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縁結び(前編)

25. 縁結び(前編)

 仕事でもカウンター係のお二人さんのまとめによると、ワースト1:プラスチックの袋・破片/八十二、ワースト2:食品の包装・容器類/八十、ワースト3:フタ・キャップ/六十九、ワースト4:発泡スチロール破片/四十二、ワースト5:ペットボトル/三十一、とのこと。他には、雑貨、履物、木片、配線被覆(ホース)、紙製容器、ビン、缶、硬質のプラスチック容器や破片などなど。ワースト5圏外ながら数量が多い品目が続出。大小様々な袋類もかさばる要因だった。ロックアイスの袋、お米の袋、園芸用肥料の袋... ゴミ袋として再利用してもよさそうである。

 データ送信は、弥生が一手に担当する。テンプレートをバージョンアップしたとかで、その試行も兼ねて、というのがポイントの一。データカード既定以外の頻出品目(ホース、木片など)を予め候補登録しておいたというのがポイントの二。そして、今回からはこの結果がhigata@に流れることになっている。ポイントその三である。

 冬木は業平が操作するのを横から見ている。ゴミを拾うだけでなく、それを調べて、しかもケータイで結果を共有し合う... 入力画面にも感嘆していたが、その一連の流れ、その意義に感服の度を深めたようだ。CSR(企業の社会的責任)レポートに出てくる社会貢献活動では、せいぜい「拾ってキレイにして」どまり。いわゆる美化清掃レベルである。調査して、それを次に活かす、といった取り組みをしている企業はあっただろうか。少なくとも自分が担当している中ではなかった気がする。冬木は七月に所属が変わり、CSR担当から情報誌担当に。仰せつかったのが荒川流域の「大人のための」フリーマガジンだとか。聞けば長くなりそうだが、その辺の経緯については追々本人から話が出るだろう。

 前回は無念のバッテリ切れで試し損なった八広は、ここぞとばかりにデータ入力画面を試用中。開発者の弥生から直々の指導を仰げる、というのはせめてものお慰みである。そんな彼氏を見て彼女はご機嫌斜め? いやいや、櫻とのおしゃべりに夢中でそれどころではないようだ。

 南実もケータイ所持者だが、ここは本業が優先。名無し草の束が乾いて来たのを見届けるや、早速粒々の研究に着手する。もともと孤高なところがあるが、これをやっている時はその傾向が強くなる。京(みやこ)が傍で見学しているのも気付かない没頭ぶり。こぼれ落ちた粒や欠片(かけら)を掬っては、千歳が持ってきた空のバケツに移す。水はあとで注ぐようだ。

 「その緑色の細長いのって、人工芝?」

 「あぁ、京さん... えぇ、劣化すると、この有様です。河川敷のスポーツ施設で使われているものが発生源としては大きいんでしょうけど、百円ショップで売ってるのとかありますよね。あれがそのまま河原にポイ捨てされることもあって、そういうのも混ざってくるんだと思います。質がいいとは言えないからすぐとれちゃうんでしょうね」

 かくして、小松先生の小講座が始まった。「この粒々はアイロンを当てると溶けるので、動物クッキーを作る時の型なんかを使えば...」 レジンペレットで工作ができることを知った京は、その色のついた粒々のいくつかを譲り受けることとなった。これぞリサイクル(再利用)、と言いたいところだが、レジンペレットはあくまで原料なので、工作で使われた時点で初めて製品化される。今回はリサイクルではない。妙な話である。

 もう一人のケータイ所持者、初音嬢は携帯電話本来の機能を使っている。

 「あ、店長、今日は午後一時からでいいですか? はい。昼食... あ、ありがとうございます」 通話が終わると、今度は天気情報サイトにアクセス。自身の観天望気と照合したりしている。

 その傍らには、集まったフタの銘柄チェック&選別に余念がない六月がいる。夏休み最後の日、想定通り、これでさらなる磨きがかかることになる。こうした熱心さは姉直伝のようにも見える。


 この間、千歳と小梅は洗い場で仲良く(?)作業していた。

 「隅田さん、櫻さんのどこが好き?」

 思わず手が滑り、洗っていたペットボトルを落としてしまった。水が撥ねる。

 「な、なんと?!」

 「櫻さんには先週センターで聞いたんだ」

 「何て言ってました?」

 「だから、答えてくれれば教える」

 「そうだねぇ... 機転が利くところ、ひたむきなところ、それでいてお茶目で、あとは...」 ひと呼吸おいて、

 「笑顔、かな」

 「フーン、そうなんだぁ」

 当人は誰かさんみたいにクシャミ一つ。

 「あら、千住さん、大丈夫? 花粉症だったりして」

 「私、ウワサが絶えなくて、ホホホ」

 三十男は、少女にいじられている。

 「小梅さま、お約束の教えてよ」

 「へへへ、ご本人からどうぞ!」

 「クーッ!」


 すでに正午近く。再資源化に供するペットボトル、食品トレイ、ビン、缶は定番品だが、今回は新たに「廃プラ」も洗ってみた。専用袋はこれで満杯である。小梅は収集品であるプラスチックバットとゴムボールもひと洗いして、持って行く。向こうからは、バケツを持った南実、フタを盛ったカップめん容器を抱えた六月がやって来る。避けていた訳ではないが、今日は南実と話をしていない千歳。何となくうしろめたかったが、すれ違いざま、南実がウインクするものだから、益々ドキリである。「見透かされた?」

 少女はそんな千歳をからかう愉しさを知ってしまったようで、容赦ない。

 「そうそう、櫻さんて眼鏡外すとスゴイ美人なんですよ。知ってました?」

 「眼鏡美人だとは思ってたけど...」

 「楽しみが増えましたね。エヘヘ」

 中学二年生ともなると、これくらいのことは言ってのけるのか、それとも姉がいると自ずとおませさんになるのか、本人に尋ねたところで教えてはくれないだろうし...


 「初音さん、天気はこの後、どう?」

 「パッとしないスね。でも、持ちそうです。ちなみに只今の気温は...」

 千歳にはおなじみのデジタル温度計が出てきた。

 「ありゃ、三十℃?」

 折りよく陽射しも強くなってきた。これで資源系が乾くのも早まりそうだ。三十度というのを聞いて、グッタリしている三十男が若干名いるが、それはご愛嬌。ここらで再びタイムキーパーの出番である。

 「では、乾かす必要がないゴミは不燃と可燃に分けて、袋詰めします。それが済んだら解散にしましょう」

 千歳は袋詰めされる前に、スクープ系の続きを撮る。枕、簾(すだれ)、懐中電灯、ぬいぐるみなど、干潟に漂着している現場(げんじょう)を押さえたものが多かったが、この臨時集積所で新たに、洗剤とデッキブラシ、チリトリ、卓球ラケット、冷却マットを見つけた。スクープというよりも掘り出し物である。

 業平は何を思ったか、廃プラの中から[プラ]の識別表示が付いている容器包装類をピックアップし出した。まだ乾ききっていなかったが、構わず別のレジ袋に入れている。「ちょっとね。実験用に頂戴します」 この手のプラ包装は、ケミカルリサイクルで油に戻せる訳だが、原料化(油化)される前にまだお役に立つなら、[プラ]としても本望だろう。彼の実験では、バーコード部分がカギになるが、変形してたり破れてたり、イレギュラーな方がスキャナの試し甲斐があるとのこと。冬木は「おそれいりました」と一言。一同同感である。

 前回は缶を叩いていたルフロンは、今回はペットボトルに着目。乾燥中の何本かを拾い、その辺に転がっていた細長い木片を手にすると、即興で叩き出した。缶と違って、大した音階は作れないものの、弾力のある乾いた音が鳴り響く。相変わらずリズム感はバッチリである。

 「これで打楽器作っちゃおっか。ねぇ?」

 フタを洗って戻って来た六月は頷きながら、別のボトルどうしをぶつけ合って、ポンポンやっている。何とも長閑(のどか)なひとときである。

 自由研究デーの時はそれほどでもなかったが、初音はお姉さん方に興味が沸いて来た。櫻、南実、弥生の三人については、興味も然りだが謝意の方が強いかも知れない。だが、この舞恵姉さんは、初対面ということもあるが、何とも摩訶不思議でとらえどころがない。言葉遣いが多少乱暴なところは、初音にも通じるところはある。だが、ノリがいい割には愛想が良くないってのは、どう考えればいいのか。


 そんなこんなで、袋に詰め込む作業に従事しているのは、櫻を筆頭に、八広、冬木、小梅、途中から千歳、初音、そして「じゃ、わたくしも」 千歳から軍手を受け取り、最後に京が加わった。南実はまだ洗い場にいて微細系の浮沈検証を続けている。京に渡すレジンペレットを選り分ける手間が加わっている分、時間がかかる。

 「季節柄、花火とか出てくるかと思ったけど、見当たらなんだねぇ」 とは八広。

 「花火ねぇ...」 南実のセリフを櫻は思い出している。

 「八月は夜もずっと暑かったからさ、花火どころじゃなかったんよ」 舞恵が返す。

 「ところで、この草の束はどうするんですか?」 冬木が口を挟む。

 「このままでいいんじゃないでしょうか、ね? 石島さん」 千歳は、母と長女に振る。

 「そうですね。一応、伝えておきます」 母、いや妻が答える。

 このまま乾燥させて軽くなれば、処分しやすくはなるだろうが、今回の量からして、そこまでは手が回らない。再資源化分を除き、詰め込んだ袋の数は、可燃が一に対し、不燃は四つ。廃プラを別枠にした上、防流堤より奥のゴミを見送ってもこの数である。人数が多いと収集数も比例して増える、ということか。

 こういう状況になった時、いつものなら櫻が「ジャーン」とかやりそうだが、今日は特に「いいもの」の用意はなかったようだ。「ハハ、どうしたものか...」 しかし、いいものは誰が持って来るかわからないものである。おもむろにセミショルダーをガサゴソやっていた初音は、

 「このシールを貼るのだ!」

 取りい出したるは、河川事務所お墨付きのステッカーである。これには母、妹も含め、「おぉ!」である。

 「この間の増水の時、建設省の古看板が流れ着いたんだけど、回収できなくてそのままお流れになっちゃったんスよ。そのお詫びも兼ねて、って」

 これを貼って所定の場所に出しておけば、「いつでもゴミ拾い」対象物と見なされ、河川事務所で引き取ってくれるんだそうな。これはありがたい!


 本来ならここで解散、となるのだが、発起人さんが「待った」をかけた。撮影しながら干潟をウロウロしている時に気になっていたことがあって、それを確認するんだとか。持って来ていた長靴に履き換え、洗い上げたペットボトル一つ手に、干潟へ下りて行く。よく見ると、川面には油膜のようなものが襞(ひだ)状に広がり、照り返している。ハクレンから出た脂という訳ではなさそう。とにかくこれが何かを検証するため、サンプル採水しようとの試みである。だが、長靴を履き慣れていない千歳は、着水したところでバランスを崩しかけ、「おっとっと」 周囲をあわてさせる。干潟には、姉妹、櫻、そして南実もいつしか下りていたが、このヒヤリを見て、業平と八広が駆け寄る。

 「隅田さん、まず水になじませてから」 南実のアドバイスにより、掬った水を振り混ぜ「同化」させる。「天然性の油分だとは思いますけど...」 無事採水し、南実にペットボトルを渡そうとした時、不意に波が襲ってきた。今度は近くにいた姉妹が「おっと」となり、上から見ていた母は「気を付けてぇ」と叫ぶ。水の事故というのはいつどんな形で起こるかわからない。だが、そんな母の心配を他所(よそ)に、姉妹は打ち寄せる波を見てはしゃいでいる。

 「ママは心配性、いや過保護なのよ」

 親の想い、子知らず、である。


 波が収まり、水位もぐっと下がってきた。干潟の全貌がこれで明らかになる。「待った」のおかげである。掃部先生の予想通り、大水による土砂の堆積が少なからずあったようで、幾分肥沃になった気がする。川も、そして干潟も、正にこの時を生きているのである。生きた教材は、自らの生き様を雄弁に語りかける。

 土木作業担当の二人は、思うところあって、防流堤の更なる強化に乗り出した。これがどんな働きを示すのか、来月の一大クリーンアップでの見どころがまた増えた。

 各自ケータイで撮ったり、デジカメで記念撮影をしたり、今の干潟はこの上ない人気スポットである。集合時間からすでに二時間超が経過。振り返りつつも一行は、ようやく干潟を後にする。

 ボラかスズキか、魚が跳ねる音が聞こえる。歓送の挨拶代わりらしい。


 ゴミ袋は手分けして、自転車に積んだり、手に持ったりしながら、十二人で大挙して移動開始。グランドの詰所脇には、不燃の四つを預けた。スーパー行きも一旦ここに保管。可燃ゴミはいつものように千歳が引き取ることにし、廃プラは隣市に運ばれる。

 今日はなかなか散会とならない。石島姉妹、六月、櫻の四人は、拾ったボールとバットで投打に興じる。業平と弥生はボケとツッコミのような会話の最中。当人達は真面目に議論しているつもりだろうけど、傍から聞いていると漫才である。高級感という点で共通する京と冬木は、思いがけない接点が判明し、会話が弾んでいる。

 「...その本部のCSRを担当してたんで、あそこの複合型店舗にも行ったことはあります」

 「あら、以前わたくし、衣料品部門で働いてましたのよ」

 八広と舞恵は聞き耳を立てている。


 「小松さん、八月七日ってお誕生日だったんですって?」

 ようやく南実と話をする千歳であった。

 「発信源は文花さんでしょ。たく、お節介なんだから」

 「おめでとうございます、と言いたいところですが、遅いですよね?」

 「当日ちゃんとお祝いしてもらいましたから。その節はありがとうございました」

 やけに淡々としているのがかえって気になる。南実は続けて、

 「八月は暑かったから、どうかしてたんですよ。ま、一時的な熱中症、てことで」

 何とも意味深である。八月七日とはまた違う動揺を感じる千歳。策士南実は、動揺ならぬ「陽動作戦」に打って出た。櫻も千歳も術中に嵌(はま)りかけているのだが、そうとは気付いていない。


 初音が店入りする時間が近づいてきた。櫻は今度こそ締めに入る。

 「皆さん、今日はおつかれ様でした。今回の集計結果はメーリングリストに流れますが、これまでの成果をまとめたものも別途クイズ形式でお流しします。どうぞお楽しみに」

 冬木は業平に小声で尋ねる。「メーリングリストって?」 対する返事、「まぁ、それも後ほど」。人の話は最後まで聞くものです。

 「あと、これもhigata@でご案内済みですが、明後日は夜、センターにいらしてくださいね。掃部先生との座談会がメインですが、千歳さんがさっき掬った水も調べようと思いますんで」 一同礼、そして、異口同音に「ありがとうございました!」


 「それじゃ、弥生ちゃん、また火曜日に」

 センターが扱う情報のカギを握る、例のwebプログラム、いよいよ大詰めを迎えていた。千歳にもできるだけ早く来てもらうことになっている。

 「千さん、お手柔らかに、ね」

 「そんな、僕は誰かさんみたいに鋭くないですから。それはこっちのセリフ」

 弥生、六月、小梅とその母。四人おそろいで、そろそろと会場を離れる。そこを初音のRSB(リバーサイドバイク)が、いつもの調子でバタバタとすり抜けて行った。母はレジンペレットが入った小袋を片手にお手上げのポーズ。そのお隣では、

 「六月君、蒼葉さんのこと好き?」

 「え、おばさんて? ハハ(笑ってごまかす)」

 「ヤレヤレ」 小梅もお手上げである。

 アンテナは高いが、空気が読めない(?)弥生嬢がここで揺さぶりをかける。「そうだ、蒼葉ちゃんに電話してみよ」

 聡明な少年は、空気を読んで我慢の子と化す。不用意な反応は辛うじて封印。姉君も意地悪なものである。


 ほとぼりが冷めたか、若い二人はまた仲良く会話を始める。

 「小学校、最後の夏休み、どうだった?」

 「ここに来たおかげで、チョー充実してました」

 「でも、そのフタどうすんの?」

 「とにかく提出、あとは先生と相談... そっか、明日から学校かぁ」

 「ひ、永代先生によろしくね」

 永代と書いて「ひさよ」。今は六月の担任の堀之内先生のことである。口にはしなかったが、二人の想いは同じ。「いつか先生をこの干潟に連れて来よう」 何を企んでいるのやら?


 残ったオーバー25メンバー七人は名刺交換を始めていた。名前と顔はだいたいわかったが、どこの何者かが冬木はよくわかっていなかったので、名刺というのは好都合だった。八広はフリーター的要素が強いものの、一応自作名刺は持っている。仕事を得やすくするための便法である。舞恵は、行員としての名刺ではなく、八広に作ってもらったという別の顔の名刺を配っている。「え、『自称 アーティスト』って、なーに?」 櫻は不思議がっているが、「ま、それはまた後でね」 やはり摩訶不思議な女性である。

 出だしよりはおとなしくなったものの、冬木にはどこか曲(クセ)者な印象がつきまとう。南実と名刺を交換したところで、一方的に話し込んでいる。口説くというと聞こえが悪いが、どうも彼女に気があるような口ぶりである。既婚者というのはハッキリしているので、南実も真に受けてはいないようだが、これで独身だったら考え物。当地は出会い系的な側面は確かにあるが、環境貢献の場というのが第一義であって、出会いを求めて来る場ではない。冬木の動機がいま一つ掴(つか)めない。本当に仕事絡みなのか。

 メーリングリストの話題になったところをうまく遮り、南実は千歳にひと声。さすがに辟易してきたようだ。

 「隅田さん、榎戸さんもメーリスに入れてもらえるのかしら?」

 「そうですねぇ。一応ルールがあって、それに同意していただければ可能ですけど。榎戸さんて、仕事上、荒川とどんなご関係があるんでしたっけ?」

 先の非礼に対する仕返しをするつもりはないが、リスクを未然に防ぐのが管理人の役目だとすると、ある程度の敷居は設けなければいけない。名刺を交換し、彼が流域情報誌の発刊にあたって情報収集していることを改めて確認する。中堅広告代理店、社会的起業部門のご所属とな。

 「地域というか足元から社会を見つめ直す、そんなビジネスモデルを探るのが仕事ですが、もうちょっと緩やかな感じで情報誌が作れないかって。今日はその手応えを得ました」

 御礼の言葉までは出なかったが、頭は下げてくれたので、まぁここは信じるに足るか、と千歳は思う。

 「了解しました。ちょっとお時間いただくかも知れませんが、いずれ流れると思います。アドレスは名刺に記載してあるのでいいですよね」

 「あ、よろしくお願いします」

 「業平とのアフィリエイトのお話とか、情報誌の詳細とか、お差し支えなければメーリングリスト宛に送ってくださいね」

 千歳もかつては一介の企業人だっただけに、こういう時の会話はそれなりにビジネスライクだったりする。そうとは知らない冬木が恐縮するのも無理はない。南実はひと息つきながら独り言。「隅田さん、やっぱり似てる」 誰に? 何が? またしても意味深発言である。

 この七人のうち、断煙中の業平をカウントから外すとすると、喫煙者は今二人。人数比的にはそんなところだろうか。一人はルフロン。もう一人が新参の冬木である。どちらともなく一服し始める。吸わない四人はちょっとギョッとするが、ここは干潟ではなく詰所の脇。ご丁寧に吸殻入れが置かれてあるんだから、仕方なかろう。だが、リーダーは何となく牽制球を放る。

 「奥宮さんて吸う人だったんだ」

 「えぇ、吸う人が多い職場だから、自分で免疫作んなきゃいけなくて、その...」

 ちょっと気まずそうだったが、ベースは無愛想なまま。

 「そっか。大変なのねぇ。ま、せめて干潟にいる時は呼吸器をリフレッシュしてあげてね」

 冬木はちょっとギクっとなっている。眼鏡の女性に対する恐怖症、という訳ではないだろうけど、櫻は手強い、という印象を持っているようである。これで櫻が眼鏡を外していたら、どういうアクションを起こしていただろう。千歳はドギマギするやら、ホッとするやら... 予防という意味では、クリーンアップデーにおいても、八広と舞恵のように親密さをアピールした方がいいのだろうか。悩めるアラウンドサーティーなのであった。

 午後一時をとうに過ぎ、各々空腹感から、ようやく九月の回の終了を悟るメンバーである。男女七人何とやらと云うが、この手の人物の組み合わせは、ついつい時の経つのを忘れさせるようだ。


 「では、皆さん、次回は十月七日ですね。集合時間は...」

 「九時がベストでしょうけど、十時で大丈夫」 南実がフォローする。

 「ありがとう、小松さん。そういうことで! あ、あと、明後日も」

 櫻と南実のこのやりとりを見て、千歳が胸をなで下ろしたのは言うまでもない。

 南実は、面倒なことになる前にと、そそくさと電動自転車で退散。見事に交わされた冬木は、「せっかくなんで水辺を散歩しながら商業施設まで行って帰ります」と言い残し、トボトボと下流側へ。三十代半ばならではの哀感が漂う、そんな後姿である。だが、頭の中はフリーマガジンのことでいっぱい。九月号(準備号)は先月中に出ているが、次の十月号は現在編集中。何かを載せるには、ギリギリだがまだ間に合う。今回のクリーンアップの報告は勿論載せるつもりだが、次回予告も出せるのではないか...

 いつもならここでまた一服と行くところだが、多ポケッツの一つに手が伸びたところで止まった。「リフレッシュ、か」


 カフェめし組は、業平、千歳、櫻、舞恵、八広の五人。全員自転車なので、すぐにでも着きそうだが、千歳が先導なのでそうは行かない。八広がしびれを切らして先を急ごうとする。二十代半ばの後姿に哀感はなく、ただせっかちな感じ。櫻はそれを見て、ビビっと来た。

 「あ、思い出したぁ!」

 その声に反応した訳ではないが、千歳はブレーキをかけ、

 「じゃ、これ置いてから行くんで。櫻さんの分も預かりますね」

 「ダメよ。袋片手じゃ危ないわ。私も行く!」

 行き方がわかっていないのに八広は突っ走っていて、今頃急ブレーキ。戻ろうとしたら、業平が先を示す。千歳と櫻は堤防から下りて行った。

 「あの二人は後で来っから。橋に出たら左折ね」

 RSBが先導車となってからは、ピッチが上がる。前に行きたい舞恵なのだが、ティアードのロングスカートでは思うようにスピードが出せない。「たく、二人とも速いよぉ!」 無愛想なのは変わらないが、ちょっと愉しそうである。


縁結び(後編)


 初音は少々待ちくたびれた様子で、曇り顔のまま。雨女さんが来た割には、好天に恵まれたこの日、今のお天気からしてもご機嫌であってほしいものだが、乙女心と秋の空云々と云うように、そうもいかないようである。

 「せっかく熱々のパンケーキ出そうと思ったのになぁ」

 辛うじて湯気立ち上るその一品をレンジに運ぼうとした時、先着のお三方が現われた。

 「初音ちゃん、ここで働いてたんだぁ」

 「奥宮さん!」

 店員はすっかり上機嫌に。表情を一変させる術をこうして会得していく十七歳なのであった。


 注文品が出てくるまでの間のつなぎとして、三人は試食品(お通しと言ってもいい)のパンケーキを頬張っている。そこへ千と櫻のカップルが到着。シロップとクリームの甘い香りが櫻を誘う。

 「あー、パンケーキ食べてる。ズルイ!」

 「千住さんも隅田さんも、ご試食済み、ですよね」

 「そんなぁ。あっ、奥宮さん、さ、最後の一枚、キープしといて」

 「あら、隅田さんの分はいいの?」

 「ちゃんと分けますよーだ」

 初音は可笑しくてたまらない。ちゃんと二人の分はとっておいてあるのだ。只今、レンジで加熱中。電子音が鳴ると、

 「そうはさせませんよ。ハイ!」

 「初音さん、たら」


 日曜日の昼下がり。やや遅めのランチをとりながら、五人のトークショーが始まる。司会進行役はいないが、それぞれが分相応に出たり引っ込んだりしているので、円滑である。

 「それにしても今日のはまた凄まじかったスね」

 「バーベキュー系が目立ったのは想定内だけど、流木とか農業関係の袋類とか、上流側から流れ着いたらしいのがまた多かったからね」

 「ま、この間のモノログに出てた通り、ふだんは流れ出さないようなのが増水で運ばれてきたってのが証明された訳だ」

 「でも、履物や生活雑貨って、そんなに棄てられたりするもの? 前も拾ったけど歯ブラシとか試供品のヒゲソリとか、あと枕? バーベキュー関係だけとは思えない」

 「いわゆるホームレスのお宅から、とか? あ、住処(すみか)があるからホームレスじゃないか」

 トボけた調子ではあったが、この舞恵のホームレス説は、実は的を射たものだった。干潟付近にはそういうお宅が見当たらないだけで、対岸の橋の下とか、バーベキュー公園のもっと上流側とか、発生源リサーチをしていないスポットはまだあるのだ。スローフードをいただいている割には、話題がシリアスな感じがしなくもない。だが、環境に対する関心層であるが故に成り立つのがスローである。別にあの食品が健康にいいとか、子どもにはこの製品が無害とか、そういう話ばかりがスローな訳ではない。多様でいいのである。

 「で、今回のもルポ書くかい?」

 「え、いいんスか?」

 「先に画像アップしとくから、それにコメント入れてもらうってのでよければ。ま、コラボってヤツだね」

 「今日ので意を強くしたことがあるんですよ。それを書かせてもらえるなら」

 アイス烏龍茶を啜(すす)る八広。千歳と櫻はいつものカップにアイスコーヒー。カップを置くと、二人そろって、「それって?」

 「ゴミ箱ってのは言い得て妙だけど、今回の廃プラ然り、資源に戻せる可能性がある限り、ゴミとは言い難い。ゴミだって思うからつい捨てちゃったり、いい加減に扱うんだと思うんスよ。言葉を変えることで、意識を変えることもできるんじゃないかなって。あ、これ六月の講座で先生も言ってましたね」

 「成る程ね。自分でもどこかで意識してたのか、モノログはあくまで『物』だし、蒼葉さんの絵の時も『漂着静物』って表現にしてる。ゴミってのは前面には出さないようにしてきた気がする。でも、小松さんに言わせるとやっぱり『川ゴミ』『海ゴミ』。被害が甚大なところはそうも言ってられない、ってことらしい」

 「言い方はともかく、社会の縮図ってことは確かよね。ゴミから世相が見えるって言うか」

 「あ、それ同感! 八月の回は八(ba)クンにただついて来ただけだったけど、何が落ちてるか興味が出てきて、今回は私、ちゃんと早起きしたんです」

 今はツンデレ姉さんではない。銀行窓口にいる時のようなハキハキした感じ。初音は聞くともなしに耳を傾けている。

 「増水はまた別格として、日常的にこういうゴミが散乱したり漂流したりするってのは、そもそも何が原因なんだろね?」

 ホットコーヒーを手に業平が呟く。ルポで慣らす八広は、自分が書きたいことが明瞭な分、即答が出る。

 「大げさかも知れないスけど、今の社会構造って『競争』と『消費』で成り立ってると思うんですよ。不毛な過当競争が激化して、消費を煽らないとやっていけなくなった。昔からそうだったのかも知れないスけど、近年は特にその傾向が露骨になってきたんじゃないかって。消費する側も、消費行為を通して、欲求を満たすのが条件反射のようになってしまった。でもそんなんじゃ充足感が得られないから『もっと、もっと』ってなる。悪循環スよね」

 「つまり、消費する行為そのもの=目的、になるから、物が大事にされない、ってこと?」

 「あとは、使い捨てを助長するような安易なモノがあふれるってのも一因でしょうね」

 当店でのドリンクの容器は、持ち帰り客用のものと兼ねて、厚手の紙製になっている。千歳のように使い回し可能なマイカップも販売しているが、残念ながら利用客はそれほど多くはない。業平はその一次性の容器を眺めている。

 「競争競争で消費者に受け容れやすい、いや楽に扱えるモノを出し続けるのが既定路線になった。安易なモノが増えたのはそのせいってことか。消費者にも問題あるね。オレもマイカップ派で行くかな」

 舞恵は、ワンプレートランチに付くスープがあったので、ドリンクは注文していなかったが、これを聞いて初音のもとへ。

 「初音嬢、このカップくださいな」

 「ありがとうございます。今日は何になさいますか?」

 「あら、午前中と言葉遣いが違うじゃない。干潟友達でしょ」

 「いえ、お客様ですから」

 淡々と応対しているが、内心は嬉しくて仕方ない。これで舞恵姉さんも常連客、いやそれ以前に友達、そう言ってもらえたのが何よりの喜びだった。

 「ここタバコ吸えないじゃん。気が退けてたんだけど、これ買ったからには元とるまで来ないとね」

 カップは六百円。割引額は一回二十円。つまり三十回来れば元が取れる計算になる。だが、初回はワンドリンク(一杯二百円~)がサービスなので、

 「アイスティー、ストレートね」

 これで差引四百円となり、二十回ご来店いただくことになる。回数はさておき、人をつなぐサービスでもあることは間違いない。


 「『イケイケ、ドンドン』て言うじゃん。あのノリって、今の団塊世代がオレたちぐらいの時の話だよね」

 「社会の風潮ってあるからね。いろいろ大変だったとは思うけど、上げ潮の時で好き勝手ができたっていう点では大違いだよね」

 ここで再び八広の講話が始まる。

 「団塊の皆さんが作った構造ってのは、作り放しであとは知らない、みたいなとこありますよね。インフラを整えたってのは確かに一大事だったけど、それをどう維持・再生するかってのはあまり考えてなかった。会社にしても、若い世代がちゃんと伸びるような仕掛けにはして来なかったんじゃないか。代わりに、自分たちの高給を維持して、安穏と退職時期が来るのを待てばいいようなシステムにはなってる。今、三十代前半くらいの男性社員は、その辺のツケを背負(しょ)ってるんだと思います。それに続く世代も然り。隅田さん、本多さんも苦労はあったと思うけど、自分なんかも割を食ってるなぁ、て感じるんスよ」

 丼にしろ、デニッシュにしろ、日曜日のカフェめしは程々の温度で提供されているのだが、こうもトーク中心だと、その温度あっての味わい、というのが楽しめなくなってしまう。女性二人はそこそこ食べ進んでいるのでいいとして、男性陣、特に八広については、最初からデリなりサラダなり、温度を問わないメニューの方がいいようだ。今日はパンケーキがあったからまだよかったようなものである。

 シェフの気まぐれのようなオムレツ丼(オムライスではない)をつつきながら、ひと休み。櫻がここで問いかける。

 「宝木さんの年代って、やっぱり就職難で定職に就けなかったってこと?」

 彼の箸がふと止まる。

 「それもありますけど、何かツケを負わされる中で働くのってどうかなって疑問が大きくて。いわゆるフリーターって、働く意思がどうのってよく云われますけど、競争を強いられたり、消費を煽ったりっていう、会社の姿勢についていけなくて回避してる可能性も大きいんスよ。不安定なのは正社員だって同じでしょ。それなら自分で都度、仕事を選べる方がまだいいんじゃないかな、と」

 あわて者なところはあるが、これだけ自分の見識を語れる若手というのもそうそういないのではないか。そんな彼がフリーターという世の中である。ニートという時事用語は少々影を潜めた観はあるが、同じような理由が考えられなくもない。人それぞれの生き方というのがもっと尊重されていい筈なのである。

 「ま、八クンがこんな風に強弁でいられるのは、この奥宮さんがついてるからなんだけどね」

 「いやぁ、ハハハ」

 ヒゲをこすりながら、テレ笑い一つ。たまに息抜きしないと、どこまでもヒートアップしそうなので、彼女がこうしてコントロールする訳である。いい組み合わせだ。

 「そうよね。イケイケじゃなくて良くなったんだから、今度は一人ひとりのペースってのをベースにした社会であってほしいわね」

 「非正社員を減らそうってのは、従来型発想の延長なんだろね。当人が働き方の多様性を求めた結果だとしたら、それはそれで尊重しないと、社会全体がかえって苦しむことになる」

 千歳にしても、今更どこかの正社員になろうとは思わない。だが、正社員としてしっかり働いている人もいる。

 「舞恵の場合、お気楽な職場だから何とかなってるんだろな。でも金融ってこれまで好き放題やってたとこがあるから、世間が見る目はキビシイっスよ。あ、それもツケかぁ」

 「とにかく、競争とか消費が好きな人は、その人達の間でやってほしいんスよね。そうじゃない人を巻き込んでほしくない。あのゴミだって、競争と消費の産物だとしたら、その手の当事者の中で完結してもらいたいって思います。いい意味での競争、持続可能な消費が行われる世界ではおそらくゴミは総じて資源として回るんじゃないかってね」

 「持続可能もあるけど、選択可能な社会ってのも重要ね」

 櫻がさりげなく話をまとめる。選択可能性、これは千歳が持論とするスローダウンにも通じるところがある。彼のノロノロはそれを具現化したものと言えなくもない、か。

 業平はさっきから「ウーン」と唸っている。いつもの光景ではあるが、またちょっと違うことを考えているようだ。二杯目のコーヒーは深煎りだったようで、自ずと考え事も深くなる。


 ルフロンは八クンの弁舌もお気に入りだが、コピーライティングのセンスから考えて、そればかりではなさそうだ。お互いのどこに惹かれたのか、そもそも二人の馴れ初めは何だったのか、そろそろ聞いてみたい気もする。千歳が干潟のことを伝えなかったのと同様、八広も舞恵のことは話していなかった。お互い様ではあるが、ここらで教えてもらって悪いことはなかろう。

 「ところで、八広君。奥宮さんとはどこで知り合ったの?」

 「あれ? 言ってませんでしたっけ」

 「名前は覚えてないけど、どこぞの環境NGOが主催する『社会を変えるお金の使い道講座』とかってのが春先にあって、そこで」

 「ほら、隅田さんから指令受けて、取材して来たあれスよ」

 「でも、聴講するだけの講座だったっしょ。ワークショップ形式とかならわかるけど、何でまた?」

 「あぁ、宝木氏ったら例のケータイ、マナーモードにしてなかったんですよ。パネルディスカッション中に着信音が鳴って、大あわて。でもその時の着信音がね、知る人ぞ知るのフレーズだったんもんで」

 「あのドラムソロの不思議な曲?」

 「ルフロンがそれを知ってたてぇのがまた奇遇というか。休憩時間に意気投合しちゃいまして。へへ」

 「宝木さんを派遣したって意味じゃ、千歳さんが縁結び役ね」

 ここぞ、というところで場を盛り上げる櫻。だが、この発言が思わぬ余波を起こす。縁結び役と言えば、そう、目の前にいる舞恵、そして、その隣の八広も該当するのである。

 「ケータイが鳴らなかったら、というのはありますけど、確かにそうスね。でも、千住さんと隅田さんの方はどうなんですか? ルフロンから聞いたけど、カードが取り持つご縁だったとか...」

 「あ、そうなのよ。カード、エへへ」

 「奥宮さんがちゃんと連絡してくれたから、ですよ」

 「いえいえ、私のはあくまで仕事ですから。隅田さんが届け出てくれたのが大きいと思いますよ。川辺で拾ったってのを聞いた時は驚きましたが」

 三月のあの日のことが懐かしく思い出される。名前は確認しなかったが、応対してくれたその女性行員さんは、最初は無愛想だった。第一印象というのは残るものである。今は小愛想な舞恵を前にして、「フロントにいれば、正にルフロンさん」とかシャレを思いついて、薄笑いする千歳であった。

 「でも、千歳さん、私がなぜカードを落としちゃったかって覚えてます?」

 「えぇ、そりゃあもう。暴走自転車でしょ」

 「ねぇ、宝木さん、三月二十三日の金曜日の夕方って、自転車乗ってました?」

 「確か隅田さんから頼まれた調べ物しに、センターに急いでたような...」

 「やっぱりね! 今日、後姿見て思い出したんだぁ。彼ですよ。その暴走車!」

 黙考していた業平もさすがにこれには面食らったようで、「え、なになに」と来た。

 「つまり、八クンがそのタイミングで自転車を爆走させなかったら、カードを落とすこともなく、お二人が出会うこともなかったってこと?」

 「こっちとしては御礼を言うべきなのか、それとも謝ってもらうべきなのか、悩ましいわぁ」

 ドリンクのお代わりサービスが来た。面白そうな話なので輪に加わりたかった、というのもある。

 「え? 宝木さんが爆走って、何ですか?」

 「暴走も何だけど、爆走ってのもなぁ。危険人物みたいだ」

 「店員さんはいいの。お仕事中なんでしょ?」

 「奥宮さんの意地悪ぅ。カップ持って来ても割引しませんよぉ」


 「でも、隅田さんの指令があったから、自分が動いた訳で。つまり、カードを拾得した人が発端てことじゃないスか?」

 「何だかなぁ。それじゃまるで仕組んだみたいだ」

 「千さんのトリックに引っかかっちゃったんだ、私」

 「櫻さんまでぇ」

 何とも不思議な縁結びなのであった。和気藹々のカップル二組の間で、ちょっと居心地が悪そうな独り身の業平君は、三杯目のコーヒーに手が伸びる。これだけ飲み足してくれれば、紙容器としても本望だろう、か。

 「話戻るけどさ。特に団塊の皆さんは競争するのが当たり前だったから、それが体質的に染み付いちゃって、てのはないだろか?」

 唸っていたのは、この件だったか。

 「そうさね。事情というか、言い分はいろいろあるだろうね。ま、こっちが批判する以上に、ご年配世代も何かと『今の若者はどうこう』ってやる傾向があるから、話を聞く以前の問題のような気もする」

 「お互いにまず話をすればいいってことかしら?」

 「なかなかそうもいかないんだよね。年配の男性どうしってのも、その競争体質のせいかよくわからないけど、罵り合うばっかりてのをよく聞くし」

 ここで再び八広君が一席。

 「NGO/NPOの世界でもそれは顕著スね。目的とかやりたいことは同じなのに、似たような団体があちこちにできて。切磋琢磨するとか、相互補完するとか、そのためかと思うとそうでもなかったり... 張り合うのが目的化してるのかも知れない。だとしたら、もったいない気がします」

 今度は千歳が一旦引き取る。

 「ま、団塊世代ということなら、やはりその年代の方に話を聞くのが早道っしょ。親を見てればわかるようなところもあるけど、忌憚のない話ということでは、身内じゃない方が、ね」

 明後日の座談会のゲストスピーカーにこの件でもお話を伺おう、というつもりらしい。激論になる予感もあるが、はてさてどうなることやら?


 五人が店にやって来て、すでに一時間余り。トークショーはいつしか雑談会になっていた。

 「Le Frontはわかったわ。八(ba)クン、て呼ぶのはどうして?」

 「何かぁ、風貌が中国人みたいでしょ。ハチって呼ぶよりは中国語でbaって言った方が親しみがこもってていいじゃん、て」

 「八って中国じゃ重用されるでしょ。向こうでもMr.Baで通せそうだから、いっかなって」

 止せばいいのに業平がウケ狙いに行く。

 「八広に宝木か、略すと八宝じゃん。縁起いいねぇ」

 「業平君は、発泡スチロールを発砲させちゃう人だから、八宝菜を変換する時は気を付けないとね」

 男性三人がしょーもない会話をしてる最中、舞恵は櫻に耳打ちする。

 「あぁ見えても彼って詩人なんスよ。語らせてもあの調子だし、ルポも説得力あんだけど、詩というか散文というか、そっち系ですね。ある日ケータイメールで一節届いて、すっかりクラって来ちゃって。私、ガサツに見られますけど、結構そういうのに弱かったりして...」 そうだったのか。

 「何かロマンチックねぇ。年上の女性を射止めちゃう程の文才があるってことは、作詞させるとまたスゴイのかしら」

 「曲にもよると思いますけど、イイ線行くんじゃないスか。詞が書けてタイコ叩けりゃ、残るは作曲。でも音感はあんまりないみたいだから、ドラマーライター止まり... 何か変なの」

 かくいうルフロンさんも打楽器がお得意。その一面はすでに現場で見せてもらっている。ドラムとパーカッションの組み合わせ。共通する趣味(特技?)があるというのはまたいいものである。

 「そういや、今日のあのエドさんて、何で『届けたい...』が櫻さんのブログだって、わかったんだろ?」

 「あら、八クン気付かなかったの? 一番下に小さくだけどsakura.sって入れてあるのよ。それを見たんじゃないの。でも、いきなりブログのこと言って来るのも何よねぇ」

 「いやぁ皆さん、榎戸さんの件では失礼しました。何しろ彼のブログに、うちのバナー貼ってもらったら、何か照会とか注文が増えてきてね。一応恩人みたいなところがあるから、強く言えなくてさ」

 「そういうことか。その場でその話されてたら、余計に鼻についたかもね。ま、メーリングリスト上でも同じかな」

 千歳はまだカチンが収まっていなかったようだ。それでも、影響力あるブログの主ということはわかったので、とにかくhigata@に入ってもらって様子を見よう、と心を静めることにした。

 「あ、隅田さん、そのメーリングリスト、舞恵も入りたい!」

 「そうそう、八広君から連絡待ってたけど、来なかったもんだから、ついそのままで」

 「え? 送ったと思ったんスけど...」

 「フィルターではじいちゃったか。それとも、入力ミス?」

 あわてん坊の八クンは、タイトルを入れ忘れていたようだ。

 「いわゆる、無題(No Subject)メールはブロックしちゃうんだよねぇ」

 「そいつぁ、失礼しやした」

 「じゃ、改めて、あの名刺に書いてあるアドレスでお願いします」

 という訳で、higata@には、ルフロン奥宮(lefront@)さんとエド冬木(edy@)さんが新たに加わることとなった。

 今日の初音は午後からモードなので、まだ店にいる。三時になり、ティータイムメニュー客がチラホラやって来て、ちょっといそがしそう。

 「では、今日のモノログは合作ってことで行きますか?」

 「アクセス数アップに貢献、スね」

 「そだね。ちょっと小癪(コシャク)だけど」


 「んじゃ、初音嬢、またねっ!」

 「あ、ども」

 ケーキでも食べながらさらにゆっくり、というのもアリだったが、ウエイティング客を作ってしまっては申し訳ない。弁えある五人は再び空の下へ。いつの間にかすっかり晴れ上がっている。

 「千住さんて、もしかしてハレ女?」

 「そういえば、四月の回からずっと雨に降られたことなかったような。先月は私お休みしちゃったから何だけど... そっか、終わってから土砂降りだったんだっけ」

 「へへ、それはね、舞恵が雨女だからざんスよ。でも今日はハレ女に軍配ね」

 「私、休めないじゃん」

 「隅田さん、前回淋しそうだったから、やっぱ櫻さん来ないと」

 「これ、八(ハチ)!」

 客の流れは小休止中。店員は五人が談笑しているのを眺めている。声は聞こえないが、楽しそう。

 「友達って、同じ年代だけじゃないもんね」

 青空と連動するように、にこやかに頷く初音。お兄さん三人にお姉さん二人。彼女にとっては実に頼もしく、そして気の置けない人々である。

 

【参考情報】 2007.9.3の漂着ゴミ / 漂着ペレットも使いよう / 識別表示を活かすには / いつでもゴミ拾い


縁結び(後編)

25. 縁結び(後編)


 初音は少々待ちくたびれた様子で、曇り顔のまま。雨女さんが来た割には、好天に恵まれたこの日、今のお天気からしてもご機嫌であってほしいものだが、乙女心と秋の空云々と云うように、そうもいかないようである。

 「せっかく熱々のパンケーキ出そうと思ったのになぁ」

 辛うじて湯気立ち上るその一品をレンジに運ぼうとした時、先着のお三方が現われた。

 「初音ちゃん、ここで働いてたんだぁ」

 「奥宮さん!」

 店員はすっかり上機嫌に。表情を一変させる術をこうして会得していく十七歳なのであった。


 注文品が出てくるまでの間のつなぎとして、三人は試食品(お通しと言ってもいい)のパンケーキを頬張っている。そこへ千と櫻のカップルが到着。シロップとクリームの甘い香りが櫻を誘う。

 「あー、パンケーキ食べてる。ズルイ!」

 「千住さんも隅田さんも、ご試食済み、ですよね」

 「そんなぁ。あっ、奥宮さん、さ、最後の一枚、キープしといて」

 「あら、隅田さんの分はいいの?」

 「ちゃんと分けますよーだ」

 初音は可笑しくてたまらない。ちゃんと二人の分はとっておいてあるのだ。只今、レンジで加熱中。電子音が鳴ると、

 「そうはさせませんよ。ハイ!」

 「初音さん、たら」


 日曜日の昼下がり。やや遅めのランチをとりながら、五人のトークショーが始まる。司会進行役はいないが、それぞれが分相応に出たり引っ込んだりしているので、円滑である。

 「それにしても今日のはまた凄まじかったスね」

 「バーベキュー系が目立ったのは想定内だけど、流木とか農業関係の袋類とか、上流側から流れ着いたらしいのがまた多かったからね」

 「ま、この間のモノログに出てた通り、ふだんは流れ出さないようなのが増水で運ばれてきたってのが証明された訳だ」

 「でも、履物や生活雑貨って、そんなに棄てられたりするもの? 前も拾ったけど歯ブラシとか試供品のヒゲソリとか、あと枕? バーベキュー関係だけとは思えない」

 「いわゆるホームレスのお宅から、とか? あ、住処(すみか)があるからホームレスじゃないか」

 トボけた調子ではあったが、この舞恵のホームレス説は、実は的を射たものだった。干潟付近にはそういうお宅が見当たらないだけで、対岸の橋の下とか、バーベキュー公園のもっと上流側とか、発生源リサーチをしていないスポットはまだあるのだ。スローフードをいただいている割には、話題がシリアスな感じがしなくもない。だが、環境に対する関心層であるが故に成り立つのがスローである。別にあの食品が健康にいいとか、子どもにはこの製品が無害とか、そういう話ばかりがスローな訳ではない。多様でいいのである。

 「で、今回のもルポ書くかい?」

 「え、いいんスか?」

 「先に画像アップしとくから、それにコメント入れてもらうってのでよければ。ま、コラボってヤツだね」

 「今日ので意を強くしたことがあるんですよ。それを書かせてもらえるなら」

 アイス烏龍茶を啜(すす)る八広。千歳と櫻はいつものカップにアイスコーヒー。カップを置くと、二人そろって、「それって?」

 「ゴミ箱ってのは言い得て妙だけど、今回の廃プラ然り、資源に戻せる可能性がある限り、ゴミとは言い難い。ゴミだって思うからつい捨てちゃったり、いい加減に扱うんだと思うんスよ。言葉を変えることで、意識を変えることもできるんじゃないかなって。あ、これ六月の講座で先生も言ってましたね」

 「成る程ね。自分でもどこかで意識してたのか、モノログはあくまで『物』だし、蒼葉さんの絵の時も『漂着静物』って表現にしてる。ゴミってのは前面には出さないようにしてきた気がする。でも、小松さんに言わせるとやっぱり『川ゴミ』『海ゴミ』。被害が甚大なところはそうも言ってられない、ってことらしい」

 「言い方はともかく、社会の縮図ってことは確かよね。ゴミから世相が見えるって言うか」

 「あ、それ同感! 八月の回は八(ba)クンにただついて来ただけだったけど、何が落ちてるか興味が出てきて、今回は私、ちゃんと早起きしたんです」

 今はツンデレ姉さんではない。銀行窓口にいる時のようなハキハキした感じ。初音は聞くともなしに耳を傾けている。

 「増水はまた別格として、日常的にこういうゴミが散乱したり漂流したりするってのは、そもそも何が原因なんだろね?」

 ホットコーヒーを手に業平が呟く。ルポで慣らす八広は、自分が書きたいことが明瞭な分、即答が出る。

 「大げさかも知れないスけど、今の社会構造って『競争』と『消費』で成り立ってると思うんですよ。不毛な過当競争が激化して、消費を煽らないとやっていけなくなった。昔からそうだったのかも知れないスけど、近年は特にその傾向が露骨になってきたんじゃないかって。消費する側も、消費行為を通して、欲求を満たすのが条件反射のようになってしまった。でもそんなんじゃ充足感が得られないから『もっと、もっと』ってなる。悪循環スよね」

 「つまり、消費する行為そのもの=目的、になるから、物が大事にされない、ってこと?」

 「あとは、使い捨てを助長するような安易なモノがあふれるってのも一因でしょうね」

 当店でのドリンクの容器は、持ち帰り客用のものと兼ねて、厚手の紙製になっている。千歳のように使い回し可能なマイカップも販売しているが、残念ながら利用客はそれほど多くはない。業平はその一次性の容器を眺めている。

 「競争競争で消費者に受け容れやすい、いや楽に扱えるモノを出し続けるのが既定路線になった。安易なモノが増えたのはそのせいってことか。消費者にも問題あるね。オレもマイカップ派で行くかな」

 舞恵は、ワンプレートランチに付くスープがあったので、ドリンクは注文していなかったが、これを聞いて初音のもとへ。

 「初音嬢、このカップくださいな」

 「ありがとうございます。今日は何になさいますか?」

 「あら、午前中と言葉遣いが違うじゃない。干潟友達でしょ」

 「いえ、お客様ですから」

 淡々と応対しているが、内心は嬉しくて仕方ない。これで舞恵姉さんも常連客、いやそれ以前に友達、そう言ってもらえたのが何よりの喜びだった。

 「ここタバコ吸えないじゃん。気が退けてたんだけど、これ買ったからには元とるまで来ないとね」

 カップは六百円。割引額は一回二十円。つまり三十回来れば元が取れる計算になる。だが、初回はワンドリンク(一杯二百円~)がサービスなので、

 「アイスティー、ストレートね」

 これで差引四百円となり、二十回ご来店いただくことになる。回数はさておき、人をつなぐサービスでもあることは間違いない。


 「『イケイケ、ドンドン』て言うじゃん。あのノリって、今の団塊世代がオレたちぐらいの時の話だよね」

 「社会の風潮ってあるからね。いろいろ大変だったとは思うけど、上げ潮の時で好き勝手ができたっていう点では大違いだよね」

 ここで再び八広の講話が始まる。

 「団塊の皆さんが作った構造ってのは、作り放しであとは知らない、みたいなとこありますよね。インフラを整えたってのは確かに一大事だったけど、それをどう維持・再生するかってのはあまり考えてなかった。会社にしても、若い世代がちゃんと伸びるような仕掛けにはして来なかったんじゃないか。代わりに、自分たちの高給を維持して、安穏と退職時期が来るのを待てばいいようなシステムにはなってる。今、三十代前半くらいの男性社員は、その辺のツケを背負(しょ)ってるんだと思います。それに続く世代も然り。隅田さん、本多さんも苦労はあったと思うけど、自分なんかも割を食ってるなぁ、て感じるんスよ」

 丼にしろ、デニッシュにしろ、日曜日のカフェめしは程々の温度で提供されているのだが、こうもトーク中心だと、その温度あっての味わい、というのが楽しめなくなってしまう。女性二人はそこそこ食べ進んでいるのでいいとして、男性陣、特に八広については、最初からデリなりサラダなり、温度を問わないメニューの方がいいようだ。今日はパンケーキがあったからまだよかったようなものである。

 シェフの気まぐれのようなオムレツ丼(オムライスではない)をつつきながら、ひと休み。櫻がここで問いかける。

 「宝木さんの年代って、やっぱり就職難で定職に就けなかったってこと?」

 彼の箸がふと止まる。

 「それもありますけど、何かツケを負わされる中で働くのってどうかなって疑問が大きくて。いわゆるフリーターって、働く意思がどうのってよく云われますけど、競争を強いられたり、消費を煽ったりっていう、会社の姿勢についていけなくて回避してる可能性も大きいんスよ。不安定なのは正社員だって同じでしょ。それなら自分で都度、仕事を選べる方がまだいいんじゃないかな、と」

 あわて者なところはあるが、これだけ自分の見識を語れる若手というのもそうそういないのではないか。そんな彼がフリーターという世の中である。ニートという時事用語は少々影を潜めた観はあるが、同じような理由が考えられなくもない。人それぞれの生き方というのがもっと尊重されていい筈なのである。

 「ま、八クンがこんな風に強弁でいられるのは、この奥宮さんがついてるからなんだけどね」

 「いやぁ、ハハハ」

 ヒゲをこすりながら、テレ笑い一つ。たまに息抜きしないと、どこまでもヒートアップしそうなので、彼女がこうしてコントロールする訳である。いい組み合わせだ。

 「そうよね。イケイケじゃなくて良くなったんだから、今度は一人ひとりのペースってのをベースにした社会であってほしいわね」

 「非正社員を減らそうってのは、従来型発想の延長なんだろね。当人が働き方の多様性を求めた結果だとしたら、それはそれで尊重しないと、社会全体がかえって苦しむことになる」

 千歳にしても、今更どこかの正社員になろうとは思わない。だが、正社員としてしっかり働いている人もいる。

 「舞恵の場合、お気楽な職場だから何とかなってるんだろな。でも金融ってこれまで好き放題やってたとこがあるから、世間が見る目はキビシイっスよ。あ、それもツケかぁ」

 「とにかく、競争とか消費が好きな人は、その人達の間でやってほしいんスよね。そうじゃない人を巻き込んでほしくない。あのゴミだって、競争と消費の産物だとしたら、その手の当事者の中で完結してもらいたいって思います。いい意味での競争、持続可能な消費が行われる世界ではおそらくゴミは総じて資源として回るんじゃないかってね」

 「持続可能もあるけど、選択可能な社会ってのも重要ね」

 櫻がさりげなく話をまとめる。選択可能性、これは千歳が持論とするスローダウンにも通じるところがある。彼のノロノロはそれを具現化したものと言えなくもない、か。

 業平はさっきから「ウーン」と唸っている。いつもの光景ではあるが、またちょっと違うことを考えているようだ。二杯目のコーヒーは深煎りだったようで、自ずと考え事も深くなる。


 ルフロンは八クンの弁舌もお気に入りだが、コピーライティングのセンスから考えて、そればかりではなさそうだ。お互いのどこに惹かれたのか、そもそも二人の馴れ初めは何だったのか、そろそろ聞いてみたい気もする。千歳が干潟のことを伝えなかったのと同様、八広も舞恵のことは話していなかった。お互い様ではあるが、ここらで教えてもらって悪いことはなかろう。

 「ところで、八広君。奥宮さんとはどこで知り合ったの?」

 「あれ? 言ってませんでしたっけ」

 「名前は覚えてないけど、どこぞの環境NGOが主催する『社会を変えるお金の使い道講座』とかってのが春先にあって、そこで」

 「ほら、隅田さんから指令受けて、取材して来たあれスよ」

 「でも、聴講するだけの講座だったっしょ。ワークショップ形式とかならわかるけど、何でまた?」

 「あぁ、宝木氏ったら例のケータイ、マナーモードにしてなかったんですよ。パネルディスカッション中に着信音が鳴って、大あわて。でもその時の着信音がね、知る人ぞ知るのフレーズだったんもんで」

 「あのドラムソロの不思議な曲?」

 「ルフロンがそれを知ってたてぇのがまた奇遇というか。休憩時間に意気投合しちゃいまして。へへ」

 「宝木さんを派遣したって意味じゃ、千歳さんが縁結び役ね」

 ここぞ、というところで場を盛り上げる櫻。だが、この発言が思わぬ余波を起こす。縁結び役と言えば、そう、目の前にいる舞恵、そして、その隣の八広も該当するのである。

 「ケータイが鳴らなかったら、というのはありますけど、確かにそうスね。でも、千住さんと隅田さんの方はどうなんですか? ルフロンから聞いたけど、カードが取り持つご縁だったとか...」

 「あ、そうなのよ。カード、エへへ」

 「奥宮さんがちゃんと連絡してくれたから、ですよ」

 「いえいえ、私のはあくまで仕事ですから。隅田さんが届け出てくれたのが大きいと思いますよ。川辺で拾ったってのを聞いた時は驚きましたが」

 三月のあの日のことが懐かしく思い出される。名前は確認しなかったが、応対してくれたその女性行員さんは、最初は無愛想だった。第一印象というのは残るものである。今は小愛想な舞恵を前にして、「フロントにいれば、正にルフロンさん」とかシャレを思いついて、薄笑いする千歳であった。

 「でも、千歳さん、私がなぜカードを落としちゃったかって覚えてます?」

 「えぇ、そりゃあもう。暴走自転車でしょ」

 「ねぇ、宝木さん、三月二十三日の金曜日の夕方って、自転車乗ってました?」

 「確か隅田さんから頼まれた調べ物しに、センターに急いでたような...」

 「やっぱりね! 今日、後姿見て思い出したんだぁ。彼ですよ。その暴走車!」

 黙考していた業平もさすがにこれには面食らったようで、「え、なになに」と来た。

 「つまり、八クンがそのタイミングで自転車を爆走させなかったら、カードを落とすこともなく、お二人が出会うこともなかったってこと?」

 「こっちとしては御礼を言うべきなのか、それとも謝ってもらうべきなのか、悩ましいわぁ」

 ドリンクのお代わりサービスが来た。面白そうな話なので輪に加わりたかった、というのもある。

 「え? 宝木さんが爆走って、何ですか?」

 「暴走も何だけど、爆走ってのもなぁ。危険人物みたいだ」

 「店員さんはいいの。お仕事中なんでしょ?」

 「奥宮さんの意地悪ぅ。カップ持って来ても割引しませんよぉ」


 「でも、隅田さんの指令があったから、自分が動いた訳で。つまり、カードを拾得した人が発端てことじゃないスか?」

 「何だかなぁ。それじゃまるで仕組んだみたいだ」

 「千さんのトリックに引っかかっちゃったんだ、私」

 「櫻さんまでぇ」

 何とも不思議な縁結びなのであった。和気藹々のカップル二組の間で、ちょっと居心地が悪そうな独り身の業平君は、三杯目のコーヒーに手が伸びる。これだけ飲み足してくれれば、紙容器としても本望だろう、か。

 「話戻るけどさ。特に団塊の皆さんは競争するのが当たり前だったから、それが体質的に染み付いちゃって、てのはないだろか?」

 唸っていたのは、この件だったか。

 「そうさね。事情というか、言い分はいろいろあるだろうね。ま、こっちが批判する以上に、ご年配世代も何かと『今の若者はどうこう』ってやる傾向があるから、話を聞く以前の問題のような気もする」

 「お互いにまず話をすればいいってことかしら?」

 「なかなかそうもいかないんだよね。年配の男性どうしってのも、その競争体質のせいかよくわからないけど、罵り合うばっかりてのをよく聞くし」

 ここで再び八広君が一席。

 「NGO/NPOの世界でもそれは顕著スね。目的とかやりたいことは同じなのに、似たような団体があちこちにできて。切磋琢磨するとか、相互補完するとか、そのためかと思うとそうでもなかったり... 張り合うのが目的化してるのかも知れない。だとしたら、もったいない気がします」

 今度は千歳が一旦引き取る。

 「ま、団塊世代ということなら、やはりその年代の方に話を聞くのが早道っしょ。親を見てればわかるようなところもあるけど、忌憚のない話ということでは、身内じゃない方が、ね」

 明後日の座談会のゲストスピーカーにこの件でもお話を伺おう、というつもりらしい。激論になる予感もあるが、はてさてどうなることやら?


 五人が店にやって来て、すでに一時間余り。トークショーはいつしか雑談会になっていた。

 「Le Frontはわかったわ。八(ba)クン、て呼ぶのはどうして?」

 「何かぁ、風貌が中国人みたいでしょ。ハチって呼ぶよりは中国語でbaって言った方が親しみがこもってていいじゃん、て」

 「八って中国じゃ重用されるでしょ。向こうでもMr.Baで通せそうだから、いっかなって」

 止せばいいのに業平がウケ狙いに行く。

 「八広に宝木か、略すと八宝じゃん。縁起いいねぇ」

 「業平君は、発泡スチロールを発砲させちゃう人だから、八宝菜を変換する時は気を付けないとね」

 男性三人がしょーもない会話をしてる最中、舞恵は櫻に耳打ちする。

 「あぁ見えても彼って詩人なんスよ。語らせてもあの調子だし、ルポも説得力あんだけど、詩というか散文というか、そっち系ですね。ある日ケータイメールで一節届いて、すっかりクラって来ちゃって。私、ガサツに見られますけど、結構そういうのに弱かったりして...」 そうだったのか。

 「何かロマンチックねぇ。年上の女性を射止めちゃう程の文才があるってことは、作詞させるとまたスゴイのかしら」

 「曲にもよると思いますけど、イイ線行くんじゃないスか。詞が書けてタイコ叩けりゃ、残るは作曲。でも音感はあんまりないみたいだから、ドラマーライター止まり... 何か変なの」

 かくいうルフロンさんも打楽器がお得意。その一面はすでに現場で見せてもらっている。ドラムとパーカッションの組み合わせ。共通する趣味(特技?)があるというのはまたいいものである。

 「そういや、今日のあのエドさんて、何で『届けたい...』が櫻さんのブログだって、わかったんだろ?」

 「あら、八クン気付かなかったの? 一番下に小さくだけどsakura.sって入れてあるのよ。それを見たんじゃないの。でも、いきなりブログのこと言って来るのも何よねぇ」

 「いやぁ皆さん、榎戸さんの件では失礼しました。何しろ彼のブログに、うちのバナー貼ってもらったら、何か照会とか注文が増えてきてね。一応恩人みたいなところがあるから、強く言えなくてさ」

 「そういうことか。その場でその話されてたら、余計に鼻についたかもね。ま、メーリングリスト上でも同じかな」

 千歳はまだカチンが収まっていなかったようだ。それでも、影響力あるブログの主ということはわかったので、とにかくhigata@に入ってもらって様子を見よう、と心を静めることにした。

 「あ、隅田さん、そのメーリングリスト、舞恵も入りたい!」

 「そうそう、八広君から連絡待ってたけど、来なかったもんだから、ついそのままで」

 「え? 送ったと思ったんスけど...」

 「フィルターではじいちゃったか。それとも、入力ミス?」

 あわてん坊の八クンは、タイトルを入れ忘れていたようだ。

 「いわゆる、無題(No Subject)メールはブロックしちゃうんだよねぇ」

 「そいつぁ、失礼しやした」

 「じゃ、改めて、あの名刺に書いてあるアドレスでお願いします」

 という訳で、higata@には、ルフロン奥宮(lefront@)さんとエド冬木(edy@)さんが新たに加わることとなった。

 今日の初音は午後からモードなので、まだ店にいる。三時になり、ティータイムメニュー客がチラホラやって来て、ちょっといそがしそう。

 「では、今日のモノログは合作ってことで行きますか?」

 「アクセス数アップに貢献、スね」

 「そだね。ちょっと小癪(コシャク)だけど」


 「んじゃ、初音嬢、またねっ!」

 「あ、ども」

 ケーキでも食べながらさらにゆっくり、というのもアリだったが、ウエイティング客を作ってしまっては申し訳ない。弁えある五人は再び空の下へ。いつの間にかすっかり晴れ上がっている。

 「千住さんて、もしかしてハレ女?」

 「そういえば、四月の回からずっと雨に降られたことなかったような。先月は私お休みしちゃったから何だけど... そっか、終わってから土砂降りだったんだっけ」

 「へへ、それはね、舞恵が雨女だからざんスよ。でも今日はハレ女に軍配ね」

 「私、休めないじゃん」

 「隅田さん、前回淋しそうだったから、やっぱ櫻さん来ないと」

 「これ、八(ハチ)!」

 客の流れは小休止中。店員は五人が談笑しているのを眺めている。声は聞こえないが、楽しそう。

 「友達って、同じ年代だけじゃないもんね」

 青空と連動するように、にこやかに頷く初音。お兄さん三人にお姉さん二人。彼女にとっては実に頼もしく、そして気の置けない人々である。


先生を囲む夕べ

九月の巻(おまけ)

26. 先生を囲む夕べ


 蝉時雨はまだ続く。幾分しのぎやすくなったとは言え、余熱残る九月の黄昏時である。夏休みが終わり、センターにも日常が戻り、ちょっとアンニュイな午後六時。

 「あ、いらっしゃいましたよ」

 「よーし、今度こそ」

 千歳が来ると接客係が不在、というのがずっと続いている。

 「矢ノ倉さん、桑川さん、こんちは。櫻さんはどうせ... あれ?」

 カウンターを覗き込んでいた彼の背後に、小悪魔さんがやって来た。忍び寄る影...

 「ワッ!」

 「ナヌ?」

 振り向くと、櫻が大笑いしている。

 「櫻さん、あのねぇ。僕が小心者なの知ってるっしょ?」

 「へへ、三度目の正直ナノだ」

 「チーフ、接客担当者がこれでいいんですか?」

 千歳は苦笑いしつつも、責任者に注意を促す。

 「あぁ、千住さんは今日六時上がりだから、別にいいのよ。いいじゃない、モテモテで」

 六時上がりとは言っても、ここからがまたひと仕事。櫻はボランタリーな扱いで構わないと言う。「その方が気兼ねないしね。さ、始めるとしますか」

 カウンターには、文花が座る。今は眼鏡をかけているので、どこかの公共施設の受付係のよう。結構お似合いだったりする。webプログラムの詰めは、いつもの円卓で行われる。ある程度準備しておいた弥生は早速ブラウザを開いて見せる。

 「仮のIDとパスワードで、管理者メニューに入ります。メンテしたい団体は、一覧表から選びます」

 「団体名の一部を入れて検索、とかってのはないんだね」

 「あれって、手間がかかる割にはそれほど使われなかったりするじゃないですかぁ。今回はパスです」

 ピシャリとやられてしまった。櫻はだいたいの構成は頭に入っているので、今は流している。二人のやりとりを見ている方が楽しい。

 「で、基礎情報のメンテ画面がこれ。千さんがビシっと整えてくれてたから、比較的楽でした。一応、公開する・しない、というのを項目ごとに編集できるようになってます」

 「おぉ。感動的...」

 「これって、各団体でその都度更新してもらえるようになると、こっちは楽だけど、なかなかうまくいかないのよね」

 「まぁ、一つの方法としては、団体ごとの画面のURLをメールするか、画面コピーをそのままFAXするかして、定期的にメンテのお願いを配信する、ってのが考えられますね。直すところが特になければ返信無用でいいし、あればこっちが代わりに直せばいい。掲載中断ってところが出てきたら、それもその時まとめて対応すればいい訳で」

 「なーるほど。でも時期的には?」

 「市民団体の場合、異動時期とかあまり関係ないんだろうけど、目安としては、年度が終わった後、つまり四月に案内して、五月いっぱいてのが基本でしょうね。あとは、七月→八月いっぱい、一月→二月いっぱい、とか。でも、これができた時点で一回案内出さないといけませんね」

 基礎情報はこれでいいとして、課題はイベントやトピックスなど、頻度が高い情報をどこがどうメンテするか、である。

 「櫻さんと相談して考えたのが、掲示板機能を応用した仕掛けです。IDとパスワードは特に設けず、誰でも好きなように書き込めるんですが、記入者指定のアドレスに確認メールが届くようにして、そのメール文中にある確認画面のURLを開いてもらうプロセスを付けました。この確認画面でOKを押した時に、初めてwebに反映される、てな具合です」

 「ベリファイ方式っ言ったっけ。ま、そのひと手間を加えることで、ジャンク情報とかを防ごうって訳だ。さすがだねぇ。でも、確認し損なったりして、webに載る手前で宙に浮いちゃう情報って出てくるでしょ。それはどうなるの?」

 「ここがちょっと手間取ったんですけど、サーバ上の時計で120時間以内にOKが出なかった場合は、自動消去するようにしました。イベント情報の場合は、終了年月日を読み込んで、日付が変わるところでやっぱり消去、になります」

 「ま、サーバ容量まだあるから、多少はログを残しといてもいいけど。案外、過去情報を欲しがる団体とかもあると思うから」

 「はぁ、千さんもさすがだわ。櫻さんが惚れ込むのわかるわぁ」

 弥生を小突く櫻。業平と弥生のコンビも笑わしてくれるが、「櫻と弥生」ってのも大いに有り得る。コンビ名は春らしく、おめでたい感じに限る?

 三人で歓談しながら、ひととおりの画面操作を繰り返す。この調子だと十月には堂々オープンできそうだ。と、階下から足音が響いてきた。環境課の課長さんの御成りである。

 「これはこれは須崎さん、ようこそ」

 チーフが招いていたらしい。webプログラムの件を見越して、この時間に来てもらったようだ。いつもながら手回しがいい。

 「あ、千歳さん、初めてですよね。紹介します。かつての上司、須崎課長です」

 円卓に現われたのは長身で細身、眼鏡が似合う紳士然としたお方である。指輪をしてないところを見ると独身だろうか。だが、年齢はそこそこ行ってそうである。

 「三人娘から話は聞いてます。いろいろとお手伝いいただいているそうで。どうも初めまして」

 「僕も櫻さんから地域振興課時代の話、聞きました。何でも恩人だとか」

 名刺交換をするも、千歳がちょっと見上げる感じになる。

 「しかし、三人娘とはまたうまいこと言いますね」

 「いやぁ、何だか名物になって来たみたいで。隠れファンもいたりして、ね」

 「え、櫻さん、本当?」

 「ま、一番人気は千住 櫻さんで、あとの二人はおまけ...」

 今度は弥生が櫻を突付いている。愉快な光景だが、千歳は笑ってもいられない。櫻の一番のファンは今ここにいる、とでも言いたげな素振り。焦りすら見られる。

 「あ、課長、例のプログラム、できてきましたよ。プログラマーさん、お願いします」

 「エ? グラマーさんて? 何ちゃってね」

 弥生は黙っている限りはチャーミング、そして体型的にはグラマーの部類だったりする。課長の言う通りなのだが、この言動、セクハラコードに多少引っかかりそうである。結婚できないのはそのせいか。


 プログラマーだが、弥生は時としてインストラクターでもある。ケータイ画面操作時同様、流暢に説明を進めていた。が、課長殿が途中、

 「これ実際に動かすとなると、サーバの契約関係とかどうすればいいかね」

 と公務員らしい、ごもっともな質問を投げかけてきた。インストラクターとしては想定外。

 「前いた機関では、どんな形態でも見積書と請求書だけとって済ませちゃってましたけど、役所だとそうは行きませんよね?」 チーフがちょっと心配そうに答える。

 「隅田さんの名刺見ると、個人事業みたいだけど、そういうのって出せますか?」

 「えぇ、どんな様式でも」

 「矢ノ倉さん、いわゆる意思決定する会、そう理事会とかって、来月だよね」

 「今、定款案作りながら、何となく人選を考えてるとこですけど」

 「了解。役所はあくまでオブザーバーってことで、原則、会の決定を尊重するから、変なツッコミを受ける前に、様式そろえて通しちゃおう」

 なかなか話のわかる課長である。櫻を救った、いやうまく抜擢しただけのことはある。それはそれでよしとするも、千歳には他にも懸案があった。

 「情報サイトのURLに、何か指定はありますか?」

 「詳しくはよくわかんないけど、商用サイトだって見方さえされなきゃいいと思うよ」

 「.comじゃないから、平気ですね」


 窓の外は、夕闇が拡がり始めていた。そろそろ座談会の時間である。会場をセッティングする必要は特にないのだが、今回はプロジェクタが必須アイテム。千歳が投影チェックをしていると、十九時前、お約束の人物が少女に連れられてやってきた。

 「清先生、ご到着っ」

 「おう、須崎氏。それに、あぁ来てるね。隅田君」

 それぞれ会釈で応える折り、少々遅れて、八広が駆け込んできた。彼にしては定刻キープの方である。

 「あっ、宝木八広って言います。先生、ヨロシクです」

 「や、やつしろ? また言いにくい名前だな、そりゃ」

 「師匠、それじゃ熊本県の八代ですよ」

 「しょうがねぇだろ。いや、今日はしがたねぇ、だな」

 毎度のことだが、掃部節は全開になるのが早い。

 「では、センセ、何から始めます?」

 今夜のテーマは、紙燈籠の検証、水位低下後干潟の考察、干潟水面に漂っていた油膜の実態把握、そして時間があればだが、世代間対話が予定されている。

 「まずは、しがたの話だろな」

 「じゃ、ここに映しますんで、ご覧ください」

 「ホォー」

 千歳は、予め用意しておいた画像をスライドショー形式で送れるようにセットしておいた。「櫻と弥生」には増水翌朝にここで一度見せているが、その漂流ゴミの画像を手始めに、一昨日の干潟の一部始終をつなぎ、ひとまとめにしたもの。選別はしたものの五十枚はある。某研究員ほどではないが、多少はプレゼン慣れしている千歳にとって、画像を送って話すだけ、というのは至って平易。だが、中学生にもわかるように、となると勝手が違うか。小梅は、父と姉から別々に話を聞いて、それなりに衝撃を受けていたが、聞くと見るとでは大違い。プレゼンの難易には関係なく、目を丸くしている。百聞は一見に、いや小梅としては、すでに百見は一実感に如かず、というのを心得ていたので、「やっぱ、何かあったら足運ばないと」と思いを新たにするのであった。

 そんな現場主義と来れば、ズバリこの人、小松南実さんである。彼女の甲高い靴音が聞こえてきたが、それと重なるように、もう一人分の音が交わる。そのまま階段を上がってくるものと思いきや、その音は途中で止まってしまった。プロジェクタからは、増水後の水没干潟と一昨日の復活干潟を上下に並べた編集画像が映された状態。プレゼンは一時保留となる。

 「あれ? 確かこの二階だったはずだけど」

 出入口のドアは半開き、センター内の照明は暗め、行く先を間違えたか、と南実が中段で立ち止まったところで、蒼葉が追いついてきた、というのが足音の経緯(いきさつ)である。

 「あ、どうぞ。座談会にいらしたんですよね」

 「えぇ。あなたはここの方?」

 「いえ、ここの職員の妹です」

 higata@で、名前は見ていたが、まさかこの見目麗しい女性があの...

 「もしかして、千住さんの?」

 「蒼葉と言います」

 このお二人、これまでずっと入れ違いが続いていたが、ここへ来てやっとこさのご対面である。

 南実はあえて名乗らなかったが、中に入るや、それも虚しく、

 「あっ、小松さん、いらっしゃい。あら、蒼葉ちゃんも一緒?」

 弥生が気付いて声をかける。一昨日に続き、またしても場の空気を乱すことになろうとは。だが、本人に全く悪気はない。


 「小松さん? あなたが!」

 姉の恋敵、覚悟!とやりそうな勢いだったが、南実は涼しい顔で、

 「モノログの静物画、見ましたよ。今度またスケッチして見せてくださいな」

 早々と懐柔策を打ち出す。蒼葉は思う。「こりゃ手強そう...」


 「蒼葉さん、もう平気なの?」

 「何が、ですか?」

 「その、夏バ...」

 姉はあわてて遮るも、妹は何の気後れもなく「私、この通り華奢(きゃしゃ)なもんで。この間はちょっと眩暈(めまい)がしましてね、アハハ」と軽口であしらう。眩暈と言えば、誰かさんと同じだが、ちょっと意味合い、重みが違う。姉妹の眩暈、なんて洒落は通じないのである。南実は「あの姉にして、この妹かぁ」と心の中で溜息をついていた。姉想いの妹、というのは最も手を焼きそうな存在である。


 「さ、美人さんがそろったところで、続き続き」

 干潟のビフォーアフターを見ながら、先生が話を継ぐ。

 「いいかい、ここまで水嵩が増して、しかも濁流轟々(ごうごう)と来たら、ただの崖地だったら崩れちまうんだ。このヨシ群生が根を張ってたおかげで、この通りさ。地形を保つ仕組みは山林と一緒な訳よ」

 「でも先生、六月君が引っこ抜いたら崩れちゃったよ」

 弥生は少々恥ずかしげ。「小梅ちゃん、フォローになってないよぉ」 俯いたままである。

 「あれはね、古いヨシだった、てのと、根元が弱ってたせいか、元々土がえぐれてて、崩れるのが目に見えてたんだな。でも、この下の写真見ると、上流から土が運ばれたか、元に戻ってんだろ。再生ってのはこういうのを言うんだろな」

 続いては、漂着ゴミの見本市。これでもかと映し出される。随分と真面目に撮っていたものである。その撮影係がここで質問。

 「そうだ清さん。この生活用品の類って、川に来た人が棄ててったって思えないんですけど、実際どうなんでしょ?」

 「増水で、野宿さん家(ち)がやられて流れ出ちまったってのもあんだろね。幸い犠牲者が出るには至らなんだが、タイミングが悪かったりすると、ご遺体が打ち上がるってことだってあるんだ。おっと、口が滑っちまった」

 時すでに遅し。女性聴講者は全員、男性三氏も固まってしまった。

 「お師匠さん、やっちまいましたね」

 「ま、あそこは大丈夫さ。皆の善意であふれてっから」

 とは言っても、大魚が打ち上がるのは既知の事実。文花シフトで、ハクレンの遺骸写真は外しておいたので、この後「キャー」とかならなくて済んだのがせめてもの救いである。

 「ゴミを出させないのが先決なんでしょうけど、漂流する前に防ぐ手立てってのはどうなんですかね?」

 千歳が何とか通常モードに持ち込む。

 「看板とか設置しても、望み薄だし、某建設省みたいに警告看板を流しちまうこともあっからなぁ。よその川では、お地蔵さんだか、注連縄(しめなわ)付けた丸石だかを置いて、天罰をほのめかすようなことやってるって聞くけど、根本的な解決策とは言いにくい。まぁ、今みたいにコツコツ調べて、ゴミの元が特定できればその会社に話を持ちかけるってのが現実的だろな」

 一昨日不参加だった蒼葉と文花、漂流漂着ゴミの現実を初めて見せ付けられた辰巳、この三人は固唾を呑んで、スクープ系のクローズアップ写真を見つめている。他の六人はおさらい中。

 「パンダのぬいぐるみだ。でもクロクマみたい」 と小梅が反応すれば、

 「あ、奥宮さんが拾った、いや落としたスプレー缶...」 弥生も辛口を発する。

 観衆の生の声を活かすべく、千歳はナレーションなしで、淡々とスライドを送っている。このままゴミの紹介で終わってしまうと淀んだ空気になってしまうところだが、そこは隅田プレゼンター。「で、皆さんのお力で、ここまで復活した訳です。めでたしめでたし」

 美観を取り戻した干潟が大写しに現われ、拍手が起こる。先生もこれには絶賛である。

 「ところで、隅田君さ、川面が変な光り方してたよな。油でも浮いてたか?」

 「さすが先生、実はこの続きがありまして。ただ、ここに映し出すのはちょっとどうかなって...」

 「皆さんもう免疫できてるから大丈夫よ。ね?」

 「じゃ、リーダーのお言葉に甘えて。行きます」

 「あ、あの時の油膜...」 南実が声を上げる。

 「で、これがその時に掬った水です」 千歳はペットボトルをかざして見せる。

 「そうか、近くに動物の亡骸とかなかったかい」

 「着いた時は大きな...」

 「ハクレンが打ち上がってました」 再び南実の声。蒼葉はやや冷めた目で隣人を見る。

 「あとは、あの草の束かもな。どっちにしても天然成分さ。火が点いたらお立会い!」

 「あら、センセ。今、ちゃんと火って」

 「火曜日の奇跡ってヤツさ。シシシ」 奇跡は一度だけ。ヒヒヒとはならない。

 すっかり場がほぐれたところで、まずはその油脂成分のCODを調べてみることにした。五本一セットのパックテストを持ってきた文花がまず手本を示す。

 「この後、燈籠も調べるから、ここでは二本ね」

 ピンを抜き、チューブを折り曲げて空気を抜くと、ミニカップに注ぎ替えておいた油水の中に手際よく突っ込む。野菜を扱う人だけに手先は器用と見た。吸い込み口に油分が詰まりそうだったが、水は何とかチューブに吸い込まれ、化学反応が始まった。

 「ま、五分待てば、わかるでしょう。これと比べてみてね」

 標準色見本とやらが出てきた。これで白衣でも着用していれば、正しく研究員である。櫻はそんなチーフがちょっと眩しかった。

 待ってる間にもう一本、ということになり、小梅助手がトライする。

 「あ、石島さん、逆流させないようにね」

 「ウヒョ、結構力要りますネ」

 座談会のはずが、急遽水質調査大会になってしまった。主任と助手に注目が集まる。似たような関係で師匠と弟子というのがあるが、その清と辰巳については、傍観しながら雑談中。環境課に移ったからにはちゃんと見ておいた方が良さそうだが。

 「あくまで参考値なんだけど、この紫色付近だから、四から五mg/lってとこかしら。そこそこ汚れてるわね」

 「何の油かってのはわかんないんスね?」 ルフロンがいないと調子が上がらないのか、物静かな八広だったが、ようやっと口を開いた。

 「ま、匂いとか、あとは味覚? 何ちゃって」

 「あーぁ、また始まったワ。八さん、チーフの言うこと信じちゃダメよ」

 「櫻さんはいいから。隅田さんと燈籠の準備!」

 「二人ともふだんそんなノリでしたっけ?」

 眼鏡の女性どうしがやり合ってる、てのが八広にはまた可笑しかったらしい。小梅はもっと掛け合いが続くものと思っていたのでちょっと拍子抜け。兎も角、辰巳が「名物三人娘」と称したくなるのがよくわかるくだりである。これに弥生が加わるとどうなるか、その答えは自明?(これ即ち、トリオ漫才?!)


 スチロール箱ともども、紙燈籠が運ばれてきた。発見から一カ月が経ち、程よくくたびれた感じになっている。何とか原型をとどめているのは、日の当たる窓辺に置いといてもらったおかげ。

 「そうそう、これだよこれ。俺、捜してたんだ」

 まるでレアな記念切符をゲットした時の某少年(?)のように色めき立っている。

 「まぁ、調べるまでもないかも知れないけど、一応ね」

 文花は、本体から分離してしまった一片をピンセットで取り出し、大きめの食品トレイに移すと、水道水を足し、攪拌してみせた。さながら理科の実験のようである。先の要領で、今度は弥生と八広が挑戦。だが、

 「ありゃ、吸い込む量、少なかったりして...」

 「こっちは手に付いちゃったスよ」

 「ヤレヤレ、二人とも見かけによらずブキねぇ。もう一本残しといてよかったワ」

 かつての助手が指名され、サラリと扱ってみせる。

 「小松さん、さすがねぇ」

 「粒々を分けるのよりは簡単ですから」

 櫻が南実と普通に会話してるのがどうにも腑に落ちない蒼葉であった。「一昨日、何か違う展開でもあったのかな?」 パックテストのように人の心理もパッと見で調べられる器材があれば、てなことを考えたりしている。

 このように活きたデータも扱ってこそ、環境情報センターである。測定値は案の定、「八、超えちゃったわねぇ」 八広は「八」と聞いて一瞬動揺するが、標準色見本を見て、納得である。「ハハ、確かに」 低濃度用のパックテストでは薄緑を示したら、そこまで。八mg/l以上の値は詳しくは測れない。

 「でも、これっぽちでそんなに汚れるものなんスか?」

 「ホラ、印刷した部分てインクの油が残ってるでしょ。多分それでだと思う」


 八つながりか、時刻はちょうど八時。座談会というよりは、報告会、いや検証会、まぁ一同にとってはいい勉強会になった。先生は気を利かしてか、

 「こいつは俺が預かるよ。専門機関に知り合いがいっから、タダで調べてもらうわ。よろしか?」

 「あら、それはそれは」

 と、ここでお開きとなるはずだったが、断続的に強い雨が降ってきた。

 「あちゃー、また増水したらどーすんだぁ」 帰途の心配よりも川の心配が先に立つ八広である。

 「そしたらせっせと復元するのみ。エクササイズ、好きっしょ?」 千歳は余裕のご発言。雨が一段落するまでは皆さん動きがとれないだろうからと、再びプロジェクタを操作し始める。「ここからは余興です。ご覧になった方も多いでしょうけど、『漂着モノログ』、どうぞご鑑賞ください」

 今となっては懐かしい四月のスクープ系に始まり、五月の回、そして掃部公を見かけた予備調査の様子... ブラウザでブログを出し、それをプロジェクタに投影するだけ。使い勝手がいいものである。

 「おっ、この絵は何だい? 鬼気迫るものを感じるなぁ」 

 「蒼葉画伯の作品です」

 「ハハ、お恥ずかしい」 画家は首をすぼめる。

 「へぇ、正に才色兼備、ってか」

 「あ、そうそう。先生、これ落とされませんでした?」

 蒼葉の手には、一本の上物(じょうもの)筆。持ち主の手に戻る、その瞬間が来た。拾得してから、実に五ヶ月余り。

 「おやおや。確か三月だったな。ここより上流の方、散歩しててさ。何かの弾みで落としちまって、そのままだったんだ。でも、何でまたお嬢さんが?」

 名前というのはちゃんと刻んでおくものである。K.K.は正に「Kiyoshi Kamon」その人の物だった。

 「四月一日に姉からもらったんですけど、エイプリルフール土産だとか言って、ちゃんと教えてくれなくて」 櫻は「へへ、恐縮です」と小声でつなぐ。姉を一瞥、いや目配せし、「問い詰めたら、干潟で拾ったって、白状したんです」と明かす妹。筆をめぐってそんな一幕があったとは...

 蒼葉の言動には強さがある。八月五日の一件で千歳はそれを承知済み。詰問となれば、櫻もタジタジだっただろう。姉の彼氏は、ちょっと複雑な思いであった。

 「でも、この筆、さっきの絵、描くのに使ってしまいまして...」 正直に話すも、さすがに川の水で絵の具を溶いて、ということまでは言えなかった。

 「はは、俺が使うと花粉をくっつけられたり、泥を拭かされたりすっから、筆としては画家に使ってもらうのが本望だと思うよ。大事に使ってやって頂戴」

 「あ、ありがとうございます!」

 こうした展開を呼ぶとなると、モノログの存在意義、大したものである。ここで八広のコメント。「何かドラマチックな話スねぇ。筆の一件だけで短篇モノですよ。これは!」 弥生と小梅は、スクリーンを眺めながらも和やかに談話中。辰巳は豪雨が気になるようで、立ったり座ったり。長身なので目立つ目立つ。


 八月の回の八広ルポが反響を呼んだのは周知の通りだが、昨晩載ったばかりの最新ルポの方はどうだろう。ブラウザ上では字が小さめで読みにくい面があるが、今は拡大表示されているので、著述家の目にもハッキリと読み取れる。

 「こりゃ随分と大仰(おおぎょう)に出たもんだなぁ。ゴミじゃなくて資源てぇのはごもっともだけどさ、社会構造云々てのは、しや、もとい、飛躍し過ぎじゃねぇか」

 「いえ、ゴミってのは負の連鎖の産物だと思うんスよ。その連鎖の元をたどると、団塊の皆さんのイケイケ路線だったり、いわゆる大量生産・大量消費、それに大量リサイクルを是とする精神性だったり、その辺が組織的・構造的に固着しちゃってんじゃないかって。ゴミを片付けてると、社会の歪み? みたいの感じます」

 「宝木君さ、君の義憤はよくわかるよ。でも、このままだと主張が前面に出過ぎててさ、共感が得られねぇんじゃ... 著述てのはよ、書き手と読み手の対話の場を提供することなんさ」

 八広は、激論になるのを覚悟で論破したつもりだったが、何枚も上手の先生には到底敵わない。著述の観点からさらりと受け流されてしまった。確かにその通りと受け止め、口を噤(つぐ)む。

 千歳、辰巳、南実はこの緊迫した場面に居合わせていたが、「管理人としては不用意だったか」「さすがは師匠、そう切り返したか」「これが掃部流の真骨頂?」と各々感想を抱くも、言葉は胸中に収めている。社会科学的考察としても良さそうな題材だったが、弥生は「文系の議論は難しそうだわ」といった調子で遠巻きにしていた。時は静かに流れ、雨の音がこだましてくる。

 文花は、延長戦に備え、ご自慢の珈琲を淹(い)れ始める。櫻はと言えば、小梅がそろそろ退席するというので、前々から暖めていた計画の一端をここで切り出す。

 「小梅さん、これちょっと読んでみてくれる」

 「グリーンマップ? あ、このシール、何かカワイイ」

 差し出されたそのパンフレットには、綴じ込みで「アイコンシール」なるものが付いていた。

 

 「もっと涼しくなったらさ、一緒に街歩きしてみない? マップ描きながら、このシール貼ってくの。シールは自分で作ってもいいんだ。どう?」

 「蒼葉さんは?」

 「いいけど、どうして?」

 「お絵描き、習いたいなって思ったの」

 「じゃ、四姉妹でやろっか」

 こうして櫻の「いいもの」(番外編)が動き出す。小梅は下の図書館で引き続き雨宿り。雨が小康状態になったのを見計らい、程なく須崎課長も退場した。


 八人分の珈琲が運ばれてきた。有意義だが、モノだけに物議も醸すモノログは、九月の回が映し出されたまま。照明が暗めとは言っても、プロジェクタの消費電力は馬鹿にならない。ここは一旦、電気を切り替え、コーヒーブレイクと行きたい。

 「いやぁ、このコーシー、いいねぇ。昔を思い出すよ」

 「え、先生、昔って?」

 櫻は何の気なしに、聞いたつもりだったが、

 「そうさな、家内に淹れてもらってた頃だから、十年以上前、かな」

 「ヤダ、センセ。もらってたって。今もいらっしゃるんじゃ? まさか...」

 「熟年離婚とかじゃねぇぞ。その、な?」

 これ以上お訊きするのは憚られたが、しとり身の先生は実のところ話し相手が欲しくて仕方ないご境遇。自分からポツリポツリ話を始めた。

 「さっきの話じゃないけどよ、昔イケイケだったのは仰せの通り。でも団塊ってヤツはよ、その名の通り、団子になって競争するようなもんだから、否が応でもそうなっちまう。俺なんかも多分に漏れず、その一翼を担ってた。事もあろうにゼネコン、いや中堅だったから小ゼネコンか。まぁとにかく壊しちゃ造っちゃの繰り返しよ」 ようやく座談会、いやこうなると独演会か。円卓を中心にしつつも、いつしか先生を囲むような配置で席が取り巻いていた。

 「清さんにその辺の話をお聞きしようと思ってたんですよ。八広君はあぁ言うけど、団塊世代の方もご苦労があって、何らかの言い分もあるんじゃないかって」 モノログが引き起こした波紋の責を負うべく、管理人が取り次ぐ。

 「いやぁ、好き勝手やって来たってことに関しちゃ、弁解しようがないさ。でも、こんな俺でも分別があったらしくて、バブルの最中にこりゃマズイと思って飛び出した。それまでも疑問には感じてたんだが、家内の具合が悪くなってきてよ。いよいよ潮時だなって」

 このままだとコーシーが冷めてしまいそうだったが、この際、関係ない。話は続く。

 「ありきたりかも知れねぇが、がむしゃらに働いてたら、そのシワ寄せが身内に来ちまったってヤツさ。それを悔いて、そのイケイケとやらを是正できないかって考えた。カッコつけて云やぁコンサルだぁな。手近なとこで荒川とかその支流に関係するところを当たって、工場が閉鎖になったら、その跡地に在来の生態系を戻す、三面張りとか暗渠とかの工事がされかけたら、とにかく自然地形に直させる... さんざ歩き回ってたら、蟹股になっちまった訳さ。バブル後はゼネコンも苦しかったから、この手の公共工事は落とせない。役所は役所で既定路線を変更したがらないのが常軌だろ? 艱難(かんなん)の極みだったがよ、『長い目で見りゃ禍根を残すぞ』って説得して回ったんだ。でもな...」

 掃部公は、目をしばつかせて、ひと呼吸おく。

 「これも結局はイケイケ体質の為せる業だったんだ。かえって家内の面倒が見れなくなっちまって、それで...」

 「先生...」 七人の二十・三十代諸君は、言葉が出なかった。辛うじて南実が口を開く。

 「著作を始められたのは、いつ頃からだったんですか?」

 「あぁ、バブルが明けたくらいかな。長考の末に一本書き上げたんだが、家内にはあんまり芳しくなかった。『怒りじゃ人は動かない。共感が得られるものを書かないと。』てさ。で、言うこと聞いて、恢愎(かいふく)祈願も兼ねて、自然再生論を次に書いたら、『そうそう』って、泪まで流してさ。汚い字の原稿だったけど、一応最後までまとまってたのが救いだったな。発刊を待たずに逝っちゃった...」

 女性陣は目が赤くなっている。詩人の八広はその感受性の高さ故、感極まって声が出そうになっていたが、何とか堪(こら)えた。今夜の雨は、涙雨だったということらしい。

 「おいおい、皆の衆、今日は通夜じゃないよ。実の子ってのもあいにくいねぇ身の上だが、俺には皆がいる。俺ら世代のツケは回させねぇ。これからも一緒に手伝わせてくれよ、な?」

 気付けば笑顔を交し合っている八人がいる。雨は上がり、時は九時。世代間対話、いや先生を囲む夕べは、こうして一幕となった。


 南実は何かが吹っ切れたような面持ちで蒼葉に声をかける。

 「ねぇ、蒼葉さんて、通販カタログに出てる人?」

 これには蒼葉も相好を崩すしかなかった。

 「どうしてわかったんですか?」

 「先月の... 晩夏特集だったかな。その時に出てたのと似た服だったから、ふと」

 今度は櫻が不思議そうに二人を見ている。「あれれ?」


 カウンター付近には、帰ろうとする先生とそれを引き止めるチーフがいた。元気付けて差し上げたいという想いもあってのことのようだが、会話内容がちと怪しげ。

 「センセ、折り入ってご相談したいことがあるんですが、今月中、そう火曜日の夜、いらしていただけません?」

 「こりゃまたゾクっとするねぇ。いいけど、何だい? 魚の調理法ならお易い御用だぜ」

 「紙燈籠の結果とあわせて、でいいです。ま、とにかくその時に」

 文花はこれで結構、掃部キラーだったりする。センターの十月以降の進境にこれで一つ布石が打たれた。

 プロジェクタを片付ける千歳の姿を見つけると、思い出したように清が近寄ってきた。

 「そうだ、隅田君よ。さっきのあれ、何だっけ?」

 「ブログのことですか?」

 まだ何となく放心状態の彼だったが、ちょっと考えてから真顔になる。

 「今、ブログのこと聞きました?」

 「俺にもできるのかい、その付録、いやブログ?」

 「清さん、パソコンはお持ちですか?」

 「今は何とか使えるようにはなった。原稿書くのに、し、ひ、必須だかんな」(必須の度合いがよくわかるセリフ回しである。)

 ノートPCの方はまだOFFにしてなかったので、そのまま要領なんかを概説する千歳。清に息子がいたら、こんな絵図も有り得たかも知れない。弁舌が立つ点で共通する八広と弥生だが、今はしんみりしつつ、そんな二人を見守っている。

 「問題はインターネットがちゃんと俺の言うこと聞いてくれるか、だな」

 いつもの高笑いが戻ったところで、自分では入門したと思っている弟子のお嬢さんがやって来た。

 「掃部先生、今日持って来たんです。さっきの名著」

 「ほほぅ、小松ぁん。それはまた殊勝なことで」

 「サインしてください!」

 「俺のサイン、高いぞ」

 とか言いながらも目尻が下がっている。好々爺というのはまだ早いかも知れないが、かつては闘士だったというのはとても信じ難い、著者、掃部清澄であった。

 「ありがとうございます。後生大事にします」

 「いやいや、ボロボロになるまで読み込んで頂戴よ。その方が家内の供養にも... いけね、また余計なこと、ハハ」

 首を振る南実。彼女はそのまま寄り添うように、先生とセンターを後にした。師弟でもいいが、これまた父と娘のような趣である。


 「先生帰ったら、何か寂しくなっちゃったわね」

 「何を仰いますやら、文花さんらしくない。これから、ですよ!」

 ここからが第二幕。長丁場に臨む六人は、文花、千歳、櫻、蒼葉、八広、弥生の選抜メンバーである。清の話を聞き、皆一様(いちよう)に勇気と力を得た気がしていた。次回のクリーンアップに向け、協議に熱が入る。珈琲が冷めていようが構わない。


 higata@メンバーの集合は九時半、開始時刻は十時。当日の役割分担は、文花が各種器材・備品の搬入(クルマ乗り付け)、千歳はその器材のセットと撮影諸々、櫻がいつものコーディネーター(兼 受付)をやれば、蒼葉は櫻のフォローと参加者お世話係、八広は主に監視役、弥生は自ずと分別・集計の元締、ここにいる六人については概ねそんな役回りということで一致した。

 「荷物番はどうしましょうか?」

 「また魚と遭遇すると皆さんにご迷惑かけるでしょうから、私が」

 「まだダメなんですかぁ?」 弥生のツッコミが入った、ということは...

 「だって、この間はハクレンが上がったんでしょ。聞いただけでもう」

 ホワイトボードの傍らで両手を挙げてみせるチーフ。櫻はペンを取り上げると、ボードにハクレンと書き綴り、

 「じゃ、皆さん大きな声でどうぞ!」

 「キャー」

 「櫻さん、また逆襲されても知りませんよぉ」

 「平気よ。千歳さんがついてるもん♪」

 名物三人娘のショートコントはこんな塩梅である。

 他メンバーの分担、実施手順のまとめ、注意書きの文案、そして参加者の募集の仕方等々、これらは引き続きメーリングリストで議論し、下見を兼ねた打合せ日についても同時に調整することにした。

 「毎月やってるから、改めて下見することもないんでしょうけど、何度やっても損がないのが下見だって言うのよね」

 「あ、自分、ヒマさえあればいつでも行こうって、今日思い改めました」

 「先生も前に『地元の大自然、荒川へ』って仰ってたし、ね」

 櫻のこのまとめを以って、今日は終幕。時計は十時を指している。雨音に代わり、秋の虫の音が静かに、そして深く響いていた。魂を鎮めるが如く...

 

【参考情報】 イベント情報の載せ方いろいろ / いざ、パックテスト!


嗚呼青春、十八切符之旅

27. 嗚呼青春、十八切符之旅


 台風一過、九月九日は、この上ない上天気となった。青春18きっぷというのは、二人以上で使う時は、同一行程で動くのがルールなので、出発駅が異なる場合は、どちらかの駅に合わせないといけないのがネックであり、メリットでもある。「これも千歳さんのトリックかしら」とか言いながらも、櫻は軽やかに自転車を飛ばしていた。待合せの駅へは徒歩で行けなくもないが、これまで数度、彼のマンションのゴミステーションに同行しているため、勝手知ったる何とやら、自転車を内緒で駐めさせてもらうつもりでこうして走っているのである。(弁当を用意するのに手こずって出発が遅れた、というのが元々の理由ではある。) 橋を渡っているとどうしても干潟に目が行ってしまう。「一昨日の台風、それに増水、どうだったんだろ?」 グランドに溜まった水がまだ退けてないこと、枝の束がグランド脇などに積まれていること、など大まかなところはわかるが、眼鏡の具合があまりよろしくないらしく、干潟が再水没して、ゴミがまた大量漂着(いや沈着か)したことまでは、どう凝視してもつかめないのであった。兎にも角にも、今日のところはクリーンアップの件は二の次。三十路であっても青春気分(?)に浸れる十八切符の旅、これが本題である。

 よくよく考えると、朝の待合せは早くても九時台というのがこれまでの二人。今日は新宿を九時六分に出る「ホリデー快速」に間に合うように動いているため、正しく「おはようございます!」の時間に顔を合わせている。六月君から仕入れた情報によると、「人気があるようなので、出発二十分前には着いてないと」となり、余計に早くなっている。

 かくして、その二階建て車両の二階席に無事落ち着き、出発を待つことになる。この列車、山梨方面に行くのがウリなので、小淵沢まで行って、小海線のハイブリッド車両「こうみ」に乗ってみる、という選択肢もあったのだが、「それだと、清里とか野辺山とかに行って戻ってくるだけですもんね」ということで、当初予定通り、荒川の上流とか中流とか、何でもいいからぐるっと廻って戻ってくるルート、で落着した。

 九時十九分に三鷹を出ると、下り列車は高架線を走る。東京西郊はふだんご縁がないので二人して、「ありゃ、いつの間に?」となる。新たに見渡せるようになった南側の風景は、二階席ということもあり、より広がりを感じさせる。この方角は山らしい山もない。「ビューやまなし号」とはよく言ったものである。

 higata@の方は、lefront@さんと、edy@さんが加わって、何となく賑やかになり、下見を兼ねた打合せの件も思いがけない提案から、より盛大なものになりそうだった。

 「私、荒川の船下り、初めてなの。千歳さんは?」

 「隅田川を走る水上バスには乗ったことあるけど、荒川はないねぇ」

 二人の眼下には、台風増水に見舞われた後の浅川が流れている。川を見ていると、どうしても地元の話題になってしまうのだが、降車駅が近づいてきた。

 「なぁーんだ、四十分弱で着いちゃうの。ホリデー快速だから、のんびり走るのかと思ってたのに」

 ツッコミどころではあったが、千歳は「なるほどねぇ」とか言っちゃってのんびりしている。

 「弥生ちゃんのツッコミ、見習ったら?」

 「ビューっていうくらいだから、速いんだよ」

 ワンテンポずれている千歳だったが、下車するのは早かった。これぞビュー状態(?)である。九時四十四分、八王子着。ここから荒川上流方面をめざす訳だが、ローカル線の旅はビューとはいかない。

 「はぁ、乗換、三十分。駅前、散歩しますか?」

 探訪が趣味の千歳、地域のネタ探しがお好きな櫻。趣向が共通していると、こういう時、バタバタしなくて済む。それにしてもよく晴れたものだ。

 「櫻さんて、やっぱりハレ女?」

 「そういう千歳さんは? ハレ男、いや、ハレ王子かな」

 確かにここは八王子だけど... いつもながら、舌好調の彼女である。


 次は十時十五分発、川越行きに乗る。

 「あら? ドア閉まってる」

 「どうぞ、櫻姫」

 千歳はドア横のボタンを押して、乗車を勧める。ドアの開閉はセルフ式。八高線ではこういうエスコートができるのがポイントである。

 箱根ヶ崎~金子~東飯能と北へ向かう車窓の眺めは、森や緑が目立つ。先刻までは雑談中だったが、今は黙々と景色を楽しむ二人。入間川に差し掛かった。悠長にも犬を水浴びさせている一行がいる。

 「ここも増水したんでしょうね。今また水が来たらどうするのかしら?」

 「漂流犬になっちゃうのがオチ...」

 「笑えないんですけどぉ」

 小宮~拝島間では多摩川を渡っていたのだが、うっかり見過ごしてしまった。その分、この入間川に注目が集まった訳だが、犬に話題をさらわれているようではまだまだである。

 さて、時刻表(ケータイではなく、あくまで冊子)で、ある程度の乗換なり接続なりを調べておいた千歳は、高麗川から先へ乗り継ぐまでの空き時間を見越して、

 「じゃ、このまま武蔵高萩へ」

 「あら、ここで乗り換えるんじゃ...」

 「次の高崎行きまで、四十分空くからね。一駅行ってまた戻って、てのはどうかなと」

 「高麗川で曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が見頃って聞いたけど、ここじゃないの?」

 「その巾着田(きんちゃくだ)までは、徒歩で片道四十分なんだって」

 「まぁ、よくお調べで」

 という訳で、列車主体の旅は続くのであった。千歳としては曼珠沙華も悪くはなかったが、「この天気、この気温じゃあね」というのもあった。帽子を被っていない櫻が、このカンカン照りの中、外を出歩くとどうなるか。まして、お顔が日焼けすることにでもなったら。

 「櫻さん、日焼けすると、眼鏡の跡とかってつきませんか?」

 「現場出るときは一応帽子被ってますからね。この間はルフロンのおかげで曇り気味だったから、被らなくて済んだけど」

 眼鏡が気になる千歳である。彼女は彼氏の前ではまだ、眼鏡を外していない。

 かつてはローカル色豊かな小駅だった武蔵高萩。今はちょっと立派な駅舎になっている。

 「北があさひ口、南は『さくら口』!」

 お誂(あつら)え向きの「さくら口」を出ると、小さな駅前通りが伸びていて、両脇には桜らしき並木が青々と葉を揺らしていた。

 「千歳さんたら、ここに連れて来たかった、てこと?」

 「いえいえ、偶然ですよ。むしろ櫻さんに招かれた感じ」

 「正直ねぇ。こういう時は多少見栄張ってもいいのに」

 そうは言っても嬉しそうな櫻は、「ブロマイド写真、お願いします!」と来た。題して「桜の木の下の櫻さん」。これはまた絵になる。

 「拡大プリントして貼ろっかな」

 「じゃ、出演料頂戴っ」

 並木道を往復すると、ちょうどいい時間。十一時三十八分発の川越線で再び高麗川へ。そしてここからが本日のメイン行程となる。ディーゼル列車に揺られての旅、時間にして百分である。

 ディーゼル列車は、対面式の二人席が設けてある。夏休みが終わり、行楽客も少なめのようで、難なくその一席を得た二人。「向きは交代交代で行きますか」 これまたカップル向きの設定である。八高線の評価は上々となる。

 十二時二分、明覚(みょうかく)で席を交代したら、お弁当の時間である。このクロスシートの欠点は、折り畳みテーブルとかがないこと。だが、櫻手製のデリランチにテーブルは要らない。数種類のパテネタをパンに乗っけて頬張るだけ。副菜の豆サラダは別の器に小分けしてある。

 「お昼、すっかりお任せしちゃって、すみません」

 「いやいや。18きっぷ代を考えれば安いものです」

 「じゃ遠慮なく、いただきまーす」

 車窓を流れるのは、より傾斜のある丘陵、より深い森林。時には竹林、あるいは、暑さにうだるヒマワリ畑。二人の会話もゆったりと流れていく。折原に着く頃にはお昼は食べ終え、再び座席交代。この後、通り過ぎる荒川を撮影するには、この進行方向席ならバッチリである。

 十二時二十五分。ここは荒川の中流か上流か。多少徐行しながら列車は橋を渡る。程よい蛇行、白々とした中州、濁りが残っている観はあるが、総じて清らかな流れである。サギがウロウロしているのは川魚が居る証しか。

 「台風の時ってどうだったんでしょ?」

 「九月七日の朝四時とか五時とか、四メートル近くあったんだそうで」

 「じゃ、あの河原とかも水没?」

 「蛇行してるどこじゃないでしょうから、川幅全部使って、ゴーッて、ね」

 話はそのまま地元の増水状況に。

 「河川事務所の情報だと、七日の夜から八日の早朝にかけて、五メートル前後にまで増水してたみたい」

 「エーッ、そんなぁ。じゃ、干潟は?」

 「八日の朝に一応見に行ったんだけど... モノログに載せるのはちょっとどうなかって」

 「皆、ガッカリするからってこと?」

 「干潟の方は水位が下がった後じゃないとわからないけど、とにかくグランドの脇とかにも漂着ゴミが散らばってて、その...」

 寄居を過ぎ、今はのどかな田園風景の中を走るディーゼル車。言葉少なの千歳に対し、櫻はエールを送ってみる。「現地情報は皆で共有しなきゃ、ね?」

 後日、視察しに行って、グランドと干潟と、とにかく増水後のあるがままをモノログに載せる、ということで話はまとまった。会話は通常モード(?)に戻る。

 「それにしても、『用土』って、どうよ?」

 ここは彼女に一本か。いやいや、彼も負けてはいられない。

 「土用が丑なら、用土はウマ?」

 「マイナス1,000点てとこスね。せっかく今日で20,000点だったのに、あーぁ」


 あと二十分弱で終着。県境を流れる川を越える。

 「これって利根川?」

 「神流川(かんながわ)、だそうです」

 「川の神様に出会える場所、かな?」

 短冊に込めた願いを再び思い出す櫻。心の中で「ありがとうございます」と呟く。そんな彼女の想いも乗せて、列車は快走する。そして百分後きっかり、十三時五分、高崎に到着。ローカル線の旅は続いているのだが、急にあわただしくなる。

 「同じホームの四番線て何スか?」

 「とにかく急ぐべし。乗換時間二分です」

 「エッ! ホームの端から端? マジ?」

 何とか信越本線に乗り換える。めざすは横川である。

 「いっそのこと、高麗川から横川まで直通運転にすればいいのに」

 「いや、高崎までは非電化だから」

 「あれ? これって電車?」

 「せっかく電化されてるんだから、電車走らせないと、ね」

 停車本数は少なかったかも知れないが、かつては特急列車も停まった安中や磯部。何となく陰翳漂う佇まいながら、JRの本線駅としての威風のようなものが感じられる。特急が通らなくなって久しいが、駅も線路も健在。今日も堂々と電車は走る。普通列車ベースの路線はいい意味でスローに通ず。横川までは三十分余り。この程々な感じがまたいい。


 十三時四十分、横川に着く。降りる客はまばら。折り返しに乗り込む客もまたまばら。客が少なければ、なおのこと。ましてやここはローカル線。だが、しかし、である。釜めしを大事そうに抱えた見慣れた少年が近づいて来るではないか。

 「やぁ、六さんじゃございませんか!」

 「あれれ、千さんと櫻さんだぁ」

 「どったの、六月君。18きっぷツアーって夏休み中にしなかったの?」

 「へへ、江戸東京博物館の『大鉄道博覧会』を優先することにしたんで。あと、八月って皆考えること同じだから、結構混むんですよ。だからずらしたんだけど...」

 六月としてはお二人さんがここにいることの方がずっと不思議だった。

 「そっか、先週ホリデー快速がどうのって、千さんがおかしなこと聞くから何だろうって思ってたんだ。デートだったんだぁ」

 「千さんがね、どうしても私と八高線乗りたいって言うから」

 千歳も六月もこれにはお手上げ。

 「ハハ、ま、そういうことです。でも、この後はどこ行くの?」

 「特命ですよ、特命。両毛線乗って、さらに烏山線...」

 「じゃ、特命ついで。一枚撮ってくださいな」

 櫻は六月が提げていた釜めしを預かると、代わりに千歳のデジカメを手渡す。そして、

 「あ、千歳さん、こっちこっち」 横川の駅名標を見つけて並んでみる。ただの標示板ではない。峠越えの眼鏡橋を背景に「横川」と書かれた幻想的な一枚。さすが、目の付け所が違う。

 「じゃ撮りますよ」

 少年が構えた時、櫻は突如、眼鏡を外した。

 「え? あれが櫻さん?」

 手がブレそうになったが、何とか撮影(特命)成功。隣の彼氏が異変に気付いた時にはすでにいつもの櫻に戻っていた。鈍さ加減は相変わらずである。

 「六月君も証拠写真撮っておかないとね」 撮影係を申し出た櫻は、峠の釜めし屋の前に少年を立たせる。文花はまた別かも知れないが、蒼葉と舞恵には確実に憧憬感情を持っているこの少年。ここに来てまた新たな対象が現われたことで、どうもぎこちなくなっている。

 「ホラ、肩の力抜いて、そうそう」 釜めしの重量に任せて、手をダラリ。ちょっと冴えないが、自然な感じで撮れたようだ。

 発車時刻が近づいてきた。「じゃ今度は十七日、ね?」

 「は、はい」 硬さがとれていない。いつもの六月と様子が違うので、千歳が正気付けてみる。

 「そうそう、六月先生。高崎線でオススメの駅ってどっかあります?」

 「神保原(じんぼはら)のホームに面白いものありますよ」

 そう告げたところで、ドアが閉まった。「神保原、てか?」

 普通電車は少年を乗せて高崎へ。車内で釜めしを食べる予定だったんだろうけど、青空に映える妙義山なんかを眺めながらボーッとしている。お熱いうちにどうぞ、と言いたいところだが、外も暑いから仕方ないか。この日この時、実に三十度超である。


 横川に来たからには、碓氷峠鉄道文化むらに行かない手はない。展示館、資料館と気の向くままに見ていたら、二時間近く経っていた。十五時五十四分、横川を発つ。嗚呼青春の鉄道旅行は、ここから帰路となる。

 十六時半。千歳と櫻は高崎を出発。六月は同時刻、小山を出たところである。高崎から宇都宮まで直通する列車を選ぶあたりはさすがだが、鉄道文化むらに少々ハマってしまったのが誤算だったようで、もう一つの特命の方がギリギリになってしまっていた。

 「この大金駅での三分間が勝負!」 はてさて小梅嬢は彼に何を頼んだのだろう?


 朝方のビューのようにはいかないが、今二人が乗っているのも一応快速列車。ただ、熊谷までは各駅停車なので、スローな感じである。このまま乗って上京してもいいのだが、六月からまた耳寄りな情報を得たからには、そうはいかない。

 十六時四十五分、目的駅に到着。早速、ホームの物色を始める。

 「あっ!」 程なく二人が見つけたもの、それは七福神だった。大黒天様から毘沙門天様まできれいに並んでいる。神保原の神は、この福の神に通じるということか。

 

 「それじゃ私は、ご縁がありますよーに、で五円玉。千さんは当然、千円札ね」

 「またぁ。七福神さんだから、七円かな」

 額面とかその根拠はさておき、何事もご縁は大事にしたい。ここで遇(あ)ったが何とやら、である。「いい旅でした。感謝感謝...」 櫻がお辞儀をしている後方で、千歳はある赤い花とにらめっこしていた。「上里(かみさと)町の花『サルビア』!?」 夏は過ぎしも、誰かさんの燃える思いはまだ続いているのだろうか。今日の暑さもあってか、さすがに瑞々しさはないものの、その赤はやはり強烈。南実のことが頭をよぎる千歳である。これもご縁のうち、と心したい。

 「そうだ、千歳さん、写真撮らせて」

 「どしたの急に」

 「七福神の皆様と一緒よ。いいでしょ?」

 「はいはい。八番目ね」


 十分後、普通列車が入線してきた。四人掛けのクロスシートに横並びで座る二人。ちょっとした打合せにはもってこいである。デートと言えども、この話題がないとやはりしっくり来ないようだ。櫻は、先週のうちにまとめておいたという実施手順と注意書きのラフ案を取り出す。「千歳さん、赤入れお得意でしょ。よろしく」

 公務員というだけのことはあって、なかなか高度な文書に仕上がっている。「とすると、あとはフローチャートか」 より視覚的に手順がわかるようになっていれば、さらに完成度が上がると踏むマネージャーであった。傍らで櫻は、安心したような穏やかな表情でスヤスヤと眠っている。カーブが少ない高崎線、その適度な揺れ心地が良かったようである。

 熊谷から先もひたひたと各駅に停まって行く。荒川の流速は電車には及ばないだろうけど、各駅くらいのスピードの方が荒川と並行して走っている実感も得られるというものだろう。熊谷辺りから荒川との並走が始まる。川と線路は近接している訳ではないが、感覚的にはそう言い得る。熊谷近辺でも七日の早朝は五メートル超の水位を記録したと言う。平静を取り戻した荒川は今、西日を集めながら、ゆっくりと流れていく。櫻の夢の中でも、同じように川の流れが映っていた。列車は大宮の手前辺り。そろそろ夢から覚める頃合い。


 同じ頃、六月君は烏山線の大金(おおがね)駅で特命を遂行中だった。十七時五十五分、無事同駅に着くも、その三分後には、烏山から来た上り列車に乗り換えなければならない。制限時間は三分、その間に、大金←→宝積寺(ほうしゃくじ)の硬券切符をゲットしようという離れ業である。「ハハハ、間に合ったぁ」 縁起モノを入手するのは大変ではあるが、労苦を伴うからこそありがたみも増し、然るべき報いも出て来るのである。特命を完遂し、こちらもスヤスヤ。だが、この上り列車は残念ながら宇都宮止まり。六月の乗換はまだまだ続くのであった。


 十八時過ぎ、高崎線組は大宮に到着。新宿を出てから、十時間近くが経過。日は落ちて、秋の空気がホームを満たす。

 「私、四十分も寝てたんだ。デート中だってのに、ねぇ...」

 「僕が連れ回して、おつかれモードにしちゃったから、かな?」

 「今ね、おぼろげだけど川の夢、見てたの。何か癒される感じだったなぁ。なんで、別におつかれじゃないですよ」

 二人が出逢って、五ヶ月余り。お昼を一緒に、というのは何度かあっても、夕飯については何と今回が初。記念すべき一大事だと思うのだが、両者ともに素っ気ない。エキナカというのは、その駅の地域性とは無関係かつ無個性だったりするものだが、今日のところはその利便性を享受すべく、カレーで済ますことと相成った。

 彼女曰く、「彼氏とカレー、なのだ」 ツッコミどころをまたしても逸してしまうところだったが、「櫻さんはサフランライスがお好き?」 何とか応酬する彼氏。これじゃ二人ともボケ役である。

 「例の曲、その後どうですか?」

 「えぇ、ボチボチ。明るめの方は、マスターしました。もう一つのダンサブルな方は、つい聴き入っちゃって、まだ途中です。へへ」

 「まず一曲、どこかで鍵盤叩いてもらって、PCに取り込むのやってみたいですね。メロディラインをデータ化するとどうなるのか、楽しみです」

 「タイトルは付けました。サビの歌詞も少々」

 と言っておきながら、それはまたのお楽しみ、とはぐらかす。

 「千歳さん、来月お誕生日でしょ。その時にお披露目ってことでいかが?」

 七夕の時もそうだったが、これが櫻ならではの発想&演出なのである。決して甘口なカレーを食べている訳ではないのだが、気分的にはすっかりマイルドになっている千歳なのであった。


 さて、お二人の利用駅が異なる場合、18きっぷというのは使い勝手が悪くなる。千歳は櫻サイドに従うつもりでいたが、「いえ、私が...」と来られては、返す言葉がない。

 ドキリとするも、あえて理由は聞かなかった。櫻は自転車に乗って帰らないといけない。だが、それは彼の知るところに非ず。

 「櫻さん、夜道を歩いて帰るのって、ちょっと...」

 「え? 送ってくださるの?」

 「いやその...」

 拙宅にお招きする、というのはまだどうもなぁ、と彼氏は大いに躊躇(ためら)う。櫻もその辺は十分察知していたが、自分からは言い出せない。ここは一つ正直に、

 「実は自転車で来てまして。ドキドキさせちゃって、スミマセン。でも...」 ここからがまた実直な気持ち。「いつかご招待くださいネ」

 彼氏はいろんな意味でへなへなになっている。彼女はさらに仕掛けてみる。

 「千歳さん、今日は楽しかったです! また何処か...」

 仕掛けたものの思わず言葉に詰まる。こうなるとあとは勢い。櫻は両手で彼の手を握る。

 「櫻さん...」

 七月七日、九月九日、数字並びの日にドラマが深まる感じである。となると、次は十一月十一日。何かが起こりそう? いや、それがわからないからドラマは成り立つのである。


 十九時四十六分。快速に乗ってきたとは言え、この時間である。少年はやっとの思いで大宮に着く。18きっぷは明日まで。この日、きっぷを無事消化できてホッとした旅行者は他にも大勢いる筈だが、六月君の思いはまた格別だろう。「高崎・信越・両毛・烏山・宇都宮...」 ぐるっと廻って、ミッションをこなし、証拠写真まで撮ってもらった。彼のリュックには、空っぽの釜めし容器が入っている。空でもズシっとしたその感覚は更なる充実感を掻き立てて、止まない。


【参考情報】 青春十八切符之旅(1) / 青春十八切符之旅(2)


巡視船紀行

28. 巡視船紀行


 下見と打合せ、それだけでもちょっとした場になるが、higata@の面々にはさらに前座が用意されていた。その名もズバリ「巡視船で行く荒川下流の旅」、オプショナルツアー企画である。前座がオプションというのも変なら、ツアーの方が本日のメインイベント要素が強いというのもまた妙である。九月十七日は祝日だが月曜日。環境情報センターはもともと月曜定休。千歳も同じく定休日。祝日が月曜の場合、休日が減るのと同じになるので、割を食う訳だが、今回の企画はその変則性が幸いした。予約が可能なのは平日のみ。ただし、臨時貸切となると、月~金で祝日に当たる日なら可とのこと。これには、河川事務所の課長さんが一役買ってくれた。

 「敬老にちなみ、掃部(かもん)先生への祝意、干潟再生に向けた皆さんのご尽力への敬意、そして、娘どもがお世話になってますことへの謝意とを兼ねまして...」 干潟に程近い場所にあるリバーステーションにて、まずは開会の辞を述べられる。当の娘二人は満更でもなさそうだが、特に声援を送る訳でもない。父親は照れながらも苦々しい表情を浮かべる。そこそこ拍手があったのが救いだった。

 ツアーの意図が今述べたようなことだと、公私混同然としてしまうので、表向きは環境情報センターの主催(但し、参加者限定)ということにしてある。チーフは予め、来るべきセンター運営団体の法人化に際し、役員候補(現・世話人)の方々にもお集まりいただいていた。この中には櫻の顔なじみもポツポツいらっしゃるが、今日はせいぜい会釈する程度。人選はまだまだ先だし、代表理事になるべき人物の意向とか、会員制に移行した際にそのまま会員として協力いただく方々の動向によっては、また顔ぶれが変わる可能性がある、というのがその理由。今のところは適度な距離を置かないといけないのである。気疲れしそうな場面ではあるが、「ま、気楽に行きましょ。その辺は千歳さんに倣(なら)って、ね」 視線を送った先の彼は、八広と雑談中。

 「じゃ今日は休日出勤?」

 「期末はいそがしいんだそうで。来週も返上みたいスよ」

 雨女ルフロンさんが来ない、となると... 確かに快晴だし、気温上昇も著しい。初音予報士はデジタル温度計をかざし、「おぉ、早くも三十℃突破?!」 現在時刻、午前十時前である。

 珍しく(いや姉妹そろっての登場は今回が初!)、櫻と一緒に来ていた蒼葉は、その予報士の仕草を眺めつつ、「何かチャキッとした感じ。昔の櫻姉に似てたりして...」 得意の人物評を考えている。傍には蒼葉ファンを自認する少年がニコニコしながら立っている。

 「あれれ、六月君、お姉さんは?」

 「エ? お姉さんてたくさんいるけど、誰のこと?」

 「アハハ、弥生ちゃんが手を焼く訳だ」

 プログラムの目処は立ったし、後期授業も始まったため、センターでのインターン作業はひと区切り。小遣い稼ぎは、またバイトの方に力点を移しているとのこと。

 「そっか、楽器店でね。ちょっとは上達したのかなぁ?」

 案外謎が多い弥生嬢。彼女のブログだかSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だかに関してもhigata@メンバーは存じ上げていなかったりする。何の楽器の練習中か、ということも知っているのは蒼葉くらいか。

 肝心の先生は、「いやぁ、船は遠慮しとくは。自分で漕ぐならまだしも、な」とのことで、やむなく辞退。だが、明晩はお待ちかね(?)の文花との対談がある。二日続けてご対面、というのを避けたフシはある。業平は次の実機試験に向けた研究に没頭中。冬木は情報誌発行大詰めで出勤中。十月の定例クリーンアップ予告の扱いについて、今日の打合せ結果を待つ必要上、致し方なく、というのも休日ご出社の背景にある。放っておくとフライングしそうな惧(おそ)れもあるが、そこは文花がクギを刺すことになっている。そういう使い方ならケータイとしても本望だろう。

 巡視船には、河川事務所職員も数名乗り込む。石島親子以下、干潟の衆は、Ms.サルビアさんが来るのを待つ。出航時刻をちょっと過ぎた頃、「わぁ、待ってぇ!」 いつもとノリが違うお嬢さんがいつもの自転車を飛ばしてステーションに駆け込んできた。

 「駆け込み乗車はおやめ...」 六月がアナウンスするも、それを遮るように、

 「駆け込み乗船ネ」 櫻が笑う。

 「ごめんなさい、皆さん。道路のコンディションがあまり良くなくて」

 ゴミの回収代行に続き、今日の巡視船貸切と、ここへ来て父権というか、面目を回復しつつあったのだが、南実のこの一言で忽ちトーンダウンである。「親父、ダメじゃん」 長女からダメ出しを食らう石島課長であった。台風増水に伴い、河川敷道路は所々泥が浸かり、電動アシスト車でも苦戦した模様。だが、この件で課長を責めるのは酷というもの。それは娘もわかっていたし、一同も重々承知。言葉遣いは乱暴だが、他意も他愛もない、初音ならではの表現なのである。

 その初音嬢は、初めて見る長身の女性が気になって仕方ない。タンクトップの上にフリルブラウス、そしてクロップドパンツ。「何かモデルさんみたい」 船に乗り込む途中、そのモデルさんがふと立ち止まったところで、後ろにいた初音が接触。「あ、ごめんなさい」 その柔らかな一声に、蒼葉は振り返る。どこかで聞き覚えがあったのである。「いえいえ。こちらこそ」 その聞き覚えの件は、後で姉妹と会話する中でハッキリすることになる。

 六月、八広、櫻、千歳と続き、先輩・後輩コンビ、最後に課長が乗り込んで、いざ出航。時間の都合もあり、めざすは総武線鉄橋辺り、と少々曖昧な設定である。石島シスターズはすっかり有名だが、石島父はまだまだマイナー。「あの娘にして、あの父?」という点で興味津々なのが女性陣。南実は今更ながら「やっぱりねぇ」と文花とコソコソやっている。千住姉妹も初めてお目にかかる。前に立っていると、必然的に注目が集まる訳だが、娘にやられることが多い手前、若い女性に対してはどうも兢々(きょうきょう)となってしまう。モデルさんと目が合おうものなら、尚更である。

 「エー、改めまして。皆さん、本日はようこそお越しくださいました。小職、石島湊と申します」 あがっているせいか、所属と職掌を言い忘れている。掃部先生がいらっしゃらないので、余裕の構えでいたが、いざ話を始めるとこんなものである。チーフの招待客ご一行の席も少々ざわついている。何はともあれ、十七日にちなんでか、ちょうど十七人の客を乗せ、川下りが始まった。

 「時速は約四十キロ出ます。リバーステーションを交通拠点にすれば、下流各所を結ぶ足になると思いますが、これは巡視船なもので...」 課長のトークが続く。仰せの通り、結構な速度がすでに出ている。荒川沿いを走る鉄道等がないことを考えると、水上交通の意義は大きく、相応の速度で結ばれるなら、交通手段として十分成り立つと思われる。荒川・新河岸川・隅田川を結ぶ水上バスは一応あるが、観光要素が強く、週末中心。生活の足としては考え難い。荒川に定期的な水上便が通れば、南実だって自転車ではるばる遡ってくる労を節約できる訳である。

 それにしても、川における四十km/hというのは本当に速い。水門だ、干潟だ、と見つけるもそれも束の間、すぐ後方に流れて行ってしまう。干潟チームの九人は、下流に向かって左側に固まって着席している。その一団先頭の文花は、「あら、都市農業公園だわ。寄り道したいけど、ムリよね」 隣の南実は、「ステーションがあればいいんでしょうけど。あぁ、反対側ですね。残念」 早くも新田(しんでん)を通過するところである。

 巡視船の概要、下流の概況などに続き、ちょっとした観光案内が入る。苦手な先生が不在の分、徐々に調子が上がってきた石島課長である。

 「この辺一帯は、足立桜堤ですね。で、見えてきたあの橋、高速道路の上下線が二階建てになっているのが特徴です。五色(ごしき)桜大橋と言います」

 

 「なんか、桜、桜ってどうなってるの? 名前呼ばれてるみたい」

 「そりゃ、櫻さんあっての荒川ですからねぇ」

 「まぁ、千さんたら」

 何故か課長は乗船名簿をチェックし出して、「今日は櫻さんがいらっしゃいますね」

 「あ、ハイ」

 千歳の隣で手を挙げる女性。本当に名前を呼ばれるとは。「あぁ、貴女(あなた)でしたか。結構なお名前で」

 櫻を知る別の一団の方が何だか騒がしい。そこそこウケているようである。だが、当の課長さんは、千歳に然るべき連れがいることがわかり、ちょっと曇り顔になる。

 そのお二人の前には、六と八の数字コンビが並んでいた。「あっ、日暮里・舎人(とねり)ライナーだ!」 さすがは鉄道少年。まだ開業していない路線も一発で当ててみせる。「八広さん、撮ってよ」 頼りないケータイをさっきから構えてはいたが、どうも覚束(おぼつか)ない。「隅田さんがちゃんと撮っててくれるよ」

 後方では、撮影係がバタバタやっていた。「え? あれ撮るの?」 すでにその新線は後ろに行ってしまった。「へへ。また、後でってことで」

 振り向くと、姉妹と通路を挟んで蒼葉がニコニコしている。「ね、千さんて、スローでしょ?」

 配られた地図を見つつ、解説を聞きながら、写真を撮り、メモを取り、である。決してスローだから、という訳ではない。

 「そういうところがいいんじゃない。ねぇ、千歳さん?」

 「まぁまぁ。船の中でもノロけられちゃ、やってられないわ。船酔いしそう」

 櫻は斜め後ろを向くと、

 「どれどれ。はぁ、確かにお顔が蒼白してるわねぇ。下船した方がいいんじゃない?」

 「私のは美白。姉さんと違って灼けてないもん」

 石島姉妹は千住姉妹のこうしたやりとりを聞き、姉妹のあり方を参考にしているようだったが、可笑(おか)しくて仕方ないらしく、ヒーヒーやっている。父はそんな娘たちを微笑ましく見ている。


 扇大橋を過ぎたところで、再び課長がマイクを取る。波が護岸を浸食するのを防ぐための通航ルールと標識についての話になった。この辺りのヨシ原は「自然保護区域」に重なる。ヨシ自体、ある程度の消波効果を持っているものの、船舶が大波を立てて通ると、さすがに効かず、水際が浸食されてしまうことになる。そのため、減速と「引き波禁止」の指定になっているんだとか。

 「橋みたいな記号に赤で斜めに引いてあるのって、そういう意味だったんだぁ」

 「橋の下は通航禁止とかだと思ってたけど、あれって波だったんだね」

 「石島さん、あれじゃ波だってわからない、って意見が...」

 櫻が課長にツッコミを入れている。「あ、いやぁ、そればっかりは...」

 先生ご不在でもこれじゃ先が思いやられる。

 「あの、いつもの干潟のところも、指定してもらうことってできるんですか?」

 今度は南実が発言する。かつて、大波にしてやられた経験あってこその貴重な声である。

 同行の職員とヒソヒソやってから、「いただいたご意見は一旦お預かりして、また改めて...」 だんだんアウェイな雰囲気になってきた。娘がいる手前、冷や汗もひとしおである。

 早くも小菅(こすげ)を過ぎる。排水機場、水再生センターなどに続いて、京成線の橋梁が見えてきた。六月がまた声を上げる。

 「おぉ、スカイライナーだ。千さん!」

 「今度は大丈夫。グッジョブ?」

 「スカイライナーかぁ。空飛ぶ特急って感じね」

 これには六月も感心する。斜め後ろを振り向くと、櫻と目が合った。いつも通り、眼鏡越しでアイコンタクトをとるも、横川駅で素顔を知ってしまってからは、ついソワソワしてしまう。少年の心はスカイライナーの如く空を舞う... ちょっと大げさか。

 櫻の素顔については、この人も知るところではある。ただ、しっかり拡大プリントでもしない限りはわからない、ということに今はなっている。

 「千歳さん、私のブロマイド写真て、どうしました?」

 「肖像代、払わないといけないからまだプリントしてないです。へへ」

 「六月君に撮ってもらった方は?」

 「眼鏡外した櫻さん見るの、ちょっとおっかなびっくりで」

 「そっかぁ。私ね、本当は素顔をお見せしたくてずっとウズウズしてたんです。でも、ね...」

 何かを察した蒼葉が斜め後ろから声をかける。

 「櫻姉、ホラあれ! ハープ橋だって」

 「あら、本当ね。爪弾(つまび)くと鳴るのかしら?」

 「ちょっと、千さん、何とか言ってやってよ。姉さん、ここんとこおかしいのよ」

 「そういうところがいいんだよ。ね、櫻さん?」

 「もう、二人してぇ」

 十代姉妹は笑い転げている。時刻は十一時過ぎ。そろそろ折り返し地点である。


 「では、ここ平井大橋で引き返します。どっかの学者先生が発音すると、白井大橋... いや失敬。今日先生いらっしゃらないから、つい口が」

 「こらぁ、真面目にやれぇ!」 笑っていた余勢に乗って、長女が野次を飛ばす。憎まれ口ではないことは誰が聞いても明らか。ほのぼのしたワンシーンである。

 「あっ、今度は成田エクスプレスだっ」

 巡視船が総武線鉄橋と並行する位置合いになった時、下りの空港行き特急が音を立てて走り抜けて行った。少年は感無量である。撮影係は、デジカメの電池残量が少々気になってきた。「ムム、鉄道をとるか、漂流ゴミをとるか...」 究極(?)の選択を迫られていたが、こういう時こそ、彼女に頼らないといけない。

 「あ、私、カメラ持って来てたんだ」

 「おぉ、神様、櫻様...」

 「?」

 櫻は六月にカメラを預け、千歳は本来の撮影対象に専念することになる。

 「そういうことは早く言ってくれなきゃ」

 「ハイ、櫻姫」

 平素は的確な指示をよこす職人肌の千歳が、櫻と相対している時はちょっと冴えない一面を見せることが八広には滑稽ならしく、当人の斜め前で「クク」とかやっている。

 隣の少年は車掌の如く、「次は八広(やひろ)ぉ。八広を出ますと、曳舟、押上...」 といい調子。八広はハッとして、船窓の外を見る。上り・下り双方の京成電車が走っていく。

 「そっか、ここが。漂着ゴミとか凄そうだね」

 「自分の名前と同じとこは、やっぱ自分で何とかしないとね」

 「まいったなぁ」

 今は千歳が笑いをこらえている。櫻は一人で「やしろぉ、しきふねぇ」と悪ノリ中。何かと話題のその先生の新弟子さんも同じようなことを思いついている。

 「先生きっと、ヒヌマって発音できないかも」

 課長の話では、八広付近に生息する絶滅危惧種「ヒヌマイトトンボ」に配慮しながら慎重に、京成押上線の架橋(架け替え)工事は行われたんだそうな。

 「そのトンボの話、先生の著書にも出てたわね。南実ちゃん、覚えてる?」

 「発見されると、どんな大がかりな工事も止めざるを得なくなる、とか」


 higata@に加わった冬木からは、情報誌に載せる予定の開催予告(十月七日)の文案と一緒に、他の実施予定会場の情報が流れてきていた。手元の地図を見ながら、その会場の位置をチェックする千歳。だが、会場選定の基準が今ひとつ掴みきれていない様子。こうして船から眺めていると、漂流・漂着ゴミがどのような状態になっていて、どこに溜まりやすいか、といったこともハッキリするのだが、必ずしもそうした視点とは一致しない場所で展開されているようである。

 「おそらく、行きやすい場所かどうかとか、洗い場やお手洗いが近くにあるかとか、足場は安定しているかとか、いろいろあるんだと思う」 手順や諸注意の案をまとめただけのことはあって、櫻はもっともな見解を述べる。参加者の利便性や安全性を優先せざるを得ないのはわかる。だが、クリーンアップに力点を置くとするなら、船で横付けするなどして重点的にゴミを集めるという選択も有り得るのではないか。

 船は北上を続ける。上流に向かって左側の景色が移ろっていく。鐘ヶ淵を過ぎると、

 「あら、隅田水門ですって」

 「水門の両脇、何だか草茫々(ぼうぼう)だねぇ」

 「自分の名前のとこは... フフ」

 「草刈り機、先生から借りるかな」

 水門左岸はオオブタクサ、右岸はアレチウリ。いずれも外来植物で、その繁茂ぶりは目を覆うばかり。ここで課長が問題提起を入れる。

 「まぁ、自然てのはどこまで放っておいていいのか、逆にどこまで手を入れたらいいのか、悩ましい限りです。小職はどちらかと言うと放任主義ですが」

 「だってさ」

 「親父は家のこととなると、本当に放ったらかしだもんね」

 「でも、あの干潟は何か手を入れたいみたいなこと言ってたよ」

 姉妹は何やら聞き捨てならない話をしている。それは何となく千住姉妹の耳にも入っていた。

 文花と南実は何やら金八先生の話で盛り上がっている。

 「『贈る言葉』『人として』どっちも名曲よねぇ」

 「て、先輩おいくつでしたっけ? 私、どっちも知らないけど」

 「やーねぇ、卒業式で覚えたのよ。初代金八先生やってた頃は、まだ未就学児童よ。ホホ」

 

 就学中だが、小学校ご卒業まであと半年の六月君は、トレインビューに夢中。東武伊勢崎線に続き、つくばエクスプレス・JR常磐・東京メトロ千代田の三線連続の鉄道橋に息を呑んでいる。時刻は十一時四十分頃、東武線を下り特急が通れば、常磐線は下り「フレッシュひたち」、つくばエクスプレスも下り快速列車が並走する。櫻のデジカメを懸命に操るも、この際、どうでもいい。

 「あぁ、オイラ幸せー」

 すっかり感極まっている。タイミングを見計らったかのような演出だが、あくまで偶然である。先だっての特命の報奨といったところだろう。


 往路では反対側だったため、よく見えなかった自然再生地付近に差し掛かってきた。水際に根を下ろすヨシが群落を形成し、その前には粗朶(そだ)を組んだ工作物が並んでいる。その隙間から干潟らしきものが見え隠れするがよくわからない。引き波を立てないよう、船はゆっくり川面を辷(すべ)る。

 「石島さん、波を消すものを配置するのが自然再生になるんですか?」

 「ヨシ原を保護しよう、ということです」

 「あの仕掛け自体も環境配慮型なんでしょうか」

 「えぇ、流木や廃材を細かくしたものです」

 湊は千歳の思わぬ質疑に驚くも、何とかボロを出さずに済み、ホッとしている。ところが、河川敷沿道をよく知る南実が黙ってはいなかった。

 「ここ、千住桜木ですよね。自然再生工事だかって看板出てましたけど、あんな重機とか入れて、本当に自然再生になるんですか?」

 「河岸の再生工事だったと思うんだけど」

 「明らかに河川敷の緑地を削るような感じで現場設営してましたよ」

 さすが、お弟子さんだけのことはあって、ツッコミどころが掃部流である。仰る通り、自然保護区域に対して、再生工事というのはわかりにくいし、そんな荒らしのような設営が為されたとあっちゃ...

 「小松さん、この件はまた個別に...」

 「いえ、そのうち先生を交えて」

 タジタジになっている父を見て、小気味いいようなそうでないような、今は些か複雑な感懐を抱く娘二人であった。

 今度は本名がそのまま出てきたので、櫻は目をパチクリやっている。

 「つまり、ギを取ったら、私の名前そのままなんじゃん」

 「千住桜木って、バス停もあったような... バスで訪ねて、この辺のこと調べてみますか?」

 「よかったね、櫻姉」

 「エヘヘ」

 とまぁ暢気にやっていたら、すでに小台(おだい)付近を通過中。

 「あ、いけねっ」

 船窓からは、ペットボトル、レジ袋、カップ容器等々、漂流系のゴミが下流に向かって流れていくのが見える。川の流れ加減によるのか、蛇行の角度によるのか、一時的にゴミの放出が増えただけなのか。ここに来て、急に漂流ゴミが目立つようになった。エリアが局地的なのが何とも不可解である。電池切れ覚悟で何枚も撮影を試みては、その都度、目を凝らす。

 再び日暮里・舎人ライナーの下へやって来た。まだ辛うじて残量があったので、今度はしっかり撮影。漂流ゴミと一緒、というのが千歳流である。

 「六さん、ちゃんと撮れた?」

 「あわてて撮ったら、隣の電器屋さんが真ん中になっちゃった」

 「じゃ、また弥生お姉さんに送っとくよ」

 「やったぁ。そんじゃ、櫻さんのカメラで撮った分も一緒にお願いしまーす」

 江北橋から北へ、船はなお進むも、迎え撃つように漂流ゴミも続く。

 「ねぇ先輩、この船にニューストンネットくっつけて走ったら、やっぱりいろいろ捕れるんでしょうかねぇ?」

 「あれだけ浮いてたらすぐいっぱいになっちゃいそうだけど...」

 もともとはプランクトンや魚卵を採取する用のネットだが、プラスチック系微細ゴミの調査にも使われる。荒川で実践するとどうなるか、興味深いところだが、今左岸(正しくは下流右岸)を漂う品々を見る限り、文花の言う通り、すぐに大漁になってしまうだろう。その後も、水面清掃船がどうのとか研究員らしい会話がしばし交わされる。

 千歳は撮影を休止して、某所干潟を眺める。今日のところは彼等のフィールドを船から眺めることはないが、他所(よそ)であっても川から見る干潟というのは大いに参考になる。寄居近辺では遠くにサギを見たが、下流域にも似たようなサギはいるもので、その干潟でひと休みしている。クリーンアップをしている最中は、人がガヤガヤいるので、サギが近寄れないだけなのか。人がいない時はゴミ箱干潟にも出没しているのだろうか。思いは廻る。ゴミの多寡はともかく、サギが出るということは、干潟が餌場として健全に機能していることを示していると言えそうだ。

 干潟には「ゴミキャッチャー」(フィルター)としての役割もある。下流のあちこちに干潟があることがわかり、千歳は心強く思うものの、干潟があるから安泰と言ってしまっては不可(いけ)ない。自然力による本来の再生という点では、まず干潟が自然に形成されることが第一義。そして、その干潟からいかにゴミを除去するかが、人為による自然再生の優先テーマだろう。ゴミを掬う(または救う)という干潟の機能に頼りつつも、人ができることは進んで行う可し。「捨てるのも人、拾うのも人」である。干潟に漂着したゴミについては、放任主義という訳にはいかない。サギ、カニ、ハゼ... 干潟を生息地とする多種多様な生き物のためにも、ここは人の出番なのである。

 櫻は櫻で、やはり川からの視点というものを心に強く刻んでいた。「まち」や「みち」を歩く中でその地域の良さを見出すのは、足あっての話。足が及ばないところからの視点というのはまた違う良さが見えてくる。干潟にしてもヨシ原にしても、人が踏み入れないところにある故に息づく何かがある。少なくともそこに何があるかをマップに落とし込むだけでも、地域の人達の見方は変わる筈。ゴミが漂着してちょっとした惨状を呈することになっても、そこにゴミがある、という情報を上手く伝えられれば、良くも悪くも地域を見直すきっかけになるだろう。決して悲観することはないのである。

 「漂着ゴミで地域再発見」 櫻は一つのテーマを見出そうとしていた。そして「陸の視点がグリーンマップなら、川の視点はブルーマップ、かな?」と思いつく。地域や流域の「いいもの」を探し、共有する。緑と青のコラボレーションといったところか。

 千歳の「漂着モノログ」には干潟の機能論(ゴミが集まる→人が片付ける→生き物が集まる→)が、櫻の「届けたい...」には、川の視点論が、後日それぞれ掲載されることになる。トークでは不発な面もあった石島課長だが、オプショナルツアーそのものは上々と言っていいだろう。

 櫻は、斜め後ろを振り返り、少女に話しかける。

 「小梅さん、今日見た中でどこが印象的だった?」

 「やっぱ、千住桜木じゃないですか」

 「ハハ、そう来ましたか。じゃ皆で行って、地図作ろっか、ね?」

 当初は四姉妹企画の予定だったが、この話も大きくなってきたようだ。二人で出かけるってのも選択肢だったが... どうなることやら?


 さて、石島姉と千住妹の対面がこの日実現した訳だが、お互いに聞いていた情報を交わすうちにある接点が見つかった。

 「じゃあ、あの橋を渡って、お店に」

 「六月のいつだったか、晴れた日曜、朝早かったことがあるんスよ」

 「自転車で掠(かす)って行ったの、初音ちゃんだったのね。『ごめんなさい』って一言がね、聞き覚えあって」

 「へぇ、お姉ちゃんが。何気に礼儀正しいじゃん」

 「ちっとは見直したか、ん?」

 小梅の初音評は「時にはコワイけど、本当は優しいお姉さん」に、最近はなってきていた。お手本になりそうなお姉さんが増えたことで、気持ちに余裕が出てきた、というのがその初音評のもとになっているようだ。そして、今日は蒼葉と知り合うことができた。天気同様、上機嫌の初音である。


 「名残惜しうございますが、船の旅はここまで、とさせていただきます。またのご乗船、職員一同、心よりお待ち申し上げております。本日はありがとうございました」

 終わりよければ全てよし、か。どこまでが衷心かは不明だが、締めの挨拶はなかなかの出来である。娘を含め、全員から大きな拍手が送られた。正午過ぎ、前座イベントは無事終了。

 

【参考情報】 巡視船紀行(1) / 巡視船紀行(2) / 巡視船紀行(3)



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