閉じる


洋画部門

「シェフ! 」〜三ツ星レストランの舞台裏へようこそ〜

2013年1月3日鑑賞


***シェフ、最高の一皿でした!!
***





美味しかったねぇ、この映画は。いい映画は、劇場を出るときのお客さんの顔で分っちゃう。レストランも映画も一緒。満足したお客には笑顔があるのです。
天才的な味覚と嗅覚を持った主人公、ジャッキー。彼はもちろん料理の腕も抜群。だけどこういう人に限って、なぜだか世渡りが下手なんですね。
だから、どのレストランで働いても、もめ事を起こしてクビになってしまう。ジャッキーには妊娠している恋人がいます。まだ籍は入れてない。「結婚しよう」 とプロポーズはしたいんだけど、なにせ生活が不安定。何とか恋人と安定した生活を送りたい彼は、やむなくペンキ塗りの仕事をしています。
そんなジャッキーにチャンスがやってきます。
料理番組まで持っている有名三ツ星シェフ、アレクサンドル(ジャン・レノ)が、助手を捜していたのです。やがて二人はタッグを組んで、レストランの三ツ星を守るため奮闘するというストーリー。

やはり、ミシュランの三ツ星の権威というのは大変なもので、もし、万が一☆がひとつ減った!なんて事になったら、もう大変。
ジャン・レノ扮する三ツ星シェフ、アレクサンドルは雇われの身です。レストランオーナーからは
「ひとつでも星を落としたら即刻クビだ」とプレッシャーをかけられているのです。このオーナーが、二代目社長でありまして、青年実業家なんですね。現場の 事なんて何にも分ってないんです。だから、シェフに無断でキッチンの改装工事をしよう、客席の数を増やそう、なんて計画中です。そんな無理難題ばかり言っ てくるオーナーにいい加減嫌気がさしていたアレクサンドル。
だけどそうも言っていられない。近日中にミシュランの調査員がやってくると言う情報が入ります。

「どうしよう、新しい創作料理を大至急作らないと☆が減ってしまう」
そこで三ツ星シェフ、アレクサンドルと助手ジャッキーは、最先端のフランス料理を食べさせると評判の、ライバル店へ偵察に行こうとします。
だけど料理番組まで持っているシェフは当然、「メンが割れてる」訳ですね。そこで二人はとんでもない方法を思いつくのですが……。

まあ、それは劇場でお楽しみ下さいませ。


何しろこの偵察シーン、僕が鑑賞していた劇場では全員大爆笑!!
まじで?  ジャン・レノって、ドラえもん以外にこんな事もやるの? って感じです。もう、とにかく観て笑って頂くしかないですね。
そして、何より、スクリーンでとっておきのおいしそうな料理をたっぷりと御堪能下さい。
お正月の初笑いにはピッタリですよ。僕は初詣のついでにもう一回観に行ってきました。
う〜ん、満足、満腹の一皿という作品でした。
**********************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

**********
作品データ
監督   ダニエル・コーエン
主演   ジャン・レノ、ミカエル・ユーン
製作   2012年 
上映時間 84分

予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=_9HS3XWGRZg&feature=share

レ•ミゼラブル

2013年1月23日鑑賞

***大作を作ってみた感はあるけれど***

前半のアン•ハサウェイの部分と、後半、学生、市民たちの武装蜂起の部分、これは見応えがありました。というか、途中は寝ちゃったのでよく分かんないのですが……。
アン•ハサウェイは、よく演じていたと思いますよ。
以前の彼女の作品では、可愛いだけの女の子としての役柄が多かったようにおもいます。
今回は縫製工場に勤めるシングルマザーです。
貧しさのため子供を預けています。お針子の仕事も、夜の体を売る仕事がバレてクビになってしまいます。遂には貧しさから自分の髪の毛まで売ってしまう。そういう悲惨な境遇の女性をどう演じたら良いのか?
アン•ハサウェイの眼がすごかったんです。
「自分にはこんな役、演じられない! もう、どうしていいか分らない!」という悲痛な表情。
僕はこれ、監督が狙って撮った表情だと思います。
そう言う精神状態になるまで,役者を追いつめるんです。
キツイことですけど、いい作品をつくろうという覚悟のある監督ならそれをやる。
邦画では李相日監督が「悪人」のとき、妻夫木君と、深津絵里さんにそういう追いつめ方をやりました。
後半の武装蜂起の部分、群衆劇としての見せ場ですね。僕は舞台版「レ•ミゼラブル」は観ていないのですが、おそらく映画作品にするより、舞台での群衆劇の方がいいんじゃないかとおもいました。
立ち上がる学生たちのうた声、たなびく三色旗。旗を振るたびにバサッバサッという音さえ聞こえる。それは映画では再現されていません。もったいないことです。とても効果的なのに。なんで入れなかったんだろう? 旗の音を。
また、上映が始まってまず驚いたのは、スクリーンのサイズなんです。
これ、なんと、標準サイズなんですよ。ビスタサイズではないんです。監督のこだわりなんでしょうか? 僕はまるで一昔前のテレビを見ている様でした。 いまいち狙いがよく分からなかったですね。
僕がカントクなら、これだけの大作なんだし、思い切って3Dミュージカルにしてみたいですね。
舞台で大ヒットしている作品の映画化なのですから、映画にしか出来ないことをやるべきでしょう。
キャメラアングルの移動、大規模なロケーション。そして編集。これらは舞台では絶対に出来ないことです。これだけいい題材なんだから、もったいないなぁと思った作品でした。

********************
ちなみに、フランス国歌「ラ•マルセイエーズ」の歌詞がとてつもなく過激な歌詞であることは、ご承知の方も多いと思います。7番まで歌詞はあるそうですが、一番とリフレインの歌詞はこちら

進め 祖国の子らよ
栄光の日は来た!
我らに向かって 暴君の
血塗られた旗が 掲げられた
血塗られた旗が 掲げられた
聞こえるか? 戦場の
獰猛な敵兵の咆哮が
奴らは君らの元に来る
君らの子と妻の 喉を掻ききるために!

市民らよ 武器を取れ
隊列を組め
進め! 進め!
敵の汚れた血で
我らの畑の畝を満たすまで!

******
とまあ、こんな感じです。やはり、革命のお国柄なんですね。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

**********
作品データ

監督   トム•フーパー
主演   ヒュー•ジャックマン、ラッセル•クロウ、アン•ハサウェイ
製作   2012年 
上映時間 158分 

 
予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=cl9gni_N_hk




ファースト•ポジション 夢に向かって踊れ!

2013年1月29日鑑賞

***それでも君は踊り続けるのか***

以前バレエの先生と話をする機会があった。
「先生、バレリーナって結婚を機会に引退って考えるものですか?」
一瞬、間があった。
こいつ、何をアホなことを訊いておるのだ、という感じで
「何言ってんの!! たかが結婚でバレエ辞めるもんですか!!」
今度はこちらが「エッ?!」と絶句した。
バレエのセカイ等、何も知らない私には思いもつかない言葉だったのだ。バレリーナにとっては、人生の一大イベントである結婚も、「たかが」結婚なのである。彼女たちにとってバレエとは、人生そのものなのだ、と了承した。
食べるのもバレエのため。肉体トレーニングもバレエのため。普段の何気ない生活もバレエを中心に廻っている。

この作品は、バレエダンサーを目指す若者たちの、コンテストの模様と、そこに出場するまでを取材したドキュメンタリーである。
全世界レベルで行われる決勝の舞台、誰もが憧れるファイナリストになるためには、まずは各国で行われる予選を勝ち抜かなければならない。その予選ですら、凄まじくレベルが高いのである。
「もう、この子は天才」
「彼女は踊るために生まれて来たんだ」
なんて言うティーンエイジャー達が、それこそ掃いて捨てるぐらい集まってくる。

そんなコンクールに出場する本人は、もちろん緊張はしている。しかし、それ以上に、家族や専属のコーチの緊張がハンパでは ないのだ。自分たちが手塩にかけて磨き上げ、育てた才能。それが世間に認められるのか? それとも今までやって来たことは全て無駄だと全否定されるのか?  
実はこのコンクールは本人だけでなく、親と、指導者が、バレエにどれだけ真摯に取り組んだのかが判定される、評価される場でもあるのだ。それはまるで最後の審判さながらだ。
親が我が子のバレエに賭ける金の使い方も尋常ではない。
自分の子供をバレエダンサーにしようと決意した親にとって、「お金」は、もはや、タダの紙くずである。それこそ湯水のようにジャブジャブお金を使う。
子供のために専属の振り付けの先生を雇う。レッスンも広い専用ダンススタジオを丸ごと借りる。一足80ドルするトウシューズは一日で履き潰す高価な消耗品だ。
娘がコンクールを目指している会社社長は、娘の練習環境を整えるために自分の会社さえ移転させてしまう。
全ては愛する娘や息子のバレエのため。成功の切符を手に入れるため。
バレエに限らず、芸事を仕事にする、それで「飯を食っていく」ということはとても困難な道のりだ。実力はもちろん「運」も大切な要素だろう。
コンクールの映像は、観客として観ているこちらの胸まで苦しくなる。
とても残酷なのだが、ここで勝者と敗者がはっきり分かれる。
幸いにも選ばれた若者達にとっては、正に夢の切符を手にしたようなものだ。
「あなたは夢を追い続けなさい」と大人達から許された特権階級の仲間入りなのである。
彼らのある者は、バレエ団からオファーがあり、ある者には名門バレエ学校の入学許可、スカラシップが与えられる。
スポットライトを浴びることを許されるのは、ほんの一握りの若者達だけ。
彼らは夢の階段をひとつ上った。
しかし、まだ次の階段が待っている。
いま、舞台袖から、スポットライトのその先へ、まさに踊り出そうとする若いダンサー達。思わず声をかけたくなる。
「君の歩いて来た道は間違ってない。自分を信じなさい。このチャンスを楽しみなさい」
若いダンサーは夢への一歩を今踏み出すのだ。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

**********
作品データ

監督   ベス•カーグマン
主演   アラン•ベル、ジュールズ•ジャーヴィス•フォーガティ、
     ミケーラ•デ•プリンス
製作   2011年 アメリカ合衆国
上映時間 94分 


予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=c4BYOCglirQ&feature=share

木洩れ日の家で

2013年2月4日鑑賞


***モノクロームが映し出す「人間の枯れ方」***


モノクロームの画面から、様々な色彩が鮮やかに立ち上がってくる。監督の絵心に思わず魅せられてしまう。
予告編を見て「これはどうしてもスクリーンで観てみたい」と思っていたが、ようやく劇場で観ることが出来た。



森 の中の古びた二階建ての家。俗な世間から隔絶された様な佇まいをみせる家。主人公のおばあちゃんは、愛犬フィラと二人でここに住んでいる。一人息子は別に 家を持っていて、忘れた頃に訪ねてくるだけ。だから愛犬フィラは、おばあちゃんにとって、ただ一人の家族であり、子供であり、話し相手であり、頼りになる 相棒でもある。
この犬の名演技には本当に感心させられる。喜び、怒り、悲しみ、好奇心、従順。ありとあらゆる表情を見せて、観客を楽しませてくれる。この何とも愛らしい犬、フィラの表情だけでも充分一本の映画が撮れる程だと、僕は本当にそう思う。
もちろんこの映画の魅力はそれだけではない。
主人公のおばあちゃんを演じるポーランドの女優ダヌタ•シャフラルスカの表情に注目したい。
時折クローズアッップで彼女の顔が映し出される。

彫刻を思わせる様な首筋の深いシワ。年齢を重ねた目元、口元の小じわ。そのシワが決して醜くは映っていないのだ。むしろ、シワの一本一本が無言の演技をしているかのようだ。
ひとりの女優、ダヌタ•シャフラルスカとして、演技とどう取り組んで来たのか? また、一人の女性としてどう「老いて来たか?」その「枯れ方」が美しく「枯れている」のである。
顔はその人の心の履歴書でもある。自分の人生とどのように真摯に向きあって来たか?
残酷だが、それが顔に出るのである。
この女優さんには、老いてなお人を魅了する豊かな表情がある。
美しい歳の取り方とは、こういう人のことを言うのだと思う。
きっとこの人はのびのびとした少女時代を送ったに違いない。
心にたっぷりと滋養を受け取りながら育って来た人であろう。
この作品は、極論してしまえばストーリーらしきものは、あってない様な物である。
おばあちゃんと愛犬フィラとの日常会話で、ほぼ作品が成り立っている。それでもこの作品は観る人を惹き付けて止まない。
キャメラは、おばあちゃんの一軒家を取り囲む森の木々、その緑の木の葉を映してゆく。
光が木の葉にあたる。
木の葉たちの光の反射は、まるで光そのものが饒舌なおしゃべりをしているかのようだ。
刺す様なキラッとする光、周りを明るくする光、少し陰った光。ひっそりと控えめな光。木々の光の強弱をキャメラに捉えるだけで、これだけ豊かな表現をなし得た、ドロタ•ケンジェジャフスカ監督の映像感覚は本当に素晴らしいと思う。
色あせて一見モノクロの様に見える人生になっても、光り輝く、色彩豊かな心を映しとってみせた監督の手腕。人が歳を重ねることの美しさ。女優ダヌタ•シャフラルスカの魅力をじっくりと堪能したい、逸品であるといえる。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

**********
作品データ


監督   ドロタ•ケンジェジャフスカ
主演   ダヌタ•シャフラルスカ、クシシュトフ•グロビシュ
製作   2007年 ポーランド
上映時間 104分


予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=mS8Q388syZs&feature=share



テッド

2013年2月28日鑑賞


***いやぁ〜、いい映画じゃないですかぁ〜***


全然予想と違いました。
予告編や前評判では、スケベで品の悪い、テディベアを使ったブラックコメディーなんだろうと思ってました。
全然違った。
いい意味で予想を裏切られました。
映画への愛が一杯詰まった映画なんですね、これは。
特にB級アクション映画への、監督のこだわり、敬意、オマージュが一杯詰まってます。
B級アクション映画や、オバカ映画が大好きでよく見ていると言う「コアな映画ファン」には、もう、たまらなく面白い!と思います。

主人公の少年ジョンは、クリスマスに両親からクマのぬいぐるみをプレゼントされました。
彼は人付き合いが苦手。友達が誰もいない。
「くまさん、僕と友達になってよ。一生の付き合いだよ」
そう言って彼はクリスマスの夜、ぬいぐるみのクマを抱いて、すやすやと眠りました。
彼の願いは神様に届きました。それはクリスマスの奇跡となりました。
朝、眼を覚ましたジョン。
「おはよう」
話しかけて来たのは、まさか!? 
クマのぬいぐるみ!?
さ あ、それから家族は大パニック。そして、生きて人間と話が出来るクマのぬいぐるみのニュースは、全米を駆け巡りました。テレビのワイドショーに単独出演。 まるでハリウッドスター並みの大人気。ジョンと一緒に公園を散歩していると、サインを求められます。モッコモコの手でサインをする、ぬいぐるみのクマ、そ の名は「テッド」
そしてー
『ー
あれから四十年!!』じゃなかった。これでは綾小路きみまろさんですね。
 …
…あれから27年が経ちました。
ジョ ンはレンタカーショップに勤める、中年のオッサンになりました。相変わらず友達は少ない。でも、嬉しいことに四年間付き合っている彼女がいる。ロングヘ アーでかなりの美人。いま同棲中。二人だけの甘〜い濃密な時間を楽しんでいると、そこに割って入ってくるヤツがいる。それがいまやおっさんになったテッ ド。ぬいぐるみのクマも歳をとるんですね。
ジョンとは「オレとお前は一生友達」と誓った仲です。
だから、彼女のことも相談する仲だし、いっしょにイケナイ葉っぱを吸って、ラリってハイになったりする間柄です。

ジョンの恋人ロリーは、そんな二人を観て
「あなたのために言うのよ。テッドに出て行ってもらえないかしら」とジョンに持ちかけるのですが……。

この作品、僕が一番驚いたのは「音楽のセンスの良さ」なんです。
もうねぇ、僕は大絶賛したい!!
これは、こういう場面だから、こういう音楽を入れるべき。そして音楽を必要としないシーンは、絶対に音楽を入れちゃダメ!!
そう言うことがちゃんと出来てるんです。
これ、当たり前なようで、実はなかなかセンスが必要です。意外に難しいんですよ、皆さん。
ほんと、もう、まじめに他の監督は見習ってほしいぐらいです。
とってもお洒落で、気が利いていて、映画をより引き立てている。本当に音楽の使い方がうまいなぁ〜、
と唸ってしまいました。
この作品はB級アクション映画への愛が一杯詰まっています。
更にはラブストーリーあり、男と男のファイトシーンあり、サスペンスあり、何とカーチェイスまであるという、ハリウッド映画の美味しいところ全部がこれ一本にギュッと詰まってる。
もうこれはフルコース楽しめるオトナの映画なんですね。
偏見など持たず、是非、映画館で楽しんでみて頂きたい作品です。
なお「F●
CK YOU!」「Bitch!」なんかの汚いコトバが連発されるので、カップルで観に行ってはマズい、と仰るレビュアーの方も結構いらっしゃいますが、僕は個人的に、意外にカップルで観に行っても、盛り上がるんじゃないかと思いますよ。心の広い女性であれば……許してくれるんじゃないかと。
是非、彼氏、彼女と、お二人で笑いながら鑑賞してみて下さい。
僕はもう一回観てもいいかなと思える作品でした。
R1
5+指定なので、「よゐこ」の皆さんはまだ観ちゃダメよ。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

**********
作品データ

監督   セス・マクファーレン
主演   マーク・ウォールバーグ、ミラ・キュニス
製作   2012年 アメリカ合衆国
上映時間 106分


予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=nfZQYAtnrRE&feature=share



世界にひとつのプレイブック

2013年3月7日鑑賞
***見える障害、見えない障害***
劇場でこの作品を観ている最中、思うところありまして、あまり作品に集中出来なかったのです。
この作品は精神障害者の犯罪と社会復帰という、とても重いテーマに挑んだ作品なんですね。それを主人公のお父さん、ロバート•デ•ニーロのヒョウヒョウとした演技で、全体の重苦しいトーンをうまく中和させている。そんな味付けの作品だと思えました。
ロバート•デ•ニーロが演じるお父さん、何ともいい味出してます。仕事を辞めちゃって、今はギャンブルにハマってるダメダメなオヤジさんです。
彼は、犯罪を犯した息子パット(ブラッドリー•クーパー)を受け入れています。ようやく出所して来た息子パット。この物語の主人公です。彼は裁判所から精神障害者であると認定されます。もともとは妻の浮気の現場を生で目撃してしまったショックから、心にキズを負ったのです。彼は医療刑務所で治療を受けながら、刑期を過ごすことになりました。
(アメリカの司法制度や医療刑務所のことはさっぱり知識がありませんので、よく分かりませんが)
出所して来た彼に妙につきまとってくる女性がいる。名前はティファニー(ジェニファー•ローレンス)
実は彼女もまた、若いのに夫を突然の事故でなくし、心に大怪我を負っている。彼女の唯一の心の支えがダンスを踊ること。
「今、ダンスのパートナーを捜してるの。一緒にダンス大会に出てくれない?」とティファニーはパットに持ちかけるのですが……。
というのがこの作品のおおよその輪郭です。
******************
さて、これ以降は映画に直接関係ございませんので、あらかじめお断りをしておきます。
実は僕も精神障害を持っております。「うつ病」と診断され、市から障害者3級に認定された「精神障害者」です。障害者手帳というのも持っている。胸張って言うことでもないでしょうが、「れっきとした」「障害者」という”カテゴリー”に入る人間です。
実は障害者には、「見える障害」と「見えない障害」を持つ人がいるのです。
身体障害者は「眼に見える障害」です。誰が見ても「ああ、障害者だね」と一発で納得出来る。
やっかいなのは「見えない障害者」
代表的なのが心の病、精神障害ですね。
実は「精神障害」と一言で片付けてしまう、一括りにしてしまう、そのこと自体が僕には恐ろしいのです。
「精神障害」というひとつのカテゴリーのなかに、実に様々な症状の心の病があるからです。
実は「精神障害者」同士でさえ、病名が違えば、さっぱり相手の症状が理解出来ないのです。
この映画の主人公は「躁うつ病」です。
僕は「うつ病」ですが、この作品の「躁うつ病」の症状はさっぱり理解出来ません。その行動パターンに共感出来ないのです。
他にも「パニック障害」「統合失調症」最近では「新型うつ病」なんて言うのも出てきました。これらの病気も「うつ病」の僕からは理解不能なのです。ここに「精神障害」というひとつのカテゴリーでくくってしまう怖さがあるのです。
なお「てんかん」も見えない障害ですね。僕は以前てんかん発作の障害を持つ年配のご夫人と、ある映画会に行ってそのあとお茶を飲んで話をしたことがあります。
よく笑う、ほがらかで楽しい人です。とてもじゃないが、全く障害があるようには見えない。どこからどう見ても明るい近所のおばちゃんです。ところが……
「私ねぇ、太陽の光がダメなの。いつ発作が起きるか分らないから、日中、外で用事があるときは、ヘルパーさん頼んで、一緒に付き添ってもらわないと危なくて歩けないの」
そう言えば僕がお会いした日は、今にも雨が降りそうな曇り空の夕方でした。
この方や僕のように、表に見えない障害を持つ人達がいるということを、ちょっと気にとめておいて頂くとうれしいです。
そして僕を含め多くの「見えない障害者」たちが、逃れ様のない”偏見の眼”にさらされていることも知っておいて下さい。
更に言えば、「眼に見えない障害」の残酷さは「眼に見えないがゆえに」両親、兄弟からも理解されず「全く孤立してしまう」という苦しみを伴います。
この作品がそう言った「見た目には分らない障害者」がいるという気づきを生むきっかけになればいいなと思いました。
**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆
美術 ☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   デヴィッド•O•ラッセル
主演   ブラッドリー・クーパー、
     ジェニファー・ローレンス、ロバート・デ・ニーロ
製作   2012年 アメリカ合衆国
上映時間 122分
 予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=pp3e3twHiV4


二郎は鮨の夢を見る

2013年3月9日鑑賞

***二郎と弟子たちが奏でる「SUSHI」のシンフォニー***

NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」という番組で、ある鮨職人を取り上げていた。その人の名は「小野二郎」
黙々と鮨を握る姿。
僕はハッと思ってあわてて録画した。
その後、何回も何回も観た。
何度観ても新たな発見がある。
仕事とは何か?
職人とは?
極めるとはどういうことか?

これと全く同じことを、僕はあるドキュメンタリー映画で、今も学び続けている。
それは「セカイのオザワ」と呼ばれる、指揮者小澤征爾さんのドキュメンタリー映画「OZAWA」(1985年、デイヴィッド&アルバート・メイズルス監督作品)である。
この作品を創ったのがピーター・ゲルブさん。そして本作「二郎は鮨の夢を見る」を創ったのが、まさにその息子さんのデヴィッド・ゲルブさんなのだ。
「一流というのは二流に飽き足らない人のこと」
昔そんな言葉を聞いたことがある。
二郎さんの鮨は「国宝にすべき」とも言われる。
あの「フレンチの帝王」と呼ばれるジョエル・ロブションも

「日本に来て一番楽しいのは、二郎さんのスシを食べているときですね」と言う。
二郎さんのお店のメニューは「おまかせ」というコースだけだ。「プロフェッショナル・仕事の流儀」や本作で披露される、二郎さんの鮨のコースは、まさに鮨のフル・オーケストラが奏でるシンフォニーのようだ。
さりげない第一楽章から始まり、徐々にふくよかさをます第二楽章。鮮やかな場面転回を見せる第三楽章。それはまるで巧緻な建築物のように組み立てられてゆく。そして最も盛り上がるクライマックス。最終楽章。五感と魂までひとつ上の次元まで持っていかれてしまう。そして豊かな余韻を残すエンディング。
気づくと、”ふぅわり”と現実の世界に戻って来ていることに気づかされる。
本作で使われるモーツァルトのピアノ協奏曲。
「SUSHI」と「モーツァルト」のまさかのコラボレーション。
だが「二郎さんが握る鮨」だからこそモーツァルトと見事に融和するのであろう。
小野二郎さんはその「SUSHIオーケストラ」の指揮者ではない。
彼は鮨を握る「鮨職人」であり、自ら「SUSHIシンフォニー」を奏でる「コンサートマスター」なのである。
小野二郎さんは現在87歳。
厚生労働大臣から現代の名工として表彰された職人さんであり、世界最高齢の現役三ツ星シェフとして、ギネスブックにも認定されている。まさに世界の料理界から注目される日本人だ。
そんな二郎さんにスポットをあてて、ただ賞賛する映像作品を作ることはたやすい。この作品の素晴らしさは、二郎さんだけをフォーカスするのではなく、日本の食文化である「鮨ないしは寿司」とその食文化をどのように後世に伝えてゆくか? ということも描いているところにある。
小野二郎さんが到達した「心」「技」「体」をどうやって弟子達に伝えてゆくのか?
いまや「SUSHI」は世界中で食されるグローバル化された食文化だ。
だが世界中にある「SUSHI・レストラン」の中で、芯のブレない「本当の本物のスシ」を食べさせる店と呼べるのは、ほんの一握りだろう。その頂点にあるのが日本の東京銀座にある「すきやばし次郎」であり「二郎握り」と呼ばれる匠の技、「スシの神様」が愛する「神の手」を持つ小野二郎さんなのである。
小野二郎さんと、僕の大好きな小澤征爾さん、お二人に共通していることがある。
それは「お客様に見てもらう部分は5%だけ」ということだ。残りの95%は影の悪戦苦闘なのだ。
二郎さんも小澤さんもしっかりと下ごしらえ、仕込みをやっているのである。
極上の味、極上の音楽を生み出すためには、客席からは見えない舞台裏での悪戦苦闘があるのだ。そして二郎さんも小澤さんも、その苦労を敢えて表に出そうとしたがらない。見せたがらない。こういう人を本物のプロフェッショナルと呼ぶのだと思う。
ドキュメンタリー映画である本作も「OZAWA」も、敢えてその聖域に踏み込んだ。取材はOKされた。それは監督の熱意と粘りはもちろんのこと「作品を作る意義」を相手が認めてくれたからだ。だからどちらの作品も後世に残せる、貴重な映像記録となったのだ。
二郎さんは、今、その95%の部分を若い弟子達に任せている。若い人達に任せることで「二郎の鮨」を後世に伝えるためである。


玉子焼きを任せてくれるまで、何と十年を要する?!という「すきやばし次郎」での修行。

この作品を観ていて嬉しいのは、何としてでも寿司の最高峰を目指そうと悪戦苦闘している、若い見習い職人さん達が育っていることだ。更に嬉しいのは、若い見習い職人さん達の姿と肉声を、監督が、この作品にとって欠かせない部分として、映像化してくれたことだ。
二郎さんの握りは「手当て」と呼ばれる下ごしらえが施される。これに途方もない労力をかける。修行に10年かかる玉子焼きに始まり、酢で締める鯖、藁で燻すカツオ、アワビの煮込み方、海老の茹で加減、アナゴの焼き加減。それらの工夫、ノウハウの継承。
しかし、これだけのことをやっても、お客さんの前に出せる「ハレの舞台」に上がれるネタは、その一部でしかない。
ドキュメンタリー映画「OZAWA」でもオーケストラのリハーサルで真剣勝負している指揮者、小澤氏と、若者を指導する教師、指導者としての小澤氏の両面の姿が描かれている。
製作者のゲルブ氏一家は、一流のアート感覚をDNAとして引き継いでいるのであろう。本作でも、その映画作りの視点が、日本や日本の食文化、その奥深さを捉えることに成功している。そしてなにより「鮨職人」小野二郎と、ひとりの人間としての小野二郎に惚れ込み、敬愛の念を持つ、監督の気持ちが痛い程伝わってくる。そんな二郎さんは今日も無愛想に黙々と鮨を握る。
西洋の心と日本の心が溶けあい、見事なハーモニーを奏でた本作。
ドキュメンタリー映画の傑作の誕生である。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

**********
作品データ

監督   デヴィッド・ゲルブ
主演   小野二郎、すきやばし次郎スタッフ、山本益博
製作   2011年 アメリカ合衆国
上映時間 82分
 
予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=Bwy2ubbQ-2s


フライト

2012年3月11日鑑賞
*** これがデンゼル機長の神業さ  ***
久々にデンゼル・ワシントンらしい、人間ドラマに集点を絞った重厚な作品だ。
人間ってのはありきたりなアクション映画のヒーローみたいに単純明快じゃない。
何が善で何が悪か? 
その境界線ってどこだろうか? 
そして善人にも、悪人にもなってしまう、そんな自分って言うヤツはいったい誰なんだ?

その問いを観客へ投げかけるラストシーン。
映画作品として見事な「着陸」を観せてくれている。
デンゼル・ワシントン演じるウィトカー機長。
彼は経験豊かな機長だ。パイロットとしての才能はハンパじゃない。
彼なら旅客機なんぞ、それこそ鼻歌気分で片手運転出来るぐらいだ。

でも機長としての仕事は楽じゃない。
3日で10往復は、かなりのストレスを伴うのだろう。
彼はそのストレスからだろうか、よく酒を飲む。飲まなきゃやってられない。
フライトの朝、親しくなったCAさんとベッドイン、頭は二日酔いでフラッふら。

目覚めにコカインという鼻薬をシュッと一発決めりゃあ、もう、気分はヒーローでスーパーマン。シャキッと「ウィトカー機長殿」の姿に変身だ。このあたりのスピーディーな編集はお見事。
こういう、黒人のエリート層を演じさせたら、本当にデンゼル・ワシントンの独壇場だなぁ〜とつくづく思う。
さて、離陸した旅客機は悪天候の中を飛んでゆく。機体がガタガタ揺れる。まるで遊園地のジェットコースター並みだ。だが、そこは熟練パイロット、ウィトカー機長である。雲の隙間を素早く見つけ、乗客に希望の太陽と青空を見せ付ける。
乗客やんやの大拍手。まさに千両役者ウィトカー機長だ。

まあ、こんなことぐらい朝飯前にやっちゃうのが、ベテランパイロットの経験と勘なのだろう。
だが、それも束の間。機体にトラブル発生。
エマージェンシー!! 
緊急着陸。
下がる、下がる、高度は下がる。
コントロール出来ない。あわや墜落!!
という局面でウィトカー機長はまさかの奇跡を起こす。

旅客機ではあり得ないアクロバット、背面飛行で、機体を立て直し不時着させるのだ。
気がついた時、彼はベッドに寝かされていた。
彼の目の前には弁護士がいる。
「機長、あなたの血液からアルコールが検出されました」という報告が……。
彼はアルコールに溺れていた。辞めようと思ってもどうしても辞められない。
妻と一人息子よりも「酒」と「コカイン」を選んでしまった人間なのだ。彼は誰よりも自分のダメさ加減を分っている。だからよけいストレスが溜まる。そう言う複雑な人物像をデンゼル・ワシントンは実に丁寧に演じている。

ロバート・ゼメキス監督は「フォレスト・ガンプ」のとき、観客に実に理解しやすい主人公を描いた。
自分にも他人にも正直であること、誠実であることは、たとえ知的障害があったとしても「人間として尊い生き方なのだ」ということを、老若男女、誰がどう観ても分るように、優しく、かみくだくように描いた。
娯楽性も申し分なく、観終わった後、すがすがしい余韻が残る、傑作であると思う。

さて、今回の「フライト」はどうであろうか?
この作品は100人の観客がいれば、100通りの、全く異なる印象、全く異なる感想を持つことだろう。
そう言う作品なのだ。
監督は万人ウケはあえて選択しなかったのだ。

この作品は編集面でやや冗長さは感じられるが、決して駄作なんかではない。
正直、デンゼルファンの僕としては、最近の彼が結構、駄作としか言い様がない作品に、度々出ていることが気になっていた。だが、デンゼルの名誉とデンゼルファンのプライドに賭けて、これだけははっきり言っておく。

「本作は駄作なんかじゃあない」
この作品は観る人の「人生の経験値」に比例して、感動も深まってゆく作品なのだ。
ロバート・ゼメキス監督はそう言う作品にあえて創り上げた。だからこの作品を小中学生に見せても、ただの「アル中で薬物中毒のヤバい機長の話し」としか受け止められないだろう。

映画の終盤、ウィトカー機長は事故の公聴会に出席する。彼はそこである決断に迫られる。
それは自分で自分を裁く行為だ。
彼は冷静に、厳格に、自分を裁く。
それが人間として生きる道なのだと彼は決断した。

こんな難しい心理状況、それをデンゼル・ワシントンはまさに人間心理のアクロバット飛行のように演じてくれた。
彼はこの作品を操る、見事なパイロット、操縦士だった。

 もしあなたが飛行機オタクで、派手な飛行機のアクロバットやスペクタクル、パニックの興奮をこの映画に期待するのであれば、毎月のように公開される、ハリウッドのアクション映画を観た方がいい。
コカ・コーラと(これもコカインからきているんだよね)ポップコーンをバリバリ頬張りながら楽しむ事をお勧めする。
本作は残念ながら、そちらの方面へは「フライト」しないのである。

しかし、もしあなたが人間を観察することが好きで、人間はどう生きるべきかを心の隅っこにでも忍ばせている人であり、そして映画からそのきっかけを学びたい、と思っている人であるなら、僕は、そんなあなたに、この作品を強くお勧めしたいと思う。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

**********
作品データ
監督   ロバート•ゼメキス
主演   デンゼル・ワシントン、ドン•チードル
          ケリー•ライリー
製作   2012年 アメリカ合衆国
上映時間 138分
 
予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=jEKF2EfSBQk


愛、アムール

2013年4月4日鑑賞
***君こそ、愛ゆえに***
本当はこの映画レビューは書くべきではないのだろう。
正直あまり感心しなかった。
カンヌのパルムドールに輝いた作品。
カンヌで賞をもらった作品はハリウッドのアカデミーの対極にある様な作品が受賞する事が多い。
映画ファンを自認している人間として、時には難解な映画を見て鑑賞眼を鍛えるということで、ほとんど義務として観た。
本作は、年老いた夫が、体の不自由な妻を介護する話。
妻は美しいピアノ教師であった。立派なピアニストも育てた。
そんな彼女がある日、意識をなくしてボーッとしてしまう。

夫は彼女の異常を発見する。医師に相談すると手術したほうがいいと言う。
成功率は95%だ。
安心していい。
嫌がる妻を説得し手術を受けさせた。
結果。
彼女は残りの5%のカテゴリーに入ってしまったのだ。
体に障害が残る。ほとんど歩けない。そんな妻をみて、夫は献身的な介護を始めるのだ。
僕が昨年見た映画で「最強のふたり」という作品がある。
こちらの作品は、首から下が全く動かない大富豪を、不良黒人青年が介護する話。これは実話だ。社会的地位や、人種、そして障害を乗り越えて、二人の間に友情が芽生えると言う、観終わった後、スカッと爽やかな作品に仕上がっている。エンターテイメント性も申し分なく楽しめる作品だ。
本作「愛、アムール」は正に真逆と言っていい。
難解であり、楽しくもなく、暗いトーンの作品。
観終わった後、つらい感覚が残る。
お金を払ってなぜつらい事を経験せねばならないのか?とさえ思わせる作品である。観客もそれぞれ、生き辛い人生を背負って、それでも映画館に足を運んでいるのである。
僕が疑問に思ったのは、そもそも、この作品を映画で表現する必要があったのだろうか?ということだ。
映画で表現すると言う事は、スクリーンで「動く画」を見せる「必然性」がなければならない。ぼくにはこの作品に関して、何も必然性を感じなかった。
小説で表現した方がいい作品であろうと思われた。
ミヒャエル・ハネケ監督が、あえて絵を見る楽しみに挑戦していないように思えて仕方なかったのである。
例えば、二人の出会いや恋愛シーンを回想で観せる、とか、美しく若かった妻が、流麗にピアノを弾いてみせるシーン等、僕が監督なら是非入れたいと思う。
しかし、本作では、そんな観客を楽しませる、うっとりさせるようなシーンは全くないのだ。せいぜい数年前の回想シーンがあるだけだ。

ここ数年、映画館に通い続けて思うのは、老人を扱った映画が極端に多くなっていると思える事だ。少子高齢化は日本の専売特許の様な感じがするが、邦画で老老介護を真正面から捉えた作品には出会ったことがない。もちろんそんな作品を作ろうとおもってもどの映画制作会社も却下するだろう。興行収入が見込めないからだ。「売れる」と予想出来るネタしか映画化しないというのは、映画界に取って自らの可能性を否定する行為だと僕は思う。
しかし、ドイツ人監督ミヒャエル・ハネケ氏は世界に向けて老老介護問題を本作で発信した。
この作品で特筆すべきなのは、体が不自由になった妻を演じた女優エマニュエル・リヴァのあまりにもリアルな演技である。
体が動かなくなってから、次第に生きる意欲そのものが衰えてゆく様を、迫真の演技で表現してみせた。
また、本作では、二人の部屋に鳩が迷い込むシーンがある。
これはおそらく監督にとって、命の象徴として表現したかったのであろう。夫はこの鳩を窓から逃がしてやる。夫にはそう言う命に対する優しさがある。
ところが、妻の介護を続けてゆくうちに、夫は変貌してゆくのである。夫は美しいピアニストであった妻を、美しいままの姿で閉じ込めておきたかったのだろう。
物語の終盤で夫が取る行動は、観客である我々が、それぞれの立場で受け止めるしかない。ミヒャエル・ハネケ監督はそう言う問題提起を観客に投げかけた。

主人公の夫、彼は芸術を愛する美意識を持ち合わせていた。だが、それ故に、醜いとしか言い様がない現実生活に悲嘆した。また、自分の愛と美へのエゴが、衝動的な行動へ駆り立てたのだろう。エゴとは愛の表現の側面でもあるのだと、僕は思う。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   ミヒャエル・ハネケ
主演   ジャン=ルイ・ランティニアン、
     エマニュエル・リヴァ
製作   2012年 フランス/ドイツ/オーストリア
上映時間 127分 
 予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=626RPRSHPn0


ザ・マスター

2013年5月3日鑑賞

*** 彼こそ我が全て、でいいの? ***

フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が見たくて映画館に足を運んだ。今回彼が演ずるのは、心理療法家であり、哲学者であり科学者でもあると言う、ちょっと怪しいカルト集団の中心人物。
なお本作の主人公は彼ではない。その心理療法家に心酔してしまう男フレディ(ホアキン・フェニックス)が主人公である。


フレディは第二次大戦に従軍した。そして心にキズを負った。そのキズが癒える事なく復員。やがて彼は写真技師として仕事を始める。高級デパートの一角で来場客相手に
「はい、撮りますよ、笑って〜」
パシャッとシャッターを切る。
愛想笑いも振りまく。そこまではいいのだ。
だがどうにも肌に合わない客がいた。客には何も落ち度がない。ただ彼の方が一方的に、客に敵意を持ったのだ。
フレディは客をいたぶり、いじめた挙げ句、大げんかとなる。デパート内は大混乱。当然、出入り禁止となり職を失う。
他に色んな仕事をやってもみても、うまく他人と関われない。そんな時、たまたま心理療法セミナーを開いていたマスターと呼ばれる男に彼は出会う。
マスターは被験者をソファに寝かせ、いわゆる前世療法を施す。マスターは本も書いている。


これは結構売れていて話題になった。新聞記者も取材にやってくる。
「これは科学的じゃないと思いませんか? カルトじゃないですか?」
との質問に笑顔でサラリ、とはぐらかしてみせるマスター。
彼の取り巻きはそんなに多くない。家族とごく少数の仲間達である。
決して大きな教団等ではない。
この作品は、主人公の眼からマスターを見る視点でつくられている。
マスターはあくまで紳士的だ。
決して強引に組織を大きくしようとはしない。
慈善事業のようにも見え、そのくせ富裕層との付き合いも大切にして、そのポケットから、さりげなく収入を得ているようだ。
このあたりの描き方がケレン味がなく、じつにうまい。
マスターの心の舞台裏、本音の部分を映画は敢えて見せようとはしない。
だからよけいミステリアスだ。
そこにこそ、マスターが人を惹き付ける魅力が隠されている。主人公はやがて「この人となら、どこまででもついて行く」ぐらいの気持ちになってくる。そしてマスターを独占したい様な衝動に駆られてゆく。
男が男に惚れるのは、本当にタチが悪い。
それはかつてオウム真理教の麻原の言葉に、多くの若者が心酔した図式に似ている。
オウムの若者達にとって、教祖麻原から声をかけてもらえた、ホーリーネームをもらった、教団内での位が上がった、なんて事になったら、それこそ羨望と嫉妬の的だ。
まるでオンライン・ネットゲームで、キャラクターの名前に変身し、どんどんレベルを上げてゆく、その感覚。
このゲームだけは他人に負けない、負けたくない、他人から認められたい、他人に自慢したい。
このゲームだけが自分の全てなのだ。
あまりにも世間知らずの、平凡で、いい子で、人を疑う事を知らない、素直な人ほど、こういうカルトにのめり込んでしまうのだろう。
本作は主人公フレディの安らげる、唯一の心の置き所が、マスターの存在そのものだったのだろう。
もちろん僕は思想、信条、宗教の自由は大切だと思う。日本国憲法はそれを認めている。
大切なのは、他人の考え方や、信じる事、価値基準が、それぞれ違う事を認める「懐の広さ」を持つ事だと思う。
違う大義で生きている人達もいるという事だ。
違う大義が衝突すると悲劇が生まれる事を、我々は既に体験している。
そこから何を学ぶのかである。
**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆
映像 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   ポール・トーマス・アンダーソン
主演   ホアキン・フェニックス、
     フィリップ・シーモア・ホフマン
製作   2012年 アメリカ
上映時間 138分 
 予告編映像はこちらのアドレスをコピーしてお使い下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=HVOWSsgtz4k