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土曜の午後

麗らかな陽射しが窓ガラスを透過して温もりを運ぶ昼下がり。

代わる代わる移りいく景色を横目に眺めながら、物思いに耽っていた。
手の届かない、遠い、遠い所に居る君の事を思い浮かべて。

前後に揺れる吊り革、同じリズムを刻み続ける車輪の音。
誰かが開け放った車窓から入り込んでくる、生暖かい風。
無造作に飛び跳ねる前髪。時たま漂う、懐かしい甘い香り。
胸の中で疼く、あの時の情景、あの匂い、あの仕草、あの場所。

目的の駅に近付く度に、何かに急き立てられて心の中が激しく揺れる。
『次は福田町。福田町・・・。』低く屈もったアナウンスが車内に響き渡り
心の中に仕舞い込んでいた筈の鍵を開け放つ。




夕方になると、Tシャツ一枚では肌寒く感じる風が吹き通る初秋の頃。
沈みかけている弱々しい太陽の光を顔に浴びて、電車が来るの待ち侘びていた。

君と僕で。

取り留めの無い会話をいつも延々とし続けていた2人なだけに、今日の空気は重たい。
話す切っ掛けも、口を開ける軽さも忘れてしまうほど
口は閉ざしっぱなしで、お互いに顔を合わせようともしなかった。
 隣りに居るのに、心は遠い所に置いてきてしまった。
周囲で話し合っている同じ学生が羨ましくて、そのグループの輪に混ざりたかった。

重苦しい沈黙に耐えれなくて、その雰囲気を壊せなくて、どうして良いか分からなくて。
ただ、逃げたくて。この場から一時も早く去りたくて、逃げる事ばかり考えていた。

『間もなく、列車が参ります。危険ですから黄色い線の・・・』

目の前に現れた救世主。
何も考えずに乗り込んだ車内。
後ろを振り返れば、俯いてるだけの君。
君の足元のコンクリートの一部には、小さな滲じみができていた。
その染みが何なのか気付くのが遅かったあの時。
俯いてばかりだったのに、ドアが閉じて走り出す時に顔を上げた君。

目尻に溜まっていた透明な滴に、夕焼けの色が差し込んでいた。
段々と黒ずんでいく色も映しつつ、涙はオレンジ色の光を放っていた。
その滴が零れ落ちたとき、僕らの関係は途絶えて世界が反転し始めた。




『お降りの際は足元の段差に・・・』
開け放たれたドアから見えたのは、あの時、確かに佇んでいた2人の姿。
何も分かっていない、ガキだった頃の自分が駆け込んで来る。
乗り込むなり安堵の息を吐いて、胸を撫で下ろした愚かな奴。
その向こうに居るのは・・・。
目の前に佇むのは、あの頃のままの貴女。心を揺さぶる、あの時の情景。
食い入る様に、何度も何度も貴女を見つめ直した。

あの時と何も変わっていない、寂し気な瞳をコチラに向けて佇む君。
目元に溜まった涙を零しながら何かを訴えていた。
その瞳の向こう側を見透かす事ができなかった、幼すぎた自分。
その向こう側を見る事が出来たなら、今、君はどうしているのかな?


静まり返った車内。
日が少し傾むき始めた土曜の午後。
あの時の2人が果たせなかった夢は幻のまま。
あの頃の思いは今も引き摺ったまま、今日も電車に揺られながら動き出す。
延々と同じ事を繰返すだけで先には進まない、あの先。

キミに会いたくなる、土曜の午後。

この本の内容は以上です。


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