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九月の巻

二人のカウンター

九月の巻

24. 二人のカウンター


 誰かさんのようにクールとは言えないが、気候的には少しずつ、秋の涼やかさが同居し始めてきた。九月最初の日曜日は、暑さも和らぎ、穏やかな曇天。時々晴れ間がのぞく感じで、日焼けがどうのというのももう気にせずに済みそうである。

 八月下旬から、higata@のやりとりも活発になってきた。弥生、蒼葉の自己紹介メールに続き、文花からは掃部(かもん)先生の講座案内を兼ねた自己紹介が流れ、これでリスト参加者全員の紹介が完了。互いに面識がない組合せが一部に残るが、概ねの素性がわかれば、議論もしやすくなるというもの。八月最終週は専ら、十月最初の日曜日を一般参加可とするかどうかの件で、それは九月二日の様子を見てから決めてはどうか、手順や分担は講座の時に集まったメンバーで軽く話し合って、別途打合せ日を設けては、といった感じで話は進んでいた。

 そんなこんなでご機嫌な管理人だが、今日は櫻との再会も控えているので、さらに快調。装備の準備・点検に一層精を出している。欠席の連絡があったのは、文花からだけだったので、higata@メンバーで集まるのは自身を含め、男性三人に女性四人。これに石島姉妹が加わり、八広の彼女、弥生の弟君も参加する見通しなので、総勢実に十一名となる。過去最多というと大げさに聞こえるが、あの干潟の大きさからすればこれは十分な人数である。軍手と袋の予備はその人数を見越したもの。色違いの袋は、今回から導入予定の廃プラ専用回収袋だとか。バケツ、デジカメ、マイカップの三点は常備品だが、さらに、火バサミ(トング)、長靴を加えることにした。件(くだん)の四メートル級の増水によって、現場はとんでもないことになっているはずなので、いつも以上に入念である。南実からの潮汐情報により、今日の開始時間は前月と同じく十時半。余裕があったはずだが、気が付くとすでに十時を回っている。いつものマイバッグの他に、長靴などを詰めた大きめのレジ袋を持って、いざ出発!である。


 人数が多くなりそうなことは櫻も承知していて、袋類を多めに、そして自由研究の日に使ったレジャーシートを今回は用意していた。それに、カウンタ、クリップボード(用紙付き)、マイカップ。同じく三点セットである。十時を回った時点で、橋を渡っているところ。蒼葉と違い、視力には自信がないので、干潟の惨状はよくわからない。

 「大水の状況からして、きっとスゴイことになってんだろな。それにしても、この眼鏡、そろそろ替えないとダメかしら...」

 橋を降り、左へ折れてしばらく進む。すると、どこかで見たノロノロの自転車が。夏休みの初めと終わりに、同じようなシーンに出くわすとは、である。デジャヴのような錯覚の中、櫻は速度を上げる。前カゴに長靴袋を載せ、肩からはおなじみのバッグ。ちょっと三枚目な感じだが、彼のこういうところが気に入っているらしい。

 「千歳さん、Bon jour! Commant allez vous?」

 妹君ならこのようにフランス語で来ても驚かないが、姉君もこう来るとはビックリである。返答に詰まった彼は、Commant(コマンタ) allez(レ)~のダジャレか「困ったねぇ、ブー」とか云って彼女を笑わせている。秋の風が心地良く二人を通り過ぎる。

 「櫻さん、ここ久しぶりでしょ」

 「そうなんですよ。でも、自転車で走る千さん見てたら、自由研究デーも同じだったなぁって。つい昨日のことみたい」

 集合時間まではまだあるので、自転車を押しながらゆっくり歩く。

 「あ、今日は蒼葉来ませんから」

 出だしから妹のことを聞かれるのも面映いので、姉は自分から切り出す。

 「そう言えば...」

 「ま、夏の疲れが出たんでしょうね。画家だけに繊細なところもあるんで、ね」

 姉を想っての気苦労なんかもあったかも知れない。千歳はちょっと申し訳ない気分になる。櫻が浮かない顔をしているのがわかると、千歳は18きっぷの旅について話を振った。

 「荒川上流方面だと、やっぱり八高線でしょうかね。ルート、考えてみます」 彼の趣味は、かつてはDTM(Desktop Music)、今はwebいじりといったところだが、その他に「探訪」があった。ブラリ旅とでも云おうか、結構あちこち出没しているらしい。六月君ほどではないが、この線に乗ると何処そこへ行けるというのは概ね把握しているとのこと。どんな旅を思い描いているのやら、である。


 干潟を見下ろす場所には、本日の一番乗りが到着済み。業平君である。八月三本目のモノログ記事を見て、増水時の状況について予習はしていたものの、現場が発するメッセージは予習や予想の域を超えていた。また随分ととんでもないことになったもんだ、と慨嘆する業平。だが、何故かニヤリとしている。「榎戸さん、ここ来たら納得するだろな」とな。秋は出会いの季節。また新たなメンバーが加わることになりそうだ。


 河原桜からは夏を惜しむかのような蝉の声。グランド脇の草むらでは、すでに秋の虫達の声が鳴り渡る。夏と秋の共存、即ち季節の変わり目、なのである。草の匂いの変化はすぐにわかった。川の匂いはどうだろう。どことなくだるそうで、どことなく凛とした匂い。模糊(もこ)としているが、漂ってくる感じはある。

 「過ごしやすくなりましたねっ」

 「クリーンアップ日和、かな」

 そんな二人の前を行くは、弥生と六月の姉弟。弥生は増水とゴミ漂流をこの目で見て、「今日は外せない」と意気込んでいて、六月の方はすでに上出来の自由研究をさらにブラッシュアップすべく乗り込んできた。年は離れていても、きょうだいとは斯くあるもの。息はピッタリである。


 十時半になった。現地には、今のところ五人。そこへ石島姉妹が自転車で乗り付けてきた。

 「小梅さん、先週はありがとね」

 「宿題だいたい終わってたし、塾の帰りに寄るだけだったから。充実の夏休み、でした」

 にこやかな妹に対し、姉の方は干潟近景を見て、暗い顔をしている。

 「水位が下がったら、こうですかぁ。親父、知ってんのかな」

 「え、親父って?」

 石島姉妹と石島監督の件は、櫻と弥生には話してあったが、業平は初耳。小梅から話を聞いて、「今日はその親父さん、いらっしゃらないの?」

 「お姉ちゃんには頭上がらないんだ。クリーンアップする日は試合もやらないと思う」

 「小梅はいいから! その話はまた後で」

 顔色を窺う妹。姉は、西の空を気にかけている。スカッと晴れれば、機嫌も良くなるんだろうけど、心なしか憂色が浮かぶ。


 晴れ間が出にくくなっているのは、自称雨女さんが接近しているからか。八広と舞恵は今日は自転車で現地をめざしている。

 「ちょっと、八(ba)クン速いよぉ」

 「あ、対不起(Dui bu qi)(すみません)!」

 「中国関係は顔だけにして」

 二人が停車した辺りの先では、一人のマダム、いやセレブ、ともかくいい具合に年齢を重ねた女性が早足で歩いていた。ある姉妹をスクーターで尾行していたが、堤防上の道路に入るところで見事に引っかかってしまい、徒歩を余儀なくされている。バイク&スクーターの乗入を遮るゲートの手前で、とにかく姉妹が干潟方向に向かうのを見届けてから、橋下の駐車場に廻り、再び堤防へ。自転車の二人はその女性を抜き去って行った。

 「何かあの人、こっち向かってない?」

 「さぁ、河原に来るには場違いな感じがしなくもないけど。競歩じゃない?」


 「まったくあの子たちったら、書き置きだけで伊勢に行っちゃうし。今日だって二人でコソコソと」 親の心配をよそに、快活な姉妹はすでに現地で軍手を着用中。水位がさらに下がるのを待ちわびているところである。

 二台の自転車は坂を下り、グランドを掠(かす)めて行く。その先にはちょっとした人だかり。「とにかく行ってみましょ」 そのご衣装からは想像し難い、なかなかの健脚ぶりで、歩く歩く。


 自転車カップルが合流した。銀行にいる時とは印象は異なるものの、櫻はしかと覚えていた。舞恵の方は、千歳と話す中ですでに感づいていたので、それほどの驚きはなかったが、

 「キャー、やっぱり。奥宮さん、でしょ!」

 と櫻が騒ぐものだから、つい乗せられてしまった。

 「やっぱりいらしてたんですね。千住 櫻さん」

 手を取り合って再会を喜んでいる。

 「ここってある意味、出会い系?」 と業平が訝れば、

 「あなたが宝木さん? あの方は?」 と弥生のツッコミが始まる。

 メーリングリストに入っていない石島姉妹は、カップル二人についての情報が全くない。何が起こったのかわからないご様子でキョトンとしている。こうなると千歳がフォローするしかない。

 「えっと、この後、小松南実さんがいらっしゃる予定です。全員そろってから自己紹介、じゃ遅いか...」 そこへリーダーが割って入る。

 「ごめんなさい。こちら、奥宮、えっと」

 「舞恵です。名前書く紙、ないんスか?」

 受付用紙とペンを差し出す。名簿筆頭は舞恵、続いて八広、弥生、六月と名前が埋まっていく。石島姉妹にペンが渡った時、「初音ちゃん、小梅ちゃん」 娘の名を呼ぶ声とともに、先の女性が現われた。

 「あぢゃー」

 「な、何で?」

 石島母である。「あ、あの皆さんは?」

 「石島姉妹のお母様ですか? お世話になってます。皆、ここをクリーンアップしている仲間です。私は、千住 櫻と申します」

 「はぁ、クリーンアップ?」

 「ホラ、お母さん、ここ見てよ」

 次女が指差す一帯は、ヨシとともに打ち寄せられた大きく太い名無し草の束と、それに絡まるように散らばるゴミの山、山。流木や木片もゴロゴロしているし、大きな袋類ものさばっている。三月の衝撃を彷彿とさせる漂着&散乱の極み。これに二人の娘は挑もうとしているのか。初音が記名し、小梅もいつもの達筆でスラスラ綴る。

 「じゃ、お母様もせっかくなので、ここにご署名ください」

 「あ、はい」

 干潟の有様にも吃驚(びっくり)だったが、小梅の字が上手なのにも驚かされた。子のことを案外わかっていないのが親である。

 「きょうさん? それとも」 六月が首を突っ込んできた。

 「『みやこ』って読むのよ」

 「へぇ、そんな読み方があったんだ」

 駅名に強い六月でもこの読み方は意外だったようだ。「石島 京」の次に「千住 櫻」が来たところで、三十男二人分の欄がなくなってしまった。

 「じゃ、『二枚目』にどうぞ。お二人さん♪」

 「二枚目だってさ」

 「業平君は自称三枚目だろ」

 こうして、場の空気は何となく和み、母親もひとまず胸をなで下ろすのであった。


 「ところで蒼葉ちゃんて、今日来ないんだっけ?」

 和んでいたところ、弥生が不用意な一言を発する。「あ、いけない...」 後の祭りである。

 「え、蒼葉さん、来るの?」

 「今日はね、アトリエで作業するんだって、ごめんね」

 さすがに夏バテという訳にも行かないから、もっともらしい説明になる。少年は「なぁんだ」である。不用意は姉弟間で連鎖する。そんな六月の一喜一憂は、小梅お姉さんがしっかり見ていた。何か起きなきゃいいけれど。

 (蛇足ながら、空気が読めても読めなくても、略せばK.Y.である。桑川弥生をそのままの順でイニシャル化すると、ズバリK.Y.になる。余計なお世話か。)

 弥生がバツ悪そうにしていると、場の空気を変える人々がやって来た。これで総勢十二名になる。時刻は十時四十五分を回ったところ。惨状を前にしつつ、なかなかクリーンアップに着手できないご一団である。


 「遅くなりました」

 「すみません。案内してもらったので、彼女の到着遅らせちゃって」

 仕立てのいいジーンズに、多ポケッツベストを着用。レンズ交換式サングラスとやらを額に当てている。どことなく高級感を感じさせるこの人こそが、

 「榎戸冬木さん、ですね」

 「あ、『えのきど』じゃなくて、『えど』でいいんです」

 どうやら業平の知り合いのようである。二人並ぶと、業平がちょっと高いくらい。つまり長身な人物である。スポーツ刈りという辺りがまたイケてる。左手薬指には新しめの指輪が光る。石島母を除くと、クリーンアップメンバーでは初となる「既婚者」である。(ちなみに掃部先生も既婚者のはずだが、お子さんはいらっしゃらないようなことを言ってたし、ある時「今は、し(ひ)とり身」とかこぼしていたので、とりあえず違うということにしておこう。)

 「本多さんとは、アフィリエイトがご縁で知り合いまして、今日は自分の仕事を兼ねて下見というか、体験させてもらおうと思い...」

 石島母に続くサプライズに加え、アフィリエイトという用語に面食らうことになる面々。六月を除く男性諸氏と、弥生、舞恵はある程度わかっているが、十代を含むその他の女性五人は、言葉は聞いたことがあるかな?程度。六月は受付名簿とペンを手に、南実と冬木のもとへ。

 「ま、難しい話はあとにして、お名前どうぞ!」

 少年はすっかり逞しくなって、この通り。千歳の下には南実の名前が続き、締めは冬木。

 「小松さんからだいたいの事情は聞きました。名前とお顔はこれで一致させればいいんですね」 冬木は名簿をしばらく眺めつつ、

 「『漂着モノログ』の隅田さん、あと『さくらブログ』の櫻さん...」

 アフィリエイトをやるだけのことはあって、なかなかのweb通である。まるで点呼をとられているようだったが、

 「当クリーンアップの発起人、こちらが隅田さん。私は進行係の千住です。よろしくお願いします」

 櫻が気丈に応じた。だが、

 「あのぉ、宝木さんて、イニシャルは?」

 リーダーの挨拶もそっちのけで、勝手に話を進めている。この調子じゃ一向に作業に入れない。

 「あぁ、Y.T.ですよね。八月のモノログの投稿、読みましたよ」

 筆力のある八広が書いた一編を転載した甲斐あってか、モノログのアクセスは確かに増えている。それはそれで結構なこと。だが、管理人(ここではブロガー)は千歳である。投稿者の方をまず持ち上げるというのも失礼な話である。

 そんなお騒がせさんを招聘したのは業平である。立場上さすがにマズイと思ったか、

 「榎戸さん、そういう話は終わってから、ってことで」

 空気を変える、どころではなかった。巷に云うKYなヤツとは、こういう人間のことを指すようだ。千歳はカチンと来たまま、固まっている。

 千歳と連動しているつもりはなかったが、南実の登場もあって、櫻も何となく強張(こわば)った感じになっている。とても本調子とは言えない。「じゃ、皆さんそろったところで始めますか。と言っても、初めての方がいらっしゃるから...」 さすがのリーダーも手こずっている。実施手順とか注意書きとか... すぐに配れるものを用意するとか、大きく掲示したものがあってもいい。そんな必要性を認識する場面であった。


 「見ての通り、先だっての増水で大量の漂流・漂着があって、この有様です。今日はちょっと違う方法を試してみましょう。ね、櫻さん?」

 櫻の機転が利けば、初めてでもそうでなくてもできる手法を思いつくと踏んだ千歳である。

 「あ、あの横倒しになっている草をまず除けないと、ですよね。男性の皆さん、お願いします。で、引き揚げた後に残ったものを女性チームでとにかく袋に入れましょう。数えるのはここの草がないところで」 千歳が思い描いていたのと同じような方法論がちゃんと出てきた。これぞ以心伝心である。いつもなら干潟上で仕分けたり、数えたりできるのだが、名無し草が跋扈(ばっこ)している以上、干潟では困難。陸揚げ&陸上作業、いざトライアルである。干潟と陸を結ぶ通路は、冠水した割にはしっかり確保されていて、むしろ通りやすくなっていた。通行アクセシビリティとでも言おうか。これは作業要諦の一つである。

 千歳が予備の軍手を配る間、櫻はレジャーシートを広げ、回収用の袋は女性がそれぞれ手にして行く。京は娘の安全を気にかけ、一緒に干潟に下りる覚悟だったが、思わぬ異臭に足が止まる。「ソウギョっていうか、ハクレンですね。腐乱しちゃって...」 南実は平然としているが、他の女性メンバーはさすがに硬直している。今回は五十糎超の大物。白身が露出していて、ハエがたかっている。「文花さん、ご欠席で良かったぁ」 櫻は一大リスクを回避できたことの方が大きかったようで、ハエもハクレンも眼中になかった。調子が戻って来たところで、すかさず指示を飛ばす。「さて、通路を確保するにはこれ何とかしたいですね。魚馴れしているお二人さん、お願いします!」

 六月の回でソウギョと対面した経験が買われ、千歳と業平が出動。八広は舞恵の前に出て、彼女をかばうようにしているが、ちょっと腰が引けている。その後ろでさらにビビッているのは、先刻まで威勢の良かった冬木である。現場を知ることで、人は謙虚になっていく。これで少しは言うことを聞くようになるだろうか。

 増水で流れ着いたらしい、長めの枝を一つずつ手に取る。二人で魚の頭と尾の方に枝を添え、「せーの」で押し出す。川に還(かえ)して差し上げよう、ということなのだが、

 「身が崩れそうだ」

 「ここから先はR25指定かな」

 舞恵は規制年齢ではなかったが、八広ともども背を向けている。八広以下、五人の男女は目を伏せる。冬木はビクビクやりながらも「これも取材のため」と薄目で様子を見守る。

 かくして、六月の回の四人がこのハクレンの川送りに立ち会うこととなった。枝で静かに押し出したつもりだったが、思いがけず腐敗が進んでいて、身も骨もバラバラになってしまい、跡形なし。ただ、蛋白源として重宝されただけのことはあって、その肉の厚みは目を見張るものがあった。清に詳細報告をする手前、デジカメをスタンバイモードで片手に持っていた千歳は、川に還っていくその体躯を克明に収めることに成功した。

 「では、皆さん合掌!」 業平がかけたそのひと声は、憂愁を誘いつつも、心に静かに響くものだった。小梅に続き、初音も合掌。桑川姉弟は黙祷の構え。冬木は己が名の如く、ただ立ち尽くしている。京はレジャーシートに腰を下ろし、姉妹の厳粛かつ真摯な様子を見つめる。「あの子たちったら...」 この干潟で何がなされ、なぜ子どもたちがここに来るのか、母は悟ったようである。


 草と水の匂いが辺りを包む。いつになく粛々としたムードの中、現場慣れした(または、してきた)十人が動き始める。今回の実質的スタートは十一時過ぎ。文花が初めて当地に訪れた時のような、どことなくフェミニンなファッションの石島母には作業をお願いするに忍びない。シート上でそのまま荷物番をお願いすることにした。冬木は一応、草運び班だが、軍手をしたまま、まだ呆然としている。「さ、榎戸さん、情報誌やるからには何事も体験ですぜ」 業平が誘導し、何とか配置につく。千歳と八広のコンビは、早くも三束目を搬出中。着手してわかったことは、この名無し草の塊が幾層にも横たわっていて、たっぷり水分を含んでいる、ということ。これじゃ干潟の浄化作用も何もあったものじゃない。とにかく早く除去して、干潟の呼吸を回復させると同時に、クリーンアップするためのフィールドを確保しなければいけない。こいつがのさばっている間は、ペットボトルなんかをポイポイやる訳にも行かないのである。櫻の作戦、今のところ順調である。だが、

 「それにしても、長いし、重いし、土木作業みたいスね」

 「ま、エクササイズだと思って、励むんですな」

 「クリーンアップって、やっぱ体育会系?」

 と来れば、強肩のあの人の出番。早速、硬球やテニスボールなんかをビュンビュン放り投げている。京は頭上を遥かに飛んでいくボールを見ながら、「まぁ、あのお嬢さん、スゴイわねぇ」と、感心中。受付名簿を見ながら、顔と名前を確かめ、「小松さんか。野球とかやるのかしら?」てな調子で、悠長にやっている。監督の妻らしいご発言だが、スカウト担当ではない。ただ、惚れ惚れしているだけのようだ。

 そんな南実と距離を置いていた櫻だったが、男性陣が往復している隙を縫って、通路よりも上流側、その強肩女性がいる一角にやって来た。夏休み初日が初戦とすると、夏休み最終日にして決戦となる。ここで決着させよう、ということか。

 「小松さん、higata@ではいろいろと...」

 「私、お二人の反応を試してたんですけど、まぁうまく交わされたというか、二人とも大人だなぁって」

 流し気味の球を櫻が放ったとすると、南実の投球は実に対照的。またしても直球で応えてきた。これはキャッチボールと云えるのかどうか。

 「この間は言いそびれちゃったけど、千歳さんとはそういう仲です」

 「そういう、か。わかってますよ。両想い、なんでしょ。私のは花火みたいなものだから、いいんです。暑さ過ぎれば何とやら、とも言うし」

 「小松さん...」

 キャッチボールの手が止まったような感じになった。「両想い」、それが確認できたのは、今思えば南実が焚き付けてくれたおかげ、なのではないか。


 「さ、リーダー、あっちで若手女性陣がまごついてるみたいだから、行って差し上げたら?」

 「あ、ハイ。行ってきます!」 南実の誠実さが身に染みてきた。川から吹く風もまた染み入るよう。干潟を洗う波は今日は至って穏やかである。

 引き返す途中、六月とすれ違う。少年は、草束を運び出す途中でこぼれ落ちる小ゴミを集める特命を担当していた。袋に入れては、陸上の草のないところにパサパサ落とし、また搬出路に向かう、の繰り返し。「やるわね」「えへへ」 お互い眼鏡越しだが、目元が笑っているのがわかる。


 男衆四人はピッチが上がってきて、厄介そうな分については搬出を終えた感じ。今は草束を干す作業に勤しんでいる。乾いてほぐれてきたら、何かが出てきそう。その時は勿論、「あー、早く粒々やりたい」と呟いている人の登板となる。櫻が少し手分けして持って行ったものの、上流側のゴミは彼女が一手に片付けていたので、四十五リットル袋は満杯寸前。それでも肩が強いだけあって、重さは感じていない模様。体力あっての研究員、ということか。

 一方の若手女性四人衆は、下流の方から徐々に干潟中央部に歩を進めていたものの、手持ちの袋が何となく重みを増していて、ペースが落ちている。よくよく見ると、弁当やら空き缶を詰め合わせたレジ袋だったり、雑誌をヒモで括ったものだったり、重量級のものが入っている。これじゃ仕方ない。舞恵に至っては、スプレー缶のコレクション。名無し草とは別のエリアですでにこれだけの収穫である。草が除かれつつある干潟の中央(湾奥)の方も、埋没ゴミが露見してきて、見本市状態になっている。

 「皆さん、一旦、陸揚げしましょう。袋から出して、また拾う、その往復ってことで。重そうなのは男性チームに任せますかね」

 舞恵はハッとする。「なぁんだ、千住さんてしっかり者じゃん」

 そんな彼女の足元には、なぜか鉄筋らしき棒が数十糎程度、突き出て刺さっていたのだが、それには気付かず、代わりにある物体が目に留まる。その黒っぽさ故、目立たなかったが、潮が退いて存在が明るみに出た。

 「なんじゃこりゃ? あら、お財布!」

 拾い上げてひっくり返したところ、小銭を入れる口に詰まっていた砂の塊が落ちてきて、スニーカーにべっちょり。前回と違って、サンダル履きじゃなくてまだよかった。が、不運は続く。うっかりその場に置いてしまった袋には、いい角度で鉄筋棒が刺さり、持ち上げたが最後、穴は開くは、スプレー缶が出てくるは、散々になってしまった。

 一連の顛末を見ていた櫻は、「奥宮さんて意外とおっちょこちょい?」 と苦笑しつつ、首を捻る。第一印象というのは当てにならない。印象のカウンター、いやクロスオーバーが生じた瞬間である。

 彼氏にHELPを求めるまでもなく、石島姉妹がさっさとフォローしている。初音は吹き出すのをこらえながら問いかける。

 「大丈夫スか? 奥宮さん」

 「いいのよ。財布に大金入ってたから」

 姉妹が覗き込もうとすると、「んな訳、なーいじゃん」と来た。前回のような無愛想な顔をチラつかせるも、次の瞬間には高笑いである。天候に応じて機嫌が変わる初音もいい勝負だが、この突飛なお姉さんの表情の変化には敵わない。今回は幾分チャラチャラが減った感じのルフロンだが、初音としては十分、ファッションリーダー的存在に映る。そんな見た目のインパクトもさることながら、人を惹きつける何か、つまり、より内面的な部分に関心は移っていった。「空気の動きが天気になる。てことは、心の動きは表情、とか...」


 十一時半になった。段取りが奏功したか、草の塊は完全に除かれ、重量ゴミも概ね引き揚げられた。干潟の表面、つまり砂地が現われてきたのは好かったが、まだまだ散乱ゴミが残る。草の下敷きになっていた、という点では埋没ゴミだが、もともとは増水時の漂流ゴミ。同じゴミでも表現が変わるものである。

 春先と違い、紙皿や紙コップは見当たらなかったが、調味料のプラボトル、レトルトの袋、カップ味噌なんかが転がっているのを見るにつけ、夏のバーベキュー大会の名残というのは容易に察しがつく。バーベキュー広場での実態調査を想い起こしつつ、一つ一つ丹念に撮影していく千歳。それにしても、弁当屋のごはん容器はまだわかるが、ミニ納豆の容器が落ちているというのはちょっとなぁ。バーベキューと言えば、高カロリー食が中心だろうから、少しは健康を配慮してのことなのか。それなら最初から食材を考えればいいのに... 撮影係の手は止まったまま。その傍らで進行係は、撮影を終えた分からテキパキと袋に放り込みながらも、特に少年と少女から目を離さないようにしている。拾っている最中に大波が来たら、と思うと気が気でない。進行も大事だが、それ以上に欠かせないのは、注意・監視である。


 京を除く十一人、総がかりで漂流&散乱ゴミを拾い集めた結果、干潟表面はほぼ更地になった。残るは、業平と八広の手で前回築かれた防流堤よりも奥である。例の草に覆われていたのがよかったか、はたまたその堤に加勢するように板や丸太状の流木がうまい具合に横付けされたのがよかったか、草と木が絶妙に絡まり、より強固な堤になっている。(これを、自然による自然な工事、というかどうかは定かではない。) その強化された防流堤は、巧みにゴミをキャッチし、思惑通りの役目を果たしていた。だが、その役目の万全さが裏目となり、参加者の溜息を誘うこととなる。

 「いやはや、まだまだあるねぇ」 と業平が嘆き節を漏らせば、

 「何かいい装置ないんですか。大口吸引機とか」 と弥生がいつものツッコミ。

 「実機は得意だけど、資金がないことにはねぇ」

 世にはそうした吸引装置というか、吸引車なるものがあるが、何でもかんでも吸ってしまえ、というのも乱暴な話。今の業平が作るとしたら、生態や環境に配慮したタイプか。ま、期待せずに待つとしよう。

 タイムキーパー役を思い出した櫻がここで合図する。

 「今回はあの板というか壁というか、その奥は見送ることにしましょう。また増水することがあったら面目ないですが、とにかくブロックしてくれることを信じて、ということで」


 時は十一時四十五分。いつもより押している感じはあるが、次に控えるは分類とカウントである。量が量だけに気が遠くなりそうだったが、何と六月君が気を利かせてくれていた。皆が往復している間、ここでコツコツと大まかな仕分けを済ませていたのである。あとは今持ち寄った各自の袋にあるものを再度分ければいい。

 「やるじゃん」

 「グッジョブって言ってよ」

 小梅は少年をちょっと見直したようだ。娘二人を憂う必要がなくなったためか、いつしかうたた寝気味だった石島母は、皆がワイワイやり出したので、目が覚めた。

 「あ、ママ。こっち来て見てみぃ」

 長女に促されるまま、干潟が見下ろせる場所へ。

 「まぁ!」

 ここからではゴミゴミした湾奥は見えないので、今はとりあえず見違えるような光景が広がる。ここだけ見る限りは正にプチビーチである。母の気が干潟に行っている間、娘たちは経験者らしく、要領よく飲料容器の分類を進める。冬木はプラスチック製と発泡スチレン製の別がつかないらしく、南実に教えを請いながら静々と作業している。分類が終わったところから、櫻と舞恵が手分けして計数を始める。櫻はおなじみのカウンタでカチカチやっているが、相方は目をパチパチ、である。さすがのルフロンも今回の目計算にはご苦労されているようで、そのパチパチは数えるための筈だが、お疲れの瞬(まばた)きも混ざっているようだ。

 「奥宮さん、人差し指なしで数えられるの?」

 「えぇ、カウンター業務なんで」

 「何だかなぁ。それ言うなら、計算係のcounterでしょ。あ、でも窓口にいて、会計もやってたら、ダブルカウンターか」

 「counter @(at) counterね」

 こういうやりとりをカウンターの応酬と言うらしい?

 

【参考情報】 ハクレン(推定)の遺骸 / 流木は干潟の奥をめざす


縁結び(前編)

25. 縁結び(前編)

 仕事でもカウンター係のお二人さんのまとめによると、ワースト1:プラスチックの袋・破片/八十二、ワースト2:食品の包装・容器類/八十、ワースト3:フタ・キャップ/六十九、ワースト4:発泡スチロール破片/四十二、ワースト5:ペットボトル/三十一、とのこと。他には、雑貨、履物、木片、配線被覆(ホース)、紙製容器、ビン、缶、硬質のプラスチック容器や破片などなど。ワースト5圏外ながら数量が多い品目が続出。大小様々な袋類もかさばる要因だった。ロックアイスの袋、お米の袋、園芸用肥料の袋... ゴミ袋として再利用してもよさそうである。

 データ送信は、弥生が一手に担当する。テンプレートをバージョンアップしたとかで、その試行も兼ねて、というのがポイントの一。データカード既定以外の頻出品目(ホース、木片など)を予め候補登録しておいたというのがポイントの二。そして、今回からはこの結果がhigata@に流れることになっている。ポイントその三である。

 冬木は業平が操作するのを横から見ている。ゴミを拾うだけでなく、それを調べて、しかもケータイで結果を共有し合う... 入力画面にも感嘆していたが、その一連の流れ、その意義に感服の度を深めたようだ。CSR(企業の社会的責任)レポートに出てくる社会貢献活動では、せいぜい「拾ってキレイにして」どまり。いわゆる美化清掃レベルである。調査して、それを次に活かす、といった取り組みをしている企業はあっただろうか。少なくとも自分が担当している中ではなかった気がする。冬木は七月に所属が変わり、CSR担当から情報誌担当に。仰せつかったのが荒川流域の「大人のための」フリーマガジンだとか。聞けば長くなりそうだが、その辺の経緯については追々本人から話が出るだろう。

 前回は無念のバッテリ切れで試し損なった八広は、ここぞとばかりにデータ入力画面を試用中。開発者の弥生から直々の指導を仰げる、というのはせめてものお慰みである。そんな彼氏を見て彼女はご機嫌斜め? いやいや、櫻とのおしゃべりに夢中でそれどころではないようだ。

 南実もケータイ所持者だが、ここは本業が優先。名無し草の束が乾いて来たのを見届けるや、早速粒々の研究に着手する。もともと孤高なところがあるが、これをやっている時はその傾向が強くなる。京(みやこ)が傍で見学しているのも気付かない没頭ぶり。こぼれ落ちた粒や欠片(かけら)を掬っては、千歳が持ってきた空のバケツに移す。水はあとで注ぐようだ。

 「その緑色の細長いのって、人工芝?」

 「あぁ、京さん... えぇ、劣化すると、この有様です。河川敷のスポーツ施設で使われているものが発生源としては大きいんでしょうけど、百円ショップで売ってるのとかありますよね。あれがそのまま河原にポイ捨てされることもあって、そういうのも混ざってくるんだと思います。質がいいとは言えないからすぐとれちゃうんでしょうね」

 かくして、小松先生の小講座が始まった。「この粒々はアイロンを当てると溶けるので、動物クッキーを作る時の型なんかを使えば...」 レジンペレットで工作ができることを知った京は、その色のついた粒々のいくつかを譲り受けることとなった。これぞリサイクル(再利用)、と言いたいところだが、レジンペレットはあくまで原料なので、工作で使われた時点で初めて製品化される。今回はリサイクルではない。妙な話である。

 もう一人のケータイ所持者、初音嬢は携帯電話本来の機能を使っている。

 「あ、店長、今日は午後一時からでいいですか? はい。昼食... あ、ありがとうございます」 通話が終わると、今度は天気情報サイトにアクセス。自身の観天望気と照合したりしている。

 その傍らには、集まったフタの銘柄チェック&選別に余念がない六月がいる。夏休み最後の日、想定通り、これでさらなる磨きがかかることになる。こうした熱心さは姉直伝のようにも見える。


 この間、千歳と小梅は洗い場で仲良く(?)作業していた。

 「隅田さん、櫻さんのどこが好き?」

 思わず手が滑り、洗っていたペットボトルを落としてしまった。水が撥ねる。

 「な、なんと?!」

 「櫻さんには先週センターで聞いたんだ」

 「何て言ってました?」

 「だから、答えてくれれば教える」

 「そうだねぇ... 機転が利くところ、ひたむきなところ、それでいてお茶目で、あとは...」 ひと呼吸おいて、

 「笑顔、かな」

 「フーン、そうなんだぁ」

 当人は誰かさんみたいにクシャミ一つ。

 「あら、千住さん、大丈夫? 花粉症だったりして」

 「私、ウワサが絶えなくて、ホホホ」

 三十男は、少女にいじられている。

 「小梅さま、お約束の教えてよ」

 「へへへ、ご本人からどうぞ!」

 「クーッ!」


 すでに正午近く。再資源化に供するペットボトル、食品トレイ、ビン、缶は定番品だが、今回は新たに「廃プラ」も洗ってみた。専用袋はこれで満杯である。小梅は収集品であるプラスチックバットとゴムボールもひと洗いして、持って行く。向こうからは、バケツを持った南実、フタを盛ったカップめん容器を抱えた六月がやって来る。避けていた訳ではないが、今日は南実と話をしていない千歳。何となくうしろめたかったが、すれ違いざま、南実がウインクするものだから、益々ドキリである。「見透かされた?」

 少女はそんな千歳をからかう愉しさを知ってしまったようで、容赦ない。

 「そうそう、櫻さんて眼鏡外すとスゴイ美人なんですよ。知ってました?」

 「眼鏡美人だとは思ってたけど...」

 「楽しみが増えましたね。エヘヘ」

 中学二年生ともなると、これくらいのことは言ってのけるのか、それとも姉がいると自ずとおませさんになるのか、本人に尋ねたところで教えてはくれないだろうし...


 「初音さん、天気はこの後、どう?」

 「パッとしないスね。でも、持ちそうです。ちなみに只今の気温は...」

 千歳にはおなじみのデジタル温度計が出てきた。

 「ありゃ、三十℃?」

 折りよく陽射しも強くなってきた。これで資源系が乾くのも早まりそうだ。三十度というのを聞いて、グッタリしている三十男が若干名いるが、それはご愛嬌。ここらで再びタイムキーパーの出番である。

 「では、乾かす必要がないゴミは不燃と可燃に分けて、袋詰めします。それが済んだら解散にしましょう」

 千歳は袋詰めされる前に、スクープ系の続きを撮る。枕、簾(すだれ)、懐中電灯、ぬいぐるみなど、干潟に漂着している現場(げんじょう)を押さえたものが多かったが、この臨時集積所で新たに、洗剤とデッキブラシ、チリトリ、卓球ラケット、冷却マットを見つけた。スクープというよりも掘り出し物である。

 業平は何を思ったか、廃プラの中から[プラ]の識別表示が付いている容器包装類をピックアップし出した。まだ乾ききっていなかったが、構わず別のレジ袋に入れている。「ちょっとね。実験用に頂戴します」 この手のプラ包装は、ケミカルリサイクルで油に戻せる訳だが、原料化(油化)される前にまだお役に立つなら、[プラ]としても本望だろう。彼の実験では、バーコード部分がカギになるが、変形してたり破れてたり、イレギュラーな方がスキャナの試し甲斐があるとのこと。冬木は「おそれいりました」と一言。一同同感である。

 前回は缶を叩いていたルフロンは、今回はペットボトルに着目。乾燥中の何本かを拾い、その辺に転がっていた細長い木片を手にすると、即興で叩き出した。缶と違って、大した音階は作れないものの、弾力のある乾いた音が鳴り響く。相変わらずリズム感はバッチリである。

 「これで打楽器作っちゃおっか。ねぇ?」

 フタを洗って戻って来た六月は頷きながら、別のボトルどうしをぶつけ合って、ポンポンやっている。何とも長閑(のどか)なひとときである。

 自由研究デーの時はそれほどでもなかったが、初音はお姉さん方に興味が沸いて来た。櫻、南実、弥生の三人については、興味も然りだが謝意の方が強いかも知れない。だが、この舞恵姉さんは、初対面ということもあるが、何とも摩訶不思議でとらえどころがない。言葉遣いが多少乱暴なところは、初音にも通じるところはある。だが、ノリがいい割には愛想が良くないってのは、どう考えればいいのか。


 そんなこんなで、袋に詰め込む作業に従事しているのは、櫻を筆頭に、八広、冬木、小梅、途中から千歳、初音、そして「じゃ、わたくしも」 千歳から軍手を受け取り、最後に京が加わった。南実はまだ洗い場にいて微細系の浮沈検証を続けている。京に渡すレジンペレットを選り分ける手間が加わっている分、時間がかかる。

 「季節柄、花火とか出てくるかと思ったけど、見当たらなんだねぇ」 とは八広。

 「花火ねぇ...」 南実のセリフを櫻は思い出している。

 「八月は夜もずっと暑かったからさ、花火どころじゃなかったんよ」 舞恵が返す。

 「ところで、この草の束はどうするんですか?」 冬木が口を挟む。

 「このままでいいんじゃないでしょうか、ね? 石島さん」 千歳は、母と長女に振る。

 「そうですね。一応、伝えておきます」 母、いや妻が答える。

 このまま乾燥させて軽くなれば、処分しやすくはなるだろうが、今回の量からして、そこまでは手が回らない。再資源化分を除き、詰め込んだ袋の数は、可燃が一に対し、不燃は四つ。廃プラを別枠にした上、防流堤より奥のゴミを見送ってもこの数である。人数が多いと収集数も比例して増える、ということか。

 こういう状況になった時、いつものなら櫻が「ジャーン」とかやりそうだが、今日は特に「いいもの」の用意はなかったようだ。「ハハ、どうしたものか...」 しかし、いいものは誰が持って来るかわからないものである。おもむろにセミショルダーをガサゴソやっていた初音は、

 「このシールを貼るのだ!」

 取りい出したるは、河川事務所お墨付きのステッカーである。これには母、妹も含め、「おぉ!」である。

 「この間の増水の時、建設省の古看板が流れ着いたんだけど、回収できなくてそのままお流れになっちゃったんスよ。そのお詫びも兼ねて、って」

 これを貼って所定の場所に出しておけば、「いつでもゴミ拾い」対象物と見なされ、河川事務所で引き取ってくれるんだそうな。これはありがたい!


 本来ならここで解散、となるのだが、発起人さんが「待った」をかけた。撮影しながら干潟をウロウロしている時に気になっていたことがあって、それを確認するんだとか。持って来ていた長靴に履き換え、洗い上げたペットボトル一つ手に、干潟へ下りて行く。よく見ると、川面には油膜のようなものが襞(ひだ)状に広がり、照り返している。ハクレンから出た脂という訳ではなさそう。とにかくこれが何かを検証するため、サンプル採水しようとの試みである。だが、長靴を履き慣れていない千歳は、着水したところでバランスを崩しかけ、「おっとっと」 周囲をあわてさせる。干潟には、姉妹、櫻、そして南実もいつしか下りていたが、このヒヤリを見て、業平と八広が駆け寄る。

 「隅田さん、まず水になじませてから」 南実のアドバイスにより、掬った水を振り混ぜ「同化」させる。「天然性の油分だとは思いますけど...」 無事採水し、南実にペットボトルを渡そうとした時、不意に波が襲ってきた。今度は近くにいた姉妹が「おっと」となり、上から見ていた母は「気を付けてぇ」と叫ぶ。水の事故というのはいつどんな形で起こるかわからない。だが、そんな母の心配を他所(よそ)に、姉妹は打ち寄せる波を見てはしゃいでいる。

 「ママは心配性、いや過保護なのよ」

 親の想い、子知らず、である。


 波が収まり、水位もぐっと下がってきた。干潟の全貌がこれで明らかになる。「待った」のおかげである。掃部先生の予想通り、大水による土砂の堆積が少なからずあったようで、幾分肥沃になった気がする。川も、そして干潟も、正にこの時を生きているのである。生きた教材は、自らの生き様を雄弁に語りかける。

 土木作業担当の二人は、思うところあって、防流堤の更なる強化に乗り出した。これがどんな働きを示すのか、来月の一大クリーンアップでの見どころがまた増えた。

 各自ケータイで撮ったり、デジカメで記念撮影をしたり、今の干潟はこの上ない人気スポットである。集合時間からすでに二時間超が経過。振り返りつつも一行は、ようやく干潟を後にする。

 ボラかスズキか、魚が跳ねる音が聞こえる。歓送の挨拶代わりらしい。


 ゴミ袋は手分けして、自転車に積んだり、手に持ったりしながら、十二人で大挙して移動開始。グランドの詰所脇には、不燃の四つを預けた。スーパー行きも一旦ここに保管。可燃ゴミはいつものように千歳が引き取ることにし、廃プラは隣市に運ばれる。

 今日はなかなか散会とならない。石島姉妹、六月、櫻の四人は、拾ったボールとバットで投打に興じる。業平と弥生はボケとツッコミのような会話の最中。当人達は真面目に議論しているつもりだろうけど、傍から聞いていると漫才である。高級感という点で共通する京と冬木は、思いがけない接点が判明し、会話が弾んでいる。

 「...その本部のCSRを担当してたんで、あそこの複合型店舗にも行ったことはあります」

 「あら、以前わたくし、衣料品部門で働いてましたのよ」

 八広と舞恵は聞き耳を立てている。


 「小松さん、八月七日ってお誕生日だったんですって?」

 ようやく南実と話をする千歳であった。

 「発信源は文花さんでしょ。たく、お節介なんだから」

 「おめでとうございます、と言いたいところですが、遅いですよね?」

 「当日ちゃんとお祝いしてもらいましたから。その節はありがとうございました」

 やけに淡々としているのがかえって気になる。南実は続けて、

 「八月は暑かったから、どうかしてたんですよ。ま、一時的な熱中症、てことで」

 何とも意味深である。八月七日とはまた違う動揺を感じる千歳。策士南実は、動揺ならぬ「陽動作戦」に打って出た。櫻も千歳も術中に嵌(はま)りかけているのだが、そうとは気付いていない。


 初音が店入りする時間が近づいてきた。櫻は今度こそ締めに入る。

 「皆さん、今日はおつかれ様でした。今回の集計結果はメーリングリストに流れますが、これまでの成果をまとめたものも別途クイズ形式でお流しします。どうぞお楽しみに」

 冬木は業平に小声で尋ねる。「メーリングリストって?」 対する返事、「まぁ、それも後ほど」。人の話は最後まで聞くものです。

 「あと、これもhigata@でご案内済みですが、明後日は夜、センターにいらしてくださいね。掃部先生との座談会がメインですが、千歳さんがさっき掬った水も調べようと思いますんで」 一同礼、そして、異口同音に「ありがとうございました!」


 「それじゃ、弥生ちゃん、また火曜日に」

 センターが扱う情報のカギを握る、例のwebプログラム、いよいよ大詰めを迎えていた。千歳にもできるだけ早く来てもらうことになっている。

 「千さん、お手柔らかに、ね」

 「そんな、僕は誰かさんみたいに鋭くないですから。それはこっちのセリフ」

 弥生、六月、小梅とその母。四人おそろいで、そろそろと会場を離れる。そこを初音のRSB(リバーサイドバイク)が、いつもの調子でバタバタとすり抜けて行った。母はレジンペレットが入った小袋を片手にお手上げのポーズ。そのお隣では、

 「六月君、蒼葉さんのこと好き?」

 「え、おばさんて? ハハ(笑ってごまかす)」

 「ヤレヤレ」 小梅もお手上げである。

 アンテナは高いが、空気が読めない(?)弥生嬢がここで揺さぶりをかける。「そうだ、蒼葉ちゃんに電話してみよ」

 聡明な少年は、空気を読んで我慢の子と化す。不用意な反応は辛うじて封印。姉君も意地悪なものである。


 ほとぼりが冷めたか、若い二人はまた仲良く会話を始める。

 「小学校、最後の夏休み、どうだった?」

 「ここに来たおかげで、チョー充実してました」

 「でも、そのフタどうすんの?」

 「とにかく提出、あとは先生と相談... そっか、明日から学校かぁ」

 「ひ、永代先生によろしくね」

 永代と書いて「ひさよ」。今は六月の担任の堀之内先生のことである。口にはしなかったが、二人の想いは同じ。「いつか先生をこの干潟に連れて来よう」 何を企んでいるのやら?


 残ったオーバー25メンバー七人は名刺交換を始めていた。名前と顔はだいたいわかったが、どこの何者かが冬木はよくわかっていなかったので、名刺というのは好都合だった。八広はフリーター的要素が強いものの、一応自作名刺は持っている。仕事を得やすくするための便法である。舞恵は、行員としての名刺ではなく、八広に作ってもらったという別の顔の名刺を配っている。「え、『自称 アーティスト』って、なーに?」 櫻は不思議がっているが、「ま、それはまた後でね」 やはり摩訶不思議な女性である。

 出だしよりはおとなしくなったものの、冬木にはどこか曲(クセ)者な印象がつきまとう。南実と名刺を交換したところで、一方的に話し込んでいる。口説くというと聞こえが悪いが、どうも彼女に気があるような口ぶりである。既婚者というのはハッキリしているので、南実も真に受けてはいないようだが、これで独身だったら考え物。当地は出会い系的な側面は確かにあるが、環境貢献の場というのが第一義であって、出会いを求めて来る場ではない。冬木の動機がいま一つ掴(つか)めない。本当に仕事絡みなのか。

 メーリングリストの話題になったところをうまく遮り、南実は千歳にひと声。さすがに辟易してきたようだ。

 「隅田さん、榎戸さんもメーリスに入れてもらえるのかしら?」

 「そうですねぇ。一応ルールがあって、それに同意していただければ可能ですけど。榎戸さんて、仕事上、荒川とどんなご関係があるんでしたっけ?」

 先の非礼に対する仕返しをするつもりはないが、リスクを未然に防ぐのが管理人の役目だとすると、ある程度の敷居は設けなければいけない。名刺を交換し、彼が流域情報誌の発刊にあたって情報収集していることを改めて確認する。中堅広告代理店、社会的起業部門のご所属とな。

 「地域というか足元から社会を見つめ直す、そんなビジネスモデルを探るのが仕事ですが、もうちょっと緩やかな感じで情報誌が作れないかって。今日はその手応えを得ました」

 御礼の言葉までは出なかったが、頭は下げてくれたので、まぁここは信じるに足るか、と千歳は思う。

 「了解しました。ちょっとお時間いただくかも知れませんが、いずれ流れると思います。アドレスは名刺に記載してあるのでいいですよね」

 「あ、よろしくお願いします」

 「業平とのアフィリエイトのお話とか、情報誌の詳細とか、お差し支えなければメーリングリスト宛に送ってくださいね」

 千歳もかつては一介の企業人だっただけに、こういう時の会話はそれなりにビジネスライクだったりする。そうとは知らない冬木が恐縮するのも無理はない。南実はひと息つきながら独り言。「隅田さん、やっぱり似てる」 誰に? 何が? またしても意味深発言である。

 この七人のうち、断煙中の業平をカウントから外すとすると、喫煙者は今二人。人数比的にはそんなところだろうか。一人はルフロン。もう一人が新参の冬木である。どちらともなく一服し始める。吸わない四人はちょっとギョッとするが、ここは干潟ではなく詰所の脇。ご丁寧に吸殻入れが置かれてあるんだから、仕方なかろう。だが、リーダーは何となく牽制球を放る。

 「奥宮さんて吸う人だったんだ」

 「えぇ、吸う人が多い職場だから、自分で免疫作んなきゃいけなくて、その...」

 ちょっと気まずそうだったが、ベースは無愛想なまま。

 「そっか。大変なのねぇ。ま、せめて干潟にいる時は呼吸器をリフレッシュしてあげてね」

 冬木はちょっとギクっとなっている。眼鏡の女性に対する恐怖症、という訳ではないだろうけど、櫻は手強い、という印象を持っているようである。これで櫻が眼鏡を外していたら、どういうアクションを起こしていただろう。千歳はドギマギするやら、ホッとするやら... 予防という意味では、クリーンアップデーにおいても、八広と舞恵のように親密さをアピールした方がいいのだろうか。悩めるアラウンドサーティーなのであった。

 午後一時をとうに過ぎ、各々空腹感から、ようやく九月の回の終了を悟るメンバーである。男女七人何とやらと云うが、この手の人物の組み合わせは、ついつい時の経つのを忘れさせるようだ。


 「では、皆さん、次回は十月七日ですね。集合時間は...」

 「九時がベストでしょうけど、十時で大丈夫」 南実がフォローする。

 「ありがとう、小松さん。そういうことで! あ、あと、明後日も」

 櫻と南実のこのやりとりを見て、千歳が胸をなで下ろしたのは言うまでもない。

 南実は、面倒なことになる前にと、そそくさと電動自転車で退散。見事に交わされた冬木は、「せっかくなんで水辺を散歩しながら商業施設まで行って帰ります」と言い残し、トボトボと下流側へ。三十代半ばならではの哀感が漂う、そんな後姿である。だが、頭の中はフリーマガジンのことでいっぱい。九月号(準備号)は先月中に出ているが、次の十月号は現在編集中。何かを載せるには、ギリギリだがまだ間に合う。今回のクリーンアップの報告は勿論載せるつもりだが、次回予告も出せるのではないか...

 いつもならここでまた一服と行くところだが、多ポケッツの一つに手が伸びたところで止まった。「リフレッシュ、か」


 カフェめし組は、業平、千歳、櫻、舞恵、八広の五人。全員自転車なので、すぐにでも着きそうだが、千歳が先導なのでそうは行かない。八広がしびれを切らして先を急ごうとする。二十代半ばの後姿に哀感はなく、ただせっかちな感じ。櫻はそれを見て、ビビっと来た。

 「あ、思い出したぁ!」

 その声に反応した訳ではないが、千歳はブレーキをかけ、

 「じゃ、これ置いてから行くんで。櫻さんの分も預かりますね」

 「ダメよ。袋片手じゃ危ないわ。私も行く!」

 行き方がわかっていないのに八広は突っ走っていて、今頃急ブレーキ。戻ろうとしたら、業平が先を示す。千歳と櫻は堤防から下りて行った。

 「あの二人は後で来っから。橋に出たら左折ね」

 RSBが先導車となってからは、ピッチが上がる。前に行きたい舞恵なのだが、ティアードのロングスカートでは思うようにスピードが出せない。「たく、二人とも速いよぉ!」 無愛想なのは変わらないが、ちょっと愉しそうである。


縁結び(後編)


 初音は少々待ちくたびれた様子で、曇り顔のまま。雨女さんが来た割には、好天に恵まれたこの日、今のお天気からしてもご機嫌であってほしいものだが、乙女心と秋の空云々と云うように、そうもいかないようである。

 「せっかく熱々のパンケーキ出そうと思ったのになぁ」

 辛うじて湯気立ち上るその一品をレンジに運ぼうとした時、先着のお三方が現われた。

 「初音ちゃん、ここで働いてたんだぁ」

 「奥宮さん!」

 店員はすっかり上機嫌に。表情を一変させる術をこうして会得していく十七歳なのであった。


 注文品が出てくるまでの間のつなぎとして、三人は試食品(お通しと言ってもいい)のパンケーキを頬張っている。そこへ千と櫻のカップルが到着。シロップとクリームの甘い香りが櫻を誘う。

 「あー、パンケーキ食べてる。ズルイ!」

 「千住さんも隅田さんも、ご試食済み、ですよね」

 「そんなぁ。あっ、奥宮さん、さ、最後の一枚、キープしといて」

 「あら、隅田さんの分はいいの?」

 「ちゃんと分けますよーだ」

 初音は可笑しくてたまらない。ちゃんと二人の分はとっておいてあるのだ。只今、レンジで加熱中。電子音が鳴ると、

 「そうはさせませんよ。ハイ!」

 「初音さん、たら」


 日曜日の昼下がり。やや遅めのランチをとりながら、五人のトークショーが始まる。司会進行役はいないが、それぞれが分相応に出たり引っ込んだりしているので、円滑である。

 「それにしても今日のはまた凄まじかったスね」

 「バーベキュー系が目立ったのは想定内だけど、流木とか農業関係の袋類とか、上流側から流れ着いたらしいのがまた多かったからね」

 「ま、この間のモノログに出てた通り、ふだんは流れ出さないようなのが増水で運ばれてきたってのが証明された訳だ」

 「でも、履物や生活雑貨って、そんなに棄てられたりするもの? 前も拾ったけど歯ブラシとか試供品のヒゲソリとか、あと枕? バーベキュー関係だけとは思えない」

 「いわゆるホームレスのお宅から、とか? あ、住処(すみか)があるからホームレスじゃないか」

 トボけた調子ではあったが、この舞恵のホームレス説は、実は的を射たものだった。干潟付近にはそういうお宅が見当たらないだけで、対岸の橋の下とか、バーベキュー公園のもっと上流側とか、発生源リサーチをしていないスポットはまだあるのだ。スローフードをいただいている割には、話題がシリアスな感じがしなくもない。だが、環境に対する関心層であるが故に成り立つのがスローである。別にあの食品が健康にいいとか、子どもにはこの製品が無害とか、そういう話ばかりがスローな訳ではない。多様でいいのである。

 「で、今回のもルポ書くかい?」

 「え、いいんスか?」

 「先に画像アップしとくから、それにコメント入れてもらうってのでよければ。ま、コラボってヤツだね」

 「今日ので意を強くしたことがあるんですよ。それを書かせてもらえるなら」

 アイス烏龍茶を啜(すす)る八広。千歳と櫻はいつものカップにアイスコーヒー。カップを置くと、二人そろって、「それって?」

 「ゴミ箱ってのは言い得て妙だけど、今回の廃プラ然り、資源に戻せる可能性がある限り、ゴミとは言い難い。ゴミだって思うからつい捨てちゃったり、いい加減に扱うんだと思うんスよ。言葉を変えることで、意識を変えることもできるんじゃないかなって。あ、これ六月の講座で先生も言ってましたね」

 「成る程ね。自分でもどこかで意識してたのか、モノログはあくまで『物』だし、蒼葉さんの絵の時も『漂着静物』って表現にしてる。ゴミってのは前面には出さないようにしてきた気がする。でも、小松さんに言わせるとやっぱり『川ゴミ』『海ゴミ』。被害が甚大なところはそうも言ってられない、ってことらしい」

 「言い方はともかく、社会の縮図ってことは確かよね。ゴミから世相が見えるって言うか」

 「あ、それ同感! 八月の回は八(ba)クンにただついて来ただけだったけど、何が落ちてるか興味が出てきて、今回は私、ちゃんと早起きしたんです」

 今はツンデレ姉さんではない。銀行窓口にいる時のようなハキハキした感じ。初音は聞くともなしに耳を傾けている。

 「増水はまた別格として、日常的にこういうゴミが散乱したり漂流したりするってのは、そもそも何が原因なんだろね?」

 ホットコーヒーを手に業平が呟く。ルポで慣らす八広は、自分が書きたいことが明瞭な分、即答が出る。

 「大げさかも知れないスけど、今の社会構造って『競争』と『消費』で成り立ってると思うんですよ。不毛な過当競争が激化して、消費を煽らないとやっていけなくなった。昔からそうだったのかも知れないスけど、近年は特にその傾向が露骨になってきたんじゃないかって。消費する側も、消費行為を通して、欲求を満たすのが条件反射のようになってしまった。でもそんなんじゃ充足感が得られないから『もっと、もっと』ってなる。悪循環スよね」

 「つまり、消費する行為そのもの=目的、になるから、物が大事にされない、ってこと?」

 「あとは、使い捨てを助長するような安易なモノがあふれるってのも一因でしょうね」

 当店でのドリンクの容器は、持ち帰り客用のものと兼ねて、厚手の紙製になっている。千歳のように使い回し可能なマイカップも販売しているが、残念ながら利用客はそれほど多くはない。業平はその一次性の容器を眺めている。

 「競争競争で消費者に受け容れやすい、いや楽に扱えるモノを出し続けるのが既定路線になった。安易なモノが増えたのはそのせいってことか。消費者にも問題あるね。オレもマイカップ派で行くかな」

 舞恵は、ワンプレートランチに付くスープがあったので、ドリンクは注文していなかったが、これを聞いて初音のもとへ。

 「初音嬢、このカップくださいな」

 「ありがとうございます。今日は何になさいますか?」

 「あら、午前中と言葉遣いが違うじゃない。干潟友達でしょ」

 「いえ、お客様ですから」

 淡々と応対しているが、内心は嬉しくて仕方ない。これで舞恵姉さんも常連客、いやそれ以前に友達、そう言ってもらえたのが何よりの喜びだった。

 「ここタバコ吸えないじゃん。気が退けてたんだけど、これ買ったからには元とるまで来ないとね」

 カップは六百円。割引額は一回二十円。つまり三十回来れば元が取れる計算になる。だが、初回はワンドリンク(一杯二百円~)がサービスなので、

 「アイスティー、ストレートね」

 これで差引四百円となり、二十回ご来店いただくことになる。回数はさておき、人をつなぐサービスでもあることは間違いない。


 「『イケイケ、ドンドン』て言うじゃん。あのノリって、今の団塊世代がオレたちぐらいの時の話だよね」

 「社会の風潮ってあるからね。いろいろ大変だったとは思うけど、上げ潮の時で好き勝手ができたっていう点では大違いだよね」

 ここで再び八広の講話が始まる。

 「団塊の皆さんが作った構造ってのは、作り放しであとは知らない、みたいなとこありますよね。インフラを整えたってのは確かに一大事だったけど、それをどう維持・再生するかってのはあまり考えてなかった。会社にしても、若い世代がちゃんと伸びるような仕掛けにはして来なかったんじゃないか。代わりに、自分たちの高給を維持して、安穏と退職時期が来るのを待てばいいようなシステムにはなってる。今、三十代前半くらいの男性社員は、その辺のツケを背負(しょ)ってるんだと思います。それに続く世代も然り。隅田さん、本多さんも苦労はあったと思うけど、自分なんかも割を食ってるなぁ、て感じるんスよ」

 丼にしろ、デニッシュにしろ、日曜日のカフェめしは程々の温度で提供されているのだが、こうもトーク中心だと、その温度あっての味わい、というのが楽しめなくなってしまう。女性二人はそこそこ食べ進んでいるのでいいとして、男性陣、特に八広については、最初からデリなりサラダなり、温度を問わないメニューの方がいいようだ。今日はパンケーキがあったからまだよかったようなものである。

 シェフの気まぐれのようなオムレツ丼(オムライスではない)をつつきながら、ひと休み。櫻がここで問いかける。

 「宝木さんの年代って、やっぱり就職難で定職に就けなかったってこと?」

 彼の箸がふと止まる。

 「それもありますけど、何かツケを負わされる中で働くのってどうかなって疑問が大きくて。いわゆるフリーターって、働く意思がどうのってよく云われますけど、競争を強いられたり、消費を煽ったりっていう、会社の姿勢についていけなくて回避してる可能性も大きいんスよ。不安定なのは正社員だって同じでしょ。それなら自分で都度、仕事を選べる方がまだいいんじゃないかな、と」

 あわて者なところはあるが、これだけ自分の見識を語れる若手というのもそうそういないのではないか。そんな彼がフリーターという世の中である。ニートという時事用語は少々影を潜めた観はあるが、同じような理由が考えられなくもない。人それぞれの生き方というのがもっと尊重されていい筈なのである。

 「ま、八クンがこんな風に強弁でいられるのは、この奥宮さんがついてるからなんだけどね」

 「いやぁ、ハハハ」

 ヒゲをこすりながら、テレ笑い一つ。たまに息抜きしないと、どこまでもヒートアップしそうなので、彼女がこうしてコントロールする訳である。いい組み合わせだ。

 「そうよね。イケイケじゃなくて良くなったんだから、今度は一人ひとりのペースってのをベースにした社会であってほしいわね」

 「非正社員を減らそうってのは、従来型発想の延長なんだろね。当人が働き方の多様性を求めた結果だとしたら、それはそれで尊重しないと、社会全体がかえって苦しむことになる」

 千歳にしても、今更どこかの正社員になろうとは思わない。だが、正社員としてしっかり働いている人もいる。

 「舞恵の場合、お気楽な職場だから何とかなってるんだろな。でも金融ってこれまで好き放題やってたとこがあるから、世間が見る目はキビシイっスよ。あ、それもツケかぁ」

 「とにかく、競争とか消費が好きな人は、その人達の間でやってほしいんスよね。そうじゃない人を巻き込んでほしくない。あのゴミだって、競争と消費の産物だとしたら、その手の当事者の中で完結してもらいたいって思います。いい意味での競争、持続可能な消費が行われる世界ではおそらくゴミは総じて資源として回るんじゃないかってね」

 「持続可能もあるけど、選択可能な社会ってのも重要ね」

 櫻がさりげなく話をまとめる。選択可能性、これは千歳が持論とするスローダウンにも通じるところがある。彼のノロノロはそれを具現化したものと言えなくもない、か。

 業平はさっきから「ウーン」と唸っている。いつもの光景ではあるが、またちょっと違うことを考えているようだ。二杯目のコーヒーは深煎りだったようで、自ずと考え事も深くなる。


 ルフロンは八クンの弁舌もお気に入りだが、コピーライティングのセンスから考えて、そればかりではなさそうだ。お互いのどこに惹かれたのか、そもそも二人の馴れ初めは何だったのか、そろそろ聞いてみたい気もする。千歳が干潟のことを伝えなかったのと同様、八広も舞恵のことは話していなかった。お互い様ではあるが、ここらで教えてもらって悪いことはなかろう。

 「ところで、八広君。奥宮さんとはどこで知り合ったの?」

 「あれ? 言ってませんでしたっけ」

 「名前は覚えてないけど、どこぞの環境NGOが主催する『社会を変えるお金の使い道講座』とかってのが春先にあって、そこで」

 「ほら、隅田さんから指令受けて、取材して来たあれスよ」

 「でも、聴講するだけの講座だったっしょ。ワークショップ形式とかならわかるけど、何でまた?」

 「あぁ、宝木氏ったら例のケータイ、マナーモードにしてなかったんですよ。パネルディスカッション中に着信音が鳴って、大あわて。でもその時の着信音がね、知る人ぞ知るのフレーズだったんもんで」

 「あのドラムソロの不思議な曲?」

 「ルフロンがそれを知ってたてぇのがまた奇遇というか。休憩時間に意気投合しちゃいまして。へへ」

 「宝木さんを派遣したって意味じゃ、千歳さんが縁結び役ね」

 ここぞ、というところで場を盛り上げる櫻。だが、この発言が思わぬ余波を起こす。縁結び役と言えば、そう、目の前にいる舞恵、そして、その隣の八広も該当するのである。

 「ケータイが鳴らなかったら、というのはありますけど、確かにそうスね。でも、千住さんと隅田さんの方はどうなんですか? ルフロンから聞いたけど、カードが取り持つご縁だったとか...」

 「あ、そうなのよ。カード、エへへ」

 「奥宮さんがちゃんと連絡してくれたから、ですよ」

 「いえいえ、私のはあくまで仕事ですから。隅田さんが届け出てくれたのが大きいと思いますよ。川辺で拾ったってのを聞いた時は驚きましたが」

 三月のあの日のことが懐かしく思い出される。名前は確認しなかったが、応対してくれたその女性行員さんは、最初は無愛想だった。第一印象というのは残るものである。今は小愛想な舞恵を前にして、「フロントにいれば、正にルフロンさん」とかシャレを思いついて、薄笑いする千歳であった。

 「でも、千歳さん、私がなぜカードを落としちゃったかって覚えてます?」

 「えぇ、そりゃあもう。暴走自転車でしょ」

 「ねぇ、宝木さん、三月二十三日の金曜日の夕方って、自転車乗ってました?」

 「確か隅田さんから頼まれた調べ物しに、センターに急いでたような...」

 「やっぱりね! 今日、後姿見て思い出したんだぁ。彼ですよ。その暴走車!」

 黙考していた業平もさすがにこれには面食らったようで、「え、なになに」と来た。

 「つまり、八クンがそのタイミングで自転車を爆走させなかったら、カードを落とすこともなく、お二人が出会うこともなかったってこと?」

 「こっちとしては御礼を言うべきなのか、それとも謝ってもらうべきなのか、悩ましいわぁ」

 ドリンクのお代わりサービスが来た。面白そうな話なので輪に加わりたかった、というのもある。

 「え? 宝木さんが爆走って、何ですか?」

 「暴走も何だけど、爆走ってのもなぁ。危険人物みたいだ」

 「店員さんはいいの。お仕事中なんでしょ?」

 「奥宮さんの意地悪ぅ。カップ持って来ても割引しませんよぉ」


 「でも、隅田さんの指令があったから、自分が動いた訳で。つまり、カードを拾得した人が発端てことじゃないスか?」

 「何だかなぁ。それじゃまるで仕組んだみたいだ」

 「千さんのトリックに引っかかっちゃったんだ、私」

 「櫻さんまでぇ」

 何とも不思議な縁結びなのであった。和気藹々のカップル二組の間で、ちょっと居心地が悪そうな独り身の業平君は、三杯目のコーヒーに手が伸びる。これだけ飲み足してくれれば、紙容器としても本望だろう、か。

 「話戻るけどさ。特に団塊の皆さんは競争するのが当たり前だったから、それが体質的に染み付いちゃって、てのはないだろか?」

 唸っていたのは、この件だったか。

 「そうさね。事情というか、言い分はいろいろあるだろうね。ま、こっちが批判する以上に、ご年配世代も何かと『今の若者はどうこう』ってやる傾向があるから、話を聞く以前の問題のような気もする」

 「お互いにまず話をすればいいってことかしら?」

 「なかなかそうもいかないんだよね。年配の男性どうしってのも、その競争体質のせいかよくわからないけど、罵り合うばっかりてのをよく聞くし」

 ここで再び八広君が一席。

 「NGO/NPOの世界でもそれは顕著スね。目的とかやりたいことは同じなのに、似たような団体があちこちにできて。切磋琢磨するとか、相互補完するとか、そのためかと思うとそうでもなかったり... 張り合うのが目的化してるのかも知れない。だとしたら、もったいない気がします」

 今度は千歳が一旦引き取る。

 「ま、団塊世代ということなら、やはりその年代の方に話を聞くのが早道っしょ。親を見てればわかるようなところもあるけど、忌憚のない話ということでは、身内じゃない方が、ね」

 明後日の座談会のゲストスピーカーにこの件でもお話を伺おう、というつもりらしい。激論になる予感もあるが、はてさてどうなることやら?


 五人が店にやって来て、すでに一時間余り。トークショーはいつしか雑談会になっていた。

 「Le Frontはわかったわ。八(ba)クン、て呼ぶのはどうして?」

 「何かぁ、風貌が中国人みたいでしょ。ハチって呼ぶよりは中国語でbaって言った方が親しみがこもってていいじゃん、て」

 「八って中国じゃ重用されるでしょ。向こうでもMr.Baで通せそうだから、いっかなって」

 止せばいいのに業平がウケ狙いに行く。

 「八広に宝木か、略すと八宝じゃん。縁起いいねぇ」

 「業平君は、発泡スチロールを発砲させちゃう人だから、八宝菜を変換する時は気を付けないとね」

 男性三人がしょーもない会話をしてる最中、舞恵は櫻に耳打ちする。

 「あぁ見えても彼って詩人なんスよ。語らせてもあの調子だし、ルポも説得力あんだけど、詩というか散文というか、そっち系ですね。ある日ケータイメールで一節届いて、すっかりクラって来ちゃって。私、ガサツに見られますけど、結構そういうのに弱かったりして...」 そうだったのか。

 「何かロマンチックねぇ。年上の女性を射止めちゃう程の文才があるってことは、作詞させるとまたスゴイのかしら」

 「曲にもよると思いますけど、イイ線行くんじゃないスか。詞が書けてタイコ叩けりゃ、残るは作曲。でも音感はあんまりないみたいだから、ドラマーライター止まり... 何か変なの」

 かくいうルフロンさんも打楽器がお得意。その一面はすでに現場で見せてもらっている。ドラムとパーカッションの組み合わせ。共通する趣味(特技?)があるというのはまたいいものである。

 「そういや、今日のあのエドさんて、何で『届けたい...』が櫻さんのブログだって、わかったんだろ?」

 「あら、八クン気付かなかったの? 一番下に小さくだけどsakura.sって入れてあるのよ。それを見たんじゃないの。でも、いきなりブログのこと言って来るのも何よねぇ」

 「いやぁ皆さん、榎戸さんの件では失礼しました。何しろ彼のブログに、うちのバナー貼ってもらったら、何か照会とか注文が増えてきてね。一応恩人みたいなところがあるから、強く言えなくてさ」

 「そういうことか。その場でその話されてたら、余計に鼻についたかもね。ま、メーリングリスト上でも同じかな」

 千歳はまだカチンが収まっていなかったようだ。それでも、影響力あるブログの主ということはわかったので、とにかくhigata@に入ってもらって様子を見よう、と心を静めることにした。

 「あ、隅田さん、そのメーリングリスト、舞恵も入りたい!」

 「そうそう、八広君から連絡待ってたけど、来なかったもんだから、ついそのままで」

 「え? 送ったと思ったんスけど...」

 「フィルターではじいちゃったか。それとも、入力ミス?」

 あわてん坊の八クンは、タイトルを入れ忘れていたようだ。

 「いわゆる、無題(No Subject)メールはブロックしちゃうんだよねぇ」

 「そいつぁ、失礼しやした」

 「じゃ、改めて、あの名刺に書いてあるアドレスでお願いします」

 という訳で、higata@には、ルフロン奥宮(lefront@)さんとエド冬木(edy@)さんが新たに加わることとなった。

 今日の初音は午後からモードなので、まだ店にいる。三時になり、ティータイムメニュー客がチラホラやって来て、ちょっといそがしそう。

 「では、今日のモノログは合作ってことで行きますか?」

 「アクセス数アップに貢献、スね」

 「そだね。ちょっと小癪(コシャク)だけど」


 「んじゃ、初音嬢、またねっ!」

 「あ、ども」

 ケーキでも食べながらさらにゆっくり、というのもアリだったが、ウエイティング客を作ってしまっては申し訳ない。弁えある五人は再び空の下へ。いつの間にかすっかり晴れ上がっている。

 「千住さんて、もしかしてハレ女?」

 「そういえば、四月の回からずっと雨に降られたことなかったような。先月は私お休みしちゃったから何だけど... そっか、終わってから土砂降りだったんだっけ」

 「へへ、それはね、舞恵が雨女だからざんスよ。でも今日はハレ女に軍配ね」

 「私、休めないじゃん」

 「隅田さん、前回淋しそうだったから、やっぱ櫻さん来ないと」

 「これ、八(ハチ)!」

 客の流れは小休止中。店員は五人が談笑しているのを眺めている。声は聞こえないが、楽しそう。

 「友達って、同じ年代だけじゃないもんね」

 青空と連動するように、にこやかに頷く初音。お兄さん三人にお姉さん二人。彼女にとっては実に頼もしく、そして気の置けない人々である。

 

【参考情報】 2007.9.3の漂着ゴミ / 漂着ペレットも使いよう / 識別表示を活かすには / いつでもゴミ拾い


縁結び(後編)

25. 縁結び(後編)


 初音は少々待ちくたびれた様子で、曇り顔のまま。雨女さんが来た割には、好天に恵まれたこの日、今のお天気からしてもご機嫌であってほしいものだが、乙女心と秋の空云々と云うように、そうもいかないようである。

 「せっかく熱々のパンケーキ出そうと思ったのになぁ」

 辛うじて湯気立ち上るその一品をレンジに運ぼうとした時、先着のお三方が現われた。

 「初音ちゃん、ここで働いてたんだぁ」

 「奥宮さん!」

 店員はすっかり上機嫌に。表情を一変させる術をこうして会得していく十七歳なのであった。


 注文品が出てくるまでの間のつなぎとして、三人は試食品(お通しと言ってもいい)のパンケーキを頬張っている。そこへ千と櫻のカップルが到着。シロップとクリームの甘い香りが櫻を誘う。

 「あー、パンケーキ食べてる。ズルイ!」

 「千住さんも隅田さんも、ご試食済み、ですよね」

 「そんなぁ。あっ、奥宮さん、さ、最後の一枚、キープしといて」

 「あら、隅田さんの分はいいの?」

 「ちゃんと分けますよーだ」

 初音は可笑しくてたまらない。ちゃんと二人の分はとっておいてあるのだ。只今、レンジで加熱中。電子音が鳴ると、

 「そうはさせませんよ。ハイ!」

 「初音さん、たら」


 日曜日の昼下がり。やや遅めのランチをとりながら、五人のトークショーが始まる。司会進行役はいないが、それぞれが分相応に出たり引っ込んだりしているので、円滑である。

 「それにしても今日のはまた凄まじかったスね」

 「バーベキュー系が目立ったのは想定内だけど、流木とか農業関係の袋類とか、上流側から流れ着いたらしいのがまた多かったからね」

 「ま、この間のモノログに出てた通り、ふだんは流れ出さないようなのが増水で運ばれてきたってのが証明された訳だ」

 「でも、履物や生活雑貨って、そんなに棄てられたりするもの? 前も拾ったけど歯ブラシとか試供品のヒゲソリとか、あと枕? バーベキュー関係だけとは思えない」

 「いわゆるホームレスのお宅から、とか? あ、住処(すみか)があるからホームレスじゃないか」

 トボけた調子ではあったが、この舞恵のホームレス説は、実は的を射たものだった。干潟付近にはそういうお宅が見当たらないだけで、対岸の橋の下とか、バーベキュー公園のもっと上流側とか、発生源リサーチをしていないスポットはまだあるのだ。スローフードをいただいている割には、話題がシリアスな感じがしなくもない。だが、環境に対する関心層であるが故に成り立つのがスローである。別にあの食品が健康にいいとか、子どもにはこの製品が無害とか、そういう話ばかりがスローな訳ではない。多様でいいのである。

 「で、今回のもルポ書くかい?」

 「え、いいんスか?」

 「先に画像アップしとくから、それにコメント入れてもらうってのでよければ。ま、コラボってヤツだね」

 「今日ので意を強くしたことがあるんですよ。それを書かせてもらえるなら」

 アイス烏龍茶を啜(すす)る八広。千歳と櫻はいつものカップにアイスコーヒー。カップを置くと、二人そろって、「それって?」

 「ゴミ箱ってのは言い得て妙だけど、今回の廃プラ然り、資源に戻せる可能性がある限り、ゴミとは言い難い。ゴミだって思うからつい捨てちゃったり、いい加減に扱うんだと思うんスよ。言葉を変えることで、意識を変えることもできるんじゃないかなって。あ、これ六月の講座で先生も言ってましたね」

 「成る程ね。自分でもどこかで意識してたのか、モノログはあくまで『物』だし、蒼葉さんの絵の時も『漂着静物』って表現にしてる。ゴミってのは前面には出さないようにしてきた気がする。でも、小松さんに言わせるとやっぱり『川ゴミ』『海ゴミ』。被害が甚大なところはそうも言ってられない、ってことらしい」

 「言い方はともかく、社会の縮図ってことは確かよね。ゴミから世相が見えるって言うか」

 「あ、それ同感! 八月の回は八(ba)クンにただついて来ただけだったけど、何が落ちてるか興味が出てきて、今回は私、ちゃんと早起きしたんです」

 今はツンデレ姉さんではない。銀行窓口にいる時のようなハキハキした感じ。初音は聞くともなしに耳を傾けている。

 「増水はまた別格として、日常的にこういうゴミが散乱したり漂流したりするってのは、そもそも何が原因なんだろね?」

 ホットコーヒーを手に業平が呟く。ルポで慣らす八広は、自分が書きたいことが明瞭な分、即答が出る。

 「大げさかも知れないスけど、今の社会構造って『競争』と『消費』で成り立ってると思うんですよ。不毛な過当競争が激化して、消費を煽らないとやっていけなくなった。昔からそうだったのかも知れないスけど、近年は特にその傾向が露骨になってきたんじゃないかって。消費する側も、消費行為を通して、欲求を満たすのが条件反射のようになってしまった。でもそんなんじゃ充足感が得られないから『もっと、もっと』ってなる。悪循環スよね」

 「つまり、消費する行為そのもの=目的、になるから、物が大事にされない、ってこと?」

 「あとは、使い捨てを助長するような安易なモノがあふれるってのも一因でしょうね」

 当店でのドリンクの容器は、持ち帰り客用のものと兼ねて、厚手の紙製になっている。千歳のように使い回し可能なマイカップも販売しているが、残念ながら利用客はそれほど多くはない。業平はその一次性の容器を眺めている。

 「競争競争で消費者に受け容れやすい、いや楽に扱えるモノを出し続けるのが既定路線になった。安易なモノが増えたのはそのせいってことか。消費者にも問題あるね。オレもマイカップ派で行くかな」

 舞恵は、ワンプレートランチに付くスープがあったので、ドリンクは注文していなかったが、これを聞いて初音のもとへ。

 「初音嬢、このカップくださいな」

 「ありがとうございます。今日は何になさいますか?」

 「あら、午前中と言葉遣いが違うじゃない。干潟友達でしょ」

 「いえ、お客様ですから」

 淡々と応対しているが、内心は嬉しくて仕方ない。これで舞恵姉さんも常連客、いやそれ以前に友達、そう言ってもらえたのが何よりの喜びだった。

 「ここタバコ吸えないじゃん。気が退けてたんだけど、これ買ったからには元とるまで来ないとね」

 カップは六百円。割引額は一回二十円。つまり三十回来れば元が取れる計算になる。だが、初回はワンドリンク(一杯二百円~)がサービスなので、

 「アイスティー、ストレートね」

 これで差引四百円となり、二十回ご来店いただくことになる。回数はさておき、人をつなぐサービスでもあることは間違いない。


 「『イケイケ、ドンドン』て言うじゃん。あのノリって、今の団塊世代がオレたちぐらいの時の話だよね」

 「社会の風潮ってあるからね。いろいろ大変だったとは思うけど、上げ潮の時で好き勝手ができたっていう点では大違いだよね」

 ここで再び八広の講話が始まる。

 「団塊の皆さんが作った構造ってのは、作り放しであとは知らない、みたいなとこありますよね。インフラを整えたってのは確かに一大事だったけど、それをどう維持・再生するかってのはあまり考えてなかった。会社にしても、若い世代がちゃんと伸びるような仕掛けにはして来なかったんじゃないか。代わりに、自分たちの高給を維持して、安穏と退職時期が来るのを待てばいいようなシステムにはなってる。今、三十代前半くらいの男性社員は、その辺のツケを背負(しょ)ってるんだと思います。それに続く世代も然り。隅田さん、本多さんも苦労はあったと思うけど、自分なんかも割を食ってるなぁ、て感じるんスよ」

 丼にしろ、デニッシュにしろ、日曜日のカフェめしは程々の温度で提供されているのだが、こうもトーク中心だと、その温度あっての味わい、というのが楽しめなくなってしまう。女性二人はそこそこ食べ進んでいるのでいいとして、男性陣、特に八広については、最初からデリなりサラダなり、温度を問わないメニューの方がいいようだ。今日はパンケーキがあったからまだよかったようなものである。

 シェフの気まぐれのようなオムレツ丼(オムライスではない)をつつきながら、ひと休み。櫻がここで問いかける。

 「宝木さんの年代って、やっぱり就職難で定職に就けなかったってこと?」

 彼の箸がふと止まる。

 「それもありますけど、何かツケを負わされる中で働くのってどうかなって疑問が大きくて。いわゆるフリーターって、働く意思がどうのってよく云われますけど、競争を強いられたり、消費を煽ったりっていう、会社の姿勢についていけなくて回避してる可能性も大きいんスよ。不安定なのは正社員だって同じでしょ。それなら自分で都度、仕事を選べる方がまだいいんじゃないかな、と」

 あわて者なところはあるが、これだけ自分の見識を語れる若手というのもそうそういないのではないか。そんな彼がフリーターという世の中である。ニートという時事用語は少々影を潜めた観はあるが、同じような理由が考えられなくもない。人それぞれの生き方というのがもっと尊重されていい筈なのである。

 「ま、八クンがこんな風に強弁でいられるのは、この奥宮さんがついてるからなんだけどね」

 「いやぁ、ハハハ」

 ヒゲをこすりながら、テレ笑い一つ。たまに息抜きしないと、どこまでもヒートアップしそうなので、彼女がこうしてコントロールする訳である。いい組み合わせだ。

 「そうよね。イケイケじゃなくて良くなったんだから、今度は一人ひとりのペースってのをベースにした社会であってほしいわね」

 「非正社員を減らそうってのは、従来型発想の延長なんだろね。当人が働き方の多様性を求めた結果だとしたら、それはそれで尊重しないと、社会全体がかえって苦しむことになる」

 千歳にしても、今更どこかの正社員になろうとは思わない。だが、正社員としてしっかり働いている人もいる。

 「舞恵の場合、お気楽な職場だから何とかなってるんだろな。でも金融ってこれまで好き放題やってたとこがあるから、世間が見る目はキビシイっスよ。あ、それもツケかぁ」

 「とにかく、競争とか消費が好きな人は、その人達の間でやってほしいんスよね。そうじゃない人を巻き込んでほしくない。あのゴミだって、競争と消費の産物だとしたら、その手の当事者の中で完結してもらいたいって思います。いい意味での競争、持続可能な消費が行われる世界ではおそらくゴミは総じて資源として回るんじゃないかってね」

 「持続可能もあるけど、選択可能な社会ってのも重要ね」

 櫻がさりげなく話をまとめる。選択可能性、これは千歳が持論とするスローダウンにも通じるところがある。彼のノロノロはそれを具現化したものと言えなくもない、か。

 業平はさっきから「ウーン」と唸っている。いつもの光景ではあるが、またちょっと違うことを考えているようだ。二杯目のコーヒーは深煎りだったようで、自ずと考え事も深くなる。


 ルフロンは八クンの弁舌もお気に入りだが、コピーライティングのセンスから考えて、そればかりではなさそうだ。お互いのどこに惹かれたのか、そもそも二人の馴れ初めは何だったのか、そろそろ聞いてみたい気もする。千歳が干潟のことを伝えなかったのと同様、八広も舞恵のことは話していなかった。お互い様ではあるが、ここらで教えてもらって悪いことはなかろう。

 「ところで、八広君。奥宮さんとはどこで知り合ったの?」

 「あれ? 言ってませんでしたっけ」

 「名前は覚えてないけど、どこぞの環境NGOが主催する『社会を変えるお金の使い道講座』とかってのが春先にあって、そこで」

 「ほら、隅田さんから指令受けて、取材して来たあれスよ」

 「でも、聴講するだけの講座だったっしょ。ワークショップ形式とかならわかるけど、何でまた?」

 「あぁ、宝木氏ったら例のケータイ、マナーモードにしてなかったんですよ。パネルディスカッション中に着信音が鳴って、大あわて。でもその時の着信音がね、知る人ぞ知るのフレーズだったんもんで」

 「あのドラムソロの不思議な曲?」

 「ルフロンがそれを知ってたてぇのがまた奇遇というか。休憩時間に意気投合しちゃいまして。へへ」

 「宝木さんを派遣したって意味じゃ、千歳さんが縁結び役ね」

 ここぞ、というところで場を盛り上げる櫻。だが、この発言が思わぬ余波を起こす。縁結び役と言えば、そう、目の前にいる舞恵、そして、その隣の八広も該当するのである。

 「ケータイが鳴らなかったら、というのはありますけど、確かにそうスね。でも、千住さんと隅田さんの方はどうなんですか? ルフロンから聞いたけど、カードが取り持つご縁だったとか...」

 「あ、そうなのよ。カード、エへへ」

 「奥宮さんがちゃんと連絡してくれたから、ですよ」

 「いえいえ、私のはあくまで仕事ですから。隅田さんが届け出てくれたのが大きいと思いますよ。川辺で拾ったってのを聞いた時は驚きましたが」

 三月のあの日のことが懐かしく思い出される。名前は確認しなかったが、応対してくれたその女性行員さんは、最初は無愛想だった。第一印象というのは残るものである。今は小愛想な舞恵を前にして、「フロントにいれば、正にルフロンさん」とかシャレを思いついて、薄笑いする千歳であった。

 「でも、千歳さん、私がなぜカードを落としちゃったかって覚えてます?」

 「えぇ、そりゃあもう。暴走自転車でしょ」

 「ねぇ、宝木さん、三月二十三日の金曜日の夕方って、自転車乗ってました?」

 「確か隅田さんから頼まれた調べ物しに、センターに急いでたような...」

 「やっぱりね! 今日、後姿見て思い出したんだぁ。彼ですよ。その暴走車!」

 黙考していた業平もさすがにこれには面食らったようで、「え、なになに」と来た。

 「つまり、八クンがそのタイミングで自転車を爆走させなかったら、カードを落とすこともなく、お二人が出会うこともなかったってこと?」

 「こっちとしては御礼を言うべきなのか、それとも謝ってもらうべきなのか、悩ましいわぁ」

 ドリンクのお代わりサービスが来た。面白そうな話なので輪に加わりたかった、というのもある。

 「え? 宝木さんが爆走って、何ですか?」

 「暴走も何だけど、爆走ってのもなぁ。危険人物みたいだ」

 「店員さんはいいの。お仕事中なんでしょ?」

 「奥宮さんの意地悪ぅ。カップ持って来ても割引しませんよぉ」


 「でも、隅田さんの指令があったから、自分が動いた訳で。つまり、カードを拾得した人が発端てことじゃないスか?」

 「何だかなぁ。それじゃまるで仕組んだみたいだ」

 「千さんのトリックに引っかかっちゃったんだ、私」

 「櫻さんまでぇ」

 何とも不思議な縁結びなのであった。和気藹々のカップル二組の間で、ちょっと居心地が悪そうな独り身の業平君は、三杯目のコーヒーに手が伸びる。これだけ飲み足してくれれば、紙容器としても本望だろう、か。

 「話戻るけどさ。特に団塊の皆さんは競争するのが当たり前だったから、それが体質的に染み付いちゃって、てのはないだろか?」

 唸っていたのは、この件だったか。

 「そうさね。事情というか、言い分はいろいろあるだろうね。ま、こっちが批判する以上に、ご年配世代も何かと『今の若者はどうこう』ってやる傾向があるから、話を聞く以前の問題のような気もする」

 「お互いにまず話をすればいいってことかしら?」

 「なかなかそうもいかないんだよね。年配の男性どうしってのも、その競争体質のせいかよくわからないけど、罵り合うばっかりてのをよく聞くし」

 ここで再び八広君が一席。

 「NGO/NPOの世界でもそれは顕著スね。目的とかやりたいことは同じなのに、似たような団体があちこちにできて。切磋琢磨するとか、相互補完するとか、そのためかと思うとそうでもなかったり... 張り合うのが目的化してるのかも知れない。だとしたら、もったいない気がします」

 今度は千歳が一旦引き取る。

 「ま、団塊世代ということなら、やはりその年代の方に話を聞くのが早道っしょ。親を見てればわかるようなところもあるけど、忌憚のない話ということでは、身内じゃない方が、ね」

 明後日の座談会のゲストスピーカーにこの件でもお話を伺おう、というつもりらしい。激論になる予感もあるが、はてさてどうなることやら?


 五人が店にやって来て、すでに一時間余り。トークショーはいつしか雑談会になっていた。

 「Le Frontはわかったわ。八(ba)クン、て呼ぶのはどうして?」

 「何かぁ、風貌が中国人みたいでしょ。ハチって呼ぶよりは中国語でbaって言った方が親しみがこもってていいじゃん、て」

 「八って中国じゃ重用されるでしょ。向こうでもMr.Baで通せそうだから、いっかなって」

 止せばいいのに業平がウケ狙いに行く。

 「八広に宝木か、略すと八宝じゃん。縁起いいねぇ」

 「業平君は、発泡スチロールを発砲させちゃう人だから、八宝菜を変換する時は気を付けないとね」

 男性三人がしょーもない会話をしてる最中、舞恵は櫻に耳打ちする。

 「あぁ見えても彼って詩人なんスよ。語らせてもあの調子だし、ルポも説得力あんだけど、詩というか散文というか、そっち系ですね。ある日ケータイメールで一節届いて、すっかりクラって来ちゃって。私、ガサツに見られますけど、結構そういうのに弱かったりして...」 そうだったのか。

 「何かロマンチックねぇ。年上の女性を射止めちゃう程の文才があるってことは、作詞させるとまたスゴイのかしら」

 「曲にもよると思いますけど、イイ線行くんじゃないスか。詞が書けてタイコ叩けりゃ、残るは作曲。でも音感はあんまりないみたいだから、ドラマーライター止まり... 何か変なの」

 かくいうルフロンさんも打楽器がお得意。その一面はすでに現場で見せてもらっている。ドラムとパーカッションの組み合わせ。共通する趣味(特技?)があるというのはまたいいものである。

 「そういや、今日のあのエドさんて、何で『届けたい...』が櫻さんのブログだって、わかったんだろ?」

 「あら、八クン気付かなかったの? 一番下に小さくだけどsakura.sって入れてあるのよ。それを見たんじゃないの。でも、いきなりブログのこと言って来るのも何よねぇ」

 「いやぁ皆さん、榎戸さんの件では失礼しました。何しろ彼のブログに、うちのバナー貼ってもらったら、何か照会とか注文が増えてきてね。一応恩人みたいなところがあるから、強く言えなくてさ」

 「そういうことか。その場でその話されてたら、余計に鼻についたかもね。ま、メーリングリスト上でも同じかな」

 千歳はまだカチンが収まっていなかったようだ。それでも、影響力あるブログの主ということはわかったので、とにかくhigata@に入ってもらって様子を見よう、と心を静めることにした。

 「あ、隅田さん、そのメーリングリスト、舞恵も入りたい!」

 「そうそう、八広君から連絡待ってたけど、来なかったもんだから、ついそのままで」

 「え? 送ったと思ったんスけど...」

 「フィルターではじいちゃったか。それとも、入力ミス?」

 あわてん坊の八クンは、タイトルを入れ忘れていたようだ。

 「いわゆる、無題(No Subject)メールはブロックしちゃうんだよねぇ」

 「そいつぁ、失礼しやした」

 「じゃ、改めて、あの名刺に書いてあるアドレスでお願いします」

 という訳で、higata@には、ルフロン奥宮(lefront@)さんとエド冬木(edy@)さんが新たに加わることとなった。

 今日の初音は午後からモードなので、まだ店にいる。三時になり、ティータイムメニュー客がチラホラやって来て、ちょっといそがしそう。

 「では、今日のモノログは合作ってことで行きますか?」

 「アクセス数アップに貢献、スね」

 「そだね。ちょっと小癪(コシャク)だけど」


 「んじゃ、初音嬢、またねっ!」

 「あ、ども」

 ケーキでも食べながらさらにゆっくり、というのもアリだったが、ウエイティング客を作ってしまっては申し訳ない。弁えある五人は再び空の下へ。いつの間にかすっかり晴れ上がっている。

 「千住さんて、もしかしてハレ女?」

 「そういえば、四月の回からずっと雨に降られたことなかったような。先月は私お休みしちゃったから何だけど... そっか、終わってから土砂降りだったんだっけ」

 「へへ、それはね、舞恵が雨女だからざんスよ。でも今日はハレ女に軍配ね」

 「私、休めないじゃん」

 「隅田さん、前回淋しそうだったから、やっぱ櫻さん来ないと」

 「これ、八(ハチ)!」

 客の流れは小休止中。店員は五人が談笑しているのを眺めている。声は聞こえないが、楽しそう。

 「友達って、同じ年代だけじゃないもんね」

 青空と連動するように、にこやかに頷く初音。お兄さん三人にお姉さん二人。彼女にとっては実に頼もしく、そして気の置けない人々である。


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