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巡視船紀行

28. 巡視船紀行


 下見と打合せ、それだけでもちょっとした場になるが、higata@の面々にはさらに前座が用意されていた。その名もズバリ「巡視船で行く荒川下流の旅」、オプショナルツアー企画である。前座がオプションというのも変なら、ツアーの方が本日のメインイベント要素が強いというのもまた妙である。九月十七日は祝日だが月曜日。環境情報センターはもともと月曜定休。千歳も同じく定休日。祝日が月曜の場合、休日が減るのと同じになるので、割を食う訳だが、今回の企画はその変則性が幸いした。予約が可能なのは平日のみ。ただし、臨時貸切となると、月~金で祝日に当たる日なら可とのこと。これには、河川事務所の課長さんが一役買ってくれた。

 「敬老にちなみ、掃部(かもん)先生への祝意、干潟再生に向けた皆さんのご尽力への敬意、そして、娘どもがお世話になってますことへの謝意とを兼ねまして...」 干潟に程近い場所にあるリバーステーションにて、まずは開会の辞を述べられる。当の娘二人は満更でもなさそうだが、特に声援を送る訳でもない。父親は照れながらも苦々しい表情を浮かべる。そこそこ拍手があったのが救いだった。

 ツアーの意図が今述べたようなことだと、公私混同然としてしまうので、表向きは環境情報センターの主催(但し、参加者限定)ということにしてある。チーフは予め、来るべきセンター運営団体の法人化に際し、役員候補(現・世話人)の方々にもお集まりいただいていた。この中には櫻の顔なじみもポツポツいらっしゃるが、今日はせいぜい会釈する程度。人選はまだまだ先だし、代表理事になるべき人物の意向とか、会員制に移行した際にそのまま会員として協力いただく方々の動向によっては、また顔ぶれが変わる可能性がある、というのがその理由。今のところは適度な距離を置かないといけないのである。気疲れしそうな場面ではあるが、「ま、気楽に行きましょ。その辺は千歳さんに倣(なら)って、ね」 視線を送った先の彼は、八広と雑談中。

 「じゃ今日は休日出勤?」

 「期末はいそがしいんだそうで。来週も返上みたいスよ」

 雨女ルフロンさんが来ない、となると... 確かに快晴だし、気温上昇も著しい。初音予報士はデジタル温度計をかざし、「おぉ、早くも三十℃突破?!」 現在時刻、午前十時前である。

 珍しく(いや姉妹そろっての登場は今回が初!)、櫻と一緒に来ていた蒼葉は、その予報士の仕草を眺めつつ、「何かチャキッとした感じ。昔の櫻姉に似てたりして...」 得意の人物評を考えている。傍には蒼葉ファンを自認する少年がニコニコしながら立っている。

 「あれれ、六月君、お姉さんは?」

 「エ? お姉さんてたくさんいるけど、誰のこと?」

 「アハハ、弥生ちゃんが手を焼く訳だ」

 プログラムの目処は立ったし、後期授業も始まったため、センターでのインターン作業はひと区切り。小遣い稼ぎは、またバイトの方に力点を移しているとのこと。

 「そっか、楽器店でね。ちょっとは上達したのかなぁ?」

 案外謎が多い弥生嬢。彼女のブログだかSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だかに関してもhigata@メンバーは存じ上げていなかったりする。何の楽器の練習中か、ということも知っているのは蒼葉くらいか。

 肝心の先生は、「いやぁ、船は遠慮しとくは。自分で漕ぐならまだしも、な」とのことで、やむなく辞退。だが、明晩はお待ちかね(?)の文花との対談がある。二日続けてご対面、というのを避けたフシはある。業平は次の実機試験に向けた研究に没頭中。冬木は情報誌発行大詰めで出勤中。十月の定例クリーンアップ予告の扱いについて、今日の打合せ結果を待つ必要上、致し方なく、というのも休日ご出社の背景にある。放っておくとフライングしそうな惧(おそ)れもあるが、そこは文花がクギを刺すことになっている。そういう使い方ならケータイとしても本望だろう。

 巡視船には、河川事務所職員も数名乗り込む。石島親子以下、干潟の衆は、Ms.サルビアさんが来るのを待つ。出航時刻をちょっと過ぎた頃、「わぁ、待ってぇ!」 いつもとノリが違うお嬢さんがいつもの自転車を飛ばしてステーションに駆け込んできた。

 「駆け込み乗車はおやめ...」 六月がアナウンスするも、それを遮るように、

 「駆け込み乗船ネ」 櫻が笑う。

 「ごめんなさい、皆さん。道路のコンディションがあまり良くなくて」

 ゴミの回収代行に続き、今日の巡視船貸切と、ここへ来て父権というか、面目を回復しつつあったのだが、南実のこの一言で忽ちトーンダウンである。「親父、ダメじゃん」 長女からダメ出しを食らう石島課長であった。台風増水に伴い、河川敷道路は所々泥が浸かり、電動アシスト車でも苦戦した模様。だが、この件で課長を責めるのは酷というもの。それは娘もわかっていたし、一同も重々承知。言葉遣いは乱暴だが、他意も他愛もない、初音ならではの表現なのである。

 その初音嬢は、初めて見る長身の女性が気になって仕方ない。タンクトップの上にフリルブラウス、そしてクロップドパンツ。「何かモデルさんみたい」 船に乗り込む途中、そのモデルさんがふと立ち止まったところで、後ろにいた初音が接触。「あ、ごめんなさい」 その柔らかな一声に、蒼葉は振り返る。どこかで聞き覚えがあったのである。「いえいえ。こちらこそ」 その聞き覚えの件は、後で姉妹と会話する中でハッキリすることになる。

 六月、八広、櫻、千歳と続き、先輩・後輩コンビ、最後に課長が乗り込んで、いざ出航。時間の都合もあり、めざすは総武線鉄橋辺り、と少々曖昧な設定である。石島シスターズはすっかり有名だが、石島父はまだまだマイナー。「あの娘にして、あの父?」という点で興味津々なのが女性陣。南実は今更ながら「やっぱりねぇ」と文花とコソコソやっている。千住姉妹も初めてお目にかかる。前に立っていると、必然的に注目が集まる訳だが、娘にやられることが多い手前、若い女性に対してはどうも兢々(きょうきょう)となってしまう。モデルさんと目が合おうものなら、尚更である。

 「エー、改めまして。皆さん、本日はようこそお越しくださいました。小職、石島湊と申します」 あがっているせいか、所属と職掌を言い忘れている。掃部先生がいらっしゃらないので、余裕の構えでいたが、いざ話を始めるとこんなものである。チーフの招待客ご一行の席も少々ざわついている。何はともあれ、十七日にちなんでか、ちょうど十七人の客を乗せ、川下りが始まった。

 「時速は約四十キロ出ます。リバーステーションを交通拠点にすれば、下流各所を結ぶ足になると思いますが、これは巡視船なもので...」 課長のトークが続く。仰せの通り、結構な速度がすでに出ている。荒川沿いを走る鉄道等がないことを考えると、水上交通の意義は大きく、相応の速度で結ばれるなら、交通手段として十分成り立つと思われる。荒川・新河岸川・隅田川を結ぶ水上バスは一応あるが、観光要素が強く、週末中心。生活の足としては考え難い。荒川に定期的な水上便が通れば、南実だって自転車ではるばる遡ってくる労を節約できる訳である。

 それにしても、川における四十km/hというのは本当に速い。水門だ、干潟だ、と見つけるもそれも束の間、すぐ後方に流れて行ってしまう。干潟チームの九人は、下流に向かって左側に固まって着席している。その一団先頭の文花は、「あら、都市農業公園だわ。寄り道したいけど、ムリよね」 隣の南実は、「ステーションがあればいいんでしょうけど。あぁ、反対側ですね。残念」 早くも新田(しんでん)を通過するところである。

 巡視船の概要、下流の概況などに続き、ちょっとした観光案内が入る。苦手な先生が不在の分、徐々に調子が上がってきた石島課長である。

 「この辺一帯は、足立桜堤ですね。で、見えてきたあの橋、高速道路の上下線が二階建てになっているのが特徴です。五色(ごしき)桜大橋と言います」

 

 「なんか、桜、桜ってどうなってるの? 名前呼ばれてるみたい」

 「そりゃ、櫻さんあっての荒川ですからねぇ」

 「まぁ、千さんたら」

 何故か課長は乗船名簿をチェックし出して、「今日は櫻さんがいらっしゃいますね」

 「あ、ハイ」

 千歳の隣で手を挙げる女性。本当に名前を呼ばれるとは。「あぁ、貴女(あなた)でしたか。結構なお名前で」

 櫻を知る別の一団の方が何だか騒がしい。そこそこウケているようである。だが、当の課長さんは、千歳に然るべき連れがいることがわかり、ちょっと曇り顔になる。

 そのお二人の前には、六と八の数字コンビが並んでいた。「あっ、日暮里・舎人(とねり)ライナーだ!」 さすがは鉄道少年。まだ開業していない路線も一発で当ててみせる。「八広さん、撮ってよ」 頼りないケータイをさっきから構えてはいたが、どうも覚束(おぼつか)ない。「隅田さんがちゃんと撮っててくれるよ」

 後方では、撮影係がバタバタやっていた。「え? あれ撮るの?」 すでにその新線は後ろに行ってしまった。「へへ。また、後でってことで」

 振り向くと、姉妹と通路を挟んで蒼葉がニコニコしている。「ね、千さんて、スローでしょ?」

 配られた地図を見つつ、解説を聞きながら、写真を撮り、メモを取り、である。決してスローだから、という訳ではない。

 「そういうところがいいんじゃない。ねぇ、千歳さん?」

 「まぁまぁ。船の中でもノロけられちゃ、やってられないわ。船酔いしそう」

 櫻は斜め後ろを向くと、

 「どれどれ。はぁ、確かにお顔が蒼白してるわねぇ。下船した方がいいんじゃない?」

 「私のは美白。姉さんと違って灼けてないもん」

 石島姉妹は千住姉妹のこうしたやりとりを聞き、姉妹のあり方を参考にしているようだったが、可笑(おか)しくて仕方ないらしく、ヒーヒーやっている。父はそんな娘たちを微笑ましく見ている。


 扇大橋を過ぎたところで、再び課長がマイクを取る。波が護岸を浸食するのを防ぐための通航ルールと標識についての話になった。この辺りのヨシ原は「自然保護区域」に重なる。ヨシ自体、ある程度の消波効果を持っているものの、船舶が大波を立てて通ると、さすがに効かず、水際が浸食されてしまうことになる。そのため、減速と「引き波禁止」の指定になっているんだとか。

 「橋みたいな記号に赤で斜めに引いてあるのって、そういう意味だったんだぁ」

 「橋の下は通航禁止とかだと思ってたけど、あれって波だったんだね」

 「石島さん、あれじゃ波だってわからない、って意見が...」

 櫻が課長にツッコミを入れている。「あ、いやぁ、そればっかりは...」

 先生ご不在でもこれじゃ先が思いやられる。

 「あの、いつもの干潟のところも、指定してもらうことってできるんですか?」

 今度は南実が発言する。かつて、大波にしてやられた経験あってこその貴重な声である。

 同行の職員とヒソヒソやってから、「いただいたご意見は一旦お預かりして、また改めて...」 だんだんアウェイな雰囲気になってきた。娘がいる手前、冷や汗もひとしおである。

 早くも小菅(こすげ)を過ぎる。排水機場、水再生センターなどに続いて、京成線の橋梁が見えてきた。六月がまた声を上げる。

 「おぉ、スカイライナーだ。千さん!」

 「今度は大丈夫。グッジョブ?」

 「スカイライナーかぁ。空飛ぶ特急って感じね」

 これには六月も感心する。斜め後ろを振り向くと、櫻と目が合った。いつも通り、眼鏡越しでアイコンタクトをとるも、横川駅で素顔を知ってしまってからは、ついソワソワしてしまう。少年の心はスカイライナーの如く空を舞う... ちょっと大げさか。

 櫻の素顔については、この人も知るところではある。ただ、しっかり拡大プリントでもしない限りはわからない、ということに今はなっている。

 「千歳さん、私のブロマイド写真て、どうしました?」

 「肖像代、払わないといけないからまだプリントしてないです。へへ」

 「六月君に撮ってもらった方は?」

 「眼鏡外した櫻さん見るの、ちょっとおっかなびっくりで」

 「そっかぁ。私ね、本当は素顔をお見せしたくてずっとウズウズしてたんです。でも、ね...」

 何かを察した蒼葉が斜め後ろから声をかける。

 「櫻姉、ホラあれ! ハープ橋だって」

 「あら、本当ね。爪弾(つまび)くと鳴るのかしら?」

 「ちょっと、千さん、何とか言ってやってよ。姉さん、ここんとこおかしいのよ」

 「そういうところがいいんだよ。ね、櫻さん?」

 「もう、二人してぇ」

 十代姉妹は笑い転げている。時刻は十一時過ぎ。そろそろ折り返し地点である。


 「では、ここ平井大橋で引き返します。どっかの学者先生が発音すると、白井大橋... いや失敬。今日先生いらっしゃらないから、つい口が」

 「こらぁ、真面目にやれぇ!」 笑っていた余勢に乗って、長女が野次を飛ばす。憎まれ口ではないことは誰が聞いても明らか。ほのぼのしたワンシーンである。

 「あっ、今度は成田エクスプレスだっ」

 巡視船が総武線鉄橋と並行する位置合いになった時、下りの空港行き特急が音を立てて走り抜けて行った。少年は感無量である。撮影係は、デジカメの電池残量が少々気になってきた。「ムム、鉄道をとるか、漂流ゴミをとるか...」 究極(?)の選択を迫られていたが、こういう時こそ、彼女に頼らないといけない。

 「あ、私、カメラ持って来てたんだ」

 「おぉ、神様、櫻様...」

 「?」

 櫻は六月にカメラを預け、千歳は本来の撮影対象に専念することになる。

 「そういうことは早く言ってくれなきゃ」

 「ハイ、櫻姫」

 平素は的確な指示をよこす職人肌の千歳が、櫻と相対している時はちょっと冴えない一面を見せることが八広には滑稽ならしく、当人の斜め前で「クク」とかやっている。

 隣の少年は車掌の如く、「次は八広(やひろ)ぉ。八広を出ますと、曳舟、押上...」 といい調子。八広はハッとして、船窓の外を見る。上り・下り双方の京成電車が走っていく。

 「そっか、ここが。漂着ゴミとか凄そうだね」

 「自分の名前と同じとこは、やっぱ自分で何とかしないとね」

 「まいったなぁ」

 今は千歳が笑いをこらえている。櫻は一人で「やしろぉ、しきふねぇ」と悪ノリ中。何かと話題のその先生の新弟子さんも同じようなことを思いついている。

 「先生きっと、ヒヌマって発音できないかも」

 課長の話では、八広付近に生息する絶滅危惧種「ヒヌマイトトンボ」に配慮しながら慎重に、京成押上線の架橋(架け替え)工事は行われたんだそうな。

 「そのトンボの話、先生の著書にも出てたわね。南実ちゃん、覚えてる?」

 「発見されると、どんな大がかりな工事も止めざるを得なくなる、とか」


 higata@に加わった冬木からは、情報誌に載せる予定の開催予告(十月七日)の文案と一緒に、他の実施予定会場の情報が流れてきていた。手元の地図を見ながら、その会場の位置をチェックする千歳。だが、会場選定の基準が今ひとつ掴みきれていない様子。こうして船から眺めていると、漂流・漂着ゴミがどのような状態になっていて、どこに溜まりやすいか、といったこともハッキリするのだが、必ずしもそうした視点とは一致しない場所で展開されているようである。

 「おそらく、行きやすい場所かどうかとか、洗い場やお手洗いが近くにあるかとか、足場は安定しているかとか、いろいろあるんだと思う」 手順や諸注意の案をまとめただけのことはあって、櫻はもっともな見解を述べる。参加者の利便性や安全性を優先せざるを得ないのはわかる。だが、クリーンアップに力点を置くとするなら、船で横付けするなどして重点的にゴミを集めるという選択も有り得るのではないか。

 船は北上を続ける。上流に向かって左側の景色が移ろっていく。鐘ヶ淵を過ぎると、

 「あら、隅田水門ですって」

 「水門の両脇、何だか草茫々(ぼうぼう)だねぇ」

 「自分の名前のとこは... フフ」

 「草刈り機、先生から借りるかな」

 水門左岸はオオブタクサ、右岸はアレチウリ。いずれも外来植物で、その繁茂ぶりは目を覆うばかり。ここで課長が問題提起を入れる。

 「まぁ、自然てのはどこまで放っておいていいのか、逆にどこまで手を入れたらいいのか、悩ましい限りです。小職はどちらかと言うと放任主義ですが」

 「だってさ」

 「親父は家のこととなると、本当に放ったらかしだもんね」

 「でも、あの干潟は何か手を入れたいみたいなこと言ってたよ」

 姉妹は何やら聞き捨てならない話をしている。それは何となく千住姉妹の耳にも入っていた。

 文花と南実は何やら金八先生の話で盛り上がっている。

 「『贈る言葉』『人として』どっちも名曲よねぇ」

 「て、先輩おいくつでしたっけ? 私、どっちも知らないけど」

 「やーねぇ、卒業式で覚えたのよ。初代金八先生やってた頃は、まだ未就学児童よ。ホホ」

 

 就学中だが、小学校ご卒業まであと半年の六月君は、トレインビューに夢中。東武伊勢崎線に続き、つくばエクスプレス・JR常磐・東京メトロ千代田の三線連続の鉄道橋に息を呑んでいる。時刻は十一時四十分頃、東武線を下り特急が通れば、常磐線は下り「フレッシュひたち」、つくばエクスプレスも下り快速列車が並走する。櫻のデジカメを懸命に操るも、この際、どうでもいい。

 「あぁ、オイラ幸せー」

 すっかり感極まっている。タイミングを見計らったかのような演出だが、あくまで偶然である。先だっての特命の報奨といったところだろう。


 往路では反対側だったため、よく見えなかった自然再生地付近に差し掛かってきた。水際に根を下ろすヨシが群落を形成し、その前には粗朶(そだ)を組んだ工作物が並んでいる。その隙間から干潟らしきものが見え隠れするがよくわからない。引き波を立てないよう、船はゆっくり川面を辷(すべ)る。

 「石島さん、波を消すものを配置するのが自然再生になるんですか?」

 「ヨシ原を保護しよう、ということです」

 「あの仕掛け自体も環境配慮型なんでしょうか」

 「えぇ、流木や廃材を細かくしたものです」

 湊は千歳の思わぬ質疑に驚くも、何とかボロを出さずに済み、ホッとしている。ところが、河川敷沿道をよく知る南実が黙ってはいなかった。

 「ここ、千住桜木ですよね。自然再生工事だかって看板出てましたけど、あんな重機とか入れて、本当に自然再生になるんですか?」

 「河岸の再生工事だったと思うんだけど」

 「明らかに河川敷の緑地を削るような感じで現場設営してましたよ」

 さすが、お弟子さんだけのことはあって、ツッコミどころが掃部流である。仰る通り、自然保護区域に対して、再生工事というのはわかりにくいし、そんな荒らしのような設営が為されたとあっちゃ...

 「小松さん、この件はまた個別に...」

 「いえ、そのうち先生を交えて」

 タジタジになっている父を見て、小気味いいようなそうでないような、今は些か複雑な感懐を抱く娘二人であった。

 今度は本名がそのまま出てきたので、櫻は目をパチクリやっている。

 「つまり、ギを取ったら、私の名前そのままなんじゃん」

 「千住桜木って、バス停もあったような... バスで訪ねて、この辺のこと調べてみますか?」

 「よかったね、櫻姉」

 「エヘヘ」

 とまぁ暢気にやっていたら、すでに小台(おだい)付近を通過中。

 「あ、いけねっ」

 船窓からは、ペットボトル、レジ袋、カップ容器等々、漂流系のゴミが下流に向かって流れていくのが見える。川の流れ加減によるのか、蛇行の角度によるのか、一時的にゴミの放出が増えただけなのか。ここに来て、急に漂流ゴミが目立つようになった。エリアが局地的なのが何とも不可解である。電池切れ覚悟で何枚も撮影を試みては、その都度、目を凝らす。

 再び日暮里・舎人ライナーの下へやって来た。まだ辛うじて残量があったので、今度はしっかり撮影。漂流ゴミと一緒、というのが千歳流である。

 「六さん、ちゃんと撮れた?」

 「あわてて撮ったら、隣の電器屋さんが真ん中になっちゃった」

 「じゃ、また弥生お姉さんに送っとくよ」

 「やったぁ。そんじゃ、櫻さんのカメラで撮った分も一緒にお願いしまーす」

 江北橋から北へ、船はなお進むも、迎え撃つように漂流ゴミも続く。

 「ねぇ先輩、この船にニューストンネットくっつけて走ったら、やっぱりいろいろ捕れるんでしょうかねぇ?」

 「あれだけ浮いてたらすぐいっぱいになっちゃいそうだけど...」

 もともとはプランクトンや魚卵を採取する用のネットだが、プラスチック系微細ゴミの調査にも使われる。荒川で実践するとどうなるか、興味深いところだが、今左岸(正しくは下流右岸)を漂う品々を見る限り、文花の言う通り、すぐに大漁になってしまうだろう。その後も、水面清掃船がどうのとか研究員らしい会話がしばし交わされる。

 千歳は撮影を休止して、某所干潟を眺める。今日のところは彼等のフィールドを船から眺めることはないが、他所(よそ)であっても川から見る干潟というのは大いに参考になる。寄居近辺では遠くにサギを見たが、下流域にも似たようなサギはいるもので、その干潟でひと休みしている。クリーンアップをしている最中は、人がガヤガヤいるので、サギが近寄れないだけなのか。人がいない時はゴミ箱干潟にも出没しているのだろうか。思いは廻る。ゴミの多寡はともかく、サギが出るということは、干潟が餌場として健全に機能していることを示していると言えそうだ。

 干潟には「ゴミキャッチャー」(フィルター)としての役割もある。下流のあちこちに干潟があることがわかり、千歳は心強く思うものの、干潟があるから安泰と言ってしまっては不可(いけ)ない。自然力による本来の再生という点では、まず干潟が自然に形成されることが第一義。そして、その干潟からいかにゴミを除去するかが、人為による自然再生の優先テーマだろう。ゴミを掬う(または救う)という干潟の機能に頼りつつも、人ができることは進んで行う可し。「捨てるのも人、拾うのも人」である。干潟に漂着したゴミについては、放任主義という訳にはいかない。サギ、カニ、ハゼ... 干潟を生息地とする多種多様な生き物のためにも、ここは人の出番なのである。

 櫻は櫻で、やはり川からの視点というものを心に強く刻んでいた。「まち」や「みち」を歩く中でその地域の良さを見出すのは、足あっての話。足が及ばないところからの視点というのはまた違う良さが見えてくる。干潟にしてもヨシ原にしても、人が踏み入れないところにある故に息づく何かがある。少なくともそこに何があるかをマップに落とし込むだけでも、地域の人達の見方は変わる筈。ゴミが漂着してちょっとした惨状を呈することになっても、そこにゴミがある、という情報を上手く伝えられれば、良くも悪くも地域を見直すきっかけになるだろう。決して悲観することはないのである。

 「漂着ゴミで地域再発見」 櫻は一つのテーマを見出そうとしていた。そして「陸の視点がグリーンマップなら、川の視点はブルーマップ、かな?」と思いつく。地域や流域の「いいもの」を探し、共有する。緑と青のコラボレーションといったところか。

 千歳の「漂着モノログ」には干潟の機能論(ゴミが集まる→人が片付ける→生き物が集まる→)が、櫻の「届けたい...」には、川の視点論が、後日それぞれ掲載されることになる。トークでは不発な面もあった石島課長だが、オプショナルツアーそのものは上々と言っていいだろう。

 櫻は、斜め後ろを振り返り、少女に話しかける。

 「小梅さん、今日見た中でどこが印象的だった?」

 「やっぱ、千住桜木じゃないですか」

 「ハハ、そう来ましたか。じゃ皆で行って、地図作ろっか、ね?」

 当初は四姉妹企画の予定だったが、この話も大きくなってきたようだ。二人で出かけるってのも選択肢だったが... どうなることやら?


 さて、石島姉と千住妹の対面がこの日実現した訳だが、お互いに聞いていた情報を交わすうちにある接点が見つかった。

 「じゃあ、あの橋を渡って、お店に」

 「六月のいつだったか、晴れた日曜、朝早かったことがあるんスよ」

 「自転車で掠(かす)って行ったの、初音ちゃんだったのね。『ごめんなさい』って一言がね、聞き覚えあって」

 「へぇ、お姉ちゃんが。何気に礼儀正しいじゃん」

 「ちっとは見直したか、ん?」

 小梅の初音評は「時にはコワイけど、本当は優しいお姉さん」に、最近はなってきていた。お手本になりそうなお姉さんが増えたことで、気持ちに余裕が出てきた、というのがその初音評のもとになっているようだ。そして、今日は蒼葉と知り合うことができた。天気同様、上機嫌の初音である。


 「名残惜しうございますが、船の旅はここまで、とさせていただきます。またのご乗船、職員一同、心よりお待ち申し上げております。本日はありがとうございました」

 終わりよければ全てよし、か。どこまでが衷心かは不明だが、締めの挨拶はなかなかの出来である。娘を含め、全員から大きな拍手が送られた。正午過ぎ、前座イベントは無事終了。

 

【参考情報】 巡視船紀行(1) / 巡視船紀行(2) / 巡視船紀行(3)


気まぐれ?パンケーキ

29. 気まぐれ?パンケーキ


 湊は、六月と小梅を連れ、荒川の資料館に行くと言う。文花の招待客は「船で帰りたい」などという輩もいたが、三々五々帰って行った。「ま、今日の催しのレポート書いてもらうことになってるから、それでどの程度、環境とか地域のこと考えてるか、わかるってもんだわ」 掃部先生が一目置くだけのことはある。チーフはなかなかのやり手である。

 それはいいのだが、一人だけ徒歩、というのがちと冴えない。「えーっ、私、走るのイヤ」

 そこは先輩思いの後輩。

 「はいはい。これ貸しますから」

 「ラッキー! これ乗ってみたかったんだぁ」

 「先輩、壊しそうだからなぁ」

 「それ、出発っ!」

 やり手かも知れないが、茶目っ気もあったりする。これも櫻の影響だろうか。

 電動アシスト車の文花、RSB(リバーサイドバイク)の初音、酷使の跡が窺える自転車は八広。あとは普通の自転車が三台。アスリートの南実は「そのお店まで、1kmないでしょ? 楽勝、楽勝」と軽快に駆け出す。七人が向かう先はいつものカフェめし店。だが、ちょっと待てよ。

 「干潟の下見、先にしましょう」 櫻リーダーからもっともな提案がなされる。少々遠回りになるも、とにかく下見!なのである。

 各人各所、干潟を巡視した直後だけあって、思いもひとしお。彼等にとってのフィールドである干潟がどれ程のものか、すぐにでも見たいという気持ちが高まる。が、同時に、増水禍を見るのが怖い、という気持ちも。いやいや、来るべき一般参加型クリーンアップに向け、ここは入念にチェックしなければ。

 同じ惧(おそ)れでも、この人の場合はちょっと違う。「ハハ、魚が打ち上がってたら、どうしよう...」 別の心配が先に立っている。今はただ、陸から一望するばかり。水際に近寄らなければいいのである。

 「思ってたよりもマシじゃない?」

 「文花さん、それがそうでもないんですよ。ホラ、あっち」

 「あちゃー」

 干潟面は事も無げだが、その崖上だったり周辺だったり、つまり「上陸ゴミ」が只ならぬ様相を呈しているのである。目立つものでは、大小様々なベニヤ板、灯油容器、給水用のウォーターサーバ、簡易打上げ式花火のセットが入っていたらしき大きな円筒缶、そしてどこかのスーパーの店内用カゴ... 干潟ではこれまでお見かけしなかった珍品のオンパレードである。斜面のヨシ群も上の方から横倒しになっていて、増水時の水位を身を以って示している。そこには拉(ひし)げたビニール傘が挟まっていたり、各種プラ袋が絡まっていたり、よく見ると枯れ枝の束も横たわっていて、さらにはいつもの常連ゴミの姿も。時折、ガサガサと音を立て、存在を誇示してくる。プラスチック系が目立つが、己の軽さに反比例して、その雑音は重く、叫びのようにも聞こえる。一同、沈思黙考の図となるも、それぞれに思いを深めるにはいい機会となった。

 南実はそろそろと干潟へ下りていく。

 「今ちょうど退いてきた時間ね」

 「小松さん、それ何ですか?」

 初音は研究員の所持する手帳が気になる。

 「潮時表っていうの。荒川標準てのはないけど、東京港の干満時刻がわかれば、だいたい察しがつく訳」

 「こういうのも気象要素の一つスよね?」

 「そうなのよね。ふだんはあまり意識しないけど」

 現場では本当に学ぶことが多い。天気と気温は基本だが、川の汚れ具合、水位、そして干満。これらを総合することで、気象の因果、大気と川の関係性、さらには流域環境予報のようなものが導けるような気がしていた。初音の社会勉強は深みを増しつつある。

 思索家の八広、画家の蒼葉、この二人は表現者として何かを思い描いているようである。彷徨しては立ち止まり、というのを繰り返す。


 「こりゃ、人数要るわぁ」

 「一般参加、解禁ですね」

 「榎戸さんの情報誌にも載せてもらいますか」

 文花、櫻、千歳の三十代トリオはすでに協議モードに入っている。続きは皆でカフェめしをいただきながら、と。

 「あ、写真撮らなきゃ」

 「私もバックアップしまーす」

 そんな二人の撮影係を見ながらチーフは呟く。

 「やっぱいいわね、あの二人。週一度なら、職場仲間ってのも許される、かな?」

 策士文花は確実に何かを企んでいる。お節介ともとれそうだが、あくまでセンターのことを慮(おもんばか)っての一計のようだ。と、その時、

 「先輩、これ見て」

 後輩がケータイで撮った何物かをお目にかける。

 「キャー!」

 それは潮が退く途中の干潟水面に出現したコイ(?)の雄姿であった。大きな魚はまだまだ苦手のご様子。

 「それって、先輩イジメじゃないスか」

 「こうやって慣れてもらわないと、本番の時困るでしょ。先輩想いって言ってよね」

 南実としては、下見、即ちリハーサル、ということらしい。


 十三時近く、七人の団体様がカフェめし店にやって来た。いつもは店員を務める初音も今日は非番なのでお客扱い。それでも大事なお客様は自分で接遇しようということで、レジに回る。満席に近い状態だったので、他の店員はバタバタ気味。「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ!」 店員初音はここぞとばかりにお姉さん方にアピールする。晴天も手伝って、その接客態度は実にしなやかで良好。ここでは別人(こっちが素性?)になる、ということを存ぜぬ文花、南実、蒼葉はキョトンである。櫻、千歳、八広は勝手知ったる何ぞやでさっさとお気に入りメニューを頼んで、奥の円テーブル席へ。打合せ場所として事前に予約しておいた訳だが、来店人数は乗船人数から数人引く程度という初音の読みはピッタリ。七人が囲むテーブルとしてはちょうどいい大きさである。


 迷える女性三人は、店員から説明を受けながらようやくメニューを決め、すぐに食べられる状態あり、番号札あり、と各々異なるトレーを持って席に着く。七番目の客は、自分用の気まぐれプレートとともに、大皿のサラダを持って来た。

 「ご予約のお客様向け、サービスです。お召し上がりくださーい」

 夏野菜をはじめ、色とりどりでイイ感じ。六人は歓声を上げつつ「いただきまーす!」といいご発声。

 「初音嬢、ここのお野菜って有機?」

 「えぇ。できるだけ地場に近い農園から買い付けてるって聞いてます」

 「持ち込み野菜ってアリかなぁ。うちのもそれなりに気は遣ってるんだけど」

 「貸切で何かやる時とかなら...」

 文花は、また何かを思いついたらしく、野菜を頬張りながら頷いている。櫻がそこで絡む。

 「文花さん家の野菜って、大雨とか台風とかでどうかなっちゃったんじゃ?」

 「手塩かけてますからね。そう易々とはダメになりませんことよ」

 「手塩って言うか、お節介なだけなんじゃないですかぁ?」

 「お節介くらいでちょうどいいのよ。ねぇ?」

 と周囲を見渡すも、どうも同調する空気が感じられない。

 「いいわよ。持って来ても食べさせてあげないから」

 お時間をいただくメニューが来るまでのつなぎにしてはゴージャスな一皿である。自然と笑みがこぼれるが、文花と櫻の漫談は皆の笑気をさらに高じさせて止まない。サラダに「華」を添える二人である。

 ピザトーストが運ばれてきた。大きなトマトの輪切りが乗ってたりして、ヘルシー感あふれる一品。「ここのメニュー変わってて、つい目移りしちゃったけど、私的にはこれアタリ」 南実の分がそろったところで、ポツポツ打合せに入る。こういう時の進行役は、年長のチーフに委ねる。

ふ「募集をかけるのはいいとして、あんまり人数多くなっちゃってもねぇ」

八「増えた時点で会場を分けるってのはどうスか?」

さ「それなら最初から振り分けた方がいいかもね」

ち「どこでどう分けるか...」

ふ「干潟チームと陸上チーム?」

あ「何かの競技みたい」

み「あぁ、いつもの干潟の下流側にもプチ干潟ありますよ」

ふ「じゃ、そっちを第二会場にして、『情報誌見た』組にしよっか」

 初音も打合せに加わってはいるが、本来のお客様の飲み物のお代わりだなんだで気を回しているため、落ち着かない。

さ「情報誌って、持ち物も載せる形になってましたよね」

八「軍手、レジ袋、濡れてもいい靴、帽子、飲み物... あと、何だっけ?」

あ「筆記用具は?」

ふ「センターの備品、出しましょうか。でも、ケータイで直接打っちゃう、かな?」

さ「一応、データカードとクリップボードはあった方がいいでしょ。ボールペンは記念品として渡してもいい訳だし。備えあれば何とやら」

 情報誌担当者は今頃スタンバイモードの筈なので、とにかくどう載せてもらうか、の議論を先行させる。

ち「読者層から考えて、お子さんばっかりってことはないだろうけど、家族で参加する人もいるだろうから、持ち物の他に注意事項もしっかり載せた方がいいかもね」

ふ「未就学児童ご遠慮とか、お子さんだけの参加はNGとか、ってこと?」

八「一応、監視役しますけど...」

さ「水の事故って有り得ますね。監視はもちろん大事だけど、いかに事故を防ぐか、でしょう」

ふ「今日下見した限りでは、何とか無事そうだったけど、南実ちゃんどうだった?」

み「下りちゃえば平気だけど、途中の斜面ていうか、段差ですよね。下りる時に誰かついてればOKかなって感じ。小学生以上なら...」

 ここで初音がようやく入ってくる。

 「その役、私やります。子どもに近いって意味でも」

 「それはごもっとも。初音さんなら、安心ね。まぁ、蒼葉もまだ子どもみたいなとこあるけど」

 「あら、私はずっと青葉さんですからね。若々しくていいでしょ。誰かさんみたいに散ったりしないもん」

 「言ったなぁ!」

 という訳で、受付は二手に分け、情報誌組は、専ら大人中心。家族連れの場合は、基本的には親御さんに安全上の注意をしてもらうも、八広が監視なりフォローに入る。人数にもよるが、プチ干潟の方も視野に入れ、その第二会場には千歳がリーダー、冬木はサブリーダーと仮に決めておくことにした。いつもの干潟の方は、小学生以上を受け付けるも、初参加の方は干潟面にはあまり誘導せず、主に陸上をやってもらうという案がまとまった。ただ、活ける教材である干潟を紹介しない手はないので、安全の確認がとれたら、降り立ってもらう、というオプションも設定する。何だかんだで十四時。文花はここで席を外し、情報誌担当に連絡を入れに行く。引っ込み思案でも何でもない、堂々たる物腰。「そんじゃ、ビシっと話してくるわね」

 「魚が出てきても、あの調子だったらいいんですけどね」

 そんな文花が食べていたのは、週替りの「サーモンマリネ丼」である。


 「はい。Edyです」

 「あ、榎戸さん。higata@ではお世話様。矢ノ倉です。お話しするの初めて、ですかね」

 さっき話し合ったことをざっと伝えるものの、どうも相手の反応が思わしくない。

 「え? すでに流れちゃった、ですって? フライングじゃないの!」

 「いえ。詳しくはホームページで、ってしてあるので、先ほどのお話はそこで」

 「だって、誌面は誌面でしょ。当日参加OKってことになってるんだったら、尚更ちゃんと書かなきゃ」

 「いやぁ、こっちも切羽詰まってたもんで。あとでまたメーリスに最終形、お流ししますんで」

 「最終形って何よ。ちょっと!」


 この間、初音は厨房へ。残った五人は、店の出入口の方を気にかけるも、距離があるので様子はわからない。「いやぁ、やられたわ」 ヤレヤレ顔で戻って来た文花に千歳が問う。

 「榎戸さん、何ですって?」

 「たく、何がエディよ。どっかの電子マネーじゃあるまいし」

 話が見えないが、何か良からぬことが起こっていることはわかった。誰かがうまく聞き出さないと、文花だけに「噴火」しそうな勢いである。この時、厨房では、

 「ありゃ、パンケーキはじけちゃった。これが本当の『パン』ケーキ、かな?」

 何かを暗示するようなプチアクシデント。だが、決して笑えない。


さ「フライング、ですかぁ」

ふ「やっぱ、広告代理店系ってダメねぇ。自己都合で走っちゃうんだから」

み「まぁ、今回は掲載不可って話じゃないんだし...」

ふ「不可って話になってたら、どうするのよ! これは信用問題。あぁ、頭来ちゃう」

ち「メーリングリストでそこそこ詰めてたから、大丈夫だと踏んだんでしょう。ま、その最終形とやらを拝見して、こりゃあんまり、ってことだったら、今後は願い下げ、ってんでどうです?」

さ「あとはとにかく、そのホームページ情報の方をしっかりフォローするのと、当日受付を強化するのと、ま、こっちでできることを考えましょうよ」

八「そうスね。どんな案内が出るにせよ、物を言うのは『現場力』。それが試されるいい機会だと思えば... 経験者豊富なんだから、大丈夫っしょ」

ふ「現場力かぁ。いいこと言うじゃん」

 年長者ゆえの責任感か、激しい一面を見せた文花だったが、櫻がうまく取り持ち、この八広のまとめにより、一件は収束に向かう。

 「皆さん、お待たせしました。ちょっと早いけど、おやつの時間ですよ」

 男性二人は丼、千住姉妹はデニッシュプレートを食べ終えていたが、文花の丼、南実のトーストはまだ少々残っていた。議論に熱が入ると食事がそっちのけになる、というのは研究機関関係者の特性なんだろうか。ゆっくり食べるというよりも、単なる食べそびれ。おやつが出てきたところで、あわただしくパクパクやっている。これはスローフードとは言えない。

 「それじゃお先に」

 「いただきまーす!」

 櫻と蒼葉が唱和する。この辺の呼吸の良さは姉妹ならでは、か。大皿には七枚のパンケーキ。ハチミツ、ジャム、ホイップクリームが別に添えられ、好きなように試せる。

 「あ、飲み物、お代わりお持ちしますね」

 「まぁまぁ、初音さん。お熱いうちにどーぞ!でしょ?」

 客は一様に美味しそうに食べている。それだけで満足だったが、自分でも同じシチュエーションで食べてみないことには、である。

 「ヤバイ。美味しいかも」

 ここでのヤバイの意味は、アラウンドサーティーまではわかっていたが、年長さんには理解できないようだった。

 「え、どっちなの?」

 「文花さん、それって天然?」

 「天然? パンケーキのこと?」

 「ダメだ。本当に天然ボケだわ」

 和やかな時間が流れていく。パンケーキはその名の通り、場をパン!と盛り上げるのに一役買ったようだ。


 同じ頃、資料館をひと通り見学した若いお二人さんは、ロビーで休憩中。六月は、リュックからある品を取り出す。

 「あのー、これ」

 釜めし店の袋に入っていたのは、釜めしの容器。ご丁寧に購入時同様、ヒモで結わえてある。

 「へへ。これ欲しかったんだ。ありがとう」

 「でも、何に使うの?」

 「お姉ちゃんとこで、釜めし作ってもらおうと思って」

 「釜めし? カフェめしじゃなかったっけ?」

 「あ、もう一つのミッションは?」

 「忘れてもうた」

 周到な六月君に限って、そういうことはない。小梅は首を傾げるも「ま、これ重いのに持って来てくれたんだもんね」と満足そう。川の流水模型を試しながら唸っていた湊だが、同様に満足げな顔で戻って来た。

 十五時、父と次女は家路につく。少年は再び上階へ。流域の大地図を見つつ、今日の巡視ルートを確認している。「千住桜木、オイラも行こっと」 六月にとっての秋はやっぱり行楽のようである。


 さて、残る議題は、天候判断、タイムテーブル、より詳細な役割分担、といったところ。結構ロングラン状態になっているが、まだまだこれから、である。

 「弥生さんにショートメール入れます。八時にモノログ掲示板に載ればセーフ、スよね?」

 「万一、雨天の時は翌週、それとも翌日?」 ハレ女さんが心配する。

 「いろいろ準備したものがすぐシフトできるって意味じゃ、翌日の方がいいんじゃない?センターも休みだし」

 「じゃ、その辺も開催予告に載せときましょう」

 実施手順はhigata@上の議論で練ってあるので、あとはそれを時間軸に落とし込むだけ。だが、

 「ま、あんまりスケジュール固め過ぎちゃっても何だから、あくまで目安ですね」

 当日はコーディネート役だが、タイムキーパーも兼ねる都合上、櫻としては余念がない方が安心なのだが、あえて緩やかに設定した方が身動きがとりやすい、という経験上の判断が働いた。会場設営の案が今日まとまったことを受け、次はタイムテーブルの素案作り。役割分担もそこに盛り込もうというのが櫻の発意である。

 船で配られた流域地図の裏が白紙だったので、そこに線を引き、ワイワイガヤガヤと時間割を埋めていく。参加者数にもよるが、レクチャーをどこまで充実させるか、が論点となる。

 「タイムテーブルと注意事項は、模造紙大にでもして掲げるとわかりやすいでしょうね。その説明は私がするとして、あとは『ゴミと生き物』とか『漂着ゴミの実状と課題』とか、『なぜ』の部分...」

 「僭越ながら、小松南実が担当ってのはどうです? 解説用のフリップもあるんで」

 何だかすっかり頼り甲斐のある好人物になっている南実嬢。千住姉妹が警戒心を解くのも尤(もっと)もである。

 「時間があれば、実地研究?」

 「いえ、手が空いたらゴミの相談係しながら、手伝いますよ」


 higata@メンバーで今のところ出欠不明なのは、業平と舞恵。分担もまだ決まっていない。

 「Go Hey君は実機のテストもあるからきっと来るでしょう。少々頼りないけど、粗大ゴミ専任てとこでしょうかね?」

 「ルフロンにはあとで聞いときます」

 「え、何? フロン?」 文花の天然が始まりそうだったので、ここは蒼葉がフォローする。舞恵からは自己紹介メールが流れてはいたが、あっさりしたもので、当然呼び名についての説明なんてなかったものだから、疑問に思うのも無理はない。

 「『まえ』でle frontねぇ。彼女のメアドの理由がわかったわ。私もそういうカッコいい呼び名考えよっかな」

 「やっぱり『ふみふみ』でしょう」

 「先輩、昔は『おふみさん』て」

 「生きていたとは~、知らぬ仏の『おふみさん』てか」

 「八広氏、何でそんな懐メロ知ってんの?」

 当人は正に知らぬ某で冷めた珈琲を啜(すす)っている。「いいわよ。隅田さんも『おすみさん』にしちゃうから」

 文花は何だかんだで人気者である。笑いを誘っておきながら、すまし顔。そのさりげなさが人気の秘密のようである。


 「そうだ、いいもの持って来てたんだ♪」

 一同の衆目が集まる。ここからは余興である。

 「おすみさん、手伝って」

 「櫻さん、あのねぇ」

 「いいからいいから。こっち半分、隠しといて」

 画用紙を丸めたものを取り出すと、左半分が見えないように、さっき使った白紙で隠すよう指示が出る。

 「では、皆さんに問題です。こっちに書かれたこの数字、実は五月から九月までのクリーンアップで調べたゴミの集計数だったりします。干潟ゴミ ワースト10。わかるかな?」

 ワースト10:五十三、9:七十六、8:八十三、7:八十七、6:九十六、5:百四十七、4:百七十、3:二百二十七、2:三百四十一、ワースト1に至っては何と四百八!

 「データカード対象外品目が二つ入ってます。あと、レジンペレットは別枠です」

 「櫻さん、上位十品目でこんな数字になってるってことは、全体だといったい?」

 「確か二千二百くらいだったかな」

 「チリも積もれば、じゃないけど、要するにその数、数えたってことよね」

 「これも皆さんのご協力のおかげ。その成果を分かち合おうって企画です」

 選択肢がないと難しいところではあるが、下から順に当ててもらうことにし、何とか、紙パック飲料、缶、ホース(被覆)類が出た。カード対象外品目二つがネックだったが、見慣れているせいか、案外すんなり出たので出題者は拍子抜け。だが、難しいのはここからである。

 「あとは目に付くのを言っていけば当たるんでしょうけど、せっかくランキング形式にした訳ですから。では、蒼葉クン、第七位どうぞ」

 「雑貨じゃないの?」

 「残念でした。それは十一位。おふみさん、わかりますか?」

 「当たったら何かもらえるの?」

 「ハズレたら罰ゲーム!」

 「何よそれ」

 こんな調子じゃいつまで経っても終わらない。とにかく、タバコの吸殻、レジ袋系、と出て、残すはワースト五品目。

 「ここからは、すでに名前が挙がったものもあるので、皆さんお手持ちの紙に書いて当ててみてくださいネ。制限時間は二分、かな? ご参考までにデータカードの見本、回しまーす」

 「なぁーんだ。早く出してよ。櫻姉!」

 「頭のトレーニングよ。これがあるとかえって迷うでしょうし」

 十六時近くになり、正解が発表される。

 「ピタリ賞はいませんでしたねぇ。惜しかったのは小松さん?」

 「ペットボトルが四番目だったんですね。発泡スチロール片の方が多いと思ったけど」

 「いや、隠れてる分もちゃんと数えると変わるかも知れないです。ワースト1から3が合ってれば、大したもんだと思いますよ」

 「でも海ゴミとは微妙に違うのね。より生活感があるっていうか」

 概ね好評だったので、十月七日当日は、アトランクションとしてこのクイズもやることになった。選択肢を用意して、ワースト7を当ててもらう、そんなイメージである。

 ふと八広が疑問を投げかける。

 「二回やってみて思ったんスけど、その起源別ってイマイチ伝わりにくい感じしません?」

 「これが世界共通らしいから、とりあえずそのままだったんだけど、言われてみると確かにね」

 「他には、可燃・不燃・資源の別、素材別、品名の五十音順、いろいろアプローチはあるみたいだけど」 情報源さんが応じる。

 「いずれにしても、子どもにとっては難しい面もあるだろうね。形状別→素材別だと、わかりやすいかな?」 これは千歳の発案。

 「データカードも併用するんだったら、そのモノのイラストをちょこっと入れると直感的に把握できるようになるかも。破片が悩ましいけど」

 「とりあえず当日はケータイ画面をメインで使って、カードは予備かな。品目の配列については、またじっくりhigata@で議論...」 と言いかけたところで、櫻は初音に目を向ける。

 「初音さんもメーリングリストに入ってもらえればいいんだけど... 受験生に負担かける訳にいかないもんね」

 「弥生さんと適宜やりとりしてますから、大丈夫ですよ。受験が落ち着いたら、ぜひ!」


 こうして午後の部は終わりを迎えた。文花と南実は居心地がいいからとか言って、二人席に移って珈琲タイムを続けている。当店はカフェなので、カフェオレの他、カフェラテ、カフェモカなどもあるが、お代わり可能なのは、普通のコーヒー(Hot or Ice)とティーのみ。長居を想定して、アイスとホットのコーヒーを頼んでいた二人は、お代わりしながら交互に飲み比べをしている。研究者というのは何事も研究熱心なものである。

 「すっかり長居しちゃって。でも助かりました」 初音に一礼する千歳。

 「いえいえ。今日はパンケーキの試食会も兼ねてましたから。モニターさんにはサービスしないと」

 「じゃ初音さん、あれメニューになるの?」

 「週末のティータイム限定で、枚数も限定。でも、ネーミングが...」

 ネーミングと来れば、この人。

 「『初姉の気まぐれパンケーキ』ってのはどう?」

 八広案の採否は不明だが、十月からは新たなデザートメニューが加わることはほぼ確実(いや、それこそ気まぐれ?)、乞うご期待である。

 日中は暑かったが、この時間になるとさすがに風は秋の涼気を含む。八広は商業施設の送迎バスルートに沿って帰って行った。千歳は姉妹としばらく並走していたが、途中で折れる。「では、櫻姫、蒼葉姫、また!」 妹がいる手前とは言え、秋風のようにクールな彼であった。


 橋に出るまでの坂道を、自転車を押して歩く姉妹がいる。

 「千さん、帰っちゃったけどいいの?」

 「いずれ、お招きいただくことになってるから、今日のところはいいんだな」

 「それはそれは。ところで姉さん、眼鏡だけどさ...」

 「まだ外しちゃダメってか?」

 「今日はハラハラしちゃったわ」

 「千歳さん、どんな顔するかなぁって」

 「そういうお楽しみはとっておかなきゃ」

 眼鏡をかけているのは、近視の他にも何か理由がありそうである。


 もう一方の姉妹は、釜めし容器を前にしてちょっと盛り上がっている。

 「六月クンたら、切符がどうのって自分から言っといて、忘れてもうた、だって」

 初音はぼやく小梅をなだめつつ、ヒモを解く。

 「あれ?」

 「あ、何これ?」

 小梅が取り出したのは、硬券切符二枚。

 「大金ó宝積寺だって。どこだろ?」

 「メモが付いてんじゃん。『お姉さんと分けてください』だって。いい子だねぇ」

 「合格祈願とはちょっと違うけど、縁起良さそうだからいっか」

 なかなか手が込んだことをする小学六年男子なのであった。勿論、自分と実姉の分も忘れてはいない。ちゃっかりしている、といった方がいいか。

 

【参考情報】 台風9号後の漂着ゴミ / クリーンアップイベントでの掲示例


comeon/

30. comeon/


 翌日はいろいろなことが動き出すことになる。「漂着モノログ」には、巡視船ツアーの話題とともに、十月七日の開催予告が晴れて掲載され、higata@には、冬木のお詫びの一文と問題の情報誌掲載稿が流れた。どうやら予告の掲載を断られたとしても、自分で別会場を用意するつもりだったようで、「情報誌読者専用受付にお越しください」との一文が付されていた。何とも無謀というか突飛というか、仕事柄、イベント慣れしている、ということなんだろうか。どっちにしても、受付はしっかり設営した方が良さそうである。

 十八日、十八時。終業時間になったが、櫻はここからがひと作業である。皆で下書きした素案をもとにPC上で、タイムテーブル(兼 分担表)案を打っている。「いつ・どこに・誰が」配置されているかが一目でわかる、というのはこの手の催しでは要目となる。この辺りを会得できたのは、18きっぷツアー中、千歳マネージャーに赤入れを頼んだのが利いた。短時間であっても、プロセスを「見える」ようにする。それは心得の一つである。「櫻さんとの恋の行方とかも考えてるのかしらねぇ...」と彼女はちょっと違うことを考えながらも、軽やかにカタカタとやっている。

 そんな折り、軽やかとはいかないが、溌剌(はつらつ)とした足音が近づいてきた。

 「あら、センセ。お早いお着きで」

 「おぅ、矢ノ倉女史に、千住の櫻さん。今日も華があって結構結構。何か落ち着かなくってさ」

 早速、紙燈籠の分析結果から。

 「エーッ、あの灯篭一つで、CODが十二グラム、BODが六グラムちょっと、ですって」

 「まぁ、何だかそれなりに負荷がかかってるって話だな。実験でドロドロにされちゃったから、今はこのザマ...」

 手にしたのは二重三重にパッキングされた透明袋。ゲル状の怪しげな物体がへばりついている。

 「これじゃあんまり供養にならない、かも知れませんね」

 「て訳でさ、こういうニュースを自分のブロック、もといブログで発信できりゃいいんだけどさ。隅田君にここで見てもらいながらじゃないと、何だぁな」

 「今ちょうど助手がいますから、呼んで来ますよ」

 誰の助手なんだかよくわからないまま、とりあえず眼鏡の女性がやって来た。助手と言われれば、確かにそれっぽいが、はて?

 「センセのブログって、さくらブログと同じ理屈でしょ? レクチャーしていただけると嬉しいんだけど」

 「千歳さんから、何か受け取ってます?」

 「あ、説明書預かってたんだ。失敬」

 「さすが、知らぬ仏のおふみさん!」

 先生がいようがいまいが、毎度この調子。「おふみさん、てか。今度からそう呼ばせてもらうよ」 櫻もお節介になったものである。

 センター備品のデジカメで、ドロドロになった元燈籠(これが本当の紙ドーロー?)を撮り、メモリカードをPCのスロットへ。

 「左側の『新規記事』を選ぶと、入力画面が右に出てきます。タイトルと本文が最低限入っていれば、すぐ掲載できますが、今撮った写真もせっかくなので」

 画像選択ボタンを押して、ファイルを参照させたところで保留。先生には記事本文をその場で打ってもらう。

 「画面下の『保存』を押すと、確認画面が表示されます。ここで切っちゃうと水の泡になっちゃうんでご注意を。最後にもう一回『公開』を押して、完了です」

 「完了って、これでホームページに載るってか?」

 「えぇ、ホラ」

 櫻のブログは末尾が”todoketai/”だが、掃部先生のは、その名もズバリ”comeon/”になっている。俄か助手は苦笑しながらURLを打って、掃部ブログをその場で披露する。

 「いろんな人に見てもらうための工夫とか、記事に対しての反響を集める仕掛けとか、レイアウトも変えられますし、ちょっとしたお遊びみたいなのも載せられます。自由自在なんですよ」

 「いやぁ、こりゃ参ったな。本にしなくても、これがあれば言いたいこと言えるって、か」

 「ブログで書きためといて、あとで本にするのもいいんじゃないかって。ブログの設計者さんは言ってました。先生、次の新作に向けて、いかがです?」

 「あんまり書き過ぎると、ネタばらしになっちゃうよな。でも、早く伝えたい場合はそれもいいか」

 櫻と入れ替わりにカウンターに着いていたチーフが戻って来た。

 「センセ、相乗効果ってのもあるんですって。ブログで小出しにしといて、本で堂々と全容を公開。本が出たら今度はブログでこぼれ話とか追加情報とか。どうです?」

 この日は、Comeon!ブログのリリース日にもなった。だが、今日先生に来てもらったのは他でもない。別に大事なお話が控えている。

 「櫻さん、ありがとね。時間外つけといてもらうか、明日、シフトしてもらうか、お好みで」

 「文花さん、先生とお話あるんでしょ。私、カウンター入ります。でも、仕事っていうか、昨日の続きやってるんで、別に手当とかはいいですよ」

 「わかった。おすみさんとのデート権、てのでどう?」

 「じゃどっかでデート休暇、ください!」

 こんな感じで今のところは勤務形態も緩やかだが、法人化された暁にはそうもいかなくなるかも知れない。そうした点も含め、代表理事の意向というのを固めておきたいところ。今日はその前段となる相談事である。

 「当センターの運営団体を法人化するにあたり、役員を決める必要がありまして。掃部さん、ここは一つ一理事として、いえ、代表理事を前提に役員の就任をお願いしたく」

 「ハハァ、そういうことか。他の役員さんは?」

 「これまで関わっていただいた方がそのまま、という訳にもいかないので、ちょっとした内規を作って、選考過程を経てもらおうかな、と。今、その途中です。他にも役員候補者を募って、代表理事はそこから互選することになりますが、ある程度、この方!というのを想定しておかないと、定款とかも作りにくいんで。その...」

 「おふみさんのお願いとあっちゃな。例のし潟の皆さんと一緒に何かできるんなら、喜んで...」 が、しかし、

 「と、言いたいところだけど、もうちっと考えさせてくれねぇかな。まだ平気だろ?」

 「えぇ。とにかく役所関係と渡り合えるって言うか、市民主導のセンターにしたいんですよ。官製の特定非営利活動法人とか、そういうのにしたくないんです。で、何と言っても、地域への愛着というか愛情を共有できるような、そんな場所に...」

 文花は思いが溢れて、言葉が出なくなるも、先生はウンウンと首を振って得心しているご様子。

 「次の片付けはいつだっけか?」

 「あ、来月七日、十時集合です」

 「じゃ、そん時に返事するよ」

 「どっちにしても、終わった後にお時間くださいネ」


 十九時を回った。櫻はまだカタカタやっていたが、あることに気が付いた。

 「誘導係って決めてなかった、かも」

 文花は、今ひとつスカッとしていないものの、少しは手応えを得て、ホッとしている。

 「あとは他のNPO法人に倣うというか、できれば失敗例とかがわかるといいんだけど」

 かくして、二人は同時に声をかけ合うことになる。が、ここは年長優先。

 「隅田さんて、ジャーナリスティックなとこあるけど、NGO/NPOのことって、詳しいかしら?」

 「情報にはいろいろ接していると思いますけど、フットワークという点では宝木さんの方が上でしょうかね」

 「ここは一つhigata@かな?」

 「じゃ、私も相談メール打とうっと」

 「あ、そっか、何の話だっけ?」

 「今度のクリーンアップ、公開参加型だから、会場誘導の係が要るなぁって思って」

 「昨日の打合せで、ルフロンさんが未定って言ってたけど、彼女は?」

 「舞恵さんだけに、前で張っててもらうって? うまい!」

 「どっちみち、案を流すんでしょ。その時に確認、ね?」

 higata@への発信は、職場からもできるようにしてもらっていた。タイムテーブル(兼 分担表)案は、出来立ての状態で配信される。より早く確定できる、という点でこうした設定は重要。だが、つい気が回って、「注意書きとタイムテーブル、手書きで行くか拡大コピーするか、ムム」など、新たな悩みが生じることにもなる。「も一回、追伸メール、発信!」 メーリングリストというのは便利なものだが、職場で使える、というのは時に考え物かも知れない。いっそ、クリーンアップ活動をセンター主催にしてしまう、という手も... いやいや、ONとOFFの区別がつけにくい、それでいいのである。緩やかな状況にあってこそ、その人の持ち味が活かせる、そう心得たい。

 十九時半を過ぎ、櫻はセンターを出る。「しまった! 蒼葉に連絡してなかった」 妹は食卓で待ちぼうけ。クリーンアップ関係の作業は、帰宅後(OFF扱い)の方がよろしいようで。


【参考情報】 水溶性紙燈籠 続報


名月あっての名案

31. 名月あっての名案


 一週間後は、中秋の名月デーである。

 「櫻さん、また帰らないと妹さんに怒られるんじゃない?」

 「大丈夫です。千歳さんと会うから、って言ってあるんで」

 「だって今日は一応、仕事絡みよ」

 「そう言っておけば、おとなしく認めてくれるんで」

 「よくできた妹さんだこと」

 「姉譲りですワ」

 名月は東の空から徐々に高度を上げつつある。十九時にしてすでに辺りは暗い。いつしかそんな時候になった。

 フットワークの軽い八広がまず現われた。文花がご自慢の珈琲を淹れに行っている間に、千歳が到着。帰宅しているはずの接客係がいたものだから、「ワッ」とかやらなくても、十分不意打ちになっている。

 「あれ、櫻さん」

 「いらっしゃいませ!」

 「早番じゃなかったっけ?」

 「そんな、せっかくお待ち申し上げてたのに。いない方がようござんしたか?」

 「滅相もございません。またドッキリネタかと思い...」

 「何か、いいスね」 八広が短評を入れる。

 「あら、宝木&奥宮ほどではございませんわよ」

 四人分の珈琲を持って、チーフは先に円卓へ。

 「今日は窓際でやりますか」

 男性二人は円卓を移動させ、準備完了。いや、まだ出し物があった。文花は珈琲を置くと、今度は自分の机上から小皿を二つ運んで来た。よく見ると、大きさの揃った球状のものがそれぞれ複数...

 「そっか、お月見スね」

 「じゃ、これ食べたら帰ろっか」

 「千さん、たらぁ」

 「文花よりダンゴって? そうはさせないわよ」

 お彼岸で向島方面に行った際、わざわざ買っていらしたとのこと。

 「草餅か、桜もちか、団子か、悩んだけど、月見ですからね」

 「白とアズキってのは色でわかるけど、この黄色っぽいのは何ですか?」

 「味噌餡ですって。お試しあれ」

 「コーヒーと味噌って不思議... あら、美味しい♪」

 女性二人は何だかんだ言っても、団子好きである。このまま本当にお月見で終わってしまいそうだったが、文花はちゃんと憶えている。

 「それでね、いわゆるNPO法人の役員体制ってのにこう、ひな型みたいなものがあるのかまずお伺いしたくて」

 「活動の実績とか内容によるでしょうね。その活動を支えてくださった方々に対して会員参加のお願いをしつつ、これまで事務方や意思決定をしてきた方からは役員候補を選んでいく。その辺りは共通だと思いますが」

 「役員の選び方や人数なんかはその会の定款で決めればいいことですから、これが型ってのは特にないかも知れないっスねぇ。まぁ、代表、副代表、理事複数、あと監事?」

 「八広君に云わせると、あくまでその団体の実情に応じて、身の丈に合わせて、というか、とにかく多様でいいって」

 「最近は、NGOとNPOとNPO法人の違いも随分曖昧になってきて、NPO法人=会社って思う人も増えてるみたいスね。もっとも、その法人を興す人達が、役所関係だったり、企業関係だったりだと、いくら表向き非営利でも、関わる人の体質上、組織色が強くなりますから、会社と見紛うのも仕方ないでしょうけど。要するに、多様といっても、そういう官製とか会社製とかまで含めていいかどうか、てのはあります」

 文花は思うところと一致するらしく、フンフンと相槌を打っていたが、ここで質問を挟む。

 「NPOはより概念が広くて、市民活動全般てのはわかるけど、それに法人がつくとなると、やっぱり法人としての制約を受けるってことになるの?」

 「法人格を取るかどうかも、選択肢の一つスよね。いろいろな市民団体取材しましたけど、しっかりした体制が組んであれば格なんて要らない、ってとこがあれば、格を取らないと仕事にならないから、なんてとこも。ただ、非営利云々よりも法人という括りが優先されちゃう感じスね。法人格てのは、公的なルールに乗せるための役所の便法みたいな側面があるのも事実です。制約、即ち公的な縛り、と言えるかも知れません」

 千歳も聞き知るところを口にする。

 「法人実務ってのが出てきますから、それをこなせるだけの人員というか、組織の体力が必要になりますね。でも、格を維持するために本来の非営利活動がおろそかになってしまっては意味ないでしょうから、そこが判断の分かれ目というか...」

 「何故、法人格?てのは正直あるわね。最初から既定路線になっていた、というか。でも役所から委託を受けて運営する手前、要ることになってるのよね」

 「何となく官製な感じがしなくもないスけど、矢ノ倉さんにある程度、裁量権があるなら、いい方ですね」

 「いえ、単に今の準備会役員の方々がうるさくないだけで、ちゃんと公募がかかったらどうなることか」

 「選考方法とかは委ねられてないんですか?」

 「そこなのよ。だから今日お二人に来ていただいた次第...」

 「委託主からは特に?」

 「地域振興から環境に担当部署が移ったのと同時にね、担当課長も異動になったの。気心知れてるってのもあるだろうけど、もしかすると委託先を入札方式にする可能性もあるから、お手並み拝見ってことなのかも。あーぁ」

 「まあまあ。人選も裁量のうち、ということなら、チーフのお好みでいいんじゃないですか?」

 「あとでね、説明責任だっけ、選考過程を開示しろなんて話になったら、そういう訳にもいかないでしょ。何となくそれっぽいことは考えてはいるんだけど、ね」

 想定代表理事を立てて、書類選考をその人にお願いしつつ、自らも理事候補に名乗り出てもらうこと、これまでの役員さんには選考を経てもらうこと、関係筋を中心に公募をかけて課題論文などを通して新たに選ぶこと、そんなプランを語る文花。

 「今の役員さん?は自分が代表に、とか言ってこないんですか?」

 「櫻さんと顔なじみの人が多いから、安心感があるのか、あまり関心示さないみたい、ね?」

 「ま、センターにいらっしゃればお話聞いて差し上げてるんで...」

 運営に不満があったり、兎角(とかく)主張好きだったり、単に己の虚栄心を満たしたいだけだったり、出たがる人には相応のタイプがある。そんな方が偶々(たまたま)いらっしゃらなかっただけかも知れないが、櫻の接客術ないしは人となりによって抑えられている可能性は否めない。

 「代表理事候補の方にはすでに打診されてるんですか?」

 「えぇ、まぁね。お返事はまだだけど」

 さっきからすっかりインタビュアー調で千歳の質問が続いていたが、ここでブレイク。八広が体験談を持ち出す。

 「この間の話じゃないスけど、退職後NPOだとか息巻いて、イケイケの方が代表理事に就いたりすると、ね。運営に馬力が要る場合はともかく、市民活動の性格上、ちょっとどうかな、って思う事例は結構...」

 理事が偉そうにスタッフをこき使う例、役職や肩書きがお目当ての輩ばかりで機能停止している例、もっとタチが悪いのは人の上に立ちたい人ばかりが集まって覇権争いが生じている例... どこでどう情報を稼いだのか、その事情通ぶりには目を見張るものがある。イケイケ路線に懐疑的な割には、自身はいい意味でイケイケな八広である。何はともあれ、生来のフットワークと、時代背景から来る忸怩(じくじ)たる想いが彼を駆り立てるのだろう。現場で得た生の声の蓄積、その場数の豊富さ、これは強みでもある。斯く斯く然々を経て、役員体制を考えるにあたっては、候補者をしっかり見極めることが重要、というのが八広の話から導かれる。

 「そうは言っても、所詮は人が関わることなんで、何がどう転ぶかはわかりません。そこで事務局長の役割が大事になってくる、そんな話も聞きます」

 千歳が取り次ぐ。

 「権限が集中するからって、事務局長は理事を兼任できない、てな規定を設けるところもあるみたいですね。でも、仮に他の理事が暴走したりする局面があったら、それを止めるのはやっぱり事務局長なんですよね。その時、同じ理事という立場でないと、ってなる訳です。勿論負担感は大きくなりますし、自制心も求められますけど、懸ける想いが人一倍強い方なら問題ないでしょう。兼任してでも、だと思います」

 黙って聞いていた櫻だが、ここでいいことを言う。

 「ひな型どうこう、というよりも、自分たちがこうしたい、というのに応じて定款とか体制とかを考えていけばいい、ってことでしょ? 私、文花さんには是非、兼任で切り盛りしてほしいです」

 「あら、ありがと。でも、櫻さんがいれば、暴走する人は出ないと思うけど?」

 「いえいえそんな...」

 何かいいシーンである。だが、今は余韻に浸るよりも、話を深めたい櫻である。

 「でもよく考えると、文花さんが理事になるのに、選考過程って要るのかな?」

 「匿名で課題論文を出し合って、候補者相互でポイントを付け合うってのは一つの手スね。でも、選考委員がいるなら、その人に一存かな?」

 「公募でどれだけ候補者が出てくるか、もありますね。多ければ論文選考もいいけど、少なければ会員による投票でもいいかも知れない」

 「会員って、まだ制度化してないわぁ」

 「でも、募集かければ早晩集まるんじゃないですかぁ? マメに情報送ってることだし」

 「そうねぇ。いや、忘れちゃいけない。名物三人娘効果の方が期待できるわよ」

 「じゃ、おふみさんコースとさくらさんコースとか?」

 「ファンクラブじゃあるまいし。だいたいおふみさんて何よぉ」

 女性二人が掛け合いをやっている間、男性二人は、高度と輝度を増す名月を見ながら、団子を賞味する。

 「ミスマッチかと思ったけど...」

 「ミソマッチ、スかね?」

 月も呆れる軽いギャグ。これでも八広は詩人である。

 「味噌餡団子の黄色とお月様の黄色、どっちもいい味出してる...」

 これぞ名句。おそれいりました。


 定款に盛り込む前提で、仮の会員制度を設定してみては、という話に落ち着く。関係者の裾野というか層を厚くしておいて損はない。

 「設立総会時ですかね、その会員の皆さんによって定款と役員が承認されて... それで初めて動き出す部分もあると思いますよ」

 千歳としても、ワークシェアリング事例として、NPO法人関係者に話を聞くことはあるので、イロハ的なことは承知している。文花は今夜のゲスト二人に改めて感心しつつも、ふと疑問が沸く。

 「それにしても、隅田さんも宝木さんも、お詳しいのねぇ。私、まだまだ勉強不足だったワ。何か特別な思い入れでも?」

 「前に先生を囲んでお話ししたことに通じますけど、NGO/NPOって、社会を見つめ直したり、歪みを戻したり、そのためにあるのかなって思うんスよ。行政や企業の補完的な役割がどうとかって言われることもありますけど、むしろ、行政や企業のドライブにブレーキをかける方に意義が見出せる気がします。一度決めたことが固定化して、そのまま行ってしまうこと、自分はそれをドライブって言ってます」

 「あと彼とよく話すのは、競争と消費の原理に疲弊した人、疑問を持つ人等々の居場所として市民社会はあるんじゃないか、ってことですね。補完ではなく、より積極的な意味を持つ訳です。生き方の選択肢を多様化させる、と言ってもいい」

 「隅田さんも自分も、そういう想いを抱かせる境遇にあって、思い入れも強くなって、それで実態を知りたいってなって、それが動機だと思います」

 法人格の有無を問わず、NPOを標榜する以上は「何とかしたい」という想いは欠かせない。その想いの集合体がO=Organizationを形成することになる。はじめに組織体ありきではない。まして、組織の維持が目的化するようなら本末転倒だろう。想いが共有できなくなったら、解散。それもまたNPOだからこそできる特性である。

 「そっか、Oって組織だもんね。するとNPO法人って言い方、何か変ねぇ」 と文花が少々脱線すると、

 「非営利活動をそのまま訳せば、NPA(Non Profit Action)法人ですかね?」 仕方なく櫻がフォローする。

 「本当は市民活動法人で良かったのにねぇ」

 千歳が薀蓄のような不可思議なことを言ったところで、NPO談議は幕引きとなる。「市民」という表現は意図的に除かれ、代わりに「特定非営利」になった経緯があるそうだが、要は「何を為すべきか」であり「どんな名称か」ではない。それを暗に言いたかったようである。


 談議が熱さを増す傍らで、コーヒーの方はホットではなくなっていた。飲みかけのコーヒーを片手にチーフは、「何か違う飲み物、お持ちしましょうか?」

 「麦茶がまだあったから、持ってきますよ」 代わりに櫻が席を立つ。

 「ところでおふみさん、理事会はまぁ見えてきたとして、実行部隊というか、運営委員とか、部会とかってのは何か考えてます?」

 「理事が決まってからかなぁって思ってたけど、遅い? あ、今、おふみさんて言ったわねぇ! おすみさん」

 しばし、歓談モードになるも、

 「代表理事候補の方と事務局長の間である程度、決めておいた方が議論しやすいかも知れないスね」 八広が戻す。そして、

 「せっかくだから、今いる四人でざっくばらんに...」 文花はホワイトボードを引きずってくる。

 「組織志向ではないとは言っても、対外的に説明しやすくする上で、やはり組織図って要るんですよね。NPOいやNPA法人の場合、頂点には会員、その周りにいわゆるステイクホルダー(利害関係者)、会員の下に総会、代表理事、理事会... かなぁ」

 千歳が話をふくらますと、文花はそれをせっせと転記し始める。戻って来た櫻はその様子が可笑しかったらしく、「おふみさん、そんなにあわてて書かなくても。ペンがヒーヒー言ってますよ」とからかってみたが、「センセだったら、シーシーね」 あっさり交わされてしまった。

 そして文花はペンを止め、想いを廻らせる。そのセンセが代表理事に就いてくれれば... この図式も変わってくるかも知れない。

ち「で、部会の位置づけですよね。理事会の下に枝分かれさせると、理事が部会を担当するって形態を示すことができると思います」

ふ「ほぉ。担当理事制ってこと?」

八「と言っても、センターが何をしたいか、がまず先かも知れないスね」

さ「今のところは、情報提供、普及啓発、調査研究が柱だけど...」

ち「その柱に対して理事、置きますか?」

ふ「理事が先で部会が後って、確かに決めにくい気がする。ある程度、想定できる人材を募らないといけない、ってことかぁ」

ち「部会は必須って訳じゃないですから。集まってから全体をデザインしてもいいと思いますよ」

ふ「そうそうこの間、現場力の話、出たじゃない? 調査研究をふくらませて、現場密着型の、つまり現場力を鍛える部会ってのが一つあってもいいと思ったんだけど、どうかな」

さ「現場って、干潟とか?」

ふ「そうねぇ、仮にセンセが承知してくれたら、担当理事に就いてもらって、櫻さんご担当とか?」

さ「クリーンアップを業務に組み込むってことですかぁ?」

ふ「その方が動きやすくない? そっか、発起人次第か...」

ち「リーダー次第でしょう」

 リーダーはしばし考え込む。

 「私、現場担当ってことなら、地域探訪とかもやりたいな」

 「何か見えてきたんじゃないスか? 地域・現場部会ってのはアリかも...」

 干潟作業を業務化するかどうかはさておき、現場を持つことの重要性については、四人そろって認識するところである。ゴミのデータを調べ、発生源なりを研究し、実態を伝える。たとえその発端が地元の企業や商店ではなくても、一定の啓蒙につながる見込みはある。地域限定的であっても、ゴミの発生抑制策を考えてもらうきっかけが提供できるなら、環境情報センターの役割として決して小さくはない。現場かつ具体的数値、これほど説得力を伴う取り組みもないだろう。櫻が考える探訪も、地域を広く現場とした取り組みと考えればその意義は大きい。実際に足を運んで、目で見て、耳で聞き、手で触れ、五感をフルに使ってそこにある「いいもの」を探す、そしてそれをマップに落とし込む。マップは、地域の資源を市民が共有する手がかりになる。地域を見る目が変わる、環境への思いやりも増す、人も元気に... これは櫻が短冊に託した願いに通じる要素でもある。データカードにしろ、グリーンマップにしろ、その手法については調査研究領域になるので、センターの本来機能に適う。そして、その手法が研ぎ澄まされることで、得られた情報もより活用度の高い情報となろう。地域に根ざした確たる情報提供が可能になるのである。調査研究と情報提供を両輪として、そこから自ずと普及啓発が導かれると仮定できるなら、この上ないこと。月が眩しく四人の席を照らし出す。正に光明が射してきた。

 「地域系情報を集めて発信するシステムも出来上がることだし、その上、自分たちで稼いだ情報が動くとなれば言うことないわぁ。そういうのって、ハコモノとは言わないわよね」

 「文花さんは箱入りですが...」

 「ホホホ」

 いつもと違って、食いつきが悪いチーフである。今晩の漫談は不発ということか、いや無意識のうちに振る舞いが事務局長然としてきた、そんなとこらしい。

 文花は、ボードに部会案を書いた後、漸く自分のポジションが記されていないことに気付いた。あれこれ思案を廻らせていれば、櫻の相方をやっているどころではない。不発の理由がこれでわかった。

 「事務局長は、代表理事の隣? 理事と兼任する場合は理事会の中?」

 「意思決定の優先順位がわかるような表現になっていればいいと思いますけど」

 「他の理事が事務局を軽んじることがないように、理事会と事務局がフラットになっているといいスね。代表理事と理事会の間から線を分けて事務局長、その下に事務局とか?」

 「ま、あとはこれを硬直化させないように、定款でうまく規定化、いや見直し規定を設けるとか、そんなとこでしょうか」

 中味の濃い時間が流れる。時刻は二十時半近くになっていた。センターは一応開館中ではあったが、世間は給料日、いや月見日和ということもあり、夜の来館者はなし。センターも現場と捉えた場合、来館者が少ないようだと場としての価値が問われることになるが。

 「話変わるけど、夜のセンターってこんな感じでいいんですかね。お客さん来ないのに開けとくのって、もったいない気がして」

 即席講座などの催しがあればそこそこ人は集まって来るが、毎日という訳にはいかない。平常時にどれだけ賑やかすか。これは接客係としても気になっていたことではある。

 「場の有効活用って意味じゃ確かにね」

 「部会とかって、つい事業系が中心になっちゃうけど、ハコモノ的要素をどう盛り上げてくか、も部会ネタなんスよね。来客サービスとか相談対応とか人的交流とか...」

 「ま、さっきの両輪の話、調査研究と情報提供でしたっけ、その成果を公開報告する場を設ける、ってのが早道でしょうね。あとは部会を夜開いて、オープンにするとか」

 「お二人さんには頭下がるわぁ。こういう場をオープンにしてもいいかもね。『センター運営協議会』! ちと硬いか」

 餡が良かったのかも知れないが、名月の夜に名案あり、である。さらにいい話が続く。

 「法人登記については、本多業平氏が詳しいと思います」

 「会計実務は、ルフロンに相談するといいんじゃないスか」

 千歳と八広それぞれから、サポーター候補の名が挙がる。若手中心だが、布陣としては悪くない。

 「ところで文花さん、お二人に相談料とか、いいんですか?」

 「おすみさんは、櫻嬢とのデート権でいいんでしょ。宝木さんは...」

 「お団子いただいてますんで。あと、自分としても今日はいい勉強になったし」

 「まぁ、お若いのに謙虚だこと。こういう時、謝金とか出せればいいんだけど、NPOはそれがちょっとねぇ。あ、規定作ればいいのか」

 「いえいえ。そういうのがないから、NPOが成り立つというか。持ちつ持たれつ、お互い様の精神でいいんだと思いますよ。何ちって」

 「そうそう、デート権だって、冗談抜きで余りあるくらい。何せ一番人気の櫻さんと、ですから」

 「フフ。おだてたって何も出ないわよ」

 閉館時間が近づいてきた。文花はデジカメでボードの板書を撮る。八広は窓の外を見ながら、頬杖をつき、ポーズを取る。月をテーマに散文詩でも、といった面持ち。

 「そういや、お月見定番のススキがないスね」

 「あぁ、文花さんがね、またクシャミが止まらなくなるといけないから、止めたんです」

 「何よそれ。私、ススキ花粉症じゃないわよ」

 「今度、河原に行けばわかると思いますよ。イネ科と共通かも知れないから」

 「あら、冗談じゃなかったんだ。自分でも調べてみるわ。ありがと」

 先だって干潟を下見した際、ヨシ原界隈にはススキも隠れていたのだが、上陸ゴミのビックリと南実のイタズラドッキリとで、花粉どころではなかったようだ。文花の準備品が増えるのは必至か。だが、それはそれ。クリーンアップイベントに向けての全体的な準備の方は着々と進んでいる。冬木お騒がせの情報誌ホームページが不安要因だったが、higata@内での迅速な意見交換の末、必要十分な文面がまとまり、詳細案内としては真っ当なものが粛々と掲載された。それから一週間が経つ。情報誌本体と合わせ、どの程度の人が関心を示し、実際に足を運ぼうと考えているのだろう... 開催日まで十日を切った今、ハラハラドキドキが高じてくる。が、現場力という点では少なからず自負はある。メーリングリスト上でエールを交換しつつ、あとはとにかく当日の好天を祈るのみ。


 櫻は食器類を片付けている。八広は館内資料を物色する。残る二人は円卓に居る。ふみさんがすみさんに声をかける。いや、今度はちゃんと本名である。

 「隅田さん、唐突だけど情報担当理事っていかが? 非常勤待遇つきで」

 「え、本気ですか?」

 「本気と書いてマジすよ」

 何だか旧いことを仰るが、どうやら本気のようだ。

 「非常勤ですか... 僕の都合でよければ」

 「週に一度でも構いません。櫻さんと曜日が重なってもOK」

 「この話、櫻さんは?」

 「サプライズにしたい、でしょ?」

 課題論文は一応出してもらうことだけ決めて、委細についてはまた追って、ということに。

 「当市民じゃなきゃダメとかってことは?」

 「別に役所からの委託が百パーセント、ってこともないだろうし。地域といっても、より広域に捉えて、広く人材を募る方が理に適ってると思う...」

 居住地についての規定を設けるところもあるが、文花の考えでは隣接市区とか荒川流域であればいい、とのこと。それなりに案を練ってきたことが窺える。

 アラウンドサーティーともなれば、ONとOFFのコントロール、つかず離れずのバランス感覚、そういった点は大丈夫だろう。二人をこれまで見てきた限り、うまくやってくれそう、という確信がチーフにはあった。いつものお節介という見方もあるが、世話を焼くのが好きなんだから仕方ない。

 「文花さん!」 おふみさんとは言わず、こちらも改まっている。

 「どったの? ニコニコして」

 「デート休暇、日にち決めました」

 千歳は八広と資料の配置云々で話し合っている。休暇交渉が成立した櫻は、彼氏を呼ぶ。

 「千歳さん、デート権をお使いいただく日が決まりました」

 「え、日にち指定制だったの?」

 「十月十二日、終日です」

 「ハ、かしこまりました」


 満月は益々空高く、眩(まばゆ)いまでに地上を照らす。四人それぞれの影が離れつつ伸びていく。河原では中秋の風がススキを揺らす。

 「ハァ、クシュン」 因果関係は定かではないが、誰かさんがクシャミをしている。

 「花粉? ちょっと肌寒くなってきたから、よね」

 今夜は、秋の夜長にふさわしい過ごし方ができた。討議にしろ交渉にしろ、実りが多かったことを振り返る文花。決めなければいけないことは多々あるも、気分的には余裕たっぷり。心は満月の如く、である。

 

【参考情報】 向島名物と言えば / NGO、NPO、NPO法人


開会!

十月の巻

32. 開会!


 天気予報に関しては、「初姉の気まぐれ某」という訳にはいかないので、とにかく早起きして、天気図や気象情報サイトを見比べながら、荒川流域のお天気を占う初音。「概ね晴れ。微風。クリーンアップOK!」 ケータイメールで短信を打つ。中継役の弥生はこれをもとに、「漂着モノログ」の掲示板(テキスト枠)にアクセスし、ショートメールを流し込み、「予定通り開催」の旨、付け加える。千歳流のプロセス短縮で、弥生に掲示板係を兼ねてもらったため、正に速報が載るに至った。だが、誰が見ても明らかな晴天下にあって、わざわざこのように載せるのもどうかと思う。むしろ雨女さんの動向次第なので、「舞恵さんと雨雲の相関予報とかの方が意味あんじゃん?」と一人毒づいたりしている。一応、higata@にも一筆入れつつ、「九時半には間に合わないかも...」とおことわりを付す。午前八時、姉がせかせかやっている間、弟はようやく起き出して来る。すでにある程度準備はできているので余裕なのだが、ある人を干潟に連れて行くミッションが控えている。遅れそうな理由はその人物と関係ありそうだ。


 巡視船ツアーの日、文花と南実がカフェめし店で話し込んでいたのは、この三連休の過ごし方についても含まれていた。文花宅に泊まり込んでいた南実は、今回は電動車ではなく自動車で現場に急行することになる。文花の運転で、九時前にセンターに到着。予め用意しておいた機材やら資料を女性二人でバタバタと運び出している。電池式のアンプスピーカー(ワイヤレスマイク付き)、折り畳みイス、簡単な掲示ができるスタンド等々、重さがある物は全てセンターの備品。今回のクリーンアップの隠れ主催者としてセンターも名を貸すことにして、とにかく使えるものは使おうというチーフならではの一計である。あとは櫻が揃えておいた受付台紙、ゴミ袋、救急箱、電卓、文具類、参加者用筆記具(というか景品)等のほか、タイムテーブルと注意書きを拡大コピーした大判巻紙と受付の案内表示紙(タテ長拡大)も。何とこの拡大系、あのお騒がせの冬木からの差し入れなんだとか。お詫びのつもりもあったのかも知れないが、この手の代物は会社で造作なくできてしまうようで、櫻からの原稿ファイルから起こして、さらっと送ってよこしたものである。文花宅からは、南実の荷物のほか、農作業グッズやら大きめのブルーシートが持ち込まれてあって、軽自動車の車中は何となく満室に。

 「文花さん、許可証って持ちました?」

 「クルマの中にあるはずだけど、念のため予備も持ってこか」

 石島課長と話をつけ、この日のためにちゃっかり河川敷通行許可証なるものを入手していたチーフである。予備はそれをコピーしたもの。なかなか入念で結構なのだが、自分にとって必要なあるものを忘れていた。まずは自身に対して世話を焼く、というのも大事だったりする。

さ「お早う、いや、お遅うなりまして。すみません」

ふ「まぁ、千住姉妹。大丈夫よ。だいたい積み終えたから」

あ「あ、小松さん...」

み「皆さんにはお世話になってるんで、ね」

 南実が最後にデータカードを挟んだクリップボードの袋を持って降りてきたところで、姉妹が現われたという図である。

 「蒼葉が画材とか用意するのに手間取っちゃって」

 「画材? あら画板まで」

 「いい天気なんで、お絵描き日和だなぁって」

 画板はクルマで運んでもらうことにして、クルマ組と自転車組はここで一旦別々に。スタッフ集合時間の九時半まであと十五分ある。


 同じ頃、発起人はすでに堤防上にいた。出動は早かったが、いつもの如くノロノロ自転車を走らせる。案内板を出す位置を探りながらなので、尚のこと遅い。片手には百均で仕入れたというミニ黒板を抱え、もう片方の肩にはパンパンのマイバッグ。エディターズバッグなるものが流行っているらしいが、ライターの彼のはライターズバッグという訳ではなく、単なる無地の肩掛け袋である。何でもかんでもすぐに取り出せるのがウリらしい。いったい今日は何を詰め込んでいるのやら?

 一方、れっきとしたエディターズバッグをお持ちなのは、曲者edyさんである。エドでedyかと思ったら、今は情報誌の一編集者ゆえ、editorからエディと名乗っているようだ。本日の干潟一番乗りは、このedyさん率いる「チーム榎戸(えど)」ご一行。受付係、ロジ係、撮影係、そして榎戸ご本人の四人様である。陸上ゴミを見ながら議論をしているのはよしとして、四人中半分が喫煙者。今もタバコを咥(くわ)えているのが二人いる。ゴミを目の前にポイ捨て、なんてことはないとは思うけど...


 九時二十分、橋の途中で景色を楽しむ姉妹を横目に軽自動車が抜き去った。文花のケータイが珍しく音を立てたのはこの直後。

 「南実ちゃん、出てぇ!」

 「ハイハイ」

 電話の主は、八広(やつひろ)君であった。

 「あれ、矢ノ倉さん?」

 「もしもし? あ、小松です。文花さん、運転中なんで」

 「はぁ、そりゃ失礼しました。今、大丈夫スか?」

 スタッフとして予定していた八広と舞恵だが、いわゆるドタキャン発生。その連絡だった。何でも十月の異動で別の業務に廻ることになった舞恵姉さんが「やってらんねぇ!」とか言って土曜日は荒れ気味だったんだとか。ワイン呑み放題のイタめし風居酒屋に行っちゃったのがまた良くなかったようで、ヨロヨロになってしまった彼女を本人宅に何とか運んでそのまま介抱する羽目に。彼氏業も大変である。

 「て訳で、ルフロンの面倒見てるんで、今日は欠席します。皆さんにヨロシクです」

 「お大事に... はい、じゃ」

 通話を終えた時はすでに堤防道路のゲート前。橋下の駐車場へはそのゲートの脇のスロープを下りてUターンするような感じで進入できるが、堤防下の河川敷道路をクルマで進むには、Uターン地点の先に設けてある別のゲートをクリアしなければいけない。スロープを徐行し、一時停止。文花はクルマを降り、橋下駐車場の係員に掛け合いに行く。通行許可証はまずここで効力を発する。


 ハザードを点灯させつつ、軽自動車はノロノロ進む。いつしかその先を姉妹の自転車がスイスイ走っている。ゲートで止まっている間に、堤防上を通過していた、ということらしい。グランド詰所の脇で左折するところで、ミニ黒板が目に止まった。左向き矢印とともに、「干潟クリーンアップ会場(10:00~受付開始)」とチョークで書かれてある。「ハハ、立てかけ黒板か。ないよりはいいかしらね」「でも、地面に置きっ放しだと、ゴミと間違えられるんじゃ?」 黒板を設置した本人はすでに干潟に着くところ。そこに姉妹が追いつこうとしている。間もなく九時半になる。


 リュックにちょっとした機材を詰めてきたせいで、ペダルが重くなっていた業平が来た頃には、チーム榎戸とhigata@メンバーの顔合わせは済んでいた。両チームを取り持つ意味ではキーパーソンの業平だが、置いてきぼりを喰った格好である。

 「あなたがGo Heyさん?」

 「実際にお目にかかるの初めてなんですよね。おふみさん、あ、いやチーフ!」

 higata@メンバー内で最後に残っていた顔合わせがここでようやく実現した。日数がかかった分、感激もひとしお、かどうかはいざ知らず、この二人、前々からお互い気になっていたフシはある。ちなみに、業平は年上女性も案外好み、文花は長身男性がタイプ、ということは...

 チームの別はさておき、女性が五人に男性五人が揃った。男女バランスがとれた形になるも、現場慣れした人数比ということで言えば、女性優位というのはいつも通り変わらない。チーム榎戸の撮影係はまたタバコを取り出すが、ただでさえ優位なhigata@女性陣から一斉に「あー!」とやられてはもうタジタジである。未点火の一本を落としかけるも、何とかキャッチ。だが、足元には先の吸殻が燻(くすぶ)っている。迂闊な行動で尻尾を出してしまった一員に対し、冬木は淡々とポケット灰皿を差し出す。ポイ捨てしたのを知っていたか否かはさておき、吸殻が接地してしまう前に出してこそ発生抑制(狭義)につながる。いや、そもそも吸わないに超したことはない。ついつい一服てのは、広告代理店チックというか、業界関係者ならではなんだろうか。

 段取りは概ね打合せ済みだったが、受付の配置や参加者の誘導動線といった立体的なイメージはあまり練っていなかったことに気付く一同。ここは正に現場力が問われるところである。文花のクルマを囲むような空間展開を考え、モノログ見た組の受付はクルマのトランクスペース、情報誌見た組は、その隣でクリップボードを使って書き込んでもらう方式、ということにした。クルマの一空間を使って受付というのも変な話だが、バックドアをオープンにして、折り畳みイスを配置、あとは蒼葉が持って来た画板を借用して台にすれば「即席」の一丁あがり、ということである。何人来るか不明だが、受付と言っても、不慮の事故に大して保険適用するのに必要な最低限の情報を書いてもらうだけなので、それほど大がかりにすることもなかろう、とのこと。これは、矢ノ倉女史がご学友に尋ねて得た話。情報通というのは本人が全て知っているということを指すばかりではなく、誰に聞けばいいかを弁えている、というのも大アリなのである。


 そのご学友は、弥生と六月とともに、路線バスに揺られていた。

 「ホラ、先生あそこ、見える?」

 「えぇ、何となく人だかりが...」

 夏休みの自由研究があまりに上出来だったものだから、クリーンアップイベントに興味津々だった永代先生である。六月から誘われたのと前後して、旧友からも行事保険の件なんかで問合せがあったりで、お導きを得たような感じになった。夏休み最初の日曜日、無料送迎バスの車窓から文花と六月の一行を見かけて不思議に思っていたが、接点が重なったことでその謎は解けた。今日はさらに、少年をひと夏で逞しくした謎、つまりその「現場」とやらに何があるのかを見てみよう、そんな飽くなき探究心が彼女を動かしている。旧友との再会も楽しみだが、きっかけはあくまで我が児童、六月にあった。

 かつての児童だった小梅は、姉と一緒に現場に向かっていた。大人の皆さんは、着々と準備を進め、ブルーシートを広げたり、拡大コピー紙をクルマの側面に貼り付けたり、ワイヤレスマイクのテストをしたりしている。ちょっと気が引ける十代姉妹だったが、higata@のお姉さん方の歓待を受け、すぐに溶け込む。

 「ルフロンさんと八宝さん、どうしたんスか?」

 初音はまだちょっと浮かない顔で、誰に聞くでもなく問うてみる。

 「え、まぁ、その...」

 櫻は答えにくそうにしていたが、直々に連絡を受けた南実がストレートに返す。

 「彼女はワインの飲み過ぎで二日酔い。彼氏はそれにつきっきり、ですって」

 「あちゃあ。やってもうた、って感じスね」

 敬愛するルフロンさんだが、ドジっぽいところは前回織り込み済み。またしても魅力的な一面を知った気がして、初音は驚くも何も、ただ小気味良いのであった。

 「それにしてもドタキャンになっちゃうとはねぇ。分担どうしよ」 と今日は千歳が憂い顔になるも、

 「こういうのって、市民活動にはつきものでしょ。あとは現場力次第...」 とチーフはケロっとしている。

 「その『場力(ばぢから)』を唱えてた人物がこれじゃ... 面目ないというか」 八広の身元保証人のような千歳としては不本意さが拭えないようである。


 九時五十分近く。徒歩組三人がようやく辿り着く。弥生はもともとスタッフ要員だが、ドタキャン二人をカバーして余りある助っ人が加わることになる。一人は先生、一人は児童、「待ってました!」である。

 「矢ノ倉、久しぶり!」

 「おひささんこそ、お久しぶり... ヘヘ」

 「何それ? アンタいつからダジャレ言うようになったの?」

 「さぁ。ここにいる若手、いや特にアラサーの男女の影響かな?」

 「何か転職して変わったわねぇ」

 文花を苗字で呼び捨てできる人物というだけでも十分インパクトはあったが、その文花の旧友、かつ六月の担任、さらには小梅の元担任と来れば、重量級役者である。ジャケットシャツにピンタックスカートと、装いは極めてシンプルだが、役者は役者。たちどころに皆の注目を集める。

 「ほ、堀之内先生、ようこそ」

 「石島さん、ホント大きくなったわね」

 「先生もすごく元気そう」

 「フフ、まあね。二年前は大変だったけど...」

 恩師と卒業生の間で、初音は深々とお辞儀したりしている。過去に何かあったようだが、そういう話はまた後ほど。ひとまず一同揃ったところで、チーム榎戸の受付係のお姉さんが何かを配り始めた。白色だと一時盛り上がった某バンドになるが、これは藍色。太めのリストバンドである。

 「あ、皆さん、それスタッフ証代わりってことで。ちょっと目立たないかも知れないけど、どうぞ」 舞恵と八広が不在なため、小梅と六月にもそれは手渡された。ゲストの永代にも予備の一本が渡る。こういう小道具に関してはさすが広告代理店、と言っておこう。

 「じゃ、誘導係は弥生ちゃん、お願いします。監視係は本多さん、陸上ゴミは、堀之内先生と若いお二人さん、でいいかしら」

 分担の組み替えはこれで何とかまとまった。あとは臨機応変に適宜入れ替わり立ち代わり、である。案内に載せた開始時刻は十時。あと五分で始まる。スタッフ証を付けた人数、総勢十五人。タイムテーブルを見つつ、開始前に簡単なミーティングを行い、参加者を待つ。一般的には開始時刻が記されていれば、その前に何人かは来るのが相場だが、場所が奥まっているせいか、はたまた黒板に受付開始が十時と書かれていたせいか、今のところ一般参加者はここには来ていない。ただ、詰所付近には何となく人垣がチラホラできているので、

 「あたし、行って案内してきます。開始時刻ってどうします?」 誘導係は、千歳からチョークを受け取り、業平のRSBに跨(またが)るところ。

 「そっかぁ、受付開始とクリーンアップ開始って特に分けなかったのよね。とにかく受付はOKですよね。十時十五分開会、かな」

 「ま、何かあったら... 文花さんのケータイ鳴らします」

 「聞こえるかどうかわからないけど、アナウンスも入れっかな」

 とこんな感じでhigata@メンバー主導で会場は運営されていくのであった。

 秋の虫の音、涼やかな微風に揺れるヨシ、ススキ、セイタカアワダチソウ... 受付時間中は一転して、爽秋のひとときが流れる。いや、少々落ち着かない女性が一人いらした。

 「ハ、ハクション! うぅ」

 言わずもがな、クシャミの主は文花である。ケータイ越しで一喝された冬木は、櫻以上に文花に恐れをなしていたが、弱点見たりと思ったか、いそいそと近づいて来る。

 「矢ノ倉さん、この度はいろいろとお騒がせしまして」

 「いえ、こっちも助けてもらいましたから。ハ、ハ...」

 「矢ノ倉ぁ、大丈夫? マスクとかないのぉ」

 「いやぁ、ちゃんと用意しといたんだけどさ。下駄箱の上に置き放しで来ちゃったのよねぇ。まだ若いのに不覚だワ。クション!」

 冬木はしたり顔で様子を見ていたが、クシャミに気付いてリーダーが飛んで来た。救急箱を開けると、そこには未開封のマスク。

 「文花さん、だから言ったのにぃ」

 「へへ、出る直前でうっかり、ね。そういうことあるでしょ?」

 「ハイハイ。今日はこれ付けておとなしくしてらっしゃい」

 「ホーイ」

 永代にもこのコンビの妙味がわかったらしく、吹き出しかけている。冬木は「やっぱ、千住さん手強い?」と考えを改めることにした。


 十時を過ぎ、チラホラと受付に人が集まり出した。モノログ受付は蒼葉が担当。社会人とご年配が一人ずつ、学生グループ三人といったところ。モデルさんが立っていると目を引くので、皆、彼女の方に流れそうだったが、そこはチーム榎戸。センター備品の簡易掲示板に「情報誌見た!受付」の紙を貼り出し、読者をしっかり専用受付に導いている。こっちは流域媒体としての強みあってか、情報誌のターゲット層である三十代・四十代中心で、小学生二人を含め計十人を集めた。業平は気を利かせて、道具類に不備がありそうな人を見つけると、予備の袋や軍手を配って回っている。陸上ゴミ担当になった三人は、その塊を前にして作戦会議をしている模様。八広の代わりにプチ干潟の監視係に回ることにした初音は千歳と通路の確認に出向く。南実はブルーシートに腰掛けて、解説用のフリップの順番をチェック中。そのお隣には、マスクさんがおとなしく荷物番をしている。

 「ハイ、あ、弥生さん。どしたの? クシュン」

 「通りがかりだけど参加していいかって?」

 「あ、ちょっと待って、ハ...」

 ちょうど業平が傍に来たので、そのままケータイを渡す。

 「クション! あ、あとお願い」

 「?」


 「なぁーんだ、本多さん? エ、まだあるから大丈夫って?」

 袋と軍手を高々と掲げている。詰所までやや距離はあるが上背のある業平ゆえ、すぐに確認できた。弥生は手にしていた黒板を置くと、飛び入り参加の若夫婦を引き連れ、会場へ。そろそろ十時十五分になろうとしている。

 櫻は、マイクテストを兼ねつつも、その都度気付いたことをアナウンスしていたが、開始時刻になると、一段とトーンアップし、切れが出てきた。

 「皆さん、こんにちはっ! 今日はようこそお越しくださいました。情報誌見た!の方、ハイ! あとはブログ見た、の方々でしょうか。あっ、飛び入り参加も、どうもありがとうございます」 参加者に挙手を促しつつ、巧みに場を盛り上げている。

 「申し遅れました。私、千住櫻と言います。進行役を務めさせていただきます。私を含め、このバンドをしているのが今回のクリーンアップのスタッフです。どうぞよろしくお願いします」

 スタッフが頭を下げ、参加者から拍手が起こったその時、もう一人の先生が颯爽とバイクに乗って滑り込んできた。

 「はい、演出通り、おじさんライダーがやって来ました。荒川のご意見番、いや守護神、掃部清澄先生です。拍手ーっ!」

 ヘルメットを外したら、周りからやたらパチパチと音がするので、面食らっていた先生だったが、櫻からマイクを渡されると、テレながらもいきなり全開。

 「掃部でございます。呼ばれなくても、名前がカモンなもんで、こうして来てしまうんですわ。どうぞお手柔らかに」

 会場には三十余名がいるので、ちょっとした笑いでもどよめきになる。隠しマイクを手にしていた櫻は、どよめき止まぬうちにすかさず、

 「先生、来て早々何ですが、開会挨拶なんていかがです?」と振る。

 「いやぁ、ここにお集まりの皆さんは心がけのいい方ばかりだろうから、別にこれと言って。ただしとつ、ゴミを捨てるのが人間なら、し、ひ、拾うのも人間。他の生き物はゴミは出しません。ここのし潟も私達が片付けない限りは元通りにはならない。ひ、干潟、ヨシ原、そして川、生き物たち、皆つながって、元気になっていくことで私達も元気に、ってことです。今日もしろって、しっかり調べましょう!」

 「ありがとうございました。先生のご名誉のために付け加えさせていただくなら、し潟は干潟、しろうは拾う、でございます。生粋の江戸っ子、荒川っ子でいらっしゃるので、その辺はひとつ大目に...」 先生は「いやぁ、まいったな」と頭を掻く。

 お次は先生の弟子の出番である。業平にフリップを預けると、南実がマイクを握る。

 「先生の前でやりにくいんですけど、他の生き物が困っている様子をここで少々お話させていただきます」

 研究員らしい粛々としたトークとともに、淡々とフリップが繰られていく。レジ袋を誤食して窒息してしまったウミガメ、釣り糸に絡まって息絶えたペリカン、漁網が首に絡み付いて流血しているオットセイ、海面に漂流するプラスチック製品をついばむ海鳥、その海鳥の砂嚢(さのう)の拡大写真には、レジンペレットなどの砕片が... さらに、プラスチック系の袋ゴミなどが詰まったイルカの消化器の解剖写真がそれに続く。大人が見ても刺激的な画(え)は子どもにとってはよりショッキングだろう。文花と櫻を除いては、higata@メンバーも初めて見る動物被害実態の数々。参加者の中には、目をそらす者もいたが、しかと心には刻まれたようだ。こうした話は性格的にストレートな面がないと難しい。直球派の南実だからこそ、できるのである。

 「これはプラスチック製のリングが嵌(はま)って取れなくなってしまったアザラシです。好奇心旺盛なんでこれで遊んでいたんでしょう。ところがこの通り。自分ではどうすることもできない。ヒトにとってはただのゴミでも、動物には凶器なんです。と、このバンドも...」

 チーム榎戸の面々はヒヤリとなる。業平も繰っては見入り、その都度目を見開いていたが、この一言でやはりギョッとなっている。スタッフ全員、その凶器を付けているので、話を転じるしかないところだが、

 「これはスタッフ証でもありますが、我々人間への戒め、と考えることもできます。スタッフの皆さん、くれぐれも落とさないように気を付けてくださいネ」 とさりげなくまとめてみせた。この辺り、南実も十分キレ者である。

 「小松さん、本多さん、どうもでした。という訳で、悪さをするとこのバンド、どうかなっちゃうんでしょうか、ね? 榎戸さん」

 「ハハ、勘弁してください」

 文花は櫻のトークを愉しみつつ、学びつつ、そして冬木への戒めに喜々としていた。ここからは引き続き櫻ショーである。今日の櫻のいいもの其の一、指示棒を取り出すと、掲出済みの注意書きをビシビシやり始める。higata@での議論の賜物ではあるが、たたき台は櫻の手による。書いた本人ならではの説得力を以って、皆々に伝えられていく。

 (1)お子さんだけの干潟入りは避けてもらうこと、(2)船舶が通った後は大人も注意を要すること、(3)ぬかるみ、崖地、深々した草むら... 足元が覚束ないところは無理して踏み込まないこと、(4)鋭利なゴミは素手では絶対に拾わないこと、(5)悪臭ゴミ、爆発危険ゴミ、その他の危険物や薬品等は拾わないこと(見つけたら干潟スタッフに申告)、(6)細長いもの(花火の燃えカス、針金等)は折ってから袋に入れること、等々。クリーンアップの成果も大事だが、こうした安全面が守られさえすれば、行事としては成功同然と言って過言ではない。「無事此れ名馬」の道理である。

 「あとですね、放っておけば自然に還るもの、天然素材・自然由来... そういうのは拾わなくていいです。ただ、木でできた家具とか、カマボコの板とか、そういうのは一応回収します」

 お手洗いや水分補給は適宜、気分が悪くなったらスタッフに、最後に、

 「喫煙される方には申し訳ありませんが、ここは原則禁煙、でお願いします。どうしても吸いたくなったら詰所脇の喫煙コーナーで」 と釘を刺す。

 千歳はデジカメで要所要所を撮っていたが、チーム榎戸の撮影係は開会からずっと動画モードで記録中。三脚なしで微動だにせず収録するあたり、さすがはプロと千歳は思っていたのだが、この原則禁煙の話が出たところで、手許が狂ったようだ。「ありゃりゃ」とかやっている。これも櫻ならではの機転、いや訓戒が利いたということか。

 ここで掃部先生が一声。

 「櫻嬢、マムシの話はいいのかな?」

 「エ? マムシですか?」

 これを聞いてギクとなっているのは女性教諭である。魚がダメな人の友人だけあって、何となく共通点がある。永代はヘビなど爬虫類が大の苦手。教室で悪ガキに泣かされたのもトカゲが原因だった。過去を知る小梅は恩師を気遣っているが、旧友は素っ気ない。

 「皆さん、草叢(くさむら)にはあんまり近づかないことをお勧めします。自然が還って来たと言やぁ喜ばしいことなんだが、この時期、こればっかりはどうしようもなくてさ」

 蒼葉は耳を傾けながらも受付を続けている。情報誌見た組の方も含め、この十数分間の間に、チラホラ参加者がやって来ていて、いつしか全体で四十人近くになっていた。三連休の中日にしては、よく集まったものである。

 クリーンアップ参加経験などを聞きながら、所要時間の見当を付けてみる。進行役は、タイムテーブルを示してはいるが、何時に何々とは言わず、大まかな段取りだけを説明する。

 「おかげ様で多くの方に来ていただいたので、拾う作業はすぐに済むと思います。調べるのに時間がかかる訳ですが、それはまた集めてから考えましょう。あとはブログ組、情報誌組、各会場での指示に従ってください。飛び入り参加の方はひとまず陸上をお願いします。皆さん、くれぐれもケガのないよう、ご無理なさらぬよう、安全第一で。では!」

 ここまでの櫻の進行、いやマイクパフォーマンスと言うべきか、とにかく一級品であったことは間違いない。どことなく拍手が起こり、千歳も惜しみなく手を叩く。目が合った櫻は俯きながらも一瞬片目をつぶり、彼に合図する。そう、ここからは別々の会場で、それぞれの本分を発揮することになる。彼女なりに緊張感を維持した上での合図、だったのである。


 かくして実質的なクリーンアップは十時半スタートとなった。タイムテーブルでは十時二十分見込みだったので、すでにオーバー気味だが、この大人数である。台風後増量を見越して、回収作業は十一時を区切りにしてあったので、それはキープできそうだ。三十分もあれば大方片付くだろう、との読みである。だが、潮時担当のお嬢さんに云わせると「いやぁ、水嵩に追われながらのクリーンアップって、結構シビアかも」とのこと。つまり、時間的に余裕はあっても、水位との勝負は避けられず、いかに短時間で片付けるかがやはりカギとなる。時間との戦いは変わらない。手製で防流堤(干潟面ゴミキャッチャー)は作れても、上げ潮を抑える防潮堤のようなものは不可能。現場力はこうして試され、高められていく。

 いつもの干潟に展開するブログ(モノログ)チームは、防流堤を完全埋没させる勢いで覆う枯れヨシの大群に刮目(かつもく)していた。その茎の絨毯(じゅうたん)には所々奇妙な形の流木も混ざっていて、回収作業を躊躇させる。櫻は前回に倣(なら)い、障害物を除けることを提案。監視係の業平を筆頭に、学生諸君が加わり、せっせと運び始めた。千歳からデジカメを借りて撮影係(兼 相談係)をしていた南実は、その絨毯の量から慮って、「調べるクリーンアップ」が過重な作業になる可能性を悟る。

 「ねぇリーダー。今回は表に出てるゴミをまず拾って、数えるのはその範囲にとどめといた方がいいと思うけど、どうかな?」

 「ははぁ、小松予測ではこの束除(ど)けるととんでもないことになるって、そういうこと?」

 「だってすでにペットボトルやら、包装類やら、袋片やら、これだけで十分調べ甲斐あるでしょ...」

 そんな二人のスニーカーの周りには、骨組みだけになった安物のウチワ、何故かビニール手袋、波に洗われてクタクタになっているDVDの空ケースなんかが転がっている。

 「いきなりスクープっぽいのが出てくるし...」

 「そっか、現場押さえなきゃ」

 という訳で、大物障害物撤去→めぼしいゴミの撮影→表層ゴミをとにかく袋に入れて搬出→潮の加減を見ながら枯れヨシ絨毯を除去→防流堤の改修、といった作業工程が示し合わされた。潮位に煽られるというのは本意ではないものの、学生諸君なんかにはゲーム感覚で取り組めると映ったようで頗(すこぶ)る好評。よりスピーディーな作業の組み立て、というのがこの時の南実のサゼスチョンによって導き出されることになろうとは。策士とは斯くあるもの、である。

 蒼葉は斜面通路に待機して、干潟表層ゴミでいっぱいになったレジ袋なんかを各人から引き取る作業に励んでいる。軽快に捌いているが、干潟に展開する人数が、多いと十人くらいになるので、分が悪い。草を刈った平面にゴミをばら撒いて、空いた袋を持って戻ると、また次の袋、その繰り返し、である。一段落した業平が見かねて、斜面で足を止め、南実からやや重めの袋を受け取った時、小型巡視船らしき船舶がそれなりのスピードで下流方面に向かって行った。

 「やばい! 引き波、来ますよ。Go Heyさん!」

 「そっか。発令しなきゃ。皆さーん、波に注意してくださいっ!!」

 学生諸君は手を止め、川面に注意を向けてくれたまではよかったが、「マジ?」「キャッホー!」とかはしゃいでいるから始末が悪い。アラウンド20だろうから、自己責任云々と言えなくもないが、監視係の面目ってものがある。「おいおい!」

 「やっぱ、緊急波浪警報!とかやらないとね」 櫻がなだめるも、

 「アイツら、現場をナメおって、フー」 業平は息荒く立ち尽くしたまま。

 「いや、彼等が悪いばっかりでもないのよ。巡視船のクセに波立てるから...」

 かつて波にやられた南実にこう言われては監視係も落ち着くしかない。

 「さっき小松さん、引き波って言ったけど、それって?」

 「船が引いて起こすからそう言うみたいだけど、よくわかんない。ただ、自然保護地区だかは、波立てないように航行すべしって指定されてるんですって。それが引き波禁止」

 「潮が上がって来ているところに、それと逆方向、しかもあのスピードでしょ。まぁ、確かにさっきのはヤバかったわね。大波小波に小松南実...」

 「何か言いました?」

 「波のことなら南実さん、かなって。フフ」

 櫻は誰でも相方にしてしまうようである。

 監視のお役目は辛うじて果たせたものの、袋の引き取り役は果たせずじまい。そんなGo Hey氏を含むアラサー三人の脇で、蒼葉は黙々と往復していた。波の一件で中断はあったが、そんなこんなで表層ゴミは粗方(あらかた)取り除かれた。

 蒼葉様様である。

 

【参考情報】 行事用保険 / ゴミが動物を襲う



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