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 一瞬、看護士が首を傾げ、ああと頷いた。

 「奥さんのこと?」  

 この際、仕方ない。悠理は頷いた。

 「はい、家内です」

 「奥さんなら、大丈夫ですよ。今は疲れて眠っていますから。かなりの難産だったので、相当、体力を使っています。回復には少し時を要するかもしれませんけれど、まだ若いですからね。輸血もしましたし、当分は安静が必要です」

 二時間後、実里はまたストレッチャーに乗せられ、病室に移った。

 小さな白い個室には、ベッドと簡素な椅子が一つあるきりだ。  

 実里はベッドで静かに眠り、傍らにはガラスケースに寝かされた生まれたばかりの赤ん坊が眠っていた。  

 悠理は満ち足りた想いで二人の寝顔を眺めた。恐らく、これが家族、親子三人で過ごす最初で最後の時間になるだろう。  

 それから一時間余り、彼は大切な二人の顔を心ゆくまで眺めた。心の中に永遠に灼きつけるように、しっかりと刻み込むように。  これで悔いはない。思いがけず、初めての我が子の誕生にも立ち会うことができた。

 実里の顔色は依然として紙のように白く、血の気はなかったけれど、表情には女の大役を成し遂げた安堵のようなものが浮かんでいる。

 実里の額には汗で髪が貼り付いていた。それが、たった今、彼女が終えたばかりの女の闘いの厳しさの名残を伝えている。  彼の子どもを生命がけて生んでくれた女だ。

 古今に渡って、原始の昔より女たちは身籠もり、生むという歴史を繰り返してきた。その気の遠くなるほどの長い間、連綿と繰り返されたきた生命の営みは男ではなく女たちによって司られてきたのだ。

 もしかしたら、この世のすべてが男たちにとっては女神なのかもしれない。  

 彼はそっと手を伸ばし、実里の額に貼り付いたひとすじの髪の毛を優しい手つきで整えた。

 「ありがとう」

 疲れ果てて眠っている実里の乱れた髪を撫で、心からの労いの言葉をかけた。

 病室のドアを閉めた時、廊下を向こうから歩いてくる医師に出逢った。実里の分娩に立ち会い、我が子を取り上げてくれた医師である。

 「色々とお世話になりました。ありがとうございました」

 深々と頭を下げると、医師はにこやかに笑った。やはり、分娩中は緊張していたのだろう。別人のように晴れやかな明るい表情をしている。

 「母子ともに、一時は危険な状態でした。赤ちゃんの方は早産で生まれたので、これからしばらく保育器に入ることになりますが、大丈夫、元気で大きくなりますよ。どうなるかと心配しましたが、とにかく母子ともに無事で良かった。お母さんがよく頑張って持ち堪えましたね。眼が覚めたら、奥さんをたくさん褒めてあげてください」

 「はい」

 悠理は頷いて頭を下げた。

 今日という日に生まれたばかりの太陽が真新しい光を地上に投げかける。

  もう二度と、実里に逢うことも、彼女が生んだ俺の子に逢うこともないだろう。

  だが、それで良いのだ。  大切な人たちの前に、彼は姿を現さない方が良い。彼等の人生から永遠に立ち去り、消えることが悠理なりの愛情の示し方なのだ。

  透明な朝陽が遠ざかる悠理の背中を照らし出し、病院の白っぽい廊下をひとすじの道のように浮き上がらせている。  静かな病院の朝であった。

 


 一瞬、看護士が首を傾げ、ああと頷いた。

 「奥さんのこと?」  

 この際、仕方ない。悠理は頷いた。

 「はい、家内です」

 「奥さんなら、大丈夫ですよ。今は疲れて眠っていますから。かなりの難産だったので、相当、体力を使っています。回復には少し時を要するかもしれませんけれど、まだ若いですからね。輸血もしましたし、当分は安静が必要です」

 二時間後、実里はまたストレッチャーに乗せられ、病室に移った。

 小さな白い個室には、ベッドと簡素な椅子が一つあるきりだ。  

 実里はベッドで静かに眠り、傍らにはガラスケースに寝かされた生まれたばかりの赤ん坊が眠っていた。  

 悠理は満ち足りた想いで二人の寝顔を眺めた。恐らく、これが家族、親子三人で過ごす最初で最後の時間になるだろう。  

 それから一時間余り、彼は大切な二人の顔を心ゆくまで眺めた。心の中に永遠に灼きつけるように、しっかりと刻み込むように。  これで悔いはない。思いがけず、初めての我が子の誕生にも立ち会うことができた。

 実里の顔色は依然として紙のように白く、血の気はなかったけれど、表情には女の大役を成し遂げた安堵のようなものが浮かんでいる。

 実里の額には汗で髪が貼り付いていた。それが、たった今、彼女が終えたばかりの女の闘いの厳しさの名残を伝えている。  彼の子どもを生命がけて生んでくれた女だ。

 古今に渡って、原始の昔より女たちは身籠もり、生むという歴史を繰り返してきた。その気の遠くなるほどの長い間、連綿と繰り返されたきた生命の営みは男ではなく女たちによって司られてきたのだ。

 もしかしたら、この世のすべてが男たちにとっては女神なのかもしれない。  

 彼はそっと手を伸ばし、実里の額に貼り付いたひとすじの髪の毛を優しい手つきで整えた。

 「ありがとう」

 疲れ果てて眠っている実里の乱れた髪を撫で、心からの労いの言葉をかけた。

 病室のドアを閉めた時、廊下を向こうから歩いてくる医師に出逢った。実里の分娩に立ち会い、我が子を取り上げてくれた医師である。

 「色々とお世話になりました。ありがとうございました」

 深々と頭を下げると、医師はにこやかに笑った。やはり、分娩中は緊張していたのだろう。別人のように晴れやかな明るい表情をしている。

 「母子ともに、一時は危険な状態でした。赤ちゃんの方は早産で生まれたので、これからしばらく保育器に入ることになりますが、大丈夫、元気で大きくなりますよ。どうなるかと心配しましたが、とにかく母子ともに無事で良かった。お母さんがよく頑張って持ち堪えましたね。眼が覚めたら、奥さんをたくさん褒めてあげてください」

 「はい」

 悠理は頷いて頭を下げた。

 今日という日に生まれたばかりの太陽が真新しい光を地上に投げかける。

  もう二度と、実里に逢うことも、彼女が生んだ俺の子に逢うこともないだろう。

  だが、それで良いのだ。  大切な人たちの前に、彼は姿を現さない方が良い。彼等の人生から永遠に立ち去り、消えることが悠理なりの愛情の示し方なのだ。

  透明な朝陽が遠ざかる悠理の背中を照らし出し、病院の白っぽい廊下をひとすじの道のように浮き上がらせている。  静かな病院の朝であった。

 


  Epilogue~終章~

  Epilogue~終章~

 

 早妃を突然、失ってから、壊れたままだった俺の心が今、新しく生まれ変わったのを感じていた。

 早妃。俺と早妃のお腹の子は、新しい生命となって、あいつの―実里の生んだ子の中で今も生き続けていると考えてしまうのは、俺の身勝手な思い込みだろうか。

  早妃、応えてくれよ、俺だけの女神。

 ―悠理クン。

 ふと名を呼ばれたような気がして、俺は振り返った。  背後にはもちろん、誰の姿もなく、ただ今日、生まれたての太陽から放たれるひと筋の光が俺の行く手を照らしているだけだった。  俺の前には長く伸びた一本の道のように、病院の白っぽい廊下が続いている。  俺は自分でも愕くほどの力強い足取りで、新たな一歩を踏み出した。                 

 

                       (完)

 


 ☆ あとがき ☆

 最後までご覧いただき、ありがとうございます。

 この作品は私にとっては思い入れのある作品です。こうして発表させていただき、

 嬉しく思っています。

 悠理のその後を描いた続編なども書いていますので、また機会があれば、

 ご披露させていただければ幸せです。

 

 心からの感謝を。

                          東 めぐみ拝   

                                  2013年6月2日

 


奥付



My Godness~俺の女神~


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著者 : megumi33
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