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11.11

十一月の巻(おまけ)

41. "11.11"


 矢ノ倉事務局長の采配で、法人役員の選考プロセスは着々と進んでいて、十月第四週には公募開始、その二週間後が締切、第二土曜日は掃部(かもん)先生の定期顔合せ日になったので、十日に一次選考と相成った。論文審査には、先生を筆頭に、文花、千歳、もう一人のレポート合格者の四人。残念ながら合格とならなかった、これまでの役員(世話人)の何人かは、合格者のレポートや、先生書き下ろしの模範論文などを見て気が引けたか、公募に応じることはなかった。地域振興の系譜で世話好きの方々に集まってもらっていた世話人会だったが、これで事実上の解散となる。年内いっぱいはまだお世話になるが、十二月からは法人シフトも並行する。意思決定等、徐々に理事会に移行していこう、という目算である。

 十七日は、業平が来る。その際、役員就任に必要な書類等を再度確認する予定。これは翌週の二次選考が済んだら、すぐにでも所定の手続きに入った方がいいだろう、という文花なりの読みに基づく段取り。その二次選考日は、祝日の翌日に当たる。一次合格者はプレゼン等の最終準備など念入りにできる訳で、こうした配慮も文花流。なかなかの日程配分で結構ではあるのだが、櫻の言う通り、しばらくいそがしくなりそう、な十一月である。石島課長の話を聞く会開催はいつになるやら。言うだけ言ってみた感じの櫻に対し、むしろ乗り気な文花だった。

 「あら、ちょうどいいわよ。新しい理事さん達にも入ってもらえれば、プレゼンとかで頭使った延長でいい意見も出てきそうだし。十二月一日でどう? で、翌日はクリーンアップ&現場視察。現場志向イベントのトライアル、ってね」


 「ということで、一日だったら、千歳さんも出勤日だからちょうどいいでしょ? 先生も大丈夫だって言ってたし」

 「開催案内って、明後日には出すんですよね」

 「当の石島トーチャンは先週中に調整とれましたしね。開催案内と要請文書が同時になりそうだけど、ま、大丈夫かと」

 十一月十一日、十一時発の送迎バスの車中で合流した二人は、デートだってのに、この通り仕事の話中。気が付くと、もう商業施設に着いている。

 「あ、一並びの瞬間、見損なっちゃった」

 「まぁ、2001年じゃないんだし、それほどのことは」

 「01.11.11 11:11 11秒... 1が十一って。ハハ」

 「今日はちなみに、細長いものの日。棒状のスナック、もやし、煙突...」

 「ま、1が四つ並べばそう見えなくはないけど、煙突四本ってのもね。あぁ、例のお化け煙突か。でも、煙突の日って何するの?」

 スーパー店内はその○○の日にちなんで、逞しくやっているだろうけど、そういうのは後回し。今日はまずシネマコンプレックスである。ネットで事前予約すれば話は早いのだが、招待券を持っているばかりに、席の予約は劇場で当日、となる。

 「帰りのバスに何とか間に合う。十五時半の回で、と。席はここね」

 「先月に続き、今回もご招待扱いで。毎度ありがとうございます」

 「へへ、これね、共通券だから他にもいろいろ観れたんだけど。とっといてよかった」

 大衆娯楽系とか、お涙頂戴系とかも鑑賞できる券だったが、櫻が選んだのは昭和三十四年を舞台にしたあの名作映画である。本日のメインイベント、映画鑑賞会は後ほど。


 混雑する前にランチにしよう、ということで、二人が入ったのは屋内イベント広場に面するシーフードレストラン。「あ、この店...」 花の日に、当日お誕生日のあの女性と来た曰(いわ)く付きの店である。まごつく千歳だったが、悟られてはいけない。

 「どったの? 千歳さん」

 「今日って、鮭の日にチーズの日? それで、サーモン増量のクリームソースパスタにチーズたっぷりで召し上がれって?」

 「ホリデーランチセットで1,100円? ハハハ」

 11.11限定メニューのおかげで、ボロが出なくて済んだ。ところで、チーズの日は歴史的由来がありそうだからいいのだが、鮭ってのはまた何で?

 「ホラ、土って十と一でできてるでしょ。それが二つ重なってるから、11.11。圭の字を当て込んだだけだと思う」

 「そしたら、桂の日、蛙の日も良さそだね」

 「あーら、崖だって畦だって、あとは何たって街でしょ」

 「へへぇ、おそりいりました」

 「ご褒美にちょっと頂戴」

 櫻は鮭の限定メニューをクルクルやっていたが、千歳の皿をちゃっかり隣に置くと、そっちをクルクルやり始めた。八月の時とは若干内容が変わっている。その桜エビの和風パスタに載っているのは、もやし、大葉、メカブ等々。今日はもやしの日だが、あいにく増量にはなっていない。その分、セットで900円とお手頃。

 「しかしまた、健康的というか、お手軽メニューなことで。あとでお腹空いても知らないから」

 「桜エビ、好きなんですよ」

 「フーン、桜エビねぇ。本当はさくらがつく誰かさんを食べちゃいたいんじゃないの?」

 「う...」

 メカブのネバネバが発声を遮っているのは確かだが、正直なところ二の句が出ない彼氏である。眼鏡をかけなくなった櫻は、小悪魔ぶりにさらに磨きがかかったような気がする。

 窓側の席なので、広場のデコレーションが目に入る。食事を終えてやっとこさ、恋仲風の会話になってくる。

 「ありゃりゃ、もうクリスマスの飾りが付いてる」

 「てことは、夜は夜でイルミネーション?」

 「十一月からこれが始まるようになって、一年が早くなった気がする。それとも単に年のせいかしら?」

 「何を仰いますやら。お若いのに」

 「冗談ヌキでね、今年は特にそう思うの。多分目の前にいる人のせいね」

 「へ? 僕そんなに櫻さんの時間とっちゃいました?」

 「そうねぇ、鍵盤に向かわせっ放しとかね。フフ」

 彼氏をからかうのは愉快である。だが、それじゃいつもと同じ。7.7 9.9に続く展開をここらで軽く入れておかないと。

 「あ、それだけ充実してたってことですよ。感謝してます。千歳さま」

 頬が桜エビみたいな色になっているのは気のせいか。「それは僕も同じ。Merci beaucoup. 櫻姫」

 ここで姫様は予定通り、甘えちゃう作戦に入る。

 「ところで千歳さん、十二月二十四日は、誰と過ごされるんですか?」

 「今、目の前にいらっしゃる美しい方と、過ごせたらいいなぁって」

 「そう... どうしよっかなぁ。まだ先だしな」

 ついついからかいたくなってしまうのは何故なんだろう。おかげで彼氏はもやしみたいになってしまった。ヤレヤレ。

 「二人とももともと休みだしね。振替休日ってのが面白くないけど、まぁ、ありきたりじゃないとこ行きましょ♪」

 セットのドリンクはバイキングスタイルなので、その気になれば上映時間前までいられる訳だが、一時過ぎには店を出る。じっとしていられないのはお二人の共通点。

 「では今日も調査しますか? 隅田クン」

 「ハイ、先輩...って、僕はアシスタントですかっ」

 「相棒かしら、ね... あ、いいもん見っけ!」

 スーパーでは、チーズと細長いスナック菓子に関してはコーナーが特設されていたが、七五三が近いとあらば、これに力を入れるのが本道だろう。

 「千歳飴だ、キャハハ」

 「櫻さん、あのねぇ」

 「貴君が飴嫌いな理由ってこれでしょ? さんざからかわれたってヤツ」

 「齧(かじ)ってたら歯がとれちゃったってのもあります」

 この場にいると、千と櫻の何とかショーになりそうだったので、エスカレーターで三階へ急ぐことにした。「て、千歳飴も細長いじゃん。今日記念日だぁ。ハハハ、ハ、笑えるぅ」

 お茶目な姫様の相手は大変である。


 「はいはい、櫻姫、着きましたよ」

 「ここどこ?」

 「先週撮った写真、今からお出ししますから」

 「あ、見せて見せて」

 蒼葉に撮ってもらったツーショット写真、千歳が撮った姉妹の写真、どっちもよく撮れている。

 「よかったわねぇ、千歳さん。手帳に入れる写真増えて」

 七月一日の四姉妹の写真、七夕に撮った「ヨシと織姫」、九月九日、六月君に撮ってもらった一枚、十月の回の集合写真、千歳のセンター出勤初日の記念写真... 手帳の脇にはすでに五枚のフォトプリントが挟んであるが、とっておきの一枚が今回加わり、新たに見開きを飾ることになる。

 「これはこれで貴重だけど、櫻さんのポートレートに勝るものなし、かな」

 「なぁーんだ、千歳さんも結局、私の顔に惚れちゃったってか。要するに見た目主義?」

 「櫻さんはね、心がまず美しいから、それがお顔に表れて益々...」

 今日も素直な彼氏は、ちゃっかりとボーナスポイントを稼ぐことになる。いいものが待っている十万点まではあと十日だったが、縮まる可能性がこれで出てきた。


 まだ時間はあるので、打上げ時にお世話になったカラオケ店に行くという選択肢もあったが、文系、いやカルチャー系の二人は、本、CD/DVD、楽器の各店舗を巡っていれば事足りる。かれこれ三時近く。彼氏はここでふと、あることに気付く。

 「櫻さん、洋服とか小物とか、そういうのは?」

 「はぁ、千住さん家(ち)はファッションコーディネーターがちゃんとついてまして、ご存じの通り、お上がりなんかもいただけるもんですから、こういうとこでは別に。それとも、おねだりすると買ってもらえるとか? 悪いなぁ」

 迂闊な質問をしてしまったものである。だが、

 「私ね、衣食住よりは、住食衣って感じだから、どうぞご心配なく。こんな服がいいとか、もしお好みがあればそれだけ教えてくだされば。蒼葉を通じて入手しますんで」

 衣料品売場では、通販カタログと同じものを扱っているため、カタログに載っているものから指定する、という手もある。

 「あの子、出てたっけかな?」

 「あ、これ!」

 「ハハ、テーラードジャケット、タックフレアスカート、で編み上げのショートブーツかぁ、やるなぁ」

 「これって、そのまま櫻さんにも当てはまるんじゃ?」

 「ま、姉妹ですからね」

 店頭で同じものを見つけるも、櫻曰く、

 「ここで試着しちゃ、つまんないもんね。いつになるかわかんないけど、どっかでお披露目します。ひとつお楽しみに」

 千歳は、櫻も十分モデルとして通用するのでは?なんて考えてもみたが、モデルであれ何であれ、まずは彼だけの櫻さんであってほしい、という想いが占めている。

 「さ、櫻さん...」

 「ん?」

 「いえ、何でも」

 「あ、そろそろ行きますか」

 何を言おうとしたのか、少々気になる櫻だったが、作戦が上々であることを確信していたので、あえて尋ねなかった。

 「千歳さんもブレーキ解除になってきたかな、フフ」 その通りである。


 空模様が冴えない日は映画に限る。

 「で、千歳さん、前作はどなたと?」

 「一人で観て泣いてました」

 「おぉ、それはそれは。今日も泣いちゃったりする?」

 「さぁ、櫻さんと映画に来れたってだけで、すでに涙モノですが...」

 冗句のようにも聞こえるが、偽らざるところ。今やすっかり口達者になっている。

 続編は続編で見せ場はあった。多少展開が読めてしまうところが引っかかるも、純粋にその世界に浸っている間は、心動かされること大。

 「夕日が目に沁(し)みるって、さ」

 「ハハ、レンズ外れそうになっちゃった。こういう映画は眼鏡じゃないとダメねぇ」

 大笑いしたり大泣きしたり、浮き沈みというより哀楽が激しい本日の櫻である。素顔になった分、ありのままが出るようになった、というのも考えられるが、千歳の前ではそれが尚更。感情を素直に出せるようになっていた、という訳である。


 立冬を過ぎただけあって、暗くなると肌寒い時節である。映画のように夕日が出ていれば劇的だったんだろうけど、すでに日没後。クリスマス向けの屋外イルミネーションもどこか寒々しい。送迎バスを外で待っている間、櫻は手をこすり合わせる。ジャンパースカートにステンカラーコート、ちょっと軽装だったか。

 「パーカーとか着て来ればよかったかなぁ」

 「寒い? 平気?」

 「櫻さんは春女だから、ちと弱いかも。千歳さんは秋男...あっ」

 11.11は千歳が仕掛ける番だったようだ。バス待ち最後尾で、人目に付かないのをいいことに、彼は彼女の手をとる。そして離す。次の瞬間、気が付いたら抱き寄せてしまっていた、というくだり。

 「ありがとう...」

 櫻の眸(ひとみ)には熱いものが溢れんばかりになっていた。だが、ここでこらえないとレンズがまたどうかなってしまいそう。僅か数秒のシーンだったが、眼を閉じていた櫻には、数十秒にも数分にも感じられるのであった。季節外れの遠雷の音が、聴こえる。


 鮭でも街でもない。十一月十一日は、二人にとっては「佳(よろし)」き日、ただそれだけである。

 

【参考情報】 十一月十一日 / 「夕日が目に沁みる」


四者会談

42. 四者会談


 雨に降られる前だったのは良かったのかそうでなかったのか。十一日はそれぞれの停留所で下車し、それぞれの居宅に帰って行った二人。櫻は何が起こったのかよくわからないような感覚にずっと捉われていて、早くもあり遅くもありの十一月第三週を過ごしていた。机には蒼葉に撮ってもらったツーショット写真が立てかけてあって、一見しては小さく息を吐(つ)いてみたり。土曜日も朝からこの調子である。


 「櫻さん、おはよっ」

 彼の声に驚いて立ち上がる彼女。

 「あっ、お、おはようございます」

 「日曜日はありがとうございました」

 「い、いえ、こちらこそ」

 どうも櫻の様子が変なので、案じつつも、からかってみたくなる千歳である。

 「櫻さん、どこか具合でも? そっか、今週寒かったから。春女さんには厳しかった、とか?」

 「今朝も寒かったし...。また誰彼さんに暖めてほしいな」

 あっさり返り討ちに遭ってしまう誰彼さんである。だが、櫻は結構本気。紅潮させながらも、千歳を熟視している。コンタクトレンズ越しではあるが、裸眼で見つめ合っていると互いに惹き込まれてしまいそうになる。珈琲を持って文花が来なければどうなってたことか。

 そんな場の空気に一瞬たじろぐも、そこは事務局長である。

 「はいはい、お二人さん、ここはドラマの舞台じゃございませんから、ほどほどにね。櫻さんはコーヒー飲んで、さっさと目覚めるべし!」

 「なぁんだ、いいとこだったのに」

 「だからそういうのは就業時間後! 隅田さんも何か言ったげて」

 こういう場合、どっちについたらいいんだろう。ここは仕方なく、文花の言うことを聞く。

 「あ、えぇ。時間後にまた、ゆっくり。でも、今日は業平氏が来るからなぁ」

 櫻は一転、険しい顔つきになっている。

 「いいわよいいわよ。私、午後出かけるし。千歳さんは、本多さんでもKanNaちゃんでも、どうぞ好きなようにお相手してれば」


 ご機嫌斜めの櫻は、昼食を済ますと、クリップボードにどこかの白地図を挟んだものを持って、そそくさと出て行った。

 「何時に戻れるかわかりませんけど、本多さんと行き違いになっちゃったら、よろしく伝えといてくださいな」

 午前中は冷え冷えしていたが、午後は陽射しが出てきて、まぁまぁの暖かさ。地元探訪するには好都合である。四姉妹で廻るマップツアーを控え、今日はその下見。不機嫌面で飛び出してきたが、それで良かった。本音を云えば、千歳と一緒に訪ね歩きたい、だがそれでは同行予定の三人娘(蒼葉・初音・小梅)に申し訳ない。櫻は自分なりに訣然たる思いを以ってマップ作りに臨もうとしていたのである。

 十六時近くになると、早くも日が翳ってきて、薄ら寒くなってくる。まだまだ巡回したかった櫻だったが、寒いのは御免。風を切ると凍えそうになるので、ペダルも弱めになる。センターめざしてノロノロ運転。誰彼さんもきっとこんな速さ、か。

 「千歳さん、今帰るから...」 はやる気持ちを抑えるように走る。時に厳しく吹く風が恨めしい。


 同じ頃、センターにはすでに業平が来ていて、法人登記に関するあれこれを文花と話し合っていた。

 「印章もそろそろ作っておいた方が...」

 「はぁ、特定非営利活動法人って入れるパターンかぁ。ただでさえ団体名長くなりそうなのに。全部入りきるかしら?」

 「じゃまず名称ですね。理事会で早く確定した方がいいでしょう」

 こういう話をしている時は、業平もビジネスマンチックである。文花としてはもっとフランクに行きたいところだったが、釣られて何となく硬くなっている。そんな時は、空気を変える人が現われるのが一番。いいタイミングで櫻が帰って来た。

 「あ、本多さんいたんだ。こんちは!」

 「あ、ども。って、どちら様?」

 遠くからだったので、よくわからなかったようだが、程なく気付く。千歳は案の定の展開に苦笑い。

 「さ、櫻さんなの? こりゃてぇへんだぁ!」

 いつもの業平節になって来た。街の空気を吸ってすっかりご機嫌の櫻だったが、このリアクションで一層陽気になる。

 「へへ、眼鏡外すとこの通りですの。これ、千歳さんの仕業」

 「仕業って? 千ちゃん、どういうこと?」

 「はい? 何か人聞き悪いなぁ。話せば長くなるけど...」

 そんなこんなで、円卓には四人が集まり、よもやま話になる。


 「そっかぁ、眼鏡の有無で人を見ないってのがハッキリするまでは、ってことだったか」

 「もう何か合わなくなって来てたし、タイミング的に絶妙だったんですよ。仕業っていうか、やっぱりおかげ、かな。ね、千歳さん」

 「今となっては、眼鏡の櫻さんが懐かしい...」

 「眼鏡ってそういう使い方ができたのね。私は、着けたり外したりだから、今更素顔がどうこうってんでもないし」

 眼鏡着用中の文花は、フレームをちょっとずらして業平に視線を送ってみる。業平はドキとなるも、動揺を隠すように別の話題を振る。

 「で、皆さんお集まりのところで、ちょいと相談なんですが、今、いいですか?」

 業平はホワイトボードに、相談事を三点、書き始める。其の一、流域情報誌の取材ネタ、其の二、ケータイ入力画面の今後の展開、其の三、次回クリーンアップでの実機試験。

 「まず最初の件ですが、十一月号はクリーンアップ実践レポートで万々歳、でも十二月号はどうすんだ、て話です。榎戸さんとしては掃部先生に取材して起業ネタか何かを探りたかったみたいなんだけど、十月の回の時は応じてもらえなかったし、先生のブログを見つけたまではよかったものの、本人と連絡がつかない、ってんで困ってまして...」

 「あぁ、その話。先週、センセも言ってたわ。で、それならここでも紹介してやれって、お仲間の再生工場の連絡先教えてくれたの。榎戸さんにはその日のうちに伝えといたけど、その後、どうなったかは不明」

 「じゃ、とりあえず心配無用ってことですかね」

 「確認とってみたら? 広告代理店の人間が工場行ったってろくな取材できないでしょうから、もしまだだったら、本多さん同行すりゃいいのよ。実機に強い人が付いてた方がいいんじゃない?」

 「はぁ、そりゃそうですね。あとでケータイかけてみます。あ、ケータイ...」

 相談其の一がサラッと終わってしまった勢いそのまま、其の二へ。が、一と二は実はセットだった。

 「いやその、ネタ切れに備えて、じゃ例の入力画面を紹介するのはどう?って話もあったんですよ」

 「まぁ確かによく出来てるし、その後も弥生ちゃん、テンプレート増やしたり、改良に余念なかったから。でもオープンにしちゃっていいのかな?」

 「なもんで、ご相談て訳です。ここは一つ起業的に提案させてもらいますね」

 業平はボードにまた三つほど案を書き込んでいく。1.センターのサイトまたはモノログからリンク。規定を設け、その同意を求める。あとは自由に利用可。(ID+PW(パスワード)、送信先アドレスの設定は必要) / 2.主に情報誌サイトからリンク。会員登録を求め、会員限定で利用可とする。登録は無料だが、入力画面にアフィリエイト設定を加え、そのアクセス等によって収益が得られるようにする。情報誌からの協賛金も付加される。 / 3.業平の会社サイトの一部として運営。定額制とし、分析サービスなども提供。

 「こりゃまた話が大きくなったもんで」 千歳は目を丸くするも、すかさず「PC画面でもちゃんと見れるようにしといた方がいいね」と乗り気なご様子。

 「開発者とか関係者にペイするような仕掛けだったら、私はいいと思う。でもそんなにニーズってあるのかなぁ?」 櫻は少々疑心暗鬼。

 「仮に収入が入るとしても、受け皿ってどうすんの? こういう非営利なネタで分配を考えないといけないのって、難しいかも」 文花も首を捻(ひね)る。

 よもやま話から、いつしかセンターの事業に近い話になっている。あぁだこうだやっているうちに見えてきたのは次のような設定。

 「運営主体は当センター、管理者は隅田さん、メンテはバイト待遇で桑川さん、情報誌サイトとのやりとりは本多さん。試験的に開放して、ひとまず協賛金、ま、手付金かしらね。それはセンターが預かることにして、クリーンアップを業務の一環として行う時に備える。そんなとこかしら?」

 「弥生ちゃんにも聞いとかないと」

 「higata@に流しますか?」 千歳のこの発案に対し、

 「そうね。桑川さんには、higata@上で直々に説明すればいいと思う」 文花が取り次ぎ、

 「じゃ、言いだしっぺであるわたくしめが」 業平が引き取る。

 「情報誌のネタにするかどうかは、メンバーで議論してからね」 このまとめを以って集約。冬木と業平が密談していたソーシャルビジネスの一端が少し見えてきたような... この話は後日、メーリングリスト上で明らかになっていく。


 窓の外は夕闇が拡がっているが、四者会談はまだ続く。会談中は、センター来館者もゼロのまま。

 「で、三つ目のご相談。次回はちょっとした機材を持ち込もうと思ってるんですが、運搬する手段があいにくとないもんで...」

 「自宅兼自社は、せっかくリバーサイドにあんだから、ボートで遡上して来るのが筋じゃない?」

 「千ちゃん、そいつは冗談キツイよ。仮にボートがあっても、漕ぎ着ける自信が、ない」

 眼鏡をずらして、目配せ気味。クルマ所有者が申し出る。

 「しょうがないわね。私が承りましょ。助手も同伴させますから、機材の一つや二つ。どうぞご遠慮なく」

 「へへぇ、さすがチーフ」

 「やぁね、名前で呼んでよ」

 「はい、おふみさん。ところで助手って?」

 「さぁ? そっちこそ機材って何よ」

 「それはその、お楽しみってことで」

 「じゃ、おあいこ」

 外は冷え込んでいるかも知れないが、センター内はこの通り。ほんわかとした感じになっている。業平の相談事、これにてクリア。櫻も今はにこやかである。


 閉館時間を過ぎて早々、文花と業平はとりあえず一緒にセンターを出て行った。館内に残るは二人。時間後になるのを待っていた訳だが、ここはあくまで職場。

 「ねぇ、千歳さん、例の十万点プレゼントなんですけどね、予定繰上げで明日お渡ししたいの。いい?」

 「え、もうそんな。あ、バーベキュー広場に行った日から、そっか、ほぼ三ヶ月ですもんね」

 「ま、ポイント増えたり減ったりしましたけど、一応ね。だから、今日はもうこれで。明日はそうだなぁ、お昼頃って来れますか?」

 最近の千歳は、探訪とかwebいじりとかは控えめ。DTM(desk top music)作業が復活してはいるが、いつでも彼女のお相手ができるように日・月は概ね空けてある。

 「かしこまりました。姫様」

 「フフ、早く明日になーれ。じゃねっ!」

 姫様は何とか我慢して、彼とは逆の方向へ自転車を向けた。寒風の中だったが、とにかく加速。今は速度を上げるごとに暖まる感覚が心地良い。身も心も何とやら、どこ吹く風の櫻である。


Sweeten

43. Sweeten


 「ちゃんと時間決めておくんだったなぁ... じれったい!」

 朝は冷え込んだが、徐々に気温は上がり、二十度近くまで行っている。そうとは知らない櫻は、ドキドキ感とイライラ感が交錯して熱を帯びてるんだろう、てな推考をしながら佇んでいる。ここは橋の袂(たもと)。余程のことがない限り、彼はここを通る筈である。奇襲ならぬ待ち伏せ作戦。以前はセンターのカウンターでドッキリ作戦を試みたこともあった。眼鏡がとれても、茶目っ気は相変わらず、いやversion upしている。


 そんな作戦が張られていることなど関知しようもない彼氏は、いつものスローモードで安閑と橋を渡ってくる。視野が広がり、よく見えるようになった櫻は、その鈍足自転車を橋の真ん中辺りで捉えた。だが、「あれ、千歳さん、止まっちゃった」 心憎い彼は、「空は澄んでるし、空気も凛としてるし、いいねぇ」 小休止して、下流側の景観をのんびり眺めている。作戦を見通すには及ばないながら、どうやらはぐらかす術は心得ているようである。

 「あ、櫻さん、どしたんですか?」

 「不審な自転車の侵入を防ごうと思って。特に廃プラ積載車は要注意。あっやっぱり」

 前カゴにはプラ容器類が入ったレジ袋一つ。「ダメかなぁ?」

 「彼女ん家(ち)来るのに、何よぉ。ったく」

 「あ、こういうのもちゃんと持って来ましたから」

 「フン、ご機嫌とろうったってそうはいきませんからね。私、ずっと待ってたんだから」

 ドキドキとかイライラとか、どうでもよくなっていた櫻だが、千歳の手土産がちょっと気になる。

 「これ買うのに時間かかっちゃって。でも、十一時半でも早いかなって」

 「あ、別に怒ってないから。待ちきれなくて飛び出して来ちゃっただけ。異性に待ち伏せされて悪い気しないでしょ? 行こ行こ♪」


 「こんにちは。あれ、今日は櫻さんだけ?」

 「えぇ、蒼葉は例の油絵出品しに出かけました」

 「完成したんだ。持って行く前に見たかったな」

 「姉貴にも見せないくらいだから。よほどの傑作か、その逆か...」

 実質的な制作日数はひと月ほどか。習作に当たる水彩画は拝見したものの、油絵の方は四日以降、お目にかかっていない。本来の姿、本来の色... ある意味、楽しみではある。


 「じゃ、千歳さん、おかけになってお待ちください」

 「何か手伝いましょか?」

 「いえいえ。お客様にそんな。あ、廃プラ、まとめといてもらえれば」

 「こっちは冷蔵庫に、お願いします」

 「あ、ありがとうございます。何ですの?」

 「いいもの、です」


 予め用意しといただけあって、手際よく配膳されていく。メインは、文花からの差し入れ。季節の野菜をできるだけ素に近い状態でサラダ仕立てにした一鉢である。カボチャ、ニンジン、大根をそれぞれスライスしたものにブロッコリーが転がる。

 「レタスは下敷きになっちゃってるけど、ま、掘り出してください」

 あとはおなじみの櫻風デリをスライスしたバケットに載せていただく。デリはいつもちょっとした惣菜級の出来になっているが、業務用食品店でベースになるパテ状の品々(クリームチーズ、ポテトサラダetc.)やペースト缶(例…サーモン、クラブ、ポーク)を買い込んでおくのがコツなんだとか。コーン、豆類、マッシュルーム、ツナ、アンチョビ、貝柱、ビーフ等、ネタとなる食材は主に缶詰から。開けたら小瓶に移し変えて、いろいろな組合せができるように備えておいてあるそうな。ピクルス、オリーブなどの通常の瓶詰品も含め、その数、十数種類。冷蔵庫内には、それら瓶専用の段があって、姉妹で補充し合ってると言う。

 「夕飯の時はこれだけじゃ何なので、生鮮食品とか日配品も買ってくるんです。当番制って言っても、買い物してお膳立てするくらい。至ってシンプルな姉妹の食卓でございます。今日はサラダがいつもより豪華かな。さ、いただきましょ。Bon Appetit!」

 「いただきまーす! 十万点プレゼント、ありがとうございます」

 「あら、これはほんの前座よ。ちゃんと後で出しますから」

 「土曜のお弁当に、今日の食事に、先月だって、これいただいちゃったり、さらにですか? 何だか悪いなぁ」

 マイ箸を恭(うやうや)しく取り出しながら、恐縮頻りの千歳。櫻はここぞとばかりに、甘い言葉をかけてみる。

 「フフ、いいんですのよ。櫻さんのラブラブブログとか、お写真とか、最近はピアノレッスンまでしていただいてることだし、お安いものだワ」

 「レッスン、てか。ハハ...」(平謝り)

 「おかげで、一曲ちゃんと出来たことだし。あ、あれって、バックで流しながら生演奏をかぶせるとかって、どうなの?」

 「歌は生でOKでしょうけど、演奏となるとねぇ。まぁ、リズム系とベースラインとお飾りだけ流して、キーボードとギターに当たる部分は止めるって感じかな。できなくはないですね」

 「そのうち、弥生ちゃんとこ、行ってみますか?」

 「え? 彼女の家、スタジオでも?」

 「いやいや、バイト先の楽器店にある貸スタジオ」

 何気ない千歳の自作曲が思いがけない展開を迎えつつあった。その一曲とはズバリ「届けたい・・・」である。櫻versionが業平アレンジによりパワーアップし、歌を入れればデモでも何でも、というところまで来ていたのである。自作曲の二曲目の方は、舞恵と八広のリズムセッションの耳にはすでに入っていて、今は詞が上がるのを待っている状態。ドラマーライター氏のお手並みやいかに?である。

 他の曲も業平・千歳ラインで肉付けされつつあったが、一部は弥生のもとにも流れていて、また違うアレンジが試みられていた。業平に任せておくと、ノリ先行で荒削りな感じになるところ、弥生流のプログラミングが加わったことで、よりしなやかな出来になろうとしている。重低音のグルーヴはそのまま、というのがまた素晴らしい。その何曲かについては、鍵盤による弾き直しは特に必要なかったので、櫻には今のところ負担をかけずに済んでいる。

 特にBGMとかをかけている訳ではないのだが、気分的には音楽が二人を包んでいるような情況である。櫻の歌世界、千歳の曲背景、それに街や川や空が重ね合わさって行く。情景を思い描きつつ抒情を語る、そんな会話である。

 「話し込んだら、ノド渇いちゃった。何か飲み物... あ、そうだそうだ」

 「?」

 「千歳さんのお土産は三時にとっといて、と。食後のフルーツ出しますね。飲み物も後で」

 櫻は冷蔵庫から本日のいいものを運んできた。それは、

 「奮発しました。上物です」

 1ダース分の大粒イチゴである。透明皿に瑞々(みずみず)しく盛ってあって美味しそう。食事中は向かい合っていた櫻だが、彼の斜め隣りに腰掛けてみる。千歳は単にお互い食べやすいように席を移ったんだなくらいにしか考えていなかったが、とんだ見当違いだった。櫻は大きめの一粒を手にすると、それを唇に押し当ててから、彼の口へ運ぶ。

 「はい、どーぞ。より甘くしてみました」

 「あ、ハハ。ありがと」

 十万点プレゼントって、もしかして...

 「千歳さんだったら、『本気でオンリーユー』って曲、知ってるでしょ。”Sweeten your coffee with my kiss.”を真似てみたの。どう?」

 極端なことを言えば、イチゴ並みに赤くなっている彼氏であったが、それを通り越して、放心状態である。甘いというより、甘酸っぱく感じる。プレゼントにしては度が過ぎたか。

 「櫻さん、こりゃ百万点級だよ。どうリアクションすればいいんだか... 倒れそう」

 「倒れちゃったら、起こして差し上げるだけよ。はい、も一つどうぞ」

 彼女はさらに長めに口をつけた苺を彼の目の前へ。と、あっさり自分の口に収めてしまった。ずっとポカンとしていた千歳だったが、この時ばかりはその開いた口がどうにも塞がらない。そのままテーブルに伏せてしまった。ある意味、倒してしまったことになる。

 「ハハ、またやり過ぎちゃった。ごめんね、千歳さま」

 いいものを進呈などと言ってしまった手前、何か手の込んだことを一つ、と企図していたものの、先週の不意のラブシーンのせいで、調子が狂ってしまった櫻である。このSweeten Strawberry作戦、実は土壇場での思いつき。見事な機転だったが、確かにこれは利き過ぎ。

 「だって、本気でオンリーユーなんだもの...」

 目で訴える彼女だが、彼氏は今ひとつピンと来ていない模様。苺はまだ残っているが、作戦は中断。


 甘くて赤いプレゼントは二つを残して冷蔵庫に帰って行った。千歳はホッとしたような、もの寂しいような、複雑な心持ちで皿を見送る。

 「ま、蒼葉ちゃんにもおすそ分けしないと、ね」

 「そういや、蒼葉さん、お戻りは何時なの?」

 「なーに、妹に逢いたいって?」

 「いや、おやつの時間に戻って来るんなら、一緒がいいかなぁって」

 櫻はちょっぴり首を傾げて、

 「ははぁ、二人きりだと櫻さんがまた何かしでかすから、予防線張ろうって訳?」

 千歳はあわてて、

 「あ、いや別に。櫻さんのそういう仕掛け、大歓迎だけど...」

 「フフ、次はどうしよっかなぁ。十万点ごとってのもねぇ。まぁ、とにかくよくおつきあいくださいました。ポイントとか言っちゃって、実は私なりの目安でもあったんです。この点数になった時にどこまで進展してるかって、ね」

 「で、それは予想通り?」

 「まぁまぁ... いやいや、上出来です!」

 正直なところ、今回の思いつき作戦の意図を汲んでくれれば、もうちょっと先に行くんじゃないか、と櫻は踏んでいて、内心はかなりドキドキものだった。蒼葉もいないことだし、好機だった筈。だが、一粒二粒で倒れられちゃ「こりゃ、まだ先だぁね」と諦めるしかない。もどかしさも妙味である。シチュエーション的にはやはり十二月二十四日、だろうか。


 文花直伝の有機珈琲を呑みながら、おやつタイムを待つ二人。外は強めの風。冷たそうな音を立てて通り過ぎていく。

 「おそらくまだ帰って来ないでしょうから、先にいただきましょ、ネ?」

 櫻は彼の返事を聞く前にさっさと冷蔵庫へ。

 「ほへぇ、何? この特大サイズ!」

 千歳が買ってきたのは、ジャンボシュークリームと呼ばれる代物である。箱狭しとばかりの三個入り。

 「櫻さん、白クリーム好きでしょ。ギッシリ入れてもらったから」

 「そんな特注できるの?」

 「そりゃ、姫様のためですから」

 「グッとくるなぁ」


 中を割ると、ホイップ状のクリームが溢れ出てきそう。「苺と一緒に食べればよかったかなぁ...」とか云いつつも、目が輝いている。かぶりつくと、「まいったなぁ、美味しいなぁ、食べるのもったいない!」

 悦ぶ櫻を見て、ご満悦の千歳だったが、口の周りにさりげなくクリームを塗っちゃうあたりが役者である。櫻はそんな彼を見て、ある仕掛けを思いつく。

 「千歳さんたら、白いの付けちゃってぇ、美味しそうね♪」

 「ハハ、大入りだから、その」

 と彼が手を当てた時には、彼女の顔はすぐそこ。

 「拭いちゃダメ、もったいないじゃん」

 「!」


 「ただいまぁ! おーい!」

 ドラマなどでありがちな展開は、櫻と千歳にも容赦なく降りかかるのであった。櫻はあまりのタイミングの良さに、「ハ、ハハ。やられたぁ...」 千歳はあわてて白いのを舐めて取り繕う。

 「あ、千さま、いらっしゃいませ」

 「風、大丈夫だった?」

 「これって木枯らしでしょ。今日のスカート、フレアだったから、ちょっとヤバかった」

 「あ、そのご衣装...」

 「ん?」

 蒼葉と千歳のやりとりを黙って聞いていた櫻だったが、衣装の話題になって「そうだ!」と喊声一声(かんせいいっせい)。

 「蒼葉、その新作、貸して」

 「なになに、いつ?」

 「今!」

 「ここで着替えろって?」

 「何言ってんの。そんなことしたら、千歳さんまたおかしくなっちゃうじゃん」

 「私はマズイだろうけど、姉さんはもう平気でしょ?」

 「ホレ、さっさと別室!」

 姉妹で揃って仕掛けられては、ひとたまりもない。向かいの席には食べかけのシュークリーム。白いのがとろけ出している。


 「食べてからでもよかったのに」と他人事のようにクリームを見つめているが、内心、実はかなりトロトロな状態。そこへ、衣装替えして櫻が登場する。

 「おぉ、櫻姫」

 「お色直ししちゃった。どう?」

 フレアスカートの裾をちょいと摘(つま)んで、会釈する櫻。千歳はすっかりとろけているが、頬杖をついて何とか倒れずにいる。

 「さすが、よくお似合いで。秋だけど『萌え』ちゃいそう」

 スカートはチャコールグレー、ジャケットはオフホワイトなので、別に萌え系でも何でもないのだが、彼なりにときめいている心情を表現したかったようだ。

 「蒼葉は後でいいって言ってるから、さっきの続きしましょうか?」

 「え、続きって?」

 「あら、クリームどしたの? 舐めちゃった、かな?」

 櫻はいったい何をするつもりだったのか。わかったようなそうでないような。千さんだけにこういうチャンスは千載一遇ってことも有り得る。何かの機会を逸した、それだけは言えそうだ。

 「ま、いいや。櫻さん的には今日は上の上出来だから。これ以上、彼氏を倒しちゃマズイもんね」

 ほんの手土産のつもりだったシュークリームだったが、随分と盛り上げてくれたものである。今は櫻の口の周りが真っ白。舐めずにいるのが何とも滑稽ではあるが、どこか思わせぶりでもある。二人とも静かにドキドキしていたが、その大きなおやつがなくなると不思議と収まっていた。


 十六時近く。木枯らしは愈々(いよいよ)その強さを増し、窓を叩く勢いになっている。

 「じゃ、暗くなる前に、おいとましますね。この後もっと寒くなりそうだし」

 「え、帰っちゃうの?」

 「僕としても上々の上くらい、素適な時間を過ごさせてもらいましたから。新着の装いも見せていただいたし、今日は十分でございまして」

 「そう、だよね。Sustainableだもんね」

 淋しそうではあったが、一転、いつもの笑顔になると、「蒼葉ぁ、千歳さん帰るって」


 姉と衣装チャンジした妹が別室から出てきた。千歳はどっちがどっちだか判然としなくなっていて、

 「じゃ、櫻、間違えた、蒼葉さん、また。シュークリームは苺と一緒に食べるといいみたい」

 蒼葉はにこやかに手を振るも、櫻はしかめっ面。千歳を引きずり出すように玄関を出る。

 「やぁねぇ、何で間違えるのよぉ」

 「へへ、白クリームのせいでずっとボーッとなってて、つい。スミマ、千さんでした」

 「そんなボーとなってんじゃ心配ねぇ。おまけに、この寒さ...」

 千歳も手をこすり合わせている。好機と見るや、櫻は一週間前の再現を仕掛ける。今回は彼の両手を彼女が包んで放す。そして、

 「少しは暖まるでしょ」

 木枯らしがまた吹き抜けていく。フレアが多少広がろうが、レンズが多少ずれようが、問題ではない。ここは自宅玄関先、人通りもない。ただ暖かい、それだけ。


 西日に向かって、風と共に去る彼であった。残された彼女の台詞はこれしかない。

 「夕日が目に沁(し)、みるぅ...」


 その日の夜、姉妹の食卓では次のような会話が交わされることとなる。

 「私、これでも気ぃ遣って遅めに帰って来たんだけど、早かった?」

 「いいとこ、ではあった」

 「え?」

 「あのタイミングは妹ながら天晴(あっぱれ)。よくぞ邪魔してくれた、って感じ」

 素顔の櫻姉は迫力がある。蒼葉に一閃の眼光を放つと、バケットにクリームチーズを塗りたくる。その動作の凄みと云ったら。

 「アハハ、ビミョーにコワイんですけど」

 「いいってこと。晴れて出品できて、一段落でしょ。今度の祝日、ちゃんとお絵描きの先生してもらうから」

 「はいはい。でも本当に千さんヌキでいいの?」

 「グリーンマップじゃなくて、違う色のマップになっちゃうから。いいの」

 クリームチーズを口の周縁に付けて姉はニヤリ。そのどことなく冷めた笑みに妹はヒヤリ。白い唇というのは何かとお騒がせなものである。

 

【参考情報】 Sweeten your coffee with...


スマイル

44. スマイル


 祝日明け、十一月最後の土曜日は朝からバタバタしていたが、十六時を回り、新たな理事候補と運営委員候補が退場したところで、ようやくいつものスローな雰囲気が戻って来た。会議スペースに残っているのは、文花、清、八広、そしてプロジェクタ等を片付け中の千歳の四人である。

 「チーフ、いや事実上、事務局長、ですね。今日はおつかれ様でした」

 「ハハ、どもども。顔ぶれが揃ったところで、あとは役の振り方。そういう意味じゃ、早めに事務局長を仰せつかった方が話は進めやすいですもんね。何かまだしっくり来ないけど」

 「それにしても、今日の六人はどなたもいいプレゼンだったスね。ハコモノ一つの解釈でも六者六様。強いて言えば、地域のあらゆる資源を連動させてハコにしてしまおうってのと、今ここにあるハコ、つまりセンターを拠点に展開して面にしようってのと、大まかに二つの方向性に分けられる、ってとこスかねぇ」

 「いい読みねぇ。それって、森から木、木から森、の話に通じそう」

 「ま、女性一、男性二が新理事、同じ割合で運営委員が三人。六人全員、何らかの形で関わってくれることになった訳だから、その森と木のバランスもとれるってもんだ。なかなかの人選だったぁな」

 代表候補の清先生は、言葉にはしなかったものの、顔は「ヨシヨシ」とでも言いたげな表情になっている。三十代から五十代まで、流域在住、年数の長短は問わないが何らかのNGO/NPO経験を有する、そんな限られた条件ながら、文花のマメな連絡網(正(まさ)しくネットワーク?)が機能したらしく、公募には十二名が応じた。書類選考でさらに絞り込んだ六名は、女性二人に男性四人。本日十三時半から行われた法人役員候補の二次選考会は、その方々が主役となった。一人十五分の持ち時間で、課題論文テーマ「地域を元気にするハコモノ」についてプレゼンしてもらう。五人はプレゼン用のソフトを使い、PC+プロジェクタで。一人は大判カラーコピーをフリップ形式にして臨んだ。八広の言うように、甲乙付け難いところだったが、このプレゼンタイム、センター主催の講座扱いになっていて、聴講者、これ即ち、投票者が同席していた。聴衆の皆さんには、より秀逸なプレゼンの一位・二位に票を投じてもらったところで、講座は終了。その後、十五時過ぎからは六人の間で相互評価を兼ねた協議が行われ、途中から先行候補四人のうち、清、文花、千歳の三人(一人は欠席、代わりに八広が傍聴)を交え、さらに先の票数を加味した選考を経る。かくして、お互い納得の上で理事候補が選出された、という次第である。ただ、文花としては、六人が決まった段階で、この際全員関わってもらおう、という腹積もりがあったので、今日の二次選考は実質的には役員か委員かの割り振りがメイン。副次的だが、センター行事としてハコモノ論の討究ができる、ということも大きかった。

 内にも外にも意義のある行事をさりげなく設定してしまう、文花の手腕あっての今回の会であった。

 「取り急ぎ、理事就任にあたって必要と思われる書類も渡したし、理事会の日程調整も済んだし、あとは定款考えながら組織体制? 事業計画?」

 「会員制度もですね」

 「あぁ、ファンクラブの話、か」

 「ファン倶楽部だぁ?」

 とまぁ、和やかにやっている。ファンクラブ云々のジョークを発した当人、さくらコースの櫻は、午後は専らカウンター係。今は聞き耳を立てながら、クスクスやっている。会議スペースの様子はカウンターからも見える。なので、プレゼンもひととおりは拝聴済み。カウンター係は、配付資料に書き込みしながら唸っていた。途中、辰巳がやって来たり、舞恵から電話があったりしたが、聴講者以外の来館者は少なく、程よい位置で程よい時間を過ごす。だが、講座終了後は協議に加わるでもないので少々退屈気味。KanNa上の当館イベント情報を書き換えたりしていたが、正直持て余していた。舞恵が予定通り十五時に来てくれれば、カウンセリングでもしながら凌げたのだが、遅くなるってことじゃ仕方ない。間が持ったのは、帰った筈の辰巳が戻って来てくれたおかげである。

 「いやはや、千住さん、最初わからなくってさ。下で頭冷やして、確かめに来たよ」

 地域振興部署時代、櫻と言えば眼鏡、が定着していたので、来た時も出た時も認識できなかった、ということらしい。

 「そっか、課長にも見せてなかったんですね」

 「でも、どうしてまた?」

 「実は彼氏、あ、いや、ある方からコンタクトレンズのアドバイスをいただいて、それで」

 「彼? あぁ、成る程」

 higata@では公認かも知れないが、元上司、現事業委託主、そんな立場の辰巳には易々と彼氏がどうこうてな話は憚られる。だが、櫻のそんな心配りがかえって辰巳にはやるせない。

 「お見通し、でしたか?」

 「先月のクリーンアップで二人の息ピッタリだったから。ちょっとショックではあったけど、ハハ」

 「須崎課長...」

 間を持たせるどころではない。深く重い間が生じることになる。何も言えなくて幾年月(いくとしつき)。ずっと独り身でいたのは、意中の女性がいたから、ということだったのか。

 六人が帰る何分か前、辰巳は一人、センターを後にした。寂しげな高い背中を見送っていたら、ちょっぴりキュンとなってしまった櫻である。四人の談笑が聞こえ、我に返った、そんな感じ。


 会議スペースの片付けが済み、その四人一行はカウンターへ。

 「櫻さん、お待たせ。カウンター番、交代するわよ」

 「あ、はい。って、今日は奥宮さんとはいいんですか?」

 「そう言えば...」

 「あーぁ、ルフロン、可哀想。でもまだ来てなかったんスね」

 「誰だい、そのフロンさんて?」

 「センセ、それじゃオゾン層壊しちゃう」


 階下から、リズミカルな足音が近づいてきた。

 「ヤッホー! 皆さーん」

 今日は雨も風も連れて来なかったが、風雨に遭ったようなクルクル髪で、ル・フロンさんが現われた。かつてのツンデレラが嘘のように晴れやかな参上ぶり。

 「先生、彼女がルフロン、ス」

 「八クン、この方、だぁーれ? 先生って?」

 「掃部清澄先生。お名前はメーリングリスト上なんかでご存じでしょ?」

 higata@のメンバー十人中、清と面識がなかった最後の一人がここで漸く対面を果たす。

 「あぁ、舞恵は行けなかったけど、十月の回の集合写真でお顔は。蟹股だったんで、よく覚えてますワ」

 「マエさんてか、そんじゃ、丁寧に呼ぶとお前さん、だな、ハハ」

 「何か、おじさん、イイ感じ。ヨロシクです」

 名だたる先生をおじさん呼ばわりとはいい度胸である。だが、清としてはそんなくだけた接し方がむしろお好み。ルフロンの登場で、先生、いや、おじさんとの距離感がまたぐっと縮まったのは確か。ネイルアート(ご職柄、週末限定)が気になるが、握手を求める舞恵に清は気安く応じる。イイ感じな二人である。


 ルフロンは、やはりフロントにいると落ち着くようで、カウンターで文花と打合せに入る。が、それも束の間、櫻の席に移動すると、今度は会計ソフトを動かしながら、仕訳の極意を伝授し始めた。

 「やっぱ、最初にきちっと事業に見合った費目を立てるに限りますわね」

 「法人化するとなると、監査もちゃんとやらないといけないしね」

 「NPO法人の会計ってのは多少緩やかなんでしょうけど、逆を言えば、これがきちっとできることがその団体の信用につながるんだって、八クンも言っとりました。ま、とにかく次年度からスね」

 「今日ので理事は固まってきたけど、監事よねぇ。その辺の事情がわかる人だとベターなんだろうけど」

 「今日は決まらなかったんで?」

 「一気に選考しようとも思ってたけど、監事はやっぱ別格かなぁってことになって」

 「そう、だったら...」

 じらすように言葉をためる舞恵。文花はハラハラドキドキ。

 「実は当行にそういうサポートできる人材バンクがござんして」

 「はぁ、さすがはバンクね」

 「でも、今年は退職者が多くて。そのバンク、パンクしやしないかって、人材の皆さんは気が気じゃないみたいで。ホホ」

 そういうことならぜひご協力いただきたいものである。交通費程度の謝金で都度請け負ってもらえるらしい。銀行にもCSRが波及していることを示す話である。


 いつもの円卓では、PCに向かうおじさんと、それを囲むジュニア世代三人。Comeonブログの定期更新日ではないのだが、千歳、櫻、八広が揃い踏みしている以上、今この機会を逃す手はない。あいにく画像はないのだが、伝えたいことは山とある。文章でいかに画(え)を描いて、臨場感を持たせるか、これが掃部流の奥義。三人にとっては、視覚的・立体的な詞世界のあり方を探る上で大いに参考になる。おじさんブロガーの方は、打ち込んでいる記事に対して、その場ですぐに若手の反応が得られるというのが頗る励みになっている。ブログの特性の一つに双方向性がある。が、それはネット上に限らない。同じ場所に居ながらも双方向。距離は近い程いい。


 ルフロンはカウンターを離れ、八クンを呼びに来る。

 「そろそろ行くかい?」

 「いつの間にか外、暗くなっちゃったねぇ」

 「あ、お二人さん、初姉のとこ?」

 櫻はクリアファイルに入れたカラーコピーを持って来て、舞恵に手渡す。

 「あーら、可愛い地図ネ」

 「石島&千住の四姉妹で探訪調査した成果なんだ。シンプル系でも良かったんだけどね、白地図そのままじゃ無粋だから、できるだけデコ入れて、シール貼って、小梅嬢に描き足してもらったの」

 「達者なイラストねぇ。スマイルマークもステキ」

 クルクル髪をいじりながら、そのスマイルを真似てみる舞恵。千歳と八広は、離れたところから、笑い顔の女性二人を見入っている。当然のことながら、男二人もスマイル中。以心伝心ならぬ、以笑伝笑の図である。

 「今日は特にお話お聞きしなかったけど、その笑顔なら大丈夫そうね。お仕事、慣れましたか?」

 「舞恵は前に居て何ぼ、だからなぁ。対面業務じゃないと面白くないかも。でもね、融資の企画業務に回ったからには、それを活かさない手はないって思うようになったさ。そんでもって彼とか文花さんと話してるうちに、これだーって、ネ。いいこと思いついたとこ」

 八広と舞恵は、土曜日のお約束、アフターデザートタイムに合わせて、カフェめし店に向かう。そろそろ十七時である。

 「んじゃ、また。カモンのおじさんも元気でネ」

 「あいよ、フロン嬢もな」

 「だからセンセ、ルを付けないと...」

 この際、定冠詞が付こうが付くまいが関係ない。オゾン層を破壊されちゃマズイが、突破力があることには違いない。そんなフロンさんに手を振るカモンおじさん。新たなコンビ誕生の予感?


 昨日午後のお絵描き探索はいい気分転換になったようで、今日一日ご機嫌だった初音嬢。お約束の客が多少遅れて来ても悠揚としている。

 「あ、いらっしゃいませ」

 すでに私服に着替えてあって、今は一般客と同じなのだが、しっかり接客。奥の予約席から声をかける。テーブル上には店に似つかわしくない容器がデンと置かれ、プレートや食器がそれを囲む。

 「あん? 今日は釜飯かいな? 初姉の気まぐれシリーズてか」

 「当店はカフェめしはお出ししますが、あいにく釜飯はございませんで」

 「だってこれ、あの峠の...」

 八広も不思議がっている。そう、この容器、峠の某である。六月から小梅、小梅から初音と渡ってきて、満を持してこの日、リユースデビューとなった。

 「パンケーキ容れるのに丁度よかったんスよ」

 フタをとると、ほんのりと湯気が上がる。さすが保温性はバッチリ。使える釜である。

 「これって、お客様に?」

 「まさか、お二人専用ですよ」

 「でも、これで出したら結構ウケるんじゃん?」

 「開けてビックリ、パン!ケーキ、とか」

 舞恵が八広を小突いてる隙に、初音は三人分のサービスドリンクを取りに行く。ドリンクが並んだらそれからは、体当たり英会話教室の始まり始まり。

 「あ、その前に。櫻姉からこれ預かってたんだ。Please, make them sure.」

 「How wonderful! ちゃんと二枚ある」

 「じゃ、初姉、その地図の趣旨と、おすすめスポットなんかを英語でどうぞ」

 「ひょえー、いきなりスか?」

 「コレ、ハチ! 何、他人事みたいに笑ってんの。アンタも生徒でしょ」

 「対不起(Dui bu qi)、じゃねぇや、Excuse me.」

 「たく。あ、そっか、せっかくだから生徒さんどうし、Q&A式でやってみっか」

 舞恵は、それなりにお嬢さん育ち。ただ、ダンスミュージック好きが高じて、米国のノリのイイ街ににショートステイしてた時期があったため、些かブロークンになってしまった。英会話をマスターしたのは良かったが、訛り英語のおまけ付き。それでも、基本はしっかり弁えている。

 「要はさ、相手と話がしたい、あれを聞きたい、これを伝えたい、ってのがあればいいんよ。passionありき、てことかな。話す意欲がなきゃ、どんな言語も話せませんワ」

 初音は昨日のことを思い出しながら、ぎこちない英語で話し始める。八広は時々ヘンテコなフレーズで相槌を入れながらquestionを担当。そんなんでも、やりとりしてれば変わるもの。徐々にペースが上がってきた。

 「ま、そもそもそのグリーンマップとやらは、米国発祥な訳だから、オリジナルの資料見りゃ、いろいろ書いてあんだろうけどさ。自分で実際にやってみてどうだった、てのは自分の言葉じゃないと語れないっしょ? そこでこう、情熱っていうかさ、話したい!って気になりゃしめたもんヨ」

 「蒼葉さんにも、即席デッサン教わったんスよ。それがまた良くって。小梅のイラストもそのせいか、大人っぽくなった感じ」

 「へぇ、そうなんだぁ。その気持ち、訳せる?」

 「Sister Aoba taught us how to draw still-objects instantly, I was very moved, and…」

 「hum...あとは、表情よね。顔の筋肉使って多少大げさにやると、言葉が勝手に付いてくる、かな?」

 「ルフロンさん、前は愛想良くなかったじゃないスか。そう言われても説得力が...」

 「顔の筋肉使い過ぎて疲労気味だったから、あんまり表情作らないようにしてただけ」

 「You’re so kidding.」

 「Ha ha, now you know!」

 八広は何のこっちゃ、という顔をしているが、彼氏も本当のところはよくわからない。地がそうなんだ、という程度である。ま、ここは無愛想だった理由を探るよりも、愛想が良くなった理由を考えた方が早そうだ。一つ確実に言えるのは、干潟つながりで知り合った皆のおかげ、ということ。そんな舞恵が愛想良くquestionする。

 「Why did you mark smile one on this area?」

 「あぁ、それは... It’s hard to explain for me. ヘヘ」

 それは千住姉妹宅付近である。櫻がニコニコしながら貼ったのだが、単に自宅だからという訳ではなく、誰彼さんといいことがあった何日か後だった、というのがスマイルの理由なもんだから、どうしようもない。十代の初音に説明を求めるにはムリがある。まして、英語でなんて。

 他にも、鎮守の森、とある民家の砂利道、ゴミ一つない路地裏、子どもが遊べる空き地、夕日がよく見える歩道橋、といった辺にアイコンシールともどもスマイルは付されてあった。

 「フーン、面白いわね」

 「ウチはこのエリアからは外れてるんですけど、今回のとこ遠くないから時々また様子見ようって、思いました」

 「自分ちの近所も、でしょ」

 「小梅は早速ウロウロし出したみたい。でも、だんだん寒くなってきたから、今月までスかね」

 三人は引き続き、アイコンの絵を見ながらそれを英語に置き換えたりしていたが、

 「この涙目は何? Joy or sorrow?」

 「もともとは[悲しい場所]ってことらしいんスけど。あ、ここ風が吹き抜けるんですよ。で、櫻さんたら『目にゴミが入っちゃった、うぅ』とか言いながら、それで」

 「いかにも櫻姉らしい発想ね。本人的にはそりゃsorrowだわ」

 「あんまり貼りたくないって、貼るならうれし涙の方がいいって、そんなことも言ってたような」

 「ま、要するに、いろいろな感情表現ができるマップでもある訳だ」

 「あら、八クン、黙って聞いてたと思ったら、いいこと言うじゃん。レッスン的には、そう、アイコン見ながらそれに合わせた表情作って声に出す、てのも良さそうネ」

 「I agree, teacher.」

 「そういう時はね、I’ll drink to that.て言い方も有効よ」

 「はぁ、ドリンク?」 八広はグラスに目を向ける。

 「あ、いけね、お代わりお持ちしますね」 初音はそのグラスを手に立ち上がる。

 時刻は十八時。センターの長い一日も終わろうとしていた。来週の土曜日は、もっと長い一日が待っている。

 

【参考情報】 「地域を元気にするハコモノ」


[漂着モノログ  第三章  秋] 終わり → [漂着モノログ  第四章  冬] に続く


あらすじ

 河原の桜を見に行った千歳は、いつしか川辺にたどり着く。水際には干潟、そして多量のゴミ... その場で捨てられたものとは思えない。そう、それらは漂流・漂着ゴミだった。そこで偶然拾った一枚のキャッシュカードから、物語は動き始める。

 四月一日、キャッシュカードの主、櫻が登場。千歳と櫻の二人は初対面ながら意気投合し、クリーンアップを開始。千歳はその時の記録をブログを新設して掲載する。その名は「漂着モノログ」。

 五月六日、クリーンアップは二人から四人に。櫻はお約束の「いいもの」を持ってやって来る。調べ上げられたゴミの数々... それらは静かに、そして雄弁に何かを語りかけてくる。

 六月三日、2回目の調査型クリーンアップ。五月の回の三人のもとに、女性研究員が現われ、より充実した実地見聞が展開される。六月は環境月間。折々のイベントは出会いの場となっていく。

 七月一日、クリーンアップ参加者の年令層は広がり、干潟は「場」としての力を増していく。集う人々が互いに触発されていく流れは、夏休みの自由研究へとつながり、そこからまた新たな出会いやドラマが生まれていく。千歳と櫻の想いが形になっていくのもこの月から。

 八月五日、リーダー不在ながら、新メンバーの加勢もあり、何とかクリーンアップは終了。だが、櫻の不参加は波紋を呼び、それぞれの想いが動き出すことになる。川、干潟、ゴミへの想い、そして互いを想う気持ち。夏は長く、暑い...

 九月二日、干潟に集う人はさらに増え、経験知も増していく。巡視船ツアーや下見をはじめ、メーリングリストでの議論も活発になり、来る一般参加型クリーンアップに向け、準備は進む。さまざまなプロセス(過程、作用)が動き出す、そんな秋の始まり。

 十月七日、待望の一般参加型クリーンアップイベントが開催される。現場力が試されながらも、無事終了し、メンバーの結束は強まっていく。千歳と櫻の二人も新展開へ。確かなプロセスを経て、深まるは充実の秋、恋愛の秋...

 そして、十一月、十二月... ゴミが流れれば、時も流れる。



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