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【本編】「介護とは……女性がいつまでも女性であり続けたいことを知ること」

 2001年、大学2年生のとき僕は初めて特別養護老人ホームで介護実習に行きました。もともと大学入学の理由は「働きたくないから」であり、「介護」についてはまったくの未経験で無知な僕でした。
 初めて行った特別養護老人ホームは100名定員の昔ながらの施設で僕が実習に行ったときは4人部屋がほとんどの施設でした。施設にいるおじいちゃん、おばあちゃんの多くは車椅子に乗っており、自分の足で歩ける人は100人中10人いるかいないかです。毎日の日課は朝10時頃、水分補給にカツゲンを入れます(カツゲンは北海道限定商品なので本州の人は分からないかもしれません)。寝たきりの方にも水分補給をします。急須にカツゲンを入れて、注ぎ口をお客様の口に入れていくのです。当時の僕は衝撃を受けました。どこからどう見ても人間の水分補給には見えなかったのです。ベッドの上部分を背上げしてお客様の体を起こして職員は急須にカツゲンを入れてお客様に声をかけて注ぎ口を口に入れます。その姿、そのときの職員の表情が、人間への水分補給には見えなかったのです。ちょうど、植物に水をあげるような見下した表情に見えてしまったのです。当時の僕は、介護施設というのは”人間”を相手にするところとは別次元の場所、と感じていました。
 そんな状態で実習は一日、一日、過ぎていきまいた。実習が慣れるにつれて僕はおむつ交換を任されるようになりました。当時実習に行った施設では9割以上のお客様がオムツを着用していました。そのうちの半分以上、8割近くはトイレでの排泄ができずベッド上でおむつ交換をしていました。
 僕が実習に行った特別養護老人ホームではおばあちゃんが100人中80人近くいました。その当時は同性介助という概念が生れて間もない頃で、現場の職員の配置上同性介助ができないのは明確でした。僕ももちろんおばあちゃんたちのおむつ交換をしていました。僕がおむつ交換の実習を始めた日のことでした。僕はあるおばあちゃんのおむつ交換をしようと声掛けをしました。
「〇〇さん、オムツの中を確認しますね」
 首が少し動くだけで体はほとんど動かない。世に言う「植物人間」とはこのような状態なのか、と僕は衝撃とともにベッド柵を取ってそのおばあさんのズボンに手をかけようとしたときでした。おばあさんは僕の声に反応して何か言っています。おばあさんは僕の顔を睨みつけるようにして口をパクパクしています。僕はおばあさんの口元に耳を近づけました。
「……は……イヤだ」
「え? もう一度お願いします」
「男は……イヤだ……」
 ハッキリ聴こえたのです。僕はそのとき担当してくれていた介護職員の方に伝えました。
「〇〇さんのおむつ交換をしようとしたんですが、『男はイヤだ』と言われました」
 介護職員の方は言いました。
「〇〇さん、昔から『男はイヤだ』って言ってたからねぇ。でも今でも言うんだね」
 介護職員の方も驚いていました。

【考察】「介護とは……女性がいつまでも女性であり続けたいことを知ること」

 人間が母親から生れてきて最初は男の子も女の子も関係なく育ちます。成長する中で男の子、女の子と分けられていきます。保育園では最初トイレも男女分けしていません。成長の中でトイレや着替えが別々になっていきます。
 大人になれば男女別は当たり前ですが高齢になり施設入所するとその当たり前がなくなることがあります。措置時代の施設では男女同室やおむつ交換でもブラインドカーテンをせずにするのは当たり前。廊下に出ておむつ交換をしてもらうこともあったそうです。
 高齢になったら、ボケたら、男性も女性も関係ない、それは僕たち若い世代の勝手な解釈だったのです。
 「仕事ができる人の脳できない人の脳」(加藤俊徳)の中にこのように書かれていました。”お年を召してくれると、それぞれの性で多く見られる形が増えてきます、しかし、ここで重要なのは、そのようにして出てくる性差は正直、環境や経験の影響を多分に受けていて、生まれ持った違いではないということです、つまり男の子として、女の子として扱われていく中で、それ相応の思考を身につけていくのだと考えられます、特に、感情の処理とその表現が、性差として現れてくるのかもしれません。”
 身体が動かなくなり、自分のことができなくなり、人の世話になる……そんなときでも女性は今までの人生の中で女性として育ってきたのです。最後まで女性として恥ずかしさを持ち続けるのです。あのおばあさんはそのことを僕に教えてくれました。

「介護とは……女性がいつまでも女性であり続けたいことを知ること」
 目の前にいるお客様を”高齢者”と括らずに”女性”、”男性”と性をしっかり受け止めよう。
 
 
 
【参考文献】
ディスカヴァー・トゥエンティワン
発売日:2010-01-12

この本の内容は以上です。


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