閉じる


はじめに

予測=将来の出来事や有様をあらかじめ推測すること。前もっておしはかること。

 2007年5月、年金記録紛失問題が明らかになった。いわゆる宙に浮いた年金記録約5000万件である。
 安倍晋三首相は「5000万件の所属が明らかになっていない年金記録の問題は消えた年金ではない。10年前に基礎年金番号の統一を行った。照合を行いながら5000万件まで絞られてきた。年金を受給している2880万件は年金受給者3000万人と1年間のうちに照合する」と、30日の党首討論で明言した。
 当時の政府は、個別の情報が“虫食い”状態になったと考え、年金の照合で修復は可能と考えていたのだ。

 哲学には論理学というものがあり、その中に“ラッセルのパラドックス”というものがある。

ラッセルのパラドックス
 「自分自身を含まない集合の集合は、自分自身を含むか?」

 当時の私のブログにはこう書いた(無料のブログなどで記事が多くなれば動きやアップロードが遅くなることから、昔の記事は多くを削除し、現在ではブログで見ることができない)。

データの修復は可能か? 2007年06月11日 16時03分43秒 | 政治 


 問題なのは、宙に浮いた年金記録約5000万件、である。
 1億2千万程度しかいない日本人にとってこの数字はあまりに大きい。
Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 年金照合まず90億円 最終費用、見通し立たず
 以前、ラッセルのパラドックス、でも書いたことだが、「自分自身を含まない集合の集合は、自分自身を含むか?」という問題に対して、「含む」というのが5000万件の全件照合が、新しくプログラムを開発すればコンピュータ上で可能だという人たちであろう。
 しかしこれはパラドックスなので、論理的には「含まない」というのが答えなのである。

 たとえば、A氏の集合・データとは、日付や金額という要素で表されているものである。これが年金データであり、問題なのはA氏自身を含まないものなのである。そんな日付や金額だけでは、A氏は検索できないということだ。これが「自分自身を含まない集合の集合は、自分自身を含まない」ということである。
 A氏を検索するためには、「自分自身を含む集合・データ」を検索しなくてはならないということになる。

 一見、可能であるかのような論理に矛盾があるというのがパラドックスである。年金照合とは、このパラドックスを含んでいるのである。

 なぜ可能であると思うか? とは、「年金記録紛失問題」としているからである。紛失したものを探し出そうとしているのであるが、実は「紛失」ではなく、故意ではないにしろデータの「改ざん」がなされてしまった、ということなのである。年金データの集合のある要素が、ある期間から別物に改ざんされてしまったから、それに近い要素を探し出そう、という程度の取り組みでしかない。完璧な修復は不可能であろう。


 このことに政府が気付くのは、この半年後であった。

名前ない年金「15%は特定困難」 舛添厚労 .asahi.com 2007年11月21日21時59分
 舛添厚生労働相は21日の記者会見で、社会保険庁のコンピューター上で名前のデータが欠落している年金記録524万件のうち、名前の特定が困難な記録が現時点で15%あることを明らかにした。
 公約違反では、との指摘に対して舛添氏は「先の参院選でのスローガンで、意気込みを示したもの。神様がやってもできないことがある」と反論。「国民に報告し、理解を求めるしかない」とした。 
 基礎年金番号に統合されず、持ち主不明の「宙に浮いた」年金記録は5000万件あるが、524万件はその一部。名前がないため、紙台帳の原簿などにさかのぼって照合して名前を入力しないと、コンピューター上の名寄せ作業ができない。

 東京大学卒で1979年に東京大学教養学部助教授という経歴のある舛添厚生労働相ですら、このパラドックスに気付くには半年もかかったのである。「神様がやってもできないことがある」と言わせるほどだ。
 このように論理学を理解していれば、「自分自身を含まない集合の集合は、自分自身を含まない」と、全てを照合することは不可能であることを予測できるのである。

様々な分野での未来予測

 一番ポピュラーな未来予測は“占い”であろう。

 西洋占星術:アストロロジーはギリシャ語の語源で、元々、自然科学との違いは明確であった。
 その歴史は古代バビロニア(イラク)と言われているので、紀元前1894年~1595年の頃である。そんな社会では、王家の血筋と、かたや奴隷という天と地ほどの階級の差があり、生まれる前から定められた運命・宿命と考えざるをえなかったのではないだろうか。

 アジアでは、中国で殷(いん)王朝時代の亀卜(きぼく)と蓍筮(しぜい)を使ったのが易の始まりとされている。紀元前13世紀の頃である。
 易経の思想は春秋戦国時代から秦漢(しんかん)時代の時期に完成されていったと言われている。紀元前770年~221年の頃である。
 孔子も晩年に研究したと伝えられている。

 予言は、古くは旧約聖書に書かれているが、そこでは「預言」であり、神の言葉を預かり、民に知らせる、という意味である。
 その中のイザヤは紀元前760~700、40年間、預言活動を行ったと言われている。

 日本でもブームになった予言者・ノストラダムスは医者であり占星術家であった。1503年~1566年。
 その予言は、977編の四行詩で書かれていて、ナポレオンやヒットラーの誕生や、第二次世界大戦などを予言していると言われている。

 現代でも世界的に有名な予言者がいる。ブラジルのジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース氏だ。
 予言的中率90%とも言われて注目され、2007年12月20日に日本テレビで「9.11テロを完全予言した男!ジュセリーノ緊急来日!未来からの警告SP 」と題して2時間番組を放送した。
 本人によると、ワールド・トレード・センターを崩壊させた(2001年)9.11テロ事件をアメリカの大統領宛(1989年のブッシュ父)に予言・警告文を送った、とされているが番組内では確認はできなかった。特にこの予言で世界的に有名になったようだ。

 占いや予言ではなく、現実的で科学的な未来予測は重要なものだ。

 気象予測では、スーパーコンピューターを使って、天気予報、気象研究などをおこなっている。
 2009年11月13日に事業仕分けされた次世代スーパーコンピューターの概算要求額は、約267億円である。
 また、気象衛星「ひまわり」のロケット発射費用だけでも約100億円ほど、整備運用には約800億円が必要とされている。
 これほど資金をつぎ込んでも、天気予報は外れるときがあるものだ。

 経済はいつも景気を予測している。
 関東財務局は、法人企業景気予測調査、各地域での景気予測調査などをやっている。
 ネットで調べただけでも、大和総研、日本経済研究センター JCER、ジェトロ・アジア経済研究所、富士通総研などが経済予測をやっている。

 日銀の白川方明(まさあき)総裁は、金融政策決定会合後の記者会見で景気判断について来るべき未来を予測しなければならない。
 アメリカでは、連邦準備制度理事会  (FRB) が、金融政策の策定と実施を任務としているが、各院の金融委員会での証言は独自の景気判断による政策でなくてはならなことから、ここでも同様に景気の未来予測をしているのである。

 第14代連邦準備制度理事会 (FRB) 議長、ベン・バーナンキ氏は、去年の5月、講演でこんなことを言っている。
 「ひとりの経済学者かつポリシーメーカーとして、わたしは未来を予測することにかけてはかなりの経験を積んできた。なぜなら、ポリシーを決定するにあたっては、幾通りかのポリシーの選択がそれぞれ未来の経済の進む方向にどう影響を与えるかという予想を立てるのが不可欠だからだ」

 医師の診断や治療も、具体的な分析からの未来予測である。
 医師は患者の症状などから診断・分析し、その病の改善に有効な治療をおこなう。たとえば、薬を指定して、改善する過程とその期間まで予測するのだ。一回分の薬を飲む量や、それを続ける期間を患者に説明する。
 ネガティブな例だが、末期ガン患者の余命の診断も予測できるのは医者だけだ。

 精神科やカウンセラー、心理療法士なども、心理学での分析により、相手の症状や、問題などが、カウンセリングや療法、薬などで改善することを予測して患者に説明している。
 いかに診断・分析するかで、治療は決定され、その効果よって、改善の過程という医師やカウンセラーの予測が決定することになる。
 そんな分析と予測が、高水準の医療と認められることで、社会的にも医師は高地位にあると言える。

占いを信じる芸能人

 藤田小女姫(こととめ)という占い師は1994年2月ハワイの自宅マンション(コンドミニアム)で一人息子(養子)と共に銃殺された。
 そして最近、占い芸人・小笠原まさやは、「高校2年の女子生徒(当時16歳)が18歳未満であることを知りながら、みだらな行為をした疑い」で、2009年4月13日、逮捕された。
 占い師は、「未来を当てられる」と言ってはばからないが、これほどの著名な占い師ですら、自分の危機を知ることもできないのだ。

 聖書の「イザヤの預言」には、こう書かれている。

イザヤの預言
 第47章-12
 バビロンのあらゆる呪術でやってみるがよい。
 星占いもいるし、預言者と称する者もいる。
 彼らの力で救えるかどうか、やってみるがよい。
 彼らはわらのように火で焼き滅ぼされ、
 自分すら救うことことのできない者たちだ。
 お前たちを救うどころではない。
 お前たちが頼っている呪術者は、
 皆このような有様で、自分自身迷い出、
 お前を救うことなどできはしない。

 予言とはまさにこのようなものである。
 2010年経った今も聖書は、占い師たちの行く末を見通しているのだ。
 日本人の多くはこのようなことを知らないので疑いもなく、いつまでも占いを信じてしまうのである。

 07年7月に、風水占い師の直居氏は、番組で訪ねてきた三原じゅん子さんに、夫との相性を、「こんな相性のいい人は現れない。紀香さんと陣内さんみたいな相性です」などと言った。しかしその後、三原さんも、藤原さんも、二人とも離婚している。
 占い師の助言は「人生は努力しなければならない」という一般論であった。運命でも宿命でもないものだったのだ。

 あの有名な細木数子氏の占いでは「何をやっても上手くいく、何の心配も無い」と言われた小室哲哉だったが、一転、2008年11月4日、詐欺容疑で逮捕された。

エゼキエルの預言
 第13章-20
 それで、主たる神はこう仰せられる。わたしはお前たちが占いをして人々を滅びに追いやる道具を打ち壊し、人々を滅びから救い出す。わたしは、お前たちのベールをはがし、わたしの民をお前たちの手から救い出す。お前たちの手に引っかかる者がいなくなる時、お前たちは、わたしが主であることを知るようになる。お前たちはわたしの思いに反して、正しい人の心を偽りで悲しませ、悪い者たちに力を与えて、彼らが悪の道から立ち帰って生きるようにしなかった。それで、お前たちはもうこれから偽りの預言をすることができなくなる。

 そして最近、2010年4月では、「幸夫人(鳩山首相夫人)がインド人の占い師が『必ず米国は譲歩(普天間問題で)する』と言っており、夫婦でこれを信じている」という情報があった。『夕刊フジ』(4月21日)のコラム。
 だが現実の普天間問題では、自民党案のまま飛行場の移転となり、米国の譲歩はなく、鳩山首相の「最低でも県外」という沖縄県民との約束は守られず、(自身の政治と金の問題もあり)首相就任1年も待たずに辞任してしまった。

ゼカリヤの預言
 第10章-2
 ……占い師も偽預言者も、
 偽り事を教え、むなしい慰めを与える。
 そこで人々は羊のようにさまよい、
 羊飼いがいないので、虐げられている。
 私の怒りは羊飼いに対して燃え上がる。
 私は指導者たちを罰する。

 もちろん、ワシントン・ポストは神ではないが、「哀れでますますいかれた日本の鳩山由紀夫首相」とまで書かれたことは、日本の政界史上、初めてのことであり、多くの日本国民を落胆させた。

占いの分析

 占いなどの運命論とは、哲学では未知論証と言う。
 「運命や宿命がないことは証明できない。ゆえに運命や宿命はある」というものだ。しかしこれは推論に過ぎず、「ある」ことの証明になってないので、詭弁:理を非に言いまげる弁論などと言わている。
 つまり、占いという運命論とは、外見上はもっともらしいが、内容に虚偽を含み、多くの場合、相手をあざむくためのものなのである。

 占いは心理学的にも説明が付くものだ。
 誰もが当てはまりそうな抽象的な表現でありながら、たいていの人が自分に思い当たる言葉を用いることで、当っていると感じさせることができる。
 ほとんどの占い師が具体的な表現を避けるのは、そんな効果を狙っているからだ。
 それを言われた方は、自分だけに当てはまっていることだと感じてしまう、という心理学現象である。これをバーナム効果という。

エレミヤの予言
 第29章-8
 全能の主である……神は、こう仰せられる。あなた方のうちにいる預言者と称する者や、占い師に騙されるな。あなた方に上手いことを言う者たちの言うことを信じてはならない。

 言葉の分析とは、言葉で表わされるものなら全て分析できるため「占い」そのものも分析できるのです。
 2004年に私は「占い」をこのように分析していた。

 占い師という職業はリスクの少ない職業だ。個人的なアドバイザーにしては「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉通り、社会的に大目に見られており、利用者も大らかで気安く感じている。
 しかし占い師にとっても占いとは神頼みである。未来を占いにゆだねている点ではギャンブルと同じだ。利用者が料金を賭けて占い師のもとへやってくるのは、「幸運というカードが今日めぐってくるのではないか」という期待がギャンブルの興奮と同じく高じてしまうからなのだ。占い師もそのように利用者を刺激的に挑発しているが、それがリピーターとなってくれるかどうかもギャンブルであろう。占い師と利用者の根底にはこのように人を突き動かすエゴイズムが潜んでいるのだ。

 占いブームを支えているのは、膨大な利用者の射幸心の肥大、つまり偶然の利益を労せずに得ようとする欲心が拡大し巨大に膨張しているからである。それは個人では問題の解決が困難となっていることが深刻化しているということだ。人は「運命・宿命」に支配されているという占い師の操作が大衆に浸透してきているのである。大勢の人々が、いつか幸運が向こうからやってくるかもしれないと期待しているのだ。

 冷静になってみれば運命や宿命などないことが理解できる。
 「幸せ」という運命が神様によってすでに用意されているのか?
 それとも、(一般論としても)「幸せ」とは努力して得られるものなのか?
 どちらを子供に教えるべきか? 賢明な人なら答えは分かるはずだ。

予言もまた未来予測ではなかった

 ブラジルでは予言的中率90%とも言われて注目されているジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース氏だったが、日本のテレビ番組ではことごとくその予言は外れた。

2007年、日本に起きるジュセリーノ予言
10月26日、巨大な台風が日本を襲う予言→実際には10月26日、台風発生も上陸せず。
11月25日、千葉県で地震。125人死亡と予言→実際には11月26日、福島沖、M6の地震。
(これらは実際のジュセリーノ氏の当っていない予言なので著作権の関係から引用は違反しない程度とした)

 テレビ番組では、英会話講師殺人事件も予言したが、犯人の潜伏先は当てられなかった。
 私は当時、予知夢を、このように分析した。

 特に予知夢での予言とは主体的でないものだ。主観でもない、主張でもない。そのイメージに、まるで超能力者の主体性そのものが、予言者にもかかわらず、譲歩的であるのだ。
 超能力者は、予知夢に譲歩的で単に夢を書き写しているにすぎないのである。しかしながら、さらにこの超能力者は、予知夢よりも、もっと現実に譲歩しなければならないのだ。自分の主観や主体よりも、予知夢よりも、現実には逆らえないでいる。
 つまりこの超能力者の能力とは、主体的なものでもなく、主観的な主張でもなく、創作でもなく、創造物ですらなく、夢と現実という2重に譲歩的であらねばならないもの、しかも絶対的に現実には逆らえないものなのである。

 まさにジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース氏の予言は、現実にあらがえない譲歩的なものだったのである。だからこそ現実に起こった事件や災害が重要となるのだ。そんな彼の予知夢は――本人が当っていると主張している事件や災害は――まるでニュース報道を書き写したかのようなものだった。

 ジュセリーノ予言の原型は、聖書のダニエルの預言である。

 ダニエルの預言、第1章では、「……ダニエルは、神が幻と夢を通して啓示されたことをすべて解くことができた」と書かれている。
 第2章では、神の助けを借りて王様の夢を解き明かしている。
 まるで予知夢のようなダニエルの預言の、その相手とは「この世で最も強大な皇帝」と書かれてある。時の権力者に神から告げられたその夢を明かすのだ。
 ジュセリーノ氏の活動も、まったく同じで、各国の大統領に、事件や災害を警告しているのだ、と本人は言っている。
 第6章では、ライオンの穴の中に投げ込まれるという危機に陥るが、もちろん神の祝福を受けているダニエルはかすり傷もなく助け出され、逆に彼を陥れた者たちが投げ込まれるとライオンから八つ裂きにされてしまった。
 預言者は危険と隣り合わせである。
 実際、紀元前も現代でも、この中東における危機とは戦争によるものであり、旧約聖書のダニエルの預言に書かれたテーマも現代と同様であると言える。しかしそれも第12章で、この預言の書は封印されてしまうのだ。

 このような黙示録にあった預言の意味を真に理解した、と現代の予言者は確信しているのだろうが、しかし自分をも救うことができない矛盾にも気付くことができないパラドックスを抱えているのであれば、ダニエルの預言の意味を知ったという理解も、予知夢の能力も、単なる勘違いに過ぎない。

 ジュセリーノ氏が将来、危機に陥ったとき、ライオンの口は閉じているのだろうか、それとも開いているのだろうか?


読者登録

上石高生さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について