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「もう、髪の毛なんて、あなた日本人なの? って訊きたくなるくらいの金髪で、爪なんかは真っ赤っか。見ているだけで背筋が寒くなったわよ。あんな娘をうちの嫁にだなんて、とんでもない。うちの子はきっと世間知らずで女なんてろくに知りもしないから、あの女に騙されたんだわ」   

 そういうあんたの方こそ、五十にもなって爪をピンクに染めてるじゃねえか。その方がよっぽど見苦しいんだよ。  悠理は心の叫びはおくびにも出さず、神妙に頷いた。

 「実沙さんもご心労が絶えませんね」

 「ああ、そう言って判って貰えるのは悠理クンだけね。亭主は言うのよ。好きになってしまったものは今更どうしようもないんだから、諦めろですって、冗談じゃないわ。私はあんな破廉恥な女、藤堂家の嫁にだなんて、絶対に認めませんからね」  

 実沙がピンクのスーツのポケットからシガレットケースを取り出す。もちろん、これもブランド物だ。煙草を一本摘んで銜えるのに、悠理はさっと脇からライターを出して火を付けてやった。

 「最近ね、また煙草を始めたの。息子を生むのをきっかけに長い間、止めてたはずなんだけどね。どうもやりきれないことが多くて、煙草でも吸わないと苛々してやってられない」

  あんたみたいな暇あり金ありの有閑マダムがやってられないんなら、俺はもっと、やってられないよ。何が哀しくて、休日の昼間から、こんなオバさん相手に機嫌取りしなきゃならねえんだ?

 悠理はまた心で悪態をつき、さりげなく腕時計を見た。金色のロレックスは、実沙からのプレゼントである。こういう、いかにも成金めいた物は好きではないから、普段は絶対に身につけないが、流石に実沙が店に来るときには忘れずに愛用しているふりをする。

 「実沙さん、そろそろ電車の時間スけど」

 いかにも残念そうに言うのも忘れない。  

 実沙が煙草を口から放すと、悠理はまたクリスタルテーブルの上の灰皿を実沙の前に差し出した。

 実沙は悠理が恭しく捧げ持った灰皿に煙草の先を押しつけ、棄てた。

 「ああ、本当に名残は尽きないわ。こうしてずっと明日の朝まで悠理クンと一緒にいたい気分」

 冗談じゃねえや。  悠理は肩を竦めたい衝動を抑え、また〝キラー・スマイル〟を浮かべた。氷のように冷たいのに、女心を熱く蕩けさせるといわれている伝説の微笑である。

 「俺も、またひと月も実沙さんに逢えないと思うと、何か胸にこう、ぽっかり穴が空いたようですよ」

  別れ際のこのひと言が実はどれだけ女の心をぐっと惹きつけるかは長年の経験から嫌になるくらい知り尽くしている。  胸に片手を添えて哀しげに言うと、実沙は悠理の顎に手をかけて仰のかせた。

 彼は二人並んでソファに座っているこの場所から、一瞬、逃げ出そうかと思った。しかし、逃げ出したいのを堪え、婉然と女に微笑みかける。

 実沙はそのまま悠理の顔を引き寄せ、唇を塞いだ。悠理もまた女の身体に手を回し、熱烈なキスに応える。


 少しく後、悠理はさりげなく女の身体を押しやった。

 「そろそろ行かないと。電車に乗り遅れてしまう」

 「ねえ、今度はアフタ、行けるでしょ」

  この女と関係を持ったのは、いつだったか。そう、四月の終わりだった。あの女―入倉実里をさんざん弄んでやってから数日ほど後のことだ。

 あの女は良かった。こんな枯れかけたオバさんとは段違いだ。早妃と入籍するまでは、結構な数の女と関係を持ったが、玄人の風俗嬢でも、あれだけの良い身体をした女は見たことがない。胸もみずみずしく豊かで、膚には吸い付くような柔らかさと張りがある。あそこもほどよく締まっていて、俺が突いてやると、切なげな吐息を洩らした。

  考えただけで、身体の芯が熱くなり硬くなる。あの魅惑的な肢体を思い出しただけで、身体が疼いて堪らない。あれから何度も、実里を待ち伏せて、どこかのホテルにでも連れていこうかと考えた。  

 だが、その度に、馬鹿げた自分の思惑に気づき、呆れた。あれは復讐のためにしたことで、何もあの女の身体が欲しくてやったわけではない。

  あの女の豊かな乳房や淡い茂みの奥に秘められた蠱惑的な狭間を思い出す度に、何故か、あのときの女の表情まで浮かんでくる。彼の巧みな愛撫によって上り詰めるときの表情も 切なげで良かったが、何故か、初めて彼を迎え入れたときの涙を滲ませた顔や破瓜の痛みを訴えるときの縋るような瞳の方が強く印象ら残っていた。

  馬鹿な。あの女は俺の早妃を轢き殺した仇だぞ?  

 自分に言い聞かせるが、それ自体がはや尋常ではないのだと自分でも理解はしていた。更に一日の中に何度も似たようなことを繰り返し考えている自分に思い至り、愕然とするのだ。

 俺は何故、あんな女のことばかり考えている?  今もまた、いつもの思考パターンに引き込まれそうになり、悠理は慌てて自分を戒めた。

 「今度は必ず。俺も辛いんですよ。実沙さんをこうやって腕に抱きながら、何もしないで見送るのは地獄です」

 「悠理クンが我慢してるんだものね。私も耐えなくちゃ」

 実沙は悠理の上辺だけの態度と言葉に騙されていることに気づいてもいない。

 「それじゃ、気をつけて。一ヶ月後、お待ちしてます」

 フロントまでは見送らないのは暗黙のルールだ。もちろん、人眼につく怖れがあるからだ。

 部屋の入り口まで行くと、いきなり女が背伸びして悠理に抱きついてきた。悠理は女の未練に辟易したが、やはり女を引き寄せ強く抱きしめた。

 「また来るわね」

 実沙が名残惜しげに言い、蒼い絨毯の廊下を歩いてゆく。途中で一度振り返るのは判っていたから、悠理もまだその場所に立っていた。こういうこともホストであれば、気を抜かないものだ。  微笑んで見せると、女は嬉しげに頷き、今度こそ意を決したように歩み去っていった。  思わず大息をつき、部屋のドアを閉める。

 先刻まで女と座っていたソファにドサリと身を投げ出し、横になった。


 またしても、あの女の泣き顔がちらつく。

 途端に自分でも言い表しがたい烈しい感情が湧き上がってきて、悠理は部屋に備え付けの冷蔵庫からチューハイを出した。プルタブを引き抜き、ひと息に飲み干す。よく冷えた甘い液体が喉をすべり落ちてゆく感触は実に心地よかった。

 と、ドアを外側から誰かがノックする。

 「どうぞ」

 投げやりに言ったのが聞こえなかったのかどうか。言い終わる前に、ドアが開いた。

 「おう」

 悠理はだらしなくソファに寝っ転がったまま、片手を上げた。挨拶代わりのつもりだ。

  しかし、突如として入ってきた親友は珍しく精悍な顔を強ばらせていた。

 「昼日中からアルコールとは結構なことだな。店の規則では客には飲ませても、俺たちは店内では飲むなと言われてるだろう」  

 こりゃ、どうも機嫌が悪いな。  悠理は大袈裟に肩を竦めた。

 「店の規則なんて糞くらえだ。俺の知ったことじゃねえや」

 わざと蓮っ葉に言うと、柊路は呆れたように言った。

 「また、来てたのか?」

 主語は省略しているが、柊路が言いたいのが藤堂実沙であることは明らかだ。

 「客のプライベートについては一切、他言無用。それが店のルールだろ。お前の方こそ、忘れたのか?」

 皮肉っぽく言う。

 柊路はそれには取り合わず、歯を食いしばった。唇を真一文字に結んでいる。何か表情を作ろうとして口許を歪めたが失敗したという感じだ。

 「母親より年上の女とよくもやってられるな。恥ずかしくはないのか?」

 いきなり言葉を突きつけられ、悠理は眼を剥いた。

 「何を今更。俺だけでなくお前だって、さんざんやってきたことだろう。大体、それを言うのなら、この店の客は大半が中年以上の女だ。残念ながら」

 「客の心を必要以上に弄ぶな」  

 ヘッと悠理は唾棄するように言った。

 「それが俺たちの仕事だろう」

 「仕事?」

 柊路が眉をつり上げた。

 「俺たちの仕事は客に夢を与えることじゃないのか」

 「いかにも綺麗事好き、理想主義の柊路らしいな」

 悠理はクックッと低い声で笑う。聞きようによっては、それは嘲笑にも取れる。

 「幾ら言葉で飾り立てようと、俺たちは所詮、ホストだ。それ以上でも以下でもないさ」

 「自分の仕事に誇りを持てないのか?」  

 さも意外なことを聞いたとでも言うように悠理は眼をまたたかせた。

 「誇り? 笑わせる。手練手管で女の気を惹くのが商売のこの仕事にどうやって誇りを持つんだ?」

 柊路は救いがたいと言いたげな表情で首を振った。

 「つい最近、俺にこんなことを言った人がいたよ。どんな仕事をしているかよりも、どれだけその仕事に夢中になって打ち込んでいるかで人間の価値は決まるそうだ」

 「阿呆らしい」

 悠理はペッと唾を吐いた。


 またしても、あの女の泣き顔がちらつく。

 途端に自分でも言い表しがたい烈しい感情が湧き上がってきて、悠理は部屋に備え付けの冷蔵庫からチューハイを出した。プルタブを引き抜き、ひと息に飲み干す。よく冷えた甘い液体が喉をすべり落ちてゆく感触は実に心地よかった。

 と、ドアを外側から誰かがノックする。

 「どうぞ」

 投げやりに言ったのが聞こえなかったのかどうか。言い終わる前に、ドアが開いた。

 「おう」

 悠理はだらしなくソファに寝っ転がったまま、片手を上げた。挨拶代わりのつもりだ。

  しかし、突如として入ってきた親友は珍しく精悍な顔を強ばらせていた。

 「昼日中からアルコールとは結構なことだな。店の規則では客には飲ませても、俺たちは店内では飲むなと言われてるだろう」  

 こりゃ、どうも機嫌が悪いな。  悠理は大袈裟に肩を竦めた。

 「店の規則なんて糞くらえだ。俺の知ったことじゃねえや」

 わざと蓮っ葉に言うと、柊路は呆れたように言った。

 「また、来てたのか?」

 主語は省略しているが、柊路が言いたいのが藤堂実沙であることは明らかだ。

 「客のプライベートについては一切、他言無用。それが店のルールだろ。お前の方こそ、忘れたのか?」

 皮肉っぽく言う。

 柊路はそれには取り合わず、歯を食いしばった。唇を真一文字に結んでいる。何か表情を作ろうとして口許を歪めたが失敗したという感じだ。

 「母親より年上の女とよくもやってられるな。恥ずかしくはないのか?」

 いきなり言葉を突きつけられ、悠理は眼を剥いた。

 「何を今更。俺だけでなくお前だって、さんざんやってきたことだろう。大体、それを言うのなら、この店の客は大半が中年以上の女だ。残念ながら」

 「客の心を必要以上に弄ぶな」  

 ヘッと悠理は唾棄するように言った。

 「それが俺たちの仕事だろう」

 「仕事?」

 柊路が眉をつり上げた。

 「俺たちの仕事は客に夢を与えることじゃないのか」

 「いかにも綺麗事好き、理想主義の柊路らしいな」

 悠理はクックッと低い声で笑う。聞きようによっては、それは嘲笑にも取れる。

 「幾ら言葉で飾り立てようと、俺たちは所詮、ホストだ。それ以上でも以下でもないさ」

 「自分の仕事に誇りを持てないのか?」  

 さも意外なことを聞いたとでも言うように悠理は眼をまたたかせた。

 「誇り? 笑わせる。手練手管で女の気を惹くのが商売のこの仕事にどうやって誇りを持つんだ?」

 柊路は救いがたいと言いたげな表情で首を振った。

 「つい最近、俺にこんなことを言った人がいたよ。どんな仕事をしているかよりも、どれだけその仕事に夢中になって打ち込んでいるかで人間の価値は決まるそうだ」

 「阿呆らしい」

 悠理はペッと唾を吐いた。


「俺は馬鹿げているとは思わない。確かにホストと聞いただけで、真っ当な人間だと見て貰えないのは事実だが、俺はさっきの言葉を聞いてから、考えを改めたよ。ここに来る客は皆、事情は違うけれど、誰もが心に闇を抱えてる。俺たちはその闇を少しでも取り除いてやるのが仕事だ。客がここに来て、俺たちとほんのわずかな時間を共にすることで、また元気になって、それぞれの日常に帰っていければ良いと思ってる」

 「語りたければ、そこでいつまでも理想論を語ってろ」

 悠理はだるそうに言い、寝転んだままの姿勢で眼を閉じた。

 「とにかく、あの藤堂実沙という客にはあまり深入りするな。あれはただの遊びの目つきじゃない。下手にその気にさせたら、あの女だけでなく、お前まで大けがすることになりかねないぞ」

 この店にはなかったが、他の似たようなホストクラブでは、以前、本気になりすぎた客が家も何もかも棄ててホストの許に押しかけたことがある。

 しかし、ホストがすげなく突き放したため、一旦は帰った女性は再び今度は刃物を持って店に現れた。大騒ぎの中、女性はホストを刺し殺し、自分もその場で胸を貫き、後を追った。事件当時は週刊誌などに〝中年女性の純愛、ホスト狂いの真相!〟などと題して、面白おかしく書き立てられ話題になったものだ。

 「別に向こうが勝手に燃え上がってるだけだ。やっぱ、アフタに行ったのがまずかったかな」

 悠理は眠そうに眼をこすった。

 「これ以上、くだらない話を続けるつもりなら、出てってくれないか。俺は疲れてるんだ」

 「これ以上、犠牲者を増やすつもりか?」

「犠牲者? 人聞きの悪いことは止してくれ。俺はお前流の言葉で言うなら、藤堂実沙に夢を与えてやってるんだ」  

  と、柊路がつかつかと歩いてきて、悠理の胸倉を掴み上げた。

 「貴様、一体、あの子に何をした?」

 「あの子? あの子もこの子も色々いるから、さっぱり見当がつかねえな」

 冗談を言ったつもりで、一人へらへらと笑った。しかし、柊路はにこりともしなかった。  陽に焼けた男らしい顔が怒りに燃えていた。

 「名前を言わなければ、判らないのか? それなら教えてやる。入倉実里だ」

 「入倉―実里」

 悠理はぼんやりと呟いた。

 「彼女に何をした、言え!」

 柊路は鬼気迫る形相で迫った。

  そこで悠理は開き直った。  そうさ、俺は別に悪いことをしたわけじゃない。当然のことをしたんだ。俺の早妃と赤ん坊を殺した憎い女に制裁を加えてやったんだ。なのに、誰が俺を責める権利があるっていうんだ?

  悠理は悪びれもせずに言い放った。

 「レイプしてやった。良い身体してたぜ、あいつ。バージンだったみたいだけど、俺、最初は気づかなくてさ。前戯もなしにいきなり突っ込んでやったら、痛かったらしくて酷く泣かれた。けど、そのときの泣き顔もまたそそられる。俺は余計に熱くなっちまって、やりまくってやったんだ」

 柊路は両脇に垂らした拳をわかかなせていた。



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