目次
プロローグ
前兆
カウントダウン
想定外
第一章 逃避
1‐1 炸裂
1‐2 サイレンの光の中で
1‐3 夢と現実のはざま
1‐4 あの日・・・・・
1‐5 あの日・・・・・2
1‐6 あの日・・・・・3
1‐7 あの日・・・・・4
1‐8 あの日・・・・・5
1‐9 夜の闇のむこうへ
第二章 籠の中の鳥
2‐1 真夜中の来訪者
2‐2 710号室
2‐3 鍵
2‐4 新入り
2‐5 澄んだ瞳の少女
2‐6 ドクター・バルダン
2‐7 体が狂喜していた
2‐8 外界
2‐9 治外法権
2‐10 鎮魂歌
第三章 苦しみの人々
3‐1 セシル
3‐2 スポーツクラブ
3‐3 告白
3‐4 奈落の底
3‐5 ばらばらのパズル
3‐6 あの時あの場所にいた人
3‐7 自己との闘い
3‐8 苦しみの人々
3‐9 沖へ、沖へ・・・
第四章 ひとりだちへ
4‐1 バカンス村
4‐2 覚悟
4‐3 苦肉の策
4‐4 ひとりだち
4‐5 ソシアルワーカー
4‐6 生活保護
4‐7 週末の憂鬱
4‐8 やさしの森通り21番地
4‐9 ゼロからの出発
第五章 会いたい
5‐1 第一報
5‐2 義母の動揺
5‐3 親族会議
5‐4 根回し
5‐5 ガエルの押し
5‐6 友の電話
5‐7 会いたい
5‐8 接点
5‐9 手紙
5‐10 おまもり
5‐11 身支度
5‐12 マニキュア
第六章 別離の通告
6‐1 同じ穴の狢
6‐2 混沌
6‐3 独房
6‐4 夢のまた夢
6‐5 廃人
6‐6 別離の通告
6‐7 プライド
6‐8 対面
6‐9 予期せぬ宣告
6‐10 豹変する男
6‐11 工作
6‐12 覚え書き
第七章 ソリダリティー
7‐1 ケリーの忠告
7‐2 取り戻す
7‐3 敵陣へ
7‐4 宣言
7‐5 濁流
7‐6 アイロニー
7‐7 弁護士を探す
7‐8 人から人へ
7‐9 提出されていた離婚裁判申請
7‐10 過酷な話し合い
7‐11 混乱
7‐12 ソリダリティー
第八章 戦いの準備
8‐1 再会
8‐2 皮肉なめぐりあわせ
8‐3 食うか食われるか
8‐4 無知
8‐5 とまどいとジレンマと
8‐6 底なし沼に落ちないために
8‐7 羽ばたく赤い鳥
8‐8 不気味なうねり
8‐9 ティファニーの証言書
8‐10 『自分の家』
8‐11 前日
第九章 決起 ~ 籠の外へ
9‐1 事情聴取
9‐2 手落ち
9‐3 二度目
9‐4 急がねば
9‐5 忘れていた人
9‐6 脱出の実現へ
9‐7 なにもしてやれない
9‐8 自分を非難する声
9‐9 もう 有耶無耶にはさせない
9‐10 無意味な要求
9‐11 不安
9‐12 目の前の現実
9‐13 高い代償を払っても
9‐14 一冊の本
9‐15 約束の証
9‐16 籠の外へ
あとがき
あとがき ~ 不完全なすべてのわたしたちへ
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前兆

2006年冬。

年末年始の休暇が終わって、

年明け気分の余韻もまだ冷めやらぬ頃でした。

いつものように、キッチンで夕食の用意をしていると、

なにやら胸を圧迫されているような不快感に襲われ、

私はそこにあったスツール椅子に落ちるように座りこみました。

息を吸い込むと、心臓が締め付けられるようでした。

それまで、これといった病気はしたことがなかったし、

心臓の問題を指摘されたこともなかったのに、

この時なぜか、ただ事ではないという直感が私にはありました。

 

前年に、日本にいる姉をガンで亡くしていました。

今の時代、まだこれからという年で逝った彼女の無念を目の当たりにして、

自分の体に対するケアは怠らないようにしたいという

気持ちだけは強くなっていたので、

私は躊躇することもなく、

翌日には主治医の診療を受けにいきました。

一通りの検査を終えて、医師が説明します。

 

「脈、心臓にもこれといった異常はみられません。

ただ、筋肉が極度に硬直しているのです。

左半身だけがガチガチになった状態なので、

心臓がしめつけられるような感覚になるのです。」

 

「どうしてこんなことになるんですか。

原因は何なんでしょう。」

 

「過度のストレスがある時に

こういった症状が出ることがよくあります。」

 

その答えに、私は驚きもしませんでした。

 

 

 

 


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カウントダウン

フランス人の夫シークとの関係も

18年目に入るところでした。

社会を否定しながら生きているシークとの生活は、

知り合った当初から、生易しいものではありませんでした。

その頃、フランスに居を構えながら仕事をしていた私のアパートに、

シークは居候として転がり込んできました。

食費、光熱費など、なにひとつ入れたことはありません。

自分は拘束されたくないけれど、

家計、避妊に協力する姿勢はゼロ。

私がメラニーを妊娠するのにさほど時間はかかりませんでした。

 

その後、シングルマザーでメラニーを生み

紆余曲折を経ながらシークとは籍を入れるのですが、

あとは 立て続けに子供ができて

私は子育てで手一杯となります。

 

「あんたは厄介なクジを引いたのよ。」

 

私を同情してシークの母親がよく言っていました。

それほど、シークは家族の中でも異色な存在でしたが、

それを理解してくれる母親の存在が唯一のなぐさめとなって、

私は日々を進もうとしていました。

子育てに専念することで、

現実を逃避しようとしていたのかもしれません。

ただ、ここ数年、夫婦関係は悪化していて、

どうにも修復できない状態にありました。

そんな時に姉を病気で亡くして私は日本へ里帰りしたのですが、

日本からフランスに戻ってきた時に、予期せぬことがあったのです。

 

かけがえのない家族を失うということは、

もちろん筆舌に尽くしがたい痛みではあったのですが、

傷心してフランスの日常に戻ってくると、

それまで灰色がかっていたはずの景色が違う色に見えたのです。

 

子供たちはまだ小さい。

私にはまだ彼らにしてあげなければならない使命がたくさん残っている。

だから、彼らが私のことを必要としなくなるその日までは、

何があっても ここにしがみついていなくてはならない。

シークとの関係に、もはや未来は見えない。

けれど、途中下車の選択がないなら、

私が変わればいいだけじゃないか。

シークからどんな暴言を吐かれようと、

どんな仕打ちを受けようとも。

 

私は人が変わったように蘇りました。

どんなに夫が怒鳴り散らしていても、

目や耳から入ってくる情報は脳の奥に刻みこまれる前に消去されました。

まるで『人間の感覚』がなくなってしまったかのように、

シークの前では淡々と処理をし、

ダッチワイフの役目さえ目をつぶっていれば完璧にこなすことができるようになったのです。

私は自分が生き延びるための道を見つけ出した思いでした。

まるで、姉が見えないパワーを私に託してくれたかのようでした。

 

 

そして、私は、末の子が私を必要としなくなる日を Xデーと定めました。

Xデーまでは、何があろうと見てみないふりをしていよう。

何が起ころうとも、

廃人のように感情をかなぐり捨てて生き延びるのだ。

そして、Xデーがきたら、

私はあの男から去っていくのだ、と。

見えない力を得た私はこうして、

はるか向こうのかなたに、一すじの光を見出したのです。

カウントダウンのはじまりでした。

 

 

 

 


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想定外

こうして蘇った私は、

シークからどんな仕打ちをされても

まるで見えなかったかのように、

聞こえなかったかのように、

感じなかったかのように

ふるまうことができるようになっていました。

自分でも驚くほどでした。

いつかはわからないXデーではあるけれど、

確実にその日には近づいているのだという事実だけが

私の力の源でした。

 

しかしその冬のはじめに想定外のことがありました。

シークが仕事先を解雇されるのです。

私が子供に手いっぱいで、

事実上大した仕事をできない状態になっていたので、

当時シークが安月給の社員として

車で一時間離れた街で働いていました。

月の半分は泊りがけで戻らないので、

ある意味それは、私には息抜きの時間にもなっていました。

ところが、解雇されて失業という身になって

シークが24時間家にいるようになると、

私の環境もがらりと変わりました。

連日、朝はシークの機嫌取りからはじまるのです。

「今朝のムッシューのごきげんは・・・?」

私のストレスのゲージがみるみるうちに上がりました。

 

左半身の硬直から数ヶ月して、

今度は、胃に異変を感じはじめました。

胃が重たく、どくどくと痛み、

液体薬を流し込んでも変わりません。

「もしかしたら、ガンの兆候か・・・」

身内をガンで亡くしたばかりの私は、

本気で思いました。

主治医からの紹介で、今度は胃腸科専門医にかかり、

胃カメラをのむも、異常は見つかりませんでした。

エコーグラフもかけました。

ただ、検査から数日たったある日、

突然その専門医から電話がかかってきたのです。

「先日の血液検査の結果で気になることがあったので。

白血球が激減していて、レッドゾーン近くになっているのです。

すぐに病院で再検査をしてください。」

しかし、すぐに赴いた病院の医師は言いました。

「数値はまだ要注意範囲なので、

数ヶ月様子を見ましょう」

そしてその原因にも言及しました。

「貴方には、たぶん ものすごいストレスがあるはずです」

またか、という気分でした。

 

結局、この夏に腕の硬直が立て続けにおきて

私は救急のお世話になるのですが、

この期におよんでも、

私はあの家から『去る』という考えは微塵もなかったのです。

 

Xデーまでは、まだ10年、15年はある。

私が棄権をすることはまだ許されない。

 

なんとか這ってでも、シークの家で

子供たちを守って生きのびなければならないと信じていたのです。

実に、私が家を出たあの夜まで。

私自身が救急車に助けを求めて番号を押したあの瞬間までは・・・

 

 

 


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あとがき ~ 不完全なすべてのわたしたちへ

人生はまさに、予期せぬことの繰り返しだと思っています。

まさかあの夏、私は子供を置いて家を出るなど考えもしませんでした。

ましてや、精神病棟に3ヵ月も滞在するなど、

どうして想像できたでしょう。

今の時代、2組にひとつのカップルが離婚に至るといわれるなかで、

離婚というもの自体、もはや珍しいことでもなくなっています。

そして、精神病棟に逃げ込むという過激な形でしか元夫とは別離できなかった私の場合、

それに伴う傷の痛みはただならぬものでしたが、

それも、通るべき道だったのかとも思っています。

 

だとすれば、

あそこは私が入るべくして入った精神病棟ということになります。

しかし、その塀の中で見たのは、まさに驚きの現実でした。

この世に生きるすべての人が、

それぞれの悩みや問題を抱えているとはいえ、

あの病棟にたどり着いた人たちのそれぞれの現実、ドラマは、

とても ひとくくりにして語れるものではなかったからです。

しかも、中にいる彼らひとりひりと接すると、

みんな人間の暖かさを持っていました。

精神科の助けが必要になる理由は各人違っていても、

彼らは結局、それぞれの問題にうまく折り合いがつけられずに、

苦しんでいる人たちに見えました。

つまり、生きるのが少し不器用だというだけで、

何も特別の人ではなかったのです。

 

 

もう何十年も病棟にいて、

おそらくこれから社会に出ていくこともないだろうと思われるジャン・マルクというじいさんがいました。

ふだんは身なりもだらしなく、公共マナーなどひとかけらもない。

もちろん知的な話題もないし、大体言っていることが理解しかねるような感じの人でした。

ただこの人は、みんなに好かれていました。

彼のまわりには、たいてい人がいました。

たしかに憎めない不思議な雰囲気を持っている人でした。

なぜだろうと考えていて、ある時わかったのです。

ジャン・マルクは笑みをたやさないのです。

ボロボロに欠けた歯の間から
はにかんだような笑みを見せます。

その表情が、ともすれば暗くなりがちな病棟に

ほんの少しでも安らぎをもたらせてくれました。

むこうから歩いてくる時も、
食事をしている時も、
彼の口元にはいつもあの笑みがありました。
ジャン・マルクはたぶん
ほとんど学校も出ず、社会的な地位もないはずですが、
スマイルという大きな宝物を持っていたんですね。
私は彼に大切なことを教えてもらいました。
人間 スマイルを忘れないで生きていけば、
どこかで救われるんだと。

 

 

精神病棟というと、とかく世間は外の世界と隔絶して考えます。

実際の塀とは別に、

さらにもうひとつ、偏見という見えない塀があって、

中にいる人というのがまるで、

別次元の世界の人間のようにとらえられがちです。

ただ、それを仕方ないで済ませてしまってもいいのでしょうか。

自分が若い頃には、

人生をどれだけ完璧に生きられるかという方向に気がとられて、

そのレールに乗り切れない人には価値を見出せていなかった気がします。

年を重ねるにつれて私も、

人間はロボットではなくて、『不完全な生き物』なのだということが理解できるようになりました。

そして、病棟で出会った人ちも、そんな『不完全さ』に苦しんでいる人たちだとわかったのです。

人間それぞれに個性があって、

字が上手に書けないとか、音痴であるとかいうのと同じように、

彼らは生きるのが不器用だ、ということにすぎなかったのだと。

 

人間だから、不完全で当たり前。

それが見えてくると、そんな『不完全という人間らしさ』を取り繕う必要性も薄れてきます。

精神病棟には実務上の塀が張り巡らされていても、

見えない塀を心に構えるのが無意味なことに気がつくのです。

不完全なわたしたちは、明日にはその塀の中にいるのかもしれません。

生きるのが少し上手かそうでないかの違いで、

塀の中と外に 特別の距離があるわけではなかったのです。

 

病棟を出た私は、

どうやってこの真実を世の人に知ってもらえるのかを長いこと模索していました。

あの塀はそんなに高くないのだよということを、

どうしたら多くの人にわかってもらえるのかを考えていました。

そして今、こうした本の形に完成して、

ようやく発信スタートに立てたと思っています。

あの病棟での滞在中、

私自身も多くの出来事に出会っては開眼させられ、

ほかでは絶対にできなかった貴重な体験をしました。

ボロボロではあったけれど、

必ず解決の道はあるのだと信じられるパワーを

あの病棟でもらったのです。

そして今日私は生きています。

 

この本を読まれる方に伝えたいのは、そんなメッセージです。

重いテーマではありますが、

精神病棟のリアルタイムに目をとおして

それぞれの人がそれぞれの形で

それぞれの問題から這い上がろうとしているという現実を

読者の方には感じていただけるなら、

私の宿題のひとつがやっと終わるのだと思っています。

 

 

平成25年3月

 

 

 

 

 

追記 : この本は、あえて三人称を使った形で綴ってあります。

読者の方には、違和感を覚えられる方もいらっしゃるかもしれません。

なぜこうした形にしたかというと、自分の稀有な経験を書き出す過程で、

少し距離をおくことで、真実を客観的に見られること。そして、

それが自分の中にまだ蹲っていた苦悩を

多少でも緩和することができたからです。

(一部、後からの証言をもとに組み立てた部分があり、

多少フェイクが入っております。)

ご理解ください。

 

 


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精神病棟U22


書籍情報      http://p.booklog.jp/book/66080
ブログ        http://ameblo.jp/seishinbyoto22/


著者 : まにまに子



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