が描かれてある絵を指差した。そうか。大人たちが戻ってくるってことは、村も前の姿になるってことだ。小さい子たちも腹いっぱい食べることが出来る。そう思いながら、俺とオリオンは絵に飛び込み、子供の楽園を後にした。

 

 俺たちは元来たとんがり屋根の中に戻ってきていた。絵が遊園地の絵だから、大丈夫だろう。

 外に出て見ると、絵の中は昼だったのに夜になっていた。だいぶ、絵の中にいたんだな。そんなことより、俺が今知りたいのは……。

「オリオン! オリオンって一体何者なんだ!?」

 俺はオリオンを見た。オリオンはいきなりのことだったから、少し驚いていた。でも、俺は聞きたい。何としても! だって、俺は今までこんな不思議なこと経験したことがないのに、オリオンと出会ってから既に何度も不思議な体験をしてるんだ。だから、オリオンが何者なのか知りたくてたまらない!

「うおっ! 何だよー、びっくりするじゃんか。何者かって聞かれても、魔法が使える普通の人だけど」

 オリオンはそう言って頬をかいた。いや、魔法が使えるって時点で普通じゃないだろ! っと、俺は思ったけど口には出さなかった。

「魔法はあまり、一般の人には知られてないからな。すばるに導かれれば、誰でも使えるようにはなるけど、すばる自体が知られていないしな……。むしろ、すばるには導かれない方が……」

 最後の方はオリオンの独り言か? 明らかに俺に向けられた言葉ではないように思えた。確かに俺は魔法なんて見たことなかったし、御伽噺だけの世界かと思ってた。でも、実際にあるんだ。魔法は。何だかワクワクする。

「オリオン、すばるって言うのは何なんだ?」

「すばるとは、世界に絶望した人が導かれる魔法学校のことよ」

 話しながら森の中を歩いていると聞き覚えのある声がした。姉ちゃんの声だ。姉ちゃんが木の影から出てきた。もう、くもの巣とか木の葉はまとわりついていない。

「やっぱりね。あんた、すばるの人間だったのね。絵の中に入ると子供がどうなるか知っているみたいだったし、そうだと思ってたよ」

 オリオンは姉ちゃんにそう言った。不適に笑って。

「そうね。貴方も、オリオンもそうでしょ? それにしても対した魔力の持ち主だわ。あの絵に魅せられず、魔法も効かず、それがシャウラにまで影響するなんて。階級的には〇等星って所かしら?」

「当たり。でも、元すばるな」

 二人は睨みあい、緊迫した空気が流れた。俺には二人が何を言っているのかさっぱりわからん。頭は混乱してくるし、大体何で姉ちゃんは知ってるんだよ!?

「ねぇ、俺にはさっぱり何だけど。〇等星とかって何?」

 二人が俺を見た。俺は何だかものすごーく気まづくなった。何か、もっと上手い言い方はなかったもんかな。これじゃあ、俺が空気読めない人だ。でも、一人だけ話しについていけないのは嫌だ。

「あ、ごめんごめん。シャウラはまだすばるについて知らなかったよな。すばるっていうのは、まぁ大体シャムが言ったようなものだ。で、すばるには階級があってさ、魔力の強い順から一等星、二等星、三等星、四等星って言うんだ。〇等星っていうのは、魔力を生まれつき持ってる奴のことだよ。一等星から四等星は、魔力をすばるから貰う……いや、最終的には返すから、借りるっていうのかな。借りた人の精神状態とか年齢に応じて魔力を借りる量が違ってくるんだ。多少性格も関係しているって噂だけどね」

 オリオンがそう説明してくれけど、何かよくわからなかったな。

「えっと、じゃあオリオンは生まれつき魔力があったってこと?」

「そういうことになるね」

「そんなことは、どうでもいいわ。盗んだものを返して頂戴」

 俺がオリオンと話していると、姉ちゃんが口をはさんできた。取り合えずオリオンが生まれながらの魔法使いってことがわかったけど、姉ちゃんは? 姉ちゃん、すばるっていうのを知ってたってことは導かれたってこと? ってことは、姉ちゃんも魔法使い?

「盗んだ? 嫌だな。あれは頼まれたのさ。あれを回収してこいって。所で、あの絵はシャムが描いたの?」

 オリオンは何だか余裕そう。そういうオリオンに比べて姉ちゃんは何だか眉間に皺がよっている。姉ちゃんは知っているのだろうか、皺は一度刻まれると取れないってことを。

「違うわ」

 姉ちゃんはオリオンの問いにそう答えた。やっぱり姉ちゃんは知っていたんだ。知っていて教えてくれなかった。何か少し、悔しい。

「じゃあ、誰があんなことをしたんだよ! 何で父さんたちはあそこにいるんだよ? 何で知ってたなら姉ちゃんは教えてくれなかったんだよ!」

 俺は姉ちゃんにくってかかった。姉ちゃんは俺に教えてくれなかった。弟なのに。もう、意味がわからないよ。何で父さんたちはあそこにいるんだよ。誰かに閉じ込められたのか?それとも、自分で入ったのか? でも、どうして姉ちゃんが知っているんだよ。知ってるってことは、姉ちゃんは関わっていたってことだろ?

「姉ちゃんは知ってたんだろ? 何で何も教えてくれなかったんだよ!」

 姉ちゃんは俺がそう訴えても、黙っていた。それが、俺には腹立たしくて悔しくて、もう何だかわからなくて……。

「何とか言ってくれよ! どうして黙っているんだよ!」

夜の森に俺の声が響いた。お願いだ、姉ちゃん。何か言って。俺たちは姉弟だろ? 

 姉ちゃんは暫く何も言わなかった。誰も何も言わなかった。オリオンも姉ちゃんが話すのを待っていたんだ。

「……シャウラは何も知らないのよ。大人たちがいた時村はどうだった? あの空腹を覚えている? 子供たちに働かせて自分たちは何もしない。そんな大人たちだったのよ?」

 姉ちゃんがそう話し出した時、姉ちゃんはどこか悲しそうだった。どうして、そんな顔をするの? 俺はそんな大人たち知らないよ。

「確かに村は寂れてたけど、そんなの、大人たちはちゃんと働いていたよ! 確かにいつも腹減ってた気がするけど、俺たちの面倒を見てくれてたよ!」

 食い違いがありすぎる。俺と姉ちゃん。見ていたものは同じだと思っていた。でも、違かったんだ。何でこんなふうになっちゃったんだろう。

「もしかして、大人たちは、シャウラとシャムで違う対応をしたのかも……」

 オリオンがボソっと呟いた。一体何が正しくて、間違っていて……俺は何も信じればいいの? もう、自分の記憶も信じられない。どの記憶のページをめくっても、姉ちゃんが言ってたような大人たちはいない。でも……そのページには姉ちゃんがいない。俺は何を信じればいいの?

「シャム。あのペンは誰の物? シャムが描いてないとすると、持ち主が描いたんだよね?」

 オリオンがそう、姉ちゃんに問うた。俯いていた姉ちゃんはオリオンを見た。俺も、ぼんやりとオリオンの問いを聞いていた。

 不可解なことが起こった。姉ちゃんが口を開いた瞬間だ。ピカっと光ったと思ったら、物凄い雷の音がした。俺は飛び上がるくらいびっくりした。おかしいな。晴れていたのに。

「今のは何? 雷?」

 オリオンが呟いて、空を見上げた。あの感じの音はどこかに落ちたのだろうか。村の方だったら嫌だな。

「……オリオン、シャウラを連れて逃げて。ここは危ないわ」

 姉ちゃんもオリオンと同じように空を見ていた。姉ちゃんは、俺たちにそう言うと、森の中へ入っていってしまった。

「ちょ、姉ちゃん!」

 俺は姉ちゃんを追おうとした。だけど、目の前の木がいきなり倒れてきて、俺は後ろへ飛びのいた。何だって、いきなり木が倒れてくるんだよ!? その木は姉ちゃんが走っていった道を塞いだ。

「一体どうなってるんだ?」

また、雷が鳴った。何か雨も降り出した。おかしいな。さっきまで星が出ていて雨雲なんかなかった。通り雨か? いや、通り前にしては何かがおかしい。

「シャウラ。取り合えずここから離れよう」

 オリオンは絨毯を広げた。俺たちは絨毯に飛び乗った。また物凄い雷が鳴った。しかも、その物凄い雷は俺たちの後ろの木に落ちた! 俺は初めて雷が落ちる瞬間を見た。

「げげっ! こっちに倒れてくる!」

 ここで終わりかと思った。木が倒れてきて、その下敷きになって終わりかと。逃げなきゃいけないのがわかってる。だけど、俺もオリオンも慌てていて、逃げることが出来ず、木が倒れてくるのを見ていた。何だかスローモーションのように倒れてくる木。雨で視界もよく見えない。今まさに、潰される! って瞬間だ。風が吹いた。絨毯はその風に乗って、倒れてくる木を避けた。

「すげー! 俺たち、風に乗ってる!」

 オリオンの楽しそうな声。風は、俺たちを乗せたまま、雷や雨から離れてく。離れてみるとわかる。俺たちはすっかり、びちょびちょになっちゃったけど、離れた所は雨が降っていない。何かよく見てみると、さっきまで俺たちが居た所の空だけに雨雲が出ていて雨が降ったり、雷が鳴ったりしていたんだ。とんがり屋根のまわりだけ、雨が降っていて、村の方は無事みたい。俺たちが今いる所も星が見える。でも、何でだろう。何であそこだけ雨が降ったんだろう。

 風は、そのまま森から出て進んだ。だいぶ遠くまで来たな。すっかり村が遠くなっちゃった。

「あーあ。村から随分離れちゃったな。よし、このまま俺の家に行こう」

 オリオンはニカっと笑い、俺の返事を聞く前に絨毯を村とは反対の方向へと進めた。何だか腹が減ってきた。

 

 オリオンの絨毯は、田舎から離れ、今や俗に言う都会の上を飛んでいる。村の近くにある町より、何か凄い。建物がひしめき合っていて、夜だっていうのに人が歩いているし、街灯もあって明るい。俺、こんな所初めて見た。でも、ここはどこなんだろうなぁ。

「おっと! シャウラ。あれが俺の家だ」

 ちょっと郊外の方に来たのかな。オリオンが、一軒の古ぼけた家を指差した。絨毯は、その家に向かって降りていき、ドアの前でハラリと落ちた。どちらかと言うと、小さい家。家の中から明かりが漏れて、話し声がする。賑やかな笑い声。

「皆、帰ったぞー」

 オリオンはそう言いながらドアを開けた。そうすると、直ぐに「おかえりー」って声が返ってきて、女の子がびっくりした顔でこっちを見ていた。

「オリオン!? ちょっと、何? 何でそんなびしょびしょなの? 雨何か降ってた? リゲル! 急いでタオル持ってきて!」

 女の子がこっちに来てそう言うと、ハリネズミ頭の小さい子がどこかへ行き、バスタオルを二枚持って戻ってきた。そのバスタオルは俺とオリオンに渡され、小さい子は興味心身で俺のことを見ている。どうしよう。何か緊張する。オリオンは、髪をほどき、バスタオルを頭から被り、わしゃわしゃと髪を拭いていた。奥に誰かもう一人いるな。

「ったく、とんだ災難だぜ。っと、こっちはシャウラ。俺の友達。一晩泊めてやってくれ」

 椅子に座ろうとするオリオン。その際に水滴が落ち、女の子に着替えてから! と怒られた。何だかそれがやけにおかしくて、笑っていたら貴方もよって俺も怒られ、オリオンの服だろうか。着替えの服を渡された。そのまま女の子に洗濯機がある所に行かされ、俺たちはそこで着替えた。着替え終わり、部屋に戻るとさっきの小さい子がキラキラした目でこっちを見ていた。

「ねぇ、オリオン。今度はどんな冒険をしたの?」

「まぁ、まて。シャウラ、これが俺の仲間。奥にいるデカイのがペテルギウス。女の子がベラトリックス。で、この小さいのがリゲル。あ、そうだ。ペテルギウスにリゲル。このペン見覚えないか?」

 オリオンは小さい子……リゲルって言うのか。その子を制し、俺に仲間を紹介してくれた。その後は直ぐに、あのバックから変なペンを取り出し、ペテルギウスとリゲルに見せた。いつのまにか、絨毯が干してあった。リゲルは大きな目でそのペンを見て、奥に居たペテルギウスもこっちに来た。

「あぁ、これ。確か、アルコルが前に持ってた気がする。オリオン、こいつをどこで?」

 リゲルはうーんと唸っていたけど、ペテルギウスが直ぐにそう言った。

「シャウラの村でだよ。アルコルって、確か北斗七星のミザルの兄貴だっけ?」

「そうだ。しかも、自分を太陽だと思っているバカな奴。オリオンは知らないと思うけど、あいつって人の魔力を奪ってすばるから追い出されたんじゃなかったけ?」

 考え込むペテルギウス。俺には何が何だかさっぱりだ。ふと、前を見るとベラトリックスも俺と同じでさっぱりという顔をしている。ベラトリックスは、魔法使いじゃないのか?

「ねぇ、その太陽って言うのは何なの?」

 ベラトリックスがそう言うとオリオンとペテルギウスがお互い顔を見合わせ、微妙な顔した。お互い無言で何か話していたようだけど、ペテルギウスが話し出した。

「太陽って言うのは、自然界に愛された〇等星のことだ。普通の〇等星より、魔力が強く、運もよく、自然の声を聞くことができる。太陽は、全ての自然に愛される。そのためか、自然が守ってくれるんだ。けがをしないようにと。それもあってか、太陽は世界一幸せな人と呼ばれているよ。で、そのアルコルって奴が前に自分は自然の声を聞くことが出来るって騒いでたんだ」

 世界一幸せな奴か。何かちょっと羨ましいな。だけど、幸せって自分が決めることであって、他人が決めることではないよな? そう言われているってことがちょっとひっかかるけど……。そういえば、オリオン。オリオンは自然の声を聞けるじゃないか。

 家が揺れている気がした。電気の紐とかも揺れていて、窓がガタガタと音を立てている。

「地震?」

 ベラトリックスがそう呟いた。珍しいな。地震なんてめったにないのに。ベラトリックスも感じているってことは気のせいではない。

「……さむい」

 ペテルギウスがそう呟いた。何だかペテルギウスの体が少し光っているような? そう思って見ていると、大きな音がして窓がバッと開いた。俺たちはびっくりして、思わず窓の方を見た。

「オリオン、何だか怖い……」

 リゲルはそう言って、オリオンに抱きついた。リゲルの体も何だか光っているように見える。オリオンはよしよしって感じで背中を撫でていた。その後は、一瞬だった。

「ペテルギウス! リゲル!! しっかりしろっ!!」

 その場に崩れるように倒れこむペテルギウルとリゲル。二人とも、目は開いたままで死んでしまったかのように動かない。何でこうなった? いつのまにか揺れも収まっていたが、どうしてこうなった? それは俺にはわからないけど、確かに俺は見た。二人の体が光り、その光が漏れ出し、一直線に開いた窓から空へと吸い込まれていったのを。全ての光が吸い込まれ、光がやんだ時、二人はぐったりと倒れこんだ。

「オリオン! どうして、二人とも動かないの!?」

 ベラトリックスがペテルギウスを揺すっていた。それでも、ペテルギウスは身動き一つしない。

「くそっ! くそっ!! 今のは地震何かじゃない! 二人とも魔力を奪われたんだ! 生命力と一緒に! くそっ! あの光がそうだったのに。ちくしょう、ちゃんと知っていたはずなのに! ベラトリックスは、ここで二人を見てろ。もしかしたら、ペガサス座の人たちがどうにかしてくれるかもしれない。シャウラは俺と一緒に来い!」

 オリオンはドアを開け、外に絨毯を広げた。ベラトリックスはコクンと頷き、俺は急いでオリオンの所へと向かう。そうか、そうだったのか。あれは魔力だったのか。オリオンは、俺が絨毯に乗ったのを確認すると、絨毯を空へと上昇させた。ベラトリックスが、俺たちを心配そうに見ていた。

 

 絨毯は、凄い勢いで上昇した。もの凄い勢いとスピードで、俺はちょっと気持ち悪くなった。上昇していると、何だか城のような物が見えてきて、絨毯はその城の前で上昇をやめた。

「すげっ」

 俺は城を見て、思わず声に出た。こんな所に城があるなんて。まるで天空の城じゃないか。色々オリオンに聞きたかったけど、聞ける雰囲気じゃなかった。でも、なんとなくここがどこだかわかったよ。きっと、ここはオリオンが話してくれたすばるってとこだ。

 絨毯は何かに導かれるように飛んだ。まるで行き先がわかっているかのようで、絨毯は暫く城の間を飛んでいたが、広場に出た所で止まった。何だか中庭みたいな所で、満天の星空の下、その中庭に誰かいた。男の人と女の人が。ん? あれは……。

「姉ちゃん!?」

 俺は思わず声をあげた。絨毯は二人の前でハラリと落ちた。姉ちゃん、何か困った顔をしているけど、どうしてこんな所にいるんだよ? 姉ちゃんの隣に居る男の人は楽しそうに笑っている。

「アルコル。二人の魔力を返せ」

 オリオンは男の人を睨んだ。オリオン、怒っている。で、この人がさっき話しに出てたアルコルって人が。何か嫌な顔してるな。うすっぺらい笑みを浮かべてるし。

「年上にその口の利き方はないんじゃないか?」

「そんなこと、どうでもいい。ペテルギウルとリゲルの魔力を返せ」

 オリオン、凄く怒っている。声は静かな感じだけど、もの凄く怒っている。俺にも伝わってくる。本当は今にも殴りかかりたいんだと思う。

 アルコルは手に持っていた瓶を俺たちに見せた。あれ、この瓶中が光っている。

「二人の魔力はこの中だよ。怒っているってことは、魔力を奪われた人がどうなるか知っているんだね?」

 アルコルは相変わらずいやらしく笑っている。何か、こいつ嫌だな。

「知っているさ。魔力を奪うのは、盗むのと同じ。適切な方法でないため、生命力も一緒に奪われる。それは、俺たち〇等星が魔力を自ら放出した時も同じ」

「そう、その通りだよ。〇等星である君の魔力は奪えない。でも、君なら直ぐに魔力を取り戻せるだろ? 僕が集めた雨雲や雷雲から逃げ出せた君ならね」

 何だって!!? こいつがあの雨を降らせた? 魔法ってそんなことも出来るのか? 

「やっぱりね。ペテルギウスからあのペンはお前のだって聞いた時に予想はついてたよ。あの絵もお前が描いたんだろ?」

 オリオンがそう返すと、アルコルは相変わらずうるっぺらい笑みを浮かべている。こいつ、どっかおかしいんじゃないか? 何で姉ちゃんはこんな薄気味悪い奴と一緒にいるんだよ。

「そうだよ。村の子を守りたいって、彼女に相談を受けてね」

「彼らには何も聞かなかったのか?」

「彼ら?」

 アルコルとオリオンの会話。その会話に木々たちが何か言いたいことでもあるのか、ざわめき始め、風も吹き出した。

「あぁ、彼らね。どうして、聞く必要があるんだい? 結局の所彼らは何も言わないじゃないか。君の友達の魔力を奪ったのは、僕の邪魔をしたからさ。そうだな。君が君の魔力をくれるっていうなら、二人の魔力を返すの考えてもいい」

 アルコルはバカにしたように、鼻で笑った。何だか凄くムカツク奴だ。俺は飛びかかろうかと思った。その思いはオリオンに伝わったらしく、オリオンに目で制されたけど。

「アルコル。俺はお前の話は本当だと思う。シャムもシャウラも誰も嘘をついてない。でもさ、彼らが言ってたんだ。大人たちは急に変わったって。記憶っていうのは不確かな物。皆が皆、同じ物を見て、同じだと思わないし感じ方も違う。同じことを覚えているとは限らない。自分と相手が見ている物が同じだと限らないようにね。彼らは言ってたよ。一人の子供が一枚の絵を置いていってから変になったって。シャム。シャムがすばるに導かれたのはいつ?」

 オリオンはアルコルから姉ちゃんへと視線をずらした。俯いていた姉ちゃんもオリオンを見た。

「三~四年前よ。改めて思い出すと不思議だわ。大人たちは前からロクデナシだったけど、この時期からもっとロクデナシになった気がする。だって、私は働く時間が多くなってそれが嫌で、すばるに導かれたんですもの」

「なるほど。きっと、それは三年前だね。俺、四年前まですばるにいたし。シャウラ、大人たちがいなくなったのはいつ?」

 今度はオリオン、俺の方を見た。俺は急だったから少しびっくりしたけど、大人たちがいなくなった時ははっきりと覚えているよ。町から帰ってきたら誰もいなかったんだ。

「二年前だよ。誰一人としていなくなった。そういえば、あのとんがり屋根も二年前に出来た気がする」

 そうだ。そうだよ。今では当たり前の風景の一部になってしまったけど、とんがり屋根。前はなかったよ。大人たちがいなくなったのと同時期に、急に出来たんだ。とんがり屋根に近づいて、姉ちゃんに怒られたのもその時期だ。

「何を言いたいんだ、オリオン」

 アルコルがイライラした感じで話に割り込んできた。うん、俺もオリオンが何を言いたいのかわからないよ。オリオンはアルコルを無視して、話を続けた。

「俺が抜けた後、シャムがすばるに入り、大人たちがいなくなる前にアルコルに会い、絵を頼んだ。シャムは絵の中には入ったことはあるの?」

 オリオンがそう問うと、姉ちゃんは首を横に振った。

「ないわ。絵には巻き戻しの魔法がかかっているから、子供が中に入ると消えるって言われたから。後、絵の中から誰か出てきたら巻き戻しの魔法はとけている。もし誰か出てきたらそのある物を持っているはずだ。だから取り返しといてと言われただけよ。絵についてはよく知らないの」

 姉ちゃん、絵の中がどんなふうになっているかは知らなかったのか。そういえば、姉ちゃん、あの時盗んだ物を返してって言っただけだったな。ペンを返してって言わなかったのは知らなかったからか。

「なるほどね。二枚の絵。アルコル、シャムと会う前にこの村に来たことがあるだろ?」

 オリオンはアルコルの方を向き、少しアルコルに近づいた。アルコルはオリオンを見据えて黙っていた。

「黙秘権? それでもいいよ。妹のミザルが知っているかもしれないしね」

「お、オリオン! それ、どうゆうことだよ?」

 俺は何だか訳がわからなくなった。アルコルが村に来たって……。何でそうなっちゃうんだ? 絵は二枚で、姉ちゃんが頼んだ絵は一枚だけ……? あれ、待てよ? もしかして?

「記憶っていうのは曖昧なものでね。人はそれほどたくさんのことを覚えていられない。だから、心に強く残った記憶がいつでも思い出せる所にある。大人たちが働かないようになったのは、あの出口の絵のせいだよ。ほら、シャウラの絵が描かれてあった。彼はは言っていた。子供が一枚の絵を置いていった。アルコルがこの村に来たのは偶然かもしれない。シャムに頼まれた時は絵がもう一枚あることを知っていたんだ。同じペンで描いた絵がもう一枚あるって。それで、絵の中にとんがり屋根の小屋を立て、鍵をかけ、そこにもう一枚の絵の中に絵を隠した。大人たちを閉じ込めるだけなら、絵は一枚でいいはず。楽園の絵だけでいいはず。だけど、絵は二枚あってそれにはシャウラの村が描かれている。絵の中に絵を隠したのは、絵はもう一枚あることを内緒にするため。大人たちがおかしくなったのは、絵に魅せられたからかな」

 オリオンは得意げだった。オリオンは凄い。素直にそう思った。まるで、探偵みたいだ。出会ってからそんなに時間はたってないけど、オリオンが凄いってことだけはわかる。だって、この村のこととか殆ど知らないのにここまで推理してしまうなんて。

「さすがだね、オリオン。やっぱり君は只者じゃないね。確かに僕はシャムに出会う前にこの村に来たことがある。それで、村の絵を描いたら絵に魅せられた大人たちに絵を譲って欲しいと言われたんだ。もちろん、どんなふうになるかはなんとなくわかっていた。さすがに、シャムに頼まれた時は驚いたけどね。あぁ、あの村かって」

 アルコルはまた鼻で笑った。きっと、大人たちをバカにしたんだろう。一々ムカツク奴だけど、俺はわかったよ。確かに姉ちゃんの言うとおり、大人たちはある日突然働くのをやめた。酒ばかり飲んで、姉ちゃんは毎日働くようになった。俺たちはいつも飢えていた。でも、俺は信じていたんだ。きっと前みたいに戻るって。そう思っていたら大人たちは急に消えた。大きい子たちは皆喜んでいた。大人たちのかわりに働いていたから。そうか、父さんたちは、この人の描いた絵でおかしくなったんだね。

「さぁ、魔力を返して貰おうか」

 オリオンがそう凄むと、アルコルは奇妙に笑った。

「この魔力は二人にかわって僕が有効活用してあげるよ」

 何て奴なんだ! きっと、二人が今どんなふうになっているかも知っているのに、平然としていやがる。こんなに嫌な奴がこの世にいたなんて! 

 木々たちが急に、ざわざわとざわめき始めた。さっきのざわめきとはまるで違う。風なんか吹いていないのに、まるで怒っているようだ。

「返せよ……」

 オリオンがボソっと呟いた。俺にはわかる。隣にいるからか、顔を見なくたってわかるよ。オリオンは怒っている。

「何か言ったかい?」

 アルコルがからかうように笑う。アルコルの余裕は一体どこからくるんだろう。年上だから? それとも、自分を太陽だと思っているから?

「返せって言ってるんだよ!!」

 ぶわっと、飛ばされてしまいそうな強風が吹いた。何だかオリオンを中心に嵐が起こっているみたいだ。姉ちゃんと俺は飛ばされないように必死で、その場にしゃがみこんだ。いつの間にか風に木の葉が舞っている。

「まさか……この感じ……、いや、まさか! だって、太陽は……オリオンが太陽なはずがない!」

 アルコルの困惑した叫びと、木々たちのざわめき。木々たちは、自然はオリオンの怒りに反応しているのか?

「……あ」

 ふと、瓶に目を向けると、瓶につるが巻きついている。つるは瓶をひっぱり、アルコルは取られないように必死だ。だけど、つるは一気にぐいっと引っ張り、瓶はアルコルの手からすっぽ抜けた。つるはそのまま瓶を床に落とし、瓶を割った。瓶が割れると、中に入っていた光は、一直線に雲の下へと吸い込まれていった。

「うわっ……」

 落ち着いて観察している場合ではない。風に吹き飛ばされ、俺も姉ちゃんもしゃがんでいるのに、飛ばされそうになった。オリオンは一体どうしちゃったんだ?

「オリオン、暴走を止めなさい」

 急に、優しい男の人の声がした。いつの間に現れたのか、オリオンの後ろに四人の男の人がいる。オリオンがゆっくりと後ろを振り向いた時、風は止み、アルコルは舌打ちした。

「ペガサス座」

 オリオンがそう呟くのが聞こえた。木々たちのざわめきはおさまった。そういえば、家を出るときペガサス座がどうのとか言ってた気がする。

「シャート! 二人は、ペテルギウスとリゲルは無事なの!?」

 オリオンは凄く心配そうな顔で、四人の中の一番小柄な人にそう詰めよった。小柄な人はコクンと頷いた。

「大丈夫。魔力も戻り、君の帰りを待っているよ」

 シャートと呼ばれた小柄な人はにっこりと笑い、それを見たオリオンは「良かった」とため息をついた。そうか、無事なんだ。良かった。

「さて、アルコル。君は何てことをしてくれたんだ。絵のこともそうだが、他人から魔力を奪うなんて。君はあの二人を殺すつもりか?」

 長身の人がアルコルの方を見て言った。でも、何だかアルコルは余裕そう。

「そうか、そう言うことか。貴方たちは絵の中には入れない。時間が戻ってしまうから。だから、〇等星のオリオンに頼んだ。それに僕も〇等星だ。僕の魔力は他人にはどうすることもできない。そうだろ? アルフェラツ」

 アルコルも長身の人を見た。アルフェラツと呼ばれた人は、ため息をつき、さらに続けた。

「確かに、〇等星である君を私たちはどうすることもできない。だが、今回の件は校長も、タビトも大変お怒りだ。オリオンのおかげで、君が絵を描いたという証拠もとれた。今から君とシャムを、校長の所に連れて行く。ついてきなさい」

 アルフェラツがそう言うと、アルコルは何も言えなくなった。姉ちゃんも何も言わなかった。何も言わないし、動かない。黒人の人がアルコルを、眼鏡の人が姉ちゃんを連れて行こうとしている。

「姉ちゃん!」

 俺は思わず姉ちゃんに駆け寄った。姉ちゃんは俺の方を向き、申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね、シャウラ。村で待ってて」

「……姉ちゃん」

 姉ちゃん、泣きそうな顔をしている。姉ちゃんがいなくなったら、俺は、俺は……。父さんたちが戻ってきても、姉ちゃんがいないなんで嫌だよ。待ってよ、姉ちゃん。行かないでくれよ。

 姉ちゃんは行ってしまった。アルコルと一緒に、ペガサス座の人に連れられて。俺は後を追うことが出来なかった。俺がもう少ししっかりしていれば、姉ちゃんはあんなに追い詰められることはなかったんじゃないか? 俺が、ちゃんと……。

「オリオン、その子を村まで送って行ってくれないかい?」

 アルフェラツの声。きっと、俺は姉ちゃんが行った先を見つめたまま情けない顔をしているんだろう。

「まかせといて。それと、アルフェラツ。シャムの……あいつらの罰、そんなに重いやつにしないで欲しいんだ。出来る……?」

 オリオンがおずおずと尋ねる声が聞こえ、俺はオリオンの方を見た。

「君は優しいね。だから……、いや、何でもない。罰のことは話してみるよ」

 そう言って、アルフェラツは消えた。シャートも消えた。ここには、俺たちだけが取り残された。

「行くか、シャウラ。村まで送ってやるよ」

 オリオンはそう言って、いつものようにニカっと笑った。俺も笑った。うん、大丈夫。きっとなんとかなる。なんとかしてみせる。もう、こんなことが起きないように。二度と同じ間違いはしないよ。

「なぁ、オリオン。俺たちって友達だよな?」

 俺は思わずそんなことを聞いてしまった。会ったばかりのオリオン。でも、彼は特別で、俺に大切なことを教えてくれた。それに、このまま村に帰ったらもう会えない気がするんだ。

「おう! 俺たちは世界最強のコンビだぜっ!」

 オリオンは楽しそうにニカっと笑った。木々たちが、風がざわめきはじめた。まるで、歌っているかのように。今なら彼らが何を言っているのかわかる気がするよ。いつも、俺たちを見守っている彼ら。大丈夫、きっと何とかなる。父さんたちのことも、姉ちゃんのことも、これからのことも。

「おい、シャウラ。何泣いてるんだよ? 腹でも痛いのか?」

 オリオンの慌てた声。次々と溢れ出す涙。悲しいんじゃない。何でかわからないけど、涙が止まらないんだ。

「大丈夫だよ、何でもない」

 聞こえる。彼らの歌が。彼らはいつも、俺たちに話し掛けていた。だって、彼らはおしゃべりだから。とても懐かしい歌。何で、この歌を忘れていたんだろう。彼らも同じように生きているのに。俺も彼らと一緒に歌うよ。生命の歌を。この歌がある限り、大丈夫だよな、オリオン。皆、今を生きている。だから、大丈夫だよ。父さんたちも、姉ちゃんも。

 

 歌が聞こえた。楽しそうな歌が。聞いたことのない歌が。でも、どこかで聞いたことのある懐かしい歌。俺はこの歌を知っている。

 

 そして……、もう忘れない。

 


第四部 リゲル

 星の住みかに一通の手紙が届いた。

「リゲル、これお前宛だぞ」

 何と、届いた手紙は僕宛だったらしく、オリオンがそう言って僕に持ってきてくれた。

「ありがとう、オリオン」

 一体誰からの手紙だろう? 僕に手紙をくれる人なんていないはずだ。僕は不思議そうに、手紙を見た。確かに宛名は僕宛だ。綺麗な字でそう書いてある。でも、誰だろう? シャウラはオリオンの友達だし、アルカイドもオリオンの友達だし、双子は手紙なんか出さずに星の住みかに来るはずだ。うーん、どこを見ても差出人の名前がない。中を見なきゃダメかな。変な手紙だったら嫌だなぁ。

 僕は手紙の封を切った。

「誰から?」

 ベラトリックスが、僕の横から手紙を覗き込んだ。封筒の中には、綺麗に二つに折りたたんである便箋が一枚入っている。僕は、それを取り出し、広げる。

「あ……」

 文章の一番下に書いてある差出人の名前。それを見た瞬間、思わず声が漏れた。この手紙はパパとママからだ。僕に許しをこうパパとママからの手紙。

「パパとママから」

 僕は何事もなかったかのように言った。おかしいな、もう忘れたはずなのに。昔のことなのに、心が痛い。

「良かったじゃないか、リゲル。せっかくだし、逢いに行ってこいよ」

 俯いていると、オリオンの優しい声が降ってきた。顔をあげると、オリオンはニカっと笑い、情けない顔をしている僕の頭を撫でた。

「行って、文句の一つでも言ってやれ」

 ペテルギウスが僕の髪をワシャワシャにした。余計、髪がツンツンしちゃった。

「一人が嫌なら私も一緒に行こうか?」

 ベラトリックスが、しゃがみ僕と視線を合わせる。僕は、首を横に振った。これは、僕一人でやらなければいけないこと。だから、大丈夫だよ。僕はもう、あの時の僕じゃない。

「大丈夫。一人で大丈夫だよ」

 僕は自分に言い聞かせる。呪文のように、何度も何度も。本当にそうなるように。

「お前は大丈夫だよ、リゲル」

 オリオンが僕の不安をかき消すように、ニカっと笑う。

「がんばれよ、リゲル」

 ペテルギウスが僕の不安を吹き飛ばすように、肩をポンと叩く。

「無理しちゃだめよ? リゲル」

 ベラトリックスが僕の不安を和らげるように、僕を抱きしめる。

「ありがとう、皆」

 胸が熱くなる。皆の優しさで、僕は泣きそうになる。だけど、ここは泣く所じゃない。僕の心の不安は消えていた。

 

 このココロに残る傷跡は、ママにつけられたあと。

 このカラダに残る傷跡は、パパにつけられたあと。

 いくら泣いても、涙が枯れ果てなかったあの頃。

 いくら助けを求めても、誰も助けてくれなかったあの頃。

 でも、君は僕の直ぐ傍にいて、僕の傍で笑い、僕の話を聞いてくれた。

 君のおかげで僕はまた、笑えるようになったんだよ?

 ありがとう、ありがとう。何万回言っても足りない感謝の気持ち。

 ありがとう、ありがとう。大好きだよ。

 

 僕は行く準備をし、皆に見送られながら星の住みかを後にした。僕が見えなくなるまで、手を振り続ける三人。ちょっと出かけてくるだけなのに、何だか嬉しいな。

 もう、何年ぶりだろうか。本当の家に帰るのは。

「やーい、お前なんか消えちゃえ」

ふと蘇るクラスメイトの声。大丈夫、大丈夫。もう、あの時の僕じゃない。

 僕の家は、ここから電車に乗って、四つ目の駅の所にある。でも、四つ目って言っても、駅と駅の間は離れているし、電車の本数も少ない。すぐ近くは街で、そっちの電車は本数も多いけど、そっちからじゃ僕の家には帰れないんだ。だから、四つ先って言っても時間は結構かかる。

「お前なんかいなくなればいいのに」

 ふと蘇るクラスメイトの声。

「あんたなんか生むんじゃなかった」

 ふと蘇るママの声。この声を聞くと、いつも足が震えて動けなくなる。それは、きっと今も同じ。でも、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。今の僕は前とは違うんだ。声が聞こえなくなるまで、繰り返し、繰り返し言い聞かせる。ほら、声は遠くに行った。今の僕は昔の僕じゃない。その証拠に魔法だって使えるんだから。

 

 僕が、すばるに導かれたのは四年前。オリオンがすばるを抜けるちょっと前だ。学校では、いじめられていて、家ではパパから暴力を受けて、ママには罵られていた日々だった。何でそんなふうになっちゃったのかはわからないけど、とにかく僕は居場所が欲しかったんだ。どこでもいい、僕を認めてくれる場所、ここに居て良いって言ってくれる場所が欲しかったんだ。誰でもいい、僕を必要としてくれる人に逢いたかった。そんな思いで、僕は学校の屋上から飛び降りた。この世界にいたくなかった、違う世界に行きたかったから。だって、この世界には僕の居場所はなかったんだもの。だから、僕の本来いるべき場所はここじゃないんだって、思った。

 僕は飛んだ。まるで、鳥みたいに。この世界から開放されるって思った瞬間だった。あの風が吹き、僕はその風に空の上へと連れ去られた。連れ去れた場所はもちろんすばる。最初は驚いたけど、僕にはポラリスたちがすばるに来た時みたいに戻してくれる人がいなかった。だから、あっという間に魔力を借りて、すばるの虜になった。だけど、この時の僕には、すばるが唯一の救いだったんだ。

 

 僕は、導かれてからも普通に学校に行ったよ。人に害を与える魔法は使っちゃいけないってことにはなってたけど、魔法が使えるようになって少し強くなった気がしていたんだ。同時に優越感にも浸っていた。お前たちは魔法なんか使えないだろって。すばるにずっと居たいって思いもあったけど、あの風が拭くのは夕方以降。僕には飛ぶ術もない。とにかくさ、僕は強くなったと思ってたんだ。でも、やっぱり僕は僕だった。

 教室に入ると、僕の机がなくなっていた。どこを探しても見当たらない。机には色々な物がかけてあったし、教科書もあった。誰も僕と目を合わせようとはしない。女の子たちに至っては、僕を見てクスクスと笑う。一体何があったんだろう? 僕の物はどこにいっちゃったの?

「ねぇ、僕の机知らない?」

 僕は隣の席の子にそう声をかけた。隣の子は僕を無視し、何も言わなかった。教室に貼ってあった僕の絵もない。急いで、廊下に出てロッカーを見たけど、僕の名前があるロッカーが見当たらなかった。

 とにかく、一日中探し回った。でも、どこにも見つからない。僕がこの学校に居るっていう物が見つからない。

「よー、リゲル。お前、まだいたのか」

 もう、下校時間なのだろうか。自分の物を探していると、いつも僕をいじめてくる大きい男の子にそう話し掛けられた。名前は思い出したくない。

「お前、自分の物探してるんだろ? こいよ、こっちにあるから」

 僕は耳を疑ったよ。多分、隠したのはこいつだと思っていたし。それに、まさか教えてくれるなんて思っていなかった。人を疑うことを覚えたはずなのに、僕はノコノコとそいつについていった。

「ちょ、やだ! 開けてよ!!」

 僕は、校舎の裏にある倉庫に連れて行かれ、中に閉じ込められた。真っ暗で、格子がついている小さな窓しかない。電気もない。

「嫌だ! 開けてよ!!」

 僕は扉をドンドンと叩く。扉を開けようともした。だけど、開かない。きっと、あいつが何かしたんだ。僕は完璧に閉じ込められた。

「俺はちゃんと、お前の持ち物がある場所へ連れて行ってやったぜー?」

 僕をバカにしたような笑い声。その笑い声はいつの間にか増えていて、遠ざかって行く。

「待って! 僕を置いて行かないで! ここを開けて!!」

 大声で叫んだ。泣きながら。でも、届かなかった。誰もここを開けてくれはしない。だって、僕は不必要な存在なのだから。

 何で僕だけって、毎回思った。僕だって誰かに必要とされたい。僕は、暗い倉庫の中で泣いた。

 窓からの光が徐々になくなっていく。太陽が沈み、夜になる。

「お願い、すばる。僕を導いて、お願い」

 僕は小さな窓にへばり付き、格子の間から腕を出した。

「お願い。導いて」

 それからどうやって倉庫の中から出たのかは覚えていないけど、気がついたら僕はすばるに居て、学校から消えていた。

 この時の僕には、すばるが本当に救いだった。魔法が上手くなるのは嬉しかったし、すばるに居れば、いじめられずにすんだ。

 僕は電車の中から、窓の外を見た。家には四年前から帰っていない。町は変わってしまっただろうか? 家までの道は覚えているだろうか。うん、大丈夫。大丈夫だよ。だって、僕はあの時の僕じゃないのだから。

 

 学校に行かなくなった僕は家に閉じこもった。それでも、僕の家の近くを通ると石とか投げてくる奴がいて、ママはそれでイライラしていた。僕が学校に行かないことに対しても、イライラしていたし、文句を言った。学校に行けってパパに殴られたこともあった。パパがあんなふうになっちゃったのは、僕のせいだったのかもしれないね。

「どうしてお前は学校に行かないんだ! どうして、そうお前は出来が悪いんだ!」

 パパはいつもそう言って、僕を殴り飛ばした。パパにとっては僕の担任の先生が家庭訪問に来たりするのも煩わしかったのかも。学校に行くようになれば、先生は来なくなるもんね。

「ごめん、ごめんなさい」

 嫌われたくなかった。泣くと余計怒られるから、自分の部屋で泣いた。涙が枯れ果てるまで泣いた。でも、どんなに泣いても涙は枯れ果てなかった。このことを誰かに言えば、パパもママも誰かに連れて行かれてしまう。僕はそれが、嫌で、怖かった。パパやママと離れるのが。パパとママを好きでいれば居るほど、僕のココロとカラダはズタズタになっていった。

 僕は、すばるでもなるべく一人でいた。誰かと関わることが怖かったから。ペテルギウスは怖そうに見えたし、北斗七星も話し掛ける雰囲気じゃない。でも、一人だけ。そう、一人だけ、異質な存在がいた。それが、オリオンだった。

 

「坊や、坊や」

 電車の中、窓の外を見ていた僕は、その女の人の声で現実に引き戻された。いつのまにか次の駅に停車している。

「はい?」

 僕は声の主を見た。黒い髪の綺麗な女の人。ママより少し年上かも。

「私、黒い髪の男の子を探しているの。私の息子なんだけど、知らない?」

 女の人はにっこりと微笑んだ。息子さん、迷子にでもなっちゃったのかな。迷子ってことは、小さい子かな。見てないはず。

「ごめんなさい、見てないです」

「そう、ありがとう」

 僕が女の人にそう答えると、女の人はそう言い残し、そそくさとどこかへ行ってしまった。何だったんだろう。

 黒髪といえば、オリオンもそうだよね。オリオンとはすばるに導かれてすぐに仲良くなったわけじゃないんだ。僕は、すばるでは空に一番近いと言われている塔の屋上にいつも居た。ここには人もいないし、魔法の勉強も出来る。何より、何もかもわすれられた。その日もさ、いつものように屋上にいたんだ。でも、その日は何かが違っていた。いつも誰もいないのに、そこにはオリオンがいたんだ。皆の人気者で、人と違う雰囲気を持つオリオン。

「お? 新入りか?」

 オリオンは僕を見て、ニカっと笑った。人がいないと思っていたから、僕は驚いたし、なにより居たのがオリオンってことにも驚いた。オリオンの周りにはいつも人がいたからね。でも、僕は殴られたあとを見られるのが嫌で、立ち去ろうとした。立ち去ろうとしたはずなのに、僕はそこにいた。そこにいて、オリオンを見ていた。皆の人気者で、こんなふうに笑う人がどうして、すばるにって思ったんだ。

「あの、オリオンだよね?」

 僕は自分から話し掛けていた。自分でもびっくりした。

「そうだよ、お前は……リゲルだっけ?」

 名前を呼ばれた瞬間、体がビクっと震えた。怖くてじゃない。名前を、僕のことを知っているのが、名前を呼ばれたことが嬉しくて震えた。

「そんな所に立ってないで、こっちに来いよ。話そうぜ?」

 オリオンが手招きした。僕を呼んでいる。僕は、大人しくそれに従い、オリオンの隣にストンと座った。座った瞬間、涙が出てきた。今までとは違う涙。今まで、あっち行けとか、無視されてた。だから、誰も僕を必要としていないだって思ってた。いらない存在だと思ってた。だけど、オリオンは僕の名前を呼び、僕に笑いかけ、僕に話し掛けてくれた。たったそれだけのことなのに、涙が止まらなくなった。次々と涙が溢れ出て、止まらなくなった。オリオンは、急に泣き出した僕を見て驚いていなかった。顔の痣とかで、僕がどんな目に合ってるかわかったんだろう。

「世の中って不公平だよな。でもさ、俺は思うんだ。チャンスや幸せは皆にも同じように訪れるって。だからさ、リゲルは大丈夫だよ」

 オリオンはニカっと笑い、僕の頭を撫でてくれた。ただそれだけのことなのに、嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて、世界が変わった気がした。

 僕はいつの間にか、声をあげて泣いていた。今までに溜めていたものが、溢れ出して止まらなくなった。ひたすら、わんわん泣いた。その間も、オリオンは黙って僕の傍に居てくれた。この日から、僕はオリオン座メンバーになった。

 

 そういえば、ママの話はまだだったね。パパもそうだったけど、ママも僕が学校に行かないことでイライラしていた。パパにそのことで何かを言われるのも嫌だったみたい。パパはママの教育が悪いとか言い出して、喧嘩になるんだ。

「あんた何か生むんじゃなかった! あんたのせいで、こっちは毎日毎日……。あんたなんか生まれてこなければよかったのよ!」

 パパが僕を殴る。パパとママが喧嘩する。そのたびに、ママは僕にこう言っていた。何でかな、僕何も悪いことしてないのに。僕は望まれて生まれてきた子じゃないってずっと思ってたよ。

「ごめんなさい、ママ」

 生まれてきてごめんなさい。ママを困らせてごめんなさい、ママの子供でごめんなさい。いつも、そうやって謝った。でも、僕はねママの子供でいたいんだ。ママが大好きだから。いくら罵られても、どんなことを言われても。僕はママが大好きだから。

 今でも、僕はどうして生まれて来たのかなって思うときがある。本当に望まれて生まれてきたのかなって。僕がいなければ、パパとママは喧嘩することもなかった。僕がいなくなればよかった。それが一番良いって思っていたのに、我侭かな。僕はパパとママといたかったんだ。あの時のことは今でもたまに夢に見る。今は皆がいるから大丈夫だけど。パパとママが、どうして僕にあんなことをしていたのかは、今でもわからないよ。八つ当たり? 僕のことが嫌いだったから? 僕は何で生まれてきたの? 僕は電車の窓の外を見ながらそんなことを考えていた。家に近づくたびに、どんどん変な気持ちになる。悲しいの? それとも、怖いの? ねぇ、オリオン。オリオンならわかる? この気持ちが何なのか。

 

 僕はオリオンにたくさん救われた。今もあの時だってそうだ。僕は、殴られたばかりの状態ですばるに行った。毎日、夜にすばるに出かけるのがバレたんだ。僕は正直にはなしたけど、パパたちは信じてくれなかった。信じてもらえなくて、パパには顔が腫れるほど殴られ、ママには嘘つきって罵倒された。嘘なんか何一つついていないのにね。おかしいよね。僕は、顔の腫れがバレないようにしていたんだけど、オリオンにバレた。オリオンは驚いた顔をしていた。

「お前、その顔どうした?」

 オリオンは凄く心配していた。僕は何も言わなかったけど、オリオンは僕がどんな目に合っているか何となく知っていたから、直ぐにこの顔の理由がわかったみたい。

「リゲル。お前の家、どこだ?」

 オリオンは暫く黙っていたけど、いつもより低い声でそう言った。僕はオリオンを見上げた。何で、オリオンが僕の家の場所を聞くの? どうして、オリオンが怒っているの?

「自分の子供にこんなことするなんて間違っている。リゲルは悪くないのに、こんな痛い思いをするのも間違っている。何があったのかは知らないけど、きっと親だって苦しんでいる。なら、誰かが止めないと。リゲルも両親も壊れちまうよ」

 オリオンはしゃがんで、僕と目線と合わせ、腫れている所に触れた。鏡を見ていないからどんなふうになっているのかわからないけど、オリオンが触れた所から痛みがひくような気がした。

「過ちは繰り返してはいけない。だから終わらせなければならない。過ちは後悔して、反省して初めて意味のある物になるんだ」

 オリオンは真剣な目でそう言った。どうして、オリオンはこんなに暖かいんだろう。僕は、オリオンと出会えて良かった。

 

 その後僕は、オリオンを家に連れて行った。オリオンは小さく深呼吸をした後、インターホンを押した。「はい」というママの声。オリオンが何かを言う前に、ママはインターホンをガチャリと切った。足音がこっちへ向かってくる音がする。僕の家のインターホンにはカメラがついているから、僕の姿が見えたんだろう。足音は玄関の前で止まり、勢いよく玄関が開いた。

「リゲル! こんな時間に何をしてるの! また、すばるとか訳のわけらないことを言うの? どうしてあんたはそうなの。ママを困らせないでちょうだい!」

 玄関が開いて直ぐ、星空の下、ママの怒鳴り声が響いた。隣の家までは距離がある。多分聞こえないだろう。それからも、ママは訳のわからないことを怒鳴り、「あんた何か生むんじゃなかった!」と最後に言い放った。僕は、悲しくて、泣きそうになった。いや、もう泣いていたかもしれない。

「おい! あんた! 何てこと言うんだ! リゲルはあんたの息子だろ? 何でそんな酷いことが言えるんだ! それで、あんたは傷つかないのかよ!?」

 オリオンがそう言い放った瞬間、ママはジロリとオリオンのことを睨んだ。

 星空が雲で覆われ、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。

「何で母親であるあんたが、リゲルを傷つけるんだよ。本当はいけないことだって、あんたもわかってるんじゃないのか? だったら、どうして……。あんたに嫌われたらリゲルはどうすればいいんだよ……」

 オリオンが泣いている気がした。僕のために、涙は流していなかったけど、泣いている気がしたんだ。そうか、雨がオリオンの代わりに泣いているんだ。僕の代わりに、パパやママの代わりに……。僕の中にある苦しみや、ママの中にある苦しみを洗い流そうと、世界中の悲しみを洗い流そうと……。その時降っていた雨は冷たくなくて、暖かく感じた。僕はそのことを今も覚えているよ。

 今の僕は歩いている。駅に着き、自分の足で家に向かわなければならなくなった。でも、僕は歩いている。自分の足で、一歩づつ。ゆっくりだけど、確実に。

 

 あの後、パパが何事かと思い、外に飛び出してきた。

「あんたがリゲルの父親?」

 オリオンはパパを見て言った。パパは何も言わなかった。暫くして、一つ頷いただけだった。

「なら、どうしてリゲルを傷つける? リゲルが生まれた時、どんな気持ちだった? 嬉しくなかった? 幸せじゃなかったのかよ」

 オリオンの声は何だか悲しそうで、頬には雨なのかもしれないけど、涙の流れたあとがあった。

 

 あ、そろそろ家につくね。てか、実はもう家の前なんだ。僕は勇気を出して、インターホンを押す。押した指が震えている。大丈夫、大丈夫。

 あの時と同じように直ぐに「はい」というママの声が返ってきた。僕が何かを言う前に、インターホンをガチャリと切り、足音が聞こえた。足音はいつの間にか増え、玄関の前で止まり、玄関が開いた。

「リゲル!」

 ママは僕見た瞬間、強く抱きしめた。

「よく来たな」

 パパは笑って僕の頭を撫でた。

「良かった、良かった……。元気そうで、大きくなって……」

 ママは泣いていた。何だかママが小さく見える。それだけ、僕が大きくなったのかな。

「リゲル、あの子は元気かい? パパたちがしていたことを過ちだと言い、過ちは反省することが出来る。後悔しているなら、これからどうすればいいのか考えることが出来る。実行できる。確かに過去は大切だけど、過去は変えられない。だったら、変えられる未来の方が大切だ。今どうすべきか、本当はもうわかっているんだろ? と、教えてくれたあの少年は」

 僕はパパを見た。パパ、それはオリオンのことだね。

 あの後、オリオンは僕たちパパとママに考える時間を、つまりこれからどうすればいいのか考え実行するには僕は一緒にいない方が良いって言ったんだ。だから、今の僕はオリオンたちと一緒に住んでいる。

「ねぇ、リゲル。あれから四年たったわ。四年たって、ママたちは変わることが出来た。ママたちはこの世で一番リゲルにしてはならないことをした。あの時のママたちはそれがわからなかったのね。何故、あんなことになったのかも考えたわ。もう、絶対にリゲルを傷つけない。もう、悲しい思いはさせない。だから、また家族で暮らさない?」

 ママは僕を離し、僕を見つめた。僕は俯いた。ごめん、ママ。ママの申し出は凄く嬉しいけれど……。

「ママ。僕は今も昔も、これからもパパとママが大好きだよ。もちろん、一緒に居たいと思ってる。でも、でもね、僕はまだオリオンたちと一緒に居たいんだ。ううん、パパとママのことを恨んだことはないよ。ただ、ただね、僕はもっと色々なことを知りたいんだ。もっと、オリオンに色々なことを教えて貰いたいんだ。だから、だからね……」

 僕はいつの間にか泣いていた。パパとママに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。パパとママは残念そうな顔で、僕のことを見ている。

「だから……まだ、帰れない。僕が、すばるを抜けることができたら、真っ先にママとパパの所に帰ってくるよ。だから、それまで待っていてくれる?」

 結局、僕はあの時と同じで、泣き虫だ。もしかしたら、泣き虫は治らないのかもしれない。

 僕にとって、パパとママは大切な家族だ。でも、オリオンたちは、オリオンは僕を変えてくれた大切な仲間だ。まだ、ありがとうって言い足りないんだ。

「わかったわ。ママたち、リゲルが帰ってくるのをずっと待ってる。そしたらまた、三人で暮らしましょう?」

 ママは優しく微笑んでいた。パパも。僕たちはやり直せるね。ここまで来るのに、時間はかかっちゃったけど、元に戻せるね。止まった、すれ違った時間を元に戻せる。そう、ほつれた糸を戻すように。大切なのは、過ちを過ちで終わらせないこと。過ちを繰り返さないこと。これは、オリオンが僕たち家族に教えてくれた。傷跡は残るけど、それはあくまで傷跡だ。それを乗り越えて強くなればいい。

 

 もう少し話していたかったけど、時間が来ちゃったね。これで、僕の話はおしまい。

 

 

 オリオンへ

 オリオンには、この僕のありがとうって気持ちが届いてる?

 

 このココロに残る傷跡は、ママにつけられたあと。

 このカラダに残る傷跡は、パパにつけられたあと。

 いくら泣いても、涙が枯れ果てなかったあの頃。

 いくら助けを求めても、誰も助けてくれなかったあの頃。

 でも、君は僕の直ぐ傍にいて、僕の傍で笑い、僕の話を聞いてくれた。

 君のおかげで僕はまた、笑えるようになったんだよ?

 ありがとう、ありがとう。何万回言っても足りない感謝の気持ち。

 ありがとう、ありがとう。大好きだよ。

 


第五部 ペテルギウス

 五年前だ。両親と兄さんが死んだ。死因は事故死。家族四人で旅行から帰って来る途中に、大型トラックと衝突した。家の近くの見通しの悪い交差点。よく、事故が起こっていた場所だ。俺は、母さんと後部座席にいたから、よくわからなかったけど、脇道からトラックが右折してきて、ぶつかった。多分、お互い見えなかったし、気づかなかったんだろう。だから、ブレーキも踏まずにぶつかった。トラックも車も、無残な姿になったよ。父さんと兄さん、トラックの運転手は即死だったらしい。母さんは病院に運ばれる最中に死んだ。俺は、ぶつかる瞬間、母さんが盾になってくれたから死なずにすんだ。そう、俺だけが生き残ってしまったんだ。

 

「なー、ペテルギウス。オリオンはどうしてるんだよ?」

「俺もオリオンに逢いたいんだけどー?」

 俺は今、すばるに居てある奴らに付きまとわれている。同期のプロキオンとシリウス。すばるでは、同じ年に導かれた人のことを同期を言うんだ。オリオンとアルカイドは俺たちより、一年か二年前にはすばるに導かれていた。リゲルは俺たちの後だ。

「なー、ペテルギウス。何か言えよう」

 歩きながら無視していると、シリウスがブーブーと文句を言い始めた。本当に煩くて、鬱陶しい。歳だって、俺とそんなに変わらないはずなのに、どうしてこう子供っぽいんだ? 本当、いい加減にして欲しい。オリオンが好きなのはわかったから。

「お前たち、うるさい。鬱陶しい。お前たちは導かれたときと何も変わってないじゃないか。そんなんだからいつまでも、すばるを抜け出せないんだ」

 俺は後ろからついてくる二人を見て、そう言った。二人がどんな理由で、すばるに導かれたのかは知らないが、俺だって人のことは言えない。だって、まだここを抜け出せてないじゃないか。

「何だよそれー! お前だって一緒じゃんか!」

 シリウスがしゅんとし、プロキオンが文句を言う。あー、本当に煩い。耳元でキャンキャンやめろ。

 ここに導かれた奴は、心に癒えない傷を持っている。全てに絶望し、現実から逃げ出した。ここにいるってことは、まだその傷は癒えていないし、傷を乗り越える強さもない。オリオンやアルカイドは自分を受け入れ、現実を向き合い、未来へと、先へと進んだのに。俺たちはまだ自分を、現実を受け入れられない。先に進むことが出来ない。自分や、世界を許せないでいる。だから、俺たちはまだここに、留まっている。

 何で俺だけ生き残ってしまったんだろう。俺は誰にこの気持ちをぶつければいいんだろう。恨むべき相手は死んでしまっていない。俺は、ずっとそう思っていたよ。

 

 事故にあってから、俺は親戚のおばさんの家で暮らすようになった。おばさんの口から、父さんたちが死んだってことを聞かされても、不思議と涙が出なかった。事故の記憶はちゃんとあるし、父さんたちが死んだのもわかっていた。涙が出でなかったのは、きっとからっぽになっていたからだと思うんだ。俺は死んではいないけど、あの事故で何か大切な物を失ってしまった気がした。だからかな。おばさんの家で暮らし始めて、最初の夜にすばるに導かれた。すばるを見ても驚かなかったよ、何せからっぽだったからね。それで、事務的にすばるに入り、魔力を借りた。別にリゲルのように、すばるが救いだなんてことはなかったよ。何も感じてなかったし、感じられなかったからね。

「オリオン、面白い話してー」

「俺もオリオンの話聞きたいー」

 シリウスとプロキオンも俺と同じ時期に導かれていて、俺より先にオリオンと仲良くなった。この時から騒がしい二人だなぁって思ってたけど、それは今でも変わってないな。相変わらずあの二人は騒がしい。

「そうだなぁ。じゃあ、鍵の話をしてやるよ」

 オリオンに至っては、いつも周囲に誰かいた。人気者で、皆の中心でいつも笑っていた。俺はそれを遠巻きに見ていた。遠巻きに見て、何故かイライラしていた。いつも笑っているあいつを見るたび、イライラしていたんだ。

 

 過去とは変えられない。一年前も、一秒前もそれは同じ。だけど、過去は誰にでもあって、優しくて残酷な物である。

 

 俺とあいつが始めて話したのは、俺がすばるに導かれてだいぶたった頃だ。あいついは、いつも持ち歩いている絨毯を、木の枝に引っ掛けてしまい、困っていた。今思うと、魔法で取れたんじゃないかと思うが、俺は引っかかっている場所に手が届いたから、条件反射だろうな。ひょいっと取ってやったんだ。俺は何も言わずに絨毯をオリオンに渡した。

「ありがとう! 俺、届かなくて困ってたんだ! えっと、君は確か……ペテルギウスだよね?」

 あいつは、ニカっと笑った。俺は少しだけ驚いたね。だって、話したこともないのに、あいつは俺のことを知っていたんだ。お互い名乗っても居ないし、俺はそんなに目立つほうではないはずだ。これは後で聞いた話だけど、結構目立っていたらしい。デカイから。

「お前はオリオンだろ?」

 俺がそう返すと、あいつは嬉しそうに頷いた。まぁ、すばるに居てあいつのことを知らない奴はいないよな。それほど人気者だったし、絨毯を持っていたから目立っていたし。   

 この頃のあいつは、まだ髪が短くてさ。髪も結んでいなかった。今思うと、髪の短いオリオンなんて新鮮だが、笑い方は今と何も変わっていない。

「俺のこと知ってるんだ! ありがとう!」

 あいつは飛びっきりの笑顔でそう言った。おかしいな、こいつの笑顔を見るたびに俺はイライラしていたのに、不思議とイライラは収まって俺は笑うことを選択していた。オリオンと一緒になって笑っていた。

 

 この時の俺は何もわかっていなかった。何故オリオンが笑う選択をしたのか。あいつは忘れちまったけど、あいつにも残酷な過去があるってことを。

「ペテルギウスくん、ちょっといいかい?」

 俺はある人の声で戻ってきた。俺は声をかけられ、声の主を見た。この人、儀式に居た……確か、タビトさんっていう人だ。

「何ですか?」

 俺はそう返した。タビトさん、少しだけあいつに似ている気がする。これは、気のせいじゃないと思う。そう、あいつと同じ目がそっくりなんだ。

「オリオンのことで、話があるんだ」

 おじさんはそう一言だけ言った。あぁ、もしかしてあいつの過去のことなのかなって俺は思ったよ。それ以外、あいつの話なんかない。

 過去は誰にでもあって、優しくて残酷な物だ。時には悲しい時もある。俺は、まだ理解していなかったんだ。

 俺とおじさんは、二人で話せる場所に移動した。あそこで話していたらいつ、プロキオンたちに邪魔されるかわからないからな。一体どんな話が飛び出してくるのだろうか、俺は少し緊張していた。

「君は太陽を知っているよね?」

「え? どんなものかくらいは知っていますけど……」

 びっくりした。まさか、いきなり太陽の話が出てくるなんて。すばるの奴なら皆知っているはずなのに、どうしてこんなことを聞くんだろう?

「なら、君は太陽を変える方法を知っているかい?」

 おじさんは朗らかに言ったけど、目が真剣だった。太陽を変える方法なんて、俺は聞いた事もない。だって、そんなことは不可能だ。太陽は、自然界に愛された存在。最も特別で、最も幸運で、そんなの生まれつきじゃないか。大体俺たちは自然界に愛されるとか、自然界がどうやって太陽を決めているかもよく、知らないんだ。知っているのは、太陽は魔力が強く、自然界に愛された特別で幸運。彼らと話が出来るってことぐらいだ。

「知りません。そんなこと出来るんですか?」

 誰もが思っている常識。知らないし、出来ない。でも、きっとその方法があるから、おじさんはああ言って来たんだ。多分、俺は今からそれを知る。そう思うと何だか少し怖くなってきた。

 おじさんは、小さく深呼吸をした。

「出来る。ごく僅かの人しかしらないが、方法はある。それはとても、残酷で耐えられないようなこと。太陽を変える方法は、この世で一番やってはならないこと。殺人……つまり、太陽を殺すことだ」

「え!?」

 おじさんは低い声でそう言った。俺は思わず声をあげたよ。だって、殺すだって!? 世の中にはたくさん悲しいこともあるし、苦しいことも物騒なこともある。人の命を奪うなんて、最もいけないこと。最も残語で、許されないことだ。おじさんは、さらに続けた。

「太陽を愛してしまった自然たちは太陽なしでは生きていけない。全ての木々が枯れ、自然が消える。そのため、太陽が死ぬと一番近くに居た人を太陽とする。交換太陽は、別に〇等星でなくてもいいんだ。太陽の一番近くに居た人。それだけで、太陽になれる」

「……もしかして、おじさんはオリオンが太陽だって言いたいんですか?」

 太陽を変えることが出来るなんて、それだけでも衝撃だ。その方法だって、衝撃。でも、何でおじさんはこんな話を俺にしたんだろう? そんなの少し考えれば簡単さ。だって、おじさんは、俺にオリオンの話をすると言ってきた。ってことは、太陽の話はオリオンに関係があるってことだ。そうなると、オリオンが太陽か、交換太陽。それか、オリオンが太陽を狙っているかの三つに絞られる。まずオリオンが太陽を狙っているっていうのはありえない。あいつはそんなことをする奴じゃない。ってなると、残るのはオリオンが太陽か、交換太陽かが。しかも、オリオンは〇等星だ。ってことを俺は知っている。太陽は〇等星。オリオンも〇等星。交換太陽は〇等星じゃなくてもいい。ほら、簡単だ。オリオンは交換太陽より、太陽の可能性の方が強いんだ。

「察しがいいね。その通りだ」

 おじさんは、コクンと頷きそう言った。ほら、俺の思った通りだ。オリオンが太陽で、多分だけど……太陽に成り代わろうとしている奴がいるんだ。

 前から言われていることがある。それは、太陽は自然界に愛されて幸せだということだ。太陽は自然界の力で色々なものから守られる。事故とかも回避できるらしい。何より、彼らと話が出来る。

「太陽は世界一幸せだ。そんなこと、太陽本人にしかわからないのに、大抵の人はそう思っている。太陽になれば幸せになれると。特にすばるで儀式を受けた者たちはそうだ。彼女たちは、すばるこそ、魔法こそ幸せで、正義だと信じている。魔法に救われたからね」

 おじさんの話を聞き、俺はあの時の儀式を思い出していた。おじさんに出会い、オリオンに止められた儀式。あの時の俺も、魔力があれば、魔法があれば何でも出来る、幸せだって思っていた。でも、違うんだ。俺は〇等星じゃないから、いつか魔法を手放さなければならない。魔法を使うことを許されているのは〇等星だけ。俺たちは許されていない。だから、借りているだけ。いつかは、現実と向き合い、魔法なしで幸せを掴まなければならない。

「儀式の本当の意味は、カウンセリングのようなものだった。今では、儀式を受ける子たちの心の弱さが影響してね。昔は、この世界にも魔力が満ちていた。今と違って、たくさんの〇等星がいた。だが、子供たちはいつでも同じ。傷ついていた。すばるは、そんな子供たちのために作られた学校だ。魔法を知らない人に知られないように、空に浮かせ、同時に子供たちの心も刺激する。空に城が浮いていれば大抵の子たちはワクワクしたりするからね。傷ついた子供たちに、世界を恨んだ子供たちの傷が癒えるように、少しの間だけ夢をみさせようと思い、私たちは魔力を貸すことにした。いつか、現実を受け入れ、すばるを抜ける日が来るのを信じて」

 おじさんは目を瞑った。そう、いつかは殆どの子たちが魔力を返さなければならない。アルカイドは返したはず。返して、魔法なしで幸せを掴もうとしているはず。でも、裏をかえせば、すばるから抜け出せなければ、大人になっても魔力を持っているってこと。子供のときは純粋に、魔法が使えて嬉しいし、楽しい。少し自分に自信もつく。自分は何だってできるんだって。それで、段々と強くなり、すばるはいい思い出となって、魔力を返す。だけど、大人になっても魔力を持っていたらどうだろうか? 子供の世界より、大人の世界の方が残酷で、悲しい世界だ。優しさなんてない。子供はダダをこねて泣き喚けばいいが、大人にはそれも出来ない。傷はきっと、どんどん広がっていき、魔法を悪いことに使うかもしれない。大人になって魔法を許されているのは、〇等星と、次の子供たちのために、すばるに残ると決心した大人たちだ。ペガサス座の人たちがそうだ。魔法を悪いことに使わないか見ている。きっと、おじさんもそういう人なんだろう。大人たちは利己的で自分勝手だから、子供たちのためにと思った人しか魔法は許されていないはず。他の奴が魔力を持っていたら、もっと魔力が欲しいがために子供たちから魔力を奪ったり、楽してお金を稼ぐために魔法を使って何かするかもしれない。

 魔法が公にならない理由も知っている。大体普通の人は魔法なんて信じていない。俺だって信じていなかった。欲のある人たちは魔力が篭ったものに魅せられることはあるけど。魔法が公にならない理由は、やっぱり悪いことに使われないようにするためだ。それに、もしすばるの存在が知られてしまったら、大人たちはすばるを探す。そんなことをしたら、すばるに居る傷を負った子供たちの傷はどんどん深まってしまう。

 おじさんは、目を開けた。

「あの子の母親も、すばるを抜けることが出来なかった……」

 おじさんは、悲しそうに呟いた。俺はおじさんを見た。

「あの子の母親も、子供時代に酷い目に合い、心に深い傷を負っていた。結局、その傷は癒えることもなければ、乗り越えることも出来なかった。悪い仲間から、太陽を殺せば幸せになれると聞き、彼女は自らの手であの子を海へ引きずり込んだ。あの子はその日を境に、記憶がない。海はあの子を守ろうとしたが、私が二人を海から引き上げた時には、もう遅かった。あの子は壊れてしまっていた。呼んでも反応しなかった。あの子は、壊れ……自分の記憶を封じた。あの木箱はね、あの子が心や頭から追い出した、いらない物なんだよ。そのいらない物が形となったものだ。私は、あの子に絨毯を渡した。あの絨毯は、元々は私の物だったんだよ」

 おじさんは悲しそうだった。オリオンの過去、オリオンですら知らないこと。俺はそれを知ってしまった。衝撃と、驚きと、知ってしまっていいのかとか色々複雑な思いで、暫く何も言えなかった。あいつは、これを知ったらどうするんだろう。耐えられるのだろうか。これを知っても、あいつは……笑うという選択が出来るのだろうか。

「彼女は……あの日から、私が見張っていたんだが、急にいなくなってしまってね。彼女はきっと、オリオンに逢いに行くだろう。あの子を頼むよ、ペテルギウスくん。勝手なお願いだとは思うけど、私にはどうすることもできないんだ。私はあの子も彼女も守りたい」

 おじさんは、悲しそうに、苦しそうに笑っていた。

 俺は、真っ直ぐ星の住みかに帰らなかった。おじさんの、あの表情が忘れられない。大人もあんな悲しそうな顔をするんだ。そんなことを考えていた。オリオンのこと、おじさんのこと、どうして皆が望んだ幸せを手に入れることが出来ないんだろう。星空はこんなにも綺麗で、世界だって美しいのに。どうして、俺たちはたった一人の自分を幸せにできないのだろう。星の住みかの近くの公園で、そんなことをぼんやりと考えていた。

 帰る時、黒髪の女の人とすれ違ったけど、とくに気にしなかった。

 

 そういえば、明日は父さんたちの命日だ。この星空じゃ、明日もきっと晴れるな。もう、冬も終わって春だしな。春は好きだ。

 あの時、俺はすばるから下を見ていた。すばるから、俺の家が見えたんだ。家族で暮らしていた家が。小さい町だったけど、静かでいい所だった。父さんたちの事故で俺は病んでいたのかも。お墓にもいかなかったし、おばさんとも口を聞かなかった。俺の原因不明のイライラは増していったし、何でもかんでもイライラするようになっていた。

「おーい、ペテルギウスー」

 下を見ていると、オリオンに声をかけられた。多分、オリオンからすれば俺を見かけたから声をかけたって感じなんだろうけど。おかしいな、あの時イライラは笑う選択をして、収まったはずなのに。また、俺はイライラするようになっていた。

「何だよ、何か用かよ。いつも、ヘラヘラしやがってお前、気色悪いんだよ」

 今思うと何であんなにイライラしていたのかわからないけど、俺はとんでもない暴言を吐いた。オリオンはびっくりしていたよ。

「お前こそ、何だよ。いつもメソメソしやがって、男らしくない」

 オリオンが黙って立ち去るかと思った。だけど、オリオンは立ち去らず、そう言い返してきた。図星だったよ、別に泣いてはいなかったけど、オリオンの言うことは当たっていた。

「お、俺がいつメソメソしたんだよ! お前何かに俺の気持ちがわかってたまるか!!」

 俺は、オリオンの方を向き、いつの間にかオリオンをグーで殴っていた。オリオンは、殴られた反動で、よろめいたが、キっと俺を睨んできた。

「いって……何すんだ!!」

 オリオンは殴り返してきた。その後はもう、殴り合いの喧嘩だよ。幸い、ここはすばるの端っこで、人もいなければ誰にも見られていない。喧嘩は俺の方が優勢だったけど、何故か勝てる気がしなかった。

「お前は泣き虫なんだよ!! 一人が嫌なだけだろ!!」

 オリオンは殴りながら、俺の確信をついてきた。本当だよ、オリオンの言うとおりだよ。一人が嫌だった。いつも、誰かがまわりにいるオリオンが羨ましかった。笑うことをいつも選択出来るオリオンが羨ましかった。だから、俺はそれを見てイライラしていた。本当、子供だと思うよ。

「お前に、俺の気持ちなんかわかるもんか! 皆、死んだんだ! 一人で居るしかないだろ! 家に帰っても誰も居ない、恨むべき相手も死んだ!! 俺は一人なんだよ、一人残っちまったんだよ!!」

 そう言い返したことで、今まで溜めていたものが溢れてきた。俺にはもう、誰もいない。一人なんだって。溜めていたものが、溢れて溢れて止まらなくなった。止めたいけど、どうしようもなくて、何も出来なくて。俺はその場にしゃがみこみ、泣いてしまった。殴られて痛いから泣いたんじゃない。

「お、俺は……父さんたちに謝りたい。何も出来なくてごめんって、俺は、俺は……、これからどうすればいいんだよ……、一人は嫌だよ……」

 何度、皆の所へ行きたいと思ったか。でも、俺にはそれが出来なかった。わかっているさ、父さんたちはそんなこと望んでいないことぐらい。父さんたちの分まで生きなきゃいけないことぐらい。

「誰だって、一人は嫌だよ。俺だって嫌だ。でも、俺もペテルギウスと同じで一人だよ。俺には記憶がないから、俺すらも知らない。一人が嫌だから、皆に好かれようと努力した。でも……やっぱり家族が欲しい。そうだ、ペテルギウス。お互い一人なんだし、家族になろうよ。そしたら、もう寂しくないよ。大丈夫だよ、俺たち二人ならいつかすばるを抜け出せるよ」

 オリオンはしゃがみこんだ俺に手を差し出した。腫れた顔でニカっと笑うオリオン。あぁ、やっぱりオリオンは羨ましいなぁ。そう思いながらも、俺はオリオンの手を掴んだ。こうして、俺たちオリオン座は始まったんだ。

 この後俺は、オリオンと一緒に父さんたちのお墓参りに行ったよ。お墓に行くことで何かが変わるのが怖かった。でも、何も変わらなかったよ。相変わらず俺は俺で、お墓の前でみっともなく泣いた。だけど、何でだろうね。たったそれだけのことなのに、少し心が軽くなった。未来を意識できるようになった。もう、一人じゃない。家族がいるから寂しくない。原因不明のイライラに襲われることもない。

 

 この後は察しの通り、リゲルに会い、ベラトリックスに会い、双子に会った。皆、俺があのままだったら会えなかったし、家族になれてなかったと思う。もっといえば、オリオンと出会い、殴り合いの喧嘩するまでは、この世は絶望しかないと、父さんたちの所に逝きたいって望んでいたよ。泣いて喚いて、殴ってすっきりした。まるで、子供みたいだけど、たまにはそれも必要なんだ。

 いっそのこと、過去がなくなればいいのにって思ったことがある。でも、過去はなくならないし、もし過去がなくなったら俺は俺でいられなくなる。過去は今までの俺を作ってきたもの。絶対になくなりはしない。変えることも出来ない。でもさ、未来は変えられるだろ? 今をどうにかすることによって、未来は無限に広がっている。過去は溜め込まず、受け入れて、ただの過去にすればいい。泣いて喚いて、その後思いっきり笑えばいい。それだけで、未来は変わる。

 

 そろそろ時間が来たね。これで俺の話はおしまい。

 過去は変えることができない。だから未来を変える。自分の力で、自分の手で。未来はきっと……良い日だ。



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