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 女の二十七歳というのは、まさに適齢期である。今、結婚しなくて、どうするのか? 

と昔気質の両親などは潤平のどっちつかずの態度にひどく心配して、親戚に実里の縁談紹介を頼む有様だったのである。

  けれど、今はその頃とは状況が違う。新プロジェクト立ち上げメンバーに選ばれたことで、実里の未来は大きく変わろうとしている。この企画が少なくとも軌道に乗るまでは、結婚なんて考えられるはずもない。この企画には、実里のすべてがかかっているのだから。  

 潤平が言うには、何でも今年の秋にニューヨーク支社への出向が決まったという。そこで何年か勤め上げて本社勤務に戻れば、そのときは間違いなく栄転が約束されている。  しかし、この出向には一つの条件があった。出向する者は既婚者であるということ。現地では関係者同士―会社ぐるみの付き合いが盛んで、様々なレセプションが催されるのが慣習であり、そのためには夫人同伴でなければならないというのが理由であった。


 まあ、言ってみれば、潤平が実里との結婚を決めたのも、その出向話があってこそではあった。つまりは、必要に迫られて決断したと言っても良い。

 正直、実里には、あまり嬉しい話ではなかった。いや、彼女だけでなく女にとっては皆、同様だろう。  実里は即答は避けた。それが、そのときの彼女に出せる精一杯の応えであったからだ。

 ―少し考えさせて。

 潤平は考えもしなかった応えを聞かされたとでも言いたげに、露骨に不満を示した。

―何でだ? お前だって、俺からのプロポーズを待っていたんじゃないのか?  そのいかにも自信家の彼らしい物言いに、実里もカッと頭に血が上った。 ―なに、その言い方。それでは言わせて貰いますけど、潤平さんだって、二ユーヨーク出向の話がなければ、私と結婚しようだなんて考えもしなかったでしょ。


 こうなると、売り言葉に買い言葉である。 その後、二人は無意味な言葉の応酬を繰り返した挙げ句、気まずいままだった。実里は潤平の運転するセダンで自宅前まで送って貰ったが、車を降りるまで二人ともにひと言も喋らなかった。  それが、今から一週間前のことになる。更に追い打ちをかけるような出来事があった。

 昨夜、潤平からメールがあったのだ。あの夜から一週間、電話どころかメールもない状態が続いていた。 ―そろそろ頭が冷えた頃だろう? 良い加減に賢くなれよ。俺と仕事とどっちが大事なんだ?             潤平  

 あまりにも傲岸なというのか、自分本位の内容に、実里はかえって心が冷えてゆくばかりだった。

 今になって急に結婚だなんて、しかもニューヨーク支社に行くための条件を満たすために? 


 冗談ではない。自分が仕事に夢中なときには実里の心のなど考えもせず、今更、結婚?  

 実里は考えた。自分は今まで、彼の何をどう見ていたのか。潤平と知り合ったのは、短大の手話サークルに入ったのが馴れ初めだった。F大の法学部に入ったばかりの彼とは同年だったけれど、短大を卒業した実里の方がひと脚早く社会人になった。

 それでも、二人の恋は続いた。二人ともに地元で生まれ育った人間だったのも幸いして、遠距離恋愛になったのは潤平が今の会社に入って四年目にインドのニューデリー支社に一年の期限付きで転勤させられたときだけだった。そのときは実里も一度、インドを訪れている。  潤平は俺様で多少我が儘なところはあるがも、基本的には根は悪くない男だ。上から目線で常に〝俺について来い〟のタイプだから、上手く付き合えば、扱いやすい男だともいえる。多少の虚栄心を満足させて、相手を怒らせない程度に実里も自分を主張する。いつしか、実里はそんな風に潤平の前では自分をコントロールするすべを身につけていた。


 だが、果たして、それが良かったのかどううか。今となっては疑問を抱かずにはいられない。潤平の顔色を窺いながら付き合っている間中、実里は本当の自分でいられたのだろうか。彼の前で見せる自分は所詮、偽りの自分でしかなかったことに、今頃、漸く気づいたのだ。  

 物分かりが良くて、従順で女らしくて可愛くて。それが潤平の好みの女の子だった。思えば、実里はずっとこの八年間、彼の望む理想像を演じてきたにすぎない。

 図らずも今回の騒動で、実里は自分たちが八年もの歳月をかけて築いてきたものが空しい幻のようなもの―砂上の楼閣に過ぎないことを知ってしまった。  

知らなければ何とか自分を騙し騙し彼との関係を続けていられたろうが、知ってしまったからにはもう今までどおりではいられない。かといって、今になって潤平と別れて別の男を好きになり、また一から始めると考えるだけで、気が遠くなるようだ。



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